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interview with Epstein photo by Kristi Sword

interview with Epstein

ブルックリンのなかのラテン・インディ・ヒップホップ

――ロベルト・カルロス・ラング(エプステイン)、インタヴュー

   Mar 07,2011 UP

ラテン・コミュニティでは、サルサやラテン・ダンス・クラブには日常的に出入りしていました。母の好きな歌はどれもダンサブルで、情熱的なものばかりです。僕と一緒のときもその頃流行っていたラテン・ダンス・ソングを選曲して、僕と一緒に踊りました。


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■記憶している限りで最初に心から愛した歌は何でしたか? そしてなぜそんなに愛したのですか?

ロベルト:頭から離れない感覚を持った初めての歌は"カバロ・ビエジョ"というものでした。どのヴァージョンだったかは覚えていませんが、メロディと歌詞が忘れられなくなりました。たぶんクンビアのヴァージョンだと思うのですが、それからフォーク・ミュージックや地元の音楽を探して聴くようになりました。大学に行ってから知ったのは、この歌がベネズエラの詩をもとにしてできたベネズエラの古いフォーク・ソングだったことです。煙たい家の部屋に友人や家族が集まって踊ったり、みんなで出かけたりした、何となく懐かしい思い出を呼び起こす感覚があります。この歌は昔を思い出す歌のひとつでラテンの人間であれば誰でも知っていると思います。

■ご両親はどんな音楽を聴いていたのですか? 楽器は弾いていましたか? 
祖父母やそのほか親族にミュージシャンはいましたか?

ロベルト:母は13歳のとき、たしか1965年にニューヨークに移り住みました。アッパーウエストサイドのセントラルパークから数ブロック先で育ちました。この頃のニューヨークではセントラルパークでのフリー・コンサートが盛んで、いろいろな人の音楽の思い出となっているようです。祖父母は厳しかったので、その頃のヒッピー的な思想には染まらずに、母はまじめに育ちました。でも、ラテン・コミュニティでは、サルサやラテン・ダンス・クラブには日常的に出入りしていました。母の好きな歌はどれもダンサブルで、情熱的なものばかりです。僕と一緒のときもその頃流行っていたラテン・ダンス・ソングを選曲して、僕と一緒に踊りました。リビングルームでラジオを大音量でかけて、スピーカーがブルブル震えるのを感じることでやっとラテン・ダンスの正しい踊り方を知ることができました。

 父は16のときにニューヨークに移り住みました。父はエクアドルにいる頃から音楽や文化に触れて育ちました。父はロングアイランドに住んでいました。そこにはエクアドル人の小さいながらも親密なコミュニティがあり、エクアドル人限定のパーティーを開いてはエクアドル国内と変わらない付き合いを続けていました。その頃聴いていた音楽はエクアドルの音楽でありラテン音楽で、僕が生まれてからも父はその頃の音楽を聴いていました。60年代~80年代のラテン・ポップスや、エクアドルのフォーク・ソングやラテンのトラディショナルな音楽です。

 思春期にも近所づきあいは続きました。うちの家族が中心になるときも、知り合いの家族が仕切るときもありました。ただ飲みながら、誰かがダンスナイトのときに流していたレコードの音を延々と録音したミックステープを聴いたり、スローなナンバーをかければみんなが歌いだし、最終的にはマイクがステレオにつながれ、親父がカラオケをかけて友だちと歌いだして夜が終わります。他にもミュージシャンの友だちが大勢いて、フォーク・ソングやトラディショナルな音楽を演奏しに来ました。いちばん近いミュージシャンの親戚は叔父さんのアドルフォで、クラシック・ギターを持っていました。ギターの弾き方を知りたいと思ったきっかけになった人です。興味を示したら叔父さんはギターを僕にくれました。

■ギターをもらったのはいくつのときですか? 初めて書いた歌を覚えていますか?

ロベルト:たしか4年生か5年生だったと思います。その頃はただ闇雲にコピーをするだけでしたが。外でサッカーをして家でギターを弾いていました。ただ弾く以外はとくに何も降りてきませんでした。

■初めて書いた歌でいまでも存在するものはありますか?

