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interview with Vashti Bunyan

interview with Vashti Bunyan

旅から歌へ、伝説のフォーク・シンガー、最後のアルバム

──ヴァシュティ・バニアン、インタヴュー

松山晋也    翻訳:赤間涼子   Nov 19,2014 UP

当時メディアが書いたような、子供向けの童謡などではなく、その時代のドキュメントだと彼らは理解してくれたの。発売当時は誰も感じとれなかったものを、いまの若い人たちが身近に感じとってくれる様子に、私はいつもびっくりさせられるし、うれしく思うわ。

デビュー当時の“スウィンギン・ロンドン”の雰囲気は、当時のあなたにとって心地よいものではなかったんですか。

VB:いいえ、そういうわけじゃない。他に類のないくらいインスピレーションが旺盛で創造性に富む時代だったわ。大好きだったし、関わっていたかった。ただし、他人の音楽ではなく、自分の音楽でね。たとえミック・ジャガーやキース・リチャーズの曲だったとしても、自分の音楽として関わっていたかったの。

その後、恋人のロバート・ルイスと共に、馬車で長い旅に出ました。スコットランドのルイス島のヒッピー・コミューンのことなど、たくさんの思い出やエピソードがあるんでしょうね。

VB:あの当時のことを話すには、一週間はかかるわ! 自分でも、書き留めたいとは思っているのよ。1968年のロバートとの旅物語は、私の次のプロジェクトね。私たちは、自由という夢を追って、家族や他の全てを捨て、ロンドンを離れたの。音楽業界で突き進むことに失敗したんだと思い至り、そこから離れたかった。もう録音なんかするまいと。でも曲は書き続けたわ。デビュー・アルバム『Just Another Diamond Day』に収録された曲のほとんどが、その旅のことだった。

その『Just Another Diamond Day』は、フェアポート・コンヴェンションやニック・ドレイクなどを手がけていたジョー・ボイドがプロデュースしましたが、彼とのとの出会いの経緯は?

VB:彼は、例の馬車の旅の途中、ちょっとロンドンで身を休めていたときに知り合った友だちの友だちだったの。私は、彼に会いに行って、何曲か歌ったわ。私たちがスコットランドの西海岸にあるルイス島までたどり着いて馬車の旅を終えたら、彼はその曲をアルバムとして制作すると約束してくれたの。彼は約束を守り、翌年(1969年)私たちはロンドンでレコーディングをしたのよ。

でも、『Just Another Diamond Day』をリリースした後、突然、音楽活動を止めてしまいましたよね。メディアにひどいことを書かれて失望したから、と聞いたことがありますが。

VB:その通りよ。アルバム制作からリリースまで、時間がだいぶかかり、リリースされた頃には自分の中で多くのことが変わっていて、作品は意味を失っていた。そして、メディアでも、子供の童話のようにとても軽くて、取るに足らないアルバムと評価された。私にとって、とても難しい状況だったわ。だから、再びレコードを作ったことは間違いだった、もう二度とやらないと自分に言い聞かせたの。それから長いこと、決してギターを手にしなかったわ。

そして1990年代、若い音楽家たちの間で『Just Another Diamond Day』が再評価されはじめました。それを知ったときの気持ちは?

VB:あの作品の価値をわかり、周囲にも広めてくれるような適切な人たちに私がやっと出会えたのは、2000年にアルバムを再発したときだった。『Just Another Diamond Day』は、当時メディアが書いたような、子供向けの童謡などではなく、その時代のドキュメントだと彼らは理解してくれたの。発売当時は誰も感じとれなかったものを、いまの若い人たちが身近に感じとってくれる様子に、私はいつもびっくりさせられるし、うれしく思うわ。

そういう若手音楽家、たとえばディヴェンドラ・バンハートやアダム・ピアースなどと自分のあいだには、どういう点で共通性を感じますか?

VB:ちょっと難しい問題ね……ただ彼らは、私の若い頃とは違って、精神的な強さを持った人たちだと思うわ。

復帰作『Lookaftering』の“Wayward”では、「自分は家を守って炊事や洗濯ばかりして過ごす人間ではなく、ブーツを埃まみれにしながら、気ままに果てしない道を旅する人間になりたかった」と歌ってました。隠遁後の主婦生活では、いろんな葛藤があったんでしょうね。

VB:そうね……あの曲は、家庭生活と自分の抱いていた夢のあいだに生じた葛藤の日々のことを書いたものなの。『Just Another Diamond Day』を作っている頃に最初の子供を授かり、その後の家庭生活では、もちろん我が子たちを溺愛していたけど、なんとなくいつも、自由な旅路に憧れていたのね。とくに、子供の学校生活がはじまった頃はね。

その主婦生活の20数年間は、音楽からは完全に離れていたんですか?

VB:そうね。それ以上の年月だったわ。ほとんど他の人の音楽を聴かなかったし、子供にも歌ってあげなかった。音楽的な要素のない教育を子供にしてしまったことは後悔しているわ。

前述どおり、今回の新作は、正式デビュー前の歌に近い印象を受けます。それはつまり、あなたはプロ歌手になる前から現在までずっと、ひとつの確固たる音楽的イメージや世界観を持ち続けてきたということなのかも……とも思うんですが。

VB:その通りよ。ほとんどの場合、その曲がどうあるべきなのかという自分だけのアイデアだけが頼りだし。つまり、自分の頭のなかでどう聴こえるかってことよ。初期の作品は、ギターだけでできたシンプルな構成だった。だってそれしか弾けなかったから。さっきも言ったけど、私は楽譜が読めないから、曲のアレンジはイメージできても、頭のなかにあるだけだったの。いまは音楽用ソフトとキーボードのおかげで、これまで考えもしなかった音楽構成を実現することができるわ。でも、昔同じことができたとしても、きっと最近の作品にかなり似たものだったでしょうね。

最後に、ヴァシュティという素晴らしい名前をつけてくれたご両親について教えてください。

VB:そうね、すごくユニークな名前を授けてくれたと思うわ! 私の兄と姉の名前は John と Susan で、普通のイギリス的名前なの。Vashtiという名前は、聖書に出てくる“気難しい”女性の物語に由来しており、最初は母のニックネームとして、次に父のヨットの名前として、そして最後になぜだか私に名づけられたの。私のファースト・ネームは Jennifer なんだけど、 Jennifer と呼ばれたことはないし、いつも Vashti だった。私の両親は素晴らしい人たちだった。ずっと昔に亡くなってしまったけど、もちろんいまも、いつも彼らのことを思っているわ。

質問・文:松山晋也(2014年11月19日)

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Profile

松山晋也/Shinya Matsuyama 松山晋也/Shinya Matsuyama
1958年鹿児島市生まれ。音楽評論家。著書『ピエール・バルーとサラヴァの時代』、『めかくしプレイ:Blind Jukebox』、編・共著『カン大全~永遠の未来派』、『プログレのパースペクティヴ』。その他、音楽関係のガイドブックやムック類多数。

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