「PAN」と一致するもの

Yumiko Morioka & Takashi Kokubo - ele-king

 「宮下智」名義でポップスを制作する傍らアンビエント~ニューエイジ作品を数々生み出してきたピアニスト・盛岡夕美子と、緊急地震速報のアラーム音など生活に溶け込むサウンドをいくつも手掛け、日本を代表する環境音楽家として知られる小久保隆のコラボレーション・アルバム『Gaiaphilia』のCD版が、日本のみの限定商品としてリリースされる。

 また、CD化に際してリリースパーティの開催もアナウンスされている。こちらは今週日曜日、4月13日にPOLARIS tokyoにて。Yumiko Morioka & Takashi Kokuboほか、フィンランドのOlli Aarniと上村洋一のコラボ・ライヴ(!)も。チケット・詳細はこちらから。

 近年では国外からの逆輸入的な評価を受け日の目を見ることとなったかつての日本のアンビエント~ニューエイジ。その先駆者にして代表的存在の作品を、この機会にCD──かつてもっともスタンダードな音楽の入れ物だった媒体──で手に入れてみましょう、せっかくだから。

ジャパニーズ・アンビエント/ニューエイジのリヴィング・レジェンド2人によるコラボレーション作

作曲家・ピアニスト、盛岡夕美子と環境音楽家、サウンドデザイナー、メディア・プロデューサー、小久保隆による共作作品。両者にとって新たな章を刻む本作は、日本の自然の永遠の美しさに根ざした、深く感情的で超越的な体験を聴き手へ提供する、日本環境音楽の新たな傑作。

近年再評価が著しい盛岡夕美子とコンスタントに作品をリリースしてきた小久保隆が、アンビエント・サウンドスケープの旅、『Gaiaphilia』でタッグを組んだ。盛岡の優美なピアノ曲と小久保の没入型フィールド・レコーディング、アトモスフェリックなシンセサイザーがシームレスに融合した作品。

このコラボレーションは、何十年にもわたって画期的な作品を生み出してきた、アンビエント・ミュージックとニューエイジ・ミュージックの分野の2人の先駆者が結集して生み出したものだ。2人は2023年に代官山の「晴れたら空に豆まいて」で開催されたコンサートで共演を果たしたことをきっかけに交流が生まれ、その後自然発生的にコラボレーションが始まった。
1987年のアルバム『余韻 (Resonance)』(Métron Recordsからアナログでリイシューされ各所で高い評価を得た)で名声を博した盛岡は、自身の内省的な演奏に小久保の鮮やかな環境テクスチャを融合させ、自然とメロディの対話を生み出している。

『余韻 (Resonance)』をリリースした後、盛岡は音楽界から身を引き、家族のためにアメリカに移住した。彼女の作品は長年ファンにひっそりと愛され、2020年に再発されて初めて広く認知されるようになった。7年前、壊滅的な山火事でカリフォルニアの自宅が焼け落ちたため、東京に戻り、ショコラティエに転身したが、近年はピアノへの情熱を再燃し、ライヴ演奏や新作のレコーディングを行っている。

小久保隆の伝説的なディスコグラフィーは30年以上にわたり、近年ではYouTubeのアルゴリズムや海賊版のアップロードを通じて広く評価され、数千万回再生されているが、彼はサウンド・デザインの仕事、特に日本の地震警報音やクレジットカード決済のジングルで最もよく知られており、彼の作品は日本社会に浸透している。

「地球への愛と懸念から、私たちは2人とも独自の感性と探究心を持っており、それを音楽を通して表現しています。」

共通の哲学的関心に基づいており、自然の回復力と調和に対する深い敬意を反映している。ガイア、母なる地球の再生、生命の相互関係というテーマが中心にあり、宇宙論、神聖幾何学、日本の神秘的なカタカムナの伝統からインスピレーションを得ており、このアルバムは自然界の繊細なバランスを音が映し出す瞑想的な空間にリスナーを誘っていく。

サウンドデザインの達人である小久保は、衝突試験用ダミーの頭の形をした自作のバイノーラル・マイクで録音した独特のフィールド・レコーディングでこのビジョンを高めている。ボルネオのジャングルから海の波の穏やかなリズムまで、小久保の地球規模の録音は、盛岡の内省的なピアノ曲を完璧に引き立てる没入感のあるサウンドスケープに変化させていく。

「タイトルのGaiaphilliaは、自然と生命への愛と尊敬を包含する新しい言葉です。この感情こそが、私たちが表現したいテーマです。」

山梨にある小久保のログハウス・スタジオ「スタジオイオン」で録音されたこのコラボレーションは、日本の自然の風景の永遠の美しさに根ざした、深く感動的で超越的な体験をリスナーに提供する。

artist: Yumiko Morioka & Takashi Kokubo
title: Gaiaphillia
label: PLANCHA / Métron Records
Cat#: ARTPL-236
format: CD
release Date: 2025.04.30 ※04.13のリリース・パーティーで先行発売

Track List:
1. Birds of Borneo
2. Gaiaphilia
3. Elegant Spiral
4. Ancient Beach
5. O-KA-GU-RA
6. Sanukite
7. Veil of the Night
8. Hibiki of Katakamuna

Composed and arranged by Yumiko Morioka & Takashi Kokubo
Piano and Keyboards by Yumiko Morioka
Synthesizers, Keyboards and field recordings by Takashi Kokubo
Voice by Takashi Kokubo (on Hibiki of Katakamuna)

Recorded and Mixed by Takashi Kokubo in STUDIO ION (Japan)
Artwork by VENTRAL IS GOLDEN
Supervisor by Jiro Yamada
Manufacturing by Brandon Hocura

Special thanks to SUSERI (The inspiration for ‘O-KA-GU-RA’)
Yuki Yama, Takaya Nakamura, Chiharu Ishida

interview with Black Country, New Road - ele-king

 クラシック音楽の教育を受けた者たちが、そのアイディアやスキルを援用してロックという音楽の枠組みを拡張すること。すなわち現代においてジェネシスやヴァン・ダー・グラフ・ジェネレイターのような「プログレッシヴ・ロック」を更新せんと果敢に挑戦する者たち、それこそがブラック・カントリー・ニュー・ロードである──さんざん使いまわされた「ポスト・パンク」なる形容を再召喚するよりも、そう整理したほうがBCNRの音楽はより多くのリスナーのもとへと、あるいは本来届くべきリスナーたちのもとへと羽ばたくことができるのではないか……これまで編集部ではたびたびそんな話が浮上していた。当人たちにそんな意識はまったくないようだが、彼らの3年ぶりのスタジオ・アルバム『Forever Howlong』も、そうした議論を裏づけるような意欲作に仕上がっている。
 プログ・ロック的感覚はチェンバロの音色が意表をつく冒頭 “Besties” やつづく “The Big Spin” など、おもにアルバム前半によくにじみ出ているが、制作中メンバーたちはシンガー・ソングライターものをよく聴いていたというチャーリー・ウェイン(ドラムス)の発言どおり、ヴォーカルを聴かせるタイプの曲が居並ぶアルバム後半にも、どこかオペラのような雰囲気は引き継がれている。
 ヴォーカルを務めるのがタイラー・ハイド(ギター)、ジョージア・エラリー(ヴァイオリン/マンドリン)、メイ・カーショウ(キーボード)の女性3人になった点は大きな変化だろう。その布石は、バンド創設メンバーのアイザック・ウッド脱退後に制作され、従来の彼らのイメージを刷新したライヴ盤『Live At Bush Hall』ですでに打たれていたわけだけれど、今回、同作で披露された曲たちがいっさい収録されていない点はじつに彼ららしい。とことん新曲にこだわること。とにかく前へと進むのがBCNRのやり方なのだ。
 今回もまた一歩、新たな領域へと踏み出したブラック・カントリー・ニュー・ロードから、ウェインとエラリーのふたりが取材に応じてくれた。12月の来日公演ではどんなパフォーマンスを披露してくれるのか、はやくも楽しみでならない。

わたしたちの日常がそのままアートに反映されていると思う。3人のメンバーそれぞれが歌詞を書いているから、視点も少しずつ違う。(ジョージア・エラリー)


向かって左から、ルーク・マーク(ギター)、タイラー・ハイド(ヴォーカル/ギター)、ルイス・エヴァンス(サックス/フルート/クラリネット)、メイ・カーショウ(ヴォーカル/ハープシコード/ピアノ)、そして今回取材に応じてくれたふたり、チャーリー・ウェイン(ドラムス)とジョージア・エラリー(ヴォーカル/マンドリン/ヴァイオリン)

2023年のライヴ盤『Live At Bush Hall』リリース以降、メンバーみなさんはそれぞれどのように過ごされていましたか? ツアーが多かったですか?

ジョージア・エラリー(Georgia Ellery、以下GE):長期間ツアーをしていたし、フェスティヴァルの出演もたくさんあった。とても楽しかった。それから新作の作曲もして、それをライヴで披露したりもした。その後は、このアルバムのレコーディングのために、自宅を3週間離れてみんなと一緒にいた。それも素敵な時間だった。

いま振り返ってみて2023年のライヴ盤『Live At Bush Hall』は、BCNR史においてどんな位置づけのアルバムだったと思いますか?

チャーリー・ウェイン(Charlie Wayne、以下CW):どう言えばいいのか難しいけど、たぶんあのときの自分たちをそのまま表してる作品だと思う。全体的にはちょっと奇妙な妥協の産物みたいなところもあったけど、それでもちゃんと意味があって、いい形でハマっていた感じがする。あの時期の自分たちを映したものっていうか。完全に意図されたクリエイティヴな作品っていうよりは、あの頃のバンドの姿をしっかり記録したドキュメントって感じかな。でも音楽的にもおもしろいところがいっぱいあるし、サウンドもおもしろい、聴き応えがある。こうやって形に残せてよかったって思う。

その2023年のライヴ盤ではいっさい過去の曲をやりませんでしたが、今回の新作『Forever Howlong』もそのライヴ盤で演奏されていた曲は収録されていません。過去を振り返らないことはあなたたちにとって、なぜ重要なのでしょうか。

GE:過去の作品を振り返って演奏するのは大事なことだと思う。でも、自分たちにとっても新鮮でワクワクするものにしたい。『Bush Hall』は短い期間でつくったとはいえ、本当に一生懸命取り組んだし、ツアーもたくさんやった。だから、スタジオに入ってもう一回同じ曲を録り直すのは、正直あまり楽しそうじゃないと思ってしまって(笑)。やっぱり楽しむことが大事で、曲をつくること、新しい音楽を生み出すことこそが、自分たちの得意なことだし、いちばん楽しいことだと思う。だから自然と新しい曲づくりに向かっちゃうんだと思う。

今回タイラー・ハイド、ジョージア・エラリー、メイ・カーショウの女性3氏がソングライティングとリード・ヴォーカルを担当することになったのは、昔ほどではないでしょうが、まだ残っているロックの男性中心主義への反発ですか?

GE:別にそういう意図があったわけじゃなくて、たんなる偶然だよ。今回はルイス(・エヴァンス/サックスやフルートを担当)が歌わないって決めたから、そういう形になっただけ。でも、もちろん業界にはそういうことがあるのは認識しているよ。

編集長からの質問ですが、優れた大衆音楽は往々にしてつくり手の人生を反映したものだといえます。もしそうだとして、あなたがたの音楽にはあなたがたのどんな人生が反映されていると思いますか?

CW:おもしろい質問だね。この質問はジョージアが答えた方がいいのかもしれない。

GE:そうね、歌詞はすごくわかりやすい例かな。わたしたちの日常がそのままアートに反映されていると思う。3人のメンバーそれぞれが歌詞を書いているから、視点も少しずつ違う。このアルバムでは、普段の生活のちょっとした出来事が音楽に落とし込まれていると思う。あとは、普段の生活ではなかなか言葉にしづらいような、すごく個人的な感情とかも詰まってるし。ロンドンやイギリスにいるという環境も、やっぱり無意識のうちに影響しているんじゃないかな。意識してるつもりはなくても、自然とそうなってる部分も多い気がする。

CW:そうだね、音楽的にも、長い間一緒に演奏してきたメンバーの関係性がそのまま反映されている気がする。このアルバムが進化して、前作と違うという点も、結局はそういう流れのなかで自然に起こったものなんだと思う。時間が経てば、新しいことに興味を持つし、それぞれが少しずつ変化しながらも同じグループの一員として音楽をつくりつづける。そういう、グループのなかにおける自分自身の変化を見つけたり、それを音楽として表現することが大事なのかもしれない。これまでやってきたこととつながりを感じつつも、自分たちにとって新鮮で楽しいものをつくることが、結局いちばん大切なんじゃないかって思う。

“Besties” はジョージア・エラリーさんがヴォーカルを務めるBCNRの初めての曲です。この曲をアルバムの冒頭に置いたのも、期待を裏切るため?

GE:そうだね、ちょっと変わった選択だったからこそ、最初に持ってくるのはおもしろいかなと思った。ハープシコードのイントロがあって、それがアルバムのイントロみたいな役割を果たしてる感じがあるし、エネルギッシュにはじまるのもカッコいいなって思って。それに、そこから一気にノイズの壁が押し寄せる流れもいいなって。誰が言い出したのかは覚えてないけど、曲ができた時点で「これ、最初に持ってきたらいいんじゃない?」っていう話になっていたと思う。

出だしがチェンバロ(ハープシコード)で不意を突かれました。このアイディアはどんな経緯で生まれてきたのでしょう?

CW:最初はバンド・メンバー全員で一緒に演奏していたんだ。メイ(・カーショウ/キーボード担当)が作曲に使っているキーボードはいろんな音色を設定できるんだよ。それで、半分冗談、でも半分は本気みたいな感じで、ハープシコードの音を使うという、スタイル上の決断をしてみた。ぼくたちはよくそんなふうに作曲をしているんだよ。それでメイがハープシコードの音を弾いたら、それがみんなの琴線に触れたというか、ハハハ。アルバムの冒頭としても、ちょっと変わってておもしろい選択だったし。実際、他の曲でも似たようなことを取り入れてるんだよ。

メンバーの多くは60〜70年代のシンガー・ソングライター系の音楽に興味があったと思う。例えば……なんだろう、ヴァン・ダイク・パークスとか、ランディ・ニューマンとかジョニ・ミッチェルとか。(チャーリー・ウェイン)

(エラリーさんに)BCNRでヴォーカルを務めるときは、ジョックストラップで歌うときと違いはありますか? 意識の差はありますか?

