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interview with Sleaford Mods

interview with Sleaford Mods

アップデートする、21世紀のモッズ

──スリーフォード・モッズ(ジェイソン・ウィリアムソン)、インタヴュー

序文・質問:野田努    質問・通訳:坂本麻里子   Jan 14,2021 UP

彼らの分析には大いに賛成だ。もっとも、自分を左翼人だとは思っちゃいないけどね。でも、右翼じゃないのは間違いない。

オーウェン・ジョーンズの『チャブ』は読んでいると思いますが、あの本は好きですか? 

JW:もちろん読んだ。すごく気に入ったね。あの本もまた、俺が政治に関してもっと建設的なフォルムみたいなものへと浮上していく、その助けになったもののひとつだ。

“Elocution”では誰かの偽善性を批判しているようですが、具体的に誰とかあるのでしょうか? それとも音楽シーンに対する観察?

JW:ああ、うん、あれは……だからこの国の音楽シーンじゃ、マジにがっくりさせられる、そういう手合いはいくらでも跡を絶たないわけで。

(爆笑)

JW:ハッハッハッハッハッ! なんかこう、そういう連中がどこからともなく次々に湧いてくる。っていうか、ほぼ毎年出てくるな。本当にシャクに障りイラつかされる、そういうアクトが毎年かならず、1、2組は登場する。

(苦笑)なるほど。

JW:で……あれはほんと、そうした連中をあれこれ組み合わせたコラージュだね。連中は社会正義を謳った色んなキャンペーン活動のフロントを張るわけだけど、たまに「こいつら、自分たちのキャリアを向上させるのが目的でこういう活動をやってるんじゃないの?」という印象を抱かされることがあって。音楽そのものの力じゃ勢いが足りないからそれをやってる、と。才能が平均以下のミュージシャンの多くは、人気者のポジションを狙うなかで、大抵はネットワーキングに頼るものなんだ。各種音楽賞だの、なんであれそのとき焦点の当たっている、メディアに取り上げてもらえる問題に対するキャンペーン活動を通じて、という意味でね。だから連中は多くの場合、自分たちの地位を向上させるために、そのメカニズムに相当に依存しているわけ。
そうは言っても、彼ら自身は自分たちがどういうことをやっているかに対する自覚がないのかもしれないよ? ただ──そういうのにはウンザリなんだって。そんなんクソだし、お前らの音楽は特にいいわけでもない。こっちにはそれはお見通しなのに、それでもお前は「音楽をケアしてます」って言うのかよ、と。まあ、彼らもたぶん少しは気にかけているんだろうな。けど、それ以上にお前が気にしているのは自身のキャリアだろ、っていうさ。

そこはミュージシャンにとっての難問ですよね。たとえば『スペア・リブズ』が売れてあなたたちがさらにビッグになったら、「ソールドアウトした」と批判する人は出てくるでしょうし。

JW:ああもちろん! っていうか、その批判を俺たちはこれまでも受けてきたし、いまですらそうだ。ただ、俺たちがかっこつけた気取り屋ではないこと、セレブではないっていう事実、そこは人びとだって俺たちからもぎ取れない。俺たちは常に、自分たちのままであり続けてきたんだしさ。

“Glimpses”や“Top Room”はロックダウン中の情景を歌っていますよね? で、“Glimpses”ですが、これは曲調こそパンク・ソングなのですが、歌詞がずいぶん抽象的というか詩的に思いました。ここにはどんな意図があるのでしょうか?

JW:“Glimpses”ね。あれは……もっとこう、子供を連れて近所の公園に出かけると、みたいな話だね。で、行ったもののCOVIDのせいで公園は封鎖されてた、と。それと、消費主義についての歌でもある。それがいかに……だから、とあるスニーカーの宣伝をちょこっとやっただけでそのスニーカーをタダで5足もらえる奴もいる、と。ところがこちらは、その同じスニーカーを買うのに500ポンドだのなんだの、大金をはたくことになる。となると、こっちはほとんどもうなんの価値もない人間だ、ってことになるよな。商品そのものの話ではなくて、マネーのことだよ。
でもいずれにせよ、俺たちだってみんな、そこは承知しているわけで。誇示的消費(=conspicuous consumption。富や地位を誇示するための消費)なんて、別に目新しいものでもなんでもないんだし。で、俺としてはある意味、その点をあそこで論議したかったんだけど──うん、果たしてそのふたつの意味合いをあの曲でちゃんと表せたか、それは我ながらよくわからないな。あれはとてもいい歌だし、すごく気に入ってる。ただ、曲のメッセージという意味では、まだほんの少し、言葉が足りないのかもしれない。

