「Noton」と一致するもの

Chihei Hatakeyama + Federico Durand - ele-king

 いまや日本のアンビエント・ミュージック・シーンを牽引する存在といっても過言ではない畠山地平。彼は2006年に米〈クランキー〉からデビューして以降、〈ルーム40〉、〈ホーム・ノーマル〉、〈オウン・レコード〉など国内外のレーベルから素晴らしいアンビエント・ミュージックを多くリリースしてきたアーティストである。
 また、マスタリング・エンジニアとしれも知られる畠山は、レーベル〈ホワイト・パディ・マウンテン〉を主宰し、自身のソロ・ワークやコラボレーション・ワークのみならず、シェリング(新作リリース!)、岡田拓郎+ダエン、ハコブネ、ファミリー・ベーシック、フェデリコ・デュランドなど、数多くのアーティストたちの素晴らしいアルバムを送り出してきた。このラインナップを見るだけでも分かるが、〈ホワイト・パディ・マウンテン〉がリリースする作品は、いわゆるアンビエントだけに留まらず、シューゲイザーからドリーミーなポップまで実に幅広い。しかし、そこには共通するトーンがあるようにも思える。
 マスタリング・エンジニアでもある畠山らしいサウンドのトリートメントかもしれないが、それだけではない。どの作品からも濃厚な「アンビエント/アンビエンス」の空気が醸し出されているのだ。清冽で、濃厚な、空気=時間の深い感覚。それが〈ホワイト・パディ・マウンテン〉の魅力に思える。そして、これは畠山地平のアンビエント作品にも共通する感覚である。

 この春、〈ホワイト・パディ・マウンテン〉から2枚のアンビエント・アルバムがリリースされた。ひとつは、畠山地平+フェデリコ・デュランドによる『ソラ』。もうひとつは伊達伯欣(イルハ)とフェデリコ・デュランドのデュオ・ユニット、メロディアの新作『スモール・カンバセーションズ』である。
 フェデリコ・デュランドはアルゼンチン出身で1976年生まれのアンビエント・アーティスト。〈ホワイト・パディ・マウンテン〉、〈スペック〉、〈12k〉、〈プードゥ〉など錚々たるレーベルからアルバムを発表してきたことでも知られ、この2017年は、すでに〈12k〉からソロ・アルバム『ラ・ニーニャ・ジュンコ(La Niña Junco)』を発表している。『ラ・ニーニャ・ジュンコ』もまた彼らしい優雅な時間と深い記憶の交錯、純朴な音と繊細なサウンド・トリートメントによって、「音楽」が溶け合うようなアンビエント・アルバムに仕上がっていた。聴いていると耳がゆっくりと洗われるような気分にもなってくる。ちなみにローレンス・イングリッシュが主宰する〈ルーム40〉からの新作も控えている。

 そう考えると、フェデリコと畠山地平とのコラボレーションの相性の良さも分かってくるだろう(彼らは新作『ソラ』以前もコラボレーション作品をリリースしている)。畠山のアンビエンスもまた身体の記憶から生まれるような濃厚な時間、繊細さを称えたアンビエントなのである。ゆえに彼らの音は体に「効く」。聴き終わったあとに心身ともに浄化された気分になる。
 本作『ソラ』もまた同様である。1曲め“アナ”の密やかなノイズの蠢きと細やかな音の揺らぎ、音楽と音響の境界線が溶け合うアンビエンス。2曲め“ナツ”の深い響きと繊細な音量の変化によって生まれる透明なドローン。3曲め“ルイザ”の星の光のような音の瞬きの清冽さ。4曲め“キサ”の冬の厳しさのようなノイジーな音。5曲め“イルセ”の春の息吹のようなアンビエント/アンビエンス。
 全5曲、どのトラックも、ふたりのアンビエント・アーティスト特有の「時間・記憶・音意識」が繊細な空間意識と音響感覚で見事に融合している。記憶と時間の結晶? まるで異国の地への郷愁のような、不思議な旅情を称えたアンビエント・アルバムのようにも思えた。

 一方、伊達伯欣とフェデリコ・デュランドのデュオ、メロディアのサード・アルバム『スモール・カンバセーションズ』は、音数を限りなく減らしたミニマムな音世界を展開する。ふたりのギター、ピアノ、僅かな環境音。このミニマムな編成のなか、伊達とフェデリコは、非反復的に、点描のようにポツポツと素朴な響きを落としていく。まるで小さな会話のように。とても少ない音数だからこそ、聴き手との「あいだ」にもイマジネーションゆたかな「会話」=「音楽」が立ち現われてくる。それは慎ましやかな「音楽」だが、同時に、聴き手を深く信頼しているような音楽/アンビエンスである。
 1曲め“ア・ブルー・プレイス”と2曲め“ア・ラスト・メッセージ・オブ・ア・レイニー・デイ”は、ふたりのギターによる点描的で乾いた音の連鎖。3曲め“レヴェリー”では淡いピアノが断続的に鳴り、朝霧のようなドローンが生まれては消えていく。4曲めにして最後の曲“ア・ライラック・ネーム・リィトゥン・オン・ウォーター”は楽器が消え去り、透明なアンビエント/ドローンを展開する。その透明な空気のカーテンのようなドローンに、微かなノイズがレイヤーされ、音楽・記憶・時間の融解するような感覚が生まれているのだ……。

 以上、2作とも作風の違うアンビエント作品だが、濃厚で繊細な時間の生成という意味では共通する。美しく、儚く、優しく、心と体に効く。そんなアンビエント/アンビエンスのタペストリーがここにあるのだ。新しいアンビエント・ミュージックを聴きたい方に、心からおすすめしたいアルバムである。

Rohey - ele-king

 ノルウェイの〈ジャズランド〉は、かつて1990年代後半から2000年代初頭にかけ、フューチャー・ジャズというキーワードが浮上した頃に脚光を浴びたレーベルである。設立者でもあるブッゲ・ウェッセルトフトを筆頭に、シゼル・アンデルセン、ビーディー・ベル、ウィビューティーなどが作品を発表している。ウェッセルトフトはもともとコンテンポラリー・ジャズ畑出身のピアニストだが、そこからエレクトロニックなクラブ・サウンド方面へと進んでいったヨーロッパにおける先駆的存在である。エレクトリック・ジャズにディープ・ハウスやテクノを融合したそのサウンドは、クラブ・シーンでも火が付いてカール・クレイグなども絶賛していた。そして、ウェッセルトフトは後にローラン・ガルニエ、ヘンリック・シュワルツ、ジョー・クラウゼルなどともコラボをおこなっている。その後、フューチャー・ジャズという言葉が廃れるとともに、〈ジャズランド〉がクラブ寄りの作品をリリースすることは減っていったのだが、この度リリースされたローヘイというアーティストの『ア・ミリオン・シングス』は、久々にかつてのクロスオーヴァーな要素に溢れた〈ジャズランド〉を彷彿とさせる作品だ。

 ローヘイは黒人シンガーのローヘイ・ターラーを軸とするユニットで、白人のイワン・ブロンクイスト(キーボード)、クリスチャン・B・ヤコブセン(ベース)、ヘンリック・ロードーエン(ドラムス)からなるバンド・スタイルを取っている。ローヘイ・ターラーについて、北欧のメディアはジル・スコットなどのネオ・ソウル系シンガーから、ローラ・ムヴーラなども引き合いに出している。メンバーはいずれもオスロで活動する若手ミュージシャンたちで、グループの結成は3年ほど前。どのようにして〈ジャズランド〉から本デビュー作を発表することになったのかは不明だが、サウンドのタイプとしてはビーディー・ベルのように女性ヴォーカルを武器とするソウルフルなものである。2000年代前半に活躍したビーディー・ベルのプロダクションは、アシッド・ジャズ的なものからドラムンベース、ブロークンビーツやディープ・ハウスを取り入れたものとヴァラエティ豊かで、そしてかなりポップな側面を意識したジャズだった。ローヘイもジャズを基盤に、ソウルやファンクなどへと触手を伸ばしたフュージョン・サウンドと言える。現在のアーティストと比較するなら、女性シンガーがキーになっている点で、ネイ・パームを擁するオーストラリアのハイエイタス・カイヨーテに近いだろう(グループの編成も同じである)。実際にそのサウンドもハイエイタス・カイヨーテを意識したようなところがあり、同じようなカテゴリーではスナーキー・パピーからムーンチャイルド、ロバート・グラスパー・エクスペリメントにサンダーキャットなどのそれを彷彿とさせる場面もある。すなわち、ジャズにネオ・ソウル、ファンクにヒップホップ、ロックにブギーにAORなどが自然体で繋がった、現在のフュージョン・サウンドそのものだと言える。

