「Noton」と一致するもの

前野健太とDAVID BOWIEたち - ele-king

 前野健太は大声で歌っていた。キャバレーの跡地に集まった人たちは、それぞれにごくふつうの、しかしどこかいびつな、一度きりの人生を持ち寄って、彼の歌を聴いていた。ある意味においては、それ自体が人生の寄り道というべきものだが、その音楽の前で泣く者もいれば叫ぶ者もいたし、私はといえば、前野がしゃべる度に笑い、彼の歌を聴きながら、やはり、何度か泣いた。そして、すべての素晴らしい時間がそうであるように、その情熱的な夜もあっという間に過ぎていった。

 まだ17時を迎えるかどうかの新宿歌舞伎町には、昼という健康的な時間帯の気配が少し残っていた。私は、正体を隠したその街の、けばけばしい夜の俗っぽい姿を想像しながら、目的の場所に向かった。風林会館の5階、ニュージャパンと名のついたキャバレーの跡地だ。その街並みに、少しだけ昔を思い出していた。私が学生時代を過ごした街にも、その地方で有名な巨大繁華街があったのだが、そこにあったのが夢だったのか、なんだったのか、いまだによく分からない。あの街の大元、本家本元ともいえるこの街の住人にとって、風林会館がどういった意味を持つ建物なのか、私はいっさい知らないが、ある時代の象徴として残されたのだとしても不思議ではない、そんな空気を持った場所だった。おそらくは多くの夢が語られ、愛が騙られ、叶えられることのなかったたくさんの約束が交わされたのであろう、その場所は、色あせた熱気の余韻をほんの少しだけ漂わせ、現在では興行用の貸しスペースとして使用されているという。

 一緒に行くはずだった野田編集長から急に都合がつかなくなった旨の連絡を受け、話し相手もいなかった私は、その場所に集まった人たちを眺めていたのだが、筆者と同年代、つまりは20代の客がほとんどだったように思う。男女比も同程度で、イケてるのもいれば、あまりパッとしないのもいたし、美人もいれば、そうでないのもいた。そして、素晴らしことに、カップル連れが多かった。皆、街を歩いていればお互いを気にすることもなさそうな、平たく言えばごくふつうの人たちに見えた。文庫を読む人、雑誌を読む人、スマートフォンでSNSをいじる人、連れと談笑する人、アルコールを淡々と飲む人......皆、思い思いの方法で開演を待っていた。それぞれの人生の続きに、前野健太の歌を待っていた。

 そして、前野健太とDAVID BOWIEたちは、定刻通り、興行用の低いステージに現れた。ホストを意識してきたという、襟を立てた白シャツのボタンを3つか4つほど外した前野と、同色のダーク・スーツで揃えたバンド・メンバーたち。冗長性や無用な文学性を排し、下ネタと直截による通俗性に徹してきた彼らにとって、生々しい欲望の臭いがしみ込んだその会場は、慣れ親しんだホーム・コートのようだった。「ライク・ア・ローリン・ストーン、ライク・ア・ローリン・ストーン、ライク・ア・ローリン・ストーン」......"石"の身軽な疾走と、DAVID BOWIEたちのタイトな演奏と、印象的なリフレインで、そのショウは始まった。早々と高まってくる意識の脇で、『トーキョードリフター』に寄せて自分が書いたことをぼんやり思い出していた。気取った言い回しが多かったかもしれないが、それは要するに、どんなミュージシャンであれ、いい時もあれば悪い時もあるし、前野にはそれを隠さず、無様ではあっても堂々と歌い続けてほしいという、駆け出しのライターからの生意気なメッセージだった。

 早々に白状してしまうが、私はこの日、ライヴのレポートを書くか、ただ一人の客として観るか、編集部ともとくに決めていなかったので、いちいちメモも取っておらず、細かいセットリストは覚えていない。が、曲の終わりや間奏に前野がギターをめちゃくちゃにかき鳴らすアップな曲も、弾き語りに近い形で情熱的に歌い上げられる甘いメロディも、私の心を強く打った。月並みな感想になるが、はっきり言って、どのスタジオ録音よりも素晴らしかったし(前野の名誉のために、"ヘビーローテーション"の弾き語りサービスがあったことは内緒にしておこう)、最後まで最初のバンド編成でも自分は満足したと思うくらい、演奏には気合が入っていたが、途中、演奏メンバーは何度かチェンジした。前野のソロ弾き語り、ゲストに石橋英子を迎えての"ファックミー"、また、前野が引っ込み、石橋英子とDAVID BOWIEたちになる時間帯もあったのだが、4人が即興で披露した"青パパイヤ(歌舞伎町ver.)"は、まるでROVOのような、ミニマルなトランス・ロックの豪快なセッションだった。

