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Home >  Interviews > interview with For Tracy Hyde - 10年代日本を駆け抜けたシューゲイズ・バンド、1stから解散までを振り返る

interview with For Tracy Hyde

interview with For Tracy Hyde

10年代日本を駆け抜けたシューゲイズ・バンド、1stから解散までを振り返る

──フォー・トレイシー・ハイド、全メンバー参加インタヴュー

取材:天野龍太郎    ライヴ写真 ©CHIAKI FUJISAKI   Apr 24,2023 UP


夏bot(ギター/ヴォーカル)

全編を通して文明批判的な視座があるので、芸術作品じゃなくあくまでも商品や製品、広告としてCDを提示したい思いがあって。アートワークというよりプロダクト・デザイン的な観点でやりたかったんです。(夏bot)

『he(r)art』以降の方がシューゲイズへのアプローチが明確に打ち出されていった感じがします。『he(r)art』でフォトハイのアートが完成された感じがしますね。

Mav:エンジニアがTriple Time Studioの岩田(純也)さんになって、プロダクションの質が変わったのがデカいですね。リファレンスとしてダイヴの『Oshin』の曲をリファレンスに挙げたら、岩田さんもノリノリで実機のデカいリヴァーブを出してきて。

夏bot:スペース・エコーね。

Mav:我々もテンションが上がって、リヴァーブ盛り盛りで録りましたね。

夏bot:話が通じるエンジニアさんとの出会いが大きくて、音楽性もそっちに引き寄せられるようになりました。「ディレイとリヴァーブで空間を埋め尽くすのをシューゲイズっぽくない曲に当てはめていく」というテーマがあって、それこそシティ・ポップ的な曲にそのアプローチをしてみたり。

eurekaさんはいかがですか?

eureka:ファーストを録りながら自分の声や「どうしたらどういう風に歌えるのか」が客観的になんとなくわかるようになって、ライヴをある程度重ねて、「こういうことがしたい」というのがだんだんわかってきた頃ですね。夏botさんのデモに対して「こういう感じで歌おう」とイメージしてやれたので、いい感じだったんじゃないかなと(笑)。好きなアルバムのひとつです。

Mav:夏botがザ・1975にハマってて、コーラスの入れ方は参考にしてましたね。5度とかの音でずっとハモりつづけるコーラスが雑音の少ないeurekaの歌声に合ってたと思います。

夏bot:その後の方向性の基盤になってるとは思うのですが、一方で特異点っぽい感じもする。例えば、ブラック・ミュージックっぽいアプローチの曲は、これ以降ほぼやってないですし。

Mav:変なことをいろいろ、いちばんやってるんですよね。“アフターダーク”や“放物線”の感じはこれ以降ないし、“Just for a Night”の朗読も変わってるし。トータルとしてすごく好きです。

そして、まーしーさんの脱退と草稿さんの加入を経てリリースされた『New Young City』。夏botさんにインタヴューしたとき、シティ・ポップが喧伝され称揚されていたことへの違和感を語っていた記憶があります。

夏bot:シティ・ポップってある意味、シューゲイズ以上に新規性が打ち出しにくいと思ってて、シンプルに面白くないなと(笑)。音楽的探求心が感じられないものが流行ってたので、シティ・ポップの意匠を借りて内側からそれを瓦解させることをセカンドでやろうとしたんですけど、自分の力不足かうまく伝わらなかった。そこで一旦仕切り直して本当に得意な音楽に改めて向き合って、シティ・ポップ・ブームに対するオルタナティヴとして強度が高いものを提示しよう、という意識はあった気がします。

Mav:草稿が入って、フィジカル的に強度のあることをやれるようになりましたね。

夏bot:まーしーさんとはドラマーとしての資質がちがうからね。

Mav:まーしーさんは関西のギター・ポップ畑出身なんですけど、草稿はマイク・ポートノイになりたい人なので(笑)。

草稿:僕、マイク・ポートノイっぽくないですか(笑)?

