「S」と一致するもの

interview with Gengoroh Tagame - ele-king

血縁があってもいっしょにいると傷つけ合ったり苦痛だったりするのであれば、それは無理に家族でいる必要がないと思う。

 忘れもしない。田亀源五郎が一般誌で連載を開始すると聞いたときのことである。それは単純に、ゲイ雑誌や国内外のゲイ・アート・シーンで長く活躍してきた人物がこれまでとまったく異なるフィールドに挑むことに対する興奮もあったが、いまから振り返れば、それ以上に時代の変化を嗅ぎ取っていたのだとも思う。もしかすると、日本もゲイ・テーマの物語が広く伝えられる季節が来たのではないか……。実際にその作品、『弟の夫』が話題を呼び、時代を代表する一作となったのは周知の通りだ。
 だから、このたび『弟の夫』がNHKでドラマ化され、大きな話題と高い評価で迎えられたことはやはり画期的な出来事だったと思う。それは同性愛がお茶の間に受け入れられたとかそういったレベルの話ではなく、同性婚や多様な家族のあり方、新しい時代の人権について社会が真剣に考え始めたということを端的に示しているからだ。3月にはBSのみでの放送だったが、盛り上がりを受けて地上波での再放送が早々に決定している。まだ観ていないという方はこの機会にぜひご覧になってほしい。(公式サイトはこちら)奇しくもこの連休は東京レインボープライドが開催中であり、セクシュアル・マイノリティと社会のあり方について考える絶好の機会だと言える。


田亀源五郎(著)/ 木津毅(編)
ゲイ・カルチャーの未来へ

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 以下の対話は田亀源五郎初の語り下ろし本である『ゲイ・カルチャーの未来へ』の発表から約半年が過ぎ、そのアフター・トークとして軽く振り返る目的で企画されたものである。だが、話題は自然と最新のセクシュアル・マイノリティ・イシューに及ぶこととなった。そう、毎日いろいろなことが起きている。社会は確実に変わろうとしている。相変わらず複雑な問題は山ほどあり、さらに新たな課題にもわたしたちは直面している。だがそれは、時代が前に進んでいるという証明でもあるだろう。
 田亀氏は相変わらず明晰な語り口で『弟の夫』のドラマ化のこと、最近のセクシュアル・マイノリティ・イシュー、そして始まったばかりの新連載について話してくれた。ゲイ・カルチャー/ゲイ・アートにどこまでも真摯に向き合い、それを豊かなものにしようと取り組み続けてきた作家の最新の発言をお届けしよう。

『弟の夫』のドラマは3月のBSでの放送から大反響でしたが、どんな風に受け止められましたか。

田亀源五郎(以下、田亀):やっぱり漫画が届く層とドラマが届く層の違いをものすごく感じました。そういう意味ではドラマ化はすごく有効なんだな、と思いましたね。

具体的にはどのような違いを感じましたか?

田亀:それはやっぱり、漫画は全然読まないけれどドラマはいっぱい観るという層がいるので。私はそれほどテレビを観ない人間で、テレビドラマにもあまり縁がないんですけど、世のなかにはテレビドラマを楽しみにしている層というのがものすごくいる。テレビがレガシー・メディア的なものになったと言われているけれども、BSでもあれだけの反響になったというのは、まだまだ日本のなかではものすごい影響力を持っているんだな、とは思いましたね。

ツイッターで『弟の夫』がトレンドに挙がりもしましたし、ネットでも話題になりましたよね。そういう意味では、普段NHKを観ないような若い世代にも届いたのかな、とも思いました。

田亀:それはあったのかもしれないですね。普段からドラマが好きで「今期のドラマの当たり作」として観てくださった層もいるし、普段はドラマを観ないけれどもモチーフが気になったので観てくださったという層もいるし。あと出版との相乗効果で言うと、(『弟の夫』を)出版のときに存在を知っていたけれど、アクセスはしていなかった人がドラマになったから観てみたというのもあったし、知っていて何となく興味はあったけれど、買うところまで至っていなかった人たちが「ドラマ化決定」という帯で背中を押されて買った、というような動きは目に見えてありましたので。そういう意味では、メディア・ミックスの力はやっぱり大きいのだなと思いましたね。

なるほど。

田亀:もともと広い層に読んでほしいと思って描いた漫画だったので、ドラマ化の話が来たときも「それで広がってくれるのなら大歓迎」と思ってオッケーを出したんですけれど。そういう意味ではとても理想的な展開になったのかなと思います。

あと僕がもうひとつ思ったのが、世のなかにゲイ・テーマの作品を受け止める準備が整ったのかな、ということでした。

田亀:うん、それは思いますね。ちょうど『弟の夫』の直前に『女子的生活』というトランスジェンダーのドラマをNHKでやっていて。セクシュアル・マイノリティがテーマの作品が連続したことでNHKがそっちのほうに力を入れているんじゃないかという想像もあったみたいですけれど、それはまったくの偶然で。単純に制作時期が重なったそうなんですよ。ただ、その企画がNHK内で通るか通らないかというのが大きいので、そういう意味では世相が反映されて、その準備が整ったという感じはしますね。

いまこそオープン・リレーションシップをヘテロのほうにフィードバックする時期なんじゃないかなと思うんですよ。

ドラマの内容についてですが、田亀先生はどんな風にご覧になりましたか?

田亀:とても丁寧に真面目に、真剣に作っていただけたので、とてもありがたいなと思っています。私は原作者なので、ドラマにどれだけの距離を取って観られるかは自分でもよくわからなくて。自分が観て楽しめるかがすごく心配だったんですけれど、観ている間にすっかり忘れて引きこまれたので、そこはドラマとしての力があったのだと思います。

みなさんの反応を観ていると、キャスティングも好評でしたね。

田亀:そうですね。

把瑠都さんがかわいいと話題で。

田亀:あれは一種のアクロバティックなキャスティングでしたね(笑)。

(笑)素のままなんじゃないか、っていう存在感が効いていましたよね。あと、僕がもうひとつ良かったと思うのが、原作のエピソードをすごく丁寧に拾っていることでした。

田亀:そうですね。

たとえば、マイクと一家が温泉旅館に泊まるシーンで、耳栓を配るエピソードであるとか。あれは、ちょっとした配慮や思いやりで共生することが可能だと示唆するものじゃないですか。ああいった細かいエピソードが入ることで、ドラマとしての筋が通っているなと思いました。

田亀:ですね。自分が漫画のなかで描きたかったことのなかで、これは抜けているなというものも当然あるんですね。作者の立場からすると。ただ、観客の立場からすると、あの原作からどこをピックアップして、どこを切り捨てるかという点は考え抜かれてしっかり作られているなと感じられたので。なくなった部分に関しても、そこがないから背骨が抜けたみたいなことはなかったですね。独自の解釈も加えた良い作品を作っていただいたという感じです。

独自の解釈の部分というのは、とくにどういったところでしたか?

田亀:一番はラストの変更です。私はとくに恒久的な幸せの保証とか、もしくは血縁でどんどん広がっていく家族の絆とかをそこまで肯定はしたくなかったので、そこら辺は違うニュアンスになっていますね。でもそれに関しても、漫画の展開をそのままドラマでやるとエンターテインメントから遠すぎるかな、という気もしますので。ドラマだと寂しいと思っちゃうかな、と。漫画のように自分のペースで能動的に読み進められるものと、テレビドラマのように基本的に受け身で観賞するものとでは、文法やメディア特性が異なるでしょうし。そういう意味では、あのラストシーンは演出の方からご提案いただいたんですけれど、これはこれで多幸感があっていいな、と思いましたね。

なるほど。ほかにも原作にあったエピソードで言うと、マイクが弥一に「家事や育児も立派な仕事です」というシーンもしっかり反映されていて、あそこはすごく視聴者からの反響があったようですね。

田亀:そうですね。あれは常日頃から自分が考えていて、それで漫画に盛りこんだことではあったので。そこら辺は、専業主婦をしていてモヤモヤしている方も多くいらっしゃるだろうから、シングルファーザーの話で描いたとしても一般的な話題として反応してくれるだろうなとは思いましたね。

そういった部分に反応があっとことも含め、『弟の夫』が現代の家族の多様なあり方を探る作品だということがすごく伝わっているように思えました。

田亀:そういう意味では、離婚の理由を入れちゃったところなんかは、どちらかと言うと私の趣味ではないんですけどね(笑)。あの離婚の原因というのは、ちょっと昔からあるパターンすぎるので、私が考えていたものとはまったく違うとか、そういうのは少しありますけどね。

なるほど、たしかに。ただ、NHKは朝ドラなどで家族をテーマにしたドラマを多く作っていますが、そのなかではやっぱり新しいものだなと僕は感じましたし、意味のあることだなと思いましたね。

田亀:そうですね。

「おぎゃあ」と生まれたときからホモフォビアである人なんかいないわけですから。それは育っていく過程のなかで社会に植えつけられていく。そうすると我々にできるのは、社会がホモフォビアを植えつけてしまうことをどうやって防ぐか、ということ。

そこで急に大きい質問になるんですけれど、田亀先生ご自身は家族とは何だと思いますか?

