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アナキズム・イン・ザ・UK

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第31回:音楽とポリティクス

ブレイディみかこ Jul 01,2015 UP

 「投票は想像力のない人間がすることだ。それは自分たちとは異なる世代のためのものであり、そんなものでは何も達成できない」
 ザ・ホラーズのファリス・バッドワンは総選挙前にそう言った。

 UKには、保守党政権を潰すチャンスがあればオルタナティヴ・ロックと呼ばれるジャンルのアーティストたちが立ち上がる伝統があった。が、ヤング・ファーザーズ、スリーフォード・モッズ、エンター・シカリ、ジ・エネミーなどの一部の例外を除き、5月の選挙ではいわゆるオルタナとかインディーとか呼ばれるジャンルのスターたちは口を閉ざしていた。日本には伝わってなかったかもしれないが、英国では「歴史に残る右派と左派の接戦になる」と大騒ぎになっていたのである。ここまで盛り上がったらさすがに『NME』も何かやるかな。と思ったが、業務平常どおりだった。どうやらもう、UKロックは政治には触れないものになった。ということで確定のようだ。

 現代の英国は80年代に似ていると言われる。ビリー・ブラッグやポール・ウェラー、ザ・スミスらの政治活動団体レッド・ウェッジが若者たちに「ひどい時代を終わらせたければ投票しろ」と呼びかけた時代と世相が似ているらしい。同じ政党が政権を握っているのだから、まあそうなるのも道理だろう。
 「UKのオルタナティヴ・ロックは再びポリティカルにならなければいけない」
と中年ミュージシャンやライターが昨今さかんにメディアに書いている。
が、なんかもうそういう言葉を読むのも個人的には虚しくなった。
 若いミュージシャンたちはよく「政治については語れるほど知らないのでコメントできない」と言う。それはそれで正直だし、非常に真面目だ。もうよかやんね。と思えてくる。

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 訳あって、わたしは底辺託児所(わたしの中では緊縮託児所と改名している)に復帰した。4年半前もそこは十分に底辺であったが、現在はそのさらに下を行くサブゼロの世界が展開されている。これ以上悪くなりようがないと思うものにも、けっこうそれ以上に悪くなるのり代は残されているものなのだ(それはギリシャを見てもわかる)。
 賞味期限切れの食料品配給の列に並ぶ人びとの数は想像を絶する。が、これ以上配る食い物がない。リサイクルの子供服が圧倒的に足りない。センター玄関の軒下で寝ている人たちには帰る家がない。とにかく、「ない」のだ。80年代どころかこれはディケンズの時代である。

 緊縮託児所関係者やギリシャの人びとは「投票は想像力のない人間がすることだ」とは絶対に言わないだろう。
 言うことがあまりにも現実と剥離していると、それはエスタブリッシュメントの言葉に聞こえて来る。それが英国のオルタナティヴ・ロックに起きたことだ。実際、それはロックっぽいサウンドとかコスチュームとかアティテュードとかいう様式を重視する点で、オペラやバレエといった上流階級のエンタメにそっくりだ。
 グラストンベリーは今世紀に入ってからミドルクラストンベリーと呼ばれている。あれはグラストンベリーCNDフェスティヴァルと呼ばれていたのだということを知っている人がどれぐらいいるだろう。

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 わたしら夫婦はグラストンベリーではなく、ぐっとローカルなブライトン&ホーヴのクリケット場でマッドネス主催のスカ・フェスを見ていた。若き日の俺やアタシを思い出したノスタルジックなファッションで中高年が押し寄せた会場は、まるで主要キャラが50代、60代になった『This Is England』のロケ現場のようだった。
 連合いの同僚たちもツートンとスキンズが混ざったようなファッションのおっさん軍団と化して来ていたので、合流してパブに行った。加齢で増量しているにも関わらず軽やかにこなれたダンスを披露していたおっさんたちは、パブのソファに腰を下ろして音楽について語り始めた。
「俺はスペシャルズのほうが好きだったんだけど、去年サグスの自伝を読んだら来るもんがあってなー」
「最近の曲が、いいもんな」
「ちゃんとおっさんソングになってて泣けてくる」
「カムデンの糞ガキどもだったんだもんな、あいつらは」
「俺たちの時代は、ポピュラー・ミュージックは最高だった」
みたいなことを彼らが言い出したので、わたしは思い切って聞いてみることにした。
「みなさんはブリティッシュ・ロックはポリティカルになるべきだと思いますか?」
 一同「はあ?」みたいな顔になったので、連合いが説明する。
「こいつ、時々音楽について日本語でネットか何かに書いてるみたいだから」
「いや、70年代とか、とくに80年代は、UKロックとポリティクスは切っても切り離せない関係だったのに、いまはずいぶん遠いものになってるなと思って」
「それはロックをやってるのがみんな上の階級の人間になったからだ」
わかりきったことだろう、という口調でスキンヘッドの親父が言った。
「そうそう。Rockってのは、Rock the boatって言葉もあるように社会を揺さぶるものだった。だが、上層の人間は別にボートを揺らしたくなんかないだろう。下手に揺さぶると自分が落ちるかもしんねえから」
サグスみたいなスーツにサングラスでがっちり決めていたおっさんもそう言った。
「では、ブリティッシュ・ロックは再びポリティカルになるべきだと思いますか?」
とわたしは聞いた。
 懐かしいえんじ色のボンバージャケットにフレッドペリーのポロ、頭には黒のポークパイ・ハットを被ってオレンジジュースのグラスを握りしめたおっさん(ドクターストップで酒をやめたらしい。ご同輩だ)がわたしの顔を見てきりっと言った。
「YES」
「どうして?」
「ポピュラー・ミュージックは、社会を反映しなくてはいけないからだ」

