「Lea Lea」と一致するもの

Ryuichi Sakamoto - ele-king

 坂本龍一のソロ楽曲を集めたコンピレーション『Travesía』(英語で「journey」の意)が〈Milan Records〉からリリースされている。〈Milan〉といえば、これまで海外で坂本の『async』や『ASYNC - REMODELS』などをリリースしてきたUSのレーベルだ。
 キュレイターは映画監督のアレハンドロ・イニャリトゥ。『レヴェナント: 蘇えりし者』で共同作業をした際に、今回の選曲を依頼されていたという。当初はイニャリトゥ自身の誕生日のためのコレクションになるはずだったが、坂本の逝去を受け彼の回顧録として公開。収録されているのは下記の20曲。フィジカルでも2CD盤(RZCM-77722A)、2LP盤(RZJM-77720A)が5月3日に発売されている。

Travesía
Tracklist:
01. Thousand Knives
02. The Revenant Main Theme (Alva Noto Remodel) *未発表音源
03. Before Long
04. Nuages
05. LIFE, LIFE
06. Ma Mère l’Oye
07. Rose
08. Tokyo Story
09. Break With
10. Blu
11. Asadoya Yunta
12. Rio
13. Reversing
14. Thatness and Thereness
15. Ngo/bitmix
16. +Pantonal
17. Laménto
18. Diabaram
19. Same Dream, Same Destination
20. Composition 0919

Milan公式サイト:
https://www.milanrecords.com/release/travesia/
commmonsmart:
https://commmonsmart.com/collections/compilations

 そしてもうひとつ、最新情報をお知らせしておこう。坂本龍一のマネージメント・チームにより彼の「最後のプレイリスト」が公開されている。自身の葬儀でかけるために生前、坂本本人が選曲していた33曲のコレクションで、バッハやラヴェル、ドビュッシーといった彼のルーツにあたる曲からデイヴィッド・シルヴィアンアルヴァ・ノトのような彼のコラボレイターたちの曲までをピックアップ。最後はなんとローレル・ヘイローで締められている。同時代の音楽への関心を失わなかった坂本らしいプレイリストだ。

Jessy Lanza - ele-king

 フットワークからYMOまで、前作で独自の折衷センスを聴かせたシンセ・ポップ・アーティスト、ジェシー・ランザ。Yaejiとの全米ツアーを終えた彼女の新作情報が解禁されている。『Pull My Hair Back』(13)『Oh No』(16)『All The Time』(20)につづく4枚目のアルバムが〈ハイパーダブ〉より7月28日 (金) にリリース。CD、LP、ストリーミング/デジタル配信で世界同時発売とのこと。現在UKGを取り入れた新曲 “Midnight Ontario” が公開中だ。アルバムへの期待が高まります。

JESSY LANZA

ハイブリッドなR&Bスタイルでシーンを牽引!
ジェシー・ランザによる最高傑作が誕生!
最新アルバム『Love Hallucination』
7月28日リリース
新曲「Midnight Ontario」をMVと共に解禁!

卓越したセンスとスキルによって構築されたハイブリッドなスタイルで、FKAツイッグスやグライムス、ケレラらと並び、インディーR&B~エレクトロポップ・ファンからの支持を集めるジェシー・ランザが、最新アルバム『Love Hallucination』のリリースを発表! あわせて新曲「Midnight Ontario」をMVと共に解禁! アルバムは7月28日に発売される。

Jessy Lanza, Midnight Ontario
https://youtu.be/BHt2RXRKCSE

『Love Hallucination』で、ジェシー・ランザはソングライター兼プロデューサーとして完璧な采配を振っている。当初は他のアーティストたちのために曲作りをしていたが、自分のスタイルを屈折させたり実験したりすることに解放感を感じ、実験する過程に自由を感じ、書きためてあったトラックを書き直し、最終的に自分の作品のためにレコーディングすることを決断した。本作のためにジェシーはスタジオでのスキルをレベルアップさせ、自身のサウンドを再構築している。高い評価を受けた2021年の『DJ Kicks’ Mix Series』の足跡をたどるクラブサウンドの曲から、ダウンビートでなまめかしい曲まで、プロダクションスキルと四方八方に広がるエネルギーを駆使して冒険している。

今まで、あけすけにオーガズムを扱ったりサックスを演奏したりしたことはなかったけれど、『Love Hallucination』ではそれがしっくりきた - Jessy Lanza

本作では、その瞬間の自分自身を信じるというテーマが、作品を前進させる大きな力になっている。直感に重点を置いた『Love Hallucination』は、恋に惑わされながら、たとえ納得できるまで時間がかかろうと、自分の感性を最後まで信じる強い意志で完成させた作品である。

『Love Hallucination』では、2013年リリースのデビュー作『Pull My Hair Back』のまだ荒削りなアプローチから、『DJ-Kicks』で見られたエネルギッシュなサウンドまで、まるで彼女の成長を一つにまとめたかのような集大成的作品であり、新たな才能の開花を示す作品とも言える。

オープニング曲「Don't Leave Me Now」、ジャック・グリーンと共同制作した「Midnight Ontario」、テンスネイクことマルコ・ニメルスキーと共同制作した「Limbo」など、生の感情をダイレクトかつパーソナルに歌い上げるアルバムであることがわかる。またジェシーは、ロンドンでピアソンサウンドとして知られるデヴィッド・ケネディーとも仕事をし、プロダクション面やクラブ向けの洗練されたアレンジで楽曲を強化するのに貢献している。他には、ジェレミー・グリーンスパンと共同制作した「Big Pink Rose」「Don't Cry On My Pillow」「Drive」「I Hate Myself」、そしてポール・ホワイトと共同制作した「Casino Niagara」や「Marathon」が収録されている。『Love Hallucination』は、ジェシー・ランザにとってこれまでで最も野心的なアルバムであり、メッセージ性と完成度においても間違いなくキャリア最高傑作と言える。

ジェシー・ランザの最新アルバム『Love Hallucination』は、CD、LP、デジタルで7月28日 (金) に世界同時リリース。CD、LP、ストリーミング/デジタル配信で世界同時リリース。国内流通仕様盤CDには、解説書と歌詞対訳が封入される。

label: Hyperdub
artist: Jessy Lanza
title: Love Hallucination
release: 2023.07.28

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13397
Tracklist
01. Don’t Leave Me Now
02. Midnight Ontario
03. Limbo
04. Casino Niagara
05. Don’t Cry On My Pillow
06. Big Pink Rose
07. Drive
08. I Hate Myself
09. Gossamer
10. Marathon
11. Double Time

NHK yx Koyxen - ele-king

 これまで〈Diagonal〉〈DFA〉〈Pan〉〈L.I.E.S〉〈Mille Plateaux〉〈WordSound〉〈Scam〉といった一癖も二癖もあるレーベルから作品を出しているNHK yx Koyxenこと松永コーヘイが、久しぶりにアルバムを出す。やった。ベルリンの〈Bruk〉から5月26日リリース予定の『Climb Downhill 2』は未発表音源集で、コーヘイのムズムズしたシュールなエレクトロニカ・ダンスの魅力がコンパクトに詰まったショーケースだ。聴こう。
 このアルバムを機に、完全なる新作もリリースされるかもしれない。わからないけど。

NHK yx Koyxen
Climb Downhill 2

Bruk
BRUKLP1
Release Date: May 26th
 

interview with Kid Koala - ele-king

 90年代末から2000年代前半にかけて、ターンテーブリストと呼ばれ始めた人たちに惹かれていた。特に魅了されたのは、D・スタイルズ、ロブ・スウィフト、ミスター・ディブス、リッキー・ラッカー、そしてキッド・コアラだった。ヒップホップのコラージュ・アートとジャズのインプロヴィゼーションの未来がそこにあるように感じたからだ。しかし、それは勝手な解釈の投影だとも思っていた。ターンテーブリズムがどこに向かうのかは一向にわからなかった。ただ、彼らがやっていることに魅了されたのは事実だった。
 あれから20年以上が経過したいまも、どこに至るかわからないターンテーブリズムの未来にキッド・コアラは関わり続けているように思える。シンガーソングライターのエミリアナ・トリーニやトリクシー・ウィートリーと作った、「アンビエント」とラベリングされた『Music to Draw To』シリーズでは、シンセサイザーやキーボード、ギター、ベースを自ら演奏し、歌詞も書いた。ターンテーブルはあまり使っていない。それでも、繊細なサウンドを形成するディテイルには、ターンテーブリストとしての彼が確かに存在していた。
 〈Ninja Tune〉からリリースされた初期のアルバムである『Some Of My Best Friends Are DJs』や『Nufonia Must Fall』は、キッド・コアラが描いたコミック/グラフィック・ノヴェルと共にあった。そして、いまもそこに描かれた孤独で奇妙な世界の住人であり続けているようだ。2010年代以降は、ヴィデオ・ゲームやアニメーション、インタラクティヴなライヴ・ショーなどのプロジェクトに積極的に関わってきたが、それらにありがちな派手なスペクタクルとは無縁だった。都会の喧噪の中で自分の声を見つけようと奮闘するエンターテイナーを演じていたと言うべきだろう。
 『Creatures Of The Late Afternoon』は、キッド・コアラのターンテーブルが音楽の中心に戻ってきたアルバムだ。自分が演奏した音源をレコードでカットし、スクラッチをして再構築するプロセスを経てでき上がった。とても手が込んでいるが、慣れ親しんだ手法で作られていて、ビートとスクラッチの世界にいまも自分が存在することを彼一流のユーモアを持って証している。このリリースを機に、これまでの活動についても振り返って話をしてもらった。

コールドカット、デ・ラ・ソウル、パブリック・エネミー、その3枚のアルバムは、僕がスクラッチを始めるにあたって最もインスピレーションを得た作品だと思う。

ターンテーブル・オーケストラなるものの情報をあなたのサイトで見ました。とても興味深く感じましたが、まずはこのプロジェクトの詳細から訊かせてください。

KK:これは、僕がやっている「Music to Draw to」というアンビエント・レコードのシリーズを中心にデザインしたインタラクティヴなショーなんだ。最初の作品は「Satellite」なんだけど、あの作品を使って、観客が退屈しないようなアンビエント・コンサートができないかと考えていたんだよ。そして、観客にハーモニーやクレッシェンド、ダイナミクスを作り出してもらうショーができたら面白いんじゃないかと思った。僕がオーケストラを指揮し、観客は皆、それぞれ自分のターンテーブルに座っている。で、ワイヤレスで異なるステーションを異なる色で照らすことができるという仕組みなんだ。皆異なる音符を持つレコードのセットを持っていて、ステッカーで色分けがされている。だから、例えば、ある曲では自分のターンテーブルがリードをとり、紫のレコードを見つけてそれを取り付け、実際に最後のコーラスで音をならしたりするんだよ。50台のターンテーブルで音を奏でるってすごくクレイジーなことだと思うかもしれないけど、実は、ものすごく素敵な音色が生まれるんだ。

すごいですね。ひとりでそのアイディアを思いついたんですか?

KK:そう。これは僕のアイディア。どうにか観客にレコードで遊ぶ機会を与えることができないかとずっと考えていたんだよね。観客がコンサートの一部になるようなショーをやりたいとずっと思っていたんだ。

〈Ninja Tune〉からデビューした当時から、あなたは他のターンテーブリストとは明らかに異なる音楽を作っていました。ターンテーブリストというより、ターンテーブルを使って自由なアートを作っているという印象でした。当時のことを少し思い出してもらえますか。あの頃、あなたが表現において大切にしていたことは何だったのでしょうか?

KK:何がきっかけで僕が楽器に惹かれるようになったかというと、実は、クラシック・ピアノだった。4歳のときにピアノを弾き始めて、それが僕にとっての初めての楽器だったんだ。そして、小学校の中学年くらいでクラリネットや木管楽器を始めた。そして、12歳のときにターンテーブルと出会い、その “楽器” に心を奪われたんだ。想像力豊かな、カメレオンのような楽器に思えて。当時もいまも、ターンテーブルの魅力、そして可能性は、ヘヴィーでコアなファンキートラックを作って皆を踊らせることができると同時に、すごく繊細で、サウンドデザイン的な使い方や細かいテクスチャーを作ることができること。だから、映画のスコアやゲームのスコア、ターンテーブル・オーケストラのようなライヴ・イヴェントもそうだし、ターンテブルを色々な新しい場所に持っていけるかどうか試したいと思った。ターンテーブルで何ができるか、様々な角度や方法を学び、異なるアプローチをしてみたいってね。可能性というアイディアを提供してくれるターンテーブルというアイテムは、昔もいまも変わらず大好きな存在なんだ。

〈Ninja Tune〉からデビューした当時、いまと比べて特に大切にしていたことはありますか?

KK:〈Ninja Tune〉からデビューした頃は、コールドカットの『What’s That Noise?』に大きくインスパイアされていた。デ・ラ・ソウルの『3 Feet High and Rising』やパブリック・エネミーの『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』にもかなり影響を受けたし、その3枚のアルバムは、僕がスクラッチを始めるにあたって最もインスピレーションを得た作品だと思う。当時の僕は、短期間でその3つのレコードに出会い、世界を違う角度から見たり聞いたりするようになったんだ。だからデビューしたときは、彼らのレコードのように、新しいサウンドと昔のサウンドを両方見せることが重要だった。そういうわけで、『Carpal Tunnel Syndrome』なんかはかなり実験的な作品になっているんだよ。あのレコードで僕がやってみたかったのは、作品を完全にターンテーブルで作るという制限を設けながら、ブルースやジャズ、コメディや語りの要素まで全て取り込んで、一体何が起こるかを見てみることだったんだ」

パンデミックの最中に、僕はいろんな楽器を演奏する生き物の絵を描いていた。彼らに声を与えようとしてでき上がったのが今回のレコードのサウンドだったんだ。自分のマペット・ショーみたいな、そんな感じのイメージだね。

いまコールドカットの名前も出ましたが、音楽面において、あなたにとって師というべき存在を教えてください。具体的にどのような影響を受けたかも教えてください。

KK:たくさんいすぎて回答に困るけど、僕が日常生活でいちばん聴いていたミュージシャンは誰かと聞かれたら、それは確実にビリー・ホリデイだと思う。ルイ・アームストロングやエラ・フィッツジェラルド、セロニアス・モンクもそうだけど、僕はジャズ・アーティストに関心を持っているから。彼らの音楽からは、彼らの物語を感じることができる。それが例え彼らによって作曲されていない曲でも、彼らは自分なりのヴァージョンを生み出すことができていると思うんだよね。そして、年齢を重ねるほどそれを明確に表現できるようになっている。それってすごくカッコイイと思うんだ。ルイ・アームストロングのソロやセロニアス・モンクのコンサートを聴くと、たった一小節の中にたくさんの表現があって、それを聴いただけで彼らだとわかる。ターンテーブルを使って作る音楽でも、僕はそういう面で彼らから影響を受けているんだ。僕はまだ、彼らの域には達していないけどね。

ビリー・ホリデイからはどのような影響を受けていますか?

KK:彼女の素晴らしいところは、ときどきわざと狭い音域を選んで歌うところ。僕の場合、何オクターヴも使ってしまいがちなんだけど、彼女の場合、少しのオクターヴだったり4音符くらいの音域だったりで全てのフィーリングを表現することができる。それは、僕にとっていまだに魔法のように感じられるんだ。

映画音楽やアートなど多方面で活動していくヴィジョンは、デビュー当時から持っていたのでしょうか? そうしたヴィジョンは、どのように自分の中で芽生えていったのでしょうか?

