「P」と一致するもの

interview with Flying Lotus - ele-king

 布石はあった。前回のEP「Spirit Box」(2024)の1曲目はハウスだった。さらに同作でフライング・ロータスはみずからのヴォーカルを披露してもいた。これはきっと近年、なにかしら意識の変容があったにちがいない──。先週リリースされたばかりの新作EPは、そんな変わりゆく彼の現在形をみごと映しだしている。「Big Mama」はヒップホップの文脈でもジャズのそれでもなく、一気にエレクトロニック・ミュージックの文脈に振りきれた内容に仕上がっているのだ。

 2枚目『Los Angeles』(2008)で時代の寵児となって以降、エレクトロニカ、ヒップホップ、ジャズ、そのいずれの枠にも収まらないことにより因習を打破してきた彼は、5枚目『You’re Dead!』(2014)まではコンスタントに、2年おきにアルバムを発表してきた。そんな彼が5年もの歳月をかけて送り出したのが6枚目にして現時点での最新オリジナル・アルバム『Flamagra』(2019)だったわけだけれど、フライング・ロータスというプロジェクトの集大成のごとき同作からも、すでに7年近い月日が過ぎ去っている。
 むろん『Flamagra』以後、音楽活動を控えていたわけではない。映画の分野に活路を見いだしたスティーヴン・エリスンは、それと連動するかのように『Yasuke』(2021)、『Ozzy's Dungeon』(2022)、『Ash』(2025)と、いくつものサウンドトラックを手がけている。とはいえやはり、正直に告白するなら、勘ぐらずにはいられなかった。超大御所のハービー・ハンコックや当時すでに「時の人」だったケンドリック・ラマーらを招き、唯一無二のジャズを発明してみせた『You’re Dead!』のあと、なにかしら転機のようなものが訪れていたのではないか、と。たとえば「もうやれることはやりきった」というような──
 そんなこちらの勝手な憶測を覆しにきたのが「Spirit Box」であり、今回の新作EPだ。つぎつぎとめまぐるしく展開していく「Big Mama」は、ジャングルを崩したようなビートの曲でもって幕を開ける。ヒップホップの要素は薄い。ジャズの因子は、消失しているとまではいえない。たとえば “Captain Kernel” の旋律はまるでサンダーキャットが演奏しているかのようで、このフュージョン感は “Brobobasher” や “Pink Dream” でも味わうことができる。
 もっとも注目すべきはチップチューンの導入だろう。“Antelope Onigiri” を筆頭に、 “In The Forest - Day” や “Horse Nuke”、最後の “Pink Dream” まで、ヴィデオ・ゲーム・ミュージックからの影響こそが「Big Mama」に大いなる個性を与えている。もちろん、これまでの作品でもそうした断片が散りばめられることはあった。ただ今回は、あのなつかしい響きがとびきり耳に残るのだ。かくしてレトロの切れはしをまったくレトロではないスタイルでもって有効活用することにより、フライング・ロータスはいま、ひとりのエレクトロニック・ミュージシャンとして自身の殻を破ろうと奮闘している。

いまはあらゆるものがアルゴリズムで動いているような世界だよね。すべてが理屈どおりに整っていて、意味が通るようにつくられている。だからこそ俺は、もっと生き生きとして、カオスで、本物だと感じられるものをつくりたかったんだ。

まずは最近のあなたの動向をおさらいしておきたいです。近年で大きかったのはやはり、2025年に公開された映画『アッシュ ~孤独の惑星~(原題:Ash)』の、監督と音楽を担当したことでしょうか。それはあなたのキャリアにおいて、どのような未知の体験をもたらしましたか?

FL:ほんとうにたくさんのことをもたらしてくれたよ。キャリアという意味だけでなく、人生そのものに、たくさんの未知のことや予想もしなかった出来事をもたらしてくれたんだ。あの映画は、ある意味では自分の存在の進む方向を変えてしまったとも言えるような作品だった。この経験からほんとうに多くのことを学んだし、とても豊かなものを得ることができたんだ。あの映画をつくれたということ自体が夢の実現だったからね。正直なところ、あのレヴェルで作品づくりができるというのは、ほんとうに特別な体験だったよ。あんな経験はほかにはないね。だから、関わってくれたみんなと一緒に仕事ができるということを、心から楽しんだ感じだった。それにそういう経験こそ、ずっと望んできたことだったんだ。子どものころに『ジュラシック・パーク』を観て以来、ずっと映画をつくりたい、SF作品をつくりたいと思っていたから。だから、ほんとうに多くのことを学んだし、自分の能力に対する自信も大きくなった。音楽で培ってきたスキルにも頼らなければならなかったし、映画制作のスキルにも頼る必要があったからね。これまで人生のなかで学んできたすべてを映画制作に応用しなければならなかったんだ。それは、創造的な意味でも本当に大きな報酬をもたらしてくれる、非常に充実した経験だったね。

サウンドトラックといえば、あなたは以前『Yasuke -ヤスケ-』(2021)の音楽を手がけてもいます。『Yasuke』にはヒップホップも含まれていましたが、それと聴き比べると『Ash』のほうは宇宙の無重力状態を想起させるような曲、アンビエント寄りの曲など、これまであまり見せてこなかったスタイルの曲が多いです。そのちがいは、映画の内容のちがいだけに起因していますか?

FL:映画音楽について言えば、映画に対して「音楽はこうあるべきだ」と押しつけてしまうのは間違いだと思うんだ。むしろ大事なのは、その映画がなにを見せようとしているのか、どんな作品なのかをよく「聴く」ことだと思う。それに応えるかたちで音楽をつくる。多くの場合はそうだと思うよ。もちろん、もっと優れた監督なら、物事をよりうまく導くことができるのかもしれない。でも俺の場合、プロセスを信じるようにしているんだ。編集作業がはじまると、いろいろなものが少しずつ姿を現してくる。テンポやリズムも見えてくるし、合うと思っていた音がじつはちがったとか、この音こそがこの映画の音だとか、そういうことがわかってくるんだ。つまりその映画がもっている感覚に対して反応していく、という感じだね。

通訳:『アッシュ ~孤独の惑星~』にかんしては、映画の撮影に入るまえに音楽は書きあげていたんですか?

FL:いい質問だね。じつは撮影をはじめるまえにかなり多くの音楽を録音していたんだ。でも、そのほとんどはうまく機能しなかった。おそらく1曲か、せいぜい2曲くらいは使えたかもしれないけれど、俺がその映画のためにつくった曲の多くは、結局使えなかったんだよね。というのも、最終的に自分がつくった映画は、音の方向性がまったくちがうものになっていたから。だから、ほとんど一からやりなおすような感じになってしまった。でも、それもすごくいい経験だったしとても楽しかった。ああしたことを学べたという意味でも、ほんとうにすばらしい経験だったね。

ひとつ前のEP「Spirit Box」(2025)では “Ajhussi” で大胆にハウスに挑戦しており、驚かされました。同EPではヴォーカルにも挑戦していましたね。当時、なにか心境なり環境なりに変化があったのでしょうか?

FL:パンデミックのあいだに、ハウスっぽい曲やダンス寄りの曲をたくさん書くようになったんだよね。踊りたかったから(笑)。どこにも出かけられなかったし、外に遊びに行くこともできなかった。だから、自分が踊りたいと思える音楽を自分でつくるしかなかったんだ。それが、そういう方向で曲を録音していく流れにつながったんだろうね。とはいえ、じつは昔からそういうサウンドはやっていたし、ハウスっぽい曲やファンクっぽい曲はずっとつくっていて、ストックのなかにしまっていた感じなんだ。それを前面に出すことはあまりしてこなかったけれど。でもあのプロジェクトでは、もっとグルーヴがあって、楽しくて、踊れるものをやりたいと思ってたんだよね。

今回、新作の「BIG MAMA」を〈Warp〉からではなく自身の〈Brainfeeder〉からリリースすることになった経緯を教えてください。

FL:その決断の理由はほんとうにシンプルで、〈Warp〉との契約期間がちょうど終わったことが大きかったんだ。契約を更新して新しい形でつづけることもできたし、あるいは自分の道を進むこともできた。そういうタイミングだったんだ。それに、〈Brainfeeder〉ではとてもいい環境を築いてきていると感じていたから、ここで試してみたいと思った。いまのところはすごく順調だね。もともと、ここにいるみんなとはすでに一緒に仕事をしてきたけれど、いまはより密接に関わりながら進めているよ。これからの時間を最大限に活かそうとしているところだし、将来的にはまた〈Warp〉と一緒に作品をつくれたらいいな、とも思っているんだ。彼らのことはほんとうに大好きだし、一緒に仕事をした経験もすばらしかった。これまでにもいい作品をたくさんつくってきたからね。だから、またいつかなにかいっしょにできたらいいな、と思っているよ。でも、いまはまず〈Brainfeeder〉でやっていきたいという感じだね。

通訳:なぜ〈Warp〉との契約更新ではなく、〈Brainfeeder〉での活動を選んだのでしょう? これまで長いあいだ〈Brainfeeder〉を運営してきたのに、なぜいま〈Brainfeeder〉から作品を出そうと決めたんでしょうか。

FL:そうなんだよね。これは、〈Warp〉との契約上の問題が大きくて。〈Warp〉との契約では、他のレーベルでちがうことをやることができなかったし、再契約することで〈Warp〉では、いままで自分がやってきたようなことができなくなってしまう可能性があったから。

通訳:では、ある意味作品の性質上〈Brainfeeder〉を選んだ、というより、もっとプラクティカルな都合上という感じだったんでしょうか。

FL:そのとおりだよ。音楽性の問題というよりも、契約上の問題にすぎないという感じだよ。

通訳:将来的には〈Brainfeeder〉と〈Warp〉から、ちがったタイプの音楽やプロジェクトをリリースする可能性もありそうですかね?

FL:そうなったらいいと思うけどね。まあ、なりゆき次第かな。

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俺の強みは、一瞬のビートだけではなくて、作品全体の絵をつくることなんだ。

今回、ヒップホップにもわかりやすいジャズにも頼らなかったのはなぜですか?

