「Noton」と一致するもの

チャヴ 弱者を敵視する社会 - ele-king

 歴史の思い上がり
 殺人と同じだろうよ
 これが生活といえるか?
 彼はずっと稼ぎ続けている
 ジョン・ライドン(PiL)“キャリアリング”(1979)

 もう取り返しがつかないところまで来ているのはわかっている。それでもいちおう、確認しておこう。仕事とは、本来は換金活動だけがそのすべてではない。仕事≠稼ぎ、いや、仕事>稼ぎ、だ。家事も仕事であり、ある種の芸術もしかり、もちろんボランティアも仕事である。地球上には、仕事とはボランティアでしかないと考えるオーストラリアのマエンゲ族のような人たちもいる。ヨーロッパ的な思考だけがこの人類の絶対ではない。が、しかしいつしか人にとって、働くこと=稼ぐことになった。稼ぎはないが仕事はできる、という人はいなくなった。経済至上主義の価値観はこの40年で、日本でもすっかり定着している。

 2011年に初版が刊行された、イギリスの気鋭の若手ジャーナリストによる処女作を読んで、背筋が寒くなるほど再認識したのは、すべてを利潤原理の風下においた、新自由主義なるものの恐ろしさである。経済的効率をすべてにわたって遵守させ、人間の生活保証よりもそれを優先させるこの考え方は、日本においても、大大大問題である。経済至上主義の社会においては、公共事業が私企業化するばかりか、政府さえもそう振る舞う。向上心のない労働者は切り捨てられるだけではない。醜悪なものとなり、憎悪される。ブロークン・ブリテインとは、自分たちの政策が招き入れた社会の底辺を、なんとまあ、自らこき下ろした言葉だった。

 『チャヴ 弱者を敵視する社会』で詳説されるのは──、ぼくなりの解釈で言わせてもらえば、ひとつには、新自由主義がいかに世界を変えて、いかに人びとの生活形態や思考、つまり価値観までをも巧妙に変えていったのかということである。その経緯において、労働者階級/貧しい人たちはより惨めな存在となったばかりか、社会から敵視されるにまでいたった。

 悔しかったらがんばりなさい、そう彼女は言った。あなたが貧乏なのはあなたが悪い、自分を責めろと。彼女は当初から決して人気があったわけではなかった。今は昔、ヤッピーみたいな連中(儲けてはブランドものの服を着て、高級車を乗りまわすような上流気取りの連中)は、サッチャー・チルドレンと呼ばれ、とくに文化の側からは徹底的に軽蔑されていたのだが(87年の保守党大勝と言われた選挙でも保守党43%、労働党32%、その他23%、事実上は退廃だったが、総議席数で過半数を上回る)……結局のところ、当時のヨーロッパで最強の権限を持った彼女は反革命をやってのけた。
 本書は、具体的にはマーガレット・サッチャーからトニ・ブレア、そしてデヴィッド・キャメロンまでのイギリス社会の政治的変容が描かれている。それは福祉国家の有名無実化への道程、労働者階級衰退のプロセスである。文化にあたえている影響もまったく少なくはない。昔のように労働者階級から良いロック・バンドが出てくることもなくなったことの背景も、本書を読めばおおよそ理解できる。もっとも本書において労働者階級の文化は、伝統的な白人のそれで、移民がもたらした文化についての言及はない。

 言うまでもなく、日本人にとって福祉国家というのは憧れである。隣の芝は青いだけかもしれないが、福祉依存だなんて、そんな逆風さえ羨ましく思ってしまう。いずれにせよ、それを継続することは困難なのだろう。が、しかし……もうなんというか、サッチャーがプログラムに着手し、実行したそれを、旧来はサッチャーと敵対するはずのブレアが磨き上げ、さらにまたキャメロンが誇張した、いわば福祉的なるものを破壊するためのシステム=新自由主義の残酷さ/狡猾さを、人生のあり方や感情、人間関係も変えてしまうそのタチの悪さをこうしてまざまざと知ることは、先にも書いたように恐怖ではあるが、それを食い止めるためにも必要なことである。ブレイディみかこの『アナキズム・イン・ザ・UK』や『ヨーロッパ・コーリング』を読んだ人には、その解説書としても読める。

 もっとも、ここは日本である。最近は、寅さんが若い女性に人気だというから、日本にはある部分はイギリスにはない緩さがあるわけだが、経験的に言えばそれもまったくの善し悪しで、オーウェン・ジョーンズが本書で促している階級にもとづく(政治)意識を曖昧なものにしている。まあ、エリート/富裕層に譲歩してもらうためにも、せめて日本からも年収500万以下の人たちが自分たちの政党と思えるような政党が出てくるといいのだが、『動物農場』を生きているようなこの国で、人がやる気を失うのは無理もない……。が、オーウェン・ジョーンズが言うようにそれでも抗議すること、中流という幻想を払拭すること、デジタル時代になっても変わらぬ相互監視的なムラ社会からいい加減脱却してコミュニティ精神を取り戻すこと、連帯すること、それは基本である。ただし──スペインでのテロやアメリカでの騒ぎが目に入る今日、なんとも間が悪いかもしれないが──、本書においてジョーンズがもうひとつ語気を強めるのはこういうことだ。

問題なのは、左派が国際問題を優先させていることだ。労働者階級の多くは戦争に反対しているかもしれないが、それは住宅問題や仕事をしのぐほど差し迫った問題ではない。日々、支払いに苦しんでいるとき、わが子が安定した仕事や手頃な住宅を必死に探しているときに、何千キロも離れたところで起きていることに注力するのはむずかしい。皮肉にもBNPが、こうした日常生活にかかわる諸問題に、増悪に満ちた解決策を示しているときに、左派の活動家たちは、大学のキャンパスの外に人を配し、ガザに関する活動をおこなっている。もう一度言うが、それも重要な問題だ。けれど、海外の不当な戦争と反対するのと同じくらいの熱意とエネルギーを、労働者階級の人々が抱える喫緊の問題に向けていないことはもっと問題なのだ。  オーウェン・ジョーンズ(本書より)

