「P」と一致するもの

Whatever the Weather - ele-king

 そうきたかぁ、というのが最初の感想である。そうきたのかぁ、ロレイン。
 ロレイン・ジェイムス、彼女のアンビエント作品を発表するさいの、ホワットエヴァー・ザ・ウェザー名義の2作目。未発表曲のなかからアンビエント風の曲を集めて作ったアルバムだった前作に対して、今作はすべて最初からこのアルバムのために作った。だいぶ意味が違っている。前作がコンピレーションで、今回こそが最初のアルバムと言えるのだからね。
 で、ロレインがどうきたのかと言えば、むちゃくちゃトンがってきたのである。彼女のこれまでのカタログのなかでもっとも実験的な音響がここにはある。心地よい、慣れ親しんだアンビエントではなく、おや、これはなんだろう? という発見のあるアンビエント、いや、もうこれはアンビエントと言いたくはないな。 “エレクトロニック・ミュージック ” と言ってしまっては広くてイメージがつかめないので、強いて言えばIDM+グリッチ。IDMというタグに関しては、90年代からその「知的」という冠に賛否があり、いまもあるが、ロレイン・ジェイムスは恐れなくこのジャンル用語を使う。

 彼女は今回のアルバムにインスピレーションを与えたアルバムを公開している。 蓮沼執太『Hooray』、Marow『+-O』、スケッチ・ショウ『Loophole』、そして同じく日本人アーティストのSora『Re:Sort』の4枚である。クリック&カット作品をよく聴いていたそうで、ツジコ・ノリコと青木孝允の『28』についても「過小評価されている」とコメントしている。先日、AFXが「Supreme」と組んでのまさかのストリート・ファッション展開をしたとき発表したプレイリスト100曲には、横田進と細野晴臣の曲が選ばれていたが、日本のエレクトロニック・ミュージックを深掘りしているのはあきらかにロレインのほうである。

 そういえば先日、遅ればせながら「坂本龍一 | 音を視る 時を聴く」に行った。スケールの大きな、みごとな展覧会だったが、ぼくはなぜかその帰り道にポール・モーリーという英国人の書いたエッセイを思い出していた。アルヴィン・ルシエとカイリー・ミノーグを並列に、同じように(ハイブローに)語るという、アクロバティックな、ちょっと奇をてらった内容だが、それを通じて音楽とは何かをあぶり出そうという試論でもあった。アルヴィン・ルシエを愛する人間がカイリー・ミノーグを愛さないとは限らない。北原ミレイとアーサー・ラッセルはまったく異なるものだが繋がっていないとは限らない。この小さな地球という惑星における同じ音楽だ。それは地下道で通じているかもしれないし、環状八号線を真っ直ぐ北上したところで出会うかもしれない。カンが言うように、すべての門は開いているのだ。
 ロレイン・ジェイムスはそのことをよくわかっていた。アメリカのデス・キャブ・フォー・キューティーが『フィード・ミー・ウィアード・シングス』と繋がっていることをわかっていた。マウス・オン・ザ・キーがテレフォン・テル・アヴィルと、セントラル・シーがジュリアス・イーストマンと繋がっていることを。その道順も、行き方も、高速道路の入口も、わかっていた。いざ、アクアバーンを北上せよ。3月もなかばの雪が降った日、「坂本龍一」展に行ったぼくは、その日の深夜、このアルバムをもういちど聴いた。「音を視る 時を聴く」以外のもうひとつのアプローチ、「音の温度を測る」。どうやって?

 ホワットエヴァー・ザ・ウェザーは曲名がすべて温度の数値になっている。このアイデアが、ただのこじつけではないことが今回のアルバムではたしかめられよう。いや、こじつけかもしれない。が、ノイズ混じりの声──「ちょっと肌寒いね。夏になるのが待ち遠しい……寒い、寒い」──からはじまる1曲目の “1℃”が絶品で(1°Cではそりゃあ、たしかに寒い)、最初の出音からしてグっとくる次曲 “3°C” 、まずはこの展開でもっていかれる。ロレイン・ジェイムスは、たとえばayaのようなエキセントリックで新しいモードをどん欲に取り入れるタイプではないようだが、彼女は、クリック&カッツのようにダンスの枠組みに収まらないかつてのスタイルは、いまでも充分に応用できるし、それを現代的に更新できると考えているのだろう。
 また、実験的だと思われるエレクトロニック・ミュージックは、ときにその刹那的な刺激を重視するあまり、2年後にはまったく聴かれなくなることがままある。家でじっくり聴いてみたいという欲求には答えられない、その場限りのサウンドのことで、そこへいくと本作『Whatever the Weather II』の嬉しい点は、この実験的な音楽が何度でも聴きたくなる魅力を兼ね備えていることにある。これはロレイン・ジェイムスがAFXの領域にもっとも近い場所にいることを暗示している。もっとも長尺の……といっても6分ほどの “20°C” は、トラップ/ドリル以降の世界における『Ambient Works Vol.2』である。
 ぼくがはっとした曲のひとつは、 “5°C” だ。なんという曲だろうか、これは夢見る彼女の資質が、幼き頃からの夢見癖がもたらした一篇に違いない。音はエメラルド色の光となって、軽やかに跳ねている。
 本作中でもっとも高温の “26°C” は、ブライアン・イーノのアンビエントにもっとも近い曲だが、ずいぶんこもった響きで、地下の蒸気から上がってくるかのような、ロレイン独特のタッチが楽しめる。フリーケンシーと化した公園で遊ぶ子どもたちの声とグリッチおよびシンセサイザーで構成される “9°C”もぼくは好きだな。これはロレイン・ジェイムスがアルヴァ・ノトの領域にも接近していることを告げている。
 クローザーの “12°C” もみごとな曲で、ハイパーポップがアンビエントに流し込まれ、電子の河は合流し、曲の後半ではアコギの演奏へと転換するという、なんともシュールな展開が待っている。そういえば、ロレイン・ジェイムスは昨年のフェイヴァリット・アルバムにスティル・ハウス・プランツを挙げていたが同時にチャーリーXCXも挙げていた(むむむむ……)。まあ、カンが言うように、すべての門は開いているのである。

