「Noton」と一致するもの

Flashback 2009 - ele-king

 2009年も様々な場所でいろいろな趣向のレイヴがたくさんあった。何百という中小のレイヴが濫立し本当にサード・サマー・オブ・ラヴといっても過言ではない。そこには、マスコミに取り上げられた"悪しき若者文化"を象徴するようなものから、DIYの精神と音楽への純粋な欲求から生まれた素晴らしい試みまで含まれる。いろいろ行きたかったが、日々の労働やなんやらで、結局僕がそのなかで唯一行けたのが9月19日〈タイコクラブ川崎〉だった。

 今回〈タイコクラブ〉が選んだ会場は川崎の東扇島東公園、そのすぐ近くで、僕は1日12時間以上の肉体労働を強いられている。毎日、目の前に与えられた仕事を黙々とこなす。あるのはただ労働のみ。島には流通系の倉庫と食品会社の冷蔵庫それ以外にはコンビニがふたつあるだけ。普段は日雇いの派遣労働者や主に中国人を中心とした出稼ぎの外国人、愛国精神にあふれた運送会社の兄貴たち、保守的な体育会系の人間が多く、僕のような人間には少々息苦しい場所だ。付近には石油化学工場があるため、風向きによっては島全体がナイロンの焼けた匂いで覆い尽くされる。僕はそれを肺に送り込みながら通勤し、そして帰路に着く。お世辞にもいい所だとは言えない。

 2009年の〈タイコクラブ〉は、そんな埋立地で開かれるレイヴ・パーティだ。たぶん、ここに遊びに来る連中のほとんどが、幻想としてのゲトーを一時的に消費するだけなのかもしれない。しかし、僕にとってこの島はリアルだ。生活を支える、労働の場だ。工場萌え? くそったれ。とってつけたようなデトロイト勢のブッキングには素直に喜べず、心境は複雑だった。ただ都心から1時間足らずでアクセスできるこの会場は、連休が取れない僕のような人間でも容易く足を運べる場所だった。なによりも場所の近さが僕の欲求に答えてくれたのだ。

 〈メタモルフォーゼ〉がオリジナル世代たちの築いたパーティだとしたら、〈タイコクラブ〉は僕らの世代によるパーティと言えるかもしれない。僕らは、あらかじめレイヴという文化が存在して、それを選択することができて、ダンス・ミュージックを聴いて育った世代だ。「自分たちが行きたいパーティをやっていたら次第に大きくなっていった」とオーガナイザーのひとりの森田さんは語っていたが、シンプルなコンセプトと現場目線での人選のもと、〈タイコクラブ〉は着実な支持を集めている。地域と連携を取りながら、さまざまな現場で見てきたものを、自分たちに合ったやり方に上手く当てはめているようだ。商業ベースのパーティが増えているなか、〈タイコクラブ〉のチケット代はそれほど高くない。今回のパーティでも20代半ばの、比較的若い、純粋に音楽を楽しみに来た客層を中心に数千人を集めていた。

 原田知世はムームを従えマイペースに自分の音楽を楽しんでいるようだった。アイドルからアーティストへここまできれいに転身した例も少ないだろう。もし"のりピー"のまわりに金ではなくて音楽好きの友人がたくさんいて、彼女がザ・KLFの『Chill Out』やフェネスの『Endless summer』を聴いていたら話は違っていたかもしれない。

 ムームのライヴも素晴らしかった。会場全体が独特の温かい空気に包まれた。声高にフェスでの連帯を強調するロック・バンドとは趣は違う。ぎこちない演奏ながら、音響を通じてじわじわと観客を引き込んでいった。"Green Grass Of Tunnel"――いい響きではないか。

 00年代以降の代表的なライブ・バンドとして彼らはもっと評価されてもよいのでは。相対性理論のブッキングは若い世代に訴えかけるのには充分だったかもしれない。が、正直僕にはそのライヴは酷いものに思えた。とてもこうした野外でグルーヴが出せるようなバンドだとは思えなかった。メンバーのひとりが病欠だったためかもしれない。ただ、どうしても足を止めて聴いてしまう彼らの音楽は、今回のこの会場にも合っていなかったようにも思う。

