ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. UKインディ・ロック入門──ポスト・パンク、ギター・ポップ、スカとダブ編
  2. Manual - True Bypass
  3. DJ KRUSH ──LIQUIDROOM(KATA)の74分DJ公演シリーズ、第3回の出演者が決定
  4. FUTURE FREQUENCIES FESTIVAL 2026 ──新たなフェスティヴァルが始動、ジョイ・オービソンやザ・セイバーズ・オブ・パラダイス、ノウワーらが出演
  5. Irmin Schmidt - Requiem | イルミン・シュミット
  6. オールド・オーク - THE OLD OAK
  7. P-VINE 50th Anniversary RARE GROOVE CAMPAIGN VOL.1 ──〈Nodlew Music〉、〈Tribe〉、〈Interim〉などのTシャツ・コレクションが登場
  8. Tomoaki Hara and Toru Hashimoto ──橋本徹(SUBURBIA)の人生をたどる1冊が刊行、人類学者の原知章による30時間を超えるインタヴュー
  9. Bill Callahan - My Days of 58 | ビル・キャラハン
  10. interview with The Lemon Twigs ロック/ポップスの素晴らしき忘れ物 | ザ・レモン・ツイッグス、インタヴュー
  11. Xylitol - Blumenfantasie | キシリトール
  12. ボカロが世界に与えた衝撃 一億回再生の意外な背景
  13. 高橋 透
  14. interview with Joy Orbison ダンス・ミュージックは反エリート、万人のためにある  | ジョイ・オービソン、インタヴュー
  15. Kinnara : Desi La ──主宰イヴェント〈BEAUTIFUL MACHINE 2026〉が開催、Temple Ov Subsonic Youth(Mars89)、Moemikiら
  16. Cornelius ──コーネリアスが動き出した! 新シングル「夢寝見」がリリース
  17. Dual Experience in Ambient/Jazz ──好評の野口晴哉記念音楽室でのリスニング会、6月のゲストはnever young beachの巽啓伍
  18. interview with Cameron Picton (My New Band Believe) 元ブラック・ミディのキャメロン・ピクトン、新バンドにかける想い | ──初のアルバムを送り出したマイ・ニュー・バンド・ビリーヴ
  19. interview with Dolphin Hyperspace ジャズの時代、イルカの実験 | 話題のドルフィン・ハイパースペース、本邦初インタヴュー
  20. Boards Of Canada ──ボーズ・オブ・カナダ、13年ぶりのアルバムがリリース

Home >  Reviews >  Album Reviews > Eris Drew- DJ-Kicks

Eris Drew

House

Eris Drew

DJ-Kicks

!K7

Amazon

渡部政浩 Dec 26,2025 UP

 プレイリストは便利だ。こんな気分で、この雰囲気で、このジャンルで、この時代で。いまや、そのセレクトすらも個人の聴取履歴をみてAIが瞬時にやってのけるのだから。ためしにサブスクで「アンビエント・ディープ・ハウス」なる単語を適当に叩いてみたところ、早速プレイリストを見繕ってくれたし、それが意外なほどに綺麗にまとまっているのだ。サブスクの時代、プレイリストの時代、AIの時代……。なんて便利な時代。では、こんな時代にDJのミックスCDを聴く理由は?

 ベルリンの〈!K7〉によるシリーズ『DJ-Kicks』から、活気のほとばしるミックスが届けられた。同シリーズは圧倒的なデトロイト・パワーを見せつけた2023年のセオ・パリッシュが記憶に新しいが、デトロイト勢のみならず間違いのないDJをカタログに揃えるこの長寿シリーズに、シカゴのヴァイナルDJ、エリス・ドリューが仲間入りした。
 トランスジェンダーのレズビアンを自認する彼女は、90年代にシカゴ第2世代のリル・ルイスが地下でおこなったウェアハウス・パーティでハウスに遭遇すると、ほどなくして自身のような孤独を抱えた「はみ出し物」が受け入れられる場所は、レイヴ・カルチャーのなかにあると気づく。DJとしての特徴は何と言っても、“こんな時代” に逆行するかのごとく、便利とは言いがたいヴァイナルに対する偏愛を持っていることだろう。それは、昨今のレコード・ブームなる生半可なものではない。8000枚に及ぶコレクションを携え世界中を飛び回る彼女は、針圧はおろかプレイする際の機材スペックにも並々ならぬこだわりをもつ。2023年〈RDC〉でのDJ NOBUとのB2Bで初めて彼女のセットを体験したが、ミキシングを基本とする四つ打ちが出自にありながら、時折大胆なスクラッチやジャグリングをも駆使するアグレッシヴなスタイルは、いまでもはっきりと目に焼き付いている。今回のミックスもそのスタイルに違わない、79分に及ぶオールヴァイナル・ミックスだ。録音/制作は、『ele-king vol.35』でも取り上げた彼女の鮮烈なデビュー作『Quivering in Time』と同じく、自然豊かなニューハンプシャーの小屋にて。

 序盤、ゼン・エクスペリエンスによるブレイクス曲が投入されるが、Discogsのアーティスト・ページには12インチがひとつのみ。あるいは、トーカ・プロジェクト “Toka Love Project” は、ハウサーなら外せない90年代ディープ・ハウスのレーベル〈Guidance〉からの知る人ぞ知る一品。かなりディープなところまで連れて行く。しかしエリスは好事家向けのディガー的ゲームは展開しない。ここにはモービーのような大御所の名前もあれば、DJガースの魅惑的なアシッド、さらにジョシュ・ウィンクの愛したレイヴ・クラシック、カリスト “Get House” までスピンされる。あるいは、エリスのパートナーであり〈T4T LUV NRG〉を共同運営するオクト・オクタとの共作を含む自身の曲もいくつかあるのだが、極め付けは “Momentary Phase Transition” で、ニューヨークの伝説的カッティング技師に頼み込み、この完全な新曲を『DJ-Kicks』にミックスするためにアセテート盤を作ったというこだわりぶりをみせる。アセテート盤のような著しく耐久性の低い素材において、彼女のプレイ・スタイルでミックスなど可能なのか。しかし脆い溝に針を落とし、彼女はやってのけた。
 フロアに居場所を見出し、90年代を駆け抜けた彼女のブレイクビーツ/レイヴ/ハウス・サウンドが詰まっており、それが自身の曲、クラシックあるいはオブスキュアにかかわらずひとつの物語としてミックスされる。レコードでは、非の打ちどころのない繋ぎは不可能だろう。針と溝が擦れる微かなノイズ、あるいは微妙なビートのズレも時々生じるかもしれない。完全とは言い難い生々しさは、彼女の肉体が刻んだリズムのドキュメンタリーをヴァイナルという物質を通じて観ているようだ。綺麗にまとまったプレイリストが溢れる “こんな時代” だからこそ、エリスの身体を通じた不完全さがこのDJミックスを、単なる選曲集ではなく生々しい物語たらしめている。それこそが、ヴァイナルへの偏執をみせるこの作品が輝いている理由なのだ。

渡部政浩