 なにはともあれ、夏が来るには、太陽はあと何度も何度も何度も何度も沈まなくてはならない。それまでは『Whatever the Weather II』をたくさん聴ける。もちろん夏が来てからも。将来、20年後か30年後、ロレイン・ジェイムスの作品のなかではこれがベスト、という人がいてもおかしくはない。

new book - ele-king

 石野卓球との出会いを機に音楽活動を開始、agraph名義での活躍をはじめ、最近は劇伴作曲家としても地位を確立している牛尾憲輔だが、その劇伴作曲家としての活動10周年を祝し、初めての公式本『定本』が太田出版より2月に刊行されている。石野卓球や湯浅政明、山田尚子、佐藤大らとの対談、ナカコーや砂原良徳らが牛尾について語るインタヴューなどによって構成されたその本は、写真も多く掲載されていて大いに楽しめる。企画は宮昌太朗。公式ページはこちらです。

牛尾憲輔
定本

太田出版
A5判並製/312頁

https://www.ohtabooks.com/publish/2025/02/25195510.html

Aphex Twin - ele-king

 去る3月上旬、ブランド「Supreme」とのコラボが話題をよんだエイフェックス・ツイン。「Windowlicker」のTシャツはなかなかインパクトがありましたね。なんでも、トラヴィス・スコットなどのラッパーがエイフェックスのTシャツを身に着けたことで、ファッションの分野でもAFXへの注目が高まったのだとか。
 そのコラボを記念してか、エイフェックス・ツインが特別なプレイリストを公開している。ピエール・アンリにはじまるその191曲のリストには、ジョン・ケージやBBCレディオフォニック・ワークショップ、デリア・ダービシャー、ブライアン・イーノやホルガー・シューカイ、ノイ!といった先達たち、デリック・メイやカール・クレイグらデトロイト勢、リロードやルーク・ヴァイバートといった同世代たち、シャット・アップ&ダンスにラガ・ツインズ、あるいはベリアルやアクトレスといった後進たち、さらにはハービー・ハンコックやアジムス、ビーチ・ボーイズからミーターズまで、たくさんの興味深い名前が並んでいる。なかでも日本からは細野晴臣と並んで横田進がピックアップされている点には注目しておきたい。

https://open.spotify.com/playlist/3jfnlosjVZhBSZBqS2cJg7

Oklou - ele-king

 それは、どこか奇妙な光景でした。不思議なことに、オーケールーのファースト・アルバムとなる『Choke Enough』を何日も無我夢中で聴いてふと周りを見ると、思いもよらぬところへ彼女の作品が広がっていることに気がついたのです。

 普段からどんなアーティストがどういった人たちに聴かれているのかは注意深く観察するようにしていますが、ミクロ・コミュニティ化やハイパー・ニッチ化と言われるような状況で決まった情報が決まった人にしか届かないなか、オーケールーだけはぽつぽつと、あらゆるところでその名前を見聞きします。YouTuber/モデルのhannahがおすすめしていたと思ったら次の瞬間にはストーリーズでとあるスタイリストがフェイヴァリットに挙げていて、その夜のマガジンのシューティングでずっと流れていたBGMが『Choke Enough』だったりと、明らかに「音楽」の枠を超えて様々な層に受容されているのが、このアルバムではないでしょうか。

 そもそも、私がオーケールーを初めて意識したのは、〈LOW HIGH WHO?〉所属の異才・rowbaiと話していた際、彼女の口から強い影響源として名前が挙がったときでした。そこから関心を持った私は、フランスのポワティエ出身で、もともと女性DJによるコレクティヴ〈TGAF〉を結成していたというオーケールーの活動を2010年代半ばまでさかのぼり振り返っていったわけですが、同時に、あらゆる音楽家からミックステープ『Galore』への賛辞を耳にするようにもなりました。そういった、いわゆる業界のプロフェッショナルの人たちからの支持が異様に高く、どちらかというとファッション寄りのシーンからも熱い視線を浴びているのが彼女の興味深いところでしょう。そこには明らかに既存の情報流通とは異なる回路が発生しており、この数年間でじわじわと熱量が高まり続けた結果、ようやく発表されたファースト・アルバム『Choke Enough』によって、受け手の高揚感はいよいよ高まりきったかのように見えます。

 それは恐らく、彼女の音楽──と限定せずにあえて「表現」と呼びましょうか──が、特定のジャンルに立脚するものではなく、明らかな「美学」にもとづいたトータルな世界観として構築されていることによると思います。もちろん、A・G・クックやダニー・L・ハールらとのつながりからもわかる通りハイパーなエレクトロニック・ミュージックの要素は見つけられるでしょうし、ドリーム・ポップとも、あるいはアンビエントR&Bとも言えるようなサウンドであることは間違いありません。ただ、そういった形容が全くもって意味をなさないほどに、『Choke Enough』は既存のジャンル固定から逃げていきます。聖楽隊に入りピアノとチェロを学んでいたが、ゴリラズやマッシヴ・アタックに出会ってポップ・ミュージックにのめり込んでいったという彼女の背景がそうさせているのかはわかりませんが、ここには、瞬間瞬間で相反するように流動する表現が展開されています。Y2Kっぽいメロディラインがあるけれど、次の瞬間にはダーク・アカデミアな中世のイメージに回収されていく。クラブ・ミュージック的なメソッドもあるけれど、ダンス・ミュージックとして機能することを目的とせずエーテルな空気へと溶けていく。エレクトロ・ポップの要素もあるけれど、『BRAT』のような「ポップの限界突破」路線ではなく、もっと内省的で「崩れた/壊れた美しさ」にフォーカスしている。つまるところ、近年のさまざまな潮流を咀嚼しながらも、それを既存の文脈に回収させず、新しい「美的な体験」として構築しているのが本作ではないでしょうか。

