「PAN」と一致するもの

interview with Unknown Mortal Orchestra - ele-king


Unknown Mortal Orchestra
Multi-Love

Jagjaguwar / ホステス

Indie Rock

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 ルーバン・ニールソンには尊敬できる友人と家族がいて、そうしたひとたちへの信頼や情愛、そして生活が、音楽とふかく結びついているのだろうということが、ありありと想像される。USインディのひとつのかたちとしてそれはめずらしくないことかもしれないけれど、日本で家族や友人の存在が音楽にあらわれるとすれば、もっと極端な表出をともなうか(写真をジャケにしたりとか、歌詞や曲名に出てきたりとか)、あるいはごくふつうの家族や友人として絆や影響関係があるというレベル以上には表現に出てこないか、どちらかであることが多いのではないだろうか。そう考えると、生活における音楽の根づき方や楽しみ方、機能の仕方は、あちらとこちらとではまるで異なったものなのだろうとあらためて感じさせられる。

 本当は、2011年にリリースされた彼らのファースト・アルバムが、シーンにどのようなインパクトをもたらし、どのようにUSインディの現在性を体現していたか、というようなことから書くべきだと思うのだが、それはレヴューや前回インタヴューをご参照いただくとして、ここでは、今作があまりにそうした世事から離れているように感じられることを記しておきたい。

 そんなふうに時代性や批評性から外れて、なお愛され流通する作品というのはとても幸せなものだと思う。しかし考えてみれば〈ジャグジャグウォー〉自体がそうした音楽を愛するレーベルなのだろう。それでいて閉塞したり孤立したりすることなく、その時代その時代にきちんと自分たちの位置をキープし、新しい才能を迎えいれていく柔軟さを持つところがすばらしい。〈ファット・ポッサム〉や〈トゥルー・パンサー〉など、トレンドや時代性という意味において発信力と先見性のあったレーベル群をへて、前作から〈ジャグジャグ〉に落ち着いているのは、本当に彼らにとってもよいかたちなのだと思う。

 元ミント・チックス──キウイ・シーンからポートランドへと移住してきたルーバン・ニールソン、彼が率いる3ピース、アンノウン・モータル・オーケストラ。3枚めのアルバムとなる今作は、彼にとっては、家を買って家族で引越し、バンドにもメンバーがふえ、実の弟やジャズ・ミュージシャンである父もゲスト参加する「家族の」アルバムになった。それは、そんなふうにはアルバムのどこにも謳っていないけれども、音の親密なぬくもりに、そしてデビュー作からの変化のなかに、如実に感じられる。小さな場所で築かれた大切なものとの関係が、とりもなおさずそれぞれの音の密度になっている、というような。

 ニールソンにとって、ヴィンテージな機材やテープ録音のローファイなプロダクションを愛する理由は、きっとそうした親密なものたちへのまなざしや彼らとの付き合い方につながっている。それが人であれ音楽であれ、自身の好むものに対して、外のどんな要因にも引っぱられないつよい軸──それを本作タイトルにならってマルチ・ラヴと呼んでみてもいいだろうか──を、この3作めまでのあいだに、彼は見つけたのだろう。作品を重ねるごとにそれは浮き彫りになり、時代ではなく人の心に残る音へと、変化しているように感じられる。

■Unknown Mortal Orchestra / アンノウン・モータル・オーケストラ
ニュージーランド出身、米国ポートランド在住ルーバン・ニールソン率いるサイケデリック・ポップ・バンド。デビュー作『アンノウン・モータル・オーケストラ』(2011)はメディアからの高い評価とともに迎えいれられ、グリズリー・ベア、ガールズ等とのツアーを重ねるなかで、2015年には通算3作めとなるアルバム『マルチ・ラヴ』をリリースする。

いまは2年前よりもだんぜんハッピーだよ。

まずは、驚きました。UMOだというのははっきりわかるんですが、単にサウンドが変わったというよりは、キャラクターが変わったというか、人間としての変化や進化といったような次元での差を感じました。この2年間で、ご自身の上にどのような変化を感じますか?

ルーバン・ニールソン(以下RN):ここ2年は、いろいろなことがあったんだ。レーベルも新しく〈ジャグジャグウォー(Jagiaguwar)〉になったし、マネージャーもトム・ウィローネン(Tom Wironen)に変わった。新しいドラマーも加入したし、最近は新しいキーボート・プレイヤーも入ったんだよ。個人的には家を買って、家族といっしょにそこに越したんだ。すごくいい時間を過ごせていると思う。本当に楽しくもあり、かなり忙しくもある。こういうすべての変化があったおかげで、いまは2年前よりもだんぜんハッピーだよ。

トランペットはお父さんだそうですね。ジャズ・ミュージシャンでいらっしゃるかと思いますが、ジャズのなかでもどのようなあたりをおもに演奏されるのでしょう?
また、参加曲や今作において、何かアイディアやディレクションについての摺合せはありましたか?

RN:最近は、彼はおもにいくつかのビッグ・バンドの中でジャズ・プレイヤーとして活動しているんだ。そういった大きなアンサンブルの一部になるのがすごく楽しいと言ってるし、親父はそういうのが本当に好きなんだと思う。レゲエ・バンドとツアーをすることもあるんだ。彼はさまざまなスタイルの音楽を演奏してきたし、いまでもそれは変わらない。

録音環境に変化はありますか? ヴィンテージな質感は変わりませんが、やはりディクタフォンやオープン・リールのレコーダーを?
一方で、肌理(キメ)の整った、スマートなプロダクションになったという印象もあります。

RN:昔のよしみで、一度か二度だけディクタフォンを使った。おもに使ったのは〈フォステクス〉の8トラック・リールで、テープ・レコーディングしたんだ。今回は2、3台いい機材を使う事ができて、そのおかげで大きな変化が生まれた。ニュージーランドにある、ハンドメイドで機材を製造している〈Ekadek〉社の〈Kaimaitron〉っていうカスタム・ミキサーを手に入れたんだ。あとは、〈Retro Instruments〉のPowerstripも使ったし、ミックスには〈Chandler〉社のMini Mixerを使ったね。それらの機材は、音質にすごく大きな影響を与えてくれた。同時に、古いスプリング・リヴァーブや、ヴィンテージのアナログ・ディレイ、フェイザー・ペダルといった昔のローファイの機材も使ったんだ。今回は、ハイファイとローファイが混ざり合っているんだよ。

すべては楽しむことからはじまる。自分のスタジオの中で、レコーディング、ミックス、演奏をするのは本当に楽しいんだ。

プロダクションが少しクリアになることで、派手なパッセージなどはないものの、あなたがたがテクニカルなバンドだということがより見えるようになった気がします。そのあたりはどう感じておられますか?

RN:いいことだと思う。年を重ねると、そういうふうに評価されるのがうれしくなってくるね。

具体的にはとくに“ユア・ライフ・ワン・ナイト(Ur Life One Night)”のリズムなどに驚きます。アレンジの色彩のゆたかさもそうですし、冒頭のシンセも新鮮でした。あなたにとってはちょっと「あそんでみた」というところですか?