Mav:草稿は、デモのドラムがダサいと思ったらどんどん変えてくタイプですし(笑)。

草稿:「ダサい」って言うと管さん(夏bot)は露骨に機嫌が悪くなるから、そうは言わないけど(笑)。ドラムパターンを変えてもあまり怒られなかったので、ありがたく変えさせていただいてます。

Mav:このへんから僕もベースで好き放題やらせてもらってますね。

夏bot:一方でここから(eurekaがギターを弾くようになったことで)ギターが3本になったので、そのぶんシンセに依存する比率が下がっていった。ドラスティックな変化がセカンドとサードの間にあった気はしますね。

“Hope”と“Can Little Birds Remember?”は完全に英語詞の曲ですよね。

夏bot:ソブズとの出会いが大きかったですね。2018年の7月頃に「ジャパン・ツアーをオーガナイズしてほしい」と相談を受け、2019年の1月にそれを実現させて、というのを間に挟んだので、海外リスナーにどう訴求するかを念頭に英語詩の曲を作りました。その部分はアルバム全体に変化をもたらしたんじゃないかと思います。

その後、2019年9月18日の台北公演に始まるアジア・ツアーをおこなっています。

草稿:弾丸すぎて大変だった思い出しかない(笑)。嫌な思い出が99%、いい思い出は1%しかないかも。

夏bot:スケジュールは鬼キツかったですね。僕は楽しかったけど、みんなはそうじゃなかったかも(笑)。

Mav:楽しさはあるけど、あのスケジュールでやるもんじゃないって思ったよ。

夏bot:マニラからジャカルタに移動する空港で気絶しそうになってたとき、さすがにキツかったよね。

寝る時間がなくて?

夏bot:そう。マニラでのライヴが終わって空港に移動して、深夜だからお店も開いてない中、フライトまでの数時間を空港で潰さなきゃいけなくて。

草稿:機内泊が3連続だったから、めっちゃハードでしたね。コズミック・チャイルドのメンバーが空港のコンビニの前で寝てて、すげえなって思った(笑)。

夏bot:あの時間帯の海外の空港ってすごくて、みんな当たり前のように床で寝るんですよ。

eureka:最終日のジャカルタに着いたとき、「頼むからお風呂に入れさせて!」って訴えて入れさせてもらったんですけど、みんなは入れなかったよね(笑)。

草稿:僕は、マニラとジャカルタでは同じ服を着てました(笑)。

eureka:あとライヴをする環境もすごくて、その場でステージを作って音響もギリギリまででき上がってない状態で、日本でのリハーサルとはまったくちがいました。メンタルが強くなったと思います(笑)。

草稿:マニアの会場はコンクリートの打ちっぱなしのジムで、音がめちゃくちゃ回ってましたね。

夏bot:音響が事故らなかった日、ないんですよね。

草稿:ジャカルタの思い出だと、ドラムの位置がステージの後ろギリギリで、演奏中に椅子が落ちかけたりとか(笑)。

eureka:最初の数曲でヴォーカルの音が外に出てなかったことがあって、「おかしいな」と思って“Can you hear me?”って聞いたら“No!”って返ってきたこともあったよね(笑)。“One more time!”って言われて、もう一回歌いました(笑)。

草稿:ヴォーカルのマイク線がMavのコーラスマイクに刺さってたんだよね。

Mav:でも、シンガポールとインドネシアでライヴをやったときは「すげえ! こんな盛り上がるんだ! マジか!?」ってインパクトはあったよ。

夏bot:娯楽に対する飢餓感が強いんですよ。公安がイヴェント運営に介入してくるのでギリギリまで会場の使用許可が下りなくて、会場が決まらないから告知できないとか、そういう経緯があって。そのぶん能動的に楽しもうという姿勢が伝わってきて、かなり刺激を受けましたね。日本語詞の曲も響いたけど、その上で英語詞の曲も当たり前のように響いて、一緒に歌ってくれて……。その体験がこの作品以降、英語詞の曲を必ず入れる流れに大きく作用したのは事実ですね。

Mav:後は、リリパでwarbearと対バンしたじゃないですか(2019年10月16日)。あれは感慨深いものがあった。音響は事故ったとはいえ、U-1はあれがエンディングって感じだったもんね(笑)。