 4チャンネルのシステムによるモノレイクのライヴは強烈なものだった。グルーヴはより柔軟になって、ダブステップまでも吸収して、さらなる展開を遂げていた。やっぱりこういった会場にはなによりもぶっといベースが必要だ。自分の体に染み付いているだけかもしれないが。

 僕にとってのベスト・アクトはカール・クレイグだった。"Movement 3"と同時に彼のブースから海に向かって発せられたレーザーは本当に美しかった。当初は、地元ってことでディスってやろうと思っていたが、新旧のクラシックを織り交ぜながら力強いDJには説得力があった。やっぱりテクノはSF的なヴィジョンが似合う。僕もいつしか自分のルサンチマンなど忘れて、すっかりレイヴを楽しんでいた。まあ、そんなもんだ。
 もちろん、朝方のセオ・パリッシュとジェームス・ホールデンのダンス対決もパーティ・アニマルにはたまらないものであった。

 会場では思いがけないほどたくさんの友人に会った。普段良く会う仲間からクラブやレイヴ会場でしか話したことがない連中まで、たくさんの友人や知り合い。こんな場所でこんなレイヴが開かれたおかげだ。

 一緒に〈NYE〉というパーティをオーガナイズしている弓J、〈ポテ恋ディスコ〉のクロ君、週末はお店で働いているから、パーティにはめったに顔を出さないショウ君、カール・クレイグの時間にはケンゴさん、そしてかつて〈YELLOW〉などでよく見かけた名前も知らない彼らにも。そのなかのひとりのリョウ君は横須賀で〈SHELL〉という名のDJバーをはじめたという。彼とは昔、〈メタモルフォーゼ〉で知り合った。大きなパーティでよく見る"アイツ"だった。彼のオーガナイズするパーティの噂は聞いていたが、遂に店を構えるまでになった。同じ時代に同じフロアで育った彼の話しは、まるで自分のことのように嬉しかった。久々の再会がたくさんあった。僕らのまわりは、かつてはあった集合の場所――つまりみんなで遊ぶ場所を失っていたのだろう。

 この時代、自分らが楽しめる場所を確保することは容易ではない。好きな音楽を大きな音で聴きたいというそれだけの欲望だが、それはそう簡単に許されるものではない。狭い国だ、仕方がない。そう考えると、今回〈タイコクラブ〉がみつけた川崎という場所には意外にも可能性があるかもしれない。僕自身も向ヶ丘遊園という場所でパーティをはじめた。これからだ。うまくやることは難しいが、やめるつもりはない。

 かつて〈キーエナジー〉で踊っていた先輩は、あるとき僕に向かってこう言った。「かつて、うちらには世界市民だという自覚があった。この文化が世界を変えると思っていた。いまこの文化をカウンターだと思っているやつなんているんだろうか?」

 たしかにカウンターだと思っている人間は少ないだろう。雑誌『ele-king』の創刊からはや15年、テクノやレイヴはもはや珍しくも新しくもない。ある意味ではレジャーのひとつだろう。どの町にも箱やDJバーがある。15年前にはそんなこと想像できなかったはずだ。それを思えば、この文化の裾野は着実にひろがっている。

 音楽会社や雑誌がつぶれこの文化の先行きに不安を感じている人もいるだろう。が、それほど騒ぐことでもないようにも思う。社会がいま難しいのだ。ちなみに2008年の中小企業の倒産率は過去最大。アメリカやイギリスと同じ社会状況になってこそ、ようやくこの文化の本質が考えられるようになったとも言えるんじゃないか。あの夏は本当にクソったれだったのだと、骨身に沁みて感じる。

 そして、僕は思う。この文化はいったいどれほどの金のない若者を救ってきたのだろう。大切なのは歩みをやめないことじゃないか。手を変え品を変え、あれこれ考えることだ。ある人はパーティをオーガナイズし、ある人は店をはじめ、僕はDJをする。世界を回すことによってじょじょに世界が変わっていくんじゃないかと思っている。あと15年したらきっとわかるんじゃないかな。

