「P」と一致するもの

interview with NIIA - ele-king

みんな同じ曲を歌っているのに全然聞こえ方が違っていた。ジャズでは自分自身のオーセンティックなサウンドが求められることにすごく惹かれた。

 昨今のジャズにおいて新世代のミュージシャンの活躍が目覚ましいところがある。そのなかでジャズ・ヴォーカルという分野に関して、アメリカの女性ジャズ・シンガーに限ってみると、2000年代半ばから2010年代にかけてエスペランサ・スポルディング、グレッチェン・パーラト、チャイナ・モーゼス、ベッカ・スティーヴンス、サラ・ガザレク、サラ・エリザベス・チャールズ、セシル・マクロリン・サルヴァントなどが登場し、新たな時代を築いてきた。近年でもグラミー賞を受賞したサマラ・ジョイのような新星が話題となっているが、この度インタヴューを通して紹介するナイアは、サマラのような伝統的なジャズ・シンガーとは異なるタイプのシンガーである。ナイアの本名はナイア・ベルティーノで、1988年にマサチューセッツ州で生まれた。母親はイタリア出身のピアニスト、祖母はオペラ歌手という音楽一家出身で、ニューヨークのニュー・スクール大学でジャズ・ヴォーカルを専攻している(学歴的には中退)。

 しかし、彼女は一般的なジャズ・シンガーの道を進まなかった。2017年のファ-スト・アルバムと2019年のセカンド・アルバムは、クアドロンやライで活躍してきたロビン・ハンニバルがプロデュースし、どちらかと言えばオルタナティヴR&B的な内容だった。もちろん下地としてジャズ・ヴォーカルもあるのだが、それよりももっとコンテンポラリーでポップ寄りのアルバムだったと言える。その後、2022年の3枚目のアルバム『OFFAIR:Mouthful of Salt』はアンビエントな作品集で、2023年の『Bobby Deerfield』はR&B、ポップス、フォーク、ロックなどが融合したシンガー・ソングライター的なアルバムと、作品ごとに表情を変えてきた。いずれにしても、過去の4枚のアルバムはジャズ・ヴォーカルと括るには難しいものだった。


NIIA
V

Candid / Silent Trade

JazzPopR&B

Amazon Tower HMV disk union

 そんなナイアが通算5枚目となるニュー・アルバム『V』をリリースした。驚くべきことは、リリース元が1960年創設のジャズの老舗レーベルである〈キャンディッド〉からということだ。これまでのナイアのイメージと〈キャンディッド〉は全く結びつかないのだが、ナイア自身は決して〈キャンディッド〉のレーベル・カラーに寄せているわけではない。今回のアルバムはいままでに増してジャズの要素が強くなってはいるが、これまで彼女がキャリアのなかで培ったいろいろな音楽的要素も結びつけられたオルタナティヴなものだ。ジャズのスタンダード・ナンバーである “Angel Eyes” も歌っているが、ナイアによればこれは「パンク/ゴス・ジャズ」とのこと。一般的なジャズのイメージを破壊し、新たなジャズの世界を創造する気概に溢れたアルバムである。

みんな「彼女はR&Bだ」「ジャズだ」と言いがちだけど、最高のアーティストというのは、ジャンルの間を変化しながら渡り歩いていける人だと思う。

まずプロフィールから伺います。アメリカ生まれのあなたの母親はイタリア出身で、祖母はオペラ歌手をしていたそうですね。ニュー・スクール大学ではジャズ・ヴォーカルを専攻していたそうですが、お祖母様に倣ってオペラやクラシックの声楽からの影響もあるのでしょうか?

ナイア(以下N):ええ、母がクラシックのピアニストだったから、クラシックやオペラをたくさん聴いて育った。おばもみんなピアノかオペラをやっていたから、私も子どもの頃にオペラをやってみたけど、ものすごく難しかった!(苦笑)……声はなかなか良かったからオペラも歌えるんじゃないかと思っていたけど、できなかった。求められるスキルの種類がまったく違うからね。でも子どもの頃から音楽は大好きだったし、オペラやクラシックから影響を受けていたのは間違いない。その感情表現の仕方にね。歌手たちの表現の豊かさに心から惹かれていた。クラシック音楽はとてもムーディでドラマティックだからね。ジャズに恋に落ちたときも同じで、ジャズの歌唱の何かが、特にスタンダードのときは感じさせるものがある。それもあってジャズに転向したんだけど、オペラとクラシックは私が聴いて育ってきた音楽。初めて好きになった音楽ね。

音楽一家らしいいきさつですね。そのオペラとクラシックの感情表現をジャズに活かしているのだと思いますが、ジャズ・シンガーではどんな人から影響を受けましたか?

N:そうね……私はクラシック・ピアノをやっていて、母が最初の先生だったんだけど、あまりうまくいかなかった。というのも、いつも楽譜に載っていないものばかり弾いていたから。それで母がジャズ・ピアノを習わせてくれた。ジャズ・ピアノだったらインプロヴァイズできるし、もっと自由に弾いていいからね。ジャズ・ピアノの先生は弾きながら歌わせる人で、こう言われた。「ナイアはなかなかいいピアノ・プレイヤーだけど、シンガーとしてはものすごくいい」って。それで歌いはじめたんだけど、小さい頃の私はとてもシャイだったから、独りのときに歌っていた。母がサラ・ヴォーンのレコードをくれてね。サラ・ヴォーンは低音でメロウな美しい声の持ち主で、私もダークで低い声だから、彼女の声が大好きになった。そこからいろんなヴォーカリストに夢中になった。エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ、ニーナ・シモン……何が私にとってクレイジーだったかって、みんな同じ曲を歌っているのに……みんないわゆる「アメリカン・ソングブック」って呼ばれるアメリカで親しまれている曲の数々を歌っているのに、全然聞こえ方が違っていたことだった。ジャズでは自分自身のオーセンティックなサウンドが求められることにすごく惹かれた。ジャズにのめり込むきっかけになったのはサラ・ヴォーンの声だったと言える。

ニュー・スクールに学ぶためにニューヨークに来て、その後ワイクレフ・ジーンと一緒に仕事をするなど、ヒップホップやR&Bなどの影響もあり、ジャズというよりも一般的なポップ・ミュージックの分野でキャリアを積んでいきます。それからいまも住んでいるロサンゼルスに移り、2017年に発表したファースト・アルバムは、クアドロンやライで活躍してきたロビン・ハンニバルのプロデュースによるオルタナティヴR&B的な内容でした。セカンド・アルバムも彼がプロデュースしていますが、この頃の活動を振り返ってみていかがですか? ジャズとはかなりかけ離れた活動だったと思うのですが。

N:ジャズについてみんなが忘れがちなのは、それがブルースやソウル、それから本当にたくさんのものに由来しているってことだと思う。私が若かった頃は若者の間でいまほどジャズの人気が高くなくてね。ワイクリフに出会って……ほら、ジャズとヒップホップってずっとペアだったでしょう? ジャズのレコードをサンプリングするヒップホップ・アーティストも多いし。私はジャズを知っていたから、それで気に入ってもらえたんだと思う。音楽業界ではトレンドを把握しておくことが大事だって言われるけど、私は純粋主義者たちが気に入るような音楽をやりたいっていう確信があったのね。R&Bもソウル・ミュージックも大好きだし、私の声はR&Bのプロダクションに合っている感じだからね。ただ、あの頃の私の音楽はR&Bやポップ寄りだったかもしれないけど、音は昔から何となくジャズっぽかった。そんな私がR&Bのアーティストたちと比較されるのは興味深いものがあった。だってSZAとか、ほかの女の子たちみたいな音作りをしたことがなかったから。音楽は同じような感じだったけどね。自分の昔の音楽はとても気に入っている。自分のスタート地点や、当時周りから受けていた影響が見えるからね。ロビンは私がちゃんと自分に正直な音作りをできるようにするのがとても巧かった。
 アルバムの枚数を重ねるにつれて、私はより多くの要素を忍び込ませるようになっていった。必ずしもジャズではなかったけど、音楽性という意味でね。生楽器を増やしたり、ストリングスのアレンジだったり。いつも「私の目標は音楽を忍び込ませること」と言っている。いまはジャズもエクスペリメンタルになったし、アンビエント・ジャズの人気も上がっているし、ハッピー。素晴らしいこと。伝統的なジャズからエクスペリメンタルなジャズまで追求できるんだなって。R&Bやブルースは勉強したものという感じね。まだ20代前半と若かったし、たくさんの人が聴いているものにより傾いていたんだと思う。

通訳:おっしゃるとおり、ジャズやR&Bやブルースはきょうだいみたいなものなのかもしれませんね。ヒップホップもそうですし、あなたがR&Bやブルースに溶け込んでいったのも自然な流れだったのかも。

N:そうね。自分が何らかのジャンルに当てはまっている気はまったくしないんだけどね。それはいいことでもあり、悪いことでもある。みんな「彼女はR&Bだ」「ジャズだ」と言いがちだけど、最高のアーティストというのは、ジャンルの間を変化しながら渡り歩いていける人だと思う。いろんな要素を引っ張ってきて。

その後、2022年に発表した3枚目のアルバム『OFFAIR:Mouthful of Salt』はアンビエントな作品集で、新たな世界へ挑戦しています。また、ハープ奏者のブランディ・ヤンガーとコラボして、いままでになくジャズへ接近したアルバムと言えます。一方、2023年の『Bobby Deerfield』は、R&B、ポップス、フォーク、ロックなどが融合したシンガー・ソングライター的なアルバムで、ジョニ・ミッチェルやファイストなどに近い印象でした。このアルバムはロック畑のジョナサン・ウィルソンのプロデュースでしたが、あなたの音楽は作品ごとにいろいろな変化が感じられます。こうした変遷について振り返ってみていかがですか?

N:私が初期に学んだことは……私は家族に音楽家が多くて、しかもその多くは自分がすべてを知り尽くしているような気になっていたのね。でも音楽のすべてを知り尽くしている気になってしまったら最後、そこでキャリアがストップしてしまうと思う。私はつねに成長し、学ぼうとしている。コラボすることは私にとってとても大切なこと。例えばジョナサン・ウィルソンは間違いなくもっとアメリカーナ寄りで、エンジェル・オルセンやファーザー・ジョン・ミスティを手がけてきたけど、つまるところは信じられないくらい素晴らしいソングライターよ。私にとってはそれこそが私の音楽に純粋に合う点。いろんな人と組んで、そこから何かを得ようとするのは大切なことだと思っている。『Bobby Deerfield』にしても、私はジョニ・ミッチェルもフォーク・ギターも大好きだけど、そのまま取り入れたんじゃいい音にはならなかったと思う。私の声はジャズ・ギターほどアコースティック・ギターには合わない。ときには違う楽器編成を試してみたり、いろんな人と仕事してみたりするのもいいことだと思う。何が自分にとってうまくいって何がうまくいかないかがわかるし。そうやって模索していくのはすごく楽しいことだと思う。
『Bobby Deerfield』の頃に、ハリウッドのローレル・キャニオンに引っ越した。ジョニ・ミッチェルが住んでいたことがある場所。ジャジーなフォーク・アーティストになりきりたかったんだと思う。まぁ、ベストの音ではないかもしれないけど(笑)、学ぶのはいいこと。アーティストとしてはいろんなスタイルやものにトライし続けることが大事だしね。そんななかで、変わらずコアなものがいくつかある点は気に入っている。それは私の声とソングライティング。

私はヴィジュアル的にもジャズが大胆不敵でイケてるって感じにして境界線を押し広げたかった。安全で伝統的なだけじゃなくて、ある意味ちょっとハードコアにもなれるものだってね。

最新作『V』は1960年創設のジャズの老舗レーベルである〈キャンディッド〉からのリリースです。ただ1964年の経営危機以降は新録がなく、昔のカタログをライセンスして再発するなどしていたのですが、2024年頃からようやく新録がはじまりました。これまでのあなたのキャリアからすると意外な結びつきですが、どのようにして〈キャンディッド〉からリリースすることになったのでしょう?