 “アイ・ファウンド・ミー”はフェンダー・ローズとタイトなリズム・セクションをバックに、ローヘイ・ターラーのアルト・ヴォイスがクールなジャズ・ファンク調のナンバー。アシッド・ジャズ的な匂いとともに、1970年代のロイ・エアーズやジェイムズ・メイソン的な雰囲気もある。“マイ・レシピ”はジャズ・ロックで、こちらはリターン・トゥ・フォーエヴァーとかビリー・コブハムなどを彷彿とさせる。こうした例からわかるように、ローヘイには1970年代のジャズを中心としたその周辺のサウンドからの影響が色濃く表われている。“セルフォンズ・アンド・ペイヴメンツ”での幻想的な音色にも顕著だが、ブロンクイストの奏でるエレピやピアノがグループのサウンドで重要な鍵を握っていることがわかる。“テル・ミー”はロバート・グラスパー・エクスペリメントに近いタイプのネオ・ソウル的な曲で、ブロンクイストの美しいピアノとともにロードーエンの細かく刻まれた今っぽいドラムのコンビネーションが見事。“ナウ・ザット・ユー・アー・フリー”や“マイ・ディア”もローヘイのソウル・サイドを象徴する作品で、ローヘイ・ターラーの切々とした歌が光る。このあたりの雰囲気はムーンチャイルドに通じるものだ。“レスポンシビリティーズ”でもグラスパー的なエレピと今風のドラムがフィーチャーされているが、ローヘイ・ターラーの艶やかな歌があるため、全体的によりソウルフルなムードがある。そして何よりも、4ピースのバンドでありながら壮大なスケールを作り出してしまう点がローヘイの魅力のひとつ。こうしたバンドとしての力量はハイエイタス・カイヨーテにも匹敵するだろう。

 “イズ・ディス・オール・ゼア・イズ?”“キャント・ゲット・ディス”“アイ・ワンダー”などはハイエイタス・カイヨーテ的と言えるフュージョン・ナンバーだ。ハイエイタス・カイヨーテでも、ドラムのサイモン・マーヴィンがサウンドの骨格作りに多大な貢献を果たしているが、これら作品でもロードーエンの役割は大きい。“キャント・ゲット・ディス”はサンバ風のビートを用いた躍動感のあるもので、“イズ・ディス・オール・ゼア・イズ?”では彼のドラムからダイナミズムが生み出されている。アルバム・タイトル曲の“ア・ミリオン・シングス”もリズム・チェンジの激しい変則的な曲だが、それをうまく進行させるのもロードーエンのドラムやヤコブセンのベースがあるからだろう。なお、ローヘイはライヴ・アクトとしても北欧中心に活躍の場を広げている最中で、近い将来にはハイエイタス・カイヨーテのように世界的な成功を収める存在となることだろう。

Lusine - ele-king

 昨年は、キルンの『ダスカー』(2007)や、テレフォン・テル・アヴィヴの『ファーレン・ハイト・フェア・イナフ』(2001)がリイシューされるなど、にわかに「00年代エレクトロニカ」再評価の機運が高まりつつある。
 近年ではIDMと称されることも多いエレクトロニカだが、テクノをルーツとしつつ(初期〈ワープ〉、エイフェックス・ツイン、初期オウテカなどのインテリジェント・テクノ)、ルーム・リスニング主体の音楽であったこと、サウンドにハードディスク制作以降の多層性や複雑さがあったということ、それゆえの細やかなサウンドレイヤーゆえ電子音楽の進化を感じることができたことなど、あの時代(90年代末期から00年代中頃まで)のエレクトロニカには不思議な固有性があった。それは90年代のダウンテンポやアブストラクト・ヒップホップなどがサンプリングからHD制作や録音の電子音楽/音響へと変わった時代ともいえよう。

 では2010年代中期である現在、「90年代末期から00年代中期のエレクトロニカ」は、どのような形で受け継がれているのだろうか。近年人気のアンビエント/ドローンにもその流れを聴きとることもできる。となればビートの入ったテクノ以降ともいえるエレクトロニカの系譜は?(それは〈ラスター・ノートン〉などのグリッチ/電子音響の系譜とも違う)と思っていた矢先、今年、ルシーン、4年ぶりの新作『センソリモーター』がリリースされたわけである。
 エレクトロニカ的にはこのリリースは事件といえる。「00年代エレクトロニカ」の技法をここまで継承・洗練させているアーティストやアルバムは、なかなか見つけることができないからだ。00年代の〈n5MD〉、〈U-カヴァー〉、〈メルク・レコード〉などのサウンドを受け継いでいるというべきか。

 ルシーンはジェフ・マキルウェインのソロ・プロジェクトである。1998年からカリフォルニア芸術大学で20世紀エレクトロニック・ミュージックとサウンド・デザイン、映画を専攻していたというジェフ・マキルウェインのサウンドには、実験性と聴き手の心理に寄り添うようなポップさが同居しており、ファースト・アルバム(L’usine名義)『L’usine』から聴き手を惹きつけてきた。続く、ルシーン Icl(Lusine Icl)名義で、〈U-カヴァー〉から『ア・スード・ステディ・ステート』(2000)やライヴ・アルバム『コアリション 2000』(2001)、〈ハイマン・レコード〉から名盤『アイアン・シティ』(2002)をコンスタントにリリースし、エレクトロニカ・リスナーからの信頼と高評価を得た。
 ルシーン(Lusine)名義として2004年に〈ゴーストリー・インターナショナル〉からリリースした『シリアル・ホッヂポッヂ』が最初で、以降は〈ゴーストリー・インターナショナル〉よりいくつものアルバムを送り出していくことになる(ルシーン Icl名義では2007年に〈ハイマン・レコード〉からリリースした アンビエント・アルバム『ランゲージ・バリア』などがある。そのほかレーベルを超えてのリミックス・ワークや本名での映画音楽制作など、その活動は多岐にわたっている)。

 彼のサウンドの特徴は、緻密なビート・プログラミングをベースにしながら、細やかな電子音をレイヤーさせている点にある。フロアとリスニング、聴きやすさと実験性を絶妙なバランスで成立させているのだ。まさに00年代エレクトロニカの特徴を体現しているような存在といえよう。
 そのダウンビート・エレクトロニカとも称したい作風は、4年ぶりの新作となる『センソリモーター』でも変わらない。2009年の『ア・サートン・ディスタンス』で結実した自身のサウンドをより磨き上げているのだ。どうやら「MPC1000、アナログ・シンセ、ハンド・パーカッション、グロッケンシュピール、フィールド・レコーディング、ライヴ・インストゥルメンツのサンプル」などを駆使しつつ、端正にサウンドメイクをおこなっているようで、細やかな電子音をレイヤーさせ、ポップなサウンドに仕上げる。
 なかでも格別にポップな4曲め“ジャスト・ア・クラウド”と8曲め“ウォント・フォーゲット”に注目したい。2曲とも Vilja Larjosto のヴォーカルを細かくエディットし、緻密なサウンドレイヤーの中に馴染ませるように構成・作曲され、どこか都会の夜の孤独な感覚と不思議なサウダージ感が同居し、本アルバム中、格別な存在感を放っている。

