21世紀になって、20世紀にはあまり語られなかった歴史に脚光が当たっている。音楽においても、ときの商業主義やジャーナリズムには乗れなかったものの、それを知るミュージシャンたちからは発見/リスペクトされ続けていた作品やアーティストが広く掘り起こされ、再評価されているのは周知の通りである。
ウェルドン・アーヴィンの名前を知らない人でも、彼の曲を知らない人はまずいないだろう。もっとも有名な曲のひとつ “I Love You” を大胆にルーピングした曲を、シーンに登場したばかりのセオ・パリッシュは “Black Music” という、最大限のリスペクトを込めたタイトルをもって発表した。それというのも、アーヴィンが作詞し、ニーナ・シモンが歌った超名曲 “To Be Young, Gifted and Black” は公民権運動の公式アンセムとまで呼ばれている曲で、この曲をカヴァーしたアーティストたるや、アリサ・フランクリン、ダニー・ハザーウェイをはじめ、カリブ海からはプリンス・バスター、ボブ・アンディ&マルーシャ・グリフィス、ザ・ヘプトーンズ……、あるいは、エルトン・ジョンまでが手がけているという、つまり、ポップ史および社会運動史においても決定的な曲である。セオはその意味もわかったうえで、アーヴィンの “I Love You” を “Black Music” と呼んだのだろう。
もっともウェルドン・アーヴィンに関しては、ア・トライブ・コールド・クエストの 人気曲のひとつ、“Award Tour” におけるサンプリング・ソース(We Gettin' Down)としてのほうが有名だろうか。Q-Tipはのちにリリックのなかでもアーヴィンの功績を讃えているが、ほかにアーヴィン崇拝者として知られているラッパーと言えば、コンシャス・ラップの代表格、モス・デフとタリブ・クエリの二人である。アーヴィンは彼らの名作『Black Star』(1998)収録の “Astronomy ” において鍵盤を弾いているばかりか、モス・デフのソロ作 “Umi Says” でもフィーチャーされており、タリブ・クエリも負けじとソロ作“Too Late” でキーボードを弾いてもらっているうえに “Where Do We Go(私たちが行くところ)” という曲の副題を “ウェルドン・アーヴィンに捧ぐ” としている。
もちろん、ここでマッドリブのことを忘れるわけにはいかないだろう。アーヴィンの死後、彼はイエスタデイズ・ニュー・クインテット名義でトリビュート作『Suite For Weldon Irvine』(2003)を発表、その翌年にはモンク・ヒューズ名義でカヴァー・アルバム『A Tribute To Brother Weldon』までリリースしたほどだった。
まだまだ例はある。ドラムンベースのファンなら、LTJブケムの〈Good Looking〉からのBig Budのアルバム『Late Night Blues』(2000)でフィーチャーされていることを憶えているだろうし、テクノ・ファンならアズ・ワンことカーク・ディジョージオがそれこそ“I Love You” をカヴァーしていることを思い出して欲しい(東京のクラブでよくかかったなぁ)。また、竹村延和のスピリチュアル・ヴァイブスが1993年の時点でいちはやくアーヴィンの “De Ja Vu” をカヴァーしているのは、もう、さすがというか。
いずれにせよ、多くの音楽ファンが、どこかでウェルドン・アーヴィンと出会っているはず。映画『サマー・オブ・ソウル』において、ニーナ・シモンが “To Be Young, Gifted and Black” を歌っている最後の感動的な場面も記憶に新しい。
そう、ウェルドン・アーヴィンこそがニーナ・シモンの黄金期における音楽の重要パートナーだった。とはいえ彼の活動領域は、ジャズ、ファンク、リズム&ブルース、ゴスペルなど広範囲にわたるもので、アーヴィンは生涯を通じて、500曲以上のいろんな楽曲で、演奏、作詞、作曲などに関わっている。
ソロ・アーティストとしては70年代以降、いくつもの名盤/人気作をリリースしているが、なかでも『Liberated Brother』(1972)、『Time Capsule』(1973)、『In Harmony』(1974)の3枚は、黒人音楽ファンおよびディガーたちからこの時期のジャズ・ファンクの金字塔に認定されている。2002年、なんと銃によって自害してしまったウェルドン・アーヴィンだが、しかし彼の輝かしいレガシーは年々輝きを増し、最近ではイハラカンタロウもカヴァーしたように、新しいリスナーを絶えず呼び込んでもいるのだ。