N:私は昔から、最終的には伝統的なジャズを歌う人になりたいっていう気持ちが強い。〈ヴァーヴ〉や〈ブルーノート〉といったレーベルもあるし、〈キャンディッド〉はレガシー的な老舗レーベルだけど、若手アーティストたちがジャズの自分たちなりのヴァージョンを作りはじめていることに気づいたんだと思う。それで、すでに知られているアーティストだけじゃなくて、新しいアーティストで「競争」したいと考えたみたい。いまの音楽業界の情勢のなかで話題に入りたかったというか。それでリスクを冒して私を採ってくれてラッキーだった。今日のジャズの姿を切り拓いていく、新しいメンツのひとりだと思ってくれた。感謝している。彼らにはヴィジョンがある。ジャズはときに悪い意味で言及されてしまうことがあって、すごく伝統的なジャズか、極端にインストゥルメンタルかどっちかという感じで、ヴォーカリストがその間を渡り歩くことができないきらいがある。スタンダードや伝統的なスウィングを歌うか、サンダーキャットやロバート・グラスパー、フライング・ロータスみたいな、すごく現代的で実験的なものをやるかどっちか。そんななかで、私は単なる懐古趣味的なジャズを作るのは嫌だった。モダン・ジャズを作る道を見いだしたいと思って。2025年にジャズ・アーティストでいるということはどんなものなのか。そのリスクをキャンディッドは冒してくれた。信じてくれてハッピー。

通訳:子ども時代の経験から伝統的なジャズにも造詣が深いあなたですから、未来的なジャズへの架け橋にもなっているのではないでしょうか。

N:まったくその通りね。歳を重ねたら絶対にジャズ・スタンダード・アルバムを作るつもり。スタンダードを歌うのは大好きだしね。ただ、準備ができていない。だからいまは引き続き、自分にとってのジャズを模索しながら、そう思えるものを作っていくつもり。古いアルバムのような感触を得られるものをね。

〈キャンディッド〉からのリリースですが、『V』は一般的なジャズ・ヴォーカル・アルバムとは大きく異なります。今回のプロデュースはスペンサー・ゾーンとローレンス・ロスマンというこれまでとも異なる人たちが行っていますが、彼らを起用した理由を教えてください。

N:ローレンスとはしばらく前からの知り合いで、彼は何でもできるけど、アメリカーナやロック、ポップス界の色が強いね。彼もまた素晴らしいソングライター。彼が「ナイア、そろそろジャズ・アルバムを作ることを考えるべきだと思うよ」と言ってくれて。それで、いろんなミュージシャンを連れてきてくれた。今回はとにかくプレーヤーありきな作品にしたかったし、みんなでひとつになって何かを作り出したかった。スペンサーと私はある曲に別々に参加したことがあって。その曲がとてもスペシャルなものになって、ローレンスに「君もスペンサーと組むべきかもね」なんて言ってもらえた。スペンサーとはたくさん曲を作って、そのなかからいままでやってきたものとしっくり合うものをピックアップした。スペンサーも素晴らしいアーティストで、ベース・プレーヤーでもあり、強いコネクションを感じた。バンドでありながらも声やアーティストの存在感がちゃんとあるものにするにはどうすればいいか、というヴィジョンを見てくれたんだと思う。ふたりには感謝している。たくさんのことを学んだし、私がやりたかったものを高めてくれたという気がしている。それに自分の作った音楽に自分らしさを感じられるのはいつだっていいこと。自分っぽい音がするし、自分っぽいなって感じられるからね。

そのほかにアンナ・バタース、ニコール・マッケイヴといったロサンゼルスの若く才能溢れる女性ジャズ・ミュージシャンも参加しています。普段からこういったプレーヤーたちとは共演して、女性ジャズ・ミュージシャンのコミュニティ的なものがあるのでしょうか?

N:ふたりともそれぞれ自分たちのことをやっているからね。……みんな独自のキャリアを持っているのが素晴らしいと思う。アンナもニコールもすごくうまくいっているけど、私が彼女たちを必要としているときにはいてくれた。ジャズのなかで小さなコミュニティができつつあるのは素晴らしいことだと思う。あと、私はできるだけ女性プレーヤーを見つけようとしていて。男性が優勢な分野であることは間違いないからね。女性ヴォーカリストがたくさんいるのは確かだけど、楽器をやる女性も続々出てきているって喜んで報告できる。私はラッキー。あんなに素晴らしいプレーヤーたちと、今回のアルバムを作ることができたんだから。

『Bobby Deerfield』にあったエレクトロ・ソウル、テクノ・ポップ的な作品を継承していて、“Throw My Head Out The Window”はハウス・ミュージック的な要素がありますし、“Pianos and Great Danes”はブロークンビーツ調だったりと、クラブ・サウンドをかなり意識した印象です。これら作品はどんなイメージで作られたのですか?

N:私はバラードが大好きだから、いつもスローなものに走る傾向があるのよね。今回自分自身に課したチャレンジとしては、特にその2曲に関しては、能動的なリスニングをすることだった。もっとエネルギーが感じられて、テンポが速くて、ドラムンベースみたいなアグレッシヴな要素があって。“Throw My Head Out The Window” ではドラムを2セット使ったの。それから私はヴィジュアルを思い浮かべるアーティストだから、この曲ではLA中をドライヴしている状態を思い描いた。LAはものすごい車社会だから、よく犬が車の窓から顔を出しているのよ。あの解放感って最高! と思ってね。あのエキサイティングな解放感を表現したいと思った。
 あと “Pianos and Great Danes” は……私の頭のなかはいつもゴチャゴチャで、いろんなことを同時に考えている。ピアノから犬のグレート・デーン、それからセックスまで、あらゆることを同時にね。頭のなかがクレイジーになっている状態を音で表現している感じ。いろんな思いが侵入してくる様子を、カオスな感じのサウンドで表現したかった。それで、トラックが忙しい感じだから、私のヴォーカルはもう少しラウンジ的というか、もっとメロウなものにしようと考えたの。
 そうやって遊んでみるのもいいことだと思うのよね。曲によっては本当に声を張り上げているものもあるし、楽器の一部になっているものもあるし。その2曲はどちらも気に入っている曲。どちらもエネルギーがあるし、作ろうと思えばダンス・リミックスも作れそうだしね。もしかしたら本当に作るかもしれない。そうなったらエキサイティング。
 このアルバムのテーマのひとつが現実逃避とか空想だと思う。クレイジーな考えがいろいろあるこのご時世に、いかに自分の心を静めるか。そのふたつの曲で陰と陽を表現しているようなもの。“Throw My Heads Out The Window” で心の平安を探して、“Pianos and Great Danes” は「何てこと、頭のなかがカオスになっている。頭を鎮めるにはどうしたら?」みたいな感じ。

私はジャズの創造的破壊者であり続けたいと思っている

なるほど。いま「自分の声が楽器の一部になっていることがある」という話でしたが、“Ronny Cammareri” はアンビエントを意識したジャズ・ナンバーで、あなたのワードレスなヴォーカルもハーモナイザー的な役割を果たしています。“Again with Feeling” はダークな雰囲気の作品で、一種のトリップホップに近いというか、ベルギーのメラニー・デ・ビアシオを想起させるようです。

N:そう言ってくれるなんて最高! あとはハイエイタス・カイヨーテとかリトル・ドラゴンみたいに、R&B寄りのことをやっているけど、びっくりするくらい高度で、ジャズの要素を取り入れている音楽もあるよね。“Again with Feeling” にR&Bの要素や、加えたら役立つかもしれないと私が思った要素があるのは間違いない。

通訳:メラニーやハイエイタス・カイヨーテらもジャズの枠にとらわれないオルタナティヴな活動で知られますが、意識するようなところはありますか? 例えばよく聴くとか、交流があるとか。

N:交流はしていない。私はシャイだから畏れ多くて(笑)。聴いてはいるけどね。ただ、模倣はしたくない。でもいろんなジャンルの要素を引っ張ってきているのを聴いていると、とても励まされる。ハイエイタス・カイヨーテなんかは私にとってすべて。ギター1本だけを伴っているときはフォーク・ソングみたいだし、前衛的なジャズ・シンガーみたいに聞こえるときもあるし、シンセを多用しているときもあるし。彼女たちの存在は、私に挑戦をさせてくれる。音楽に境界線なんてないんだって気づかせてくれる。ひとつの世界にしっくりはまりさえすれば何をやってもいいってね。アルバムが本みたいにいろんなチャプター(章)を持っていることが大事だって思う。全部同じに聞こえないためにね。
 本当にたくさんのアーティストに影響をもらっているわ。「私がこれをやっていいのか」「私のヴァージョンだったらどうなるんだろう。どんな歌詞や音色、響き、ハーモニーになるんだろう」って考えさせてくれる。

通訳:自由にジャズの枠を超えて実験してもいいと思わせてくれる存在なのですね。

N:ええ。ジャズはとても純粋主義的なジャンルだけどね。でもジャズを勉強していた当時、私はジャズが怖かった。私にとってはとてもハードコアなものだった。昔のジャズ・アーティストはチンピラだったし、ドラッグ中毒だったし、反逆者だったし……好き勝手にやっていたからね。保守的でもなかったし、お堅い感じでもなかった。いまはジャズというと高尚で伝統的で、温厚でマナーのいいジャンルだなんて思われているけど、私に言わせれば、その昔の彼らはロック・スターみたいなものだからね。ヘロインを打ってクレイジーだったんだから(笑)。パンクみたいな要素があった。尖っていてね。私はヴィジュアル的にもジャズが大胆不敵でイケてるって感じにして境界線を押し広げたかった。安全で伝統的なだけじゃなくて、ある意味ちょっとハードコアにもなれるものだってね。こういう言い方をするのもなんだけど、一般的なジャズのイメージは年配向けの音楽っぽい感じよね。でもジャズは若々しくてとても自由なジャンル。昔の彼らはパンクスだった。

通訳:だからこそあなたは “Angel Eyes” のようなスタンダード中のスタンダードみたいな曲を「パンク/ゴス・ジャズ」と呼んでいるのですね。あなたのファンも、あなたのことを「ゴス・ジャズのプリンセス」と呼んでいますし。

N:そうそう。パンクはアティチュードの話に過ぎないから。パンクの感性だってありだと思う。私はジャズの創造的破壊者であり続けたいと思っている。同じアルバムにスタンダードも “Pianos and Great Danes” みたいな曲も入れていいってね。そしてそれでもジャズと見なされる自分でいたい。ジャズはすべてだからね。ジャズはその解釈の仕方次第というか……ミュージシャンシップとか、必要とされるものはあるけど、好きなものにならせてくれるのがジャズだと思う。歴史と、作られてきたものに敬意を表してさえいればいいと思う。