 2018年にはEP「The Rite of May」がレーベル〈NUXXE〉からリリースされたというのも、いまとなっては「できすぎ」な話かもしれません。セガ・ボデガ、シャイガール、クク・クロエといったキーパーソンが設立に携わった〈NUXXE〉ですが、そのなかにおいてもオーケールーの表現は最も情感豊かであり、トータルなエクスペリエンスとして豊かな包括性を持っています。音楽とヴィジュアル、ファッション、映像、アートがシナジーを与え合っているその才覚は、『Choke Enough』にも如実に反映されているでしょう。恐らくそれは、長年の共同プロデューサーであるケイシーMQの力もかなり大きいように思いますが、やはりオーケールーの視野の広いセルフ・プロデュース力も冴えているに違いありません。たとえば、映画『マトリックス』や『パラノーマル・アクティビティ』を連想するアートワークは、ヴァーチャルと現実が交錯するような不穏な視覚表現になっており、粗削りなCGはY2K後期~2010年代初期のTumblr美学も想起させます。不完全の美をアングルや手ブレから示唆する “family and friends” や “obvious” のMVも含めて、ミニマルなのに装飾的、デジタルなのにオーガニックという矛盾する要素が、本作の美意識を決定づけているのです。アイススケート・リンクでショーを披露したNTS Sessionはじつにオーケールーらしい美意識を反映した機会でしたが、あのライヴで目一杯表現されている通り、フェアリー・コア/バレエ・コア/エンジェル・コア的な幻想イメージも『Choke Enough』の随所から感じることができます。なかでも、彼女が信頼を寄せているスタイリスト・Pierre Demonesは、ライヴからMVに至るまで彼女の美学を見事に具現化している重要なパートナーのひとりでしょう。

 そういった領域横断的でトータルな美学表現は、近年のキャロライン・ポラチェックやユール、はたまたドレイン・ギャングといった面々も同様に試行錯誤してきたかもしれませんが、オーケールーはそれをもう一歩深化させたように感じます。つまり、より一層オーガニックでナチュラル、なのではないでしょうか。彼女はインタヴューで「私たちは、カメラに映っているものが起きていることの一部であるように感じさせたい」と語っていますが、それは「ムード」を表現したいという意味にもとれるでしょう。ケイシーMQとともにあらゆるシンセの音色を探求し、めくるめくビザールな彫刻世界を「空気」によって感じさせる『Choke Enough』は、リラクシングながらとてつもない没入感を生むのです。

 この奇妙な作品は、まだまだ予想もしない回路から人々の感性を震わせ、今後さらに広く聴かれていくでしょう。そしてそれは、単なる「音楽」の次元を超え、ひとつの美学として静かに浸透し、気がつけば私たちの感覚のどこかにそっと根づいていくのかもしれません。

♯12:ロバータ・フラックの歌 - ele-king

 書かなければならないと思い、彼女が亡くなってもう3週間が過ぎようとしている。ロバータ・フラックのすべてを聴いているわけではないし、彼女について書く以上は“歌”について、 “愛” について書くことになる。果たして自分にそれができるのだろうか……。できなくても書くべきだろう、と自己問答。フラックは去る2月24日に他界した。ぼくには、彼女のカタログのなかに特別な感情を抱いている曲がある。素晴らしい曲で、歌人を気取って言えば、その歌、こよなるべし、だ。シンプルだが重厚で、エレガントだが突き刺さるものがあり、激しさを秘めた静的な緊張感において並外れている。まさに歌の勝利、ラヴ・ソングというものの奥深さだと思う。
 その歌“The First Time Ever I Saw Your Face”の、“愛は面影の中に”という歌謡曲めいた邦題は適切とは思えない。フラックのデビュー・アルバム『ファースト・テイク』(1969年)に収録され、3年後に大ヒットとなったこの曲(クリント・イーストウッドの最初の監督作品に使われた)は、ユアン・マッコールという、1960年代の英国の第二次フォーク・リヴァイヴァルの土台が形成される過程において重要な働きをした人物が1957年にアメリカのフォーク歌手、ペギー・シーガーのために書いた曲である。
 聴きくらべればわかるように、マンチェスター出身の筋金入りのマルクス主義者、その政治活動ゆえに当局から監視までされたイギリス人が書いて若いアメリカの白人女性が歌った曲を、フラックは彼女のなりの解釈において、ほとんど哲学的解釈も可能なタイムレスなポップ・ソングにしている。
 テンポが落とされたフラックの“The First Time Ever I Saw Your Face”では、最初に耳にこびりつくのは「The first time〜(初めて/最初に)」という伸ばされた音符で歌われるこの言葉だ。フラックはこの曲のなかの「初めてあなたの顔を見た」「初めてあなたの口にキスをした」「初めてあなたと横になった」と、いくつもの「初めて」をさりげなく印象づけながら歌を進行させている。あるミュージシャンはこの曲を聴いて「愛が爆発するのを感じた」と語っているが(*)、それでは不充分だ。この美しい曲から「愛の爆発」を感じるのはわかる。が、しかし「初めて」が強調されている点において、同時にこの曲には「死のはじまり」も暗示されている。なぜなら、「初めて」の世界が太陽が昇るほど強烈であるのなら、その後に連なる「初めて」ではない二回目以降の世界は色あせてしまうことになるからだ。“The First Time Ever I Saw Your Face”から広がる崇高なロマンティシズムにおける避けがたい悲しみは、そのパラドックスにあるのではないだろうか。
 それが愛の本質かどうかは、ぼくにはわからない。ただ少なくともこの曲においては、「暗闇と果てしない空に、月と星はあなたがくれた贈りもの」と歌うときのフラックが、「暗闇に(to the drak)」という箇所を印象づけているように、はじまりの太陽はいつか暗闇に戻されてしまうのだ。