Love Theme - ele-king

 ラヴ・テーマ。愛のテーマ。こんなバンド名で、アンビエント/サイケデリック・アルバムなのである。なんという直球と屈折か。そう、現在活動休止中というダーティ・ビーチズのアレックス・ザング・ホンタイの新バンド「ラヴ・テーマ」は、われわれに不穏と官能を教えてくれる。その意味で、ラヴ・テーマにはダーティ・ビーチズ的なエレメントが確かに受け継がれている。あの不穏と官能のフィードバック・ノイズを想起してほしい。あえていえば『ステートレス』より、EP『ホテル EP』的だろうか。異国の地の、見知らぬホテルに掛かっていたバレリーナの絵のような、あのムード、あの空気。時に表出するサイデリックなミニマル・ロックなサウンドは傑作『バッドランズ』を思わせもする。

 アートワークに目を凝らしてみよう。モノクロームのアジアか。50年代か60年代か。それとも80年代か。どこかの店先か。グラスらしきものが見える。何か飲食する店か。いや別の何かを売買する店か。その不穏なムードとフェイクなエレガンス。ブラウン管のテレビに移る女性の顔。白黒だから、というわけでもないがどこか夜のムードが漂ってくる。時間が停滞したようなムード。遠く離れたブラウン管のTV映像には時間がない。ただ点滅するだけである。イマージュの点滅・消滅。都市の記憶のようでもあり、20世紀的な都市のアンビエント/アンビエンスでもある。つまりはラヴ・テーマのサウンドのムードそのものだ。煙の中に消えていくようなツイン・サックス。36mmフィルムの持続のようなドローン。煙のようなノイズ。霞んだリズム。東アジアの地で聴こえてきたジャズ。旅人の、音楽の、淡い記憶のような音楽、音響。グローバル資本主義が世界を覆い尽くす直前の、どこか猥雑な都市の光景と記憶のアンビエンス/アンビエント。

 ラヴ・テーマのメンバーは、サックスを演奏するアレックス・ザング・ホンタイと、同じくサックス・プレイヤーでもあり本作ではアレンジも担当しているオースティン・ミルン、シンセサイザー奏者サイモン・フランクの3人だ。彼らの音が濃厚な空気のように溶け合い、交錯し、混じり合い、ラヴ・テーマならではの濃厚なアトモスフィア生み出している。アルバムは彼らの即興的セッションを素材とし、ロンドン、LA、台北のあいだでデータの交換がなされ、編集・完成したという。1曲め“デザート・エグザイル”は、人工的でありながら生々しい弦の音(シンセだろうか?)に揺らめくようなサックスの音と音響的旋律が重なる。いくつものドローン、アンビエンス、ノイズの交錯が耳の遠近法を狂わす。A面3曲め“ドックランズ/ヤウマテイ/プラム・ガーデン”では霞んだサウンドのビートも加わりミニマル・サイケなムードが満ちてくる。ダーティ・ビーチズが『バッドランズ』でサンプリングした裸のラリーズのような雰囲気とでもいうべきか。真夜中のサイケデリック。続くB面では、アンビエント・ジャズな“シーズ・ヒア”から“オール・スカイ、ラヴズ・エンド”の前半を経由し、その後半でまたもビートが鳴り始める。フリーキーなサックスと霧のごときシンセサイザーのサウンドも官能的だ。この不穏な空気感、時間感覚はデヴィッド・リンチの映画のようである(と思っていたらなんとリンチが監督する『ツイン・ピークス The Return』に、あるバンドのサックス・プレイヤーとしてアレックスがゲスト出演している。まさに「いろいろと繋がってくる」2017年、といったところか)。

 21世紀の今、ありとあらゆる場所が「蛍光灯」の光で可視化され、感情と冷酷のあいだで無=慈悲化が進行している。二極化する21世紀的環境と状況の只中で、アルバム『ラヴ・テーマ』は黒の中に溶け合うような夜のムード/真夜中の音楽のアトモスフィアを鳴らしている。まるで異郷の都市を訪れた旅行者の彷徨のように、このアルバムはわれわれを迷宮に連れて行く。不穏と官能による愛のメランコリアのアンビエンスが、ここにある。

弟の夫 - ele-king

「誰もが差別撤廃と難民について語る。だが、クィア・ピープルこそが最大の難民集団なのだ。」 ―ヴィーランド・シュペック、ベルリン国際映画祭パノラマ部門ディレクター (2016.03)

 「何故いまだにベルリン国際映画祭テディ・アワードのようなLGBTQ映画賞が重要なのか(英語)」と題された昨年のインタヴュー記事のなかで、このテディ・アワード(1987年創設。クィア ≒ LGBT 映画における世界示準のひとつ。毎年ベルリン国際映画祭全上映作の中から選出される)の共同設立者であるヴィーランド・シュペックは当時の「難民パニック」の最中に上記のように答えている。記事のタイトルからも窺えるように、近年「LGBT映画・映画祭・映画賞という枠組みはその役割を終えつつあるのではないか」といった意見を耳にするようにもなってきたが、ヴィーランドの発言はそうした一部の流れに対する牽制でもある。

 先ごろ全4巻で完結した漫画『弟の夫』を発表した田亀源五郎はおよそ四半世紀に渡り、日本においてゲイのエロティシズムをいかに表現するか、という道なき道を切り拓いてきたパイオニアである。もちろん彼より前にも「ゲイ・エロティック・アート・イン・ジャパン」として連綿と先行してきた作家たちの作品は──時代的な制約からあくまで極く一部の領域で共有される形で存在せざるを得なかったとしても──たしかな水脈として受け継がれていて、田亀作品にしても木の股からいきなり産まれたものではない。が、彼がとりわけ特異な存在であるのは、あくまで自身の欲望に根差した表現活動を続けながらも、それを可能な限り遠くまで届ける事に意識的な作家としての姿勢であり、ゲイ・メディア以外の媒体が田亀源五郎を発見するのは時間の問題だった、とも言える。

 より広範な、そしてより外側に想定された読者に向けて発表されることになった新作『弟の夫』において、田亀源五郎はこれまで自身が技巧を尽くして表現してきたゲイのセックスという、謂わばこれまでの主柱であった要素をすべて外した。いままで使わなかった題材を軸とし、作家として培ってきた技術を駆使して組み上げられた作品は、かつて日本に存在しなかった類の表現物として読者に届けられた。本作は「月刊アクション(双葉社)」に2014年11月号〜2017年7月号まで連載され、連載中の2015年には第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞した。また単行本は現時点で仏語、英語、韓国語にも翻訳されている。