ちなみにどうして “Angel Eyes” を取り上げたのでしょう? あなたの好きなエラ・フィッツジェラルドも歌ってきた曲ですが。

N:お気に入りのジャズ・ソングが本当にたくさんあってね。ただ、さっきも言ったけど、まだスタンダード・アルバムだけのアルバムを作る準備はできてない。でも同時にジャズ界が純粋主義であることもわかっているから。「きみはジャズじゃない。ジャズだってことを証明してくれ」という感じで。だからジャズ・スタンダードを1、2曲入れたいというのはわかっていた。“Angel Eyes” は私のお気に入りのひとつで、ミステリアスで、あまり自分を見せないというか、人と共有しないような感じがこのアルバムに合うと思った。
 いつも考えると凄すぎると思ってしまうのだけど、フランク・シナトラが最後にライヴで歌ったのもこの曲だったそう。つまり彼が最後に歌ったのは “Excuse me while I disappear(失礼、姿を消すよ)” というフレーズだったってこと。その後、彼は二度と歌うことがなかった。あまりにクールな曲。エラ・フィッツジェラルドも、他の人もみんな歌った曲だけど、私なりのジャズへの敬意を表した曲。フル・バンドと一緒に録音して、その後ピアノとヴォーカルだけで録音してみて、必要なのはピアノとヴォーカルだけだって思った。ただコード進行にだけ耳を傾けて歌いたいと思った。とにかく美しい曲だから。メランコリーで謎めいた雰囲気にも合っていたと思う。

“Angel Eyes” や “I Found The Restaurant” などは丹念に歌い上げていて、あなたのジャズ的な要素がしっかりと現れていますね。そこもすてきな面のひとつだと思いますが、こうして話を聴かせていただいて、ジャズに対する見方が変わりそうです。

N:嬉しい! それが私の目標でもある。いろんなものに耳を傾けて、ジャズ・シンガーが特定の箱にはまらなくてもいいってことを感じてもらえればと思っている。


本邦初のイギリス現代思想案内

インタヴュー
國分功一郎毛利嘉孝田崎英明宮﨑裕助

資本主義リアリズム、思弁的実在論、加速主義、ゼノフェミニズム
そしてカルチュラル・スタディーズの功績とは
押さえておきたいキーワードを解説

●マーク・フィッシャー入門――その音楽批評から加速主義との関係、うつ病、最終講義のポイント、現代アートへの影響まで
●初めて触れる読者のための、マーク・フィッシャー著作案内――『資本主義リアリズム』『わが人生の幽霊たち』『奇妙なものとぞっとするもの』『K-PUNK』『ポスト資本主義の欲望』それぞれの解題から未邦訳テキストの紹介、そして彼が手がけた出版事業まで
●ポール・ギルロイの功績、現代のキーパーソンたち=レイ・ブラシエ、オーウェン・ハサリー、アルベルト・トスカーノらの思想、サイバーフェミニズム、イギリスにおけるマルクス主義の系譜、ほか

執筆
イアン・F・マーティン/野田努/河野真太郎/鈴木慎一郎/有元健/仲山ひふみ/幸村燕/清水知子/水嶋一憲/平山悠/大岩雄典/宮田勇生/安藤歴/杉田俊介/大橋完太郎/原塁/飯田麻結/山本浩貴/星野真志/長原豊/小林拓音

装幀:SLOGAN
菊判220×148/並製/256ページ

目次

【インタヴュー】
國分功一郎 今こそ階級闘争を仕掛けるとき──イギリス滞在時に感じたこと
 ▶イギリスと日本の違い│社会の幼年期に注目する必要がある│こちらから階級闘争を仕掛けなければならない│自然と満足できるように│新しい病としての「うつ病」│今こそフィヒテを読みなおすとき
毛利嘉孝 自分たちの知をつくること──大衆文化にラディカルな思想が流れこむ
 ▶イギリスだからこそカルチュラル・スタディーズは生まれた│知をアカデミズムに閉じこめない風土│スチュアート・ホールの功績│ストリート出身のポール・ギルロイが変えたこと│ヨーロッパの理論はイギリスでどう受けいれられたのか│マーク・フィッシャーが残したもの
田崎英明 ジェンダーも人種も、階級とセットで考えよう──アイデンティティ・ポリティクスが批判される背景
 ▶加速主義を切り捨ててはいけない│なぜ労働はなくならないのか│イギリスとフランスは交流が盛ん│イギリスにはアルチュセール派の影響が大きい│マルクス主義とフェミニズム/クィア理論は共闘できるか│シニシズムに陥らないために
宮﨑裕助 私たちの世界には根本的に幽霊がいる──デリダ研究者から見たマーク・フィッシャー
 ▶デリダ研究を牽引していたのは英語圏だった│ロンドンは世界各地から知が集まる場所│亡命知識人たちがつなぐ世界│ポップ・カルチャーに思想が侵入する│もともとの憑在論の意味について│イギリス現代思想の未来

【マーク・フィッシャー著作案内】
『資本主義リアリズム』(仲山ひふみ)/『わが人生の幽霊たち』(平山悠)/『奇妙なものとぞっとするもの』(大岩雄典)/『K-PUNK』(宮田勇生)/『ポスト資本主義の欲望』(安藤歴)/その他のテクスト(仲山ひふみ)/ゼロ・ブックスとリピーター・ブックス(仲山ひふみ)

【ポール・ギルロイの功績】
黒い大西洋(鈴木慎一郎)/ポストコロニアル・メランコリア(有元健)

【コラム】
道は一本ではない、とマーク・フィッシャーの音楽批評は示している(イアン・F・マーティン/青木絵美訳)
ポピュラー文化との共鳴にこそ興奮するイギリスの論客たち──レイモンド・ウィリアムズからバーミンガム学派へ、そしてフィッシャーへ(野田努)
成人教育はポストフォーディズムの侍従か──マーク・フィッシャーのカルチュラル・スタディーズ的出自(河野真太郎)
レイ・ブラシエと哲学の未来(仲山ひふみ)
加速主義以後の加速主義と加速主義的なもの(幸村燕)
憑在論的メランコリアを超えて──マーク・フィッシャーとサイバーフェミニズムの行方(清水知子)
月曜の朝のかすかな光──マーク・フィッシャーと加速主義(水嶋一憲)
鬱病リアリズムという提案──生き延びることの肯定に向けて(杉田俊介)
『ポスト資本主義の欲望』講義の続き──欲望の向きをいかに定めようか(大橋完太郎)
旅をして夢をみる──《消滅していく土地について》とふたつの「イーリーなもの」(原塁)
亡霊の足跡(あるいはDo It With Style)(飯田麻結)
イギリス現代アートにおけるマーク・フィッシャーの影響──オトリス・グループとスペキュラティブ・テートを中心に(山本浩貴)
オーウェン・ハサリー──闘争するモダニスト(星野真志)
馬鈴薯と袋と資本とその主義(ファシズム)(長原豊)
ぎょっとするホブゴブリンがブリテンのあちこちではびこっている──イギリスにおけるマルクス主義の大雑把な見取図(小林拓音)

[共同監修者プロフィール]
仲山ひふみ(なかやま・ひふみ)
批評家。主な寄稿に「加速主義」(『現代思想』2019年5月臨時増刊号)、「ポストモダンの非常出口、ポストトゥルースの建築――フレドリック・ジェイムソンからレザ・ネガレスタニへ」(『10+1 website』2019年10月号)など。レイ・ブラシエ『解き放たれた無──啓蒙と絶滅』(河出書房新社、2026年)を共訳。

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・仲山ひふみによる記事
Aaron Dilloway Japan Tour 2023@落合Soup (2023/2/11) ライヴ(デッド)レポート
不気味なものの批評を超えて──マーク・フィッシャー『奇妙なものとぞっとするもの』紹介

2025年のFINALBY( ) - ele-king

 この過去の夏、大阪の歴史的建造物であるミソノビルの閉鎖/解体の発表に対する悲しみは、その歴史と長寿を祝うための一連のパフォーマンスによって明るいものとなった。7月5日に予定されていたそのパフォーマンスのひとつは、∈Y∋(BOREDOMS)による新プロジェクトFINALBY( )(発音 ― Final B Empty/ファイナルビーエンプティ)であり、大阪を拠点とするCOSMIC LABとのコラボレーションであった。大阪音楽シーンの伝説である∈Y∋は、間違いなく、このビルの長寿を祝う最適な人物だった。興奮した私は、すぐにチケットを購入し、関西への旅を計画した。不運なことに、いまはもう11月の終わりであり、スケジュールの都合でその旅をキャンセルせざるを得なかったことに、いまだに軽い痛みを覚える。ああ、なんという惨めさ! 叶わなかった夏の記憶。家に居なければならなかった悲しみは、ほとんど耐えがたいものだった。

 しかし運命とは不思議なもので、東京では∈Y∋関連のイベントが次々と行われている。逃した夏の機会を補って余りあるほどに。∈Y∋は渋谷の中心ど真ん中、ミヤシタパーク3階のgallery SAIで開催された新しい展覧会Mapocy(まぽチー)のために東京に戻って、さらに、歌舞伎町のZERO TOKYOにおけるFINALBY( )の東京初演があった。それから、歌舞伎町の王城ビルでのBENTEN2のための∈Y∋の2024年のARV100パフォーマンスのマルチスクリーン・インスタレーションもあって、Art Tokyo Week でのC.O.L.O.(COSMICLAB)による小さなサプライズ・コンサート、さらに締めくくりとしてMUTEK Japanの巨大ステージでのC.O.L.O.とのユニークなオーディオ・ヴィジュアル・パフォーマンスがあった。
 日本のオルタナティヴ・シーンにおける最大級の革新者としての∈Y∋の多く多くの年月にもかかわらず、BOREDOMSの非活動とより散発的なソロ活動が相まって、∈Y∋は数年間“混沌の中心”にいなかった。だからこそ、半年の間にこれだけ多くのイベントがあることは、一種の“再紹介”のように感じられる。新たな歴史をつくるための完璧なタイミングだ。私が最後にBOREDOMSのライヴを見たときのひとつは、∈Y∋がステージ上で足を骨折し、痛みにもかかわらず演奏を続けたときだった。だから、まだ気づいていないなら言っておくが、∈Y∋関連の出来事はしばしば歴史的なのだ。私はこの秋のこれらすべての素晴らしい体験をレポートにまとめた。

MAPOCY

 5つの部屋に分かれ、とくに4つ目はほとんど“隠し部屋”のようなサプライズになっている。本展「MAPOCY」は、∈Y∋のジャンク・アート的な作風を巨大インスタレーションとして展開したもので、現在も活動をともにするPUZZLE PUNKSのパートナー、マルチメディア・アーティストの大竹伸朗の気配と、彼がしばしば扱うドラムのシンバルというモチーフが混ざり合っている。
 まず圧倒されるのは、とにかく“緑”。これでもかというほど緑。壁に取り付けられたキャンバス、シンバル、ビニールシート、ガラクタの数々——あらゆるものに緑のペンキがぶちまけられている。床にまで飛び散っていて、空間全体が緑色の施工現場のようでもあり、同時に、初期∈Y∋作品でも見られた木片の寄せ集めによるギザギザの形状がそこかしこに出現している。
 ひとつ目の部屋は床と壁にオブジェが置かれた比較的ゆとりのある空間だったが、ふたつ目に入ると一転、大小さまざまな物体が山のように積み上がり、すべてが同じ緑に染められている。天井からはビニールシートが垂れ下がり、換気用のファンが絶えず唸っている。最初はまとまった形など見えず、ただ“ノイズ”だけがある。正直なところ非常に混乱を招く展示だが、もし音楽におけるノイズに惹かれる人なら、聴覚的ノイズと物質としてのノイズに大差はないとすぐ理解できるだろう。
 混沌は3つ目の部屋でも続く。奥の隅にほとんど真っ暗な空間へと続く黒い入口が見え、その向こうに“4つ目の部屋”がある。ここはFINALBY( )のメンバーたちと制作した映像作品が、三面の細長いクリーンに巻物のように投影されるダイナミックな空間だ。黒いビニールシートで覆われた小さな穴をくぐって入ると、モノクロームの点滅するプログラム図形と、轟音のノイズ・ミュージックが部屋全体を震わせている。精密にピクセル化された映像は、伝統的なアジアの雲や花の意匠を再構成し、左右から現れては中央でぶつかり、新たな幾何学へと変容していく。その視覚的なカオスは池田亮司のもっとも衝撃的な作品を思わせつつ、より柔らかく親しみのある感触を残す。ここを先に観たことで続くFINALBY( )のライブがどのようなものになるのか、無自覚のままヒントを得ることになった。
 最後の5つ目の部屋は、これまでの強烈な表現から一度“息をつかせる”空間だ。出口前の壁一面に、古い手描き作品と実際のアナログ盤が組み合わされて展示されており、紙のドローイングという∈Y∋の原点的な表現へと立ち返る、一種の後味として配置されている。