 はじまりの強度が特別であるということは、ゆえにその後の強度は落ちていくと、それを前提に話を続けてみよう。人生をロマンティックに生きるには、そのリスクも引き受けようとするか、さもなければ、なるべく失敗のないと思われる人生を選ぶか、人はどちらを選択するのだろう。失敗の確率が少ない、予測可能な人生を楽しむために必要なものは消費文化である。
 フラックは、最初はアメリカの黒人ゴスペル・フォーク・デュオ、ジョー&エディによる1963年のカヴァー( 曲名は“The First Time” )で同曲を知り、1962年に初めてレコード化されたペギー・シーガーのヴァージョンはあとから知った。この曲は、ほかにも多くのカヴァー──ロマン主義文学で自らの人生を締めたマリアンヌ・フェイスフルからジャマイカのマーシャ・グリフィス、ピーター・ポール&マリー、はてや王様エルヴィスまで──があるのだから、やはり歌いたくなるメロディであり歌詞なのだろう。曲を作ったマッコールは写真で見るとなかなか洒脱な男だが、彼が自分の人生を消費文化とは無縁な、いや、消費文化を全否定しながら、しかし酒をかっくらっては人びとと一緒に歌を歌い、政治と音楽と恋に生きた人物である。そのことを思えば、“The First Time Ever I Saw Your Face”という歌にも、言葉は簡素だがマッコールにとっての生きることの意味が込められていたのではないかと、そんな見立ても許されよう。

 ユアン・マッコールには本名があり、ジェイムズ・ミラーという。なぜ改名したのかと言えば、第二次大戦中、彼はイギリス軍から脱走し、身を隠したからである。スコットランド人で社会主義者の両親をもつマッコールの、育ちはマンチェスターのサルフォード。ジョイ・ディヴィジョンやハッピー・マンデーズのメンバーの出身地としても知られるかの地は、労働者階級の町でもある。1915年に生まれ、14歳で学校を中退したマッコールの教養は、そのほとんどすべてがマンチュスター中央図書館に通って独学で得たものだった。若くして左翼活動に奔走し、最初は演劇によって表現活動をはじめた彼は、それから民衆の音楽=フォーク・ミュージックにも熱意を抱くようになる。
 周知のように、20世紀の初頭、セシル・シャープがイギリスの田舎に口承されてきたフォーク・ソング(民謡)を収集し、研究し、発表したことが、フォーク・ミュージック復興運動リヴァイヴァルをうながした最大の要因である。権威や制度のなかで保存されてきた音楽ではない、民衆のなかで歌い、踊り、伝承されてきた民謡に価値を見出すことは、資本主義や産業革命に疑念を抱き、田舎の文化を賞揚することでもあり、政治的には左派だった。じっさいシャープは、19世紀末のウィリアム・モリスのケンブリッジ大学での講義を受けたひとりである。
 しかしながら、シャープにはじまるフォーク復興運動にはじっさいの民衆とは離れたエリート主義的な側面があった。また、1930年代になると、民俗や農村に英国のアイデンティティを求める動きは保守的な右派との繋がりを見せはじめていく。したがって、「これじゃあまずい」と文化闘争に発展するのも当たり前で、フォーク・ミュージックとは文化エリートの許可なしに歌い踊る、文字通りの「people’s music」であるべきだと主張する新しい解釈が第二次大戦前に顕在化するのだった。当時の若いマルクス主義たちがフォーク・ミュージックと合流するのはこの機運においてであって、ユアン・マッコールはその代表的なひとりだった。
 マッコールにとってフォーク・ソング(民謡)とは、「人びとの音楽(people’s music)」である以上、農村だけのものではない。工場や鉱山、鉄道などでも歌われる歌=インダストリアル・ソングもフォーク・ソングである。マッコールはそれらにも耳を傾け、収集し、自らも “左翼のための” 歌を作った。ちなみに、ある鉱山労働者から教えられ、マッコールが記録し、本にまとめ、そして有名になった歌のひとつに“スカボロー・フェア”がある。また、マッコールが作った“ダーティ・オールド・タウン”はポーグスを通じて、日本でもお馴染みだ。英国では、“マンチェスター・ランブラー”という歌もよく知られているマッコール作のひとつで、これは平日身を削る思いで働く労働者たちが、日曜日には(ブルジュワジーが暮らす)田園地帯にピクニックに行って楽しむという、階級闘争めいた内容をウィットに描いた歌だ。ほんと、イギリスって国の大衆文化の良き部分は、マッコールがこの曲を書いた1930年代から、いや、それ以前から基本的なところは変わっていない。

 ユアン・マッコールは、活動家としてはハードな人生を歩んだかもしれないが、演劇もやって放送作家もやって、多くのインダストリアル・フォークを収集し、自らも多くの曲を書いたディレッタントで、そして恋多きロマンティストでもあった。20歳年下のペギー・シーガーとは、彼女が1956年に渡英した際に出会っている。アメリカに帰国後、ペギーから彼女が出演するラジオ番組のために至急曲を作って欲しいと言われたマッコールは、共産党員だった過去からアメリカに入国できないため、電話を通じて作ったばかりの“The First Time Ever I Saw Your Face”を彼女に伝授したのだった。
 話は少し逸れるが、ピート・シーガーという、アメリカにおけるフォーク・リヴァイヴァルの起爆剤にして抗議運動とフォークを結びつけたプロテスト・ソングの先駆者を異母兄弟に持つペギー・シーガーとマッコールとの繋がりは、英国内において、社会的抗議音楽としてのフォークに再配置しようとする風潮と無関係ではない。
 アメリカに、アラン・ローマックスという民謡収集家/民俗学者がいた。広く言えば、かつてセシル・シャープが渡米してアパラチア山脈を調査し、フォーク・ソング(民謡)を収集したことの継承者のひとりになるのだろうが、ローマックスは、これまた筋金入りの共産主義者で、デルタ・ブルースをはじめ、都会の「生きた伝承」=ナイトライフ・ブルースから刑務所で歌われている歌、貧しい黒人家庭や酒場に積まれたアセテート盤にも着目した。そんな人物が、1940年代にはすでに影響力のあったピート・シーガーと合流したことで、フォークないしはブルースに抗議行動や急進的な政治との接点が誘発される(***)
 赤狩りのリストに名前が記載されたアラン・ローマックスが渡英したのは、マッカーシズムが台頭した1950年だった。それから8年にも及んだ滞在期間中、ローマックスはおとなしく過ごしていたわけではない。「イギリスのフォーク・リヴァイヴァルを燃え上がらせたエネルギーの雷のような人物」(***)と形容されるほど、アンダーグラウンド・シーンに深く関わり、マッコールとも交流を深めている。ペギー・シーガーを英国に呼んだのは、言うまでもなくこのアラン・ローマックスだった。