RN:すべては楽しむことからはじまる。自分のスタジオの中で、レコーディング、ミックス、演奏をするのは本当に楽しいんだ。あのイントロは、まず僕の弟がいくつものコードをプレイして、僕がそれをデジタルのピッチ・シフターにつないで、各コードをPro Toolsを使ってさらに細かく区切っていった。だから、あの変化はかなり早く起こったんだ。作っていてすごく楽しい曲だったよ。

制作の上で、あなたの相談役となるのはとくに誰でしょう? バンド以外の人物ではどうでしょう?

RN:ジェイク(ベース)にはよく相談するんだ。彼とは長年ずっといっしょに音楽を作っているし、僕たちは、音楽やプロダクションに関して話をするのが大好きでね。レコードやアイディアをいっしょに分析するのが大好きなんだ。それ関係の話題だったら、果てしなく話していられる。バンド以外だと、父親と弟と話すのが好きだね。

誰か組んでみたいエンジニアやプロデューサーはいますか?

RN:クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)とナイル・ロジャース(Nile Rodgers)、それにガブリエル・ロス(Gabriel Roth)。

以前は、あなたが60年代的なサイケデリアを参照するのは、もしかするとシューゲイズ・リヴァイヴァルなど、2010年代的なサイケデリックの盛り上がりに対する違和感があったからかと思っていましたが、もっと根が深そうですね。そこには何があるのでしょう?

RN:自分でもわからない(笑)。ただそういうサウンドが好きなだけだよ。僕のお気に入りのレコードは、60年代や70年代の作品なんだ。

仮にギターを禁止されたら、どのように音楽をつくりますか?

RN:シンセサイザーかサンプラーを使うね。

「マルチ・ラヴ」というのは、憎しみや戦いに打ち勝つための愛の武器のようなものだと思っていた。ロマンティックなアイディアとはかけ離れていて、すごく理想主義的だったんだ。

“マルチ・ラヴ(Multi Love)”には「3人の人間が並んだときに生じる欲望の三角関係」という説明がありましたが、それは「the eternal triangle」という言葉とはまったくニュアンスのちがうものですね。これがタイトルになったのはなぜでしょう?

RN:信じられないかもしれないけど、あのタイトルはバンドをはじめる前に思いついたものなんだ。「マルチ・ラヴ」というのは、憎しみや戦いに打ち勝つための愛の武器のようなものだと思っていた。ロマンティックなアイディアとはかけ離れていて、すごく理想主義的だったんだ。アルバムのタイトルは最初の歌詞だし、俺の人生もアルバムもそれとともにはじまった。この言葉を思いついて、言葉の意味を見つけ出そうとしてから、僕の人生と作品はかなり変化したんだ。

3人という集団は、社会の最小単位でもあると思います。あなたはミニマムな社会というような意味で「3人」からなる関係に興味を抱くのですか?

RN:自分たち自身にとっての新しいストーリー、そして人生の新しい道を作りたいと思ったんだ。ある意味、政治的な感じもした。共存しようとすること、それを機能させるために進化しようとすることは、すごく勇敢な気がして。新しい方向へ進む中でのひとつの動きのような感じだったんだ。

共存しようとすること、それを機能させるために進化しようとすることは、すごく勇敢な気がして。

“ネセサリー・イーヴィル(必要悪)”というタイトルなども社会や世界というレベルで生まれてくる発想だと思います。あなたがそうした大きなレベルから思考することの理由には、あなたが移住のご経験をされている(=アメリカの外部からアメリカを見る視点がある)ことも関係しているでしょうか?

RN:アメリカに住んでいながらその言葉の意味をより深く知っていくのは、エキサイティングでもあり悲しくもある。この国(アメリカ)には、無限の可能性と陰湿な嘘の両方が根を張っているからね。歴史とラヴ・ストーリーには共通点がたくさんある。アメリカで人生を生き抜くと、さまざまなレベルから物事を見れるようになるんだよ。

南米風の“キャント・キープ・チェッキング・マイ・フォーン(Can't Keep Checking My Phone)”なども楽しいです。ベースが心地いいですね。こうした曲はどのようにつくっていくのですか? セッションがベースになるのでしょうか?

RN:この曲は、ドラム・トラックから作りはじめたんだ。まず、弟に、僕が彼に送ったいくつかの曲をベースに何かを作ってくれと頼んだ。ディスコに捻りを加えたような作品を作りたくてね。彼が送ってきたドラムは、本当に完璧だった。コードやメロディといったほかのものはすでに考えていたんだけど、普段もそれをできあがったドラム・トラックに入れて、後からベースをつけていく。この曲のメイン・コーラスのベース・ラインを書いて演奏したのはジェイクで、ヴァースのベースを書いてレコーディングしたのは僕だよ。

90年代のR&Bにはリスナーとして思い出がありますか? シンガーをプロデュースしたいというような思いはあります?

RN:そういった音楽にはかなりハマっていたんだ。子どもの頃、自分の親のショー以外で初めて見たのはボーイズ・トゥ・メン(Boys Ⅱ Men)のコンサートだった。いまでもSWVはよく聴いてる。彼らとテディ・ライリー(Teddy Riley)のコラボ作品は本当にすばらしい。そういう作品は、俺が子どもの頃にラジオで流れていたんだ。もしシンガーをプロデュースするなら、自分がプロデュースするにふさわしいプロジェクトで作業したい。いまはツアーですごく忙しいけど、あっちやこっちで数人のアーティストとコラボレーションしているよ。

テレビドラマや映画などで、ここしばらくのあいだおもしろいと感じたものを教えてください。

RN:Netflix(※アメリカのオンラインDVDレンタル及び映像ストリーミング配信事業)で、『ホワット・ハプンド・ミス・シモーヌ』っていうニーナ・シモン(Nina Simone)のドキュメンタリーを見たばかりなんだけど、あれはかなり気に入ったね。彼女はまさにクイーン。本当に素晴らしくてパワフルな存在だと思う。彼女のストーリーは、痛みや喜び、葛藤や鬼才をめぐる壮大な旅なんだ。それから、しばらくテレビや英語を観る時間がそんなになかったんだけど、『ゲーム・オブ・スローンズ(Game of Thrones)』の新シーズンは最近観たよ(笑)。俺は負け犬が好きなんだけど、あの番組に出てくるのは弱者だらけだから、お気に入りのショーなんだ。

漢 a.k.a. GAMI (企画/構成・二木信) - ele-king

検索出来ても経験不足
知ったかぶってる偽物ばっかだ
漢 a.k.a. GAMI “oh my way”

 アウトサイダーではない。これはアウトローの物語である。
 2003年、MSCの『MATADOR』を初めて聴いたときは、とんでもない人たちが出てきたと驚いたものだったけれど、本書『ヒップホップ・ドリーム』でぼくはようやくその背景の詳細を知ることができた。そうか、こういうことだったのか……MC漢の生き様そのものが音楽に直結している。直結していなければ、それは“リアル”じゃない。
 漢の自叙伝『ヒップホップ・ドリーム』をぼくは先週末、布団のなかで読みはじめて、そのまま最後まで読み切ってしまった。本書の企画/構成者である二木信のバカヤローに「素晴らしかった」というメールも送った。この手の実話ものはたいていそれなりに面白いものだが、本書に関しては構成力も素晴らしかった。
 
