「Lea Lea」と一致するもの

Sam Prekop - ele-king

 ザ・シー・アンド・ケイクサム・プレコップの最新EP、デジタルのみで配信されていた「In Away」が、日本限定でCD化されることになった。宇波拓によりCD盤専用のマスタリングが施されており、また完全未発表のボーナス・トラックも追加収録されているとのこと。これはフィジカルで持っておきたいアイテムです。

Sam Prekop(サム・プレコップ)
『In Away』(イン・アウェイ)

企画番号:Prekop-JP 1 / HEADZ 252(原盤番号:なし)
価格:1,800円 + 税(税込定価:1,980円)
発売日:2021年7月30日(金)※(配信の海外発売:2021年5月7日)
フォーマット:CD
バーコード:4582561395406
原盤レーベル:The Afternoon Speaker

1. In Away イン・アウェイ 5:23
2. Triangle トライアングル 3:54
3. Quartet カルテット 3:30
4. Community Place コミュニティ・プレイス 3:17
5. So Many ソー・メニー 4:52
6. Sunset サンセット 3:06

Total Time: 24:19

※ Track 6…日本盤のみのボーナス・トラック

Recorded and mixed in Chicago, February - April 2021 by Sam Prekop
All songs written by Sam Prekop
Mastered by Taku Unami
Photographs by Sam Prekop

A collection of recent tracks from my home studio, of which I've spent plenty of time in this past year or so! These pieces arrived in a similar fashion as the works on my last record "Comma". Basically culled from long rambling recording sessions where the more interesting elements hopefully emerge and present as starting points for further development. These five pieces are the most recent results of this process, I hope you enjoy and thanks for listening!
Sam

セルフ・タイトルの1stソロ・アルバムが永遠の名盤として再評価される中、The Sea and Cakeのフロントマン、サム・プレコップが、彼のインスト・ソロ作史上、最もポップでメロディアスな作品を日本のみでCD化。
Bandcamp以外、配信サービスの取り扱い無し、全曲CD用のマスタリングされ、完全未発表のボーナス・トラックも追加収録。
常に刺激的な電子音楽と美しい写真を追求し続けるサムの現在地がここにある。

昨年(2020年)夏に日本先行でリリースされた、最新ソロ・アルバム『Comma(コンマ)』(THRILL-JP 52 / HEADZ 247)が、彼のトレードマークでもある魅惑的なウィスパー・ヴォーカルを封印した、アナログ・シンセをメインに制作されたインスト・アルバムであったにも拘らず、高評価を獲得し(ピッチフォークも8点越え)、これまでのファン以外にも広くアピールしたザ・シー・アンド・ケイクのフロント・マン、サム・プレコップ。
1999年に発表された1stアルバム『Sam Prekop(サム・プレコップ)』(THRILL-JP 21 / HEADZ 42P)の日本での紙ジャケCD化に続き、Thrill Jockey盤でのLPのリプレスされることになり(Pale Pink盤の限定カラーLPもあり、間もなく日本のレコード・ショップにも並びます)、サムの新旧作品に注目が集まる中、(この1年ほど掛けて作られた)サムの自宅スタジオで今年の2月から4月の間に制作され、Bandcampのみで配信リリースされた最新音源(5曲入りEP)が日本盤のみでCD化されます。

近年海外でも再評価が進む清水靖晃、尾島由郎、吉村弘、イノヤマランド他の80年代の日本のニューエイジやアンビエントの名作群にもインスパイアされた『Comma』の延長線上にありながらも、ビートは控えめに、よりポップでメロディアスなサウンドに仕上がっており、サム本人の撮影による美麗なジャケット写真のイメージ通り、爽やかで透明感のある電子音楽集となっています。

自ら録音・ミックスを手掛けた、サムにとって初のセルフ・リリース作品で、日本盤のみ完全未発表の新曲「Sunset」をボーナス・トラックとして追加収録。
(CD化に際し、David Grubbsのコラボレーターでも知られる、HOSEの宇波拓によって、全曲リマスタリングされており、厳密にはBandcamp音源とも違っております)
ライナーノーツは、編著『シティポップとは何か』(河出書房新社)の刊行を控える、柴崎祐二が担当。
現在、Bandcamp以外、海外も含め配信サービスでの取り扱いの予定はございません。

Sam Prekop is an artist whose music is painted in hues all his own. Both solo and as part of The Sea and Cake, Prekop’s distinct and lithe compositions distill his ceaseless curiosity into bracingly sublime music. In Away follows Prekop’s 2020 LP Comma and takes the next steps into his new compositional approach to crafting more overtly rhythm-based modular synthesized pieces, deftly whittled into vivid pop prisms. Working this time with both modular synthesis and keyboard-based synths, Prekop obscures the line between architectural sequencing and subtle performances. The resulting pieces levitate effortlessly from delicate atmospheres to rippling dances with Prekop’s guiding hand gently leading each movement towards the stirringly unfamiliar.

The six buoyant pieces on In Away were developed through Prekop’s daily practice of manipulating new systems of modular synthesis, recording, and deep listening. Acting as a curator to his own museum of sounds, Prekop poured over hours of improvisations using different modular combinations to select compelling moments which could act as a framework for his arrangements. His unique approach to shifting texture and juxtaposing timbres then layered each frame with minute details and potent melody. The Buchla 208c scintillates and plucks with near-acoustic tones atop a bed of warm drones. Lightly sizzling percussion throbs beneath coursing cascades. Each moment strikes a meticulous balance between captivating surprise and gratifying outcome.

サム・プレコップは、自身の音楽を全て独自の色彩で描き出すアーティストです。ソロでも、The Sea and Cakeのメンバーの一員としても、プレコップの個性的でしなやかな作曲群は、彼の絶え間ない好奇心を刺激的で崇高な音楽に精製しています。『In Away』は、2020年に発売されたプレコップのLP『Comma』に続く作品で、彼の新しい作曲アプローチの次のステップとして、よりあからさまなリズム・ベースのモジュラー・シンセサイザーを使って、鮮やかでポップなプリズムを巧みに削り出した作品を制作しています。モジュラー・シンセシス(シンセサイザーによる音の合成)とキーボード・ベースのシンセサイザーの両方を使った今回の作品では、構築的なシーケンス(配列)と繊細なパフォーマンスの間の境界線が曖昧になっています。その結果、作品は繊細な雰囲気から波打つようなダンスまで楽々と浮遊し、Perkopの手助けによってそれぞれの動きを刺激的で聴き慣れないものへと優しく導きます。

『In Away』に収録されている6つの作品は、モジュラー・シンセシス、レコーディング、ディープ・リスニングなどの新しいシステムを操作するという、プレコップの日々の演習を通して開発されました。自らの音の博物館の学芸員のように、Perkopは様々なモジュラーの組み合わせを使った即興演奏を何時間も掛けて行い、アレンジのフレームワークとなるような魅力的な(感動的な)瞬間を選び出しました。テクスチャーを変化させたり、音色を並置したりする彼のユニークなアプローチは、その結果、それぞれのフレームに微細なディテールと強力なメロディを重ね合わせました。(米Buchla社製のアナログシンセサイザー)「Buchla 208C」が輝きを放ち、暖かいドローンのベッドの上で、音響に近いトーンを弾きます。素早く進むカスケード(直列)接続の下では、軽やかに揺れるパーカッションが鳴り響きます。一瞬一瞬が、魅惑的な驚きと満足のいく成果の間で、細心のバランスを取っています。

Drum-On vol.1 - ele-king

ドラム/パーカッションを愛するすべての人へ

ドラムの機材や演奏のノウハウなど、YouTube をはじめネット上には数しれない多くの情報が存在しますが、一方でその内容は玉石混交。信憑性の疑わしいものも少なくありません。

そんな中で満を持して登場する本誌は、「リズム&ドラム・マガジン」(リットーミュージック)の元編集長、大久保徹氏の発起のもと、こちらもかつて同誌編集長を務め現在はドラマーとしても活動する小宮勝昭氏も協力・参加する形で制作。「最もプリミティブな楽器」であるドラム&パーカッションの無限の可能性と演奏する楽しさを伝える本格的プレイヤー向け雑誌です。

創刊号では巻頭のフォト&インタビュー特集「ドラムと音楽」にグラミー賞アーティストの小川慶太(スナーキー・パピー)、ブロードウェイ~自らの音楽を発信するカーター・マクリーン、〈ECM〉からのソロアルバムも話題の新鋭・福盛進也が登場。

ほか、現在大きな盛り上がりを見せるUKジャズのドラマー&パーカッショニストの紹介、一流ドラマーたちの知られざる「スネアの裏側」に迫る企画、ドラミング・メソッド “ルーディメンツ” の最新型解説、リンゴ・スターに学ぶ音楽的ドラム力の徹底分析(前編)、ドラム職人の匠の現場訪問、いまドラマー&パーカッショニストが聴くべきディスクガイドなどを掲載。

ドラマー&パーカッショニストをわくわくさせ、やる気にさせるアーティスト、機材、奏法・ノウハウが満載、新時代の本格的プレイヤー向けメディアです。

目次

■特集 ドラムと音楽
feat.
小川慶太 Keita Ogawa
[スナーキー・パピー、ボカンテ、カミラ・メザ&ザ・ネクター・オーケストラ、チャーリー・ハンター、セシル・マクロリン・サルヴァント、バンダ・マグダ、他]
カーター・マクリーン Carter McLean
福盛進也 Shinya Fukumori
……取材・文:小宮勝昭

■サウス・ロンドンを中心に巻き起こるグルーヴ革命――UKジャズのサウンド&リズム
feat. モーゼス・ボイド
……文:小川充、大久保徹

■NIPPON のドラムの匠 第一回
Negi Drums 根木浩太郎さん
……取材・文:小宮勝昭

■ドラマーのここに注目 スネアの裏! “音色・響きの要”、その秘密が知りたい
Ⅰ 裏の基礎……文:小宮勝昭
Ⅱ プロの裏を拝見!(アンケート)
阿部耕作、尾嶋優(Jimanica)、江口信夫、大坂昌彦、岡部洋一、神谷洵平、河村 “カースケ” 智康、北山ゆう子、白根佳尚、小関純匡、椎野恭一、高橋結子、本田珠也、沼澤尚、藤掛正隆、みどりん、平里修一、屋敷豪太、マシータ、山本達久、松下マサナオ、山本拓矢、芳垣安洋、三浦晃嗣
Ⅲ 裏の顔、スネア・ワイヤーを試す! カノウプス・スネア・ワイヤー8機種・徹底検証!……文:小宮勝昭

■もはや “音楽” なドラミング・メソッド ルーディメンツが知りたい!
……文:春日利之

■リンゴ・スターに学ぶ、音楽的ドラム力【前編】
ワン・アンド・オンリーな音色と奏法 グルーヴ&スウィングを検証
……文:小宮勝昭

■レコーディング・スタジオ探訪 GOK SOUND
……文:藤掛正隆

■東南アジアの果てにある “リズムの不思議” ミャンマー音楽の打楽器とリズム
……文:田中教順

■厳選・必聴の作品ガイド ドラマー&パーカッショニストが聴くべき音楽
現代の “ロック” を創るドラミング……選・文:大久保徹
60~70年代ドラマーたちに影響を及ぼした古(いにしえ)の録音……選・文:三浦晃嗣
ジャズ・ドラミングの変遷……選・文:大坂昌彦
現代を代表するゴスペル・チョッパーたち……選・文:柴田亮
ドラマー/パーカッショニストによる必聴のリーダー作……選・文:芳垣安洋
レコードで聴きたいソウル&ファンク……選・文:藤掛正隆
今も進化するブラジルのドラマー/パーカッショニスト……選・文:中原仁
キューバ音楽……選・文:Izpon
ダンス/エレクトロニカ……選・文:尾嶋優(Jimanica)
フリー・インプロヴィゼーション/実験音楽……選・文:細田成嗣

編集者略歴
◆大久保徹
2005年よりリズム&ドラム・マガジン編集部に在籍。2012年4月~2014年3月まで同誌編集長を務める。現在、音楽書を中心としたフリーの編集者/ライターとして活動。

◆小宮勝昭
大学卒業後つのだ☆ひろ氏に師事。1994年よりリズム&ドラム・マガジン編集部に、2001年1月~2012年3月まで同誌編集長を務める。現在は音楽家としても活動中。


オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧

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Jamie Branch - ele-king

 注目しておきたいジャズ・トランペッター/作曲家を紹介しよう。彼女の名はジェイミー・ブランチ。ロングアイランドのハンティントン出身で、音楽家としてはシカゴやボルティモアなどで活躍。昨年のロブ・マズレク作品にも参加している。
 2017年のデビュー作『Fly Or Die』で一気に名をあげ、数々のライヴをこなしてきた彼女による、初のライヴ盤が8月4日にリリースされる。ホットなのにクール、まさに「冷静と情熱のあいだ」といったプレイで……ぜひ一度聴いてみて。

jaimie branch
FLY or DIE LIVE

センセーショナルなサウンドに、海外各紙を賑わせるトランぺッター、ジェイミー・ブランチのライブ盤。 2017年の1st『FLY or DIE』と、2019年にリリースされた2nd『Fly Or Die II: Bird Dogs Of Paradise』の楽曲が多数収録された2枚組のヴォリューム。スタジオ録音では感じられない熱気と咆哮とも言えるボーカル、トランペットが心揺さぶるライブ音源を、16分に及ぶ未発表のボーナストラックを加え、日本限定盤ハイレゾMQA対応仕様の2CDでリリース!!