 ロバータ・フラックのもっとも有名な曲に“ Killing Me Softly with His Song”がある。おそらくは片思いの歌であり、また、歌というものの感情的な威力を歌った、言うなれば歌についての歌でもある。この壮大なバラードは、1996年にフージーズが取り上げし、ローリン・ヒルが歌い、大ヒットしたことが引き金となって、よくよくネオソウルの基礎を築いたと言われているが、そもそもこれはフラックのハイブリッド志向が導いたものだろう。彼女は、ブラック・パワーの時代に黒人の土着性だけに囚われず、クラシックからブロードウェイ・ミュージカルの要素まで取り入れている。そもそもオペラ歌手になりたくてハワード大学を卒業したフラックだった。夢は挫折し、教職につきながら副業としてナイトクラブで演奏するようになった彼女は、大学時代に学んだクラシックの技法を自分の演奏に活かした。
 またフラックは、“The First Time Ever I Saw Your Face”に限らずほかにも白人のロック/ポップスをカヴァーしている。ボブ・ディランの“Just Like a Woman”は女性アーティストとしては初のカヴァーだったし、ジミー・ウェッブの“What You Gotta Do”、サイモン&ガーファンクルの“明日に架ける橋(Bridge over Troubled Water)”、キャロル・キング作曲の“Will You Love Me Tomorrow”……、それからビージーズの“To Love Somebody”まで歌っている。そのすべてが原曲にはないニュアンスを込めた、彼女の解釈による歌となっているのだけれど、ぼくとしてはレナード・コーエンの“Suzanne”をライヴ・アルバムの締めとして歌ったことが興味深い。コージー・ファニ・トゥッティをも魅了し、ニーナ・シモンのカヴァーでも知られるこの曲は、なかば幻想的かつ宗教的な歌詞で、ひとを愛することのトランスグレッシヴな状態を表現していると言えるような不思議な曲である。
 フラックはニーナ・シモンと違って、ラングストン・ヒューズやジェイムズ・ボールドウィン、ストークリー・カーマイケル、そしてロレイン・ハンスベリー(ブロードウェイのヒット作を手がけた初の黒人女性作家)のような公民権運動/ブラック・アート/ブラック・パワーの渦中にいたような傑出した人物との出会いはなかったかもしれないが、ユージン・マクダニエルズのような公民権運動に影響を受けた気骨ある黒人作曲家のレパートリー──“Reverend Lee”や“Feel Like Makin' Love”、そして完璧なプロテスト・ソング“Compared To What”など──を歌っている。名作『クワイエット・ファイア』においては、あのスリーヴのアフロヘアの写真そのものが政治的表明になっている。フラックは、ゴスペルから来たアレサ・フランクリンの超強力な歌唱力や、のちにニック・ケイヴから「神のよう存在」とまで言われたニーナ・シモンの憤怒を内包したヴォーカリゼーションのまえでは、ある向きからは「ムード音楽」なるレッテルを貼られてしまうほどソフトに思われたかもしれないが、黒人といえばジャズ・シンガーかR&Bシンガーと思われた時代のフラックの雑食性は、フュージョン的なるもののヴォーカル版というか、分類を拒むという意味では未来的だった。フラックとのデュオでも有名な、彼女と同じくハワード大学でクラシックを学んだダニー・ハサウェイもブラック・アート/ブラック・パワーの精神に共鳴しながら西欧音楽も研究し、自作にその要素を取り入れたミュージシャンだった。同時代のデトロイトではファンカデリックがブラック・サイケデリック・ロックを更新し、アフロ・フューチャーへと向かっている。ローリン・ヒルばかりか、エリカ・バドゥや最近ではソランジュのなかにもフラックからの影響を見ることができるとしたら、やはり彼女は進んでいたのだろう。2020年にはジェイムズ・ブレイクも“The First Time Ever I Saw Your Face”をカヴァーしているが、手本としたのはフラックのヴァージョンだと思われる。

 だが、重要なのはそこではないのだ。カニエ・ウェストだってフラックの曲をサンプリングしているのだからフラックはいまでも有効である、などという軽口を叩きたくはない。「ソウル・ミュージックとは、人間として、自分の人生は他人の手に委ねられているという紛れもない事実に対する、アメリカが生み出した最高の脚本に他ならない」と言った人がいる(**)。咀嚼すれば、生きるための脆弱性を前向き変換する力。共生の感覚。なるほど、その意味はぼくにも理解できるし、ある時代までのブラック・ミュージックにおけるラヴ・ソングの意味を理解するうえでは、納得のいく説明だ。その文脈において、フラックはマッコールの曲をソウル化している。いや、マッコールの原曲がそもそもソウル化されていたのかもしれない。
 数年前、『クワイエット・ファイア』と『チャプター・トゥー』の50周年版が配信でリリースされて、前者にはボーナストラックとしてビートルズの“Here, There, And Everywhere”のジャズ解釈と言えるような当時のカヴァーが収録されていた(ビートルズのカヴァー集『Let It Be Roberta』には同曲の1972年のライヴ演奏がアルバムの最後に収録されている)。ドラマティックな歌唱を特徴とする彼女がこの曲においてもっとも強烈に歌うのは、原曲ではポールがたんたんと歌っている「love never dies」というフレーズである。それを歌うときのフラックは激しく、一瞬ではあるが、反逆的である。
 ロバータ・フラックは「愛は歌だ」と語っている(*)。歌が愛ではなく、愛が歌……か。わかるようでいてわからない。が、わかるような気がする、ロバータ・フラックを聴いている限りは。

(*)
Remembering Roberta Flack: The Virtuoso
https://www.npr.org/2020/02/10/804370981/roberta-flack-the-virtuoso

