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Ariel Pink's Haunted Graffiti

Ariel Pink's Haunted Graffiti

Before Today

4AD/Hostess

Amazon iTunes

橋元優歩   Jul 05,2010 UP
E王

 アリエル・ピンクの音楽は、いつもハリボー社のグミ・キャンディを思いださせる。とくにクマのやつだ。ピンク、グリーン、イエロー、橙、さまざまな色のクマ型をしたグミがぎっちりと袋詰めされている。みな同じ形だ。表情に乏しいクマが、一様に透き通って光を反射しながらひしめくのを眺めていると、いまにもそれらがわらわらと動き出すのではないかという錯覚にとらわれる。じつにスキゾフレニックな眺めだ。このくらいでないと子どもの心をつかむことができないのかもしれない。

 奇怪で愛らしいアリエル・ピンクの初期作品は、8トラックのテープ・レコーダーで録音された過度にローファイなサウンドと、そのようにスキゾな構成(「構成」と呼ぶのは矛盾だが......)を特徴としていて、セールスはさておき、彼の名とその方法論を広く後続世代に刷り込んだ。多動的でせわしない展開、心に浮かび、消えるままに連ねられたメロディの切れっ端はまさにあのクマ一体一体に重なる。彼を見つけてきたのがアニマル・コレクティヴだというのも意義深い。それぞれ2004年と2005年にアニマル・コレクティヴ主宰のレーベル〈ポー・トラックス〉から再発された『ドルドラムス』と『ウォーン・コピー』を聴けば、人びとが何をアリエル・ピンクだと認識しているのかがわかるだろう。個人的には、両作品のあいだに録音されながらも埋もれていたトラックの寄せ集め『スケアード・フェイマス』が聴きやすいと思う。

 さて、だが名門〈4AD〉に移籍となって初の本作は、そうしたアリエル・ピンク像を"卒業"し、更新するものになったようだ。われわれはもうおっかなびっくり彼とR.スティーヴィー・ムーアとを比較しなくていい。生まれた時代も違うのだ。もともと両者を比べようという了見が、偏狭な音楽観に基づいたものではある。しかし、それを措いても今作は、彼自身の文体にしっかりと肉がついたという印象である。
 バンド編成になって初のフル・アルバムであるということも大きいだろう。彼ひとりの頭と心のなかに渦を巻いていた音のヴィジョンは、他のメンバーに共有される過程で様々な妥協や研磨を経験したに違いない。とくに中盤のシングル曲"ラウンド・アンド・ラウンド"以降の流れには、これまでの彼にはない持続的なアンサンブル、そして音質の向上がみられる。

 洒脱なイントロからはじまるシティ・ソウル"ビバリー・キルズ"では、これまでなら「もっと聴かせてほしい」というところで雲散霧消してしまっていたメロディの断片のフル・ヴァージョンが聴ける。もちろん曲という単位の成立を危うくするほどウィアードなチョップが彼の持ち味なのだが、1曲がすっきりと形を備えていても、ちゃんと彼のオリジナリティは生きるのだなと感心した。むしろ引き立つかもしれない。iPodの再生回数を見ると他のアルバムよりも圧倒的に多く、それはそのアルバムの底力を測るひとつの指針ともなるだろう。ダイアー・ストレイツのようなMTVのヒット・ポップスからイーグルスを思わせるようなやや疲れたウエスト・コースト・ロックまで、アダルトでメロウなマテリアルがひとりの男の頭のなかでかき回され、バンドによってフィジカルにほどかれていく。多重人格的に変幻する愛敬あるファルセット・ヴォーカルも少し角が取れていてとてもよい。
 続く"バットハウス・ブロンディーズ"などは、デレク・アンド・ザ・ドミノスかという長尺のギター・ソロがフィーチャーされており、その音の厚みやハードさに加え、ブルージーなフレーズを情緒細やかになぞっていくピンクの声にぐっときてしまう。ソフト&メロウな"キャント・ヒア・マイ・アイズ"も、本作のハイライトのひとつとなるだろう。濡れたようなシンセと甘やかなギターにサックスが切なく絡むAORフィールなミディアム・ナンバー。ここでも彼はしっとりした情感を1曲ちゃんと歌い上げている。これがまた素晴らしい。

 レトロ志向な若いアーティストが多い昨今、否定するつもりはまったくないのだが、その多くはファッション的なものである。しかし、ピンクにおいては古い音へ向かう動機がもう少し根深いところにありそうだ。ローファイ的な方法論にしても、いちどだってシーンのムードにひっぱられたことはないだろう。彼は彼自身の理由でレイドバックしている。それはおそらく、彼の居場所がそこにしかないという切実な理由だ。ガールズのクリストファー・オーウェンスにも同じようなことを感じるが、彼が強度のある名曲をいくつも書いているのとは対照的に、ピンクのほうは全体にまとまりを欠いた散漫な作品が多く、それが彼らしさを形作ってもいた。しつこいようだが、だからこそ1曲が曲としてのまとまった形を成しているということが本当に感慨深いのだ。
 いつまでも大人になるのを拒んでいても仕方がない。これまで彼が見せてくれた作品は、言わば彼の宝箱である錆びた菓子の缶から取り出してきた、キンケシやら鳥の羽やら古い切手やらという幾多のがらくたであった。それはいずれも得難く、純粋で、おもしろく、輝いていた。が、そのまま少数の理解者に囲まれてピュアに生きていこうとすれば大きな苦痛を伴うだろう。どこかで外に出なければならない。本作はバンドという助力を非常に良い方向で得て、ベッドルームから踏み出した記念碑的な作品である。
 決してメジャー感はない。やっていることも、そもそも動機のレベルで流行とは無関係だ。しかし彼の極めて個性的な才能が「夭折の天才」のような終わり方をしてほしくない、まだまだどうなるのか見続けたいという人にとって、『ビフォア・トゥデイ』のできは我がことのようにうれしいはずである。本当に、広く聴かれてほしい1枚だ。

橋元優歩