 1人娘の夏菜と暮らすシングルファーザーの弥一には双子の弟である涼二がいたが、彼はカナダに渡って男性と結婚し、そこで亡くなる。涼二の死後、弥一にとっては「弟の夫」にあたるカナダ人ゲイ男性、マイクが日本を訪れて弥一・夏菜と3人で過ごした三週間の日々が綴られる、言ってみれば「遺族たち」の物語であり、海を隔てて顔を合わせることのなかった二者が出会うことで物語は動きはじめる。第1話のタイトル『黒船がやってきた!』に象徴されるように、日本人側にとってマイクは突如としてやってきた強烈な異文化圏の人として登場する。(ちなみにマイクがペリー提督と同じアメリカ人ではなくカナダ人に設定されているのは連載開始当時、アメリカではまだ全土では同性婚ができる状態では無かったからでもあるが、同時にアメリカとカナダのどこが違うか、などと考えることもない弥一・夏菜の「外国」への距離感をそれとなく示している)
 
 弟がたまたまゲイだった、ということを除けば弥一は同性愛に関して取り立てて知識も理解もない、ごく平均的な日本のヘテロセクシュアル男性として登場し、小学3年生の夏菜に至っては白紙状態である。また夏菜の「パパに弟がいたの!?」といった台詞からも判るように、弥一が涼二の存在を無いものとして扱ってきたことも明かされる。当然ながら日本のスタンダードに合わせて自分を隠す事などしないマイクが、この2人をはじめとした周囲に静かにかつ確実な影響を与え、当初はぎこちない緊張感を漂わせていた3人の関係が深まっていくさまは読者に深い感動をもたらす。ゲイのキャラクターが物語の単なるアクセントや色モノとしてではなく、本筋に欠かせない存在として機能している「良質のホームドラマ」が成立したこと自体画期的ではあるが(またこの作品には『現在カップルです』という状態の人が一組も登場しない、ということも付け加えておくべきだろう)、『弟の夫』が現在の日本にとって重要な作品である一番の理由はその点ではない。

 『弟の夫』において静かな凄みを帯びた瞬間は、メイン3人がそれ以外の人たちと接触する際のエピソードで顕著に現れる。同級生やその家族、近所の人、小学校の担任などの周囲の人々がマイクを見る視線、面と向かっては言われない言葉、外国人(+ゲイ)が良くも悪くも異物として扱われる空気、そうした一見些細に見える出来事によって引き起こされる感情の軋みに、自らの内部にもそうした「世間の目」が深く入り込んでしまっている弥一の煩悶を重ねることによって、この国ができるだけ見ないようにしているものが浮かび上がってくる。例えばこの作品のなかにもゲイの日本人は登場するが、マイクのようにオープンに生きている人物は皆無である。ロールモデルとなる日本人ゲイが存在しないこの世界は、残念ながらリアルなものだ。そして弥一はつい「日本ではあまり同性愛差別は聞かないって涼二も言ってた(とマイクから聞いた)」などと二重にも三重にも他人事のように口走ってしまう。

 自分ですら国外で「日本の同性愛者が置かれた状況はいまどうなっているのか?」といった漠然とした質問を受けることがたまにあるが、答えはじめると決まって「同性と付き合うこともセックスすることも違法ではない、ないが一方で国レヴェルで自分らの人権を守ってくれる法律もない。とくに都市部で(用心深く)暮らしていればあからさまな差別を受けることもないが、かと言って職場や家庭で気軽にカミングアウトできるような状況でもなく」などと無い無い尽くしで韻を踏みはじめてしまい、自分が話している内容に苛立ったまま終わる。『弟の夫』もそれに似た苛立ちと憤りを、あくまで穏やかなトーンの中に込めているが、苛立ちの対象が見えづらい事がまたそれに拍車をかける。

 見えづらい、とはつまり闘うべき相手の像が何だか定まらないと言うことである。「日本はキリスト教がベースにある国とは違って同性愛者に対する偏見は薄い」といった発想もそうした数ある煙幕のうちのひとつであり、よほど気力と体力と能力に恵まれた者でなければ個人として対抗できるようなものではない。『弟の夫』の涼二は賢明にもそれを悟って日本を出た。形式的にはどこまでも合法的な移民ではあるが、実質的に国を捨てる選択をしたのである。この涼二というキャラクターは、ほぼ追憶と伝聞と幻影としての姿でしか登場しないが(彼の顔が明瞭に描かれるのは物語も終盤に差し掛かる辺りである)日本と縁が切れてしまっても仕方がない、という諦めとともに渡航したらしい事はそれとなく示唆されている。

 「難民としてのゲイ」に関してやや脱線すると、イスラエルの映画監督、Yariv Mozerが2012年に制作したドキュメンタリー映画『The Invisible Men』の中である若いパレスティナ人ゲイの青年はこう言う。「自分はパレスティナ人だ、いつだって祖国のために闘う準備はできている」と。しかし彼の祖国で警察はゲイである彼を拘束し便器に顔を突っ込んで拷問したり、親族は「今度お前を見かけたら、殺す」と脅迫するような土地柄なので彼らは仕方なく(本来なら彼らの「敵」ではあるが、取り敢えず同性愛では罰せられない)イスラエルの首都テルアビブに逃げる。すると今度は「不法滞在のパレスティナ人」になってしまい、結局はNGOを頼って難民として第三国に移住する。「そんな寒いとこなんてやだ、しかもこの歳でいちから外国語を憶えなくちゃいけないなんて」などと不平を言いつつも、彼らにとって安全な場所は外国にしかない。冒頭に引いたヴィーランド・シュペックが言ったように、性的少数者は数の上では恐らく世界最大の「難民」と見做せるだろうが、厄介なことに世界のあらゆる場所に点在して生まれるので、自分の属する家族やコミュニティーが味方なのかどうかすら疑心暗鬼のままで育たざるを得ない。「✕✕人/✕✕族/✕✕教徒であるため」であるとか「住んでいる地域が紛争状態で」といった理由の難民集団とはまた違う、そして子供にとっては余りに重い、個としての困難が最初から付いて回るからだ。

「同性愛者が子供に悪影響だと考えるような大人の/その子供が同性愛者だったとしたら/その子が親に/カミングアウトしたら/自分にとって最も身近な人が/自分のことを良く思わない人生で出会う最初の敵になるかも知れない」―『弟の夫』第3巻 p.15