FINALBY( )

 FINALBY( )が初めて姿を現したのは、観客の多くがその存在を知らぬまま迎えた2021年のフジロックだった。以来、その公演歴は香港、大阪、そして今回の東京のみと極めて限定的だ。∈Y∋が音楽家であると同時に卓越したヴィジュアル・アーティストであることはよく知られているが、これほどまでにステージ上で視覚と音響が正面衝突した例は稀だ。私の目には、テクノロジーを全面的にアップデートして蘇った現代版ハナタラシのようにも映る。∈Y∋は、身体性を伴う新しいパフォーマンスを構築しており、それはパフォーマンス・アートと、ノイズマシンや照明、センサーと接続されたオブジェ群とが密接に絡み合ったものだ。この技術面を支えるFINALBY( )の共同制作者は、COSMIC LAB(C.O.L.O.主宰)、アートエンジニアの堀尾寛太、そしてプログラマーの新美太基である。デジタライズされた∈Y∋——まさにテクノロジー時代が生んだ独自の結晶だと言える。
 私自身、この新しい方向性の萌芽を、パンデミック前の原宿で偶然目撃する幸運に恵まれた。2019年、TOKYO CULTuART by BEAMS Harajuku で開催されたBOREDOMSのTシャツ展でのことだ。∈Y∋はフェイスマイクを付け、両手に装着したモーション・センサー内蔵のサウンドマシンからノイズを放ちながら、黒いジャケットの下に隠れた装置を動かし、通常のマイクに縛られない歌唱を試みていた。ここにはすでにFINALBY( )の原型があった。また、このとき∈Y∋は巨大な円錐形オブジェへの偏愛を初めて披露している。黒いコーンの底部にセンサーが仕込まれており、それを持ち上げて振るたび、音は揺らぎ、形状の奇妙さも相まって視覚的にも滑稽で魅力的だった。背後には技術面を支えるエンジニアが控えており、30名ほどのファンしかいない小部屋での濃密な光景は、後に東京で結実するまでに6年かかった構想の出発点を示していた。

 FINALBY( )を観に行く前、気分を高めようと私はBOREDOMSの入手困難な問題作『Super Roots 5』を久々に取り出した。重厚なドラムとシンバルへ傾斜していく初期段階にあたる一枚で、1曲=1時間という構成、ほぼ一本調子の宇宙的トーンに泡立つノイズとシンバルが折り重なる——「曲」というより「体験」だ。これを聴くと、1982年のある出来事を思い出す。
 1982年、前衛ギタリスト/作曲家グレン・ブランカは『Symphony No.2 – The Peak of the Sacred』をライヴで披露した。副題「聖性の頂」は本来その作品固有のものだが、彼のエモーショナルな創作全般を言い当てる表現でもある。複雑な転調をほぼ廃したこの交響曲は、天上のエネルギーが雷鳴のように連続して吹き荒れる、彼の作品中もっとも強烈な体験のひとつだった。
「聖性の頂」とは、人間が自己を超越するための、絶えず恍惚と狂喜を更新し続ける音楽を指す。∈Y∋がBOADRUMシリーズやその他の公演で追求してきた方向性は、明言されていなくとも、まさにその頂点に向かう試みだったと私は感じている。「曲」よりも「経験」を重視する姿勢——それは彼の精神性と音楽性が複雑に深化してきた証でもある。FINALBY( )の公演中、∈Y∋はまさにその「聖性の頂」に到達しようとしていた。

2025年10月25日 FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED
presented by COSMIC LAB & TST ENTERTAINMENT CO.,LTD.

FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda

 当日の「FINALBY( )Live in 歌舞伎町Expanded」というフルタイトルの公演は、実に2時間ノンストップのパフォーマンス作品だった。事前告知からは想像もできない構成である。チケットを買った時点で「2時間」とあったため、DJか何かが挟まるのだろうと勝手に思っていたが、違った。2時間まるごとが、巨大なノイズの奔流と悦楽的ヴィジュアルの対話で満ちていた。
 ステージ中央には、光に照らされ巨大なカップケーキのように見える“何か”が鎮座している。後にそれが、∈Y∋ がジェンベのように叩くノイズ・ジェネレーターであると知った。ステージ上には複数のコーンが配置され、最大のものは宙吊りになっていて、∈Y∋の身長を完全に覆うほど巨大だった(実際、後半で∈Y∋がその内部に隠れる場面があった)。さらに、フロア中央、観客のほとんどが囲むようにして別の巨大コーンが置かれ、公演後半ではそのコーンが発光し、∈Y∋の手で回転させられる仕掛けになっていた。
 ZEROTOKYOという会場は、巨大なメインスクリーンに加え、左右と背後にも細長いスクリーンが連なる独特の構造で、360度的な没入感を生み出す。MAPOCYで見たモノクロームのデジタル雲はここでも再登場し、背面や側面から湧き上がるため、観客は携帯で“映え”を狙う余裕を失い、その瞬間に没入せざるを得なくなる。近年まれに見る、記録では再現不可能な体験だった。
 奇妙なパンク・バンドから出発し、90分超の儀式的公演を構築できる存在へと変貌したBOREDOMS。その中心人物である∈Y∋は、観客の細胞レベルに作用する「悟性の構造」を知り尽くしている。聖性の頂。

 公演の最後、∈Y∋は稀にみる“口頭での解説”を行い、コーンの群れを「家族」だと呼んだ。FINALBY( )の本当のメンバーはコーンであり、人間はその媒体にすぎないのだと。※詳しくは∈Y∋本人が10月26日付でInstagramに投稿した説明を参照してほしい。
 この一連の経験は、初期舞踏、ローリー・アンダーソン、フィリップ・グラスらの系譜に連なる、ダイナミックなパフォーマンスアートの華麗な再誕に等しかった。


FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda

∈Y∋ × C.O.L.O(COSMICLAB)@ MUTEK JAPAN

 渋谷で開催されたMUTEK JAPAN 2025で、∈Y∋はC.O.L.O.とともに初めてこのフェスのステージに立った。ART WEEK TOKYO(11月5日)のサプライズ公演をさらに拡張し、より長く、より“怪物的”な形で提示したものだ。FINALBY( )とは異なり、形式上は伝統的なオーディオビジュアル公演に近いが、幸いにも遥かに奔放だった。多くのMUTEK出演者が“引き算の美学”で勝負するなか、これは「足し算の極北」とも呼べる公演だった。
 FINALBY( )が2時間のノイズの海へ沈めるような体験だったのに対し、今回の2人は長いテーブルに並んで立ち、背後の巨大スクリーンとともに、∈Y∋のDJ PICA PICA PICA的な狂騒を現代化したような世界を作り上げた。FINALBY( )のノイズ成分と、モノクロームのフリッカー映像、そして近年∈Y∋が執着するハイパー・サイケデリックなシンゲリ(singeli)が高密度に衝突し合う。言語化困難なコラージュも大量に挟まれる。
 ∈Y∋の音楽とヴィジュアルは、まるでドラッグまみれのポップアートだ。C.O.L.O.は∈Y∋の衝動を鏡のように反射し、狂気じみたフリッカー花、精神を攪拌する幾何学模様、スクリーンいっぱいの“眼”、ハートやブタの絵文字が奇妙な規則性で踊り、そのあとにはスローモーションのデコトラ事故寸前3D映像が続く。強度は綿密に計算され、現実味がないほど完璧だった。息つく暇もない全頭脳的ラッシュ。

 ここ数ヶ月の間に、∈Y∋の唯一無二の表現が多角的に更新される様子を目撃してきた者として、2026年にさらに何が生まれるのか、ただ祈るばかりである。


FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda


Sadness at the announcement of the closing / demolition of the historic Misono building in Osaka this past summer was brightened with a string of performances to celebrate the history and longevity of the famous landmark. One of those performances, scheduled on July 5th, was EYE`s (Boredoms) new project FinalBy ( ) **(pronounced - Final B Empty) (ファイナルビーエンプティ), a

collaboration with Osaka based COSMICLAB. EYE, a legend in the the Osaka music scene, was definitely the best choice to celebrate the building`s longetivity. Excited, I immediately purchased and planned my trip to Kansai. Unfortunately, it`s now the end of November and I still feel a light sting of having had to cancel said trip due to schedule conflicts. Oh the misery! A summer memory unrealized. My sadness at having to stay home was almost unbearable.

Fate though works wonders and Tokyo is enjoying a string of of EYE related events. More than enough to make up for the missed summer opportunity. EYE has returned to Tokyo for a new exhibition, Mapocy (まぽチー), smack dab in the center of Shibuya

on the third floor of Miyashita Park at gallery SAI, the Tokyo premiere of FINALBY ( ) at ZERO TOKYO in Kabukicho, a multi- screen installation of EYE`s ARV100 performance in 2024 for BENTEN2 at 王城ビル (also in Kabukicho), a small surprise concert

with C.O.L.O. (COSMICLAB) at Art Tokyo Week, and a unique audiovisual performance with C.O.L.O. on a huge stage for MUTEK Japan to round it out. Despite EYE`s many many years as one of the greatest innovators in the alternative scenes of Japan, the inactivity of the Boredoms coupled with more sporadic solo

activities means that EYE hasn`t been at the center of the chaos for some years. So with this many events within just half a year, it feels like a reintroduction of sorts. Perfect for creating new history. One of the last times I saw the Boredoms live was when EYE broke his leg on stage and kept performing despite the pain. So if you haven`t guessed so far, anything EYE related is often historic. I have compiled all of these great experiences this fall in a report.

MAPOCY

Separated into 5 rooms with the 4th almost a secret surprise, MAPOCY reflects EYE`s junk art style as a large installation closely in line with his ongoing PUZZLE PUNKS partner, multi-media artist Ohtake Shinro, mixed with his other common collaborator, the drum cymbal.

The installation is very, very, very, very, very green. Green paint splattered on canvases installed on the walls, on cymbals, on plastic sheets, on junk items. There is green paint literally everywhere including the floor. Almost like an artistic, construction site mixed with wooden assemblages, created into jagged shapes you can see in older EYE works. While the first room was spacious with objects on the floor and wall, the second room was chaotically littered and piled up with numerous objects of different types completely splattered with the same green paint, plastic sheets hanging down and a fan constantly going to keep possible fumes from making anyone sick. There were no coherent shapes at first, just noise. The site is honestly incredibly confusing and confounding but if you have any taste for noise in your music, I would say there is no difference between aural noise or physical noise.


