「Dom」と一致するもの

Kimonos - ele-king

 "モグラ"のベースラインは、パレ・シャンブルグのミニマリズムを彷彿させる。ポスト・パンクにおける早すぎたベルリン・ミニマリズムのアイデアがファンキーに、そして諧謔的に展開されている。"オールモスト・ヒューマン"は初期のカール・クレイグを彷彿させるアトモスフェリックなイントロが印象的な美しい曲だ。ジャジーなベースラインを響かせながらスムーズにチルアウトな空間に連れていかれるが、彼らが歌うのは毒を含んだアイロニー。「鳥は自由だと人は言う/世界はただの鳥かご」......とふたりは流暢なハーモニーを聴かせる。"ミス"や"サウンドトラック・トゥ・マーダー"といった曲ではキャッチーなシンセ・ポップ(ヤマハのRX-5のドラム、コルグのモノポリーやポリシックス)を試みている。ロマンティックで陶酔的なエレクトロニックな響きのなかには深いメランコリー、そしてこれらにも突飛なイロニーが隠されている。

 向井秀徳とレオ今井によるキモノスのデビュー・アルバム『キモノス』は、諧謔とエレクトロニックの素晴らしい賜物だ。僕はこの作品を本当に心から楽しんで聴いている。アルバムのひとつの特徴は、細野晴臣の"スポーツマン"のカヴァーが象徴している。「毎日心配/摂食障害/運動しよう/やる気がでない」......こうした日本のニューウェイヴが得意としたシニカルなユーモアはこの音楽のいたるところに散らばっている。ザゼン・ボーイズは「諸行無常」と「性的衝動」のふたつの言葉で日本の本質を捉えたものだが(この国の他の国には見られない巨大なピンク産業がそれをよく表している)、キモノスはもっとリラックスしている。基本的には親しみやすいし、ふたりが楽しみながらこのアルバムを作ったことがよくわかる。ディープ・ハウス調の"Yureru"における歌謡曲風のメロディにも、彼らが真面目に遊んでいる感んじがよく出ていると思う。
 アルバムの最後"トーキョー・ライツ"はいわばヴェルヴェッツ・スタイルの曲だ。収録曲のなかで唯一ギターが前面に出ているこの曲は、モーリン・タッカー流のドラミングと一戦交えるように、レオ今井はエネルギッッシュに歌う。「東京電燈が僕をだます/綺麗な街だと思い込ませる」、ロンドンからやって来たこの青年は歌う。アルバムの1曲目の"ノー・モダーン・アニマル"は、ある意味ではアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの『半分人間』と電気グルーヴの"半分人間だもの"との溝を埋める作品だと言える。「俺は超アダルト/大の大人/なんだけどとっても子供っぽいのさ」......この言葉は自分たちにも向けられたモノなのか、これは肯定的なのか否定的なのか、明日のdommuneで訊いてみようと思います。夜の7時からです。遅れないように!

 ちなみに、シングル・カットされた"オールモスト・ヒューマン"のハドソン・モホークによるリミックス・ヴァージョンがまた......酔っぱらったクラフトワークである。

Leftfield - ele-king

 今年の夏に彼らがライヴ活動を再開したことは知っていたけど、まさかこんなに早くツアーをするとは思ってなかったのでレフトフィールドはまったくノーチェックだった。「スクリーマデリカ・ライヴ」が目的の渡英だったけど、もし見ることができるならレフトフィールドも絶対見たかった、来日公演なんて実現しないだろうし。それにしてもなぜ日本では彼らの復活ツアーがほとんどニュースにもならないんだろう。

 ダンスビートが希望と目眩に溢れた混沌のなかから大きなうねりを作りオーディエンスの心に革命をおこしていた90年代前半、レフトフィールドはまさにその名の通りのシーンのエッジにいた。彼らはまだヒップホップもレゲエそしてテクノまでもミックスして新しいビートとしてハイブリットできた、ほんのわずかな時代のタイミングに奇跡的なトラックを連発してダンスビートを大きく進化させた数少ないアーティストのなかのひとつだった。

 今回のツアーにオリジナル・メンバーであるポール・デイリーは参加していない、脱退したわけでなくこの先のプロジェクトでは合流するということらしい。
 自分の日程に合うのがグラスゴーでのライヴだけだったので、出発1週間前にライヴとフライトのチケットを押さえ、グラスゴーへ飛んだ。会場はグラスゴーの中心から2~3キロはなれた幹線道路沿いにポツンと立つ〈O2 アカデミー〉、ちょうどゼップの天井を高くしたような感じ。開場から30分ぐらいでなかにはいるとまだ人はほとんどいない、しばらくして前座のブレイケージがスタート、それにしても人は入ってこないし音は小さいし、ちょっと不安になりながら広い場内に響くシリアスなダブステップを聴いていていると、早く会場に来た人たちはガンガンにビールをあおっている、イギリス人はほんとにビールが好きだ。
 スタートから40分ぐらいで場内はいい感じに埋まってきた、50ぐらいのヒッピーのようなおじさんからまだ10代の若者まで幅広い層のお客さんがきているけど、中心はやはり30代から40代のレイヴ/パーティー世代。ブレイケージの終盤にハッピー・マンデーズの"ハレルヤ"のサンプリングが飛び出すと場内から歓声が......。やっぱり年齢層高いかも! 

 ブレイケージによる1時間のDJが終わる頃には場内は超満員に、DJ終了と同時にいい感じで拍手、そしてステージ全面のLEDスクリーンが点灯すると"ソング・オブ・ライフ"のイントロが鳴り響く。ドラムセットにドラマーが座り、ニール・バーンズがシンセの前にくると爆音ベースが響く......。まず驚いたのはブレイケージとの音量差、ここまで前座とヴォリュームに差があるとは!
 かつてライヴで爆音を出し過ぎて〈ブリクストン・アカデミー〉の天井に亀裂を入れただけのことはある。この時点で場内はもう沸騰寸前だ、そして"ソング・オブ・ライフ"のビートがブレイクスから4つ打ちになった瞬間に場内は完全にスパーク、つづいて"アフロ・レフト"で完全にパーティ状態へ突入!
 "オリジナル"では女性ヴォーカルが登場、ニールがベースギターを持って、重たいビートが強調される。それから"ブラック・フルート"へ。そしてついに"リリース・ザ・プレッシャー"のイントロからラガMCが登場、ここで場内は最高の盛り上がりを見せて、いわばパーティの午前3時状態、まさにレイヴ。隣で踊ってるヤツの踊りがあまりにも懐かしい動きだったので、フラッシュバックしてしまう。こんな光景を見るのほんとに久しぶりだ。続いて"インフェクション・チェック・ワン"、この頃には僕も完全に飛ばされてしまった。シンプルなビートが、突き刺さるように響いてくる。

 レフトフィールドの曲はDJのとき、どうも使いずらいことが多かった、その使いずらさはビートや曲の構成の問題ではなく、音のタッチの問題としてそう感じていた。もちろん『リズム・アンド・ステルス』は当然そういう作りなのだけれど、『レフティズム』のシンプルな4つ打ちの曲でもそうだった。
 このライヴを見てその理由が理解できた、というよりも思い知らされた。レフトフィールドは楽曲をDJツールとして作ってはいないのだろう。 DJに使ってもらうことを前提としてトラックを作ることも、ビートをフォーマットとして捉えていることもしていない。単純なビートですら自分たちの刻印を刻みつけるようにして作っている。それがマッシヴ・アタックと同様に、オリジネイターとしての凄みであり、メッセージだ。ブレイケージを前座に起用したところにもレフトフィールドの意思を感じる。ダブステップが現在彼らの意思を正しく受け継いでいるというメッセージでもある。
 アンコールでは"メルト"、美しいシンセの眩暈だが、夢よりも現実が迫っていること感じさせる音色だ、しかしオーディエンスはそこに信じるべき明日を予感する、これこそ夢を見ながら現実を飛び越える瞬間の表現。ラスト・ナンバーは音圧で割れるようなベースの"ファット・プラネット"、最高のドラマの締めくくりに相応しい名曲だ。"オープン・アップ"をやらなかったのは残念だったけど、彼らが現役であることを証明する、気迫充分のライヴだった。このハードコアなビートのフィロソフィーに最大の歓声を持って応えているオーディエンスも最高! イギリス人はなんて音楽好きなんだろう。