 ほかにも、カラカラと乾いた鈴の音のような音から次第にドラマティックなサウンドへと変化する1曲め“キャノピー”、彼の妻サラ・マキルウェインをフィーチャーしたエディット・ポップな2曲め“ティッキング・ハンズ”も良い。また、ミニマル・ミュージックのようなノンビートの音響空間を展開する7曲め“チャター”、ヴォイスなどを加工したノイジーなドローン・トラックの10曲め“トロポポーズ”などから、ジェフ・マキルウェインの幅広い音楽性を垣間見る(聴く)ことができるだろう。
 全曲、端正に作り込まれた、繰り返し聴いても飽きのこない普遍的なエレクトロニカ/エレクトロニック・ミュージックであった。まさに15年以上に及ぶ彼のキャリアを代表する傑作アルバムといえよう。

Blanck Mass - ele-king

 この明快さ。潔さと言い換えてもいいだろう。目を引くアートワークで剥かれた牙によく表れているが、それは獰猛かもしれないがもったいぶらずに清々しく野性を謳歌している。凶暴だが朗らかなのだ。UKノイズの代表格ファック・ボタンズの片割れであるベンジャミン・ジョン・パワーのソロによるエレクトロニック・ノイズ・プロジェクト、ブランク・マスの3枚めのことだ。

 いま振り返るとブランク・マスのこれまでの歩み、とくにアンダーグラウンドの名門〈セイクリッド・ボーンズ〉とサインした前作『ダム・フレッシュ』はインダストリアル・リヴァイヴァルときれいに同期するものだった。当然だがファック・ボタンズに比べるとエレクトロニック・サウンドに振りきっていて、ビートのアタックが気持ちいいくらいにハード。ファーストのころはまだ目立っていたドローンの要素はしだいに後退し、代わりにダンスが前景化する(ファック・ボタンズ『タロット・スポート』におけるアンドリュー・ウェザオールとの連携を引き継ぐものでもあるだろう)。再び〈セイクリッド・ボーンズ〉からのリリースとなる本作『ワールド・イーター』はひとまずその流れを汲みつつ、より幅広い音楽性を飲み込んで遠慮なく吐き出している1枚だ。なかばドリーミーなメロディのオープニング“John Doe's Carnival of Error”が曲の終わりでテンポを乱して高速化すると、いきなりアルバムのハイライト“Rhesus Negative”に突入する。ジャングルとスラッシュ・メタルを結合してインダストリアル化したとでも言えばいいのか、荒々しいカオスが展開するが不思議と視界はクリアだ。意外にも叙情的なシンセのメロディがかぶさると、やがてシンフォニックなコーラスがトラックのクライマックスを演出する。この躊躇のない高揚感、あるいは無闇な全能感。同様の傾向は本作のリード・トラックと言える5曲め“Silent Treatment”にも見られる。クワイアを思わせる人声がループされると途端にキックの連打が吹き荒れ、しかし次の瞬間にはビートは緩行しヴォーカル・サンプルとメロウなメロディが時間をスロウにする。その荒涼としつつもリリカルな風景は初・中期のモグワイを思わせ、つまり間口が広い。1曲のなかに近年のアンダーグラウンドへの目配せ――〈トライ・アングル〉のダークなエコー、〈モダン・ラヴ〉のモノトーンの色彩、メタルの拡張――がありつつも、なんと言うか、「はい次、はい次」といったふうな展開のダイナミズムで引きこんでしまう。組曲形式の“Minnesota / Eas Fors / Naked”は本作においてもっとも実験的なトラックだが、それにしてもドローン/アンビエントのさざ波は人懐こいチルアウトへと姿を変えていく。



 もうひとつ本作の目立った特徴はユーモア・センスが磨かれていることだろう。マシーナリーで垂直的かつ高圧的なビートではじまる“The Rat”はやたらシンコペートするシンセの煌びやかなメロディ(なにやらハドソン・モホークを連想する)が上に乗ることで不思議なスイング感を生み出しているし、アルバムの要所要所で登場するカットアップされ断片化したヴォーカル・サンプルの応酬は存在そのものが愉快だ。本作のメロウネスを代表するクロージング“Hive Mind”もまた、ちょうどまん中あたりで導入されるつんのめるようなヴォーカル・チョップをスパイスとして利かせている。アンニュイかもしれないが、そこに沈みこませることはないのだ。

 ファック・ボタンズにしてもそうだが、ブランク・マスのノイズ・ミュージックにはいくらかの祝祭感が混入している。『ワールド・イーター』というタイトルに象徴されているように出発点は荒涼とした気分が大きいように思われるが、ダンスを導入し身体的に響かせることによって混沌を躍動の舞台に変えてしまう。エクストリームであることが自己目的化しておらず、剥き出しの野性の簡潔な正しさで貫かれている。痛快だ。

坂本龍一 - ele-king

 この『async』は、2009年の『アウト・オブ・ノイズ』以来、8年ぶりのソロ・アルバムというだけでなく、坂本龍一という、ひとりの音楽家が40数年の年月をかけて行き着いた未踏の音楽に思えた。(個々人、さまざまな意見があるかもしれないが客観的にみても)最高傑作といってもいいかもしれない。“戦メリ”に代表されるリリカルな旋律を生み出す作曲家としてではなく、未知の音を追求する「ノイズ音楽家、坂本龍一」の集大成である。

 ノイズといっても轟音ではない。静謐で、空間的で、澄み切ったマテリアル=音の連鎖である。沈黙をも取り込んだ響きとリズム。微かな和声と旋律。それらの「音」たちのズレを孕んだ、しかし自由で豊穣な配置=コンポジション。まさに坂本の自伝の書名『音楽は自由にする』ということの実践に思えてならない。そもそも「async=アシンク」とは「非同期」、つまり同調しないという意味である。同調しない自由。美しく、豊かで、しかし微かな音の美を生み出すための強い意志。音への飽くなき好奇心。未知の音楽への探求心。そして世間という抑圧への抵抗と闘争心。いまの日本で、このような静謐で美しいアルバムをリリースすることじたい、「パンク」な行為ではないか。

 その「自由」のために、『async』にはまったく妥協がない。コマーシャリズムもタイアップの要素も希薄だ。メロディやビートなどポップ・ミュージックの基本フォームすら手放している(正確には形式的に「同調」するだけのポップ・ミュージックのフォームから遠く離れているだけで、耳を拓いて無心に音を追い続ければ、『async』はある意味でとても聴きやすいアルバムでもある)。
 同時に「妥協しない」という堅苦しい不自由さからも自由であり、その自由さによって本作は聴き手の耳に向かって、無限に開かれてもいる。すべては聴き手次第。聴くこと次第、とでもいうように。ゆえに本作はリスナーをとても信頼している作品のようにも思える。われわれに問いかけている音楽のようにも聴こえる。
 とはいえ、『async』は唐突に生まれたわけではない。この20年ほどの電子音響の潮流を背景に、カールステン・ニコライやフェネス、テイラー・デュプリーなどとのコラボレーション/創作活動の結果、生まれた作品でもある。その意味で、90年代の音響派、90年代後半以降のグリッチ、00年代的なアンビエント/ドローン、10年代的なエクスペリメンタル・ミュージックやフィールド・レコーディング作品以降の音楽作品として、全世界・各国で高い評価を獲得することも予想できる。たとえば、〈ラスター・ノートン〉、〈タッチ〉、〈12k〉を愛聴するリスナーたちに。もしくは〈ECM〉を求めるような繊細な耳を持ったリスナーたちに。