The chaos continues in the 3rd room where in the far corner you might see a dark entrance way into a near pitch black room. The 4th room is a dynamic 3 wall screen scroll-like video of his work with the other members of FINALBY ( ). Only viewable by entering through a small hole created with black plastic sheets, the room literally reverberates with the intensity of the monochrome flashing programmed shapes and the noise music blasting. The images carefully pixelated reimagine traditional Asian cloud flower designs colliding into each other becoming new geometry. Often starting from the far left and far right side, they eventually meet in the center and evolve into new forms. The visual cacophony reminded me of Ikeda Ryoji`s most impactful works but with a fresh and friendly take. Visiting this exhibition first gave me a good unknowing hint of what the following FINALBY ( ) would be like.

The last room is a calm down from the bold expressions of the previous ones. Only one wall of older very familiar hand drawn art combined with physical lps before the exit, it was an interesting last taste offering a comparison to EYE`s initial choice of expression - paper drawings.

FINALBY ( )

FINALBY ( ) first debuted at Fuji Rock in 2021 in front of an unknowing crowd. Since then, FINALBY ( ) has performed only in Hong Kong, Osaka, and now Tokyo. We all know that EYE is a visual artist on top of being a musician but rarely has his visual side collided justly with the music on stage. Like an updated and rebirthed technological Hanatarash (by my eye), EYE has developed a new strong, physical performance more like


performance art coupled with objects connected to noise machines, lights, and sensors. His technical collaborators = other members of FINALBY ( ) are COSMICLAB (directed by C.O.L.O.), art engineer Horio Kanta, and programmer Niimi Taiki. This is very much a digitized EYE. Without a doubt a unique combination of our technical age.

I was lucky enough to witness the beginning of this new venture toward multi media in a small room in Harajuku before the pandemic. At TOKYO CULTuART by BEAMS Harajuku in 2019 for a BOREDOMS t-shirt exhibition, EYE wore a face mic and a black jacket somewhat covering two motion detecting sound machines attached to both his hands that emitted noises. Activating the sensors with motion and singing unbound by a regular mic, EYE was experimenting with the beginning of what would become FINALBY ( ). Here EYE also introduced his obsession with large cones as sound devices. To match his clothing, EYE had a black cone with sensors on the bottom. Picking it up and waving it around affected the sounds emitted and provided funny eye candy as cones are naturally bottom heavy and odd shaped. Behind EYE was an engineer to support the technical side of the performance. Having witnessed this very intimate performance in a room full of 30 or so fans, I can now see the initial development and vision that took 6 years to materialize in Tokyo.

To prepare and hype myself up for going to see FINALBY
( ), I dusted off a copy of the Boredoms` Super Roots 5, one of their most difficult to attain recordings and also their most abstract. At the beginning of their heavy drum and cymbal phase, the one track album is one hour long and basically one long cosmic tone

maintained straight with bubbling noise and cymbals. There is no song per se. Only a holy experience. This reminds me of 1982.

In 1982, the avant garde guitar composer, Glenn Branca performed live his work Symphony 2 with the added title “The Peak of the Sacred.” Only meant for that work in particular, that title though often describes much of his most emotional work. Symphony 2, one of the least complex of his works in terms of multiple chord changes, was one of his best for the sheer intensity and almost god-like continuous blasts of angelic amorphous energy that felt like thunder in the air.

The idea of the peak of the sacred evokes music that is continuously euphoric and orgasmic for humans to rise beyond themselves. EYE`s direction of the Boredoms with the BOADRUM series and other performances I feel were meant to reach “ the peak of the sacred” whether explicitly expressed or not. EYE`s focus on the “experience” over the “song” illustrates his evolving and complex mental state and music focus since then. Throughout FINALBY
( ), I keenly felt EYE reach “ the peak of the sacred” as only he could.

FINALBY ( ) Live in Kabukicho Expanded (the full title of the night) was a 2 hour uninterrupted performance art piece which didn't advertise itself to be that. Genius. When purchasing the ticket, I noticed that the performance was supposed to be 2 hours but I assumed that there would be a dj or something. No, it was 2 full hours of huge blasts of noise with EYE and matching euphoric visuals designed to create a dialogue that worked very perfectly.

On stage at the center was a “thing” that I could only describe as a light illuminated huge cupcake. That “thing” I learned later was a noise generator that EYE could tap at like a djembe. Across the

stage were several more cones with the largest suspended in air at the front of stage so massive it could cover EYE from head to toe (which it later did). In the center of the floor surrounded by the majority of the audience right before the sound and visual mixing booth of another huge - I do mean huge - cone on a platform that later would light and spin in a circle pushed by EYE. During the performance EYE moved back and forth from the stage to the floor centered cone. ZEROTOKYO, for the many who have never been inside it, is a venue unique in having not only a huge stage screen but long thin screens on the left, right, and back wall making a 360 degree surround experience.

The monochrome digital clouds from Mapocy re-introduced themselves here, they emerged from the back and the sides making everyone have to be present in the moment instead of looking for the next instagram moment with their phones. Unlike any performance I have been to in years, this was first time in ages where no documentation could do justice to each person`s experience that night. Whether with the noise assault or the constantly shifting orientation of the images.

EYE, having changed the Boredoms from an unusual, quirky punk group to a band capable of performing hour and a half concerts has attained the psychological knowledge few have of how to construct enlightening performances of such depth that change the molecules of the crowd. The peak of the sacred.

EYE named the group of cones a family and stated so at the end of the performance in a rare commentary of his ideas to the audience. The cones were a family and the real members of FINALBY ( ) making the human members only conduits. *** Please refer to his exact explanation of the cones posted on

October 26th on EYE`s own Instagram account. The total experience felt like a great rebirth of dynamic performance art in the tradition of early Butoh, Laurie Anderson, Philip Glass, and others.

EYE with C.O.L.O of COSMICLAB at MUTEK JAPAN

Held in Shibuya, EYE for the first time ever graced the stage of the 2025 edition of MUTEK JAPAN with C.O.L.O. (COSMICLAB) presenting a more fantastic and longer version of the surprise performance they did for ART WEEK TOKYO on Nov. 5. Unlike FINALBY ( ), this performance was closer to a traditional audiovisual performance but luckily more unhinged. Most performers of MUTEK try to impress with a less-is-more aesthetic but this was a case of more-is-so-much-more one. The FINALBY (
) concert was a submersion in 2 hours of near constant noise. The MUTEK performance of C.O.L.O. and EYE, standing together at a long table shadowed by a huge screen behind, was closer to EYE`s manic DJ PICA PICA PICA mix style. An incredible soup of noise portions of FINALBY ( ) with the same monochrome flicker visuals side by side with hyper psychedelic hardcore singeli music reflecting his ongoing fascination with the manic genre. And tons of near indescribable collages in between.

EYE`s music and visual style is like pop art on acid. C.O.L.O. convinced me he was the best collaborator for EYE, brilliantly reflecting EYE`s impulses assaulting the audience with demented flicker flowers, mind-altering geometry, a sea of eyes (totally tongue in cheek), heart and pig emojis dancing across the screen in similar patterns followed by near collision slow motion disaster 3D video game scenes of Dekotora trucks loosing their wheels. The intensity


was beautifully calculated and unreal. A full head rush with barely a moment to breath.

With so many perspectives of EYE`s singular always evolving expression in only a few months time, I can only pray that 2026 brings us more.

interview with LIG (Osamu Sato + Tomohiko Gondo) - ele-king

 LIGは佐藤理とゴンドウトモヒコによる新しい音楽ユニットだ。
 デビュー・アルバムは2枚組CDの『Love Is Glamorous/Life Is Gorgeous』。
 レコード会社による紹介ではLIGの音楽は「電子音楽と金管楽器を融合し、現代音楽、ジャズ、民族音楽、クラシックを横断するオーガニックなインストゥルメンタル・サウンド・トリップ」とある。
 こう書くとずいぶんと曖昧に捉えられるかもしれないが、実際に彼らの音楽を聴いてみたら、まさにその通りの音楽だった。
 ただし、とてもポップかつダンサブルで楽しい「インストゥルメンタル・サウンド・トリップ」でもある。
 LIGのふたりのうち、佐藤理は1990年代に発表された『LSD』や『東脳』といったサイケデリックで中毒性の高いゲームのクリエイターとして高名だが、音楽やグラフィック・デザイン、映像の分野でも数多くの作品を世に出しているマルチな才能を持ったアーティストだ。
 片やゴンドウトモヒコはボストン大学で音楽を学び、帰国後はオフィス・インテンツィオ(高橋幸宏らが創設した会社)でのサウンド・プログラマーを経て電子音楽と金管楽器の奏者、そして作曲家として活動を続ける。自身のバンド、アノニマスのほか、YMOや蓮沼執太フィルのサポート、高橋幸宏との数多くのコラボレーションで知られている。
 1960年生まれの佐藤と1967年生まれのゴンドウ。ちょっとだけ年は離れているが、かなり以前から面識があり、近年はライヴやレコーディングで共演を続けてきた。

いっぱい曲ができて新人バンドなのに2枚組になっちゃって(ゴンドウ) 65歳と58歳の新人ですが(佐藤)

ゴンドウ:最初に会ったのは1995年ぐらいかな。ぼくがオフィス・インテンツィオに入ったばっかりの頃。アノニマスの山本(哲也)くんが佐藤さんの事務所でバイトをしていて、その縁です

佐藤:それからすぐに一緒にライヴをやるようになって、吉祥寺のスターパインとか、なにかのイベントで渋谷のクアトロに出たこともありました。そのときはアノニマス+ぼくという形が多かったかな

ゴンドウ:そうそう。(徳澤)青弦もいて、即興的な演奏をしていました

 しかし、その後は一旦、共演は間が空いた。

佐藤:その間、ぼくは〈ソニー〉でゲームを作ったりして、その音楽は作ったものの、しばらく音楽活動はお休みしていたんです。あまりに忙しくてゲームやグラフィックの作業に専念しようと。ただ、その後に海外の会社からぼくの音楽をアナログ盤で出したいというオファーが続いて、昔の音源やデータをひっぱり出してきて、よしこれでアルバムを一枚作ろうと。その中の1曲でゴンちゃんにホーンを吹いてもらって、それがひさしぶりでしたね

 その曲は、かつて佐藤理が坂本龍一さんからコードとメロディを提供され共作した『Retrocognition』のセルフ・カヴァーで2017年の発表。

佐藤:その頃からビームスで毎年のように展覧会をやってライヴをやるようになったんですが、最初の2017年にゴンちゃんと成田忍さんにサポートで入ってもらったのが本格的に共演するようになった始まりかな?

ゴンドウ:そうですね、本格的に一緒にやったのはそのときが初めてですね

 アーバン・ダンスの成田忍は本作にもゲスト参加している。

佐藤:ぼくは京都出身なんで同郷のアーバン・ダンスは昔から知っていて、成田さんは、しばらく活動していない時期もあったんですけど、ときどきライヴのゲストに誘ってみたり。また、沖山優司さんと一緒にアルバムを共作しかけて、でも途中から彼がやる気になってきて、やっぱり全部自分でやるって音楽活動に本格復帰したりと、つきあいが長いんですよ

ゴンドウ:あのライヴは楽しかったですね

佐藤:ただ、あのときは自分のアルバムが出たのにそこからの曲は1曲もやらず、即興だけやっていたので、レコード会社の人からは“それじゃなんのプロモーションにもなりません”って(笑)。ま、そうして以降、ゴンちゃんとは何度も共演してきたんですが、そうだ、それをお願いする前に、ぼくMETAFIVEのライヴを観たんだ

ゴンドウ:え、そうなの?