草稿:「人生、第一部完」みたいな感じだった(笑)。

Mav:『あの花』(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』)のTシャツにサインまでしてもらって。

夏bot:もう一個付け足すと、翌年(2020年)の1月にバンコクでライヴをしたときにデス・オブ・ヘザーのテイや他のメンバーが遊びに来てくれて仲良くなった経緯があって、今回スプリット・シングル(『Milkshake / Pretty Things』)を出すことができたんです。来日公演(2023年3月16日)で対バンもできたので、ささやかだけどターニング・ポイントっぽい出来事かな。

草稿:タイ、よかったね。サイン会もして、50人くらい並んでたんじゃないかな? コロナ禍前の瀬戸際だったね。

先例がないことをやることと、軸にある音楽性を崩さずに可能なかぎり規模感を広げることは念頭に置いて活動してきました。それがシーンの活性化や若手たちへのインスピレーションに繋がってくものと思って活動してきたので、もし少しでも形にできてるなら本望ですね。(夏bot)

そしてコロナ禍に突入し、2021年に『Ethernity』をリリースしました。「アメリカ」というコンセプチュアルなテーマがあり、音楽的にも異色のアルバムだと思います。

夏bot:やっぱり、かなり大きな社会情勢の変化がいろいろとあったので。アメリカはトランプ政権下でしたし。

Mav:ブラック・ライヴズ・マターとかもあって。

夏bot:そう。あと、コロナ禍でバンドも動かせないし友だちとも会えないし、何もすることがないのでひとりで内省にふける時間が否応なしに増えて。変化が起こるのは、必然と言えば必然なのかなと。

Mav:夏botが多摩川沿いを無限に歩いてた時期ね。

草稿:痩せた時期ね。

eurekaさんはどうですか?

eureka:小学生の頃から社会に対していろいろなことを考え続けてて、それを表に出せないタイプだったので、このアルバムはぐっとくる、しっくりくる歌詞が多かったです。小学6年生のときの卒業文集にみんなが将来の夢や6年間の思い出を書いている中で、私は「戦争反対」って書いたんですよ(笑)。

Mav:イカついね~。

夏bot:だいぶストロング。

eureka:そういう本ばかり読んでましたし。私の親は父がアメリカ人なんです。片方の国は戦争をしてて片方の国には平和憲法がある、という2つの祖国の間でアイデンティティの葛藤を感じながら育ってきたので、このアルバムはしっくりきました。

夏bot:コロナを機に昔のことを思い返しつつ、いまのアメリカと昔のアメリカを対比してましたね。あとはドリーム・ポップというジャンルが社会性と切り離されて捉えられがちだからこそ、あえて社会性のある作品を出すことにしたんです。

Mav:僕はこのアルバムでは、「リアル・エステイトのパクリをやらせていただきました」という感じでしょうか(笑)。ソロ名義で作った曲で、歌詞が書けずにお蔵入りにしてたものをサルベージしたんです(“Welcome to Cookieville”)。夏botが「爽やかな曲が欲しい」と言ってたので、仮タイトルは「爽やか」でしたね。

夏bot:貴重なU-1作詞曲です。

Mav:あいつが「書いてみる」と言うから書いてきたはいいものの、メロディと文字数が一切合ってなくて(笑)。韻もめちゃくちゃだし、「頭の中でどう整合性が付いてるのかまったくわからん」と思いながら調節した経緯があります。じつは、ファーストの“Outcider”の作詞は僕ってことになってるんですけど、あれもU-1が作詞原案なんです。それもめちゃくちゃな状態だったから、僕が調整したんですよね。

夏bot:そしたら「これは俺の歌詞じゃない!」って言い出してクレジットされるのを拒まれた。よくわからんけど、“Welcome to Cookieville”のクレジットはOKだったね。

Mav : 嫌がってたけど、ぬるっとそのままクレジットしちゃった。

草稿さんは?