 この静謐で美的な音楽を生み出すマテリアル=音の数々を、坂本龍一はまるで縄文時代の狩猟民族のように「捕って」きているように思える。雨、足音、ざわめき、アルセニー・タルコフスキーの詩を朗読するデヴィッド・シルヴィアンのヴォイス、『シェルタリング・スカイ』のポール・ボウルズによる朗読、電子音、弦、東北大震災の洪水に溺れたピアノの音などなど……。坂本はいまだ音の狩人なのだ。それこそが受動的に「聴くこと」を推奨するエレクトロニカ系のサウンド・アーテイストとは違う点ではないか。この世界に横溢する音の蠢きを、坂本は繊細な音響彫刻、もしくは静謐な映画のように織り上げてみせる。狩猟/織り上げ。野蛮と繊細の共存。
 私見だが、本作のコンポジションの過程において「時間」の感覚が、これまで以上に研ぎ澄まされているように思えた。本作のアルバムの収録曲は、どれも比較的短い。この種のエクスペリメンタルなアンビエント曲は長尺になる傾向があるが本作は違う。同時に「短い」とも感じない。むしろ聴いているあいだは、豊穣な時間の只中にいる。ここが本作の肝ではないかと思う。聴き手を音響や音楽の時間に招き入れる力があるのだ。
 21世紀に復活したバッハのコラールのような1曲め“andata”から、持続音のなかに溶けたマーラーのアダージョのようなアンビエントである最終曲“garden”まで、止めることなく一気に聴けてしまう。曲の構造、アルバムの構成など、シーケンスとシーケンスが厳密に、しかし感覚的に、記憶に作用するように編集されているような感覚を抱いた。
 まるでアルバム1枚で、90年代以降のゴダール作品や、タルコフスキーの作品などの映画作品を観たかのような充実感がある。となれば、本作の坂本龍一は音だけの、「音による映画」を生み出したのだろうか。じっさい本作には「タルコフスキーの架空のサントラ」というコンセプトもあるようだが、それは表面上の問題ではなく、音響=映画によって、生の記憶と受難を表現しようとする意志を感じた。

 この『async』に漂っている悲痛なムードは、まるで環境音、アンビエントによる受難曲のようである。それは悲観とは違う。長い冬を抜けて、春の芽のようにある命が生まれ、その命がこれから辿る生の、受難の響き/音楽だ。冬から春へ。そして夏から秋へ。四季という生の循環。
 そう、ライフ=生の感覚が、確かに、この音の蠢きの中に息づいている。もしかすると、坂本龍一にとってノイズ=サウンドとは、生=ライフのことなのかもしれない。


Nate Smith - ele-king

 アメリカの〈ロープアドープ〉は、1999年に設立されて以来、ヒップホップやネオ・ソウルをはじめとしたクラブ・サウンドと、ジャズやアフロ、ラテンなどとの接点を探ってきたレーベルである。フィラデルフィア・エクスペリメント、デトロイト・エクスペリメントといった意欲的な企画も生み出した。2010年代以降は新しいジャズの潮流に乗り、スナーキー・パピー、マーク・ド・クライヴ=ロー、クリスチャン・スコット、ショーン・マーティン、テラス・マーティン、トマッソ・カッペラットたちの作品をリリースしている。ネイト・スミスのセカンド・アルバム『キンフォーク:ポストカーズ・フロム・エヴリホエア』もそうした位置付けにある作品だ。

 1974年生まれのネイト・スミスは、年齢的にはすでに中堅どころのジャズ・ドラマーである。ドラムだけでなくキーボード演奏やプログラミングもおこなうプロデューサーであり、近年出てきた新世代のミュージシャンというよりは、すでにそれ以前から輝かしいキャリアを積んできたと言える。最初は大御所シンガーのベティ・カーターのバンドに抜擢されて頭角を現し、2000年代半ばよりデイヴ・ホランド、クリス・ポッターといった大物たちのバンドで演奏してきたことが名高い。共演者もラヴィ・コルトレーン、ニコラス・ペイトン、ジョン・パティトゥッチ、アダム・ロジャース、レジーナ・カーター、マーク・ド・クライヴ=ローからジョー・ジャクソンと多岐に渡る。2008年にソロ・アルバム『ワークデイ、ウォーターベイビー・ミュージック vol. 1.0』を発表しているが、こちらはジャズよりR&B的なヴォーカル作品という印象が強く、トラックも生ドラムでなく打ち込みが主となっていた(ちなみに、「ウォーターベイビー・ミュージック」とは彼が興したプロダクションのことを指す)。そして、近年で特に注目すべきはホセ・ジェイムズのバンドに在籍したことだろう。このグループには同時期に日本人の黒田卓也ほか、コーリー・キング、ソロモン・ドーシー、クリス・バワーズがおり、黒田卓也のソロ作『ライジング・サン』(2014年)はこれらミュージシャンに、ゲストでホセとリオネール・ルエケが参加して制作された。ホセ・ジェイムズのバンドでの活動は、ネイト・スミスが自分より年下の新しい世代のジャズ・ミュージシャンたちとも積極的に関わっていることを示している。『キンフォーク:ポストカーズ・フロム・エヴリホエア』は、そうした近年の彼の活動の集大成的な作品である。

 キンフォークとはネイト・スミスの新しいプロジェクトであり、彼が本当にやりたかったこのバンドは、クリス・バワーズ(ピアノ)、フィマ・エフロン(エレキ・ベース)、ジェレミー・モスト(ギター)、ジャリール・ショウ(アルト&ソプラノ・サックス)を軸とする。ほかにネイトがいままで共演してきたデイヴ・ホランド(アコースティック・ベース)、クリス・ポッター(テナー・サックス)、アダム・ロジャース(アコースティック&エレキ・ギター)、リオネール・ルエケ(ギター)、グレッチェン・パーラト(ヴォーカル)らがゲスト参加し、ニューヨーク・ジャズ・シーンの豪華な顔触れが集まっている。内容も『ワークデイ、ウォーターベイビー・ミュージック vol. 1.0』に比べてずっとジャズ寄りで、その筆頭がデイヴ・ホランドとリオネール・ルエケのシリアスなプレイが冴えるダークでミステリアスなムードの“スピニング・ダウン”。ストリングスとサックスがノスタルジックな雰囲気に包む“ホーム・フリー(フォー・ピーター・ジョー)”は、アルバム・タイトルやジャケットのイメージに沿ったバラード曲。アルバム全体の印象としては、ラテン~ブラジリアン風のコーラスを生かしたフュージョン・ナンバー“スキップ・ステップ”、力強いビートに乗ってクリス・ポッターのサックスがグイグイとブロウするジャズ・ファンク“バウンス”、ネオ・ソウル的な要素の濃い“モーニング・アンド・アリソン”など、〈ロープアドープ〉ではスナーキー・パピーの路線に近いクロスオーヴァー・ジャズと言えそうだ。

 ワードレス・ヴォイスがフィーチャーされた“リトールド”は、前に紹介したカート・ローゼンウィンケルの『カイピ』のように、ブラジルのミナス・サウンドからの影響を思わせるドリーミーで清涼感に満ちた世界。クリス・バワーズのピアノも素晴らしい。グレッチェン・パーラトの暖かな歌が印象的な“ペイジス”はじめヴォーカル作品も充実しており、アマ・ワットが優しく歌う“ディセンチャントメント:ザ・ウェイト”は、ムーンチャイルドやザ・キングの作品あたりに匹敵するものだ。この曲では歌やストリングスはソフト・タッチであるが、それに対するネイト・スミスのドラムスはパワフルでダイナミックなもので、クリス・デイヴなどに通じる現代ジャズ・ドラム的なテクニックも見せている。そして、ソング・ライティングの面におけるネイト・スミスの才能の高さも見せるアルバムで、そうした一端がこれらヴォーカル曲に表われている。ネイト自身はこのアルバム作りにおいて、リズムとメロディにフォーカスし、なるべくシンプルな素材で作曲することを心掛けたそうだ。ドラム、ピアノ、歌のアイデアが浮かぶと、それをヴォイス・レコーダーに録音し、そこからミュージシャンやシンガーたちとのセッションを通して、バンド・サウンドとしてどう色付けや形成されていくかを楽しんだアルバムだったと述べている。ホセ・ジェイムズの新作はジャズから離れてしまい、トレンドに媚びたような妙なR&Bで、自分にとっては残念な作品となってしまっていたのだが、『キンフォーク:ポストカーズ・フロム・エヴリホエア』はそれを補って余りある作品となっている。