2014年のガーディアン紙の取材であなたはスリーフォード・モッズの音楽の根幹には「怒り」があると話しています。いまでも「怒り」はモチベーションだと思いますが、それはあの頃とまったく同じ「怒り」がいまも持続している感じですか?

JW:うん……だから、俺の怒りのほとんどは、他の人びとに対して感じる苦々しさや嫉妬、うらやましさから派生したものなんだよ。それとか他人をおいそれと信じないところだったり、政府に対する軽蔑もその主な要因になっている。で、その点は変化していないと思う。それらのアイディアから、俺はいまだにこうしたエネルギーのすべてを得ているわけで。ネガティヴィティにシニシズム、そして自己批判もあるけど、そうしたものからエネルギーを得ている。
というわけで、そこはいまだに継続中だな。ただ、思うにほんと唯一、自分にとって重要なことという意味で……自分にどうしても語れないのは愛だなぁ。愛というのは、(歌にして)宣伝するよりも(苦笑)、実際に体験する方がずっといいアイディアだと俺は思っているから。だからまあ、ポジティヴィティがほとんど存在しない、ポジティヴさがわずかな隙間にちょこちょことしか見出せない状況で、常にポジティヴなことばかり語るのは、どうしたって興味深いこととは思えないだろう。

トランプやボリス・ジョンソンのような右派ポピュリストは、新自由主義によるグローバリゼーション(安価の移民労働)と「Austerity」(福祉予算のカット)によって追いやられた労働者たちの心情にうまくコミットしていましたが、コロナによって、例えばトランプが選挙に負けたように、右派ポピュリズムにほころびが出てきています。しかし、それでも日本では、コロナを企業社会の新自由主義的な再編の機会として捉えている向きもあり、ますますやばい状況になりそうです。イギリスも失業者がハンパないと報道されていますが、そうした社会不安や追い詰められていくメンタリティの問題、見えない恐れの感覚は今回のアルバムに大きな影響を与えていると感じたのですが、いかがでしょうか?

JW:そうだと思うよ、うん。もちろん。だからこの、自由がみるみる奪われていくという実感に、疎外感に……日常的に同じ経験を繰り返しているなという感覚。終わりがどうにも見えてこないフィーリングに、いったい何を信じればいいのかわからないという感覚。情報よりもむしろ、「これは大丈夫だ」と思える自分のいい本能/直観に常に頼らなくてはならない状況だとか。正確な情報ってのは、誰にでもすぐ入手できるものであるべきだというのに。うん、そういったことが作品に影響したね。──と言いつつ、と同時にこれは……パンデミックが襲った際の人びとの振る舞い方とそこから生まれた結果というのは、資本主義システムの下では人びとはそう振る舞う以外にないんだし、いずれにせよそれと同じ結果になる、ということでもあって。だから今回の作品にしたって、ずっと継続している物語のエピソードのひとつというか、『オースタリティ・ドッグズ』以来俺たちが語り続けてきたこと、そのなかの一話なんだ。
というわけで、俺はその面はあまり述べたくなかった。この試練だって、後期資本主義のまた別の一面に過ぎないんだし、あまねく広がった腐敗の現れであり、遂に本当に真剣な決断を下さなくてはならない地点にまで達した文明の側面なんだから。自分たちは何を信じるのか、そして自分たちはどう振る舞っていくのか、そこについて人類はシリアスな決断を下さなくちゃならないところまで来ているわけでさ。うん、そうした思いはたしかに、アルバムにある程度までは影響を与えた。おっしゃる通りだ。

ネガティヴィティにシニシズム、そして自己批判もあるけど、そうしたものからエネルギーを得ている。というわけで、そこはいまだに継続中だな。ただ、思うにほんと唯一、自分にとって重要なことという意味で……自分にどうしても語れないのは愛だなぁ。

たとえば、ビリー・ノーメイツが参加した“Mork n Mindy”なんかはそういう気味の悪い不安をうまく捉えた曲だと思いましたが、あの曲はあなたの子供時代を反映したものらしいですよね?