FL:俺は、この作品にもジャズの要素はあると思っているけれどね。いわゆるトラディショナルなジャズというわけではないけれど、演奏やソロの部分にジャズ的な要素がたくさん入っていると思う。俺にとっては、むしろほかのなによりもジャズに近い感覚だね。というのも、多くのパートがインプロヴィゼイションの精神でつくられていて、あまり考えすぎず、音楽が生き生きとしているように感じられるものにしようと考えていたからなんだ。そういう意味では、これまで以上にジャズ的だと思っているよ。ヒップホップの要素は、たしかに少し控えめかもしれないね。でもそれは単純に、自分にしかつくれないものをつくりたいと思ったからなんだ。このプロジェクトで俺がやったことは、ほかのだれにも真似できないんじゃないかという感覚もあるし、それをとても誇りに思っているよ。すごく独自性の強い作品になったと思う。よくも悪くも、という感じだけれどね(笑)。

今回、全体的にチップチューン的なサウンドが耳に残りました。ひさびさにあなたのヴィデオ・ゲーム・ミュージック愛が濃く出た作品なのではないかと感じましたが、ご自身ではどう思いますか?

FL:ほんとうに? それは嬉しいなぁ。俺の好きなサウンドだから。

通訳:そういうサウンドはあえて入れたのですか?

FL:そうだね。意図的に入れたんだ。俺はヴィデオ・ゲームとゲーム音楽が大好きだから。人生のなかでも大きなインスピレイションになってきたんだ。だから、この作品のなかにもそうした要素は確実に織り込まれているよ。それに加えて、聴いたときにノスタルジーを感じられるようなものにもしたかった。遊んでいたころのことを思いだしたり、子どものころの感覚を思いだしたりするような。そういう気持ちにさせてくれるものにしたかったんだ。だからこの作品は、どこか子どもっぽさがあって、純粋に楽しいと感じられるような音楽にしたいと思っていたんだよ。

あなたは以前、ハービー・ハンコックというレジェンドとコラボレイトしています。また、LAのシーンないし〈Brainfeeder〉周辺では、サンダーキャットやルイス・コールなど一流の技術をもった楽器演奏者が活躍しています。今回、打ち込みにこだわったのは、そうしたプレイヤーたちの活躍を意識して、あえて逆を狙ったのでしょうか?

FL:このEPにも、すばらしいキーボード演奏がたくさん入っているよ。もしかするとわかりにくいかもしれないけれど、ほんとうにすごい演奏がいろいろと使われているんだ。つまり、この作品にもかなりしっかりした楽器演奏が入っているんだよね。ただ、この作品はそれ自体で独自のものをもっている。とてもテクニカルな感触もあるし、同時にすごくジャズ的でもある。演奏のニュアンスというか、音をきちんと聴けば「うわ、すごいな」と感じるようなものなんだ。演奏がわかるひとなら聴いたときに、「なるほど、これはすごい」と思うはずだよ。俺にとっては、この作品はまさに自分が夢中になって楽しめるタイプのものなんだよね。今回のプロジェクト全体が、そういう意味あいをもっていた。自分にとって技術的な挑戦と言えるようなものをつくりたかったし、電子音楽でありながら、生きている感じや即興性を持ったものにしたかったんだ。いまはあらゆるものがアルゴリズムで動いているような世界だよね。すべてが理屈どおりに整っていて、意味が通るようにつくられている。だからこそ俺は、もっと生き生きとして、カオスで、本物だと感じられるものをつくりたかったんだ。

通訳:インプロヴィゼーション・プログラミング・ミュージックとも言える新境地を開拓したという感じですね。

FL:まさにそのとおりだよ。それと、どちらかというと意識の自然な流れをキャプチャしたような感覚だね。

4月には〈Brainfeeder〉からサンダーキャットのひさしぶりのアルバム『Distracted』が出ますね。あなたも参加しています。あなたは長いこと彼を間近で見てきたわけですが、彼の最新アルバムはあなたからするとどのような作品に仕上がっていますか?

FL:いい質問だね。そうだね、なかなか興味深い作品だと思うよ。彼はいま、すごく面白い地点にいると思うんだ。新しいアルバムが出るまでにかなり時間が経っているし、この数年で彼自身もひととして大きく変わってきたから。そうした変化は、きっと音楽にも反映されていると思う。だから、みんながこの作品をどう受けとめるのか、とても楽しみだよ。すごく興味深いアルバムなんだ。きっと、もう少し具体的な話……いわゆるネタバレみたいなことを期待しているのかもしれないけれど、それは言わないでおくよ(笑)。ただ、とても面白い作品だし、これまでの彼の音楽に慣れ親しんでいるひとにとっては、少しちがったものに感じられる、とだけ言っておこうかな(笑)。

『ガーディアン』のインタヴューで「 “ロウファイ・ビーツ” はスターバックスの音楽のようになっている」「以前やっていないことにトライしなければならない」と語っていました。新作の「BIG MAMA」を自分で採点するとしたら、満足度はどれくらいですか?

FL:どう評価するか、ってこと? そうだな……かなりすばらしい作品だと思うな。じつは、今日も聴いてみたんだけど、面白いことに2年前につくった作品なのにまったく飽きないタイプのプロジェクトなんだよね。自分がこの作品でやったことにはとても満足しているし、いま聴いてもまだまだ挑戦的に感じられるんだ。聴きながら、自分はこれをどうやってつくったんだろう? って思ってしまうくらい。どうしてこんなことができたんだ? ってね。そういうふうに感じられることは、とてもいいことだと思うよ。

文章力を高めたいね。もっといい歌詞を書けるようになりたいし、本やいろいろな文章も書けるようになりたいから。そういう部分をもっと伸ばしていきたいね。いずれは回想録を書きたいとも思っているよ。

今回の制作方法は、これまでとどうちがっていたのでしょうか。

FL:だいたい2か月くらいを費やしたね。かなり集中してとりくんだんだ。最初の1か月は、とにかく音を録音することに費やした。すべてのサウンドについて意識的に選びながら、自分で録音した特定の音だけを使うようにしていたね。それから残りの1か月で、そういうものをまとめてかたちにしていった。つまり曲そのものよりも「音」に焦点を当てるプロセスだったんだ。パターンや構成よりも、まずはサウンドに集中するという感じだね。俺にとっては、これまでとは少しちがう制作のやり方だった。特別に大袈裟なことをしたわけではないけれど、アプローチとしてはこれまでとちがっていた、という感じだよ。

「BIG MAMA」は一見、反復するダンス・ビート集のようにも聞こえますが、じつはどの曲もすぐにどんどん展開していきますよね。7曲すべてがつながってもいます。

FL:うーん、その評価はちょっと不公平な気がするね。この作品にはループは使っていないし、おなじことを繰り返している部分もないから。そう聞こえるかもしれないけれど、じっさいには繰り返している部分はないんだ。すべての小節ごとになにか新しい要素が入っていたり、なにかしら変化が起きたりしているんだよね。

通訳:じつはどんどん展開していく、というふうにきちんと理解できていると思います。質問の仕方がよくなかったですね。このEPは7つのトラックに分けて収録されていますが、最後に全体を繋げた1曲にミックスされたものも収録されていて、7曲すべてがつながってもいますよね。

FL:もともとは、すべてをひとつの作品としてつくりたいと思っていたんだ。ひと続きのひとつの曲として成立するようなかたちにしたくてね。でも、いま自分たちが生きている音楽の環境も理解していて。15分もある曲を聴きたいと思うひとは、あまり多くないよね。だから、ストリーミング・サーヴィスのことなんかも考えて、いくつかのトラックに分けるかたちにしたんだ。

通訳:商業的な理由もあったんですね。

FL:そうだね。それに、よく考えてみると両方のいいとこどりをできるかたちでもあるんだよね。トラックごとに分かれているかたちでも聴けるし、ひとつの長い流れとして楽しむこともできる。だから結果的にはみんなにとっていいかたちになっていると思うよ。

通訳:リスナーに選択肢の幅を持たせるのは面白いですね。

もし本EPのリミックス12インチを出すとしたら、だれに頼みたいですか?

FL:いい質問だね。でも、そうだな……ちょっと考えて、あとで答えてもいい?

通訳:OKです。あとでまたお訊きしますね。では、次の質問に進みます。

ふだん日常で聴いている音楽のなかで、仕事とはべつに、いま個人的に夢中になっている音楽はなんですか?

FL:最近はドラムンベースやジャングルをよく聴いているね。シング(Thing)っていう若いアーティストも聴いているし、ブラック・オディシー(BLK Odyssey)もよく聴いているよ。ロッチェル・ジョーダン(Rochelle Jordan)の新しいアルバムも聴いている。それからマシンドラム(Machinedrum)の新しい曲もよく聴いているし、ほんとうにいろいろ聴いている感じだね。あと、長谷川白紙も最近よく聴いているよ。ちょうど〈Brainfeeder〉に新しいアルバムを提供してくれたところだから、それもみんなで聴いているところなんだ。

今年はあなたのファースト・アルバム『1983』の20周年です。この20年で、あなたにとってもっとも大きな転機となった出来事はなんでしたか?

FL:どこが転機だったのかは、自分ではわからないな。というか、いまでもまだ転回しつづけている感じだしね(笑)。うまく言えないけれど……どう答えていいのか正直わからないけど、特定の転機があったという感覚はあまりなくて、ずっと変化しつづけているし、つねに成長しているという感じなんだ。だから、この質問をしたジャーナリストからみて、「ここが転機だったんじゃないか」と思うところをむしろ教えて欲しいかな(笑)。

2023年にはラッパーのスモーク・デザ(Smoke DZA)とEP「Flying Objects」を送りだしていますよね。1枚丸ごとラッパーと組むのは珍しいと思いますが、同作の経験はあなたになにを与えましたか?