音楽と美術のあいだ - ele-king

すごい新しい物だから、批評軸をまだ持ってない。音楽から見たらこうである、ということは言おうとしたら言えるんだけど、音楽だけで話すと片手落ちだなって気がするし、美術からだけ見てもそれも片手落ちだし、両方から見ても片手落ちで。だからこれは、全然違う軸を持って見なきゃいけないんじゃないか、と少しずつ気づいてきたんですよ。で、それがどういうものか、未だにオレはわからなくて、だから『音楽と美術のあいだ』っていうこんな本をつくろうとしてるわけです。 〔本書311頁〕

 新刊情報のアナウンスが流れてからおよそ2年、ついに大友良英による待望の新著『音楽と美術のあいだ』(フィルムアート社、2017年)が刊行された。本書はこれまで、いわゆる音楽ジャンルに限ってみても、映画音楽、ジャズ、音響、ノイズ、歌もの、テレビ・ドラマの劇伴など、非常に多岐にわたってきた著者の活動のうち、音楽とも美術とも言い切れないような実践について振り返り、その思想的核心を抽出し、あるいはそうした名付け難い実践の可能性と展望について――具体的には今年の夏に開かれる札幌国際芸術祭2017の推奨副読本として――解き明かした、400ページ超のボリュームを伴う濃厚な1冊である。とはいえ全編が平明な語り口のインタビュー形式で織り成されているため、マニアックな固有名詞や音と音楽を巡る原理的な思考に話題が及んでも、けして読者を選ぶということもなく、そこで生まれる問いの数々に対して丁寧に説明がなされていくといったような、誰もが読み進めていくことのできる間口の広さを備えたものとなっている。

 本書が出版されるきっかけとなったのは、2014年11月から2015年2月にかけてNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開催されていた大友良英による展覧会「音楽と美術のあいだ」にあるのだが、この展覧会がそもそも、2013年に急逝したキュレーター/梅香堂主・後々田寿徳による遺稿「美術(展示)と音楽(公演)のあいだ」をひとつの契機としたものなのだった。本書にも全文が収載されているその論稿では、近代的なジャンルとしての音楽と美術のあいだにある様々な相違、たとえば一回性と複製可能性や、観客に向けられたものであるか否かといったことが指摘され、そうした異なりがあるにもかかわらず、それを考慮することのない美術の制度性が、音楽家が美術館で展示をおこなう際の「居心地の悪さ」を生み出していることについて、より自覚的になることの必要性が書かれていた。言うまでもなくそれは、そこからどのように音楽家が美術とも交わる領域で活動をおこなっていくことができるのかについて、さらに書き進められるところがあったはずである。その意味では本書は、そこで提起された問題を継承し、書かれることのなかった「続編」を紡ぎ出している部分もあると言うことができる。

 本書は大きく二部構成にわかれている。第一部にはICC主任学芸員である畠中実が聞き手役を務めておこなわれた、「音楽と美術のあいだ」展のクロージング・トークとその後二回継続しておこなわれた対話をもとに加筆修正されたものが収載されていて、2005年に築港赤レンガ倉庫でおこなわれたグループ展の衝撃と、それに共振する大友自身の活動が、幼少期の体験にまで遡りながら綴られていく。赤レンガ倉庫での出会いはひとえにその出演作家たちの力量が呼び寄せたものであるにしても、それをあくまで音楽家としての立場から接した大友が「新しい音楽」と述べたような「驚き」は、彼自身がそれまでの歩みの中で、でき合いのパッケージングされた「音楽」を生産/消費することで良しとせず、音楽とはなにか、音とはなにかという根源的な問いを常に問い続けながら、自らの立場を自ら切り崩すようにして新たな領域を切り開いてきた功績が、展示作品から「音楽」を聴くことを可能にしたのだとも思われる。

 さらに第二部では、音楽とも美術ともつかないような活動をおこなってきた6人のゲスト・インタビュイー(毛利悠子、刀根康尚、梅田哲也、堀尾寛太、Sachiko M、鈴木昭男)を迎えて大友とのあいだで対話を交わしていくというものになっている。ゲストの共通点はその表現の「語りえなさ」にあるのみならず、誰もが大友に衝撃を与え彼の活動に影響を及ぼしてきた存在でもある。その対話のなかでは、たとえば録音や録画によっては記録しきれない「作品」をいかにして後世へと伝え残していくことができるのか、という問いに対して、大友が「たとえば、「誰かの人生を変える」という残し方もあるのかもしれない」と応える場面がある。それを踏まえて言うならば、まさしくこの第二部には、他ならぬ人生を変えられた受け手としての大友良英による、6人の「作品」を次の世代へと伝えていくための、ひとつのアーカイヴのしかたが残されているのだとも言えるだろう。

 「音楽と美術のあいだ」とはいえ、それは第三項を打ち出すこと――その第三項が新たにジャンル化することで「あいだ」としての意味合いを失っていかざるをえなかったのが、50~60年代に特異な実践として注目を集め、ディック・ヒギンズによって理論化された「インターメディア」だった――が重要なわけではなく、むしろ音楽でなく美術でもないような、しかし同時に音楽であり美術でもあるような、語の定義の境界線上をいく「あいだ」の探究にあるということには気をつけなければならない。それは音楽と美術に限らず、演劇や舞踊を持ち出すこともできれば、いわゆる芸術ジャンルでなくとも、「凧揚げと音楽のあいだ」でも「ミュージカルと中高校生と大人のあいだ」であってもいいものだろう。その意味で対話篇が収載されている本書は、大友良英と畠中実のあいだにあり、ゲスト・インタビュイーとのあいだにあり、さらには後々田寿徳と彼の遺した文章とのあいだにもあるといったふうに、それ自体がテーマを体現するいくつもの関係性の「あいだ」において編み上げられた書籍であるようにも受け取れる。

Black Mecha - ele-king

 ゼロ年代以降、もっとも細分化し、多様化した音楽ジャンルはメタルだろう。そのポテンシャルはまるで地下水に含まれるベンゼンのようにあっさりと基準値を上回り、予想外の方向へと影響を広げていった。ドゥーム・メタルとエレクトロニカを交錯させたKTLの登場によってテクノやインダストリアル・ミュージックもその射程内に収められ、『アメリカン・バビロン』によってルッスーリアはマッシヴ・アタックの、『アイ・シャル・ダイ・ヒア』によってザ・ボディはオウテカの位置に取って代わったとさえ言える。アンビエント・ミュージックとの親和性はそれ以前から高かったこともあり、最近ではエクトプラズム・ガールズからナディン・バーン(Nadine Byrne)がソロで完成させた『ア・ディッフェレント・ジェスチャー』もポップやアカデミックにはない新境地を編み出したことはたしか。同じくフェネスがウルヴァーというブラック・メタルのバンドに参加していることもよく知られている。

 エレクトロニカとメタルを融合させた際、KTLのそれがジェフ・ミルズのようなハード・スタイルを模索したものだとしたら、カナディアン・ブラック・メタルのウォルドからフォートレス・クルックドジョー(Fortress Crookedjaw)がソロではじめたブラック・メカは果たしてどのような文脈でジャンルの壁を乗り越えたといえばいいのか。ウォルド名義の『ポストソシアル』と同じく〈デス・オブ・レイヴ〉からとなったデビュー・アルバム『AA』(2015)はまだいい。メタルのテクスチャーが少しは残っている。しかし、セカンド・アルバムとなる『I.M. メンタライジング』は冒頭からパウウェルとレジデンツの共演ではないか。諧謔と凶暴性の同居。運命論が重くのしかかってくるようなメタルの美学は微塵もなく、強いて言えば笑い死にしたくなるような多幸感に覆い尽くされている。サイドAはそれで最後まで押し切られる。

 後半はエレクトロニック・ミュージックの表情がもう少し多様化され、スラッシュ化したエレクトロのような展開へ。エンディングはややストイックで、アシッド・ハウスのように少しずつコントロールを失っていく。そして、乱暴なミニマル・ミュージックは死んだように静まり返り、もっと聴きたいという願いは届かない。曲名には超自然を思わせるタイトルが多々つけられている。そういう意味では、あまりお近づきにはなりたくないタイプかもしれないけれど、いまのところ文句を言う気はない。音楽が素晴らしければそれでいい。ちなみにナジャよりもわずかにキャリアが長いウォルドは〈エディション・メゴ〉傘下でステフェン・オモーリーが主催する〈イデオロジック・オーガン〉からもリリースがあり、クレジットにはラシャド・ベッカーの名前も見受けられる。もしかすると後者からは少なからずの影響を受けているのかもしれない。わからないけれど。