田亀:(少し考えて)私にしてみれば、基本にあったのはやっぱり血縁なんですね。ただ、それは単純に私が問題のない家庭環境で育ったからであって、血縁があってもいっしょにいると傷つけ合ったり苦痛だったりするのであれば、それは無理に家族でいる必要がないと思う。だから……なんでしょうね。でもひとつ思うのは、ひとり暮らしの友人なんかで鬱病になったりする例を見ていると、何かがあったときにクッションになってくれる人や愚痴をこぼせる人が身近にいるというのは、精神衛生上とても有効なんじゃないかな、とつくづく年を取ると感じます。そういう意味では、サポートし合える環境を家族と呼べるのが一番かな、と思います。

そうですね。そういう意味では同性婚のイシューというのも、社会的な意味で時代がいかに前に進んでいるかということでもあるんですが、個人にいかに還元するかという問題でもあるということを、ドラマを観てあらためて感じたんですよね。

田亀:うん。ちょっと話が飛んじゃうんだけど、この間ちょっと面白いレポートを見て。『ゲイ・カルチャーの未来へ』のなかでもオープン・リレーションシップの話があったじゃないですか。特定のパートナーがいても、その外での性交渉についてお互いに許容し合うという。それがゲイならではのスタンダードみたいな言い方がされていたけれど、何かの研究で、若年層の――ティーンや20代のゲイのなかでは、モノガミー(一対一の性愛関係)のほうが主流になっているという結果が出たそうで、「へえー」と思って。

へえー!

田亀:それはアメリカの研究だったんだけれど、これはひょっとしたら同性婚の合法化によって、刹那的な「現在の幸福」でしかなかったゲイ・ライフというものを、ノンケと同じように結婚したり子どもを育てたりという、将来性も含めた長いスパンで捉えるようになった兆しなのかな、と思いましたね。

なるほどなー。でもたしかに、そうですよね。海外であればゲイも結婚できるだけじゃなくて子どもを持てる可能性であるとか、ライフ・プランニングの幅が広がっているということですもんね。

田亀:たとえば自分の若い頃を振り返ってみても、「自分は大人になったらどうなるのか」というモデル・ケースが日本社会にはなかったわけですよ。ゲイの大人の姿というものが。でも、ゲイ/ヘテロ関係なく「結婚したければ結婚して、子どもを持ちたければ子どもを持って家庭を築く」というような選択肢も存在するのであれば、それを望みたくなる気持ちもすごくわかるんですよ。

たしかに。『弟の夫』でも、マイクと涼二は自然な選択として結婚を選んだカップルとして登場しますもんね。

田亀:私は逆に、いまこそオープン・リレーションシップをヘテロのほうにフィードバックする時期なんじゃないかなと思うんですよ。

おおー。でもそれは、僕も思いますね。

田亀:ゲイだからオープン・リレーションシップという時代ではないかなと思いました。どちらかと言うと、すでに結婚をしている人たちで、結婚生活を破綻させたくないけれどセックスレスの問題なんかに直面しているカップルに有効なのかな、と。ゲイ/ヘテロ関係なく、パートナーシップをいかに存続させていくかという選択肢としてオープン・リレーションシップをみんなで考えたほうがいいんじゃない、と思いますね。

そうですね。実際、そういう動きも一部で顕在化し始めているように思いますしね。

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「真面目な性について語る」のではなくて、「性について真面目に語る」という、この違いをはっきりさせておかないと面倒くさいことになると思いますね。


田亀源五郎(著)/ 木津毅(編)
ゲイ・カルチャーの未来へ

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『ゲイ・カルチャーの未来へ』の発売から半年経ちまして、僕も個人的にいろいろと反響を聞いていますけれど、田亀先生は何かリアクションをお聞きになりましたか?

田亀:うーんと、そうですね。「しんぶん赤旗」での取材の件もそうなんですけど、『ゲイ・カルチャーの未来へ』をきっかけとして、そこに載っていない部分も含めて私に取材したいという話が増えたのは興味深いですね。

それは僕もすごく嬉しいです。

田亀:はい。アーティストとしてのフィロソフィの話を面白がってくれる人もいるし、社会の考え方という部分を面白がってくれる人もいるし、という。自分のなかでひとつあるのは、(とくにゲイ・イシューに関して)何かの記事が炎上したり勘違いした記事が出てきたりしたときに、昔だったらブログに書くとかツイートしたりということがありましたけど、最近は「まあ、あの本のなかで全部言っちゃったからいいか」と。

はははは。

田亀:『ゲイ・カルチャーの未来へ』と『弟の夫』でベーシックなところは全部言ってるから、あらためて繰り返さなくてもいいなって感じになっちゃって(笑)。

たしかに(笑)。ただひとつ思うのは、とくに僕の周りだと、第3章のゲイ・エロティック・アーティストとしてのポリシーを語っていただいた箇所にとてもいいリアクションをいただいているんですね。それって、とくに日本では田亀先生のエロティック・アーティストとしてのお話がまとまって出る機会があまりなかったということだと思うんですね。

田亀:はい、なかったですね。それはやっぱり、エロティック・アートを真面目に取り上げようという文化が日本になかったからだと思いますよ。『弟の夫』を描くようになって取材の数はすごく増えましたけれど、それ以前はごく限られたものでしたしね。海外では『弟の夫』を描く以前から、固いのから柔らかいのまでいろいろな取材があったことと比較すると、そこら辺の壁があるなと感じていたので。

なるほど。日本ではいまでもアクティヴィズム的なものとエロティックなものが対置されがちなのかな、と思うんですよね。

田亀:うん、少なくとも昔のゲイ・ブームのときはそうでしたよね。

もしいまでも、「社会運動をするLGBT vs ハッテン場に行くゲイ」みたいなステレオタイプが繰り返されているとしたら、すごく不毛というか残念だな、と。ハッテン場に行きながらアクティヴィズムに参加する生き方だってじゅうぶん可能だと思いますから。

田亀:うん、ただしね、昔はどちらかというとアクティヴィズム側がエロティックなものを隠しておきたい、アンモラルなものを世に出したくないみたいな意識があって、切断が起こっていたと思うんです。でも最近のLGBTリブみたいなものは、社会のなかでLGBTをどう可視化していくかがメインのイシューなので。同性婚なんかがその典型ですよね。いっぽうで、下半身の話というのはヘテロでも公ではそれほど語られたりはしないわけですよ。「社会のなかで可視化する」という前提があれば、誰がどこでセックスをしているかとか、どこにどういったエロティック文化があるかとか、あまり関係がないことなんですよね、正直な話。

なるほど。あと『ゲイ・カルチャーの未来へ』の話で言うと、偶然ではあるものの『弟の夫』の連載が終了し、初の長編作『嬲り者』の復刻版が出たタイミングで出せた本だったのですが、田亀先生のなかでもキャリアを振り返るようなところはありましたか?

田亀:うーん、どうなんだろう。『弟の夫』をやったことがエロティック・アートの本にフィードバックされるのかと思ったら、まったくなかったから(笑)。

そうですか(笑)?

田亀:まったくその気配はない、という(笑)。まったくないどころか逆ぐらいで。

ほんとですか。それはちょっと寂しいですね。

田亀:ポット出版の人が、私がメジャーな仕事をしたから離れちゃったファンがいるんじゃないかと心配するぐらいで。まあ、よくある話ではありますよね。売れたから離れちゃうっていう。音楽でもよくありますよね。

ああ、カルト作家に対する忠誠心みたいなところからってことですよね。

田亀:そうそう。私も若い頃、ずっと好きだったグループが何かの瞬間に爆発的に売れるとちょっと引いちゃう、それ以降のアルバムは熱心に買わなくなる、みたいなところはありましたからね(笑)。

なるほど(笑)。とはいえ、内容的にはキャリアを総括するものにはなっているので、その辺も楽しんでもらえたらなと僕としては思いますね。

田亀:そうですね。

主人公のモヤモヤだけではなくて、同時に主人公の横にいる人物のモヤモヤも描きたかったんですよね。だから、たんにひとりの男の子が悩んで成長する話にはしたくなかった。

それで、これは大阪で開催したトーク・ショウのときにした質問でもあるんですが。30年を超える田亀先生のキャリアを振り返って、もっとも変わらない部分、もっとも変わった部分は何だと思いますか?