 意外、と言ったら失礼か。前野のMC、曲間の立ち振る舞いが上手いことには驚いた。客の煽りを右から左に適当に受け流し、ときにボソッと応え、いじり・いじられる様は、それだけでじゅうぶんに笑えた。フロアには笑顔が多かった。あるいは、そう、"豆腐"で、「これが幸せというやつなんだ」と声を荒げ、苛立ったように歌う前野を見れば、古市憲寿ももしかしたら分かったかもしれない。私たちは別に、この先上向きそうもない今の生活に心から満ち足りているわけではない。それを否定してしまってはほとんど何も手に残らないことを見越したうえで、それぞれに与えられたそれなりのサイズの人生を、それぞれの立場で謙虚に受け入れているだけだ。そう、その夜、キャバレーの跡地に集まった人たちは、それぞれにごくふつうの、しかしどこかいびつな、一度きりの人生を持ち寄って、彼の歌を聴いていた。ある意味においては、それ自体が人生の余計な寄り道というべきものだが、そこで泣く者もいれば、叫ぶ者もいた。終盤、前野の声は何度か裏返っていたが、どんなにフレンドリーな空気のなかでも、それを笑うものはいなかった。ショウの最後まで、音が鳴りやまないうちに割れそうな拍手が沸き起こったり、聴き入ったフロアの客が、前野が拍手を求めるまで立ち尽くしたりする、そんな状況が続いた。

 繰り返すが、このあたりは聴き入っていたので記憶がハッキリしない。アナログフィッシュが登場してのツアー表題曲、"トーキョードリフター"は、手短ではあるが強烈なフックのあるイントロのリフが鳴った時点で、この日もっとも会場がわいた曲のひとつだったが、アンコールも含めた終盤はとにかくクライマックスの連続だった。"マン・ション"、"友達じゃがまんできない"、"18の夏"、"天気予報"、そして、"東京の空"。ダブル・アンコールに応えた途端にステージから素で落下したときはどうなるかと思ったが、会場の中央に残された花道で歌った、アンプもセクシー・リバーブもなしの生歌"あたらしい朝"は、過去と未来のあいだのどこかにある、グレーゾーンとしての現在を不恰好に生きる、私たちや、新宿の夜を生きる誰かの営みへの想いとして、あれからもうじき一年になるいま、もしかしたら特別な意味を持った曲だっただろうか。またその前後、「いろいろやばい状況なわけですが、歌は作っていきますので」と、思わず口をついて出たひと言は、この夜、もしかしたら言わないと決めていた類のものだったかもしれない。

 しかし、すべてをやり通し、関係者と、完売したチケットを握って会場に集まったファンに何度も頭を下げる前野の姿からは、感謝や、戸惑いや、充実感や、この夜3時間近くかけて溶かした不安の重さが感じられた。思いどおりのリアクションがフロアからもらえなかったり、思わぬツッコミに演奏を何度も止めたり、花道を平行移動するマイクに前歯をぶつけたり、すでに述べたが、最後の見せ場でステージから落下したり、お世辞にもヒーローといった立ち振る舞いではなかった。そう、この夜の前野は、まさに転がる石のようだった。最初はここに、「昭和のグランドキャバレーに宿る亡霊たちがこのライヴを観たら、どんな反応をしただろう?」なんてことを、もっともらしく書こうと思っていたのだが、やめた。そんな「たら・れば」は必要ない。前野はこの夜、いまの時代をそれぞれのサイズで生きようとする観客たちから、惜しみない拍手を浴びていた。それ以上の評価はおそらく、ない。この次、また前野のライブに行ける機会があれば、私は恋人を連れて行こうと思う。

Ital - ele-king

 「この街にストリッパーはもういない~」と三上寛も歌っているように、高校生のときに初めて行った清水のストリップ劇場はもうとっくにない。16か17のときだったから、30年以上も前の話だが、ぼんやりとした淫靡な風景はいまでも思い出せる。あの時代のセックス・ワーカーには独特の温かさがあった......。

 セックス・ワーカー名義でロサンジェルスの〈ノット・ノット・ファン〉から2枚の冷たいアルバムを発表したダニエル・マーティン・マコーミックは、レーベル傘下のダンス専門〈100%シルク〉からはアイタル名義のシングルをリリースすると、それが瞬く間に評判となった。『ハイヴ・マインド』はロンドンの〈プラネット・ミュー〉からの、アイタル名義としてはファースト・アルバムとなる。
 〈ノット・ノット・ファン〉周辺のシーンについては、次号の紙エレキングで倉本諒が楽しいレポートを書いてくれているので、ぜひ読んでいただきたい。彼の原稿おかげでサン・アロウやポカホーンティドのドープさと〈ロー・エンド・セオリー〉の享楽性とを(それは別物だと隔てるのではなく)一本の連続性のなかで、ある意味同じ穴のムジナとして聴くことができるようになった。ちなみにロサンジェルスのアンダーグラウンドにおける怠惰な広がりは、この1年でさらにまたもうひとつの表情を見せている。天使の街にはいま......ノイズ、ドローン、ダークウェイヴ、そしてスクリューを通過したハウス・ミュージックがあるのだ。