Official HP : https://www.ringstokyo.com/jaimiebranchfodl

ジェイミー・ブランチは、いま最も力強く、感情を揺さぶる音楽を作り出せるミュージシャンの一人だ。このライヴ・アルバムには、彼女の評価を一段と高めたヨーロッパ・ツアーから、スイス、チューリッヒのジャズクラブでの素晴らしい演奏とオーディエンスの熱気が記録されている。時々ヴォーカルも取る彼女が、トランペットで表現するダイナミズムと優しい囁きは、驚くほど美しい。そして、複雑なビートを易々と繰り出すドラマーのチャド・ テイラーらとのコンビネーションも最高だ。(原 雅明 rings プロデューサー)

アーティスト : Jaimie branch (ジェイミー・ブランチ)
タイトル : FLY or DIE LIVE (フライ・オア・ダイ・ライヴ)
発売日 : 2021/8/4
価格 : 3,200円+税
レーベル/品番 : rings / International Anthem / Plant Bass (RINC79)
フォーマット : MQACD (日本企画限定盤) 2CD

Tracklist :

DISC-1
01. birds of paradise
02. prayer for amerikkka pt. 1 & 2
03. lesterlude
04. twenty-three n me, jupiter redux
05. reflections on a broken sea
06. whales
07. theme 001
08. ...meanwhile
09. theme 002
10. sun tines

DISC-2
11. leaves of glass
12. the storm
13. waltzer
14. slip tider
15. simple silver surfer
16. bird dogs of paradise
17. nuevo roquero estéreo
18. love song
19. theme nothing
20. prayer for amerikkka pt. 2 - solo belfast edition (unreleased)(Bonus Track)

Susumu Yokota - ele-king

わたしが言う、一輪の花! と。すると、声が消えればその輪郭も消える忘却の外で、具体的な花々とは違う何かが、音楽として立ち昇る、観念そのものにして甘美な、あらゆる花束には不在の花が。
──マラルメ「詩の危機」渡辺守章訳

 あとになって「発見」された日本の環境音楽やシティ・ポップとは異なり、横田進は『Sakura』以降、海外ではずっとリアルタイムで評価されつづけてきた。死後もその気運が途絶えることはなく、2019年には『Acid Mt.Fuji』(1994)がアナログ化され、〈Leaf〉からは『Sakura』(1999)が再プレス、未発表音源集『Cloud Hidden』も〈Lo〉からリリースされている。同年〈Lo〉は、ほかの音楽家たちに横田の音楽を解釈させるメモリアル・イヴェントを開催してもいる。
 その影響はつくり手にも及んでいて、たとえば日本では食品まつりが横田進の作品から刺戟を受け、制作の参考にしているという(ただいまインタヴュー準備中)。とくに『Symbol』が大きかったそうだ。横田にとってちょうど30枚めのアルバムである。初出は2004年。
 どこかで耳にしたことのあるクラシック音楽の旋律がつぎつぎとあらわれては消え、通りすぎていく──さらっと聴き流すだけであればモダン・クラシカルの一種として消費できてしまうかもしれないが、しかしこのアルバムはいわゆるモダン・クラシカルの作品ではない。

 横田進は個人的には『Sakura』の印象が強いので、あの落ちついた音響をものした彼がこれほど騒がしいクラシック音楽のコラージュ作品を残していたことに驚く。ライナーノーツによれば、彼は本盤の制作中、意外なことにムーディマンの『Silence In The Secret Garden』(2003)と『Black Mahogani』(2004)を聴きこんでいたのだという。独自の切り口でソウルやファンクをサンプリングし、デトロイトのエレクトロニック・ミュージックに新たな局面をもたらしたケニー・ディクソン・ジュニア━━それとおなじことをクラシック音楽で実践しようとしたのがこの『Symbol』だ。
 それは時代的にも先を行く試みだった。テクノのアイディアでムソルグスキーとラヴェルをカット&ペーストし再構築してみせた、カール・クレイグ&モーリッツ・フォン・オズヴァルドによる『ReComposed』が2006年。横田はそれより2年早い。

 まずは3曲め “Traveler In The Wonderland” を聴いてみてほしい。ヴァイオリン初学者であればかならず弾くことになるだろうボッケリーニ「メヌエット」の冒頭を「えっ、そこで!?」と驚愕する箇所で切り落とし、残りは潔くごみ箱へとぽい。それだけでじゅうぶん大胆なのだけれど、横田はその残骸をサン=サーンス「サムソンとダリラ」の “バッカナール” とかけあわせ、さらに中盤から「動物の謝肉祭」の“水族館” をぶちこんでくる。これぞサンプリングの醍醐味だろう。
 とはいえ一見無節操に映る素材の切り貼りも、じつはビートを尊重すべく丁寧に処理されている。最良の証左は12曲め “Symbol Of Life, Love, And Aesthetics” で聴くことができる。同曲では中盤、ヘンデル「オンブラ・マイ・フ」にべつのヴァイオリンがつぎ木されているが(これなんだっけ?)、その音符の隙間には、リズムを調整するためにほんのかすかな余白が与えられているのだ。この間の打ち方には、正直鳥肌が立った。

 なぜ彼はこのようなアルバムをつくったのだろうか。横田はたんにサンプリングの教科書としてムーディマンを参照したのではない。編集長によれば彼は、ムーディマンのファンキーな部分や怒りにではなく、その音楽がときおり見せる、崇高とも言える美に惹きつけられていたのではないか、と。
 興味深いのは、ライナーノーツで横田が「象徴主義ということを意識して作った」「僕がやってきたことは象徴主義的だった」と明かしている点だ。

 象徴主義とはなにか。暴力的に単純化して言えば、異化効果である。「ハトは平和の象徴」がわかりやすいが、本作でいえば、アートワークに使用されたウォーターハウスのニンフは一般的に、性欲や誘惑を暗示するものと解釈されている。ある具体的なものを、それそのものとしてではなく、なにかをほのめかすものとして捉えることにより、通常では到達不可能な領域へ到達しようとする試み。ヴェルレーヌにもランボーにもマラルメにも共通しているのが、その暗示的な想像性だ。
 素材は神話上のものでなくとも構わない。たとえば、花。それを、現実に咲く花それ自体として表現するのではなく、「艹」「化」という視覚的情報や「ハ」「ナ」という音声効果のレヴェルで捉え返し、ほかの字や音と並べたり組み合わせたりすることで想像を刺戟、現実に咲く花とはべつの観念的なものを喚起する。そのようなプロセスを経て美に接近しようとする試みが象徴主義だ。だからこそそれは、個人の感情をぶちまけるロマン主義とも、「ありのまま」の世界を模倣しようとする自然主義/写実主義とも異なる、美へのオルタナティヴな到達手段たりえたのだった。

 横田が大量のクラシック音楽をサンプリングしたのも、異化効果を狙ってのことだろう。ドビュッシー、マーラー、ライヒ……と、素材自体に一貫性はない。それらをもとの文脈から引き剥がし、巧みにビートと共存させることによって横田は、新たな美を描こうとしているのだ。
 彼はライナーノーツのなかで「ぼくは美を求めていてそれを音楽で表現している」と語っている。気になって前後の作品を聴いてみたが、『Symbol』は明らかに異色だ。『Sakura』や『Love Or Die』(2007)のようなエレクトロニック・リスニング・ミュージックではないし、ダンスに寄った『Zero』(2000)や『Over Head』(2003)、ヴォーカリストを招いた『Wonder Waltz』(2006)ともまるでちがう。すなわち本作は、それらの手法では接近することのできない美を表現しようとした試行錯誤の記録であり、実験だったのだ。
 象徴主義は、その試みの純粋さゆえ、日常や世俗の常識から遠ざかる側面も持っていた(じっさい、ヴェルレーヌは破滅的な人生を送り、逆にランボーは早々に断筆し世俗化、商人にジョブチェンジしている)。そのような世俗からの離脱は、まさに横田の活動が体現しているものでもある。だから、クラシック音楽の断片と戯れる厭世的な本作が、コロナ以降の絶望的な時代、この見るに耐えない政治状況下でリイシューされたことは、とてもタイムリーだと言える。欲しいのはワクチンでもメダルでもない。美だ、と。

The Bug - ele-king

 ザ・バグは早かった。2003年に〈Rephlex〉から出た『Pressure』。きれいなエレクトロニカが隆盛を極めていたあの時代に、独自の歪んだ音響で大胆にダンスホールを導入、怒りを表現したこと──ザ・バグは10年先を行っていた。
 最近も彼は動きつづけている。2019年にはゾウナルとして過激なアルバムを発表、ベリアルとのフレイムもあった。昨年はケヴィン・リチャード・マーティン名義で怒濤のごとくアンビエント作品を投下、ザ・バグ・フィーチャリング・ディス・フィグとしても〈Hyperdub〉からアルバムを送り出すなど、休むことを知らない。
 なのであまり久しぶりという感じはないのだが、しかしザ・バグ単独名義としてはじつに7年ぶりとなるオリジナル・アルバムがリリースされることになった。その名も『Fire』。タイトルからして熱い。『Pressure』のときはイラク戦争だったけれども、今回はやはりパンデミック~ロックダウンが契機となっている模様。ムーア・マザーも参加している。発売は8月24日。聴き逃す理由はない。

THE BUG
エイフェックス・ツイン、トム・ヨーク、ケヴィン・シールズ、エイドリアン・シャーウッドら錚々たる面子が賛辞を贈る〈NINJA TUNE〉のカリスマ、ケヴィン・マーティンが、7年ぶりにザ・バグ名義でアルバムをリリース! 新曲 “Clash” が解禁!

2008年にスマッシュヒットを記録した『London Zoo』、デス・グリップスなど超凶力なゲスト陣も話題となった2014年の『Angels & Devils』という二枚のザ・バグ作品以外にも、テクノ・アニマルやキング・ミダス・サウンドなどいくつもの名義を操り、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズも在籍した伝説のバンド、エクスペリメンタル・オーディオ・リサーチのメンバーとしても名を連ね、エレクトロニック・ミュージック・シーンのアウトサイダーとして、長きに渡って活躍するカリスマ的プロデューサー、ケヴィン・マーティンが、メイン・プロジェクトであるザ・バグの実に7年ぶりとなる最新作『Fire』のリリースを発表! あわせて新曲 “Clash (feat. Logan)” を解禁した。

The Bug - 'Clash (feat. Logan)' (Official Audio)
https://youtu.be/OgBwOYRuVAw

『London Zoo』『Angels & Devils』に続く、都市を舞台にした三部作の最終作品としても位置づけられている新作『Fire』。MCには、Flowdan、Roger Robinson、Moor Mother、Manga Saint Hilare、Irah、Daddy Freddy などの長年の仲間に加え、Logan、Nazamba、FFSYTHO などの新鮮な面々も参加。音の身体性と強度を追求し続けるケヴィン・マーティンにとって間違いなく最高傑作であり、彼がこれまでに制作した音楽の中で最も獰猛かつ感動的なサウンドが展開する。

ザ・バグを始めたのは、俺の倉庫にあったサウンドシステムのための音楽を作りたかったからだし、バグのライヴ体験こそ、常にレコード作品に反映させたいと思っていた。いつだって炎に、ライヴ体験に注ぐための燃料を探してるんだ。だからロックダウンによってライヴができないことが大きなきっかけとなった。常に「どうしたらもっと盛り上げられるだろうか?」「どうすれば人々をもっとコントロール不能にできるのか?」と問いかけてる。俺にとって、ライヴは生涯忘れられないものでなければならない。オーディエンスをDNAから変えてしまうもの、良い意味で彼らの人生に傷痕を残すようなものでなければならないんだ。俺は、摩擦や混沌、音で炎をあおることが好きだ。このアルバムは、ライヴの激しさや、ライヴ中の “ファックオフ” というアティチュードという点で、俺のライヴが最も良く反映されてる。「WHAT the FUCK?」というのが俺がオーディエンスから望む反応だよ。人々が音楽をどのように消費するかについて多くのコントロールがあり、文化的に抑圧されてる時代において、常軌を逸するということこそ正しいリアクションだ。 ──Kevin Martin

ザ・バグ最新アルバム『Fire』は、8月27日(金)世界同時リリース! 解説付きの国内流通仕様盤CD、輸入盤CD、グレー・ヴァイナル仕様の通常盤2枚組LPの他、シルクスリーン・プリントによるスリーヴ、レッド&イエロー・ヴァイナル仕様の限定盤で発売される。さらに世界限定500枚の Bleep 限定仕様盤(クリアレッド&クリアイエロー・ヴァイナル)が Beatink.com で超限定数販売決定!

label: NINJA TUNE / BEAT RECORDS
artist: The Bug
title: Fire
release date: 2021/08/27 FRI ON SALE

国内流通仕様盤CD
解説書封入 BRZN275 ¥2,000+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11960

BEATINK.COM 限定盤LP
(クリアレッド&クリアイエロー・ヴァイナル)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11961

TRACKLISTING
01. The Fourth Day (feat. Roger Robinson)
02. Pressure (feat. Flowdan)
03. Demon (feat. Irah)
04. Vexed (feat. Moor Mother)
05. Clash (feat. feat. Logan)
06. War (feat. Nazamba)
07. How bout dat (feat. FFSYTHO)
08. Bang (feat. Manga Saint Hilare)
09. Hammer (feat. Flowdan)
10. Ganja Baby (feat. Daddy Freddy)
11. Fuck Off (feat. Logan)
12. Bomb (feat. Flowdan)
13. High Rise (feat. Manga Saint Hilare)
14. The Missing (feat. Roger Robinson)

interview with Terre Thaemlitz - ele-king

このインタヴューは来年に延期されたテーリ・テムリッツ氏が出演予定のドイツの都市モンハイムで開催される音楽フェスティヴァル、《Monheim Triennale》から依頼を受け、英語でインタヴューをおこない執筆したものに若干の編集を加え日本語にしたものです。日本で20年、外国人でクィアで反資本主義なアーティストとして活動しているテーリさんの深い考察は、日本の人たちにこそいま読まれるべき示唆に富んでいます。