JW:ああ、そうだ。あの曲は俺が子供だった頃についての歌で、そうだな、あれと“Fish Cakes”の2曲は、子供時代について歌ってる。自分の子供時代や、子供のときはどう思うんだろうといったことを考えるようになりはじめて……。俺は生まれつき、難病の二分脊椎症(spina bifida)を患っていてね。11歳のときに脊椎の大手術を体験したんだ。

ああ、そうだったんですか。

JW:うん。でも、当時は二分脊椎症だったとは知らなくて、今年の夏に(コロナの影響で)ジムが閉鎖され、自宅の庭でエクササイズ中に背中を怪我して、はじめてそうだったと知った。で……うん、そのおかげで、手術を受けた頃に引き戻されたね。あれは、かなりエモーショナルな時期だったから。というわけであの頃を思い返したし、子供だった自分のことをまた考えるようになって。それにもちろん、いまの自分には子供もできたし、彼らの子供時代と自分自身の子供時代とをしょっちゅう比較するようにもなったわけ。だから……あの曲はアルバムに入れたかったんだよ、子供時代を考えれば考えるほど、自分のなかに色んな思いがたまっていったから。

ビリー・ノーメイツは今年アルバムを出しましたが、あなたも1曲参加していますよね。彼女は抜群だと思いますが、あなたは彼女のどんなところを評価していますか? 

JW:やっぱ、あの声だよね。それと、彼女の曲の書き方も。彼女は本当に、すごく、すごく才能があるし……うん、ちゃんとした、本当にオリジナルな人で。それに、彼女を聴いていると自分の頭にかつてのグレイトなシンガーがたくさん思い浮かぶんだ。とくに、過去の優れたソウル・シンガーの数々を思い起こす。音楽という概念を実践する面でも非常に腕の長けた人だし……とにかく彼女には、どこかしらすごくソウルっぽいところがあるんだよなぁ。と同時に、80年代っぽいところもかなり備えていて。そうした点が、ほんといいなと思う。

Amyl and the Sniffersのエイミー・テイラーも参加していますが、今回なぜ女性シンガー2名とコラボしようと思ったんでしょう?

JW:俺たちも女性の存在を求めていたんだよ、だから、ほら……全般的に、女性が欠けてるわけだしさ(苦笑)。

(笑)テストステロン値が高過ぎる、と。

JW:そう(笑)! 野郎が多過ぎだって。ハッハッハッハッ……ぎゃあぎゃあ騒いでる男どもが多過ぎる(苦笑)。

アルバム名は「肋骨」で、女性はアダムの肋骨(=リブ)から作られたと旧約聖書にありますよね。それで女性が必要だったのかな?と。

JW:ああ〜! たしかに! なるほどねぇ。(笑)いや、そういうわけじゃないけど、でも実に古典的なポイントだな、それって。そういう風に自分が考えたことはなかったけどさ。

このアルバム・タイトルを知ったときに、イギリスで70年代に発刊されたフェミニスト雑誌『Spare Rib』を思い出したんですよ。その書名はもちろん、聖書の「女性は男性の一部である」という発想を茶化したもので。

JW:うん、うん(うなずく)

とはいえ、このタイトルの「スペアリブ」は、まさしく我々のことを指しているわけですよね。一本くらいなくなっても平気なあばら骨、いわば使い捨てライターのように取り替え可能な存在、という。

JW:イエス! でも……君がそうやってアルバムの概要をまとめてくれた方が実際よりはるかに面白いかもな、クハッハッハッハッ!

(笑)ふざけないでください。全部、ちゃんと考えてるんでしょ?