GE:エフェクトの効果を探求することが少なかったり、そのエフェクトの背後に自分があまり隠れられないことかな。それに、自分がBCNRの曲を書くときって、バンドのことを考えながら書いている。どんな楽器が使えるかとか、このメンバーはこういうパートやスタイルが好きそうだなとか、そういうのを意識しながらつくってる。そういう枠組のなかで制作するのもけっこう楽しいしね。

ちなみに前回の来日公演でもエラリーさんがヴォーカルを務める曲が披露されていましたが、それはまたべつの曲でしょうか? 覚えていますか?

GE:たぶんそうだと思う。“(Two) Horses” だったかな? “Goodbye” かな?

CW:“Goodbye” をちゃんとやる前だったと思う。

GE:じゃあ “(Two) Horse” だね。

CW:大阪で演奏ミスしたんだよね、あのとき。ちゃんと演奏したのはたぶん1回目か2回目だった気がする。

GE:あ、そうだ演奏が速くなっちゃって……でもテンポ戻したよね?

CW:ああ、戻ったよ。なんとか立て直したし。でもあのときはほんとに焦った!

通訳:お客さんはたぶん誰も気づいていなかったと思いますよ。

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クラシック的な要素ってけっこうクールだとわたしは思っていて。ある種のツールなんだと思う。それを必要に応じて自由に扱うことができるのなら、障害にはならない。(エラリー)

今回のアルバムを制作する過程で、メンバーがよく聴いていた音楽を教えてください。

CW:ぼくたちはいつでもいろいろな音楽を聴いているから、これまでつくってきた音楽もかなり幅広いものになっていると思う。それがバンドのおもしろさでもあるし、多少の共通点はあるけど、めちゃくちゃ被ってるわけでもないっていうか。メンバーの多くは60〜70年代のシンガー・ソングライター系の音楽に興味があったと思う。例えば……なんだろう、ヴァン・ダイク・パークスとか、ランディ・ニューマンとかジョニ・ミッチェルとか。でも同時に、ジョアンナ・ニューサムフィオナ・アップルみたいな現代のアーティストや、ウィルコみたいな90年代のオルタナ系の音楽もたくさん聴いていたね。

クラシック音楽の教育を受けたみなさんがポピュラー・ミュージックをやるときの苦労にはどのようなものがありますか?

GE:そうね、コードとか音を詰め込みすぎちゃうことはあるかも(笑)。でも、個人的には、それって結局ツールみたいなもので、使いたいときに使えばいいし、逆にぜんぶ忘れて直感をベースに作曲するのもアリだと思う。でもクラシック的な要素ってけっこうクールだとわたしは思っていて。特に “Besties” ではメイがリードする曲だから、クラシックっぽい雰囲気にしたかった。そういうのを彼女が好きなことを知っているから。そういう要素を入れることで、このバンドの新しい一面を出せるのもおもしろいし。だから結局、クラシック的なものもある種のツールなんだと思う。そのツールを必要に応じて自由に扱うことができるのなら、それは障害にはならないと思う。

今回の新作をつくるにあたり、あらかじめコンセプトやテーマのようなものはあったのでしょうか。

CW:いや、そういうのはなかったと思う。曲同士のつながりって、時間が経つにつれてだんだんはっきりしてきた感じがする。メンバーのソングライティングにそのつながりが反映されたりしていたから。今回のアルバムの歌詞は、ぼくが書いたものじゃないから、そこにかんしては深くコメントできない。でも、内部の人間でありながら少し外側から見てるような立場として、時間が経つにつれて曲のつながりがクリアになってきた。何かひとつの大きなコンセプトが全体をまとめているわけじゃなくても、自然とまとまりが生まれるっていうのはクールだと思うし、おもしろいと思う。3人の違う視点からつくられたものを、ひとつのアルバムとしてまとめるのは、なかなか難しいことだったけど、それ自体が曲づくりの一部としておもしろい要素になったんじゃないかな。結局のところ、このアルバムの全体的なテーマって、3人の視点の違いがひとつの 「世界」 をどうつくり上げるかってことなのかもしれない。そして、それはある意味包括的なものだと思う。つまり、世界をどう見ているかということ。みんな世界の見方がちょっとずつ違うけど、それぞれが微妙に重なり合ってる。人生って、そういうふうに、大きなことも小さなことも含めて、誰もがそれぞれの視点から見ると、少しずつ異なるものになる。でも、人の人生は多くの方法で隣接もしている。そんな意味で人生とは、自分にとっても、他者にとっても、不明瞭で魅力的なものであり、ぼくたちはそれを自分に、そして他者に、ミニマルな方法やマキシマムな方法を使って説明しようとする。

プロデューサーがジェイムズ・フォードになった経緯を教えてください。

GE:ジェイムズ・フォードにプロデュースをお願いしたいね、とは前々からバンドで話していたんだけど、結局のところ、スタジオ入りする直前になって彼にお願いしようという話になった。そのときに、彼がパレスチナ支援のイベントでBCNRのライヴを観に来てくれて、そのときに意気投合した。わたしたちの音楽も気に入ってくれたみたいで、その後リハーサルにも来てくれた。その時点では、もう彼にプロデュースの依頼をしていたんだけど、結果的に最高の判断だったと思う。彼はほんとうに素晴らしくて、すべてをうまくまとめてくれたし、なにをどうすればいいか完璧に把握してた。時間管理もすごくうまくて、すごく楽しくて、スムーズな作業だったよ。しかも刺激を与えてくれる人だったし。わたしたちはみんな彼がアークティック・モンキーズとやっていた仕事が大好きだから、正直ちょっとミーハーな気分だった(笑)。彼にアルバムのことなどについていろいろ聞くことができて、夢みたいだった。ほんとうに安心して任せられたし、彼にお願いしてよかったって心から思ってる。

今回の収録曲でいちばん制作に苦労した曲はなんでしたか? また、どういう点でそうでしたか?

CW:たぶん “For The Cold Country” だったと思う。すごく苦戦した曲のひとつだったのは間違いないね。なんかしっくりこなくて、完成するまでに2年近くかかったんだ。どんなふうに流れるべきなのか、ずっとはっきりしなくて……。結局、自分としては、「ここで何か貢献しなきゃ」と思うのではなく、むしろ一歩、下がってみることが必要だと思った。スタジオに入るまで、あまり納得のいくものになっていなかったんだけど、そこでパートごとに音の空間をつくったり、曲をまとめるための別の要素を加えたりすることで、やっと形になった感じ。ライヴでもすごくクールな雰囲気になる曲だし、最終的にはいい仕上がりになったと思うけど、作曲中は本当に難しくて……。数年後にやっとスタジオでレコーディングすることができた時は達成感を感じたね。

通訳:ジョージアさんも同じ意見ですか?

GE:あの曲はたしかに大変だった。“Forever Howlong” も大変だったけど(笑)。

CW:そうだったね。

GE:“Forever Howlong” ではリコーダーを演奏したから。みんなで同時に吹くとなると、音を合わせるのがすごく大変だった。でも曲の構成にかんしては “For The Cold Country” には苦労した。曲を発展させる選択肢がたくさんありすぎたというのも理由のひとつだと思うけど?

CW:たしかにそうだね。

つまり、世界をどう見ているかということ。みんな世界の見方がちょっとずつ違うけど、それぞれが微妙に重なり合ってる。(ウェイン)

昨年ブラック・ミディ解散したことは、2010年代末から2020年代初頭にかけて盛り上がったUKインディ・ロックの、ひとつの転機のように思います。ここ数年のBCNRがメンバー構成や作風を変えたことも、それとリンクしているかもしれません。現在のUKのインディ・ロックの状況についてどのように見ていますか?

CW:イギリスのインディ・ロックは、正直言ってかなり順調だと思うよ。ブラック・ミディの解散にかんしては、解散したことを嘆くより、あんなバンドが存在していたことを喜ぶべきだと思う。彼らの音楽は、ファンにもぼくたちミュージシャンにもすごく影響を与えたし、彼らは、ぼくたちが若い頃に仲よくなった素晴らしい友だちでもある。当時のぼくたちは、音楽シーンというのがどんなものかを模索していた。バンドとして活動するのがどういうことか、またプロとしてやるのはどういうことかも含めて。だから、もちろんブラック・ミディが終わってしまったのは悲しいけど、音楽自体は素晴らしかったと思うし、メンバーは各自で音楽活動をつづけている。べつにだれかが死んだとか、音楽ができなくなったわけでもなくて、みんな音楽をつくりつづけているし、それが新しくておもしろい。ブラック・ミディとしての創造的な部分が尽きたのかもしれないけど、どんなことにも終わりはあるし、みんな自分たちのやりたいことをやりにいったんだと思う。だから、イギリスの音楽シーンは、全体的に順調に進んでると思う。新しいバンドは必ず出てくるし、新鮮なものはおもしろいからね。もしもうすでにブレイクしたバンドに頼りすぎてるなら、それは危ない兆しなのかもしれない。音楽シーンはそういう意味で冷酷なところがあるからね。BCNRはいまやってることも昔と同じくらいおもしろいと思うし、UKシーンにおいても新しい音楽はつねにいろいろなところから生まれつづけて、今後もきっとおもしろくなる。

GE:チャーリーが話したように、若いアーティストが次々と出てきてシーンが再生する感じ (rejuvenation)や、アーティストの入れ替わり立ち替わりが激しい感じは、イギリスの音楽シーン、とくにロンドンのシーンの魅力であり特徴であるかもしれない。もしかしたら、ロンドンならではのものかもしれないけど、そういう点が新鮮でワクワクさせてくれるし、ポジティヴな要素だと思う。

最後に、新作を聴くリスナーにメッセージをお願いします。

GE:みなさんがアルバムを楽しんでくれたら嬉しいです。じわじわとよさがわかってくる音楽だから一回以上聴いてね(笑)! わたしたちはすごく頑張ってこのアルバムを完成させました。ようやくこの世に送り出すことができて、みなさんに聴いてもらうことができてとても嬉しいです!

CW:今度日本に行ったときにみなさんにお会いできるのを楽しみにしています! ミュージシャンとして、日本はいつも最高の場所のひとつだと思うからです。いままでも、これからも応援してくれてありがとう。感謝しています!

通訳:質問は以上です。お時間をいただき、ありがとうございました!

GE&CW:ありがとう! またねー!

※ブラック・カントリー・ニュー・ロードの来日公演情報はこちらから。

Special Conversation - ele-king

←前編はこちら

難しいなと思うのが、その“観察する視点”が細かすぎると、ウェットな文章になっちゃうんですよね。いかにサラっと書きながらも面白さがないと、本を読んでもらえないですからね。その差し引きというか、緩急の付け方がものすごく熟練している。 ——タナカカツキ

変わりゆく自分の肉体と感覚を偏りのない視点で観察すること

ガビン:自分がヨボヨボのじいさんになったときのことは考えたりしますか?

カツキ:ヨボヨボといえば、ちょうど一昨年ぐらいに、オトンが一回死にかけたんですよ。医者からも今夜が山ですと言われ、私も急いで東京から大阪に帰って、身辺整理から祭事場の予約、お墓まで全部買ったんですけど……オトンが復活したんです。

ガビン:奇跡の復活。

カツキ:ただ、死は免れたけど老人なので、すごくヨボヨボでギリギリ歩けるって感じなんですよね。体も脳機能も老化していて、もうすぐ認知症っていう感じはあるんですけど、唯一楽しみにしてるのがおしゃべりの時間なんですよね。だから自分も、年をとってヨボヨボになるのは自然のことだし、もうしょうがないんだけど、おしゃべりを奪われるのは辛いなって。だから、最後までおしゃべりをどれだけずっと続けられるか。友達が大事なんだろうなって思いますね。

ガビン:カツキさんとはこれまでいろいろ仕事もいっしょにしてきたけれど、たいはんの時間はおしゃべりがメインですよね。でも、世のおじさん達はおしゃべりをしてないんじゃないですかね? せいぜい酒場でクダをまくかんじで。でもカツキさん周辺は、おしゃべりが主食ですよね。あと、今では当たり前になったオンラインでのおしゃべりもずいぶん前からやってましたよね。

カツキ:Skypeが潰れるなんてね。本当に感慨深いですよ。

ガビン:Zoomが登場する前はskypeを繋ぎっぱなしでめちゃくちゃおしゃべりをしてましたよね。

カツキ:そう、Skypeで繋いで。同じ仕事をやっているとかじゃなくて、もう本当に雑談で。なんか聞いてほしい話があるからとあらたまって繋ぐわけじゃなくて、当たり前のようにずっと繋いでる。で、繋ぎっぱなしでお互いに仕事をしたり、コーヒーをいれたり、トイレに行ったりとか。もうずっと繋ぎっぱなしだった。

ガビン:2人だけじゃなくてみんなつないでね。うちのスタッフがタイに移住したときもずっとSkypeでつないで、特に会話がなくなってもそのままで「そういえばさあ?」とか話しかける感じの。カツキさんのところは歌を歌ったりギター弾いたりとかしてましたね……。なんせ、東日本大震災のときもね、ワーって大きく揺れて最初にやったのはカツキさんにSkypeを繋いだことだった。

カツキ:あの日は水槽もだいぶ揺れて感電したり。危なかったですよね。

ガビン:震災直後はまだ状況もわからなくて、いつもより大きめの地震だと思ってたというのもあるし、安否確認もあるけど。地震の瞬間におしゃべりチャンスだ! って。

カツキ:あとはやっぱり、皆さんが自宅作業だったことも大きい。Skypeをつけていると図書館に行って自習しているみたいになるんですよね。けっこう気力も持つし。それに部屋の中でずっと作業をしていると、どうしたって空気が重くなる。だけどSkypeでお互いの作業場につないでおくと、風通しがよくなるんですよね。かといって誰かがしゃべっていたり、音が聞こえればなんでもいいわけじゃない。それがたとえばラジオだと、心がザワザワしたりイラッとすることもあるので。