空間現代 - ele-king

 単音のギター・フレーズをサン・シティ・ガールズ的だとかいってみたり、重めのベースをノーウェイヴ(意外にDNAとか)・リヴァイヴァルにみたてたり、クリックを意識したドラムにsimをもちだしたり、歌とギターのユニゾンに「あぶらだこかな?」と呟いてみたり、『空間現代』にはなにかを彷彿させる瞬間は多々あるのだけど、総合してその彷彿したものと彼らが似ているかと問われると「はて?」と困る。彼らはマス・ロック以後のトレンドに同期した00年代の感性で複雑巧緻な曲想をタイトに演奏するものの、ギター(と歌)とベースとドラムスは楽曲の(時)空間に入れ替わり立ち替わり顔をだすだけで、三者がピッタリと重なる瞬間は全体の何割にも満たない。私は協和音や安定したリズムに「解決」するのを拒む姿勢が空間現代にはあって、その「解決」への抵抗は今日的だとおもうし、ノイズやクラブ・ミュージックの楽理的でない音が日常になった90年代以降の磁場をもう一度反転させたというか、屈折の屈折が表につきぬけたようなあっけらかんとした佇まいを音に感じます。15年前なら「違和」として成立していた表現が15年後には「宥和」を経た上でポップとして現れざるを得ない状況をさして「マイクロ・ポップ」と名指せるのだとしたら(ちがう?)、トリオ編成のロック・バンドというどこにでも転がってる形式を選択した空間現代はHOSEや相対性理論と同一直線上に位置するバンドであり、私は彼らのダジャレめいたネーミング・センスもふくめ、こういったバンドがいまの東京のアンダーグラウンドに多数存在しているような気がしてならない。

 私はここまで音を聴いた印象で書いてきたが送られてきた資料に野口順哉の解説があった。野口順哉(G、Vo)、古谷野康輔(B)、山田英晶(Dr)で2006年に結成した空間現代は元は「普通のロックあるいはパンク・ソングを作っていた」のだが「聴く音楽の幅が広がるにつれ次第と作る音楽にも変化起きてきました。より複雑に、より変な、何かが狂っているような珍妙な音楽を作りたいと思う様に」なったという。細かい楽曲解説は読者が本作を手にしたときの楽しみにとっておきますが、それを読む限り、私が一聴して感じた彼らのアイデアへの執着と、執着を実現するためのディシプリンは想像以上に高度だった。ズレを意思の力で貫くこと、互いに触発しあわないこと、しかし技術は放棄しないこと(彼らは細部はまだあらいとろこもあるが)。ポストモダンへのメタ批評っていい方はなにもいってないに等しいが、もっとも早いアートフォームであるポピュラー音楽はこうやって何度目かの死をむかえ、再生するのだろう。

Pablo - ele-king

 スコットランドはグラスゴーのターンテーブリスト、マイケル・ハンターによるデビュー・アルバム(CD2枚組)で、地元の硬派レーベル〈ソーマ〉からのリリース。ハンターは、マニアのあいだではそれなりに名が通っていて(しかし......どう考えてもこれはジャズ・ヒップホップじゃないでしょ!)、すでにヨーロッパでは、13年前のDJシャドウによる『エンドトロデューシング』を引き合いにバズが起きている。実際の話、ハンターはシャドウのように、ピーナッツ・バター・ウルフのように、古いソウルやジャズ、あるいはサウンドトラックを蒐集してはリサイクルする。ジ・アヴァランチーズのように、ナールズ・バークレーのように、それらを機械に通してノスタルジック・ポップスへと変換する。
 "Sing"のようなアップビートなジャズを聴いていると、ぐるぐる回る7インチ・シングルが目に浮かぶ。"Fairchild "のようなグルーヴィーなファンクを聴いていると、70年代のアメリカにトリップしたような気分になる。"Sky Is High"はナイトメアズ・オン・ワックスのソウルフルなダウンテンポだ。"'The Story Of Sampling"は、この手の音楽のテーマ曲である。ラッパーは、その曲名の通り、サンプリング音楽における講釈をたれる。言葉がわかれば相当面白いらしいが、仕方ない。
 CD1枚目の最後に収録されている"High Jazz"は、いまのところこの人の最大のヒット曲で、このアルバムのハイライトでもある。美しいジャズ・ピアノを、アルト・サックスの音色を、20年前のコールドカットのようにカット&ペーストする。エレガントなこのトラックは、60年代/70年代のアメリカのブラック・ミュージックへの憧れの旅を締めくくるのに相応しいと言える。
 そんなわけで、心配しなくて大丈夫、あなたはすっかり時間の経過を忘れるでしょう。ディス・イズ・ア・ジャーニー......。