KK:そのヴィジョンは、子どもの頃から持っていたと思う。子どもの頃、僕がいちばん最初に聴いたレコードは7インチの本のレコードだった。本の中に挿絵が描かれていて、針を落とすと音楽が聴こえる。その本のサウンドトラックや効果音、声優の声が聴こえてきて、その物語やストーリーに、まるで逃避行のようにより没頭できるんだ。それが僕の初めてのレコード体験だったから、僕の脳内では、音楽と視覚がつながっているんだと思う。絵を描けば、そのための音楽がつねに聴こえてくるんだ。
 今回の新しいレコードを制作しているとき、パンデミックの最中に、僕はいろんな楽器を演奏する生き物の絵を描いていたんだ。カマキリがSP-1200を演奏していたり、エビがクラヴィネットを演奏していたり。僕は生き物も楽器も両方好きだから、好きな物がぶつかり合っているような絵を描き始めたんだけど、描いているうちに、それが単なる空想だけではなくなってきて、「このキャラクターはこういう性格なんだ」と思えるようになってきた。そして、彼らに声を与えようとしてでき上がったのが今回のレコードのサウンドだったんだ。自分のマペット・ショーみたいな、そんな感じのイメージだね。昔からもっていたそのヴィジョンをさらに大きくしたのがターンテーブルだと思う。ターンテーブルはカメレオンのように適応力のある楽器で、サウンド的にも様々な使い方ができるから。僕は30年間ターンテーブル・レコードを作り続けているけど、活動をしていく中でもっと探求するようになったのは、感情的な側面なんだ。音を作るだけではなく、感情的な重みを持ったものを作ることができるか、ターンテーブルでセンチメンタルなバラードを作れるか、それをもっと考えるようになった。ファンキーなものやハード・ロックなものが作れるのはわかっているけど、ブルースっぽかったり、ビーチ・ボーイズみたいなサウンドを作ることはできるんだろうか?というのを段々と意識するようになったと思う。

映画音楽やアートなど、さまざま分野にチャレンジする理由は何でしょう?

KK:もしも、「残りの人生の食事は一生同じものを食べないといけないよ」と言われたらどう思う? それか、残りの人生、ひとつのスタイルの音楽しか聴けないとか、ひとつのスタイルの音楽しか演奏できないとか。そういう状況に自分を置いてしまったら、学習というのはストップしてしまうと思う。僕にとっては、学ぶということは自分の全てであり、核となるものなんだ。僕は、新しいことに挑戦したり、新しいことを探求しているときに最も生き生きした気分になれる。それが、僕にとっての一番の原動力なんだよ。だから、僕はつねに自分が行ける場所がもっと存在していると思っているし、それを発見すべきだ、それを創造すべきだと思っている。その思いが、僕をいろいろな分野に導いているんじゃないかな。例えば、子どもにとって、自転車の乗り方を習得しようとしている瞬間って、きっと人生で最もエキサイティングな瞬間に感じられると思うんだよね。その感覚って、一度覚えたら忘れられない。僕にとって音楽は、終わりのない旅のようなものなんだ。たくさんの楽器や演奏スタイルが存在しているし、その全てを知るには、一生かかっても足りないと思ってる。

この10〜15年くらいのあなたの活動は、特に幅広く、多岐に渡っているように思います。それだけに、レコーディング作品を追っているだけの音楽ファンには知らないことがありそうです。この間で、あなたにとって特に印象深いプロジェクト、作品をいくつか紹介してください。

KK:最近だと、映像音楽の仕事が多いかな。例えば、Nintendo Switchで出た『Floor Kids』っていうヴィデオ・ゲームのプロジェクトに参加したんだ。子どもの頃から任天堂は大好きだったから、スイッチの発売と同時にそのプロジェクトに参加できるのはすごく光栄だった。子ども向けの、ブレイクダンスのフリースタイルのヴィデオ・ゲームで、僕はそのゲームの音楽と効果音を全て担当したんだ。アニメーションを担当したのは友人のジョン・ジョン。彼の画風はすごくかわいいんだけど、彼はBボーイでもあるから、キャラクターのダンスの動きはどの動きも全て本物のブレイクダンスの動きなんだ。2Dの手描きでブレイクダンス・バトルのゲームを作ることができるのは、彼以外いないんじゃないかと思う。だから、彼と一緒に仕事ができたのは本当に素晴らしい経験だったね。

 あとは、ライヴ・ショーのプロジェクトで、まるでライヴ映像のようなショーのプロジェクトに取り組んでいるんだ。東京と大阪でも、いくつかのシアターで新しい映像のショーをやったんだよ。演劇みたいなんだけどステージにはスクリーンと20のミニチュアセットがあって、70のマペットと弦楽四十奏団がいて、僕がピアノを弾き、ターンテーブルを操り、それを8つのカメラで撮影している。そうやって、オーディエンスの目の前でライヴ動画を作るっていう内容。あのツアーはめちゃくちゃ楽しいんだ。そのスタイルでおこなう、『Storyville Mosquito』っていう新しいショーにも取り組んでいるんだけど、そのショーでは、実は今回のニュー・アルバムもサウンドトラックの一部になっている。でもそれは、少なくとも2、3年は初演が公開されることはないかな。いまは、とにかくアルバムのリリースをエンジョイしているところ。

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Nintendo Switchで出た『Floor Kids』っていうヴィデオ・ゲームのプロジェクトに参加したんだ。子ども向けのブレイクダンスのフリースタイルのゲームで、僕はそのゲームの音楽と効果音を全て担当したんだ。

『Nufonia Must Fall』のペーパーバックをいまも大切に持っています。あのイラストレーション、物語、世界観というのは、その後のあなたの様々な作品の根底に流れているもののように感じますが、いかがでしょうか?

KK:そうだね。ストーリーテリングという考え方が、僕の作品作りの原動力になっていると思う。実際、ニュー・アルバムを作っているときも、頭の中でストーリーは描かれていたんだ。そのストーリーにどんな曲が必要なのかを考えることは、曲作りのときにとても役に立った。このショーやストーリーを実現するためには、どんなタイプの曲が必要なのかってね。だから、『Creatures of the late Afternoon』はまるでアクション映画のような仕上がりになっているんだ。制作中にそれが見えてきたから、第3幕の最後には大きな対決バトルが必要だと思ったし、イントロ・トラックがいるな、とか、クリーチャーたちがバンドとして皆で集まって自然史博物館を救うトラックを作ろう、なんて考えるようになった。バイクの追いかけあいのシーンとかもね。物語という観点は、新作でも基本になっているんだよ。

その新作アルバム『Creatures Of The Late Afternoon』のコンセプトについてもう少し詳しく教えてください。「ボードゲーム機能付きのアルバム」とありますね。

KK:アルバムは、ダブルパックみたいな感じになっていて、ボードゲームがついてくるんだ。さっきも話したけど、パンデミックの間、僕は全てのクリーチャーのキャストを作っていた。ゲームに登場するクリーチャーのキャストたちは、全員楽器を演奏するクリーチャーで、プレイヤーはゲームの中を回ってカードを集め、様々なクリーチャーと出会い、バンドを結成して、いろいろなスタイルを作り上げる。ラヴ・ソングから、アクション・ビートのソングまでね。コンセプトは、絶滅危惧種に指定されている生き物のグループがいて、彼らが自分たちの生息地と自然史博物館を守るために団結するんだ。でも、テクノロジー系で頭の固い大手の会社が現れ、音楽をひとつのスタイルだけにすることを強要し始める。そこで、多様な音楽スタイルのクリーチャーたちがバンドを結成しひとつとなり、異なるスタイルが存在することを祝福する。そしてある意味、音楽におけるアルゴリズムというアイディアをからかっているんだ。人気だからといって、全ての人が突然それだけを聴くようになり、それが全てだと思い込んでしまう考え方をね。

音楽的には、ストレートなビートやスクラッチが聴けるアルバムに仕上がっています。これにはどのような意図があるのでしょうか?

KK:たしかにそうだね。『Nufonia Must Fall』では、音楽はもっとチャップリン風だったと思うんだ。だから、ピアノとストリングスがすごくロマンティックなサウンドを作っていたりする。でも今回のアルバムのイメージは、もっとアクション映画のようなスタイルの作品だった。だから、アルバム全体を通して、ヘヴィーなドライヴ感や推進力のあるグルーヴが必要だったんだ。例えば、“High, Lows & Highways” のような曲は、さっき話した数年後に公開されるショーのバイクのチェイス・シーンに必要なトラックだった。ドラムが多めになっているこのトラックは、その瞬間に最適なグルーヴを与えてくれる曲。そういうトラックが、この作品のストーリーを表現するのに役立ってくれると思ったんだよ。

(新作の)コンセプトは、絶滅危惧種に指定されている生き物のグループがいて、彼らが自分たちの生息地と自然史博物館を守るために団結するんだ。でも、テクノロジー系で頭の固い大手の会社が現れ、音楽をひとつのスタイルだけにすることを強要し始める。

Lealaniをはじめ、フィーチャーしたゲストについて詳しく教えてください。

KK:シンガーであり、ソングライターであり、プロデューサーでもあるLealaniは本当に素晴らしい。彼女は、自分のガール・パンク・バンドも持っているんだ。Lealaniはギターとキーボードも演奏できるし、ドラムパッドも演奏できるし、歌えるし、信じられないくらいの才能を持っている。彼女の声を聴いたときに、「この人ならら大丈夫だ」と思った。“Things Are Gonna Change” を書いたとき、歌詞はできていて、ライオット・ガールのような声を持つ人を探していたんだけど、彼女の声ならピッタリだと思ってさ。僕の友人があるプロジェクトで彼女と一緒に仕事があったから繋いでもらって、僕から連絡をとったんだ。「いまこのトラックを作っているんだけど、君ならこのトラックで素晴らしいサウンドを奏でられると思うんだ。どう思う?」と聞いたら、嬉しいことに彼女は僕のLAでの『Nufonia Must Fall』のショーを見たことがあって僕の作品を知ってくれていて、それが楽しかったらしく、オーケーしてくれた。それでコラボが実現したんだ。彼女は本当に素晴らしいと思う。
 それから、“When U Say Love” という曲でヴォーカルを担当しているのは、実は僕の妻(笑)。いま同じ部屋にいて、「言わないで!」ってジェスチャーをしてるけど(笑)、どうせバレるから言っちゃおう(笑)。楽器に関しては、今回は、パンデミックでスタジオに人がいなかったから、ドラム、ベース、キーボード、サックス、ヴィブラフォン、クラヴィネットなどアルバムに収録されている全ての楽器を僕が演奏しないといけなかったんだ。

『Music to Draw To: Satellite』や『Music to Draw To: Io』のようなシンガーとのコレボレーション作品は、あなたにどんなことをもたらしましたか?

KK:『Satellite』のとき、初めて歌詞を書いたんだ。ニュー・アルバムでも全曲の歌詞を書いたけど、初めて書いたのは『Satellite』。エミリアナ(Emilíana)はアイスランド出身のシンガーで、僕は彼女のファンだったから、曲がほとんどでき上がっていた状態のときにモントリオールに招待したんだ。で、5日間しか時間がなかったんだけど、彼女は時間をかけて歌詞を書くタイプのアーティストだったから、僕自身が歌詞を書かないといけなくなってしまって。書いた歌詞を見せたら、「すごく美しいと思う。ぜひ歌ってみたい」と言ってくれて、うまくいったんだ。大好きなシンガーに僕が書いた歌詞を理解してもらえたなんて、本当に嬉しかったね。『Io』のときも同じ。トリクシー・ウィートリーが僕に歌詞を書いて欲しいと言ってきたから、また歌詞を書くことになった。そして、彼女がヴォーカルのメロディを考えて、見事にそれを表現してくれたんだ。シンガーたちとコラボしたことで、またビリー・ホリデイの話に戻るけど、彼女たちの音楽のように、正しいことを正しい言葉で表現することができたと思う。自分の声を美しくコントロールできる人がいるような感覚だったね。彼女たちの声は、まるで自分から発せられた声のような心地よさがあったんだ。

音楽家としてレコーディング作品をリリースすることは、あなたの中で、どの程度のプライオリティを置いているのでしょうか? いまもレコーディング作品を残すことは活動のメインになりますか?

KK:レコードを作りたいのは、まず、自分自身がそれを聴きたいから。そしてその次に、それを演奏してある方法で見せたい、あるいは、一緒に仕事をしたい人たちとコラボレーションしたい、という気持ちが出てくる。音楽は、いつも扉を開き、橋渡しをして、僕と人びとを繋いでくれる存在なんだ。僕にとっては、全ての音楽制作がつながっているんだよね。全て同じスピリットでやってる。僕にとっての活動の違いは、わかりやすく言うと、季節の違いに近いと思う。初夏のような気持ちのいい時期はドライヴに行くときの音楽が作りたくなったり、パーティー・ミュージックを作りたくなる。で、雪が降り始めると、ピアノ音楽でメランコリーなコードを弾くようになったり。カナダの冬は長いからね。そのときの気分に合わせて音楽を作っていく感じ。僕が住んでいる街のエネルギーや天気にも左右されるし。

ターンテーブルは、あなたにとって音楽的な楽器でしょうか? あるいは慣れ親しんできた道具でしょうか? どういう存在なのでしょう?

KK:その両方だと思う。気分を表現できる楽器でもあり、その音を作るのに役立つツールでもあるから。僕は、人と出会ったりオーディエンスとつながるためにターンテーブルを使い演奏することに多くの時間を費やしてきた。だから、ある意味ターンテーブルは僕のDNAの一部になっているんだ。スクラッチを始めると、全てが溶けていくような感じ。禅の世界に入り込むとでも言うかな(笑)。スクラッチしていると、心が安らぐんだよね。すっと一緒に時間を過ごしてきたからなのか、ターンテーブルと一緒にいると、家にいるような感覚になるんだ。


新作に参加したシンガーのLealaniと

スクラッチしていると、心が安らぐんだよね。すっと一緒に時間を過ごしてきたからなのか、ターンテーブルと一緒にいると、家にいるような感覚になるんだ。

現在のターンテーブリストたちの活動に関心はありますか?

KK:最近、ブラジルで日本のDJ KOCOを見たんだ。僕とLealaniでブラジルでショーをやってたんだけど、プロモーターが、その日の夜にDJ KOCOがクラブでプレイしていると教えてくれて、彼を見にいったんだんだよ。彼がやっていたことはかなりすごかった。まるでヒップホップを使って素晴らしい冒険を繰り広げているかのような感じだった。地元のオーディエンスのためにブラジルの音楽もたくさんプレイしていたし、彼のプレイはすごく楽しかったし、本当に素晴らしかったね。

あなたにとって、インスパイアされる音楽というのはどのような音楽でしょうか? また、あなたが最近よく聴いている音楽を教えてください。

KK:D・スタイルズはかっこいいと思う。彼の545っていうプロジェクトがあるんだけど、そのプロジェクトではマイク・ブーやエクセス、Pryvet PeepshoといったDJが集まるんだけど、5日間かけて一枚のアルバムを作るんだ。僕が好きなのは、本当に才能のあるプレイヤーが集まって、リアルアイムでライヴのように演奏して何かを作り上げるってジャズっぽくてすごくいいと思う。だから、僕はこのスタイルのグルーヴが大好きなんだ。スクラッチのフェロニアス・モンクみたいな存在。たった数日間しかないという制約の中で何か一貫性のあるものを考え出すというのは、本当に深いと思うね。
 ポップの世界でいうと、ベンジー・ヒューズっていうシンガーがいる。彼は本当に素晴らしくて、僕はジョン・レノンに近いものがあると思っているんだ。曲にヴァラエティがあるんだよね。風変わりで面白いことをやっていると思う。そしてもちろんLealaniの音楽もよく聴いてる。彼女のパンク・プロジェクトもすごく気に入っているんだ。あと、Walliceっていうシンガーの音楽は聴いたことある? LA出身で、多分日本とアメリカのハーフなんじゃないかな。最近発見したんだけど、彼女の音楽もエンジョイしてる。あと、ラプソディーは好きでいまだに聴いてるね。2年前のアルバム『Eve』はまだ聴いてる。あの作品は、時代を超越した素晴らしい作品だと思う。

現在取り組んでいるプロジェクトや今後の予定を教えてください。

KK:いまは、長編アニメのプロジェクトに取り組んでいるんだ。長編アニメの監督をするのは初めて。原作は『Space Cadet』で、僕の2作目のグラフィック・ノヴェルなんだ。昼間の時間はほとんどそのプロジェクトに使ってる。あと、Lealaniと一緒にショーもやっているんだけど、それもすごく楽しい。2人組の新しいバンドのような感覚でライヴをしてるんだ。

Kukangendai - ele-king

 独自の尖った路線をひた走るエクスペリメンタル・ロック・バンド、空間現代が新作をリリースする。近年は『Soundtracks for CHITEN』や12インチ『Tentai』、カセット『After』に、グラフィック・デザイナー=三重野龍とのコラボなど、変わらず精力的に活動している彼らだが、オリジナル・アルバムとしてはスティーヴン・オマリーの〈Ideologic Organ〉から送り出された『Palm』以来、4年振りの作品となる。題して『Tracks』、CD盤は5月31日発売、デジタル版は本日4月26日より配信がスタート。ちなみにエンジニアはDUB SQUADROVOの益子樹で、空間現代の拠点・京都「外」にてレコーディングされている。
 また、同新作の発表に合わせ、東京では6月20日にレコ発ライヴが催されるほか、5月と7月には京都で3本のリリパが予定されている。詳しくは下記を。