 DJスプリンクルズとして知られるテーリ・テムリッツは世界を見渡しても、最も進歩的な芸術・音楽家たちのなかでさえも、極めてユニークな立場にある人物だ。批評性というものに深く向き合うことを決意している彼女は、あらゆる先入観や前提を疑うことを書く者に容赦なく迫るので、彼を題材にした記事を書くのは容易ではない。「私はかなり反パフォーマティヴで、どちらかというと文化評論家だと思っています。私は自分をアーティストやミュージシャンだとは思っていません」と彼女はさっそく私の第一の前提をはねのけた。
 とはいえ、テムリッツは音楽制作・パフォーマンスをするアーティストとして最も広く知られているのは事実で、初期作品はドイツの電子音楽レーベル〈Mille Plateaux〉から、それ以降は東京の〈Mule Musiq〉やパリの〈Skylax Records〉といったレーベルから作品がリリースされている他、自身が運営する〈Comatonse Recordings〉がずっと彼の執筆活動や従来のフォーマットに収まらないプロジェクトのためのプラットフォームとなっている。最近では、76曲入りのアルバム『Comp x Comp』(2019年)や、オーディオ、ビデオ、テキストで構成されたマルチメディア・アルバム『不産主義』(2017年)などがそのディスコグラフィーに加えられた。
 彼女のハウスDJ名義であるDJスプリンクルズは、過去10年ほど世界各地のクラブやフェスティヴァルのラインナップに名を連ねる人気を博している。特に、2008年に高い評価を得たアルバム『Midtown 120 Blues』をリリースした後、RAポッドキャストのミックスで国際的な注目を集め、さらに近年こうしたシーンでラインナップの多様性とジェンダー平等を実現しようとする取り組みに後押しされた側面もある。

 ここまでに、「彼」、「彼女」と代名詞が混在していることに気づき、若干の混乱や読みにくさを感じている方もいると思うが、これは意図的である。トランスジェンダーであるテムリッツは、ひとつの代名詞に絞ることに抵抗を示す。近年、英語圏ではノン・バイナリーを性自認する人が、she/her でも he/his でもなく they/them を代名詞として使用することが一般化しつつある。自己紹介の際に、名前の次に代名詞は何かを本人が指定すること、あるいは相手に確認されることがマナーになってきている。しかし、彼女は第三のジェンダー代名詞(they/them)を使うことを拒否している。なぜかというと、「それは、家父長制の下でのジェンダー危機を解決しないからです。私は全く心地よさを感じません。読者には読みやすいかもしれませんが。それより私はむしろ、家父長制下での私自身のジェンダーの違和感を読者が共有することに興味があります。だから、代名詞が交互に入れ替わる文を読むのが心地悪いと感じるなら、いらっしゃい、私の世界へようこそ!」

移民という経験は、日本に順応したと公言することよりも、アメリカにいたときの自分を解体していくこと=“アンビカミング” に役立っているという風に考えています。そのような “それまでの自分のあり方を取り壊していく” =アンビカミングのプロセスこそが、私がより権威を持って語れることであり、より正確でより有益な情報となるのと思います。概して私は、「何かになる」ことよりも「規定されたあり方を壊す」ことの過程について語るほうが有益だと思っています。

移民として日本にいること

この春、テムリッツが母国アメリカから日本に移住して20周年を迎えた。これは、彼が現在住んでいる千葉の田舎の農家と、私が住むベルリンを Zoom を介してかなりじっくりと話を聞かせてもらってまとめたものだ。私は日本人でありながら、オーストラリアとドイツに合計20年近く住んでいるので、移住という経験でいえばほぼ逆相関という関係にある。

芸術や非商業的な音楽に携わる者にとって、日本は通常、移住先として真っ先に浮かぶ国ではない。特に東京では生活費が高く、公的機関や社会一般からのサポートと言えるものがほとんどない。しかし彼女が日本に住む動機は、私たちの多くがごく当たり前に享受している、身体の安全であると言う。

「私はアメリカから日本に、トランスジェンダーとして来ました。アメリカでは、 “ファック・ユー(お前がどう思おうが関係ない)” という個人主義的な文化があり、誰もが気に入らないことがあれば、すぐにそれを表明する権利があると考えています。唾を吐きかけても、物を投げつけても、殴っても、何をしてもいい権利があると思っているのです。一方、日本では気に入らなければ、最悪の場合でも無視されるだけです。だから、私がいたアメリカ社会生活と比べれば、私にとって日本での “沈黙は金” なのです。嫌われても、放っておいてくれるなら構いません。ここでは、ボコボコに殴られずに済むんです。だからといって、ここでの生活を美化するつもりありません。この世界は相当酷い場所だと思っています。アメリカで散々バッシングにさらされて育ってきた結果、私は周りの暴力との関わりをなるべく減らす努力をしてきたのです」

彼が評価する日本の沈黙は、外の人からは礼儀正しさや、場合によっては「zen」な態度としてすら受け取られがちだが、彼女はそれが社会的抑圧のひとつの形態であり、外からは穏やかに見えていても、それがその裏では最も弱い立場の人を息苦しくさせていることがあることをよく知っている。

「ここでの日常生活は、表面的には信じられないほど礼儀正しく、フレンドリーです。おそらく地元の人同士でも。文化と言語の機能、そしてコミュニケーションという概念をめぐる人びとの心の動き……あるいはその欠如。それが自殺率の高さにも繋がっていると思います。この国の人々は、抑圧の概念とそれがもたらすダメージを受け入れられていないと思います」。このような問題意識を持ちながら、なぜ日本に住むことを選んだのかという質問に対して、テムリッツは次のように答えた。「多くの人は、移民というものを誤解していると思います。ほとんどの場合、移民や他国への移住は、いま置かれている状況から逃れるためのものであり、夢を追うためのものではありません。限られた可能な選択肢のなかで動き、それが上手くいくよう願うしかないのです」

◆「ビカミング(何かになる)」という感覚に抗うこと

日本の政治家や高官が女性やLGBTQの人びとに対して放った数々の “不適切” な発言を、世界も時折目にするようになった。森(元)東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長や、内閣府特命担当大臣(男女共同参画担当)の丸川珠代の例が思い浮かぶが、数年前の自民党議員杉田水脈の「生産性がない」発言や、つい最近もLGBT理解増進法案が自民党によって見送られたばかり。現在の拠点が、彼にとって理想的な社会環境でないことは容易に想像できる。日本のジェンダーギャップ指数は、世界153カ国中120位(2021年世界経済フォーラム調べ)という厳しい状況にある。社会全体で保守的な風潮が強まっており、時代遅れな家父長制的な考え方が助長されているだけでなく、勢いを取り戻している。しかし、そのような背景があるからこそ、表現者としてのそれに準拠しない彼女の存在と批評的な表現の実践が、これまで以上に重要な意味を持つのではないか。

「日本における移民という立場に対する私のアプローチは、自分自身のジェンダーやセクシュアリティに対する反本質主義と平行していて、その知識を参考にしていると思います。私は、日本や日本での経験について権威を持って語る外国人になろうとは思っていません。移民という経験は、日本に順応したと公言することよりも、アメリカにいたときの自分を解体していくこと=“アンビカミング” に役立っているという風に考えています。そのような “それまでの自分のあり方を取り壊していく” =アンビカミングのプロセスこそが、私がより権威を持って語れることであり、より正確でより有益な情報となるのと思います。概して私は、「何かになる」ことよりも「規定されたあり方を壊す」ことの過程について語るほうが有益だと思っています。これは、私がアメリカに住んでいたときからの考え方だと思うのですが、私のクィアで非本質主義的なトランスジェンダリズムの観点からも言えることで、単一性(シンギュラリティ)のカミングアウトを指針とすることや、AからBへ移行することではなかったのです。私はいつも、痛みを伴う社会化のシステムに結びついたものや、離れたいと思っているものからどうやって距離を置くか、ということに興味を持ってきました。何か他のものに合わせるのではなく。そして、移民をめぐる支配的な言語は、トランスジェンダリズムやセクシュアリティや “カミングアウト” をめぐる多くの言語と同様に、つねに他の何かになること= “ビカミング” についての大衆的な感覚に根ざしています」

さらに彼は、支配的な社会的権力構造との調和ともなり得る、“ビカミング” の感覚に従うことの潜在的な危険性について説明を加えてくれた。それは冒頭の、代名詞に関する彼女の発言の意味するところとも繋がってくる。「私にとって、調和や可視性を強調することは、社会的関係性の本当の複雑さについて考えることを止めさせてしまうような、有害なことです。それどころか、アイデンティティ・ポリティクスの言語に陥らせ、それはすぐ本質主義的な議論になります。人びとは、社会的に構築されたアイデンティティを、“自然” の力に起因するものだと考えるようになるのです。これは、私は危険なことだと考えます。多くの偏見や暴力はこのような考え方から生まれているのです。

◆DJスプリンクルズ

DJスプリンクルズの「パフォーマンス」を体験したことがある人なら、彼の選曲とミックスは、単なる体感的なグルーヴ感や高揚感でパーティーを盛り上げる類のセットでないことはご存じかと思う。どちらかといえば、内省的で自分の内面を探っていくようなロングセットで真の持ち味を発揮するタイプのDJだ。彼女とこのようなDJ表現との関わりは、昨今の多くのDJとは異なる、極めて特殊なルーツに根ざしており、それはディープで繊細なテクスチャーのサウンドからも伝わってくる。

「私がDJをはじめたのは、88年から92年にかけての非常に特殊な時期でした。ニューヨークのゲイ・プライド・パレードで流すミックステープを制作していました。その後、〈Sally's II〉というクラブのレジデントになったのですが、このクラブはラテン系とアフリカ系アメリカ人の、トランスセクシャルのセックス・ワーカーたちが集まるクラブでした。週に3回プレイしていましたが、そのうちの2回はドリアン・コーリーと一緒でした。ドリアンはニューヨークのボール・シーンでは本当にオールドスクールの、オリジナルで重要なパフォーマーのひとりで、『パリは燃えている』などにも出演しています。ちょうど、ニュージャージーやニューヨークのローワーイーストサイドから、ハウス・ミュージックやディープ・ハウス・ミュージックが台頭してきたばかりの頃です。私はこのような明確にクィアでトランスセクシャルなセックス・クラブでプレイしていたのと同時に、ACT UP(AIDS Coalition To Unleash Power)にも参加していました。文化的には、当時アイデンティティ・ポリティクスの大きな波が押し寄せていました。

プライド運動が結晶化しつつあった、この周囲の誰もが「声高に、誇りを持って」いた時代に、テーリは、性的指向や欲求がそこまであからさまではない形で共有されていた〈Sally's II〉とそのクィアネスにより居心地の良さを感じたという。

「〈Sally's II〉の本当にありがたかったところは、私の “クィア” の理解と経験にずっと近かったことです。私はミズーリ州の出身ですが、そこに唯一あったゲイバーは西部劇に出てくるバーのようなところで、入るとそこには結婚指輪をした60代の男性が2人座っている。それぞれ田舎に奥さんと子供が住んでいるのは明らかで、彼らは奥さんや子供のところに帰る前に、そのバーで手をつないで一緒にウイスキーを飲むわけです。世界的な現実として、男性同士のセックスのほとんどは、自己実現をしている、声高に誇りを持っている男性間では起こりません。それは、片方か両方がゲイであることを否認している状況で起こる。それが、男性同士のセックスの伝統的なパラダイムです。だからこそ私は、“クローゼット”(*) 戦略や秘密主義や不可視性が自己防衛の手段であり、主流のプライド文化が主張するような、タブー視しなければならない単なる心の傷の原因ではないことを理解しています。この考え方はDJスプリンクルズ活動の一部であり、セクシュアリティの商品化とも関連する “プライド” の概念や構造に批判的なクィアネスのモデルと関連しています」

* 同性愛であることを公表していない状態のこと。カミングアウトの反義語。

“クローゼット” 戦略や秘密主義や不可視性が自己防衛の手段であり、主流のプライド文化が主張するような、タブー視しなければならない単なる心の傷の原因ではないことを理解しています。この考え方はDJスプリンクルズ活動の一部です。

◆組織化と教育の場としてのクラブ

このように、DJスプリンクルズが形成されたクラブ環境は、今日の一般的な「娯楽とエンターテイメントの場としてのクラブ」というイメージとは全く異なる意味を持っていた。彼女の関心対象と、彼が考える社会的空間としてのクラブが担う機能は、「グッド・ヴァイブス」や快楽主義をはるかに越えたところにある。

「例えば、アメリカには社会医療制度がなく、ほとんどの人が保険に加入していません。特に、家を追い出されたり、家族から勘当されたりしたホームレスのトランスのキッズたちであればなおさらです。ですから、ハウス・シーンやクラブは、ホルモン剤の投与量や移行期の治療法の効果・不効果、安全な医者とそうでない医者などについて、お互いに情報交換する場としても機能していました。また、薬をシェアする場でもありました。例えば、〈Sally's II〉の売人は、コカインだけでなく、ホルモン剤や処方箋も売っていました。いわゆる踊って楽しむような快楽主義的な従来のクラブの世界であるのと同時に、組織化、教育、セックス・ワークの場でもあったのです」

最近ではこのような場所が少なくなったため、彼女の表現方法は様々な場面に対応できるように、また生活のためにも、多様化した。

「クラブでは、誰もがハイになっているか、酔っ払っているかで、通常は攻撃的な批判をするスペースがありません。だから私は、クラブでは伝えきれない問題、困難、偽善、矛盾などを、執筆やインタヴューで伝えています。また、私はそのような状況に参加することの意味を複雑化するように心がけています。これらは雇用の場であり、私は収入を得ている。正直なところ、ヨーロッパのフェスティヴァルでDJをすることはできれば避けたいです。それらは、私がDJをしていた場所のルーツや、特定の時期にニューヨークで私をDJに駆り立てたものとは一切関係がないからです。また、最近ではクィア・イベントからDJ出演の依頼を受けることはほとんどありません。クィア・イベントには、日本から地球の裏側まで誰かを呼ぶような予算がないからです。だから、私はつねに間違ったオーディエンスに向けてプレイしているのです。でも、経済的な理由でそうしなければならない。同じように、私は “非演奏的” な電子音響作品をステージなどで演奏することを余儀なくされています。これらは、私にとって重大な妥協であり、現実的な問題です。私の作品のパフォーマンス的側面は、完全に経済的な理由からであり、完全に問題を抱えています。私はそれがいかに問題であるかをオープンにするようにしており、基本的にはそれも私の包括的なプロジェクトの一部としています。つまり、私たちがやらざるを得ないタイプの雇用にまつわる問題や矛盾を実際にオープンにしながら、どこまでできるかを検証するということです」