 物語の後半ではこんな風に考えるようになった弥一だが、涼二にカミングアウトされた当時、困難に直面した弟の姿をはっきりと捉えることはできなかった。弟のセクシュアリティーを受け入れたことにはしていても、それ以上の対話が深まることも無いままに弟は海を渡り「向こう側の人」になる。涼二の死後、向こう側からやって来た彼の配偶者との交流を経て、初めて弟の姿が生きた人間のそれとして立ち上がり、弥一は深い後悔と共に自分たちの将来についても思いを巡らすようになる。マイクが夏菜に与えた有形無形の影響と同じく、それはある種の希望ではあるだろう。が、いくら涙を流したところですでに彼岸に渡ってしまった人間はもう戻って来ない。遺された者たちは、故人の選択は恐らく正しかったのだろう、と願望混じりに推測するだけだ。追憶と踊ることは、どこまでも生きている人間のためにある慰めの手段なのである。

 奇しくも『弟の夫』の連載中にアメリカ合衆国全土での同性婚が合憲となった。オランダ(2001年)を皮切りに欧州はそれよりも先行している。また今年、アジア圏では初めて台湾で同性婚を認めない現行民法は違憲、との判断が下された。異性愛者ではない、というだけで侵害されている権利を取り戻すための運動が高まるなかで、「性的少数者の作品」というラベリングへの違和感を表明する声が上がってくるのは当然の流れではあるが、それは現時点でもまだごく限られた国・地域・階級の中で生まれ育つことが出来た者にのみ許されたものだ。日本で、中国で、韓国で、シンガポールで、マレーシアで、インドネシアで、ロシアで、その他ほぼすべての近隣諸国においいて「性的少数者の人権」が吹けば飛ぶような現実は微動だにしない。

 『ブエノスアイレス(1997)』、『キャロル(2015)』、あるいはまだ記憶に新しい『ムーンライト』と思い付くままに挙げてみれば、そしてとくにそれが話題作・大作であればあるほど、ひとたび日本の配給会社の手にかかると細かい事は脇に置いて兎にも角にもピュアな「愛の物語」として世間に放流されるのが常であって(この国では面倒くさそうなものは何でもかんでも愛に包まれてしまうのだ)、結果「ゲイとかレズビアンとか、この作品の素晴らしさはそういう属性を超えたところにあるのであって」になってしまう。しかし、それはあくまで宣伝上の方便でしかない。もし仮に『弟の夫』を最初から「愛の物語」として話を始めると、「ゲイの」という一番大事なものが背景に後退してしまう。これは乗り越えるどころか、よく見えない状態で消えていった、あるいは現在もこの国で見えなくされている者たちについての物語だからだ。

 カナダ人のマイクは「日本オタク」で日本語は話せるがペラペラ、というほどでもない(恐らく漢字仮名は読みこなせない)という設定で、日本語圏の読者としてはつい「図体はデカいのに子供みたい(=カワイイ)」と錯覚してしまうが、もちろん彼は成人であり、英語でならばずっと複雑にロジカルに語ることが出来るはずだ。言語の壁というハンデを押して何かを伝えようとするときの子供のような日本語が、本物の子供である夏菜の素朴な疑問と共鳴しながら弥一の耳に入り込み、その度に彼の中で常識が揺るがされる。弥一はひとつずつ自分の頭で考え、理解し、そして受け入れていく。本気で考えなくても済むような近道はないのだ。作者が向こう側で発している、「こちらの声は届いているか?」という通奏低音を読者が聴き取った時にようやく、『弟の夫』がいつの日か「愛の物語」になる道程のスタートラインに立つことが出来るのだ。


Peaking Lights - ele-king

 アーロン・コイエとインドラ・ドゥニの夫婦ユニットのピーキング・ライツは、2011年発表の『936』で知名度を大きく上げたが、その頃の評価というのは、アメリカ西海岸に1960年代から根付くヒッピー・カルチャーやサイケデリック・サウンドを現代に引き継ぐ存在、というものだった。2006年頃にサン・フランシスコで出会ったふたりは、ピーキング・ライツを結成して2008年にデビュー。当時はアブストラクトでフリーフォームな実験的サウンドをやっており、アメリカ各地を転々と移動しながら活動していた。その後、2011年に出発地であるウェスト・コーストに戻り、ロサンゼルスに拠点を固めて発表したのが『936』である。セカンド・アルバムにあたるこの作品は、デビュー時から一貫したチープなロー・ファイ・サウンドを基軸とするが、新しいテイストとしてシューゲイズに感化されたサイケデリックでコズミックな要素が露わとなり、ピーキング・ライツの音楽性を大きくアピールする傑作アルバムとなる。『936』発表時はちょうどチルウェイヴが盛り上がっていた頃でもあり、そうした側面からUS西海岸のサイケデリック・サウンドと結び付けて取り上げられることも多かった。翌2012年には、アリエル・ピンクやウォッシュト・アウトらも作品を出す〈メキシカン・サマー〉から『ルシファー』をリリース。『936』のでロー・ファイなサイケ・ダブとシンセ・ポップの融合を継承し、彼らの世界観を決定づけた。

 『936』や『ルシファー』には、サイケ・ロック、ソフト・ロック、シューゲイズ、アシッド・フォーク、フォークトロニカ、バレアリック、クラウトロック、アフロ、ミニマル・ミュージック、シンセ・ポップ、ニュー・ウェイヴ、シンセ・ポップ、イタロ・ディスコ、イタロ・コズミック、アーリー・シカゴ・ハウス、ルーツ・ダブ、ディスコ・ダブ、デジタル・ダンスホールなど、実にさまざまな音楽の痕跡が見つけられる。そうした要素が混然一体となり、どちらかと言えばメディテーショナルで幻覚的なサウンドだったのだが、2014年にリリースした『コズミック・ロジック』は、リズムやサウンドの輪郭が明瞭となってきた。フライング・リザーズへのオマージュ曲から、カーペンターズがカナダのプログレ・バンドのクラトゥを題材とした作品もあり、全体としてはポップな方向性が打ち出されていた。彼らが持つ音楽性の中でも、ニュー・ウェイヴ・ディスコやシンセ・ポップをより意識したものとなり、トム・トム・クラブを彷彿とさせる曲から、100%シルクのようなインディ・ダンス~ハウスに通じる楽曲も収められていた。こうした変化については、当時彼らがLAに新築したスタジオでの録音で、そうした録音環境の違いによるところもあったのかも知れない。『コズミック・ロジック』から3年ぶりの新作『ザ・フィフス・ステイト・オブ・コンシャスネス』も、そのドリームファズ・スタジオでの録音だ。