ARTIST:空間現代
TITLE::『Tracks』
LABEL::Leftbrain / HEADZ
CAT.NO.:LEFT 2 / HEADZ 257
FORMAT:CD / digital
BARCODE:4582561399138
発売日:CD 5月31日(水) / digital 4月26日(水)
流通:ブリッジ
定価(CD):2,200円+税(定価:2,420円)

1. Burst Policy
2. Look at Right Hand
3. Beacons
4. Fever was Good
5. The Taste of Reality
6. Hatsuentou

◎ CD盤には佐々木敦と角田俊也によるライナーノーツを日本語・英語で収録

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2023年6月20日(火)at 渋谷WWW
【空間現代『Tracks』release live】

LIVE:空間現代
DJ:UNKNOWNMIXER(佐々木敦)

開場:19:30/開演:20:00
予約:3,500円+1D/学割予約:2500円+1D

予約フォーム:
https://forms.gle/e2ERaL1tot6PWP859

WWW
〒150-0042
東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下
TEL: 03-5458-7685

《Kukangendai “Tracks” Release Party》京都編

① 5月13日(土)京都・外

Kuknacke
NEW MANUKE
MARK
空間現代

開場 17:30 開演 18:00
予約 2,500円 当日 3,000円
*学生証提示で予約・当日ともに2,000円

② 5月20日(土)京都・外

空間現代

開場 19:00 開演 19:30

③ 7月1日(土)京都・外

contact Gonzo
D.J.Fulltono
空間現代

開場 18:00 開演 18:30
予約 2,500円 当日 3,000円
*学生証提示で予約・当日ともに2,000円

●予約・詳細:http://soto-kyoto.jp/event/230513/

interview with For Tracy Hyde - ele-king

 バンドの終わりは美しい。もちろん、そうではないこともある。ひょっとしたら、そうではないことの方が多いかもしれない。しかし、少なくともFor Tracy Hydeの終わりは美しかった。2023年3月25日、東京・渋谷WWW Xでのラスト・ライヴを見て、そう感じた。

 いわゆる「東京インディ」のバンド群が、関西のシーン、あるいはSoundCloudやBandcamp、ブログやソーシャル・メディアとの相互作用の中で、不思議でユニークな音楽を作っていた2012年の東京にFor Tracy Hydeは現れた。シューゲイズ、ドリーム・ポップ、ギター・ポップ、マッドチェスター、ブリット・ポップ、渋谷系から、はたまたアニメやゲームまでを養分にしていた彼らは、インターネット・カルチャーの申し子でもあった。そして、周囲のバンドが失速し疲弊しフェイドアウトしていった10年強の間、2016年のデビュー・アルバム『Film Bleu』の発表以降、着実に最高傑作を更新していき、ファンダムを国外に築き上げもした。
 最後まで「青い」音楽を奏で続けたFor Tracy Hydeは、一方で自分たちの表現そのものを問い、自身の内面にも踏み込んでいき、その青さはどんどん深みを増していった。その時々の国内外の政治的な状況、音楽シーンの潮流や動向に向き合い、疑問や違和感すら音楽に反映させていった。それは例えば、ラスト・アルバム『Hotel Insomnia』に収められた“House Of Mirrors”を聴いてもよくわかる。夏botはこの曲について、「ソーシャル・メディアやスマートフォンを媒介にしたナルシシズムについての曲だ」と説明する。
 国内シーンへの貢献、東アジアや東南アジアのバンドとの繋がり、フォロワーに及ぼした影響の大きさ、ファンダムの厚さといった点で、For Tracy Hydeというバンドの音楽、彼らが存在したことの意義はとても大きい。彼らがいなかったと仮定してみると、現在のシーンの風景は、現在のそれとちがうものだっただろう。そのことは彼らが解散したいま、ファンのひとりひとりが噛み締めているはずだ。

 3月29日には、最後の作品にして最高傑作になった『Hotel Insomnia』がヴァイナルでリリースされた。これに合わせて、主宰者である夏bot(ギター/ヴォーカル)、メンバーのMav(ベース)、eureka(ヴォーカル)、草稿(ドラム)へのラスト・インタヴューを届ける。東京でいちばん美しいロック・バンドの軌跡を辿り直した、ロング・インタヴューになった。


2023年3月25日、渋谷WWW Xでのラスト・ライヴ

アジア圏の音楽に触れてくれるのは結局、アジア人だけなんじゃないか? という思いは払拭しきれませんでした。白人主体のインディ・ロック・シーンにおいて、東洋人として一撃を喰らわせるには至らなかったんじゃないかなと。(夏bot)

1月5日に解散が発表されて、衝撃を受けました。Twitterではトレンド入りしましたね。

夏bot:しましたね(笑)。あれはびっくりしました。

驚いたし、残念でした。どんな反響がありましたか?

夏bot:印象に残ってるのは、「ライヴを一度見たかった」という声が多かったことです。いやいや、我々けっこうやってましたよと(笑)。

Mav:「いつまでもあると思うな、親とバンド」ってやつですね。

夏bot:アイドル界隈の方は「推しは推せるときに推せ」とよくおっしゃいますからね。

Mav:最後のライヴをやってから「解散しました」と言う人もいるじゃないですか。あれは嫌なので、ちゃんとお別れする機会を作れたのはよかったです。

夏bot:「事後報告はしない」というのは、ポリシーとしてあったので。唐突な解散は、ファン心理として気分がよくないですね。

eureka:友人には以前から話してたので、「発表したんだ」、「頑張ったね」と言ってもらいました。

夏bot:DMが殺到したんでしょ?

eureka:海外の方から「なんでフォトハイは終わっちゃうの?」とDMが飛んできてたんですが、「(理由は)書いてあるよ~」と思ってました(笑)。

夏bot:英語の声明文も出したからね

草稿:「もったいないね」とも言われましたね。うちらくらいの規模感のバンドっていない気がするので、貴重だったのかなって。大体バンドって、上に行くか下に行くかじゃないですか。でも、うちらは境界線上にいたから。

夏bot:良くも悪くも、ずっと中堅感を出してましたから。

(笑)。2月8日のラブリーサマーちゃんとの対バンでも「そういえば、我々解散するんですよ」みたいなノリでしたし、「ANGURA」のインタヴューでも「あっけらかんとしてます」と言っていたので、整理できた上での解散だと思いました。

夏bot:ここに至るまでのプロセスが長かったので、いまさら思うことがあんまりないんです。

去年の8月に解散が決まっていたそうですね。理由は明確に書いてありましたが、「現行の体制で足並みを揃えて活動を継続すること」が困難だとありました。メンバーのペースや生活との兼ね合い、ということでしょうか?

夏bot:音楽に対する姿勢ですかね。僕はマジで会社を辞めたいと思ってるんですけど、そうなりたいと思ってるのが僕だけだったので、埒が明かないなと。

夏botさんのコメントが興味深かったです。「ひとつのバンドで何十年も活動を継続したり、アルバムを10作以上もリリースしたり、といった長きに渡る活動は端から眼中にな」かったと。

夏bot:それはほんとに考えたことがなくて。僕はビーチ・ボーイズが好きなんですけど、彼らは特に中盤から終盤にかけて駄作に近いものが多いですよね。数十年単位で活動を継続してく中でクリエイティヴなスパークを維持するのは、どう考えても不可能だと思ってます。特にジャンルの性質としても長々と、必要以上に活動を継続するのは美しくないと思ってたので、どこかでスパっと終わらせようと思ってました。

そうだったんですね。

夏bot:実際、以前も「終わらせようかな」というタイミングがありましたし。セカンド・アルバム(『he(r)art』)のリリース直後とか、サード・アルバム(『New Young City』)を出してコロナ禍に突入した頃とか、モチベーションが下がったことがあったんです。なので、自然な成り行きではあるのが正直なところですね。

バンドって永続できるものではないですよね。

草稿:どこかのライブハウスで「長くやるのもいいと思うんだよね」という話を夏botにしたら、「いや、それはちがうんじゃない?」と返されたことを覚えてますね。

夏bot:重鎮になりたくない、在野で居続けたい気持ちがあるんです。やっぱ人間、偉ぶり始めたら終わりだなと(笑)。ハングリー精神や探求心って、立場が安定するとなくなるので。実際、バンドが終わることになり、高校時代から使ってたMacBookを買い替えて、手を付けては諦めてを繰り返してたLogicを最近めちゃめちゃ使ってるんです。創作意欲がいつになく湧いてるんですね。安定した立場に身を置きつつあったバンドがなくなるとなったとき、音楽に対する探求心が改めて湧き上がったり、逆境に立ち向かってく気持ちが掻き立てられてて。活動期間が長くなるのは、クリエイターとして望ましくないんじゃないかな? と。

区切りを付けたことで、次のことが考えられるようになったんですね。

eureka:私の場合、For Tracy Hydeに加入して生活が音楽に飲み込まれてく感覚があって、「ライヴでどうしたらちゃんとできるか」とかを四六時中考え続ける感じになってたので、一回リセットして、改めていろんなアーティストの音楽を聴いたりしたいんです。音楽と暮らしを、いい塩梅でやっていけたらいいなと思ってます。

草稿:僕は仕事が好きなので、仕事とバンドだったら仕事を取っちゃうんですよね。今後は仕事に集中できるな、という思いはあります。夏botが言ったとおり、同じ環境で続けてくのはよくないと思います、環境が変わった数だけ人間は成長すると思いますし。でも、居心地のよい場所がなくなったのは残念ですね。いまさらドラムが上手くなったような気がするんですけど(笑)。

だらだら続けて馴れ合いになったら、バンドとしては危機的状況ですからね。

夏bot:馴れ合ってる感じはなかったと思います。良くも悪くも、メンバー同士そんなに仲が良くない(笑)。

一同:(笑)。

Mav:「遊ぼうぜ」、「飲みに行こうぜ」とかはないからね。

夏bot:ツンケンしてるとか空気が悪いとかではなくて、シンプルに普段の生活で関わりがないってことですね。

草稿:趣味も全員守備範囲がちがいますね。

eureka:一緒に仕事をしてる同僚たち、みたいな気持ちでした。

夏botさんのコメントには「バンドとしての活動の一つの到達点」ともありましたよね。

夏bot:そうですね。ライドのマーク・ガードナーというバンド内外で共通してヒーローと見なされてる方と一緒に仕事をすることが経験できたり、アジア・ツアーをおこなったり、シンガポールのフェス(Baybeats)に出られたり、自分たちの規模感や音楽性のバンドだとまずないような活動がいろいろと経験できたので。もちろん継続してさらなる高みに到達する可能性はあるんですけど、100%あるわけではない。特にコロナ禍以降、音楽業界が停滞気味で、規模が縮んでしまった感が否めないので。そうなったとき、一か八かの賭けに出るより、ここらで一旦区切った方がいいなと。

なるほど。

夏bot:あと去年、ソブズのラファエル(・オン)から「アメリカ・ツアーが斡旋できるかもしれない」という話があったのですが、メンバーに切り出したとき、アメリカに行きたいと思った人間が僕以外にいなかった。

個々の仕事や生活との兼ね合いで?

夏bot:ええ。僕には音楽活動する上でアメリカとイギリスをツアーで回れるくらいまで行くというのは大きな目標としてあるので、アメリカ・ツアーがこのバンドで望めないとなった時点で、自分の中で整理が付いたことも大きかったです。なので到達点だし、これ以上はあるかもしれないけど、それが必ずしも自分が望んだ形ではないかもしれない、ということで引き際かなと。

実際、アルバムもライヴも素晴らしいので残念ではありますが、ここで終わることに対する説得力は感じます。

Mav:ライヴのクオリティはいまがいちばんいい、高いよね。

夏bot:ここ最近、本当に悔いがないですね。

ピッチフォークに『Hotel Insomnia』のレヴューが載った後、解散の報が載ったのは驚きました。

草稿:レヴューが載った当日じゃなかった?

Mav:コントみたいだった(笑)。

夏bot:ピッチフォークは独立性を保ってるので、事前のやりとりはまったくなかったんです。なので、たまたまそういう因果だったという。外からは相当、不思議な見え方をしてたと思います。

Mav:ピッチフォークに載ったから解散する、みたいな(笑)。

夏bot:海外ファンがほんとにそういう冗談を言ってたよ(笑)。

『Hotel Insomnia』のレヴューはバンドへの理解と知識に基づいた、かなりしっかりとした内容でしたね。

夏bot:ええ。ただ、ライターはアジア系の方だと思います。アジア圏の音楽に触れてくれるのは結局、アジア人だけなんじゃないか? という思いは払拭しきれませんでした。白人主体のインディ・ロック・シーンにおいて、東洋人として一撃を喰らわせるには至らなかったんじゃないかなと。

一方で、ソブズなどは欧米で評価されつつありますよね。

夏bot:ソブズは風穴を空けてくれるんじゃないかなと、期待してる部分は少なからずありますね。

フォトハイの活動を通じて得た喜びや感慨についてお聞きしたいです。

eureka:言いたいことはたくさんあるんですけど、海外に行ったときにみんながシンガロングしてくれたり、そういうのはすごく嬉しかったですね。国内外問わず、うっとりした熱い視線やキラキラした目で見上げられたことがない人生だったので、私的にそれは初めて見た景色でした。普通に生きてたら経験できないことだと思うので、それが私のいちばんの宝、ファンのみなさんに頂いた景色ですね。

Mav:Baybeatsのステージだったり年始のCLUB QUATTRO(2022年1月10日)だったり、「普通にバンドをやってたら、こんな大勢の人たちの前でやることはなかっただろうな」という場所でやれたのは大きいですね。あとは、僕は9月に仕事の出張でシンガポールに行ったんですけど、最終日の夜にソブズやコズミック・チャイルドが借りてるスタジオに行って、夜通し飲みながら好きな音楽を爆音で流しながらすすめ合ってたんですよ。異国の地でこんなことをやる人生ってあんまないよな……と感慨深かったですね。あとはやっぱり、エゴサしてる瞬間は「生きてる!」って感じ(笑)。

夏bot:結局、インターネットなんだよな~。

Mav:インターネット育ちなので。

(笑)。

草稿:僕は普段旅行をしないので、バンドの用事がなかったら海外にも、大阪ですら行かなかっただろうし、そんな機会があるバンドにいられただけでよかったと思います。あと最近、バンド界隈の人たちとカードゲームをやってるんですけど、そういうコミュニティができたのもよかった。

Mav:君、バンド界隈の人たちといちばんプライベートで遊んでるよね。

草稿:バンド界隈ってもはや思ってないんだけどね。

夏bot:日本のシューゲイズ・シーンはマジック・ザ・ギャザリングのプレイ人口が多いらしいです。

草稿:みんな、陰キャなんじゃないですかね。外交的な陰キャ、みたいな(笑)。


eureka(ヴォーカル/ギター)

私らしく自分で歌いたいって気持ちでレコーディングに挑んだのがいままでとのちがいですね。私は結局、誰か風に歌っても私の歌にしかならないので、それがいいところだと言われるけど、それを一回全部捨ててみたい気持ちがありました。(eureka)

ラスト・インタヴューになるので、バンドの歩みを振り返りたいと思います。始まりは2012年、夏botさんが宅録を始めたことと考えていいのでしょうか? とはいえ、バンドで演奏することを前提に制作していたそうですね。

夏bot:大学に入りたての頃にバンドをやってたんですけどすぐ空中分解しちゃって、それがトラウマになってたんです。それで、ひとりでチルウェイヴを作ったりしてたんですね。そんな中、後にBoyishを結成する岩澤(圭樹)くんが「Friends(現Teen Runnings)というバンドがめちゃめちゃかっこいい」と言っててFriendsを好きになり、一緒にライヴを見に行くようになって。その過程でSuper VHSとかミツメとか、いわゆる東京インディのバンドを知っていったんです。同時代の海外シーンと共鳴しながら日本で独自の音楽を作ってるバンドがいることが衝撃だったので、自分もそういうシーンに加われるバンドをやりたいと思ったんですね。2012年の春頃に岩澤くんがBoyishでライヴをするようになったことに刺激を受けて、バンドで演奏できる曲を作るようになりました。

最初の作品は『Juniper And Lamplight』ですか?

