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interview with Ariel Pink

interview with Ariel Pink

パティ・スミスは大嫌い

――アリエル・ピンク、インタヴュー

野田 努    通訳:伴野由里子   写真:小原泰広   Jul 24,2012 UP

音楽が必ずしも多くのことをできるとは思っていないよ。現代では、革命は音楽とは別なところで起こっている。コミュニケーションや情報といったところでね。僕は僕自身らしくいて、自分の主張をもっと多くの人に届けるってことだね。

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ブルース・スプリングスティーンやパティ・スミスについてはどう思いますか?

アリエル:ブルース・スプリングスティーンは言ってることが極端すぎる。エクスペリメンタルな精神というモノを知らない。

パティ・スミスは?

アリエル:大嫌いだね。

ええええええ! 何故? どうして?

アリエル:僕にとってはでたらめばっかりで、ベタで、そして陳腐に感じられるからさ。

えー、日本人の僕からするとああいう人がいるアメリカって良いなーと思うし、だいたいああいう風に矢面に立ってくれるミュージシャン、彼らのような存在こそアメリカの音楽文化における誇りでしょう?

アリエル:んんん......

あなたは前作で「革命なんて嘘さ、革命するくらいなら逃げろ」と歌っていますが、「音楽で社会を変える」という発想があなたにとって陳腐に感じられるのですか? それとも彼らのやり方が好きになれないんですか?

アリエル:彼らのやり方だね。人びとの「革命」というものへの考え方を改悪していると思う。そもそも革命っていうのは理解するのが難しい概念だよ。僕の意見では、革命というのはとてもマルクス的なんだ。そもそもマルクスの共産主義っていうのは、革命を呼び起こすことで、それを果てしなく続けることだ。だからある意味、僕にとって共産主義というのは継続的な革命なんだ、アナーキズムともよく似ている。だからすごく難しいことだとは思うけれど......でも、僕らが革命っていう概念を複雑化させるのはいいことだと思うよ。

あなたにとってスプリングスティーンやパティ・スミスは単純過ぎるんですね?

アリエル:そうだよ。逆に言えば、そもそも革命なんてしょっちゅう起きている必要はない。僕が思うに、マルクス主義は、ひたすら革命を作り出すものとして理解されている、パティ・スミスがやっていることがそうだよ。もしかしたら僕がマルクスを誤解しているのかもしれないけどね。だけど、僕がマルクスに賛同するのは、ある意味では社会の発展するままに技術が発達して、より高度な産業的な社会へと向かっていけば、そこには共産主義的な傾向が生まれるという観点においてなんだ。社会が発達するほどに共産主義的傾向が強くなるとしたら、いいことだ。それによってもっといろいろな場所のたくさんの人に利益がおよぶようになるからね。そうだろ? 誰も搾取される対象がいないっていうのが理想だ。そう言う意味では共産主義は道理にかなっているとは思うよ。

うーん、もっと話したかったけど、もう時間なんで、最後の質問です。あなたが思う、音楽にできうる最善のこととは何だと思いますか?

アリエル:音楽が必ずしも多くのことをできるとは思っていないよ。現代では、革命は音楽とは別なところで起こっている。コミュニケーションや情報といったところでね。僕に何ができるかってことでいうと、僕は僕自身らしくいて、自分の主張をもっと多くの人に届けるってことだね。僕に注意を向けてくれる人たちもいるから。そして、議論や会話が生まれるんだ。もっとも、革命は1曲の神秘的なパワーから生まれることはない。そういうのはただの幻想さ。

「アメリカは自分たちを変えることに夢中になっている人の文明である」という言葉がある。取材でもっとも印象に残ったのは、言うまでもないことだが、僕が「ブルース・スプリングスティーンやパティ・スミス」という言葉を言ったときの彼の苦虫をかみつぶしたかのような表情、彼があまりにもストレートに彼ら社会派に「ノー」を言ったことだった。

『マチュア・シームス』は、『ビフォー・トゥデイ』とは比較にならないくらいに悪意に満ちている。収録曲のすべては耳のなじみの良いポップ・ソングだが、言葉は気が滅入るほどネガティヴで、狂っている。「夢のような防弾チョッキをまとってふらふら歩いてる/海向きの船は精子まみれの脳みそにちょうどいい」「バカット・ジャグジーワッドが君のケツを愛撫する/自殺団子が睾丸爆弾を投下する/テクニカラーで蹴っとばせ/相談はママにしろ/ユングやジークムント・フロイトみたいに/ブロンドを掌握した爆弾&死のフェラチオ/ペニス付きの女たちがシャブで大興奮だ」"キンスキー・アサシン"
歌詞だけ読めば三上寛......とういか、フロイトを弄んでいるのだろうけれど、『マチュア・シームス』は音だけ聴いていると、取材で言っているように甘々のMORテイストさえ強調する、キッチュなポップ・ミュージックだ。もしこのアルバムにキャッチコピーを付けるなら、「ジョン・ウォーターズが作詞したカーペンターズ」といったところだろうか。バッド・テイストやシニシズムを繰り返しているわけではない。アリエル・ピンクはたぶん、いや、明らかに新自由主義にも毒づいている。「やってられないよ、冬は悲しい気分になるから隠れてるんだ/身を切るような寒さに心が病みそうだし頭がおかしくなりそうだ/でもそれはぼくじゃない/北朝鮮こそがぼくだ/さようならアメリカ人/君のお金なんだから必要なときに使いなよ」"フェアウェル・ アメリカン・プリミティヴ"

そして、アルバムの最後に収録された"ノストラダムス・アンド・ミー"だ。あらゆる方角に毒をまき散らしたあと、この男はぬくぬくと心地よい夢に惑溺していく。ゆっくりと......恍惚のなかを......「間もなくこの忌々しい世界も/果てしない過去によって転覆させられるだろう/さようなら バイバイ」......。
 新世代(ミレニアルズ)からの抵抗である。コンセプトとして、実に興味深い"問題作"(と呼ぶに相応しいアルバム)の登場だ。

取材:野田 努(2012年7月24日)

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