FL:じつは、ああいうかたちのプロジェクトをもっとやりたいと思っているんだよね。正直なところ、最終的にはラッパー次第だったりするんだけど。俺はここにいるし、いつでもやる準備はできている。彼がそれを望んだから、今回はそういうかたちになった、という感じだよ。もちろん、そういう仕事は喜んでやるけれど、できればひとつのプロジェクトについて、自分が唯一のプロデューサーとして関わるかたちがいいね。そこが自分の強みだと思っているから。俺の強みは、一瞬のビートだけではなくて、作品全体の絵をつくることなんだ。だから、いつかだれかとそういうかたちでしっかり組んで作品をつくれたらいいな、と思っているよ。きっとすばらしいものになると思う。

好きなハウスのプロデューサーがいたら教えてください。

FL:そうだな……特定の好きなハウス・プロデューサーがいるかと訊かれると、ちょっと難しいな。レオン・ヴァインホール(Leon Vynehall)は好きだね。純粋なハウス・プロデューサーというわけではないけれど、彼の作品はすごく評価しているよ。ただ、いろんなひとがときどきいい曲を出していて、そういうひとたちを聴くことは多いね。でも、「いまいちばん好きなプロデューサーはだれ?」と問われると、あまりはっきりした答えはないかもしれないなぁ……あ、ひとりいた! セヴン・デイヴィス・ジュニア(Seven Davis Jr.)だ。彼はすごくいいね。

通訳:彼に「BIG MAMA」のリミックスをお願いしたかったりしますか?

FL:それだ! 完璧だね(笑)。

かつて〈Brainfeeder〉がフックアップしたイグルーゴースト(Iglooghost)は、いまや新世代のエレクトロニック・ミュージックの代表格ともいえる存在になっています。彼の活躍をどう受けとめていますか?

FL:すごく嬉しいよ。最初から彼がすばらしいアーティストだということはわかっていたからね。これからも彼が自分のやりたいことをつづけていってくれたらいいなと思っているよ。とてもすばらしいことだと思う。

通訳:新世代のエレクトロニック・ミュージックについてはどんな感想を持っていますか?

FL:いいと思うよ。すばらしいことだと思う。みんなにとっていいことだと思うから。正直、あまり難しく考えることはないけれど……ほかになんと言えばいいかな。とにかくすばらしいことだし、このままつづけていってほしいね。みんなが成長しつづけて、挑戦しつづけていければいいと思う。

音楽家としてはもちろん、あなたはすでに映画作家としても道を歩みはじめています。あなたはいろんなことに関心があるのだと思いますが、これまでまだ手をつけていない分野で、将来あなたがやってみたいことはなんですか?

FL:とくに新しい分野に挑戦したいというよりは、まずは「書くこと」をもっと上達させたいと思っているんだ。文学的な意味での文章力を高めたいね。というのも、もっといい歌詞を書けるようになりたいし、本やいろいろな文章も書けるようになりたいから。そういう部分をもっと伸ばしていきたいね。それから、いずれは回想録を書きたいとも思っているよ。自分ひとりでというより、だれかといっしょにとりくめたらいいね。これまでの人生はかなり特別なものだったと思うし、できればなにも忘れることなく残しておきたいんだ。それに加えて、ちょっとしたフィクションの物語もいくつか書いたりしているから、そういうものにもとりくんでいきたいね。

通訳:ご自身が書いたフィクションの作品をベースにした映画の制作なども今後やっていく可能性はありますか?

FL:ぜひやりたいね。じつは、書く力を伸ばしたいと思っている理由のひとつでもあるんだよ。もっといい脚本家になりたいんだ。長編映画や短編映画の脚本を書けるようになりたいと思っているよ。

二階堂和美 - ele-king

「泣くのはプライドのない半人前の男」って言われたこともあるさ
でももし、あなたを引き止めるために泣かなきゃいけないなら、僕はちっとも構わない
あなたが僕のそばにいてくれるならば
The Temptations - Ain’t Too Proud To Beg

空っぽの部屋に
一筋の光が差し込む
どうか私の友を
返してほしい
Silvana Estrada - Un Rayo de Luz

 あれは一昨年だったか、明大前で京王井の頭線に乗り換えようと階段を駆け降りた勢いでワイヤレスイヤホンが外れてしまった。さっきまで左耳を塞いでいたそれは、入水時のスイマーのような無駄のない所作でもって線路の下へと落ちていった。スローモーションだった。それがSONYの決して安くはないモデルであったことよりも、神泉に行くまでの10分足らずのうちに曲を聴けなくなったこととか、明日からの生活のことを思い浮かべて焦った。東京でイヤホンをせずに生きることは辛い。ピックアップしてくれるよう駅員に懇願する手もあった。だが直後に到着した急行のグリグリと線路を踏んで走る音を耳にした瞬間、心の蓋がパンッと閉じてしまった。地団駄を踏んで泣き喚きたい気分を抱えたまま(大学生にとって3万円のイヤホンとはそういうものだ)、それでもホームで虚ろにしてる自分の姿に耐えきれず、ちょっとクールな面持ちを装って、次の各駅停車を待ってみる。あえて右耳のイヤホンは付けたままにしていた。そうすることが、当時想定できうるなかでの、最もクールな立ち振る舞い。そう直感した。誰に対してのクールって、それは自分に対して……いや、そんなキザじゃない。ホームに並ぶ人たちに笑われるのが恥ずかしかっただけだ。

 こんなふうに、ある別れについて、私たちは極端にウェットになってみたり、むしろなんてことない顔してドライになってみたり、一様には定まらない反応を示す。それが一般的な防衛機制だ。そして、ダイレクトな感情が「叫び」という身体反応を装って表出される直前の、心が着替えるために裸になる中間地点からのみ、歌が立ち上がってくる。別れる相手は問わない。「あなた」でも「友」でも「ベイビー」でも、関係の聖俗に依ることなく、引き裂かれれば歌は生まれる。

 二階堂和美という歌い手は、そんな別れから生じる歌の存在について、つねにヴィヴィッドだった。彼女自身の資質なのか、親しんできたという日本の歌謡曲にビルドインされた悲哀の作法による影響なのか、もしくはその両方か。改めてそのディスコグラフィーを辿ると、様々な別れが影を滲ませている。

 《もの想いにふけるとき/歌はいらない/考えをふかめるとき/歌はいらないの/考えるのをやめたい時/歌がほしいの/歌がいるの》と日常との切断線として歌を位置付ける “歌はいらない” からはじまる出世作『にじみ』を再生してみると、民謡の節回しやジャズ・ヴォーカルの煌めくような意匠を借りながら、孤独の最中にいる自らを張り上げている様が際立つ。どこか無国籍に響くそれらは、各国に共通する歌の情念を炙り出しているかのようだ。アメリカ南部にブルースがあり、ポルトガルにファドがあるように、日本にも独特の様式で歌い上げる民謡がある。そしていつも、歌うのは残されたほう。

 最も顕著な別れの例は、二階堂和美の名前をお茶の間に引き出した “いのちの記憶” だろう。『にじみ』を耳にした高畑勲がオファーをかけ、『かぐや姫の物語』の主題歌として制作され、8年前の高畑勲のお別れの会でも二階堂本人によって歌われたこの楽曲。《月へ帰る》という寓話的想像力にコーティングされた種々の別れに相対するように、“いのちの記憶” は余白を増幅させるようなシンプルな言葉遣いによって紡がれている。《必ず また会える/懐かしい場所で》という一節の、感情の機微を乗り越えて届く、超然とした祈りの様。そしていつも、歌うのは残されたほう。

 そんなことを考えながら『潮汐』を再生してみる。髙城晶平の作詞作曲による “リトル・トラベラー” は、二階堂とつねにステージに立ってきた黒瀬みどりとの静かなデュオだ。ceroの近作がそうであったように、解決を保留したまま進行するコードの連なりが、情緒に回収されない風景のなかに誘う。

 録音をはじめ、『潮汐』の大部分は二階堂和美が生活を営む広島県大竹市を中心に作られた。《もの想いにふけるとき/歌はいらない》と歌った『にじみ』から14年、歌と生活の距離は縮減し、昨日食べて噛んだ心が喉からそのまま射出されているかのようだ。共同プロデュースを務めた原田郁子による “あれもこれも” は寝起きから子どもとともに暮らす日常が騒がしく封じ込められている。アルバムのティザーとしてアップロードされた録音風景によると、バンドに加えふたりの子どもたちと入り乱れながら声や楽器の音を吹き込んだ様子が伝わる。続く “恋しがっているよ” は、さしづめ翌日の早朝だろうか。静かに、ここにいま見えていないものや人に、《いつかどこかで 話したこと/思いがけない 一言/ああいつかまた 続きをしたい》とこぼす。

 前半の4曲が提供曲なのに対し、後半の4曲は二階堂自身の作詞作曲によるものだ。LPであればB面の1曲にあたる “BILLE” で、溌剌としたジャズ・バンドの演奏に合わせ、彼女は《私が死んだら/あれこれ 嗅ぎまわらないで》とギョッとするようなフレーズを歌い出す。隠喩によってこれまでカモフラージュされていた〈別れ〉に、くっきりとした輪郭が与えられる場面だ。本人が語るところによると、『にじみ』と『潮汐』の間に彼女の生活に訪れた最大の変化は、夫であり自身のバンドでコントラバスを弾いていたガンジーとの死別であったという。しばらくは歌に気持ちが向かず、ステージの上で泣き出すこともあった彼女が、時間をかけて歌へと戻ってきた。『潮汐』に収録されている自作曲は必ずしもガンジーの旅立ちと制作時期が被っていたわけではない。ただ、彼女はこの4曲を選んだ。

 「では、『潮汐』の主題は〈別れ〉なのか?」と正面切って聞かれたとしても、それについては否と言うほかない。“BILLE” のサビはこう続く。《残るのは歌だけ/心映すほんとの歌だけ/あなたの心に響いたなら/それがすべてよ》ここには日常から遊離し、“歌はいらない” で描かれたいたような歌の聖性に実存を預ける、ステージの上で煌めく二階堂の姿が立ち上がっている。見えているもの、聞こえているものが全て。後半、スキャットの隙間からニュッと《歌わせてよ》という一節が放り込まれる。いるものといないものがいる。そしていつも、歌うのはいるほう。

 最後に、二階堂和美が作詞を手がけた楽曲について、一節ずつピックアップしたい。クイーンの “We Will Rock You” から引用した “つながりあって生きている” では《太陽は 燃えている/夜の間も 燃えている》と自然の循環を強調する。トーンを落とした黒瀬みどりとのデュオからはじまる “うまれてきたから” では《人も虫も 動物たちも/生まれてきたから 死ぬのです》と確かめるように歌う。ラストの “あうん” はライヴ録音、《あなたの夢と荷物/一緒に抱(いだ)かせて/皆まで語らずとも/あうん あうん あうん》と手元に残った小包を眺め、「あなた」を待つ。