夏bot:その前にBoyishとのスプリット(『Flower Pool EP』)を出しています。それを出したのが2012年9月なので、そこをバンドの始点と仮定しています。

そこに、メンバーが加わることで発展していった。

夏bot:最終的にベースのMavくん、ドラムのまーしーさん、ギターのU-1というラインナップになり、ラブリーサマーちゃんが参加した時期が1年あって、ラブサマちゃんが脱退してeurekaが加入して、という感じですね。紆余曲折があって、メンバーがかなり入れ替わってます。それ以前も含めるともう3、4人いるんですけど、数えてくとキリがないので。

Mav:初代ドラマーのMacBookとかね(笑)。

ラブサマちゃんが加入してリリースしたEP「In Fear Of Love」のCDを無料で配布していたことをよく覚えています。夏botさんがおっしゃったとおり、当時の東京インディは面白くて刺激的な時期でしたよね。

Mav:関西のトゥイー・ポップ周りも元気で面白かったよね。

夏bot:そうね。Wallflowerがいて、Juvenile Juvenileがいて、Fandazeがいて……。いまの方がバンドの母数が多くて理解してくださる方も多いんですけど、あの頃ならではの刹那的な輝きがあったなと未だに思い返しますね。仲間が少ない中、みんな試行錯誤して、面白いイヴェントをDIYでやろうとしてる感じがありました。

Mav:いろんな人がZINEを作ったり、オガダイさん(小笠原大)のレーベルのAno(t)raksがネット・コンピを出したり。僕もソロで参加してました。

夏bot:“Youth In My Videotapes”名義でね。

ソーシャル・メディアの黎明期で、Hi-Hi-Whoopeeに象徴されるブログ・カルチャーを介して情報が広がっていく動きもありましたね。For Tracy Hydeはその後、『Film Bleu』でP-VINEからアルバム・デビューを果たします。このアルバムはいま聴くと、タイトルどおりフレッシュな青さを感じますし、eurekaさんの歌もちょっとちがいますね。

草稿:いま、eurekaはマスクの下でめちゃくちゃ苦い顔をしてます(笑)。

eureka:録り直せるなら録り直したい(笑)。録音したのは加入して2、3週間後で、最初に録ったのは“Sarah”(“Her Sarah Records Collection”)と“渚”だったと思います。録音したものを聴いて、「私ってこんな声なの?」と思ったのがそのままCDになってます(笑)。

夏bot:この頃は「歌に感情を込めないのがいい」という謎のポリシーがあって、それを彼女に強いたらめちゃめちゃ戸惑ってしまって。

eureka:セカンドからは好き勝手に歌ってよくなったんですけど、ファーストのときはとにかく「かわいくならないようにニュートラルな感じで、無感情で歌って」と言われて、全然わからなかったですね(笑)。

夏bot:聴き返したら、演奏もアレンジも全然なってねえなって思っちゃいますね(笑)。唯一、いま聴くことができない自分の作品。でも、不思議と根強く支持してくださる方がいらっしゃるんですよね。

Mav:最近のライヴ物販でも未だにCDが売れるからね。

夏bot:解散を発表してから「ファーストの曲をライヴで聴きたい」という声がめちゃめちゃあるのですが、やりようがない(笑)。

Mav:編成上の都合があるからね。

音楽的には渋谷系成分が多めに感じられますし、すごくポップでいろいろなことにトライしている印象です。

夏bot:良くも悪くも、海外インディの解像度がめちゃめちゃ低かったと思います。いかんせんプロダクション周りのことを何も知らなかったので、ノウハウがないまま「ザ・1975っぽい音にしたい」とか「ダイヴ(DIIV)みたいな音にしたい」とか、そういう試行錯誤の跡が残ってますね。

Mav:単純に2012年から2016年までの曲が全部入ってるから、作った期間が長いんですよね。

夏bot:(曲が)古いんだよね。

先日、夏botさんの「新譜案内等に『シューゲイズ』という言葉を入れるだけで出荷枚数が3桁単位で減るという時代が10年くらい前にはありました」というツイートがバズっていたじゃないですか。そのこともファーストのサウンドに関係しているのかなと。

夏bot:その情報は友人のバンドマンがレーベル・オーナーから聞いた話なので僕が直接損害を被ったわけではないんですけど、それでも当時のうちらの担当者も「シューゲイズ」という言葉を使うのを渋ってたので、業界内でそういう認識は共有されてたと思います。レコード屋さんのポップでも「チルウェイヴ×アニメ文化」みたいな不思議な書かれ方をされてて、本質はそこじゃない気がするんだけど、でも「シューゲイズ」って言うわけにはいかないしな、というモヤモヤ感がありましたね。

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夏bot(ギター/ヴォーカル)

全編を通して文明批判的な視座があるので、芸術作品じゃなくあくまでも商品や製品、広告としてCDを提示したい思いがあって。アートワークというよりプロダクト・デザイン的な観点でやりたかったんです。(夏bot)

『he(r)art』以降の方がシューゲイズへのアプローチが明確に打ち出されていった感じがします。『he(r)art』でフォトハイのアートが完成された感じがしますね。

Mav:エンジニアがTriple Time Studioの岩田(純也)さんになって、プロダクションの質が変わったのがデカいですね。リファレンスとしてダイヴの『Oshin』の曲をリファレンスに挙げたら、岩田さんもノリノリで実機のデカいリヴァーブを出してきて。

夏bot:スペース・エコーね。

Mav:我々もテンションが上がって、リヴァーブ盛り盛りで録りましたね。

夏bot:話が通じるエンジニアさんとの出会いが大きくて、音楽性もそっちに引き寄せられるようになりました。「ディレイとリヴァーブで空間を埋め尽くすのをシューゲイズっぽくない曲に当てはめていく」というテーマがあって、それこそシティ・ポップ的な曲にそのアプローチをしてみたり。

eurekaさんはいかがですか?

eureka:ファーストを録りながら自分の声や「どうしたらどういう風に歌えるのか」が客観的になんとなくわかるようになって、ライヴをある程度重ねて、「こういうことがしたい」というのがだんだんわかってきた頃ですね。夏botさんのデモに対して「こういう感じで歌おう」とイメージしてやれたので、いい感じだったんじゃないかなと(笑)。好きなアルバムのひとつです。

Mav:夏botがザ・1975にハマってて、コーラスの入れ方は参考にしてましたね。5度とかの音でずっとハモりつづけるコーラスが雑音の少ないeurekaの歌声に合ってたと思います。

夏bot:その後の方向性の基盤になってるとは思うのですが、一方で特異点っぽい感じもする。例えば、ブラック・ミュージックっぽいアプローチの曲は、これ以降ほぼやってないですし。

Mav:変なことをいろいろ、いちばんやってるんですよね。“アフターダーク”や“放物線”の感じはこれ以降ないし、“Just for a Night”の朗読も変わってるし。トータルとしてすごく好きです。

そして、まーしーさんの脱退と草稿さんの加入を経てリリースされた『New Young City』。夏botさんにインタヴューしたとき、シティ・ポップが喧伝され称揚されていたことへの違和感を語っていた記憶があります。

夏bot:シティ・ポップってある意味、シューゲイズ以上に新規性が打ち出しにくいと思ってて、シンプルに面白くないなと(笑)。音楽的探求心が感じられないものが流行ってたので、シティ・ポップの意匠を借りて内側からそれを瓦解させることをセカンドでやろうとしたんですけど、自分の力不足かうまく伝わらなかった。そこで一旦仕切り直して本当に得意な音楽に改めて向き合って、シティ・ポップ・ブームに対するオルタナティヴとして強度が高いものを提示しよう、という意識はあった気がします。

Mav:草稿が入って、フィジカル的に強度のあることをやれるようになりましたね。

夏bot:まーしーさんとはドラマーとしての資質がちがうからね。

Mav:まーしーさんは関西のギター・ポップ畑出身なんですけど、草稿はマイク・ポートノイになりたい人なので(笑)。

草稿:僕、マイク・ポートノイっぽくないですか(笑)?

Mav:草稿は、デモのドラムがダサいと思ったらどんどん変えてくタイプですし(笑)。

草稿:「ダサい」って言うと管さん(夏bot)は露骨に機嫌が悪くなるから、そうは言わないけど(笑)。ドラムパターンを変えてもあまり怒られなかったので、ありがたく変えさせていただいてます。

Mav:このへんから僕もベースで好き放題やらせてもらってますね。

夏bot:一方でここから(eurekaがギターを弾くようになったことで)ギターが3本になったので、そのぶんシンセに依存する比率が下がっていった。ドラスティックな変化がセカンドとサードの間にあった気はしますね。

“Hope”と“Can Little Birds Remember?”は完全に英語詞の曲ですよね。

夏bot:ソブズとの出会いが大きかったですね。2018年の7月頃に「ジャパン・ツアーをオーガナイズしてほしい」と相談を受け、2019年の1月にそれを実現させて、というのを間に挟んだので、海外リスナーにどう訴求するかを念頭に英語詩の曲を作りました。その部分はアルバム全体に変化をもたらしたんじゃないかと思います。

その後、2019年9月18日の台北公演に始まるアジア・ツアーをおこなっています。

草稿:弾丸すぎて大変だった思い出しかない(笑)。嫌な思い出が99%、いい思い出は1%しかないかも。

夏bot:スケジュールは鬼キツかったですね。僕は楽しかったけど、みんなはそうじゃなかったかも(笑)。

Mav:楽しさはあるけど、あのスケジュールでやるもんじゃないって思ったよ。

夏bot:マニラからジャカルタに移動する空港で気絶しそうになってたとき、さすがにキツかったよね。

寝る時間がなくて?

夏bot:そう。マニラでのライヴが終わって空港に移動して、深夜だからお店も開いてない中、フライトまでの数時間を空港で潰さなきゃいけなくて。

草稿:機内泊が3連続だったから、めっちゃハードでしたね。コズミック・チャイルドのメンバーが空港のコンビニの前で寝てて、すげえなって思った(笑)。

夏bot:あの時間帯の海外の空港ってすごくて、みんな当たり前のように床で寝るんですよ。

eureka:最終日のジャカルタに着いたとき、「頼むからお風呂に入れさせて!」って訴えて入れさせてもらったんですけど、みんなは入れなかったよね(笑)。

草稿:僕は、マニラとジャカルタでは同じ服を着てました(笑)。

eureka:あとライヴをする環境もすごくて、その場でステージを作って音響もギリギリまででき上がってない状態で、日本でのリハーサルとはまったくちがいました。メンタルが強くなったと思います(笑)。

草稿:マニアの会場はコンクリートの打ちっぱなしのジムで、音がめちゃくちゃ回ってましたね。

夏bot:音響が事故らなかった日、ないんですよね。

草稿:ジャカルタの思い出だと、ドラムの位置がステージの後ろギリギリで、演奏中に椅子が落ちかけたりとか(笑)。

eureka:最初の数曲でヴォーカルの音が外に出てなかったことがあって、「おかしいな」と思って“Can you hear me?”って聞いたら“No!”って返ってきたこともあったよね(笑)。“One more time!”って言われて、もう一回歌いました(笑)。

草稿:ヴォーカルのマイク線がMavのコーラスマイクに刺さってたんだよね。

Mav:でも、シンガポールとインドネシアでライヴをやったときは「すげえ! こんな盛り上がるんだ! マジか!?」ってインパクトはあったよ。

夏bot:娯楽に対する飢餓感が強いんですよ。公安がイヴェント運営に介入してくるのでギリギリまで会場の使用許可が下りなくて、会場が決まらないから告知できないとか、そういう経緯があって。そのぶん能動的に楽しもうという姿勢が伝わってきて、かなり刺激を受けましたね。日本語詞の曲も響いたけど、その上で英語詞の曲も当たり前のように響いて、一緒に歌ってくれて……。その体験がこの作品以降、英語詞の曲を必ず入れる流れに大きく作用したのは事実ですね。

Mav:後は、リリパでwarbearと対バンしたじゃないですか(2019年10月16日)。あれは感慨深いものがあった。音響は事故ったとはいえ、U-1はあれがエンディングって感じだったもんね(笑)。

草稿:「人生、第一部完」みたいな感じだった(笑)。

Mav:『あの花』(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』)のTシャツにサインまでしてもらって。

夏bot:もう一個付け足すと、翌年(2020年)の1月にバンコクでライヴをしたときにデス・オブ・ヘザーのテイや他のメンバーが遊びに来てくれて仲良くなった経緯があって、今回スプリット・シングル(『Milkshake / Pretty Things』)を出すことができたんです。来日公演(2023年3月16日)で対バンもできたので、ささやかだけどターニング・ポイントっぽい出来事かな。

草稿:タイ、よかったね。サイン会もして、50人くらい並んでたんじゃないかな? コロナ禍前の瀬戸際だったね。

先例がないことをやることと、軸にある音楽性を崩さずに可能なかぎり規模感を広げることは念頭に置いて活動してきました。それがシーンの活性化や若手たちへのインスピレーションに繋がってくものと思って活動してきたので、もし少しでも形にできてるなら本望ですね。(夏bot)

そしてコロナ禍に突入し、2021年に『Ethernity』をリリースしました。「アメリカ」というコンセプチュアルなテーマがあり、音楽的にも異色のアルバムだと思います。

夏bot:やっぱり、かなり大きな社会情勢の変化がいろいろとあったので。アメリカはトランプ政権下でしたし。

Mav:ブラック・ライヴズ・マターとかもあって。

夏bot:そう。あと、コロナ禍でバンドも動かせないし友だちとも会えないし、何もすることがないのでひとりで内省にふける時間が否応なしに増えて。変化が起こるのは、必然と言えば必然なのかなと。

Mav:夏botが多摩川沿いを無限に歩いてた時期ね。

草稿:痩せた時期ね。

eurekaさんはどうですか?

eureka:小学生の頃から社会に対していろいろなことを考え続けてて、それを表に出せないタイプだったので、このアルバムはぐっとくる、しっくりくる歌詞が多かったです。小学6年生のときの卒業文集にみんなが将来の夢や6年間の思い出を書いている中で、私は「戦争反対」って書いたんですよ(笑)。

Mav:イカついね~。

夏bot:だいぶストロング。

eureka:そういう本ばかり読んでましたし。私の親は父がアメリカ人なんです。片方の国は戦争をしてて片方の国には平和憲法がある、という2つの祖国の間でアイデンティティの葛藤を感じながら育ってきたので、このアルバムはしっくりきました。

夏bot:コロナを機に昔のことを思い返しつつ、いまのアメリカと昔のアメリカを対比してましたね。あとはドリーム・ポップというジャンルが社会性と切り離されて捉えられがちだからこそ、あえて社会性のある作品を出すことにしたんです。

Mav:僕はこのアルバムでは、「リアル・エステイトのパクリをやらせていただきました」という感じでしょうか(笑)。ソロ名義で作った曲で、歌詞が書けずにお蔵入りにしてたものをサルベージしたんです(“Welcome to Cookieville”)。夏botが「爽やかな曲が欲しい」と言ってたので、仮タイトルは「爽やか」でしたね。

夏bot:貴重なU-1作詞曲です。

Mav:あいつが「書いてみる」と言うから書いてきたはいいものの、メロディと文字数が一切合ってなくて(笑)。韻もめちゃくちゃだし、「頭の中でどう整合性が付いてるのかまったくわからん」と思いながら調節した経緯があります。じつは、ファーストの“Outcider”の作詞は僕ってことになってるんですけど、あれもU-1が作詞原案なんです。それもめちゃくちゃな状態だったから、僕が調整したんですよね。

夏bot:そしたら「これは俺の歌詞じゃない!」って言い出してクレジットされるのを拒まれた。よくわからんけど、“Welcome to Cookieville”のクレジットはOKだったね。

Mav : 嫌がってたけど、ぬるっとそのままクレジットしちゃった。

草稿さんは?