G.Rina - ele-king

 現在のUKを中心とした、ダブステップから派生した最新鋭のビート・ミュージック――より多様に拡大するポスト・ダブステップをはじめとした、UKファンキー、ウォンキー、スクウィーなどなど――は、いま最大の隆盛を迎えつつあるわけで、最新の12インチを追いかけている熱心なビート・ジャンキーな方々(僕も含む)にとっては、懐を心配しながら過ごす毎日かと思う。そんな未曾有の活況を見せる欧米のシーンに対して、「日本からのリアクションはどうなのよ?」という素朴な疑問をお持ちの方にこそ、G.Rinaの2年振りとなる新作『マッシュト・ピーシーズ#2』を是非とも手に取ってもらいたいわけです。

 2010年の彼女はエクシィ率いる〈スライ・レコーズ〉のパーティ、Dommuneでの「ダブステップ会議」後でプレイしているように、UKのクラブ・カルチャーと明らかなシンクロをみせている。いまもっとも旬のクラブ・トラックを華麗にミックスする彼女のプレイを聴いて、僕はすっかり打ちのめされてしまったわけだが、そんな彼女の冒険心から生まれたのが『マッシュト・ピーシーズ#2』である。これは昨年末にブートとして限定リリースされた『#1』の続編で、『#1』では欧米のダブステップのトラックをリディムとして捉え、そこに彼女が歌を加えてマッシュアップするといった手法をとっている。『#2』では、『#1』で録音した彼女のアカペラを使って、国内のトラックメイカーが新たにリディムを加えるという斬新な試みが展開されている。
 そして本作は、国内の新進トラックメイカーのショウケースでもある。前述したエクシィをはじめ、スカイ・フィッシュ(彼はベース・ミュージックのトラックメイカーとして本当に素晴らしくて、昨年のアルバム『ロウ・プライス・ミュージック』は、自分にとって昨年のベスト・アルバムの1枚)、ラヴロウ&BTB、ラバダブ・マーケットのE-MURAら、現行のビート・ミュージック・シーンと共振する個性派たちが揃っている。
 そしてトーフビーツ、今年最大の話題の1枚、インターネット・レーベル〈マルチネ〉の『MP3キルド・ザ・CDスター?』への参加も記憶に新しい平成生まれのトラックメイカーも名を連ねている。いまから2年前、彼がまだ17歳の頃にリリースしていた自主制作盤『ハイスクール・オブ・リミックス』を聴いてから、彼のトラックに夢中になっていた僕にとっては、彼が参加しているという事実だけで、このアルバムを購入するには十分な理由だったわけで......。

 E-MURAのリディムによウォブリーなベースラインが強烈な変化球なファンキー"スロウ・アウェイ"でアルバムは幕を開ける。プレイヤのカトクンリーとG.Rina本人によって結成されたユニット「(dub)y」による"ファースト・テイスト"、続くエクシィによる"L.Y.D."は、どちらもコズミックなシンセサイザーが特徴的だが、現場で揉まれたグルーヴを持っている。スカイフィッシュによる"シーズンズ"は、スティールパンの響きが心地良いトロピカルなダンスホールで、ラストを飾るTNDによる"キープ・オン"は、クワイトのリズム・パターンを取り入れながらジョイ・オービソンとも似たエレガントさをも匂わせている。
 『マッシュト・ピーシーズ#2』は、素晴らしい同時代性を持っている。国内のシーンの生気に満ちたカッティング・エッジな音を確実に伝えている。アイコニカ以降さらに顕著になったロウビット、サブトラクトやファルティDLらが盛り上げるフューチャー・ガラージ、これら新しい波とも共振する。マグネッティック・メンのヒットによってポップ志向のヴォーカル・トラックもだいぶ注目されているが、その点でもこのアルバムは応えている。彼女の歌声はトリッキーなビートに乗ることで、地下室の艶やかさを孕みながらいっそうとメロディアスに輝いている。アルバムの終盤では、ラヴロウ&BTBによる"国道1号線"、ベータ・パナマによる"ワーキング・ハード・シンス......"のような、艶かしいエレクトロ・ファンクが収録されている。

 僕にとってのこのアルバムのベスト・トラックは、トーフビーツによる"ディドゥ・イット・アゲイン"。今年のベスト・トラックのひとつに挙げたいほどのこの曲は、ロウビット経由のカラフルなダブステップでありながら、バグの発生したTVゲームの画面のごとく、狂ったほどにスクリューのかかった、スクウィーじみたエフェクトがクレイジーだ。間違いなく彼は日本のトラックメイカーたちのなかでも強烈な個性を放っているひとりだが、まだ20歳になったばかりだ。先日、代官山UNITで開催された〈マルチネ〉によるパーティ「THE☆荒川智則」も大盛況だったというが、この『マッシュト・ピーシーズ#2』もしかり、新しい感覚をもったこの国のビート・ミュージックは、大人たちが知らないあいだに、すでに未来へと向かっている。時代とシンクロしながら独自の発展を遂げている国内のシーンの、2010年のドキュメンタリーのひとつとして、このアルバムを聴いてみるのもいいんじゃないでしょうか?

How To Dress Well - ele-king

 これは河ではない、滝だ。これは楽曲ではない、スケッチだ。音はいたるところで割れている、構成は緻密さを欠く、見切り発車でさまざまな主題が現れ、消えていく。アリエル・ピンクをスローに引き延ばせばもしかしたら近い感触を得るかもしれない。アンビエントでローファイなテクスチャーの音像に、ソウルフルなファルセットのレイヤード・ヴォーカル。『ラヴ・リメインズ』は、たとえばグルーパーのような研ぎすまされた集中力を持った歌ものドローンに比べると、スキゾフレニックで散漫な印象を受けるかもしれない。それはほんとうに「スケッチの束」といった具合だ。しかしその束が全体として投げかけてくるイメージは、とても濃密で鮮烈だ。ほかの誰でもない、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルでしかありえない異様な個性がたたみこまれている。

 ケルンで学生生活を送りながら音楽活動を続けるトム・クレルによるひとりユニット、ハウ・トゥ・ドレス・ウェル。クレルのブログからフリー・ダウンロード形式のファーストEP「ジ・エターナル・ラヴ」が発表されたのが今年4月。数枚の自主シングルに続いて7月に〈レフス〉から『レディ・フォー・ザ・ワールド』、8月に〈トランスペアレント〉から限定シングル『エクスタシー・ウィズ・ジョジョ/テイク・イット・オン』、そして本デビュー・フルと注目度の高さに呼応するかのようにハイ・ペースなリリースである。グローファイ/チルウェイヴ的な文脈を踏まえたローファイ感覚と、荒涼として低温なビートメイキングは2010年らしい風景を描き出すようにも思われるが、チルウェイヴに指摘されるエスケイピズムは感じられない。むしろ攻撃性の高い音で、ブリアルなどダブステップを真っ先に思い浮かべる。暗く深いリヴァーブ(まるで聴いたことのない非常に特徴的なものだ)は、ろうそくの灯で壁に映し出された人影かゴーストのようだ。大きく揺れて、増幅する。
 それはドリーミー・シューゲイズといった形容からは大きく外れる、醒めた響きをしている。クレルのファルセットは幾重にも重なり、ループし、空気を震わせる。ノン・ビートのトラックなどは教会に鳴り渡るコラールさながらだ。前述のように音は割れまくって、ループしたかと思った主題はいつのまにか消え、形を変えていくのだが、構うかそんなもの、いま浮かび上がった思念をいまこのときを逃さずに空気に刻みつけよう......そうした自身の存在の跡のようなものがくっきりと現れ出ていて素晴らしい。