 1978年新潟で生まれ、東京は新宿で育った漢は、なかば崩壊する彼の家庭環境、不良グループの実態、ローカル都市としての新宿、MSC結成、ストリート・ビジネス、アジトでの共同生活、そしてLIBRAとの決裂と鎖GROUPの立ち上げまでの歴史を魅力的な語り口で紡いでいく。それら物語からは、彼のヒップホップ観やストリート・ワイズ、もしくは反骨心やハングリー精神が立ち上がってくる。
 ストリート目線の、街で学んだ言葉(隠語)で綴られる『ヒップホップ・ドリーム』は、まずはその言葉遣いそのものに異様なグルーヴがある。ヤンキー文化にコンプレックスを抱く知識人が書いたものとはわけが違うってことだ。そしてサーヴィス精神旺盛な漢は、彼のサグなエピソードを惜しみなく語ってくれる。ユーモアはあるが情緒の入り込む余地はない。時系列に従って淡々と、恐怖と魅惑の物語を書けるギリギリのところで書いている。誇るべき栄光の歴史というよりも、いわば反社会のオンパレードで、読んでいるだけでもぞっとする箇所がいくつもある。内臓の底から凍えるようなエグい逸話も少なくない。思わず本を破り捨てたくなるようなヴァイオレンスもある。しかし、それが“リアル”であるならば、漢は書かなければならない。“リアル”を表すことこそ彼のラップ哲学なのだから。
 
 これはMSC誕生秘話であると同時に日本語ラップ史のひとつの季節、ひいては日本の音楽史90年代から00年代にかけてのアンダーグラウンド文化の生々しい回想録だ。90年代のストリートではいったい何が起きていたのかという証言──まあ、たしかに若者文化において観葉植物が瞬く間に広まった時代でもあったし、ぼくの身近なところでも、小中でSDP、そして「証言」で人生を変えられて、ECD、ギドラ、シャカゾンビ、ブッダ、ケムリなどなど……といった一連の流れ(並行して、レゲエもあったことを忘れてはならない)にどっぷり浸かっていた輩が何人もいる。NASの川崎チッタのライヴに出かけ(ぼくの世代はPEだった)、思春期に日本語ラップ黄金期を思い切り浴びたその世代(昭和50年~50年代なかば生まれぐらい)が街に繰り出しはじめたとき、日本における不良は更新されたのかもしれない、と思う。
 『ヒップホップ・ドリーム』には、そのあたりの“リアル”の断片も散らかっている。つまり、描かれているのはメタファーとしての毒でなく本物の毒、そして集団暴行、落ちるところまで落ちること、すなわち犯罪についても、だ。業界主導ではじまった日本のヒップホップはこうしてストリート主導の文化へと変わっていったと言えば聞こえはいいかもしれないけれど、“リアル”とはそうスマートなものではない、ということもよくわかる。
 が、それ以上に本書が訴えることは、このドラマの向こう側からは、誤解を恐れずに言えば、そう、カウンター・カルチャーの可能性を感じるということではないだろうか。彼はいっさいそんな風なことを語っていないけれど、どうにも漢は反逆者だ。そもそもこの本には、保守的な日本がもっとも嫌悪するものごとで満ち溢れている。そして、たとえ危険な匂いを漂わせようとも、どこまでも反権威的で、力に屈することのないインディペンデントな人物たる漢は、ある意味憧れであり、本人がいくら否定しようとも人の内なる欲望の代弁者であり、そして大胆不敵な(アンチ)ヒーローなのだ。
 彼はストリートから来ているが、ストリート至上主義者ではない。が、しかし、どんなに血も涙もない場所であっても、そこが創造力の源になっていることが本書を読んでようくわかった。これだけの経験をして、そして大人になった漢がこれからどんな“リアル”をラップするのか、本書を読み終えたぼくにはこの先が楽しみでならない。果たしてどこに“リアル”を見出すのだろうか。

 レイヴの歴史を紐解けば、一度はスパイラル・トライブの名前を見かけたことがあるだろう。セカンド・サマー・オブ・ラヴ以降のイギリスで、100以上のフリー・レイヴ(無料レイヴ)を行い、多いときでは4万人を動員するなど、ハードなパーティとともに生きた伝説のテクノ・サウンドシステムのクルーだ。当時のイギリスでは抵抗の象徴として注目されたクルーのひとつでもある。イギリスから移住後、ヨーロッパにテクノのサウンドシステムを普及させ、そのシーンからでないと生まれ得ないトライブやハードテックなど、先鋭化したジャンルの基盤を作った。彼らはレイヴとともにヨーロッパ中で生活した、レイヴトラベラーの実践者とも言える。今まで日本で紹介される機会が少なく馴染みが薄いが、ヨーロッパのアンダーグラウンド・シーンでは一時代を築いた集団ということは検索すればわかるはず。

 さて20年後の現在、当時のメンバーのひとりであるDJのJeff23が奇跡的に来日した。今回の来日が実現したのは、Jeff23の友人であるチェコ在住のハードテックの日本人DJ Tanukichiと、90年代から日本にレイヴカルチャーを持ち込んだパーティ、ライフフォースの協力があったため。当日のプレイは妖艶さを持ったダークなテクノで、人々は朝まで魅了された。近年稀にみるいかがわしい雰囲気がフロアを覆い尽くした。スパイラル・トライブの活動は多岐に亘るためすべてを紹介できないが、一員であった彼の発言からイギリス/ヨーロッパ圏での音楽を取り巻く文化の違いを少しだけでも知ってほしい。

Spiral Tribe Reportage Tracks Arte GermanTV

ずっとウェアハウスで(インディペンデントな)フリー・パーティをしていたんですよね。現在までのスパイラル・トライブの経緯を教えて下さい。

Jeff23:スパイラル・トライブとしての活動は99年までなんだ。最初、自分はスパイラル・トライブに会う3年前から仲の良い友だちとウェアハウス・パーティをやっていて、91年のクリスマスにメンバーであるサイモン(クリスタル・ディストーション)たちと出会って参加するようになった。自分のやっていることに一致したからだね。
 スパイラル・トライブは元々フリー・パーティをモットーにしていたけど最終的には料金は取るようになった。自分たちは本当に安い値段でパーティをしようと思っていても、ビジネスみたいなものに取り込まれて25ポンドぐらいの入場料になってしまう。それがやっぱり自分たちの意志とは反することがあった。
 だんだんクラブの体裁が流行りはじめて、フリー・パーティと区別がつかなくなった。そこからバウンサーがいるような時代になって、それが本意ではなかったんだ。そこからマフィアやフットボールのフーリガンのような連中含めて、いろいろ絡みはじめてこんがらがった。自分がスパイラル・トライブに入る前にマフィアに売上を全部取られたこともあった。スパイラル・トライブもやられたこともあった。89年以降はじょじょに厳しくなったのでスパイラル・トライブは状況に反発していた。

当時はスクウォッティングした建物でもパーティをしていたんですよね。

Jeff23:89年までのイギリスでは空き家のドアを開けて鍵を取り替えて住んでも、なかに人間が住んでいる場合は追い出せないという法律がまだ成立していたんだ。どんなに広い建物でもスクウォッティングができた。そこでパーティができて巨大になっていった。親しい友人に伝えていって、友人が友人に電話で連絡して集まったんだ。法律が変わってからは、お金を払うイリーガルなスクオッティング・パーティはなくなった。その後もスクオッティングはイリーガルな形で続いていったけど。
 当時のシーンにはサイケデリックなドラッグがあったとしてもコカインやヘロインなど本当に悪いドラッグはなかった。もっと深い精神性を持ったものとして存在/存続していた。サイケデリックについて理解するのは難しい……。それも少しの理由になったかもしれない。