田亀:また来たか、この質問。どう答えたか覚えてない(笑)。

ふふふ。そのタイミングを狙いました(笑)。

田亀:変わらないことは、自分の好きなことをずっとやっているということですね。自分が読みたいもの、自分が好きなものをやっている。変わったことというと……何だろうなあ。率直な話、仕事の幅がものすごく広がったというのはここ数年であります。あとは何だろう……まあ、絵はうまくなったと思いますけど。そのかわり、エネルギーは落ちました。

いやいや。ちなみに大阪のイベントのときは、「小学生の女の子からファンレターをもらった」とおっしゃっていましたね。

田亀:ああー、はいはい。あとサイン会に子連れの妊婦さんが来たりとかね。そういうのはまったくなかったからね(笑)。

これはあくまで僕の意見ですが、田亀先生ご自身のご興味や、表現したいことの幅も広がったのかなと思うんですよね。

田亀:そうですね、それはあるかも。「これはやったらから次は別のことをやろう、新しいものを取り入れよう」というのはつねにあるので、結果として広がってはいます。ただひとつ言えるのは、私の興味や活動の幅の広がりの裏にあるのは、幻滅という要素もあって。私は日本のゲイ・カルチャーを何とかしたいと思って、ゲイ業界の内部でずっとやってきたんですけれども、あまりの進歩のなさや酷いことの連続で、そこを真面目にやろうという気がなくなってしまったというのがあるんですね。

とくにどういった部分ですか?

田亀:それは単純な話、作家に対して稿料を出さないとか、契約書の内容が詐欺みたいなものであるとか、ビジネスとしての問題点は私がデビューした頃からいろいろあちこちであって。たとえば私がデビューした頃は、私は『さぶ』と『薔薇族』と『アドン』に描きましたが、そのなかで原稿料が出たのは『さぶ』だけでしたからね。『さぶ』の版元は、ゲイ雑誌に限らずいろいろな出版物を出していた一般の会社なんですよ。でも『薔薇族』と『アドン』の版元は、ほぼゲイ雑誌しか出版していなかった会社なんですよ。そういうところが原稿料を一切出さないとか、もしくは権利を一切無視して洋物の写真なんかをバンバン掲載するとかしていた。それでいて、『アドン』なんかがそうですけど、誌面ではゲイの権利みたいな綺麗ごとを言っているっていう世界だったんですね。そういうことに問題を感じていました。やがて『Badi』みたいなゲイ資本の雑誌ができましたし、私が『G-Men』に加わったのもそういう問題意識からだったんですけれど、結局『G-Men』でも同じような酷いことが行われたり裏切られたりっていうことがあったので。ゲイ・メディアに対する「頑張っても仕方ないかな」っていう幻滅みたいなものはすごくありましたからね。

うーん、それは根が深い問題ですね。アンダーグラウンド・カルチャーがビジネス面とどう向き合っていくかという。そこもまた、LGBTやそのカルチャーが可視化されていくなかで、真剣に取り組んでいかなければならないテーマですね。

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ゲイを自覚していて、でも公表はできていなくて、自己保身の術は身につけているけれども、ときにそれが破綻してしまう……というのは、ティーンに限らず日本のアダルトのゲイにも多く見られるものだと私は思うんですね。

そういった話とも少し関係するかもしれないですが、最近、LGBTブームに対するネガティヴな側面にフォーカスしたり、コミュニティ内での複雑な対立を取り上げたりするものが注目されるなど、いろいろと物議を醸していますよね。田亀先生もそういった流れを受けて、「自身の抱えるホモフォビアにどう向き合い対処していくかという話と、社会がホモフォビアを補強/増幅してしまうのをどう防ぐかという話を、まぜこぜにしないほうが良いと思う」とツイートされていましたが、この辺りについてもう少し説明していただけますか?

田亀:はい。個人のホモフォビアをどうするのかについては、それは自分のなかで解消するしかないわけですよ。周りの環境としては、それを解消するための情報は提供できるけれども、克服できるかできないかというのは当事者の問題でしかない。だからこれはちょっと申し訳ないですけれども、ひとりひとり頑張ってくださいとしか言いようがない。
ただ、そのホモフォビアがどこから来てその人のなかに植えつけられたのかというのは、当然社会からなんですよ。「おぎゃあ」と生まれたときからホモフォビアである人なんかいないわけですから。それは育っていく過程のなかで社会に植えつけられていく。そうすると我々にできるのは、社会がホモフォビアを植えつけてしまうことをどうやって防ぐか、ということ。これなら対処ができるんですよ。で、ポリティカル・コレクトネスが有効なのは、そういうことだと私は思うんですね。ホモフォビアを露にすることに対して「それは良くないことである」と言うことによって、ホモフォビアを持っていて当然という風にはならなくなるわけです。自分にはホモフォビアがあって、それを知られたらポリティカル・コレクトネスに晒されてしまって差別者にされてしまうことが怖い人というのは、それはその人がホモフォビアを乗り越えられなければ「お気の毒です」としか言いようがないんですけれども。でも、ではなぜホモフォビアに対してポリティカル・コレクトネスが作用してくるかというと、次の世代や若い世代がそれ(ホモフォビア)を再生産してしまうことを防ぐためなんですよ。

ああ、それはとてもクリアなご意見ですね。個人のホモフォビアに関しても、基本的には乗り越えたほうがいいと思われますか?

田亀:それはそうです。フォビアなんてものはないに越したことはないです。ましてや当事者だったらなおさらですよね。

そうですね。僕がこうした議論で少し思ったのは、「理解することと差別しないということは違う」と指摘するときに、「理解しなくてもいい」ということを強調するあまりフォビアを放置することになりかねないのがちょっと怖いということなんですよね。

田亀:でもそこは、「わからない」ということがホモフォビアではないから。ホモフォビアというのは嫌悪感を抱くということだから。わからなくても「気持ち悪い」と言わなければいいんです。

「気持ち悪い」と思ってしまうことを肯定しないようにする、という。

田亀:そうです。いままでの世のなかというのは、「気持ち悪い」と思うことがみんな当たり前、という世界で。それが長く続いた結果ホモフォビアが続いているわけだけど、それはやめましょうよ、という話なので。それは「理解できる/できない」という話とちょっと違いますよね。
たとえば私はゲイです。男の人が女の人のマンコに興奮するというのは理解できないし、クンニとか想像すると「ウエッ」となりますから。でもそれはヘテロフォビアというのではなくて(笑)。でも、私が「クンニするのが気持ち悪い」とか言っちゃうとそれはひょっとしたらヘテロフォビアになるかもしれないわけですよ。そんなことを言う必要ないじゃないですか。でも、「女性の身体に興奮しません」と言うことはフォビアとか差別にはならないから、そこら辺の線引きなんじゃないかなという気がしますね。

なるほど。もうひとつあらためてお聞きしたいのが、LGBTという言葉が流通していくなかで、セクシュアル・マイノリティとか性的少数者とかいうときの「セクシュアル」「性的」という部分がぼかされてしまう、ということです。

田亀:「性」というニュアンスに対して固い場では語りづらいというのはあるんだな、と思いますね。ちょっと最近興味深いなと思ったのが、性的少数者という言葉に「性」が入るからLGBTになってしまうという話と、性的犯罪や性的暴行とかを「いたずら」なんかに言い換えるという話が――まったく違う話ではあるんですけれど、根底にあるのは同じなんじゃないかな、ということなんですね。性を大っぴらに語りづらいというところですね。やんわりと、直接的じゃない表現にするというところでは、同じなのではないかと思いますね。で、それは一種の要らない配慮みたいなものだと思うんですよ。

性の議論をどこまで出すのか、というのはLGBTイシューでつねに問題になることで、なかなか解決しないテーマではあるんですけれども。

田亀:あと厄介のは、「じゃあ議論しましょう」となると、今度は勘違いから「正しい性のあり方」みたいなものを持ってくる人たちもいるわけですよ。そうではない、というところを共通認識とするのはなかなか難しいかなとは思います。誤解する人は多いだろうなと。

なるほど。

田亀:だから、「真面目な性について語る」のではなくて、「性について真面目に語る」という、この違いをはっきりさせておかないと面倒くさいことになると思いますね。

そうですね、それは重要なことだと思います。いつもの話になってしまうんですけれど、そういうデリケートだったり複雑だったりする問題には、僕としてはカルチャーに期待したいなというところがあって。何が正しいか/正しくないかみたいなところで割り切れない問題を扱うのが文化だったり表現だったりするのではないかな、と。
たとえばですが、オーランドのゲイ・クラブでの銃乱射事件のときに#twomenkissingという男性同士のキス写真が流行りましたよね。男性ふたりのキスが事件の火種になったという報道がきっかけで――まあ、これについては犯人がおそらくゲイだったということがのちに明らかになったので、そう簡単に済む話ではないのですが、それでもホモフォビアに対してある種の揺さぶりをかけるものになっている。そうしたポップな社会運動みたいなものが、日本でももう少しあってもいいんじゃないかなと思います。