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 それにつけてもスカ・フェスで感じたのは、スカ系の中高年たちが(さすがにもう細身のボトムスは履けなくなったので下半身がバギーになっていた人が多かったが)やけにクールだったということであり、こういう「族」ももう長い間UKには出現していない。

 ある夕暮れ時、うちの息子の手を引いて近所を歩いていたときに、反対側から物凄い速度でこちら側に向かって舗道を歩いて来た長身の青年がいた。
 よれよれのパーカーを羽織ってフードを被っていたが、その下はなぜか裸だったのでぎょっとした。ボトムはやはり履き古して腐ったような色の、足首のゴムが切れてだぼだぼに広がったスウェットパンツを履いており、足元は素足に雪駄。
 物凄く格好悪いものと物凄く格好いいものは実は同じである。という不可解なパラドクスを彼は体現しているようだった。
 相手が全速力で歩いていたのと、目つきが『爆裂都市』の町田町蔵ばりにトンでいたのに身の危険を感じ、わたしは思わず子供の手を握り締めたのだったが、まるで突風のように彼が通り過ぎると、うちの息子が放心したように言った。
「ちびりそうになるぐらい怖かった。でも、He’s cooooool!!」
 ジョニー・ロットンやギャラガ―兄弟を初めて見たときの英国の若者たちもこんな感じだったのかなとふと思った。

 オーウェン・ジョーンズは『Chavs』というベストセラー本で、英国の政治がどれほどシステマティックにアンダークラスという階級を社会の悪役にしたかということを論じた。
 英国のエスタブリッシュメントは、メディアを使ってチャヴを「英国のモラルを劣化させ沈没させる悪魔たち」にするPR作戦を繰り広げたが、これには「チャヴをこよなくダサいものにする」という戦略も含まれていた。邪悪でもクールなものには惹かれる人はいるが、邪悪だは救いようもないほどダサいはでは、誰も同情も共感もしなくなるから、為政者にとっては切り捨てるのに都合がよい。
 かくして「Chavs」は新たな「族」になる資格「クールであること」をはく奪され、フードで顔を隠して盗みや暴力行為を行う犯罪者集団「フディーズ」として定着した。それ以来UKに「族」が出て来ていないことを考えれば、政治がUKのポップ・カルチャーの沈滞に対して負う責任は大きい。

 オルタナティヴ・ロックが純粋にその芸術性や音楽性のみを追求するようになり、反逆だの政治だのと言った無駄な要素を捨てたことは、音楽芸術の一形態として幸福なことだという人もいる。
 が、英国にはジョン・ライドンも好んで使う「Arty Farty」(すぐアートがどうとかもったいぶって言い出す屁みたいな奴――ブレイディ訳)という言葉もあるように、それだけじゃねえだろうという気骨が伝統的にあったはずだ。そして(世界を絶賛席巻中の)ロイヤルファミリーだの、アフタヌーンティーだのといったものとは違う、この国のもうひとつのカルチャーや魅力はすべてそこから派生していたのである。
 しかし、それがエスタブリッシュメントの政治によって組織的に抑え込まれている状態がどれほど長く続いていることか。
 音楽のほうがポリティクスを捨てたつもりでも、あちらはしっかり音楽を囲み込んでいる。

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ブレイディみかこブレイディみかこ/Brady Mikako
1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『花の命はノー・フューチャー』、そしてele-king連載中の同名コラムから生まれた『アナキズム・イン・ザ・UK -壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン、2013年)がある。The Brady Blogの筆者。http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/

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