 思えば、二階堂の書く詞には感情の揺れ動きが滅多に表れず、当然のように進む出来事をひとつひとつ拾い上げて追う筆致が大半だ。“うまれてきたから” のサビのように、力強い言葉の反復に太鼓の響きを合わせるなど、さりげなく歌のしなやかさに並走するアレンジも美しい。そして何より、このテキストで抱かせたかもしれないシックな印象とは裏腹に、二階堂は百面相のごとく歌声をスイッチし、存分に歌の中をハシャぎ回っている。それはもう、裸足でスイングしている。試しにアルバムを再生してみるといい。イヤホンなんかなくてもいい、スマホのスピーカーでいい。駅のホームで凍えながら待っているときなんかに流してみてもいい。二階堂和美がそこにいる。歌はいつも温かい。

早坂紗知 - ele-king

 1988年に自主レーベルからひっそりと世に出て以来、ジャズ愛好家のあいだで幻の名盤として語り継がれてきた、早坂紗知&Stir Upのデビュー作『Free Fight』が、〈BBE〉の“J Jazz Masterclass”シリーズ第20弾としてリイシューされた。バップから新主流派、さらにはフリーに至るまでモダン・ジャズの語法を自在に取り込み、躍動感と疾走感あるグルーヴとともに、彼女ならではの明朗快活で奔放な解放感が伸びやかに吹き抜ける一枚だ。

 1960年東京生まれの早坂紗知は、サックス奏者・土岐英史に師事し、村上春樹が経営していた〈ピーター・キャット〉などのジャズ喫茶でアルバイトをしながら現場での経験を重ねていった。70年代後半から80年代にかけて、モダン・ジャズは急速に過去の遺産としてアーカイヴされ、多くのプレイヤーがフュージョン志向へと舵を切っていく。その一方で、V.S.O.P.クインテットやウィントン・マルサリスの登場が、50年代のハード・バップを参照する新たな伝統回帰の潮流を生み出していた。
 そんななか、日本各地のジャズ喫茶では、ビ・バップからフリーまでさまざまなスタイルのレコードが日々ターンテーブルに載せられていた。早坂は膨大な音源に囲まれながら耳を鍛え、リスナーとしての感覚を備えた演奏者/作曲家として、その稀有なセンスを磨いていった。
 新宿〈ピットイン〉をはじめとするジャズ・スポットで活動を続ける彼女は、山下洋輔らフリー・ジャズの名手との共演を通じて表現の幅を広げていく。1985年には、のなか悟空が主導した奇想天外であまりにクレイジーな「富士山頂酸欠セッション」にも加わり、アンダーグラウンドの熱気の渦のなかに身体ごと飛び込んでいった。
 80年代なかば、坂田明はビル・ラズウェルとのセッションを通じてニューウェイヴ以降の音像を切り開き、近藤等則はIMAでエレクトリック・トランペットとダンス・ビートを結びつけていた。こうした時代の機運のなかで、前衛ジャズの血脈を受けつぎながらグルーヴと構築性を両立する若い世代の試みとして、早坂は日本でも稀な女性サックス奏者がリーダーのバンド「Stir Up」を結成する。そして、日本フリー・ジャズ界の支柱であり批評家/プロデューサー/オーガナイザーでもあった副島輝人は、その才能にほれ込み、自身のレーベル〈Mobys〉からデビュー・アルバム『Free Fight』を制作する運びとなる。アンダーグラウンドでふつふつ渦巻く熱気をまるごとパッケージ化したようなこの作品には、スパッと決断してズカズカ飛び込み周囲の人びとを巻き込んでしまう早坂の人柄と魅力が、そのまま刻まれている。

 アルバムは“The Song Of Yamato-Minzoku(大和民族の歌)”で幕を開ける。明快なホーン・リフとピアノで日本発のジャズを軽やかに高らかに宣言するオープニングだ。続く「The Thrilling Corner」では、オフピッチ気味のユニゾン・リフがオーネット・コールマンを想起させる。ポスト・バップのイディオムを身につけたバンドが、骨太なリズム・セクションの推進力を得て、自在なインプロヴィゼーションを上昇・下降させながら前へと押し出していく。
 “La Pasionaria”では、サックスとヴァイオリンの緊密なインタープレイが繰り広げられる。ユニゾンとハーモニーを行き来しながら、寄り添ったかと思えばふいに離れ、再び交差する。その呼吸に、アンサンブル全体の柔軟さと緊張感が宿っている。
 アルバムのハイライトは“Monster's Teardrops”。八尋知洋によるビリンバウ独奏で静かに始まり、郷愁を誘うリフからバンド全体が自然な流れで連動していく。組曲のように展開する構成のなかで、早坂の作曲能力とメンバー同士の阿吽の呼吸が際立つ。口ずさみたくなるようなリフが骨格を支え、ソプラノ・サックスが自由自在に空を舞う。硬軟と緩急を巧みに切り替えるフレージング、生命力に満ちあふれるプレイが積み重なり、クライマックスのえもいえぬ高揚の頂点へと聴き手をいざなう。
 エンディングを飾る“Another Country”では、アルバート・アイラーを思わせる歪んで濁った音色とオーネット的なオフキー感覚、さらにはローランド・カークのあふれ出るソウルも飲み込んだトーンで、親しみやすく明快なテーマが歌い上げられる。哀感を帯びたメロディが陽性のエネルギーでかき回され、狂おしく詩情豊かなラストへ向かっていく。

 1988年といえば日本はバブル景気の絶頂期。表ではフュージョンやシティ・ポップなど洗練された音楽が幅をきかせていたが、裏ではフリー・ジャズやニューウェーヴ/オルタナティヴが独自の発展を遂げていた。『Free Fight』は、享楽的な時代のサウンドトラックとは別のレイヤーで、自由になるための、自由であるための音楽を宣言し刻み込んだ一枚でもある。

 『Free Fight』ののち、90年代初頭に早坂は単身ニューヨークへ渡り、〈ニッティング・ファクトリー〉や〈スイート・ベイジル〉といったクラブに出入りしながら、反レイシズムのフリー・コンサートやレゲエ・バンドに飛び入りしたり、さまざまなセッションを渡り歩いた。ブログに綴られたエピソードによれば、友人の誘いでコルトレーン晩年の名ドラマー、ラシッド・アリと共演し、フェラ・クティの2時間におよぶステージを体験したあとで楽屋に招き入れられ「一緒に演奏しよう」と声をかけられたこともあるという。
憧れに向かって迷わず駆け込み、いつの間にか輪の内側に入り込んでしまう身軽さと人懐っこさ。その両方が彼女の音楽生活を支えてきたのだろう。

 早坂紗知は、現在もTReSやMingaといった複数のユニットで精力的な活動を続けている。作曲・アレンジや教育活動にも熱心な彼女の、長きにわたるキャリアの出発点が『Free Fight』には記されている。今回のリイシューには、本人提供のオリジナル・マスターが用いられ、リマスタリングにも自ら関わったという。彼女にとって、このアルバムが現在に連なる重要な一章として位置づけられる作品であるという証しだろう。

 早坂は毎年2月26日にバースデイ・ライヴを行っており、2026年の江古田〈BUDDY〉公演では、同じ誕生日の山下洋輔もステージに飛び入りして『Free Fight』の収録曲が演奏されたという。40年近くにおよぶ時を経て、いま改めて耳を傾けるべき一枚として、このリイシューには大きな価値がある。

FESTIVAL FRUEZINHO 2026 - ele-king

 ジャズ、ロックからエレクトロニック・ミュージック、いわゆるグローバル・ミュージックまで、多彩な音楽をフィーチャーすることで知られるフェスティヴァル〈FESTIVAL de FRUE〉。毎年静岡は掛川で開催されている同フェスのスピンオフ企画としてはじまったのが、よりコンパクトな都市型フェス〈FESTIVAL FRUEZINHO〉だ。今年もおなじみの立川ステージガーデンで、6月13日(土)に開催されることが決定している。ラインナップの第一報として公開されたのは、マーク・リーボウと偽キューバ人たち、ウガンダ〈Nyege Nyege〉のアーセナル・ミケベ、そして11月に新作『Konoma』を発表した岡田拓郎の3組。気軽な準備で参加できるフェスに、今年も。

『FESTIVAL FRUEZINHO 2026』、1stラインナップは、まず3組!

1組目は、極めて狂気的なラテン/パンクバンド『マーク・リーボウと偽キューバ人たち』。最初の1音を聴いただけで誰だか分かる現代最高峰のギタリストの1人、マーク・リーボウが4人の偽キューバ人たちを率いて15年ぶりフジロック以来の来日!四半世紀を超えて愛される、その圧倒的すぎるライブパフォーマンスは必ずみて!立川での公演のみとなります。

2組目は、ウガンダのNyege Nyegeから『アーセナル・ミケベ』が初来日!強く、鋭く磨かれた複雑なリズム、そしてあちら側から霊魂を呼び寄せるかのような歌。呪術的でありながらも洗練された圧巻のライブ・パフォーマンスに乞うご期待!石畳のステージで向かい合って演奏する3人を観客がぐるっと囲むスタイルでのパフォーマンスを予定しています。

3組目は、国内からは新作「Konoma」で、エチオピア・ジャズのような、スピリチュアル・ジャズのような深化を表出させた音楽家・岡田拓郎がFESTIVAL de FRUE 2022以来、FRUEの関連公演に出演決定!


