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story of CAN

story of CAN

——『すべての門は開かれている——カンの物語』刊行のお知らせ

Mar 13,2025 UP

カンにおける最大の驚異は、自分たちで演奏をしてないときにあった。
——ホルガー・シューカイ

 ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)における「ポスト」という言葉が、リオタールが定義したポスト・モダンにおける「ポスト」と同じような意味合い、つまり、モダニズムを乗り越える/ないしはそこにはなかったものを取り入れる意味での「ポスト」であるなら、ポスト・パンクとはパンクを乗り越えることであり、パンクにはなかったものを取り入れることである。すなわち、ディスコを演奏し女性メンバーを入れたニュー・オーダー、ファンクやジャズやダブを吸収したザ・ポップ・グループ、パンク以上のトランスグレッションを志向したTGたちのように……あるいは、メジャー・レーベルに依存しないインディペンデント・レーベルやDIY主義などなど。ポスト・ロックも同じように考えられる。つまり、ロックがやってこなかったことをやること。思い出横丁を歩いて往年のロックンロールのパスティーシュをよすがとしないこと。ロックが文化的かつ社会的な観点において重要だったとするなら、ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)はその歴史上、大きな起点となるムーヴメントだった。1968年にドイツのケルンという街で始動したカンというロック・バンドは、ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)の青写真として、いや、青写真以上の大きな影響源としてつねに温ねられているが、面白いのは、カンは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドと同じように、それが存在していた時代よりも、時が経つにつれてどんどんそのファンを増やしていっていることだ。そのサウンドがいま聴いても斬新に響いているからである。

 『すべての門は開かれている——カンの物語』は、元『ワイアー』誌編集長のロブ・ヤングによる評伝で、本国イギリスでは、2018年に刊行されている。原書では800ページほどの大著で、その第二部は「カン雑考」と銘打って、じつに興味深い顔ぶれの複数のアーティスト——マーク・E・スミスにはじまり、プライマル・スクリームのボビー・ギレスピー、ポースティスヘッドのジェフ・バロウ、カールステン・ニコライ、アレック・エンパイアなど——、および旧友ヴィム・ヴェンダースにジョン・マルコヴィッチなどとイルミン・シュミットがカンやアート、人生について対話している(また二部の後半はイルミン・シュミットの日記、雑記も収録されている)。

 乱暴に言ってしまえば、カンとは、独クラシックのエリートふたりと、才能ある腕利きジャズ・ドラマー、そして感性豊かな若きロック青年の四人が出会って生まれた、まあ、あまりこういうフレーズは使いたくないけれど、「奇跡的なバンド」だった。しかも、独クラシックのエリートふたりは、最先端のクラシック教育、すなわち「アヴァンギャルド」というものをよく理解していた。だから技巧に走ることなく、ど素人の黒人や、路上で歌っていたヒッピーの日本人をバンドの歌手にすることになんのためらいもない、むしろそれを面白がれる知性と感性を有していた。また、カールハインツ・シュトックハウゼンの生徒でもあったふたりのうちひとりは、ポスト・プロダクションといういまでは当たり前の作業/当時としては画期的な作業の面白さを見抜いていたし、いちど録音したものを編集し直すということに当時のどのバンドよりも注力した。また彼らは、非西欧音楽とのポストモダン的な関わりを具現化し、演奏行為を否定した演奏を繰り広げ、リーダー不在のバンド論を実行した。カンがなぜリーダーを拒否したか、そこには彼らの政治的な背景——ナチスを支持した親世代への反発心、ドイツ60年代のカウンター・カルチャーなど——が関係している。

 もちろん本書には、最後までユーモアを失わなかったこのバンドの面白いエピソードで溢れている。テリー・ライリーやジョン・ハッセル、イーノをはじめとする時代のキーパーソンたちとの出会い、メンバーの人間性と思想、ヤキのドラミング哲学、ドラッグ・カルチャーとカン、ダモ鈴木のスウェーデン時代の生活、そして彼の歌詞についての考察にも文字を割いている(晩年のダモ鈴木の発言に関しては、ele-kingで活躍中のイアン・マーティンが『Japan Times』でおこなったものが多く引用されております)。カンが当時やった主要なライヴに関してのほぼすべての言及があり、もちろん、この奇跡的なバンドの失敗、意見の相違、失態、死別についてもしっかり描かれている。そして物語を進めながら、著者はカンというバンドがいったい何だったのかという問いに対する回答を見せていく。

 第二部に関しては、先述したように、まずはイルミン・シュミットとマーク・E・スミスとの対談が面白い。イルミンを相手にマンチェスターの労働者階級出身のマークは、誰に対してもそうであるように「ファッキン」な口調で対話する。カン——とりわけ『タゴマゴ』がマンチェスターで人気だったというエピソードは、ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズの何曲かのリズムがカンの“ハレルワ” におけるヤキ・リーヴェツァイトのドラミングの系譜にあることが偶然ではなかったと主張しているようだ。ボビー・ギレスピーやカールステン・ニコライらが語るカンも面白いが、ジェフ・バロウとの濃密な対話、そしてピーター・サヴィルを交えてカンのデザインについての対話はかなり面白かった。

 高価な本だが、ここには3冊分の文字量があるので、3枚組ボックスとお考えください。ひとりでも多くの日本の音楽ファンにこの物語を読んで欲しいと思っています。(なお、ディスクユニオンで購入された方には、特典で CAN特製しおりを差し上げます

すべての門は開かれている——カンの物語
ロブ・ヤング+イルミン・シュミット 著
江口理恵 訳
3月19日刊行

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