「Dom」と一致するもの

interview with Yakenohara - ele-king


やけのはら
SELF-PORTRAIT

Felicity

Amazon

 やけらしい……というか、総じて、のんびりしている。カリブ海の影響を受けたリズムも、控え目に鳴っている。ジャケはかわいいイラスト。
 『SELF-PORTRAIT』はやけのはらのリミックス集で、2007年から2013年までのあいだに彼が手がけた楽曲が12曲入っている。
 このリミックス盤は……、彼のファースト・アルバム『ディス・ナイト・イズ・スティル・ヤング』が2010年のリリースなので、2007〜8年という、より初期のやけのはらが聴ける作品だと言える。リミックスを依頼しているのは──中村一義 、奇妙礼太郎、idea of a joke、ランタンパレード、アナログフィッシュ、Spangle call Lilli lineなどなど──名前を並べるとあまり統一感のないように思えるのだが、彼らの曲をやけのはらが再構築すると1枚のアルバムの1曲に収まる。
 個々のアイデアについては、彼自身が書いたライナーに詳細が記されている。ライナーをいつか自分で書きたかったということだが、たしかに力が入った言葉をみっちり書いている。

 ボヘミアン気質の初期の作風、オプティミスティックな感覚はいまでもやけのはらのトレードマークなのだろうが、やはりある時期までの初々しさは、その時期──彼がまだ真冬でもサンダル履きで街をうろついていた頃──だからこそ出せたものだと言えるだろう……ふと、いまこれを書きながら思ったのだが、サンダル履きのやけのはらは、日本でチャヴ・ファッションを先んじて実践していた男なのかもしれない。

 彼は、2000年代なかばの時点では、ラッパーというよりも、若手のDJのひとりとして評判だった。いろんなところから声をかけられ、よくDJをしていたと思う。ファースト・アルバムを出すのが遅すぎただけで、早い時期から彼のもとにリミックスのオファーがあっても不自然ではない……

ずっとリミックス盤を出したかったんですけど、タイトルが決まらなかった。エイフェックス・ツインのタイトル、『26ミクシーズ・フォー・キャッシュ』がずーっと頭にあって、ほんと最高のタイトルだなと思ってたんで(笑)。あの秀逸なタイトルが、ハードルとして高くありすぎましたね。

率直な感想を言うと、けっこうリミックスをやってたんだなっていう。

やけのはら(以下、やけ):あ、そうですか。まずそこから(笑)。

(笑)すごくやってたんだね! 奇妙礼太郎のリミックスは知ってるけど、他のはほとんど聴いてなかったなあ。知らないものばかりだったよ。

やけ:野田さんの聴きそうなところとはちょっと違うかもしれないですね、もしかすると。

日本では、リミックス作品のリリースが90年代ほど盛んじゃないし、あとポップスとDJカルチャーとの溝、いま日本では開いちゃってるからね。

やけ:その頃だったらリミックス盤ってけっこうありましたもんね。1枚丸々リミックスとか。

だから、いまエレキングでもリミックス盤って作ってるんだよ。12インチのアナログ盤で。

やけ:知ってますよ。踊ってばかりの国。

そうそう、それが1枚目で、次はオウガ・ユー・アスホールの新曲をアルツくんにリミックス頼んでいて……いま気がついたんだけど、やけちゃんってアルツくんに似てるよね?

やけ:それ見た目でしょ(笑)? たしかによく言われます。

へへへへ、それにしても、やけちゃん、こんなにリミックスをやってるんだなあ。売れっ子じゃない。

やけ:けっこう、長いタイムスパンのなかから選んだんで。でも、もっといっぱいあるから。まあ、あんまクラブ仕様って感じでもないですけどね。

そうかなー。やっぱ、どちらかと言うとクラブ寄りの感性だなと思ったんだけど……と言っても、オリジナルを知らない曲が多いから、オリジナルがクラブ寄りだったりするのかもね。でも、やけらしさは感じるよ。ちょっと清々しい感じとか、タイトルを『SELF-PORTRAIT』ってつけたくなる気持ちもわかる。良いタイトルだね。

やけ:はい。ありがとうございます。

やっぱ、フェリシティから出してから、リミキサーとしての仕事は多いの?

やけ:いや、わかんないです(笑)。ひとと比べて多いのか少ないのかわかんないですけど、まあたまに誘ってもらったり。さっきの、ポップスとクラブとの溝の話で言えば、僕がロックとかポップスが好きだったり理解があった上でクラブっぽいものができると思われてるのかもしれないですね。頼んでくれるひとからしたら。

ああー。(DJ)ヨーグルトとちょっと近いよね、その見られ方は。

やけ:あくまで想像なんで、実際はわからないですけどね。頼む側からすると、自分たちの音楽はあんまりわかんない人間がただクラブ仕様にするっていうのは、ちょっとなって思うのかもしれないです。

なるほど。頼まれると絶対断らないタイプでしょ?

やけ:基本は。ただ自分のそのときのスケジュールとかもあるんで。

よほどのことがない限りね。

やけ:まあそうですね。

相手は選ばない?

やけ:選ばないって言うとヘンですけど、なんというか、挑戦というか。例えばこれには入ってないですけど、てんぱ組.ってアイドルみたいなひとなんかもやらせてもらったりしたんですけど。そういう普段聴かなかったり自分の作っているものと距離があっても、リミックスだと、チャレンジでやってみようかな、っていうのはありますけど。

なんで入れなかったの。

やけ:リミックスは、今回選んだ曲の倍ぐらいあって、そのなかからこれにしたんで。なんとなく、評判が良かった風のやつから逆算して入れていったというか。あと、ぼんやりなんですけど「あのとき友だちがいいって言ってくれたな」とか。3票ぐらい。ゼロか3かくらいの小さい差なんですけど(笑)。あとは自分がいままで関わったやつの、一番端と端まで入れちゃうとぐちゃぐちゃになりすぎるんで。いちおう1枚の整合性とバランスを考えつつ。

なるほど。でも、昔から議論されることだけどさ、リミックスを楽しむ文化が、いまだに日本では定着してないんじゃない?

やけ:どういうことですか?

いまだにビョークの曲をハーバートがリミックスするとビョークのファンが怒っちゃうみたいな。

やけ:はい、はい。ミュージシャンのクレジットのほうが大きいのは仕方がないけど。

だから、アイドルだろうが何だろうがさ、リミックスする側からすれば関係ないじゃない。

やけ::そうなんですけど、でも僕の場合は、たとえば歌のひとの曲だったら歌は全部残すとか、素材にはしないって自分内での決めごとにしてるんで。元のひとの中心軸は、まあ歌なら歌で、全部残すんで。あとなんだろう、そのサジ加減を楽しんでるんですけど、思いっきり全部素材にはしないで、いちおう元のリアレンジって風にやってるんで。だから自分ヴァージョンにはなってるけど、元のひとの核は全部尊重してるっていうか残してるっていうか。

なるほどね。たしかにリミックスっていうのは原曲に対するリスペクトがあるかどうかっていうのは、ひとつあるかもね。

やけ:リスペクトって言葉かはわからないですけど、素材にしちゃうんだったら何でもいっしょになっちゃうんで、やっててもつまらないっていう。

まあね。エイフェックス・ツインがそれこそ「カネのためにやったリミックス」って言ったりね(笑)。

やけ:あれが頭にあったんですよね、あのタイトル。

『26ミクシーズ・フォー・キャッシュ』(2003年)だっけ。あれは、リミックス文化に対するシニカルな批評だもんね。

やけ:そうなんですよ。ずっと(リミックス盤を)出したかったんですけど、タイトルが決まらなかったんですよね。で、エイフェックス・ツインのあのタイトルがずーっと頭にあって、ほんと最高のタイトルだなと思ってたんで(笑)。『26ミクシーズ・フォー・キャッシュ』みたいなのがいいなーって。あの秀逸なタイトルが、ハードルとして高くありすぎましたね。それで、なかなか出せなかった。

ああー。それでなんで『SELF-PORTRAIT』にしたの?

やけ:これはね、もう……まあボブ・ディランなんですけど。

うわ、大きいこと言うねー(笑)!

やけ:いや、ディランのアルバムであるじゃないですか。カヴァーが多く入ってる『セルフ ポートレイト』。あの感じでいいかなっていう。いま言った話の流れに通じるかもしれないですね。一見ひとの曲だけど、意外と俺のエッセンスがあるぞ、と。

[[SplitPage]]

リミックスって、トム・モルトンとかウォルター・ギボンズとか、初期ディスコのひとたちのリエディットが最初じゃないですか。もっと過去に遡れば、やっぱりジャマイカのダブって発想があるでしょう。すでに録音してある素材を並べ替えたり、抜き差ししたりっていうか。


やけのはら
SELF-PORTRAIT

Felicity

Amazon

このジャケットの感じも、2000年代半ばぐらいの、やけのはらが自主で作ったミックスCDを思い出すなー。

やけ:たぶん一貫してそういうノリが好きなんじゃないですかね、僕。

これって、どういうノリなんだろうね?

やけ:まあ明るい感じ。楽しい感じ。

かわいい感じ好きだよね。ちなみに、リミックスしても歌詞を残すっていうのは、ひとつのこだわり?

やけ:うーん、歌詞を残さないとつまらない。なんだろうな、元からあった自分の曲のストックにちょっとヴォイス・サンプル乗せるとかやり出したら、なんかあんまり楽しく取り組めないんで。

ある程度縛りがあるなかでオリジナリティを出すっていう。

やけ:そうっすね。あとはアレンジって意識なんで、元の曲の一番大事なところは残さないとアレンジにならないんで。野田さんはどれが面白かったとかありますか?

意外なことに、中村一義のリミックスがいちばん良かったね。

やけ:意外(笑)? 何に対して意外なのかわかんないですけど(笑)。僕もけっこういいと思ってるから2曲めにしてるんですよ。

あと1曲めも良かったけどね!

やけ:それはイントロですよ(笑)。大丈夫ですか、2曲めまでしか聴いてないんじゃないですか?(笑)

はははは、中村一義のリミックスは、ちょっとハウシーな感じじゃない?

やけ:ハウスではないですよ。アンビエントですよ。

ピッチが遅いけどビートはあるし、ビートダウン・ハウスって感じじゃない? 

やけ:キックがないし。

ああ、これはアンビエントという解釈なんだね。で、続く奇妙礼太郎はダブんだけど。

やけ:リミックスやるときに限らず、あんまり打ち出すタイミングがないんですけど。ダブとアンビエントはすごく好きなんですよ。ただそれだけなんですよね。

ダブとアンビエントっていうのは、自分のスタイルとして意識しているの?

やけ:それはね、違うんですよねー、なんとなく。でもリミックスって、トム・モルトンとかウォルター・ギボンズとか、初期ディスコのひとたちのリエディットが最初じゃないですか。もっと過去に遡れば、やっぱりジャマイカのダブって発想があるでしょう。すでに録音してある素材を並べ替えたり、抜き差ししたりっていうか。どうしてもリミックスって、ダブにたどり着くところがあるような気がしますけどね。

なるほどね。そういう理解かー。音色はどういう風に選んでるの?

やけ:マニアックな質問ですね(笑)。それはそのときどきで、「これが合うな」とか、逆に「合わないから面白いな」とか、ケース・バイ・ケースですけど。

なんで訊いたかって言うと、基本的にはわりとストレートな音色っていうかさ。

やけ:まあ、そうかもしれないですね。作っていくなかで、自分がしっくり来るものを選んでいるだけなんですけどね。

基本的にはキラキラした感じの、気持ちいいサウンドだよね、って言っちゃうと単純だけど。

やけ:まあ、そうですね。やっぱ自分のなかの要素としてはあんまりないんじゃないですか、インダストリアルとかは。

あんまり気持ち良すぎて、気持ち悪くなったりしない?

やけ:(笑)すごい質問ですね! 面白いですね。あ、でも、それがギリギリ僕のなかでテクノですかね。ちょっと砂糖多すぎるなと思うとテクノ聴いたり。

いまの世のなかの一部っていうのは、どんどん快適な方向に行ってるからさ。

やけ:いや、そこの対立軸には置いてほしくないっていうか。

はははは!

やけ:いや、この気持ちいい世界観は直接的にわかりやすい気持ち良さじゃないですよ。もうちょっと隙間産業的なもので。

(笑)ニッチな。

やけ:でもストレートに、「こういう風にしたら気持ちいいだろう」っていう風には行ってないっていうか。自分の意識としては。

すごく抽象的な質問だけど、じゃあどの辺に落とし込もうとしてるの?

やけ:それは毎回チャレンジというか。でも、けっこう行き先を決めないで作ってるかもしれないですね。自分の曲でもそうですけど。とりあえず、最短距離には行かないようにはしてるんですよね。たとえば「シティ・ポップ風のアレンジにしよう」とか、そういうのは自分のなかでは無いっていうか。

そうだね、当たり前だけど、やけのはらの個性が出てるもんね。

やけ:僕の好みは出ていますよね。

今回のリミックスで一番古いのってどれ?

やけ:Aira Mitsukiってひとかな。2008年とかだから。

このひとは知らないんだけど、どういうひとなの?

やけ:ちょっとアイドル的な。パフューム的なことをやってたひとですね。

とくに大変だったものってある?

やけ:うーん、どれが極端に大変だったってことはないかもしれないですね。もちろん、どれも頑張ってやってるんですけど、でもそんなに苦労しなかったやつのほうが入ってるかもしれないですね。こねくり回してやったやつは、なんだろう、悪いってわけでもないですけど。ここには入ってないやつのほうが、むしろこねくり回したり悩んじゃったのが多いかもしれないです。

「こういうリミックスをお願いしたい」みたいな、リクエストをされたことはある?

やけ:うーん、思い出す限り、基本的にはないですね。そういうオファーだったら他のひとに行くんじゃないですか(笑)。もっと器用にできそうなひとに。

「クラブでかけられるダンス・ミュージックにしてくれ」っていう依頼はなかった?

やけ:思い出す限りそういうのはなかったですね。あと、僕がリミックスやるときは、そのメディアのことも考えてやるんで。CDのあとにボーナス・トラックで付くのか、5曲ぐらいのシングルのカップリングで入るのか、レコードの7インチや12インチで出るのか、とかは、いちおう考えて作ってるんで。最初からレコードだったら、クラブでもかかる可能性のあるようなのにしようとか。
 あと、対象のミュージシャンを僕が知ってる場合もあんまり知らない場合もあるんですけど、どんなリスナー層が多いのかな、とかもぼんやりとは気にするというか。そのひとたちがまったく好きにならないものは避けたいけど、合わせてもつまらないので、そのバランスは最初に考えますけどね。ギリギリ楽しんでくれるかな、ぐらいの感じだけど、その層のひとが聴かない要素も入れたりとか。そういう案配は考えます。

時代的な難しさはとくに感じなかった? リミックスって、そのファンのためにやるものでもないんだけど、そのファンに聴いて欲しいものでもあるし。

やけ:リミックスなんで、ひとから頼んでやってることが前提にありますからね。まずは、頼んでくれるひとがいたからできたものなんで、そこは受け身は受け身ですから。ただ、今回リミックスを出したいと思ったのは、自分なりにそのときどき──バイト的にではなく──ちゃんとリミックスをやってるって意識があったり、それが世のなか的にどう取られるのかはわからないですけど、まとめて聴いて面白く聴いてもらえるんじゃないかと思ってるからなんですね。

ダンスフロアのことは考えない?

やけ:僕の曲ってもともと日本語の歌とかが入ってるのが多いので、ダンスフロアのど真ん中、2時とかの感じではないですよね。アレンジや曲調によっては時間帯が違えばかけられるかも、とかはあっても。

昔、ディスコをよくかけてたじゃない?

やけ:ディスコはいまでもかけてますよ。ダンスフロアの感覚はどれもあるんですけど。でも、けっこう(自分が頼まれるリミックスは)歌ものが多いからなー。そういう意味ではダンス・リミックスって言うより、やっぱりリアレンジしてるって意識かもしれないですね。あんまり想定はフロアではなかったりもする。
 そういう意味で言えば、たしかに直接的にダンスフロアを目指したものは少ない。っていうかそういう意識はないかもしれないですね。でも後半のアンビエント的なやつも、自分のなかではダンスフロア的な感覚でアンビエントになってはいるんですけどね。自分としては、ハウスやテクノもやってみたいんですけどね。あんまりそう見られてないのかもしれないですね。いまは、あんまりダンスのイメージがないのかもしれない。

選曲は、それなりに大変だった?

やけ:選曲は、けっこう大変でしたね。リミックス盤は、5年前からずっと出したいなと思ってたんですよ、ファースト・アルバム(※2010年の『ディス・ナイト・イズ・スティル・ヤング』)の前ぐらいから。僕の気持ちとしてはもっと前からやりたかったんですけど。

[[SplitPage]]

僕のことをラッパーだと知らなかったひとも多かったと思います。自分でラップをしてるひとが、ひとの曲をリミックスしてアルバム出すっていうのも前代未聞な気がするんですけどね。


やけのはら
SELF-PORTRAIT

Felicity

Amazon

2007年から2013年までに作った曲が入っているわけだけど、やけのはらは、2007年のあたりはクラブ系だと括られていたじゃない?

やけ:ある意味、いまでもそのつもりなんですけど(笑)。でもリミックスって、クラブ・ヴァージョンにするもんだってことも忘れて作業してましたね。普通にただリアレンジのつもりっていうか。アレンジャーの気分っていうか。ただ自分の手駒として、ギターを上手く弾けるとかじゃないんで、どうしてもクラブ的な感覚が自分のできる解釈になるっていうのはありますけど。

2007年から2013年だと、デビュー・アルバム前からの仕事も入っているわけだけど、自分自身のリミックス・ワークに対する姿勢はあんまり変わらなかった?

やけ:聴き返して思うのは、変わらないっていうとヘンかもしれないですけど、古い曲でもいま作りたいものや好きなものと細かいポイントはあんまり変わらなかったり。興味あることなんかはそのときどきで変わるんですけど。今回振り返って、逆に連続性を感じましたね。半分ぐらいミックスも直したりしたんですよ。古い曲に手を入れたりしてたら、そんなに断絶したものと感じなかったというか。

統一感があるよね。

やけ:さっきの話とも繋がるんですけど、そのときに流行ってる音のモード/ジャンル/スタイルをちょっと取り入れてても、そのときそのときで飛び石的に変えていくってことをやってないですからね。自分なりのやり方でいつもやってるし、そういう面では時間軸はあんまり関係なかったりする。良くも悪くも。この時代は流行ってたからエレクトロやってたけど、いまではEDMですねとか、そういう直接的な進み方ではないっていうか。

たとえば、アイドルには興味なくても、アイドルのやけのはらリミックスには興味がある人もいるはずだし。

やけ:僕も、自分と関わりのないひとのリミックスもしてみたいですけどね。

それもやっぱ、それはやけのはら的なものに落とし込まれるんだろうね。メローで、アンビエントなフィーリングなものに。

やけ:わからないけど、自分の好きテイストには持って行こうと努力しますね。

やけちゃんって不思議なポジションだよね。ヒップホップでもないし、ロックでもないし、ハウスやテクノのクラブDJでもない。なんか、カテゴライズできないよね。

やけ:そこは僕も悩みどころなんですよ。

なんで(笑)? 良いことじゃない、カテゴライズされたくないって言いながらカテゴライズされた音楽をやるより。

やけ:いや、それは自然にやっててそういう状況になってるんですけど。どれもやりたくてやってるからいまから変わりようもないんですけど、普通の感じの売り方──っていう言い方が合ってるかもわからないですけど──でいったら、こういうのじゃダメなんだろうなーとか思ったりするんですけど。どれも楽しく、思い入れあってやってるんで難しいんですけど。

2007年って言うとDJばかりをやってた頃?

やけ:そうですね。その頃やってたことを今回まとめられたりしたんで。そのときにアルバムって形で直接出せなくても、やってたことがいままとめられたし良かったかなとは思います。今後に関しては、自分のアルバムを5年に一度、10年に一度ではなく、もっと早いペースで出したいなっていうのは思っていますね。

もうちょっと制作に力を入れたいんだ。

やけ:なんていうか、作るのが遅いんですよね。

ファースト・アルバムもリリースが遅かったもんね。

やけ:そうですね。たぶん遅いんです。27歳とかでアルバム出せても良かったのかもしれないし。20代のときはいっぱいDJをやってそれが楽しくて良かったっていうのもあったんですけど、形に残ることでいろいろしたいなっていうのは思いますけど。

最近はクラブとライヴハウスだったらどっちからのオファーが多い?