Stash 60 - ele-king

 『Stash』は世界的にも珍しい、モーション・グラフィックスやミュージック・ビデオ、CG、ショートフィルム、テレビCMなど最新の映像を紹介する月刊のDVDマガジンで、今回の号が発刊60号そして5周年を記念したものとなる。『Stash』が04年にスタートした当初は、まだYoutubeがこの世に存在していなかった。つまり、まだ世界には革命が起きてなくて、国境やNTSCだのPALだの放送方式の違い、そんなものを意識する必要があった。映像系のフェスに行くとか、NHKあたりで特集が組まれるのをじっと待つか、そうでなければこういうソフトで見るしか、海外の映像に触れる機会はなかなかなかったのだ。

 実際にサーチしたわけじゃないが、ここに収録されているようなレア映像もほとんどはネット上で見られるだろう。では、パッケージ・ソフトとしての本作の意義は何かと考えたとき、彼らが使っている"キュレーション"というタームが形容するような映像のセレクションとプレゼンテーションの形にそれが存在すると言えるのではないか。作家のクレジットや放送媒体などの情報だけでなく、制作の背景や使用ソフトなど、プロや学生はもとより、コアな映像マニアもすごく興味のあるだろう情報を網羅したブックレットがつくのも嬉しい。輸入盤なので、残念ながらテキストはすべて英語だが、それでも解読する価値のあるものだ。

 2枚組のスペシャルな号となった今回のイシューでは、シャイノーラの監督したコールドプレイの"ストロベリー・スウィング"のMVが目玉のひとつだろう。巨大黒板に描かれたチョーク画とその上で演技する人物(メンバーのクリス・マーティン)を上空のカメラで撮影してストップモーション・アニメに仕上げたという壮大すぎる作品は、なんと制作に3ヶ月もかかったそうだ。

 また、リーマン・ショック後の世界を象徴するようにCMの数は少ないし、ゴージャスなものが見られるわけでもないが、飛び出す絵本を模したフォードのCGアニメのCMやドイツの電力会社の巨大モンスター・キャラを起用したピクサー風ファンタジー仕立てのもの、またタイポとグラフィック表現の変化で多彩な読み物のジャンルをヴィジュアル化したメルボルン作家フェスのモーション・グラフィックCMなどは、素晴らしい。日本では、誰も積極的に広告を出さなくなって貧乏くさいCMばかりになってしまった現状と比べたら、創意工夫やつきない表現意欲を感じるものばかりだ。

 また安価で高性能のPCと使いやすいソフトのおかげで、時間とアイデアさえあれば素人でもずば抜けた作品が作れることの証左のように、学生制作のショートフィルムがすごいことになっている。特に、日本のアニメに影響を受けたようなタッチのものは、そのスーパーフラットな質感と、作り手が備えた独特の視点がうまくブレンドされて、日本の商業アニメには絶対にない世界を描出。その出来の良さには唸ってしまう。マッドハウスと4℃が合作したような近未来SFの『La Main Des Maitres』はフランスの学生。独特のタッチとパースが湯浅政明の『マインド・ゲーム』や『ケモノヅメ』を思わせる『Inside/Out』はイスラエルの学生の作品だ。彼らが潤沢な予算とプロダクションを得て、商業制作したらと思うと、末恐ろしい。不況のおかげでこういった学生の作品にもスポットが当たるようになったのは、間違いなく苦しい状況にあるだろう映像業界において怪我の功名なのかも。