草稿:僕はこのとき、モチベーションが1ミリもなくて(笑)。やる気がなさすぎて3か月くらいドラムを叩いてなくて、めちゃくちゃ下手になったんです。数か月叩かなかったブランクを取り戻すには、マジで1年半くらいかかりますね。演奏面については、2曲目の“Just Like Firefries”のフィルをいろんな曲で使い回してるんです。でも、「これはコンセプト・アルバムだから大丈夫」って言い聞かせて(笑)。ドリーム・シアターのコンセプト・アルバム『Metropolis Pt. 2』でもマイク・ポートノイが“Overture 1928”のフィルを使い回してるので、自分の中でそれと同じということにしました(笑)。

そんな裏があったとは(笑)。そして、2022年2月のU-1さんの脱退を経て10月にシンガポールのフェス、Baybeatsに出演しました。

夏bot:2019年のアジア・ツアーと2020年のバンコク公演からの連続性の中で捉えてますね。海外での活動が視野に入ってくる段階かなと思ってたところでコロナ禍に突入してしまって、国内での活動すらままならない状況になってしまったので、それを乗り越えて海外の舞台に戻れたのには感慨深いものがありました。以前お会いした方々にもまた会えましたし、当時と変わらないかそれ以上の盛り上がりをまた見せてくれて。シンガポールは国民の多くが早い段階でコロナに一度罹ってたらしく、生活は完全に元通りになってましたね。日本とまったくちがう状況に放り出されたのもよかったですね。

草稿:いい待遇をしてくださって、非常に気持ちがよかったですね。

夏bot:フェスに国家資本が入ってるからね。

草稿:Baybeatsに出るか出ないかでバンド内は紛糾したんですけど、解散が決まってたので僕は絶対、無理にでも出た方がいいと激推ししました。結果的に出られてよかったと思います。

Mav:2019年のグッズを着てくれてる人がいたのは嬉しかったですね。夏botは完全に暑さにやられてましたね。

夏bot:熱中症になりました。10月だったけど夏の気候なんですよ。

Mav:eurekaはすぐ帰国しなきゃいけなかったので、僕と草稿だけがライヴ後のサイン会でサインを書き続けました(笑)。

草稿:いちばん需要のないふたりが(笑)!

夏bot:劇場の支配人が物販の手伝いに来るくらいの勢いで、物販はほぼ全部売れましたからね。

Mav:シンガポールのバンドの連中と飲んだのも楽しかった。コズミック・チャイルドが新曲をレコーディングしてるスタジオに遊びに行ったのもいい思い出だし。

夏bot:このときに機内で撮った朝焼けの写真がスウェットの写真になってるよ

草稿:そうなんだ! めちゃくちゃいい話。

eureka:でも、なんだかんだで2019年のアジア・ツアーも楽しかったですよ。

草稿:それは美化されてるよ(笑)。

夏bot:思い出補正だ(笑)。

eureka:騙されてたほうが幸せ(笑)。

そして『Hotel Insomnia』に至るわけですが、制作はいつやっていたのでしょうか?

草稿:『Ethernity』のワンマン・ツアーのとき(2021年5月1日、3日の「Long Promised Road」)には既に……。

Mav:2、3曲やってたよね。“Undulate”と“Milkshake”と“Estuary”。

夏bot:レコーディングも2021年の夏には一旦してたんじゃないかな。この頃、僕はすごく燃えてたんですよ。どんどん曲を作っては(メンバーに)投げ、作っては投げ、っていうのをやってて。

Mav:いままでのデモは全部フルで作ったものだったんですけど、『Hotel Insomnia』に関してはワン・コーラスのものをたくさん作ってましたね。それで、「どれがいい?」って投げられる感じ。

夏bot:ぶっちゃけ『Ethernity』の評判がよくなかったんですよね(笑)。なので、それを上書きしたい心理があったと思います。コンセプト・アルバムを作るのはやめて、曲をいっぱい作ってメンバー投票で選べば嫌でもいいアルバムになるだろうって。

『Hotel Insomnia』は、いままであったアルバムのイントロとアウトロがないですからね。いい曲だけを集めたものにしたと。

夏bot:シンプルにそういう形にしようと思いました。「曲数を減らそう」という狙いもありましたね。

草稿:長すぎて冗長な節があったからね。

Mav:「10曲、11曲で終わろう」って言ってたね。

草稿:気づいたら13曲になってたけど(笑)。でも、このアルバムは冗長感ないよね。アルバムの長さはいままでとそんなに変わらないんだけど。

とはいえ、『Hotel Insomnia』というタイトルにはコンセプトが潜んでいそうな感じがあります。

夏bot:ええ。通底してるものはありますね。コロナ禍以降の世の中の変化が『Ethernity』のときよりさらに加速してる感じがあって――例えば、いろいろな分断だったり、ウクライナ戦争だったり、安倍(晋三)元首相の暗殺事件だったり。なので『Ethernity』を制作してた頃より、考えたり思ったりすることがさらに増えました。“Hotel Insomnia”というのは「旅先で過去を思い返したり、未来を不安に思ったりして眠れない」という状態を想定してます。でも、旅をするまでもなく、我々は普段、日常においてそういう心理に近い感情を抱えて生活しないといけない状況になってるので、旅先での不安といま我々の生活の中にある不安をオーヴァーラップさせてます。生まれ育った国にいながらにして異邦人のような孤立感、疎外感を覚える感じというか。そういう心情をいろいろな形で表現しよう、というのが裏テーマとしてありました。

イーグルスの“Hotel California”と関係があるのかな? なんて思っていました。

夏bot:それは全然ないんですけど、そういう捉え方もできるとは思います。それこそ“Hotel California”も文明批判的な視座がある曲なので、意図してないにせよ面白いと思いますね。今作はタイトルだけ先にあったのですが、検索していたら他にも固有名詞として“Hotel Insomnia”という言葉が使われてる例が2つあって。一個は韓国に実在するホテルで、もう一個はチャールズ・シミック(Charles Simic)というアメリカの詩人の詩集なんです。チャールズ・シミックは旧ソ連圏のセルビア出身の方で、作風も旧ソ連圏の社会主義が日常生活に落としてる暗い影を感じさせるものらしいんですね。実際に詩集を取り寄せて読んでみたら、別に好きでも嫌いでもなかったんですけど(笑)。“Hotel California”にしてもチャールズ・シミックにしても、いろいろな、似たような発想のものがこのタイトルに集約されてるんじゃないかと思いますね。

ちょっとホラーめいたモチーフでもありますよね。映画『シャイニング』のオーヴァー・ルック・ホテルを想起させもしますし。音楽的にはどうでしょう? 演奏やプロダクションは、フォトハイの集大成にして最も得意なところを打ち出しているんじゃないかと思いました。

夏bot:「シンプルにいい曲を」というのが第一義だったので、あまりめちゃくちゃなことはできなかったんです。身の丈に合ってないことに手を出した結果、「音は面白いけど楽曲の強度がない」という例は過去作にあったと思うので、それは絶対に排除しないといけなかった。フォトハイがいままで長いコンセプト・アルバムを作ってきたのには、The 1975の異様に長いアルバムの影響が大きいんですね。今回そこからあえて外れて、一曲一曲の強度が高いコンパクトでコンセプトのないアルバムを作ろうと思い立ったら、The 1975も(『Being Funny in a Foreign Language』で)そういう方向に路線変更してて偶然にも一致したのが、自分の中で面白ポイントとしてあります(笑)。

マスタリングはなんと、ライドのマーク・ガードナーが担当しています。

草稿:マスタリング前と後で聞こえ方が全然ちがったんですよね。印象がこんなに変わるんだなって。「ドラムでか! ベースでか!」みたいな。

Mav:「洋楽の音」というかね。

夏bot:先行配信された“Milkshake”とYouTubeのMVは従来どおり中村宗一郎さんがマスタリングされてるのですが、印象がちがうので聴き比べてみると面白いと思います。

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Mav(ベース)

何年後か、ブックオフの棚にひっそり並んでて、何も知らんけど手に取ってみたらめちゃくちゃよかったCDとして若者に聴いてもらいたい。(Mav)

マーク・ガードナーに依頼した経緯を教えてもらえますか? エンジニアリングをされているというのは知りませんでした。

夏bot:彼はいまスタジオをやってて、ミキシングやマスタリング、プロデュースなどをいろいろされてるんですね。遡ると、まず『Ethernity』をアメリカでマスタリングしたかったので、エンジニアさんにコンタクトを取ったのですが返事がなく、納期に間に合わなかったことがあったんです。で、『Hotel Insomnia』を作るとき、レーベルからプロモーションとして外部アーティストとコラボする案を頂いて、エモ・ラップに傾倒していた時期だったので国内のラッパーをフィーチャーした曲を作ろうかなと思ってたのですが、イメージが湧かなくて。でも、外部アーティストを入れるのは大事かなと思ったので、今回こそ海外でマスタリングしてみるのは手だと思いました。候補としてスロウダイヴのサイモン・スコットとマーク・ガードナーを挙げて、バンド内で話し合ったらみんなライドへの思い入れが強かったから、マーク・ガードナーと一緒にやってみたい、という話になったんですね。マーク本人もSNSですごく言及してくださって、願ったり叶ったりでしたね。

Mav:ミーハーだけど、マーク・ガードナーが、俺が弾いたベース、俺が書いた曲を聴いてるってだけでテンション上がるよね(笑)。

草稿:そんなこと考えなかったな。

夏bot:自分のドラム、めちゃめちゃ持ち上げられてるやん(笑)。

草稿:たしかにね。「いいドラムだ!」って思われたのかも(笑)。

夏bot:「ドラムを聴かせたい」って思ってなかったら、こうはならないから。

草稿:いいこと言うね。自信持てたわ(笑)。このアルバムでは、どれだけ気持ち悪いことができるかに挑戦したんですよ。『Ethernity』についてのインタヴューでも言ったんですけど、スピッツが赤レンガ倉庫でのライヴ映像を無料公開してる時期があって、仕事が忙しかった期間にそれをリピートしてたんです。そしたら(ドラマーの﨑山龍男が)「気持ち悪いことをさらっと入れてるんだけど気持ち悪くない」みたいなプレイをしてて。それで管さんが怒らないギリギリまで気持ち悪いプレイをやろうと思ってアレンジしたんですが、どこまでやっても怒られないからどんどん気持ち悪くなっていきました(笑)。

夏bot:ペースよく曲を作るのを最優先してたから、デモはドラムもベースもぜんぜん練ってなかったんだよね。

草稿:リファレンスもなかったから、僕とMavで決めていきましたね。

Mav:ベースは……頑張ったな(笑)。“The First Time (Is The Last Time)”とか、個人的に気に入ってるベースラインはすごく多いです。

草稿:あれはCymbalsを目指したんだよね(笑)。“RALLY”のフィルをなんとかねじ込もうと思ってパンチインしましたからね(笑)。

Mav:“House Of Mirrors”は私が書いた曲ですが、「あまりめちゃくちゃなことはできなかった」と言いつつ、思いっきり変な曲ですね。

夏bot:Mavくんの曲が一曲あった方がいいかな、という気持ちがあったんですよ。

Mav:温情枠があるんですよ(笑)。夏botが「アルバムに欲しい要素リスト」を出して、その中で「チルウェイヴっぽい曲だったらいける」と思って作ったのですが、最終的に全然ちがうとこに行き着いたね。ファーストからフィフスまで僕が書いた曲は7曲あるんですけど、この曲に限らず、いくつかはバンド内発注みたいな感じでした。ただ、“House Of Mirrors”は海外のRate Your Musicではボロクソに言われてますね(笑)。

夏bot:自分からは出てこない感じなので面白かったと思います。好きな人は好きな曲だよね。

Mav:評価が両極端なんだよね。

草稿:でも、ラップは宇多丸さんに(「アフター6ジャンクション」で)褒められたから。

夏bot:めちゃめちゃ光栄だったけど、完全にドメス(ティック)な視点だね(笑)。

ラップは想定されていたんですか?

Mav:間奏がギター・ソロだけだとさびしいから語りかラップを入れたいけど、自分で歌詞を書けないから無理難題にならないかな? と思ってたら、夏botが「ラップを入れたい」と言ってくれたんですよね。

夏bot:最近SixTONESの田中樹くんにめちゃめちゃハマってて、ラップが熱いんですよ(笑)。

eurekaさんはどうですか?

eureka:これまでは曲ごとに「このヴォーカリストっぽく歌いたい」と設定して「この人とこの人のいいとこ取り」みたいなのをやってたんですけど、今回は一曲もそれをやってないんです。

夏bot:お~!

最後にeurekaとして歌ったんですね。

eureka:そうなんです。ただの素の私で歌ってみようって。さっき言ったとおり『Ethernity』も好きなんですが、歌詞がいちばん好きなのは今作かも。だから、私らしく自分で歌いたいって気持ちでレコーディングに挑んだのがいままでとのちがいですね。私は結局、誰か風に歌っても私の歌にしかならないので、それがいいところだと言われるけど、それを一回全部捨ててみたい気持ちがありました。


草稿(ドラム)

ある文脈の中にちゃんと位置づけられるほど強度のある曲を夏botが書いてくれて、そこに参加できたのが嬉しかったですね。誰かの人生を狂わせられる程度のバンドにはなったのかな?(草稿)

夏bot:みんな素なんだよね。僕もリファレンスをあえて投げなかったので。

草稿:あえてだったんですね。

夏bot:いちいちリストアップするのがだるいし、型にハマるのも面白くないなと。曲決めの投票とか、民主的な感じはめちゃめちゃ意識してた。

eureka:あとこの前、リハーサルの前日にぜんぜん眠れなくて、本当に“Hotel Insomnia”だったことがあって(笑)。ニュースやTwitterを見てても3.11の話題が流れてきて、寝不足のまま向かったスタジオで歌った“Estuary”でいろいろ考えてしまいました。今回の歌詞、重いですよね。

夏bot:「このアルバム、管さんが病みすぎてる」と言う友人がいるんですが、そんなことないんですよ。いろんな登場人物の物語をいろんな人の視点で書いてるだけなので。

eureka:“Hotel Insomnia”だからね。

“Natalie”では思いっきりビーチ・ボーイズ・オマージュをやっていて、夏botさんらしいなと思いました。

夏bot:いままでやってこなかったしできなかったのですが、コロナ禍以降、音楽への解像度がめちゃめちゃ高まったんですよね。リモート・ワークになって音楽を聴く時間が増えたので、聴いては調べてを繰り返してく過程でわかったことがかなり多かったんです。それで、ここいらで一回やってみようかなと。同じような音楽性の他のバンドは絶対やらないでしょうし。あと、明確に決まってなかったんですけど、アルバムを作ってる段階で「終わるんやろな」と思ってたので、最後にやっておきたいことを考えてたからですね。

今回はジャケットがメンバーの写真だというのも大きなちがいですね。

夏bot:今回は、いままでお世話になってた小林光大くんじゃなくて、renzo masudaくんという写真家が撮ってくれたんです。光大くんはメンバーの写真をジャケットにしたがってなかったのですが、せっかく写真家が変わったし、ちがうことをやってみたいと思ったときにこの案が浮かんだんですね。メンバーを撮るだけならお金も時間も節約できますし(笑)。

草稿:あとはテレビを探してくるだけでしたね。

Mav:世に残存する貴重なブラウン管テレビの内の1つをMVでeurekaが壊しましたが。

eureka:しかも、1つじゃないし(笑)。いや~、あれ、怖かったな~。

夏bot:ジャケットに文字を入れたのもハイライトかな。普通のアルバムっぽい感じにしたくなかったのと、全編を通して文明批判的な視座があるので、芸術作品じゃなくあくまでも商品や製品、広告としてCDを提示したい思いがあって。アートワークというよりプロダクト・デザイン的な観点でやりたかったんです。それと、ソブズとかコズミック・チャイルドとか、シンガポールの友人たちはみんな渋谷系がめちゃめちゃ好きなんですね。それで、ひさびさに渋谷系を聴き直して「やっぱりいいな」と思うタームがあったので、渋谷系っぽい意匠を古臭かったり陳腐だったりしない程度に取り入れました。いろんな要素を足し算で取り入れて組み立てていきましたね。

音楽的にも90年代のエレメントを感じました。

夏bot:原点回帰といえば原点回帰ですね。ファーストからフォースまでの要素は全部、何かしら入ってる集大成だという気がします。“House Of Mirrors”だってセカンドっぽいといえばセカンドっぽい。

Mav:ラップが新鮮って言われるけど、普通にやってたよなと。

夏bot:“アフダーダーク”はラップってほどの感じでもなかったから。

アルバムの最後の曲“Leave The Planet”は解散宣言にも聞こえます。考えすぎでしょうか?