 最初は『ダーク・ドゥルーズ』でも読んで、破壊の気分で聴こうかなと思っていたんだけれど、なんと言うか、すっかり愉快な気分になってしまった。いやいや。

The Necks - ele-king

季節の即興音楽、あるいは形式に還元されざる余剰の響き

演奏の展開はいつも同じで、まず手探りのようにはじまり、まんなかで盛り上がり、静かにおわる。この曲線がかならずついてまわる。これ以上の形式がないとしたらまったく空疎だとしかいいようがない。 ――ギャヴィン・ブライアーズ

 昨年の夏、とあるミュージシャンが率いるグループのライヴを観に行った話から始めよう。そこでは電子楽器とアコースティックな楽器が入り混じった7、8人ほどの演奏者たちによる、いくらか「決めごと」を設けられた即興アンサンブルが披露されていたのだが、演奏が開始したとき、もの凄く奇妙な体験をしたことをよく覚えている。まるでサイン波のような電子的な音を発する管楽器や声が、エレクトロニクスの響きと混ざり合い、どちらがどちらともつかないような、どの音がどの人間から発されているのかわからなくなるような、視覚的な風景と聴覚的な体験が撹乱されるような不可思議な音響空間が成立していたのである。「これはすごい! ここからどういうふうに展開していくのだろう」と思ってしばらくすると、しかしアンサンブルは、そのミュージシャンの音盤で経験したことのある「あの感じ」に近づきはじめていく。それぞれのプレイヤーが短いフレーズを繰り返すことで即興を織り成していくその演奏は、そこからは案の定「あの感じ」を追体験/再確認させるかのようにして、予想した通りの展開になっていった。探り探り始められたアンサンブルは盛り上がりをみせ、その後静かになっていき終了した。

 もちろん、音盤と同じ展開をみせるのは、なにも悪いことではない。むしろそのミュージシャンの変わらぬ個性を聴くことができた、と言うこともできる。しかしその日の演奏で素晴らしかったのはやはり、最初の段階でみられた「聴いたことのない」サウンドだったのだ。そしてこと即興演奏に関しては、互いの探り合いから始まり、それがノってくると盛り上がり、そこから終わりへ向けて静かに収束していく、という展開は、このミュージシャンに限らず広くみられるものである。

 こうした展開を前にして、即興音楽の形式の単調さに絶望し、作曲へと活動領域を移したのが、かつてデレク・ベイリーのもとでベーシストとして活躍していたギャヴィン・ブライアーズだった。たしかに言葉に還元してしまえば、多くの即興音楽はことほどさように単純極まりない形式をとっているようにみえる。じっさいに、こうしたある種の予定調和のような展開に安住する即興演奏家も少なからずいる。そのほうが展開を気にしなくていいぶん、より「自由」だとも言えるのかもしれない。だがしかし、同時に、言葉にしてしまえば単純だとしても、現実に鳴り響く音楽はより複雑で多様なありようをみせているものである。冒頭に書き記したライヴの体験でいえば、その展開と成り行きは「あの感じ」から逸脱するものではなかったのだとしても、少なくともその始まりの部分では、「探り探り」でありながら、この言葉には絡め取ることのできないようなサウンドに満ち溢れていた。そしてそうした言語化しえないような、還元された形式の外へと零れ落ちる響きを聴かせてくれるグループとして、たとえばここに、ザ・ネックスがいる。

 オーストラリア連邦最大の都市であるシドニーを拠点に活動してきたザ・ネックスは、ピアノのクリス・エイブラムズ、ベースのロイド・スワントン、ドラムスのトニー・バックという3人のメンバーによって1987年に結成された。かつて90年代の初めごろ、トニー・バックは日本とも交流をもち、大友良英らとともにバンドを組んでいたので、そこから彼らの存在に辿り着いたという日本のリスナーも多いのかもしれないが、とりわけ昨年の暮れにザ・ネックスは活動30周年を前にして初めての来日を果たし、東京、大阪、滋賀の3箇所でツアーをおこなったので、そのことから彼らの存在を知るに至った人も多いのかもしれない。東京公演にはわたしも駆けつけ、1時間近くも続けられるトリオ・インプロヴィゼーションに圧倒された。しかしながら彼らの音楽は言葉にしてしまうともの凄く単純である。メンバーのそれぞれが短いフレーズをひたすら繰り返す。彼らはそのフレーズを即興でゆるやかに変化させていく。時折フレーズ同士が絡み合い、グルーヴする場面もみられるが、無関係に並走することもある。3人ともにフレーズの繰り返しをおこなっているため、通常の即興演奏におけるような丁々発止のインタープレイはみられず、まるで植物の生長のような、あるいは広々とした空に流れる雲のような、じっと耳を凝らしていないと変化していることにさえ気づかないような緩慢な移り変わりを聴かせてくれる。それは静かな演奏から幕を開け、中盤では盛り上がりをみせ、また静かになって終えられる。

 ブライアーズが非難した単純極まりない形式である。けれどもそれは、予定調和と言ってしまうとちょっと違う。盛り上がった後に静まりかえって終わるのだろうなという予想はつく。しかし彼らの音楽は、その始まりからは予想だにしないような成り行きをいつも聴かせてくれるのだ。それはたとえば、緩慢な四季の移ろいが、春の後には夏が来て、秋の後には冬が来るとわかっていながらも、昨年の夏と今年の夏が異なっていることにも似ている。反復することが同じ結果をもたらすのではなく、繰り返すことが異なる結果をもたらすようなものとしての音楽。

 そんな彼らの19枚めのアルバムがリリースされた。リリース元は、1994年以来ザ・ネックスの音源を発表し続けてきた彼らの自主レーベル〈フィッシュ・オブ・ミルク〉ではなく、エレクトロニカ/電子音響作品で知られる〈エディションズ・メゴ〉の傘下にあり、Sunn O)))のスティーヴン・オマリーが監修するレーベル〈イデオロジック・オルガン〉である。過去の大半のアルバムでは1時間近くの長尺の演奏が1曲だけ収録されているというパターンが多く、それは74分間もの長さを記録することが可能なCDというフォーマットが、音楽の流通手段として人口に膾炙し始めたのと同時期に、ザ・ネックスが活動を始めたことと無関係だとは思えないのだが、ならばなおさら本盤が、2枚組LPおよび音源配信のみで出されているということは興味深い。収録されているのは15分ほどの曲が2曲、20分ほどの曲が2曲の計4曲で、それらはちょうどLPの片面の長さに相当する演奏である。だがCDというフォーマットの栄枯盛衰を眺め続けてきた彼らにとって、これがLPでリリースする初めてのアルバムというわけではなく、過去に『Mindset』(2011)『Vertigo』(2015)と2枚のLPアルバムを出している。