やけ:けっこう同じぐらいになってるかもしれないですね。ちょっと前までは基本DJやクラブをバーッといっぱいやって、ライヴのほうがちょこちょこって感じだったのが。

ライヴのオファーがけっこう増えてるんだ?

やけ:それと、DJが減ってる。で、ラップのアルバムを出すとライヴに誘ってくれるひとが増えて、クラブ系のひとは「あれ、この頃あんまりDJやってないのかな」みたいな感じで両方のバランスが動くというか。自分としてもそれをどっちかだけに振り切りたいわけでもないし。DJのオファーが減ると寂しいんですけど。

ははは。

やけ:だけどDJばっかり年100本とかできないな、とかもあるし。そのペースでやってるとアルバムが作れないんですよ、結局。

そうだよね。ファースト・アルバム出る前は、DJとして評判だった男だもんね。

やけ:まあラッパーであることを知らなかったひとも多かったと思いますしね。ひとの曲にたまに参加しても、そういうことを知らないひとはいっぱいいたんじゃないですか。このひとはラップをしてる、みたいなことは。ちなみにその話で言うと、自分でラップをしてるひとが、ひとの曲をリミックスしてアルバム出すっていうのも前代未聞な気がするんですけどね。普通あんまりないっていう。それだったらどっちかって言うと、自分のラップをいろんなひとにリミックスしてもらったアルバムは出すでしょうけど。

たしかにそれは言えてる。だからそういう意味でヘンなポジションだと思うんだよ。

やけ:そうですね。そういう認識は自分でもあります。

良くも悪くもオリジナルなポジションだよね(笑)。

やけ:もっとわかりやすいほうが良かったのかなと思ったりもするんですけど、でも変えようがないんでね。

でも、やりたいことは、はっきりあるでしょう?

やけ:それはつねにありますね。いつでもいっぱいある。10個ぐらい先までありますね(笑)。そういう意味で言うと。アンビエントのアルバム出してみたいとか、ブレイクビーツのアルバム出してみたいとか。ラップのアルバムはラップのアルバムで、僕のなかにいろいろあるんですよ。たとえば全部バンドでやってみたいとかもあるし、全部ひとにプロデュースしてもらってやってみたいとか。そういうやりたいことはいっぱいあって。「でも次はこれをやろうかな」とか、いまのことより次のことを日々考えてるって感じですね。

じゃ、次はアンビエントだ。

やけ:アンビエントは僕のなかで取っといてるんですけどね。20年後ぐらい後にやろうかなと。

はははは、20年後生きてるかどうかわからないよ(笑)。

やけ:ま、そうですけど、いまはまだ、先に、もっとフィジカルなものをやりたい気分ですね。


※初回盤特典のダウンロードEP(5曲入り)は思い切りダンス仕様でした。


interview with Shonen Knife - ele-king


少年ナイフ
嵐のオーバードライブ

Pヴァイン

Amazon

 「ロックでなければ何でもいい」という、ザ・ワイア―の有名な発言はポストパンクの精神を表すひとつのステートメントとなっている。
 少年ナイフもそんな時代に音楽に目覚め、パンク/ニューウェイヴの影響のもとに活動をはじめたバンドのひとつだが、そんな彼女たちの2008年のアルバム『Super Group』の帯には「ロックなら何でもいい!!」と書かれている。ずっとまっすぐにロックと向き合ってきた彼女たちはいまやロックの日本代表といった趣だ。

 そして結成から30年以上の間に幾度かのメンバーチェンジを経て、現在のメンバーとなっての3作目のアルバムとなる新作『嵐のオーバードライヴ』は、少年ナイフのトレードマークであるラモーンズ・スタイルのパンクポップを封印、なんと70年代へのオマージュに溢れたハードロック・ナンバー満載のアルバムとなった。
 シン・リジィを思わせる“Bad Luck Song”からはじまり、ブギー・ロックあり、ブラック・サバスやジューダス・プリーストを思わせるハードロック・チューンあり、それでいて食べ物や猫が登場するお馴染みの歌詞世界はもちろん健在。
 数ある少年ナイフのアルバムの中でも異色作となったこのアルバムについて、3月某日、新代田FEVERでのロックの楽しさのすべてがつまったライヴの後に、楽屋で話を聞かせてもらった。

70年代後半の頃は、ハードロックとかはその前から王道であって。新しくパンクとかニューウェイヴが出てきたので、当時は自分はまだ若かったから新しいものが好きと思って。王道のロックとかは、そんなんおっさんくさいと(笑)、反発してあんまり聞かなかったんですね。

まずは今日のライヴ、お疲れ様でした!

一堂:ありがとうございます!

今日は“Goose Steppin' Mama”をやってましたけど、あれはやはりラトルズ来日記念ということで?

Naoko:そうなんです、ラトルズが来るからというので今回のセットに入れました。だけどラトルズが来るときには私たちがいないという。

Ritsuko:残念なんですー。

Naoko:私たちがヨーロッパに行っているときにラトルズもヨーロッパをちょっと回ってそこから日本に来るみたいなので。ライヴが見られないのが残念です。

あらあら、それは残念ですね……。では早速新譜のお話をうかがいたいと思います。前作は『POP TUNE』というタイトルのとおりのカラフルでポップなアルバムでしたが、今回は『嵐のオーバードライヴ』というタイトルが発表になった時点できっとロック・アルバムになるんだろうと思ってたんですね。で、実際に聴いたところ、これがもう思っていた以上だったというか。

一堂::(笑)

Naoko:そう言っていただけると嬉しいですね。全部野太い曲にしようと思ってたんですけど、案外猫ちゃんの歌ができちゃったりして、ちょっと息抜きする曲も入ったんですけど。

そうですね、適度に入ってる感じで。

Naoko:基本は図太い感じ。70年代の。

アルバム1曲目の“Bad Luck Song”は今日のライヴでもお披露目してましたし、PVも作られているということで、アルバムのリードトラックみたいな位置づけだと思うんですが、このイントロの時点でもうシン・リジィ(※70年代に活躍したアイルランドのロック・バンド)あたりを彷彿と。

Naoko:そうですね、シン・リジィに影響を受けてます。“Boys Are Back in Town”とか大好きで。

「この曲を聴くとどうもツイてない、何かよくないこと」が起こるというような曲があるんだけど、ひょんなきっかけから逆に幸運を呼ぶ曲だと思えるようになった、というような内容ですが、あの歌詞は何か実話から?

Naoko:はい、経験にもとづいて──今日初めて人前でタネを明かすと、レッド・ツェッペリンの“天国への階段”が私にとってのバッドラック・ソングで。あの曲を聴くと悪いことが──と言ってもそんなシリアスな悪いことじゃないですけど、たとえば電車を乗り過ごしたり。

道に迷ったりとかですね。歌詞によると。

Naoko:まさしくその通りで。そういう経験をもとに書いたんですけど、そこで発想を転換して、逆に思えばよくなるんじゃないかなと思って歌詞を書きました。

ロンドンの地下鉄でその曲を歌っていたスターを見た、と歌詞に出てきますが、それも実際に?

Ritsuko:会ったんですよね、たしか?

Naoko:ロンドンのベイズウォーターていう地下鉄の駅を上がったところにある電器屋さんでジミー・ペイジを見かけたんです。

Ritsuko:あの歌詞はそのことやな、って思いました(笑)。その話聞いてたんで。

Naoko:何年前やったかな?

Ritsuko:2年前ですね、たしか

Naoko:イギリスとヨーロッパのライヴツアーに行く数日前にロンドンに入って、ちょっと観光してたんですよ。泊まってたのがそのベイズウォーター駅の近くで。地下鉄に乗る前にちょっと電池買お、と思って電器屋さんに入ったら「こ、この人!」っていうオーラを感じまして。ジミー・ペイジらしき人と、マネージャーみたいな若い男の人とふたりでいて。その人たちはお店を出てすぐにタクシーを拾ってどこかに行ったんですよ。駅前だからどこかに行くならそのまま地下鉄に乗るだろうけど、タクシーを拾ったということは有名人なんだろうと思って、確信を深めたんです。白いロングヘアーの背の高いひょろっとした人でした。

へえー。1曲目からそうでしたけど、たとえばえみさんが歌う“Green Tea”なんかもブラック・サバスを思わせますし。

Naoko:あの曲は特に何っていう意識はないんですけど、70年代のハードロックを念頭に置いて作ったらああいう曲ができました。で、ドラムのえみさんは京都出身なので京都といえばやっぱりお茶だと。

Emi:フフフ。

Ritsuko:お抹茶ですよね。

Naoko:だからえみさんに歌ってもらおうと。

それで言うと、やっぱりりつこさんと言えばラーメンということで“Ramen Rock”を(笑)。

Ritsuko:たぶんわたしがふだん言ってることをそのまま歌詞にしてくれたんだと思います(笑)。

Naoko:ライヴのあとによくラーメン屋さんに行ったりして。

Ritsuko:そうなんです。ほんとに事実そのままです。いつもラーメンライスセット、もしくはラーメン唐揚げライスセットを。

[[SplitPage]]

外国の人の場合だったら「新曲聞いてシン・リジィを思い出した!」とか、ELOを思い出したとか、KISSがどうだとか、わーっとそういう70年代のバンドの話で盛り上がるから。アメリカやらヨーロッパの人にとっては70年代ロックっていうのはロックを聴く基本だから、みんな誰もが知ってるベーシックな知識というか。日本のひとはちょっと違いますけど。

前にライヴのMCでも、イギリスツアーの時に一番よかったのはラーメンにありつけた時だったみたいなことをおっしゃってましたよね。

Ritsuko:そんなん言ってました、わたし!? でも……事実です(笑)。アメリカだとロサンゼルスに一か所、日本のラーメン屋さんが──。

Naoko:山頭火。

Ritsuko:山頭火ラーメンが食べれる日本のショッピングモールがあるですけど、イギリスにはなかなかなくて。わたしからしたらほんとに約1ヶ月以上もラーメンを食べれない日々が続くわけなんですけど。そのなかでまさかロンドンで、しかも本当にクオリティの高いラーメンが食べれたんで感動して(笑)。

前にお話をうかがった時に、曲を書く時点ではあまり誰が歌うかという、当て書きみたいなことは考えないっておっしゃってたと思うんですけど。

Naoko:はい、前回は作らなかったんですけど、今回はちょっと意識して何曲かは書いてみました。

それはやっぱり、いまのメンバーが馴染んできたという?

Naoko:いまのメンバーが最高だと思っているからです!

たとえば他の方に曲を提供するような機会って、多くはないけどまったくないわけではないですよね?

Naoko:そうですね、昔だと篠原ともえさんとか。うーん、でもあんまりないですね。

最近だとタルトタタンの『グーテンベルクの銀河系』に提供した“バーチャルディスコ”がありましたけど、あれはまあ曲自体は既存(“チャイニーズ・ディスコ”)の──

Naoko:ちょっと焼き直しで、歌詞を考え直しました。

そういうときってやっぱり歌い手のことを想定するんですか?

Naoko:えーと、その時点ではあんまり考えなかったんですけど、いまもし頼まれたらたぶん考えると思います(笑)、ちょっと成長したので。

いまのメンバーということでいうと、新譜の「Shopping」はブギーみたいな感じですけども、ああいうノリはいままでのメンバーではちょっとなかったんじゃないかと。それも含めて70年代ロック・サウンドというのはいまのメンバーだからできるというのがあるのかなと思ったんですが。

Naoko:いまのメンバーはなんでもフレキシブルにできるから。70年代ロックにしたのはたまたま前のアルバムをポップにしたから、次は何しよかなと思ったときにそういう風にしようと、アルバムのカラーをつけただけの話で。いまのメンバーはオールマイティなので何でもできると思います。ロックでも、ダンスでも。踊りも上手いし(笑)、演歌はどうかな?

Ritsuko:(笑)。でも、今回はなおこさんの、趣味というと変ですけど、好み全開やなっていう。

Naoko:好きなものですねえ。

Ritsuko:前作は少年ナイフのポップな面で、今回はなおこさんのいまはまってる感じというか。近年はずっと70年代のハードロックにはまってらっしゃるので(笑)、それをずっとそうやって聴かされてて。わたしは実は70年代のハードロックはあんまり通ってなかったんですけど、今回はそれで聞かされて……がんばりました(笑)。

Emi:同じく(笑)。

Ritsuko:あんまり自分のなかにないものだったので、ちょっと苦労したかもしれないですね。

Naoko:わたしが”スクール・オブ・ロック”の先生ということで。ジーン・シモンズが中高生にロックを教えにいくテレビ番組があって、あと映画でもそういうのがあったし。

Ritsuko:ああ、『スクール・オブ・ロック』めっちゃ好きですよね。

Naoko:そういう感じでやってます。

少年ナイフのリスナーもあまり70年代ハードロックには馴染みがないんじゃないかと思うんですけど、お客さんにもこれを通じてそういうサウンドの魅力に触れてほしい、みたいな思いはあるんですか。

Naoko:日本のお客さんはちょっとわからないけど、アメリカとかヨーロッパ、イギリスのお客さんはまさにそういうのが好きな人たちなんです。70年代ロックとかが好きな人が多いので。

あ、そうなんですか、へえー。むしろストライクとか?

Naoko:まさにストライクだと思います。お客さんとそういうバンドの話をして盛り上がるくらいの世界やから。Twitterでメッセージをくれるような人も、外国の人の場合だったら「新曲聞いてシン・リジィを思い出した!」とか、ELOを思い出したとか、KISSがどうだとか、わーっとそういう70年代のバンドの話で盛り上がるから。アメリカやらヨーロッパの人にとっては70年代ロックっていうのはロックを聴く基本だから、みんな誰もが知ってるベーシックな知識というか。日本のひとはちょっと違いますけど。

Ritsuko:でも少年ナイフのリード曲ってだいたいポップじゃないですか、“ロケットに乗って”とか。そこがまさにザ・少年ナイフなんですけど。でもわたしもファンだった頃に“アントニオバカ貝”とか“コブラvsマングース”とか、“トマトヘッド”とか、ハードな曲にめっちゃハマったんですよね。なんで、たぶんナイフを好きなひとはその両局面を好きなんじゃないかなとわたしは思ってるので、前作がポップな局面のアルバムで、今回はちょっとハードさを出して、どっちも受け入れられるのではないかと思ってます。

たしかに去年あたりはハードな曲だけでセットを組んだライヴもやられてましたよね。

Naoko:大阪で3回やって、東京でも1回やったかな。

Emi:けっこう喜んでもらってるような気がするんですけど(笑)。

Ritsuko:やってても楽しい。ライヴ映えしますからね、やっぱりハードな曲って。頭のふり甲斐があるというか(笑)。

ライヴで手応えを感じた部分もあったかもですね。

Naoko:そうですね。

あと新譜の曲でいうと“Robots from Hell”がすごいジューダス・プリースト(※70年代〜80年代に活躍したバーミンガムのメタル・バンド)だなあと思いました。

Ritsuko:ああー。

Naoko:ジューダス・プリーストはここ数年すごいハマってて。で、とくにあの曲がジューダス・プリーストを意識したっていうことではないけど、やっぱり影響はすごく受けてるので作っている間にそういう風になったんです。歌詞の方は“ロボッツ”というのはいまボーカロイドがすごく流行っているので、ロボットが歌ってるみたいなそういう歌詞。

ああ、そうなんですか。ジューダスのジャケに出てくるようなロボットをイメージしてました。

Ritsuko:初音ミクですね、どっちかというと(笑)。

Naoko:鏡音リンとか。子供たちとか若い人がボーカロイドみたいなのに洗脳されてるのんちゃうか(笑)、みたいなことを感じたので、そういう歌詞を書いたんです。

なるほど、タルトタタンに提供したやつもちょっとそれっぽい歌詞でしたよね、そういえば。

Naoko:そうですね、人間性よりも機械みたいな世界になってきてるんじゃないかなと思って書いた歌詞です。

インターネットとかSNSは苦手だったりしますか?

Naoko:危険もあるから、あまり自分のプライヴェートとかは明かさないようにはしてます。嫌いとかではないですよ。使いようやと思います。どっちかというと世界中の人たちと同時につながれるから面白い。わたしたちみたいなバンドは世界中に行ったり世界の人たちとやりとりをしないといけないから便利ですよね。あとは新しいアルバムの“Like a Cat”という猫ちゃんの歌でも、猫ちゃんの画像を世界の人から募ってアップロードしてもらって、それを集めてヴィデオを作ろうという企画をしていて。やっぱりそれはネットがあるから世界中から自慢の猫ちゃんを送ってもらうことができますよね。

[[SplitPage]]

「なんちゃって」70年代ハードロックみたいになるのが少年ナイフの味やと思うので。少年ナイフがハードロックをやったらこうなった、みたいなのが聴きどころだと思ってます。ハードロックだけど、ちょっとファニーな。本当に悪い、ワルな感じではなくて(笑)。ワルっぽく歌ってるけどラーメン・ロックだったり(笑)、中身はやっぱり少年ナイフだなあって。

なるほど。先ほどMCでも6週間のツアーがはじまるとおっしゃってましたが、長い海外ツアーに出るのはもう完全に毎年の予定に組み込まれた感じですね。

Naoko:アメリカとヨーロッパはもうここ10年くらいは。あとは最近は台湾とかオーストラリアとか。

行ったことのないところで行ってみたいところはありますか?

Naoko:南米とか行ってみたいかな。

Ritsuko:ああー、南米行ったことないですね。

Naoko:ブラジルとかアルゼンチンとかメキシコとか。わりとその辺の方でナイフを好きと言ってくれる方がいるので。アメリカだったらサンディエゴなんかでライヴをやるとメキシコから来てくれるお客さんが多いし。南米は行ってみたいかな。

Ritsuko:CJラモーンが、南米は世界一クレイジーに盛り上がるよって言ってたので(笑)行ってみたいですね。

そうそう、ラモーンズがブラジルでものすごく人気あったんですよね。

Naoko:『アディオス・アミーゴス』っていうくらいやから。

Ritsuko:だからきっと受け入れてもらえるんじゃないかと(笑)。

Naoko:あとはアラブの大富豪のパーティで演奏するのに呼んでほしい(笑)。最近はイギリス行くときにいつもカタール航空に乗るのでドーハで乗り換えたりするんですよ。だからアラブに行ってみたい。

去年くらいからだと思いますけど、国内も今までは東名阪くらいだったのがもっといろんなところに行くようになってますよね。

Naoko:この7月は初めて鹿児島に行くことになりましたし。もっと日本中回りたいけど。

Ritsuko:行きたいですね。イギリス国内を回るくらい日本も回りたい(笑)。

Naoko:イギリス国内だけで20か所とか回りますからね。もっとか。

Ritsuko:日本で全国ツアーね、回ってみたいですよね。

Naoko:でもやっぱりイギリスなんかは、どんな小さな町に行ってもみんなが音楽をすごく好きだから。若い人から年行った人までライヴハウスにも常連さんみたいな状態で見に行ってて、どんなバンドが来ても楽しんで面白いと思ったらCDをちゃんと買ってくれたり。日本だったらちょっと年行った人はライヴハウスには行きづらいけど、イギリスとかは楽しくお酒を飲んで音楽を聴くっていう感覚で近所の人がいっぱい来るから、音楽にはいい状況だと思います。

生活に密着してるんですかね。

Naoko:そうですそうです。

CDを買っていくといえば、今日もみなさん最後まで物販をやられてましたよね。先日ネットでちょっと話題になったブログ記事あって、要するにアイドルの子たちはライヴが終わるとすぐにブースに行って物販をやって1枚でも多くCDなりグッズなりを売るように頑張ってると。で、ロックバンドはそういうのをスタッフに任せてるようなのが多いけど、それでCDが売れないとかぼやいてないで、そういうところは見習ったほうがいいんじゃないかみたいな話だったんですね。それでロックバンドでライヴ後すぐ物販ブースに行く人たちというと、少年ナイフとラフィン・ノーズのポンさんが真っ先に思い浮かんだんですが(笑)。

Naoko:(笑)。意外とアメリカ・ツアーを一緒にまわったバンドなんかは自分たちで車を運転して自分たちでライヴをやって、物販も自分たちで売ってるみたいな人ばっかりですけどね。ばっかり。

ああ、じゃあそういう感覚からするとむしろそっちのほうが普通というか。

Naoko:普通かなと思いますね。お客さんとしゃべるのも面白いし。お客さんがちやほやしてくれはったら嬉しいですよね(笑)。

今回のアルバムはなおこさんの70年代ロックが好き! っていうのが反映されたアルバムになっていると思うんですけど、もともとはラモーンズだったりバズコックスだったりXTCだったり、パンク/ニューウェイヴが原体験としてはあるわけですよね。どちらかというと70年代ハードロックみたいなのは後追い的に聞いていった感じだと思うんですけど。

Naoko:そうですね、はい。

それはやはりニューウェイヴとはまた違った魅力がありましたか。

Naoko:70年代後半の頃は、ハードロックとかはその前から王道であって。新しくパンクとかニューウェイヴが出てきたので、当時は自分はまだ若かったから新しいものが好きと思って。王道のロックとかは、そんなんおっさんくさいと(笑)、反発してあんまり聞かなかったんですね。王道でもビートルズは中学生くらいからずっと聞いてたんですけど。70年代後半はパンク/ニューウェイブをずっと聞いてて。そこから大人になってあらためて70年代のアメリカやイギリスのロックを聴いたら「こんなにかっこよかったんだ!」と。そこからずっとハマって聴いてます。

たとえばハードロックなんかだと髪を振り乱してギターを弾くみたいなちょっと大仰なアクションがあったりしますよね。そういうのはニューウェイヴのノリとはちょっと違うと思うんですが、少年ナイフはパロディというんでもないけど、微妙に距離を置きつつ取り入れてるようなイメージがありますけども。

Naoko:ロックはロックでも80年代の、ボン・ジョヴィとかポイズンとか、あと何があったかな。

モトリー・クルーとか?