 『ハイヴ・マインド』はレディ・ガガの"ボーン・ディス・ウェイ"の最初の言葉のサンプリング・ループからはじまる。「ダズン・マター、ダズン・マター、ダダダダダ、ダズン・マター......(たいしたことないわ、たいしたことないわ、たたたたた、たいしたことないわ......」、そしてハウスの太いベースラインが入って、今度はホイットニー・ヒューストンの声がブレンドされる。ガガの声は途切れることなく続く。「ダズン・マター、イフ・ユー・ラヴ・ヒム、ダダダダダ、ダズン・マター、イフ・ユー・ラヴ・ヒム......(たいしたことないわ、彼を愛しているなら、たたたたた、たいしたことないわ、彼を愛しているなら」、コズミックな電子音とパーカッション。これはコズミック・ディスコのパンク・ヴァージョンである。ダダダダ、ダズン・マター、ダダダダダ、ダズン・マター......。ダダダダダッダダ......ビービビー......、ガガの声は壊れた機械のなかで消える(その壊れ方は、まさにジューク/フットワーク)。
 "Floridian Void"のような曲は、いわばスーサイドの冷たいエレクトロニクスとシカゴ・ハウスとの美しい出会い、そう、ラリー・ハードがマーティン・レヴと一緒にスタジオに入ったような曲だ。美しく、そして狂ったトラック、素晴らしいハウス・ミュージックだ。"Israel"はスモーキーなダブ・ハウスだが、これとてひと筋縄にはいかない。ケニー・ディクソン・ジュニアとセオ・パリッシュの急進的なミキシングを拝借して(たとえばムーディーマンの"アイ・キャント・キック・ディス・フィーリン"の幻覚的なミキシングをさらに過剰に展開しつつ)、サン・アロウの前後不覚のダブともに似た危うい感覚がブレンドされている。クローザーの"First Wave"にはアルバムでは唯一初心者にも優しい4/4キックドラムが入っているが、空間ではスクリューが不気味な気配をもたらし、同時に彼方ではコズミックなアンビエントが展開されている。

 サイケデリックと呼ぶにはクラブのスタイルを借りているが、『ハイヴ・マインド』はダブステップでもミニマルでもエレクトロでもない。ロサンジェルスのインディ・シーンにおいて更新されたハウス・ミュージックである。

Gang Colours - ele-king

 疲れているし、アルコールも体内に流れている。真夜中だし、あたりもぐったりとしている。そんなときにギャング・カラーズなんていう名義を初めて聞いたら、おいおい冗談やめてくれよと言うに違いない。その手のいかめしいギャングスタ・ラップは好きじゃないんだ。ところが、いまやロサンジェルスのコンプトン地区からジェームス・フェラーロが大量のカセットとCDRを発信するように、こうした先入観はあてにならない。ギャング・カラーズを名乗る青年は、ボーズ・オブ・カナダとジェームズ・ブレイクが一緒にスタジオに入ったような音楽を展開する。僕はこの人のアルバムを楽しみにしていた。昨年初めて聴いたときから。

 サウサンプトンといえば、赤白のユニフォームで知られるプレミア・リーグの、毎シーズン残留争いをしているようなチームで、最近はJリーグから李忠成という選手が加入したばかりだ。ブリテイン島の南の海岸沿いにあるその町が"ギャング色"を名乗る24歳のウィル・オザンの地元でもある。ちなみに同郷の先輩にはUKガラージ/2ステップのグループ、アートフル・ドジャーがいる。アートフル・ドジャーはUKではそれなりの影響力と人気のあったグループで、その名前はディケンズの小説『オリバーツイスト』に出てくるスリの名人に由来する。
 ウィル・オザンをジャイルス・ピーターソンに紹介したのはゴーストポエトという話だ。彼の音楽にジャズを感じはしないが、そこにはマーキュリー・プライズにノミネートされた知性派ラッパーからUKクラブ・ジャズ界のボスの気を引くに充分な美しさがある。ガラージの影響下にあるダウンテンポ、クラシカルなピアノ、IDMの手法、ウィッチな気配、霞んで、輪郭のぼやけたR&Bヴォーカル......これをコールドトロニカと呼ぶ向きもあるそうだが、敢えてわかりやすく言おう。ジェームズ・ブレイクの"次"に何を聴けばいいのかと訊かれればこれだと答える。デビュー・シングル「In Your Gut Like a Knife」は下北沢のジェットセットでロングセラーとなったが、僕のその流れで一緒に騒いでいたひとりである。

 アートワークにあるように、彼の作品を特徴づけるのはピアノで、それはエリック・サティ風の、もの悲しくも控えめな佇まいを崩さない。ダウンテンポにおける明確な対位法による旋律を活かしながら、ガラージのビート(14歳の頃からビートを作っていたというが、それこそ地元の英雄、アートフル・ドジャーからの影響だ)、ダブの鈍いベースが室内楽の床に響く。期待していた通りというか、驚きはないが失望もなかった。
 ジェームズ・ブレイクの登場は20年前のトリッキーやポーティスヘッドを思わせると、90年代リヴァイヴァルの文脈で捉え直す人もいるように、ダウンテンポというのはウィッチと親和性の高い音楽性で、UKのお家芸のようなところもある。昨日レヴューしたダイアグラムスも元を辿っていけば20年前のトリップ・ホップに行き着く。これがまあ、時代のモード。スクリューな気分少々である。ダブステップ系で今年に入ってわりと繰り返し聴いているのは、いまのところイラレヴェント、そしてこれ。