田亀:ですね。でも、これはソサエティによって意味合いが変わってきますよね。たとえば日本でキスというと欧米のキスよりもずっとセックスに近づいてしまうので、#twomenkissingのプロテストを日本でやることが有効かというと私はそうは思わないですね。男女でも公衆の面前ではキスすべからずみたいな社会なので、そこでキスのプロテストをするのは意味合いが変わってきてしまう。でも、オランダでゲイ・カップルが暴行されたヘイト・クライムに対して、異議を唱えるために政治家なんかが男同士で手を繋いで歩いたことがありましたけど、こちらだったら日本でもオッケーかなと思いますね。

なるほど。日本でもそういった前向きな動きがあればいいなとは思うのですが、一部では最近LGBTブームのバックラッシュが来ているのではないかと言われていますね。その辺りについてはどう思われますか。

田亀:うーん、まあ、そういうことを言う人もチラホラいますよね。でもそれと同時に、ネガティヴな話題が出たことに関して、昔だったら当事者の、しかもリブ団体だけが異議を唱えていたのが、最近ではゲイ/ヘテロ関係なくリベラルな人たちによる反論が出てきているので、私はどちらかと言えば健全かなと思います。

そうですね。これについては、もう少し長期的な視点で考える必要がありそうかなという気がしますね。

田亀:でもまあ、いままでなかったものが出てくると目立ちますから、LGBTブームが目立ったようにバックラッシュも目立ったように感じられるのかもしれない。ただ、それはある意味議論が始まったということでもあるので。

まあそれこそ、こういう議論ってとくに欧米では盛んに行われてきたものでもありますし、日本もそういう段階に入りつつあるのかなという気もします。

田亀:うん、だからバックラッシュが見られるようになったからといって、何かをやめようという方向にはならないと思うし、やめるべきではないと思いますね。

そうですね。

田亀:私が一番バカバカしいと思うのは、「ほら見ろ」、「ほらバックラッシュが始まった」みたいな言論ですね。そういうことを言う人間が一番バカバカしいと思っています。そんなこと、社会にとって何の役にも立たない、自分には先見の明があったんだみたいな自己顕示欲以外は何もない言論だから(笑)。

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辛さを描いてもいいんだけど、我々は大人なんだからさ、その子を救ってあげるヒントをちゃんと出そうよ、という。

 ゲイ・エロティック・アーティストとしてゲイ雑誌での作品の発表、海外でのイベントへの参加など変わらず精力的に活動を続けている田亀源五郎だが、一般誌での第2作となる『僕らの色彩』の連載がスタートした。『弟の夫』同様、月刊アクション(双葉社)での連載となり、公式サイトでは第1話の試し読みができる。
『僕らの色彩』は主人公の男性高校生・宙(そら)を中心とする青春群像劇。宙はゲイであることを自覚しているが、周りにそのことを打ち明けてはいない。また、クラスメートの男子に片想いをしている。そんななか、ある人物が現れて……というところから物語が展開する。もちろん、田亀にとってはじめての一般向けの青春漫画だ。

そんななか、田亀先生も新しい段階に進まれたと言いますか、一般誌での新連載を始められたわけですが。『ゲイ・カルチャーの未来へ』でも次は中学生や高校生が読めるゲイ・テーマの作品に興味があるとお話しされていたので、いわゆるカミング・オブ・エイジ(子どもから大人に成長する時期)ものになるだろうなと思っていましたが、真っ向からそこに取り組む物語ですよね。海外のゲイ映画や小説でもカミング・オブ・エイジものはたくさん作られてきましたが、田亀先生がそれで行こうと思った理由からお聞かせください。

田亀:ひとつには、『弟の夫』で一哉くんという悩める中学生のキャラクターを描いたときに、「ああ、この子が読めるものがあったらいいのにな」と作者ながらに思ったことです。あと、こういう子どもを描くという可能性を自分のなかで発見したというのがありますね。そのなかで、じゃあ自分がミドルティーンやハイティーンを主人公にしてどういう話を描けるか考えたときに――いまおっしゃったように、そういうものはたくさんあるんですよ。そのなかで自分だけのもの、新しいものをどうやって出せるかということを考えたときに、「こういうものは少なくとも私は見たことがない」という方向性を思いついたので、それを実行したという感じですね。

連載の告知があったときに僕が「おっ」と思ったのが、タイトルが「僕ら」という複数形になっていることだったんですよね。群像劇であることを想定されているのでしょうか。

田亀:そうですね。メイン・キャラクターがふたりいまして、そのふたりをまずは対比させて、さらに周囲の人間を描くという。これは『弟の夫』といっしょで、「この人にはこういう内面があって、この人はこういう内面があって」というもので世界は広がるかなというのがあるんですね。で、今回はちょっと冒険して、主人公をゲイにしてその内面を描いているんですね。これは読者の多くがヘテロであることを考えると、共感というところでハードルがすごく高くなっているので、はたして成功するかどうかわからないんですけれど。で、それをやってみたいなと思ったときに、主人公のモヤモヤだけではなくて、同時に主人公の横にいる人物のモヤモヤも描きたかったんですよね。だから、たんにひとりの男の子が悩んで成長する話にはしたくなかった。

なるほど、わかりました。あと僕が驚いたのは、けっこう田亀先生の自伝的な要素というか、ご自身の経験が投影されているなというところでした。これは僕が『ゲイ・カルチャーの未来へ』のときに実際に田亀先生の生い立ちについてお聞きしていたからでもあるのですが。

田亀:いやあ、それは印象的なエピソードをプロローグで入れただけ、みたいな感じですよ。

ほんとですか(笑)? でも、主人公がアート志望で美術部に入っているというのは。

田亀:でもそれは、描きやすいからですよ。私はほら、運動部の経験とかないから(笑)。

野田:運動部も描いてるじゃないですか(笑)。

(一同笑)

田亀:ポルノなら描いてますけど(笑)。

(笑)でも、僕としては田亀先生と近いエピソードが入っているのが何だか嬉しくて。

田亀:これはね、『弟の夫』を描いたときにつくづく思ったんですけど、どんなキャラクターでも自分のリアルな経験であるとか、そういったものを反映させると、キャラクターがいきなり動いたり肉がついたりするんですよ。たとえば『弟の夫』のユキちゃんなんかでも、本が大好きで、大人が言ったことに対して納得がいかなくて、みたいな部分は小学校の頃の私だし。

あ、なるほど。

田亀:夏菜が家まで我慢できずに『ロミオとジュリエット』を公園で読んで泣いちゃう、みたいなものも小学校の頃の私のエピソードだし、そういったものを入れることでキャラってリアルに育っていくんだなという体感があったので。だからこの宙くんに関しては、ちょっと積極的にそういうところを取り入れてみた、という感じですね。

そうかー。ゲイというアイデンティティだけでなく、美術というモチーフがどう物語と関わってくるのか、すごく楽しみにしています。そういった田亀先生ご自身のご経験やバックグラウンドも反映されていると思うのですが、いっぽうで、設定は現代にしてあってLINEなんかも出てきますよね。

田亀:ええ。

ご自身の高校生時代と、いまの高校生のゲイの男の子とでは、どの辺りが違うなと思われますか?

田亀:いやあ、それはわからない(笑)。

(笑)

田亀:それはわからないね。私の時代にはゲイ雑誌というものがあったけれど、この世代だと雑誌はまったく意味がないだろうし。じゃあ高校生で出会い系アプリをもう使っているのかというと……ちょっとわからない部分があるし、描きづらいなというのもあるし。いかんせん私が高校生だったのも、もう40年ぐらい前なわけで……それで高校生を主人公にしようなんて、我ながら無謀なことをやろうとするな、と。

(一同笑)

田亀:しかも、『弟の夫』で何とか幼女は描けるようになったけれど――で、美人とか婆さんとかは昔からよく描いてたけど、ミドルティーンの、いわゆるアイドル世代の女の子って一番苦手なのよ。それをメイン・キャラにするなんて、我ながらよく無謀なことをやったと思って(笑)。

(笑)でもそれは、新しい挑戦をしたいという欲求から来ているんじゃないですかね?