 『ラヴ・リメインズ』(愛はとどまる)は、「愛はつねにはとどまらない」という認識から生まれたアルバムだと、クレルは逆説的に述懐している(2010年9月10日『ダミー』)。どういう愛のことかは詳らかではないが、つきあっている女性との関係から得た省察であるようだ。それが永遠でないかぎり、われわれもまた愛のなかにただ止まっているべきではない。彼の音を聴いているとじつにぴったりとこの言葉が当てはまる。"スーサイド・ドリーム"をはじめとして"ユー・ウォント・ニード・ミー・ホエア・アイム・ゴーイン"、"レディ・フォー・ザ・ワールド"、"エスケイプ・ビフォア・ザ・レイン"など声を主体としたアンビエント・サイドの数曲は、歪みがひどく、猛吹雪を思わせる。それは言葉と思弁の吹雪だ。「僕にある想念が生まれてきたらじっとしてなどいられない。そうなったら僕はただ歌うだけだ。僕はただ目を閉じ、口を開く。そしたら歌が出てくる」(2010年5月12日『ピッチフォーク』)
 本名義を名乗る前にはよりドローン色の強い作品を作っていたようだが、クレルはそれに物足りなさを感じてヴォーカルを録りはじめたという。言葉がこだまするさまは戸の外の吹雪のようだが、戸のなかは厳かなハーモニーに満たされている。吹き過ぎていくものと、とどまるものとの対比がある。そして両者のあいだに生じる時間差が、この幽霊のような残響に他ならない。「愛はつねにとどまってはいない」の裏側には、「とどまっていたらどんなにいいか」という反実仮想的な祈りが貼り付いていて、それがこの人影のような音の重なりなっている。
 彼のゴーストリーな音は夢のかわりに不穏に響く。ドリーム・ポップをゴーストにする。それは廃墟となりつつある逃避先を暗示するもののようにも思われるし、夢から醒めた後を生きるための手がかりを提供するようにも思われる。

SHINGO★西成 - ele-king

 最近、NHKの連続テレビ小説『てっぱん』にはまっている。いまのところ、大阪の下宿を舞台にお好み焼き屋を開業する少女の成長を描く物語として進行している。富司純子(寺島しのぶのお母さんです!)の美貌と素晴らしい演技を観られるだけで、朝8時からの15分は僕にとって幸福な時間のひとつとなっている。さてそこで、日本語ラップの大阪名物と言えば、SHINGO★西成である。それこそ彼は『てっぱん』に出ている元・ボクサー赤井英和とも曲を作っている。さあ、地元・西成を愛する兄貴が通算2作目となるフル・アルバムを引っ提げて帰ってきた。MSCが所属する〈LIBRA〉から般若が主宰する〈昭和レコード〉に移籍してのリリースとなる。

 ファースト・アルバム『SPROUT』が発表された3年半ほど前、取材のために大阪の西成まで行き、彼の地元を案内してもらったことがある。まさに"ILL西成BLUES -GEEK REMIX"の世界を歩いた。日本最大の労働者の街であり、日雇い労働者の寄せ場となっているあいりん地区で写真を撮影していると、サングラスをかけたいかにも堅気ではなさそうな強面のおじさんが近づいてきた。そのときのSHINGO★西成の対応はさすがだった。彼は自分が西成出身のラッパーであることを伝え、地元について歌っていると言って相手を納得させたのだ。だからもちろん、SHINGO★西成は大阪の表の世界だけにスポットを当てているわけではない。彼のフッド感覚やタフさや人情味は、彼の音楽においてもっとも重要な要素でもある。そのときご馳走になったホルモンうどんの味はいまでも忘れられない。
 前作を出したあと、ナニワのソウル・シンガー、大西ユカリとデュエットした「二人の新世界」や、これまた大阪市にある日本最大の遊郭のひとつとして大正期に作られた飛田新地についてラップする"飛田新地"を発表している。また、ULTRA NANIWATIC MC'Sというグループ名義の『THE FIRST』には、ソロとは違うどんちゃん騒ぎのファンクネスが詰まっていて面白い。

 『I・N・G』の冒頭を飾る"G.H.E.T.T.O."はまさにオープニングにふさわしい曲で、再スタートの合図を打ち鳴らすように疾走していく。PVがまた格好いい。ショーン・ポールを思わせるダンスホール風の"左"はアッパーなパーティ・チューンで、DJ FUKUの、ぴかぴかした光沢を感じさせる音の鳴りが気持ち良い。教育テレビの子供向け番組で流れていてもおかしくないような"できたかな?"の牧歌的なトラックはEVIS BEATSによるものだ。派手なシンセ・ベースがうねる極彩色のバウンス・ヒップホップ"ずるむけ"もユニークだ。それにしても、いままで以上にSHINGO★西成のラップはシンプルで聴き取りやすくなった。ある種の教訓的なことを歌いながら、説教臭さを上手く回避できているのも彼だからこそ成せる業と言える。

 先日、野宿者支援を長年続けるある活動家に頼まれて、デモでかける音楽の選曲をした。野宿者が生きるための生業であるアルミ缶や新聞の収集を墨田区が条例で禁止したことに反対する浅草でのデモだった。こういう行政や町の狭量さやセンスの無さというものを僕は心の底から軽蔑する。人間の生き死に関わることを条例で安易に規制するな、というのだ。SHINGO★西成流に言えば、「ぞうきんちゃうぞ人間は......」ということである。CDには、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラの祝祭的なバルカン・ミュージックやアンティバラスのアフロ・ビート、いまは亡き元・じゃがたらのサックス奏者、篠田昌巳の曲、その次あたりにファンキーなサックスのサンプリングが映えるSHINGO★西成の"段取り"を入れた。野宿者の人たちが喜んでくれたかはわからないけど、そういう場面、そんな流れでかかっても彼の音と言葉はしっかりと町中に響く力を持っている。

 「ないところから取らない(カラス)/あるところから根こそぎ 取る」"カラス"という、常に弱者の立場から世のなかを見て、弱者の味方をするSHINGO★西成が僕は好きだ。そりゃ、金持ちにもいい人がいるのは知っているけど、下から見なければ絶対にわからない世のなかの仕組みやからくりだってあるし、地を這うように動かなければ変えられないこともある。西成の越冬闘争や地元の幼稚園に足を運び数十人のオーディエンスの前でラップしながら、武道館や2万5千人規模のレゲエ・フェスも沸かせるラッパーはSHINGO★西成ぐらいのものだろう。仮に彼がいまよりさらに有名になってお金を手にしたら、ウータン・クランが遊園地やアパートを作ったように、なんらかの形で地元に還元することだろう。彼はそういう人だと思う。

 音のクオリティは高いが、たしかに耳の早い音好きを充分に満足させるほどの斬新なサウンドではないかもしれない。しかし、日本語ラップを聴く面白さには、ラッパーの人間性に触れることができるというのも大きい。僕のような人好きの人種には堪らない。これだけ人間力のようなものが問われる音楽ジャンルも珍しいのではないだろうか。いまから日本語ラップを聴こうと思っている人がいて、その観点から選べと言われれば、僕は迷わずSHINGO★西成を勧めるだろう。『I・N・G』は聴くたびに心に沁み渡るアルバムだ。ここにはブルースがある。悪いことは言わない。騙されたと思って聴いてみて欲しい。できることならいち度ライヴに行くべきだ。マジで感動するよ。

SHINGO☆西成ILL西成BLUES -GEEK REMIX
SHINGO☆西成 PV 飛田新地
SHINGO西成「G.H.E.T.T.O」

神聖かまってちゃん - ele-king

 目の前には、「神」と描かれた白いヘルメットを被っている磯部涼と三田格がいる。隣には、ヘルメットを被りながらでは素早いスウィッチングができないと断念して、いつものようにハットを被った宇川直宏、それから生中継のために動き回るdommuneのスタッフたち......、そしてその反対側には「ナタリー」編集部の優秀な女性記者がリアルタイムでパソコンを素早く叩いている......とにかく、両側に素早い指の動きをもった人に挟まれながら、白いヘルメットを被った僕は、渋谷のスペイン坂に新しくオープンしたライヴハウス〈WWW〉でいまもっとも注目に値するロック・バンドの演奏を聴いた。