ガビン:「過払い金」の広告とかも耳に入ってくるからね。法務大臣認定司法書士の専用ダイヤルも覚えちゃうし。

カツキ:妙にテンションの高いDJとかも気になっちゃう。だから好きなもの同士が、それぞれのペースでおしゃべりをしたり、しゃべらなかったり、ゆるくいられる空間ということでSkypeを永遠にやっていましたね。我々はおじさんのころからずっとおしゃべりをしてきたよね(笑)。

ガビン:みなさんが想像しているレベルじゃない「おしゃべりおじさん」でしたね。なんといってもカツキさんは、ファミレスを出禁になったりしていますから(笑)。それこそ前さんの本(『死なれちゃった後に』著:前田隆弘)で、朝までファミレスでおしゃべりをしていて、「次はあなたの番ね」と一人で喋らなくちゃいけなくなった瞬間のことが書かれてるけど、あれもカツキさんとか僕とかと一緒にファミレスに行ったときの話ですよね。


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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カツキ:おしゃべりの話でいうと、この本もガビンさんは言文一致の文体とおっしゃっていましたけれど。老いを観察して文章にするとして、ガビンさんならいくらでも笑わせることに振った文章が書けると思うんですけど、この本はそのバランスがめちゃくちゃすごいなと思って。やりすぎない感じが。

ガビン:ありがとうございます。

カツキ:今は老後を語る本もたくさん出ているけど、その多くは「老いても大丈夫!」と励ますような文脈です。でも、『はじめての老い』はそうしたある種の信仰だったり加齢を賞賛するような文脈ではなく、変わりゆく自分の肉体と感覚を偏りのない視点で観察している。難しいなと思うのが、その“観察する視点”が細かすぎると、ウェットな文章になっちゃうんですよね。いかにサラっと書きながらも面白さがないと、本を読んでもらえないですからね。その差し引きというか、緩急の付け方がものすごく熟練している。

ガビン:老いを励ましてはいないですからね。

カツキ:だから僕が思ったのは、『はじめての老い』は老いのことが書かれている本なんだけど、まるで伊藤ガビンとしゃべっている感覚なんです。昔の本は、読者と作家ってしゃべっていたんですよ。文章を通して、作家と読者っていうのがちゃんと一本の線で結ばれていた。でも今は、もちろん社会情勢もあるかもしれないけれど、僕が知る限り書店に行って最初に目に入るのは、ビジネス書が平積みされている光景なんですよね。お金や社会的な肩書、自由な時間、人間関係……。“ラベリングされた何か”を確実に得るための実用的な本が、それこそ棚にわーっと並んでいる。別にそういう本を批判するわけじゃないけど、そうした実用的な情報って、別に本じゃなくても得られるんですよね。だからサウナの話にも通じるんですけど、これからは「ガワ」ではない時代がくると思う。みんな、どこかで人の存在を感じたい、誰かとおしゃべりをしたいっていう時代が来ていると思うんですよね。その中にはもちろんこの本の存在があるなと思いますし。

ガビン:あー。これがおしゃべりだと意識してなかったけど、言われてみれば確かに。この本は、老いることへのハウツーではなくただの「おしゃべり」の記録ですね。カツキさんが言ってくれた通り、この本には老化にまつわる悩みを解消するためのハウツー的なものは載っていないんですよね。だから有益な知識やエビデンスとかは期待しないでほしくって。というのも、僕がいま大学にいるってことあって「老いの専門家」だと思われるとそれはそれで困る。だから「大学教授」という肩書が先に出てくるとへんに信用されちゃうし、それは本当に怖い。

カツキ:「老いの偉い人」ではないからね。

ガビン:そう。だからこの本はあくまで自分の体験しか書いてないぞっていうことなんだけど。それで積極的には老いに詳しくならないでおこうと思っているだけど、でも書いていると自然にと情報は集まってきちゃうので。そうすると中には「やっぱりこれはめちゃめちゃ面白いから入れよう」というのは書いて、という感じです。だけど一般書の領域のなかでできること、というのは念頭には置いて書きましたね。
 あとは僕の中では、90年代のことをどう昇華したらいいのかはけっこう考えました。僕は、懐かしいものがそもそも苦手なので、90年代に対する思い入れとかは全然ないんだけど……。今はあの時代のことがあまりにも悪く言われすぎなんじゃないか、とは思います。たとえば90年代は冷笑的な時代で、冷笑=悪くらいの評価ですけど、当時はアレはアレで機能を持っていたとは思う。今はできないですけどね。『はじめての老い』は昭和軽薄体ではないんだけど、やっぱりその文体も自分にとっては強い影響を受けているので。でも今は昭和軽薄体自体がなかったことになってるような……?
 ただ、90年代的なことを露悪的にやろうっていう気は全然なくて、普通にこういうことを考えているということです。

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僕自身は60手前になっても全然しっかりもしてないし。きっとこのまま高齢者になっていくんだろうな……という感じがしている(笑)。 ——タナカカツキ

魂が抜けたと誤解されちゃうから(笑)。でもまあ、きっと我々はもっと年をとったらそういうギャグをすごくやるよね。死んだふりみたいな。 ——伊藤ガビン

還暦を前に、なんで心はこんなにふざけたがっているのかな?


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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カツキ:僕は、この本を読んで私も老いについて話したいと思ったんですよね。今58歳で還暦が目の前なんです。ガビンさんも書いていましたけどそれぐらいの年齢っていわゆる前期高齢者の一歩手前じゃないですか。なのに、なんで心はこんなにふざけたがっているのかな? と思うんですよ(笑)。昔、思い描いていた還暦の姿はもうちょっとちゃんとしていたはずなのに。見た目と同じくらい心も成熟すると思っていたんですけど。ちゃんとおじいちゃんみたいな気持ちになるんだろうなって。でも現実は全然なってないですよね。

ガビン:なってないですか?

カツキ:だって、おじいちゃんになるとふざけたいと思わないじゃないですか。いや、「思わないだろう」と思っていたんですよ。そもそもおじいちゃんで、ふざけている人をあんまり見てきてこなかったし。でも僕自身は60手前になっても全然しっかりもしてないし。きっとこのまま高齢者になっていくんだろうな……という感じがしている(笑)。

ガビン:その話でいうと、数日前、親に会いに行ったんですよね。もうかなり認知症が進んでいるから、僕のことをギリギリわかっているかどうかって感じなんだけど。「一緒に写真撮ろうや」って言って。あとで、ふたりで自撮りした写真を見たらベロだしてふざけた顔をして映っていた。

カツキ:最後はふざけだけが残るんだ。

ガビン:そうなんですよ。ギャグも言っていましたし。その前に会ったときはもう少ししっかりしていて、「仕事は何してるの」「大学の先生をやってるよ」「大学校の先生か、そこで強盗の仕方でも教えてるのか?」って会話があったり。だから人間は、脳が老化して認知機能が低下してもギリギリまでふざけるんだと思って。

カツキ:ふざけている人は老人になってもそこはあんまり変わんないぞ、ってことですよね。そこは聞いておきたかったな。

ガビン:でもやっぱり、全体的にタガが緩んでくるから、いままで自分で倫理的に抑制していた部分が抑制できなくなってきたりするでしょ。そういうのは恐いですけどね。ちなみにカツキさんは理想とする死のイメージはあるんですか? 

カツキ:僕が気になるのはそのとき医療がどうなのかな? って話ですね。

ガビン:あーなるほど。我々はまだ、老衰までにはちょっとあるもんね。この先は安楽死の議論が進んでもうちょっと整備されそうな気もするし。

カツキ:これからは人口統計的にみても死を迎える人数が多くなるし、葬式のバリエーションのような「死のデザイン」も増えてくると思うんです。で、じゃあ自分がどういう風に最後を迎えたいかでいうと、自分が知らない間に死んでいたぐらいがいいなとは思う。ただ、一方でちゃんと死ねるのかな? って。だって、遠くない未来ではアバターみたいな自分の身代わりの出てきそうじゃないですか、「ただ肉体が死んだだけでしょ」みたいな感じで。だから死んだ後も、まるでまだ生きているかのようにアバター版の自分がZoomで喋ることもできそうだなって思うんですよね。そうなったときに、今とは「死」の概念がだいぶ変わっているとは思う。だから理想の死については、テクノロジーによりますね。現実的な話でいうと、モルヒネをいっぱい打ってくれるならそれはちょっと試してみたいと思います(笑)。

ガビン:僕の場合はカツキさんとはまた違って、どっちかというと死を迎える前段階が気になります。自分がかなりヨボヨボになっても、妻はピンピンしていると思うんです。そうなると妻に自分の介護をさせたくはないので、いっそのことホームに入りたい。ただ、気になるのがそうしたときにインターネットはどこの段階で捨てるのかな? ってこと。

カツキ:インターネット問題だ。

ガビン:そう。これはまだ書けていない原稿だけど、細馬宏通さんとかと話していたときに「サブスク老人」っていう言葉が出たんです。たとえば仕事や家、ものなどいろいろ手放したとしても、Spotifyだけあったら音楽は無限に聴けるじゃないですか。だから年金でサーヴィスを継続できると思うんですよね。この先、Wi-Fiさえあればどこでも、お金を使わなくても無限に音楽とか映画が享受できる環境が来るじゃないですか。とすると、え、老人になったらなったで忙しいで! っていう(笑)。

カツキ:仕事を辞めた後も確実に使うしね。

ガビン:そもそも仕事以前に、成人したと同時にインターネットを使い始めているぐらいの感覚があるから。当時はパソコン通信でしたけど。これを手放す時は来るのかな? だとしたらそれって一体いつなんだ? というのは気になる。たとえば80代とかになって、サブスクリプションは使っているはずだけど、はたしてインターネットでコミュニケーションをどれぐらいできているかってのは気になるかな。というのも既に他界している方の話なんですけど、一時期知り合い(当時80代)がFacebook上でどんどん新しいアカウントを作っては僕をフォローしてくるということがあって。たぶん、どれが自分のアカウントなのかわけがわからなくなって新しいアカウントを作っちゃうみたいな。

カツキ:次々作るんだ(笑)。

ガビン:こっちはスパムなのかどうかもわかんないし、うわーってなりますよね。で、家族はきっと心配になりますよね。だからどこかのタイミングでインターネットとのつながりを遮断するってことが起きるのかなと思って。それが外部による遮断なのか自主的返納なのかは気になりますよね。

カツキ:インターネットの返納。

ガビン:スマホに関しては本で書きましたけど(「らくらくホンを買う日を想像する」に収録)、第三者に取り上げてもらわないと危険だなとは思っています。だから、それをいつまでどんな感じでやるのか? 最近はカツキさんとそんなにおしゃべりをできていないですけど、これからはたまにつないでね。おしゃべりができたらと思っていますけど。

カツキ:うん、まだインターネットの返納はせずに。ガビンさんの話を受けて、これから我々が老境に入っていく上でやりたいことは……やっぱり老人ホームを作ることなのかもしれない。

ガビン:独身の友達も多いしね。

カツキ:我々の周りには、ホームを運営できるスキルを持っている人たちもいっぱいいるじゃないですか。それこそ温浴施設を作ることもできるし。おいしい料理があって自分がやりたいことができる環境があって……と考えたら、いまある施設で満足できる場所がないんですよ。だから、いっそのこと我々でホームを作るのかなと思うんですよね。一時滞在もできて楽しかったら家に帰らなくてもいいし、好きなだけ居られるし。仕事を辞めて老境に入り体が衰えても、最後はめちゃめちゃ面白い放課後がずっと続く、みたいな。

ガビン:そうなるとお金をどうにかしなきゃ(笑)。面白ホームに入るお金も必要だね。

カツキ:やっぱり誰でも入れるわけじゃなくて、そのホームに入るためには面白くないとダメですよね。ガビンさんはもう無料でしょう(笑)。

ガビン:無料でいいんですか(笑)。

カツキ:やっぱりサーヴィスできる人は、基本無料ですよ。

ガビン:炎がついた球のジャグリングとかする可能性あるし。

カツキ:あれ老人でやったらダメなんでしょ。

ガビン:魂が抜けたと誤解されちゃうから(笑)。でもまあ、きっと我々はもっと年をとったらそういうギャグをすごくやるよね。死んだふりみたいな。

カツキ:絶対にやるでしょ。点滴でオレンジジュースを飲むとか(笑)。 だからやっぱり、ふざけ続けてふざけたまま亡くなるみたいなのもいいけど、まずは生きているうちに、ここに天国(面白ホーム)をつくる。で、天国を作っておいて、逝ったかどうかがもうわかんないの(笑)。

ガビン:死んでも生きていてもどっちも天国に行ける。どっちも一緒っていう。それはたしかに理想的ですね。

カツキ:そう思うと、やっぱり老いって奥深いですね。はじめての老いの後編として、老いへ抗う編もありそう。

ガビン:そう、抗い編はやりたいなと思っています。年とって、「抗えるところ」と「抗えないところ」が明らかになってきていて。たとえば筋肉はけっこう抗えるけれど、そんなに簡単には付かないぞ、とか。知り合いで走りはじめた人は「考え方がめっちゃヤンキーみたいになってきました!」とか言っていて(笑)。

カツキ:筋肉脳になっちゃうってことですかね。

ガビン:そこも興味あるかな。自分はそうはなりたくないなと思いつつも、身体を鍛えているうちに筋肉脳になっていくかどうかみたいなところもすごく興味ありますね。あと、肛門括約筋はどれぐらいキュッとできるんや! みたいな。尿もれに対する抗いとかって興味ないですか?