(**)
Emily J. Lordi, Donny Hathaway Live, Bloomsbury, 2016, p39

(***)
Rob Young, Electric Eden Unearthing Britain’s Visionary Music, Faber and Faber, 2010, p113~p146

※ちなみにペギー・シーガーのヴァージョンも素晴らしい。このYouTubeの画像に出てくるヒゲの男がユアン・マッコールである。ペギーとマッコールは、初めて知り合った1956年から80年代にかけて、40枚ほどの共作アルバムを発表している(そのなかにはもっとも初期の、1960年に作られた反核ソングも含まれている。また、ペギーの方は60年代にフェミニズム運動のアンセムをいくつも書いている)。なお、ペギー・シーガーは、87歳になった2023年にも“The First Time Ever I Saw Your Face”を「愛と喪失の曲」として歌っている。これもまた素晴らしいヴァージョンだ。しかもこのヴァージョンは、それこそ「初めて(The first time)」と歌って終わっているのである。

story of CAN - ele-king

カンにおける最大の驚異は、自分たちで演奏をしてないときにあった。
——ホルガー・シューカイ

 ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)における「ポスト」という言葉が、リオタールが定義したポスト・モダンにおける「ポスト」と同じような意味合い、つまり、モダニズムを乗り越える/ないしはそこにはなかったものを取り入れる意味での「ポスト」であるなら、ポスト・パンクとはパンクを乗り越えることであり、パンクにはなかったものを取り入れることである。すなわち、ディスコを演奏し女性メンバーを入れたニュー・オーダー、ファンクやジャズやダブを吸収したザ・ポップ・グループ、パンク以上のトランスグレッションを志向したTGたちのように……あるいは、メジャー・レーベルに依存しないインディペンデント・レーベルやDIY主義などなど。ポスト・ロックも同じように考えられる。つまり、ロックがやってこなかったことをやること。思い出横丁を歩いて往年のロックンロールのパスティーシュをよすがとしないこと。ロックが文化的かつ社会的な観点において重要だったとするなら、ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)はその歴史上、大きな起点となるムーヴメントだった。1968年にドイツのケルンという街で始動したカンというロック・バンドは、ポスト・パンク(ないしはポスト・ロック)の青写真として、いや、青写真以上の大きな影響源としてつねに温ねられているが、面白いのは、カンは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドと同じように、それが存在していた時代よりも、時が経つにつれてどんどんそのファンを増やしていっていることだ。そのサウンドがいま聴いても斬新に響いているからである。

 『すべての門は開かれている——カンの物語』は、元『ワイアー』誌編集長のロブ・ヤングによる評伝で、本国イギリスでは、2018年に刊行されている。原書では800ページほどの大著で、その第二部は「カン雑考」と銘打って、じつに興味深い顔ぶれの複数のアーティスト——マーク・E・スミスにはじまり、プライマル・スクリームのボビー・ギレスピー、ポースティスヘッドのジェフ・バロウ、カールステン・ニコライ、アレック・エンパイアなど——、および旧友ヴィム・ヴェンダースにジョン・マルコヴィッチなどとイルミン・シュミットがカンやアート、人生について対話している(また二部の後半はイルミン・シュミットの日記、雑記も収録されている)。

 乱暴に言ってしまえば、カンとは、独クラシックのエリートふたりと、才能ある腕利きジャズ・ドラマー、そして感性豊かな若きロック青年の四人が出会って生まれた、まあ、あまりこういうフレーズは使いたくないけれど、「奇跡的なバンド」だった。しかも、独クラシックのエリートふたりは、最先端のクラシック教育、すなわち「アヴァンギャルド」というものをよく理解していた。だから技巧に走ることなく、ど素人の黒人や、路上で歌っていたヒッピーの日本人をバンドの歌手にすることになんのためらいもない、むしろそれを面白がれる知性と感性を有していた。また、カールハインツ・シュトックハウゼンの生徒でもあったふたりのうちひとりは、ポスト・プロダクションといういまでは当たり前の作業/当時としては画期的な作業の面白さを見抜いていたし、いちど録音したものを編集し直すということに当時のどのバンドよりも注力した。また彼らは、非西欧音楽とのポストモダン的な関わりを具現化し、演奏行為を否定した演奏を繰り広げ、リーダー不在のバンド論を実行した。カンがなぜリーダーを拒否したか、そこには彼らの政治的な背景——ナチスを支持した親世代への反発心、ドイツ60年代のカウンター・カルチャーなど——が関係している。

 もちろん本書には、最後までユーモアを失わなかったこのバンドの面白いエピソードで溢れている。テリー・ライリーやジョン・ハッセル、イーノをはじめとする時代のキーパーソンたちとの出会い、メンバーの人間性と思想、ヤキのドラミング哲学、ドラッグ・カルチャーとカン、ダモ鈴木のスウェーデン時代の生活、そして彼の歌詞についての考察にも文字を割いている(晩年のダモ鈴木の発言に関しては、ele-kingで活躍中のイアン・マーティンが『Japan Times』でおこなったものが多く引用されております)。カンが当時やった主要なライヴに関してのほぼすべての言及があり、もちろん、この奇跡的なバンドの失敗、意見の相違、失態、死別についてもしっかり描かれている。そして物語を進めながら、著者はカンというバンドがいったい何だったのかという問いに対する回答を見せていく。

 第二部に関しては、先述したように、まずはイルミン・シュミットとマーク・E・スミスとの対談が面白い。イルミンを相手にマンチェスターの労働者階級出身のマークは、誰に対してもそうであるように「ファッキン」な口調で対話する。カン——とりわけ『タゴマゴ』がマンチェスターで人気だったというエピソードは、ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズの何曲かのリズムがカンの“ハレルワ” におけるヤキ・リーヴェツァイトのドラミングの系譜にあることが偶然ではなかったと主張しているようだ。ボビー・ギレスピーやカールステン・ニコライらが語るカンも面白いが、ジェフ・バロウとの濃密な対話、そしてピーター・サヴィルを交えてカンのデザインについての対話はかなり面白かった。

 高価な本だが、ここには3冊分の文字量があるので、3枚組ボックスとお考えください。ひとりでも多くの日本の音楽ファンにこの物語を読んで欲しいと思っています。(なお、ディスクユニオンで購入された方には、特典で CAN特製しおりを差し上げます

すべての門は開かれている——カンの物語
ロブ・ヤング+イルミン・シュミット 著
江口理恵 訳
3月19日刊行

別冊ele-king ゲーム音楽の最前線 - ele-king

ゲーム音楽はいまこそ面白い!
現在進行形のみずみずしいゲーム音楽を大特集!!

