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RIP

追悼:水木しげる

追悼:水木しげる

三田格 Dec 03,2015 UP

 熊野で語り草になっていることがある。80年代初めに行われた白虎舎の合宿で、正確には暗黒舞踏のオーディションのようなものであった。僕も実態はよく知らなかった。なにがどうしてどうなったのか僕はスタッフとして誘われ、軽い気持ちで車に乗った。熊野という場所にも興味はあった。

 体を動かすのは午後からで、午前中は様々な講師陣がいろんな話を聞かせてくれた。そのなかに水木しげるさんもいた。「騙されて連れてこられた」と後には語っていたそうだけど、水木さんは1週間に渡って滞在し、ほとんど毎晩のように僕たちスタッフにもいろんな話を聞かせてくれた。片腕がないことを、僕はその時まで知らなかった。『河童の三平』や『ゲゲゲの鬼太郎』は片手で描いていたのかと僕はショックを受けた。単純に片腕の重さがないわけだから、水木さんが歩くと上半身はバランスを取ろうとして大きく揺れる。水木さんは振り子のように歩いていた。大変だなー、大変なんだなーと僕は水木さんが視界に入るたびに思った。斜めに傾いたまま夕陽のなかに突っ立っていた水木さんの姿が僕は忘れられない。理由はわからないけれど、誰もいない廃校のグラウンドに水木さんはひとりでじーっと立っていた。

 午後の授業には水木さんも参加していた。塾生たちと一緒に体操をしたり、ハードな内容の時には遠巻きに眺めていたりした。スタッフは自主参加だったので、僕も気楽な気持ちで同じようにやっていた。5日目からは、しかし、それができなくなった。白虎舎の教官たちが塾生たちの髪を剃ろうといきなり滝壺で襲い掛かったのである。後で説明を聞くと、髪を剃られまいとして激しく抵抗した者を新メンバーとして加えたかったのだそうである。結論から言うと、その年は噂を聞いて前の晩に逃げ出した人たちと黙って剃られた人たちの2通りしかいなかった。つまり、スカウトしたい人はいなかったということになる。女性は皆、眉を剃られてしまった。

 次の日の午後も同じように体操などのメニューが消化されていった。しかし、残った人たちの気迫が違う。僕も水木さんもその場にいることが難しくなって早々に離脱してしまった。いても迷惑になるだけだと感じ取ったのである。そして、ヘルムートというドイツ人のフォトグラファーと3人でなぜか車座になって、今度は昼間から水木さんの妖怪話を聞くことになった。ところがドイツ人には何ひとつ日本の妖怪話が通じない。水木さんが「暗い森に入っていくと……」と語り始めればヘルムートが「それがどうしてコワいんですか?」、「打ち捨てられた傘がやがて妖怪となり……」と言うと、「なんで? なんでモノが妖怪に?」と、いちいち話の腰を追ってしまい、さすがの水木さんも匙を投げてしまった。どちらかというと話を盛るタイプなので、これはどうだ、これはどうだと、様々な角度から攻め入ったあげく、どうにもならないといった表情で水木さんは無言になってしまった。そして、1週間が過ぎて水木さんは東京へ帰っていった。合宿はその後も1週間近く続いた。

 東京に戻った僕は水木さんの『総員玉砕せよ!』を始め、戦記モノを読み漁った。戦地での話が印象深かったからである。水木マンガは妖怪マンガしか知らなかったので広がりとして新鮮だったということもある。水木さんが話してくれたのと同じ話もあったし、そうでない話もあった。とくに『総員玉砕せよ!』を読んだ時は、常日頃から感じていた日本的集団性が凝縮して告発されているように感じられ、就職活動すらしなかった僕には非常にリアリティをもって訴えかけてくるものがあった。昔のことを描いているだけとは思えなかったし、日本がもしも戦争になったら日本全体が水木さんが描いているような日本的集団性に隙間なく覆われてしまう。小学生の時から通知表に「協調性がない」と書き続けられた僕としては(あれはあれで傷つきますよね)、それを避けるためにも戦争には反対だと思うようになった(後に知ったことだけれど、『総員玉砕せよ!』は水木さんが原稿依頼を受けて描いた作品ではなかった。出版社を当てにせず使命感だけで描きあげたそうである)。

 水木さんにもう一度会える日が来るとは思わなかった。それは赤塚りえ子の次のひと言から始まった。「最近、水木プロも娘さんが社長になったんで、お互いにがんばろうと食事会を開いたんだ」と。ピーンと来た。その少し前にメタモルフォーゼで赤塚りえ子と手塚るみ子が初めて出会った場にもたまたま居合わせたので、子どもの頃に読んだマンガ家の娘が3人とも揃っているところを想像してしまったのである。企画を持ち込んだ朝日新聞の近藤記者も僕の話を最後までは聞いていなかった。あの企画は本当に早かった。『ゲゲゲの娘 レレレの娘 らららの娘』の編集がこうして始まり、赤塚不二夫の死を挟んで鼎談集は完成した。記憶違いでなければ、その本を見て水木さんは「ふ~ん」とだけ言ったそうである。