 わずか2分でソールドアウトという競争率のなかで、幸運にもチケットを手に入れることのできた来場者全員には、先述したように「神」ヘルメットの着用が義務づけられていた。フロアは白い頭で埋め尽くされている。その光景自体が、ひとつの強烈なアイロニーだ。なにせ「神」であり、全員同じのヘルメット姿である......演奏は、ダンサブルで、ベースの音は会場のいちばん後ろの僕たちのところまで響き、ウイスキーを片手に演奏される鍵盤はメランコリーを携えていた。の子は、僕にはパンク・ロック・バンドのヴォーカリストとしての条件を充分に満たす佇まいをしているように見える。無責任な子供のような顔つきで、子供のようなわめき声で、子供のような目をしている。

 「アイ・ウォナ・ダ~イ」と歌ったのはジーザス&メリー・チェインだったが、かまってちゃんは「死にたい」を繰り返す。この音楽に熱狂している子供の姿を親が観たら、びっくりするかもしれない。後方の画面ではネットからの野次が走っているし。
 神聖かまってちゃんは今日の日本社会におけるノイズだ。ノイズとは工事現場の騒音のことではない。意味としていち部の人たちの耳を塞がせる音のことだ。いま、彼らほど憎まれ、愛されているバンドが他にいるのだろうか......。"学校に行きたくない"では、の子はノートパソコンを木っ端微塵に破壊する。彼のそうした一挙手一投足のなかに、なにか鋭い絶望を感じるのだが、すべてはこのバンドにとっての賛辞であろう大いなる嘲笑のなかで掻き消されていく。しかしその嘲笑はパンク・ロッカーにとっての蜜であり、オーディエンスにとっての勇気である。"いかれたニート"という曲も頭に残った。人間は経済活動の要員であり、ネットが普及しながらひとりひとりは孤立し、自分の人生を社会的に開いていくことはますます困難である――こんな時代において、かまってちゃんのそれは、あるいはひょっとしたら自覚のない抵抗として最高のエネルギーを持っているように思える。
 ライヴの最後ではキーボードのmonoとの子が喧嘩をした。何がなんだかよくわからなくなったが、「ナタリー」の女性記者に訊いたら以前にもステージ上で喧嘩しているという。まるでオアシスみたいだね、と磯部や三田さんと話した。ほとんど何も期待されていなかった若者たちがことを起こしているという点でも、似ている、
 神聖かまってちゃんのアルバムは12月22日に『つまんね』と『みんな死ね』、2枚同時に発売される。

Jefre Cantu-Ledesma - ele-king

 ラスティ・サントスのザ・プレゼントを聴いて『ラヴレス』を聴く回数が減ってしまいそうだと書いたことがある。それはザ・プレゼントが描き出すイメージ豊かなドローンの多様性に引き込まれてしまったからであり、また、そのことによって『ラヴレス』が持っていた濃密なムードにどこか鬱陶しさを感じるようになったせいもある。ザ・プレゼントは全編がシューゲイズではないし、比較すべきものではないのかもしれないけれど、シューゲイザーが辿ってきた狭苦しい流れのなかでは、なかなか『ラヴレス』を凌駕する作品が現れることもなく、その美意識が揺るぐこともなかった。エレクトロニカと融合したポート-ロイヤルにしても、低音部をカットしたビロングにしても、その鬱陶しさはそのまま受け継がれ、それがシューゲイズを決定づける要素になりかけていた。シガー・ロスやグルーパーはむしろそのなかから生まれてきたともいえるし、だからこそノイズ・ドローンとの垣根も低く、KTLやナジャのようなドゥーム系とも親和性を取り沙汰することも不可能ではなかったといえる。このことにザ・プレゼントの存在は多少の疑問を与えたのかもしれない。大きな変化をもたらしたわけではない。何かがわずかに動いただけ。あるいはその感触だけがあった。そのこととチルウェイヴの浮上が同時期だったということは何かの符号のようにも思えるし、何も関係はないのかもしれない。

 タレンテルのリーダーで、タッセルのメンバーらとはジ・アルプスとしても活動するジェフレ・キャンツ-リデスマのセカンド・ソロはそれまでのキャリアをいささか覆す感じで、全編がシューゲイズであった。しかも、5曲でヴォーカルまでフィーチャーされている。タレンテルのドローンは地獄で瞑想に耽っているような......とかなんとか『アンビエント・ミュージック 1969-2009』でも書いた通り、基本的にはおどろおどろしく、サウンドの要はドラムにあった(と、僕は思っている)。それはどとらかといえばアンサンブルに重きを置くサウンドで、音楽の魅力はその空間性にあったといってもいい。それがここでは『ラヴレス』に勝るとも劣らない濃密なシューゲイズが展開され、しかし、その音圧の固まりが鬱陶しさに転じることはなく、実に広々としたイメージを与えていく。どの曲もすべて開放感に満ち満ちていて、『ラヴレス』よりはエイフェックス・ツインやサン・エレクリックに感覚は近い。一説によると『ラヴ・イズ・ア・ストリーム』というタイトルは『ラヴレス』ではなく『ラヴ』を訴えたいという意味があるそうで、それならばなるほど『ラヴレス』に感じられるようになった鬱陶しさを払拭していることはたしかだし、彼が活動の拠点としているサン・フランシスコで起きている他の動きとも連動するようなヒッピー的精神の表れとして聴くことも不可能ではない。そう、エンディングこそ手馴れたドローンに回帰していくものの、それまではとにかくひたすら天に舞い上がっていくようなシューゲイズがこれでもかと繰り返され、先のカリフォルニア議会でもしもマリファナを合法化する法案が可決されていたら、いま頃、このアルバムはその存在感をもっと示すことになっていたかもしれない......
 キャンツ-リデスマが運営する〈ルート・ストレイタ〉(グルーパーやイーリアス・アメッドなどを輩出。OPNがフリートウッドマックやマーヴィン・ゲイをカヴァーした映像作品も)からはまた、00年代のサイケデリック・ドローンを支えてきた重要なグループのひとつ、イエロー・スワンズが解散した後にようやくピート・スワンソンが完成させたソロ・アルバム『フィーリングス・イン・アメリカ』もリリースされたばかり。ツアー会場のみで販売された限定アルバム『ウェアー・アイ・ワズ』とともに暗く沈みこむノイズ・ドローンは『ラヴ・イズ・ア・ストリーム』とはあまりに対照的で、現時点では時代の角を曲がり切れなかった印象が強く残る。

interview with Cornelius - ele-king


Cornelius /
Fantasma

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 そこにはあらゆるモノが放り込まれている。消費社会におけるハイ・カルチャーとロウブロウの境界線は溶解して、貧民街のヒップホップと煌びやかなデパートの玩具コーナーは結ばれる。ブラック・サバスはクラウトロックといっしょにリオデジャネイロのボサノヴァへと直行して、エイフェックス・ツインは空飛ぶ円盤に乗ってジーザス&メリーチェインに会いに行く。冗談音楽と立体音響、パンクとサンシャイン・ポップス......これらアルバムに詰め込まれたおびただしい情報量、そして得も知れぬセンチメンタリズム(僕にはそれが消費文化を強いられた世代のある種のシニシズム、80年代を席捲したブランド文化と対をなしていた当時のアンダーグラウンド文化から来ていると考えている。詳しくは『EYESCREAM』に書いた)......。
 まあ、とにかく、『ファンタズマ』は、海外のメディアから見れば日本のロック文化に決定的なアイデンティティを与えた作品となったわけだが、まずそれ以前の問題として、この音楽は僕たちの最高のサウンドトラックだったのである。それから13年後の今日も、この革命的なポップ・レコードの魅力は少しも衰えていない。未聴の若い人はこの機会に聴いてみて。

『ファンタズマ』を再発することになった経緯から教えてください。"2010"という曲が入っていたり、収録曲の"New Music Machine"のなかで「2010年になんか全部ぶっ壊れた」と歌っていたりすることと関係あるんですか?