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ハウス・シーンやクラブは、ホルモン剤の投与量や移行期の治療法の効果・不効果、安全な医者とそうでない医者などについて、お互いに情報交換する場としても機能していました。薬をシェアする場でもありました。組織化、教育、セックス・ワークの場でもあったのです。

◆テーリ・テムリッツ電気音響「パフォーマンス」

テーリ・テムリッツとして自身の電気音響作品を「パフォーマンス」することもある彼だが、彼女はこれを今日のパフォーマンス中心の経済に疑問を投げかける機会として捉えているという。

「通常、テーリ・テムリッツのショーのためにフェスティヴァルに呼ばれるときは、『不産主義』や『ソウルネスレス -魂の完全なる不在-』などの特定のプロジェクトをおこなうことが多いです。私の普段のパフォーマンスは、非演技的に構成されています。ある意味、初期の電気音響テープの再生作品のように、再生ボタンを押すと映像が流れ、私は基本的に何もせずに1時間座っているような構成になっています。これは、伝統的なアカデミックな電気音響テープのパフォーマンスを商業的なパフォーマンスの領域に持ち込むことへの言及でもありますが、一方でドラァグ・クイーンとしては、キャンプやパフォーマティヴィティ、派手さ、ジェスチャーといった従来のトランスジェンダーのステージに対する拒否反応でもあります。ですから、私はトランスジェンダーのステージに関連するパフォーマティヴィティにも批判的です。だからこそ、私はステージ上では静けさを好むのです」

グローバル・パンデミックの最中、私たちの多くがライヴ・パフォーマンスやその不在によってそれらの同空間での共有体験を「欲している」と感じている一方で、彼女はノンパフォーマティヴな作品に焦点を当てた文化的空間の不可能性に対する懸念を強めている。

「どこに向かっているかは明確だと思います。それは、ライヴ・ストリームや代理パフォーマンス・システムに焦点を当てたテクノロジーに表れています。さらに、ライヴ・パフォーマンスのモデル、真正性のモデル、即興のモデル、観客対演奏者のモデルなどに対する文化的な投資が結晶化し、具体化しています。そして、それは完全に保守的、徹底的に保守的で、根本的につまらないものです。私には、それは火を見るよりも明らかです」

彼が異なる名義を使い分け、多様な形態の活動で異なるコンテクストに関わっていることは、本質主義や単一性に抵抗するための戦略でもあることがわかる。すべてのものがロゴやサムネイル、ヘッドラインや短いプロフィールに凝縮されてしまう世界において、彼女は私たちに戸惑い、複雑さを受け入れることを強いる。

「異なるジャンルやさまざまな名義で活動することは、本質的なエッセンスや単一的な芸術的ヴィジョンを一般に投影されること──“存在の真実” とか “テーリ・テムリッツとは何者か?” とか、あたかも答えがひとつしかないかのように──を避ける、という私の批判的な関心と平行しています。ですから、このような断片化、グレーゾーンに入ること、白か黒かという考えからの脱却──単一の芸術的アイデンティティ、創造的プロセスの起源の単一性、原作者の単一性、何かが正真正銘自分のものであると信じること──これらすべてからの脱却が、私がサウンド・コラージュやサンプリングに取り組む理由です。純粋な音楽学や組成の真正性のようなものを起点としていないもの。そんなものはクソ食らえです。こうしたものこそが、私が対抗するものです」

実際には微積分レヴェルの問題を扱っているのに、私たちはいつも算数や足し算、引き算で語ることを強いられています。それより私は、オーディエンスに微積分をぶつけるような作品を発表したいのです。クィアな微積分をそのままぶつけたい。

◆クィアの微積分と向き合うことへの呼びかけ

さらに彼は、決してそれを簡単にはしてくれない。

「誰かがたまたまテーリ・テムリッツのイベントやDJスプリンクルズのイベントに行ったり、アルバムを手に取ったり、インタヴュー記事を読んだりして、それが何かをより深く知るための入り口になるのなら、それはそれでいいと思います。でも、私はビギナーのために手を差し伸べてあげるということには興味がありません。なぜなら、文化的にマイナーなレヴェルでは、メインストリームにつねにアピールしようとすることが、問題や危機についてより深く正確に話し合う方法を育むことを妨げるからです。メインストリームは、ある種の拡張主義的にフォーカスしていて、これは非常に西洋的なグローバリズムと資本主義の考え方です。聴衆はなるべく多い方がいい、より多くの人に届ける方がいい、というものです。支配的なポピュリズムの流通モデルを、非常にマイナーで文化的に特殊な形態のメディアに適用するという考え方は間違っている可能性があり、少なくとも私のメリットにはなりません」

彼女は数学をメタファーとして、詳細を省かない交流の必要性をさらに説明する。

「実際には微積分レヴェルの問題を扱っているのに、私たちはいつも算数や足し算、引き算で語ることを強いられています。それより私は、オーディエンスに微積分をぶつけるような作品を発表したいのです。クィアな微積分をそのままぶつけたい」

テーリ・テムリッツの微積分を受け入れようとしながら話をまとめようとしたとき、私はほとんど無意識のうちに、いつものように会話をポジティヴに終わらせる方法を探していた。彼女は最後にそれに対してもピシャリと応えた。

「私はニヒリストです。私たちはもうダメだと思います。私たちは社会に、いつも楽観的に終わらせなければならないと思わされていますが、できません。すべてが最低なクソです。つねに悪い方向に向かっています。私たちは、もう右か左かではなく、上か下かという世界に突入しています。これはセクシュアリティやジェンダーの権力関係とも通じていますね。それが私たちのいる世界です。良いことばかり考えるのではなく、私たちの周りで起こっている暴力や破壊に危機感を持つようにしなければなりません。暴力はあらゆる場面で助長されています。このような状況に希望を持つのではなく、希望を捨てて、『なんてこった!』と思う必要があるのです。バラ色の眼鏡は外してください。パニックしてもいいんですよ」

ralph - ele-king

 ついに、だ。2017年の “斜に構える” 以降、ハードなラップで着々とその名を広めてきた ralph。昨年の彼は “Selfish” のヒットやEP「BLACK BANDANA」のリリース、「ラップスタア誕生!」での圧倒的なパフォーマンスなど、一気にステージを上げた感がある。
 そして本日6月30日、初のミックステープ『24oz』がリリースされた。おなじみの Double Clapperz や EGL に加え、〈TREKKIE TRAX〉の Carpainter もプロデューサーとして参加。ゲストもこれまで以上にスケールアップしており、AJAH、C.O.S.A.、SEEDA が招かれている。
 なお、7月6日発売の『ele-king vol.27』には、ralph と Double Clapperz の対談が掲載。新作『24oz』の話も出てきます。あわせてチェックを。

ralph が客演に SEEDA、C.O.S.A.、AJAH を迎えたミックステープ 『24oz』をリリース
全国ツアーも開催

昨年リリースしたシングル「Selfish」が Youtube で100万回再生を突破し、確かなスキルと独特の存在感でヒップホップシーンで圧倒的な支持を得るラッパー ralph (ラルフ)。ファッションブランド〈Children of the Discordance〉とのコラボレーションなどシーンの内外にも認知を広げてきた。

昨年から幅広い客演参加でシーンの話題を集めてきた ralph が、自身の作品としては1年ぶりとなる1st ミックステープ「24oz」をリリースする。2部構成となっている本作。前半では、ドリル・グライムのトラックで彼自身の持ち味でもあるハードなラップを披露。後半では自身の体験を反映した内省的な一面を覗かせる。ralph のパーソナルな世界観が作品全体で表現された意欲作となった。客演には、過去にもコラボレーションで話題を呼んだ SEEDA、名古屋知立から C.O.S.A.、さらに若手実力派シンガー AJAH が参加している。プロデューサーとしては Double Clapperz、Carpainter、EGL が参加している。

更には、名古屋を皮切りに全国7箇所を回る「24oz Tour」を開催。
圧倒的なライブ力を是非体感していただきたい。

『24oz Tour』
2021年7月17日(土) at 名古屋 JB’S (NIGHT)
2021年7月24日(土) at 仙台 SHAFT (NIGHT)
2021年8月9日(月) at 横浜 THE BRIDGE (DAY)
2021年8月13日(金) at 京都 Chambers (NIGHT)
2021年8月22日(日) at 福岡 STAND-BOP (DAY)
2021年9月19日(日) at 大阪 JOULE (DAY)
2021年10月3日(日) at 東京 Contact (DAY)

*詳細は各会場まで

Release Information

Artist : ralph
Title : 24oz
リリース日 : 2021年6月30日

各種配信サービスにてリリース
https://linkco.re/bp1CzPvv

Tracklist :
01. Intro
02. Zone
03. Roll Up
04. WIP feat. SEEDA
05. skit
06. Window Shopping
07. D.N.R feat. AJAH
08. RUDEBOY NEEDS
09. Villains feat. C.O.S.A.
10. Outro

参加アーティスト: AJAH、C.O.S.A.、SEEDA


Artist bio


ralph/ラッパー

2017年に SoundCloud で発表された「斜に構える」が注目を集めたことをきっかけに、アーティスト活動を開始。2020年6月にリリースされた2nd EP「BLACK BANDANA」のリリースでその地位を確固たるものにし、同EP収録の「Selfish」は Youtube で100万再生を超えた。さらに Abema TV から配信された「ラップスタア誕生」(RAPSTAR2020)で優勝し、ヒップホップシーンからの期待を一身に担う存在となった。2021年6月にキャリア初のミックステープ「24oz」をリリース、夏には全国ツアーを予定しており、今後の活動にも注目が集まる。

Twitter:https://twitter.com/ralph_ganesh
Instagram:https://www.instagram.com/ralph_ganesh/

Dry Echoes (田中光 × FKD) - ele-king

 独特のスタンスで良質なヒップホップを追求してきた、OLIVE OILPopy Oil 率いる〈OILWORKS〉。同レーベルに新たなラインナップが加わることになった。
 千葉出身のふたり、LAシーンに影響を受けたビートメイカーの FKD と、テクニカルなフロウで魅せるラッパーの田中光が、Dry Echoes として初のアルバムをリリースする。発売は7月28日。チェックしておきましょう。

2018年末、中目黒Solfaでの邂逅直後からセッションを重ねてきた田中光×FKD。
これまで数々の楽曲を発表してきたが、2021年 共作名義 “Dry Echoes” を掲げついに初のアルバム『Narratge』を〈OILWORKS Rec.〉よりリリース!

クリエイティブ集団「VIBEPAK」の主宰でもあり、〈OILWORKS Rec.〉からもアルバムのリリースを残すビートメーカー FKD と、ポエトリー・リーディングやMCバトルでも戦歴を残している田中光によるフル・アルバム!
『Narratge』で描かれているのは雑踏とネオン、夢と泡沫、エゴと資本主義。
断片的に切り貼りした都市生活者の詩集であると同時に約40分間を映画的に魅せるハイクオリティなビート集でもある。言葉の情景が耳と心にも響く、秀逸な楽曲が収められた1枚です。
アートワークは Popy Oil が担当し、初回盤はスリーブ仕様&歌詞ブックレット付き!

artist : Dry Echoes (田中光 × FKD)
title : Narratage
label : OILWORKS Rec.
cat : OILRECCD027
price : 2,500yen (IN TAX 2,750yen)
release : 7/28 (水)
バーコード : 4988044864917

Track List
01. Story
02. Kogarashi
03. a night
04. Journey
05. Ressurection feat Kzyboost
06. nakameguro
07. rumble fish
08. taxi driver
09. NOTFORSALE
10. Leaving
11. Ward
12. endless
13. feel (freestyle)
14. ainiku
15. chiba
Bonus Track
16. Riyuu (RAW-Remix)

Words by 田中光
Beats & Mixed by FKD
Album Mastered by Hiroshi Shiota
Design & Layout by POPY OIL
Featuring by Kzyboost

■プロフィール

▼FKD
千葉県千葉市出身、beatmaker/DJ。幼少期よりストリートダンスを始め、USの00年代のHipHopやR&Bに影響を受け16歳からDJをスタート。 その後 J Dilla や LOW END THEORY を初めとしたLAの音楽シーンに出会い大きな影響を受け、制作活動を開始。HipHop、Jazz、Bass Music を筆頭に様々な音楽要素を踏襲したグルーブと感性、そして「踊れる音楽」を強みに beatmaker として活躍の幅を広げる。2019年の〈OILWORKS Rec.〉からのアルバム『EGO TRIP』のリリースを皮切りに、自身のレーベル〈PubRec〉でのプロデュース活動や様々なアーティストへの Remix 提供、また、楽曲制作だけでなくイベントプロデュースやアートディレクション等多岐にわたった活動を続けている。東京を中心に活動するゆとり世代クリエイティブ集団「VIBEPAK」の主宰者。

▼田中光
千葉県館山市出身のラッパー。叙情的なリリックとチョップスタイルを駆使したテクニカルなフローを持ち味とする。2000年代中期から活動を開始し、UMBや戦極MC BATTLEといった大会での優勝によって、シーンにその名を知らしめた。2011年リリースのアルバム『PROOF』に続き、2016年には、LIBRO、BUGSEED、Meiso らを迎えたソロ・アルバム『ECHO CHAMBER』を発表。その後もEP「Round About Midnight」のカセットテープ・リリース、showmore や FKD をはじめとする多様なアーティストとの共演も話題に。ステージ上では、サンプラーとエフェクターを用いて、自らの曲を分解・再構築。楽曲とフリースタイルを織り交ぜた唯一無二のスタイルがオーディエンスの心を掴んで離さない。

Special Interest - ele-king

 もしきみがアナキストなら、スペシャル・リクエストを聴かねばならない。いや、アナキストでなくてもいいが、こんな時代だからこそ彼らのパンク・サウンドに耳をすますべきだろう。
 昨年の『The Passion Of』が高く評価されたニューオーリンズのこの4人組、なんと〈Rough Trade〉と契約を交わしたそうだ。と同時にアルバムのリリース1周年を記念して、同作収録曲 “Street Pulse Beat” のMVも公開されている。監督はバンドのヴォーカルのアリ・ログアウト。短編映画仕立てです。
 ちなみに、2016年にカセットでリリースされたデモテープ「Trust No Wave」も〈Warp〉傘下の〈Disciples〉からヴァイナルでリイシュー中。今後の動向に注目を!