田亀:うーん、でも、必要だからしょうがなくやってるって感じかなあ。実際少し考えたんですよ。いまの高校生に自分がどれだけ寄れるかわからないから、いっそのこと昭和の話にしてしまって、過去の話にしようかとも思ったんです。けれどそうすると、個人のゲイが社会とどう繋がっていくかという私が描きたい部分がまったく違う意味になってしまうので、やっぱりこれは現代でなければいけないなというのがあって。いまから「こんな高校生いねーよ」と言われないようにしないと……。

ふふふふ。

田亀:担当編集さんが幸い平成生まれなので。ヒロインの髪型を最初「こんなのどうでしょう」と見せたら、「昭和っぽいです」と言われたり(笑)。

(一同笑)

少女漫画や女性漫画はとくに、髪型や服装、もしくはメイクのトレンドが大変と聞きますもんね。でも、いち読者としては無責任ながら、いまのティーンを田亀先生がどう描くかという点も楽しみにしていますよ。僕が高校生のときといまの高校生も、もう全然違うと思いますからね。何と言ってもインターネット以降だし、ゲイの高校生が知りたいと思う情報がどういう風に流通しているのか……。

田亀:ですね。まあ個人差もあるし、地域差もあるし、というところで何とか乗り切ろうかな、と(笑)。

ははは。でも、個人差というところで言うと、主人公の宙くんがすごくいいキャラクターだなと思いました。高校生としては自立しているなと思って。僕はまだ1話だけ拝読している状況ですけど、宙くんは自分がゲイであることを自覚していて、かつ、ややディフェンシヴではありつつも自尊心を持っていることはちゃんと伝わってくるんですよね。それこそクラスメートが同性愛を「気持ち悪い」と言っても、「こんなことで傷つかない」と考えたり。現時点でお話しできる範囲でだいじょうぶなのですが、宙くんのキャラクターはどのように生まれたのでしょうか。

田亀:傷ついたり悩んだり、というのは世のなかにいっぱいありますし、それで悲惨な結末を迎えるというのを私は山ほど見てきた。たしかにそれは現実の問題ではあるんだけど、それをフィクションで再生産することに私はあまり意味を感じなかったんですね。これに関しては、読んでいて嫌な気持ちにはなってほしくない、と。どちらかと言うと励まされてほしいかな、と――とくに若いゲイ当事者の子たちに。それプラス、自分で感じている社会のリアルを描きたい。宙くんのようにゲイを自覚していて、でも公表はできていなくて、自己保身の術は身につけているけれども、ときにそれが破綻してしまう……というのは、ティーンに限らず日本のアダルトのゲイにも多く見られるものだと私は思うんですね。ただ、アダルトはそのことに鈍感になってしまっている気がする。それを逆にティーンに持ってくることによって、その鈍感さというのを再度考え直すことがフィクションのなかでできるんじゃないかなという目算があったんですね。

なるほど!

田亀:そういう意味でこういうキャラクターにしたんですけれど、ぶっちゃけ最初は自分の高校時代に寄せすぎてしまって、編集者に「達観しすぎていて感情移入が難しい」と言われてしまって(笑)。

はははは! 田亀先生には申し訳ないですが、それめっちゃわかります(笑)。

田亀:それでもう少し、ウェットな方向に調整していますね(笑)。

でも結果として宙くんのこの感じというのは、共感もできるラインでありつつ、自分を持っている子だなというところで好感を持ちましたね。

田亀:自分のなかでは瑞々しい感じにしたかったんですね、イメージとして。瑞々しいけれど、傷つきやすいというものにはしたくない、そんな感じかな。傷ついてはいるんだけれども、ある程度以上は自分で癒せる。ストラグルする状況にはなるんだけれども、感触としては爽やかに描きたいなというのがあったので。ちょっと話ズレるけど、あれ観た? 『ハートストーン(註1)

註1
ハートストーン:2016年アイスランド/デンマーク映画。グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督作。アイスランドの小さな漁村を舞台に、少年少女の心の機微を描く青春映画。

観ました、観ました。

田亀:いや、映画としてはすごくよくできてたんだけど、「21世紀でまたこれ?」って。自分がティーンのときに観てたら、二度と観たくない映画になってたんじゃないかと思って。

まああれは、田舎の閉鎖的なコミュニティというのもありますしね。

田亀:ゲイの男の子のお父さんがすごくホモフォーブな人で、そのお父さんが町でゲイバレした人とケンカして、その人が引っ越しちゃったとか。そういうところですごくマッチョな教育を受けていた男の子が主人公のことをじつは好きで、でも誰にも言い出せなくて……というところで追いつめられていく。映画としての出来が良いだけに、何ともね。

ゲイ・アイデンティティであることの辛さみたいなものって、たしかに昔からフィクションでよくあるし、しかも辛いだけに受けてしまうんですよね。

田亀:辛さを描いてもいいんだけど、我々は大人なんだからさ、その子を救ってあげるヒントをちゃんと出そうよ、という。

『弟の夫』のドラマの反応を見ても、「ゲイのドラマというよりも家族のドラマ」、「ゲイのドラマだと思ったら人間の話でした」みたいなものがあるんですけれど、あれも私はちょっと違和感があるんですね。

なるほど。いや、まさにその辺の話をしたかったんですよ。この間日本でも公開されたブラジルの映画『彼の見つめる先に(註2)にしても、Netflixで観られる『ぼくたちのチーム』(註3)にしても、まさにカミング・オブ・エイジもので、ゲイの男の子たちが登場するんですけれど、すごく爽やかなんですよね。そうした前向きさこそが、ゲイのティーン向けのフィクションの現代性なんじゃないかと僕は思っていて。体育会系のホモフォビアとぶつかるだけじゃなくて、和解することや、あとゲイ当事者の自尊心もきちんと描かれている。そういう意味で田亀先生の『僕らの色彩』についても、ムードとして現代的な前向きさを感じました。

註2
『彼の見つめる先に』:2014年ブラジル映画。ダニエル・ヒベイロ監督作品。ブラジル・サンパウロを舞台に、目の見えない少年レオの恋や友情を描く青春映画。ちなみに重要なモチーフとして使われるのがベル&セバスチャンの“トゥー・マッチ・ラヴ”。

註3
『ぼくたちのチーム』:2016年アイルランド映画。ジョン・バトラー監督作品。ラグビー人気の高い寄宿制男子校に通うゲイの高校生ネッドが、同室のラグビーのスター選手であるコナーと友情を育む姿を描く。

田亀:ぶっちゃけた話、『ムーンライト(註4)がやっぱりすごくヒントになったんですよ。あれだけセンシティヴでありながら、暗くないというか。個人の内面の話と社会の話がシームレスに繋がっている感じがして。『弟の夫』を描くときには『ウィークエンド』辺りに刺激されたところがありましたけど、次の作品をどうしようかとボチボチ考えているときにちょうど『ムーンライト』を観て、「しまった、やられた」と思ったところがあるので。

註4
『ムーンライト』:2016年アメリカ映画。フロリダ州マイアミの貧しい地区で育った少年シャロンの成長を3つの時代に分けて描く。第89回アカデミー賞受賞作。

『ムーンライト』もそうですし、田亀先生は同時代のものをしっかりチェックしてらっしゃるので、時代の空気を読んでいらっしゃると思いますよ。『君の名前で僕を呼んで(註5)もある種のカミング・オブ・エイジものですけれど、それもゲイ・アイデンティティに悩みすぎない現代的な空気があります。

註5
『君の名前で僕を呼んで』:2017年イタリア/フランス/ブラジル/アメリカ映画。ルカ・グァダニーノ監督作品。1983年の北イタリアを舞台に、17歳の青年エリオが年上の青年オリヴァーに抱く恋心を瑞々しく描く。主題歌はスフィアン・スティーヴンス。

田亀:『ゲイ・カルチャーの未来へ』でも話したけれども、自分の内面のほうはアダルト作品のほうで思いっきり表現できているので、一般で描くときは外に広がっていく感じにはなっていて。当然、「いま描くなら何だ」という意識はあります。『ハートストーン』を観て「いまこれはちょっと」と思ってしまうように、「いま私はこういうのがいいな」と思う部分が出てきているとは思います。

田亀先生が世代を超えて、若者を描かれているのがいいと思うんですよ。ゲイってとくに、生まれる時代によって生き方が左右されてしまうところがありますよね。そこで切断が起こってしまうのも寂しい話だと思いますから。

田亀:ですね。切断で思い出しましたが、『弟の夫』のドラマの反応を見ても、「ゲイのドラマというよりも家族のドラマ」、「ゲイのドラマだと思ったら人間の話でした」みたいなものがあるんですけれど、あれも私はちょっと違和感があるんですね。「ゲイのドラマであって、家族のドラマである」っていうものなので。ゲイであることを描くのであればゲイのことも描くし、その家族のことも描くし、という風に、私のなかでそこはシームレスに繋がっているんだけれども、どうも世のなかにはゲイというところで切断したがる傾向があって。