●表紙・巻頭:『SILENT HILL 2』──傑作と名高いホラー・ゲーム、注目のリメイク版を掘り下げる
●最前線はオンラインにあり!──話題沸騰のNintendo MusicからSpotify、Amazon、Apple、YouTubeにBandcampにSoundCloudに、Steamからitch.ioまで、各サーヴィスを徹底比較
●ディスクガイド──押さえておきたい2024年のベストな100枚
●大嶋啓之(『天穂のサクナヒメ』『アクセル・ワールド』)やたなかひろかず(『MOTHER』「めざせポケモンマスター」)ら作曲家のインタヴュー、カスタリアオーディオに聞く中国のゲーム音楽事情、注目のゲーム音楽レーベル紹介など、盛りだくさんでお届け!

執筆:田中 “hally” 治久、DJフクタケ、糸田屯、井上尚昭、市村圭、魚屋スイソ、福山幸司

菊判/160頁

目次

巻頭言

■特集『SILENT HILL 2』
[座談会]蘇るホラーゲームの金字塔──新たな考察を促すリメイク版の裏設定: 岡本基×伊藤暢達×山岡晃
[コラム]『SILENT HILL 2』の革新性──映画と文学とインディーゲームが交錯する場 (福山幸司)
[インタヴュー]ノイズがないことが正解ではない──コンポーザーの山岡晃が『SILENT HILL 2』にかける想い

■最前線はオンラインにあり! 配信サービス徹底比較
Nintendo Music
大手サブスクリプション・サービス
YouTube
Bandcamp
ゲームソフトのダウンロード配信サイト
その他のサービス

■2024年ベスト100
押さえておきたい2024年のゲーム音楽100選
ゲーム周辺曲ディスクガイド2024──ゲーム原作メディアミックスの世界

■いま、このひとに訊きたい
『MOTHER』から『ポケモン』主題歌、そしてチップチューンへ──たなかひろかずという「いきざま」
民族音楽やエレクトロニカを独自に消化する作曲家──『天穂のサクナヒメ』大嶋啓之インタヴュー
中国ゲーム音楽のこれまでとこれから──カスタリアオーディオのショーン・チュウ氏に聞く当地の最新事情

■注目のゲーム音楽レーベル紹介
SweepRecord
USM邦楽
ウェーブマスター
CASSETRON
クラリスディスク
iam8bit japan & asia
P-VINE

[監修者プロフィール]
田中 “hally” 治久
ゲーム史/ゲーム音楽史研究家。チップ音楽研究の第一人者で、昨年10月に最新刊『ゲーム音楽はどこから来たのか──ゲームサウンドの歴史と構造』を上梓。その他の主著に『チップチューンのすべて』、監著に『新装版 ゲーム音楽ディスクガイド1』ほか。さまざまなゲーム・サントラ制作に携わる傍ら、ミュージシャンとしても活動しており、ゲームソフトや音楽アルバムへの楽曲提供を行うほか、国内外でDJ・ライブ活動も展開している。

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Meitei - ele-king

 冥丁の初期の代表作『小町』、2019年にイギリスの〈Métron Records〉からリリースされ、『怪談』(2018)ともに人気作のそのアルバムが、この度初CD化されることになった。また、廃盤となっていたアナログ盤も再プレスされるとのことです。はっきり言って、魅惑的なジャケットです。この機会を逃さないように。

冥丁(Meitei)
小町 (Komachi)

PLANCHA / Métron Records

Cat#: ARTPL-231CD / ARTPL-231LP
Format: CD (初CD化) / LP
Release Date: April 18, 2025
Price: 2,500yen + tax (CD) / 4,800yen + tax (LP)
試聴: https://metronrecords.bandcamp.com/album/komachi

——————

“まだ闇の中で眠っている日本の魂を蘇らせたい”

“人々が関心を持たないと物事の存在はなかったことになる”

—— 冥丁

失われた日本のムードに光を当て、国内外で高い評価を得ている広島在住の音楽家、冥丁が2019年にMétron Recordsから発表した傑作アルバム『小町』の初CD化、廃盤となっていたアナログ盤のリイシューが決定。

冥丁は過去の日本が持つ印象に作曲の方向性を見出すことが多く、自分を古風な精神の持ち主だと考えている。このアルバムを制作している時期に彼は最愛の祖母を亡くした。99歳で亡くなった祖母は、伝統的な日本の雰囲気を体験し理解している最後の一人だと彼は考えていた。彼の音楽と芸術の原動力となっているのは、世代が進むごとに日本人の集合意識から消え去っていくと彼が考える時代と美学、つまり「失われた日本のムード」に光を当てたいという願望である。そして本作『小町』は亡き祖母に捧げられたアルバムだ。

心に残る繊細さ、遠く離れた永遠の響きを持つ『小町』は、ホワイト・ノイズ、複雑なフィールド・レコーディング、そして流れる水のヒプノティックな音で溢れている。J-Dillaのように確信に満ちた現代性を持ちながらも、『小町』の系譜は、80年代の日本のアンビエントの先駆者や、90年代の牧歌的なサンプルをベースにしたアーティストである、横田進や竹村延和などのプリズムを通して、浮世絵や雅楽の浮世の世界にまで遡ることできる。

12曲はそれぞれが個別の音のジオラマとして構成されており、懐かしさを喚起するだけでなく、現代日本社会における古いものと新しいものの二律背反を探求するように作られている。この浸透した物語は全体を通して流れ、同様に日本の伝統的な家庭生活に浸透している内省的な静けさに魅了された作家である、川端康成や夏目漱石の作品、そして小津安二郎や宮崎駿の映画を思い起こさせる。