『FESTIVAL FRUEZINHO 2026』は、大自然の中での「フェス」ほど過酷ではなく、また指定席に座りじっと聴く「コンサート」ほど固くなく、集まる人も適度な数で快適かつ自由な空間と時間をすごせる音楽フェスティバルです。手ぶら、日帰りで来て帰れます。「魂のふるえる音楽体験を!」というコンセプトのもと、2017年より静岡県掛川市で開催している『FESTIVAL de FRUE』のスピンオフ企画です。毎年、生きとし生けるものが楽しくダンスはじめる夏至のころに開催しています。


FESTIVAL FRUEZINHO 2026

WHEN
June 13, 2026
Doors 11:00 / Start 12:00 / End 21:00 ※予定

VENUE
TACHIKAWA STAGE GARDEN

LINEUP
Marc Ribot Y Los Cubanos Postizos
Arsenal Mikebe
Takuro Okada 岡田拓郎
...and more

TICKET
中高生割:5,000円
U25割:11,000円
自由席_早割2:17,000円
前 売:18,000円
当 日:19,000円
2F指定席付_早割1:21,000円
2F指定席付_早割2:22,000円

※受付にて1ドリンク代(¥1,000)を別途お支払いいただきます
※1ドリンクチケットは場内のドリンクブースにてご利用いただけます
※1階はスタンディング。2、3階席は全自由席
※2F指定席付チケットは5月16日ごろに紙チケットとして発送します
※来場順での入場です
※U25割はイベント当日時点で25歳未満。身分証明証をエントランスで確認。
※小学生以下は無料

Flyer Image:Yuriko Shimamura

主催:FRUE
https://fruezinho.com/


Marc Ribot Y Los Cubanos Postizos
マーク・リーボウと偽キューバ人たち

来日メンバー
Marc Ribot (guitar)
Brad Jones (bass)
EJ Rodriguez (percussion)
Roberto Rodriguez (drums)
Brian Marsella (keys)

最初の1音を聴いただけで、誰だか分かるギタリストがいる。アメリカ人のマーク・リーボウもその一人だ。長年の音楽仲間であるジョン・ゾーンは、彼のことを『捻じ曲がった天才(twisted genius)』と呼ぶ。これはおそらく、リーボウが誰にも真似できない独自のプレイスタイルを保ちながら、驚異的なまでに多様な音楽スタイルを操ることを指しているのだろう。
40年前、トム・ウェイツの傑作『レイン・ドッグ(Rain Dogs)』のサウンド構築に貢献して以来、リーボウはその豊潤で剥き出しのギターサウンドを武器に、名だたるスターたちの傍らで数え切れないほどのレコーディングに参加してきた。彼は一貫してニューヨークの実験音楽シーンに深く根ざし、ジャズ、ロック、ノイズ、それでいてプロテストソングを融合させた一連の偶像破壊的なバンド・プロジェクトを牽引している。

そんな彼のプロジェクトの中でも、ひときわ熱狂的に支持されてきたのが「Marc Ribot y Los Cubanos Postizos(マーク・リーボウと偽キューバ人たち)」だ。90年代後半のニューヨークで「絶対に見るべきアトラクション」としてシーンを席巻したこのバンドは、キューバ音楽の伝説アルセニオ・ロドリゲスの楽曲を、パンクな精神と都会的な洗練で解体・再構築し、世界中の観客を熱狂させてきた。

2024年、ハンブルクのエルプフィルハーモニーでの特集公演を機に再び動き出したこのプロジェクトは、ロンドンやNY、オスロでの公演もソールドアウトを記録。その流れを受け、2026年のfruezinhoへの出演が決定!

今回はブラッド・ジョーンズ、EJ・ロドリゲス、ロベルト・ロドリゲスらオリジナル・メンバーに、鍵盤奏者のブライアン・マルセラを加えた編成で来日します。NYらしい洗練と、自由でラフなエネルギーが同居する彼らならではのパフォーマンスをお楽しみに!

「あらゆる局面で、リーボウはその洗練された知性と過激なまでの独創性で人々を魅了し、異次元のキューバン・ソウルという奇跡を創り出している」
— Guitar Magazine


ARSENAL MIKEBE
アーセナル・ミケベ

「Rolandの名機TR-808をリバースエンジニアリングすることで、彼らは鋼鉄製の『パーカッション・マシン』を考案した。これにより、アーセナル・ミケベは重低音の効いたエレクトロニック・サウンドを、熱狂的なパフォーマンスの中へシームレスに組み込むことに成功している」 — XLR8R

「ウガンダのパーカッション・トリオ、アーセナル・ミケベは、その夜の最高潮の観客を惹きつけ、音の強烈さとリズムの複雑さの鋭いコンビネーションで、すべての人を熱狂させた」 — Tallinn Music Week

「魂を憑依させる、純度100%のウガンダ産ポリリズムの雷鳴だ!」 — Boomkat

アーセナル・ミケベは、カンパラ郊外を拠点とするNyege Nyegeコレクティブの一員であり、境界を押し広げ続けるウガンダのパーカッション・アンサンブルです。熟練のドラマーであるセントンゴ・モーゼス、ドラテレ・エピファニー、ルヤンビ・ヴィセント・デ・ポールの3名で構成されるこのグループは、伝統的なリズムの型を、生演奏でありながら電子音楽のようなパワーと精度を放つ、生々しく催眠的なサウンドスケープへと変貌させます。

彼らのサウンドの核心にあるのは、ウガンダの彫刻家ヘンリー・セガムウェンゲが考案した、特注の鋼鉄製パーカッション・システムです。Roland TR-808の内部構造に着想を得たこの楽器は、激しい肉体性を伴って演奏されることで「生きたドラムマシン」と化し、ポリリズムのうねりと金属的な共鳴を放つキネティック・スカルプチャー(動く彫刻)となります。

2024年にNyege Nyege Tapesからリリースされたデビューアルバム『Drum Machine』は、ポルトガルの先鋭的アーティスト、ジョナサン・ウリエル・サルダーニャがプロデュースを担当。不協和音の唱和、深いリズムのトランス、インダストリアルな質感が儀式のように溶け合い、「Omuzimu」や「Boiler Omukka」といった楽曲は、祖先伝来の儀式と未来的な推進力の間に流れる強烈な緊張感を捉えています。今秋には、ヴァレンティーナ・マガレッティやHHYとのコラボレーション・アルバムのリリースも予定されています。

Dekmantel、Roskilde、Fusion、Serralves em Festa、Sinsalといった大規模なサマーツアーを経て、彼らは国際的なステージでの地位を確固たるものにしました。CTM、Nyege Nyege、BRDCST、Boiler Room、Tallinn Music Weekなどのフェスティバルで見せた圧巻のパフォーマンスは、ウガンダから現れた「今、最も刺激的なライブアクト」の一つとしての評価を決定づけています。

煙の立ち込めるクラブから巨大なフェスティバルのステージまで、アーセナル・ミケベのセットは単なる演奏を超え、生身の音と電子音の境界を消し去り、観客を集合的なトランス状態へと導く「リズムの儀式」です。


岡田拓郎 / Takuro Okada
1991年、東京都福生市生まれ。現代日本の音楽シーンにおいて、ジャンルや記号の枠組みに収まることなく、常に「中間的なもの」の中に漂いながら独自のサウンドスケープを描き続ける音楽家。

2012年に結成したバンド「森は生きている」で脚光を浴びて以降、ソロ活動、映画音楽、即興演奏、そして柴田聡子や安部勇磨ら数多くのアーティストのプロデュースや客演を通じて、その多才さを発揮してきた。しかし、彼の真骨頂は、ギタリストという枠をも超えた「音の再構築(ブリコラージュ)」にある。

2022年の『Betsu No Jikan』では即興演奏と編集を高度に融合させ、2025年以降はLAのレーベル「Temporal Drift」より世界リリースを展開。2026年の最新作『Konoma』では、岡倉天心の『茶の本』に記された「木の間(このま)」という言葉を冠し、自らのアイデンティティと向き合った。

「マイルスの『So What』の導入部がずっと続いてほしい」「マジック・サムのブギが永遠に続いてほしい」といった、音楽の断片に潜む「ムード」や「ミニマリズム」への偏愛。彼はブルースやジャズといったブラックミュージックの形式をなぞるのではなく、その背後にある歴史や他者性を深く見つめ、アンビエント的な静謐さとサンプリング・ミュージック的な躍動感の間(あわい)に、自分にしか鳴らせない「アンビエント・ブルース」を立ち上げている。

石若駿や松丸契といった盟友たちの即興演奏をバラバラに録音し、緻密な編集によって一つの有機的な流れへと再構成するその手法は、まるで「生きた音響の彫刻」でもある。

別冊ele-king J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶 - ele-king

小さなシーンの大きな革命、
1970年代後半から1980年代にかけての
日本のパンク~ニューウェイヴ・ムーヴメントを紹介する!

映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』で描かれた東京ロッカーズ周辺、
そして映画では描かれなかった関西のシーン、ノイズの誕生、アンダーグラウンドの大いなる拠点として機能した、吉祥寺マイナー、京都大学西部講堂、法政大学「学館」のこと。
当時の貴重な写真、ヴィジュアル、永遠の名盤たち、主要レーベルガイド、その多様な作品の魅力、埋もれた歴史、そして当事者たちの「いま」を語る永久保存版です。


菊判220×148/224頁
表紙写真:地引雄一/表紙アーティスト:アーント・サリー

■J-Punk / New Wave概史(松山晋也)

■インタヴュー
地引雄一「都市の鼓動の記録者」
s-ken「粋とヒップを追い求める江戸っ子ロマンティシズム」
小嶋さちほ「Outside Of Society──阿修羅のごとく」
巻上公一「最前線で歌い演じてきた〝声〟の半世紀」
NON「今のわたしが、今の歌をうたう」
渡辺正「フジヤマという灯台で」

■地引雄一フォト・ギャラリー

■Timeless Masterpieces名盤30選
小堺雄三 /立石太郎/中山義雄/野田茂則/福島恵一 /湯浅学/野田努/松山晋也

■極私的名盤40選 
JOJO広重/田畑満/掟ポルシェ/吉田豪

■林原聡太チラシ・ギャラリー

■重要レーベル・ファイル(剛田武)

■コラム
大熊ワタル「東京の地下帝国 吉祥寺マイナーと法政大学学館」
石橋正二郎「西部講堂物語」
イアン・F・マーティン「J-Underground 混沌と革命」
美川俊治「ジャパノイズの発明」
岸野雄一「川向こうの秘密結社 京浜兄弟社」
工藤冬里「東京‐アメリカ‐イギリス‐愛媛 地下水脈のうた」
東瀬戸悟「ヴァニティと阿木譲」