ありますね。

田亀:私はゲイものということにこだわりたくて、そこは切断したくないという想いがありますね。そうすることで「ゲイが存在する社会」「ゲイ・キャラクターが登場するフィクション」というものを、当たり前のものとして描きたい。

なるほど。ゲイ・テーマの物語が普遍性を持つというところで挑まれている、ということですね。では、次で最後の質問にしたいと思います。『弟の夫』は「ヘテロ向けゲイ漫画」というコンセプトでした。『僕らの色彩』も、もちろんそんな風に多くの方に読んでいただきたい作品ではあると思うのですが、敢えて言えば、とくにどういった人に届けたい作品なのでしょうか。

田亀:ティーンのゲイに届けばいいな、とは思いますが、『弟の夫』みたいに明確にコンセプチュアルなものではないので、誰それに届けたいというよりは、自分で描きたかったもの、という気持ちのほうが強いです。

でも、仮にゲイのティーン向けのものであったとしても、それ以外の人にも十分届くと僕は信じたいですけれどね。

田亀:それは狙っているんですよ。そこから普遍的なものに引っ張っていきたい。ただ、単純に一般誌で描くときに「ゲイのティーン向けです」というのでは、企画を通すのは難しい(笑)。

なるほど。ただ、『弟の夫』のドラマの話と同じで、ゲイ向けのものが受け入れられる土壌もできてきたように僕は感じますけれどね。

田亀:それはそうなんですけれど、現場ではゲイものということで過剰な反応が起こるのもやっぱり見てきていますからね。

ああ、なるほど。

田亀:あ、一番届いてほしかったのはね、13歳から18歳の自分ですね。

ああー!

田亀:それが一番あります。自分が13歳から18歳のときに、欲しかったけれどもなかったもの、という。それは、いまの社会を見ていてもあるとはどうも思えないので。ロマンスものでもなくて、性的なエンターテインメントでもないゲイものということですね。それを描きたかった。

田亀先生のこれまでのモチベーションとまったく同じというところに感動します。

田亀:ふふふふ。

ゲイ・ポルノの分野でも世になかったものを描き続けてきた田亀先生が、カミング・オブ・エイジものでも世になかったものを描かれるというのはすごく筋が通ったお話だと思います。

田亀:アウトラインだけ聞くとよくある話になっちゃうから、読んでもらわないと始まらないという話ではあるんです。

わかりました。物語の続きを楽しみにしています!

※ ドラマ『弟の夫』全3話は、5月4日(金)にNHK総合テレビにて放送(第1回13:05~、第2回14:00~、最終回15:05~)。

Sons Of Kemet - ele-king

嵐がおれの海の旅の目覚めを祝った アルチュール・ランボー

 これは海で生まれた音楽である。カリブ海の岬からアフリカの岬へと往復される航路のなかで……。ことにカリブのリズム、ソカとカリプソの灼熱のリズムがアルバム前半の祝祭性をいっきにあげる。そしてエジプトの黒い大地=ケメトの子供たち(サンズ・オブ・ケメット)の新作は、『あんたらの女王は爬虫類( Your Queen Is A Reptile)』なる題名をひっさげて、アメリカの名門〈インパルス!〉からリリースされる。
 UKジャズとは、雑種であることを良しとする。ジャズ警察をとっとと無視し、ジャズ・ファンと呼ばれる人たちの耳を堂々と裏切る。それはジャズ・ウォリーズ以降の大いなる道筋だ。ジョージ・オーウェルの『1984』における“党”は、現在を支配するがゆえに未来も過去もコントロールするが、ジャズ・ウォリーズはその現在を転覆したことで、未来も過去も自分たちでリライトすることに成功した。いまそのとき生まれたであろう未来──ときにそれはやかましい未来、騒々しい未来だが──の航路を旅しているのがシャバカ・ハッチングスである。もし、この現在において、本当にUKジャズなるモノが勢いづいているのだとしたら、その中心にいるのは33歳のカリブ系イギリス人のサックス奏者にほかならない。

 サンズ・オブ・ケメットは、シャバカの手掛けるプロジェクトのひとつで、ふたりのドラマー(トム・スキナー+セブ・ロチフォード)とひとりのチューバ奏者(テオン・クロス)のクアルテットを基盤としている。すでに2枚のアルバムをリリースしているが、本作と併せて聴いてみるべきはセカンド・アルバム『我々が何をしにここに来たのかを忘れないために( Lest We Forget What We Came Here To Do)』だろう。
 というのも、そのアルバムの最後から2番目の曲名が“アフロフューチャリズム”であるからだ。その前の曲がアフリカ系の女流SF作家の名を曲名にした“オクティヴィア・バトラーの長い夜”。曲名を知って曲が聴きたくなるアーティストは、このようにごく稀にいる。

 『ユア・クイーン・イズ・ア・レプタイル』の曲名はすべてが“My Queen is ●●”となっている。●●のところに入るのは、すべてアフリカ系の女性たちの名前だ。それはアンジェラ・デイヴィスのような(元)活動家の名前から、指導者、先駆者、あるいはハッチングスの祖母の名前にまでいたる。不勉強さゆにえ知らない名前ばかりだが、すべてが実在している“女性たち”の名前だ。そう、ぼくはぼくの不勉強さゆえに知らない/見えていない名前は、オーウェルの『1984』にならって言えば、党が支配する現在が示す歴史ではそれほど重視されていない名前かもしれない。だからこそやらなければならない。ハッチングスは、党の支配に逆らって神話を創出しなければならない。

 それにしてもこの音楽はいったい何なのか。カリブ海のリズム/アフロビートの壮絶なる混交、それはひとつには、この音楽が完璧にダンス・ミュージックであることを示している。地下で催される政治集会か、あるいは森の奥深いところか、そしてサックスとチューバの旋律は、ブルージーなジャズとは別のところから聴こえてくる。それはどこなのだろうか。その曲“マイ・クイーン・イズ・エイダ・イーストマン”では、かつてLVとダブステップ作品を制作している詩人のジョシュ・アイデヒンがマイクを握る。支配者たちへ宣戦布告である。そして“マイ・クイーン・イズ・マミー・フィップス・クラーク”で、ハッチングスはレゲエのサウンドシステム文化をこの名状しがたい神話的ジャズに接続させる。

 コートニー・パインがUKジャズに持ち込んだ大きなものは、ジャマイカのサウンドシステム文化だった。よく知られるように、キング・タビーの実験的なダブ・ミキシングは、彼の芸術的野心によってうながされたわけではない。ダンスホールに集まった人たちをどれだけ喜ばせる/驚かせるかという(経済的に不自由な人間の)娯楽的探求心によってもたらされている。まずはそれがひとつ。
 さらにもうひとつの重要点は、サウンドシステム文化とは音を電気的に増幅し、加工することだ。アコースティックを前提とするジャズ演奏において、これはある種の禁じ手だろう。しかしながらUKジャズという雑種においては、むしろこの手を使わずにはいられない。“マイ・クイーン・イズ・マミー・フィップス・クラーク”ではかつてMCレベルの名で活躍したコンゴ・ナッティがマイクを取って、この素晴らしい混交にエネルギーを注いでいる。そして、モーゼス・ボイドとエディー・ヒックスという、まさにいま旬のドラマーふたりを交えた“マイ・クイーン・イズ・ハリエット・タブマン”はさらにすさまじい情熱で大西洋を渡り、速度を上げて航路を運行する。そう、これこそポール・ギルロイが描いた航路の音楽と言えよう。
 シャバカ・ハッチングスは、しかし、コートニー・パインやジョン・コルトレーンばかりを聴いてきたわけではない。彼は若い頃、スティーヴ・ベレスフォードやエヴァン・パーカーとも出会い、フリー・ミュージックについての教えも受けている。その流れでセシル・テイラーを聴き込んでいる。そうした背景が、彼の音楽をシンプルなジャマイカン・ジャズへとは向かわせないのかもしれない。“マイ・クイーン・イズ・アンナ・ジュリア・クーパー”から“マイ・クイーン・イズ・アンジェラ・デイヴィス”へと、彼らの即興性は高まっていく。
 かつてはアンダーグラウンド・レジスタンスも曲の主題にした逃亡奴隷の女性リーダー/ジャマイカの国民的英雄の名を冠する“マイ・クイーン・イズ・ナニー・オブ・ザ・マルーンズ”は、過去を照らし出しながら大らかな空気を放流する、言うなればナイヤビンギのアンビエント変異体だ。続く“マイ・クイーン・イズ・ヤァ・アサンテワァ”では、ふたたびモーゼス・ボイドとエディー・ヒックスが加わり、ハッチングスは女性サックス奏者のヌビア・ガルシアと共演する。イギリスの植民地主義と闘った西アフリカの女王の名前を冠するこの曲は、彼女の抵抗を讃えているのだろう、ハッチングスとガルシアの勇ましくも美しいメロディが絡み合っている。
 南アフリカの活動家の名前を冠した“マイ・クイーン・イズ・アルベルティーナ・シスル”で、アルバムはそしてまた激しさを増していく。打ち鳴らされるカウベルに導かれるかのように、アルバム前半のソカのリズムは取り戻され、最後の曲“マイ・クイーン・イズ・ドリーン・ローレンス”へと繫がっていく。1曲目でフィーチャーされたジョシュ・アイデヒンがここでもMCを務める。それはアルバムが怒りを持って締められることを意味しているのだろうか。シャバカ・ハッチングスは、感情の火の粉を降らせはするが、無駄にそれを引きずることなく、すぱっと音を止め、そしてリズムだけを走らせる。