ロベルト:最初のレコーディングはROMというプロジェクトでした。12インチのシングルで「イントゥー・ザ・クラウズ」という〈カウンター・フロウ・レコーディングス〉から2003年に出したものです。ROMはマット・クラムと僕とでコラボレーションした作品です。

僕が、ニューヨークでもっとも興味深いことのひとつは、地下鉄のプラットフォームで演奏する人びとです。それらの場所は、奇妙な束の間の大聖堂のようなものです。彼らは、まるで奇抜な劇場のなかで、他で起こるいろんな出来事に匹敵する音響と音楽を聴かせてくれるので、僕はいつもその演奏に魅入ってしまうのです。

■いつごろからエプスティンのプロジェクトははじまったのですか?

ロベルト:MPC 2000を初めて買って、それでレコードを買ったり、サンプリングをしはじめた頃にエプスティンははじまりました。

■ニューヨークでの普通の1日の過ごし方について話してください。どこで食べるとかどこで遊ぶとか、何を見に行くかとか?

ロベルト:最近はずっと友だちのデイヴィッド・エリスとプロジェクトをやっているので、出かけていてニューヨークにはあんまりいないです。それと旅行もよくしています。なんとなく寒くなるとニューヨークから抜け出したい気分になるのですが、夏になるとニューヨークはすばらしくて出かけたくないと思いつつも、出かけなければならなくて、ここは暑くて死にそうです。ほとんどの時間は音楽を作ることに使っている気がします。屋内で作業することが多いのですが、だいたい適当に考え事をしたり、浮かんだアイディアを形にしたりして過ごしています。僕の音楽を通じていろんなことが平行にぶつかっていく気がします。1週間は大抵、1日中やる気の無い状態と、完全に自分の世界に入っている状態とかわりばんこに過ごしているような感じです。食べ物は、家の近くにひいきにしているメキシカンがありますが、だいたいライスとビーンズを家で食べるのと、スムージーとコーヒーをよく飲みます。

 ライヴに通うことに慣れるのには時間がかかりました。ニューヨークではライヴの入場料にお金を使うことがすごいことみたいですが、行く人と行かない人とはっきり分かれます。音楽の会場としてはライヴのセッティングで見るのはやはり理想で、〈シカモアー〉というブルックリンのディトマス・パークにある会場は、音楽にすごく集中できるいい会場です。だいたいいつもの連中がいて、音楽を聴きにいくというより友達に会いに行くという感じ。彼らが何をどうやってプレイするのかもすごく興味があります。

 また、僕が、ニューヨークでもっとも興味深いことのひとつは、地下鉄のプラットフォームで演奏する人びとです。それらの場所は、奇妙な束の間の大聖堂のようなものです。彼らは、まるで奇抜な劇場のなかで、他で起こるいろんな出来事に匹敵する音響と音楽を聴かせてくれるので、僕はいつもその演奏に魅入ってしまうのです。このようなタイプの演奏をおこなう思考や喜びは、ウェブスター・ ホールでの用意周到に準備されたショウを超えるものです。フォーマルな現場というのは、本来ギャラリーや美術館のような場所であろうと思います。あなたは、そういったものを期待してそこに行くでしょう。また、あなたが、地下鉄へと降りるとき、家に帰ろうとか、仕事、食べ物、友人のことなどを考えますよね。そして、そんなに地下鉄を利用しないひとは、リラックスするために地下鉄に乗るのかも知れません。でも、そこは、僕にとってそういった場所ではないのです。僕がニューヨークでいちばん感銘を受けるのは、パブリックな場所での演奏者ではありません。僕は、地下鉄やそのプラットフォームで演奏している人びとによりニューヨークを感じるのです。彼らがたくさんの聴衆にさらされるこの街の慣習は、ニューヨークの最も魅力的なことのひとつであるし、もしかしたら、これが、僕がバスに乗る選択があるにしても、地下鉄を選ぶ理由のひとつなのかも知れません。

(2011年3月07日)

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