カウンターカルチャー的な集団だとも聞いていますが。

Jeff23:ビーンフィールドという場所で、2万人が集まったストーンヘンジ・フリーフェスティヴァルでは、警官が人を殴った。実際に殴りつけるから、そういう人に対してスパイラル・トライブは意思を持って立ち向かっていった。それが大問題になる。それから自分たちの政治的な立場が支持されてた。当時、他の人たちがはっきり言わなかったことを自分たちは政治的にも立ち上がったから、注目されていたんだと思う。いい意味でも悪い意味でも。
 当時からサウンドシステムを持っていたのもあって、大きなパーティでは2~3000人という人たちが動いた。盛り上がるというのは一瞬で盛り上がるのではなく、続けていくことによって、そこでずっとやっている人たちがいて、それに乗るみんなのエネルギーがあって始めて発生するんだ。
 92年にイギリス政府は100万ポンドを掛けてスパイラル・トライブの問題を裁判することになった。「環境の平和を乱す」という名目で裁判を受け、スパイラル・トライブは政府に勝った。その後、リサ・スタンフィールドやコールドカットはレコーディング・スタジオを作れるぐらいの資金を前払いをしてくれた。自分たちのことをセックス・ピストルズのようなテクノの抵抗の象徴として扱おうとしていたんだ。まわりはそうしたかったけれど、自分たちはそうならなかった。
 その資金を使って、イギリスからサウンドシステムをヨーロッパ大陸に送った。イギリス国内では活動できなくなったので、ヨーロッパに渡ってテクノをプレイするようになった。それまではブレイクビーツだったけれど四つ打ちになっていくんだ。93年頃から、ベルリン、ベルギー、オランダと点々と拠点を変え、最終的にパリに移住した。そこからフリー・パーティのシーンがフランスで生まれたとされていて、ヨーロッパでテクノが爆発的に拡大していった。自分たちのやり方でプロモーションをしたんだ。それから1996年にテク二バル(※)は生まれたんだ。

※テクニバル(Teknival)=ノー・オーガニゼイション/ノー・マネーシステム/ノー・コマーシャリズムのコンセプトの元、複数のサウンドシステムが同日、同場所に集結する自由参加型のゲリラレイヴ。T・A・Z (The Temporary Autonomous Zone)を作り上げる。最大規模の開催では、200組のサウンドシステムと11万人がパリ周辺に集まった。

Teknival Frenchtek 2015 cambrai Teknivibration

 車でフランスからゴア(インド)までパーティをしにいったこともあったよ。子供とともに生活用品も持って行ったね。ロシアのジェット飛行機を買ってチェコに行ったりもした。ヨーロッパ中にネットワークがあるので、そうやってパーティを続けることができたね。木を育てるようにゆっくりと育ち、いまは世界的になったけど。
 ただ結局、2000年以降にヨーロッパ全土でもメディアで注目されて、警察が追いかけるようになってフリー・パーティは止まってしまった。続いているのもあるけれど、サウンドシステムがフランスでは非合法の存在になってしまった。
 締め付けが厳しくなっていくフリー・パーティを続けながら、〈ネットワーク23〉というレーベルを作った。ディストリビューションを行い、まともなことをやって音源を売った。いままでフリー・パーティ・シーンにいた人が音源を買ってくれたんだ。アーティストに制作できる環境を与えられるだけのギャランティを渡した。それぞれのアーティストがスタジオを持って音源の制作できるようになってからスパイラル・トライブとしての活動はストップしたんだ。

フランスでハードテックやトライブというジャンルが生まれたのは、スパイラル・トライブが発端ですよね?

Jeff23:多彩で多角的なアーティストがスパイラル・トライブにいて、クリスタル・ディストーションなどの初期の人たちの一部が、音楽事体の創造性や革新性も更新した。パーティが中心の生活をしていたからもあった。96年頃かな、テクノやハウスの33回転のレコードをあえて45回転にしてピッチをマイナス8にしたことがはじまり。そこから派生してフレンチコアなどハードコア・テクノも生まれたけど、今の自分はテクノなのでハードコアではないね。自分はアーティストのラインナップによってプレイする音楽の速さも変わってくるけれど。
 現在は、スパイラル・トライブの意思をもう一回再生しようとして、2005年頃からSP23というコレクティヴ/コミュティを作って活動中なんだ。時間が経ったので、世代を超えて子どもたちを育てていく状況に突入している。これからは日本でも活動していきたいね。



DJ TASAKA
UpRight

UpRight Rec.

Tower HMV Amazon

 DJ TASAKA、4枚めのアルバム『UpRight』の発売を目前に、今週末にはリリース・パーティが開催される。「国会前でのハードなプロテストのアフターとしても、2015年夏の幕開けに相応しい、スペシャルな夜になりそうだ」(久保憲司)。パーティは映画上映からはじまるなど、作品同様、丁寧にコンセプトされていることがうかがわれる。会場ではアルバムの先行販売も予定、みなさんもよき夜を。

■BLEND is beautiful presents
ACT UP RIGHT

7.17 FRI OPEN 22:00
at SOUND WAVE BE-WAVE
1-15-9 Kabukicho Shinjuku 03-5292-0853
2,000yen at door

PART 1 22:30~
UNITED IN ANGER A HISTORY of ACT UP 映画上映(日本語字幕付き)
HIV/AIDSの時代を生き抜くために、人種や階級ジェンダーの枠を超えて力を合わせて社会の変革に挑んだ人々、ACT UPの非暴力抵抗運動は、HIV/AIDS危機にある米国政府やマスメディアを動かした。このドキュメンタリーは、大切な人を失う哀しみを育み、人とのつながりの中で生きる力を持ち、セクシーでエネルギッシュなACT UPの姿を映し出す。
監督:ジム・ハバード Jim Hubbard プロデューサー:サラ・シュルマン Sarah Schulman

PART2 24:00~
B1F
DJ TASAKA long set, Kinue Itagaki Yoshino, MC JOE

LOUNGE DJ
Lark Chillout, KUMA the SURESHOT, showgunn

FOOD
True Parrot Feeding Service

SHOP
DJ TASAKA アルバム先行発売。ZINE希望的工具販売。


Hocori、とは? - ele-king

 あるいはあまりプロモーション展開をしなくとも──名が伏せられ、レコード屋のインディ・コーナーの一隅にひっそりと面出しされているくらいでも、『Hocori』は人々の手に取られるようになるのではないだろうか。ネットレーベル発の才気あふれるプロデューサーやユニット群のひとつとして、あるいは“東京インディ”の新しきピース、と謳われていても違和感がないかもしれない。“Lonely Hearts Club”や“God Vibration Instrumental”などは無名性とともに再生されるとき、もっとも時代性を発揮するように思われる。できることなら期待のデュオの登場だ、その音源がユーチューブで公開されている、とだけ紹介してみたい。そしてどうぞご一聴を。素敵な音楽が聴こえてきます。