Naoko:そんなんなるとわたしはちょっと聴かなくて、それよりも前の70年代のバンドのフリみたいなのは好きで影響を受けてます。

逆に新しい音楽にインスパイアされるようなことはあまりないですか?

Naoko:いま新しくて面白いのは何ですか(笑)? 逆に聞きたいですけど。

Ritsuko:わたしは何でも、流行りの曲もそれなりに聞きますし、上手いことそのへんにインスパイアされたうえでのいま、という感じですけど。すっごくハマったりは最近はしてないけどそれなりに聴きはするしCDも買います。流行りってこんな感じかーとか。

Naoko:昔にあったバンドだけど知らなくて、新しく知って「へえー」みたいなのがあって。つい最近はロビン・トロワーを最近知って買って聴いたりとか。あと、ちょっと前やけどウィッシュボーン・アッシュを買って「かあっこいい!」と思ったり。それは昔はバンド名だけしか知らなくて、見かけがちょっとおじさんぽいというだけで嫌いだったけど、今は見かけよりも音楽が面白かったらピピッてくるんです。ファンクだったらコンファンクシャンていうのを教えてもらって「うわ、かっこいい!」と思ったり。それが新しい発見。

なるほど、まあ出会ったときが新しい時ですもんね。

Naoko:そうです(笑)。わたしにとってはそれが新しい。


少年ナイフ
嵐のオーバードライブ

Pヴァイン

Amazon

では最後にニュー・アルバムはいままでのナイフのアルバムとはちょっと違う感じだと思うんですが、こういうふうに聴いてほしいというか、聞き所を。

Naoko:聴きどころは……今までのナイフの曲はパンクとかニューウェイヴとかパワーポップの影響を受けてたから、コードでイントロを動かすラモーンズ的な曲が多かったけど、今回のアルバムではそれはやめようと思って。もうちょっとパワーコードみたいなのを中心に使って曲を作ろうと。わたしたちにとっては新しい試みだけど、その音楽自体は70年代のすごく昔からあるもので、昔からあるだけに絶対聴く人にとってもどこかで聴いたことのあるような音楽だと思うから。聴いたら心に、体に、無意識に響いてくると思うので、その響きを感じてもらったら嬉しいかな。難しいけど、体に染み込んでるものに訴えかけたいと思ってます。

Emi:何回も繰り返し聞いてもらって、ライヴにも来てもらって楽しんでもらえたら嬉しいです!

Naoko:そのとおりです(笑)!

Ritsuko:これが少年ナイフ式ハードロック。さっきおっしゃってたように、ちょっと「なんちゃって」70年代ハードロックみたいになるのが少年ナイフの味やと思うので。少年ナイフがハードロックをやったらこうなった、みたいなのが聴きどころだと思ってます。ハードロックだけど、ちょっとファニーな。本当に悪い、ワルな感じではなくて(笑)。ワルっぽく歌ってるけどラーメン・ロックだったり(笑)、中身はやっぱり少年ナイフだなあっていうところを聴いてほしいです。

Naoko:70年代のアメリカやイギリスのバンドって、女の人のバンドは全然なかったと思うんです。女の人だけっていうのは。ランナウェイズとかはちょっと別だけど、女の人だけで自然発生的にできたバンドはないと思うから。男の人がやったらゴツゴツした感じになるけど、私たちがやってたらこうなるということで。

■Only Love Hurts(a.k.a. 面影ラッキーホール)とは?


Whydunit?

Tower HMV iTunes


ON THE BORDER

Tower HMV iTunes

aCKy:インタビューするよりWikipedia読んだらだいたいわかりますよ。さっき見てみたけど、だいたい合ってたから(笑)。

──ご自分でWikipediaを編集してるんですか?

sinner-yang:するわけないでしょ(笑)。ネットに書き込んだりとか、そういうのは基本的に女子供がやるもんだと思ってるから。でも最近のバンドはみんな自分たちで書いてるんでしょ?

──でも実際やってる人、少ないと思いますよ。バンドマンには「プロモーションなんてアーティストの仕事じゃない」みたいな思いもあるみたいで。

sinner-yang:それはただ彼らの識字率が低いだけでしょ(笑)。

とまあこんな具合にOnly Love Hurts(a.k.a. 面影ラッキーホール、以下、O.L.H.)へのインタヴューはスタートした。O.L.H.はsinner-yang(B)とaCKy(Vo)を中心とした大所帯のファンクバンドだ。彼らのディスコグラフ、「好きな男の名前 腕にコンパスの針でかいた」や「パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた・・・夏」など、強烈なタイトルが並んでいるので、アーティスト名は知らなくても曲名くらいは聞いたことがあるはずだ。雄弁な楽曲に対して彼らに関する情報は極端に少ない。Wikipediaにはたしかにバンドの詳細が書かれているが、バンドにコアに触れるような記述は一切ない。まずはバンドの成り立ちについて訊いてみた。

──そもそも初期のバンド・コンセプトはどのようなものだったんですか?

sinner-yang:20年近く前のことを思い出せって言われても難しいですね。

──じゃあ、aCKyさんとsinner-yangさんの出会いを教えていただけますか?

aCKy:え〜、そういうのも恥ずかしいよ〜。でも言っちゃうね(笑)。俺が大学3年生の時、21かな、なんかしなくちゃいけないなって思ったんです。もともとはマルコム・マクラーレンみたいな裏方になりたかったんですよ。でもまあ、あんなのそんな簡単にできないし、そもそもアイディアがあるんだったら自分でやったほうがいいかなって思って、バンドを作ることにしたんです。とはいえ、当時はインターネットなんて当然ないからメンバー募集のビラを作ったんです。下のとこがイカの足みたくなって、取って持って帰れるやつ(笑)。

──懐かしいですね(笑)。昔はライヴハウスとか、練習スタジオによく貼ってありました。

aCKy:募集内容も恥ずかしいんだけど、……言っちゃうね(笑)。当方はギター・ヴォーカルで、全パートを募集。ジャズロックやりたし。イメージはマイルス・デイヴィス『オン・ザ・コーナー』『アガルタ』『パンゲア』、オーネット・コールマン『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』って書いたんです。

sinner-yang:オーネット・コールマンは「ヴァージン・ビューティー」じゃなかったっけ?

aCKy:いや『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』。そのビラを作ったのがちょうど学園祭の時期だったんで芸術系の大学やジョン・ゾーンの来日公演とかに配りにいって。そこで連絡してきたのが2人で、ひとりがリーダー(sinner-yang)なんですけど、もうひとりは大友良英さん(笑)。大友さんは「ジョン・ゾーンのライヴでビラもらったんだけど」って。

sinner-yang:惜しかったねー! 大友さんと組んでたら、いまごろaCKyも紅白の審査員席に座ってたわけですよ!(笑)

──(笑)。

aCKy:そうそう(笑)。で、リーダーとふたりで無駄話したり、あれこれ試行錯誤するようになって。しばらく経ってから、バンドを始動させることにしたんです。

sinner-yang:実際にスタートしたのは知り合ってから2〜3年後だよね。

──ではバンドを始動するにあたってはどのように動いたんですか?

sinner-yang:aCKyはフロントマン、即ち御輿ですよね? だから神輿を担ぐ人たちを集める作業は、俺主導でやりました。それにaCKyは面影が人生最初のバンドだから、ミュージシャンの横の繋がりとかもなくて。僕はそういう知り合いが結構いたから、それでいろいろバンドに合う人たちを探したんです。

──sinner-yangさんはいろいろなバンドに入っていたんですか?

sinner-yang:俺もバンドはやってなくて、面白半分で宅録してましたね。あとCMとか商業音楽の制作みたいなこともやってました。

──そのつてでメンバーをそろえていったと。

aCKy:最初の最初はDCPRGみたいなのがやりかったんですよ。

sinner-yang:ああいうのってさ、音楽的偏差値が一定以上の人にとっては麻疹みたいなもんでしょ。

aCKy:そうそう。でもさ、当たり前だけどああいうのは簡単にできないわけですよ。たとえばバンドとしては小さいパーツが欲しいのに、ばかデカいパーツを持ったメンバーが入って来ちゃったり。そういうので、なかなか自分が思い描いてるものが形作れなかったというのがありましたね。現在のO.L.H.っていうのは、そういう細かい齟齬を修正していって、その中から出てきた最適解なわけ。その意味でいくと当初の思いとはまったくちがうバンドになっていますね、いまは。こんなはずじゃなかったと(笑)。

sinner-yang:いずれにせよ小奇麗な音楽をやろうとしてなかったから、集まってくれた人たちの理解を得るのも難しかった(笑)。そういう意味でバンドも最初はなかなか苦労しましたね。

──ファースト・アルバムの収録曲“必ず同じところで”や“今夜、巣鴨で”が個人的にはすごく好きなんですが、バンドとしてはその時点ではある程度、いまにつながるものができあがっていたんですね。

sinner-yang:そうですね。バンドが結成されて4〜5年で、あそこまで固まった感じですかね。

aCKy:うん、だいたいあの方向が見えてきたのは2〜3年たってから。ライヴで客の反応を見て、これやるとこうなるんだ、みたいな感じで微妙に修正していったんです。

■科学者の視点

 O.L.H.といえば、彼らの歌詞について触れないわけにはいかない。スキャンダラスな題材もさることながら、その視点の妙は特筆すべきものがある。彼らが2011年に発表したアルバム『ティピカル・アフェア』の1曲めに収録された“ラブホチェックアウト後の朝マック”を例にとれば、この曲はタイトル通り「ラブホチェックアウト後の朝マック」にいるカップルについて歌っている。ヴァース1では昨夜の情事について、ヴァース2ではふたりがワケありカップルであることが明らかにされ、最後に主人公の女性が関心を寄せることへの回答が出される。しかもその回答から連想させられるものは、この男女が発するどうしようもないほどの人間臭さだ。

──O.L.H.の歌詞の源泉はどこにあるんですかね?

sinner-yang:恥ずかしいね。

aCKy:でも言っちゃうね(笑)。歌詞についてはいろいろ研究したんですよ。ニューウェーヴのとんがった詞とかありえない詞とか。あと現代詩を読んだり、ドアーズがどんなこと歌ってるのか調べたりもしました。そんなとき、はたと昔の日本の歌謡曲の歌詞のほうがすごいということに気づいたんです。こっちのほうがアヴァンギャルドだし、サイケデリックだなって。だからそういう意味で歌詞については日本の歌謡曲に影響を受けてると言えますね。

sinner-yang:なかにし礼と阿久悠という両巨頭に代表される70年代の歌謡曲の世界です。では、なぜ70年代の歌謡曲がラディカルかと言えば、それは作り手と歌い手がまったく関係ないところにいたからです。シンガーは歌ってればよかったし、作詞家は歌詞を書いていればよかった。だからその誰も責任を取らなくてもいいシステムが、結果としてラディカルな作品を生み出していたんです。でもね、そういうものは80年代のニューミュージック・ムーヴメント以降、淘汰されてしまった。

──なぜですか?

sinner-yang:客単価を上げるためですよ、シングルよりもアルバムを売るため。アルバムを売るためには、それが“アーティスト”の内面を反映したものであると客に思いこませる必要があるんですよ。

──価値を“アーティスト”に集約させたということですか?

sinner-yang:そうそう。だからコンセプトも、アートワークも、作詞も、作曲も、すべては“アーティスト”の内面にある何かを表現していると思わせて、アルバムを売っていったわけです。誰もピンク・レディーに「歌詞の源泉はどこにあるのか? なぜUFOと歌うのか?」なんて訊かないけど、尾崎豊には訊くじゃないですか?(笑) でもその結果としてすべての“アーティスト”は、自ずと私小説家になって行かざるを得ないですね。その場合、なかなかラディカルなものは生まれにくくなる。だって身の回りの卑近なことを歌って“共感”を誘うビジネスモデルだから。だから俺らの最大の特徴は、意識的に私小説じゃない歌を作っているということですね。そうすると何からでも題材がとれるんですよ。

──その歌詞の題材についてなんですが、いつも目の付け所がすごいですよね。

sinner-yang:そうかな。どこにでもあることだと思いますよ。俺たちは、どこにでもあるけど誰も触れないものに関心があるんです。

aCKy:僕らは若いわけでもないし、ルックスがいいわけでもないので、隙間を狙わないといけなんですよ(笑)。

sinner-yang:俺らが「桜」や「絆」や「感謝」の歌を歌ってもしょうがないでしょ。

──僕はO.L.H.の歌詞にものすごい批評性とユーモアを感じるんですよ。

aCKy:俺らのやってることに批評性を感じてるっていうのは、それはたぶんあなたが世の中を批判的、批評的に見ているということなんじゃないですか? 俺たちは自分たちが見たまんまを表現してるだけですよ。

sinner-yang:もっと言えば、俺らにユーモアを感じるのは、あなたがそれを滑稽だと思ってるからなんですよ。僕たちはファーブルのように昆虫日記をつけてるだけ。“見てる”ってだけです。“見てどう思う”じゃないですよね。ただ見てる。“観察してる”ってことにつきる。これはいろんなインタヴューで言ってることだけど、ファーブルは自分の糞を転がすフンコロガシを観察して「こいつ、汚ねえな」とは思わないでしょ。そもそもフンコロガシは違う種族だから、そいつらに「自分のウンコいじったら汚いよ」ってアドバイスしても仕方ないじゃないですか。「え! マジで!?」と新鮮に驚きつつ見てるってだけですよ。逆にそこで怒ったり、バカじゃねえかって思った瞬間に観察眼が曇るし、違う習俗を持った種族に対して不遜ですよね。
 あとね、俺らは自分が何者でもないって思いがすごく強いんですよ。何か言える立場ではないというか。俺らみたいなチンピラには何かを批判する資格もないし。そういうのは新橋のSL広場でTVのインタヴューに答えているような人たちに任せとけっていう(笑)。

──すごく達観した、まるで神様のような視点ですね。

sinner-yang:いや、それはおこがましいですよ。せいぜい「日本野鳥の会」の視点です。見たものを正確に記録しなくちゃいけない。右手にカウンター持ってね。つい最近震災のドキュメント映画で演出がどうしたこうしたって問題があったじゃないですか。あれと同じですよ。過剰な演出はしない。

■面影ラッキーホールとジェイムズ・エルロイ

 多くの人を絶句させた楽曲“パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた…夏”。この曲もタイトル通りの内容なのだが、歌詞は「パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた」母の独白という形で進行していく。彼女が置かれた境遇、パチンコにハマっていく過程、そして娘を死なせた原因がやたらと陽気なファンクチューンに合わせて歌われていく。彼女に対して同情の余地もあるものの、曲中では結局何の救いもなく、ただ絶望のみが残る。これはまさしくノワールの世界観だ。

──おふたりはジェイムズ・エルロイがお好きらしいですね?

aCKy:『Whydunit?』を作る前に時間ができたから本を読もうと思って、リーダーに「何かバシッとくるものない?」って訊いたら、エルロイを教えてもらって読みはじめました。だから『Whydunit?』自体がエルロイにすごく影響を受けてると思う。あのどこまで行ってもクールというか、救いようがない感じ、ウェットな感じがない、ビシビシ行く感じはエルロイに影響を受けていると言えますね。

──なるほど。僕はO.L.H.作品の中でもとくに『Whydunit?』が好きなんですが、それはエルロイ作品の世界観が好きだからというのもあるのかしれませんね。

sinner-yang:君はエルロイでは何がいちばん好きなんですか?

──『ビッグノーウェア』です。

sinner-yang:俺もそう。

aCKy:『ホワイトジャズ』じゃないんだ?

sinner-yang:じつは俺、『ビッグノーウェア』は当時新刊で買ってて。エルロイの何がすごかったかっていうと、アメリカ文学におけるノワールの価値観をぶっ壊したことにあるんですよ。エルロイ以前のノワール文学ってのは(レイモンド・)チャンドラーや(ダシール・)ハメットだったわけじゃないですか。つまりアメリカのノワール文学は90年代になるまで50年代の価値観のままだったわけなんですよ。でも『ビッグノーウェア』はそれをひっくり返したんだ。俺は本当の意味ではパンクをリアルタイムで経験してないんですよね、1978年の時はまだローティーンだったから。既存の価値観がぶっ壊されるさまを見てないの。だから俺はパンクというものを後づけで想像するしかなかったわけ。パンクがいかに先鋭的で、価値観をひっくり返したかってのをね。でも『ビッグノーウェア』を読んで、ようやくパンクが起こした価値観の転倒を知ることができたんですよ。音楽の世界でパンクを体験することができなかったけど、文学の世界では体験することができた。だからエルロイは特別なんです。

──O.L.H.はその世界観をユーモアを交えて表現するところが好きなんです。

sinner-yang:音楽とユーモアで言うとね、ザッパは好きでしたよ。でもお笑いってとらえ方で行くと、意識的でないぶんプログレは笑いの宝庫なんです。キング・クリムゾンとか抱腹絶倒ですもん。

aCKy:あと志村けんね! たしか「だいじょぶだぁ」のエンディングテーマってオーティス・レディングの“セキュリティ”じゃなかったっけ。“髭ダンス”とかもファンキーだしね。あれ、テディ・ペンダーグラスでしょ。

──では、価値観の転倒という意味でヒップホップはどうだったんですか?

sinner-yang:それはどっちかっつったらaCKyなんじゃない?

aCKy:ヒップホップは価値観がぶっ壊れるって感じじゃないですね。ヒップホップはカットアップや編集の音楽だと思うんで。

sinner-yang:俺はパンクとヒップホップはすごく似てると思いましたね。音楽のフォーマットが違うってだけで。ヒップホップの起源は相手へのディスなわけでしょ。そこも含めて、大きな視点で言うとパンクとヒップホップは似たものなんじゃないかと思いました。自分が90年代の頃に青春時代を送っていたら、もっとぶっ太いパンツを履いてたと思います(笑)。でも、(ヒップホップがパンクは)似ていたからこそ衝撃は受けなかったな。

■目的のない人生

aCKy:話をノワールに戻すと、たしかに『Whydunit』以降の作品はノワール的な表現に意識的になったというのはあります。でもね、『Whydunit』を含む〈Pヴァイン〉から出した3枚というのは、自分で自分を演じてるという感覚が強いんですよ。「こういうのが好きなんでしょ?」というか。やりたいことは「音楽ぎらい」までの作品でやりきってるんですよね。一回終わってるというか。

sinner-yang:〈Pヴァイン〉時代とそれ以前との作品が明確にちがうのは、いまの俺たちはもう目的を完全に見失っているんですよ。初期の3枚というのは、いまよりももっとマスにコネクトするにはどうしたらいいかと考えているところがあった。それは曲づくりの面でもそうだし、aCKyが書く歌詞にしても、当時はもっとふたりの間に激論があったんです。最近はもうまったくないですから(笑)。

aCKy:まったくなくはないでしょう(笑)。

sinner-yang:(笑)。過剰なディレクションはしないと言ったほうが正しいかもね。初期3枚は本当に喧嘩になるくらいだったし。

aCKy:そうだったっけ?