夏bot:歌詞は正直……バンドの終わりについての歌ですね。めんどくせー、全部投げ出してー、みたいな気持ちで書いてました(笑)。この曲が最後の曲になったのはたまたまで、もともと草稿が“Subway Station Revelation”で終わる案を出してたんですけど、いざ曲が出揃って並べたときにあまり気持ちよくなくて。

Mav:“Unduate”始まり、“Subway”終わりの曲順をメンバーで考えたのですが“Leave”がハマらなくてこうなりました。

草稿:あの打ち込みがイントロの曲で終わったのはよかったよね。

Mav:2023年はマッドチェスターが来る。

草稿:絶対来ないでしょ(笑)。

夏bot:でも最近、アンダーグラウンド・レベルで出てきてますよ。イギリスにはピクシー(Pixey)、オーストラリアにはハッチーやDMA’Sがいるから。

フォトハイがいなかったらこの10年の日本のシーンの景色はちがったんじゃないかと思うくらい、意味のあったバンドだと思うんです。東アジア、東南アジアのバンドとの繋がりも重要ですし。

夏bot:うーん……。そうなんですかね~?

(笑)。ご本人としての達成感はどうでしょうか?

夏bot:そうだとも思うし、そうだと言い切れないとも思うというのが正直なところかな……。僕は世間で思われてるよりは自分を客観視できるので、自分を持ち上げる言動は本心ではやってないんです。だから、ぶっちゃけ自分に自信はないですね。ただ、先例がないことをやることと、軸にある音楽性を崩さずに可能なかぎり規模感を広げることは念頭に置いて活動してきました。それがシーンの活性化や若手たちへのインスピレーションに繋がってくものと思って活動してきたので、もし少しでも形にできてるなら本望ですね。

Mav:僕は、シーンはあんまり意識してないかも。このバンドで作ったアルバムが気に入ってるので、それがすべてだなって思ってる。ライヴより音源の方がよっぽどいいと思ってるので(笑)。

夏bot:それはそうだね(笑)。

Mav:あと、コピバンしてくれる人がいるのはめちゃくちゃ嬉しい。コピバンされる対象になれた喜びはめちゃくちゃありますね。今後は、みんながコピバンやってくれるのをチューチュー吸って生きていきます。

(笑)。

夏bot:ライヴは、ふれあい動物園みたいなもんやからね。

Mav:我々自身がね、音源のFor Tracy Hydeのコピバンみたいなところがあるからね。

eureka:私はこのバンドが初めてのバンドなので、これまで音楽に能動的に関わることはまずなかったんです。でも、彼(夏bot)の曲を聴いて「これはいろんな人に聴いてもらうべき音楽だ」と勝手な思いを抱いて、彼の曲のスピーカー的な立場になれたのが嬉しいです。それを布教できたというか……。

夏botさんの曲を伝える媒体になれた、という感じですか?

eureka:……弟子みたいな感じ?

弟子(笑)?

夏bot:それはちがう気がするけど(笑)。

eureka:布教活動してる人、みたいな気持ちです(笑)。それが嬉しいし誇りに思ってるし、よかったと思います。アルバムの中に私が残ったのも嬉しいし、みんなにいっぱい聴いてもらいたいです。私たちがいなくなった後も曲は残るのでいっぱい聴いてほしいし、コピーもしてほしいです。

Mav:何年後か、ブックオフの棚にひっそり並んでて、何も知らんけど手に取ってみたらめちゃくちゃよかったCDとして若者に聴いてもらいたい。

夏bot:それはある!

eureka:私はMADになりたい。MADになって、それで知ってほしい(笑)。

Mav:MADという文化ってまだ存在してるの(笑)?

eureka:もうないのかな~?

夏bot:そのうちTikTokで流行らないかな~。

TikTokでペイヴメントの“Harness Your Hopes”が謎に流行ったので、可能性はあると思います(笑)。

eureka:突然、誰かの脳内を支配したいですね。

草稿さんはどうでしょう?

草稿:僕は、ある文脈の中にちゃんと位置づけられるほど強度のある曲を夏botが書いてくれて、そこに参加できたのが嬉しかったですね。誰かの人生を狂わせられる程度のバンドにはなったのかな? かといって、夏botが音楽だけで食っていけるところまで行けなかったのは心残りですね。

夏bot:まあ、僕は敵が多いから(笑)。

草稿:でも、いいものを作り続けてれば、きっといつか何かありますよ。

夏bot:せやな~。

草稿:あとは運ですから。まあ、コピバンはしてほしいですね。

Mav:コピバン、してほしい。

夏bot:コピバンは、してほしい。YouTubeにあるのは全部見てますから。

草稿:ちゃんとコピってくれないけどね(笑)。

Mav:ベースとドラムのディテールはめっちゃ捨て去られる。だから、俺たちとのチェキは撮りに来ないんだよ。

eureka:でも、歌ってる子たちはみんなかわいいよね。

草稿:ヴォーカルとギターの解像度だけは高い(笑)。

夏bot:でもね、コピーしてくれる事実だけでもう感動だよ。あとは精度で感動させてくれるバンドが現れたらマジで嬉しくなっちゃう。

草稿:すげー! 俺らよりうめー! みたいな(笑)。

eureka:二代目For Tracy Hyde(笑)。

夏bot:襲名してください(笑)。

そういう意味で、「21世紀のTeenage Symphony for God」だったんじゃないかと思うんです。

夏bot:だといいんですけどね~(笑)。

草稿:いいまとめだ!

Mav:僕は「僕らのアーバン・ギター・ポップへの貢献」だと思ってますよ。

夏bot:ザワンジのね。※

※小沢健二の“ある光”の歌詞「僕のアーバン・ブルーズへの貢献」のもじり。プリファブ・スプラウトの“Cruel”の歌詞“My contribution, to urban blues”の引用。

Mav:どれだっけ? 最初の頃にそれ、付けてたよね?※

EP『Born To Be Breathtaken』のコピー。

草稿:……太古の話してる?

真面目な話、それは確実に成し得たことなのではないでしょうか。

夏bot:だといいな~。

草稿:5年後には管さんが僕らを養ってくれるよ! それか年に一回、焼き肉を奢ってくれるはず。

夏bot:高い焼肉って食べたことないんだよな~。

草稿:食べ物ってさ、1万円を超えると全部同じですよね(笑)。

eureka:高いと緊張しちゃって味を感じられなくなる。全部、砂みたいに感じちゃって(笑)。「これ、1枚2000円だな」って思いながら食べるお肉、味しないよ。手汗がすごい出ちゃう。

あまりにも永遠の中堅バンドっぽい話なんですけど(笑)!

Mav:それが結論でした(笑)。10年間のまとめ(笑)。

夏bot:5枚のアルバムを通じて学んだこと、肉の味なの(笑)? 「友達と適度に安い焼肉を食うのがいちばんうまい」という結論?

草稿:……悲しすぎるだろ(笑)!

For Tracy Hyde年表

2012年9月11日:
Boyish & For Tracy HydeのスプリットEP『Flower Pool EP』をリリース

2012年10月9日:
EP『Juniper And Lamplight』をリリース

2013年5月10日:
アルバム『Satellite Lovers』をリリース

2013年8月31日:
EP『All About Ivy』をリリース

2013年10月27日:
『Satellite Lovers』『All About Ivy』のCD-Rを音系・メディアミックス同人即売会「M3」で頒布

2014年4月:
ラブリーサマーちゃん(ヴォーカル)が加入

2014年4月27日:
EP『In Fear Of Love』をリリース、「M3」でCDを頒布、各地で無料配布

2014年8月17日:
EP『Born To Be Breathtaken』をリリース、「コミックマーケット」で頒布

2014年10月26日:
シングル『Shady Lane Sherbet / Ferris Wheel Coma』をリリース、「M3」でCD-Rを頒布

2015年5月:
ラブリーサマーちゃんが脱退

2015年9月3日:
eureka(ヴォーカル)が加入

2015年10月25日:
シングル「渚にて」をリリース、「M3」でCD-Rを頒布

2016年12月2日:
アルバム『Film Bleu』をリリース

2017年11月2日:
アルバム『he(r)art』をリリース

2018年1月:
まーしーさん(ドラム)が脱退

2018年2月4日:
草稿(ドラム)が加入

2019年9月4日:
アルバム『New Young City』をリリース

2019年9月18日~22日:
台湾・台北、シンガポール、フィリピン・マニラ、インドネシア・ジャカルタを回るアジア・ツアーを開催

2021年2月17日:
アルバム『Ethernity』をリリース

2022年2月15日:
U-1(ギター)が脱退

2022年10月29日:
シンガポールのフェスティヴァル「Baybeats」に出演

2022年11月2日:
For Tracy Hyde & Death of Heatherのスプリット・シングル『Milkshake / Pretty Things』をリリース

2022年12月14日:
アルバム『Hotel Insomnia』をリリース

2023年1月5日:
解散を発表

2023年3月25日:
東京・渋谷WWW Xでのライヴ「Early Checkout: “Hotel Insomnia” Release Tour Tokyo」をもって解散

R.I.P. Mark Stewart - ele-king

文:野田努

「彼らはついに、変化とは、改革を意味するものでも改善を意味するものでもないことに気がつくだろう」——フランツ・ファノンのこの予言通り、世界は変わらなくていいものが変えられ、変わって欲しいものは変わらない。憂鬱な曇り空に相応しい訃報がまた届いた。その少し前にはジャー・シャカの訃報があり、今朝はマーク・スチュワートだ。いったい、坂本龍一といい、シャカといいマークといい、あるいは昨年から続いている死者のリストを思い出すと、勇敢な戦士たちがあちら側の世界に招かれている理由がこの宇宙のどこかに存在しているのではないかという妄想にとらわれてしまう。ファノンはまた、「重要なのは世界を知ることではない、世界を変えることだ」と言ったが、その意味を音楽に込めた人がまたひとりいなくなるのは、胸に穴が空いたような気分にさせるものだ。

 一般的に言えばマーク・スチュワートは、ブリストル・サウンドのゴッドファーザーだが、10代半ばのぼくにとってはファンクの先生だった。ジェイムズ・ブラウンが発明し、白いアメリカで生きる黒い人たちから劣等感を削除し前向きな自信を与えたこの決定的な音楽の語法を、ザ・ポップ・グループというバンドはパンクの文脈に流し込んだ。それだけでもどえらいことだが、ブリストルという地政学のなかで生まれたこのバンドは、実験音楽であると同時に脳内をふっとばす低音ダンス音楽でもあり、当時UKで起きていた移民文化にリンクするダブという概念もそこに混ぜ合わせたばかりか、さらにまたそこに、60年代のポスト・コルトレーンから広がる炎の音楽=フリー・ジャズにも手を染めていたのだった。

 カオスとファンクとの結合に相応しいそのバンドのディオニソスこそ、マーク・スチュワートに他ならなかった。彼らが標的にしたのは、資本主義であり植民地主義だったが(残念ながらいまや重要なトピックとなっている)、こうした政治的主張と音楽との融合において、最高にクールで、圧倒的に迫力があり、創造的で快楽的でもあったロック・バンドがいたとしたら、彼らだった。

 ザ・ポップ・グループとしてのずば抜けた3枚を残し、マークはザ・マフィアを名乗ってからもその手を緩めなかった。エイドリアン・シャーウッドとダブ・シンジケートのメンバーといっしょに録音したシングル「Jerusalem」(1982)とアルバム『Learning To Cope With Cowardice』(1983)は、〈ON-U Sound〉がダブの実験において、どこまでそれをやりきれるのかという、もっともラディカルな次元に没入していた時代の輝かしい記録である。サウンド・コラージュとダブとの境界線を曖昧にし抽象化した “Jerusalem” 、奈落の底から立ち上がるアヴァンギャルド・ゴスペル・ルーツ・ダブの名曲 “リヴァティ・シティ” はここに収録されている。

 新しい音楽のスタイルの出現をつねに肯定的に捉えていたマークが、ヒップホップを無視するはずがなかった。ザ・マフィアを経てソロ名義になった彼が最初に発表した、傑出したシングル「Hypnotized」と 『As The Veneer Of Democracy Starts To Fade(民主主義というヴェイルに包まれた時代が終わりを告げようとしているとき)』(1985)は、オールドスクール・ヒップホップの拠点から、シュガーヒル・ギャングの主要バックメンバー3人を引き抜いての制作で、これらはシャーウッドのダブの新境地によってインダストリアル・サウンドのルーツにもなった。

 このように、マークや〈ON-U Sound〉系の音楽にすっかり魅了されたファンの度肝を次に抜いたのは、1987年の決定的なシングル盤「This Is Stranger Than Love」だった。エリック・サティにはじまり、粒子の粗いヒップホップ・ビートがミックスされるこの曲には、90年代のブリストルを案内することになるスミス&マイティが参加し、のちのちトリップホップの先駆的1枚としても認定されている。

 この頃、マークはハウス・ミュージックへの共感を示していた。じっさい、1990年にリリースされた『Metatron』に収録された「Hysteria」は、都内のテクノ系のパーティでもよくかかっていたし、1993年に初来日した際のステージは、その数年前まではダンス・ミュージックのヒットメイカーだったアダムスキーとふたりによるパフォーマンスだった。渋谷のオンエアーのステージに登場し、あの大きな身体を豪快にゆらしながらあちこち動き回り、胃袋のそこから鳴らしているかのような彼の独特のヴォーカリゼーションを、ぼくの記憶から消そうたって無理な話である。

 個人的な思い出を言うなら、もうひとつある。1999年の話だが、ぼくはロンドン市内の図書館に隣接した、コーヒー一杯1ポンドほどの食堂で、マークと待ち合わせて、会って、話を聞いたことがある。これにはいくつかの不安と驚きがあった。携帯が普及する以前の話なので、彼に指定されたその場所に、時間通りにほんとうに彼が来てくれるのか、行ってみなければ確認のしようがなかった。また、ぼくに言わせれば、自分のスーパーヒーローのひとりが、日本からダブについての話を聞きに来ただけの(つまり、彼の作品のプロモーションでもないでもない)小さなメディアのために、ブリストルという地方都市からわざわざロンドンまで来てくれるのかという心配も、じゅうぶんにあった。だいたいこういう場合は、せめてそこそこ気の利いたレストランでおこなうというのが、ひとつの作法のようなものとしてある。しかしカネのない学生同士が待ち合わせるようなその広い場所に、マークはぼくよりも先に来て、ひとり、どこにでもあるような丸いテーブルのイスに腰掛けていた。

 これは奇遇としか言いようがない。先日亡くなったジャー・シャカの話も、そのときマークから嫌というほどされた。〈ON-U Sound〉における実験旺盛な時代の(マークにとっての)重要な影響源のひとつは、ジャー・シャカだった。ぼくは幸運なことに、1992年と1993年にロンドン市内の公民館で開催されていたシャカのサウンドシステムを経験していたので、マークの話にすっかり納得した。なるほどたしかに、ロンドンにおけるシャカのシステムは、それ自体が実験的といえるほど、あり得ない低音とあり得ない音のバランスで、原曲をまったく別のものにしていたのである。

 彼の長いキャリアのなかで、ぼくにしてみれば、出さなければ良かったのにと思った作品もある。何年か前に、再結成したザ・ポップ・グループとして来日したこともあったが、いくらそこで往年の代表曲を演奏しようとも、初来日におけるアダムスキーを従えてのよれよれのライヴのときの異様な緊張感を味わうことはなかった。が、そう、しかそれもいまとなっては贅沢な話なのだ。

 マーク・スチュワート、ザ・ポップ・グループ、ザ・マフィア、これらの影響力はものすごいものがある。マッシヴ・アタックやポーティスヘッドどころか、バースデー・パーティ(ニック・ケイヴ)のようなバンドだって、あのディオニソスがいなければ違ったものになっていただろう。

 フランツ・ファノンは、「抑圧された人たちは、つねに最悪を想定する」と言ったが、マークは逆で、未来に対して楽観的だった。新しいもの、若い才能をつねに褒め称え、あれだけ深刻な社会問題を取り上げてきたのに関わらず、よく笑う、あの豪快な佇まいの彼には、根っからの楽天性があった。いまぼくはそれをがんばって思い出そうとしているが、地のはるか暗い底から、ダブのベースとファンクの力強いリズムをともなって、彼の絶叫が呪いのように聞こえてくるのである。