“Lonely Hearts Club”Music Video

 MONOBRIGHT の桃野陽介(Vo / Gt)とgolf / SLEEPERS FILMで活動する関根卓史のユニット、Hocoriが7月15日(水)にリリースする1st mini album『Hocori』より、リード・トラック「Lonely Hearts Club」のMusic VideoをYouTubeにて解禁した。

 このMusic Videoは、Hocoriの持つシティ・ポップやエレクトロ・ポップをベースに置きながらも、ブラックミュージックのスパイスを取り込む作品の方向性にいち早く注目した、NY生まれのファッションマガジン NYLON JAPANのプロデュース及びディレクションによる作品で、モデルの田中シェンと遊屋慎太郎[ユウヤシンタロウ]が起用されている。

 田中シェンはモデルとしてNYLON JAPANだけでなく、GINZAや装苑など人気ファッション誌にも多数登場し、「JINS × niko and...」のイメージビジュアルなども務め、Instagramで50,000以上のフォロワーを誇る人気急上昇中のモデル。さらに彼女はイラストレーターとしても注目されており、Music Video内で着用している彼女自身がデザインしたTシャツもNYLON JAPANが手がける作品ならではのポイントだ。また、遊屋慎太郎[ユウヤシンタロウ]もBRUTUSを始めとしたファッション誌やカルチャー誌などでのモデル活動だけでなく、アパレルブランド「sulvam」のコレクションビジュアルにも登場するなど目が離せない。
 一目でグイッと引き込む強い視線を持ち、濃厚な空気感を纏う2人のモデルが「Lonely Hearts Club」の楽曲の情景と妄想的要素をNYLON JAPANならではの個性を尊重したスタイルで表現していて、楽曲同様に“新しいセンス”を感じさせる作品となっている。なお、2人のMusic Videoへの出演は本作品が初となる。
 さらに、6月にラフォーレ原宿にて行われたポップアップショップや、先日、パリで行われたJAPAN EXPOでも話題となった、新進気鋭のデザイナー 手嶋幸弘氏が手がける「誰かのヒーローになれる服」をコンセプトに展開しているアパレルブランド〈ユキヒーロープロレス〉が今度は大阪・阪急うめだに進出! スペシャルコラボレーションによる限定盤『Tag』[タッグ]も併せてここで発売されることも決定した。これは1st mini album『Hocori』のリリースに先駆けて発表されていた全3曲入りCDで、関根卓史がこの盤のために手がけたオリジナルミックスが収録されていて、収録楽曲の歌詞や世界観からインスピレーションを受けた手嶋幸弘氏がジャケットデザインを手掛けた。遠方のため入手できなかった関西圏の方はMusic Videoを観てからぜひチェックして、それぞれが描き出す世界観を楽しんで欲しい。

■オフィシャルサイト
https://hocori.jp/

Twitter  https://twitter.com/info_Hocori@info_Hocori
Instagram  https://instagram.com/mmnskn/@mmnskn

■リリース情報

『Tag』
発売日:2015年6月18日(木)
品番:CNBN-01
価格:¥1,000(tax out)
収録楽曲:1. Lonely Hearts Club(Tag mix) / 2. Tenkeiteki Na Smoothie(Tag mix) / 3. God Vibration Instrumental
※ユキヒーロープロレスポップアップショップ限定販売

『Hocori』
発売日:2015年7月15日(水)
品番:CNBN-02
価格:¥1,500(tax out)
収録楽曲:1. Intro / 2. God Vibration / 3. Lonely Hearts Club / 4. Tenkeiteki Na Smoothie / 5. Alien / 6. Kamone

取扱店:タワーレコード(渋谷、新宿、梅田NU茶屋町、名古屋パルコ、札幌ピヴォ、仙台パルコ、福岡パルコ、広島)、タワーレコードオンライン、音楽処、MUSIC SHOP PICK UP、more records

■「God Vibration」Music Video


■ユキヒーロープロレスショップ情報

オフィシャルサイト  https://yukihe-ro.jp/
オフィシャルFacebook https://www.facebook.com/yukihero.prowrestling
※7月29日(水)~8月4日(火)まで、大阪・阪急うめだにてポップアップショップをオープン


DJ DON (新宿ドゥースラー) - ele-king

Congo Natty All Time ベスト3&リリース作品等

SAKANA - ele-king

いつでも聴きたい元気が出る曲。

年代ジャンル問わず、いつになっても好きな曲、アガる曲を10曲選んでみました。
賑やかな曲ばかりですが、何よりラップものと女性ボーカルものにとにかく弱いです。

<Profile>
ダブステップ、グライム、ジューク、トラップを軸にベース・ミュージックを包括したパーティRAGEHELLを、2012年にK.W.A, YTGLSと共に始動。並行して、NODA、Zatoと「T.R Radio」開始。月に1度、ツイスト気味なDJミックスをライブ配信中。考えるより感じることに重きを置き、音楽と接する。
Soundcloud » https://soundcloud.com/sakanasakana
RAGEHELL » https://www.facebook.com/Ragehelltokyo
T.R Radio » https://mixlr.com/tr–2/

<出演情報>
KAHN & NEEKがブリストルより初来日いたします。是非遊びに来てください!
https://www.ele-king.net/news/004545/

2015/07/24 (FRI)
BS0 1KN
KAHN & NEEK Japan Tour in Tokyo
会場:
Star Lounge (渋谷)
時間:
Open/Start: 24:30
Act:
KAHN & NEEK / GORGON SOUND from Bristol
Bim One Production (Roots/Dancehall Set)
Soi Production (Jungle Set)
100mado 〈Back To Chill〉(Dubstep&100bpm)
SAKANA 〈Ragehell/T.R Radio〉(Weightless Set)
Host MC:Ja-ge
Sound System:eastaudio SOUND SYSTEM
料金:
advance: 3000yen (ドリンク代別途500yen)Limited 150!!!
door: 4000yen (ドリンク代別途500yen)
チケット情報:
https://bs-zero.tumblr.com/ticket
Web: https://bs-zero.tumblr.com/
TW: https://twitter.com/_b_s_0_
FB: https://facebook.com/BS0TOKYO
YouTube: https://bit.ly/BS0YouTube

 ……というのは、現場の人にはいまさらの言葉らしいのですが、ワタクシ野田は、このところ、尊敬する赤塚不二夫先生の生誕80周年(9月14日)に合わせた出版物のために、60代後半から70代にかけての大先輩方の貴重なお話しを聴いてまわり、それを原稿にまとめているのです。それは、この国の70年代サブカルチャーの重要な局面の話です。
 で、その最中に、隣の隣の席にいる橋元が、「ワイキキ・ビート(平均年齢21)はすごいっすよ!」とか、「ワイキキ・ビートがわからないようじゃ、マズいっすよ!」とか、しゃらくさいことを言いやがるわけですよ、これが。
 ぼくは洋楽ファンだけれど、なにもかもが舶来趣味というのには大いに抵抗があります。若いスターが日本のシーンから登場することは、健全だと思います。ところが、ことインディ・ロック・シーンにおいてここ数年気になっていたのは、やれピッチフォークで紹介されたとか、いわゆる「本場のお墨付き」ばかりを気にする向きが目に付くことです。それこそマズいです。相倉久人さんの1950年代の秋吉敏子さんへの厳しさを復習しましょう。
 欧米と日本との差は、耳の差と言うよりも、(世代や商業性やいろいろ越えた)包容力の差です。そんなわけで、ぼくも橋元に負けじと、90年代生まれの子たちの音を聴いてみました。そのなかで、「格好いい」と思ったバンドをここではふたつ紹介しましょう。