ブラック・ミュージックにおけるいわば知る人ぞ知る至宝、ウェルドン・アーヴィンの諸作の権利を 〈Pヴァイン〉が遺族から収得した。今後、アーヴィン作品のリイシューをがんがんに展開します。まずは2月15日に、「CAPSULE ep」の10インチ・アナログ盤をリリース(同時期にはTシャツも販売)。どうぞ注目してください。










アメリカ出身、ベルリン在住、本名不詳の謎の覆面トラックメーカー。DJ Spinn と故 DJ Rashad によって結成された世界的クルー「TEKLIFE」のメンバー。2012 年頃から徐々に頭角を現し始め、その後 Machinedrum、Jimmy Edger、Ikonika、Daedelus らからの熱烈なサポートを受け、そのキッチュな 名前に違わぬプロップスと実績を積み上げてきた。イーブンキック主体のサン プリングジュークを得意とし、アッパーかつポップなトラックメイキングで、 Juke/Footwork の枠を超え、多くの DJ に愛されている。これまでも前出の アーティストのほか、同じ TEKLIFE の盟友、DJ Earl や DJ Taye、DJ Rashad らのほか、Nick Hook や Sophie などともコラボ、リミックスワーク などを手がけている。

Traxman主宰のJuke/Footworkクルー、Tekk DJ'zに所属するオーストラリア在住のDJ。オーストラリアではGaming Cult Podcastという番組を仲間のBoomaらと配信しており、Gaming CultというレーベルとしてもDJ Deeon、DJ Clent、DJ Earl、D.J.Fulltonoらが参加したコンピレーション"Gaming Cult Trax vol.1"やBags & Works参加アーティストDJ TroubleのEP"Eye of the Circle"を発表している。また彼自身も曲を作り、その作品は前述した"Gaming Cult Trax Vol.1"やTekk DJ'zのコンピ"The Tekk DJ'z Compilation Volume 1 Part 2"で聞く事が可能。上記した作品はいずれもBandcampで購入できる。
Traxman主宰のJuke/Footworkクルー、Tekk DJ'zに所属するシカゴ在住のDJ。過去には韓国に住んでいた事もあり日本にも何度か訪れている親アジアな側面もある事から日本のJuke/Footwork愛好家達にも名が知られている。Tekk DJ'zのコンピ"The Tekk DJ'z Compilation Volume 1 Part 1"への参加の他、九州は小倉のJuke/Footwork DJ、naaaaaooooo氏監修のEP"KOKLIFE Vol.1"に参加。またSoundcloud上でも精力的に作品を発表。Bandcampにてこの夏新作EPの発表を予定している。
国内ジューク/フットワーク・シーン最初期から活動するオリジナル・ジャパニーズ・フットワーカー。その活動はアグレッシブな高速フットワーク/ダンスだけに留まらず、トラックメイク、DJもこなすオールラウンダーとして国内シーンを支え続けて来た。2014年初夏には日本トップレベルの足技を武器にフットワーク総本山シカゴやニューヨークへ渡り、現地アーティストやダンサーと交流を深め、世界最高峰のフットワーク・クルーTH王RAに電撃加入。日本のキャプテンに指名される。これまでに所属レーベルSHINKARONより「ON NUKES EP」、「ON NUKES LP」をリリースしているほか、外部レーベルのコンピレーションにトラックを複数提供。また、自身のSoundCloudでも定期的に作品を発表している。2015年4月26日に待望のデビュー・アルバム『THE FLOOR IS YOURS』をリリース。今、活躍が最も期待されるアーティスト。BTTではフットワーク・レッスンの講師も務める。
Hardfloorでシカゴハウスに目覚め、そんなサウンドをのらりくらりと追いかけつつ、Jukeレーベル「Booty Tune」のPR&ARをしております。
ジューク/フットワークDJ、トラックメイカー。SHINKARON主宰。2009年パーティー"SHINKARON"を始める。2012年より同名をレーベルとしても始動させ、自身のの他、Weezy、Boogie Mann、吉村元年やDJ Rocなど国内外様々なアーティストの作品をリリースし続けている。2014年3月に1stアルバム"LET DA MUZIK TALK"を発表した。
そろそろ本格的に秋の空気になってきましたね。 