草稿:僕はこのとき、モチベーションが1ミリもなくて(笑)。やる気がなさすぎて3か月くらいドラムを叩いてなくて、めちゃくちゃ下手になったんです。数か月叩かなかったブランクを取り戻すには、マジで1年半くらいかかりますね。演奏面については、2曲目の“Just Like Firefries”のフィルをいろんな曲で使い回してるんです。でも、「これはコンセプト・アルバムだから大丈夫」って言い聞かせて(笑)。ドリーム・シアターのコンセプト・アルバム『Metropolis Pt. 2』でもマイク・ポートノイが“Overture 1928”のフィルを使い回してるので、自分の中でそれと同じということにしました(笑)。

そんな裏があったとは(笑)。そして、2022年2月のU-1さんの脱退を経て10月にシンガポールのフェス、Baybeatsに出演しました。

夏bot:2019年のアジア・ツアーと2020年のバンコク公演からの連続性の中で捉えてますね。海外での活動が視野に入ってくる段階かなと思ってたところでコロナ禍に突入してしまって、国内での活動すらままならない状況になってしまったので、それを乗り越えて海外の舞台に戻れたのには感慨深いものがありました。以前お会いした方々にもまた会えましたし、当時と変わらないかそれ以上の盛り上がりをまた見せてくれて。シンガポールは国民の多くが早い段階でコロナに一度罹ってたらしく、生活は完全に元通りになってましたね。日本とまったくちがう状況に放り出されたのもよかったですね。

草稿:いい待遇をしてくださって、非常に気持ちがよかったですね。

夏bot:フェスに国家資本が入ってるからね。

草稿:Baybeatsに出るか出ないかでバンド内は紛糾したんですけど、解散が決まってたので僕は絶対、無理にでも出た方がいいと激推ししました。結果的に出られてよかったと思います。

Mav:2019年のグッズを着てくれてる人がいたのは嬉しかったですね。夏botは完全に暑さにやられてましたね。

夏bot:熱中症になりました。10月だったけど夏の気候なんですよ。

Mav:eurekaはすぐ帰国しなきゃいけなかったので、僕と草稿だけがライヴ後のサイン会でサインを書き続けました(笑)。

草稿:いちばん需要のないふたりが(笑)!

夏bot:劇場の支配人が物販の手伝いに来るくらいの勢いで、物販はほぼ全部売れましたからね。

Mav:シンガポールのバンドの連中と飲んだのも楽しかった。コズミック・チャイルドが新曲をレコーディングしてるスタジオに遊びに行ったのもいい思い出だし。

夏bot:このときに機内で撮った朝焼けの写真がスウェットの写真になってるよ

草稿:そうなんだ! めちゃくちゃいい話。

eureka:でも、なんだかんだで2019年のアジア・ツアーも楽しかったですよ。

草稿:それは美化されてるよ(笑)。

夏bot:思い出補正だ(笑)。

eureka:騙されてたほうが幸せ(笑)。

そして『Hotel Insomnia』に至るわけですが、制作はいつやっていたのでしょうか?

草稿:『Ethernity』のワンマン・ツアーのとき(2021年5月1日、3日の「Long Promised Road」)には既に……。

Mav:2、3曲やってたよね。“Undulate”と“Milkshake”と“Estuary”。

夏bot:レコーディングも2021年の夏には一旦してたんじゃないかな。この頃、僕はすごく燃えてたんですよ。どんどん曲を作っては(メンバーに)投げ、作っては投げ、っていうのをやってて。

Mav:いままでのデモは全部フルで作ったものだったんですけど、『Hotel Insomnia』に関してはワン・コーラスのものをたくさん作ってましたね。それで、「どれがいい?」って投げられる感じ。

夏bot:ぶっちゃけ『Ethernity』の評判がよくなかったんですよね(笑)。なので、それを上書きしたい心理があったと思います。コンセプト・アルバムを作るのはやめて、曲をいっぱい作ってメンバー投票で選べば嫌でもいいアルバムになるだろうって。