──じゃあいまは完全に惰性でやってるということですか?

sinner-yang:完全に惰性です(笑)。

aCKy:ライヴも10年前とほぼ変わってないですよ。アレンジやディティールの違いはありますけどね。この前、田我流さんたちのstillichimiyaとのライヴはヒップホップを意識したんですけど、あれはすごい昔に新宿の〈MARS〉というところでRUMIちゃんとか漢くんとかが出たライヴの焼き直しですよ。MCとかも全部いっしょだし。

──ではなぜいま現在もバンドは存続しているんですか?

sinner-yang:それは俺ら以外のメンバーたちが楽しそうだから。あとレコード会社の方や、ファンの人たちからの期待に応えなきゃって思いはすごくあります。

──……。

sinner-yang:なんだか不満そうですね(笑)。じゃあ、こういうたとえはどうですか。俺が小学生のときに従姉のお姉ちゃんがお祭りでカラーひよこを買ってきたんですよ。ああいうのって普通すぐに死んじゃうじゃないですか。でも電球入りの巣箱とかちゃんと作って、しっかり面倒みたらそのまま何年も生きてニワトリになったんですよ。朝とかすごい早い時間から鳴いたりして、もう鬱陶しくてしょうがない。デカいし、うるせーし、かわいくねーし(笑)。でも生きてるから殺せないじゃないですか。つまり、面影っていうのは育ってしまったカラーひよこみたいなもんなんで、殺すわけにもいかないんですよ。

──好きなバンドに「惰性でやってます」と宣言されるのって、ファンにとっては残酷なことだと思いませんか?

sinner-yang:そおお? 生きてるだけでいいじゃない。バンドを死なせないようにするのってすごく大変なんですよ。だって20年も続くバンドなんてないでしょう? カラーひよこがニワトリに育つのと同じくらい奇跡的なことなんだから!

──極端な話ですが、目的もない人生があってもいいんですかね? 僕は何の目的もなくただ生きているという状態に自分がおかれたとき、えも言われぬ不安感に支配されてしまうんです。「俺はこんなことでいいのか?」と。

sinner-yang:いいも何もそうせざるを得ないでしょう。存在というものは善悪の彼岸にあることじゃないですか。

──人生を善悪で割り切ろうとすること自体に無理がある、と。

sinner-yang:そう。その概念の前に、いまここに存在そのものがあるから。それを受け入れるしかないでしょう。しかも存在は未来永劫つづくわけではない。みんないつかは死ぬでしょう。だから、死ぬまでの暇つぶしをしてるんですよ。みんなが電車でスマホいじってるのと同じです。

aCKy:暇つぶしのアイテムがバンドだけじゃないから、活動しなかったこともあるんですよね。いまここでインタヴューを受けているのも暇つぶしのひとつでしかない。もちろん悪い意味じゃなくてね。楽しいんですよ、こうやってあなたと話してるのも。

sinner-yang:だってこうやって僕らに「話を訊きたい」なんて言ってくれる人は非常に稀なことですから(笑)。

aCKy:こんなおっさんふたりの出会いなんて誰も聞きたがらないよ、普通。

sinner-yang:こういう機会があるから、俺らもブログやらツイッターやらはじめなくて済んでるのかも知れないし。みんな自分のことを知ってほしいんですよ。だから昼飯の写真撮ってブログやSNSに上げたりしてるんでしょ?

aCKy:リーダーは絶対やらないよ(笑)。

 RHYMESTERの宇多丸氏が映画『かぐや姫の物語』を評したとき、「“ここにはない何か”“こうではなかった人生”という幻を追っている、それが人間の生である」「しかしそれすらも肯定するしかない」と語った。さらに「仮に人が害をなすだけの存在であったとしても、それでもその害も含めて何かあるほうがいい」「無(死)より何か(生)があったほうがいいじゃないか」とも話していた。生とは何か。これは僕個人が最近自問していることだ。何もなさずに、何もなすことができずにただ生きている。しかもその存在が周りにとって有益ではなかったなら、そんな状態なら無に向かうべきなのか、否か? 今回のインタヴューはそんなことを考えているなかで行われた。O.L.H.のふたりはどうしようもない生の塊を観察している。それが滑稽でも、醜くても、生ある者について歌いつづけている。生とは何か。僕自身にその答えはまだ見つかっていない。しかし、僕にとってこのインタヴューを行っている時間、そしてそれを原稿にまとめている時間は本当に楽しいものだった。

Time Out Cafe & Diner 5th Anniversary Party - ele-king

 恵比寿リキッドルームの2階のタイムアウト・カフェ、昼過ぎに行くと、キビキビした人たちノートパソコンを開きながら打ち合わせをしているという印象の、あのカフェですよ。我々も実は、キビキビしているわけでも、ノートパソコンを開くわけでもないのですが、たびたびお世話になっているんです、あのカフェには。居心地良いしね。BGMも良いから、だいたいあのソファに座ると、誰もがビールを我慢できなくなるんです。そうすると、仕事の打ち合わせにならないでしょう。
 明日金曜日はあの名物カフェの5周年ということで、7時から12時までのあいだ、リキッドルームの1階/2階を使ってパーティが開催される。1階は、最近ジュークづいているリキッドルームの方向性を反映した“GHETTO” HOUSE祭になる模様です。EYヨ、MOODMAN、D.J.Aprilなどなど、錚々たるメンツですね。詳しいラインナップは以下を見ていただくとして……、2階では、リキッドロフトとタイムアウト・カフェの2カ所で音が鳴っております……お、みゆととも出演するのか、これはすごい。行こう! 入場料も嬉しい千円。そして、パソコン持ってwifi繋げて、あそこで仕事をしよう。

Time Out Cafe & Diner 5th Anniversary Party

@1F
featuring “GHETTO” HOUSE OF LIQUID
DJ:EYヨ(BOREDOMS)-FTW/JUKE SET-、MOODMAN(HOUSE OF LIQUID/GODFATHER/SLOWMOTION)、D.J.April(Booty Tune)、LEF!!! CREW!!!、RLP

@2F LIQUID LOFT
Live:LUVRAW & BTB(Pan Pacific Playa)
DJ:Gross Dresser(Magnetic Luv/Altzmusica)、クボタタケシ、LIL' MOFO、1-DRINK

@2F Time Out Cafe & Diner
featuring TUCKER'S MUSIC LOUNGE SP
Electone Live:TUCKER
DJ:カクバリワタル(カクバリズム)、コンピューマ、高城晶平(cero)、みゆとと(嫁入りランド)

2014.4.11 friday
LIQUIDROOM + LIQUID LOFT + Time Out Cafe & Diner[LIQUIDROOM 2F]
19:00-24:00
door only 1,000yen!!!

*20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため、顔写真付きの公的身分証明書をご持参ください。(You must be 20 and over with photo ID.)

info
Time Out Cafe & Diner 03-5774-0440 https://www.timeoutcafe.jp/
LIQUIDROOM 03-5464-0800 https://www.liquidroom.net/


SHOUKICHI KINA-PASCAL PLANTINGA - ele-king


喜納昌吉/パスカル・プランティンガ - 忘んなよ
スエザン・スタジオ

Amazon

 1970年代の、沖縄民謡の大衆化の起爆剤となった音楽家、喜納昌吉は、これまでもライ・クーダーと共演したり、デヴィッド・バーンのレーベルから編集盤をリリースしたりと国際舞台でも活躍している音楽家だが、先日、ノイエ・ドイッチュ・ヴェレ(1980年代ジャーマンのニューウェイヴ)のレーベルとして知られる〈アタ・タック〉のアーティスト、パスカル・プランティンガとの共作を日本の〈SUEZAN〉(https://www.suezan.com/)レーベルから発表した。しかも、ミキシングはノイエ・ドイッチュ・ヴェレを代表するひとり、ピロレーターが担当。7インチ・レコード2枚とミニCDという特殊セットでのリリースだ。タイトルは『忘んなよ(わしんなよ)』。豪華ゴールドエンボスの見開きジャケット仕様。
 このコラボは、もともと沖縄音楽に傾倒していたパスカル・プランティンガが、何度も沖縄を訪れるなかで実現した企画。喜納昌吉の歌と演奏をパスカルが録音、その音源にドイツでパスカルが楽器の音を加え、それをピロレーターがミキシングしたものである。与那国島の洞窟の水がしたたる音などフィールド・レコーディングの成果も録音されている。
 沖縄音楽は、喜納昌吉が世界的にヒットした頃から、ワールド・ミュージックとして国際的に知られているが、ドイツの電子音楽と出会った『忘んなよ』は興味深い作品となった。アートワークも素晴らしいこの作品は、500枚の限定リリースである。

■喜納昌吉:(きな しょうきち、1948年6月10日)
 ウチナー・ポップを代表する沖縄音楽界の最重要人物の一人。喜納昌吉&チャンプルーズを率い、70年代から数々のヒット曲をもつ。「ハイサイおじさん」「花〜すべての人の心に花を〜」など多くの人々から親しまれている歌も数々ある。「すべての武器を楽器に」のメッセージを届ける平和活動家でもある。

■PASCAL PLANTINGA:(パスカル・プランティンガ)
 オランダ人ミュージシャン。80年代中ごろからヨーロッパを拠点に音楽活動を開始、ドイツのインディ・レーベル、〈Ata Tak〉の大ファンだったことから、レーベルを主宰するバンド、デア・プランらとの交流をはじめる。ピロレーター、フランク・フェンスターマッハー(ともに元デア・プラン)のユニット、A CIRTAIN FRANKのアルバムへの参加のほか、ソロ・アルバム『Arctic Poppy』を2005年に〈Ata Tak〉レーベルより発表。
 ベース奏者であるが、基本的なエレクトロニクスは一人で操るマルチプレイヤー。彼自身の出発点であるエレクトロミュージック、ニューウェイヴだけでなく、エキゾチカにも造詣が深く、晩年のマーティン・デニーとも交流があった。何作品かの映画音楽を手がけているほか、近年は沖縄音楽に傾倒し、幾度となく訪れている。


interview with Eiko Ishibashi - ele-king


石橋英子
car and freezer

Felicity

Amazon iTunes

 カフカ鼾のレコ発のあったヴァレンタイン・デイ、東京は一面の雪に覆われ、取材日の3月 7日もまた粉雪舞う寒い日だったがいまはもう桜が咲く春だ。石橋英子、ジム・オルーク、山本達久によるカフカ鼾の演奏は即興のドラマをつくるというより時間の経過にともない音そのものも変わらざるをえない、音の自律的なたわむれにも似た変化を聴かせる、痕跡だけのこし人物の消えた風景画を思わせたが、石橋英子の5作目『car and freezer』はその風景のなかにわずかばかりの意思と意図をまぎれこませ風景を一変させるというか、とてもあざやかなのです。音楽的には前作『imitation of life』をひきつぎ、つまりプログレッシヴなポップスと呼べるものだが前作ほど手法が前面に出るわけではない。全8曲、LPサイズの尺に作曲の巧みさ、演奏の自在さ、録音の豊かさ、歌唱の成長を織りこみ、あの先を聴かせるこの2枚組は全曲を石橋英子が作曲し、英語と日本語で歌いわけた日本語盤の歌詞は、石橋英子もソープランダーズとしてバックアップする前野健太が書いた。
 なぜこのような構成のアルバムにしたのか。インタヴューはいつもお世話になっている新宿某所の居酒屋の二階でめちゃくちゃ寒いのにビールなぞ飲みながらはじまった。

私も前野さんに出会って一緒にやっているのは不思議なところはありますけどね。今回の前野さんの歌詞も全然わからないし、共感はできない。共感はできないけれども不思議に惹かれるものが歌詞のなかにあるんです。

いまはひと段落したところですか?

石橋:それがそうでもないです。明後日からはじまる(取材は3月7日に行った)星野源さんのバンドのツアーに同行することになっているんです。

演奏家としての技能をみこまれた、と。

石橋:どうなんでしょう。私はプロフェッショナルな感じの演奏家じゃないし、どっちかっていうと邪道、不良音楽家ですから……。

そういうメンバーは求めていなかったということなんでしょうね。

石橋:リハに入ったときそう思いました。新しい何かが欲しい、という感じは受けました。

星野さんだと本数も多そうですね。

石橋:でも体調のこともあるから9箇所くらいで中日をちゃんととっているからひと月ちかく、かな。途中少しだけスケジュールに空きがあるんですけどその間は前野(健太)さんのバンドのツアー。

せっかく新作出すのに取材に時間とらなくていいんですか?

石橋:それで3月の頭に取材関係をかためて(笑)。

なるほどそれで(笑)。さっそく本題に入りますが『car and freezer』の音が仕上がったのはいつですか?

石橋:歌もふくめ録りが全部終わったのは2014年の1月初旬です。歌録りと同時にミックスを進めてマスタリングが1月末です。

今回は2枚組の変則アルバムですよね。こういった作品をつくろうと思ったきっかけはなんですか?

石橋:英語の歌の歌詞を書いてみたいというのがあったんです。聴いてきた音楽は英語の音楽ばかりだったのに英語の歌を書かないのはおかしいと思ったんです。(ヴェルナー・)ヘルルォークの映画とかでもドイツ語版と英語版があるじゃないですか。そういった発想でアルバムをつくったらどうかということなんです。

野田:石橋さんは以前も七尾旅人共演したり、音楽はつくるしメロディはつくるけど、歌詞にかんしてはそこまで執着があるかんじがなかったですよね。

石橋:そうですね。歌詞の内容、言葉でなにかを伝えるというより音とともに伝えたいというのが自分のなかではずっとあったんですが、今回は言葉によって音楽がどういうふうに聞こえてくるかということにすごく興味があったんです。

曲をつくって英詞を書くという順番だったんですか?

石橋:英詞を書くには勉強する必要があって、英語の本を読んだり映画の字幕を観たり、そういう期間が結構長かったので、曲をつくってベーシックを録って、それに仮歌を乗せてそれを前野さんに渡して「日本語の歌詞をお願いします」とお願いして、私は英語の歌詞をがんばってくったかんじですね。

石橋さんの書いた英語の歌詞を前野さんに渡したわけではないんですね。

石橋:おたがいに知らないでつくったんですね。

仮歌というのは――

石橋:鼻歌です。

前野さんは石橋さんの歌詞をもとに意図的に韻を踏んでいる箇所があった気がするんですが。

石橋:偶然の共通点はあるんですけど、私が仮歌でいれた「フンフンフン」みたいなものがそういうふうに聞こえたというのもあるみたいですよ。“遠慮だね”とか。

野田:昔から疑問だったんですが、前野健太と石橋英子がいっしょにやっているのは田山花袋の『蒲団』とフィリップ・K・ディックの『流れよわが涙、と警官は言った』を同時に読んでるような感じがあるんですよね。あるいは井上陽水と(ジェネシスの)『セリング・イングランド・バイ・ザ・ポンド』くらいは離れているというか。

石橋:私も前野さんに出会って一緒にやっているのは不思議なところはありますけどね。今回の前野さんの歌詞も全然わからないし、共感はできない。共感はできないけれども不思議に惹かれるものが歌詞のなかにあるんです。私も最初は前野さんは日常をフォーキーに歌う歌手だとよく知る前は思っていたんですけど、いざ聴いてみると捻れているというか分裂しているかんじがあるんですね。

たしかにその印象はありますね。

石橋:それが彼と一緒に音をつくると立体的なものとして繋がってくるんです。そういうふうに音をつくりたいと思うようになってから私は前野さんとお仕事したり、前野さんのバンドで演奏するのが楽しくなってきたんです。このグニャーッとしたかんじを音で表したい。演奏でかかわるときはそう思っていて、『car and freezer』をつくるにあたり、私とは遠い存在だからこそふたつの歌詞でつくったらおもしろいんじゃないかと思ったんですね。

野田:そこはあえてピーター・ガブリエルじゃなかった、と。

石橋:(笑)そもそも日本語と英語を同じ歌詞にはしたくなかったというのもあります。それだと逆に音が伝わらないと思ったんです。映画でも本でも翻訳を介するとかえって伝わらないということがあるじゃないですか。

それはありますね。同じものから派生した別々の言葉を提示することで音楽を立体的に聴かせるということですよね。歌謡曲、それこそテレサ・テンとかそういう世界ではバイリンガルの歌はままあると思いますが、それでも従属感系はもちろんありますから、それを考えると新しいですよね。

石橋:私もこういった例はあまり聞いたことはなくて、知らないというのもつくる要因のひとつでもありました。

[[SplitPage]]

聴いてみたら(歌詞は)はっきり聞こえなくても、歌のもつキャラクターだったり歌詞の物語だったり、何かが伝わったらいいなと思ったんです。そういうのを大事に歌いたいというのはありました。

制作にとりかかったのは。

石橋:『imitation of life』が出た直後ですね。

音楽的には前作とどのような繋がりあるいはちがいをもたせようと思いましたか?

石橋:『imitation of life』はある意味自分のなかではわかりやすい音楽だったんです。なんていうんだろう、パッキリしているというか――

方向性が?

石橋:それもそうだし、音楽的にも複雑なことをやっているように聞こえるかもしれないけど、わかりやすくいえば「これはプログレです」という提示の仕方できた作品だと思うんです。次はそういうのではなくて、もっとシンプルだけど複雑、相反するふたつのものを一緒に出したいと思ったんです。ゴージャスだとよくよく聴くとメロディはシンプルだとか。そういうものをつくりたいと思ったんです。

『imitation of life』と較べると1曲につめこんだアイデアが多様な気がしますね。

石橋:アイデアが曲に向かう方向や角度に合ったものであればいいなと思ったんです。そのためにスタジオに行ってベーシックでもアイデアを決めこまず、スタジオでみんなでつくっていこうと思ったのも、そういった理由からでした。

今回もプロデュースとミックスはジム(・オルーク)さんですが、事前になにか相談しましたか?

石橋:デモは聴いてもらったんですが、ジムさんは細かいことはなにもいわないんですよ。「この曲いいね」くらいなもので。今回は事前にアレンジをつくりこまないとあらかじめ決めていたんですが、スタジオでちゃんとつくれるか不安でもあって相談したら「大丈夫、大丈夫! その場でできるよ!」ってそんなことしかいわないんですけど、そういうひとがいるのは心強くもありますよね(笑)。

実際はどうでした?

石橋:録音に一週間かかりました。前はアレンジをきめこんでいたので3、4日で終わったのでそれに較べると長いですね。

アレンジの方向性や細部をつめていくのに一週間かかった、と。

石橋:そうですね。それから歌詞を書いて、歌録りに1ヶ月半。

歌も今回はコーラスをふくめいろいろ試みていますよね。

石橋:そうなんですよ。歌は全部誰もたちあわず、ひとりで部屋で録っていたんですよ。毎日自分の声ばかり聴いてうんざりしました(笑)。

石橋さんもヴォーカリストとしてのキャリアも長くなってきましたから、ご自分の歌、歌唱を客観視する機会も増えたと思うんですが、歌、歌唱の面での具体的な変化はありましたか?

石橋:今回は前野さんに歌詞を書いていただいているのもあって大事に歌いたいというのはありました。英語と日本語だし「何これ!?」みたいな印象はあるかもしれないけど、聴いてみたら(歌詞は)はっきり聞こえなくても、歌のもつキャラクターだったり歌詞の物語だったり、何かが伝わったらいいなと思ったんです。そういうのを大事に歌いたいというのはありました。私いままであまり歌を練習してこなかったのもあって、今回は歌を家で録りながらですけど、ちゃんとやりたいと思っていました。千本ノックみたいな感じでしたよ。ダメだ、ダメだって、歌だけは何テイクも録りました。でも一日やっていると声って劣化してくるじゃないですか。

しかもどのテイクがはたして一番よかったのかわからなくなってきますよね。

石橋:そうそう。そのジャッジとペース配分の仕方を探るのに時間はかかりました。

その力のいれようは『car and freezer』を聴いてすぐにわかりましたよ。丁寧というか繊細ですよね。

石橋:あと前野さんの日本語の歌詞はテンションが高くないと歌えないんですね(笑)。いつも通り歌っていると負けるんですよ(笑)。

“私のリトルプリンセス”とか“ゴリラの背”を大事に歌うことはいまので石橋さんの方向性とはちがいますよね。

石橋:ないですよ(笑)。

ここで歌っている歌詞のなかの女性像について前野さんはなにかいっていましたか? これは石橋さんを想定してつくった、とか。

石橋:私に一番ちかづけて書いたのは最後の“幼い頃、遊んだ海は”らしいんですよ。“私のリトルプリンセス”なんかは、前野さんは毎日、新聞を読むらしいんですが、そこに載っているようなことを自分の歌詞では書けないのでいいチャンスだと思って書いたんじゃないですかね。多少の押しつけられた感はありますが(笑)。



「ゴリラの背 走ってる/ゴミ収集車 呼びつけて/叱りつける 叱りつけるの」とか、石橋さんがそんなひとだと思われても困りますもんね。

石橋:(笑)

[[SplitPage]]

ひとくちに「ポップ」といってもいろんな意味があるじゃないですか。演奏が難しくなる事はデモの時点でわかったのですが、でもそれは、難しく聞こえないようにするための難しさでした。


石橋英子
car and freezer

Felicity

Amazon iTunes

収録曲のなかでは日本語盤と英語盤それぞれ細部でアレンジがちがうものがありますよね。

石橋:オーヴァーダブの音がちょっとちがいますね。

それはなぜ?