 『ザ・フィフス・ステイト・オブ・コンシャスネス』のサウンドは、基本的には『コズミック・ロジック』でのシンセ・ポップ路線に則り、と言うよりさらに強化したものだ。チープな味わいのアナログ・シンセと、インドラの幼女の歌声のようなヘタウマ・ヴォーカルという組み合わせは、もはやピーキング・ライツのトレードマークとなっているが、冒頭の“ドリーミング・アウトサイド”に見られるように、1980年代のテイストが今まで以上に色濃くなっている。そして、“スウィートネス・イズント・ファー・アウェイ”や“エクリプス・オブ・ザ・ハート”はじめ、レゲエやダブのテイストが強いところも本作の特徴にあげられる。このあたりはグレイス・ジョーンズやグウェン・ガスリーを筆頭に、1980年代初頭のニューヨークのディスコ~ガラージ・サウンドの特徴でもあり、『ザ・フィフス・ステイト・オブ・コンシャスネス』における影響の中でもとても重要な要素だ。スライ&ロビー的なレゲエとガラージ・サウンドが邂逅したような“コヨーテ・ゴースト・メロディーズ”では、タイトルどおりコヨーテの鳴き声を模すなど、ユーモア感覚も心憎い。ダンサブルという点では“エヴリータイム・アイ・シー・ザ・ライト”や“ワイルド・パラダイス”が挙げられる。ザ・クラッシュやトム・トム・クラブなど、ダブやアフロをモチーフとするニュー・ウェイヴ・ディスコの現代版と言えよう。昔のサウンドとの比較でいくと、“ラヴ・キャン・ムーヴ・マウンテンズ”はさしずめブロンディだろうか。“プット・ダウン・ユア・ガイズ”あたりは、いかにもラリー・レヴァンがパラダイス・ガレージで好んでプレイしていたようなナンバーで、この曲や“クウェ・ドゥ・ボン”での強烈なダブ・エフェクトも印象に残る。ピーキング・ライツが今までの西海岸のサイケ・サウンドから、ダブやレゲエを切り口にNYのダンス・サウンド方面へ路線を変更した、そんな象徴とも言えるアルバムとなった。

Lorde - ele-king

 女性誌のコーナーに行くと、10代の女子に向けた雑誌の表紙に「インスタジェニック」なる言葉が躍っている。ページをいくつかめくってみると、インスタグラム映えする投稿をすることは──そのためのライフスタイルを送ることは彼女たちにとって抜き差しならない問題のようで、そして、過度の写真加工は「イケてない」のだそうだ。雑誌のアドバイスいわく、「それは本当のあなたじゃない」と。いいね!がたくさんつくような「インスタジェニック」な投稿をすることと、自然体の自分を世に示すことのせめぎ合いがそこにはある。10代の人間関係のキツさを忘れた大人の目線から「そんなのくだらないよ」と言うのは簡単だが、彼女たちなりの自己表現や真剣なコミュニケーションがそこにはこめられているのだろう。
 テイラー・スウィフトとのセルフィーがインスタグラムで話題になるポップ・スターたるロードは、しかし、加工など必要としない特別な少女、10代として世に現れた。ニュージーランドでブリアルとジェイムス・ブレイクを聴き、レイモンド・カーヴァーとカート・ヴォネガットを読み、そしてハスキーなアルトで退屈な日常や物質主義への懐疑を歌う16歳……。シンガーソングライター化していった時期のジェイムス・ブレイクを強く意識したであろう簡素なエレクトロニック・ミュージックのプロダクションも含め、デビュー作『ピュア・ヒロイン』の時点で彼女、エラ・イェリッチ・オコナーは選ばれたヒロインだったわけだ。『ピュア・ヒロイン』には生意気な10代特有の魅力があったし、それに説得力を持たせる意志の強そうな眼差しがあった。

 そこで言うと、『メロドラマ』では、湿り気のあるピアノ・バラッド“ライアビリティ”で別れた男に向けて「わかってるよ、わたしは負担だって」としんみり歌っているロードは特別なヒロインであることを手放しているように見える。ありていに言えば普通の失恋ソングを歌う普通の女になっている。現在ヒット・メイカーとして名を馳せるジャック・アントノフを共同ソング・ライターとして迎えていることからもわかるが、チャート・ミュージックのスターであることを真っ向から受け入れていて、なかでもアンセミックなダンス・ポップ“グリーン・ライト”はその結実だろう。セルアウトだと言ってしまえば、そうだ。メロディはよりキャッチーに、プロダクションもはるかに派手になっていて、ウェル・プロデュースされたポップ・ソングというのはロードのオルタナティヴなイメージを幾分損なうものかもしれない。
 だがそれでも、海外の評に目を通してみると前作よりも『メロドラマ』が概して高く評価されているのは、ポップスとしてのフォルムの完成度が高まっているということ以上に彼女自身の言葉がいいのだという。『ガーディアン』は「アルバムでもっとも弱い楽曲である“ホームメイド・ダイナマイト”でさえ」と牽制しながら、リリシストとしてのロードを讃え、そして(ザ・スミスの)“ゼア・イズ・ア・ライト・ザット・ネヴァー・ゴーズ・アウト”を引き合いに出しつつ描写の巧みさを指摘している。そこではパーティに繰り出す女子が登場し、彼女の夜への期待が車の事故に喩えられているのだが、パーティ・ガールの刹那的な快楽主義に詩情がもちこまれているのだと。『メロドラマ』ではアルバムを通じて、夜遊びをする若い女が歌の主人公として繰り返し登場する。彼女たちは酒を飲んで騒ぎ、踊り、たぶんドラッグもやって、一夜限りの恋やセックスをするのだろう。きっとセルフィーを撮ってインスタグラムにアップもするだろう。ロードはそして、大人たちからは無視されるとくに立派でもない若い女たちの側に立ち、彼女たちの悲しみや一瞬その目に入る美しい光景を描こうとする……それは、加工しようがしまいがインスタグラムには投稿できない若い女たちの実存と感情だ。「目覚めると、違うベッドルームにいることがある/私が何か囁けば、街のざわめきが歌で返してくる」(“グリーン・ライト”)。ケイト・ブッシュによく比較される声でロードはここで、特別ではない女たちの声にならない声をポップにエモーショナルに開放しようとしている。ハーモニー・コリンの映画『スプリング・ブレイカーズ』のパーティに明け暮れる少女たちの姿がフラッシュバックする。
 「毎晩、わたしは生きて死ぬ」という歌い出しの開放的なシンセ・ポップ“パーフェクト・プレイス”でもやはり夜な夜な遊びに繰り出す若い女の軽薄さが少しの切なさを伴って描かれ(「わたしたちの憧れたひとたちはみんな、姿を消していく/いまはもう、わたしはひとりで立っていられない」)、しかしそれは当人にとって切実なものなのだと訴える(「ベロベロに酔って過ごした夜/理想の場所を探しながら」)。だが、彼女は続けてこう呟くのである──「それにしても、理想の場所っていったい何?」。そうして、アルバムは終わる。
 ラナ・デル・レイほど退廃的になれるわけでもない。それでもたしかに痛みや悲しみを抱えた若い女たちの「メロドラマ」がここにはあり、それは自分自身の生き方やそれを表現する術を探し求める10代の姿でもある。「チャート・ミュージックにリリシズムと知性を持ちこんだ」というのは批評家の言うことだ。ロードを聴いている女の子たちはきっと、自分たちと近い場所にこの物憂げだが強い声と歌があることを頼もしく思っている。