JW:いやいや、そうやってあれこれ言われると、俺は「違う」って言い出すっていうね! アッハッハッハッハッァ〜……! 
(ひとしきり笑った後で真顔に戻って)いや、うん、そうだよ。あのタイトルは基本的に、俺たちの政府は2020年のはじまり以来人びとをどんな風に扱ってきたか、ということで。無駄死にした死者の数──だから、あれだけ(コロナで)死者が出たけど、そのある程度までは防げたはずだった、俺はそう思っていて。そこで考えさせられたんだよ、政府は経済モデルに貢献している人民の生命よりも、その経済モデルを維持することの方に心を砕いているんだな、と。いやもちろんこれは、政府側はその点を意識してそうやっている、という意味ではないんだ。ただ、世のなかには常に、この経済モデルに貢献する人間たちが絶え間なく流入してくるわけでさ。ということは、この経済モデルを保存するためにだったら、政府の側には20万人であれ百万人の命であれ、たまにちょっとばかり人口を削ってもなんとかなる、そういう余裕があるってことだよ。
で、2020年のはじめからイギリスの公衆に対しておこなわれてきた安全対策の数々を考えれば考えるほど──わかるだろ? 英政府は(人民よりも)経済モデル維持の方をもっとケアしてきたんだな、という印象を抱くわけ。だから、政府の考え方は「肋骨をいくつか取り除いても、身体そのものはなんとか機能するからOK」みたいなものにはるかに近い、と。ということは、俺たちはみんなスペアリブだってことだよ。でも……このタイトルは、イギリスではおなじみな、中華料理のテイクアウト・メニューにもちなんでいて。

ほう。

JW:わかるかな、スペアリブ? イギリスじゃどこでもお目にかかるありふれた食い物なんだけど(※ばら肉を骨付きで揚げたりバーベキューした、イギリスのお持ち帰りチャイニーズの定番料理)。ある意味、そこにも目配せしているタイトルだし、子供時代とも繫がっていて。

……あなたはよく、食べ物について書きますよね?

JW:うん。

どうしてですか?

JW:当たり前だろ、それって。

「スペアリブ」はもちろん、これまでも「マックフルーリー」とか「イングリッシュ・タパス」とか。あなたは身体を鍛えていて、大食いしなさそうですけど、歌詞には食べ物や食べることに関する妙な執着があるように感じるんですが(笑)?

JW:いやとにかく、多くの人間が食えるのってそれくらいなわけじゃない? たとえば……ひとり分のチップス、その人が手に入れられるのはそれだけ、みたいな(※チップスはフライド・ポテト。日本のそれより厚めにカットされていてボリュームがあるにも関わらずひと袋200〜300円程度なので、本来は副菜であるチップスを主食代わりにする人もいる)。それとか、食べられるのは卵サラダサンドだけ、とか。だから、それって人びとはいかに……んー、あまりお金がない状態にいると、そういう安くてしょうもない食べ物でも美味く感じて大事に味わえる、そこに落ち着くんじゃないかと思う。それに、俺とアンドリューがふたりで話すのって、ほんと、食い物についてばっかだし。

(笑)マジですか。

JW:いやだから、そこはまた……さっき言われたイングリッシュ・タパスだとか、マックフルーリーだとか、まあなんでもいいんだけど、そうやって俺が歌で取り上げてきたことって、俺がそういった食い物を食ってる日常の周辺で起きた色んなことを表象するものでもあるんだよ。それは子供時代の話も同様で、ガキの頃はとんでもなくひどいものを食わされてたよなぁ、みたいな文句をね(笑)。その手の話はしょっちゅうやってる。

表題曲の“Spare Ribs”の歌詞にエイフェックス・ツインが出て来ますが、お好きですか?

JW:うん、彼はいいんじゃない? いやだから、あの歌詞で彼の名前を持ち出したのは、あの曲で歌っているのは──

──知ったかぶりの、マウントしたいタイプ?

JW:(顔をしかめて)うんうん、あの手合いはね〜、ほんと、もう……

(歌詞を引用して)「エイフェックス・ツインや/スペインのアナキストについてえんえん語ってる奴」と。

JW:うん、そうそう! だからさ、ああいう難しそうなことをぺらぺら触れ回ってる連中って、いざ「それってどういうことですか?」と突っ込まれると、実はそれをよく知っていないのがバレるっていう。となると、やっぱ思うよね、お前は常に「自分はこの手の世界にどっぷり浸かってますよ、熟知してます」って雰囲気を醸してきたのに、なんで自分の言ってきたあれこれをよく知らないんだい?と。

“Fish Cakes”で繰り返されている「At least we lived」という言葉に込められている感情は、やはり絶望感なのでしょうか?  すごく悲しい曲だなと思いますし、「少なくとも自分たちは生きたんだから」という一節にあなたが込めたのもそういう思いなんでしょうか。