RIKI HIDAKA & jan
Double Happpiness In Lonesome China

STEREO RECORDS

D.A.N.
D.A.N. EP

P-VINE

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 まず、広島のSTEREO RECORDSから気合いの12インチ・レコードでリリースされたRIKI HIDAKA & jan『Double Happpiness In Lonesome China』。若いふたりの才能の結晶といいますか、これ、とんでもなくサイケデリックな世界が展開されます。表向きにはゆるくて恍惚としたギター・サウンドなのですが、曲のなかには底知れぬトリップが待っているのです。とにかく、素晴らしい名盤が誕生しました。ライヴ見たいです。

 もうひとつ、今回紹介したいのは、D.A.Nというバンドです。人気イラストレーターにしてカタコトのリーダー、ドラゴンくんがPVを作っていますが、彼らの音は……本当にモダンです。敢えてたとえるなら、チルウェイヴとジェイミーXXの溝を埋めるバンドです。こちらもまだシングル「D.A.N. EP」を出したばかりですが、そうとう期待が持てそうな人たちです。

 冒頭にて報告した仕事のなかで、高名なジャズ・ピアニストの山下洋輔さんにもお会いできました。山下さんの最初のエッセイ集にはこんな言葉があります。「ジャズの現場で、音を発する側に参加している者がそこで聴いてもらいたいのは『音』であって、どんな言葉でもない」(『風雲ジャズ帖』)
 若き日本のインディ・ロックも、もはや「言葉(意味)」よりも音なのかもしれないなと、ぼくは思ったのです。いや、あるいはスタイルのみあれば他いらないとでも言うのでしょうか、橋元さん。うん、それもひとつの更新のされ方ですよね。あるいは、そこからほかに何か導き出せるのでしょうか……注目したいと思います。

GODFLESHが再結成後2度めの来日! - ele-king

 マスター・マインド・オブ・インダストリアル・メタル、ゴッドフレッシュ(GODFLESH)が再結成後2度めの来日を果たそうとしている。ゴッドフレッシュが2010年にジャスティンKブロードリック、G.Cグリーンのデュオ編成での再結成、2014年にEP「Decline & Fall」を、そして完全新録アルバム「A World Lit Only By Fire」を発表、驚愕も冷めやらぬ約3年振りの来日公演をおこなう。

 エクストリーム・ミュージックに留まらないボーダレスな活動をおこなう東京が誇るデュオニュソス主義者ども、エンドン(ENDON)が今回のツアーの全サポートをおこなうだけでなく、東京公演ではレベル・ファミリア(REBEL FAMILIA)や、JK FLESHのワン・オフ・ショウではゴス・トラッド(GOTH-TRAD)が出演するなど、ゴッドフレッシュの存在がさまざまなシーンにおいて多大な影響を与えてきたことを物語る内容となっている。

 それはゴッドフレッシュはもちろんのこと、ヘッド・オブ・デイヴィッド(Head of David)にフォール・オブ・ビコーズ(Fall of Because)をはじめ、アイス(ICE)やテクノ・アニマル(Techno Animal)とジャスティンとグリーンがこれまで手掛けてきたプロジェクトがインダストリアル・ミュージック・シーンにとっていかに重要な存在であったのか、2015年現在われわれが目撃することのできる数少ないチャンスでもあるということだ。

■GODFLESH Japan tour 2015
with direct support:ENDON

**shows**

07/17(金)東京:代官山Unit w/ REBEL FAMILIA
open 18:00 / start 19:00
前売 6,000yen / 当日 未定 (ドリンク代別)
問い合わせ: Unit 03-5459-8630

07/18(土)愛知:名古屋今池Huck Finn
open 18:00 / start 19:00
前売 5,500yen / 当日 未定 (ドリンク代別)
問い合わせ: Huck Finn 052-733-8347 / Jailhouse 052-936-6041

07/19(水)大阪:東心斎橋Conpass
open 18:00 / start 19:00
前売 5,500yen / 当日 未定 (ドリンク代別)
問い合わせ: Conpass 06-6243-1666

**ticket**
4/18(土)より下記にて発売
東京: ぴあ(P:261-396)、ローソン(L:76756)、e+、会場
名古屋: ぴあ(P:261-317)、ローソン(L:47027)、e+、会場
大阪: ぴあ(P:262-227)、ローソン(L:55434)、e+、会場

■JK FLESH one-off show in Tokyo 2015
07/21(火)東京:渋谷O-nest w/ GOTH-TRAD, DREAMPV$HER
open 18:30 / start 19:00
前売 4,000yen (ドリンク代別)
問い合わせ: O-nest 03-3462-4420

**ticket**
05/02(土)より下記にて発売
東京: ぴあ(P:261-556)、ローソン(L:76926)、e+、会場


interview with Holly Herndon - ele-king


Holly Herndon
Platform

4AD / ホステス

ElectronicExperimental

Tower HMV Amazon

 エレクトロニック・ポップ・ミュージックの最先端としてのたたずまい、そして谷口暁彦氏やスペンサー・ロンゴといった同時代のミュージック・シーンと同調するメディア・アーティストとの見事なコラボレーションによって、ホーリー・ハーンダンの存在はポスト・インターネット時代のPCミュージックにおける多様性のひとつを提示してみせている。2012年に発表された彼女のソロ・デビュー・アルバム『ムーヴメント』での単独制作から、多くの作家がコラボレーターとして参加する今作『プラットフォーム』へ。それはアーティストとオーディエンスのヴィジョンや思考がインターネットを介して渾然一体と化した、スーパーフラットな音源作品として仕上がっている。

 ただし、残念ながら著者はホーリー・ハーンダンのライヴ・パフォーマンスは未見なので、果たしてそれがメディア・アートして如何ほどの強度を有しているのか気になるところである。近年、彼女のプロジェクトはオランダのデザイン・スタジオ、〈メタヘヴン(Metaheaven)〉のマット・ドライハーストとの共同制作として主に展開中であり、ひとりのエレクトロニック・ポップ・アーティストからアート・コレクティヴへと拡張され、そしてSNSを利用したオーディエンス巻き込み型のライヴ・パフォーマンスの噂などから想像を膨らませてみれば、彼女はヴァーチャル・アイコンとして自身の分身を増殖させているとみて間違いなさそうだ。さて、このインタヴューに答えてくれたホーリー・ハーンダンとは一体どの彼女なのだろうか。

テネシー州生まれ。10代の頃にダンス/テクノ・シーン の中心地ベルリンで数年を過ごし、アメリカに帰国。カリフォルニアにあるミルズ・カレッジにてエレクトロ・ミュージックとレコーディング・メディアの博士号を取得、またエリザベス・ミルズ・クローザーズ・アウォードの最優秀作曲賞を受賞。2012年に〈RVNG〉からデビュー・アルバム『ムーヴメント』をリリース。米名門スタンフォード大学の博士課程においてMax/MSPやその他幾多のプログラムを使用し、さらにエクスペリメンタル・ミュージックの可能性を追求。日本人アーティスト谷口暁彦やMat Dryhurstらとのコラボレーション経験を経て、2015年に〈4AD〉より新作『プラットフォーム』を発表する。