Tribe - ele-king

 〈トライブ〉とは、1970年代のデトロイトを駆け抜けたアンダーグラウンド・ジャズ・レーベルかつその集団名で、イギリスでは1996年に〈ソウル・ジャズ〉がリイシュー盤を発表し、日本では2005年に〈Pヴァイン〉が全カタログを再発している。その音楽はポスト・シヴィルライツ/ポスト・マーティン・ルーサー・キングの流れにおけるスピリチュアル・ジャズで、同時代のサン・ラー、NYの〈ストラタ・イースト〉、LAの〈ブラック・ジャズ〉、あるいはシカゴの〈AACM 〉(←タイヨンダイの親父さんが在籍していたチーム)、セイントルイスの〈BAG〉らと同じように"アフリカ系の自立"と"共同体意識"に基づいた音楽だ。70年代的なファンクのセンスがポスト・コルトレーン的スピリチュアル・ジャズに注がれている。70年代のデトロイトといえば、ポスト・ライオットの10年であり、街に廃墟化していった10年だ。もっとも大変な時期に、〈トライブ〉なるインディー・ジャズ・レーベルは活動していたことになる。

 さすがにマイク・バンクスはこの年配のジャズ集団を知っていたし、そしてカール・クレイグにいたっては2003年のザ・デトロイト・エクスペリメント・プロジェクトにおいてトライブのトランペッターだったマーカス・ベルグレイヴを招いて、彼の曲"スペース・オデッセイ"をカヴァーしている。続けてクレイグは、〈プラネット・E〉傘下にジャズを専門としたサブレーベル〈Community Projects〉を設けて、2007年と2008年にトライブのシングルを発表している。そして、昨年発表したクレイグの「Live in Paris」でトライブの創設者のひとり、ウェンデル・ハリソン(サックス奏者)が演奏しているように、デトロイト・テクノと70年代のスピリチュアル・ジャズとの仲はいまでは実に親密だ。こうしてデトロイトの伝説的ジャズメンは、クレイグのプロデュースのもとで再集結し、レコーディングしたのである。録音には2年を費やしたという。

 カール・クレイグはあくまでプロデューサーだ。ザ・デトロイト・エクスペリメントとは立場が違っている。とはいえ彼はシンセサイザーを弾き、あるいはこの老練たちの音楽にモダンなビート感を与えている。アンドレス(KDJからのリリースで知られる)もコンガを叩ているが、これがまた効果的で、心地よさを与えている。浅沼優子さんが『waxpoetics』でやった取材によると、クレイグは「ただファンキーなジャズ・レコードを作りたかった」そうで、実際にこの音楽は彼がこれまで関わったジャズ・プロジェクト、インナーゾーン・オーケストラやザ・デトロイト・エクスペリメントなどと比較すると、ずいぶんと親しみやすいサウンドとなっている。実験性を表に出すことなく、むしろ1曲目の""Livin In A New Day"(2007年のシングル曲)のようなおおらかさがアルバムを貫いている。目新しさはないけれど、デトロイトという美しいコミュニティから生まれた美しい音楽で、そのリラックスしたムードが作品の最大の魅力となっている。

Lindstrom & Christabelle - ele-king

 東京では2004年、ドクター西村の影響力によって「There's A Drink In My Bedroom And I Need A Hot Lady EP」がカルト・ヒットしたことで、たぶんイギリスよりも早く名が知れたノルウェーのリンドストロームだが、ロンドンを中心に2008年から広まったコズミック・ディスコ・ブームのおかげで、欧米ではむしろいま時の人となっているようだ。今年の初頭は『ガーディアン』がその広がりをレポートし、ロック・バンドはシングルのクラブ・ミックスを北欧のプロデューサーに依頼する。コズミック・ディスコのディーヴァとばかりにリトル・ブーツはデビューし、USオルタナ文化の支柱となっている『ピッチフォーク』でさえも、この新作に色めき立っている。そう、巷では"キング・オブ・コズミック・ディスコ"なる称号で呼ばれるリンドストロームの新作に。