 ついでにザ・ネックスのこれまでの活動を音盤から振り返ってみると、彼らは1989年にファースト・アルバム『Sex』を発表し、同じフレーズが1時間近くも延々と続けられるその衝撃的な音楽を世界に提示した。しかし翌年にリリースされたセカンド・アルバム『Next』(1990)では早くもコンセプトをやや変えて、6曲の短い演奏(とはいえ、うち1曲は30分近くある)を、複数のゲストを迎えながら収めたものとなっている。続く3枚め『Aquatic』(1994)はそれから4年後にリリースされ、30分弱の、タイトルと同名の楽曲が2曲収録されているのだが、片方はトリオで、片方はハーディ・ガーディ奏者をフィーチャリングしたカルテットによる演奏。4枚めのアルバム『Silent Night』(1996)では1時間1曲というスタイルに戻り、しかしそれが2枚組アルバムとなって2曲まとめて発表された。その後は映画音楽を手掛けそのサントラ『The Boys』(1998)を出したり、ライヴ・アルバム『Piano Bass Drums』(1998)をリリースしながらも、スタジオ・アルバムとしては1時間1曲というスタイルが踏襲されていく(『Hanging Gardens』(1999)『Aether』(2001))。もちろん、同じスタイルとは言っても内容はそれぞれに異なるモチーフが扱われているためまったく別ものの演奏となっている。そして2002年にリリースされた4枚組のライヴ・アルバム『Athenaeum, Homebush, Quay & Raab』は、オーストラリアにおけるグラミー賞とも言うべきARIAミュージック・アワードにノミネートされた。続けざまにライヴ・アルバム『Photosynthetic』(2003)を出した彼らは、同年にリリースした『Drive By』(2003)でARIAミュージック・アワードのベスト・ジャズ・アルバムに選出されることになる。12枚めとなるアルバム『Mosquito / See Through』(2004)は2枚組で、木片が飛び散るような物音と力強いベースのグルーヴなどは、同じく1時間1曲の2枚組だった『Silent Night』を思わせもする。そしてさらに『Chemist』(2006)では2度めのベスト・ジャズ・アルバムに輝いてしまうのだ。同作品はそれまでのスタイルとは異なり、20分前後の楽曲が3曲収録されている。スティーヴ・ライヒmeetsロック・ミュージックな3曲め“Abillera”は、ポストロックにも通じるサウンドを聴かせてくれる。また、このあたりからドラムスのトニー・バックが積極的にギターも使用し始める。4枚めのライヴ・アルバム『Townsville』(2007)を挟んでからは、2曲収録されたLP作品『Mindset』(2011)を除いて、1アルバムに長尺の1曲というスタイルで『Silverwater』(2009)、『Open』(2013)、『Vertigo』(2015)の3枚の作品をリリースしていく。

 ここまで振り返ってみて興味深いのは、ゼロ年代の終わりごろを境にして、彼らの音楽性がやや変化しているということである。それまでは「リフ」とも言うべきベースとドラムスの具体的/音楽的なフレーズの反復を基盤にして、その上で主にピアノが装飾的な彩りを加えていく、というアンサンブルの組み方がなされていたのだった。場合によってはベースとドラムスは徐々に変化するということもなく、『Sex』のように全く同じフレーズを1時間ひたすら続けるということもあった。しかし『Townsville』あたりからそうしたスタイルに変化の兆しが見え始める。ベースとドラムスはともに同じリズムを奏でるのではなく、それぞれが独立し各々のフレーズをゆるやかに変化させていく。そのフレーズも具体的/音楽的というよりは、反復されることで初めてリズムやパターンを見出せるような抽象的/音響的なものとなっていく。『Open』や『Vertigo』などに顕著だが、リズムを生み出す下部構造としてのベース&ドラムスに対して彩りを添えるウワモノとしてのピアノ、というのではなく、むしろ三者がそれぞれリズムもサウンドも担いながら三様に変化していき、それらが絡み合いときに衝突しあるいは共振するアンサンブルといったものになっていく。その時点でザ・ネックスは結成からすでに20年以上経っているわけだが、彼らの音楽がクラウト・ロックやミニマル・ミュージックとは全く異質な独自のインプロヴァイズド・ミュージックとなったのは、むしろここからのようにも思える。しかも彼らはあくまでピアノ・トリオという伝統的なジャズ・フォーマットを踏襲した上でそれをおこなっているのである。新たな音楽性へと突き進むためにメンバーが次々に楽器を持ち替えていくというわけではなく。

 そして本盤『Unfold』はまさにそうしたザ・ネックスに独自の音楽が収められた現時点での最高傑作である。叙情的なピアノの旋律から幕を開ける1曲め“Rise”は、さらにオルガンの揺らめく響きとベースのアルコ奏法による持続音が漂うなかで、雨音のようにパラパラと叩かれるシンバルが絡み合い、終始穏やかな音の風景を聴かせてくれる。2曲めの“Overhear”では、アルコ奏法の持続音が鳴り響く一方で、ドラムスは速度感のあるパルスを刻んでいき、そしてそれらのサウンドの波に乗るようにしてオルガンは旋律を奏で続けていく。より「波」の形容が相応しいのは3曲め“Blue Mountain”だ。ベースは太い低音を出しゆったりとしたリズムを形成し、ドラムスは強くなったり弱くなったりするスネアやシンバルのロール奏法を聴かせ、そこにオルガンの揺らめきが加わるサウンドは、まるで打ち寄せては引き返していく浜辺の波のようでもある。だが後半では、ドラムスのリズムが速度を増していき、それに呼応するようにベースとピアノも変化することで、演奏の緊張感が高まっていく。その高まりを打ち破るかのように4曲め“Timepiece”は強烈な打撃音から幕を開ける。不規則なパルスがポリリズミックに絡み合うその演奏は、しかしながらしばらく聴いていると、ある周期で反復されているために一定のグルーヴを生み出しているのがわかるようになる。そこにオルガンが入ったサウンドは、どこかエレクトリック期のマイルス・デイヴィス・グループを彷彿させる。あるいはその揺らぎモタつくシャッフル・ビートは祭囃子のようでもある。それはいくつもの自動機械が置かれた工場のなかで、それぞれの機械が自らの周期で反復することから生まれる、空間全体のアンサンブルを耳にしていると形容することもできる。

 1時間に長尺の1曲だけが収録されたアルバムというのは、いかにも取っつき難そうに思えるかもしれず、その意味では本盤は、抽象化/音響化以降のザ・ネックスの音楽が、それぞれに特徴的な4つの楽曲として、LP片面というほどよい短さで収録された、彼らについて知るための導入口として打って付けのアルバムになっている。ちなみに余談だが、本盤に収録されている楽曲の長さを合計すると74分40秒弱になり、CD初期の収録可能時間74分42秒とほぼ一致する。それが偶然の産物なのか意図的に編集されたものなのかは定かではないものの、たとえLPというフォーマットでリリースされた「ほどよい短さ」の楽曲であったとしても、ザ・ネックスの音楽にCDのフォーマットが纏わりついているという事実は、基本的にはアコースティックなピアノ・トリオでありながら、多重録音やプログラミングにも取り組んできた彼らの、音響テクノロジーとの関わりを象徴的に示しているように思える。この30年はザ・ネックスの活動の軌跡であるとともにCDというフォーマットの栄枯盛衰の歴史でもあったのだった。生きた即興音楽を録音するとは如何なる行為なのか? それは避けられるべき演奏を殺す行為なのだろうか? 少なくともザ・ネックスにとってそれは、彼らの表現を成立させるための基盤になってきた条件のひとつであった。彼らの即興音楽はCDになることで死物と化するのではなく、むしろそのフォーマットによって生み出された身体感覚を備えることではじめて可能になるような特異性を内包している。それはLPでは短すぎ、音声ファイルでは際限がなさすぎるのである。そうした特異性の影が、「ほどよい短さ」であるLPの片面に収められた演奏にも、ひっそりと刻印されていると考えることはできないか。余談が過ぎたようだ。ともあれ、これまでとはレーベルを変えて出されたということも含めて、活動を始めてから30周年を迎えたザ・ネックスにとって、本盤のリリースが画期となる出来事であることはあらためて述べるまでもないだろう。

 最後に付言しておくと、ザ・ネックスの音楽にじっくりと耳を傾けてみるならば、ここまで述べてきたような様々な発見と出会いと驚きがあるものの、かといってバックグラウンド・ミュージックのように聞き流すことができないものであるというわけではない。その点では、集中的聴取に耐え得る強度を備えた音楽でありながら、同時にその場の空間に溶け込んでしまうこともできるような特徴もあるという、「環境音楽」(ブライアン・イーノ)としての側面を備えている。聴感的にもアンビエント・サウンドやポスト・クラシカルな傾向と共振するものがあるとも思う。とはいえ、やはり彼らの音楽はあくまでも「即興音楽」なのである。少なくともこの側面なくして彼らの音楽は成立することはないだろう。なぜなら事前に音を配置しては決して得られることのないようなサウンドの移り変わりこそが、ザ・ネックスの音楽に特有の独自性であると言うことができるから。そしてそれはやはり、変わりゆく移ろいそのものの美しさというものであり、あるいはわたしたちが気づかぬ間にそこで生成し変化していき、ふと振り返ると美しく佇んでもいるような、迷路のように複雑に入り組んだ「季節」に似ている。