 『ゲゲゲの娘 レレレの娘 らららの娘』には3冊のスピン・オフがあり、『赤塚不二夫 裏1000ページ』『手塚治虫エロス1000ページ』と併せて『水木しげる 超1000ページ』というアンソロジーも僕は編集させていただいた。『ゲゲゲの娘 レレレの娘 らららの娘』を読むと、当たり前のことだけれど、等しく国民的なマンガ家の娘で、似たような年頃とはいえ、ぜんぜん違う性格だということがよくわかる(順に「父ちゃん、パパ、お父さま」と呼び方からして違う)。そして、それ以上に違いが出たのはアンソロジーの編集の仕方だった。大雑把に言えば、手塚さんと赤塚さんは父親の作品であろうとも批評的に接し、手塚さんは時代性を重視する編集者的な視点、赤塚さんは普遍性に重きを置くアーティスティックな感覚を持っている。彼女たちとの共同作業はそうした批評性を共有し、時には議論を戦わせることに醍醐味があった。これに対して水木姉妹は父親の作品に優劣があること、それ自体がわからないという。コンセプトを固めるまでは非常に精緻な議論を展開していたのに(あまりに厳格なので、途中で一度、編集を諦めようかとさえ思った)、商品のコンセプトが明確になると、そこから先は口を出さないから自由にやってくれというのである。あれとこれではどっちがいいかという相談もできなかった。

 『水木しげる 超1000ページ』のコンセプトは、あらゆる作風を網羅するというものであった。結論から言うとやはり全体のバランスを考えてしまうので網羅はできなかったものの、かなりな範囲までカヴァーでき、しかも、水木さんがかつて「ガロ」に東真一郎の名義で書いたエッセイを初収録することもできた。妖怪モノと戦記モノはほぼ読み漁っていた僕も本腰を入れて読み始めてみると、こんなものまで描いていたのかと、そのキャパシティには驚くべきものがあった。ハイチの独立運動を描いた歴史モノやフェミズムに対する微妙な回答、「ゴーマニズム宣言」の書評やメキシコでのドラッグ体験、リチャード・マシスン調もあれば、『デスノート』とまったく同じ話まであった。これらの作品を、しかも、水木さんは一度も締め切りに遅れたことがなく、描き続けたそうである。なぜか。仕事が来なくなったら、またビンボー暮らしに戻らなければいけなくなると思っていたからだそうである。

 普段から本屋で自分の本を見つけると何冊でも買ってきてしまうという水木さんは、『超1000ページ』もたいへん気に入っていただいたそうで、見本とは別に30セットも買っていただいた。その上、それからほどなくして帝国ホテルで行われた「米寿を祝う会」にもお招きいただき、25年ぶりに歩く姿を拝見することができた。一躍、時の人となった「ゲゲゲの女房」と手を取り合って2人で入場してきた刹那、同じといえば同じ、歳をとったといえば歳をとった水木さんがそこにいた。大勢の拍手に照れるでもなく、嬉しそうでもなく、かといって無表情でもなく、何か考え事をしているような表情だった。

 以前書いたことの繰り返しになってしまうけれど、米寿の会でとくに印象深かったのは、水木さんの人生を振り返るショート・ムーヴィを見終わった後、司会の荒俣宏さんにコメントを求められ、水木さんが「戦争のことしか思い出せない」としか言わなかったことと(場内、ちょっとシーンとしてしまいました)、そして、退場される時に、まだ山と残っていた食べ物の山を見て「どうしてこんなに食べ物が残っているんだ」というような表情でしばらくテーブルを見つめていたことである。水木さんのことなので「食べたいな」と考えていた可能性も捨てきれないところはあるものの、やはり、あの時の表情は現代の生活様式に対して、ちょっとした敵意のようなものを覗かせた瞬間のように僕には見えてしまった。この時の表情もあまり描写できない。

 『総員玉砕せよ!』は水木さんが戦地で経験したことをそのまま再現したもので、それはいわゆる直接的表現になるかと思うけれど、水木さんが戦争を通して抱いた死生観を作品に強く滲ませたものとしては、『河童の三平』が僕はダントツだと思う。生と死の境を歩き続ける三平の無力感は死に対して常に抗いながらも、人がそれほど死に対して強くなれないことも同時に表現し、生きるという価値観に親鸞が示したような逆説もない。それこそ人間はどこか漂うようにしか存在できないものとして扱われている。水木さんが常日頃は非常に楽観的な人であったことを思うと、そのギャップにはどうしても痛々しいものが含まれてしまう。三平のまわりにいるのは動物か、さもなければ空想上の存在ばかり。三平の味方をする人間はほとんどいない。

 戦争体験を後の世代に伝える「作家」のひとりが水木しげるであったことを僕たちはもっと深く感謝すべきなのだと思う。そして、そのユーモアに。合掌。

三田格

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