石橋:まず日本語と英語では言葉のリズムや倍音で聞こえ方が変わるので、オーヴァーダブの楽器の音色や演奏やリズムも変えた方がいいと思いました。

その意味では今回は前作よりつくりが細かいといえますね。

石橋:でもかなりいきあたりばったりでしたよ。前はある程度、たとえば3ヶ月とか、それくらいの間にすべての作業を完了することが多かったんですけど、今回はベーシックを録り終えて、芝居の音楽をふたつやりながら英語の勉強をして歌詞を書きつつの歌録りだったので延べでは結構時間がかかりました。期間としては半年くらい。

その芝居の音楽が『car and freezer』にフィードバックされていたりするんですか?

石橋:去年ファスビンダーの戯曲を元にした芝居の音楽をやったんですがそのときは歌ったんですよ。オペラ的とまではいいませんけどわりと声を張る歌い方で。その歌い方を前野さんが気に入って下さったというのもあり、日本語の歌を歌う時に少し役にたったかも知れません。

自分のあまり手をつけていない唱法を試す機会になった?

石橋:そうですね。娼婦の歴史を歌ったナレーション的な歌なので、少し低音にドスがきいている感じで歌いました。

前野さんの歌詞にも「チジョ」が出てきます(“ゴリラの背”)もんね。

石橋:マスタリング前に前野さんに聴いてもらったとき(ややモノマネぎみに)「あれは石橋さん、世の中の女性への挑戦状になりますよ」っていってました。意味はよくわかりませんが(笑)。

彼なりの女性性をふまえているんでしょうね。

石橋:私は前野さんにとっての女性性はわかりませんけど。

普通ではないのはまちがいないでしょうね。バンド・メンバーの「もう死んだ人たち」は前作と同じ布陣ですね。

石橋:そうです。

彼らがもっとも石橋さんの音楽を理解しているということですか。

石橋:そうですね。それに全員の役割分担がチームとしてできているということがあって、私は譜面やコードで伝えるのがヘタで(山本)達久もそういったものを読むことはできない。でも達久はリズムを何拍子だとか何小節だとか数字で知りたい。それを須藤(俊明)さんがいいかんじでとりもってくれるんですよ。

バンド全体がうまくかみあっているということですね。

石橋:みなさんを信頼しているので、今回は私がアレンジをガチガチに決めるよりその場でやっていくほうが可能性も広がると思ったんです。

全体としてはポップにしようという意図はありましたか?

石橋:ひとくちに「ポップ」といってもいろんな意味があるじゃないですか。演奏が難しくなる事はデモの時点でわかったのですが、でもそれは、難しく聞こえないようにする為の難しさでした。昔のポップって演奏すると難しいじゃないですか。昔の歌謡曲もそうだし。そういうチャレンジをしたかったというのはあります。

石橋さんが今回の担当楽器はピアノとシンセサイザーと──

石橋:あとはマリンバ。

“ゴリラの背”のマリンバは“Frame By Frame”みたいですね。

石橋:なんですか、それ?

キンクリ(キング・クリムゾン)です。

石橋:ああ、あれはリズムで結構苦労した曲ですね。

あのテンポで実際に叩いているんですか?

石橋:そうですよ。

マリンバは習っていたんですか?

石橋:ピアノの先生からもらったんですけど、使いはじめたのはモンハン(MONGHANG)からですね。

そうでした。石橋さんが弾ける楽器はほかにドラムと──

石橋:フルート。ヘタですけど。ギターも弾きますけど人前では弾きません(笑)。

曲をつくるのは基本的ピアノですか?

石橋:そうです。私基本的にめんどくさがりだから押した音の出る楽器が好きなんですよ(笑)。ギターはチューニングして音出すまで時間がかかるじゃないですか。押さえた弦と弾いている弦がちがうとヘンになっちゃうし。

そんなこといったらなんだったそうですよ(笑)。



野田:『car and freezer』はジャケットはすごくいいですよね。シュールレアリスムの絵画的でもあるし山下達郎のジャケットっぽくもある。

石橋:そうなんですけど、実はただの廃墟(笑)。

遠目からだとリゾート音楽なんだけど近づくと違和感がある。

石橋:(笑)ポップってそういうところが多分にあると思うんです。一見聴き心地はいいけどよくよく聴くとエッっていう異様な部分があるものという気がする。

タイトルは曲名からきていますが、この曲名を選んだ理由はなんですか?

石橋:茂原(千葉県茂原市)に車と冷蔵庫が棄てられているんですよ。田んぼとかに。長年放置されているんですけど。

原風景ですか?

石橋:そうですね。この写真を撮ったのは行川アイランド(千葉県勝浦市)の廃墟だったんですが、そこにも車と冷蔵庫が棄てられていたんですよ。タイトルについては迷っていたんですけど、これしかないって(笑)。

野田:そのねじくれ方が石橋さんらしいですよね。

石橋:茂原にはほんとうに車と冷蔵庫が大量に棄てられているんですよ。

冷蔵庫ってさいきんあまり棄てられていないですもんね、以前は結構見かけましたが。日本のリアルな風景だという気がしますね。

[[SplitPage]]

デモをつくっているときでも録音するときも、思いがけない演奏を待つという姿勢みたいなものが必要だと思うんですね。そういうことは即興の活動を通してしか得られなかったものだと思うんです。

このアルバムをつくるにあたって集中的に聴いていた音楽はありますか?

石橋:結構電子音楽を聴いていましたね。あとはセシル・テーラー……

それはずっとじゃないですか?

石橋:そうかも(笑)。

去年のセシル・テイラーのライヴには行かれました?

石橋:行きました! すばらしかったです。お芝居を観ているみたいでした。すごいですよ、ピアノに坐るまで15分くらいかかりましたから。ソデからゆっくり出てきて、なかなか坐らない。ダンスというか踊りなんでしょうね、きっと。素晴らしいダンスと演奏でした。

ピアニストとしてセシル・テイラーの影響はあるんですか?

石橋:私はジャズはよくわからないのですが、好きなんです、あの鮮やかな感じが。フリージャズってデタラメじゃないかと若いときは思っていたんですけどセシル・テイラーはハーモニーがきいれですよね。全部が真珠のような輝きというか、和音を構成する音の粒が視角に訴えてくるんです。あとはペースですね。演奏全体のペースというか構成が好きなのかもしれないですね。

ピアノでいえばむしろクラシックの素養のほうが強い?

石橋:クラシック・ピアノを子どものころはやっていましたけど、音楽としてのクラシックが好きというわけでもないんですよね。クラシックは年に2、3回しか聴かないですし。

現代音楽は聴くでしょ?

石橋:アイヴスなんかは好きで聴きますけどベートーヴェンとかバッハとか、嫌いじゃないですけど日常的には聴いていないですね。最近はカセル・イェーガー(Kassel Jaeger)の電子音楽ばかり聴いています。フランス人で本名はフランソワ・ボネという名前で──

IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)とかのひとですか?

石橋:たしかGRMのメンバーでしたね。

ミュジーク・コンクレート系?

石橋:どうなんでしょうか。スウィートなローランド・カイン(Roland Kayn)みたいなかんじですね。ひんやりしているけどほの少しだけ甘い(笑)。

自分でそういう作品を発表したいと思わないんですか? ジムさんなんかは〈Mego〉をはじめいろんなレーベルから電子音楽作品を出すじゃないですか?

石橋:私も実は今度〈Mego〉から秋田(昌美)さんとのデュオの音源を出すんですよ。

実験的といえば、カフカ鼾は石橋さんのなかではバンドなのでソロとは位置づけがちがうということですか?

石橋:そうですね。

でもこのまえのスーパーデラックスでの『okite』のレコ発ライヴはすごくよかった。3人がそれぞれのパートで実験的なことをやりつつ全体がアンサンブルになっていて、しかもその構成がすばらしかったですよ。

石橋:カフカ鼾はおもしろい場所だと思いますよ。3人がこそこそ友だちに隠れてやってきたことをもちよるようなかんじ。今日はなにをもってきたの?って(笑)。

即興とも現代音楽ともつかない演奏がゆっくりとでも確実に変化していくんですよ。

石橋:オーストラリアのザ・ネックスというバンドにちかいかもしれないですけど。

でもあれともまたちがいますね。

石橋:そうですね。

即興をしているときの閃きというか音楽体験が作曲にフィードバックすることはあるんですか?

石橋:あると思います。ああいう活動があるからこそ、同じものはやりたくない気持ちになれるし、そう強く思うんですね。デモをつくっているときでも録音するときも、思いがけない演奏を待つという姿勢みたいなものが必要だと思うんですね。そういうことは即興の活動を通してしか得られなかったものだと思うんです。即興のライヴをしてもお客さんはあまり来ないですけどね(笑)。でもやっぱりやりたいんですよ。ああいう場所こそ完全な場所という気がします。お客さんも思いがけない演奏を楽しみにしていて、自分たちもなにをするか事前にはわからない、それでもその場に集まっているのが音楽の不思議さというか音楽をやることのすばらしさをかんじさせるエッセンスかもしれないです。

たとえば既存の曲を再演するときも予定調和が崩れることを期待してますか?

石橋:そうです。そういうものがなければ演奏が生きないし曲が呼吸しない。

野田:大袈裟な表現かもしれないですけど、それは今日の消費的な文化に対する抵抗というか、そういう気もしますけどね。

石橋:ああ。

野田:あともうひとついうと、なんでもフラットになったポストモダン的な世の中の見方に対する抵抗というか、そこにすごく共感するんです。

石橋:いまの音楽には距離感がないと思うんです。演奏する側と聴き手との間にも距離感がないし、音のなか録音物のなかも隙間がないというかパツンパツンだし。風通しが悪いかんじがほんとうに息苦しいですね。

野田:『car and freezer』ではエクスペリメンタルな方向性にグワッと行きたいところをあえてポップ・ミュージックに挑戦しているのがいいと思うんですよ。

石橋:でも次はちょっとふりきれたのをやろうとも思ったりしているんですよ(笑)。

[[SplitPage]]

日本のミュージシャンは、海外にいって自分のことを知らないお客さんの前で演奏するような経験が、きっと海外より少ないと思います。私も海外での演奏の経験がそんなに豊富というわけではないですが、ひとりでブラッと行って誰も自分のことを聴きに来ていない状況のなかで演奏した経験は私にとってとても大きいですし、そういう経験があるからもっと誰の物でもない、自分の音楽をやろうと思えるんだと思います。


石橋英子
car and freezer

Felicity

Amazon iTunes

〈Drag City〉から出た『imitation of life』の反応はどうでした?

石橋:『New York Times』をはじめ、イギリス、アメリカ、カナダの雑誌のレヴューでとりあげてもらいました。おおむねよい反応だったと思います。

野田:海外は日本人が〈Drag City〉から出すと話題にしてくれるんだよね。問題は日本が、とくに安倍政権になってからマズくて、ほんとうにうちに閉じこもっているかんじというか閉塞感がすごいですよね。今回日本語盤と英語盤で出したのもそういう意味でいえば正解というか。英詞の作品を出すということ自体外に向かっているわけだから。安倍晋三はローリング・ストーンズのライヴを貴賓席で観たんでしょ? 海外メディアは安倍政権を「スケアリー(scary)」だというんですよ。好戦的で右よりで、そんな人間がローリング・ストーンズを観にきている。これがイギリスだったら『ガーディアン』あたりが絶対騒いでいるはずなのに日本だとなにも起きないことの危機感というかね。すごくいま音楽をやるのはある意味ではイバラの道かもしれないと思いますけどね。

石橋:そうですよね。

日本のシーンとか海外のシーンとか考えたりしますか?

石橋:日本のミュージシャンは、海外にいって自分のことを知らないお客さんの前で演奏するような経験がきっと海外より少ないと思います。私も海外での演奏の経験がそんなに豊富というわけではないですが、ひとりでブラッと行って誰も自分のことを聴きに来ていない状況のなかで演奏した経験は私にとってとても大きいですし、そういう経験があるからもっと誰の物でもない、自分の音楽をやろうと思えるんだと思います。いまはとくに、期待されているものがあると、それをやらざるを得なくなってしまう。背負わなくてもいいことをも背負ってしまう。そうなると、誰も気づかない間に音楽は縮こまってしまう。

海外ツアーの予定はないんですか?

石橋:バンドで、と、考えてはいるのですが、飛行機に乗れないメンバーがいるので(笑)。でも行きたいです。

船で行ったらいいですよ。

石橋:(笑)あるいはまたひとりで行くか。

ヨーロッパにまた行けばいいんじゃないですか?

石橋:前にポーランド、スロヴェニア、イタリア、ドイツ、フランスを1ヶ月くらいかけてひとりでまわったことがあるんですけど、ポーランドでは会場に行ったら主催者から「なにしに来たの?」っていわれて、お客さんは3人でうち1人は上のクラブで酔っぱらって休むために降りてきたひとでしたけど(笑)。

行くにあたり不安はなかったですか?

石橋:向こう見ずなところがあるんですよね。でも行ってみないとわからないこともあるし、楽しかったです。

でもそれはブルーマンにしろジャズメンにしろ音楽の原点でもありますよね。

石橋:イタリアのカターニャでオペラハウスのような劇場で演奏することになっていたんですけど用意された機材がカシオのエレピだったこともありましたよ(笑)。

それでやったんですか?

石橋:やりました(笑)。エフェクターをかきあつめてシンセ化して即興(笑)。

野田:アメリカ南部に行ったセックス・ピストルズみたいですよね。でも『car and freezer』は海外でもうけると思いますけどね。

石橋:また〈Drag City〉から夏くらいにリリースの予定がありますけど、アナログ盤1枚の予定なので、それなら日本語と英語のミックス盤がいいんじゃないかと思っているんです。

ああそれは名案ですね。

石橋:〈Drag City〉は日本語がいい、というかもしれませんが。

そういうこともあってLPサイズに収まるアルバムにしたということですか?

石橋:46分以内のものという頭はなんとなくありますね。つめこんでも仕方ないですからね。

それ以上の情報量が1曲のなかにありますからね。

石橋:そういうことのほうが大事かなと思います。1曲の強度のほうが。(了)


●ライヴ情報

・石橋英子「car and freezer」発売記念ツアー at 四日市 radi cafe apartment
2014.5.9(fri) OPEN / START 19:00 / 20:00
VENUE 三重・四日市 radi cafe apartment
ADV/DOOR 前売¥2,800/当日¥3,300 + drink

LINE UP 石橋英子 with もう死んだ人たち(ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久、波多野敦子、坂口光央)

TICKET radi cafe apartment (ラジカフェ)HPにメール予約フォームがございます。
https://www.radicafe.com/

INFO radi cafe apartment 059-352-4680 / locci@radicafe.com

※バンドでの出演です


・石橋英子「car and freezer」発売記念ツアー at 愛知・名古屋 得三
2014.5.10(sat) OPEN / START 17:00 / 18:00
VENUE 愛知・名古屋 得三
ADV/DOOR 前売¥2,800/当日¥3,300 + drink

LINE UP 石橋英子 with もう死んだ人たち(ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久、波多野敦子、坂口光央)

TICKET ※2/15~23 e+先行予約※
https://eplus.jp/

チケットぴあ(P:224-967) / ローソンチケット(L:46661) / e+ https://eplus.jp/
一般発売 3/8

INFO JAILHOUSE 052-936-6041 / https://www.jailhouse.jp/

※バンドでの出演です


・キツネの嫁入りpresents第五回スキマアワー
『石橋英子「car and freezer」レコ発編』

2014.5.11(sun) OPEN / START 15:00 / 16:00
VENUE 京都・元・立誠小学校
ADV ¥3,000

LINE UP 石橋英子 with もう死んだ人たち(ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久、波多野敦子、坂口光央)
前野健太とソープランダーズ(ジム・オルーク、石橋英子、須藤俊明、山本達久)
キツネの嫁入り

TICKET ※メール予約 → office@madonasi.com※

INFO office@madonasi.com

※バンドでの出演です


・石橋英子「car and freezer」発売記念ツアー at 東京・渋谷 WWW
2014.5.16(fri) OPEN / START 18:30 / 19:30
VENUE 東京・渋谷 WWW
ADV/DOOR 前売¥3,300/当日¥3,800 + drink

LINE UP 石橋英子 with もう死んだ人たち(ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久、波多野敦子、坂口光央 ゲスト:前野健太)vj:rokapenis
七尾旅人

TICKET ※2/15~23 e+先行予約※
https://eplus.jp/

チケットぴあ / ローソンチケット / e+ https://eplus.jp/
一般発売 3/8

INFO WWW 03-5458-7685 / https://www-shibuya.jp/

※バンドでの出演です


DRUM & BASS: DARKSIDE HISTORY 25選 - ele-king

 4月19日(土)、代官山ユニットにて開催される「DBS: LEE BANNON x SOURCE DIRECT」、今回は、90'sジャングル/ドラム&ベースのダークサイドを開拓した巨匠、ソース・ダイレクトの17年ぶりの来日とあって、主催者の神波京平さんに「DRUM & BASS: DARKSIDE HISTORY 25選」を書いていただきました。
 ジャングル/ドラム&ベースが広まって20年、漆黒の歴史を振り返りましょう。