 僕は実は、つい先日、初めてリンドストロームと会って話を訊く機会を得た。オスロからやってきた細身の青年は、彼の宇宙級にトランシーな音楽とは裏腹に、なんとも頼りなく、地味だった。昼間からビールをがぶがぶ飲んでいる僕の目の前で、彼はコーヒーとオレンジジュースを飲みながら、何度も「いやー、僕は退屈な男だから......」とイクスキューズを入れるのだった。で、実際、たしかに退屈そうな男だった。自分でも認めていたが、間違ってもクラブに行くような類の人間ではない。そしてだからこそ、彼は音楽のなかでもうひとつの自分(オルタエゴ)を解放して、宇宙ディスコに飛び出すのかもしれない。ロケットのように......。僕は初めて、「There's A Drink In My Bedroom And I Need A Hot Lady EP」を聴いたときは、北欧のタチの悪い妄想狂の仕事だと勝手に妄想していたほどだった。

 さて、旧友クリスタベルをヴォーカルに迎えてのリンドストロームの新作は、彼にとって初めてのポップス・アルバムとなった。2003年のヒット・シングル「Music (In My Mind)」以来のコンビで、古いファンにしてみたら待望のコンビ復活となる。アルバム全体の印象を言えば、ドナ・サマーというよりも80年代のダンス・ポップスの今風解釈による作品だ。"Lovesick"や"Let It Happen"や"Keep It Up"、あるいはソウルフルな"Baby Can't Stop"など、細部に実験的だけどおおまかなところでは実にキャッチーな曲が並んでいる。それらのキャッチーさは、彼の本質でもある。リンドストロームと話して驚いたのが、彼が真性の80年代ポップス信者であるということだ。信者......そう呼んでも良いだろう、それほど彼は80年代のポップスこそ最高だったと、何度も繰り返していた。たとえばプリンスのような音楽を。

 もっとも重要なことは、"宇宙ディスコの王様"が、本当にファンタスティックなアルバムを完成させたことである。『Real Life Is No Cool』は華麗なアルバムだ。そしてこれは、忘れるためのアルバムである。楽的的で、気がつけば頭のなかではミラーボールがくるくると回っている。何よりもアルバムのタイトルがこの音楽の意味を暗示しているじゃないですか。『Real Life Is No Cool』――現実は惨めである。現実から逃げて、夢や幻想のなかでこそ、人はクールになれる。