小山田:まあ、それにかけてというのと、あとは、大人の事情ですね。

大人の事情?

小山田:ポリスターという会社から出ていたんですけど、権利をワーナーに買ってもらって、それで出そうと。

パーセンテージとしてはどのくらいなんですか? 大人の事情と......(笑)。

小山田:まあ、タイミングかなと。いろんな偶然が重なって。

ちなみに、なかなか新作ができないから......というところはないんですか?

小山田:それもあるのかなぁ(笑)。

そこはあまり突っ込まないでおきましょう。

小山田:いえいえ(笑)。

いろんな事情があるにせよ、さっき言ったように"2010"という曲が入っていたり、歌詞に「2010年」が出てきているんだよね。当時はどういうニュアンスで使ってたんですか?

小山田:ちょっと遠い未来という感覚で使っていたと思うんですよね。13年後のことだから実際は近未来なんだけど、やっぱり当時はまだ20世紀だったし、現実的にいま2010年になって感じるよりもずっと遠い感じでいたから。

1997年だもんね。

小山田:20世紀ですよ。

2001年でさえも、まだ遠い未来に思っていたからね。

小山田:僕ら世代は2001年とか1999年という数字に関する刷り込みがあるじゃないですか。

たしかに。でも、「2010年になんか全部ぶっ壊れた」というのはどういう感覚で言っていたの?

小山田:予想できないくらい先のこと......、そんな感じですかね。

まりん(砂原良徳)がリマスタリングすることになった経緯は?

小山田:せっかく出すんだし、もうちょっと聴きやすいものしたかった。それで、誰に頼もうかと思ったときに......。まあ、このアルバムを作っている頃に家が近所で、よく行き来をしてたんですよね。それでお互い作っているモノを聴かせ合っていたんですよね。だから当時の雰囲気を共有できる人だし、あとは彼が個人的にリマスターをやっていたんですよ、趣味で。

趣味でやってたんだ?

小山田:それがすごくて、自分の昔出ているCDとか、90年代頭のCDとか、音質が悪いじゃないですか。音が悪かったり、レヴェルが低かったり、90年代後半や2000年代初頭のCDはレヴェルを突っ込み過ぎているとか。時代によって音質の違いみたいなのがあって、それをたぶん、自分の聴きやすいカタチにリマスターして、で、盤を作って、それでちゃんとプリントもして、ジャケットもちゃんとスキャンして作って、しかもヴィニール袋に入れて、で、エサ箱みたいな箱があって、そこに入ってて(笑)。

ハハハハ。

小山田:「クラフトワーク」っていう柵があって(笑)。

ハハハハ! すごいね。

小山田:これはもう、売れるでしょう! というレヴェルまで完全に個人でやっていて、そういうのを聴かせてもらったりしていて。で、何枚かCDをもらったんですけどね。そのなかにフリッパーズ・ギターのサードがあって、それを聴いたら、たしかにすごく音が良くなっていたんですよ。

なるほどね。

小山田:彼ほどの適任者はいないと思って。

さすがと言うしかないね。

小山田:そうですね。

さすがまりん。そういう意味では最高のマスタリング・エンジニアがいたということだよね。

小山田:彼の本職はマスタリング・エンジニアではないけどね。まあ、マスタリングに関しては、解釈だなと。いまはそれがソフトウェアによって個人でできるんで。彼の解釈をいちばん信用していたというか。

マスタリングという作業自体はちょっと前までは作り手側のものだったけど、これだけ「リマスタリング」という言葉が流通して、あるいは、たとえば70年代のロックのレコードがUK盤とUS盤と日本盤とでは音が違うんだってこともわかってくると、マスタリング技術自体が表現に近づいている感じもあるもんね。

小山田:あと97年は、パソコンとかiPodで聴かれることを想定してなかったし、リスニング環境が変わってきているというのがありますよね。

でも、イヤフォンを入れていたじゃないですか。

小山田:13年という年月を感じたのは、オリジナル盤のパッケージを空けたら、そのイヤフォンについていたスポンジが完全に劣化していたんですよね。
ボロボロになっていたという(笑)。

そうそう、僕が持っているのもそうなっていた(笑)。あの劣化すごいよね。

小山田:ああいうのから年月を感じましたね。

小山田君の持っているのもそうだったんだね。

小山田:すべてそうなっていると思いますよ。

それ聞いて安心した。自分の保存状態が悪いからそうなったのかと思ってた(笑)。

小山田:だから今回、タワーレコードとHMVで予約してくれた人に、特典でそのスポンジを付けたんだよね(笑)。

それはいいね。ところで当時、あのイヤフォンを付けたのは?

小山田:オマケというよりもメッセージ、イヤフォンやヘッドフォンで聴いてもらいたいという。

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バイノーラル録音できるハンディ型のマイクが売ってたんですよね。それを中原くんと一緒に買いに行ったんですよ。そのマイクをDATに繋いで、いろんな音を録っていって、その頃に"Mic Check"を作るんですよね。録ったものから効果的なものを並べて、チョイスしていったという感じです。


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なるほど。あらためて『ファンタズマ』は革命的なポップ・レコードだったと思うんだけど、1997年ってどんな時代だったと記憶している?

小山田:CDがいちばん売れていたのが97年、98年って言われてますよね。バブルははじけていたけど、音楽産業的にはピークだったみたい。

ちなみに、1996年がエイフェックス・ツインの『リチャード・D・ジェイムス・アルバム』やDJシャドウの『エンドトロデューシング』、で、『ファンタズマ』がリリースされた1997年は、ビョークの『ホモジェニック』やマウス・オン・マーズ『オーディオタッカー』とか。

小山田:ああ、なるほど。

で、翌年の1998年はトータスの『TNT』......という感じなんだよね。

小山田:ちょっと変わりますね。

そうだね。98年にはゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!も出てくるしね。まあ、当たり前だけど、作業しながら、いろいろ思い出したでしょう。

小山田:そう、思い出したし、多くのことを忘れていることに気がついた。けっこうここまで地続きで来ちゃっているというか、そんなに時間が経ってないような気がするんですよね。たとえば97年からさらに13年前となると、84年になるんですけど、そうなると中学や高校生のときで、そこから『ファンタズマ』までの自分のなかでの変化はすごく大きいんですよ。でも、『ファンタズマ』から現在まではそんなにやってることが変わっていないというか。年齢も歳を取るごとにスピードが速く感じるじゃないですか。だから振り返ってみるとすごく時間が経っているんですけど、意識としてはそんなに経っていない感じなんですよね。だけど、いまこうやって当時の話をすると覚えていないことがすごくあって、まったく記憶から抜けていることがあるんですね。それがびっくりしましたね。

たしかに、13年前なんて、昨日のことのように思うもんね。

小山田:そうですよね。

それでは当時を思い出しつつ、話をしてもらえたらと思うんですけど、『ファンタズマ』とはそもそもどこから手を付けたんですか?

小山田:......それもぜんぜん覚えていない(笑)。

ハハハハ。いちおう、歴史的には「エイフェックス・ツインとブライアン・ウィルソンとの出会い」ということがクリシェになっているんだけど、ただこの1枚のなかには到底そのふたつだけでは語れない、ものすごい情報量が入っているじゃない。その後の『ポイント』以降と比較しても、信じられないほどの情報量だよね。むしろ『ポイント』以降はどんどん抽象的になっていくからね。とにかく、あらためて驚くのは、このアルバムに詰め込まれた情報量だよね。

小山田:そうですね、そのピーク感みたいなのは感じますね。

その前作に当たる『96/69』にも、ヘヴィ・メタルとヒップホップがごっちゃになった感じがあるけど、『ファンタズマ』はまたそことも違うし。

小山田:『ファンタズマ』のほうが内省的ですよね。

すごくコンセプチュアルで、はじまりと終わりがしっかりできているし。

小山田:どこから手を付けたのかという話だけど、たぶんいちばん最初は、"Mic Check"からやった気がする。頭から順に曲を作っていったと思うんですけど......。