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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Rakuten ブックス
◇7net(セブンネットショッピング) *
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◇Yahoo!ショッピング *
HMV
TOWER RECORDS
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MARUZEN JUNKUDO
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◇紀伊國屋書店 *
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丸善/ジュンク堂書店/戸田書店、ほか
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大垣書店
◇未来屋書店/アシーネ *

* 発売日以降にリンク先を追加予定。

 90年代初頭のニューヨークのクラブ・カルチャーといえば、それはもう、すごかったことだろう。東京もそれなりにすごかったし、そこにはいろんなスタイル/規模/年齢層が混じっていたので、ひとまとめにすることはできないが、各都市ごとの特徴があった。
 「クラブ・キッズ(Club Kids)」とは、「なんでもあり」の時代のNYのクラブ・カルチャーにおいて、ひときわ異彩を放っていた集団の名称。〈ライムライト〉や〈トンネル〉といった伝説的クラブを拠点とし、過激なファッション(ドラァグクイーン文化とパンクを融合させたような、派手なメイク、派手なコスチュームで知られる)と過激な言動によって、文化的な影響力をほこった「夜遊び集団」である。人種やジェンダーを解放したその態度表明は、社会に馴染めない若者の受け皿にもなった。しかしその最後はあまりにも悲しく……クラブ・キッズの伝説は、映画『パーティ・モンスター』にもなっている。

 今月、その軌跡を記録した本、『90年代ニューヨーク・ダンスフロア:ファッション・アート・ジェンダーを解放した「クラブ・キッズ」の物』(DU BOOKS)が刊行された。「クラブ・キッズ」のメンバーだった著者による、480ページにおよぶ膨大な写真と証言で構成された大著で、その当時のNYクラブ・カルチャーの栄枯と、この伝説的集団のはじまりから終焉までが詳細に描かれている。
 70年代から続くNYゲイ・カルチャーの歴史、伝説的ヴェニュー、そして文化全盛時代のNYの夜、『RE/Search』などその時代のサブカルチャーの思想的背景にあるもの、ハウスからテクノへの展開……などなど、そして、なぜ彼らは、ドラッグや狂乱のなかに救いを見出していったのかが真摯に語られている。
 NYのディープなアンダーグラウンドを知るには、メル シェレンの『パラダイス・ガラージの時代』やティム・ローレンス の『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ 』と並ぶ好著。お薦めです。

『90年代ニューヨーク・ダンスフロア:ファッション・アート・ジェンダーを解放した「クラブ・キッズ」の物語』
ウォルトペーパー(著)
Jun Nakayama(訳)
DU BOOKS
Amazon

Teresa Winter, Birthmark, Guest,A Childs - ele-king

 窓の外を眺めながら、メモを読む。1月末、アメリカは150機以上の軍用機/特殊部隊を投入、ベネズエラの大統領官邸や軍事施設を爆撃。マドゥロ大統領とその妻を拘束、そのまま米軍機でニューヨークへ移送。1か月後の2月末、アメリカとイスラエルは、イラン国内の500カ所以上の目標を一斉に攻撃。ハメネイ師はピンポイントで殺害。イラン側の発表によれば、3月5日の時点で死者は1200人超。スペインのサンチェス首相は、3月4日のテレビ演説でアメリカを非難。スペイン国内にあるアメリカ軍との共同運用基地をイランへの攻撃に使用することを明確に拒否。スペインからの全輸入/貿易を停止するよう指示したトランプ大統領に対し、同首相は「報復を恐れて、世界にとって悪影響を及ぼす行為に加担することはない」と反論。ページをめくる。アメリカ開催予定のワールドカップ。ブラッター元FIFA会長は1月末、同大会の「ボイコット支持」を表明。ドイツサッカー連盟副会長のオケ・ゲトリッヒは、W杯のボイコットを真剣に検討すべきときが来たと語る。インファンティーノ現FIFA会長は、昨年、トランプ大統領にFIFA平和賞を授与。その賞は、今回初めてもうけられたもの。追記。イラン政府は湾岸/中東の親米諸国に報復攻撃。「徹底抗戦」を表明する。イラン女子代表チームは「女子アジアカップ2026」にて国歌斉唱を拒否。彼女たちはいまでもヒジャブの着用義務が強いられている。
 
 「あなたに平和はありますか?("Do You Have Peace?")」とは、デモのスローガンではない。ブリストルのJabuのレーベルである。このレーベル&コレクティヴは、とくに目立つことはないし、こんなレーベル名を持ちながら、音楽性はハードでもないしラウドでもない。まったく威勢がよくない。そうしたやる気満々の文化からは積極的に離れている。政治的/文化的躁状態とは距離をおいて、DYHPは、内省的かつ静謐な、暗く沈んでいくダブ的音響加工のスロウコアに向かっている。『メザニーン』『マクシンクェーイ』『ダミー』、そして『ヤング・エコー』直系のブリストル・サウンド。フライング・ソーサー・アタックのアンビエントを横目で見ながら、コクトー・ツインズとディス・モータル・コイルのエーテル系ドリーム・ポップを吸収し、21世紀のドローンとダーク・アンビエント、モダン・クラシカルもここに合流している。

 本作、つまりJabuの3人──O$VMV$M/ヤング・エコーのエイモス・チャイルズ、アンチボディのバースマーク、ヤング・エコーのゲスト(ジャスミン・バット)──、そしてリーズからやって来た神秘的な音楽家、テレサ・ウィンター(〈The Death Of Rave〉からの諸作で知られる)を加えた計4人によるセッション音源には、半開きになったカーテンの、窓の外から月光が部屋を照らす床の、ひんやりとした感覚までも伝わってくるような親密さがある。

 わかっただろう? 立ち上がるな。寝転べ。

 それにしてもだ。これがギグの後の「一夜限りのレコーディング」であり、オーヴァーダブ/編集なしの、即興演奏の実況録音であったことが信じられない。計4曲には、ゆっくりと霧状に広がるその儚いサウンドの魅力が漂っている。時間が経つにつれ、4人はより深いムードのなかに入っていく。眠たげに混ざり合う彼女たちの歌声とベース、ドローン、スローモーション、シロップのようなリヴァーブ……催眠的な領域がアルバムの後半には待っているが、心配無用、演奏は、最後まで崩壊することはない。
 意図的な情報の遮断、重力のない夢。このアルバムは、世界の混沌とは精神的な距離をおいて、リスナーをあらゆるものから解放された、どこか別のところに連れていくだろう。言うまでもないことだが、この即興性、不透明さ、幽霊のようなため息は、今日の文化的躁状態に対する、いかにもブリストルらしいロマン主義的対応である。

 こうしたダークサイドは、スコットランドのグラスゴーにも広がっている。昨年レーベル・コンピをリリースした〈blush〉、夜のしじまのジャズ・アンビエントを特徴とする〈Night School〉、それから〈Somewhere Press〉も面白い作品を出している。つい先日は、民話やフォークロアをテーマにしたコンピレーション『The Black Hill, The Glass Sky』が話題になっているが、このプロジェクトにもテレサ・ウィンターは参加し、1曲提供している。そして、「エロイーズ・ベネット(イギリスの現代美術の研究者)の“場所と音響”に関するテキストへの、アーティストからの集団的なアンサー」としてまとめられたそのアンソロジーのコンセプトは、"Haunted landscape"、すなわち「かつてそこにいた人びとの気配や記憶が染み付いている風景」という「ホーントロジー(失われた場所の記憶)」にある。いかにもUKらしい、あらたな「音の生態系」なのである。

 作戦成功。彼は発見した。邪魔物は「ただ消せばいい」。会話は必要なし。我々には力がある。笛を吹くな。ルールなどないのだから。……暗くなるのを待とう。ワインとシガーは用意した。ひっそりと、この音楽的対話を、静かに楽しもうじゃないですか。床に座って。

 

Jeff Mills with Hiromi Uehara and LEO - ele-king

 ジェフ・ミルズが手塚治虫「火の鳥 未来編」からインスパイアされ、完全オリジナル作品を制作することになった。一夜限りの公演として実現されるその作品では、3D技術を駆使した特別な演出がなされ、ゲストとしてジャズ・ピアニストの上原ひろみ、箏奏者のLEOを迎える。
 公演日は5月17日(日)。会場は、高輪ゲートウェイ駅に新しくできるミュージアム「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」(3月28日開館)内のスペースのひとつ、地下にある「Box1000」。チケットの先行発売は本日3月11日18時より。

ジェフ・ミルズ presents
原作=手塚治虫「火の鳥 未来編」一夜限りの特別公演

3月11日(水)18時よりチケット特別先行販売開始
出演者からのコメントも到着

時空を超えて蘇るサウンドスケープ
火の鳥 ー エレクトロニック・シンフォニカ ー
Special Guests 上原ひろみ and LEO

2026年3月、TAKANAWA GATEWAY CITYに新たに開館する文化の実験的ミュージアム「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」。その開館記念プログラムとして5月17日(日) に開催する『ジェフ・ミルズ presents 火の鳥 ーエレクトロニック・シンフォニカ ーSpecial Guests 上原ひろみ and LEO』のチケットが3月11日(水)18時より特別先行販売されます。
限定枚数の指定席は、本公演書下ろし楽曲収録のピクチャー盤LP【Jeff Mills / Phoenix - Future】がセットになったSチケットと、ピクチャー盤LPと限定Tシャツに加え、公演後のジェフ・ミルズサイン会への参加特典がついたプレミアムチケットとなります。

先行販売リンク:https://w.pia.jp/t/mon-jeffmills/
プレミアムチケット(2階指定席)25,000円 ※ピクチャー盤LP+限定Tシャツ+Jeff Millsサイン会参加券
Sチケット(2階指定席)18,000円 ※ピクチャー盤LP付き
Aチケット(1階スタンディング)10,000円
U25チケット(1階スタンディング)7,000円

本公演は、手塚治虫の代表作「火の鳥 未来編」に着想を得て、ジェフ・ミルズが制作する完全オリジナル作品。「永遠の命」や「輪廻転生」という壮大なテーマを軸に、物語を音楽で紡ぎ出します。
共演には、世界的ピアニスト・上原ひろみと、箏の次世代を担うLEOを迎え、エレクトロニック、ピアノ、伝統楽器が交錯する唯一無二のアンサンブルを披露。原作が持つ普遍的なメッセージを、現代の新たな「音の物語」として描き出します。
壮大な音のコラボレーションとともに公演を盛り上げるのは、この日限りの映像と3D技術を駆使しした特別な演出。売り切れ必須な一夜限りの奇跡のステージを、ぜひ新施設「MoN Takanawa」でご体感ください。