Special Interest
ニューオーリンズ在住の4ピース・バンド
スペシャル・インタレストが名門〈Rough Trade〉と契約!
アルバム『The Passion Of』の1周年を記念してパワフルな
最新ビデオ「Street Pulse Beat」を公開中。

ニューオリンズのノーウェイブ・パンク・グループ、スペシャル・インタレストは、最新アルバム『The Passion Of』のリリース1周年を記念して、アルバム収録曲 “Street Pulse Beat” の超パワフルなMVを公開した。スペシャル・インタレストのボーカルであるアリ・ログアウトが監督を務め、FADERで初公開された。独自の世界観が醸し出す不思議空間とストーリー、さながら映画の中にいるような臨場感を感じられる。

Special Interest- STREET PULSE BEAT (Official Conspiracy)
https://www.youtube.com/watch?v=6sGAN9y-HnQ&feature=youtu.be

スペシャル・インタレストは、ニューオーリンズのDIYシーンから生まれた。デモテープ「Trust No Wave」とデビュー12インチ「Spiraling」を経て、2020年に2枚目のLP『The Passion Of』をリリース、カオティックかつメロディックなアルバムの世界観が各所で注目された。さらに9月にはアルバム『The Passion Of』サポートするツアーを敢行することを明かしている。 Pitchfork Festivalへの出演や、ブルックリンのMarket Hotelでの公演も予定されている。〈Rough Trade〉は、スペシャル・インタレストの次のアルバムに向けて、彼らと契約したことを先日発表した。その詳細は後日発表される。

label: BEAT RECORDS / DISCIPLES
artist: Special Interest
title: Trust No Wave
release date: NOW ON SALE

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11826

interview with Squarepusher - ele-king

 ロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインの美術学部に入学したとき、トム・ジェンキンソンは借りられる最高額の学生ローンを受け取り、その全額をはたいて中古の機材を買い揃えた。1400ポンド分の小切手は、中古のAkai S950サンプラー、2台のドラムマシン、ミキサー、DATレコーダーを買えるだけの額であり、これらの機材は、スクエアプッシャーとしての1996年のデビューアルバム『Feed Me Weird Things』に収められた音楽を作る上で不可欠な役割を果たした。当時のジェンキンソンは、レイヴ・ミュージックの文体を身につけながらそこに変化を加えてより斬新な可能性を追い求めようとするミュージシャンたちの流れに属していると見なされており、ルーク・ヴァイバート、μ-Ziq──そしてもちろんエイフェックス・ツインといった顔ぶれと交流を持っていた。ブレイクビーツのリズムを非常識な速度に高めたり、その性質をシリーパテ(粘性と弾性を兼ね備える合成ゴム粘土)のように多彩に変化させたりといったスタイルは、ほどなくしてドリルンベースと呼ばれるようになるジャンルの象徴となっていた。だが、彼の音楽を何より際立たせていたのはエレキベースの卓越した使い方で、奏者としての圧倒的な才能は、あのジャコ・パストリアスが比較対象になるのも納得できるものだった。

 1995年にノースロンドンで開かれた実験的電子音楽のイベントに登場したジェンキンソンは、幸運にもエイフェックス・ツインその人であるリチャード・D・ジェイムスの耳にとまり、その後押しによって『Feed Me Weird Things』が彼のレーベル〈Rephlex〉からリリースされた。ジェイムスは収録トラックを選曲し、アルバムに熱烈なライナーノーツを寄稿した(例えば「ミスター・ジェンキンソンが指揮をするとき、彼を除く世界中のあらゆるものがオーケストラピットにある」といった記述がある)。翌年スクエアプッシャーは〈Warp Records〉からの最初のアルバム『Hard Normal Daddy』をリリースし、ドラムのプラグラミングと、ジャズ・フュージョンの過激さと、ひねくれたユーモアが混ざり合っていたことで、先進的な評論家の中からは彼をジャングル・ミュージック界のフランク・ザッパと位置づける声も上がった。しかし続いて1998年にリリースされた『Music Is Rotted One Note』では、大胆な方向転換──以後何度もおこなわれる方向転換のはじまりでもあった──がなされ、シーケンサーがアナログ楽器に置き換えられるとともに、ミュジーク・コンクレートといったジャンルやエレクトリック期のマイルス・デイヴィスを起源とするサウンドが作られるようになった。

 その後に続くジェンキンスの多様な作品──2001年の『Go Plastic』のように〈Warp〉の歴史に刻まれる名作から、ベースのソロ・アルバム(『Solo Electric Bass 1』)、オルガン(『All Night Chroma』、ジェイムズ・マクヴィニーとの共作)またはアンドロイドを活用した作品(『Music for Robots』、Zマシーンズとの共作)にまでおよぶ──において、彼は一貫して独特の音の響きを保ち続けた。そして『Feed Me Weird Things』の時点で、すでにその音の響きは完成していた。本アルバムのリリース25周年を記念したリイシュー盤には、本人による新規のライナーノーツが付属するが、そこに記載されるまるで『Sound & Recording』などの専門書のようなマニアックな分析は、彼がたびたび言及する初歩的な技術のあり方とは対照的だ。『Feed Me Weird Things』のサウンドは、現在の〈Warp〉らしいスタイルのIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)の神髄を表しているが、その起源が1980年代のインディー・シーンで培われたDIYの手法にあることも伝わってくる。

 昨年の『Be Up A Hello』でジェンキンソンは、キャリアの初期に使用していた機材をひさしぶりに持ち出して、ひねりを加えたアシッド・ハウスやレイヴ・サウンドを生み出し、アルバムはこれまで制作してきた中で最も面白味のある作品のひとつと評価された。Zoomでのインタヴューで『Feed Me Weird Things』のリイシューに触れることはほとんどなかったが、長時間に渡って、10代のころの話やベースとの関わり、また創作における制約こそがつねに自らの取り組み方を決定してきたことなどについて積極的に語ってくれた。

子供時代が再来したかのようだった。「大人の世界」が遠のいて、もはや自分のやっていることと世界の間に現実の関わりがあるという感覚がなくなってしまったんだ。僕は、かなり本気でこの状態を保ちたいと思っている。

昨年はあなたにとってどのような年でしたか?

TJ:たぶん、いろいろな意味で未知なる日々だった。何よりも最初は、そこにある恐怖がすべてだったけど、次第にある種の安堵感が混ざるようになった。1年中ツアーに出るだろうと思っていた状況から、程度の差はあれ、基本的に全部が撤回されるという状況に変わってしまったからね。ここでは正直に話すけど、もしこれで僕の思うようにやらせてもらえるとすれば、申し分のない状況だ。つまり、大人たちの世界は事実上機能を停止した。先を見据えたプロジェクトや何かが話題になることがなくなり、それは何が起ころうとしているのか誰にもわからなかったからだ。そんなわけで、創作活動に当てられる、願ってもない時間が早々に訪れたということだ。

それはいいですね!

TJ:そう、ある意味ではそうだった──だからといって、この1年間ずっと降りかかってきた恐怖を軽視しているわけでは決してない──ただ、どことなく子供時代が再来したかのようだった。ある日突然、僕はこの場所でひたすら自分に向き合うことになり、それでいわゆる「大人の世界」が遠のいて、もはや自分のやっていることと世界の間に現実の関わりがあるという感覚がなくなってしまったんだ。僕は、かなり本気でこの状態を保ちたいと思っている。平常時であれば、それこそ無難な距離感を保つために、もっと慎重に取り組んだだろうけど、パンデミックの場合、なるようにしかならなかったんだ。

ここ1年ほどの間に、自身が何か特定の方向性に引き寄せられていると感じることはありましたか? 現在取り組んでいることでも、あるいはこれから創作しようとしていることでも。

TJ:大まかに言えば、まだ『Be Up A Hello』の余韻が残っている。包み隠さず話すけど、これほどまでに大人の世界が遠ざかっている感覚が強くなって、自分のいままでの日常生活とか、考え方とか、対話とかがもはや通用しないとなるにしたがって、「好きなようにやってやろう!」という意識が戻ってきた。確かにいまのところ大きな仕事とか、大きなプロジェクトは何もない。それなら思い切り遊んでみようと思うだろう? そしてその考えは、すでに『Be Up A Hello』にもある程度は、取り入れられている。なぜなら、このアルバムそのものが、度重なる人生の厳しい出来事に影響を受けているからで、おかげである意味で再出発をして、最初の原則に立ち返ることができた。楽しいことをするっていうところにね。

過去には、心から楽しいと思えない仕事をしていた時期もあったということですか?

TJ:(笑)いい質問だね。いや、本当に大事なことだ。何ていうか、そうだな、実際問題、楽しさを期待するだなんて、笑われても仕方がないからね……つまり26年の「キャリア」と呼べる年月が僕にはあって、それどころか子供だったころの準備期間を考慮すればもっと長くなる。確かに、すごく昔、それこそキャリアがはじまる前は、楽しいという感情がすべてを突き動かしていた。だからこそ毎日学校から走って家に帰ったし、ギターを触るのが待ちきれなかった。面白いという気持ちだけだった。職業にするという気はなかったし──もっとうまくなりたいという向上心すらなかった。初めは、何かすごいことをしたいという考えさえ持っていなくて、ただ単に「この楽器が好きでしょうがないし、この楽器が鳴らす音が好きでしょうがない」というだけだった──すごく素朴な向き合い方だ。もちろんそこからさまざまなことが進歩しているし、そのぶんつねにいろいろと気を配って、できるだけついていくようにしていることもつけ加えておきたい。要するに、46才になった自分に、10才の少年みたいな心持ちを期待されても困るということかな。

(笑)そうですね……

TJ:だけど正直に言うと、できるだけ変わらないでいたいと思っている。自分にとってはそれがすべての根本だから。活力の源だ。言い方を変えれば、自分にルールを課して、楽器を弾いてもうまくいかないとき──そして楽しめていないとき──には、「いいか? いまは距離を置くべきなんだ」と考えるようにした。なぜなら、そうやってできあがったものを誰かが耳にしても、苦労の痕跡や憤りや退屈が伝わるばかりで、意味が変わってしまうから。ただときにはおかしなことが起こって、例えば取り組んでいるものがまるで気に入らなくて「どうしても最後までやらないといけないんだよな。気に入らないし、どうせ全部消去することになるんだろうけど、ともかく終わらせないと……」と考えていても、翌日聴いてみれば「あれ、思っていたより、ずっといいぞ」ってなることはある(笑)。それでもまあ、全体的には、僕は悩みながら取り組み続けるタイプではない。そういうやり方は自分に合わない。ただそれだけだ。
このことは、つねにあちこちのインタヴューで話している。まさに事実だからね。強い熱意が根っこにあって、あらゆるものがそこから派生している──そして何かに取り組むさいに無理を重ねて、身を粉にしてまでとことんやり抜くのは、かえってすべてを台なしにすると思う。駄目にするのはその日だけに限らず、もしかすると、何日も何週間も棒に振るかもしれない。たぶんプログラミングにもそういう面があって……実は昨日もいろいろとやっていたんだけど、結局放り出したんだ。義務感だけでやっている仕事に思えたから。いつかアシスタントのような人を置ければいいと考えている。仕事を押しつけるためではなくて、一緒に作ることで、もっと楽しめることがあるかもしれないと思うからね。でもそうなると、長年の習慣が変わってしまうだろう。まあやってみないとわからないけど。

とはいえ、何度か他の人たちと一緒に仕事をしていますね? バンド(ショバリーダー・ワン)で活動していたこともありましたし……

TJ:うん、そのとおりだ。

……そしてある時期(だいたい2008年の『Just A Souvenir』のころ)には、ボルト・スロワーのメンバーだったドラマーとともにステージに立っていました。

TJ:アレックス・トーマスだね。そうそう。いや、確かにああやってすばらしい時間を過ごしたけど、実際、技術的な面というか機械に関する面では、誰かに手伝ってもらったことはないよ。思うに、コラボレーションが実現するのは(つまり他のミュージシャンたちと演奏することは)僕にとっていちばん自然なことだ。何しろ10代のころを振り返れば、ずっとバンドに入って音楽活動をしていたわけだから。それが当時は何より大切なことだったし、自分の作品を作り続けてきたなかで、いまもまた活力を与えてくれている。

なるほど、そうですか。10代のころ楽器を演奏しているときに、ベースに引き寄せられたわけですよね。その理由は、バンドでベーシストが必要とされていたからでしょうか? それとも、楽器そのものがあなたを引きつけたのでしょうか?