The Babies - ele-king

 ワックス・アイドルズ、ヘヴィー・タイムズ、〈ホザック〉の新譜2枚を聴いて、なんと陳腐なのだろうかと一驚を喫した。サンフランシスコなどをみるかぎりでは、ガレージ熱はいまだ冷めやらないようだが、この数年来のガレージ・ブームに連なった各レーベルやアーティストたちは、ともにそれぞれの岐路を迎えつつある。ブームの波を乗りこなした者、ブームの側に消費された者、戦略としてではなく時代の気分として共鳴していた者、あるいはただのガレージ道。じつにさまざまなアーティストたちによって彩られた音楽年表的モメントではあったが、2010年前後にガレージをやることの意味について自覚的だったアーティストやレーベルとそうでなかったものとの差が開きはじめていることを感じた。
 前者にとってガレージの意味や必然性自体はかなり明瞭だというべきかもしれない。彼らには漠然とではあるが反グローバル経済的なモチヴェーションがあり、解体されつつある地域性(USインディという名称が背負う歴史や遺産を考えれば、前世紀において土地がいかに強烈に音のアイデンティティを保証し象徴してきたかということがよくわかる)を保守・再興しようという気分があった。ライヴ志向で地元志向。あきらかにダウンロードできない種類のコミュニケーションを照準として活動していることがみてとれる。ガレージ・パンクというフォーマットはそうしたサイズのコミュニケーションにとても適している。7インチやカセット音源を大量にリリースしたりするのも同様の理由である。取扱い店があればインターネットでの通販も可能だが、飽くまでライヴ会場や地元のレコ屋など手渡しできる範囲が想定されている上、アナログ・メディアだからネット・リーキングの抑止にもつながる。サンフランシスコならば、このガレージ・ブーム以前の地元シーンを覆っていたのがフリー・フォーク......あのスロー・ブームの権化ともいえるムーヴメントであったことを考えあわせれば、伝統的に地域密着型の思考フォームが根強い土地なのだと考えることもできる。
 ヴィヴィアン・ガールズとウッズも、ともにそんなバンドのひとつに数えることができるだろう。バンド演奏をみんなで楽しむというシンプルなライヴ力学を尊重すると同時に、オリジナルなガレージ解釈がある。無邪気なレトロ合戦から突出して、ヴィヴィアン・ガールズはシューゲイズ・マナーでガレージ・ロックをブラッシュ・アップした。c86的な楽曲センスやネオサイケ的に微耽美なドリーム感も、素朴なガレージ・スタイルに厚みを与え、アニコレからやがてはチルウェイヴにつながる新しきサイケデリックの潮流を汲み上げるものとなっている。それだけの含みをレイジーな佇まいと旧式なガレージ・ガジェットのなかにスタイリッシュに隠しこんでしまったところが、とてもクールだったのだ。
 いっぽうウッズは、骨子のしっかりとしたフォーク/カントリー調のソング・ライティングを軸としながら、歌ものの枠をぎりぎり守ってギター・アンビエンスの可能性を伸長した。バンドという形態にいま許された音や演奏とはなにか、ライヴという体験の一回性を大切にしながら、音を生む装置としてのバンドをきわどく抉り出し、見きわめる目がある。もちろん〈ウッジスト〉としてローファイ-シューゲイズの一大コロニーを率い、先の10年が準備し、ここ数年に花開いたサイケデリックを象徴する存在としても記憶されることとなった。

 ザ・ベイビーズは、ヴィヴィアン・ガールズのキャシー・ラモーンと、ウッズのケヴィン・モルビーが中心となってはじめたバンドである。昨年ファースト・アルバムをリリースしている。そして本作は2010年から2011年のデモ音源を6曲収録したものである。これだけ長々とした述懐にはいささか不釣り合いな紹介ではあるが、この6曲、このテイクは素晴らしい。おそらくキャシーとケヴィンのふたりだけで演奏したものと思われる、まったくシンプルな弾き語り、まごうことなきデモだ。曲のスタイルはウッズ寄りのフォーキー・ポップ。粗雑でぬくもりのあるホーム・レコーディング風のプロダクションは、ダニエル・ジョンストンやジャンデックなどを思わせ、アウトサイダー・ミュージック的な佇まいをにじませる。そこに少年のようなケヴィンのヴォーカル、愛らしいキャシーのヴォーカルが交互にあらわれて唱和する。隙間の多い音の、その隙間の分だけ、彼らがともに過ごすという小さな部屋の空気が詰められている。
 ローファイなホーム・デモやただの弾き語りがとてつもなくいいというのは、まさにUSインディが築いた物語だ。そして彼らの弾き語りも堂々たるUSインディの紋章、USインディの化身である。異論はあるかもしれないが、ファースト・アルバムよりもずっといい。ウッズ人脈の課外活動といったスタンスを感じるフル・アルバムに比べて、こちらはふたりで曲作りをはじめたという、その原点に立ち戻ることで、音楽としての強度を回復している。それに、自覚的なガレージ表現を続け、シーンや世のなかのムードに鋭敏な感性を働かせていた者たちが、ベッドルームに戻っていったというストーリーも筆者には沁みる。どの曲もほんとに素晴らしいが、好きなトラックは"トラブル"だ。両者の卓越したメロディ・センス、そしてウッズ流にエクスペリメンタルで、穏やかな情熱を感じさせ、祈りのように上昇するギター・インプロがいつまでも心と眼裏にのこる。