"Mic Check"からなんだー。

小山田:おそらく。

それは面白い。

小山田:昔、『ウゴウゴルーガ』というTV番組があって、なかに「音の博物館」というコーナーがあって、そこでムシが交尾する音とか、すごく増幅したような音を聴かせるコーナーを持っていた人がいて、藤原(和通)さんという音フェチのアーティストがやっていたんですけど。その人がバイノーラル録音できるハンディ型のマイクを作っていて、売ってたんですよね。それを中原(昌也)くんと一緒に買いに行ったんですよ。そのマイクをDATに繋いで、いろんな音を録っていって、その頃に"Mic Check"を作るんですよね。

それは興味深い話だね。"Mic Check"は名曲だと思っているんだけど、あの曲の最初の1分強のイントロの部分のものすごい細かいカットアップがあるじゃない。あれからドラムがが入るまでがすべてを物語っているように思っていて。

小山田:あれは......バイノーラル録音だから耳で聴いているのとすごく近い臨場感のある音が録れるんですよ。それで録ったものから効果的なものを並べて、チョイスしていったという感じです。立体録音を最初にやったヒューゴ・ズッカレリという人がいるんですけど、その人は自分の録音方法を明かしてなくて、僕のやり方とは違うんですけど、その人の録音したテープが、僕が高校生のときに売ってたんですよね。六本木WAVEの1階に。

へー、1階に。

小山田:1階にね、面白い音楽......じゃないな、なんかスピーカーが売っていたり、ヒョウタンで作ったスピーカーとか。

えー、何年?

小山田:僕が高校生ぐらいのときですよね。で、それを聴いたことがあって。それをヘッドフォンで聴いていると、実際に髪の毛切られたり、ドライヤーをかけられたりするのを感じるんですよ。それをよく覚えていて......ヒューゴ・ズッカレリはマイケル・ジャクソンもやっているし、"バッド"の後半かな、それからサイキックTVもやっていますよ。

"Mic Check"って『ファンタズマ』を象徴する1曲だと思うんだけど、やっぱ"Mic Check"が完成したことで、アルバム全体が見えましたか?

小山田:そこまでではないですよね。何曲かやってみてからですね。

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そのちょっと前ぐらいに境界線が崩壊していったような記憶があるんですよね。たとえば、この頃は砂原くんとよく遊んでいたんですけど、そのちょうど1年くらい前かな......、クアトロで中原君の暴力温泉芸者のライヴがあって、で、そのときにいろんな人が来ていて、そこで僕は初めて砂原くんと喋ったんですよね。


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いまではロック・バンドがエレクトロニクスを使うことは当たり前になったけど、当時はまだそれがすごく冒険的だったでしょ。

小山田:いや、そんなことはない。すでにたくさんいたと思いますけどね。

誰がいたっけ?

小山田:YMOとか。

だってそれはテクノでしょ(笑)。

小山田:バンドじゃないですか。

まあ、70年代はね、他にもいろいろと。

小山田:電子音楽とロックって、70年代からじゃないですか。

でも、97年と言えば、レディオヘッドの『キッドA』よりも3年前だし、当時はロック/ポップス系ではビョークがエレクトロニカ(IDMスタイル)を取り入れた『ホモジェニック』を出して話題になったくらいだったし。コーネリアスがよくいっしょにライヴをやっていたバッファロー・ドーターもエレクトロニクスを導入したのが早かったように記憶しているんだけど、ロック・バンドって、けっこうまだグランジ系の名残みたいなのもの多かったし、テクノを嫌いなバンドも多かったし。

小山田:でもコーネリアスってバンドじゃないし(笑)。あと、フリッパーズの3枚目がけっこうサンプリング使ってたから。

まあ、そうか。自分のなかではとくに飛躍したという感覚はないんですね?

小山田:とくに変わったとは思わなかったですけど、自分がいままで目指していたけど到達できなかったというか、わりと自分が納得できる完成度までいったという感触はあったと思うけど。

さっき曲順に作っていったと言ってたけど......。

小山田:全部じゃないけど、ほとんど曲順ですね。これ、曲がシームレスに繋がっているんですけど、"Mic Check"からはじまって、そのエンディングから「では、次はどうなるんだろう?」ということで作っていった。そう、そういう作り方をしていったんだと思います。

"2010"みたいなブレイクコアや"Star Fruits Surf Rider"のサビに関してはエイフェックス・ツインからの影響とよく言われているんだけど、それは当たっている?

小山田:そうですね。エイフェックス・ツインはもちろんですけど、あとドラムンベースですね。リズムであったり。

あの当時、ロック・バンド......いや、バンドじゃないんだけど、ロック文化とテクノのあいだにはいまよりもずっと距離があったと思うんだよね。

小山田:そうですかね。そのちょっと前ぐらいに境界線が崩壊していったような記憶があるんですよね。たとえば、この頃は砂原くんとよく遊んでいたんですけど、そのちょうど1年くらい前かな......、クアトロで中原くんの暴力温泉芸者のライヴがあって、で、そのときにいろんな人が来ていて、そこで僕は初めて砂原くんと喋ったんですよね。

へー。

小山田:面識はあったんだけど、ゆっくり話したのは初めてでしたね。で、その頃にいろんなジャンルの境界線が崩壊していくのを感じたんですけどね。

ただ、前例のないことをやろうとしていたわけでしょ?

小山田:まあ......。

たとえば"Star Fruits Surf Rider"のシングルは2枚同時発売で、同時ミックスすると1曲になるというアイデアだったり。

小山田:あれはね、「できない」と言われました(笑)。当時はまだ、8センチ・サイズの短冊形のシングルがあったでしょ。もうほとんどマキシ・シングルに移行しつつある時期だったんだけど、あれに2枚入れて、「2台のコンポで同時に鳴らしてください」としたかったんだけど、「できない」と。

ハハハハ。ちなみに"Star Fruits Surf Rider"は当時、USとUKでシングル・カットされているんだけど、UKでは次に"Free Fall"がシングル・カットされているんだよね。

小山田:あー、そうか。

で、意外だったのが、"Chapter 8"がUSとUKとドイツでシングルになっているんだよね。

小山田:そうですよね。

リリースに脈絡がないというかね、国や担当者によって、好みの曲がすごくバラバラだったんじゃないかなと。

小山田:そうなんですよ。日本で出すときは担当者と話して、「じゃあ、これを出しましょう」という流れで決めていたんですけど、『ファンタズマ』は初めての海外だったし、コミュニケーションがぜんぜん取れてなくて、「Free Fall」もできた盤がいきなり送られてきたりして、「え? これですか?」みたいな(笑)。ジャケットも向こうで勝手にデザインされていて、けっこうびっくりしてましたね。まあ、向こうなりの考えがあって出していたと思うんですけど、それはこっちとぜんぜん違う感じでしたよね。

とくに"Chapter 8"なんかは、"Star Fruits Surf Rider"とはぜんぜん違う傾向の曲だし。

小山田:そうですよね。

レーベルのほうでも『ファンタズマ』をどう売っていけばいいのか迷っている感じがあって面白いんですけど、〈マタドール〉との契約はどうやって決まったんですか? 向こうから?

小山田:そうです。

〈マタドール〉は、すでにピチカート・ファイヴを出していたんだっけ?

小山田:ギター・ウルフも出してましたね。〈マタドール〉は日本のバンドをけっこうチェックしてたんじゃないですか。『ファンタズマ』で海外ツアーに行ったときも、日本の音楽が流行っていましたからね。向こうの人が日本という国を発見したというか。

バッファロー・ドーターもそうだったし。

小山田:チボマットとか、うちの奥さん(嶺川貴子)もそうだったし。

少年ナイフとか。

小山田:少年ナイフはもうちょっと前だね。

ボアダムスや中原昌也もそうだよね。

小山田:まりんもヨーロッパでDJやっているし。ちょうど90年代後半は、渋谷にはレコード屋さんがたくさんあって、海外の人が渋谷にレコードを買いに来るような時代だったでしょ。同時に日本のポップ・カルチャーが注目されていた時代だったと思うんですよね。

そうだったね。当時、とくにリアクションが面白かった国はどこですか?

