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ノルウェイの〈ジャズランド〉は、かつて1990年代後半から2000年代初頭にかけ、フューチャー・ジャズというキーワードが浮上した頃に脚光を浴びたレーベルである。設立者でもあるブッゲ・ウェッセルトフトを筆頭に、シゼル・アンデルセン、ビーディー・ベル、ウィビューティーなどが作品を発表している。ウェッセルトフトはもともとコンテンポラリー・ジャズ畑出身のピアニストだが、そこからエレクトロニックなクラブ・サウンド方面へと進んでいったヨーロッパにおける先駆的存在である。エレクトリック・ジャズにディープ・ハウスやテクノを融合したそのサウンドは、クラブ・シーンでも火が付いてカール・クレイグなども絶賛していた。そして、ウェッセルトフトは後にローラン・ガルニエ、ヘンリック・シュワルツ、ジョー・クラウゼルなどともコラボをおこなっている。その後、フューチャー・ジャズという言葉が廃れるとともに、〈ジャズランド〉がクラブ寄りの作品をリリースすることは減っていったのだが、この度リリースされたローヘイというアーティストの『ア・ミリオン・シングス』は、久々にかつてのクロスオーヴァーな要素に溢れた〈ジャズランド〉を彷彿とさせる作品だ。
ローヘイは黒人シンガーのローヘイ・ターラーを軸とするユニットで、白人のイワン・ブロンクイスト(キーボード)、クリスチャン・B・ヤコブセン(ベース)、ヘンリック・ロードーエン(ドラムス)からなるバンド・スタイルを取っている。ローヘイ・ターラーについて、北欧のメディアはジル・スコットなどのネオ・ソウル系シンガーから、ローラ・ムヴーラなども引き合いに出している。メンバーはいずれもオスロで活動する若手ミュージシャンたちで、グループの結成は3年ほど前。どのようにして〈ジャズランド〉から本デビュー作を発表することになったのかは不明だが、サウンドのタイプとしてはビーディー・ベルのように女性ヴォーカルを武器とするソウルフルなものである。2000年代前半に活躍したビーディー・ベルのプロダクションは、アシッド・ジャズ的なものからドラムンベース、ブロークンビーツやディープ・ハウスを取り入れたものとヴァラエティ豊かで、そしてかなりポップな側面を意識したジャズだった。ローヘイもジャズを基盤に、ソウルやファンクなどへと触手を伸ばしたフュージョン・サウンドと言える。現在のアーティストと比較するなら、女性シンガーがキーになっている点で、ネイ・パームを擁するオーストラリアのハイエイタス・カイヨーテに近いだろう(グループの編成も同じである)。実際にそのサウンドもハイエイタス・カイヨーテを意識したようなところがあり、同じようなカテゴリーではスナーキー・パピーからムーンチャイルド、ロバート・グラスパー・エクスペリメントにサンダーキャットなどのそれを彷彿とさせる場面もある。すなわち、ジャズにネオ・ソウル、ファンクにヒップホップ、ロックにブギーにAORなどが自然体で繋がった、現在のフュージョン・サウンドそのものだと言える。
“アイ・ファウンド・ミー”はフェンダー・ローズとタイトなリズム・セクションをバックに、ローヘイ・ターラーのアルト・ヴォイスがクールなジャズ・ファンク調のナンバー。アシッド・ジャズ的な匂いとともに、1970年代のロイ・エアーズやジェイムズ・メイソン的な雰囲気もある。“マイ・レシピ”はジャズ・ロックで、こちらはリターン・トゥ・フォーエヴァーとかビリー・コブハムなどを彷彿とさせる。こうした例からわかるように、ローヘイには1970年代のジャズを中心としたその周辺のサウンドからの影響が色濃く表われている。“セルフォンズ・アンド・ペイヴメンツ”での幻想的な音色にも顕著だが、ブロンクイストの奏でるエレピやピアノがグループのサウンドで重要な鍵を握っていることがわかる。“テル・ミー”はロバート・グラスパー・エクスペリメントに近いタイプのネオ・ソウル的な曲で、ブロンクイストの美しいピアノとともにロードーエンの細かく刻まれた今っぽいドラムのコンビネーションが見事。“ナウ・ザット・ユー・アー・フリー”や“マイ・ディア”もローヘイのソウル・サイドを象徴する作品で、ローヘイ・ターラーの切々とした歌が光る。このあたりの雰囲気はムーンチャイルドに通じるものだ。“レスポンシビリティーズ”でもグラスパー的なエレピと今風のドラムがフィーチャーされているが、ローヘイ・ターラーの艶やかな歌があるため、全体的によりソウルフルなムードがある。そして何よりも、4ピースのバンドでありながら壮大なスケールを作り出してしまう点がローヘイの魅力のひとつ。こうしたバンドとしての力量はハイエイタス・カイヨーテにも匹敵するだろう。
“イズ・ディス・オール・ゼア・イズ?”“キャント・ゲット・ディス”“アイ・ワンダー”などはハイエイタス・カイヨーテ的と言えるフュージョン・ナンバーだ。ハイエイタス・カイヨーテでも、ドラムのサイモン・マーヴィンがサウンドの骨格作りに多大な貢献を果たしているが、これら作品でもロードーエンの役割は大きい。“キャント・ゲット・ディス”はサンバ風のビートを用いた躍動感のあるもので、“イズ・ディス・オール・ゼア・イズ?”では彼のドラムからダイナミズムが生み出されている。アルバム・タイトル曲の“ア・ミリオン・シングス”もリズム・チェンジの激しい変則的な曲だが、それをうまく進行させるのもロードーエンのドラムやヤコブセンのベースがあるからだろう。なお、ローヘイはライヴ・アクトとしても北欧中心に活躍の場を広げている最中で、近い将来にはハイエイタス・カイヨーテのように世界的な成功を収める存在となることだろう。
小川充