佐藤:ぼくの仕事場の富士の近くでイベントがあって、いろいろ関わってたテイ(トウワ)さんから誘われて観に行ったの。自転車乗って(笑)

ゴンドウ:そのとき会ってないですよね?

佐藤:そう。ゴンちゃんにメールで“いま観てるよ”って送っただけで、観終わったらすぐ帰っちゃった

ゴンドウ:自転車で?(笑)

佐藤:そう、自転車で。ゴンちゃん出世したなって思いながら(笑)

ゴンドウ:いや、そんな!

佐藤:その前からYMOのバックをやったりして、がんばってるなって思ってましたけど、そのとき自分は音楽をやってなかったんで、ちょっと自分ごととしては考えてなかった

ゴンドウ:以前からいろいろと繋がりは多いんです。レピッシュのtatsuさんと一緒に仕事をしたり、沖山さんとも仲がいいし

佐藤:ぼく、20代の頃に沖山さんと成田さんと3人で一緒にアメリカに音楽の旅に行ったこともありますよ。ニューヨークとナッシュビルとニュー・オーリンズ。ドクター・ジョンやテンプテーションズ、ライヴ・ハウスで無名のアーティストをいっぱい観ました。ジャズだったりカントリーだったり。それ系の音楽が昔から大好きなんです

ゴンドウ:すごく詳しい

佐藤:聞く音楽とやる音楽がちがうんです(笑)。自分ではブラック・ミュージックはできないのでテクノになる。日本人にはいちばんテクノが向いているんじゃないかなと

ゴンドウ:ぼくは昔からゲームをしないので、『LSD』とか評判になっているのは知ってましたが、やったことがない。でも、佐藤さんの音楽は大好きで、すごくおもしろい。感覚的に作ってるんだろうなって思うんですけど、その感覚がすばらしい

佐藤:ぼくはゴンちゃんみたいにアカデミックな音楽教育を受けてないし、楽器の演奏もできない。コンピューターを通すことによって初めて音楽ができる

ゴンドウ:で、いろいろ共演していくうちに、そろそろなんか一緒に作ろうかって話になったんです。いつの間にかライヴでいろんな曲をいっぱいやってるし

佐藤:そうそう。いつからかぼくのソロ・ライヴでもゴンちゃんの曲をちょっとずつ入れていってた

ゴンドウ:しかし、やろうとは言ったものの、そこからが長かった(笑)

佐藤:やろうやろうと言いつつなかなか進まなかった。お互いソロは出してたんですけど。そうしたらある日ゴンちゃんが、そろそろちゃんと録音しようって

ゴンドウ:なにか曲のMIDIファイルがあるならください。それに何か加えて返しますよと

佐藤:それでMIDIのやりとりが始まってお互いの素材を換骨奪胎していったり、ゴンちゃんがホーンを吹いて入れたり。それで大体できたところでふたりで聴いてここはこうしたい、ああしたいって感じで進めていきました

ゴンドウ:そうやって初めてみたらあれよあれよと進んで、結局2枚組ということに(笑)

佐藤:曲がいっぱいできすぎた!(笑)。で、できたアルバムはお互いレーベルもやっているんで、そこからの流通でいいかなと思ったんですが、ゴンちゃんがメジャーで出したいと

ゴンドウ:いやいや、そんなことは言ってないですよ(笑)

佐藤:言った言った! それでぼくの個展にソニーの人が来てくれたのでそのときにデモを渡したら興味を持ってくれたんです

ゴンドウ:現代音楽もテクノも詳しいという人で、ぼくも佐藤さんもテクノではないんですが、そういう人が気に入ってくれたのはうれしい

佐藤:歌もないし、ポップ・ミュージックじゃないし、クラブ系でもないから

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音楽だけじゃなく映像も自分で作っているケースってあまり多くないと思うんですよ。LIGの場合、映像まで含めての作品なので。(佐藤)

 LIGというユニットの名前の由来は、結成したものの一向に本格始動しなかった経緯からのものだ。

佐藤:先ほど言ったとおり、一緒にやろうと言ったきりぐずぐずなにもせずだったので、LIGという“のらりくらりする”という意味に合わせて亀にしたんですね。で、亀といえば亀甲だろうとこのマークにして、メガネも亀甲型に変えました(笑)

ゴンドウ:かかるまでは長かったけれど、いざ始めると早かったんですよ。制作期間は2か月ぐらい?

佐藤:そうね。始まったらぼくがアルバムまとめ係になって、ゴンちゃんに、もう1曲、こういう感じの曲がほしいなとかをリクエストしていきました。ボーナス・トラックを除いて同じ曲数を書きました

ゴンドウ:曲のきっかけを作ったほうがいちおう作曲という感じかな

佐藤:そうだね。全部共作なんだけど、かっこよく表現するとレノン=マッカートニー的なクレジットになってます。ただ、曲ごとにどちらかの比重が多い少ないかがあって、1曲目から主な作曲者ぼく、ゴンドウ、ぼく、ゴンドウの並びになっています

ゴンドウ:で、いっぱい曲ができて新人バンドなのに2枚組になっちゃって

佐藤:65歳と58歳の新人ですが(笑)。最初は2回にわけて出すという案もあったんですが、結局2枚組に。アナログ化のことを考えて、どちらのディスクも46分以内にしてますから、アナログ・レコード2枚組も実現したいですね(笑)

 この2枚組CDの初回生産限定盤は24ページのアート・ブックが付属しており、佐藤理による収録曲各曲のタイトルが添えられたグラマラスでゴージャスなグラフィック・アートが掲載されている。このフルカラーのアート・ブックは単体でも楽しめるし、音楽のお供としても最適だ。グラフィック・アーティストとしての佐藤の面目躍如だろう。

佐藤:音だけならサブスクでタダで聴けたりするので、パッケージを買ってもらうにはという思いはあります。ぼくが以前ソニーから出したCDやゲームはいますごいプレミア価格で売買されていて、ゲームだと10万円とかになっている。そうなる前にこのCDを買っておいてください(笑)

ゴンドウ:そこは強く言っておきたいですね

佐藤:ケースやアート・ブックが付くのは初回プレスだけなのでぜひ

 本作にはゆかりの深い成田忍がギターで、水出浩がフレットレス・ベースで参加しているほか、ソプラノ・ヴォイスでEpoke、ピアノで鶴来正基も加わっている。

ゴンドウ:鶴来さんは宮沢和史さんのバックをよくやっていていいピアノを弾くんですよ

佐藤:彼は京都に住んでいて、ぼくも京都に家があるんでいい飲み仲間っていう感じ。曲を聴いて、これって生でやってもおもしろいんじゃないのっていうから、じゃあ、ピアノ弾いてって

 フレットレス・ベースは水出浩が弾いている。

ゴンドウ:オフィス・インテンツィオの先輩です

佐藤:最近モジュラー・シンセをいっぱい買って音楽をやってるらしいので、今度12月にあるぼくのソロ・ライヴにゲストで出てもらって、即興で何曲か一緒にやろうかなと思ってます

 そしてソプラノのヴォーカルはEpokhe.。

佐藤:エポケって読みます。彼女はもともとぼくのファンで、ネット経由で連絡をくれたんです。音大を出て声楽をやっていましたというから、あるときサンプリング・ネタにしたいから、キーを変えていろいろ声を録音して送ってって頼んだんです。その後、せっかく声楽をやっていたのだから本格的に音楽やったらいいのにって勧めて、Macはこれがよくて、シーケンス・ソフトはあれがいいとか推薦したんです。で、今回、ぼくがLIGのファイルを送って“なんか歌って”って

 すでにLIG名義でのライヴも複数回行っており、佐藤理の映像と完全にシンクロしたそのライヴ表現は大きな話題にもなっている。

佐藤:このあいだ京都でやったライヴは、このアルバムからの曲と、以前からLIG名義のライヴでやっていた曲。映像と曲が全部シンクロしていて床や背面も使った3面のマルチ・スクリーンに映像を投影して没入感はすごいと思います

ゴンドウ:お客さんの反応もよかったんじゃないかな。踊りまくるというよりは食い入るように観てる感じ

佐藤:即興とまではいかなくても、その日によって変わる部分も出てくるし

ゴンドウ:同じことをくり返してはいません。映像と同期するんで曲の尺は変わらないんですけど、上物はけっこう

佐藤:映像もちょこちょこ変えてますから、何度観ても飽きないんじゃないかな

 LIGの活動は今後も続き、来年は新たな展開も見せてくれそうだ。

佐藤:今回あらためてゴンちゃんの吹くホーンのフレーズをいっぱい聴いて、昔の音楽をたまたま聴いているときに、あ、このホーンはきっとゴンちゃんが吹いてるなってわかるようになりました

ゴンドウ:ぼくも、どこをとっても佐藤さんの音楽は佐藤さんらしいなあと思いましたね

佐藤:とにかくふたりとも作業は早いよね

ゴンドウ:曲もまだまだいっぱいできてますし

佐藤:すぐにでも次のアルバムが出せます

ゴンドウ:そう、スイッチが入ると早いんです

佐藤:あらためての出発なので、来年はライヴも増やしてアナログを出したり

ゴンドウ:ツアーもしたいですね

佐藤:そう、いろんなところでライヴをやって知ってもらわないとね。いま映像を使ってライヴをやるアーティストも多いですけど、音楽だけじゃなく映像も自分で作っているケースってあまり多くないと思うんですよ。LIGの場合、映像まで含めての作品なので。時間もかかるしめんどうなんですが(笑)、人から求められる限り、これからも続けていきます

キャロライン二階堂和美Tocago

特集:日本のシンガーソングライター、その新しい気配
featuring 中野ミホ、井上園子、heimrecord
エクスペリメンタル系SSW/クィアの表現/新潮流ディスクガイド30、ほか

2025年ベスト・アルバム発表

cover photo by Yuichiro Noda

菊判218×152/160ページ
*レコード店およびアマゾンでは12月18日(木)に、書店では12月25日(木)に発売となります。

編集部より、お詫びと刊行のお知らせ

【目次】
キャロライン、インタヴュー(ジェイムズ・ハッドフィールド/野田祐一郎/江口理恵)
二階堂和美、インタヴュー(水越真紀)
Tocago、インタヴュー(野田努/野田祐一郎)

特集:日本のシンガーソングライター、その新しい気配

「シンガーソングライター」とは何か?(野田努)
オルタナティヴとしてのフォーク主義(松永良平)
小さき者たちの矜持(岡村詩野)
中野ミホ、インタヴュー(風間一慶/川島悠輝)
井上園子の登場は衝撃だった(大石始)
井上園子が選ぶ2025年もっともよく聴いた5枚
ヘイムラコルトが漂わせるノスタルジー(峯大貴)
ヘイムラコルトが選ぶ2025年もっともよく聴いた5枚
新潮流ディスクガイド30
(天野龍太郎、峯大貴、松島広人、小林拓音、田中亮太、風間一慶、野田努、三田格)
ポップスにクィアの想いを溶けこませる(木津毅)
シンガーソングライターに惹かれない理由(三田格)
エクスペリメンタル系SSW(野田努)

