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NOはもっとも大きな抵抗
あなたを無にすることにNO
NOは歩くこと、お喋りではない
ノー、それはいいことに思えない
YES、私たちが共闘すれば強い
しかし、NOはパワー
どんなときも、どんな場所でも
ビリー・ノーメイツ“No”
ノー、ダメですよ、ダメ。洗練された我らが日本においては、権力や富の世界に向かって二本指を立てることなんてことはもう流行らないでしょう。だが、セックス・ピストルズを生んだ国では、2020年はビリー・ノーメイツ(友だちのいないビリー)という名の、ずば抜けた才能と熱いパッションをもったシンガーがデビューしている。夜中にいそいそとスーパーストロングの500mlを買っているような、いつだって財布が薄くて軽い人たちへの励ましの歌、スリーフォード・モッズに続く労働者階級からのみごとな逆襲である。
レスター出身のビリー(本名Tor Maries)は、売れないバンドで歌いながら一時期はうつ病を患ったというが、スリーフォード・モッズに勇気づけられてふたたび音楽をやる決意をする。ぼくが彼女の存在を知ったのも、年明け早々に新しいアルバム『スペア・リブ』をリリースするスリーフォード・モッズの先行シングル曲、“Mork N Mindy”がきっかけだった。
で、意外というかさすがというか、彼女の才能をいち早く見抜いたのは、ブリストルのジェフ・バロウ(ポーティスヘッド)だった。彼女のデビュー・アルバムはバロウ・プロデュースによる彼のレーベルからのリリースとなる。アルバムがリリースされたのは去る8月、だからこれは4ヶ月遅れのレヴューです。
プロテインシェイク飲んで鏡を見るのは、NO
恐れのない夜のジョギングには、YES
デジタル世界の物語には、NO
無意味な比較には、NO
私にはあなたの言葉がある
しかしなんだろう、デビュー曲“No”のMVにおいて踊っている彼女を見ると、ぼくはそれこそザ・スリッツやザ・レインコーツといったポスト・パンクの偉人たちを思い出さずにいられない。男の目線なんかをまったく気にしていないその服装、その髪型、その立ち振る舞いがまずそうだし、ダンスのレッスンなどクソくらえと言わんばかりの動きがまた最高なのだ。
“No”に続くシングル曲、“FNP”=Forgotten Normal People(忘れられた普通の人びと)は、鋭いシンセベースとエレクトロ・ビートの反復をバックに彼女がラップする。この曲もキラーだ。
私は床に寝る
狭い部屋で
やりたくない仕事のために
私はフォークでスプーンじゃない
すべては失敗にて終了
生活はあまりにも高価だし
あー、私を守るものなどない
そう、血が欲しい?
私はポジティヴだよ
かつてそのために走ってもみた
いつからやってみたけどダメ
1マイル離れても連中は私をかぎつける
だから私は不名誉ながら辞職
で、いま私にあるものと言ったら
私は何も所有していないという事実に
なにごとも私を所有できないということ
もうひとつのシングル曲“Hippy Elite”では、題名通り環境のために活動する裕福なリベラルを面白く皮肉っているようだが、彼女の歌詞の主題もまた、スリーフォード・モッズとリンクしている。格差社会における持たざる者たちから生まれた詩であり、風刺であり、そして怒り。ひるむことのない情熱。
ビリーの音楽もスリーフォード・モッズ・スタイル(あの冷酷なループ&ベース)を発展させたものだが、ジェフ・バロウがその卓抜したプロデュース能力をもって、そのフォーマットを鮮やかなポップ作品へと改変している。彼は本当に良い仕事をしたと思う。サウンドをざっくりと喩えるなら、スリーフォード・モッズ・ミーツ・ブロンディーとでも言えるのかもしれないけれど、全収録曲にはバロウらしく機知に富んだ実験(グリッチ、ミニマリズム、そしてベース&エレクトロ等々)があり、耳も心も楽しませてくれるわけだ。ええと、ジェイソン・ウィリアムソンも1曲参加しております!
UKではコロナ禍においてスリーフォード・モッズのベスト盤がチャートの上位になったが、まあ、いまの日本ではこうしたパンクな音楽は売れないということでとくに話題にもならなかった。だが、政治のトップがことごとく不信を増幅させているご時世、この手の音楽を必要としている人たちは必ずいるはずである。そもそもビリーの音楽は、消費生活を気ままに謳歌することなど到底できない、まったく味気ない日常を送っている人たちが日々をオモシロ可笑しく過ごすための知恵でもあるのだ。いやー、良かった。2020年という悪夢のような1年にもひと筋の光があった。
野田努