TJ:最初に楽器があって、それからバンドで演奏するようになった。というより、楽器があったからこそバンドをはじめたんだ。じつは最初の楽器はベースではなかった。当時は、何であれギターに類する楽器を身につけたいなら、昔ながらのアコースティック・ギターからはじめるのが一番だというのが定説だったし。そして僕は11才だった。経験も知識もまるでなくて誰にも相談しようがなかった──それにお金もなかった。安物のエレキ・ギターでさえ縁遠いものだった。初めてのアコースティック・ギターを15ポンドで買って、もちろんそれは、まったくもって大した楽器ではなかったけど、それでも新しい世界への扉を開くのには役立ったね。
だけど僕はずっとベースだけでなく電子楽器の世界にも引き寄せられていた。何がそんなに魅力的だったかと言えば、音色の質とか、奥深さ、エネルギーといったものが、自分にはその楽器を体現しているように思えたんだ。僕は、ベースがどんなものかさえ知らなかった。確かに、耳を慣らしていなければ、あの楽器はちゃんと聴き分けられない。そこに興味が湧いた。例えば「この楽器は何をしているんだろう? どこの音域なんだろう? どんな可能性を秘めているのだろう?」といったように。そしてその答えが明らかになる瞬間が何度かあった。振り返ってみれば、例えばポール・サイモンのアルバム『Graceland』が挙げられる。あのアルバムは傑作で──あれを知らないなんて許されないと言ってもいいくらい、それこそ触れる機会はいくらでもあるはずだ──そのなかに、あの素晴らしいベーシスト(バキティ・クマロ)が弾いているシングル曲があるんだけど……

“Call Me Al” ですか?

TJ:そう、それだ。“You Can Call Me Al” だよ。このポップ・ソングのなかに、2小節だけ入っているベースのソロ・フレーズがある。それがもう「いまのは何だ!? めちゃくちゃ格好いいぞ!」っていう感じだった。パーカッションみたいにリズムを刻んで、それでいて美しいメロディーを奏でている。それに心を奪われた。あの音域ですごく面白いことをやっている。現在までの僕の音楽は、メロディー重視の曲を作る風潮に反していると思っている。メロディー重視の音は、クラシックでも、ポップでも、ジャズでもあらゆるジャンルで聞こえてくる──そこではトップの音が売り上げを左右して、低い音域はあくまで土台とされている。僕は低音域の作用に魅了されていて、多くの場合、自分の作品では上の音域が控え目になっている。どういうわけか、そのほうが性に合っている。でもとにかく……ベースは僕を惹きつけたんだ。
そういう出来事は他にもあった──例えば、ジミ・ヘンドリックスのモンタレー(1967年のモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァル)でのパフォーマンスだ。僕はあのステージのビデオテープを持っていて、本当に夢中になった。彼がギターに火を放つ場面があって、あの意味についてはそれこそ無限に解釈ができる。どことなく愉快なシーンだし、たぶん狙ってやっているところもあるんだろうけど、僕にとってはいまでも思い出すだけで背筋がぞくっとする。あれはロックの象徴で、それがああやって粉々にされて火を点けられた──そのときに鳴っていた音が魅惑的だった。いつまでも続く魅惑的な音が、楽器を酷使することで生まれていた。小遣いは足りていなかったし、ガソリンも持っていなかった──だから子供だった僕は、自分のギターに同じことはできなかったよ(笑)。
それはそれとして、ジミヘンがこれをやっている間、ノエル・レディングが演奏を引っ張って、ベースの音程を上げていき、そしていつの間にか甲高い音をバックで奏ではじめた。すごく刺激的だった。ここでもまた、別の意味で僕は引きつけられた。「そうか、ベースはこんなに激しくて力強い音も出せるのか」と思った。そういったできごとがあって、僕はすっかり納得していた。やがて次の機会が巡ってきた。ベースが70ポンドで売りに出されているのが地元の新聞に載っていて、しかもアンプまで揃っていたんだ。すぐに飛びついたよ。

僕の音楽は、メロディー重視の曲を作る風潮に反していると思っている。メロディー重視の音は、クラシックでも、ポップでも、ジャズでもあらゆるジャンルで聞こえてくる──そこではトップの音が売り上げを左右して、低い音域はあくまで土台とされている。

スクエアプッシャーとして活動しはじめた頃、ベースも使うべきか迷いましたか、それともそこは最初から自然なことだったんでしょうか?

TJ:まあ、そうだね。スクエアプッシャーとなったものは、どのみち子供の頃にやっていたことの延長線上にあったものだから、つまり、手元にあった機材や、借りられるものを手あたり次第使ってみたってことだ。『Feed Me Weird Things』の頃も、それ以降もそうだった。最近になってその頃のことを思い出した。インタヴュー等で、あの作品の技術面について語ることがあったんだ。実際、あの機材の3分の1は借り物だった。おかしいよな(笑)。大体こんな風に「あ、このギターアンプ借りられる? ドラムマシンも貸してくれる? ちょっとこいつを試してみたいんだ……」とね。終始そんな調子だった。ギターペダルも借りたんだ。全然自慢にならないけど、まだ返してない(笑)。『Be Up A Hello』でもまだ使っているよ。だから、ある程度は言いわけは立つかもね。悪いことをしているのに変わりはないけど。
 忘れられないのは、ビスケットの缶でスネアドラムを作ったことだ。画鋲を中に放り込んで、てっぺんに絶縁テープを張り巡らせてスキンを作った。ドラムセットの構成だってよくわかってなかったんだ、その頃は。「あの音だ。よく2拍目か4拍目に入るやつ。あのシャンシャンいう響き、〝シャラシャラ〟って鳴るあれ。あれは何? ドラムみたいだけど、でも……どうやってシャンシャン鳴るドラムを作るんだろう?」そういうわけで、「まあ、わかんないけど、画鋲をビスケットの缶に入れてみよう。それで上に何かを張ればいいや。そしたら叩けるだろ?」で、うまくいったんだ! それなりにね。最初の頃はともかく、恐ろしく原始的なものだった。予算ゼロだし、手元にあるのは安物のギターだけ。でも、そういうメンタリティーでいったんだ。
 いまとなってはわざわざこういうことを追求してみようっていう気はないけど、近頃のミュージシャン志望の子たちが置かれている状況と比べてみると面白いとは思う。正直、彼らのほうが恵まれている。ラップトップさえあれば、無限の音楽作成ツールにアクセスできるんだから。夢みたいな環境だ。ほんの少し前を振り返って見るだけで、40年も前のことでもないのに、まったく、恐ろしいほど違っているんだ。
 さて、もとの質問に戻るけど、ベースはなくてはならないものだった。あの頃、エレキ・ギターを持っていなかったから、電子機材で高音域を探求するという選択肢がなかった。でもまあ、「じゃあ、ベースのネックのいちばん上までいってみよう。それでギターみたいな音を出してみよう」ってやったんだ。で、もちろん、ギターの音にはいまいち似ていないけれど、別の味があった。それがなかなか面白かった。おかげでコードや和音、それから右手を使った色々なテクニックに首を突っ込むことになり、最終的には2009年にリリースした(『Solo Electric Bass 1』)みたいなソロのベースの作品になった。だからあれはそういう慈善バザー的な意識と取り組み方の集大成みたいなものなんだ。
 それから少しして、バンドで演奏する傍ら、友だちと一緒に地元でパーティーを開くようになった。近所のYMCAとかでね。地元のサッカークラブなんかも良かった。そういうところで何度もパーティーをやったものだ。ドライアイスを敷き詰めて、手元にあった当時の最新レイヴのレコードをかけた。そこへベースを持っていっては演奏に合わせてジャムって、違った味を出そうとしたんだ。デッキでブレイクビートをかけて、ミキシングをしているやつがいれば、それに合わせてジャムってみたり。スクエアプッシャーはそういう活動からそれほど飛躍したものじゃない。中核になっているのはそういったもので、それが礎になっている。

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楽器の演奏方法には一般的な思い込みが氾濫していて、「そうだ、偉大な先人はこうしていたんだ、だから君もうまくなりたいなら、彼らのやり方に習わなきゃ」っていうようなナンセンスだらけだ。

ミュージック・シーンに初めて登場したときのことを振り返って見ると、ダンス系の音楽をああいう風に生の機材でやろうとしていた人びとはあまりいなかったかと思います。ある意味、ただひとり、自分の道を歩んでいましたよね?

TJ:ああ……いい勉強になったよ。その後、かなり早い段階であの世界から身を引いたからね。僕の見たところ、少なくともイギリスの評論家の一部は、僕がジャズやフュージョン・ジャズの要素を取り出してダンス・ミュージックと融合させていると思い込み、「どういうつもりなんだ?」と言っていた。それでまあ……奇をてらっているだとか、コメディ路線だとか思われたんだろう。確かに僕の作品にそこはかとないおかしみがあるのは否定しない、含まれているものなら他にもいろいろあるけれど。でも、あの機材はパロディやおどけじゃなかった。そういう反応が生まれた原因の一部は、もちろん、みんながそういう見方をしていたわけじゃないけど、ご指摘にあった通りだと思う。あまり流行ってなかったからだね。
 でも、その目新しさが素晴らしい出会いにつながることもあった。例えば、タルヴィン・シンだ。彼は様々なスタイルや伝統音楽を用いている。彼もきっとタブラ演奏で同じようなことをやっていたんだと思う。しかも非凡な演奏者だったしね。彼とはたまたま同じギグに出演したときに知り合って、すぐに意気投合した。互いのアプローチに共通点があったからだ。当時のダンス・ミュージックと昨今の作品とのつながりを保ちつつも、生の楽器とそういった音楽との接点を見出し、互いに影響しあえる絶妙なツボを模索していたんだ。結局は、それこそが醍醐味だからね。そして、その具体的な成果がいまになって目に見えるようになったんじゃないかと思ってる。とくに最近のドラマーたちの多くにね。いまでは彼らはとても、とても明白に影響を受けていて……いや、自画自賛をするつもりはないよ。僕だけじゃない、もちろん。でも、わかるはずだ、彼らが受け継いでいるのを。例えば、僕やタルヴィンや他の人びとが探求してきたものをだ。そしていまでは逆方向へのフィードバックがはじまっている。素晴らしいことだと思う。
 そのフィードバックのプロセスは、ある意味、僕のなかでも起きていた。ほんの束の間だけど、10代前半の頃に戻れたんだ。ベースラインの濃厚なレイヴのレコードがしっくりくるアシッドの曲やなんかで。そういうレコードにはしょっちゅうあることだが、たぶん(プロデューサーが)従来的な楽器のイロハを学んでないことに関わりがあるんだろうな。レコードの音程がサイケデリックなんだ。何て言うのか、音階が完全にぶっ飛んでいる。そこから音階を作ろうとしたら、とても妙なものができあがるだろう。2オクターヴの音階だとか、リピートしないものだとかね。そういう曲を演奏しようとすると、そういったある種どうしても内面化してしまっている、いわゆる「原理原則」を手放すことになる。というのも、とても多くの音楽がそういう特定の作法に従っているからだ、音階だとか、そういったものにね。あまりに普遍的で、どうすることもできない……知っておかなければならないことではあるけど、そういったものもある種の制限を課してくるんだ。
 だからDJピエールの(フューチャー名義の)“Slam” や “Box Energy” を演奏して、理解を深めようとしたことがあるんだけど、「ものすごく変!」ってなる。けれども演奏しているうちに「こいつは……本当に未来的だ」とわかる。実に勉強になるんだ。演奏に別の角度から影響を与えてくれる。楽器の演奏方法には一般的な思い込みが氾濫していて、「そうだ、偉大な先人はこうしていたんだ、だから君もうまくなりたいなら、彼らのやり方に習わなきゃ」っていうようなナンセンスだらけだ。実際、視線をその向こうに据えて、サウンドだけに集中してみるといい。「偉大な先人」から目を背け、名演奏とはまるで関係ないレコードだけじゃなく、それ以外のもの全て、周りのノイズのようなものも含めてシャットアウトする。そうすると、少なくとも同じくらいか、むしろそれ以上のインスピレーションが得られるはずだ。

あなたのキャリアを振り返るのはじつに興味深い。アルバムとアルバムの間である種の綱引きがおこなわれているようなんです。きわめてライヴ要素を重視しているものがある一方で、もっとこう、箱の中で展開しているようなものもある。

TJ:ああ、実にその通りだ。

何であれ、手元にあるもので音楽を作る。自慢できることがあるとすればそこだ。つまり「僕はどんなものを手にしたって、音楽が作れる」ってこと。ある意味、パンク精神と言おうか、独立精神と言おうか。

楽器を用いずに、完全にコンピュータだけでやっているときでも、ベースはつねにあなたの人生の一部で、何があっても触れ続けているものだったんですか?

TJ:ああ……もちろん。練習そのものに注ぎ込む時間は、まちまちだけどね。そこは一定してない。芯からプロ意識を持っている人っていうのはそういうところに厳しく取り組むんだろうけど、僕は違う。弾きたいときに弾くんだ。でも結局のところ、限界みたいなものがあるんだ。そこを過ぎるとスタミナを失っていくポイントがね。でも、他にあるのは……僕が言っているのは原理原則の体系だとか、音階ってこと。僕の理解では、他の多くの人もそう思っているだろうけど、指がどこに行くのかを心得てればいいってもんじゃない。指が行先を心得ているのは全体像となるメンタルマップがあるからなんだ。演奏しているとき、指にそこに行けと命じているわけじゃない。頭の中にイメージがあって、そのイメージをなぞっている。ある種の構造化したネットワークのようなものの、異なった道筋を辿っているんだ。それはつねにある。ギターを手にしていようがいまいがね。

なるほど。

TJ:だから、しょっちゅう、電車を待ってるときとか、行かなければいけないところがあるけどやることがないとか、そういうときには大体頭のなかで演奏して楽しんでいる。基本的には同じことなんだ。楽器はないけれど、音はそこにある。僕が辿る構造化した道筋は同じだ。それはもちろん、コンピュータをベースにした作曲のときにもあると思う。だからこの構造化した道筋を通じて情報がろ過されていく。こう言ったらわかってもらえるかな。例えば、『Damogen Furies』のメロディーには、僕がギターを手に取れば演奏しそうな要素がある。

ああ、なるほど。

TJ:そこが面白いところでもあり、楽器の恐ろしいところでもある。テクノロジーを使うだけというような単純な話じゃない。テクノロジーに使われてしまうんだ。テクノロジーが構成の前例、構成のパターン、そして構成の傾向を固めてしまう。僕が使っているあらゆる機材もそうだ。シンセサイザー、キーボード、ドラムに対応する構造やネットワークがあり、他にも僕がとても慣れ親しんでいる機材は、それらに対応する脳内イメージを持っている。でもって、それらがまた、フィルターとしても働く。だから僕は絶えずそれに抗おうとしているんだ。必ずしもフィルターというわけでもないな。努力さえすれば、型を破ることができるのだから。だから僕は「原理原則」と言うんだ。必ずしも従わなきゃならないってわけではない。でも、そうしないように意識的に努力しないと、確立されたネットワークや道を辿るのが最も抵抗の少ない道になってしまう。そして、そうなってしまうと本当に、最終的には自分の使っているものが定めてしまうことになるんだ。

じゃあオーネット・コールマンみたいにヴァイオリンを弾きはじめるとか、そういうことで、自分の殻を完全に破ってみたくなったことはないんですか?