<Jeff Millsコメント> 総合プロデュース、エレクトロニクス、パーカッション
環境の相転移と手塚治虫の、一見遊び心のあるイメージこそが、私たち人間がそれを表現する最良の方法だ。『未来編』の物語のように、そこには希望を指し示す要素が確かに存在する。

<Special Guest 上原ひろみコメント> ピアノ
「火の鳥」の世界観の中、ジェフ・ミルズさんが、私、そして箏のLEOさんと創る宇宙、今からとても楽しみです。新しい美術館の匂いを感じながら、その瞬間にしか生まれないものを掴みに行きたいと思います。

<Special Guest LEOコメント> 箏
ジェフ・ミルズさんが描く壮大なサウンドスケープの中で、箏という楽器の音がどのように響くのかとても楽しみです。上原ひろみさんと同じ舞台で「火の鳥」の物語を音で紡げることを光栄に思います。

イベント詳細:
MANGALOGUE(マンガローグ):火の鳥連携企画
ジェフ・ミルズ presents 火の鳥 ーエレクトロニック・シンフォニカー
Special Guests 上原ひろみ and LEO

手塚治虫「火の鳥 未来編」に着想を得て、ジェフ・ミルズが制作する一夜限りの完全オリジナル公演。永遠の命、輪廻転生をテーマに据え、火の鳥の物語を壮大な音楽で奏でる。

【日程】2026年5月17日(日)
【会場】Box1000
【原作】手塚治虫「火の鳥 未来編」
【主催】MoN Takanawa: The Museum of Narratives、TBS
【企画制作】Axis Records、U/M/A/A Inc.
【企画協力】手塚プロダクション

チケット販売スケジュール詳細:
<抽選販売>
チケットぴあ:ぴあ特別先行販売:3月11日(水)18時00分~3月15日(日)23時59分
チケットぴあ:いち早プレリザーブ:3月18日(水)18時00分~3月22日(日)23時59分
抽選販売リンク:https://w.pia.jp/t/mon-jeffmills/
<先行販売>
【公式】MoN Takanawaチケット(会員限定):3月27日(金)10:00
MoN Takanawa公式プレイガイド ゲスト販売(Fever):3月27日(金)10:00
先行販売リンク:https://montakanawa.jp/programs/jeff_mills/
TBSチケット:3月27日(金)10:00
先行販売リンク:https://tickets.tbs.co.jp/jeff_mills/

チケット価格:
プレミアムチケット(2階指定席)25,000円 ※ピクチャー盤LP+限定Tシャツ+Jeff Millsサイン会参加券付き
Sチケット(2階指定席)18,000円 ※ピクチャー盤LP付き
Aチケット(1階スタンディング)10,000円
U25チケット(1階スタンディング)7,000円

<Jeff Millsプロフィール>

1963年アメリカ、デトロイト市生まれ。
現在のエレクトロニック・ミュージックの原点ともいえるジャンル“デトロイト・テクノ”のパイオニア的存在。
マイアミとパリを拠点に1992年に自ら設立したレコードレーベル<Axis(アクシス)>を中心に数多くの作品を発表。またDJとして年間100回近いイベントを世界中で行っている。
ジェフ・ミルズの代表曲のひとつである「The Bells」は、アナログレコードで発表された作品にも関わらず、これまで世界で50万枚以上のセールスを記録するテクノ・ミュージックの記念碑的作品となっている。

エレクトロニック・ミュージック・シーンのリーダーでありながら、クラシックやジャズなど様々なジャンルの音楽界に革新を起こす存在としても世界の注目を浴びている。2005年初演、ミルズの代表曲をクラシック化したオーケストラ作品Blue Potentialを始め、日本人で初めてスペースシャトルに宇宙飛行士として搭乗した、日本科学未来館元館長の毛利衛氏との対話から生まれた作品「Where Light Ends」や、ミルズがクラシック用に書き下ろした作品「Planets」が日本でも公演されている。音楽のみならず近代アートのコラボレーションも積極的に行っており、パリ、ポンピドゥーセンターやルーブル美術館内でのアートインスタレーション、シネマイベントなど数多く手掛けている。
最近では、アフロビートの先駆者、トニー・アレンとの共演から始まったインプロビゼーションプロジェクトのTomorrow Comes The Harvest はキーボード、タブラ、フルートなど多彩なミュージシャンとともに精力的に全世界をツアー中である。
このような活動が評価され、2017年にはフランス政府よりオフィシエの称号を元フランス文化大臣のジャック・ ラングより授与された。
またコロナ禍中には、若手テクノアーチスト発掘支援のためThe Escape Velocity (エスケープ・ベロシティ)というデジタル配信レーベルを設立。60作品をリリースし、若手アーチストにコミュニケーションと発表の場を与えるのに貢献した。
www.axisrecords.com
https://twitter.com/JeffMillsJapan
https://www.facebook.com/JeffMills
https://www.instagram.com/jeff_mills_official/
https://linktr.ee/jeffmills

<上原ひろみプロフィール>

1979年静岡県浜松市生まれ。16歳の時にチック・コリアと共演。1999年バークリー音楽院に入学し、2003年ジャズの名門テラークより『Another Mind』で世界デビュー。2008年チック・コリアとのアルバム『Duet』を発表。2011年には『スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ』で第53回グラミー賞「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」を受賞。2016年上原ひろみザ・トリオ・プロジェクト feat. アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップスとしてのアルバム『SPARK』がアメリカのビルボード・ジャズ総合チャートで1位を記録。2021年「東京2020オリンピック開会式」に出演。2023年映画『BLUE GIANT』では音楽監督を務め、第47回日本アカデミー賞「最優秀音楽賞」を受賞。9月には新プロジェクトHiromi’s Sonicwonderとしてのアルバム『Sonicwonderland』をリリース。アメリカの放送局NPRが企画する人気プログラム「Tiny Desk Concerts」にも出演し話題となった。ニューヨーク・ブルーノートでは日本人アーティストとして唯一20年以上も公演を成功させている。2025年にはHiromi’s Sonicwonderとしての最新作『OUT THERE』をリリース。

<LEOプロフィール>

1998年生まれ。ジャンルを超えたボーダレスな活動で注目を集める箏奏者。
9歳より箏を始め、カーティス・パターソン、沢井一恵の両氏に師事。16 歳でくまもと全国邦楽コンクールにて史上最年少・最優秀賞・文部科学大臣賞受賞、その後東京藝術大学に入学。「情熱大陸」「題名のない音楽会」「徹子の部屋」など多くのメディアに出演。
読売日本交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団などオーケストラとの共演も多く、2024年にはヨーロッパに招聘されウィーン・コンツェルトハウス、スロヴァキア・フィルハーモニーで現地楽団と共演し好評を博した。
また、箏奏者として初めてブルーノート東京や、SUMMER SONICにも異例の出演を果たしている。
2025年にリリースされた最新アルバム『microcosm』では、フランチェスコ・トリスターノやU-zhaan、林正樹、LAUSBUB、坂東祐大、網守将平、梅井美咲など国内外の多様な音楽家との共演・共作を行うなど、実験的なコラボレーションに積極的に取り組んでいる。
出光音楽賞、神奈川文化賞未来賞、横浜文化賞文化・芸術奨励賞受賞。

<関連公演>

■プログラム概要/チケット情報

MANGALOGUE(マンガローグ):火の鳥
50年前マンガの神様・手塚治虫が、予言し創造した世界「火の鳥 未来編」が2026年、最先端のライブ空間MoN Takanawaで、新たに着彩された原稿、豪華キャストたちとともに、最新のイマーシブ・物語体験として蘇る。

【日程】2026年4月22日(水)~5月16日(土)
【会場】Box1000
【主催】MoN Takanawa: The Museum of Narratives、TBS
【企画制作】MoN Takanawa: The Museum of Narratives、TBS、Bascule Inc.
【原作】手塚治虫「火の鳥 未来編」
【制作協力】手塚プロダクション

大友良英スペシャルビッグバンド - ele-king

 15年を長いと見るか短いと見るかは人によって様々だと思うが、少なくともいまの若者たち、たとえば中学生には15年前の記憶がない。わたし自身、音楽を自覚的に聴くようになったのは14歳の頃だと思うから、いまあの頃の自分のような人間が背伸びしてアヴァンギャルドな音楽を聴いているのだとしたら、そのリスナーには東日本大震災発生時の記憶がないことになる。そう、3.11から15年の歳月が経過した。決して短くない時間が経った。そしてこの間、世界ではさらなる災厄、さらなる惨禍がもたらされてきた。だが時の流れとともに少しずつ積み重ねられてきた物事もある。15年前には思いもよらなかったような「希望」を鳴らす人たちもいる。大友良英率いるスペシャルビッグバンド(OSBB)はそのような響きでわたしたちに未来について考えさせる。

 もともとは劇伴が出発点だった。2013年に放送された連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽を手掛けるためにOSBBのメンバーは集められた。そこに至る経緯を手短に振り返っておきたい。大友良英はゼロ年代の中心的なプロジェクトのひとつだったニュー・ジャズ・オーケストラ(ONJO)を2009年に休止した。その後軸足を移したのは、相前後して進行していた音遊びの会への参加(2005年〜)やアジアン・ミーティング・フェスティバルの開催(同)、インスタレーションの試み(同)、FENの結成(2008年)、ONJTの始動(2009年)、ダブル・オーケストラの立ち上げ(2010年)といった複数のプロジェクトだった。それらのいくつかは「アンサンブルズ(=アンサンブルの複数形)」をキーワードに展開していった。そうしたなかで2011年、3.11を契機にプロジェクトFUKUSHIMA!へと活動の比重が傾くことになる。そこでは阪神・淡路大震災の発生から15年後の神戸を舞台としたドラマ『その街のこども』(2010年、音楽は大友が担当)を参照しながら活動したという。