THE GIRL, TADZIOほか - ele-king

 DOMMUNEで「GOTH-TRAD特集」をやった翌日の晩、筆者はブルックリンのライヴハウスにいた......というのはもちろん嘘だが、沢井陽子さんが本サイトでレポートしているようなイヴェントにいた。2月14日、いわゆるヴァレンタインのチョコレートには縁のない筆者と小原泰広は、小雨の降るなか、3組のガールズ・バンドが出演する新代田の〈FEVER〉に向かった。「BATTLE AnD ROMANCE」という名前のイヴェントで、筆者のお目当てはタッツィオである。
 7時になると最初のバンド、THE EGLLE が登場。ヴォーカル&ギター、ベース、ドラマーの3人組のガールズ・バンドで、「グッド・イヴニング」という英語の挨拶からはじまった。音は初期のキュアやデルタ5といった感じで、気だるいミニマルなビートとぺらぺらのギターが暗いムードを誘い、(オーディエンスとコミュニケーションをはかるというのではなく)引きこもりを思わせるヴォーカルが際だっている。〈4AD〉リヴァイヴァルとも重なっている雰囲気もあって、興味深い演奏だった。

 この日の主宰者はきくりんと呼ばれていた21歳の青年で、長州ちから(28歳)という名前のパートナーと一緒にセット・チェンジの合間のDJとMCも担当していた。歌謡曲をかけたり、ヒップホップをかけたり、ハードコアをかけたり、意味がわからなかったが、とにかく陽気で、バカみたいにご機嫌な連中だった。ちょっとオタクっぽくも見えたが、絶えずツイッターをやっているようなタイプではなかったし、どこか20年前の小林を彷彿させた。「BATTLE AnD ROMANCE」の主題は? と訊いたところ「クロスオーヴァーであります」と21歳は語気を強めていたが、それは多くの自由時間をPCの前で過ごしているSNS世代への反発とも受け取れなくもない。

TADZIO

 7時半を過ぎて、ステージにはタッツィオのふたりが登場する。いきなりラウドなノイズ・ギター、そのすぐ横ではドラマーがしっかりとリズムをキープしている。ルックス、そして演奏にもポップとノイズが衝突しているが、実に感覚的なこのバンドが素晴らしいのは、言葉に酔うことを拒むかのような衝動、その威力、その勇気にある。「ブス」「こんにちわ」......闇雲にわめき散らしている彼女たちを観ていると、微笑みがこみ上げてくる。説明よりもノイズが先走る。言葉を口から出す前の、そのうまく言えないもどかしさを音は突き抜けていく。そう、いい感じです。新曲の"3939"は素晴らしいドライヴ感を持った曲で、演奏は後半のほうが良かった。何度もライヴを観ている人に訊いたら、その日の出来は60%ぐらいだったとか。

TADZIO

THE GIRL

 8時を過ぎると日暮愛葉率いるTHE GIRLが出てくる。THE EGLLE と同様に3人組のガールズ・バンドで、ヴェルヴェッツの"フー・ラヴズ・ザ・サン"をBGMに演奏ははじまった。そしてTHE GIRLは......ロックンロールのジェットコースター、ドラムとベースが創出するグルーヴは素晴らしいうねりとなって、オーディエンスをすっかり魅了する。彼女たちの演奏は否応なしに身体を揺らすもので、気持ちをどんどん上げていく。
 THE GIRLを訊いていると筆者は13歳のときにラジオで大貫憲章さんが紹介した"シーナ・イズ・パンク・ロッカー"すなわちロックンロールというものを初めて聴いた夜の気持ちを思い出すことができる。音楽を聴いて、生きていることにわくわくしてくる。それはいつまでも変わることのないファンタジーであり、ロマンスであり、永遠なのだ。

 これだけの圧倒的なステージのあとに出演するバンドは、ちょっと気の毒だった。杏窪彌(アンミン)は台湾人の女性ヴォーカルをフィーチャーしたバンドで、相対性理論を思わせた。MCは中国語と日本語だった。トリを飾ったバンドは、男ふたり組のGAGAKIRISEで、ライトニング・ヴォルトを思わせた。それぞれ個性的なパフォーマンスだったし、GAGAKIRISEは迫力満点の演奏によって、今後おそらくもっともっと知名度を上げていくだろう。
 しかしこの晩に限って言えば、誰が何と言おうとチャンピオンはTHE GIRLだ。久しぶりにロックンロールで踊り、筆者は彼女たちのロックンロールにプラトニックな恋に落ちたのである。

THE GIRL

DUBSTEP会議 - ele-king

DOMMUNE初登場のゴストラッドが語る「DUBSTEP」!
去る1月にニュー・アルバム『ニュー・エポック』をリリース、ただいま全国ツアー中の日本におけるダブステップのキーパーソンがすべてを話します!!