King Midas Sound - ele-king

 これは、ダブ好きには避けては通れない1枚。いつまでもルーツにしがみついているダブ好きではなく、時代とともに更新されていくダブを積極的に受け入れていくことができる、耳と心が広く開かれたリスナーにとってのマストな1枚である......とはいってもデッドビートなんかに比べればそれなりにルーツに敬意を払っているのだが......。
 キング・ミダス・サウンド(英語読みすれば、キング・マイダス・サウンド)はケヴィン・マーティン(ザ・バグ)と、作家であり詩人のロジャー・ロビンソンによるプロジェクトだ。作家といってもロジャー・ロビンソンのことなぞ僕は知らなかったけれど、調べてみるとなかなか興味深い男で、彼はロンドン在住のトリニダード系イギリス人で、詩人であり、作家であり、音楽家であり、パフォーマーで、イギリスのブックアワードにて「影響を与えた黒いイギリス人作家の50人」のひとりに選出されている。2001年に『Adventures in 3D』、2004年に『Suitcase』といった本を発表している。いわばディアスポラである。彼はシンガーとして、詩人として、アッティカ・ブルースのアルバムに参加したり、あるいはビーンズ(アンチ・ポップ・コンソーシアム)をゲストに迎えて自費でレコードを制作したりとか、地道に音楽活動を続けている。2001年にはテクノ・アニマルのシングルにも参加しているし、〈リフレックス〉から出たザ・バグのセカンド・アルバムにも参加している。2007年の『Box Of Dub』でキング・ミダス・サウンドを名乗る以前から、マーティンとはすでに顔見知りなのだ。
 そしてマーティンは、昨年のザ・バグの『ロンドン・ズー』によってこの20年の苦労が報われたというか、ようやく初めて大々的に評価された人で、だから彼のこのダブ・プロジェクトであるKMSを出すにはいまが最高に良い時期でもある。幸先の良いことに、KMSは昨年の最初のシングル「Cool Out」によってすでに好き者たちのあいだで評判となっていた。今年の夏前は〈ハイパーダブ〉からの2枚目のシングル「Dub Heavy ― Hearts & Ghosts」を発表して、ファンの期待をさらに煽っている。何よりもその重量級ベースラインの震動によって(挑戦してるんだろう、どこまで出せるか)。
 ヒット・シングルのタイトル曲"Cool Out"ではじまる待望のアルバムは、その立派なプロジェクト名とは裏腹に、亡霊のような音楽だ。風が吹き、霧雨が立ちこめるとき、真っ暗闇を歩いているような気分にさせてくれる。すべての輪郭がぼやけ、重低音が響いている。眼鏡を外して夜の散歩をしているような感覚だ。タイトル曲の"Waiting For You"はベストトラックのひとつで、いわば電子ノイズのシャワーが降り注ぐマッシヴ・アタックである。〈ハイパーダブ〉のコンピの1曲目に選ばれた"M eltdown"や"I Man"もキラーだ。アンドリュー・ウェザオールのゴシック趣味が暗い雨の日のカリブ海の路上で再現されたかのようである。"Goodbye Girl"ではトリッキーのパラノイヤが憑依したかのように、不気味なスペース・ダブを展開する。"Outer Space"は強烈なアフロビートが響くダンサブルな曲だが、最後から2番目のこの曲が流れる頃には、リスナーはすっかり動けなくなっているかもしれない。
 もしこのアルバムでひとつ大きな不満があるとしたら、ロビンソンの言葉が僕の英語力では理解できないということである。わかったらものっとハマれるんだろう。

三毛猫ホームレス - ele-king

 自分がプロデュースに関わったイベントなのでナンですけれど(https://cs8.s140.coreserver.jp/1116.html)、その会場で売っていたCDがいろんな意味で興味深かった(ちなみに当日のライヴの様子→https://www.youtube.com/watch?v=FDX9t_GUIyI)。まず驚かされたのがM2"neat"。「わたしは働く気があるのよ」とアニメ声で繰り返されるヴォイス・サンプルがなんともいえないニュアンスを持っていて、久々に自分で聴くだけではなく、ほかの人にも聴かせなければという焦燥感に駆り立てられた(一気に心をつかまれたと言い換えてもいい)。このユニットはまだ大学生のコンビで、失業だとかロスジェネといった問題に直面したわけではなく、渦中にいる人にはむしろ(メタルのように)声も出せない人が多かったと思うけれど、それも含めて、下の世代から見えている風景としてそれらを捉えているように思う。その距離感のなかに彼らの表現が生まれる余地があり、自分たちがどこにいるかをたった1種類のヴォイス・サンプルで異様な景色として成立させてしまっているといえる。これには舌を巻いた。同じようなことはアニメからのサンプル(?)で組み立てられる他の曲にも共通していて、抽出された言葉がアニメの文脈を超えて、時代やそれを超えた普遍性にも通じているという離れ業をやってのけているように感じられて仕方がない(アニメに詳しい人にはまた違った聴き方もあるのかもしれないけれど、その必要性を感じないほど、最終的に選ばれている言葉が外に向かって開かれている印象を持つという意味でもある)。本人たちはランダムにやっているだけなのかもしれないけれど、意味のないことを歌詞にしようとしている電気グルーヴに対して、どの言葉もそれなりに意味を持ってしまい、アニメの戦闘シーンもそれだけで終わっているようにはどうしても聞こえない。叫び声がただ単にループされるだけのM17"ave"やM12"さよなら絶望コア"も安直に衝動をぶつけているだけのようで、しかし、その衝動がどこから来ているのか、実は知っているのではないかと思わされるものがあるというか。ほかにも具体的に紹介したい曲はけっこうあるんだけれど、法的な問題もありそうなので、あえて省略したい。問題のなさそうなタイトルだけを列挙しておくと、"ぼくはとみたけ""ダブまんが大王""アヤナミステップ""普通'n'BASS""ラキスタ様 goes to IBM""デトロイトドナルド"......。ここまで日本語がムダなく入り込んだダンス・アルバムを僕は聴いたことがない。いくらCDRとはいえ、これで500円は安すぎるよ。いまのところライヴ会場でしか買えないみたいだし、誰かライセンスしてあげて。