カツキ:肛門のまわりも筋肉ですからね。たしかに老いへどう抗うのか、抗ったときの観察も面白そう。そもそも、僕は老いを観察すること自体が一種の抗いだと思うんですよ。だって老いを敵とみなしているわけでしょう。昔、私が年齢を上にサバ読んでいたかのように、老いを観ることによって相手をまずしっかり観るということになってるのかなって。

ガビン:あー。ぼくはもう単純にびっくりしてるだけなんですけどね、「あれ?」「え、いまこれ?」っていうことの連続だから。でもまあ、自分に起きていることがなんなのかっていうのは知ろうとはしていますね。

カツキ:完全に抗うことってできないので、基本負けは認めつつも、ランダムにやってくるこの老いをどこまで冷静に見つめられるかなって。急に「こんなん知らんかったわー」っていうよりは、だいぶスロープがなだらかになる。

ガビン:だからこの本は、老いの予習にはいいと思うんですよね。たとえ今読んでピンときてなくても、いつか「あ、あれ? ガビンが言っていたのはこれかぁ」みたいな。本の中で白内障とか緑内障とかの話もちょっと書いたけど(「老いの初心者として、はじめての老眼」に収録)、ほぼみんな発症するものって多いみたいで。手術でだいぶ見え方は改善することができるみたいですけどね。

カツキ:今回は老いに対しての向き合い方で、次は「抗い編」をやるとなると、私的には楽しみですね。

ガビン:まあ大変なのと、時間がかかるんですよね。やりだしてから結果が出るまで。

カツキ:でも、結果は出なくともなにをするかの選択でもすごく面白いと思う。

ガビン:ですかねー。

カツキ:人にとっての抗う方法も違うだろうと思うんですよね。だからガビンさんが老いに抗うために、「これだ!」っていうものを選択するまでの話や道具だったり、向き合い方も検討しがいがいっぱいあるので。そこは広がっているなと思いますけどね。

ガビン:そうですね、続けたいです。

カツキ:続けないと「はじめての老い」も売れないですからね(笑)。「このシリーズなんか続いているな」っていうので読もうと思いますし。

ガビン:シーズン2ね。気長に待っていてください。

(構成:児玉志穂)

タナカカツキ 1966年、大阪府生まれ。85年に小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』誌にて新人漫画賞を受賞し、マンガ家デビュー。89年、初のマンガ単行本 『逆光の頃』を刊行。主な著書に『オッス!トン子ちゃん』、『サ道』シリーズ、天久聖一との共著『バカドリル』シリーズなどがある。また、カプセルトイ「コップのフチ子」の企画・原案も手がけるほか、水槽内に水草や流木、石などをレイアウトして楽しむ「水草水槽」の第一人者。近著に『はじめてのウィスキング』がある。『はじめての老い』note版の題字を担当し、書籍では帯の推薦コメントを担当。

伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年 神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MV(□□□)のディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、201年9あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。

BarChitChat - ele-king

 小田急線沿いの新百合ヶ丘といえば再開発された小綺麗な、無菌室のような駅で、そこに住んでいる勤め人くらいしか用のない街といえばそうなのだが、しかし、ワタクシ=野田は、わざわざここまで、宇宙日本世田谷から新百合へと、暗くなる頃に通っていた時期がある。なぜならこの街には、BarChitChatがあるからだ。
 若さは逞しい、そこがどんな場所だろうと、好きなことをやってしまう。誰にも止められやしない……いまから20年ほど前、この店には新種のボヘミアンたちが集まっていて、忌野清志郎が住んでいた70年代の国立はこんな感じだったのではないかと空想させるような空気が流れていたのである。
 というわけで、BarChitChatが年にいちどのパーティをやるので紹介しましょう。せっかくなので、その店主である渕上零にミニ・インタヴューしました。彼が、日本のロック/ポップス史の美しい流れのなかにいることがわかると思います。


21周年おめでとう! ところで、いまさら言うのもなんですが、そもそもレイ君は何者なの(笑)? 昔、ムロケンさんにご紹介いただき、ご機嫌な音楽がかかかっているんでよく飲みにいかせていただいて、そのまま仲良くなってしまいましたが、いったいこの若い店主が何者なのか、いまだによくわかってないので、この機会に教えてください。

渕上零:10〜20代にギタリスト、映画俳優、詩人、写真家、絵。色々やっていて、天才アーティストと名乗っていました。29歳でBarChitChatを始めました。話し出すと長いですが、これからブレイクする直前の人達に出会う事が多い人生でした。

レイ君自身の音楽遍歴は? お母さんがヒッピーだったんだっけ?

渕上零:ヒッピーというわけではないと思うのですが、まわりにそういう大人が多かったとは思います。日本三大フーテンの一人、通称キリストがBarChitChatの看板を組み木絵で作ってくれました。ぼく自身も18〜19歳の頃彼の助手をしていました。赤ん坊の頃からの付き合いでした。また、まわりに伝説のライヴハウス吉祥寺OZを作った人や店長など、裸のラリーズまわりりの大人たちがいましたね。母はサイケデリックライティングを僕が産まれる前にやっていたようです。父は1970年代前半、横浜根岸でロック喫茶をやっていたようです。
産まれた頃から家ではロックやレゲエが流れていました。母はボブ・マーリーのライヴにも行っていましたね。13歳のときにRCサクセションの発売禁止になったアルバム『COVERS』にヤラれて音楽に目覚めました。いまは、オサムちゃん&RC SESSION with梅津和時という清志郎バンドでギター弾いてます。

BarChitChatのコンセプトは? 

渕上零:庶民派Barでありながら、いろいろなことを発信していけるお店でありたいと。そして何より出会いの場。そして想像の場。実験の場でもあると思います。

ぼくが行っていた頃は、東京郊外の(じっさいは川崎?)若いヒッピー的な感性がある子たちが集まっていたような印象なんだけど、それはぼくの勘違い? あんま好きなことじゃないけど、オーガニック系とか? わりとザ・バンドとか、キャロル・キングやジェームス・テイラーのようなSSW、70年代の西海岸(クロスビー、スティルス&ナッシュ、ジョニ・ミッチェルほか)みたいなイメージだったんだけど、最近お店のなかはどんな感じなの?

渕上零:川崎市ですが、反対側はすぐ東京都、こっち側も少し行くと横浜市という川崎の端っこになります。そうですね、ヒッピー感性の人たちも来ますが、最近はHip Hop好きの若い子たちも来てくれます。ジャンルにとらわれず、自分がいいと思う音楽をセレクトしています。ぼく自身は1975年くらいまでの音楽を聴いてきましたが、最近はHip Hopも若い子たちに教わって少し聞くようになりました。

Anniversary Party!のテーマみたいなものは何でしょう?

渕上零:ここ10年くらいは年に一度、ぼくがかつて働いていた横浜の老舗THUMBS UPで開催させていただいているのですが、よそでなかなか一緒にならないような組み合わせですし、BarChitChatでライヴしてくれてるアーティストたちが集います。インディーからメジャーまで様々に。知らなきゃモグリなアーティストを毎年呼んでいます。

いま人気上昇中の井上園子さんについてコメントください。

渕上零:歌う前からBarChitChatに来てくれていたのですが、ある日再会したら、私歌いはじめました! と。そこから毎月のようにBarChitChatで歌ってもらうようになりました。音はカントリー、メロディはポップだけど、歌詞はするどくて尖っていたり、そして文学的。なかなか出てこない才能の持ち主のひとりだと思っています。アニバーサリーでは、毎回トップバッターに光る才能の新人を起用するのですが、20周年の昨年は彼女でした。今年はこの日限りの7人編成です。ぼくもギター弾きます。

最後に、いま現在のChitChatのフェイヴァリット・アルバム10枚を挙げてください。

(順不同)
・松倉如子『パンパラハラッパ 』
・Circles Around The Sun『Interludes For The Dead』
・MARC RIBOT&JAKOB ILJA『17 HIPPIES PLAY GUITAR』
・Fishmans『Long Season』
・ハバナエキゾチカ『踊ってばかりの国』
・La Lom『The Los Angeles League Of Musicians』
・Srirajah Rockers『ENDURO』
・ラブワンダーランド『永い昼』
・ 与世山澄子『Interlude』
・ ADRIAN YOUNGE & ALI SHAHEED MUHAMMAD『JAZZ IS DEAD 011』

ありがとう。じゃ、またビールを飲みに行くよ!

渕上零:久々乾杯しましょう!

 2004年春、アーティスト渕上零が新百合ヶ丘で始めた唯一無二のMusic Bar。 “小さなお店で、大きな奇跡を ” をモットーに。
この春21周年を迎えるBarChitChatで巣立ってきたアーティスト達が集結する。渕上零の古巣THUMBS UPにて、年に一度の祝祭が今年も開催される。

BarChitChat 21st Anniversary Party!

2025.420.Sun.
at 横浜THUMBS UP
【出演者】
✳︎ASOUND
✳︎光風&GREEN MASSIVE
✳︎井上園子楽団
(井上園子/gnkosai/大澤逸人/長尾豪大/西内徹/Chaka/渕上零)

✳︎ F.I.B JOURNAL DUO+2
(山崎円城/沼直也/Guest :Little Woody/ハタヤテツヤ)

✳︎junnos
✳︎禅座DUBNESS
(小林洋太/越野竜太(らぞく)/大角兼作(らぞく) &dub mix)

✳︎ COSMIC JUNGLE
(MONKY/TOMOHIKO HEAVYLOOPER/小林洋太)
DJ:HOMERUN SOUND

VJ:Oshoz

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

open15:30 Live16:20

※限定200名
前売4200円/当日5000円

■チケット
⚫︎TEL予約 045-314-8705
⚫︎ネット予約
https://www.stovesyokohama.com/thumbsup/

THUMBS UP
神奈川県横浜市西区南幸2-1-22
相鉄Movil3F

Black Country, New Road - ele-king

 まもなく最新アルバム、新体制となって初めてのスタジオ盤『Forever Howlong』を送り出すブラック・カントリー・ニュー・ロード。嬉しいことに、2023年4月以来となる二度目の単独来日ツアーが12月に決定した。今回は12/8(月)大阪 BIGCAT、12/9(火)名古屋 JAMMIN’、12/10(水)東京 EX THEATERの3公演。新たな音楽性を確立した彼らの現在をその目で確かめにいこう。

Black Country, New Road

ブラック・カントリー・ニュー・ロード、来日ツアー決定!
最新アルバム『Forever Howlong』 は、いよいよ明日発売!

儚さと力強さが共存する唯一無二のアンサンブルで、高い評価と人気を誇るブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下BC,NR)が、待望の3rdアルバム 『Forever Howlong』 を4月4日 (金) に〈Ninja Tune〉よりリリースする。

2010年代後半、南ロンドンのインディー・ロック・シーンの音楽的聖地となっているThe Windmillでブラック・ミディやスクイッドらと共にステージ経験を重ね、The Quietus誌から「世界最高のバンド」と称賛されるまでに成長したBC,NR。2021年のデビューアルバム『For the first time』が全英チャート4位&マーキュリー・プライズにノミネート、翌年の2ndアルバム『Ants From Up There』 は全英3位を記録。そして強固な結束を築き、更なる進化を遂げ成し遂げ、今も語り継がれる全曲新曲で臨んだフジロック/ホワイトステージでの感動のライブを経て、翌2023年には新曲のみで構成されたライブアルバム『Live at Bush Hall』 を発表し、バンドの実力を証明してきた。そして遂に届けられたスタジオ録音の3rdアルバム『Forever Howlong』 で、またしても彼らは新たな音楽的地平へと到達した。タイラー・ハイド、ジョージア・エラリー、メイ・カーショーのという女性メンバー3人でほとんどの曲のリード・ヴォーカルとソングライティングを分担し、彼らの豊かな才能と、6人それぞれが卓越したミュージシャンだからこそ生み出せる極上のハーモニーと一体感が楽曲の魅力を最大限に引き出している。

果敢にチャレンジし歩み続ける我らがBC,NRが、遂にここ日本に帰って来る。彼らにとって2度目の単独ジャパンツアー、チケットの確保はお早めに!

Black Country, New Road
JAPAN TOUR 2025

12/08(MON) 大阪 BIGCAT
12/09(TUE) 名古屋 JAMMIN’
12/10(WED) 東京 EX THEATER

OPEN 18:00 / START 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途1ドリンク代) ※未就学児童入場不可

INFO:[ WWW.BEATINK.COM] / E-mail: info@beatink.com

【チケット詳細】
前売:8,800円 (税込 / 別途1ドリンク代) ※未就学児童入場不可

先行発売:
★BEATINK主催者先行:4/5(sat)10:00 → [ https://beatink.zaiko.io/e/BCNR2025] (※限定枚数・先着、Eチケットのみ)
★イープラス・プレイガイド最速先行受付:4/9(wed)10:00~4/13(sun)23:59 → [ https://eplus.jp/BCNR2025/](抽選)

[東京]
LAWSONプレリクエスト:4/14(mon)10:00~4/22(tue)23:59
イープラス・プレオーダー:4/14(mon)10:00~4/20(sun)23:59

[名古屋]
イープラス ジェイルハウスHP先行:4/14(mon)12:00~4/16(wed)23:59
イープラス・プレオーダー:4/14(mon)12:00~4/21(mon)23:59
チケットぴあプレリザーブ:4/14(mon)11:00~4/21(mon)11:00
LAWSONプレリクエスト:4/14(mon)12:00~4/21(mon)23:59

[大阪]
イープラス・プレオーダー:4/14(mon)10:00~4/17(thu)23:59
LAWSONプレリクエスト:4/14(mon)10:00~4/21(mon)23:59
ぴあプレリザーブ:4/14(mon)10:00~4/22(tue)23:59
イープラス・2次プレオーダー:4/19(sat)10:00~4/22(tue)23:59

一般発売:4月26日(土)10:00~

[東京]
イープラスLAWSON TICKETBEATINK
INFO: BEATINK 03-5768-1277 www.beatink.com

[名古屋]
イープラス [ https://eplus.jp/BCNR2025/]、チケットぴあLAWSON TICKETBEATINK
INFO: JAILHOUSE 052-936-6041 www.jailhouse.jp

[大阪]
イープラスチケットぴあLAWSON TICKETBEATINK
INFO: SMASH WEST 06-6535-5569 https://smash-jpn.com/

イベント詳細: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14883


発売日4/4(金)に世界各国でリスニングパーティーが開催!