『Hotel Insomnia』は、いままであったアルバムのイントロとアウトロがないですからね。いい曲だけを集めたものにしたと。

夏bot:シンプルにそういう形にしようと思いました。「曲数を減らそう」という狙いもありましたね。

草稿:長すぎて冗長な節があったからね。

Mav:「10曲、11曲で終わろう」って言ってたね。

草稿:気づいたら13曲になってたけど(笑)。でも、このアルバムは冗長感ないよね。アルバムの長さはいままでとそんなに変わらないんだけど。

とはいえ、『Hotel Insomnia』というタイトルにはコンセプトが潜んでいそうな感じがあります。

夏bot:ええ。通底してるものはありますね。コロナ禍以降の世の中の変化が『Ethernity』のときよりさらに加速してる感じがあって――例えば、いろいろな分断だったり、ウクライナ戦争だったり、安倍(晋三)元首相の暗殺事件だったり。なので『Ethernity』を制作してた頃より、考えたり思ったりすることがさらに増えました。“Hotel Insomnia”というのは「旅先で過去を思い返したり、未来を不安に思ったりして眠れない」という状態を想定してます。でも、旅をするまでもなく、我々は普段、日常においてそういう心理に近い感情を抱えて生活しないといけない状況になってるので、旅先での不安といま我々の生活の中にある不安をオーヴァーラップさせてます。生まれ育った国にいながらにして異邦人のような孤立感、疎外感を覚える感じというか。そういう心情をいろいろな形で表現しよう、というのが裏テーマとしてありました。

イーグルスの“Hotel California”と関係があるのかな? なんて思っていました。

夏bot:それは全然ないんですけど、そういう捉え方もできるとは思います。それこそ“Hotel California”も文明批判的な視座がある曲なので、意図してないにせよ面白いと思いますね。今作はタイトルだけ先にあったのですが、検索していたら他にも固有名詞として“Hotel Insomnia”という言葉が使われてる例が2つあって。一個は韓国に実在するホテルで、もう一個はチャールズ・シミック(Charles Simic)というアメリカの詩人の詩集なんです。チャールズ・シミックは旧ソ連圏のセルビア出身の方で、作風も旧ソ連圏の社会主義が日常生活に落としてる暗い影を感じさせるものらしいんですね。実際に詩集を取り寄せて読んでみたら、別に好きでも嫌いでもなかったんですけど(笑)。“Hotel California”にしてもチャールズ・シミックにしても、いろいろな、似たような発想のものがこのタイトルに集約されてるんじゃないかと思いますね。

ちょっとホラーめいたモチーフでもありますよね。映画『シャイニング』のオーヴァー・ルック・ホテルを想起させもしますし。音楽的にはどうでしょう? 演奏やプロダクションは、フォトハイの集大成にして最も得意なところを打ち出しているんじゃないかと思いました。

夏bot:「シンプルにいい曲を」というのが第一義だったので、あまりめちゃくちゃなことはできなかったんです。身の丈に合ってないことに手を出した結果、「音は面白いけど楽曲の強度がない」という例は過去作にあったと思うので、それは絶対に排除しないといけなかった。フォトハイがいままで長いコンセプト・アルバムを作ってきたのには、The 1975の異様に長いアルバムの影響が大きいんですね。今回そこからあえて外れて、一曲一曲の強度が高いコンパクトでコンセプトのないアルバムを作ろうと思い立ったら、The 1975も(『Being Funny in a Foreign Language』で)そういう方向に路線変更してて偶然にも一致したのが、自分の中で面白ポイントとしてあります(笑)。

マスタリングはなんと、ライドのマーク・ガードナーが担当しています。

草稿:マスタリング前と後で聞こえ方が全然ちがったんですよね。印象がこんなに変わるんだなって。「ドラムでか! ベースでか!」みたいな。

Mav:「洋楽の音」というかね。

夏bot:先行配信された“Milkshake”とYouTubeのMVは従来どおり中村宗一郎さんがマスタリングされてるのですが、印象がちがうので聴き比べてみると面白いと思います。

取材:天野龍太郎(2023年4月24日)

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Profile

天野龍太郎天野龍太郎
1989年生まれ。東京都出身。音楽についての編集、ライティング。

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