Declan McKenna - ele-king

あんたは携帯と髪の毛いじりに時間を取られる過ぎているんだよ。 “ヒュモンガス”

 年を食っちまった人間は、こういうときについつい、この青年の18という年齢のことを必要以上に考えてしまうのだろうか。実際のデクラン・マッケンナのキャリアは数年前からはじまっている。“ブラジル”という、ブラジル・ワールドカップ時のFIFA汚職事件を糾弾する曲が2年前。それは16歳の少年の作る歌の主題として……、イングランドに生まれながらワールドカップを醒めた目で見ているというだけでも非凡なのかもしれない。が、しかし、16歳の澄んだ目だからこそ狂騒に飲み込まれず、大人の堕落を見抜く観察眼を忘れない。

 アルバムの最初の3曲は、かなり良い。くだんの“ブラジル”も、歌詞を知らなくても充分に魅力的な曲で、“ヒュモンガス”も“ザ・キッズ・ドント・ワナ・カム・ホーム”も、ファーストの頃のプライマル・スクリームというか、90年代風というか、ある世代が聴いたら懐かしいことこのうえなく、丘の上を駆け上がるかのような高揚感の、フックのあるメロディを持ったUKインディ・ロックらしい曲だ。アルバムの多くの曲をプロデュースしているのはジェームス・フォード(シミアン・モバイル・ディスコ/ザ・ラスト・シャドウ・パペッツ)。

 しかしながら、ドレイクの新作を聴いていても感じることだが、USのR&B/ヒップホップ大人気のUKにおいて、自国のインディ・ロックの脈を全開する若者なんていうのは、いまとなっては少数派になるのではないだろうか……。

ぼくとは、(あなたが思っているようなぼく以外の)ほかの誰かみんなだ。 “アイ・アム・エヴリワン・エルス”

 ラップだけがユース・カルチャーを代弁しているわけではない。ハートフォードシャー生まれの18歳のシンガー・ソングライターは、彼の目を通して見える社会と、そして怒りや抗議,不満を歌う。言葉を持った音楽は、英語力のある方ならともかく、まあ、さすがにchavは訳注を入れるべきだと思うけれど、それでも歌詞対訳のついた日本盤がいい。デヴィッド・ボウイ的な挑発的だが曖昧な言い回しのなかに、それこそスリーフォード・モッズではないが緊縮と福祉、宗教、暴力、性、これら社会的トピックが彼の言葉で描かれているように思われるる。“イソンバード”でのリフレイン「歩けないなら走ればいいさ」は暴動を望んでいるかのようでもあり、「君のクイーンになりたい」も(これこそボウイを意識しているのかもしれないが)面白いし、『車についてどう思うか?』というアルバム・タイトルもリスナーに“考えること”を促しているわけだが、何にせよ、本作で歌われる力ある(生意気な)言葉もUKインディ・ロックの、言うなればお家芸である。

 デクラン・マッケンナはフェイクかリアルか? 

 数年前の「公営団地のボブ・ディラン」ではないが、マッケンナに関してメディアは「世代の声」といっているようだ。“ザ・キッズ・ドント・ワナ・カム・ホーム”における子どもたちの祝福的なコーラスを聴いていると、たしかに「世代」と言いたくはなる。が、それはひとつの演出だろう。「世代の声」とは、年を食っちまった人間の願望(フェイク)だ。

 デクラン・マッケンナはフェイクかリアルか? 

 『ホワット・ドゥ・ユー・シンク・アバウト・ザ・カー?』は、まだ手なずけられる前の、若者らしい自信と反抗心、そして疑いがあり、まとまりには欠けるが、言いたいことが詰まっている、若さゆえの輝きがある、素晴らしい10代の作品だ。ぼくはリアルだと思う。第一基準は満たしている。歴史は「NO」という人たちによって作られるのだから。

Minimalista - ele-king

 個人的な話ですが、最近Gracyというメーカーのドラムセットを買った。60年代のジャパニーズ・ヴィンテージで、推測するにラディックやグレッチがまだ日本において高価で貴重だった時代に作られたコピーモデルである。悪い言い方をしたらパチモンだけど、やはり楽器が50年も経っていると何とも言えない音がする。ホンマモンヴィンテージのように、叩いた瞬間「これこれ」とか「レコードで聴いたことある音だ」という感じは薄いけど、「なんかいいね」といった感じ。当時の職人の顔が浮かぶような。
 ドラムセットとアルバムを比較するのもどうかと思うが、ミニマリスタことタレス・シルヴァのセカンド・アルバム『Banzo』には、何か過ぎない魅力がある。

