Home > Reviews > Album Reviews > Hampshire And Foat- Galaxies Like Grains Of Sand
〈アテネ・オブ・ザ・ノース〉はギリシャではなく、スコットランドのエディンバラを拠点とするレコード・レーベルである。レーベル設立者のユアン・フライヤーがレア・グルーヴやディープ・ファンク方面のDJなので、〈アテネ・オブ・ザ・ノース〉も主に1960~1970年代のマイナーなソウルやファンクのリイシューを行ない、リリース・フォーマットも7インチが多い(フライヤーはほかにも〈ソウル・スペクトラム〉や〈ソウル7〉など、やはり7インチ中心のレア・グルーヴ系レーベルをやっている)。アルバムではミルトン・ライト、ペニー・グッドウィンなど、やはりマニア垂涎のレア盤をリイシューしており、最近はロウ・ソウル・エキスプレスの未発表作品集を何と初アナログ化させたばかりだ。こうした中、ハンプシャー・アンド・フォートというアーティストの『ギャラクシーズ・ライク・グレインズ・オブ・サンド』は、〈アテネ・オブ・ザ・ノース〉にとって異色のリリースと言えるだろう。レーベルとしておそらく初めての現行アーティストによる作品で、またサウンドもいままでのレーベル・カラーとはかなり異なるものだ。
このユニットはウォーレン・ハンプシャーとグレッグ・フォートによるコラボレーションで、おそらく恒久的なものではなく、本作のみのために組まれたものだろう。ウォーレン・ハンプシャーはマルチ・インスト奏者で、ワイト島出身のインディ・ロック・バンド、ザ・ビーズのメンバーである。1960年代のサイケやガレージ・ロックから、レゲエやジャズなど幅広い音楽性をミックスさせ、マーキュリー・アワードにもノミネートされたことがあるバンドだ。一方、グレッグ・フォートはザ・グレッグ・フォート・グループのリーダー及び鍵盤奏者で、〈ジャズマン〉から英国らしいディープなジャズ・アルバムを5枚発表していることで知られる。このふたりがどのような経緯で出会い、コラボレーションするに至ったのか詳しいことはわからないが、ユアン・フライヤーのアイデアで一種のライブラリーというか架空のサントラのようなアルバムを作り出した。ふたりのサポートにはザ・グレッグ・フォート・グループのメンバーが名を連ねるほか、英国ジャズ界の重鎮であるスタン・トレイシーの息子で、彼のバンドでも演奏したドラマーのクラーク・トレイシーから、エディンバラ交響楽団のメンバーも参加している。
基本的にビートは薄目で、アンビエントやチルアウト・テイストのアルバムとなっており、“ザ・ソーラー・ウィンズ(アンド・カデンツァ)”でのグレッグ・フォートのエレピ・ソロとか、極めてシネマティックな光景が浮かんでくる作品集である。サウンドの軸となるのはジャズだが、ブルースやビ・バップから発展してきたアメリカのメインストリーム・ジャズとは、また異なるものだ。クラシックやモダン・クラシカル、現代音楽やミニマル・ミュージックと交わっており、極めてヨーロッパらしいジャズのあり方と言えるだろう。こうした作曲やアレンジ能力は重厚で深遠な“ハウ・ザ・ナイツ・キャン・フライ”あたりに顕著で、マイク・ウェストブルックやニール・アードレイなど、英国ジャズのパイオニアたちの才能を今に引き継いでいる部分も感じさせる。そして、ブリティッシュ・トラッドやケルティック・フォークからの影響を感じさせるのが英国特有で、そこがエディンバラを舞台にした本プロジェクトの真髄ではないだろうか。宇宙的なタイトルの表題曲はじめ、“ララバイ”や“オール・ウォッシュト・アップ”がその典型で、アコースティックでフォークロアなモチーフの楽器演奏が、むしろ宇宙や自然の神秘性を密やかに物語る。フォーキーなテイストとモーダル・ジャズが見事に溶け合った“エンド・ソング”は、エレピやトランペットのソロに雄大なオーケストラ・サウンドも交え、アルバムのハイライトとなる素晴らしい作品である。
なお、録音はすべてアナログ・テープにより、エディンバラのスタジオで録音後、スウェーデンのスタジオでミックス・ダウン、フィンランドのスタジオでマスタリングとカッティングを行なったとのことで、ハンプシャーとフォート、フライヤーの音に対する拘りが溢れたものとなっている。いまの時代、ここまで音にお金や時間、労力をかけるのはとても贅沢なことで、それを満喫するにはやはりアナログ盤を購入するのが一番だろう(一応、カセット、CD、デジタルでのリリースもあり)。あと、ジャケットは1960年代に活躍したマイケル・ガーリック・クインテットの『オクトーヴァー・ウーマン』をモチーフにし、〈アテネ・オブ・ザ・ノース〉のレーベル・ロゴも今回はその発売元の〈アーゴ〉を真似ている。そんな細部にまで遊び心と、ブリティッシュ・ジャズへの敬愛が溢れた作品である。
小川充