Home > Interviews > intervew with DE DE MOUSE - 僕の場合、子供っていうのは真っ直ぐさみたいなものの象徴としてあるんです。冒険とか……思春期前の真っ直ぐさ。先の見えない真っ暗な未来へと飛び込まされる以前の、真っ直ぐさ。
僕にとって〈ロムズ〉は届かない人たちだったんですよ。みんな独自のオリジナリティというか、スキルを持っていて、自分はまだそれを確立できていないから、自分はその辺の人たちと対等にはなれないけど、近づけるようにがんばってみようって。そこからデデマウスのファーストが作られるんです。
エイジ君(コーマ)とは、じゃあ、もう知り合っていたんだ。
デデ:その頃はまだ出会ってないんです。作っていた音楽も違っていたし、僕は僕で、リチャードの幻影を追い求めるのは止めて、もっと自分のコード感を出した曲を作っていたし。コーマ君と出会ったのは2004年ぐらいです。僕の友だちの女性シンガーで、Jessicaという子がいて、それをワールズ・エンド・ガールフレンドやジョセフ・ナッシングがアレンジするっていうことで紹介されたのが最初かな。僕もそれに参加したんです。
そのときはもうデデマウスとして活動していたんだ?
デデ:いちおうしてました。でも、そんなにアクティヴではなかった。23歳の頃かな、いちど〈19頭身〉の人と喧嘩になってしまったことがあって、自分も悪かったんですけど、そういうこともあって自信をなくしている頃で、もう外に出るのが恐くなってしまって(笑)。
ハハハハ。
デデ:恐いなって。だから〈ロムズ〉の人たちもきっと恐いんだろうなと思っていました。で、ジョセフと会ったら、すごく変人だけど、すごく柔らかい人で。で、コーマ君は、〈ロムズ〉の3周年に行ったときかな、僕が「すごく良かったです」って声かけたんです。そこでデモを渡したら、後からメールをくれて「君はストリートっぽい音楽をやるよりもメロディものにいくほうがいいんじゃないかな」みたいな内容で、「あ、やっぱそうなんだ」って思って。それもターニング・ポイントだったな。
ホント、気の良い連中だからね。
デデ:〈ロムズ〉のアニーヴァーサリーは毎年行ってましたよ。
なるほど。たしかにデデマウスからは、キッド606からの影響も感じるんだよね。あのアウトサイダーな感覚というか、アナーキーな感覚というか(笑)。
デデ:それはすごく嬉しい。エイフェックス・ツインやキッド606もそうですけど、僕にとって〈ロムズ〉は届かない人たちだったんですよ。みんな独自のオリジナリティというか、スキルを持っていて、自分はまだそれを確立できていないから、自分はその辺の人たちと対等にはなれないけど、近づけるようにがんばってみようって。そこからデデマウスのファーストが作られるんです。
なるほど。
デデ:エイフェックス・ツインはとんでもなくすごいし、〈ロムズ〉の人たちもすごいし、だったら自分にできることをやるしかないって。そう思えるようになってからアクティヴになりました。
どんな場所でやってたの?
デデ:中野の〈ヘヴィーシック〉とか。自分の近くいたのが、ゲットー・ベースの人が多くて。
おお。
デデ:DJファミリーとか。
僕もミックスCD持ってますよ。
デデ:そう、あの頃ゲットー・ベースすごかったじゃないですか。あの辺の下世話で、BPMが速い感じが好きだったから。
デデマウスの音楽とはあんま繋がらないけど。
デデ:そんなことないですよ。自分のなかではあるんですよ。あの下世話さ、ストリート感、そしてメロディというのは実は自分のなかにあるんです。
なるほどなー。話聞いていてすごく面白いんだけど、デデマウスがいた場所というのは、90年代のテクノ熱がいちど終わってしまって、で、廃墟のなかでなんか子供たちが遊んでいるぞっていう、そんな感じだよね。何もないところでさ。
デデ:シーンを意識してなかったですけどね。踊らせたい、メロディを聴かせたい、それだけとも言える。それでも、〈ロムズ〉まわりの人に聴かせるのは恐かった。自信がなかったんです。それでも支持してくれて......〈ロムズ〉5周年のアニーヴァーサリーには僕も出てるんです。
あ、僕もそれ行ってるかも。アニヴァーサリーにはけっこう行ってたよ。
デデ:けっこう来てるんですよね。サワサキさんも来てたって言ってたし。そういうなかで、僕はB級だってずっと思ってたんです。
ジョセフ・ナッシングは〈プラネット・ミュー〉だし、コーマは〈ファットキャット〉だったりとか、海外からも出していたしね。
デデ:〈プラネット・ミュー〉なんか......僕のなかでは夢ですよ。僕、〈ドミノ〉から返事をもらったことがあったんです。
いいじゃない。
デデ:でもリリースまではいかなかった。ちょうどフランツ・フェルディナンドを出した頃で、良い時期だったんだけど(笑)。「がんばれ」みたいな返事だった。それはそれで自信になったんですけどね。
ただ、僕もふだんは〈ロムズ〉まわりの人たちとつるんでいたわけじゃなくて、月刊プロボーラーっているじゃないですか?
はい。
デデ:あの辺の、テクノの人たちと一緒にやってることも多かったんです。わりと根無し草的に、いろんなところでやっていた。自分のホームを欲しいなと思っていたけど、ボグダン(ラチンス)の影響があったわけじゃないけど、ライヴでめちゃくちゃやるっていうのが......。
ボグダン! あれ面白かったよね。
デデ:わけもわからず「あー」って叫んで(笑)。ラップトップでもああいうの良いなって思って。自分にカツを入れるためにマイクで「ぎゃー」って叫んでアジテートしたり。
時代のあだ花じゃないけど、ブレイクコアみたいなシーンが花咲いたよね(笑)。
デデ:すごかった。「何? ブレイクコア? 意味わかんなくねぇ?」みたいな(笑)。で、そういうなかで「ぎゃーぎゃー」言いながらライヴやってたんですけど、何かそういう、サーカスの見せ物小屋的なところで「こいつ面白い」と言われることも多くて。それがまた勘違いされる第一歩になってしまったというか。
それこそベルリンでジェフ・ミルズが初めてDJやったときは、まわしたレコードをすべて放り投げるパフォーマンスをやったという伝説があって、やっぱそういうサーカスティックな行為って「オレを見ろ!」ってことなわけでしょ?
デデ:格好いい、それ。やっぱそうなんだね。DJファミリーもね、ジャグリングがうまくて、かけたら前に放り投げるっていうことをやっていた。で、そういうことやられると、見てるほうもやっぱ上がりますよね。
重要ですよ、そういうことは。
デデ:で、あるとき〈ユニット〉でやったことがあって。シロー君も出ていて、シロー君は上でやっていて、下で永田さんがやっていて、で、僕の友だちが永田さんに僕のデモを聴かせてくれて、で、永田さんが「君、いいよ」って言ってくれて、そこからアルバムの話に発展するんです。〈ロムズ〉から出したかったんだけど、〈ロムズ〉は何も言ってくれないし(笑)。
ハハハハ。このインタヴューを真っ先にシロー君に読んでもらおう(笑)。
デデ:いやー、怒られちゃいますよ。
おおらかな人だから、笑ってくれるよ(笑)。
野田 努(2010年3月24日)