私は「1980年以降の実験音楽と録音メディアにおける美学」っていう新設のクラスのカリキュラム作りをしたの。

Max/MSPによる制作を主体としているそうですが、具体的にどういったプログラムやプロセシングを用いているのですか? 差しつかえなければお聞かせください。

ホーリー・ハーダン(以下HH):そのときによって変わるわ。いくつかの特定のプロセスや楽器にはMax/MSPを使っていて、そのほかにたくさんのフォーリー・サウンド(効果音)を自分で録音してプロセスしている。アレンジや実験をするのにはAbleton Liveを使って、自分の声をいろいろな形でのインプットとして使ってもいる。Maxはパワフルなツールだけど、ときにはそれ以上に万能なツールが自分の身体だったりするわ。

では何を研究しているのですか?

HH:いままでのところ、わたしがスタンフォードで過ごした時間は、基本的にコースを受けることが中心になっているわ。私は「The Aesthetics of Experimental Music and Recording Media since 1980 (1980年以降の実験音楽と録音メディアにおける美学)」っていう新設のクラスのカリキュラム作りをしたの。クラスメイトのヴィクトリア・チャンといっしょにこのクラスを作るのはとても楽しかったわ、音楽のプログラムで現代のエレクトロニック・ミュージックを分析するっていうのはよくあることじゃないから。
いまはちょうどアドバイザーたちといっしょに私の研究テーマを絞り込んでいるところだけど、まだ最終段階まで達していないから、完全にかたちになるまでその話をするのは避けておきたいわ。
(センターは)ジョン・チャウニングがFMシンセサイザーを発見したあとに創設されたの。彼はアーティストとして自分自身のテクニックを試行錯誤する中でこの発見をしたから、センター自体の指針も人々がそれぞれの好奇心を追求することができるようにするためのサポートをするってことで、そういうものを奨励するということが、とても深い美意識と技術的な結果をもたらすことができるという信念があるの。ものすごく特別な場所よ。

ヴェイパー・ウェーヴ・ムーヴメントをどのように捉えていますか?

HH:正直に言ってあまりよく知らないの、ときどきそれが私自身の音楽に関連があるって書かれているのを読むくらいで。いろいろなミュージシャンたちが焦点を当てているものの中の、類似する特徴をまとめて呼ぶための言葉なのかもしれないけれど、もしもそれがムーヴメントなのであれば、私はその一部ではないと明言できるわ。私は自分の音楽がなにか特定のムーヴメントに属しているとは思っていないし、私自身の好奇心を追い求めることがいままでずっと私の目標でありつづけてきたの。

どのプロジェクトもそれぞれまったく違った重要な会話だと思っている。

これまで谷口暁彦(Akihiko Taniguchi)氏やMetahavenによるヴィデオクリップでインターネットやデジタル情報を介したメタ空間があなたの音楽のヴィジュアル・イメージとして強く推しだされていますね。彼らの映像作品とあなたの音楽制作において共有するコンセプトとは何でしょうか? また彼らとの過去の共作を経て、あなたの制作に変化を及ぼした部分があれば教えてください。

HH:コラボレーションによってちがうわ。アキヒコ(Akihiko Taniguchi)とのコラボレーションは素晴らしくて、彼の美意識と触覚的なDIYテクノロジーへの興味、そして身近なものへの美的感覚にはとても共感を覚えているの。私も家の中などの環境でたくさんレコーディングをするし、それが彼の作品にとてもぴったりだと思う。私がプライバシーや親密さについてよく考えていたとき、彼の個人用デスクの環境に重点を置いた表現はそれらのテーマを美しく詩的に補完してくれるように感じた。
Metahavenはそれとはまったくちがったコラボレーションのプロセスよ。私は彼らが作品に新しいデジタルな美的感覚を取り入れることや、私自身も自分の作品でやろうとしている、政治的な話題の中にデザイン性を組み込むやりかたを見つけることへのこだわりに、とても刺激を受けた。私たちは『プラットフォーム(Platform)』のコンセプトの基礎になる部分の多くで緊密に協力したし、ビデオやその他のプロジェクトではアーティストのマット・ドライハーストも参加してコラボレーションしたわ。彼らのことは素晴らしい仲間としてみているし、どのプロジェクトもそれぞれまったく違った重要な会話だと思っている。
これらの要素は単なる音楽の飾りではなくて、どれも作品の必要不可欠なパーツだって理解することが大事なの。“コーラス”のヴィデオは曲と切り離せないものだし、“ホーム”もそれは同じ。これら(のビデオ)は単純に機能的なプロジェクトや、宣伝のためのプロジェクト以上のものなの。

『プラットフォーム』ではスペンサー・ロンゴ(Spencer Longo)との共同制作を行なったそうですが、具体的にどのようなものでしょうか?

HH:スペンサーは付き合いの長い友人で、私は彼のツイッターアカウント(@chinesewifi)で彼がはじめた「ワード・スカルプチャー」にインスピレーションを受けた。それが示唆しているものはシンプルで、もしも彼がアート作品を140文字で説明できて、それが私たちの心の中に存在することができるなら、それを実際に物体として作る必要はあるのか? っていうことなの。彼の説明文はすごく鮮烈で、それらの作品をそれ以上発展させる必要があるのか、という概念に対する挑戦になっていた。私たちは2013年12月にロサンゼルスで会って、彼は大量のテキストを作り、私はそれに合わせる曲を書いたの。楽しくてスピーディーなプロセスだったわ。
彼がその曲のために書いたテキストは、インターネット上のプライベートな瞬間、たとえば深夜にオンラインで靴下を見ながら「購入」ボタンの上で逡巡しているときのような、ブラウジングを収益化するために研究されることの多い瞬間にインスパイアされているの。あなたに「購入」をクリックさせる完璧なデザインをするために、誰かが多大な努力を払っている。彼はある意味でそういった瞬間を取り戻しているようなものね。

“ロンリー・アット・ザ・トップ”は世界の上位1パーセントの富裕層に向けて書かれたクリティカル・ASMRよ。

ASMRに触発されたトラックが収録されているとききました。どのような部分に共感されたのでしょうか?

HH:ASMRは人々がインターネットを介した、身体的な刺激を伴う親密性に関与するということのとても興味深い例になっている。海を越えて、誰かが他の誰かの身体にチクリとした感覚を与えられるかもしれない、なんてなかなか美しいアイデアだと思うし、そういったアイデアを中心として、それらのコミュニティがいかに調和がとれて、支え合うようなものになっていったかを見てとても力づけられた。去年の夏にクレア・トランと会って、私たちは「クリティカル・ASMR」を書いてみるっていうアイデアを思いついたの──このテクニックを使って、アクティヴィスト的なメッセージを身体に伝えることができるんじゃないかっていうことに対する考察としてね。“ロンリー・アット・ザ・トップ”は世界の上位1パーセントの富裕層に向けて書かれたクリティカル・ASMRよ。

「ホーリー・ハーダン」という名義はあなた個人のプロジェクトから、ある種複合的なプロジェクトに変容していっているのでしょうか?