小山田:会場単位ではあるんですけど、国という単位ではすぐに思い出せないんですよね。まあ、でもこの頃はイギリスが大きかったですね。アメリカよりもイギリスでしたね。ヨーロッパのなかでもイギリスがいちばん大きかったです。

ツアーも最初はイギリスからだったの?

小山田:最初はテキサス。サウス・バイ・サウス・ウェストで〈マタドール〉のショーケースがあって、そのあとヨーロッパ・ツアー、最初がオランダだった気がする。イギリスはかなり細かく回ったんですよね。最初に話題になったのはイギリスだったんじゃないのかな。

それは僕も記憶しているかな。最初はロンドンの友人から知らされたし、『ファンタズマ』は98年の『WIRE』誌の年間チャートにも入っているからね。ただこの頃は、作っているときに海外のリスナーに届けようなんていう気持ちはなかったわけでしょ?

小山田:ぜんぜん......とくになかったですね。

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何かが終わっていくような感覚はすごく出ていると思うんですよね。20世紀が終わっていく感じや、作品のなかのものすごい情報量に関しても、その当時の街の雰囲気からの影響が関係していると思うし。当時の僕は、毎日毎日渋谷に行ってレコードを買っていた。そういったことすべてに影響されていると思うし。


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あらためて聴いてみると、"Clash"みたいな歌モノというか、ああいう曲がまた面白いんですけど、それこそ『ポイント』以降は作っていないタイプの曲でしょ?

小山田:そうかもしれないですね。

"Clash"というのは、ジョー・ストラマーのクラッシュのこと?

小山田:まあ、それにもかけている......みたいな感じかな。

ハハハハ。『ファンタズマ』という作品のなかに"Clash"という曲が収録されているのが、なんだか倒錯している感じに思えたんだけど、なぜ当時、よりによってこの作品で"Clash"とか"ミック・ジョーンズ"という言葉を歌ったの?

小山田:なぜでしょうね? いや~。

そこに『ファンタズマ』の秘密があるんじゃないかと思っているんですけどね(笑)。

小山田:ぜんぜんクラッシュっぽい曲じゃないし。

それがひとつ、『ファンタズマ』の立脚点を表している気がして、ついつい深読みしたくなるんだけどね。

小山田:んー、なんかその、組み合わせが面白いと思ったのかな。

話が逸れるんだけど、いま、英米のロック・ジャーナリズムのあいだでエスケイピズム論争というのが起きているのね。僕はけっこう好きになって追いかけているUSインディの動きでチルウェイヴっていうのがあってね、シューゲイザーと80年代ディスコを組み合わせたような宅録の音楽なんだけど、「その音楽は逃避的である」と、「何も言っていないじゃないか」と、そういう批判があるいっぽうで、「逃避的で何が悪い」という意見とかいろいろあって、とにかく熱くなっているんだよね。で、そのエスケイピズムの音楽の流れを作ったバンドのひとつがアニマル・コレクティヴとなっていて、アニマル・コレクティヴの音楽はたしかにファンタジーなんだけど、それが出るもっと前には『ファンタズマ』があったと思ったんだよね。

小山田:最初じゃないけどね。

最初じゃないけど、アニマル・コレクティヴよりも前にそれをやっているでしょ。

小山田:『ファンタズマ』というタイトルが付いているぐらいだから、ファンタジーという意味ではそうだけど......、まあ、ファンタジー的なものだとは思うんですけど、いまあらためて聴いたときに、たしかに当時の社会状況を意識して作っていたわけじゃないんですけど、その当時の社会の雰囲気は作品に残ってしまっていると思うんですよね。「歌は世につれ~」じゃないけど、作品は社会と無縁ではいられないと思うんですよね。

あらためてそこを感じる箇所っていうのはある?

小山田:パッケージをふくめ、すべては当時にしか作れなかったモノなんですけど、内容的にも、何かが終わっていくような感覚はすごく出ていると思うんですよね。20世紀が終わっていく感じや、作品のなかのものすごい情報量に関しても、その当時の街の雰囲気からの影響が関係していると思うし。当時の僕は、毎日毎日渋谷に行ってレコードを買っていた。そういったことすべてに影響されていると思うし。

なるほど。

小山田:その時代を生きている以上は、社会をまったく切り離して音楽だけを作ることはできないと思いますね。だから、どんなにファンタジー的なものを作ろうとしても、作品にはそういった社会からの影響が反映されてしまうんだなということを、あらためていま思いますけどね。

なるほど。ある意味では『ファンタズマ』はすごくエモーショナルな作品でもあると思うんですよね。しかもどちらかと言えばセンチメンタルな作品だと思うんですけど、"Clash"もそうだけど、"God Only Knows"とか、それこそ"Mic Check"からしてそういう感覚があるでしょう。"Star Fruits Surf Rider"のようなロマンティックな曲にもセンチメンタルな感じがあるし。

小山田:うん、全体的なトーンはそんな感じがしますね。

で、そのいっぽうでは、"Free Fall"や"Monkey"や"2010"のような躁状態の曲もあるんだよね。すごく分裂的な内容になっているというか。何なんですかね?

小山田:何なんでしょうね(笑)。躁状態の曲が突然出てくるし、でも、全体の印象は感傷的ですよね。ただ、作っているときは自分を客観的に観れないんですよ。時間経って、初めて、客観的にそう思える。

『ポイント』や『センシュアス』って見事にコントロールされている作品だと思うんだけど、『ファンタズマ』は制御できずに壊れている感じもあるでしょう。しかも、最後の"Thank You For The Music"で、おちゃらけている。僕のバカな夢につき合ってくれてありがとう、バイバイみたいな。このおちゃらけ方がアルバムの感傷性を隠しているように思ったんだよね。リスナーを最後にきてまた騙しているというか。

小山田:うーん。

ホントのところはどうなんですか(笑)?

小山田:どうなんでしょうね。ま、クセみたいなものかな。

ハハハハ。

小山田:わかんないですけど(笑)。まず、入口があって出口がある作品にしたかったんですよね。現実から別世界に行って、どうやって現実に戻ってくるかみたいな......その落とし方というんですかね。

一瞬、素顔を見せておいて、最後に仮面を被って去るって感じじゃないんだ(笑)?

小山田:どうでしょう(笑)。ただ、これはすごくCDらしい作りだなと思いますけどね。いまはもう、コンピュータに取り込んで断片的に音楽を聴くじゃないですか。それ以前のアナログ盤の時代はレコードをひっくり返すという作業があったじゃないですか。レコードはそれに合った作りをしていたと思うんですけど、『ファンタズマ』はCDらしいCDですよね。実際、自分でもCDウォークマンで聴いていた気がするんですよね。

そうだね。ただ、全体の尺は45分くらいでレコード時間なんだよね。それぐらいがアルバムを聴くのに良い時間だよね。そういえば、未発表やリミックスを収録したもう1枚のCDがあるじゃない。その最後に入っている常磐響のリミックスが最高だったね(笑)。

小山田:ハハハハ、あれはね、彼が自分でぜんぶ喋っている。

へー、さすがだね。あの常磐響のミックスが極端な例なんだけど、小山田くんは自分のやっていることを自分で相対化するのが好きだよね。

小山田:好きなのかな。でも過去の自分と向き合うっていうのは、けっこう辛いですよ。辛い作業でもありますよ。過去の自分の写真、動いている映像を観るのは......けっこう、辛いです。

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サンプリング・コーラジュみたいなことをずいぶんやっているんですよね。海外盤を出すときに使用料は払いましたけど、いま同じことをやったら莫大な金額になってしまう。わりとざっくりしたサンプリングを使えた最後の時代の作品かもしれない。お金ない人がクリエイティヴなサンプリングを使って面白いことをやるっていうのはもう、90年代末からできなくなってしまいましたよね。


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話変わるけど、『ファンタズマ』ってブラジル盤も出ているんだよね。