文:三田格

 坂本龍一が83年に初めてラジオのレギュラー番組を持った「サウンドストリート」の第1回目を聞いていたら、『B2~Unit』を録音しているスタジオにスリッツのメンバーが毎日遊びに来るんだよと話している箇所があった。そして、お気に入りだというスリッツの曲をかける際に「ザ・ポップ・グループの兄弟バンド、いや、姉妹バンドです」と紹介し、ザ・ポップ・グループについてはなんの説明もなかった。第1回目の放送にもかかわらず、彼のラジオを聞いているリスナーはザ・ポップ・グループのことは知っていて当たり前といった雰囲気だった。ザ・ポップ・グループはその前年、セカンド・アルバムがリリースされると急に音楽誌で持ち上げられ、当時、大学生だった僕は波に乗ろうとする大人が大挙して現れたような気がしてしょうがなかった。ファーストに比べて明らかにフリーキーなセンスは薄まり、様式化が進んでいるというのに唐突に興奮し始めた大人たちの言動はどうにもナゾで、あの時のイヤな感じは40年経ってもいまだに身体から抜けてくれない。「ザ・ポップ・グループ」というネーミングがあまりにアイロニカルだったせいで、それはなおさらグロテスクに感じられ、資本主義的な文脈でアノニマスを気取ったネーミングはそれ自体がポップ・アートになっているという印象を倍増させる効果まであった。当時の音楽メディアがシーンを取り囲んでいた状況はXTC“This Is Pop”やPIL“Poptones”といったタイトルにも滲み出し、キング・オブ・ポップがトップに立つ日もすぐそこに迫っていた。ポップはもはや社会をテーマとして表現されるタームではなく、コマーシャリズムという姿勢に取って代わり、そのことに無自覚ではいられなくなった制度そのものを彼らは名乗っていたのである。消費主義が勢いを増す80年代の入り口でポップを対象化できなければ表現者の主体性が失われるという不安や焦燥をザ・ポップ・グループというネーミングは見事に集約していた。さらにセカンド・シングル“We Are All Prostitutes(私たちはみな金銭のために品性を落とす売春婦だ)”というタイトルはさすがに言い過ぎだと思ったけれど(いまだに少し抵抗がある)、ポップ・ミュージックをやるためにそこまで考えなければいけないのかという状況について認識できたことは大きかった。また、ザ・ポップ・グループについて何かを考えることはただの大学生でしかなかった僕が平井玄さんや粉川哲夫さんといった思想家たちと深夜ラジオで議論ができるパスポートになったことも僕にとっては少なからずだった。

 多大なインパクトを伴って現れたザ・ポップ・グループは、しかし、あっという間に解散してしまった。ザ・ポップ・グループはすぐにもピッグバッグとリップ・リグ&パニックに分かれてマテリアルやジェームズ・ブラッド・ウルマーといったフリー・ファンクの列に加わり、“Getting Up”や“You're My Kind Of Climate”がその裾野を大いに広げてくれたものの、マーク・ステュワートだけがどこかに消えてしまった。ザ・ポップ・グループが不在となった81年は僕にはパンク・ロックから続く狂騒が少し落ち着いたように感じられた年で、地下に潜った動きやドイツで始まった新たな胎動にも気づかず、個人的には音楽に対する興味が少し薄れた時期でもあった。日本では「軽ければ正義」といった風潮が蔓延し始めた時でもあり、TVをつければホール&オーツやシーナ・イーストンばかり流れていた。これが。しかし、82年になると様相が一変する。「破壊」と「創造」が必ずセットで訪れるものならば、82年はパンクによって破壊されたポップ・ミュージックが見事に再構築を成し遂げた年だと思えるほど、あらゆる場面に力が漲っていた。アソシエイツやキュアー、スクリッティ・ポリッティにファン・ボーイ・スリーと数え切れないアイディアが噴出し、それぞれが持っていた独自のヴィジョンはニュー・ロマンティクスから第2次ブリティッシュ・インヴェンジョンへと拡大していく。リップ・リグ&パニックやピッグバッグが先導したブリティッシュ・ファンクはディスコ・ビートとあいまってその原動力のひとつとなり、ナイトクラッビングがユース・カルチャーのライフスタイルとして完全に定着したのもこの時期である。ほんとに何を聞いても面白かった。ひとつだけ不満があるとしたら、それはダブの可能性が思ったほど翼を広げなかったことで、フライング・リザーズやXTCのアンディ・パートリッジによるソロ作など、ダブをジャマイカの文脈から切り離して独自の方法論に持ち込むプロデューサーが期待したほどは増えなかったこと。ダブよりもファンクというキーワードの方が大手を振るっていたというか。マーク・ステュワートがマフィアを率いて“Jerusalem”を投下したのはそんな時だった。

 83年に入ってすぐに輸入盤が届いた“Jerusalem”は祭りに投げ入れられた石のようだった。さらなる興奮を覚えた者もいれば、白けて避けてしまった者もいたことだろう。“Jerusalem”はジャケット・デザインがまずはザ・ポップ・グループと同じ刺激を回復させていた。紙を折りたたんだだけのジャケットもラフで無造作なら、引っ掻き傷のような文字はナイトクラッビングやニュー・ロマンティクスとは異なる文化の健在を表していた。ザ・ポップ・グループが放っていたヴィジュアルと言語による挑発はすべてマーク・ステュワートによるものだったと再確認させられた瞬間でもあり、“Jerusalem”やカップリングの““Welcome To Liberty City””などインダストリアル・ミュージックとダブをダイレクトに結びつけたサウンドは鮮烈のひと言で、カリブ海を遠く離れたダブ・サウンドがポップ・ミュージックの再構築ではなく「パンクの再定義」と評されたのもなるほどだった。様式化されたパンクやマイナー根性に支配されたアンダーグラウンドとは異なり、不遜で広く外に開かれた攻撃性はそれこそパンク直系であり、アソシエイツやスクリッティ・ポリッティに覚えた興奮とは異なる次元が存在していたことを一気に思い出させてくれた。パンク・ロックに触発された言説に「誰でも音楽ができる」というワン・コード・ワンダーとかスリーコード万能論のようなものがあり、その通りチープな音楽性が勢いづくという局面が当時から、あるいは現代でも少なからず存在している。それとは逆にパンクが高度な音楽性と結びついてはいけないというルールがあるわけもなく、パンクがトーン・ダウンした時期にファンクやジャズをパンクと結びつけたのがザ・ポップ・グループだったとしたら、マーク・ステュワート&マフィアは同じくそれをダブやレゲエと結びつけ、もう一度、同じインパクトまで辿り着いたのである。それはやはり並大抵のクリエイティヴィティではなかった。追ってリリースされたファースト・アルバム『Learning To Cope With Cowardice』ではさらにその方法論が縦横に展開されていた。どれだけテープを切ったり貼ったりしたのか知らないけれど、“To Have A Vision”や“Blessed Are Those Who Struggle”の目まぐるしさは格別だった。

 90年代に入ってからマーク・ステュワートがアダムスキーを伴って来日し、ボアダムズなどが出演するイヴェントで前座じみたステージやったことがあった。アダムスキーというのはレイヴ初期にコマーシャルな夢を見たスター・プロデューサーの1人で、レイヴがヒット・チャートとは異なるオルタナティヴな磁場を独自に切り開いた頃にはバカにされて放り出された存在だった。マーク・ステュワートとアダムスキーというのは、つまり、水と油のような組み合わせだったのに、これがそれなりに泥臭いテクノとしてまとまったステージを成立させていた。『Learning To Cope With Cowardice』やその後のソロ・アルバムでもそうなんだろうけれど、マーク・ステュワートのサウンドはおそらくエイドリアン・シャーウッドの力によるところが大きく、マーク・ステュワートという人は自身のアイデンティティと音楽性がそれほど強くは結びついていないのだろう。シンセーポップかと思えばニュービートとあまりに節操がなく、サイレント・ポエッツにザ・バグと交際範囲も度を越している。彼にとって大事なことは極左ともいえるメッセージを伝えることであり、イギリスでは活動家と認識されるほど明確に権力と対峙することで、確か自分のことをジャーナリストと呼んでいた時期もあった。とはいえ、彼はやはりヴォーカリストだった。目の前でマイクを握りしめていた時の存在感は圧倒的で、彼の声には独特の張りがあり、彼が敬愛していたらしきマルカム・Xに通じるカリスマ性も申し分なかった。

 ある時、インタビューを始めようと思ったらマーク・ステュワートに「腕相撲をしよう」と言われて彼の手を思いっきり握ったことがある。当たり前のことだけれど、彼の手は暖かく、少しがさがさとしていて分厚かった。あの手に二度と力が入らないと思うとやはり悲しく、どうして……という気持ちにならざるを得ない。R.I.P.

Yo La Tengo - ele-king

 COVID-19というパンデミックがもたらした衝撃は、三波にわたり音楽を襲ったようだ。

 第一波は、フィオナ・アップルの『Fetch the Bolt Cutters』のようなアルバムで、パンデミック以前に作曲・録音されたものだが、閉塞感や孤立というテーマ、また、自宅で制作されたような雰囲気が、ロックダウン中のリスナーの痛ましい人生と、思いもかけぬ類似性を喚起した。

 第二波は、2020年の隔離された不穏な雰囲気の中で録音された作品群のリリース・ラッシュである。ニック・ケイヴとウォーレン・エリスの『Carnage』のように、緊張感ただよう分断の感覚を音楽に反映させたケースもあった。ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『Styles We Paid For』では、離れ離れになってしまったロック・ミュージシャンたちが、電子メールで連絡を取り合いながら、デジタルに媒介された現代において失われつつある繋がりについて考察している。また、パンデミックによるパニック状態を麻痺させようと、アンビエントな音の世界に浸ることで、絶叫したくなるような静けさの中に安心感を生み出そうとしたアーティストたちもいた。ヨ・ラ・テンゴが短期間でレコーディングした、即興インストゥルメンタル・アルバム『We Have Amnesia Sometimes』の引き延ばされたようなテクスチャーとドローンは、一見するとこの後者の反応に当てはまるように思われる。

 しかしながら、この作品は、パンデミックが音楽にもたらした第三の波、つまり、リセットと再生という方向性を示しているのかもしれない。そこで登場するのが、このバンドの最新アルバム『This Stupid World』である。

 ヨ・ラ・テンゴについて、「過激な行動」や「激しい変化」という観点から語るのは、誤解を招く印象を与えるかもしれない。このバンドは、1993年の『Painful』で自身のサウンドを確立して以来、30年間にわたってその領域を拡張してきたわけだが、彼らがいままでに作ってきたどんな楽曲を聴いても、すぐに「これはヨ・ラ・テンゴだ」とわかるバンドである。それは、彼らの音楽がすべて同じに聴こえるという意味ではなく、彼らがいま占めている領域が、紛れもなく彼らのものであるように感じられるということだ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが、わずか5枚のアルバムで切り開いた道は、いまやヨ・ラ・テンゴが20枚近いアルバムで包括的に探求し、拡張しており、たとえ彼らがその道の先駆者でなかったとしても、ヨ・ラ・テンゴこそがこれらの道を知り尽くした、影響力ある道案内だと言っても過言ではないだろう。

 簡単に言うと、ヨ・ラ・テンゴは自分たちがどのようなバンドであるかを理解しているのだ。彼らが長年にわたって起こしてきた変化というのは、総じて、甘美なものと生々しいものの間の果てしない葛藤に対して、様々な取り組みをしてきたことによる質感の移り変わりであると言える。彼らは、身近にあるツールを使って、角砂糖から血液を抽出するための様々な方法を模索してきたのだ。そして、ここ10年間は『Fade』や『There’s a Riot Going On』のようなアルバムにおいて、その過程のソフトな一面の中に、彼らが抱えている様々な不安を包み込んでいる傾向があった。

『We Have Amnesia Sometimes』は、ある意味、そのような優しい世界への旅路の集大成のように感じられた。だが一方で、この作品は、メンバーだけが練習室にこもり、中央に置かれた1本のマイクに向かって演奏したものが録音されたという、非常に生々しいアルバムでもあった。その撫でるような感触は確かに心地良いものだったが、このアルバムはメロディーを削ぎ落とし、彼らがノイズと戯れ、ポップな曲構造から完全に遊離したもので、ジョン・マッケンタイアがプロデュースを手がけた『Fade』にあった滑らかなストリングスのアレンジメントからは完全にかけ離れていたものだった。それはリセットだったのだ。

 では、『This Stupid World』はどのような作品なのだろうか。バンドは今作のプロダクションにDIY的なアプローチを全面的に取り入れており、7分間のオープニング曲 “Sinatra Drive Breakdown” から、かすれたような、粘り強い前進力がこのアルバムに備わっている。規制が緩和され、パンデミックより先のことが考えられるようになったとき、音楽シーンにいる多くの人が感じたものがあったが、それは、周囲の快適さが、抑圧されていた衝動に取って変わり、その衝動が爆発する出口を求めているという感覚だった。この曲はその感覚を捉えている。新鮮な気持ちで世界へと飛び出し、全てを再開するという感覚。再び人と会い、再び何かをしたいと思い、再び一緒に音を出す。もう2年も無駄にしてしまったのだから、いまこそが、それをやるときなのだ。

 同時に、ヨ・ラ・テンゴが確実にヨ・ラ・テンゴであり続けていることは、決して軽視すべきことではない。A面の最初の数秒から、ヨ・ラ・テンゴであることはすぐに認識でき、彼ら自身もそのことに対して完全な確信を持っている。『This Stupid World』は、彼らの過去30年におけるキャリアのどの時点でリリースされてもおかしくないアルバムであり、誰にとっても驚きではなかっただろう。このアルバムの48分間は、3面のレコード盤という、通常なら忌まわしいフォーマットで構成されているのだが、ヨ・ラ・テンゴらしい遊び心と妙な満足感がある。A面は、ゾクッとするようなディストーションと力強い威嚇が暗闇から唸り声を上げ、2曲目の “Fallout” はバンドがこれまで書いた曲の中で最も快活で生々しいポップ・ソングであり、A面を締めくくる “Tonight’s Episode” は、絶え間なく鳴り続けるフィードバック音の中、シンプルなグルーヴが柔らかに跳ねている。B面では、ジョージア・ハブリーがヴォーカルを取って代わり、“Aselestine” では最も甘美なスポットライトが彼女に当たり、ヨ・ラ・テンゴの抑えの効いたサウンドへの基調が打ち出されていく。そして、最終的には、メロディーと、むさ苦しいノイズ・ロック、テクスチャーのあるドローンといった、彼らのコアとなるスタイルへと回帰する。B面の最後は、永遠にループする仕様(ロックド・グルーブ)になっており、これはちょっとしたイタズラ心か、あるいはアルバム最後の2曲を聴くために、最後のレコードを取り出す時間をリスナーに与えるためのものだろう。

 最後の面では、ヨ・ラ・テンゴのノイズ・ロック的な側面がさらに深く掘り下げられており、何層にも重なったフィードバックとディストーションの中にリスナーを没入させていく。“Fallout” が、はるか彼方の海底からつぶやくように再び現れると、音楽は音程を外すように溶け出し、シンセ・ドローンの疲れながらも希望感ある流れに取って代わり、その雰囲気からデヴィッド・リンチを彷彿とさせるようなドリーム・ポップが浮き彫りになる。この2曲は、このアルバムを見事に締めくくるトラックであり、ここ数年ロウが追求してきた、激しい音の暴力と心が震えるような美しさの衝撃的な共存というものに、ヨ・ラ・テンゴがいままでになく近づいていることを示す2曲ではないだろうか。だが彼らはそれをヨ・ラ・テンゴらしく、最初から最後までやり遂げている。彼らは自分たちが何者であるか知っているが、『This Stupid World』では、その認識がより一層強く感じられるのだ。


by Ian F. Martin

The shock to the system delivered by the COVID-19 pandemic seems to have hit music in three waves.

The first was with albums like Fiona Apple’s “Fetch the Bolt Cutters”, written and recorded before the pandemic but where the theme of being trapped and the secluded, homemade atmosphere evoked unexpected parallels with the bruised lives of locked-in listeners.