アルバムリリースを記念し、世界各国でリスニングパーティーが開催されることが発表され、日本では発売日の4月4日 (金) にBig Love Records (東京) とAlffo Records (大阪) にて開催決定!来場者には特別なBC,NRグッズを詰め込んだグッディーバッグを先着順でプレゼント! 各バッグには、オリジナルのクレヨンや折りたたみ式の塗り絵シート、その他のアイテムが含まれる。

アルバムを聴きながら塗り絵を楽しんでもらい、以下のフォームから写真をアップロードすると、バンドが気に入った作品を選んでBC,NRの公式アカウントから発表される。
https://blackcountrynewroad.os.fan/listening-party-images

Big Love Records
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-31-3 3F-A
日時:4/4(金)18:30~

Alffo Records
〒550-0013 大阪府大阪市西区新町1-2-6 3F
日時:4/4(金)20:30~

本アルバムはタワーヴァイナル渋谷/梅田のマンスリープッシュアイテムに選出に決定!!アルバムリリースから店頭にてコラボポスターが掲出される。

BC,NR待望のニューアルバム『Forever Howlong』は、CD、LP、カセット、デジタル/ストリーミング配信で4月4日 (金)に世界同時リリース。国内盤CDにはボーナストラック「Forever Howlong - Live at The Cornish Bank, Falmouth」が追加収録される。LPは、リサイクル・ブラック・ヴァイナルの通常盤2LPに加え、反転カラーのアートワークを採用したエコ・ジャズ・トランスパレント・ブルーのインディー限定2LPおよび初回生産限定日本語帯付インディー限定2LP、油絵キャンバス風加工を施した箔押しゲートフォールドスリーブ仕様のトランスルーセント・エコ・ジャズ・レッドのコレクターズ・エディション2LPが発売され、コレクターズ・エディション・カセットも発売される。コレクターズ・エディション2LPとコレクターズ・エディション・カセットではオリジナル・バージョンとは異なるトラックリストが採用されている。さらに、国内では原宿BIG LOVE RECORDS限定となるブルー・スパークル2LPも発売される。国内盤CDと日本語帯付き仕様盤LPには、歌詞対訳と解説書が封入され、それぞれ異なるデザインのTシャツ付きセットが発売される。購入者特典として、今作で採用された新しいロゴ・ラバーキーホルダーを先着でプレゼント!


CDセットのTシャツ


LPセットのTシャツ


先着特典:ラバーキーホルダー


BEAT RECORDS / NINJA TUNE
artist: Black Country, New Road
title: Forever Howlong
release: 2025.4.4
TRACKLISTING
01. Besties
02. The Big Spin
03. Socks
04. Salem Sisters
05. Two Horses
06. Mary
07. Happy Birthday
08. For the Cold Country
09. Nancy Tries to Take the Night
10. Forever Howlong
11. Goodbye (Don’t Tell Me) 
12. Forever Howlong - Live at The Cornish Bank, Falmouth *Bonus Track
商品ページ
各種予約リンク: https://bcnr.lnk.to/forever-howlong


CD+Tシャツセット


LP+Tシャツセット


CD


コレクターズ・エディション2LP
(Beatink.com限定)


通常盤2LP


限定盤2LP


カセット

Special Conversation - ele-king

 この春、発売された編集者・伊藤ガビン(61歳)によるエッセイ『はじめての老い』。本書は、薄毛や老眼、ブランコが怖い、筋力の低下や免許の返納について、らくらくホン問題、老害側に立って見えてきた景色……。60代を手前に、自身の体から刻々ともたらされる身体的・感覚的な老いによる変化をつぶさに見つめ、驚き、記録したもの。ポジティブ/ネガティブといった二極化で老いを語るのではなく、俯瞰した視点で老いを綴ったnoteの連載に、書下ろしを加えたエッセイです。
 今回は、本の発売を記念して25年来の付き合いであり、帯にコメントを寄せてくれたマンガ家のタナカカツキ氏(58歳)と伊藤ガビン氏のオンライン対談を実施。本が立ち上がるきっかけとなったnote版「はじめての老い」の題字を担当するなど、ガビン氏とは前からの間柄だからこそ話せる老い以前/以後のこと、人生をどう終えたいかなど……前期高齢者(65歳~)という区分が迫りつつある初老の2人が語ります。
 「年を重ねて体力も気力もますますパワーダウン」!

タナカカツキ
1966年、大阪府生まれ。85年に小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』誌にて新人漫画賞を受賞し、マンガ家デビュー。89年、初のマンガ単行本 『逆光の頃』を刊行。主な著書に『オッス!トン子ちゃん』、『サ道』シリーズ、天久聖一との共著『バカドリル』シリーズなどがある。また、カプセルトイ「コップのフチ子」の企画・原案も手がけるほか、水槽内に水草や流木、石などをレイアウトして楽しむ「水草水槽」の第一人者。近著に『はじめてのウィスキング』がある。『はじめての老い』note版の題字を担当し、書籍では帯の推薦コメントを担当。

伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年 神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MVのディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、201年9あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。


60代といえども我々はまだ働かなきゃならないわけですし ——タナカカツキ

そうですね、『はじめての老い』も、ある種のサバイバル戦略として書きはじめましたものではありますからね ——伊藤ガビン

文章の大天才がついに動き出した!


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

Amazon

伊藤ガビン(以下ガビン):帯のコメントありがとうございました。カツキさんが帯に「文章の大天才が動き出した!」と書いてくれたことに驚きました。内容やテーマではなくそこを褒めるんかーい! となりました(笑)。余談ですが、最初amazonに本の紹介文が載ったときは「大天才」ではなく「天才」って書かれてたんですよ。それで版元に「あのー、カツキさんの帯文では“天才”ではなく、“大天才”なんですけど」と自ら訂正した経緯があって……え、何だこの時間? 自分に「大」を付ける時間がやって来るとは! とちょっと面映ゆかったです(笑)。自分では「文章の大天才」とは思っていないですしね。

タナカカツキ(以下カツキ):ガビンさんは文章の人ですよ。この本にしたって「老い」はモチーフじゃないですか。ガビンさんが書くなら何だって絶対に面白くなるから。もうね、私的には、『はじめての老い』はやっと大きな山が動いた! と感激していますよ。これまで表に出てこなかった大天才がやっと単著を出したって。これは世の中的にも大事件ですよ!
 とにかくこの記事を読んでいる人に言いたいのは『はじめての老い』が発売に至った背景には長い歴史があるってことです。知り合って25年、ガビンさんの仕事を近くでみてきましたが、いろいろなプロジェクトはやってきたけれど単著だけは書いてこなかった。本のあとがきに、noteを始めた理由は嫁に言われたからとありましたけども。本当にそれこそ私も、ずいぶん前から散々、これだけ文章がうまいんだから書いてくださいよ! とすすめてきましたし、周りからもずっと言われ続けていた。それはある意味ガビンさんの中で、単著を出すというのは大切にしてきた部分でもあったはずです。だからこそ、そうやすやすと書いてこなかった。それがこの度、ようやくまとまった1冊の本になったことは、本当に世の中的にも大事件だなと。

ガビン:はい。やっと出しました。これは言い訳になっちゃうけど……自分の性格的なのかなんなのか、自分のことを後回しにしちゃうんですよ。たぶんそれを理由としたモラトリアムなんだと思うけど。ここ10年は、定期的に文章を書いて発表をすることから離れていたので、3年前にはじめたnoteは久々に取り組んだ文章の連載だったんですよね。
 それで久しぶりに腰を据えて文章を書こうと思ったときにテーマをどうするか、どんな文体にするかはいろいろ考えたんです。で、あれこれ考えて、なんというか80〜90年代の自分が非常に影響を受けた文章のスタイルについて考えたような、そうでもないような。僕の文章には明らかに昭和軽薄体の影響があるし、自分はそういう風にしか書けないっていうのもあるのに、なんか、世の中的にはなかったことになっているなというのはあって、そういう文章は書きたいと思ったんですよね。そんな経緯があり、いままで共著とか編集者としてはいろいろと本を作ってきたけれどソロ・アルバムを出すタイミングが来たってことですね。で、本を出したからにはこれから執筆活動を活発にしなきゃいけないんですけど、どうしよう(笑)。

カツキ:60代といえども我々はまだ働かなきゃならないわけですし。

ガビン:そうですね、『はじめての老い』も、ある種のサバイバル戦略として書きはじめましたものではありますからね。ちなみに本にはカツキさん絡みの話もいろいろ書いているんですよ。戸田誠司さんの「濃霧が来るぞ」っていう発言もカツキさんと一緒にいたときの話だし。

カツキ:立ち会っていましたね(笑)。

ガビン:戸田さんが急に40代は濃霧が来るって言い出して、2人で「えっ、濃霧?」って顔を見合わせたよね(笑)。これは最終的には書きませんでしたが、カツキさんのお父さんのお話に影響を受けて、「カツラ」について書く予定もあったんです。「おもてなしとしてのカツラ」ってタイトルで。昔カツキさんが話していたじゃないですか。家で寛いでいたらお父さんがおもむろにカツラを脱いで机の横に置いてびっくりしたって話。

カツキ:ありましたね。あれは50年ぐらい前の話かな。当時、弟はまだ1歳で上手に発語はできないし、主語も述語もめちゃくちゃだった頃です。そんな弟が、目の前でカツラを脱ぐ父の姿を見て、「髪の毛ちょっとしかないね」って(笑)。人生で初めてちゃんとした文章になっている言葉を口にしましたから。あまりの衝撃で言語野に電気が走ったのかもしれない。

ガビン:いい話。

カツキ:そもそもなぜ父がカツラだったかというと、当時うちの父親はシャンプーやコンディショナーなどを、美容院に卸す美容業界の仕事をしていたんです。それなのに、髪が薄いと自分が営業している商品の信用にも関わるじゃないですか。

ガビン:取引先も「地肌にいいシャンプーなんですね(お父さんの頭に視線がいって)……???」ってなるよね。

カツキ:そう、信用がない(笑)。「お前が地肌にいいシャンプーを売っているのか」ってツッコまれちゃう。だからあくまで父としては、仕事のためにかぶっていたカツラだったんですけど、当時にしてはすごく自然な仕上がりで、至近距離で見ても絶対にバレないぐらいいい商品だったんですよね。なんでも、仕事の縁で知り合ったカツラメーカーに勤める友人のコネがあって、当時の新技術をつぎ込んだカツラ産業の黎明期の産物みたいなサンプルを特別にもらったそうです。今では当たり前かもしれませんが、白髪が絶妙なバランスで混ざっているカツラでしたから。

ガビン:50年前の話ですもんね。当時、カツキさんからその話を聞いたときは、世の中的にはまだカツラは揶揄の対象でしたよね。でも、もしかしたら自分の美的センスのためではなく対社会とか業務を円滑に進めるためにとか、礼儀として使っている人はけっこういるんじゃないかと思ったんです。まあそんな感じで、これまでカツキさんと交わしたいろんなやりとりから生まれた文章が、本の中にけっこう入っているよって話です。
 一応、読者のために、我々がどういう関係かを話しておくと、いやべつにそんな特別な関係って言うわけでもないですけど(笑)。2人で初めて会ったのは30代の頃、僕がカツキさんの仕事を知っていて、いつか一緒に仕事するかもしれないなーと思っていたんだけど待てど暮らせど誰も紹介してくれないんですよ(笑)。で、「どうせいつか会うやろ」っていうことで、友人からカツキさんの連絡先を聞いて僕から直接連絡したんですよね。渋谷で2人で会いましょうって言って、初めて会って、なんかそのまま卓球しましたよね。

カツキ:初めて2人で会ったその日にね。

ガビン:カツキさんはすごく卓球していましたよね、その頃。

カツキ:2000年ぐらいでしたっけ?

ガビン:無言で卓球して、それを機にそれで僕がやってるゲームのプロジェクトに入ってもらって、ゲーム制作っていうことで毎日顔合わすようになり、気が付けばカツキさんの弟子筋の人たちもスタッフに入るようになり……。それがどんどんつながっていって、なんなら今も一緒に仕事していますしね。

カツキ:僕はもともと、純粋にガビンさんのファンだったんです。ガビンさんがやっている展覧会とかも見に行ったりしてて。それに当時、自分の読んでいる本とかにも名前が出てきますからね。だからそれで、なんとなくどんな人なのかイメージはできてたんですよ。だから、初めて2人きりで会うといってもいきなり旧知の感じでできないかな、って思って(笑)。

ガビン:それで初対面で卓球(笑)?

カツキ:同級生と久々に再会したぐらいの感じで(笑)。実際そんな感じだったよね?

ガビン:お互いに、どんな人でどんな仕事をしていて、何が好きで、好みとか嫌いなものとか、なんとなく自分と方向性が一緒というか、気が合うぞっていうのは、本とかで読んでいるからもう分かっていたから。

カツキ:初めて会ったのにもう「よそよそしい感じはやめましょう」ぐらいの(笑)。

ガビン:時間のムダですもんね。探り合いはショートカットで。僕は普段、完全に社交性ゼロの人間なんですけど、カツキさんのような「いずれ会うやろ」っていう人には直接会いに行くんですよ。まあその渋谷で卓球をした日から本当に毎日のようにいろいろ一緒にやっていた。ジャグリングしたりね。VJチームでLA行ったり。アレいまにして思えば一体なんの時間だったんだっていう。それで、これちょっと老いの話に関係あるかもしれないと思って思い出したのが、あの頃、カツキさんって年を上にサバ読んでましたよね?(笑)アレなんだったんですか?

カツキ:そうそう(笑)。あの頃、ちょっとだけサバを読んで35歳を38って言ってましたね。そうすると実際に38になったとき、「あれ? まだ38か」って心持になるから。対外的に貫禄を出すためとかじゃなくて、あくまで自分の心構えとしてサバを読む。

ガビン:ちょっとした老いへのシミュレーションね(笑)。その話もだし、カツキさんはもともと自分の人生の全体像を俯瞰するところがありますよね。子どものころにマンガ描き始めたのも晩年の回顧録のためなんでしょう?