■DRUM & BASS: DARKSIDE HISTORY 25選 (選・文:神波京平)
1. 4 HERO - Mr. Kirk's Nightmare
[1990: Reinforced]
ポスト・セカンド・サマー・オブ・ラヴ=90年代初頭のレイヴ・シーンは暗い世相を反映して先鋭化するが、ハードコア・ブレイクビーツの台頭を予見した4ヒーローのビッグチューン。
https://www.youtube.com/watch?v=Xoxew9FO_JM
2. LENNIE DE ICE - We Are i.e.
[1991: i.e.]
ラッシュ感溢れるプロダクションのレイヴ・アンセム。エクスタシーを想起するヴォイスサンプルは空耳で、アルジェリアのライ音楽(CHEB SAHRAOUI)から。08年にCaspa + Ruskoのmixも出た。
https://www.youtube.com/watch?v=HQGmsQ2_Fa0
3. NASTY HABITS - Here Comes The Drumz
[1992: Reinforced]
ダークコアの到来を告げるナスティ・ハビッツことドック・スコットの歴史的名作は4ヒーローのレーベルReinforcedから。片面の"Dark Angel"も必聴。
https://www.youtube.com/watch?v=xkh_U3dRGzw
4. RUFIGE CRU - Darkrider
[1992:Reinforced]
同じくReinforcedからルフィジ・クルーことゴールディのダーク・クラシック。同時期の"Terminator"、"Sinister"('92)、"Ghosts Of My Life"('93)も必聴。
https://www.youtube.com/watch?v=-DblfFRL4ek
5. 4 HERO - Journey From The Light
[1993: Reinforced]
盤面に'YOU HAVE NOW ENTERED THE DARKSIDE'と書かれている4ヒーローの傑作。彼らならではのソウルフルなサンプル(BRAINSTORM、FIRST CHOICE、EW&F)を混成。
https://www.youtube.com/watch?v=sg9igdIHShM
6. Q PROJECT - Champion Sound (Alliance Remix)
[1993: Legend]
スピンバックとのコンビ、トータル・サイエンスで名高いQプロジェクトのオリジナルをよりアグレッシヴにリミックスしたアンセム。今なおプレイされ続けるモンスターチューン。
https://www.youtube.com/watch?v=qxTltrwuV2Q
7. ORIGIN UNKNOWN - Valley Of The Shadow
[1993: Ram]
アンディC&アント・マイルズのプロジェクトによるアンセム。BBCドキュメンタリーから採取した'long dark tunnel'のヴァイスがフラッシュするタイムレス・チューン。
https://www.youtube.com/watch?v=a5meT63flnM
8. ED RUSH - Bludclot Artattack (Dark Mix)
[1993: No U-Turn]
鬼才ニコが主宰するダーク工房、No U-Turnから出現したエド・ラッシュによる'93年ダークサイドの重要曲。
https://www.youtube.com/watch?v=tD14ioNOzyA
9. CODENAME JOHN - Deep Inside Of Me
[1994: Prototype]
コードネーム・ジョン=ハードコア~ダークコアをリードしたトップDJ、グルーヴライダー(因みに著作権出版社名はDARKLANDS MUSIC)のクラシック。ジュークのルーツがここに!?
https://www.youtube.com/watch?v=CzYz5KMWnWs
10. RENEGADE - Terrorist
[1994: Moving Shadow]
ジャパン"The Nightporter"のピアノ・サンプルから一転、激烈Amen breakと獰猛なReese bass(ケヴィン・サンダーソン発祥) が炸裂するビッグチューン。レイ・キースとヌーキーによるユニット。
https://www.youtube.com/watch?v=dnY5q-IYqfw
11. DEEPENDANCE - Dark Tha' Jam
[1995: Emotif]
シャイFXやTパワーを輩出したSOURがエクスペリメンタルにフォーカスした新レーベル、Emotifを担ったディーペンダンスはNo U-Turnのニコの変名。ダーク&ヘヴィー。
https://www.youtube.com/watch?v=g215hDv4UeI
12. ASYLUM - Da Base II Dark
[1995: Metalheadz]
ストリートに根差したジャングルの発展に貢献したLダブルがアサイラム名義でMetalheadzに提供したビッグチューン。システムで体感したい重量級D&B。
https://www.youtube.com/watch?v=rDkIX7Xu7BM
13. SOURCE DIRECT - Stonekiller
[1996: Metalheadz]
15才で制作を始め、'90s D&Bを急進させたジム&フィルのソース・ダイレクト。数多くの名作の中でもアトモスフェリックなサイファイ音響とダークネスが結晶した本作は不滅。
https://www.youtube.com/watch?v=XBQW2YoQetE
14. DJ TRACE - Mutant Revisited
[1996: Emotif]
Reese Basslineが席巻した'96年、ダークはTech-Stepの呼称で新たなステージに。No U-Turn門下生のトレイスによる9分を越す本作は、まさにテックステップの代名詞とも言える。
https://www.youtube.com/watch?v=gAPwdm04_MQ
15. BOYMERANG - Still
[1996: Prototype]
ポスト・ロックバンド、バーク・サイコシスを率いたグラハム・サットンがボーイメラングとしてD&Bシーンに参入、グルーヴライダーのレーベルからの本作はダブプレートでライダーが掛けまくったアンセム。
https://www.youtube.com/watch?v=iIfP9HC5CkM
16. ARCON 2 - The Beckoning
[1996: Reinforced]
ダーク・エクスペリメンタルの名門Reinforcedから突如出現したアルコン2 aka レオン・マー。そのディープ&ダークなサウンドスケープは'97年のアルバム『ARCON 2』で全開する。
https://www.youtube.com/watch?v=653SrLkVbDU
17. RUFIGE KRU - Dark Metal
[1996:Metalheadz]
D&Bの帝王、ゴールディ/メタルヘッズのアイデンティティを具現化した快心作はMoving Shadowのロブ・プレイフォードが補佐。片面"T3"は新型ターミネイター。
https://www.youtube.com/watch?v=d0_39xA3_H0
18. NASTY HABITS - Shadow Boxing
[1996: 31]
'Metalheadz Sunday Sessions'を始め、D&Bイヴェントでヘヴィーローテーションされたダークマスター、ドック・スコットの傑作、レーベルは自身の31。'14年にOm Unit Remixで蘇る!
https://www.youtube.com/watch?v=z_VKMWs2eaI
19. ED RUSH - The Raven
[1996: Metalheadz]
これもMetalheadzの定番チューン。ミニマルな前半からベースがうねりを上げるディープな展開に引き込まれる。
https://www.youtube.com/watch?v=Kuhjsn5bwDg
20. OPTICAL - To Shape The Future
[1997: Metalheadz]
'96~97年に弟のマトリックスと共にシーンに台頭したオプティカル。Prototype、31、Moving Shadow等の名門で活躍、本作はMetalheadzにフックアップされた未来派サウンズ。
https://www.youtube.com/watch?v=A8Y6OT4iooQ
21. DOM & ROLAND - Trauma
[1998: Renegade Hardware]
'94年にNo U-Turn系列Saigonから登場したドム&ローランド(ドムと彼の愛機Roland S760の意)。ダークかつインダストリアルな音響で個性を発揮、アルバム『Industry』('98年: Moving Shadow)も必聴。
https://www.youtube.com/watch?v=xmloE-iiNa4
22. KLUTE - Silent Weapons
[1998: Certificate 18]
パンクバンド出身でD&Bに転向したクルートは、フォーテックやソース・ダイレクトのリリースでも知られるCertificate 18で足場を築き、ダーク勢の一翼を担った。'01年に立ち上げた自己レーベル、Commercial Suicideも注目。
https://www.youtube.com/watch?v=jsrkL9jlz4Q
23. SOURCE DIRECT - Exorcise The Demons
[1999: Science]
Virgin/Scienceと契約したソース・ダイレクトの歴史的1st.アルバム&コンビ最終作。DARK!を実感するフルアルバムを堪能してほしい。SDはジムが引き継ぎ完全復活!17年ぶりの来日に注目!
https://www.youtube.com/watch?v=sVXyFwh9edI
24. BC - Planet Dust
[2001: Prototype]
DJフレッシュが主導し、'90年代末~'OO年代初頭に一世を風靡した4人組、バッド・カンパニー。グルーヴライダーが惚れ込んだ本作は一晩に8回プレイされたとの伝説があるオールタイム・クラシック。
https://www.youtube.com/watch?v=s0y9RbQYP3s
25. PHOTEK - Age Of Empires
[2004: Metalheadz]
Metalheadzに帰って来たフォーテックのアンセムはEgyptian Empire(ティム・テイラー)の"The Horn Track"('91年: Fokus)サンプルをハイテンションに構築、ヴィンテージな緊縛ダーク・エスニック!
https://www.youtube.com/watch?v=s_NxxPx8XPU
EXTRA: LEE BANNON - NW/WB
[2013: Ninja Tune]
そして最後に追加で、本企画の契機となった奇才リー・バノンのNinja Tuneからのアルバムからの1曲。必見の初来日!
https://www.youtube.com/watch?v=IXIKeqSMsmU

interview with DEXPISTOLS - ele-king

 すべてはわかってやったことだった。ハウス・ミュージックが完璧に息を吹き返したこの1~2年だが、DEXPISTOLSの登場は、ハウス・シーンが衰退した2000年代なかばに遡る(ハウスのDJの多くが、ミニマルを漁りはじめた時期である)。この頃のダンスのメインストリームに躍り出たのは、エレクロト/マッシュアップ、そしてアンダーグラウンドではディスコ・ダブ/コズミック・ディスコだった。そのいっぽう、ダブステップはピークへと進み、実験的なデトロイト・ハウスは着々と支持を広げながら、そして10年前には威勢の良かったダンサーたちやDJもいい年になって酒を飲むと愚痴を言うようになった。

 以下の取材で、僕は「気取った90年代」に対する「下世話な2000年代」という喩えを用いているが、DEXPISTOLSは、エレクロトやマッシュアップと同様に、「下世話な2000年代」の象徴的な存在だと言える。DJ MAARもDJ DARUMAも90年代のアンダーグラウンドの生き証人──気取った90年代の、筆者と同じ、どちらかと言えばナードなクラブ・カルチャー出身で、とくにDJ MAARの幅広い知識とダンス・ミュージック史への理解を考えればDEXPISTOLSは確信犯だった、と言える。
 1985年、オールドスクール・エレクトロのマントロニクスが「ゲット・ステューピット」(バカになれ)と言ったことで、深刻さにドン詰まったポストパンクにダンス・カルチャーの火をつけたという言い方ができるなら、DEXPISTOLSは2005年に同じことをやった。シーンに居座る年上連中の愚痴には耳を傾けず、若いエネルギーに共鳴しただけのことである。


DEXPISTOLS
LESSON.08 "TOKYO CULT"

エイベックス/tearbridge

Amazon

 「バカになれ」は重要だ。が、それだけでいつまでも突っ走ることはできないし、何かにつけて「バカって最高、ぎゃははー」などと言っている人は信用できない。DEXPISTOLSは、自分たちが成功したときのやり方を繰り返さなかった。新しいミックスCD『LESSON.08 TOKYO CULT』には、彼らのシリアスな面──ダンス・ミュージックへの愛情と寛容さ、シーンにおける彼らなりの開拓精神が見える。
 DEXPISTOLSは、ダンス・ミュージックにラップをノせる、80年代後半で言うところのファンキーなヒップ・ハウスを現代的に展開する。今作では、ベテランのDABOをはじめ、若手のOHLI-DAY、JON-E、KOHH、KICC、K.A.N.T.Aらラッパーをフィーチャーしている。CDは、〈ナイト・スラッグス〉系のベース・ミュージックにはじまり、ハウスやテクノがミックスされる。日本の若手トラックメイカーの作品を積極的に取りあげているのも今作の特徴だ。

 3月某日、エイベックストラックスの部屋のなかで我々は会った。最新の紙エレキングを渡すと、表紙に載っているシミラボのメンバーが自分たちの作った服を着てくれていることに喜ぶ。「うーん、シミラボはやっぱ素晴らしい」を口火に、DEXPISTOLSについておよそ2時間話した。DEXPISTOLS誕生前の話、ダフト・パンクと〈エド・バンガー〉への深いシンパシー、ダンス・ミュージックに対する彼らの考えを包み隠すことなく語ってくれた。


マッシュアップのときにふたりでやりはじめて、エレクトロのときに波が来るのがわかったんで、「ここで俺らやんないと!」って意識がすごくあったんですよね。まわりを見渡したときにジャスティスが「ヤバい」って言ってるDJがひとりもいなかったし。

DEXPISTOLSがシーンで出てきたのって2000年代ですよね。

DJ DARUMA:思いっきりそうです。2005年過ぎてからですね。

DEXって、そもそもどのように生まれたのでしょう?

DARUMA:えっと、もともと友だち同士で、先輩がいっしょなんです。ゲインズ(Gaines)という双子のDJ/トラックメイカーがいまして。僕はダンサー時代の繋がりでゲインズと友だちで、MAARが彼らと地元、小学校がいっしょで。

地元ってどこですか?

DJ MAAR:地元は国分寺なんですよ。

DARUMA:先輩のダンス・チームの音を作っていたのがゲインズだったりしたので、ちょっと繋がりがあったんです。その流れでMAARとパーティがいっしょになるタイミングがあったんですよ。違うフロアでDJやってたりとか。で、現場を介して繋がりがすごくあったんです。そういう時期があって……ミッドナイト・ブラスターが一番最初だっけ? DJクルーみたいなのでミッドナイト・ブラスターっていう、先輩たちが筆頭となったDJチームみたいな、ROC TRAXの原型みたいなものがあって。で、そのとき2メニーDJズがちょうど出てきたときで……。

一時期、よく比較されましたよね。

DARUMA:あとM.I.A.とかああいうのが出てきて、ダンス・ミュージックが新しい方向に動きはじめていましたね。そのとき2メニーDJズのミックスCDが出て、タワーレコードで僕が買ってすごく面白いなと思って。それまでテクノとかハウスとかヒップホップとかポップとか、線引きすることの美学が世のなかで普通のものとされていたのが、それを聴いたときに昔の自分の音楽の聴き方にすごく近いっていうか。中学生のときの、テクノもハウスもヒップホップも全部聴いてる感じに近い気がして。

あれは出たとき(2002年)、新鮮だったよね。カイリー・ミノーグやヴェルヴェッツ、ストゥージズからELPまで入っててね(笑)。

DARUMA:僕は、基本的にはヒップホップの現場にいたんですね。で、MAARはテクノ、ハウスの現場を拠点として、ヒップホップのほうを見たりとか。同じような感じで育ったんですけど、いたシーンとしてはふたりとも違った。で、そこを経てきて大人になって、ある程度いろんな物事がわかってきたときに、ふたりで何かいっしょにやったら面白いんじゃないかなと思ったんです。2メニーDJズのミックスCD聴いたときに、「これ、俺らもできるな」と思ったんですよね。それでMAARに「何かいっしょにやらない?」って言って、〈アゲハ〉の2階で話していっしょにやらないかって言ったのがはじまりなんです。

2メニーDJズのころって、マッシュアップものが海賊盤で出回ったりした頃だよね。ああいうものは、ダンス・ミュージックが深刻な方向に行き過ぎてたころに、何でもアリを極めたし、ちょっとバカっぽい感覚を取り戻したっていうね。

DARUMA:はい、マッシュアップ・カルチャーっていうのが世のなかにすごく出てきてましたね。

「自分たちの出番だ!」って感じでしたか?

DARUMA:んー……いや、単純に面白いなって思ったのと、「できる、これ」みたいな感じがけっこうあったんですよね。混ぜてやったらすごく面白いんじゃないかなって。すごく刺激的だったんですよね。そこに新しいものを感じたっていうか。

勝負のときだって感じだった?

DARUMA:勝負のときだと思ったのはじつはもうちょっとあとで、いわゆるエレクトロみたいな兆しが見えはじめたときですね。マッシュアップの次に、フランスから、(ダフト・パンクのマネージャーだった)ペドロ(・ウィンター)が主宰する〈エド・バンガー〉が見え隠れしはじめた時期で、最初〈ヘッドバンガーズ〉って名前で活動してて。「フランスの〈ヘッドバンガーズ〉っていうサイトが超ヤバい」みたいな。

MAAR:ペドロのマネージメント・オフィスが〈ヘッドバンガーズ〉だよ。たしか。

DARUMA:それでサイトみたいなのに、手描きでカシアスの部屋があったり、ダフト・パンクの部屋があったりして。どうもこれら周りのマネージメントをしてるやつがやってるクルーらしい、みたいなことがわかってきて。そこに1分半ぐらいの粗い画像の動画が上がってて、それがジャスティスの“ウィ・アー・ユア・フレンズ”だったんです。ロックでもテクノでもないその音楽で、フロアが大合唱してるのを見て、「これはすごいことが起こってる」って、そこの時点ですね。「これは俺たちが日本でやらなきゃいけない」って思ったのは。そこで俺たちの番が来たって。

MAAR:しかもそれ、いちばん最初〈ジゴロ〉からライセンスされてるじゃないですか。

時代の向きが変わる時期だったよね。

MAAR:8年ぐらい前じゃないですか。05、06年ぐらいですね。

ペドロっていうとダフト・パンクを売った人だけど、DEXにとってはダフト・パンク以降っていうのが大きかったの?

MAAR:思想が込められたいろいろな音楽があるなかで、ダフト・パンクって、もっと自由っていうか、「言っても俺、まあまあいい家に生まれてきちゃったけど、レイヴ・カルチャーもURも好きだし、スケボーもやったりバンドもやったりしてるし」っていうスタンスだったと思うんです。で、2メニーにもそういう自由さがあった。ベルギーに俺ら行ってみてなんとなくわかったんですけど、そこまでコアなクラブがあるわけじゃなくて、ああでもしないと盛り上がらないんじゃないかって、たぶん(笑)。

あのぐらいやらないと、まわりが自分たちのほうを向いてくれないっていう(笑)。

MAAR:彼らはラジオをやってたっていうのも大きいだろうし。逆に言ったら、そういうリスナーのほうが現代では多いじゃないですか。背伸びしなくてもやれる脱力感的な。昔みたいに、ハウスだったらゲイ・カルチャーの虐げられたなかでの多幸感とか、URの退廃的なインダストリアルのなかから生まれたものとかでもなくて。

ただ、音楽的に言うと、ダフト・パンクはディスコ・クラシックやガラージに対する憧憬がすごく強いでしょ。ニュージャージーのロマンソニーという、玄人好みのガラージといっしょにやってるくらいだから。

MAAR:「ダ・ファンク」よりも前のシングルで「ザ・ニュー・ウェイヴ」っていうのは、じつは140ぐらいの変なテクノだったりしてて。たぶん、その頃彼らはレイヴに行ったりしてて。お父さんがディスコのプロデューサーなんですよね。ヤマスキっていう、最近みんな掘り出してるあれを作ったプロデューサーだったりして。たぶんその辺のレコードが家にあって、そういうのを聴きながら……ほんと、ダフト・パンクって脱力のはしりなんじゃないかって(笑)。

脱力って言葉が適切かどうかはわからないけど(笑)。個人的に、ダフト・パンクがすごくカッコいいと思った瞬間は、90年代後半かなー、彼らはボウズでさ、マスターズ・アット・ワークみたいなガタイのいい人たちに囲まれながらDJやってる写真があるんだけど。あれは良いと思った(笑)。ごっついNYのハウスのDJに囲まれてさ、ちっちゃいフランス人が。

MAAR:知ってます。若い面白いのが出てきたって感覚だったんでしょうね。

[[SplitPage]]

10代だったので、〈ゴールド〉も、終電終わってから行ってるのに、「ダメだ」「入れない」と言われてましたね。仕方なく、ジュリアナの横の川沿いで寝てたり(笑)。で、同じく入れなかった女の子をナンパしてみるけど完全シカトされたりして。

でもMAARくん、話戻すとさ、2メニーDJズって、ダフト・パンクと違って、ほんと根無し草じゃん。

MAAR:たしかに。

ダフト・パンクは戻れる場所があると思うわけ。マスターズ・アット・ワークとかさ、ディスコ・クラシックとかさ、自分たちのアイデンティティを表明してるじゃない。2メニーDJズっていうのは何でもアリだけど、つまり何でもアリが故に「お前ら何だ」って言ったときにほんとに何もないから。ダフト・パンクと2メニーDJズはやっぱり違うよ。

DARUMA:なるほど。

DEXPISTOLSの出方っていうのはどっちかって言うと、2メニーDJズに近かったのかなって俺は思うんだよね。MAARくんはさ、90年代のアンダーグラウンドをけっこうリアルに経験しているでしょう。東京のクラブ・カルチャーの栄光と衰退の歴史を、間近に見てるわけじゃない?

MAAR:〈マニアック・ラヴ〉も含めて(笑)。

〈マニアック〉にも関わってたの?

MAAR:〈マニアック〉が出来てすぐぐらい、木曜日にじつはやってたんですよ、マセくんと。俺19ぐらいですね。

へー、俺ら、絶対に店内ですれ違っているね。

MAAR:いっつも店長さんに「全然ひと入んねーな」って言われて、「すいません、すいません」って謝ってて。「やる気あんの!?」とか。けっこう怖かったす(笑)。

はははは、それ何年ぐらい?

MAAR:だから20年ぐらい前ですよ。〈マニアック〉って最初、内装が白でできたじゃないですか。で、2年目か3年目に黒になったんですよ。要は最後までそれになるんですけど。黒になってすぐぐらいですね。

俺も出来たばかりの頃からずっと通ってたんだけど、必ず朝まで必ずいてさ。

MAAR:俺もあれ行きました。「すげーゾンビがいっぱいいるー」とか言いながら。

ハハハハ。そのなかのひとりが俺だったかもね。

MAAR:94年、95年ぐらいですかね。

そのころDARUMAくんはダンスを?

DARUMA:そのときは完全にダンスですね。いわゆるNYのヒップホップにぐぐーっと行ってるときですね。僕は六本木を中心に遊んでて、週末は〈ドゥルーピー・ドゥロワーズ〉に毎週行ってました。3時ぐらいになると(近所のヒップホップ系のクラブの)〈サーカス〉が終わって流れてくる大人たちがけっこういたんです。そこから選曲もけっこう濃くなっていくんですよね。

MAARくんが〈ゴールド〉に関わったのはもっと早い?

MAAR:俺が18のときですかね。2、3回メインフロアでやらせてもらったらもうお店が閉まっちゃったんですよね。

そもそもクラブ・カルチャーを好きになった理由は何だったの?