TJ:何をやったかは具体的には挙げられないけど、つい最近、そういうことがあったのは認めるよ。いや、でも、あのメンタリティーは尊敬に値する。時々、こういうことをやるのはとても大事なことだと思う。そうだとも。ヴァイオリンと言えば……もちろんギターとの共通点がある。だけど根本的な違いは、思うに、少なくとも僕にとってだけど、ヴァイオリン系の楽器を手にしたときに感じるのは、弦が完全5度に調律されているってことだね。一方、ギターの場合はそれが4度だ。だから、僕が言っていた同じ体系をそのまま当てはめることはできない。完全にずれて新しいパターンになっているから。だから、それに抗って、僕がヴァイオリンを手にしたときにやれることを実現するには、ギターのチューニングを変えることだ。ラディカルさに欠ける嫌いはあるけど、ある程度はやれるようになる。でも本当にラディカルなのは、管楽器を手に取ることだろうね、いままで一度もやったことないから。やってみたら、たまげるだろうな! ぜひ挑戦したいね。

そうでしたね、『Feed Me Weird Things』のライナーノーツで “The Swifty” でのベース演奏はサックス奏者の影響を受けたと言ってましたね。

TJ:うん、そうなんだ。実に。

でも、そこまでやったことはまだないと?

TJ:ないな。なぜって、これと戦うというのは、そうだな……怠惰と呼んでもいい。僕には手近なところにあるものでベストを尽くさずにはいられないっていう微妙に染みついた癖があるんだ。僕のメンタリティーというのは、良きにつけ悪しきにつけ、前にも言ったが、音楽的な自由が身の回りにほぼなかったという状況の産物なんだ。まあ、アコースティック・ギターとテーププレイヤーがあって、ペダルが何個かあって、後になってキーボードみたいなものがきた。まあ、それはいいんだ。でも機材はとても限られていた。あれこれ手に入れようとはしたけど、限界を受け入れなければならなかった。そしてそれがある意味、僕の姿勢を決定づけた。そりゃ、贅沢だってできるよ。楽器店に出向いて、何かすごいものを手に入れて、「おい、見てくれ、新しいオモチャだぞ!」って言うんだ。もちろん、そういうことをしてみることもある。4弦から6弦のベースに変えたのは大きな変化だった。「いいんじゃない? 手を出してみよう。贅沢してみようか?」ってね。性格的に、さっき言った背景の強い影響もあって、「金に飽かして音楽を作ろう」っていう(メンタリティー)はない。何であれ、手元にあるもので音楽を作る。自慢できることがあるとすればそこだ。つまり「僕はどんなものを手にしたって、音楽が作れる」ってこと。ある意味、パンク精神と言おうか、独立精神と言おうか。DIYするっていうのは「教会のオルガンも、24トラックのテープも、Neveのミキサーも、アウトボードも聖歌隊も要らない……」ってことだ。僕には不要なんだ。

リック・ウェイクマンとは違うんだと。

TJ:(笑)。よくわかってるじゃないか! まさにそう。いや、まあ、あの人はあの人だ。だけど僕にはそういう選択肢はまったくなかったし、異なった状況でベストを尽くさねばならなかった。そして次第に、そういうことが僕にとっていちばんいいメンタリティーを造り上げていったんだと思う。断言するけど、それでよかったんだ。なぜなら、外部的なものに頼りきっていると、膨大な予算だとか、大勢のキャストやスタッフだとかに頼るとね、そういうのに支配されるようになる。そして、そこに不安を覚えるんだ。自分の制作プロセスを左右されたくない。他人の気まぐれやら、彼らの考えるいいサウンドだとか、彼らの考える「支払ってもいい妥当な金額」とかにね。そういうくだらないことには一切悩まされたくない。とにかく没頭したいんだよ、わかるだろ? まあ、じつのところ、性格的に僕は浪費できないんだろうけど。
 困ってしまうのは、テクノロジー系の雑誌なんかと(インタヴューを)やるときだね。彼らにとってはそれが全てなんだ。完全に業界に縛られていて、「新しい機材=新しい音楽」という図式なんだ。必ずしもそういうわけじゃないだろうって。そんなことはない。陳腐なやり方を当てはめてしまったら、そこから生まれてくるのは、クソみたいに無意味で、味気なく、つまらない音楽だ。反対に、こういうやり方も……いや、リック・ウェイクマンの冗談はさておき、メシアンのような作曲家(のやり方)を見習える。実に幅広く、とてつもなく面白い、刺激にあふれたオルガンのための作品を彼は生み出した。オルガンは何世紀も前の楽器だけど、彼が手にすると突然に、前代未聞のサウンドを奏で出す。僕に言わせれば「新しい機材、新しい音楽」の間には抜け落ちているものがたくさんある。それはもう……そりゃそうだ。新しい機材は音色が違うのはわかる。多少はね。(眉をよせる)だけど、そんなことじゃ僕は興奮しない。そういうことに意欲をかき立てられはしないんだ。

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interview with Squarepusher

by James Hadfield

When he enrolled as a student of Fine Art at London’s Chelsea College of Art and Design, Tom Jenkinson took out the largest student loan he could get and blew the whole thing on second-hand gear. His £1,400 cheque was enough to buy a used Akai S950 sampler, two drum machines, a mixer and a DAT recorder, which played integral roles in the music collected on his 1996 debut album as Squarepusher, “Feed Me Weird Things.” At the time, Jenkinson seemed to be part of a wave of musicians who were taking the language of rave music and twisting it to weirder ends, putting him in the company of the likes of Luke Vibert, μ-Ziq — and, of course, Aphex Twin. The way he pushed breakbeats to insane speeds or turned them into silly putty was typical of what would soon be known as drill’n’bass, but his music was distinguished by its prominent use of electric bass, which he played with a virtuoso flair that made Jaco Pastorius comparisons inevitable.

Appearing at an experimental electronic night at a North London pub in 1995, Jenkinson had the good fortune to catch the ears of Aphex Twin himself, Richard D. James, who would go on to release “Feed Me Weird Things” on his Rephlex label. James chose the track selection and wrote the album’s ecstatic liner notes (sample line: “When Mr. Jenkinson is conducting, the rest of the world is in the pit”). The following year, Squarepusher released his first album on Warp Records, “Hard Normal Daddy,” whose blend of frenetic drum programming, jazz-fusion excess and twisted humour led some enterprising wags to dub him the Frank Zappa of jungle. But its 1998 follow-up, “Music Is Rotted One Note,” pulled a volte-face – the first of many – by swapping the sequencers for analogue instruments and a sound rooted in musique concrète and electric-era Miles Davis.

For all the variety of Jenkinson’s subsequent work – from landmark Warp releases such as 2001’s “Go Plastic,” to albums for solo bass (“Electric Solo Bass 1”), organ (“All Night Chroma,” with James McVinnie) or androids (“Music for Robots,” with Z-Robots) – he’s maintained a distinctive voice throughout. And on “Feed Me Weird Things,” that voice was already fully formed. The album’s 25th anniversary reissue comes with new liner notes by the man himself, offering geeky breakdowns of each track in a “Sound & Recording”-style tone that stands in contrast with the often rudimentary techniques he’s describing. “Feed Me Weird Things” may sound like quintessential Warp-style IDM now, but it was also rooted in a DIY approach that owes as much to the 1980s indie scene.

On last year’s “Be Up A Hello,” Jenkinson dusted off some of the equipment he’d used during the early days of his career, delivering a set of twisted acid ravers that was among the most enjoyable things he’s done. Speaking via Zoom, he barely mentions the “Feed Me Weird Things” reissue, but is happy to talk at length about his teenage years, his relationship with the bass, and how those formative constraints have continued to inform his approach.

How has the past year been for you?

TJ:It’s been, I suppose, novel in ways. One of the first things, for me, was just the terror of it all, which then became mixed with a sense of some sort of relief. I moved from a situation where it was looking like I would be on the road all year, to one where, more or less, everything was basically cancelled. And I’ve got to be honest with you: if I’m left to my own devices, that’s the perfect situation. I mean, the adult world just more-or-less ground to a halt. There were no conversations regarding further projects or anything, because nobody knew what was happening. It quite quickly gave way to a really lovely creative period.

Oh, nice!

TJ:Yeah, and it was, in a sense – and I don’t mean this in any way to trivialise the horror of what’s been happening over the last year – but it was kind of like a second childhood, you know? It was suddenly like, there I was, working away on my stuff, and the adult world, in inverted commas, just receded to such a distance where there was no longer a sense of it having any real relation to what I was doing. I’m pretty keen on preserving that state anyway. In normal times, it’s more of a deliberate attempt to kind of push it to a safe distance, but in the case of the pandemic, it did it of its own accord.

Have you found yourself gravitating in any particular direction over the past year or so, in terms of what you’re working with, or what you’re trying to create?

TJ:Just following on from “Be Up A Hello,” in a general sense. And I’ll be completely frank with you: I think it’s very much part-and-parcel with the sense of the adult world receding to such a distance, where it was just no longer really a feature of my day-to-day life or thinking or conversations, that I correspondingly just kind of went back into this [state of] “Ah, let’s just mess about!” You know, there’s no big thing to do here, there’s no big project. Let's just play around, you know? To an extent, that was already what was underpinning “Be Up A Hello,” because that itself was precipitated by a couple of life events that were quite severe, and it just led me to kind of have a restart, and just go back to first principles. Fun stuff.

Have there been times in the past where what you were doing really didn't feel fun?

TJ:(Laughs) That’s a good question. No, I admire that. Because, yeah, let’s face it: it would be ludicrous to expect that across... I mean, it’s 26 years of what you might call a “career,” and actually much longer than that if you count all of the lead-up when I was a kid. Certainly, very early on, before career days, fun was what drove it. That was what got me running home from school and wanting to pick a guitar up: it was the sense of enjoyment. It didn’t feel vocational – it didn’t feel aspirational, even. I didn’t start, even, with the idea of being any good, it was just like: “I love this thing, and I love the sounds it makes” – a very, very elemental approach to it. Of course, things developed from there, and I would hasten to add that it is always something I’ve got my eye on, to retain as much of that as I can. I mean, at 46, you can’t expect to have the mentality of a 10-year-old boy.

(Laughs) Sure...

TJ:But I’ll be honest: I will try and preserve as much of it as I can, because for me, that is the root of it all. It’s the lifeblood. Put it like this: I would have a rule where, if I’m playing an instrument and it’s just not working – I’m not enjoying it – it’s like, “You know what? I just have to walk away.” Because you end up hearing it: you hear the struggle, and you hear the resentment, or the boredom, and it translates. The peculiar thing is, once in a while, you'll be sitting there hating it, and you think: “I’ve just got to get through this. I hate it, I’m going to delete it, but I need to get to the end…" And then the next day, you listen to it and think: “Wow. That’s pretty good, actually.” (Laughs) But in general, yeah, I’m not one for sitting there suffering. It’s just not the basis of it, for me. It really isn’t.

I always say this in interviews, because it’s so true: the enthusiasm is the root of it, and everything stems from there – and I feel like sitting there, slogging away and just grinding yourself into the ground, is just killing that. And it doesn’t kill it just that day: it kills it, potentially, for days and weeks. Programming is the side, perhaps… I was actually doing something yesterday, and I just walked away, because it was like: this is a chore. One day, I hope I will have an assistant. Not to palm off, but I think some of these things would be perhaps more pleasurable done in collaboration. But that would be changing the habit of a lifetime. We’ll see.

But you have worked with people at some points, right? You had the band [Shobaleader One]...

TJ:Yes, absolutely.

...and you had the period [circa 2008’s “Just A Souvenir”] when you were playing with that drummer, the Bolt Thrower guy.

TJ:Alex Thomas. Yeah, yeah. No, and those have been great times, but I’ve never had a technical or an engineering collaborator, really. I guess, if a collaboration is to happen, [playing with other musicians is] what comes most naturally to me, because then I’m referring back to teenage years, when a lot of my musical activity was playing in bands. That was the principle thing I was doing in those days, so it’s just re-energising a strain of my work that was always kind of there anyway.

Sure, sure. So when you were playing as a teenager, the way that you gravitated towards bass: was that because they needed a bassist in the band, or was it really like the instrument itself was drawing you in?

TJ:The instrument came first, and then I got into playing with bands, but it was the instrument that started it. Actually, I didn’t start on bass. The received wisdom at the time was that any branch of the guitar family that you eventually want to pursue, you’re best starting with classical acoustic guitar. And, you know, I was 11: I didn’t really have the grounds or the knowledge to argue with anyone – and also not the money. Even a cheap electric guitar was a different kind of commitment. I got my first classical acoustic for 15 quid, and of course, it was not a great instrument in any way, but it served to open the door.

But I was always being pulled along by, not just bass, but the electric instrument world. That was what fascinated me, is the sort of timbre, the amplitude, and the drive that seemed to me synonymous with those instruments. I didn’t even know what bass was. And, certainly when your ear is not trained to listen to it, it’s not always an instrument you can really pick out, so that intrigued me. It’s like, “What does this thing do? What is its register, and what are its possibilities?” And there were moments where it was clear. Thinking back, like on Paul Simon’s album, “Graceland,” which was a massive album – it was actually illegal not to know it, somehow, it was just so ubiquitous – there was that single with this amazing, amazing bass player [Bakithi Kumalo]…

“Call Me Al,” right?