R.I.P. Chuck Berry - ele-king

 その日の午後、わたしは本誌編集長野田努と渋谷で会っていた。ごく当たり前の出版論が、途中からなぜかチャック・ベリーの事になり、わたしは夢中になって話した。野田努はただ聞いているだけだった。セックス・ピストルズ以降の人間が、チャックの影響下にあるとは言い難い。わたしですら彼の事を意識し出したのは1970年で、16歳になってからだ。全盛期はその遠い昔だった。それ以来、彼の事は本当にずっと聞いて来た。1日に1回は必ず思い出していた。
 その晩に立ち寄ったロック・バーで、「新作がなかなか発売にならない」という話題が出た。ロンドンの音楽誌『アンカット(UNCUT)』2017年1月号でその情報に接したのはもう3ヶ月以上前の話になる。本人が「こんどのは最高の出来だ」と語っていた。彼が自作を喧伝するのは、極めて珍しい。

 「新しい事はやってないだろうね。でも懐古的な作品にはして欲しくないな」
 そんなありふれた事を喋った記憶がある。
 「もうだいぶ歳なんですよね」 
 「いや、あいつは死なないよ」
 根拠はないが妙な確信が浮かんで、そう答えて店を出た。

 翌々日、日曜の朝、衝撃がやって来た。チャック・ベリーの訃報だ。不思議と悲しくはならなかった。それより世の無常を悟ったような気分だった。

 彼の死は20日付け東京新聞社会面でも大きく報道された。今でこそチャック・ベリーこそロックンロールだ、という認識が一般化している。ただしそれまでにこの国で彼の事が評価されていたかどうかは、極めて疑わしい。もちろんカタログ注文のアメリカ盤を3ヶ月待って同時代的に聞いていた何人かは居ただろう。しかしこの国で「チャック・ベリー」という名前が挙がるようになったのは、1970年代半ばに起きたあの歪んだロックンロール・ブームからだ。たぶん最大の貢献者は、矢沢永吉のグループ、キャロルだろう。それ以前は、“ロール・オーヴァ・ベイトーヴェン”も“ロック・アンド・ロール・ミュージック”も、ビートルズが唄ったから誰でも知っていたのだ。

 チャックの所属していたレコード会社チェスの興亡を描いた映画『キャデラック・レコード』の中で、本人がドサ回りでクラブに行き「今晩出演予定のチャック・ベリーだ」と告げると、支配人に立ち入りを拒否される。彼曰く「お前じゃない。奴は白人だ」と。観る度に笑える場面だ。彼の地でも大人の認識はこんなだったのかも知れない。
 日劇ウエスタン・カーニヴァルの全盛期に採り上げられていた楽曲は、ジェリー・リー・ルイス、リトル・リチャード、エディ・コクラン、そしてエルヴィス・プレズリあたりで、チャックの歌をリパトゥワにしていた唄い手もバンドもほとんどいなかった。その無理解はこの時だけに留まらない。奇しくも野田努が編集した萩原健太の近著『アメリカン・グラフティから始まった』に、こんな記述がある。
 「日本では複数アーティストが参加したロック・コンサートで全員参加のアンコール演奏をしようとした場合、チャック・ベリーの“ジョニー・B・グッド”が選ばれる事が多い。歌詞をちゃんと歌えないやつが多いにもかかわらずだ。それが日本の“ロケンロール”史観なのだろう」(102頁)。
 これは全く正しい。21世紀になっても、この国のロックンロール好きは、「ゴージョニゴー」としか唄えないのだ。「チャック・ベリー、昔から大好きでした」なんて語る奴を、わたしは信用しない。ただ自分自身も50年近く聞いている事になるので、「昔から大好きでした」になってしまう。
 しかし、それは違う。わたしは明日もチャック・ベリーが好きなのだ。素晴らしい色彩で描かれた楽曲の数々は、聞く度にアメリカ合衆国のウラオモテを教えてくれる。弾力性を持ちながら機械のように斬り込んで来るブルーバード・ビートの刻みは、どんな腕の立つギタリストも真似出来ない。さらに、彼の面倒な属性は、世の中を生きて行く上で参考になる。

 映画『ヘイル、ヘイル、ロックンロール』での自己中心的振る舞いは、大いに話題になった。“キャロル」のイントロで執拗にダメを出すのは、明らかな嫌がらせ、いじめ、“マンキ・ビジネス”だ。その後でチャックがアムプの調整でつまづいた時に、キース・リチャーズがここぞとばかりにやり返して追い詰めるのも面白い。
 この映画を監督したテイラー・ハクフォードが冒頭で彼について喋る。「難儀(trouble)」、「面倒(difficult)」、「風変わり(funny)」と、その性格を説明する時、彼は毎回つい微笑んでしまう。チャックの事を、正しく理解しているに違いない。
 チャックの運転する車で仕事に行ったら、途中でガス欠に陥った。すると彼は高速道路から単身飛び降り、ガソリン缶を手に戻って来たという話がある。『ヘイル、ヘイル』の中だったかと、今回慌てて観直したけれど、その場面を見つける事が出来なかった。何処に所蔵されたこぼれ話だっただろうか。女性が語っていたような記憶がある。
 ジョン・ハモンド(元ジュニア)に取材した時、“ネイディーン”、“ブラウン・アイド・ハンサム・マン”をカヴァしているので聞いてみたら、「初期のレコードは、僕にずいぶん刺激を与えてくれた。でも68年に逢った時、なんて奴だって思ったよ。実にいやな男だったんだ。人間的にはちょっとねぇ……」と語気を強めて話していた。きっと機嫌の悪い時に出会ったのだろう。
 ゼニカネにうるさく、出演料は半額を契約時に、残りは「ドン前(緞帳を上げるまで)」、いずれも現金、というやり方を非難する意見は多い。でもこの世界ではそれが常識だ。元締めが売上を持って逃げる話は今でもある。後日の銀行振込なんて当てにしない。払ってくれないんなら演らないだけだよ……、カッコいいじゃないか。

 彼の事を人間不信の変わり者、だけで済ますのは間違いだ。誰にも頼らずひとりで生きていくには、このくらいゴリカンでなきゃ無理だろう。チャック・ベリーは50年代のアメリカ合衆国の芸能の世界を何の後ろ盾もなく渡って来た黒人なのだ。
 こういう事実を知れば知るほど、1981年4月27日、厚生年金会館大ホールの下手袖で、わたしの差し出した公演パンフレットにサインしてくれたというのは、奇跡だろう。

 ニュースを聞いて数日後、同じロック・バーを訪れた。
 「あのすぐ次の日の朝だったね」と店主にさっそく話しかけた。
 「そうでしたね」、彼は少し怪訝な顔をしたが、付き合ってくれた。
 さんざん話して夜も更け、ようやく帰ろうとしたら、
 「あの後、一度来てますよ。『チャック・ベリーが死んだ』って、ワインを呑んでました」と、耳元で囁かれた。そうだったのか。全く憶えていない。
 チャック・ベリーは絶対に死なない。少なくともわたしの心の中では。早く新譜を聞きたい。既に公開されている1曲“ビグ・ボーイズ”は、まるでチャック・ベリーのロックンロールだ。今、他の誰にこんな事が出来ると言うのか。新しい1枚では、これまで粗製濫造していたジャムの寄せ集め的アルバムにそっと忍び込ませていたような、カリブ風だったり、保守的なスタンダード的だったり、あるいはカントリーそのものだったりする非ロックンロール曲に、大いに期待している。6月29日が発売日だという。チャック・ベリーは、これからもずっと生き続けていく。


 チャック・ベリー:チャ―ルズ・エドワード・アンダスン・ベリー 2017年3月18日午後、ミズーリ州ウェンツヴィルで死去。90歳。

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