MAAR:高校のときに雑誌読んで──「うわー行ってみてー!」と思いました。先輩に「連れてってください!」って言って、連れて行ってもらった〈ゴールド〉が、ど平日だったんですけど、もう衝撃的すぎましたね(笑)。聴いたことねー音楽かかってるし、ていうか「なげーこの曲!」みたいな。「いつ終わるんだよ、4時間経ってるし!」って(笑)。つないでるのを1曲と思ってました。しかも歌入ってこねーし、って。カッコいいひといるしキレイなお姉さんいるし、「ここは楽園か!?」と思ってましたね。

はははは。

MAAR:でも、まだ10代だったので、〈ゴールド〉も、終電終わってから行ってるのに、「ダメだ」「入れない」と言われてましたね。仕方なく、ジュリアナの横の川沿いで寝てたり(笑)。で、同じく入れなかった女の子をナンパしてみるけど完全シカトされたりして、しょうがないからジュリアナのひとたちをずーっと見て、「すっげー車、これどうやって乗るの?」みたいなことを言ったり。で、川原で酒飲んでゴローって寝て、いちおう1時間交代ぐらいで店員が変わるからもう一回行ってみて(笑)。それで入ると、一回飛ばした店員に見つかって「お前ら入ってんじゃねーよ」ってまた出されて、繰り返し。そのうち知り合いも多くなってくるんですけど。知り合っても「お前ら未成年だからダメだよ」って言われてしまったりね。
 〈リキッド〉もよく行きましたね。それこそジェフ・ミルズの来日DJはものすごかったですね。会場に入って、バーには誰もいないから、「全然がひとがいねー。ジェフ・ミルズってそんなに人気ねーのかなー」って思って、ドアをグッと押しても開かなくて、「うおー!」って開けたらパンパンだった。そんなの初めて見た。で、あの人がクネクネしながらエライコッチャなDJしてて、「事件!」って友だちと言ってました(笑)。

はははは。

MAAR:「大変なことが起きてる!」みたいな。〈リキッド・ルーム〉ではバカみたいに踊りましたねー。マスターズ・アット・ワークのときもオープンからラストまで8時間踊ったり、ベーチャン(ベーシック・チャンネル)来たときもずっと踊っていました。

そういう風に、いろいろな現場をリアルタイムで見ることはできたものの、自分たちがいざ「出て行きたい」ってなったときには難しかった?

MAAR:そうっすね。リミックスとかもちょいちょいやってたんですけど。EMMAさんのミックスCDに入れてもらったりしてるんですけど、そこからとくに展開もなく。ハッて気づいたら、「やべー、テクノ・ブームに乗っときゃ良かった」と思って。KAGAMIくんが同い年だったんです。専門学校がいっしょで、その頃はお互い全然知らないんですけどね。「そっか、そういう手があったか」と思って(笑)。で、サンプラーで一生懸命曲作って聴かせても、ハウスの先輩たちは誰も反応してくれなくて(笑)。

いまでこそハウスとテクノの垣根が崩れたけど、当時はものすごい壁があったもんね。

MAAR:いまはもうテクノがハウス化してるし、ハウスがテクノ化してるし。

90年代っていうのはふたりにとってどういう10年間だったんですか?

DARUMA:青春時代ですね、完全に。基本的にはお金なかったですけどね。で、あるとき「俺ダンサーとしてやっていこうかな」って人生を考えたときに、ダンスでご飯食べていくって言っても、ダンス・スクールか、誰かのバック・ダンサーになるか、振りつけ師になるかしか、基本的には見えないんですよね。で、僕ダンスすごく好きなんですけど、ダンス上手くないんですよね。

はははは。

DARUMA:でも僕は、ダンスにヒップホップを感じていたんですよ。あのころのダンスは、いまのスポーティなダンスとは違ってましたから。
 で、じゃあダンスで、僕のスキルで果たして食っていけるのか、って。自分はダンスで食っていくことはできないと。結局、アンダーグラウンドに僕はステイして、ダンスとDJを続けて、あとファッションが好きだったんで洋服を勉強しているうちに、MAARと出会うって感じなんですよ。

かたやMAARくんだけど、〈マニアック〉の木曜日に回してたときは、けっこう悶々と回してるわけでしょう?

MAAR:悶々と回してますね。21から25ぐらいまでかな、「もうやってらんねーや」的な気分になって、クラブのDJやらなかった時代もありますからね。「ダメだなこれ」と思ったことがありました。ちょうど“アラウンド・ザ・ワールド”とかをかけてた頃ですね。で、いちどクラブの現場から離れて、それで曲をしっかり作ろうと思ってたんですけど。
 曲作りは19ぐらいからずっとダラダラやってます。いまいち自分のスタイルが出来なくて……じつはしっくり来るようになったのは超最近なんですよ。曲を作るのが面白くなってきたのが。これ(今作)をマスタリングしたときに、けっこういいスピーカーで何回か聴いてて、「なるほど」っていろいろ気づくことがあって。最近、楽器も練習し直してて。

DJの世界ってさ、たとえば10代の頃にデビューしたDJがトラック・メイカーとしては40代でデビューすることって、意外とあるんだよね。

MAAR:リカルドとかもファーストEP見ると20代半ばぐらいだし。たぶん、自分が楽器を弾けないからDJをやりはじめたっていうのもあるんだと思います。でも、いまは逆だったりして、楽器バリバリ弾けるのに打ち込みやっちゃうジェイムス・ブレイクとか。けっこうね、いい迷惑だったりするんですけどね(笑)。

[[SplitPage]]

べつに暗いものが高尚だとは思わない、でも、やっぱりオリジナリティが欲しい……それがオリジナリティか変な音楽かはひとそれぞれなんですけど、俺は毒があって癖があるものが、すべてにおいて好きなんです。

なるほど(笑)。話を戻すと、ふたりとも90年代のクラブ・カルチャーを通っているんですね。で、2000年代に入って、2メニーDJズやジャスティスみたいなものが出てきて、そしてDEXPISTOLSとなって世に登場する。で、俺は、2000年代のクラブ・カルチャーって、90年代に対する反省であったり、そういったものも含めてなんだろうけど、すごく下世話になったと思うのね。90年代っていうのは、良くも悪くもスノッブだったでしょう。良く言えばオシャレだったし、悪く言えばスカしてる感じもあったと思うんだよ。2000年代っていうのは良くも悪くも、下世話で、言うなれば、ヤンキー臭くなったという印象なんだよね。で、DEXPISTOLSってその象徴的な存在じゃない(笑)?

DARUMA:そうですね。お恥ずかしながら(笑)。

たとえばだけど、90年代のピチカート・ファイヴが2000年代になるとカプセルになるというように、2000年代は物事が下世話になったと思うんだよね。たとえば大沢伸一みたいなひとはずっと下世話なままでやっていけるひとなんだろうし、それはそれですごいと思うんだけど、いや、悪い意味じゃないよ。

MAAR:いや、でも俺それ、すげーわかります。2000年代の下世話感。

だってさ、アンダーグラウンドもヤンキーっぽくなったからね。精神論ばっかというかさ。DEXPISTOLSは、そういう意味ではまったくヤンキーではないんだけど、ただ、下世話なことを確信犯としてやってきていて、で、その下世話さだけでは満足できないように見えるんだよね。

MAAR:いろんなものが好きだっていうのは基本的にあるんですけどね。まー、ギリありっていうEDMもかけてますし、“ゲット・ラッキー”もかけてます。ただ、自分が大事にしてるのって、結局、場の空気感なんです。どういうひとがいて、どういうものがかかってて……まあ、どういうひとが集まってほしいかっていうのがデカいんですよ、自分的に。だから音楽が先行していないと言えばそうなんですけど、でも、好きな音で思想とか嗜好とかが近いひとたちが集まる場所がクラブだと思ってるんで。

スクリレックスにはなりきれなかった?

MAAR:初期はかけてたんで何とも言えないんですけど、あれの世界観をほんとに「カッコいいよね、これ!」って言ってるひとたちと俺は馴染めないってだけで(笑)。でもドッグ・ブラッドは、ガンガンかけてたり(笑)。

その引き裂かれ方、ていうか、「両方好きで何が悪い」って感じなのかな。

MAAR:べつに暗いものが高尚だとは思わない、でも、やっぱりオリジナリティが欲しい……それがオリジナリティか変な音楽かはひとそれぞれなんですけど、俺は毒があって癖があるものが、すべてにおいて好きなんです。映画も、ただ、ワー、ドッカーン、ハッピー、ブチュー、ラブー! みたいなものより、「……どういう意味だったんだろうな、これ?」っていうほうが好きでですね。音楽もそういう感じがいい。
 何だろうな、喜怒哀楽の外側に持って行かれるものすべてに興味がある。バーンってぶつかったら痛てーし、肩ぶつけられたらイラッとするし、女の子のパンツ見えたらウォーってなるし。そうじゃない何か、踊っててもどこか掴まれるもの。要はディープ・ハウスでもテクノでも、それを聴いたときの快感がヤバくて。日常に落ちてねーやってところでクラブに行ってたから。あまりにも日常的な感情だけをボンって出されると、「これだったら家でゲームやっててもいっしょだな」みたいな(笑)。

なるほどね。

DARUMA:たぶんエレクトロのヤンキー的な感覚のままもし行ってたら、僕らはガッツリEDMのトップ40とかもガンガンかけるようなDJになっていく流れだったと思うんですけど……。

そうなの(笑)?

DARUMA:DEXPISTOLSをやってるときから一般的にはそういう風に見られてるんだけど、だけど、すごくいろいろなことを掘って僕らのことを見てくれているひとは、「アイツらはそういう感じになってるけど、そうはなってないギリギリ感があるからアリ」って思ってくれてて──

MAAR:乳首の話だ(笑)。

DARUMA:乳首見せてないから、アリっていう風に思ってくれてるひとがなかにいて。その乳首は絶対に見せないって感じのところが僕らのなかで共通項としてあるから、今回もこういうミックスCDになってるんじゃないかなって僕は思うんですけどね。

うん、ふたりを見てると、それは本当にそう思いますよ。たとえば、『Lesson.04』を出した頃っていうのは、世のなかに一発お見舞いしてやりたいっていう気持ちががこめられてたと思うのね。で、『Lesson.05』を出して、そのまま続けることはできたと思うんだけど、ある意味、そこで踏みとどまってる……でしょ?

MAAR:ルー・リードの「ワイルドサイド」の歌詞じゃないですけど、ワイルドサイドを歩くと変人に当たるっていう(笑)。俺は、ゲットーに生まれたわけでもないし、恵まれた家にも生まれたわけでもないけど。父親は、大阪のゲットー生まれで、母親は、ワイルドサイドを渡り歩いてきた人でしたけどね。いろいろあって幼少期、家庭環境は劣悪そのものだったり(笑)。とにかく俺にとっては、リアルってものがしっくり来る。でもね、やりきってお金持ちになっててもそれはそれで違ったのかなとも思うんですけど(笑)。

はははは。

MAAR:でも結局やりきれない自分がいるんで。どこかカッコつけたがりだし、ビビりだし。とはいえ踏みとどまったって、音楽でガッツリお金稼いでとんでもない生活してるひとたちもいるんですけどね。目指すのは茨の道ではあるとは思うんですけど、そういうほうが俺には心地よく思える。友だちがいいこと言ってて。「アンダーグラウンドっていうのはジャンルとか音楽的なものじゃなくて、生き様だ」って。俺もそう思うんです。

要するに、DIYってことだよね。だからね、90年代にもいいところはたくさんあってさ、たとえば当時のクラブでクライマックスにかかった曲は、オリコン・チャートでは出ない曲なんだよね。「ヒットする」っていう意味にもうひとつべつの回路を作ったのがクラブ・カルチャーっだったわけで、みんな知ってるヒット曲をかけるのがDJじゃないから。EDMというか、いまのレイヴ・ミュージックって、アメリカでは中高生の音楽なんで、俺がとやかく言うスジでもないんだけど、ダンス・カルチャーという観点で見たときのがっかりさをひとつ言うと、結局は、ヒット・チャート的な価値観に回収されているというか……。ダンス・カルチャーのオルタナティヴ感をすっかり無くしているところなんだよね。

MAAR:たしかに、〈イエロー〉や〈マニアック・ラヴ〉はアンダーグラウンドでしたね。まあ、レコードとかクラブ・ミュージックって、昔はきちんとショップに行かないと買えなかったじゃないですか。でもいまって、クラブ・トラックがエクスクルーシヴなものじゃないんですよね。iTunesで買えるし、YouTubeでも聴けるし。ある意味ですべてがエクスクルーシヴではないんですよね。
 若い子たちってすべてを怖いぐらいにフラットに見てて、ラップもやればアニメも大好き、みたいなやつも平気でいたりとか。この前〈レッドブル・アカデミー〉の〈ヴィジョン〉の試写会行ったら、すげーコンサバなお姉ちゃんが帰り際電話でビートについて誰かと熱く語ってて、「あーもうすぐ作りたいわー、曲」みたいな。「どんな時代?」と思って。

はははは。

MAAR:ある意味すべてがフラットになっているでしょう。クラブ自体がエクスクルーシヴな場所じゃないし。とはいえみんな、世界中のエクスクルーシヴな場所を一生懸命探して、いまだとベルリンに集まってたりとかしてるんでしょうけど。それからルーマニア・ハウスが盛り上がってきてたりとか、メキシコが盛り上がってたりとか。南米の4つ打ちいま面白いですもんね。

東欧と南米。北欧から東欧に行って、南米行って(笑)。

MAAR:北欧ありましたよね! ちょうどおとといルオモ聴いて、これカッコいいなって思ってました。

EDM……っていうか、現在のクラブって、大きなところは、90年代初頭で言うところのユーロ・ディスコ化しているよね。まあ、いいんだけどさ。

MAAR:あれですね。ボン・ジョヴィとかに近いですね。もう。

しかし、MAARくんは本当に詳しいよね。世間的にはそういうイメージないけど……。ところで、DEXPISTOLSにとってベース・ミュージックっていうのはどういうものだったんですか?

MAAR:俺は、いちダンス・ミュージックっていう以外の捉え方はしてないんで。たぶんロックかけてたときも踊れるか踊れないかが基準なんですよね。

〈ナイト・スラッグス〉のTシャツ着てるからさ、今日。ガール・ユニットの曲も今作には入ってるしね。俺も好きですよ、〈ナイト・スラッグス〉。

MAAR:ガール・ユニット(の曲をCDに)入れたから着てこようかなと(笑)。ただ、「括られちゃったらいやだなー」っていうのはある。野田さんもメールに書いていていたけど、ベース系の世代の子たちが4つ打ちやりだしているのも、現場行ったら「踊らせたい」っていうことだと思うんですよ。

最近の、その4つ打ち回帰はどう思う? 血気盛んな10代を相手にしているとはいえ、EDMがブローステップからトラップへと、ちょっと凶暴な方向に進んでいるんで、ピースなヴァイブを求める大人はあらためてクラブを重んじるんだろうし。

MAAR:まあ当然そうなりますよ。やっぱクラブでギグ増えてきたら、踊らせなきゃって思うだろうし、作ってるとだんだん、4つ打ち、シカゴ・ハウスが何だかんだ言って「やべー、これ完成されてる」ってなりますもんね。4つ打ちって、結局、帰ってきちゃう場所だと思うんですよ。

言い方を変えると、いまハウスが一番ヤングの音楽なんだから。ケリー・チャンドラーとかマスターズ・アットワークがね。

MAAR:ディスクロージャーとか……。でも、クラブ・ミュージックにおいては、テクノ、ハウスって、もう世界的に確立したものではあると思うんです。何だかんだ言って一番踊りやすいっていうシンプルさではじまっちゃってるんで。そこに戻ってくるとは思うし、結局そのシンプルななかで何かやるっていうのが難しいわけだし。

まあでも、2年前ならトッド・テリー(ハウスのリジェンドのひとり)とか、DEXのミックスCDには入らなかったと思うんだよね。

MAAR:たしかにそうですけど、じつは俺らの『Lesson.02』か何かで──。90年代ハウスのミックスを作ってたりするんですよ。

それいま出したら売れるよ(笑)。

MAAR:90年代のハウスとか、ボム・ザ・ベースとか、ああいう80年代90年代にクラブで聴いてたものを超エディットして、30曲ぐらい入れてるんだよね。あれはすっげーBPMを下げて出したらヤバいかも。

DARUMA:うん。でもあれはあれで面白い。一生懸命やってるんですよね、なんか。

[[SplitPage]]

俺に立ち返るところがあるとしたら、パーティです。パーティにはたぶん、一生戻るんです。そこに何がかかってるかは、その時代ごとでわからないけど。でも、自分の帰るところはパーティですね。

さっきから話しているけど、本人たちの引き出しはこれほど多様なのに、DEXPISTOLSはエレクトロで売れたから、一般的には、いまだにそのイメージが強いよね。

DARUMA:そうですね。で、マッシュアップのときにふたりでやりはじめて、エレクトロのときに波が来るのがわかったんで、「ここで俺らやんないと!」って意識がすごくあったんですよね。まわりを見渡したときにジャスティスが「ヤバい」って言ってるDJがひとりもいなかったし。たんなるノイジーな、わけのわかんない音楽っていう認識だったとたぶん思うんですけど。ジャスティスが、っていうか〈エド・バンガー〉が出てきて、「東京から俺らがここに乗っかってやるぜ」っていう意識はすごくありましたよね、やっぱり。

ロラン・ガルニエも〈エド・バンガー〉のことは評価してるもんね。

MAAR:忘れもしない、だってジャスティスのあのシングルが出る前に──。

DARUMA:「ウォーターズ・オブ・ナザレス」?

MAAR:うん。当時〈シスコ〉のハウス店にいた西村(公輝)さんがすんごいニンマリした顔で、「好きそうなの出てきちゃったよー」って言って、聴いたのがあれで。

へー(笑)。

MAAR:でもよく見たら、〈ジゴロ〉から出てる「ネヴァー・ビー・アローン」(2004年)とか俺持ってて。「あーこのひとなんだー」と思いましたね。最初みんなに聴かせても全員ハテナ出されて。「ビービー言ってるね」って。DARUMAくんすら最初ハテナだったから(笑)。

DARUMA:俺は〈ラ・ファブリック〉で、トレヴァー・ジャクソンと2メニーDJズのお兄ちゃんとペドロがバック・トゥ・バックでやってたのを見たことがあるんです。そのときは、俺、全然わかってなかったんですけど。そこでペドロがジャケット見せながらかけてて、それがノイジーすぎて理解出来なくて。サウンドの質感は違うけどウータン・クランとか最初聴いたときの異物感に近かったっていうか。

MAAR:で、俺サウンドチェックとかで聴いてると、大体PAのひとがバーって走ってきて、「これこういう曲ですか?」って毎回言われるっていう(笑)。

ジャスティスはその後、アメリカですごくウケたよね。

MAAR:ヘヴィメタですもんね。

あれがアメリカのいまのレイヴに与えた影響ってデカいのかなあ?

MAAR:デカいと思いますよ。暴れりゃ勝ちでしょ、みたいな。ジャスティス自体はほんとは音楽性が高いんですけどね。サウンド処理とかじつはとんでもないことやってて。あれぐらい音のトレンド自体を変えるひとたちはいないと思ってるんですけど。あれはたぶん、〈エド・バンガー〉チームが作ったものではあるんですよ。

DARUMA:そうそう。ペドロの手腕ってところがあるよね、やっぱり。ソー・ミーのアートワーク含めて。

MAAR:第二のダフト・パンク作りたいですっていうのがね。

DARUMA:やっぱりあのエレクトロの波っていうのは、ペドロの功績が相当大きかったなっていう。

実際、ペドロが仕掛けたものだしね。

MAAR:ペドロって、若干20歳にして、〈クラブ・レックス〉に初めてマスターズ・アット・ワークを呼んだ人なんですよ。フランスのクラブにディープ・ハウスやテクノを持ち込んだひとりなんです。で、そこにダフト・パンクが遊びに来て、お互いマスターズ・アット・ワークが好きだったと。それが縁でマネージャーになったらしいんですよね。

いまのは、ダンス・ミュージック好きには良い話だね。

MAAR:最近〈エド・バンガー〉がサインしたボストン・バンとか、新しい、すげー遅いハウスなんですけど。なんとなく理解できるなと思って。

MAARくんは、さっきの自分のルーツは何なのか? っていう話の続きなんだけど、本当にそこはどう考えているの?

DARUMA:僕はそこはヒップホップです。

DEXがもし迷ったとき、立ち返る場所っていうのは?

DARUMA:僕個人のなかではヒップホップを感じるか、その1点だけなんですよね。そこがブレていくってことはこの先たぶんもうない。僕はきっとそこだと思います。だからベース・ミュージックっていうのも、トラップとかダブステップとか、ポスト・ダブステップとか言われているものも、ヒップホップ的な感覚で聴いてるところが僕はあるかな。

じゃあジェイムス・ブレイクはダメでしょ。

DARUMA:いや、好きですね。

はははは。

DARUMA:ジェイムス・ブレイクに僕はそういう要素を感じることがもちろんできるから。

MAARくんは?

MAAR:俺に立ち返るところがあるとしたら、パーティです。パーティにはたぶん、一生戻るんです。そこに何がかかってるかは、その時代ごとでわからないけど。

MAARくんが理想とするパーティっていうのはどういうもの?