カツキ:自分の回顧展をやる体でいろいろ作品を残してましたね、幼い頃から。

ガビン:人生を俯瞰してるところありますよね。人の人生まで俯瞰してるでしょ? なんとなく苦手な人と対峙しないとならない時、相手を勝手に「生前のこの人」ってテイにしてましたよね。「あー、このひとは嫌なやつだったけど、もう亡くなっちゃったしな……」みたいな視線で(笑)。サルバドール・ダリが相手の頭の上にうんこを乗せていたように。

カツキ:いや、鳩ね。

ガビン:あれ、うんこじゃなかったっけ? 俺、最近も何回かうんこって言っちゃってるかもしれない(笑)。

カツキ:鳩を頭と接着するときにうんこを使う……いや、フクロウだ! フクロウを乗せてさらに人を白塗りにするとなにも怖くなくなる、っていうことをダリは発見したんですよね。とまぁ横道にそれましたが、たとえ相手が嫌な奴でも、脳内で「生前の人」として受け止めたり、脳内イメージで相手の頭の上にフクロウを乗せたりすれば、大体のことは許せるというか。

ガビン:ビジネス書にかかれてない「なんとか思考」ですね。

カツキ:そうですね、ものごとをフラットに受け止めるライフハックとしてやってましたね(笑)。

ガビン:当時からお互いに今でいうメタ認知っていうか、いろんなことを俯瞰して考えてること、話していましたよね。たとえばすごく嫌な人から酷いことを言われて、怒らなくちゃいけないタイミングがあったとして、相手に怒りのメールを送る際にbccにカツキさんを入れたりとかしてました。関係ないのに。

カツキ:ccだと相手にバレちゃうからね。

ガビン:こっちとしてはカツキさんにメールを見てもらうことで、怒っている自分を一回俯瞰できるし他人事として見ることができる。「うわあ、この人本気で怒ってるわ」みたいな。そういえば一緒に会社やっていた人に送る決別メールも転送しましたよね(笑)。

カツキ:ありましたね。

ガビン:しかもそれはカツキさんに限った話じゃなくて、一時期、周りの人達に「怒っているメールがあったらちょうだい」と言ってメールを転送してもらっていました。第三者に感情が爆発したメールを送ることでその人への怒りをお焚き上げするみたいな。

カツキ:怒りを成仏できますからね。

ガビン:「嫌いな人誰?」って会話もよくしていましたよね(笑)。

カツキ:してた。好きな人じゃなくて嫌いな人の話。

ガビン:やっぱり「嫌いな人」って、ある種の同族嫌悪じゃないけど、どこかで自分と何らかの関わり合いというか被る部分があるから。そういったことをカツキさんと根掘り葉掘り聞きあったのはすごく面白かった。お互いの言動を俯瞰しながら観察して。

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老いに関してはこちらから何かアクションを起こさなくても、ただ待っているだけで、生活をしているだけで日々思いもよらなかった方向からいろいろ起きるから。その都度びっくりして、じっと観察をして、文章にする
——伊藤ガビン

もうね、サウナは15年ぐらいやっているけど、その間に体はどんどん老いていっているから正直なところ作業のペースは落ちていますね。でも今それをやってしまうと、身体がついていかなくなるし確実に後でガタがくる。
——タナカカツキ

加齢によってクリエイティビティは変化するのか


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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ガビン:クリエイティビティの話でいうと、正直どうですか? 僕はもうね、だいぶ枯渇しています(笑)。今はもう、枯渇したままどうやって生きるかっていうことですよね。今回、文章を久しぶりに書いて、もちろん原稿自体は書けるんだけど、特に面白いことは言ってないっていうか。本の中では路上観察という言葉を使っていますけど、基本的に自分を取材対象者に�

FESTIVAL FRUEZINHO 2025 - ele-king

 今年の6月14日(土)は立川に集合ですね。いまのところ発表されているのがトータス、石橋英子、ジョン・メデスキ&ビリー・マーティンですが、これだけで行く理由としては十分でしょう。頼む、晴れてくれ。

『FESTIVAL FRUEZINHO 2025』、2ndラインナップは2組!

 1組目はトータス! シカゴを拠点とするインストゥルメンタル・クインテットは、ダブ、ロック、ジャズ、エレクトロニカ、ミニマリズムといったジャンルを軽やかに取り入れながら、25年以上にわたって誰にも真似できない音を鳴らしてきた。「心から楽しいバンドで、あらゆる音の可能性に開かれている 」(Stereogum)と評され、緻密に構築されていながらも即興的な要素がある、彼らのライヴをお楽しみに!

 2組目は、日本の音楽シーンで多彩な足跡を残すマルチインストゥルメンタリスト、石橋英子! 3月には、7年ぶりの新譜『Antigone』のリリースや「世界中で最も静かで、ほのかに輝くフェスティバルの1つ」と評される「Big Ears」に出演するなど国際的な評価も高まっています。ピアノやフルート、電子音を操り、どこか懐かしくもあり遠くへ連れていくような音楽を創り出す彼女が、どんな音を届けてくれるのかお楽しみに!

 そして、今回、FRUE初の試みとして、25歳以下の若者たちに、私たちが音楽の世界に深く足を踏み入れるきっかけになったジョン・メデスキとビリー・マーティンのライヴを生で体感してほしいと思い、U25割チケットも新たに設けました。手ぶら、日帰りで帰れます。ぜひいらしてください!

 『FESTIVAL FRUEZINHO 2025』は、大自然の中での「フェス」ほど過酷ではなく、また指定席に座りじっと聴く「コンサート」ほど固くなく、集まる人も適度な数で快適かつ自由な空間と時間をすごせる音楽フェスティバルです。「魂のふるえる音楽体験を!」というコンセプトのもと、2017年より静岡県掛川市で開催している『FESTIVAL de FRUE』のスピンオフとなります。

FESTIVAL FRUEZINHO 2025

日付:6月14日(土)
時間:開場 11:00 / 開演 12:00 / 終演 20:50 ※予定
会場: 立川ステージガーデン
出演者:
Medeski & Martin
Mônica Salmaso & André Mehmari
Tortoise
Eiko Ishibashi | 石橋英子
and more...

チケット
中高生割:5,000円
U25割:11,000円(枚数限定)
早割1:15,000円(枚数限定)
早割2:16,000円(枚数限定)
前 売:18,000円
当 日:19,000円
※受付にて1ドリンク代(¥1,000)を別途お支払いいただきます。
※1ドリンクチケットは場内のドリンクブースにてご利用いただけます。
※1階はスタンディング。2、3階席は全自由席
※来場順での入場です
※小学生以下は無料

Flyer Image:Yuriko Shimamura

協力:
shalala company / infusiondesign inc. / KIMOBIG BRASIL / Eastwood Higashimori / BLOCK HOUSE / 水曜カレー / SHUSAN / WWW / 京都メトロ / 旧八女郡役所音楽の会 / Bird -old pizza house- / The Condition Green / hidemuzic / Yuumies / Taka Ama Hara

主催:FRUE
https://fruezinho.com/

Tortoise

トータスは、アメリカ・シカゴ出身のポストロックバンドで、1990年代前半に結成されました。インストゥルメンタル主体の音楽スタイルで知られ、ジャズ、電子音楽、ミニマリズム、ロックなど多様なジャンルを融合させた独自のサウンドを特徴としています。メンバーは**ダグ・マッコームズ(ベース)、ジョン・ハーンドン(ドラム、パーカッション、エレクトロニクス)、ジョン・マッケンタイア(ドラム、キーボード、プロデューサー)、ダン・ビットニー(パーカッション、エレクトロニクス)、ジェフ・パーカー(ギター)**から成り、ライヴでは楽器を自在に持ち替える柔軟性も魅力です。

 1994年のデビュー・アルバム『Tortoise』で注目を集め、1996年の『Millions Now Living Will Never Die』でポスト・ロックというジャンルを世界に広めた立役者となりました。特に1998年の『TNT』では、当時革新的だったハードディスク・レコーディングを導入し、緻密で実験的な音作りが話題に。以来、常に進化を続け、2016年の『The Catastrophist』までに7枚のスタジオ・アルバムをリリースしています。また、2023年には『Rhythms, Resolutions & Clusters』のリイシュー版もリリースされ、彼らの音楽的探求は現在も続いています。

 彼らの音楽は感情的な旋律と複雑なリズムが共存し、聴く者を予測不能な音の旅へと誘います。シカゴのインディーロックやパンクの影響を受けつつ、前衛的なアプローチで日本では「シカゴ音響派」の代表格としても知られるTortoiseは、ジャンルの枠を超えた表現で今なお多くの音楽ファンを魅了しています。

石橋英子/EIKO ISHIBASHI

石橋英子は日本を拠点に活動する音楽家。
これまでにDrag City、Black Truffle、Editions Megoなどからアルバムをリリースしている。2020年1月、シドニーの美術館Art Gallery of New South Walesでの展覧会「Japan Supernatural」の展示の為の音楽を制作、「Hyakki Yagyo」としてBlack Truffleからリリースした。2021年、濱口竜介監督映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当。2022年「For McCoy」をBlack Truffleからリリース。2022年よりNTSのレジデントに加わる。2023年、濱口竜介監督と再びタッグを組み『悪は存在しない』の音楽とライヴ・パフォーマンスの為のサイレント映画「GIFT」の音楽を制作、国内外でツアーを行っている。2025年3月、Drag Cityより7年ぶりの歌のアルバム『Antigone』をリリース予定。

interview with Roomies - ele-king

 名は体をあらわす。ルームメイト=ルーミーズを名乗る彼らはまさにそんなバンドだ。キャッチーなネオ・ソウル・サウンドを基調とするその音楽は、互いへの確固たる信頼、親密な関係性が構築されているからこそ響かせることができるにちがいない、ハッピーなフィーリングに満ち満ちている。その仲睦まじさは今回の取材中、撮影中にも垣間見ることができたけれど、じっさい彼らは「Roomies House」と名づけられた一軒家で寝食をともにしながら、セッションやレコーディングをおこなっているようだ。
 もともとはハードコア・バンドをやっていたという及川創介(シンセサイザー)。マイケル・ジャクソンに憧れて歌いはじめたKevin(ヴォーカル)。アイルランドのパブで演奏していた高橋柚一郎(ギター)。ディズニーシーでキーボードを弾いていた斎藤渉(ピアノ)。それぞれ異なるルーツをもつ彼らは2019年、及川を中心に、ベースとドラムスを加えた6人でルーミーズを結成。2021年には配信でファースト・アルバム『The Roomies』を発表するも、その後バンドの屋台骨たるベース&ドラムスの脱退という危機的状況に見舞われる。関係性を重視する彼らは無理に新メンバーを迎えることなく、4人組として再起をはかったわけだが、今年1月にリリースされた最新作『ECHO』は、そんな彼らが4人編成となって初めて送り出す、二度目のデビュー作とも呼ぶべきアルバムだ。
 仲のよさというものは、しかし他方で、容易に「内向き」の表現へと転ずる危険性を有してもいる。いわゆる内輪ノリ、身内ネタというやつだ。だからだろう、今回彼らは「外向き」であることを意識したという。はたしてその成果やいかに──なにはともあれまずは2曲目の “Like This Before” を聴いてみてほしい。デジタル・シングルとして昨年末先行リリースされたこの曲は、たとえばとくに音楽ファンではない人びとの心をも鷲づかみにするだろう、キラーなポップ・チューンに仕上がっている。目的はみごと果たされた、と。
 そもそもKevinの「グラミーを獲りたい」という話からスタートしたルーミーズ。会心の1曲を含むセカンド・アルバムを完成させた彼らはいま、どんな心境にあるのか。及川とKevinのふたりが取材に応じてくれた。

夢を見たんです。わっくんからバンドに誘われる夢を。そしたらほんとうにわっくんから「ライヴしないか」って連絡が来たから、引き寄せられているような感じでした。(Kevin)

Roomiesは及川さんを中心に2019年に結成されたそうですが、及川さんはその前にCICADA(シケイダ)というバンドをされていたんですよね。

及川創介(以下、及川):最初はトリップホップをやりたいというところから集まったバンドで、次第にR&Bになっていきましたね。リーダーが、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドに日本のACOさんのような音楽性を混ぜたようなことをやろうとしていて、ぼくは最後に入ったメンバーでした。もともと自分ではDTMをやっていたんですが、そのバンドでレコーディングしたりミックスしたりアレンジしたりする機会が増えて、その経験がいまのRoomiesにも活かされていますね。

Roomies自体はどうはじまったのでしょう。

及川:まず、前身にあたるLotus Landというバンドがありました。もともとはリーダーでベースのエイちゃん(吉川衛)に、ドラムスとキーボードの3人組だったんですが、ドラムスとキーボードが抜けて一度止まって。その再始動の際に誘われたんです。新しいドラムスと、キーボードのぼくにギターの(高橋)柚一郎が加わって4人組になりました。エイちゃんはファンカデリックやスライを永遠に聴いているようなソウル~ファンクのひとだったんですが、バンドではそれとはちょっとちがう新しいことをやりたいということで、ダフト・パンクを参照したりしながらハウスっぽい、4つ打ちのクラブっぽいサウンドをバンドとしてやっていましたね。
 その4人のときはインスト・バンドだったんですが、ぼくはやっぱり歌モノがやりたくて。あと、ぼくはシンセサイザーが好きなので自分はシンセを弾きたかった。そこでピアノのわっくん(斎藤渉)に入ってもらって、ぼくはシンセ担当になって。それでじゃあ歌はだれにしようってなったときに、昔わっくんのソロ音源のヴォーカル・レコーディングのときに一度だけ会っていたKevinの声を覚えていたので、連絡してみたんです。そしたらちょうどKevinもバンドをやりたいタイミングだったから、じゃあ6人でやろうということでRoomiesがはじまりました。
 ただその後、ベースのエイちゃんとドラムスが抜けてしまって、現在はぼくとKevin、(高橋)柚一郎、わっくん(斎藤渉)の4人組ですね。

なるほど、メンバー構成はけっこう紆余曲折を経てきたんですね。KevinさんはRoomiesに加入する前はどんな活動をされていたんですか?