https://d.hatena.ne.jp/MASSY/20081011/1223746658

The XX - ele-king

 いま、UKで話題となっているティーンエイジャー(19歳だって?)4人組The XX(ザ・エックス・エックス)のデビュー・アルバムである。先行シングル(2枚)は聴いてないので、実はこれがぼくにとっての初XX体験。

 My Spaceなどから集めた情報を先に開陳しておこう。結成は2005年。ロミー・メイドリー・クロフト(ギター、ヴォーカル)とオリヴァー・シム(ベース、ヴォーカル)が、ホット・チップやフォー・テットを輩出したロンドンの高校でバンドを結成。ライヴを行うためにバリア・クレシ(キーボード)とジェイミー・スミス(トラックメイカー)が加わって現在の形に。もともと4人とも小学生からの知り合いだという。ドラマーがおらず、エンジニアとサンプル操作を担当するメンバーがいるところは現代的。

 レーベルはXL傘下の〈Young Turks〉で、今年になって2枚のシングル(「Crystalized」「Basic Space」......どちらもナイスなタイトル!)を発表。その後アルバムの制作に入るが、なんとここで当初起用されたというプロデューサーの名前を見て驚愕。ディプロ(M.I.A.など)とKwes.だって? それだけでもこのバンドにレーベルがかける情熱が感じられると思うが、しかし彼らはいち度はバンドとの作業に着手するものの、バンド側の納得いくものとならなかったというのだ。そこでこのアルバムは、バンドによるセルフ・プロデュースで完成されている。
 まずは隙間だらけの(よく言えば空間をうまく生かした)トラックが異様だが、このスペース感こそがこのバンドのカラーを決めている。リズムはサンプルっぽく、ギターとベースはあるけど一般的なクリシェっぽいフレーズはあまり感じられず、ギターにいたってはほとんど単音弾きで、むしろ効果音だ。そしてそこに、あまり抑揚のない男女のヴォーカルが絡む。

 直感的に連想されるのはヤング・マーブル・ジャイアンツとか「Faith」の頃のキュアとかで、暗くひんやりとした肌触りのサイケデリアではあるのだが、そこはたとえばディプロなどとの共同作業の経験も手伝っていることもあると思うけど、サウンドそのものにヒップホップやテクノ、ダブステップなどを存分に呼吸していることを感じさせるものがあって、彼らが現代のバンドであることを意識させる瞬間がいくつも用意されている。しかもそこには――誤解を恐れずに言えば――作り手の年齢を感じさせない成熟がある。が、さらに彼らをユニークな存在としているのはロミーとオリヴァーによる歌詞の内容かもしれない。「僕たちはスーパースターだ」(「VCR」)と嘯いてみたり、「君はさよならも言わずに去って行ったけれど/ぼくは君の瞳にそれを聞いたよ」(「Infinity」)とか「最初のデートで一線を引くけど/それを超えてもいいのよ/もう少し遅い時間になったら」(「Stars」)など――ティーンエイジャーらしい誇大妄想と甘さ! スカしたサウンドと軽く乖離しているところが、他のバンドにはない魅力のひとつなのではないかと思ったりもする。そこには80年代のサイケデリアには普遍的にあった「死」への幻想はない。しかし、だからといって手放しの陽性をひけらかすポジティヴィティとも違う。真昼間のぎらつく太陽と凍てつく深夜の月光の時の狭間にあって聴き手を篭絡する幻のような存在、次の瞬間にはおそらくまったく別の姿になってしまうような気がするけど、このアルバムの価値は変わらないだろう。

  - ele-king

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