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yeule

Indie Pop

yeule

softscars

Ninja Tune / ビート

松島広人 Nov 20,2023 UP

 ある一定の世代──具体的には平成初期から中頃あたりに生まれ育った、ぎりぎり “Z” の枠組みから漏れた層──の音楽的な原体験は、どちらかといえばオンライン上よりも「オフライン上の雑踏」にあったように思える。

 それは、たとえばレンタルビデオ屋の片隅であったり、大型古本チェーンのワゴン棚や中古CDショップ、あるいはファストフード店の有線放送などの、日本のごく一般的な日常を彩る風景の一部に溶け込んでいた音楽体験である。もしくは、平日夕方にティーンエイジャーが自らの激情を未熟なりに、自由気ままにぶつける貸スタジオやライヴ・ハウスの風景だとか、電車に独り佇む少し大人びた少年のイヤホンから鳴る音漏れだとか。

 封切りから約5年が経過した「mid90s」ではなく、いわば「late90s」あるいは「early00s」あたりの時期、そんな「かつてあった日々」へのノスタルジアを強く想起させられるような作品が、どういうわけか2023年の秋口に、シンガポール(現在はロサンゼルス拠点とのこと)の “グリッチ・プリンセス”、yeule(ユール)の新譜としてリリースされた。

 『softscars』、直訳すると柔らかな傷跡。ノンバイナリーである yeule には、自身のみが抱えるさまざまな苦しみが数えきれないほどあっただろう。制作中に親しい友人がオーバードーズで亡くなった、などの痛ましいエピソードも明かされており、アルバムを紡いでいく過程で自身の人生観や深層心理に至るまでの深い自己対話が繰り広げられたことは容易に想像できる。

 そんな、いまは癒えきった過去の体験が、どうしてか心のささくれを再び刺激するような作品が、yeule のサード・アルバムである。シューゲイズ・サウンドを通過した90年代後期~ゼロ年代的なオルタナティヴ・ロックが、近年高度に発達したDAW上におけるポスト・プロダクション技術と結びついた上で、名門レーベル〈Ninja Tune〉からリリースされる。

 それはつまり、四半世紀にわたり爆発的な発展を遂げ、好事家の趣味からインフラへと駆け上がったインターネットを窓口に、シンガポールと日本はついに文化的に地続きとなった、ということの証左でもある*。「なんとも不思議な時代を生きているんだな」というごく個人的な感傷が、シーンやジャンル、音像や作品構成といったレヴューされるべき諸要素よりも先に脳裏をよぎった。そこまでが一聴したときの所感であった。

 さて、作品を大まかに見通していくと、本作は概ねふたつのパートに区分されているような感覚を受けた。全12曲のうち、M1. “x w x”~M6. “dazies” までの楽曲群には在りし日のインディ・ロックへのオマージュが随所に感じられるものの、その音像は2020年代以降のハイブリッドな空気感に包まれている。そして岩井俊二監督『花とアリス』(2004)のサウンドトラックのカヴァー、M7. “fish in the pool” から作品を取り巻くムードは流動的に変容していき、M8. “software update” やM9. “inferno” からはシューゲイズ・サウンドに加えシンセ・ポップにグリッチのスパイスを効かせたかのようなエレクトロニカへと徐々に移行していく。

 このような聴かせ方を踏まえても、楽曲ごとのクオリティ・コントロールにとどまらぬ高度なトータル・プロデュース力を感じさせる秀作である、と言えるだろう。なかば共同作業者として yeule の作品に携わるシンガポールのプロデューサー、キン・レオンや20年代以降のポップ・スター筆頭、ムラ・マサといった存在が背後を賑わせる構図は、それこそポップスという営みにしばしば現れる強固なパートナーシップを感じさせる。
(世代的にはごくわずかにズレた90年代末の作品が強く筆者のノスタルジーを喚起するのは、インターネットを通じた追体験によるものである。25歳の yeule も同じはずだろう)

 いや、やはりどうしても、自分の90年代後期~ゼロ年代への憧憬は、とてもじゃないけど “柔らかな傷” では片付けられなさそうで……。作品を俯瞰しきることが難しくなるほど、幼心に感じたあの空気感がオーヴァー・ラップする。といっても、あくまでも『softscars』で描かれているのは現代と未来のことでもあり、きたる2024年(=「mid20s」へ!)のムードを垣間見るようなハイブリッド感が、やはり本作の魅力であろう。DAW上に冷凍保存されたようなギター・サウンドと、復活の兆しを見せるエレクトロニカとの融和を前に、(できれば使用を拒否したい)「ハイパー」という語句でカテゴライズされてきた現代ポップスの次なる流れも、このアルバムを出発点としていずれ整理できそうな予感がある。

 ちなみに、本作の視聴環境はけっしてクラブのサウンド・システムやスタジオ並みのスピーカーである必要はなく、下手したら Air Pods Pro や高価なDAC、ハイレゾ音源なんかも必要としないかもしれない。手元のスマートフォンやラップトップのスピーカーから、適当にそのまま流すラフな向き合い方こそジャスト・フィットする。開け放った窓から吹きすさぶ木枯らしで頭を冷やしつつ、温かい飲み物を片手に浸るような、ベタで恥ずかしいような浸り方が似合う、不思議なサウンドスケープが拡がる作品だろう。そんな日常的な接し方こそアウトサイダーとして現実をサヴァイヴしようとする yeule の本懐だろうと信じて、あえてローファイな環境で本作に触れてみてはいかがだろうか?
(もちろん、本作をクラブのサウンド・システムで鳴らしても抜群の視聴体験足り得ることは、筆者自身ふだんのDJのなかでよくよく理解しているつもり!)

* 編集部注:先週WWWで設立15周年を記念するショウケース公演をおこなった〈KITCHEN. LABEL〉もシンガポールのレーベルであり、Haruka Nakamuraや冥丁など日本と当地をつなぐリリースをつづけてきた。

松島広人