 『ユア・クイーン・イズ・ア・レプタイル』は、100%政治的なアルバムであり、アフロフューチャリズムであり、ブラック・アトランティックである。そして、USの名門ジャズ・レーベルからのリリースとなるそれは、UKジャズという雑種の気高さをこれでもかと主張する。大海原を航海しながら、党の支配や思考警察に刃向かいまくる。未来を描くために。

Alva Noto - ele-king

 本作『UNIEQAV』は、カールステン・ニコライの新レーベル〈ノートン〉におけるカールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトによる初のソロ・アルバムであり、同時に08年の『UNITXT』、11年の『UNIVRS』から続いてきた「UNI」シリーズの完結編でもある。

 ここで「UNI」シリーズについて簡単に説明しておこう。まず、00年代中盤以降のアルヴァ・ノトが〈ラスター・ノートン〉で展開した連作シリーズはふたつあった。ひとつは「UNI」シリーズ。もうひとつは「ゼロックス」シリーズである。「ゼロックス」シリーズは07年に「Vol.1」、09年に「Vol.2」、15年に「Vol.3」が発表され、このシリーズも三作目で一区切りをつけたようだ。ゼロックスの名前のとおり「コピー」をテーマとしたアンビエント・ドローン連作である。
 対して「UNI」シリーズはリズミックなトラックを中心に収録するシリーズだ。発端は「アルヴァ・ノトが数十年前に東京のクラブ“UNIT”にブッキングされた際、その環境に応じたサウンドを作り出そうとしたのがきっかけ」という。つまり最初から「クラブユース」のトラックであることを目指していたようである。
 同時に『UNITXT』の後半部分で聴かれるように、音素からノイズ領域に還元された音響もサウンドの特徴を形成していたことも大きな特徴であった。いわばリズム/ノイズという音楽・音響の構成要素を素材の状態から再蘇生するように突き詰め、サウンド/トラックの生成・構成・構築を行っているのだ。
 その意味で「UNI」シリーズは00年代初期までの初期のサイン派のリズミックなコンポジションによるウルトラ・ミニマルな電子音響の流れにあるシリーズともいえる。コピー/生成という「ゼロックス」シリーズに近いテーマ性を読み込むことも可能だろう。

 新作『UNIEQAV』においては、そんなカールステン・ニコライのリズム/ノイズの生成・構築が洗練の極を迎えていた。かつての過激なまでのウルトラ・ミニマリズムは影を潜め、実にエレガントで端正なテクノ・トラックである。細やかなリズム、高密度な低音、ミニマムな電子ノイズなどが、ときにダイナミックに、ときにしなやかにコンポジションされ、聴き手を音響の渦の中に巻き込んでいく。グリッチ・サウンドを経由した10年代後半的な「モダン・テクノ」といっても過言ではない見事なトラックだ。

 この『UNIEQAV』では、そんなモダン・テクノ的なマシン・グルーヴに加えて、「ゼロックス」シリーズ(特に「Vol.3」)や、坂本龍一との共作である映画『レヴェナント』のサウンドトラックなどにあった音楽的な和声感覚もそこかしこに埋め込められてもいる。たとえば「ゼロックス」『レヴェナント』的な持続音で幕を開ける“Uni Mia”、その途中から鳴り始める「二つ目のコード」のように。
 加えて「声」の導入も「UNI」シリーズの重要な要素である。カールステン・ニコライが「声」をトラック内に本格的に用いたのは、おそらくは「UNI」シリーズからのはず。そして「UNI」シリーズの「声」といえば、フランスの音響詩人アン=ジェイムス・シャトンである。
 彼は〈ラスター・ノートン〉から11年に『Événements 09』、2012年にアルヴァ・ノトと、長年のコラボレーターであるアンディ・ムーアらとの共作で『Décade』をリリースしている。二作とも途轍もなくクールなヴォイス+電子音響だ。
 そのふたりの最初の共作トラックが収録されたアルバムが、08年にリリースされた『UNITXT』であった。カールステンの電子音響トラックに、アン=ジェイムス・シャトンの無機的な質感の声がこれほどの見事なマッチングを聴かせるとは思いもよらなかった。それは電子音響ヒップホップとでも形容したいほどの「クールさ」だが、何より世界の満ちている資本主義社会的な記号=言葉を反復するヴォイスは、「UNI」シリーズが内包していた世界認識論を体現していた。じじつ、11年の『UNIVRS』にもアン=ジェイムス・シャトンは参加し、三文字の企業・団体名/ロゴの英字を繰り返し発声し、アルバムのメッセージを強く体現していた。
 それは『UNIEQAV』の“Uni Dna”でも同様だが、前作までとは反対に、まずはトラックが先行制作され、そこにアン=ジェイムス・シャトンのヴォイスが重ねられたらしい(曲名どおりDNA情報に関するワードだ)。結果、アン=ジェイムス・シャトンによる「声」のリズムとアルヴァ・ノトのトラックのリズムの関係性が、ふたりのこれまでのコラボレーションから反転しているのだ。

 ではカールステン・ニコライは、この『UNIEQAV』ではトラック優先で、ビートの可能性を追及したかったのだろうか。しかしそれはビートというより、ある法則で区切られた音の線=リズムというべきかもしれない。「声」もまた法則で区切られた音の分割=リズムである。じじつ『UNIEQAV』におけるリズムは、“Uni Clip”などで聴かれるようにキーボードをタイプする音にも聴こえるし、“Uni Sub”のベースの3連などは、アン=ジェイムス・シャトンの声のようにも聴こえる。横溢する分断されるリズム=音の線。

 リズム。ノイズ。分断される音。これらが交錯する本作を聴いていると、不意にカールステン・ニコライが育った「東ドイツ」のことを考えてしまった。たとえば、彼が少年期などに耳にしていた東ドイツにおけるラジオ放送などを。
 私見だが、この最先端の電子音響の本質には、どこかカールステン・ニコライの記憶の層が織り込まれているように聴こえてならない。もしかすると「東」に住むカールステン少年・青年は、(おそらくは検閲によって)消えかけて(分断された)ラジオ放送を耳にしていたのではないか、と。思えば「ゼロックス・シリーズ」の「Vol.3」もまたどこか記憶の旅のようなアルバムあったが、本作『UNIEQAV』も音楽のフォームは違えども、やはり、同様のものを感じてしまった。
 サイン・ウェイヴ、グリッチ。ノイズ。マシン・リズム。90年代以降、ヒトから離れたマシン/エラーな音響作品を作り続けてきたカールステン・ニコライだが、00年代後期から10年代以降のシリーズ/アルバムには、彼の幼年期の記憶/人生も結晶しているようにも思えるのだ。20世紀後半、東ドイツの記憶。モダニズム建築。放送。ノイズ。音響。リズム。
 そう、知覚を圧倒するテクノロジーの交錯による最先端電子音響/モダン・テクノ『UNIEQAV』が放つマシニック・リズムのむこうには、ヒトの記憶が、まるで光のように交錯し、反射しているのだ。


IVY LAB, IKONIKA - ele-king

 〈ハイパーダブ〉からの作品で知られるIKONIKAが来日します! 共演は、同じくUKベース・ミュージックから IVY LAB、日本からは注目のDJ/プロデューサー、LISACHRIS(リサクリス)。ぜひ注目しましょう。