2012/2/13(月)
出演:GOTH-TRAD、100mado、Yusaku Shigeyasu (ALMADELLA)、他
司会:野田努

DJ:BACK TO CHILL feat. 100mado、ena、GOTH-TRAD

https://www.dommune.com/reserve/2012/0213/

Cloud Nothings - ele-king

 スティーヴ・アルビ二起用の理由は「部屋で録った感じにしたかった」からだそうで、これはじつに正しいアルビ二理解であると思うし、インディ・ロックにおける若い世代の感性や音に対するスタンスを象徴するような言明であると感じる。ビッグ・ブラックが好きだから、シェラックが好きだからという類いの、ただのアルビ二信仰が彼を本作のプロデューサーに迎える動機であったとすれば、もとよりクラウド・ナッシングスにここまでの脚光を浴びるようなポテンシャルはなかった由である。ニルヴァーナすら「ちゃんと聴いたことはない」という90年代生まれがいまスティーヴ・アルビ二に求めるものとはなにか。そのカッコ埋め問題の解答として「部屋で録った感じ」というのはなんとも的確で痛快だ。そしてまたチルウェイヴという世界中のベッドルームをつなぐミクロかつグローバルな音楽ムーヴメントがまさに時代の気分であることを証すエピソードでもある。

 さてクラウド・ナッシングスの3枚目となる『アタック・オン・メモリー』が高い評価をもって迎えられている。すでに触れたように、プロデューサーとしてグランジ・サウンドをつくりあげたレジェンダリー・エンジニア、スティーヴ・アルビニを起用したことが大きく話題になっており、実際に冒頭の"ノー・フューチャー/ノー・パスト"などは硬質で殺伐とした、アルビニ自身のプロジェクトを彷彿とさせる仕上がりで素直に驚いてしまった。ソング・ライティングにおいても若干の変化がみられ、「いたるところフック」といった感のきわめてキャッチーな直球ガレージ・ポップは、暗鬱としてダウン・ビートな曲調に姿を変えている。「いたるところ灰色」、ジャケット・デザインさながらである。
 とはいえ、バンドの勢いやアルバム自体が発するオーラにはなんら失速するところはない。むしろ充実した新作だとだれもが認めずにはいられないだろう。実際のところ、1年強ほどのあいだに矢継ぎ早にアルバム・リリースを重ね、そのどれもがリスナーを納得させるクオリティを持っているというのは賞賛に値する。インタヴューを読む限り、「これまでとは違うことがやりたかった」ということだが、それはアーティストであれば誰もが思っていることだ。彼らのように苦悩や研鑽の跡をみせることなくそれを成すのは至難である。というか、彼らはまだ壁になどぶつかってはいない。むしろ自らの可能性の無限にふるえているのである。暗鬱なムードが色濃いとは述べたが、それは自らの音楽性やキャリアをめぐる迷いや葛藤ではない。矛盾するような表現だが、むしろ非常な期待値を含んだ暗鬱さである。才能も無論だが、とにかくいまは何でもやってみたい、そしてそのための力が自分たちにはありあまるほどある、という若さや柔軟さや自信がこの作品の根本にある。我々はその柔らかく伸縮するエネルギーから目が離せないのだ。
 よく聴けばメロディ・メイカーとしてのディランの方法論はほとんど変わっていない。我々の心の青い部分に突き刺さり追い立る、とても美しい旋律を携えている。"ステイ・ユースレス"など、アルバム後半にはこれまでの彼ららしい楽曲も顔を覗かせる。フロントマンのワンマン・バンド的な性格が強く、メンバーも他プロジェクトにて活躍する事情もあるから、いずれディラン・バルディひとりになってしまうかもしれないが、彼らには年を重ね、そのことそのものによって音楽性を進化させてほしい。クラウド・ナッシングスが奏でているのは正確に言えば若さの輝きではない、生きていることの実感をありありと写した音楽だからだ。

R.I.P. Mike Kelley - ele-king

 マイク・ケリーの屍体が2月1日、ロサンジェルスの彼の自宅で発見された。享年57歳、自殺だという話だ。
 マイク・ケリーは、どこか不吉で、そして不快なインスタレーションで知られる現代美術のアーティストとして、あるいはパンク・ロックの青写真となったデストロイ・オール・モンスターズ(伝説のロック評論家、レスター・バングスのお気に入り)のオリジナル・メンバーとして知られている。
 1960年代のデトロイトの大学生によって生まれたデストロイ・オール・モンスターズ――バンド名はゴジラの英語版タイトルに因んでいる――は、ことマイク・ケリーが1976年にミシガン大学を卒業してロサンジェルスに引っ越すまでのあいだは、MC5/ザ・ストゥージズの同胞であると同時に、ヤマタカ・アイ、そして中原昌也における先達とも言える存在だった。彼の名前をより多くの人に広めたのはソニック・ユースの『ダーティ』(1992)のアートワークだが、1994年にサーストン・ムーアの〈エクスタティック・ピース!〉からリリースされたCD3枚組のボックスは、マイク・ケリー在籍時のこのバンドがポップ(大衆文化)とノイズ(前衛)を挑発的に、そしていち早く結合させていることを証明している。
 マイク・ケリーは、自身のことを「下層階級のアナーキスト」と定義している。以下、『ガーディアン』からの孫引き。「若かった頃、私がアーティストになった理由は、落伍者になることを望んだからである。もし君が自分自身を社会から徹底的に追放したかったら、アーティストになりたまえ」
 