The second was the initial rush of releases that were recorded in the atmosphere of isolation and unease of 2020. In some cases, like Nick Cave and Warren Ellis’ “Carnage”, this meant channeling that tense sense of fragmentation into the music. In Guided By Voices’ “Styles We Paid For” it meant dispersed rockers working by email to reflect on the loss of connection in digitally mediated lives. Others sought to anaesthetise the panic, using ambient sonic furniture to craft a sense of security out of the screaming silence. It’s this latter response to the situation that the drawn-out textures and drones of Yo La Tengo’s speedily recorded, improvised instrumental album “We Have Amnesia Sometimes” seemed on the face of it to fall into.

However, it perhaps also points the direction towards a third wave of influence brought to music by the pandemic: one of reset and even rejuvenation. It’s here that the band’s latest album, “This Stupid World” comes in.

Talking about Yo La Tengo in terms of radical moves and sharp shifts often seems like a misleading way to discuss them. This is a band where, at least since the expansion of their sound mapped out in 1993’s “Painful”, you can hear almost anything they’ve done over those thirty years and instantly know it’s them. This is not to say that their music all sounds the same so much as that the territory they occupy now feels so indisputably theirs. Paths blazed by The Velvet Underground over a mere five albums have now been explored and expanded by Yo La Tengo so comprehensively over nearly twenty albums that even if they weren’t the first, they’re these roads’ most immediately recognisable travellers and most influential stewards.

To put it simply, Yo La Tengo know what sort of band they are. The ways they have changed over the years have generally occurred in the shifting textures of their varying approaches to the endless struggle between the sweet and the raw — in finding different ways, with the tools at hand, to get blood from a sugarcube — and over the past decade or so, albums like “Fade" and “There’s a Riot Going On” have tended to wrap up whatever anxieties they have in the softer side of that process.

In some ways, “We Have Amnesia Sometimes” felt like a consummation of that journey into gentle fields. It was also a very raw album, though, recorded by the band alone in their practice room, playing into a single centrally placed microphone. There was certainly something soothing about its caress, but it was an album that stripped away melody and let them play with noise, liberated entirely from pop song structures — as far as the band has ever been from the smooth string arrangements of the John McEntire-produced “Fade”. It was a reset.

So what does that make “This Stupid World”? Well, the band have fully embraced a DIY approach to production, which from seven-minute opener “Sinatra Drive Breakdown” gives the album a scratchy, insistent forward momentum. It captures that feeling many of us in the music scene felt as restrictions relaxed and we start thinking beyond the pandemic, the comfort of the ambient giving way to a repressed urgency seeking an outlet from which to explode. The feeling of lurching out into a world where we are starting again, fresh: meeting people again, wanting to do something again, making a noise together again. We’d wasted two years already and now was a time to just do it.

At the same time, it’s important not to understate the extent to which Yo La Tengo are always definitively Yo La Tengo. From those first few seconds of Side A, the band are immediately recognisable and completely assured in themselves — “This Stupid World” is an album they could have released at any point in the past thirty years and surprised no one. Even in how the album’s 48 minutes are sequenced over the usually cursed format of three sides of vinyl manages to be both playful and strangely satisfying in a distinctly Yo La Tengo way. Side A growls out of the darkness in squalls of thrilling distortion and reassuring menace, second track “Fallout” as fizzy and raw a pop song as the band have ever written, and side closer “Tonight’s Episode” hopping softly around its simple groove beneath a constant hum of feedback. Side B flips the story with Georgia Hubley taking vocals for one of her sweetest spotlight moments in “Aselestine”, setting the tone for a tour through the band’s more sonically restrained side, eventually returning to their core conversation between melody, skronky noise-rock and textured drones. It ends on a lock-groove — perhaps born from a sense of mischief or perhaps to give the listener time to whip out the last disc for the final two songs.

The final side digs even deeper into Yo La Tengo’s noise-rock side, immersing the listener in layers of feedback and distortion, “Fallout” reappearing in a distant, submarine murmur before the music slips out of tune and dissolves, giving way to tired but hopeful washes of synth drone, crafting Lynchian dreampop out of the the ambience. These two tracks make for an intriguing exit to the album, and together form perhaps the closest the band have yet come to the devastating coexistence of harsh sonic violence and heart-stopping beauty explored over the last few years by Low. They way they do it is Yo La Tengo all the way, though: they know who they are, but on “This Stupid World” they’re just more so.

Fridge - ele-king

 キエラン・ヘブデンがフォー・テットをはじめるまえに組んでいたポスト・ロック・バンド、フリッジの01年作『Happiness』が20周年記念盤となって蘇る。“Cut Up Piano and Xylophone” や “Long Singing” など美しい音世界が魅力のアルバムだ。現在 “Five Four Child Voice” がリード曲として公開、さらに同曲の2007年のライヴ映像も公開されている。発売は5月26日です。

Four TetことKieran Hebden率いるFridgeが2001年にリリースした名作『Happiness』のリリース20周年記念盤が5/26リリース決定。リード・シングルとして「Five Four Child Voice (Remastered)」がリリース、加えて、この曲を演奏した2007年のライヴ・パフォーマンス映像が公開。

Four TetことKieran Hebdenが学友であったAdem Ilhan、Sam Jeffersと共に1996年に結成したFridgeが2001年にリリースした『Happiness』がリリース20周年を記念し、リマスタリングし、ボーナス・トラックを加えた新装パッケージのアニヴァーサリー・エディションが5/26にリリースされることが決定致しました。

リード・シングルとして「Five Four Child Voice (Remastered)」がリリース、加えて、この曲を演奏した2007年のライヴ・パフォーマンス「Live at Bardens Boudoir, London, England (August 9, 2007)」が公開されました。

Fridge “Happiness – Anniversary Edition” 5/26 release

Artist: Fridge
Title: Happiness
Label: PLANCHA / Temporary Residence Ltd.
Format: CD(国内流通仕様盤)
※帯・解説付き
Release Date: 2023.05.26
Price(CD): 2,200 yen + tax

ポストロックとエレクトロニカが交錯し、フォークトロニカへも派生しようとしていたゼロ年代初頭を彩った不朽の名作の20周年記念盤が登場。Four TetことKieran Hebdenが学友であったAdem Ilhan、Sam Jeffersと共に1996年に結成したFridgeが2001年にリリースした『Happiness』がリリース20周年を記念し、リマスタリングし、ボーナス・トラックを加えた新装パッケージのアニヴァーサリー・エディション。ポストロックxエレクトロニカの超絶名曲にしてフォークトロニカの源流になったいう説もある超名曲「Long Singing」収録。

1996年に学友のKieran Hebden、Adem Ilhan、Sam Jeffers によって結成されたFridgeは、初期は驚くほど多作で、最初の4年間で10枚のシングルと4枚のアルバムをリリースした。メジャーレーベルに短期間在籍した後、トリオはこれまでで最も焦点を絞ったアルバム(Eph、1999年)をリリースした後、フリッジは4枚目のアルバム『Happiness』を発表した。

2001年に最初にリリースされた『Happiness』は、広大で田園的な傑作であり、アコースティック・クラッター、エレクトロニックな探求、ヒップホップ・プロダクション・テクニック、実験的なロック・アレンジの革新的なミックスです。Kieranの今をときめくソロ・プロジェクトであるFour Tetとともに、『Happiness』は1990年代の典型的な自己真面目なエレクトロニック、インディ〜アヴァンロックの最も説得力のある要素を引きずり出し、それらを折衷的なフォークやスピリチュアル・ジャズと組み合わせて、新しい世紀へ向けたものへと昇華した。さらに驚くべきことに、彼らはなんの気負いもなく、当時のあらゆるアルバムとは一線を画す完成度の高い作品を完成させたのだ。

当時のムーヴメントであったポストロックとエレクトロニカが交錯していくような極めて完成度の高い作品であるが、何といっても白眉は本編最後を飾る9分にも及ぶ「Long Singing」。エレクトロニックなサウンドとアコースティックな音色がミニマルながらエモーショナルなメロディに乗って重なり合っていきながらピークを迎えた後に徐々に減っていく。その構築美で聴かせるポストロック〜エレクトロニカ史上に輝く珠玉の名曲。また、フォークトロニカの源流のひとつであるとも言われており、20年の時を経ても未だ色あせていない。

『Happiness – Anniversary Edition』は、Fridgeのキャリアを決定づけたこの傑作の20周年記念リイシュー。 Kieran Hebdenがオリジナルのマスター・テープから細心の注意を払って復元、再構築、リマスタリングしたこのアルバムの音質は、かつてないほどオリジナルの録音を尊重しています。

01. Melodica & Trombone
02. Drum Machines & Glockenspiel
03. Cut Up Piano & Xylophone
04. Tone Guitar & Drum Noise
05. Five Four Child Voice
06. Sample & Clicks
07. Drums Bass Sonics & Edits
08. Harmonics
09. Long Singing
10. Five Combs (Bonus Track)

Restored and remastered by founding member of Fridge, Kieran Hebden (aka Four Tet)

"Five Four Child Voice (Remastered)" out now

Bandcamp
YouTube

Fridge – Live at Bardens Boudoir, London, England (August 9, 2007)
YouTube

African Head Charge - ele-king

 エイドリアン・シャーウッド主宰の〈On-U〉を代表するグループのひとつ、81年にパーカッショニストのボンジョ・アイヤビンギ・ノアとシャーウッドによって開始されたダブ・プロジェクト、アフリカン・ヘッド・チャージ。なんと『Voodoo Of The Godsent』(2011)以来となる、12年ぶりのオリジナル・アルバムが発売されることになった。ボンジョの暮らすガーナの都市名が冠された新作『ボルガタンガへの旅』は7月7日発売。現在新曲 “Microdosing” が公開されている。やはりかっこいい……
 そしてなんとなんと、おなじく12年ぶりに来日公演も決定!! 詳細は後日とのことだが、首を長くして待っていようではないか。

African Head Charge
ヤーマン!!!!
パーカッションの魔術師、ボンジョ、

パーカッション奏者のボンジョ・アイヤビンギ・ノアとUKダブのパイオニアとして知られるプロデューサーのエイドリアン・シャーウッドを中心に結成された〈On-U Sound〉の伝説的プロジェクト、アフリカン・ヘッド・チャージが12年ぶりの新作『Trip To Bolgatanga』を7月7日に発売することを発表、同時に新曲「Microdosing」をMVと共に解禁した。また、12年ぶりの来日も決定しており、後日詳細が発表される予定となっている。

African Head Charge - Microdosing
https://youtu.be/DELmBbsI0jM

アフリカン・ヘッド・チャージが、12年ぶりのニューアルバムとともに〈On-U Sound〉に帰ってきた。タイトルは『Trip To Bolgatanga』で、結成メンバーであるボンジョ・アイヤビンギ・ノアがレコーディングを主導し、彼の盟友でともにグループを動かしてきたエイドリアン・シャーウッドが再び制作の指揮に携わった。

アルバムの間隔が大きく空いたことに関して、ボンジョは次のように述べる。「12年という時間が経つ間、私はガーナで家族と過ごしていたけど、創作は続けていた。まだまだ自分には世に問うべきことがたくさんあるってことは、きっとわかってもらえるだろう。人生の中で、この時期は仕事もしたかったけど、家族との時間も大切にしたかった。毎日を愉快に過ごしながら、創作にも精を出した。何といっても幸せなことがあれば、いっそう創作に前向きになれるものだし、最大の幸福は家族といることなんだから」

今回のアルバムのサウンドによって『My Life In A Hole In The Ground』や『Songs Of Praise』といったアフリカン・ヘッド・チャージの往年の名作が思い起こされるのは確かだが、だからといって彼らの音楽がすでに進化を止めていると思い込むのは誤りだ。名パーカッション奏者の彼は言葉を続ける。「ドラム演奏にしても、詠唱するようなチャントの歌唱にしても、できるまでには時間がかかる。私はひたすらガーナ全土に赴いてドラム奏者たちに会ってきた。ファンテ、アキム、ガー、ボルガタンガといったあらゆる部族が、それぞれに異なるドラムの文化を持っている。僕はできる限り多くを学び、組み合わせてひとつの形にしようと模索している。これは料理に似ている。すべての材料、例えばヤム(ヤマイモ)、バナナ、カボチャを混ぜ合わせると、そこに施す最終的な味付けが肝心だ。私は音楽をそういうふうに捉えている。さまざまな要素を集め、それを味わえば『いいね、これはいい味付けだ。いいね、これはいいサウンドだ』という言葉が出てくる。これこそがアフリカン・ヘッド・チャージの存在意義なんだ。ありとあらゆる組み合わせを追求して、それをエイドリアンのところに持って行けば、さらに新しいものを作るために彼が力を貸してくれる」

プロデューサーを務めるエイドリアン・シャーウッドも同じ意見だ。「アフリカン・ヘッド・チャージにふさわしい素材を選び抜き、それからオーバーダビングやミキシングを楽しみながら完璧なものに仕上げていくということをずっとやっている。これまで常にいい関係で仕事を続けてきたけれど、今回のアルバムで自分たちは史上最高の結果を出せたと思う」

グループが40年以上に渡って活動してきた中でも、今回のアルバムは、音楽の本質を共有する大家族のようなメンバーたちが現場に戻ってきた印象がある。マルチな楽器奏者のスキップ・マクドナルドと、彼とタックヘッドでともに活動するダグ・ウィンビッシュのふたりは、さまざまなトラックに参加してその力を発揮している。かつて90年代初めにアフリカン・ヘッド・チャージに関わっていたドラムのペリー・メリウスが、正統派の重厚なリズムを3つの楽曲に加えている。ここに新鮮な顔ぶれが数多く加わっていることも見逃せない。管楽器やリード楽器は、ポール・ブース、リチャード・ロズウェル、デイヴィッド・フルウッドが務める。キーボードにはラス・マンレンジとサミュエル・ベルグリッター。ギターはヴィンス・ブラック。さらにはシャドゥ・ロック・アドゥ、メンサ・アカ、アカヌオエ・アンジェラ、エマニュエル・オキネらによるパーカッション、イヴァン・“チェロマン”・ハシーによるストリングス、ゲットー・プリーストによる力強い歌声が加わる。そして特別ゲストとして、伝統楽器コロゴの名手キング・アイソバがボーカルで参加するとともに伝統的な2弦リュートの巧みな演奏を披露している。

過去のアルバムでは世界各地から集めたエッセンスを一緒くたに混ぜ合わせていたのに対し、ニューアルバムにおいてアフリカン・ヘッド・チャージはただひとつの場所を念頭に置いている。『A Trip To Bolgatanga』とは、ボンジョにとって現在の生活拠点であるガーナ北部を巡る音楽の旅だ。これは幻想的な旅路の記録であり、そこに現れる風景を象徴する、さまざまなハンドパーカッションや人々が唱和するチャントの歌声を補強するように、轟くベース音、変化を加えた管楽器、余分な音をカットするエフェクト、騒々しいワウペダルの効果、何かにとりつかれたようなブードゥー教のダンスミュージック、合成されたうねりのサウンド、コンガのリズム、何層にも入り乱れる電子楽器のエフェクト、ブルースの影響を感じさせる木管楽器、ファンキーなオルガンの音などが加わっている。〈On-U Sound〉の作品がすべてそうであるように、何度繰り返し聴いてもその度に細かいディテールに関する新たな発見がある。このサウンドは大がかりな音響システムで聴かなければ、その真価を理解することはできないだろうし、そうなった暁には、いかなる相手が競合しようとも太刀打ちできずに叩きのめされることだろう。

アフリカン・ヘッド・チャージの最新作は7月7日にデジタル、CD、LPで7月7日に発売!国内盤CDにはボーナストラックが追加収録され、歌詞対訳と解説書が封入される。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)に加え、限定盤(蓄光ヴァイナル)、日本語帯付き仕様盤(蓄光ヴァイナル、歌詞対訳・解説書付)で発売される。さらに、国内盤CDと日本語帯付き仕様盤LPは、数量限定のTシャツセットでも発売される。

label: On-U Sound
artist: African Head Charge
title: A Trip To Bolgatanga
release: 2023.07.07

BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13353

国内盤CD Tracklist
01. A Bad Attitude
02. Accra Electronica
03. Push Me Pull You
04. I Chant Too
05. Asalatua
06. Passing Clouds
07. I’m A Winner
08. A Trip To Bolgatanga
09. Never Regret A Day
10. Microdosing
11. Flim 18 (Bonus Track)


蓄光ヴァイナル

蓄光ヴァイナル(暗闇ではこのように光ります。)

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