 3.11以後の大友の活動は「アンサンブルズ」がますます重要なコンセプトとなっていった。というより、一般の参加者と制作するインスタレーションからアマチュアを交えたオーケストラまで、誰かひとりが中心となるのではない、様々な来歴の人びとと共同作業をおこなう「アンサンブルズ」の試みが、3.11以後の混乱した社会において文化活動をおこなう上で大きなヒントとなったのだと思う。そして2013年、『あまちゃん』の音楽を任されることになった大友は、2年前に「アンサンブルズ・パレード/すみだ川音楽解放区」で知り合ったチャンチキトルネエドの全メンバーが合流する形で、劇伴のためのスペシャルビッグバンドを結成した。

 通常であればドラマが終われば劇伴バンドも解散するものだが、スペシャルビッグバンドは活動を継続した。正確には2013年をもって「あまちゃんスペシャルビッグバンド」は解散し、OSBBとして再出発を果たした。大友はOSBBについて「ONJOの続きができるかもしれないと思った」と語ったことがある。後期ONJOではジャズ・ミュージシャンだけでなく、いわゆる音響的な即興演奏家やアジア近隣諸国の実験的音楽家、音遊びの会のメンバーなど、非ジャズ・ミュージシャンが参加するようになっていた。そのようにONJOで垣間見られた「ジャズ経験者以外の人たちによるジャズ」の可能性を、OSBBに見たのだという——チャンチキトルネエドのメンバーはクラシックの素養を持つ藝大卒の演奏家たちだった。新宿ピットインがオープンから50周年を迎えた2015年、OSBBはファースト・フル・アルバム『Live at Shinjuku PIT INN』をリリース。『あまちゃん』の劇中曲も含みつつ、チャーリー・ヘイデンやエリック・ドルフィーなど、ONJO時代のレパートリーを新たな解釈で演奏してみせた。コロナ禍に見舞われた2022年には初のスタジオ・アルバム『Stone Stone Stone』を発表し、多数の気鋭ゲストを交えるとともに「あまちゃんバンド」から脱した新たな段階に到達したことを示した。

 さらに2024年、OSBBは初の欧州7カ国を巡るツアーを敢行。楽曲の演奏だけでなく、指揮を駆使して即興的なアンサンブルを創出するという大友が長年取り組んできた試みをバンド・メンバー全員が入れ替わりで指揮者となる形で導入し、唯一無二のラージ・アンサンブルへと成長を遂げた——その記録は翌年にライヴ盤『Live at Cafe OTO 2024』として世に放たれることになる。そして勢いを増したOSBBが新たに挑んだのが、組曲『そらとみらいと』のレコーディングだった。同組曲はもともと指揮者・佐渡裕からの委嘱を受けて大友が作曲、江藤直子、加藤みちあき、荻原和音が編曲し、阪神・淡路大震災から30年の節目となる2025年1月に兵庫芸術文化センター管弦楽団によって初演された25分ほどのオーケストラ作品だった。それをOSBBがあらためて編曲し、50分近くにおよぶ大作へと発展させた。

 『そらとみらいと』は3つの楽章から成っている。第1楽章「レクイエム」は場を鎮めるような鈴やおりんの静謐な響きから幕を開ける。じっくりと時間をかけながら、次第に管楽器の持続音やピアノの打音などが重なり、徐々にクレッシェンドしていく。美しいハーモニーが形成されると、ふっと音が消え、木管楽器が穏やかな速度で印象的なメロディを奏で始める。近年の大友良英のレパートリーとなっている「空が映えた2022年11月18日水曜日」をベースとしたじつにシンプルなメロディだ。大きく深呼吸するようにメロディが繰り返され、ピアノやギターがまるで浮遊する魂のごとく漂うと、低音が力強いリズムを刻み始め、ドラムやパーカッションも入り、アンサンブルが豊かな厚みを増していく。続く第2楽章「Life」は指揮による集団即興のパートだ。ここでは佐渡裕がゲスト指揮者として参加している。強烈なアタック、不定形なサウンドの変容、突如として流れ出すリズミカルなビート。自在に変化するアンサンブルはカオティックにもなればときには調和をも生み出す。大友のノイズ・ギターが炸裂する一方、ストレンジなグルーヴで身体を揺さぶりもする。いまここで生まれ落ちた剥き出しの音楽。そして第3楽章「祭りと空と」で16分を超える壮大なクライマックスへと向かう。「福島わらじまつり」の笛のフレーズを取り入れた祭囃子から始まり、骨太なベースを合図に即興的アンサンブルが躍動し始めると、第1楽章で聴いたあの印象的なメロディが、今度は希望に満ち溢れた晴れやかなサウンドで高らかに奏でられる。同一のメロディがこれほど変わるのかと驚いた。さらにそこに大河ドラマ『いだてん』のメインテーマから引用したメロディが紛れ込み、記憶を撹拌するようにコラージュされた、しかし有機的なビッグバンドのアンサンブルが、祝祭の興奮を高めるようにして場を盛り上げていく。ピークに達したところで一転、穏やかなメロディへと切り替わるが、そこからさらに祭囃子を経て奇怪な音色が暴れ出し、最後は三三七拍子で大団円を迎えるのである。ラスト・トラックの「Epilogue」では「福島わらじまつり」のフィールド・レコーディングと思しき響きが幻影のように姿を現し、そこに被さるように音頭のリズムが奏でられ、あたかも終わらない祭りが延々と続くかのようにフェードアウトしていく。

 「鎮魂、即興、そして祭り」がテーマだという。それは大友良英がとりわけ3.11以後に力を入れてきた活動の足跡でもあるだろう。その意味で『そらとみらいと』はまさに集大成と言っていい作品だ。だがたんに大友の個人史がまとめられたというわけではない。彼の活動そのものがつねに社会と接してきたからである。ではその活動とはどのようなものであったのか。大友は2025年10月18日に放送された『JAMJAMラジオ』のなかで、ゼロ年代半ば頃に現在へと繋がる「原点」が生まれたと説明しつつ、その後の活動について「コミュニティ運動」という言葉で振り返っている。誰かひとりが全ての決定権を持つのではなく、あるコミュニティのなかで、プロフェッショナルもときにはアマチュアも交えて協働し作品を制作することを繰り返してきたのだと。それはたとえば音遊びの会で知的な障害のある人たちとワークショップをおこなうことであったり、山口情報芸術センターや水戸芸術館でそれぞれの地域の人たちとコラボレートしながらインスタレーションを制作することであったり、プロジェクトFUKUSHIMA!で見知らぬ人びとと盆踊りを踊ることであったりしただろう。2015年から始まったアンサンブルズ東京では市民参加型のワークショップで指揮による集団即興の試みをさらに発展させていった。そのように社会と接する様々なコミュニティにおける協働なくしては、『そらとみらいと』も生まれなかったのではないか。

 3.11の記憶を持たない世代は時を経るにつれて増えていく。いかにして記憶を継承するかということがいまを生きるわたしたちの課題である。もちろんそれだけを取るならば手段は様々にあるだろう。言葉、映像、モニュメント——音楽はどちらかというと記憶を形として残すことには不向きで、鳴り止めば空中に消え去って忘れられてしまう。だが音楽を聴くには一定の時間が必要であり、裏を返すなら、わたしたちは音楽を聴くことによって何がしかを感じ取り考えるための時間を確保できる。『そらとみらいと』を聴きながら、たとえ当時の記憶がなかったとしても、3.11とそれ以後に起きた様々な出来事について思いを巡らすことができる。未曾有の大震災から15年ほど経ってこのような響きが生み出されたのだ。さらに15年後の未来にはどのような空が広がっているだろうか——。

Dual Experience in Ambient/Jazz - ele-king

 原雅明著『アンビエント/ジャズ』をきっかけにはじまり、狛江の野口晴哉記念音楽室(全生新舎)で開催されている好評のリスニング・シリーズ、「Dual Experience in Ambient/Jazz」。第2回の詳細が明かされまました。今回のゲストは岡田拓郎。シカゴのシアスター・ゲイツ率いるザ・ブラック・モンクスの作品を起点に、さまざまな音楽の「繋がり」や「振幅」を聴いていく会になるとのこと。ご予約は全生新舎のインスタグラムから。

Dual Experience in Ambient/Jazz

拙著『アンビエント/ジャズ――マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』をきっかけに始まったリスニング会です。初回は、バーラウンジでのアンビエント/ジャズの記録であるロブ・マズレクの『Alternate Moon Cycles』(Internaional Anthemがリリースした最初のアルバム)からスタートして、月光茶房の原田正夫さんとシカゴの音楽を聴いていきました。偶然にも、来日中のシカゴ出身のアーティスト、シアスター・ゲイツさんが立ち寄ってくれました。
そして、2回目となる今回は、ゲイツさんの「アフロ民藝」からもインスパイアされた新譜『Konoma』をリリースされた岡田拓郎さんをお招きします。『Konoma』と、ゲイツさん率いるザ・ブラック・モンクスの新譜『Westside Kingdom』と『1965: Malcom in WInter / Walk with Me』を中心に、今回も関連する音楽の「繋がり」と「振幅」を聴いていきます。
(原 雅明)

Dual Experience in Ambient/Jazz
2026年4月4日(土)
野口晴哉記念音楽室
open 16.00 start 17.00
¥3000(+1d order制)※Limited seatings reservation only
Masaaki Hara
Takuro Okada

ご予約は、全生新舎のInstagramにメッセージにて

岡田拓郎
1991年生まれ、東京都福生市出身。音楽家/プロデューサー。ギター、ペダルスティール、シンセサイザーなどを操り、スタジオとライブの双方で音の探求を続ける。2022年には即興演奏を編集構築したアルバム『Betsu No Jikan』、2025年11月にはLAのレーベルTemporal Drift、In Sheeps Clothingより、ブラック・アートの美学と日本の民藝運動に着想を得た『Konoma』リリース。

原 雅明
2025年に『アンビエント/ジャズ――マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』(Pヴァイン)を上梓。レーベルringsでは、レイ・ハラカミの再発やInternaional Anthemなどのライセンス・リリースも手掛ける。2026年3月25日には菊地雅章のエレクトロニック・ミュージック「六大」シリーズ(『地』『水』『火』『風』『空』『識』)を再発。
https://linktr.ee/masaakihara

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