 1976年、ロサンジェルスに移ってからのマイク・ケリーは美術学校でローリー・アンダーソンの同級生だった。長いあいだ不当な評価にあったが、1990年代なかば以降、とくにゼロ年代は、作家としては充分に売れっ子だったと記憶している。ほんの数年前は、中原昌也をロサンジェルスに呼んでライヴをしている。そういえば、年末に渋谷のタワーレコードの最上階で、宇川直宏といっしょにデストロイ・オール・モンスターズのアート集を買ったなー。(野田 努)
 
 R.I.P. Mike Kelley (October 27, 1954 - January 31, 2012 or February 1, 2012)

Fleet Foxes - ele-king

 6人のメンバーがステージにぞろぞろと登場するなり、僕は目の前の光景に頭がクラクラしてしまった。そのほとんどが長髪と髭をたくわえ、シャツにジーンズ、高めの位置に抱えられたギター......いまは何年だ? 2012年だ......。まるで、見たことのない60年代のアメリカを幻視するようだ。
 フロントのロビン・ペックノールドがやや遠慮がちにギターを弾きはじめると、ゆっくりとコーラスがそこに重なっていく。"ザ・プレインズ/ビター・ダンサー"からはじまったその日のライヴは、ひとつひとつの音が細部まで張り巡らされた精緻なアンサンブルが最後まで貫かれるストイックなものだった。ライヴという言葉から連想されるような開放感よりも、宗教儀式のような厳かさすら感じられる。そして、ああ、これは紛れもなく「人びとの歌」だと僕は思う。

 人びとの歌――昔ながらのフォーク・ミュージックのスタイルを借りて匿名的にコーラスを奏でてきたフリート・フォクシーズの歌は、リーマン・ショック以降のアメリカに公共性を思い出させるように響いてきた。彼らのあり方は、特定の顔が存在しないウォール街のデモともどこかで繋がっているはずである。ただ、フリート・フォクシーズが放ったのはシュプレヒコールではなく完璧なコーラス――ハーモニーだった。潔癖なその歌は、コーラスに参加する人間に狂いのない音程を要求する厳格さでもって、理想的なコミュニティを体現したのだ。
 そんな彼らがセカンド・アルバムで見せた変化は、音楽的なものよりも歌詞の視点をより個人の内面に掘り下げたことだった。だからそこにはコミュニティに属する個人の内省が「調和」と拮抗する危うさが内包されていたのだが、そのような展開は極めて自然なことだったろうと思う。フリート・フォクシーズは才能あるソングライターのロビン・ペックノールドのバンドとも言えて、彼がエゴを前面に出す欲望を抱えていてもおかしくはない。ライヴという場でも、バランスを崩すことなくその調和を体現することができるのか――が僕のその日の主な関心だったのだが、それは早々に解決することとなった。コミュニティという言葉ですらしっくりこない、それはひとつの「集落」の音楽だった。さまざまな人びとが共に生きていくために、知恵と思いやりを寄せ集めるような。

 弦が最大で4本にもなるアンサンブルは厚く、そして何より高い演奏力に支えられている。EPから"ミコノス"、セカンドから"バッテリー・キンジー"と続くが、ギター・ハーモニーとコーラスがどちらも等しく息を呑むような繊細さで奏でられ、ぴんと張り詰めた空気を作り上げる。メロディは牧歌的でも曲の成り立ちとその再現のされ方が非常にコントロールされていて、会場から緊張感が消えることはない。曲間では歓声も上がるが、すぐに固唾を呑むような静けさに支配される。途中でアメリカ人の観客が我慢できずに「何でこんなに静かなんだよ?」と声を上げていたが、この日に限ってはそれも悪くなかった。オーディエンスである僕たちも、神聖な儀式に参加しているような気分になってくる。
 とは言え、中盤「I was following/I was following/I was following...」と輪唱される"ホワイト・ウィンター・ヒムナル"から、間髪入れずに"ラギッド・ウッド"でフォーク・ロックが疾走すると、そのダイナミックな転換にようやく会場に温かい熱が広がっていく。同じくデビュー作からの"ヒー・ダズント・ノウ・ホワイ"も素晴らしく息の合った演奏で、「僕にできることは何もない」のリフレインに天から降り注ぐようなコーラスが折り重なる。休符が完璧に守られたブレイクと掛け合うロビンの強い歌声。それは倒錯ではなく、その「何もできない」という地点からこそ何かを始めようとする決意のように響く。ライヴであらためて気づかされたことだが、ロビンの歌唱力も非常に高く、音のアタック部分で完璧な音程を叩き出してみせる。譜面の指示をすべて正確に守るような厳格な演奏だからこそもたらされる音楽的な快感が、次第に身体にまで響くようになってくる。終盤のハイライトは間違いなく"ザ・シュライン/アン・アーギュメント"で、マルチ・プレイヤーのモーガン・ヘンダーソンがカオティックにバス・クラリネットを鳴らし、サイケデリックにアンサンブルを歪ませた。