2025年ベスト・アルバム30枚
リイシュー&アーカイヴ23選

●ジャンル別チャート
テクノ(猪股恭哉)│インディ・ロック(天野龍太郎)│ジャズ(小川充)│ヒップホップ(高橋芳朗)│ハウス(猪股恭哉)│エクスペリメンタル(ジェイムズ・ハッドフィールド/青木絵美)│ポスト・ハイパーポップ(松島広人)│レゲエ/ダブ(河村祐介)│アンビエント(三田格)
●コントリビューター・チャート
青木絵美、天野龍太郎、小川充、小山田米呂、Casanova.S、河村祐介、木津毅、緊那羅:Desi La、篠田ミル、柴崎祐二、柴田碧(パソコン音楽クラブ)、高橋智子、TUDA、つやちゃん、DJ Emerald、デンシノオト、橋本徹、ジェイムズ・ハッドフィールド、二木信、Mars89、イアン・F・マーティン、松島広人、三田格

2025年のオアシス現象、その拭いがたき違和感(野田努)

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お詫びと訂正

このたびは『ele-king vol.36』をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
同書に誤りがありましたため、謹んで訂正いたしますとともに、
お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

●1ページ下段中央および137ページ左上

誤 DJ Emerlard
正 DJ Emerald

●155ページ上段後ろから8行目

誤 磯部(拓)→ここも森の発言 この時期は本当に暗い曲ばっかで、
正 この時期は本当に暗い曲ばっかで、

●155ページ下段4行目

誤 磯部(拓) ライヴで〝家〟をやったとき、
正 ライヴで〝家〟をやったとき、

Kamasi Washington, Bonobo and Floating Points - ele-king

 今春放送され話題を呼んだ渡辺信一郎監督によるアニメ『LAZARUS ラザロ』。カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツが音楽を手がけたことでも注目を集めた同作だけれど、待ってました、サウンドトラックの発売です。
 音源は制作アーティストごとに再構成され、カマシ・ワシントン盤(11曲)、ボノボ盤(15曲)、フローティング・ポインツ盤(6曲)の計3作がリリース。
 アナログ盤はすでに発売中で、CD盤は12月24日(水)に発売されます。アナログの日本語帯・解説付輸入盤国内仕様と、国内CD盤は解説つきで、それぞれ順にele-kingでもおなじみの小川充、Jun Fukunaga、猪股恭哉が執筆を担当。アーティストたちのコメントもあり。これはぜひフィジカルを入手しておきたいですね。

https://www.sonymusic.co.jp/artist/SoundTrackInt/info/579343

 なお、『別冊ele-king 渡辺信一郎のめくるめく世界』も好評発売中です。『LAZARUS ラザロ』への意気込みから自身の半生までを語りつくす渡辺信一郎監督のロング・インタヴューほか、細野晴臣との対談、カマシ・ワシントンやボノボななど、アーティストたちの貴重なインタヴューも掲載。こちらもぜひチェックを。

SCARS - ele-king

 来年デビュー20周年を迎えるSCARS。A-THUG率いるこの日本語ラップ・シーンの重要グループが、おなじく50周年という節目を迎えるPヴァインとコラボすることになった。第一弾として、オリジナルのワークジャケットが発売。完全限定、受注生産とのことなので、早めにチェックしておきたい。

A-THUG率いる日本語ラップ・シーン最重要グループ、SCARSのオリジナルワークジャケットが完全限定の受注生産で発売!

2025年12月に設立50周年を迎えるP-VINEと2006年に衝撃のファースト・アルバム『The Album』でデビューし、来年2026年がデビュー20周年となるA-THUG率いる日本語ラップ・シーン最重要グループ、SCARSとのコラボ・プロジェクトが始動!その第一弾としてSCARSのオリジナルワークジャケットが完全限定で発売!
キルティング素材のワークジャケットで裏地はサーマルを使用。ボディーは黒1色、ロゴ部分はレッドとホワイトの2色でサイズはM~XXL、完全受注生産での発売になります。受注受付は本日から1217(水)正午まで、発送は2026年3月上旬頃を予定しております。購入していただいた方には1着につき1枚SCARSステッカーが特典として付属します。

SCARS オリジナルワークジャケット – 販売サイト
httpsanywherestore.p-vine.jpproductsscarswjkt-1

<商品情報>
アイテム: SCARS オリジナルワークジャケット
カラー:レッド ホワイト
サイズ: S M L XL
販売価格: 23.800円(税抜)
受注締切:2025年12月17日(水)正午
発送予定: 2026年3月上旬頃

※オーダー後のキャンセル・変更は不可となります。
※配送の日付指定・時間指定は出来ません。
※1着のオーダーにつきSCARSステッカーが1枚、特典として付きます。
※商品発送は2026年3月上旬頃を予定しております。
※受注受付:2025123(水)18時~20251217(水)正午

サイズは下記をご参考にしてください。
Mサイズ 着丈 67.5cm 身巾 62.5cm 袖丈 66cm 裄丈 91.5cm
Lサイズ 着丈 70cm 身巾 65cm 袖丈 67cm 裄丈 93.5cm
XLサイズ 着丈 72.5cm 身巾 67.5cm 袖丈 68cm 裄丈 95.5cm
XXLサイズ 着丈 75cm 身巾 70cm 袖丈 69cm 裄丈 97.5cm

材質は下記となっております。
表面:ナイロン100%
裏面:ポリエステル100%
中わた:ポリエステル100%
リブ部分:アクリル87% ポリエステル11% ポリウレタン2%
※洗濯に関しては水洗い可能ですが手洗いを推奨します。
※アイロンを当てる際は当て布をして下さい。

R.I.P. Jimmy Cliff - ele-king

 ジミー・クリフはボブ・マーリーと並ぶ輝度をもったレゲエ・アイコンだった。とはいえ、そもそもマーリーの最初のオーディションをアレンジしたのがクリフだったのであり、先に世界的なレゲエ・スターとなったのもクリフだ。そして2025年11月24日、肺炎によって81歳で亡くなったジミー・クリフは、36歳で没したボブ・マーリーより遥かに長い間スターダムに君臨したのだ。その意味で、彼こそがレゲエ界最大のインターナショナル・スターである。

 そのクリフの名を挙げて多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、1972年のカルト・ムーヴィ『ハーダー・ゼイ・カム(The Harder They Come)』で彼が演じたアイヴァン・マーティンのイメージだろう。キングストンのゲットーから這い上がってスター歌手になることを夢見る青年が、音楽業界からは搾取され、警察からは虐待され、遂には八方塞がりの窮地に陥ってしまう過程は何度観返しても胸が締め付けられる。あの主人公アイヴァンは、社会的弱者が抱く希望と反骨精神の永遠なる権化として、その同名主題歌 “The Harder They Come” の:

I'd rather be a free man in my grave
 Than living as a puppet or a slave

操り人形や奴隷として生きるくらいなら、墓の中で自由な人間でいたい

 というラインに要約されるあの映画の精神と共に生き続けている。アイヴァンがスタジオ(ダイナミック・サウンズ)で、胸に大きな黄色い星がついた長袖Tシャツを着て、腕でリズムをとりながら同曲を歌うシーンは純粋で、ゆえに痛々しく、強烈にかっこいい。

 さらにマーリーとの対比で言えば、70年代のルーツ・レゲエ期におけるクリフの独自性ははっきりと際立っていた。レゲエ・ミュージックとラスタファリアニズムの関連性が強固なものになってくるあの時代に、クリフは直接的なラスタファリアン・ミュージックを(おそらく一切)歌わなかったという意味においてである。そこには彼の宗教観が関係しているのだが、彼はもともとクリスチャンで、一時はラスタファリアニズムに傾倒したものの、70年代後半のルーツ・レゲエ全盛期にイスラムに転向し、のちに最終的に宗教全般を “見切った” ――という表現が適切か自信がないが――かのスタンスを取った。原理主義的な執着からは相当かけ離れているその好奇心と柔軟性、いわゆるオープンマインデッドな性格が、聴き手を選ばない彼の音楽性に通じている。
 その歌詞の題材も、卑近な出来事よりも、より広い外側=マスに向けた普遍性の高いトピックが主体だった。例えばジャマイカが誇る路上音楽文化の一大培養装置だった《ステューディオ・ワン》のアーティストが街角のルード・ボーイ、フーリガンやギャングについて歌っているときに、クリフは訛りのない綺麗な英語でヴィエトナム戦争をテーマにするような違いがあった――そしてクリフは知る限りその《ステューディオ・ワン》に一曲も録音していないし、その商売敵《トレジャー・アイル》からも正式リリースはないはずだ。要するに、ストリート臭が希薄で、ひとり超然とした意識高い系といったところか、前掲 “The Harder They Come” はもちろん、“You Can Get It If You Really Want” “Many Rivers to Cross” “Wonderful World, Beautiful People” “Hard Road to Travel” などの代表曲はどれも精神性が高く啓発的でユニヴァーサルなメッセージだ。ローカル・ギャングや暴力やストリートのいざこざを扱うのではなく、抵抗や反逆精神、社会的苦難、社会的不正といったテーマを、誰もが自分自身に引き寄せて聴けるレトリックを用いながらポジティヴに昇華させる手法を好んだのである――もちろんボブ・ディランが、最も偉大なプロテスト・ソングのひとつだと絶賛した “Vietnam” のように、戦争の悲惨を簡潔にえぐり出し、こちらをただただ陰鬱にさせる曲もあるにせよ。……ところが、不釣り合いにもあの曲のメロディは明るく、ビートは軽快なのであり、その人々の耳を惹く見事なテクニックにも舌を巻いたものだ。

 もう一点、彼がジャマイカのレゲエ・ミュージシャンとして特異なのは、ダブにまるで興味を抱かなかった点である。乱暴に言えば、彼は音響と内省的メディテイションに没入する趣味がなかった。外側に向けてメッセージを発することがすべて。常にそういう人だったのだと思う。
 そうしたメッセージを伝える媒介手段として、クリフは早い時代からポピュラー音楽のスタイルを果敢に取り入れた。そのスタンスは80年代により顕著となり、彼の音楽はほぼ完全にゲットー・ミュージック、ストリート・ダンスの文化を離れ、ポップ、ソウル、ファンク、ディスコからブラジル音楽、アフリカ音楽まで取り入れたグローバルかつクロスオーヴァーなものになっていく。その “ワールドワイドに大衆寄り” なスタイルによって、ジミー・クリフはレゲエ/ジャマイカ音楽を世界に広めたパイオニアとなり、同時に純粋主義のレゲエ愛好家を相手にしない存在になったという側面も確実にあろう。1992年、『ニュー・ヨーク・タイムズ』はクリフのニュー・ヨークのショウの評文で、その音楽性をいみじくも〈アリーナ・レゲエ〉と表現した。噛み砕けば〈大規模コンサート・ホールを “一般客” で一杯にできる、国際市場を意識した大衆向けレゲエ〉というニュアンスだろうが、そこに揶揄はないのである。ジミー・クリフもボブ・マーリーも1970年代から世界中の大きなホールでショウを行なったにせよ、マーリーの音楽に〈アリーナ・レゲエ〉という表現は馴染まず、それはまさしくクリフならではのキャラクターと功績を見事に集約させた表現のように感じるのだ――そう呼ばれる音楽性を、好む好まないは別問題として。