JW:うん、ある意味、そうなのかもしれない……。うん、そうした悲しみをあの曲で伝えたかったのかもね。というのも、俺が子供の頃は……いや、そんなに悲しい子供時代だったとは思わないな。それよりもこう、とにかく退屈だった。狭く限られていたし、周囲にも大して何もなくて。しかも大人たち、当時接することになった大人のほとんどは、子供たちよりもひどい状態で。だから、とにかく何もかもがつまらなくみじめだと思えたし、憂鬱に映った。そこを歌にしたいなと。それらの体験を曲に含めたいと思ったんだ。それをやるのには、本当に苦戦したけどね。というのも、俺はあれを哀れっぽい曲には、聴き手に憐憫の情を掻き立てるような曲にはしたくなかったから。そうではなく、あの情景を表に見せたかっただけで。

今年亡くなったアンドリュー・ウェザオールから受けた影響についてお話しいただければ。Two Lone Swordsmenの“Sex Beat”(ガン・クラブのカヴァー)には影響を受けたという話は読みましたが、それ以外で彼について思うことがあればお願いします。

JW:TLSのアルバム『From the Double Gone Chapel』(2004)で、彼らは──あれはたぶん4枚目か5枚目だったはずじゃないかな? あれを聴いて、俺の抱いていた……シンガーが歌う際のいいバッキング・サウンドとはどういうものになり得るか、そこについての考え方を部分的に変えさせられた。いいサウンドってのは何かという、その見方をね。あの雷みたくゴロゴロと鳴るベース・ラインに、あのアルバムでのアンドリュー・ウェザオールの歌い方に……それにキース・テニスウッド。彼とは知り合いで、たまに話す間柄だよ。本当にいい人だけど、うん、彼の用いたプロダクションの手法だとか。そういや、彼もブライアン・イーノの大ファンなんだよな。彼に「あのアルバムであなたが影響されたのは何だったんです?」と尋ねたら、「ブライアン・イーノにめっちゃ影響されたぜ!」って答えが返ってきて、俺は「クソッ、そうなのか!」みたいな(笑)。

(苦笑)それはもう、あなたもイーノを聴かないと。意地を張らず、諦めて聴きましょう。

JW:(笑)あー、そうだねぇ、聴かないと……。ともあれ、うん、そういう話で。それに、アンドリューとも2回くらい実際に会ったことがあって。ほんと、イイ奴でね。本当にナイス・ガイで。全然──お高くとまったところや自己中心的なところのまったくない、じつに愛すべき人だった。だからうん、そこはものすごく感銘を受けたよね。でも、それだけじゃなく、彼の佇まいも印象に残ったな。ほら、あのタトゥーだったり……着る服を通じて自己表現する彼のやり方だとか、あれは無類のものだったっていう。ああいうことをやる人は決して多くなかったし、そこからも本当に影響された。とにかく、「自分の頭で考えろ」っていうこと。もっとも、その点については、他の人たちからも俺は多く学んできたんだよ。ただ、アンドリュー・ウェザオールはそのなかでもグレイトな人物のひとりだと思ってる。

ウェザオールには「彼のスタイル」がありましたよね。そこが、他の人とは違っていたんだと思います。

JW:(うなずく)ああ。

来年の抱負をお願いします。

JW:それは……やっぱ、またライヴをやることだよね。俺たち、日本にぜひ行きたいと思ってるし。

ぜひ!

JW:うん、ほんと、日本に行けたらいいなと思ってる。とにかく日本で演奏するだけでいいんだ。そうやって向こうに行って……ギグをやって守り立てることで、『スペア・リブズ』にふさわしいだけのことをちゃんとやってあげたいな、と。いまは視界も開けた状態なわけだし、うん、もっと後になってからではなく、できれば早めにそれを実現したいと思ってる。

アルバム音源も好きですが、あなたたちのエネルギーはライヴだと一層パワフルなので、日本でのショウが実現するのを祈っています。というわけで、本日はお時間いただき、ありがとうございました。

JW:こちらこそ、ありがとう。

★了

(2020年12月17日取材)

序文・質問:野田努(2021年1月14日)

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