MAAR:面白いひとがいるところですね。面白いひとがいる、刺激的な場所である、刺激的な音楽がかかってるっていうところですかね。最近は、モノを作るのがやっとほんとに楽しめるようになってきたんですね。でも、自分の帰るところはパーティですね。
 いま、世のなか的には右傾化してて……海外からは右傾化してる日本に対してけっこう警告されたりはするんですけど。ケータイもテクノロジーも含めてどんどんガラパゴスになっていってるって言われる。でも、かたや、日本人のスキルも上がって、海外の有名なDJを呼ばなくても良いセットを聴けるようになったし……、あまりにもDJがロック・スター化したシーンがあって、料理人だったようなものがロック・スターになっちゃって。ただ、パーティというのは、もっとトータルに見せるものだと思うんです。空気感だったり……。

70年代のNYなんか、ある曲がかかると冷房入れるとかさ(笑)、そこまで考えていたそうだからね。

MAAR:昔、イビサでけっこう有名なDJでガン踊りしてたら、隣で似た様にガン踊ってた外人に「今日のDJ、誰?」って訊かれて「お前、知らねーのかよ!」みたいな。それぐらいひとつの面白い空間として、DJが誰とか関係ないひとも音にこだわるひとも、そこに集まるっていうのが理想すね。

DARUMA:最近は、二極化してる感じしますよね。すっげーひと入ってる大バコがあって、EDM的な、トップ40的なものでみんながワッショイ盛り上がってるっていう現場。もう一方では、大バコ程は人は入ってなかったりするかもしれないけど、良い音楽があって、良い空気感のあるパーティもあって。同じクラブ・シーンのなかでも、まったく別のものとして存在していますよね。

そもそもヤンキー的な方向に行くのって、絶対抑えられないと思うのね。もうずーっと、欧米だってそうじゃない?

MAAR:ベルリンでもありますもん。EDMのクラブ。

UKだってそうだよ。でもクラブ・カルチャーっていうのはさ、実は、そういうヤンキー臭さ、下世話さも受け入れているところがじつは良さだとも言えるんだよね、矛盾しているようだけど(笑)。理想を言えば、誰もが自分を解放しなきゃ意味ないんだし。

MAAR:いや俺もほんとそう思います。ただ、昔はおっかないひとたちってけっこうカッコいい音楽掘ってたんですよ。俺の先輩とか、エンジニア・ブーツで革パン履いて革ジャン着て、背中にラリー・レヴァンのサインですからね。

最高だね。

MAAR:「これいつもらったんすか!?」って訊いたら「この格好でNY行ったときに10時間踊ってやったら、『ユーはシリアス・ダンサーだ』って言われてサインしてもらった」みたいな(笑)。で、ジャラジャラとクロムハーツとかつけてて。たぶんそのミックス感も、クラブだけで許されるような気が俺はしてて。

その猥雑な感じっていうのをDEXPISTOLSはすごく出してると思いますよ。

MAAR:それはヤンキー感が強すぎなんじゃないですか(笑)。

はははは! 言ったね(笑)。

MAAR:それは、もう、俺らの地元の問題なんですよ。

[[SplitPage]]

最初はBPM140ぐらいで揃えようとしたんです。ポスト・ダブステップ的な、それこそ〈ナイト・スラッグス〉とか、そういうものにラップを乗せようっていう。でも、時代は動いたし、140だけで合わせるより、BPM100ぐらいのエレクトロニック・ミュージックも入れてみようと思った。


DEXPISTOLS
LESSON.08 "TOKYO CULT"

エイベックス/tearbridge

Amazon

ところで、今回の『Lesson.08』このLessonシリーズっていうのはダブルディー&スタンスキー(※サンプリング・コラージュとしてのヒップホップを強調した人たち)にあやかってやってるんでしょ?

DARUMA:ヒップホップの流れっていうのもあるし。

今回のCDは作ってる側からすると、どういうコンセプトで作ったの?

MAAR:でも、じつはこれ、繋いでないんですよ。いわゆるビート・ミックスってことはしてないんです。
 最初のコンセプトはミックステープ的に、ひとの曲にもっとラップとか歌とか乗っけたかったんですけど、権利関係で無理だったんです。で、いまはミックスだけだったらサウンドクラウドなんかでいくらでも落ちてるし。DARUMAくんがダンサーのショーケースの音源的に、小ネタ的をどんどん挟んで展開してくれてるのを最初作ってくれてラフで持ってきて。後半はビート・ミックスで、なんて言ってたんですけど、じつはその作業ってPCでやるとめちゃくちゃめんどくさいんですよ。
 前は俺、それ全部きれいにミックスしてEQも調整してやってたんですけど、めんどくさくてやる割にはまったく勢いがなくなるんですよ、聴いてて。「なんでこんなつまんねーんだ」ってなってて。昔はもうずーっと、何日間も曲を聴いて合わせてたんですけど、それでやってもカッコ良くないんですよ。で、DARUMAくんに「もうちょっと後半もそういう感じで作って」って言って作ってもらったんです。あとは俺もそういうのを付け足して、ちょっとエフェクトかけたりとか小ネタをまぶして。音量もある程度、気づいたらバラついちゃったんですけど、マスタリングでわざと突っ込んでもらったりと、か突っ込まない場所作ったりとかして。ほんとラフな感じが逆に面白いな、と思って。

選曲のコンセプトは?

MAAR:最初はいちおうダブステップっぽい感じだったんですよ。

DARUMA:最初はBPM140ぐらいで揃えようとしてたんですけど。じつはこの話が1年前ぐらいかもっと前から進行していて、ポスト・ダブステップ的なところからやってみようか、って言ってたんですよ。それこそ〈ナイト・スラッグス〉とか、そういうのを紹介するようなものにラップを乗せようっていう。140で合わせていったら、ケンイシイさんの“エクストラ”とかも、ダブステップの同じBPMのなかに入ってくるのが面白そうじゃない? って言って、140で揃えようとしてたんですけど。もうちょっとこう、時代が動いたっていうのもあるんで140だけで合わせるより、BPM100ぐらいのエレクトロニック・ミュージックの動きとかも出てきたりしてるので、そういうところも入れつつ、借りれたものを組み合わせていったら、こういう流れになったんです。結果的には僕たち的に面白いものになったなと思っていて。全然納得いってる。100パーセントではないにせよ、できる限りのことはやったかなと思ってます。

そうだね。あと、DEXPISTOLSのいままでのなかではいちばん渋いかなって思ったんですけど。

MAAR:あー、やべー。俺全然そういうの思ってなかった。俺けっこう派手だなと思ってたんすけど(笑)。人によっては、EDM枠かなって(笑)。最近俺が遊んでるところが地味だからかもしれないなー。

より、ディープにクラブよりって意味で、そう思った。日本人の曲をフックアップしたいっていうのは前からやりたかったことなんだろうけど、今回はそこも意識してやったのかなって。

DARUMA:でもそれが、無理して入れたわけでもないんですよね。昔は、無理してでも日本人のトラックも紹介したいっていうのがあったんですけど、今回が気づいたら多かった。それを並べてみたら「全然いけた!」みたいな。

ハハハハ。

MAAR:でも、音楽が売れなくて、震災もあって、っていう時代でそれでも作ってる若い子がいるってことはすげーことだと思うし。ほんとカッコいいです。気合入ってるし。

なるほど。

MAAR:モノを作るっていう意味ではとてもいい時代だとは思うので。ゆとり世代のぶっちぎり感ってすごいっす。

俺もそれは思う。25歳ぐらい、面白いよね。

MAAR:もうね、社会的な歯車としては一切機能しないんですけど、モノを作る能力だけは──

DARUMA:ヤバいんですよね。

MAAR:どうしたどうした、その自信? みたいなやつが多い。

DARUMA:ハハハハ。

じゃあ期待できるね!

MAAR・DARUMA:期待できる!

interview with Real Estate (Martin Courtney) - ele-king

 リアル・エステイトはふたつの車輪で回っている。ソング・ライティングという舵をとるマーティン・コートニーと、その楽曲世界を特徴的なギター・ワークによって拡張するマシュー・モンデナイル。インディ・ファンには、もしかするとモンデナイルのほうが馴染み深いかもしれない。彼のプロジェクトであるダックテイルズは、〈ノット・ノット・ファン〉から〈ウッジスト〉、〈オールド・イングリッシュ・スペリング・ビー〉、〈アンダーウォーター・ピープルズ〉といった、USアンダーグラウンドの2010年代を準備したともいうべきレーベルを星座のようにつなぐ、重要な存在だ。

※みな、あのユーフォリックなギター・アンビエントや、穏やかながら底知れないインプロヴィゼーションに、いちどは耳を奪われたはずである。そこにはブランク・ドッグスやヴィヴィアン・ガールズのようなガレージ・バンドも、ラクーンのようなノイズ・バンドも、サン・アローのようなずっこけダブも、カート・ヴァイルのようなシンガーソングライターも、そして自身が主宰する〈ニュー・イメージズ〉のメデリン・マーキーのようなノイズ・アーティストや、エメラルズのマーク・マグワイヤなどまでを横に並べてしまう幅がある。

 しかしあのモンデナイルの音がリアル・エステイトかといえば、そうではない。リアル・エステイトにはコートニーの「ソング」があり、それでこその生活感や物語がある。「水平線はいらない/空の終わりは知りたくない/かすかな景色/ぼくが生まれた場所」(“Had To Hear”)──ひかえめな筆致で描かれるのは、ダックテイルズが幻視させる無辺のユートピアではなく、むしろその真裏にあるような「郊外」、そしてそこで営まれる若くない人間の現実、ぼんやりとした不安、苦く、ときめかず、生活にまみれた恋愛などである。実際のところ、とても地味で、地道な音楽だ。


Real Estate - Atlas
Domino/Hostess

Tower HMV iTunes

こうしたところが彼らのおもしろいところ。モンデナイルのエクスペリメンタリズムはもちろん逃げ水のごとく魅惑的に輝いているが、あくまでそうした実験性によってではなく、メンバー個々のたしかなプレイヤビリティに支えられて各楽曲を成立させているところが、いまのリアル・エステイトの存在感を一段押し上げている。それぞれの楽曲と演奏はライヴと地続きだ。そして、とても洗練されている。プレイヤビリティと洗練、これはとくに、サード・アルバムとなる今作『アトラス』においてまざまざと感じさせられる特徴だろう。録音はむろんのこと、正式にドラマーを迎え、よりかっちりとしたスタイルが整えられてもいる。タイトなドラミングによって心地よく分節される音、旋律。地に足の着いたセッションが生み出す上質なソフト・サイケ。彼らのたたずまいもアーティストというよりミュージシャンたちの連合という形容がふさわしく、そのつながりにおいてまさしくバンドといえる。ceroや森は生きているや、あるいはミツメなどが多くの人に愛される、いまこそ聴かれるべき音楽ではないかと思う。

 本作はリアル・エステイトのキャリアにおいてもとくに落ち着いた作品だが、もっとも長く聴きつづけるアルバムになるはずだ。「この辺りに戻ってくると/嫌でも歳を感じる/昔過ごした家々の前を通り過ぎれば/過去の人々が見える、/……」「ここは昔と変わってしまった/でもあの懐かしい音がする/黄色の町並みを照らす光でさえ/かつてぼくらの町だった時と同じだ」(“パスト・リヴズ”) 変わっていく町の変わらない営み、そうしたものへの視線が鋭く照らしだす、生活という時間の断層。ここには、一瞬を生きるための音楽ではなく、層状に時を重ねていくための音楽が鳴っている。

自分の音楽を理解することに時間を費やさないからな。ただその時に合ったものを書いて、それを生演奏するのみ、だよ。

これまでのなかでは、はじめのアルバム『リアル・エステイト』(2009年)がもっともトリップ感のあるアルバムだったように思います。よりダックテイルズ的でもあり、あるいはサン・アローのようなバンドとも共通する音楽として聴いていました。しかし、枚数を重ねるごとに、地に足のついたフォーク・ロックへと接近していますね。こうした傾向は、なにかあなたがたの生活などとも結びついたことなのでしょうか?

MC:ダックテイルズは、マットのもう一つのプロジェクトなんだ。だから彼の音楽にはつねに関連づけられるね。それに、サン・アローのキャメロンは僕たちの友だちだよ。僕たちのサウンドを形容する言葉を探すと、「忠実度」なんじゃないかな? いまはプロのスタジオを使ってレコーディングをしているから、そういったものを避けて通ろうとしてないしね。

とくに、今作『アトラス』においてはドラムの果たす役割が大きいと感じます。歌ものとしての輪郭が立っていて、新たなリズムやタイム感を獲得し、表現の幅を広げていると思いますが、どうでしょうか?

MC:そうだね。ドラマーのジャクソン・ポリスが僕たちとスタジオ入りしたのは今回が初めてだったしね。今回のドラムが間違いなくいままでのどの作品よりもいいね。

あなたがたの曲はいずれもオールタイムの名曲のようにも思われ、また、ピカピカの新しい音楽のようにも聴こえます。あなたがたが新しい音楽として人々に受け入れられるとすれば、それはどんなところだと思いますか?

MC:どうだろうね。自分の音楽を理解することに時間を費やさないからな。ただその時に合ったものを書いて、それを生演奏するのみ。そうすることによって新鮮さを保てるんだ。あとは批評家、ジャーナリストの解釈に任せるよ。

一方で、ヒゲの風貌や“トーキング・バックワーズ”のMVなどは、さながら70年代のシンガーソングライターのようにも見えます。あなたがもっともアイデンティファイする音楽はいつの時代のどんなものなのでしょう?

MC:このアルバムの制作に取り掛かる前、間違いなくありとあらゆる70年代のロック作品に耳を向けてたね。ヒゲは本当にジョークのネタだね……、僕たちの“レット・イット・ビー”を作ってたんだ。

あなたがたは録音物においても美しいエクスペリメンタリズムを発露させていると思うのですが、ご自身たちの意識としては、ライヴ・バンド、ジャム・バンドであるというふうに考えているのですか?

MC:もちろんだよ。

では、音楽にとって何がいちばん大切です?

MC:正直であること。あとはたくさんの可能性に目を向けることだね。

ヒゲは本当にジョークのネタだね……、僕たちの“レット・イット・ビー”を作ってたんだ。

曲づくりの上では、マシューさんのギターとあなたのソング・ライティングとのあいだの絶妙な緊張関係が肝であるように思えますが、おふたりはお互いの特徴や個性をどのように感じているのでしょう?

MC:バンドの一人ひとりが音楽にスペシャルなインパクトを与えているんだ。みんながベストを尽くしてそれを同時に演奏しているときに、最高のモノが出来上がるんだよ。

“クライム”の教則ビデオ風のMVもおもしろかったですね。洒落たジョークという以上に意図したことがあれば教えてください。

MC:タブの数字を逆再生で見ると、秘密の暗号が解けるかもよ。

あなたがたの作品にはこれまでにも何度も「サバービア」というモチーフがあらわれていますが、日本人であるわれわれにとっては、それはたとえばガス・ヴァン・サントだったりハーモニー・コリンだったり、映画やコミックなどから間接的にしか接することのない幻想でもあります。あなたがたにとっても、「サバービア」が一種の幻想であったりすることはないのですか?

MC:僕たちにとってサバービアはガス・ヴァン・サントよりもジョン・ヒューズだな。

非常に乱暴な質問ですが、あなたのなかでは、生活と音楽とはどちらのほうがより優先されるべきものですか?

MC:それは僕が内出血を起こしていて、病院に行くのとステージに立つのとどっちを選ぶかってこと? だとしたら、僕はどんなときでも病院に行く方を選ぶよ。

ニュー・ジャージーのいまの音楽シーンについて教えてください。

MC:育っていく環境のなかでたくさんのバンドと演奏してきて、まだその友だちが音楽を続けているっていうのはとてもラッキーなことだと思ってる。

わたし自身、〈アンダーウォーターピープルズ〉や〈ウッジスト〉などのインディ・レーベルを心から尊敬していますが、〈ドミノ〉はあなたたちのステージを確実に世界へと広げるレーベルでもあります。ワールドワイドに活躍するようになってから、自分たちを、とくに「アメリカのバンド」として意識することはありますか?

MC:挙げてくれているレーベルはみな、古き良きユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカから来てるからね。アメリカンであることからは逃れられないね!

トム・シックとの作業や録音について、どのような感想を持ちましたか? また、新しく学んだことがあれば教えてください。

MC:トムがいちばんだよ。いままでの中で最良のサウンドを持ったアルバムを生み出すのに、本当に手助けしてもらった。いっしょに働くのも楽しかったし、仕事しているあいだ、圧迫される感じもしなかったしね。最高のプロデューサーだし、またぜひいっしょに制作に取り組みたいって思ってるよ。

 4月になったがNYはまだ肌寒く、ジャケットとスカーフは手離せない。カラフルな色がトレンドと言われる今年でもファッション関係の人以外、NYの大多数は黒……と地下鉄に乗っていて思う。そんなファッション・トレンドからは対角上にいる、著者一押しのモントリオール出身のシンガー・ソングライターがマック・デマルコ

 彼のトレードマークは、ブルーのチェック・ボタンダウン・シャツにオーバーオール、後ろ前に被ったベースボール・キャップ、そして隙っ歯。その辺にいるやんちゃなブルックリンの音楽好きキッズ代表である。パナシェがブッキングを担当しているので、名前は聞いたことがあったが、マック・デマルコを初めてみたのは、2013年8月末の、〈キャプチャード・トラックス〉の5年アニヴァーサリー・パーティだった。ただ、この時は、彼のセットでなくスペシャルゲストのシット・ファーザーとして、ドラムをプレイしていた。

 2013年11月初旬、アイスランド・エアウエイブスで,初めてフル・バンドセットを見る。

 ブッキングエージェントのパナシェについてのインタヴュー

 今年のはじめに、ブルックリン・ナイトバザーで彼のソロのショーを見たときは、「ニューアルバムは2015年発売予定!」といっていたのだが、今日4/1(エイプリルフール)に2枚目のアルバム「サラダ・ディズ」をリリースした。この2年間、世界中をツアーしていたデマルコは、去年の550人キャパのバワリーボール・ルームのオープニングから、1500人キャパのウエブスター・ホールのヘッドライナーにジャンプ・アップ。その前日のベイビーズ・オール・ライトは値段$30(!)なのでかなりの叩かれよう

 彼のスタイルは,ブルーウェイヴ、スラッカーロック。つま弾きギターと、どこかセンチメンタルなヴォーカル。ツアーに1年以上も出て、ガールフレンドを家において行くなど、フロリダにコンドを買って落ち着くにはまだ早い、23歳の感情をストレートに表している。バックヤードでハンモックに乗って、本を読んでいる。そんなレイドバックなギターポップ・ディドリームがぎっしり詰まったアルバム。

 以前見たブルックリン・ナイト・バザーのセットは、バック・バンドもいない、彼ひとりきりのショーだったが、観客のあいだでは、お約束のサーフィンが起こり、古い曲では、シンガーロングの大歓声が沸き起こる。
 カラオケタイムに突入すると、サーフィンはヒートアップし、アンコールをはさみ、彼も観客へダイブ。そのまま観客に運ばれ舞台袖へ退場。オーディエンスとのコール・アンド・レスポンスもタイトで、ジョークや下ネタが多く、オーディエンスを巻き込んで、一緒にパーティしてしまうのだ(彼のレイドバックな音楽スタイルとは関係なく)。その理由は「自分が緩くなった方が、オーディエンスもファンキーに盛り上がりやすいから」だとか。だから、今回発表された大ホールのショーに、キッズからブーイングが出るのも納得。とは言っても彼のジョークは減速せず、今年始めに、手始めに(?)マック・デマルコの新しいアルバムのプレビュー(パロディ)が発表された

 パロディなのだが、ショーではこの曲をプレイしろ、とマックにリクエストが出る出る!実は一番人気ソングかも(アルバムには未収録)。


Mac Demarco - Salad Days
Captured Tracks

Amazon iTunes

■以下「サラダ・ディズ」公式トラックリスト:
1. Salad Days
2. Blue boy
3. Brother
4. Let Her Go
5. Goodbye Weekend
6. Let My Baby Stay
7. Passing out pieces
8. Treat Her Better
9. Chamber Of Reflection
10. Go Easy
11. Jonny's Odyssey

 ちなみに、彼のバースネームは、ヴェーナー・ウィンスフィールド・マクブリア・スミス4世、(Vernor Winfield McBriare Smith IV)で、ニックネームがマック。冗談みたいだが、このアルバムは、パロディではない。是非聞いてみてほしい、エイプリルフールの今日。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159