 ジャンルレスなポップ・スターと化したクリフは、1990年代にまさにその面目躍如たる世界的ヒットを記録する。そう、93年のジャマイカのボブスレー・コメディ映画『クール・ランニング(Cool Runnings)』のために歌った “I Can See Clearly Now” だ。アメリカにレゲエを広めた立役者ジョニー・ナッシュの曲を、本家よりも遥かにキャッチーに提示したそれは、彼のアメリカにおけるシングルで最も上位のチャート成績を記録、これまた世界的に愛される彼の代表曲のひとつとなった。そうしたポップな側面が脚光を浴びつつも、同時にブルース・スプリングスティーンが好んでカヴァーし、彼のファンに人気の高い “Trapped” ――絶望の中でも自由を求めて闘い続ける人間の歌だ――のように硬派なメッセンジャーとしてのクリフも、また別のクラスタから最後まで並行して愛され続けた。
 グラミーは、『Cliff Hanger』(1984年)と『Rebirth』(2012年)で二度受賞している。2010年にはロックの殿堂(ロック・アンド・ロール・オヴ・フェイム)入りを果たしたが、それもボブ・マーリーに続く二人目であり、過去殿堂入りしたレゲエ・ミュージシャンは二人以外にいない。本国ジャマイカでは《メリット》勲章を授与されたが、これもマーリーと並ぶ栄誉だ。
 ロックの殿堂入りから二年後、グラミーを獲ったアルバム『Rebirth』は、米パンク・バンド:ランシドのティム・アームストロングと組んで、1960~70年代のスタイルやサウンドに力強く回帰した快作だった。ザ・クラッシュのポール・シムノンが “The Guns of Brixton” の歌詞で『ハーダー・ゼイ・カム』のアイヴァンに言及したからだろう、そこではクリフがそのクラッシュ・ナンバーをお返しでカヴァーしていた。22年の遺作『Refugees(難民たち)』も、まさしく現在の地球が耳を傾けるべきタイムリーな表題曲のほか、“Security” “We Want Justice” “Racism” と言った世相を反映したメッセージ・ソングが並んだ。この晩年の二作は『ハーダー・ゼイ・カム』の頃のクリフをまたしても強く回想させた。いろいろやってきたけど、最後にまたここに戻ってきた、というところだろうか。

 妻さんがインスタグラムにポストしたクリフ逝去のお知らせでは、「passed away」の代わりに「crossed over」という表現が使われていた。クリフ自身、2020年に盟友トゥーツ・ヒバート(トゥーツ&ザ・メイタルズ)が他界した際の『ローリング・ストーン』誌へのコメントでその表現について語っている――我々(ジャメイカン)は “pass away(この世から消え去る)” とは言わず “cross over(境界の向こうへ行く)” と言うのです、と。存在の別のサイドに行くだけで、死というものは存在しない。その後、魂はより高次のレヴェルへ上昇するのだと。
 1944年7月30日、ジャマイカはセイント・ジェイムズ教区にジェイムズ・チェンバースとして生まれた彼は、克服するべき状況のメタファーとしてクリフ(崖)という芸名を選んだ。そして、まさに崖から這い上がり、何も視界を遮ることのない頂から世界を見渡したのち、またアイヴァンに戻ってきたと思ったら、今度は存在のまた別の面に移行したのだ。これはむしろ成就なのではないか? そう思いながら聴くクリフの歌声が、いつにも増して一層すがすがしい。

Sorry - ele-king

 フリをする時代、そうMGMTが歌った“Time To Pretend”から20年、近ごろは誰も彼もが何者かになることを求め誰かを演じている。YouTubeもSNSもまだ一般的ではなかったインターネットの時代に果たして彼らはこんな未来を予見していたのだろうか。ロック・スターの振る舞いを皮肉った歌が2025年のいまではまるでこの日常を暮らす我々のことを歌ったものに思える。誰もが情報を受け取り発信し、ロック・スターにもワイド・ショーのコメンテーターにもなれる時代、そしてもしかしたらそれに少し辟易しかかってもいるかもしれない時代。我々はすべてのものを目撃し何にだってなれ、周りと比べてもはや井の中の蛙ではいられなくなり、傷つくことを恐れ、心を守るため自分以外の何かになる。他者を見れば見るほど素の自分がわからなくなり答えを求め、共感のショーウィンドウに並ぶ服を着ることで適した人間になり変わる(思うに少し伝わりすぎてしまうのだ)。大学、音楽、漫画、ファッション、映画に育児、アイドル、野球、エトセトラエトセトラ、それぞれにSNSのアカウントを作りその場に適した自分、そこで求められている人間に寄せていく。あるいは媒体自体を切り替えることもあるかもしれない。それは違う自分で、定まったよくわかる自分なのだ。自分の枠組みを自分で作る、目に映る他者の形を求め違う誰かになることであやふやな自己を規定する。そして時には肩書きや設定をプラスする。その場その場にあった振る舞いをするというのは昔からあったがいまはより強調しはっきりと分裂させている。そうしていつもなにかの価値を気にしている。

 そんな時代においてロンドンのインディ・ロック・バンド、ソーリーはこの3枚目のアルバム『COSPLAY』で我々に静かに問いかけるのだ。ゴート・ガールシェイムらと共にウィンドミルのインディ・シーン初期に登場したこのバンドはシェイムのチャーリー・スティーンがかつて評したようにやはり優れた観察眼を持っているのだろう。シーンを先導し流れを作るようなタイプではなくそこから一歩外れた染まらないアウトサイダー。観察し、それがどういうことかを考えて形を作り、また観察し考えるということの繰り返し。サンプリングが多用されたこの3rdアルバムはソーリーのバランス感覚、引き算のセンスが遺憾無く発揮されている。1stアルバムの作り込まれたサウンド・プロダクションと2ndのラフな感触を残した曲作りの両方の良い部分を抽出したかのようなこのアルバムはまさにソーリーの観察眼の賜物だ。重ね合わせても決して過剰になることのないこの音楽は淡々と熱を帯び、変化していく現代社会に生きる人の心を浮かび上がらせる。

 心の隙間に入り込むようなアルペジオが響くオープニングトラック“Echoes” でアーシャ・ローレンツは熱っぽく冷めて孤独を歌う。繰り返される「エコー / エコー/アイ・ラヴ・ユー」。この曲はもちろん悲しく揺れる美しさを持ったラヴソングであるのだが、自分にはこの言葉がインターネットの海を彷徨う孤独な叫びのように聞こえてくる。日々目の前を飛び交う声、知らない誰かの愛に憎しみ。誰に向けてのものかわからない、文脈が消え方向性を失った匿名のアイ・ラヴ・ユーはまるで助けを求めるようにこだまする。それは受け手以外の目に触れる多重コミュニケーションの反響なのだ。特定の誰かに向けての言葉だったものが反響し遠くの人間にまで届き意味が変質する。そして他の言葉や価値観と合わさりまったく違ったものに聞こえるようになる。あるいはこれは現代社会のありかたの一端を象徴しているのかもしれない(つまり我々の頭の中、スマートフォンの中で繰り広げられている日常だ)。

 そしてルイ・オブライエンが歌う“Life In This Body”がある。この曲は数年前に作ったものの一部を再利用して持ってきたのだというが、相変わらずルイは美しく枯れたメロディを紡ぐ。自分はこうしたタイプのルイの曲が大好きなのだが、しかし今回のアルバムではそれを決して単独では使わない。かってバンドを象徴していたコラージュのアートワークのようにサンプリングと合わせられ、ストリングスと共にいまのアーシャの作った部分と接続される。古いラジオから流れ出してきたような「I want to be out on the sea~」という冒頭部分はソーリーのエレクトロニクス奏者のマルコ・ピニが盟友のセイント・ジュード、hekaとともに始めたプロジェクト・Dorothyの曲でも使われ、共有されているのだが、それも何と接続するかで意味が生まれる現代アートのような振る舞いに思える。アルバムのレコーディング作業はパッチワークのようなものだったとバンドは言うが、曲のアプローチの仕方といい歌詞といいやはり社会の空気を反映させたアルバムのように感じられるのだ。

 そうしてこのアルバムはアーシャがかってSoundCloudに1分半の断片をアップしていた“JIVE”で締められる。アルバムの時間に繋がり4分に膨らんだこの曲にソーリーは混乱したクラブでの虚無を描いたようなアレンジをほどこしている。ハイパーポップまではいかない、ギター・ロックでもない、ダンス・ミュージックとも違う、それはまるでどこにも属することはない孤独を示すように響いていく。暗く狭い部屋でフラッシュバックするように点滅を始める感情。そうしてまた断片、接続される声。最後まで頭の中に響く匿名の声はやはり現代社会の孤独を感じさせる。誰しもいるがその全てに馴染めない、群衆の中の孤独。そうしてそれは終わりが来ずに続いていく。

 理解と観察のソーリーのこのアルバムは絶望せずにそれでも人を信じている。現代は誰かのフリをするコスプレの時代であると同時に、繋がることができるコネクトの時代でもあると感じているかのように。他者への関心を強く持ち続け、全体から切り離された断片に溢れる世界で意味を探し繋げていく、その熱は心を強く揺さぶる。なぜ自分がソーリーに惹かれるのか、その理由がこのアルバムには詰まっているのだ。

Susumu Yokota - ele-king

 京都のレコード喫茶/バーの「しばし」。同店にゆかりのあるゲストがアナログ盤をかける企画「しばし円盤くらぶ」のスペシャル版として、横田進のリスニング・イベントが開催されることになった。日程は年明け後、1月17日(土)。
 今年はレーベル〈Lo〉が横田の没後10年を機にLP 7枚組ボックスセット『Skintone Edition Volume 1』をリリースしているが、これにあわせ同レーベルは世界各地で「Susumu Yokota World Listening Tour」を実施、日本ではしばしがオファーを受けることに。当日はそのボックスセットからele-king編集長・野田が選んだ2枚がプレイされる。

以下、編集長のコメントとイベントの詳細です。

「横田進さんの『Sakura』は、途中から聴くのではなく、できればそのレコードに針が落とされる前から、そこに待機していただけたら幸いです。というのも、その1曲目の“Saku”の最初の出音がスピーカーからこぼれた瞬間、その場が別世界になるからです。『Sakura』は、海外の人がしばしば言うのは「悟り」ということです。横田さんは特定の宗教に依拠していませんでしたが、彼のなかには彼自身さえ制御できないほどの夢見る力があったことはたしかです。その彼の能力がすばらしく具現化されたアルバムが『Sakura』です。『Image 1983-1998』は彼がハウス・ミュージックと出会う以前から書きためていた音のスケッチ集みたいなものです。これは、よりリラックスしながら、誰かと話ながら聴いてもいいと思います。どうぞ自由に楽しんでください」

● 1/17(土)18:00~21:00︎
しばし円盤くらぶ SPECIAL
Susumu Yokota World Listening Tour

selected by 野田努(ele-king編集長)
featuring albums;
『Sakura』
『Image 1983-1998』

─ リマスター音源
─ 野田努(ele-king編集長)による選盤

入場は無料(要ワンドリンク)
ご予約はDMか店頭にて

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『Skintone Edition Volume 1』

横田さんの没後10年を節目としたロンドンの〈Lo Recordings〉の企画で、7枚組のボックスセットが今年発売されました。
全作品はリマスタリングされ、アナログ盤ではカラー・ヴァイナル(全13枚の12インチの盤)仕様、各アルバムのカヴァーアートは新しくデザインされ、彼の詳しいバイオグラフィーが綴られたブックレットも封入されている。

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◎喫茶しばし(月曜定休)12時-19時

◎しばし ばー 毎週土日 17時-22時
(土日は喫茶17時終了、そのままばーopen)

場所
しばし
〒606-8335
京都府京都市左京区岡崎天王町76-16

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