Kevin:ぼくは23、24歳くらいのころに石川から上京してきて、最初の1年くらいはずっとソロで活動していました。渋谷のBar Rhodesとか、わりと小さいところで歌っていたんですけど、東京の目まぐるしさだったりいろんなストレスが重なって、一度精神的に参っちゃったんです。それで1年くらい音楽活動から離れていた時期があって。「このまま終わっちゃうのかな」と思う一方で、でもどこかでまた歌いたいっていう気持ちもあって。そしたら1年後くらいにピアノの斎藤渉くんから連絡が来て、ひさびさに一緒にライヴしないかって誘われたんです。もうふたつ返事で「やります」って答えて。その日のライヴが終わったあとに、「じつはもうひとつ話があって、バンドやらない?」と話されて。即答で「やります!」と。それがRoomiesのはじまりでしたね。

及川:運命的なことがあったんだよね。

Kevin:ほんとうに運命的でしたね。ちょっと信じられないくらい。盛らずに言いますけど、ずっと休んでいた時期のある日に、夢を見たんです。わっくんからバンドに誘われる夢を。そしたらほんとうにわっくんから「ライヴしないか」って連絡が来たから、引き寄せられているような感じでした。でも、バンドの誘いではなかったから、さすがに完全に夢どおりにはならないかって思ってたんですけど、ライヴが終わってわっくんの車に向かってるときに「もう一個話があって」って言われたときに、完全にピンと来て。「もしかしてバンド?」って、俺が先に言ったんです。そしたら「そうそう、バンド、バンド! 一緒にやんない?」って。

そんなことあるんですね。完全に予知夢ですね。

及川:マンガの『BECK』のような(笑)。

Kevin:夢自体はよく見るんですけど、それまでそんなことはなかったですね。でもこの話、ぜんぜん信じてもらえなくて(笑)。

まあ冷静に考えたら、「バンドに誘ってもらいたい」みたいな願望があったから、そういう夢を見たってことかもしれないですね。でもタイミングはすごいですよね。

Kevin:そうなんだと思います、たぶん。

Roomiesをはじめる時点で、いまのようなポップなネオ・ソウル・サウンドで行くというのは決まっていたんでしょうか?

及川:最初はちがったよね。

Kevin:ぜんぜん決まってなくて。それぞれやりたいことがちがっていました。ベースはファンクの歌モノ希望で、どんな曲も硬めのワン・ループで。ドラムスはとにかく音数を少なくしてミニマルに、という感じで。あとロウファイにする方向でどんどん音がこもっていったり。ピアノのわっくんはもともとディズニーで働いていて、『アラジン』のピアノ演奏とかもやっていたので、きらきらした音色にしていったり。

及川:ギターの柚一郎はできるだけギターを引っこめたがっていたし、ぼくはそれらをとにかくまとめなきゃいけないという感じで。Kevinはまだなにをやりたいかわからない、みたいな感じだった。

ゴミ捨て場にあったフロアタムとライド・シンバルを拾って、それで路上でドラムを叩いて家賃を稼ぐみたいな生活でしたね。(及川)

いまのサウンドが確立されるに至った転機のようなものはあったんですか?

及川:最初にできた “I just fell in love with you” からかな? まだ方向性がちゃんとは固まっていないときに、イケイケな曲ができちゃったんです。エイちゃんがこういうベース弾きたいって言って、だれかがリファレンスをもってきてジャムって。小平の宿泊施設付きの安いスタジオみたいなところで2泊くらいしていたときでした。すごいウイスキーを飲んでたよね(笑)。

Kevin:お酒の力を借りて、みんな仲よくなって、ジャムって(笑)。でもあのとき、めちゃくちゃスキャットマン・ジョンを聴いてたでしょ。ほんとうにずっと。朝方のめちゃくちゃ眠い時間に爆音で流すんですよ! こいつらなんなんだろうって思って(笑)。

及川:(爆笑)。Kevinは人見知りだから、最初は馴染んでなくて。でもKevin以外はけっこう長かったから、そういうことを。

Kevin:そうそう、そういうもともと仲よかったひとたちがスキャットマンをひたすら流してて、「これ、やっていけんのかな?」って思ってた(笑)。

たしかに、すでに関係性ができている輪に入っていくのは大変ですよね。

及川:当時はKevinがいちばんアウェイだったというか。

Kevin:最初は創ちゃんが「こっち来なよ!」って声をかけてくれなきゃ近くにいけないくらいで。

Roomiesっていうバンド名にはすごく仲のいい感じが出ていますよね。このバンド名にしたのは?

及川:みんな仲がいいから。ずっとわいわい笑いながら音楽をやっていて。だからルームメイトのスラングであるルーミーズっていう単語はしっくりきました。もうこれにしようってバッと決めましたね。そうすると、ルームメイトにふさわしい家が欲しいよねという話になり、いろいろ経つつ、一軒家を借りることができて。

その一軒家はウイスキーのところではないんですよね。

及川:三度目のウイスキーですね(笑)。1回目のウイスキーはギターの柚一郎の実家が那須でペンションをやっていたので、そこで。2回目が、さっきの小平の「絶望スタジオ」(笑)。

なんで「絶望」なんですか?

及川:ハウりまくってて(笑)。

Kevin:あれはやばかったね(笑)。

及川:立地とか広さはすごくよかったんですけど、機材がかなり悪くて。ハウるし、ヴォーカルもぜんぜん聞こえない。ちゃんとした設備じゃなかったんです。いちばん安かったからそこにしたんです。時間を気にしたくなかったっていうのが大きくて。たとえばスタジオに入って4時間ひとり3,000円ずつ払って機材ももっていって、2時間半くらい練習したら片づけをはじめて……みたいなやり方じゃいい曲はできないな、ってみんな直感で思ってて。終わりを気にせずやれないとダメだっていう理由から、毎度泊まりでスタジオに入るようになって。「それならもう住もう!」ってことになって、いまの一軒家に行き着きました。

ファースト・アルバムの『The Roomies』もそこで生まれて。

及川:そうですね。Kevinはあのときどんな感じでアルバムができていったか覚えてる?

Kevin:もう必死でしたね。やっぱりみんな音楽性がバラバラだったから、なにが正解かもわからず、迷いながらやっていて。ドラムスは落ち着いたローファイ志向だし、創ちゃんは歌がきらきら輝く曲にしたくて。

及川:ぼくはメンバーのなかではいちばん売れたい欲が強くて。売れる曲をつくりたいっていう感じで(笑)。

Kevin:どうなりたいかみたいなことについてはあまり話し合ってなくて、とりあえずセッションして、奇跡的にみんなが「これいいじゃん」って思える曲をブラッシュアップしていく感じでしたね。ファーストはそういう曲ばっかりでした。

及川:そう。テーマとかコンセプトは決めずに、できたものからいいと思ったのだけを選んでつくりました。

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10代はハードコアをけっこう聴いていましたね。あとはスマッシング・パンプキンズ、レディオヘッド、ビョーク、マッシヴ・アタック。マシュー・ハーバートもすごい好きで。(及川)

それぞれの音楽的背景をお伺いしていきたいんですが、最初に音楽に興味をもったのはいつごろですか?

Kevin:ぼくは、母が歌手をやっていたので、物心ついたときから音楽はずっと身近にありました。母がよく歌っていたので、一緒に歌いたいなと。カーペンターズとか、ポップス系を歌っていましたね。スティーヴィー・ワンダーとか。演歌も歌っていましたけど基本的にはポップスで、ああいうわかりやすいメロディのあるものがずっと好きでした。転機になったのは、マイケル・ジャクソンを知ったときですね。小学生のとき、父の会社に遊びに行ったときに、しばらく待たなきゃいけない時間があって。「ヴィデオでも見とけ」ってテレビの前に座らされて。そこで見たのが、マイケル・ジャクソンが “Billie Jean” でムーンウォークを初めて披露した映像で。「かっけー」って思って、そこから音楽にのめりこみましたね。

Kevinさんのヴォーカルはよくマイケル・ジャクソンと比較されると思いますが、まさにマイケル・ジャクソンがきっかけだったんですね。

Kevin:そうですね。マイケルの影響は大きいです。あの日本の曲にはないグルーヴ感と、あの独特の歌い方に惹かれて。ムーンウォークもマンションの外で練習したりしました。「なにやってんだ」ってバカにされましたけど、逆に「マイケル知らねーの?」って言い返して(笑)。高校になると、歌はつづけてはいたんですけど、レ・トゥインズっていうフランスの兄弟ユニットを見てからダンスにハマって、そこからヒップホップとかも聴くようになって、ディアンジェロを好きになって。それで「自分はダンスで食っていくのかな」って漠然と思ってたんですけど、でもステージではメインで輝きたいっていう思いもあった。それでダンスを諦めて、22、23のころに音楽で食っていこうって決意して上京しました。やっぱり歌うことがいちばん得意で、好きなことだったんです。ぼくは好きなことじゃないとつづかないタイプで、歌が唯一ストレスなくのめりこめるものだったから、「これを仕事にしよう」と。2010年代の頭ごろでしたね。

及川さんのお話も聞かせてください。

及川:ぼくはまず、小学校のころにX JAPANが好きになってピアノをはじめました。YOSHIKIが好きだったのでドラムもはじめて。その後中二のときにレディオヘッドの “Planet Telex” を好きになって、その曲はいまだに自分のなかで不動の1位ですね。高校卒業するまで毎日聴いていました。

なるほど! 2月にJ-WAVEで毎週カヴァーをやる企画をされていましたよね。最後の週がレディオヘッドだったので、Roomiesの音楽性からすると意外だなと思っていたんですが、納得できました。でも曲は “Planet Telex” ではなく “High And Dry” でしたね。

及川:“High And Dry” はピアノのわっくんが好きなんです。あと “Planet Telex” は好きすぎてカヴァーするのに時間がかかっちゃうという理由もあったし、“High And Dry” はKevinのヴォーカルに合いそうだなっていうのもありました。

ピアノとドラムスはその後もずっとつづけていた感じですか?

及川:ピアノはほとんど練習してなかったんですど、中学も高校もドラムはつづけていましたね。中学の同じクラスにSiMのギターがいて、18歳のときにSiMのヴォーカルのMAHくんと最初のベースのKAHくん、ギターのSHOW-HATEとぼくでジェーン・ドゥーっていうハードコアのバンドをやっていました。
 そのバンドをつづけていた19歳のときに、ワーキング・ホリデイでオーストラリアに行ったことがあったんですけど、貯めたお金をカジノでぜんぶなくして、ホームレスになっちゃってバス停のベンチの下とかで寝ていました(笑)。でも家がないと強制送還されちゃうので、バックパッカーズ・ホテルっていう使い捨てのような汚いホテルの3人部屋だと1週間3~4千円で住めたのでそこにいました。毎晩フランス人のゲイとかイタリア人のレズビアンのセックスを見ながら寝るような生活だったんですが、ゴミ捨て場にあったフロアタムとライド・シンバルを拾って、それで路上でドラムを叩いて家賃を稼ぐみたいな生活でしたね。つづけているとジャンベとかディジェリドゥとかを弾けるひとが集まってきて、バーでライヴもできるようになって。

そんな経験をしたら、帰ってきたとき世界観が変わっていたのではないでしょうか。

及川:変わっちゃいましたね。なにも怖くなくなったというか。日本に帰ってからはハードコア・バンドもすぐ終わっちゃって、その後はサイケデリシャスっていうダフト・パンクみたいなバンドをやったり、音楽自体やめてコールセンターで契約社員をやったり。CICADAに誘われたのもそのころでしたね。

ダニー・ハサウェイとかマーヴィン・ゲイとか。新しいものより古いものに行った感じですね。いわゆるポップ・スターのようなひとたちの歌をよく聴いて練習していました。(Kevin)

リスナーとしてはおもにロックをメインで聴いていた感じでしょうか。

及川:10代はハードコアをけっこう聴いていましたね。あとはスマッシング・パンプキンズ、レディオヘッド、ビョーク、マッシヴ・アタック。マシュー・ハーバートもすごい好きで。IDMが好きでしたね。打ち込みをやってた時期もあって、友だちのラップにトラックをつくったりもしていたので、サンプリングやビートメイクをちょっとずつ覚えていきました。古い曲、ビートルズとかスティーヴィーとかアース・ウィンド&ファイアとかマイケルとかはむしろRoomiesに入ってから聴くようになりましたね。有名な曲しか知らなかったのでKevinに教えてもらって。ファンクもソウルも全然知らなかった。

Roomiesのシンセの感じはスティーヴィーなのかなと思っていました。

及川:教えてもらったんです(笑)。エレクトロニカとビョークがずっと好きだったんですよね。

ビョークだとどれがいちばん好きですか?

及川:『Vespertine』(2001年)ですね。

まさにハーバートやマトモスが参加しているやつですね。ぼくと完全に同世代ですよ。

及川:オペラハウスの映像(『Live at Royal Opera House』、2002年)をずっと観ていましたね。“It's In Our Hands” や “Hidden Place” をひたすら聴いていました。

自分たちでも音楽をやるようになってから、リアルタイムの音楽、たとえば2010年代はおふたりはどんな音楽に惹かれていましたか?

Kevin:ぼくはもっと歌を強化したいなと思っていたので、リアルタイムではないんですけど、ソウルを聴くようになりました。ダニー・ハサウェイとかマーヴィン・ゲイとか。新しいものより古いものに行った感じですね。いわゆるポップ・スターのようなひとたちの歌をよく聴いて練習していました。

及川:ぼくはもうマーズ・ヴォルタとかバトルスとか、ニュー・レイヴ系とか。

Kevin:ぜんぜんちがうね(笑)。

及川さんの背景はRoomiesからはぜんぜん想像できない(笑)。

及川:マーズ・ヴォルタ大好きで。ライヴにも行ったんですけど、開演前にトイレに行きたくなって。でももうはじまるから我慢してたんですけど、5分くらいずっとノイズが鳴ってて、限界が来たのでトイレに行って、戻ってきたらまだノイズだけで(笑)。「なんなんだ!」って思ったのを覚えています。あとハマってたのはMGMTとか。

そろそろ新作についてもお伺いしていきましょう。セカンド・アルバムにあたる『ECHO』ですが、最初の時点でコンセプトや青写真のようなものはあったんですか?

及川:明確なものはなかったです。今回が4人編成になってから最初の作品になるんですけど、この4人でもう4~5年やってきていたから、ヴィジョンが近いというかやりたいことにも共通している部分が多いこともわかってきていたので、歌がしっかり抜けててサウンドも外向きのものになっているかなと思います。

Kevin:そう思う。

及川:Kevinの歌って外向きだから、内向きで自慰的なサウンドにはならないものをつくりたいっていうのはありました。4人になったから打ち込みでもいいやとか、サウンド面での許容範囲も広がりました。「こうじゃなきゃいけない」みたいなものが減ったアルバムだと思います。前のアルバムは前のアルバムで好きではあるんですけどね。

Kevin:ファーストのときはけっこう大変で。6人分の正解を合致させなきゃいけなかったので。

及川:人数が多い分、食い違いも多かったから、なかなか完成に持っていけなかった。

なるほど。しかしベースとドラムスが抜けるって、バンドとしてはけっこう致命的な気もするのですが。

及川:ほんとうそうですよ(笑)。正直、最初は「終わった」と思いました。

その後、新しくベースとドラムスを迎える話にはならなかったんでしょうか?