CD:
01. Seto
02. Ike
03. Nami
04. Sento [Pt. II]
05. Kawanabe Kyosai [Pt.II]
06. Chouchin
07. Maboroshi
08. Sento [Pt. I]
09. Myo
10. Kawanabe Kyosai [Pt.I]
11. Shinkai
12. Utano

LP:
A1. Seto
A2. Ike
A3. Nami
A4. Sento [Pt. II]
A5. Kawanabe Kyosai [Pt.II]
A6. Chouchin
B1. Maboroshi
B2. Sento [Pt. I]
B3. Myo
B4. Kawanabe Kyosai [Pt.I]
B5. Shinkai
B6. Utano

「土」の本 - ele-king

地球も、私たちの体も、過去も未来も、
すべて「土」の上に成り立っている!

「土」ってなんだ!? 土の博士がお話しします。

半世紀以上「土」を研究してきた日本の土研究の第一人者、
土壌微生物/農学博士の金澤晋二郎の単著がついに刊行!

●「土」の問題がなぜここまで重要か
●良い「土」と悪い「土」とは何か
●「土」が生活にもたらす影響
●「土」と健康の重要な関係
●日本ではどこの「土」が良いのか
●どうすれば「土」をよくできるか
●江戸時代、どれほどの苦労があって東京で野菜を栽培できる土壌にしたか
●宇宙農業とは何か

写真、イラスト、図表を交えて実践的でわかりやすく解説!

「研究のために土を掘って、研究室に持ち帰って調べてみると、土壌一筋60年の私でさえ毎回驚く発見があります。土は私たちの知らない無限の可能性を秘めた未知の世界です。この土と微生物に魅せられた1人として、生命を支える18センチの土を絶やすことなく、豊かに育んでいくことが私の使命のひとつです」(金澤晋二郎)

四六判/240頁+別丁8頁

[著者プロフィール]
金澤晋二郎
株式会社金澤バイオ所長。土壌微生物学農学博士、中国河南省科学院名誉教授、九州バイオリサーチ研究会会長。1942年北海道小樽市生まれ。東京大学大学院農学系研究科修了。鹿児島大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授を経て、2016年に金澤バイオ研究所を設立。日本土壌肥料学会学会賞(1986年)、第13回 国際土壌科学会議(西ドイツ)土壌生物部門最優秀賞(1986年)、愛・地球賞―Global 100 Eco-Tech Awards(1986年)、第13回 微量元素の生物地球化学会議『福岡観光コンベンションビューロー国際会議開催貢献賞』(2017年)など受賞歴多数。

目次

献辞
はじめに
イントロダクション

第一章 「土」の誕生と微生物
第二章 世界の「土」と、日本の「土」
Column 「温故知新」が導く御神木 “海岸黒松” の再生技術
第三章 「森」は生命の源
Column 竹には大きな未来がある
第四章 「土」の薬膳
Column 土ピープル
微生物視点から見る、土と体のつながり/土から育つバラへの思い/植物愛による、生誕土壌再生への挑戦
第五章 土壌研究と緑茶栽培
Column アートで表現する土
第六章 「土」に還すコンポストの可能性
Column 地産地消コンポストシステム
第七章 物質循環、分解のその先へ
第八章 宇宙農業の可能性

おわりに
謝辞
主要な研究と内容

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Arthur Russell - ele-king

 アーサー・ラッセルのもっとも有名な作品のひとつ、『World of Echo』(1986)の元になったアイデアが表現されているという、1980年代なかばのふたつの演奏が音盤化されることになった。タイトルは『Open Vocal Phrases, Where Songs Come in And Out & Sketches For World of Echo』。CD/LP2枚組。発売は4月18日です。これは聴きたい!

Arthur Russell
Open Vocal Phrases, Where Songs Come in And Out & Sketches For World of Echo

Rough Trade/ビート

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 ミニマリズム・ドローン音楽の先駆者としても知られる、NY実験音楽の巨匠フィル・ニブロックが、アーサー・ラッセルと共に企画・プロデュースし、Experimental Intermedia(フィルがディレクションを務める、NY拠点の前衛音楽財団)にて録音が行われた本作は、アーサーが1984年に行った『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』と、1985年の『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』と題された、2つのソロ・パフォーマンスが収録されている。この2つのパフォーマンス音源が基盤となり、Battery Soundで録音されたスタジオ音源やヴォーカルと統合されて完成したのが、彼にとって生涯初となるフルレングスのソロ作品として1986年に発表され、現代音楽家としての評価を決定づけた『World of Echo』である。

「とても純粋で澄んだ音色に聴こえ、彼が機材に囲まれてうずくまるように演奏している様子が目に浮かぶ... まさに魔法のようでした。私の記憶では、彼は観客のために演奏していたのではなく、むしろ彼自身の内側で、様々な音の組み合わせを確立しようとしていました。そして、たまたま私たち数人がその場に居合わせたのです。」  トム・リー (アーサーの盟友にして生前最後のパートナー)

 本作に収録される2つのパフォーマンス音源は未編集のまま、2枚組CDと2枚組LPにて、それぞれ内容・タイトル・アートワークが異なる形で2025年4月18日(金)に発売。2枚組CDでは、2020年にカセットとデジタルのみでリリースされ、今回が初のCD化となる『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』と、未発表タイトル曲の「That’s The Very Reason」と「Too Early To Tell」を含む、初リリースの『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』の全パフォーマンスを収録。2枚組LPでは、CDと同じく初リリースの『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』全パフォーマンスが、Side1からSide3までに収録され、Side4では、『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』のパフォーマンスから「Changing Forest」と「Sunlit Water」を収録。
 CD、LP共にフルカラーのインサートと、アーサー・ラッセルのアーカイブを数多く手掛ける〈Audika Records〉の創設者、スティーブ・クヌーソンによるライナーノーツが封入され、さらに国内仕様盤CDと帯付仕様LPには、別途日本語解説書が封入される。

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