HH:それこそが『プラットフォーム』の背景にあるアイデアなの。これは私の活動で、私がこれらすべてのプロジェクトを指揮しているんだけど、刺激を与えてくれる人々をどんどん巻き込むために、活動を拡大させていっている。それが私自身の作品をよりよいものにするのと同時に、音楽産業の仕組みの、より透明性が高くて正直な姿を映し出すことにもつながっていると思う。あまねくアルバムというものは、多大なコラボレーションと他の人たちからのインスピレーションを含んでいるんだし、私はそれを祝福することを選んでいるだけよ。他の人たちからのインスピレーションを認めたり、自分の活動を他の人たちに対して開いても、これが私自身の作品であることに変わりはないと思う。私はただ、自分ひとりでコンピューターに向かって曲を作ることが少し刺激に欠けるように感じはじめただけなの。

あまねくアルバムというものは、多大なコラボレーションと他の人たちからのインスピレーションを含んでいるんだし、私はそれを祝福することを選んでいるだけよ。

「プラットフォーム」の中にあなたの過去の人生経験や体験、宗教観や哲学などのパーソナリティが反映しているものがあれば具体的に教えてください。

HH:答えるのが難しい質問ね。私は特定の宗教に属してはいないし、特異な哲学的傾向を持っていて、それはもちろん自分の体験から生まれたものでもある。私は物事に対してオープンな方で、それは私がアメリカの南部出身で、大人になってからのほとんどの年月を教育の機会を求めて旅して回って過ごしてきたことを象徴していると思うし、私が自分のプロセスをできる限り透明性の高いものにすることにこだわってきたことにもそれが表れていると思う。透明性を支持することは、私が体現する基本的な哲学上の立場だと思うし、それが私が子どもの頃から抱いてきた楽観的な感覚をもたらしていると思う。物事はよりよくなることができるし、それはとくに私たちが世界の中で学んで行動することに対してオープンでいるならなおさらよ。

残念ながら僕は未だにあなたのライヴ・パフォーマンスを観れておりません。ライヴではリアルタイムのヴィジュアル・プロセシングはおこなっていますか? またあなたが目指すライヴ・パフォーマンスとはどのようなものでしょうか。

HH:私のいまのショウはリアルタイムのビジュアル・プロセシングを組み合わせたもので、アキヒコ・タニグチが開発した、3D空間の部屋の中でオブジェクトや不思議なものの集まりを作ることのできるシステムを使っているの。とてもパフォーマンス性の高いシステムよ。それがハイテクな面で、ローテクな面はマット・ドライハーストによるもので、彼のやることはすべてデータ・マイニングを基礎にしている。彼はソーシャルメディアのツールを使って誰がその場に来るかを予測して、テキスト・エディットを使って観客の中の人々についてのストーリーを書くの。これはコミュニケーションのプロセスを、時には居心地の悪いほど、そして時にはユーモラスなほどダイレクトなものにしている。アキヒコのプロセスもマットのプロセスも、10年前には不可能だったと確信を持って言えるし、どちらも最新のテクノロジーを極端に異なった方法で使っていて、興味深いわ。

アキヒコのプロセスもマットのプロセスも、10年前には不可能だったと確信を持って言えるし、どちらも最新のテクノロジーを極端に異なった方法で使っていて、興味深いわ。

ホーリー・ハーンダンとして今後、レコードやCDフォーマット以外の作品、たとえばウェブ・コンテンツやインスタレーションなどを発表する予定はありますか?

HH:ええ、私は過去にもたくさんのアート作品を作ったことがあるし、この夏にはハンブルクにある博物館のためのインスタレーションに取り組んでいて、その他に2つほどのウェブ・プロジェクトにも参加している。レコードは私の活動のひとつの重要な側面だけれど、私にとっては異なる分野の間で自分のあらゆる好奇心を追求するために時間を費やすことが大切なの。それが私を自分の作品に対してエキサイトしつづけさせてくれるわ。

フィジカル・インストゥルメントによる電子音楽は陳腐だと思いますか?

HH:場合によるわ。時にはそうだと言えるし、ほかの場合にはそんなことはない。ケース・バイ・ケースね。私は厳格主義者じゃないの。長い間、ラップトップでパフォーマンスをするのはダサいこととして扱われていたから(幸いなことにそれは変化しつつあるけど)、私はラップトップ・ミュージックを弁護しなければならなかったけど、だからといってフィジカル・インストゥルメントに否定的なバイアスを持っているわけではないの。何であれ、最良の作品を作るために必要なものを使うっていうだけのことよ。

私にとっては、それを作った年について語る作品を作る方が、なにか「タイムレス」なものを作るために気を揉むよりもはるかにいい。そういうのってシニカルで無難なやり方をしなければ、意識的に到達できない目標だと思うの。

現在の自分の作品が10年後にどのように評価されるか考えることはありますか?

HH:そういうことは考えたことがないわ。私は一時的な作品を作ることを恐れてはいないの。私にとっては、それを作った年について語る作品を作る方が、なにか「タイムレス」なものを作るために気を揉むよりもはるかにいい。そういうのってシニカルで無難なやり方をしなければ、意識的に到達できない目標だと思うの。もちろん、あとから振り返って私が何か価値のあるものに貢献したと思えたらそれはいいことだと思うけれど、それが起きるチャンスは、こういうことに神経を使うことで制限されてしまうと思う。私たちには10年後に何が問題になるかなんてわからないし、だからこそいま作る必要があると感じる作品を作るという選択肢しかないわ。

過去の音楽活動を振り返って、自身がローカル・ミュージック・シーンに属していたと思える時期と場所はありますか? もしありましたら、それはどんなものだったでしょうか? またなければ、あなたにとってそういったシーンとの距離とはどのようなものだったでしょうか?

HH:私は2000年代後半頃にベルリンのDIYノイズ/インプロ・シーンに属していたことがあったんだけど、そのシーンは現代音楽にとって多大な形成的影響を与えたと思う。いまはまったくちがう作品を作っているたくさんの素晴らしいミュージシャンたちが、その頃ノイズ・レーベルからテープをリリースすることで活動をはじめたの。オークランドとサンフランシスコではインダストリアル/エクスペリメンタル・ミュージック・シーンの一部であると強く感じたし、いくつものバンドで演奏した。いまはそういうことははるかに減ったわ、私には尊敬する仲間たちがたくさんいるけど、多少私自身のスペースに場所を移したと思いたいな。たくさんのミュージシャンたちがエクスペリメンタルの分野からクラブへと移っていったけど、私たちはみんなそれぞれ音としてはとてもちがっているし、とてもちがった方向へと進んでいる。リスペクトはあるけど、必ずしもそれをシーンとして認識はしていないの。

Are you still clubbing ?

HH:それほどしていないわ。よくクラブで演奏するからクラブで過ごす時間は長いけれど、かなり忙しくなってきて、自由な時間のほとんどは、読書か新しい作品作りに費やしているの。この夏は多少クラブに行けるといいと思っているわ、四六時中仕事しすぎてしまいそうで心配だし。

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