 「that was the ideia, to mix old and new sounds」
 インタヴューとまでは言えないが、今作のプロデュースを手掛けているレオナルド・マルケスに下手な英語で「よかったよ」とメールをしてみたらこんな返事がきた。
 今作が録音されたベロオリゾンテから少し離れたところにあるらしいマルケス所有のスタジオ(www.ilhadocorvo.com)の写真を見ると、オープンリールやヴィンテージ楽器、マイクなどが目を引く。そして、もちろんDAWも写りこんでいる。サウンドを聴きながら、写真を眺めていると、ヴィンテージの質感だけに拘っているわけでもなく、音をいじりとおしているわけでもなく、マルケスの言葉通りの質感を得ていることが伝わってくる。なんていうか、素直。インディのよさが詰まっている。ルサンチマン以上に、僕たちから素直さを取ったら困るのは僕たち自身だろう。
 #1“O Peso (feat. Gui Amabis)”は、ブラジリアン・サイケらしいファズのリフから幕を開ける。うるさくないのは、ムタンチスやオス・ブラゾンェスの反省を内包していると言ったら言い過ぎだろうか(どちらも好きです……)。歌、ギター、チェロ、ドラムという編成は名前通りか。曲構成に合わせて最小限でのビルドアップもいいが、1:55で、すっと抑えるところが気持ちいい。#2“Fogo no Rabo”は、勝手な印象だが、パルチード・アルトぽいリズムを、インディ・フォーク風に、という趣がいい。リズムギターは、ドラムと呼応するようで、ドラマーは不必要にはハットを刻まなくてよくなる。#3“Grito Rouco (feat. Teago Oliveira)”は、アルバム中最高のアンサンブル。隙間を抜き合う楽器の上を、ドライでもなく熱くもない歌がいく。
 ここまで聴いただけでも、ブラジルらしさと、マルケス・プロデュースらしいインディ・フォークの潮流のミックスがいいのだが、そこには、よく知っているものはさりげなく、新しいものを取り入れるというよりはいいものはミックスする、というようなライトな奥ゆかしさみたいなものが通底していることに気付く。音にも、歌にも、リズムにも、効果音にも、編集にも。地味と言えばそうかもしれないが、そこがよくて、かっこいいとか、おしゃれとか、すごいとかいうことを、全然浮かばせないところにこの作品の魅力がある気がする。……「気持ちいい」はいいじゃないですか、ブラジルだし。

 余談になるが、今作のドラムの音もラディックとも少し違う味わいがあったので、聞いてみたら、Pinguimというブラジリアン・ヴィンテージのセットを使ったらしく、やはりそれもラディックのコピーモデルらしい(スネアはラディックを使用とのこと)。Gracyとまったく同じで少し嬉しくなった。購入した時、舞い上がってSNSに写真を載せたところ真っ先にコメントをくれたのは、マルケスだった。
 CDの作りが凝っているのもいいのだが、願わくはいつかアナログで聴きたい。そして、『クルビ・ダ・エスキーナ』を聴きたくなった。

 やはりいま音楽も小説もジャズなのでしょうね。ちまたですっかり評判の、戦時下ドイツを舞台にジャズに夢中な不良少年たちを描いた佐藤亜紀の『スウィングしなけりゃ意味がない』。物語中に流れるジャズを実際に聴きながら、大谷能生が佐藤亜紀を迎えてトークします。8月19日(土)、SCHOOL。予約制なので、早めにヨロシク~。

https://scool.jp/event/20170819

Hampshire And Foat - ele-king

 〈アテネ・オブ・ザ・ノース〉はギリシャではなく、スコットランドのエディンバラを拠点とするレコード・レーベルである。レーベル設立者のユアン・フライヤーがレア・グルーヴやディープ・ファンク方面のDJなので、〈アテネ・オブ・ザ・ノース〉も主に1960~1970年代のマイナーなソウルやファンクのリイシューを行ない、リリース・フォーマットも7インチが多い(フライヤーはほかにも〈ソウル・スペクトラム〉や〈ソウル7〉など、やはり7インチ中心のレア・グルーヴ系レーベルをやっている)。アルバムではミルトン・ライト、ペニー・グッドウィンなど、やはりマニア垂涎のレア盤をリイシューしており、最近はロウ・ソウル・エキスプレスの未発表作品集を何と初アナログ化させたばかりだ。こうした中、ハンプシャー・アンド・フォートというアーティストの『ギャラクシーズ・ライク・グレインズ・オブ・サンド』は、〈アテネ・オブ・ザ・ノース〉にとって異色のリリースと言えるだろう。レーベルとしておそらく初めての現行アーティストによる作品で、またサウンドもいままでのレーベル・カラーとはかなり異なるものだ。

 このユニットはウォーレン・ハンプシャーとグレッグ・フォートによるコラボレーションで、おそらく恒久的なものではなく、本作のみのために組まれたものだろう。ウォーレン・ハンプシャーはマルチ・インスト奏者で、ワイト島出身のインディ・ロック・バンド、ザ・ビーズのメンバーである。1960年代のサイケやガレージ・ロックから、レゲエやジャズなど幅広い音楽性をミックスさせ、マーキュリー・アワードにもノミネートされたことがあるバンドだ。一方、グレッグ・フォートはザ・グレッグ・フォート・グループのリーダー及び鍵盤奏者で、〈ジャズマン〉から英国らしいディープなジャズ・アルバムを5枚発表していることで知られる。このふたりがどのような経緯で出会い、コラボレーションするに至ったのか詳しいことはわからないが、ユアン・フライヤーのアイデアで一種のライブラリーというか架空のサントラのようなアルバムを作り出した。ふたりのサポートにはザ・グレッグ・フォート・グループのメンバーが名を連ねるほか、英国ジャズ界の重鎮であるスタン・トレイシーの息子で、彼のバンドでも演奏したドラマーのクラーク・トレイシーから、エディンバラ交響楽団のメンバーも参加している。

 基本的にビートは薄目で、アンビエントやチルアウト・テイストのアルバムとなっており、“ザ・ソーラー・ウィンズ(アンド・カデンツァ)”でのグレッグ・フォートのエレピ・ソロとか、極めてシネマティックな光景が浮かんでくる作品集である。サウンドの軸となるのはジャズだが、ブルースやビ・バップから発展してきたアメリカのメインストリーム・ジャズとは、また異なるものだ。クラシックやモダン・クラシカル、現代音楽やミニマル・ミュージックと交わっており、極めてヨーロッパらしいジャズのあり方と言えるだろう。こうした作曲やアレンジ能力は重厚で深遠な“ハウ・ザ・ナイツ・キャン・フライ”あたりに顕著で、マイク・ウェストブルックやニール・アードレイなど、英国ジャズのパイオニアたちの才能を今に引き継いでいる部分も感じさせる。そして、ブリティッシュ・トラッドやケルティック・フォークからの影響を感じさせるのが英国特有で、そこがエディンバラを舞台にした本プロジェクトの真髄ではないだろうか。宇宙的なタイトルの表題曲はじめ、“ララバイ”や“オール・ウォッシュト・アップ”がその典型で、アコースティックでフォークロアなモチーフの楽器演奏が、むしろ宇宙や自然の神秘性を密やかに物語る。フォーキーなテイストとモーダル・ジャズが見事に溶け合った“エンド・ソング”は、エレピやトランペットのソロに雄大なオーケストラ・サウンドも交え、アルバムのハイライトとなる素晴らしい作品である。

