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RIP

R.I.P B.B. King

R.I.P B.B. King

追悼:BBキング

日暮泰文 May 22,2015 UP

 ブルースの王者、と何の注釈も懐疑も付されることなく尊称を受けた人物、BBキングが89才でこの世を去った。2015年5月14日。王者の死とは何を意味するのだろう。あるいはブルースの死とほとんど変わらない意味を持つものなのか。
 BBが身近な存在だった人もいれば、ブルースなんてまったく別世界、という人もむろん多かっただろう。根源的な音楽、だけれど避けて通りたい音楽、できればその音楽ファンだと悟られたくない音楽……であったかもしれない。でもこの世に生きている以上、その網の目から逃れることのできないのは、ブルースという音楽の持つ根強さ、存在感、無意識のうちに人に宿る精神性あればこそである。BBキングはまさにそれを体現していた。
 
 1925年、和暦で言うなら大正14年、日本では初めてラヂオ放送が開始されたというこの年、蛇行するミシシッピ川と歩みを共にする死の川、ヤズーの流れを近くに見るデルタ地帯バークレアで貧しい刈り分け小作人一家に生まれたライリー・B・キングだったが、空腹をどうにも抑えきれないまま、州を東西に走るハイウェイ82を往きつ戻りつした少年時代から星霜いくつか、終のすみかとしたのは、糖尿病と闘ったラスヴェガスの自宅であった。死ぬまで現役、2度の結婚暦があるが66年以降独身であり、15人の女性の間に15人のこどもがいる、と本人は確認していた。
 功成り名を遂げた人生のように思えるが、そこへ至る道筋は容易なものではなく、何よりもBB本人の不屈の前へ進む力、底知れぬエネルギーがあって初めて実ったものだった。
 BBのブルースに対する姿勢は首尾一貫したものがあったが、その周囲の聴き手は揺れ動くものだった。メンフィスのラジオ局でDJとして活動していた頃の1952年「夜明け前3時のブルース」の大ヒットによって一躍黒人社会で名声を手にした。しかしそのあと、ロックンロールの時代の到来により人気下降の音楽となったブルース、それに歩調を合わせようとしたり、また白人ポピュラー歌手の分野に入ってなんとかメインストリームの聴衆をつかもうともした。最も心が痛んだのは、黒人聴衆がブルースに背を向けたときだったろう。ブルースは奴隷制時代を思い出させる、過去の忌まわしい音楽、というような見方が広がり、ステージでブーイングを受けたこともしばしばだった。その苦しみからの救出は、60年代後半にやってきた。ロック・ギタリストたちによる一種の神格化である。68年、初めて線路を渡り、今や伝説的なライヴ、フィルモアへの出演では、ステージに登場するなり観客が総立ちとなっており、BBは感激のあまり涙を流したと伝えられる。一部とはいえ黒人客からのリアクションとのこの違い。自分の音楽をなんとかしてメインストリームに届けたいと思い描いてきたBBにとって、突然の啓示ととらえられたのではないだろうか。60年代初めにはBBの打ち立てたモダン・ブルースは完成していた。ホーン・セクションを前面にしてドライヴし続けるバンド・サウンド、核心には愛ギターのルシールに歌わせながら、一体化してゆく自身の濃密な歌。ヴォーカル&ギターの合体があってこそのキングの称号であり、ブルースの一大革新である。
 71年初めて日本へやってきた。年に300日を超えるワン・ナイターを繰り返すBBだが(記録では1956年には年間342回のライヴを行ったことがある!)それと寸分違わないショーを日本人に披露、このライヴにはぼくも度肝を抜かれたものである。ロックでもない、ソウルとは違う、かといってジャズとは別もの。初めて日本にブルースが屹立した。このとき、公演を行った今や伝説的ショウ・クラブ、赤坂ムゲンの屋根裏楽屋で幸運なことにインタヴューする機会を得たが、その人当たりの良さにさらに驚愕したものだ。まだ40代の王者の顔をのぞき込む。いったいこの人はどういう人物なのか、お人好しか、あまりにもプロフェッショナルなのか……BBの好きそうなレコード、ドクター・クレイトンのブルースなどかけながらぼくは判断しかねていた。ちょうど彼の最大のヒット曲ともなる「スリル・イズ・ゴーン」の時期だ。「スリル・イズ・ゴーン、いやまったく」などとレコード評にしたり顔で書く男もいたが(筆者です)、一般世界ではとっつきにくいと思われたブルースがいくぶんポップ分野に降り立ってきたところだった。
 この時点でBBはスーパー・ギタリストとしての扱いを主にロック側から受けるようになっていた。だからといって黒人聴衆をないがしろにするような人物ではなく、いわゆるチタリン(臓物)・サーキット(黒人ミュージシャンが渡り歩くライヴのルート)回りは続けている。エリック・クラプトンやU2との共演が飛躍的にファン層を広げたのは確かだし、それはBBの意志と、60年代からバックについたマネージャー、シドニー・サイデンバークの力の結晶でもあった。そんな一方、時期的には晩年になるが同じミシシッピ出身のヒップホップ・ニューカマー、ビッグK.R.I.Tの人種主義をテーマにした曲に敢然と参加したりしたのも、BBにとって決して忘れることのない事柄が何なのかを端的に示していた。それは前を見据える25才の青年と酸いも甘いもかみわけた85才の老人が意気投合した一瞬であり、ブルースという名前を持った音楽が飄々と現れることに、アメリカにとって逃れることのできないくびきを感じる場面だった。「ヒップホップはブルースだ」とはBBの訃報に接したジェイZの一言である。
 王者はスウィート・チャリオットに乗って、たゆたう天空を昇っていった。だがブルースは誰の心にも生き続ける。それがBBの大書していった遺言である。

日暮泰文

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