及川:最初は探さなきゃって思ってました。やっぱりベースとドラムは必要だと思っていたので。でも、わっくんが「4人でも行けるっしょ」って、けっこうポジティヴで。それを信じてみようかなと思ったんです。中途半端に増やさないで、自然にいい感じで新しく出会ったら入ってもらおう、って。

Kevin:なかなかいないですよね。演奏がよくて、音楽性も合って、かつヒマなひとって。

及川:みんなヒマじゃないからね(笑)。

今回は曲づくりからレコーディングまで、そういうプロセスでやっていったんですか?

Kevin:そもそもあんまり4人で集まれなかったんですよね。それぞれ忙しくて。

及川:ぼくとギターとKevinだけとか、ピアノとKevinだけとか。全員で集まってワイワイやりながら……という感じではなかった。曲によって打ち込みだったり、友だちに生ドラムやベースを入れてもらったり、歌詞もKevinの弟のコリンが書いているものもあるし。曲によってつくり方がちがって。けっこう不安はありました。たとえばアイディアが浮かんで「これ、どう?」みたいなことを聞くとき、やっぱり顔を見て直接反応を見ないと、ほんとうにいいって言ってくれてるのかなって、疑心暗鬼になるので(笑)。でもなぜか自信はありましたね。

内向きで自慰的なサウンドにはならないものをつくりたいっていうのはありました。(及川)

なかなか全員が集まれないなかで、「これだけはやらないようにしよう」とか、逆に「これだけは絶対やろう」みたいなルールはありましたか?

Kevin:先ほど話したような、内向きにならないように、っていうのはありましたね。外向きの意識で、って。ぼくの場合は、歌はやっぱりポップでわかりやすくっていうのを意識してメロディ・ラインをつくってました。

及川:ぼくの場合は、Kevinがもともとダンスをやっていたことを意識しましたね。Kevinはたぶんミュージシャンとはちがうダンサーのグルーヴ感をもってるはずだと。たとえば4つ打ちの「乗れる/乗れない」って、8ビートのキックの位置とかベースの位置とかでわかるじゃないですか。それで歌い心地がいいか悪いかってKevinにしかわからないから、Kevinがいいってなるまでは、あんまりこっちの意見を押し出さないようにはしていましたね。ダンサー目線のヴォーカルの歌い心地のよさを意識して。

Kevin:グルーヴや歌い心地はすごい細かく相談してましたね。

内向きにならない、外向きに、という意識があって、先ほど及川さんには売れたい欲もあるというお話も出ましたけど、今回2曲目の “Like This Before” なんかは、まさにそれが達成されたキラー・チューンというか。

及川:まさしく。わっくんがつくった曲ですけど、デモが来た時点で「きたー!」ってなりましたね。会心の1曲というか。

Kevin:シンディ・ローパーみたいな(笑)。mabanuaさんも褒めてくださって。

及川:こういう感じは日本のポップスではあんまりないですよね。とくにバンドの曲では。

アルバムのタイトルが、最後の曲とおなじ『ECHO』になったのはどういう経緯ですか?

及川:曲のほうの “ECHO” はぼくが歌詞を書いたんですけど、そのときはなんとなく「ECHO」っていう曲名がいいなと思って。その曲を書いたあとにアルバムの話になって、ジャケットをどうしようかってなったときに、ギターの柚一郎が以前にアイルランドに住んでいたんですけど、現地の新聞に「エコー」っていうのがある話を思い出して。その新聞はデザインがすごくかわいいんです。曲自体は世界の平和をイメージした曲なんですが、「エコー」っていうことばもそれに合うと思って。Roomies自体ハッピー主義者たちの集まりだし、そういうのが広まればいいなと思って、その流れでアルバムのタイトルも『ECHO』がしっくりきたという感じですね。

アルバムには日本語の曲もありますが、基本的には英語の曲が多いですよね。英語で歌うのはなぜですか? 海外のリスナーに届けたいという動機でしょうか?

Kevin:「この曲は英語っぽいよね」「この曲は日本語っぽいよね」みたいな感じですね。歌詞が先の曲はないので。海外のリスナーに届けたいというのももちろんあります。やっぱり自分たちが海外の音楽から影響を受けてきたので。

及川:でもまあ日本語でも曲がよければ海外でも聴かれると思う。だから、絶対にこうっていう決め方はしなかった。

3月24日にはライヴが控えています。それに向けての意気込みを、お願いします。

及川:ひさしぶりにバンド・セットをやるので、気合いが入っています。すごく楽しみです。

Kevin:ひさびさに一緒にできるっていうのがやっぱりすごく楽しみですし、自分たちが楽しんでる姿をお客さんに見せられるのはすごく幸せなことだと。見せたいですね、ぼくらのヴァイブスを。

今後はどういうバンドになっていきたいですか?

及川:「こういう音楽をやっていきたいです」っていうのはないんですけど、音楽的には作品ごとに絶対変わっていくと思います。あとは世界じゅうでライヴをしたいですね。

Kevin:世界に通用するバンドになりたいな。

及川:結成のときも、Kevinの「グラミー獲りたい」って話からはじまってるので(笑)。

Kevin:だからグラミーにつながる道筋をたどっていけたらいいなと思います。

[ライヴ情報]
2025.03.24 Mon
Roomies
@BLUE NOTE PLACE, Tokyo

Open/Start
18:00/1st stage 19:00, 2nd stage 20:15
※ 2stages with intermission (cafe time)

Performance
Roomies

Kevin (vo)
Yuichiro Takahashi (g)
Wataru Saito (p)
Sosuke Oikawa (synthesizer)
Taihei (ds) *support member
Takayasu Nagai (b) *support member

Further Information
https://www.bluenoteplace.jp/live/roomies-250324/

story of CAN - ele-king

カンにおける最大の驚異は、自分たちで演奏をしてないときにあった。
——ホルガー・シューカイ

 ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)における「ポスト」という言葉が、リオタールが定義したポスト・モダンにおける「ポスト」と同じような意味合い、つまり、モダニズムを乗り越える/ないしはそこにはなかったものを取り入れる意味での「ポスト」であるなら、ポスト・パンクとはパンクを乗り越えることであり、パンクにはなかったものを取り入れることである。すなわち、ディスコを演奏し女性メンバーを入れたニュー・オーダー、ファンクやジャズやダブを吸収したザ・ポップ・グループ、パンク以上のトランスグレッションを志向したTGたちのように……あるいは、メジャー・レーベルに依存しないインディペンデント・レーベルやDIY主義などなど。ポスト・ロックも同じように考えられる。つまり、ロックがやってこなかったことをやること。思い出横丁を歩いて往年のロックンロールのパスティーシュをよすがとしないこと。ロックが文化的かつ社会的な観点において重要だったとするなら、ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)はその歴史上、大きな起点となるムーヴメントだった。1968年にドイツのケルンという街で始動したカンというロック・バンドは、ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)の青写真として、いや、青写真以上の大きな影響源としてつねに温ねられているが、面白いのは、カンは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドと同じように、それが存在していた時代よりも、時が経つにつれてどんどんそのファンを増やしていっていることだ。そのサウンドがいま聴いても斬新に響いているからである。

 『すべての門は開かれている——カンの物語』は、元『ワイアー』誌編集長のロブ・ヤングによる評伝で、本国イギリスでは、2018年に刊行されている。原書では800ページほどの大著で、その第二部は「カン雑考」と銘打って、じつに興味深い顔ぶれの複数のアーティスト——マーク・E・スミスにはじまり、プライマル・スクリームのボビー・ギレスピー、ポースティスヘッドのジェフ・バロウ、カールステン・ニコライ、アレック・エンパイアなど——、および旧友ヴィム・ヴェンダースにジョン・マルコヴィッチなどとイルミン・シュミットがカンやアート、人生について対話している(また二部の後半はイルミン・シュミットの日記、雑記も収録されている)。

 乱暴に言ってしまえば、カンとは、独クラシックのエリートふたりと、才能ある腕利きジャズ・ドラマー、そして感性豊かな若きロック青年の四人が出会って生まれた、まあ、あまりこういうフレーズは使いたくないけれど、「奇跡的なバンド」だった。しかも、独クラシックのエリートふたりは、最先端のクラシック教育、すなわち「アヴァンギャルド」というものをよく理解していた。だから技巧に走ることなく、ど素人の黒人や、路上で歌っていたヒッピーの日本人をバンドの歌手にすることになんのためらいもない、むしろそれを面白がれる知性と感性を有していた。また、カールハインツ・シュトックハウゼンの生徒でもあったふたりのうちひとりは、ポスト・プロダクションといういまでは当たり前の作業/当時としては画期的な作業の面白さを見抜いていたし、いちど録音したものを編集し直すということに当時のどのバンドよりも注力した。また彼らは、非西欧音楽とのポストモダン的な関わりを具現化し、演奏行為を否定した演奏を繰り広げ、リーダー不在のバンド論を実行した。カンがなぜリーダーを拒否したか、そこには彼らの政治的な背景——ナチスを支持した親世代への反発心、ドイツ60年代のカウンター・カルチャーなど——が関係している。

 もちろん本書には、最後までユーモアを失わなかったこのバンドの面白いエピソードで溢れている。テリー・ライリーやジョン・ハッセル、イーノをはじめとする時代のキーパーソンたちとの出会い、メンバーの人間性と思想、ヤキのドラミング哲学、ドラッグ・カルチャーとカン、ダモ鈴木のスウェーデン時代の生活、そして彼の歌詞についての考察にも文字を割いている(晩年のダモ鈴木の発言に関しては、ele-kingで活躍中のイアン・マーティンが『Japan Times』でおこなったものが多く引用されております)。カンが当時やった主要なライヴに関してのほぼすべての言及があり、もちろん、この奇跡的なバンドの失敗、意見の相違、失態、死別についてもしっかり描かれている。そして物語を進めながら、著者はカンというバンドがいったい何だったのかという問いに対する回答を見せていく。

 第二部に関しては、先述したように、まずはイルミン・シュミットとマーク・E・スミスとの対談が面白い。イルミンを相手にマンチェスターの労働者階級出身のマークは、誰に対してもそうであるように「ファッキン」な口調で対話する。カン——とりわけ『タゴマゴ』がマンチェスターで人気だったというエピソードは、ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズの何曲かのリズムがカンの“ハレルワ” におけるヤキ・リーヴェツァイトのドラミングの系譜にあることが偶然ではなかったと主張しているようだ。ボビー・ギレスピーやカールステン・ニコライらが語るカンも面白いが、ジェフ・バロウとの濃密な対話、そしてピーター・サヴィルを交えてカンのデザインについての対話はかなり面白かった。

 高価な本だが、ここには3冊分の文字量があるので、3枚組ボックスとお考えください。ひとりでも多くの日本の音楽ファンにこの物語を読んで欲しいと思っています。(なお、ディスクユニオンで購入された方には、特典で CAN特製しおりを差し上げます

すべての門は開かれている——カンの物語
ロブ・ヤング+イルミン・シュミット 著
江口理恵 訳
3月19日刊行

別冊ele-king ゲーム音楽の最前線 - ele-king

ゲーム音楽はいまこそ面白い!
現在進行形のみずみずしいゲーム音楽を大特集!!

●表紙・巻頭:『SILENT HILL 2』──傑作と名高いホラー・ゲーム、注目のリメイク版を掘り下げる
●最前線はオンラインにあり!──話題沸騰のNintendo MusicからSpotify、Amazon、Apple、YouTubeにBandcampにSoundCloudに、Steamからitch.ioまで、各サーヴィスを徹底比較
●ディスクガイド──押さえておきたい2024年のベストな100枚
●大嶋啓之(『天穂のサクナヒメ』『アクセル・ワールド』)やたなかひろかず(『MOTHER』「めざせポケモンマスター」)ら作曲家のインタヴュー、カスタリアオーディオに聞く中国のゲーム音楽事情、注目のゲーム音楽レーベル紹介など、盛りだくさんでお届け!

執筆:田中 “hally” 治久、DJフクタケ、糸田屯、井上尚昭、市村圭、魚屋スイソ、福山幸司

菊判/160頁

目次

巻頭言

■特集『SILENT HILL 2』
[座談会]蘇るホラーゲームの金字塔──新たな考察を促すリメイク版の裏設定: 岡本基×伊藤暢達×山岡晃
[コラム]『SILENT HILL 2』の革新性──映画と文学とインディーゲームが交錯する場 (福山幸司)
[インタヴュー]ノイズがないことが正解ではない──コンポーザーの山岡晃が『SILENT HILL 2』にかける想い

■最前線はオンラインにあり! 配信サービス徹底比較
Nintendo Music
大手サブスクリプション・サービス
YouTube
Bandcamp
ゲームソフトのダウンロード配信サイト
その他のサービス

■2024年ベスト100
押さえておきたい2024年のゲーム音楽100選
ゲーム周辺曲ディスクガイド2024──ゲーム原作メディアミックスの世界

■いま、このひとに訊きたい
『MOTHER』から『ポケモン』主題歌、そしてチップチューンへ──たなかひろかずという「いきざま」
民族音楽やエレクトロニカを独自に消化する作曲家──『天穂のサクナヒメ』大嶋啓之インタヴュー
中国ゲーム音楽のこれまでとこれから──カスタリアオーディオのショーン・チュウ氏に聞く当地の最新事情

■注目のゲーム音楽レーベル紹介
SweepRecord
USM邦楽
ウェーブマスター
CASSETRON
クラリスディスク
iam8bit japan & asia
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[監修者プロフィール]
田中 “hally” 治久
ゲーム史/ゲーム音楽史研究家。チップ音楽研究の第一人者で、昨年10月に最新刊『ゲーム音楽はどこから来たのか──ゲームサウンドの歴史と構造』を上梓。その他の主著に『チップチューンのすべて』、監著に『新装版 ゲーム音楽ディスクガイド1』ほか。さまざまなゲーム・サントラ制作に携わる傍ら、ミュージシャンとしても活動しており、ゲームソフトや音楽アルバムへの楽曲提供を行うほか、国内外でDJ・ライブ活動も展開している。

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