 アンコールでロビンはソロ・ナンバー"アイ・レット・ユー"でごく個人的な傷心を歌いもした。そう、そんな個人の表現も彼には可能なのである。だがバンドでは頑ななまでに個を通さず、自分の内面すらポリフォニックなものにしてしまう。直接は政治的な表現を取らずとも、これほど社会性を感じさせるアメリカのバンドは現在フリート・フォクシーズを置いて他に存在しないのではないか。ピアノとギターが追いかけ合う"ブルー・リッジ・マウンテン"で歌われる「愛」は、最小の社会である家族に捧げられる。「愛してる、ああ、僕の兄さん」
 最後のナンバーはこのツアーのテーマ・ソングだと言えるだろう"ヘルプレスネス・ブルーズ"、すなわち"無力なブルーズ"であった。ジャカジャカとアコギが賑やかに演奏される力強いこの曲で、ロビンは――いや、彼らは個人がより大きな何かに自分を捧げることについて歌う。「その後しばし考える時間を持った僕は/いまではむしろ/何らかの精緻な装置を支える丸太の一本でありたいと思っている/自分を超えた存在に仕えたい」。その上で、あらめて自分の無力感を噛み締めるのだ。「でも僕にはわからない/それが何なのか!」――その叫びは、ツアーの最後の地となった日本でこそ説得力を持って響いたことだろう。だから、続けて「いつか近い将来、答えを出すから待っていてくれ」と歌われるアメリカにおける「人びとの歌」は、そのときたしかにそこにいる「我々の歌」として共有されたように感じられた。......錯覚だろうか? いや、少なくとも、厳格なハーモニーがその地点まで辿り着いた道のりを分け合ったその日の夜、そこに集った人間の胸はいくらか熱くなったはずだ。「僕はいつか答を出す、自分の力で」――その想いと響き合ったに違いない。

Galactic - ele-king

 昔の話だが、アメリカの友人(有名なDJである)と渋谷の街を歩いていたら、いわゆるストリート・ミュージシャンの数の多さ、そしてその下手っぷりに驚かれたことがある。この程度の技術でよく路上でやれたものだと彼は呆れていたが、たしかにアメリカでは演奏力というものが、日本やイギリスよりもいまでも価値を持っている。DJにしてもそうだ。アメリカの黒人のDJは、ほとんどみんなうまい。イギリス人では人気があって、しかも下手くそというDJが少なくない。いずれにせよ、ジミ・ヘンドリックスというジャンルを超越した巨星を生んだ国だけあって、ことメインストリームの文化において演奏力という価値観が衰えていないし、また、ライヴハウスが生活に根付いているがゆえに自力がなければ這い上がってこれないというのもあるのだろう。
 即興を特徴とするジャム・バンドという文化も、早い話、演奏力の文化だと言える。コンセプトありきのヨーロッパ型のシーンにはなかなか見られない、いまではある種の伝統にもなっている。そもそもジャム・バンドはジャンル的に言えば、ブルース、ジャズ、ファンク、サイケデリック......などなど実に多様で、マーズ・ヴォルタやSunn O)))、ザ・フレミング・リップスまでもがこの文化圏に含まれるらしい。とにかく線が太く、野外の大きなところを得意とするような、演奏に迫力がある連中だ。昨年のメタモルフォーゼで演奏する予定だったジャズ・ファンク・バンド、ギャラクティックもそうしたジャム・バンドのひとつに数えられる。

 1994年にニューオーリンズで結成された5人組のこのバンドは、すでに9枚のアルバムを発表している。2007年からは〈エピタフ〉傘下の〈アンタイ〉(ジョー・ストラマーの最後のアルバムを出したレーベル)に移籍して、本作『カーニヴァル・エレクトリコス』は〈アンタイ〉からの4枚目のアルバムとなる。ニューオーリンズのマルディグラ、リオのカーニヴァルと並んで有名な地元の謝肉祭がアルバムのテーマで、なぜこの時期にリリースされるのかといえば、マルディグラがこの季節だからだ。
 ギャラクティックといえば、1960年代末に登場したニューオーリンズ出身の偉大なファンク・バンド、ザ・ミーターズの現代版であるとたびたび謳われている。ある意味その陽気な感覚は継承しているが、基礎体力の高さのみならず、それ以上にアッパーな何か、大はしゃぎの人食った演奏をこのバンドは展開する。ファンクが基本だが、本作ではサンバも大胆に取り入れている。セルジオ・メンデスのカヴァーもしている。ジャズ・ファンク・サンバの祭典といったところで、なんでこいつらこんなにハッピーなのかと意表を突かれる思いだ。お祭りの音楽だから当たり前と言えば当たり前だが、アメリカのジャズ系のジャム・バンドは、ソウライヴもそうであるように、イギリスにはないハッピーなグルーヴがある。メタモルフォーゼが声をかけたのも充分に理解できる演奏だ。iPodでは聴きたくない音楽だろう。

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