 なお、録音はすべてアナログ・テープにより、エディンバラのスタジオで録音後、スウェーデンのスタジオでミックス・ダウン、フィンランドのスタジオでマスタリングとカッティングを行なったとのことで、ハンプシャーとフォート、フライヤーの音に対する拘りが溢れたものとなっている。いまの時代、ここまで音にお金や時間、労力をかけるのはとても贅沢なことで、それを満喫するにはやはりアナログ盤を購入するのが一番だろう(一応、カセット、CD、デジタルでのリリースもあり)。あと、ジャケットは1960年代に活躍したマイケル・ガーリック・クインテットの『オクトーヴァー・ウーマン』をモチーフにし、〈アテネ・オブ・ザ・ノース〉のレーベル・ロゴも今回はその発売元の〈アーゴ〉を真似ている。そんな細部にまで遊び心と、ブリティッシュ・ジャズへの敬愛が溢れた作品である。

ハテナ・フランセ - ele-king

 夏といえばフランスでもロック・フェスティバルが毎週末のように各地で行われている。一口にロック・フェスティバルと言っても色々なタイプがあるので、今回は私が今年参加したいくつかのフェスを紹介しながらそれぞれの特色をお話ししたい。

 まずはシャンパーニュ地方はランスで行われた3万人規模の比較的こぢんまりしたラ・マニフィック・ソサエティから。ヘッドライナーはジェイミー・カラム、モデラット、エールやグレゴリー・ポーターなどのフランスでは中規模フェス仕様のラインナップ。
 シャンパーニュ地方はその名のとおりシャンパンの生産地のため経済的に豊かな地方で、その地方自治体や市などの全面協力を得て、ユネスコ指定公園のシャンパーニュ公園で行われた。他のフェスとの違いといえばアーケードゲーム機やファミコン、フィギュアなどを揃えた日本テントだろう。日本人アーティストも水曜日のカンパネラ、Seiho、Dé Dé Mouse、YMCK 、kiLLa、Dotama、ピノキオPが出演したのだが、中でも水曜日のカンパネラは個性&工夫溢れるステージで日本といえばゲームとアニメのイメージしかないフランスのオーディエンスをまずは唖然とさせ、そして最後には心を鷲掴みにしたようだった。公園の両脇はシャンパン畑だし、フランスのフェスでも初(との宣伝文句だったが真偽のほどはナゾ)のシャンパン専門ブースがあったりと優雅な雰囲気。客層も家族連れが多くシニア層もチラホラ。泥んこ万歳! な感じの若者よりもカットオフデニムにフラワークラウンを頭に乗っけてコーチェラ気分な若者の方が多く、移民系の若者はほとんど見かけなかった。

 深夜帯には若者たちしか見かけなくなったが、酔っ払って正体をなくす輩は全く目にすることもなかった。以前よく行っていたブルターニュ地方はレンヌのフェスティバル、レ・トランスミュージカルで若者たちの立ちション危険地帯やゲロ攻撃に閉口していたことを思い出し、地方によって若者たちの生態やフェスのあり方も違うのだと改めて感心した。レ・トランスミュージカルは約40年も続いている新人発掘に定評のあるフェスだが、それより何より地元の若者たちが羽目を外せるお祭りでもあるようで。しかも深酒に定評のあるブルターニュ地方とくれば、へべれけティーンネイジャー軍団に混じって深夜にシラフでライブを見るのはほとんど苦行のですらあった。

 その点、都市型フェス、パリ郊外ヴァンセーヌ公園で行われたウィ・ラブ・グリーンも別の意味での苦行であった。パリ郊外で行われるいくつかのフェスのなかでも一際スノッブなのがこのフェス。いまヨーロッパのマーケティングにおいて欠かせない要素のエコを標榜したフェスだが、今年のヘッドライナーはソランジュ、アンダーソン・パーク、ジャスティス、リッチー・ホーテンらオシャレ層に響くラインナップで集客も2日で5万8千人と大規模フェスの範疇に入る。
 おが屑を使用したバイオトイレやフードスタンドの食器を全てリサイクルにするなどのわかりやすいエコから、消費電力を食用油のリサイクルによって捻出するという一般的にはあまり聞いたことのない手法まで看板に偽り無しのエコぶり。ただオーディエンスの捌き方などには無頓着でトイレからフードスタンドまで行列がひどい。ラテン系ヨーロッパに独自のメンタリティかもしれないが、フランス人は秩序を守って行列をするのが本当に苦手だ。どこの行列もとにかくびゃーっと人が広がって、それを整える人員もいないので、皆我先にと人を出し抜こうとする。フェス仕様の軽いオシャレをしたパリジャンが澄ました顔をしてどうにかしてズルをしようとする様は、エコという意識の高さとはまったく相容れない。そこに無頓着なフェス側の姿勢はエコをマーケティングのみで取り入れているとしか思えないというのはうがった見方だろうか。
 そんなヘコんだ気持ちを持ち直してくれたのがフランス東部のベルフォールで行われたレ・ユーロケンヌだ。日本人アーティストReiに同行したのだが、約30年続いているフェスだけに地元民総出でフェスを支持している感が溢れていた。約12万人規模の大型フェスなので、他地方、スイス、ドイツなど周辺国から集まったいわゆるフェス慣れしたオーディエンスも多かったが、地元の家族連れ&シニアととてもいい塩梅で共存していた。
 Reiのサイン会には老若男女が集まり「あたしたちゃ初回からレ・ユーロケンヌに来てるけど、あんたみたいなアーティストは見たことないよ。いい筋してる!」と太鼓判を押してくれる半ズボン&サンバイザーの老夫婦などに大変癒され、会場となっている自然公園の湖畔の緑に癒された。あくまで個人的感想だが、フランスの地元密着型なフレンドリーなフェスは悪くないなあとフードブース定番のケバブを頬張りながら思ったのだった。

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