小山田:出ている。ブラジルの人いましたよ。担当の人が。その人はいまでも毎年クリスマスになるとミックスCDみたいなのを作って送ってくれる。

素晴らしい人ですね。

小山田:ブラジルのディストリビューションやっている人ですね。

ちなみに『ポイント』はメキシコ盤があるんだよね。

小山田:『センシュアス』もメキシコ盤があるんですよ。いまでもメキシコの人からメールが来ますよ。『センシュアス』はアメリカの契約が西海岸のレーベルだったこともあって、近いじゃないですか、メキシコと。フェスをやると、メキシコからもお客さんがたくさん来るんですよ。

意外とラテン受けしているのかね。

小山田:彼らにとっても地球の裏側の音楽だから、よほど変な風に聴こえているかもね。こっちがブラジルのサイケを面白がっているように......。

そうとうエキゾティックに聴こえるんだろうね。

小山田:カエターノ・ヴェローゾの息子のモレーノ、その人まわりにカシンって人がいて、アート・リンゼーなんかといっしょにやっている人なんですけど、後に仲良くなるんですけど、その人なんかは当時ブラジルで『ファンタズマ』をよく聴いていたって言ってましたね。

実際、『ファンタズマ』にはブラジル音楽の要素もあるしね。

小山田:当時は、ムタンチスとか好きでしたね。

なるほどね。

小山田:再評価されてたでしょ。

そうだったね。カエターノ・ヴェローゾにもサイケな作品があるしね。

小山田:カエターノのサイケな作品もよく聴いてましたね。

それで『ポイント』に"ブラジル"という曲が入るんだ。

小山田:いや、あれはたまたまです。

さっきも言いましたが、『ポイント』以降は、どんどん抽象化の方向に進むでしょう。『センシュアス』になるとほとんどテクノというか、たとえば"Gum"みたいな曲と"Free Fall"を聴きくらべるとよくわかるというか、ホントに断片化されているなって思うんですけど。

小山田:でも、『センシュアス』に入っている"Music"なんかは普通に歌モノですよ。歌も好きなんで、そういうのもやりたいとは思っているんですけどね。

『センシュアス』へと続く方向性の発端は『ファンタズマ』なわけですよね。

小山田:そうと言えばそうだけど、でも、作り方が違いますね。『ファンタズマ』のときはレイヤーを重ねていく感じの作り方だったけど......『ファンタズマ』はまだサンプリングしているし、サンプリング・コーラジュみたいなことをずいぶんやっているんですよね。海外盤を出すときに使用料は払いましたけど、いま同じことをやったら莫大な金額になってしまう。当時はDJシャドウみたいな人がいたけど、それより先はアクフェンみたいにもっともっと細かくサンプリングしていくか、あるいはもうサンプリングはしない方向性になっていくじゃないですか。だから、わりとざっくりしたサンプリングを使えた最後の時代の作品かもしれない。

あのざっくりしたサンプリングの良さってあるからね。

小山田:その良さはあるけれど、いまはもう作れない。お金持ってる人が超大ネタ使ってやるっていうのはあるけど。そのまんま使って、歌入れてラップ入れてヒットさせるとか......。でも、お金ない人がクリエイティヴなサンプリングを使って面白いことをやるっていうのはもう、90年代末からできなくなってしまいましたよね。その代わりにティンバランドみたいな面白い打ち込みで作る人が出てくるんですけど。

たしかにそうだったね。

小山田:それと......『ファンタズマ』の頃はまだ商業スタジオで録音していたんですよ。『ポイント』からは自分のスタジオで録音しているんですけど。

外のスタジオを借りて『ファンタズマ』を作っていたというのもすごいね。

小山田:スタジオ代って高いじゃないですか。だから、たぶん『ファンタズマ』は2~3ヶ月で作っているんですよね。『ポイント』はもっと長くスタジオに居られたんだけど......。あの当時はまだ若かったし、毎日のように朝まで徹夜してましたね。『ポイント』からはもう、徹夜できなくなりましたけどね(笑)。

Squarepusher - ele-king

 架空のバンドによる演奏をコンセプトに、フュージョンやプログレ的フレイバー溢れる複雑で高度なソング・ライティングを見せた2008年の『ジャスト・ア・スーベニア』、自身の6弦ベースによるワンマン即興演奏を収録した2009年の『ソロ・エレクトリックベース1』......これら近年のディスコグラフィーからも伺えるが、スクエアプッシャーことトム・ジェンキンソンの音楽的関心は、段階を経ながらよりフィジカルでオーセンティックなスタイルに向かっているように思える。今回はついに、満を持して結成されたトム自身によるリーダー・バンドの処女作が届けられたというわけだ。

 ショバリーダー・ワン(Shobaleader One)はトムがベースとヴォーカル(ヴォコーダーによる)を担当、それにツイン・ギター、キーボード、ドラムを加えた5人組編成のバンドである。『ジャスト・ア・スーベニア』制作時に夢想した「クレイジーで美しいロック・バンド」のある意味具現化であり、トム自身も「恐ろしいほど優れた名プレイヤー」と賛辞を惜しまない凄腕のミュージシャンを集めたということで、彼の持ち味である超絶技巧的なサウンド・プログラミングが生演奏で具現化されたりするのかな? と安易なことを考えたりもしていたが、実際には予想の斜め上をいくような作品だった。言うなれば、今作はスクエアプッシャー流のポップ・ソングブックである。
 『ジャスト・ア・スーベニア』では速いパッセージのフレーズや一聴しただけでは口ずさむことも困難な複雑なフレージングが頻出したの対して、今作での楽曲構造はいままでと比べてグッとシンプルになり、何より全編を通してトム自身によるヴォーカルがフィーチャーされている。ヴォコーダーで変調こそされているが、スクエアプッシャーが歌モノのアルバムを作ったという事実も特筆すべきだろう。
 
 驚きのいっぽうで、戸惑いを隠せない部分もあった。ファンク、R&B、AOR、ロックと、さざまなな書法のアプローチを駆使して作られた楽曲群は、メンバーの演奏能力の高さと相まって、相当ウェルメイドなものに仕上がっている。だが、ある意味でウェルメイドがゆえというか、トム自身が成熟しすぎたからなのか、楽曲からどこかオヤジ臭さのようなモノを感じている自分もいる。4曲目に収録されている"Frisco Wave"がとくに顕著で、パット・メセニーでも聴いているかのように心地よいイージー・リスニングなのだが、言い方をかえるとラジオの交通情報のバックで流れていても何の違和感もないような曲でもある。僕自身が初めてスクエアプッシャーに触れた時期が思春期の盛りだったということが問題なのだろうか、やはりスクエアプッシャーの音楽にはある種のささくれだった感覚や破壊衝動のようなものを感じたいという気持ちがある。ツーバスでドカドカ鳴らすメタル的なアプローチをしている9曲目の"Maximum Planck"にしても、とにかく"良くできている"という点のみが前に立ってしまって、どうも心の底から熱狂することができないでいるのだ。
 この音楽が格好良いか格好悪いかと問われれば、格好良い音楽だと答えるだろう。が、「トム、もう落ち着いてしまったのか?」とでも言いたくなるような複雑な気持ちもある。トムが自らのソング・ライティングのスキルに、ある意味で溺れてしまったのではないか? という疑念も拭えずにいる。とはいえ、ショバリーダー・ワンはフィジカルなバンド・プロジェクトなわけで、やはりそのライヴ・パフォーマンスがどんなものになるのかは期待したいと思っている。そのときには、僕がいま抱えているモヤモヤしたものが払拭されるのではないだろうか、という予感もあるし......。

瀬尾リンタロウ(探心音) - ele-king

探心音クラシックス


1
Floating Points - Shark Chase - EGLO

2
Blagger - Strange Behavior (Dj Koze aka Swahimi Remix) - Perspectiv

3
DJ Sprinkles - Masturjakor Dub - mule musiq

4
Khixbrrr - Fairies - Northern General

5
OZKA - Intel Dub - Mowar

6
Cultural Vibes - Ma foom Bey - Easy Street

7
Namlook - Subharmonic Atoms - Macro

8
Four Tet - Love Cry - Domino

9
Blackalicious - Make You Feel That Way - MCA

10
Monty Alexander - Monticello - MPS
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159