TJ:Yeah, exactly, “You Can Call Me Al.” So it’s got these two bars of, basically, bass shred in the middle of this pop song. It’s like: “What’s that!?! That sound is COOL!” It’s got this kind of percussion thing, but it’s also melodic. It just captivated me: that register, doing something interesting. Still, I think, to this day, my music is kind of flipping that top, melodically oriented approach that you’ll hear across classical, across pop, across jazz, whatever – where the top is kind of where the business happens, and the lower registers are the foundation. I’m fascinated by activity in the low registers, and quite a lot of the time, the upper registers are more placid, in my stuff. Somehow, it just suits my temperament. But anyway... so the bass is the thing that pulled me in.

There were other things – like, for example, the Hendrix performance at Monterey [1967 Monterey International Pop Festival]. I had a video tape of a bit of that, and it really entranced me. This moment where he sets the guitar on fire: it’s such a limitlessly interpretable thing. I mean, it’s kind of funny, I guess, and perhaps a gimmick, but for me, I still think back to it and it makes the hairs on my neck stand up. It’s the central symbol of rock, and here it was, being smashed to pieces and set on fire – and the fascinating thing being the sound it was making at the time. It’s an endlessly fascinating thing, of what an instrument does when you mistreat it. I didn’t have the finances – or the petrol – to do that to my guitars when I was a kid. (Laughs)

Anyway, whilst Hendrix is doing this, Noel Redding kind of takes the lead, and he turns up the tone control on his bass, and suddenly it’s really clanging away in the background. It’s really exciting. So again, that was another thing that pulled me in. I thought: “Oh, bass can sound really hard and aggressive as well.” So that was it: I was sold. And then the next opportunity came around, I saw one in the local paper for 70 pounds, complete with amplifier, so I jumped in.

When it came time for you to start working on Squarepusher stuff, was there ever any question in your mind about whether or not you should incorporate the bass into it, or was that just kind of like a natural thing for you from the start?

TJ:Well, yeah, because what became Squarepusher is just an outgrowth of what I was doing as a kid anyway – i.e. just laying my hands on whatever instrument I had, or what I could borrow. Even up to the days of “Feed Me Weird Things” and beyond. I’ve been reminded of this recently, because I’ve been, in some interviews, talking about the technical side of that record, and actually it’s like a third of the equipment on this record is borrowed. (Laughs) It’s funny. That’s basically how it was: “Oh, can I borrow your guitar amp? Can I borrow your drum machine? I just want to try this thing…" So that was the story all the way through. I’ve borrowed guitar pedals, and – not to my credit, but – I’ve still not given them back. (Laughs) And I’m still using them on “Be Up A Hello,” so there’s some justification, even if it’s fundamentally wrong.

I remember, I made a snare drum out of a biscuit tin, but filled it with drawing pins, and then I made a skin on the top of the tin from criss-cross insulation tape. I didn’t know what, really, the elements of a drum kit were, in those days. “There’s a sound – typically on the second and the fourth beat – that’s kind of got this fizz, it’s like ‘pssh, pssh.’ What’s that? It’s like a drum, but... how do you make a fizzy drum?” And so, I was like, “Well, I don’t know, put drawing pins in a biscuit tin, and then a thing on top, so you can hit it?” And it was OK! It sort of worked. It was just very, very primitive early on, when there was zero budget, and really not much other than a cheap guitar, but that’s just kind of the mentality.

I’ve got no specific interest in labouring this point in itself, but I do think it’s interesting if you compare that to the situation that an aspiring musician would be in now – which I think is better, frankly – where if you’ve just got a laptop, you’ve got access to basically an endless array of sound-making tools. It’s a fantastic situation to be in. And it’s only looking back to those years – it’s not even 40 years ago – and it was very, radically different.

But going back to your question: the bass was just one of the things that I had to have. In those days, I didn’t have an electric guitar, so I didn’t have that scope to explore the upper registers of an electric instrument, but I would kind of, “Well, let’s go right up the top of the neck of the bass, just to try and make it sound like a guitar” – and of course, it doesn’t quite sound like a guitar, but it does something else, which is quite interesting. That led me to explore chords, and polyphonic stuff, and different right-hand techniques, which eventually led me to do stuff like the solo bass record that was released in 2009 [“Solo Electric Bass 1”]. So it was just really an outgrowth of that sort of jumble sale attitude and aspect of how things were being done.

A little bit later, parallel to playing in bands, my friends and I would put on parties locally – you know, the local YMCA, or the local football club was a good place. We did a lot of parties down there. We’d just fill it with dry ice, and play whatever the latest rave records were that we had at the time. I started taking my bass along, just to jam along top, to bring some different aspects to it. Whoever was on the decks might be playing breakbeat records and mixing those up, and I’d just jam along the top. It was really not a big jump from that to Squarepusher. That’s kind of the elements of it, set right there.

Thinking back to when you first came on the scene, I’m not sure if there were really many people who were trying to do dance-rooted electronic music with live instrumentation in that way. You were really kind of out there on your own, weren't you?

TJ:Yeah... it was instructive, because I backed away from that world fairly quickly afterwards, but it seemed to me – at least among certain British critics – that [my approach of taking] elements that they perceived as coming from jazz and from fusion jazz, and mixing it with dance music, was kind of like, “What are you doing?” That’s kind of… probably either pretentious, or for comedy’s sake. And whilst I don’t deny that there is obtuse humour – amongst other things – in my work, fundamentally, that instrument wasn’t there just to kind of make a parody, or make fun of itself. I think that response – and it wasn’t, of course, the only response at all – was partly because of what you said: it wasn’t really happening.

But that novel aspect of it did lead, also, to some really great hook-ups. For example, I believe Talvin Singh – as much as he was drawing on different styles, different musical traditions – was perhaps doing something analogous with his tabla playing, and he was an extraordinary player. I got to meet him, just through randomly being at the same gig, but we immediately clicked because of that common approach. There were references to the dance music of the time, and of recent times, but also trying to find the the sweet spot of where a live instrument might connect with those things, and how one informs the other – because that’s, in the end, the beauty of it. And I think now we can see really tangible results of this, especially in a lot of modern drummers, where they now very, very clearly have taken away some of the... I’m not saying this to blow my own trumpet or anything – it’s not just me, of course – but you can see that they’ve taken something from the kinds of things that, for example, Talvin and myself, and other people, were exploring. And that has now kind of fed back in the reverse direction, which I think is a wonderful thing.

That feedback process was kind of happening internally as well for me. Going back to earlier teenage days briefly again: I would get a rave record, or something with a really fat bass line of some sort, like an acid track or something. Quite often, you’d find on those records – and I believe it might relate to the fact that those [producers] didn’t always have training on conventional instruments – that the note intervals are really psychedelic. It’s like a completely screwed-up scale. If you were to try to derive a scale from it, it would be quite a weird, like, two-octave scale, or maybe something that doesn't repeat. So trying to play those things would take your hand away from those “tramlines” that inevitably you kind of internalise, because so much music is in those particular modes, whatever it is, scales. They’re so prevalent, and you can't help [it]… you must know them, but they also produce their own sort of restrictions.

So trying to just play something like “Slam” by DJ Pierre [as Phuture], or “Box Energy” by DJ Pierre – I remember trying to work that out, and it’s like, “This is so fucking weird!” But in the end, when you’re playing, it’s like, “This is... it’s totally future.” And it’s really instructive, and it really can inform your playing in a very sort of lateral way. There’s so much received wisdom about how to play instruments, and so much fluff about, “Oh, it’s what the greats did, so if you want to be great, you've got to do what they did…" Actually, I think looking beyond that, and looking away from “greats," and looking just to sounds – not just from records that are nothing to do with that virtuosic tradition, but even beyond that entirely, to kind of environmental sounds – there’s as much, if not more, inspiration to be derived from that.

It’s been interesting looking back at your career, how there’s been this kind of push and pull between some albums which were very much focused on the live element, and then others which were much more kind of happening within the box.

TJ:Yeah, absolutely.

Even when you weren’t incorporating instrumentation, and doing stuff purely on computer, presumably the bass was still present in your life, just as something that you’d be playing anyway?

TJ:Yeah... of course, the amount of time devoted to just practice, it does vary. It varies for me. I’m sure someone who’s truly internalised professional attitudes probably has a rigorous approach to this stuff. I don’t: I just play when I wanna play. But in the end, there’s always kind of a bare minimum, beyond which you start to lose the stamina. But the other thing is... I’m speaking about the tramlines of structures and the scales and so on. I believe the way I relate to it – I’m sure many other people do as well – is that it’s not just that your fingers know where to go: they know where to go because there’s a mental map of the whole thing. So when you’re playing, you’re not telling your finger to go there, it’s just a picture in your mind, and you’re following the picture, following a different pathway around this kind of structural network. And that’s there, whether you’ve got the guitar in your hand or not.

Right.

TJ:So, quite often, if I’m in a situation – waiting for a train or whatever it is – where you’re basically obliged to be somewhere but there’s nothing you can really do, I will quite often entertain myself by playing things, but just playing in my head. It’s basically the same thing: it's just without the instrument, but the sounds are still there, and the structure that I’m navigating is identical. That, of course, I think will also be present working on computer-based stuff, so the information will be sort of filtered through this structure. You might be able to pick it up: there are elements, for example, on “Damogen Furies,” where the melodies are very much the kind of thing I would play if I just picked up a guitar.

Ah, okay.

TJ:This is what fascinates me, and sort of scares me about instruments. It’s not like as simple as you use the technology: the technology uses you. It sets up precedents, it sets up patterns, it sets up tendencies. Every instrument I use does do that, so there’s also parallel structures or networks that correspond to synthesisers, keyboards, drums – other instruments that I’ve got strong familiarity with, there are these analogous kind of cerebral representations of them. But they do act, also, as filters, which is why I’m always trying to fight against them. They’re not necessarily filtering: you can always think beyond them if you make enough effort. That’s why I’m talking about “tramlines.” It’s not that you have to follow them, but if you don’t make a specific effort not to, the path of least resistance is to follow in those established networks and paths, and that really, in the end, will be established by whatever you use.

So you haven’t been tempted to do an Ornette Coleman and start playing violin or something like that, just to completely pull yourself out of your routines?

TJ:I can’t actually name an activity I’ve done, certainly in very recent times, where that has happened, I admit. No, but I admire that mentality. I think it’s really essential, from time to time, to do this. Absolutely. Speaking of violin... Of course, there are similarities between that and a guitar, but the principle difference, I think – at least for me, when I pick up a violin family instrument – is that the strings are tuned in fifths, and on a guitar it’s tuned in fourths. So you can’t just apply those same structures I was talking about: it’s all shifted out of place into a new pattern. And so one of the ways that I try to interrupt that, and get to something like how it might be if I picked up a violin, is just to tune the guitar differently. It’s less radical, but it gets some of the way there. But I think a really radical thing would be for me to pick up, like, a wind instrument, because I’ve never done that. That would blow my mind, trying to do that! I’d love to.

Oh yeah, you mentioned in the liner notes for “Feed Me Weird Things” that when you made “The Swifty,” your bass playing was inspired by saxophonists.

TJ:Yeah, that’s right. Exactly.

But you’ve never gone there?

TJ:No, because fighting against this is a sort of… you might call it laziness. It’s this slightly ingrained tendency I have to make the best of what I have to hand in my immediate environment. My mentality, for better or for worse – as I said earlier – is born of this situation, where I had virtually no musical degrees of freedom around me. I would have, like, an acoustic guitar and a tape player, a couple of pedals – and then later, perhaps, a keyboard of some kind, whatever – but this very limited range of stuff, and I was trying to acquire things but had to accept the limits. And I think this has kind of set my attitude, in a sense. Look, I can indulge, go to a music shop, get something great and then [say], "Hey, look, I've got a new thing!” And of course, once in a while, that will happen: when I switched from 4-string to 6-string bass, it was a big step. “Why not? Let’s try this. Why not indulge?” Just temperamentally – and very strongly informed by that background – I don’t have that “making music with my wallet” [mentality]. I make music with whatever I have to hand. If I take any pride in any of it, I take pride in that. It’s like: “I can just pick that up, and I can make music.” Something of it is the spirit of punk, some of that independence of mine: the DIY thing, the thing of, like, “I don’t need a church organ, a 24-track tape, and a Neve mixer and a stack of outboard and a choir…" I don’t need that.

You're not Rick Wakeman.

TJ:(Laughs) You know where I’m going! Exactly. I mean, whatever: he did his thing. But for me, that option was never there, and I’ve had to make the best of a different situation, and over time, I believe this is kind of cultivating the mentality that I think is best. I will say that: I think it’s better. Because I think relying on all this external stuff – relying on massive budgets, relying on a huge cast of staff – it just puts you at their mercy, and there’s something about that which alarms me. I don’t want my process to be vulnerable to other people’s whims, to their ideas about what sounds good, what their idea is about the amount of money it’s worth spending on it. I don’t want to think about any of that crap: I just want to get on with it, you know? But I think the flip of that is that I’m just not temperamentally inclined to indulge.

I get into trouble, because when you’re doing [interviews with] tech magazines, it’s like their whole thing – they are completely entwined with that industry, and the paradigm that “new instrument = new music.” It’s like: not necessarily. I don’t believe so. You can apply the same tired old habits to it, and in the end it produces more fucking irrelevant, flat, inconsequential music. Conversely, you can go to... well, joking about Rick Wakeman aside, you can [do what] a composer like Messiaen did, in a very broad and absolutely fascinating, inspiring body of work that he made for the organ – which was a centuries-old instrument, but suddenly, under his control, making sounds that were, to my mind, unprecedented. For me, there’s so much slippage between “new instrument, new music” that it’s... Yeah, okay. I get that a new instrument sounds different – a bit. (Frowns) That doesn’t fire me up, you know. It’s not the thing that gets me going.

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