CIRCUS presents IVY LAB, IKONIKA
出演日 2018/5/18(fri)
場所 CIRCUS TOKYO
時間 OPEN/START 19:00
ADV ¥2,500- (+1drink) / DOOR ¥3,000- (+1drink)
Act :
IKONIKA(Hyperdub)
IVY LAB
LISACHRIS

interview with BES & ISSUGI - ele-king


BES & ISSUGI
VIRIDIAN SHOOT

WDsounds/Pヴァイン

Hip Hop

Amazon

 近いところにある交わってないストーリーが出会う。まざりあうことで純度を増していくHIP HOP。プラスがプラスになるコンビネーションが作り出すシンプルな強さがこの作品の柱を作っている。気持ちよくただただ乗って欲しい。
 「HIP HOP?」と自分に問うことへの答えと、「HIP HOP?」と他者に問われたときの答えは違う。BESとISSUGIがリリースしたアルバム『VIRIDIAN SHOOT』は絶対的に「HIP HOP」として存在する。初めてこの作品を聴いたときに強烈に感じさせられた「HIP HOP」を理解するひとつの手がかりを言葉にしたくてふたりに話を聞いた。

地元の先輩のDJがレッドマンの“IT’S LIKE THAT”ってあるじゃないですか? それに山本リンダをブレンドしてたんですよ(笑)。
──BES
かなりどぎつい味になりそうですね(笑)。
──ISSUGI

お互いの出身地と育った場所を聞かせてください。

ISSUGI(以下、I):俺は練馬です。学校は荻窪だったんだけど、基本的に練馬からそんなに離れた所に住んだことないですね。

BES(以下、B):俺は18位から渋谷で遊びはじめて。地元にはいて、地元は東京の青梅ってとこなんですけど。20くらいまで地元にいて、何もないんでそこから出たくて。地元から出て。そのときもう、池袋BEDで「URBAN CHAMPION」(池袋BEDでいまも続いているパーティ)はMOTAIとかとやってたんですけど。はじめたばっかのときは青梅で。地元でやってても面白くなくて。音楽やる奴がほとんどいなかったんですよ。ラッパーっていっても違う感じだなって思ってて。そのときもうEISHIN(SWANKY SWIPE のメンバー)と組んでたんですよ。中野にはしょっちゅう遊びに行ってました。

 SWANKY SWIPEはBES、EISHIIN、DJ PORCHE、YODELからなるグループで2000年代にHIP HOPをHIP HOPそのものとして新たな次元に持って行ったグループのひとつだ。アルバム『BUNKS MARMALADE』を是非聴いて見て欲しい。リリース当時さまざまな場所で話題になっていた記憶は鮮明に焼き付いている。90年代にヘッズにトラウマを残したBOOT CAMP CLIKと近い存在と言っても過言ではないだろう。SWANKY SWIPEのBESとEISHINの出会いは意外だけれどしっくりくる。

EISHINと組みはじめたのは?

B:18、9からですね。EISHINはわからないですけどおれは向こうがラップやってるのは知ってたんで。新宿にCISCOがまだあったときに、たまたまばったり会ってですね。その前にも何回か連絡してたんですけど、電話切られちゃったりして(笑)。俺は中学からEISHINのこと知ってたんですよ。お互いスキーやってて、スキーの大会で知り合ってるんですよ。「サイプレス・ヒル聴いてる?」 「聴いてる、聴いてる」とか言って。

I:面白い。

青梅に住んでたときの思い出の曲ってありますか?

B:そのとき、地元の先輩のDJがレッドマンの“IT’S LIKE THAT”ってあるじゃないですか? それに山本リンダをブレンドしてたんですよ(笑)。

I:かなりどぎつい味になりそうですね(笑)。

B:そうそう。俺爆笑してて、ひとりで(笑)。「だっだだだだだだ」って山本リンダが入ってくる。クラブでそういう時間があったんですよ(笑)。その人は青梅から絶対に出ない人なんですけど。福生で基本イベントやってるのが多くて、アメ車の輸入やってる先輩がいて、その人達がYOU THE ROCKとかを呼んでイベントやってたんですよ。そこで自分がセキュリティとかやってて。19とかっすかね。そのパーティは人も凄かったですね。

I:その時代知らなかったです。ふたりとも別々でソロでやってたんですね?

B:いや、EISHINはグループ組んでたんだけど。結局グループがなくなっちゃって、相手がいないってなってて。そんで、地元の奴ごしに、八王子に会いに行って、そこで会うのが後のDJ PORCHEなんですけどね。それで、八王子でイベント出てました。「URBAN CHAMPION」の前ですね。お客さん5人しかいなかったり、見よう見まねでフリースタイル・バトルやって無茶苦茶になって笑っちゃったりとか(笑)。春木屋って店があって、スタジオとライヴハウスがくっついた3階あるところなんですけど。春木屋はもうないんですけどね。。15年以上前ですね。

I:面白そうですね。

その頃はISSUGIとはまだ会ってないですか?

I:俺はまだですね。BEDに遊びに行くようになって「URBAN CHAMPION」とか「ELEVATION」ってイベントがあって、それで知ったって感じですね。仙人掌とかメシアTHEフライが先に知ってました。SWANKY SWIPEって人達がいるって、聞いてて。それで、場所がBEDだったんですぐにライヴを見て。

その時の印象は?

I:ライヴ見て、衝撃受けました。何話したかは覚えてないんですけど、「ライヴやばかったす。」って感じのことを言って、普通に握手しようとしたら。このタイプの握手の人だったんすよ。(4段階式の握手の手振りをする。)わかります?「ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!」みたいな。周りにあんまりそういう人がいなかったんですよね。

B:MSこうだったじゃないですか? 俺たちはこうで。パチンってやるのをやってたんですよね。最近みんなこうじゃないですか?(色々な握手を手振りする)

たしかに。その頃って握手の仕方違いましたね。

B:ありましたよね。俺たちはこうパチンで。鳴らすのをずっとやってて。

I:いままで見たこと聴いたことないラップだなって思ったのを覚えてます。

そのときに一緒に曲を作るイメージはありました?

B:なかったよね。

I:その頃はBEDで会うっていう感じでしたね。毎月何回か何かのイベントでBEDで。

B:ライヴなくても会ってたりしてたね。

 BESもISSUGIも出演してなくても、クラブにいる印象がある。MONJUのメンバーである仙人掌はBES、SWANKY SWIPE双方のアルバムに参加しているのもあって、出会った当初から共に曲を作っている印象を持ってる人は少なくないだろう。初の共演は2012年になる。

「BES ILL LOUNGE」(MIXED BY DJ ONE-LAW)ので初めて一緒に曲やってるので合ってますか?

B:たぶん。

I:はい。そのなかの“COFFEE & SUGAR”が最初だと思います。バトルに一緒に出たりはしてたんですけど、曲作りはそこまでなかったですね。

B:ないっす!

それより前に曲作ってるんじゃないか? って思ってしまいます。

B:やってないですね。やるとしたら仙人掌でしたからね。

SWANKY SWIPEもBESの1stも参加してますもんね。“COFFEE & SUGAR”はどういう経緯で作ることになったんですか?

I:GUINESS君(ラッパー/『BES ILL LOUNGE』をリリースしたレーベル、SNAKESLOWを当時運営)が振ってくれたんでしたっけ?

B:うん。GUINESS君からだと思うよ。

I:それで、ビートを聴いてもらって、すぐに、面白いと思ってすぐ作ったすね。

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俺が、USのラッパーのトラックにラップのせてっていうシリーズを作りたいなと思ってて。たまたま、、あれ? 俺から声かけたんだっけ?
──BES
はい。「ビートジャックしたミックステープ」を作ろうって誘いの連絡をもらいました。
──ISSUGI


BES & ISSUGI
VIRIDIAN SHOOT

WDsounds/Pヴァイン

Hip Hop

Amazon

そういうエピソード聞くのすごく好きです。そこからまた時間が5年くらい空いて今作『VIRIDIAN SHOOT』ですが、どういう経緯で作ったんですか?

B:俺が、USのラッパーのトラックにラップのせてっていうシリーズを作りたいなと思ってて。たまたま、、あれ? 俺から声かけたんだっけ?

I:はい。「ビートジャックしたミックステープ」を作ろうって誘いの連絡をもらいました。

時期的には16FLIP vs BES(BESのアルバム『THE KISS OF LIFE』を16FLIPが全てREMIXしたもの。アルバム本編には収録されていなISSUGIのRAPも収録。)よりあとですか?

I:それより前の可能性があるんですよね。「『THE KISS OF LIFE』のリミックスやってよ?」って言われる前に、ジャック系の作品を作ろうっていうのでこっちのプロジェクトは動いていて。

その時点でレコーディングはじめてましたか?

I:はい。そうなんですよ。3~4曲くらいは録ってたんですよ。DOPEY君(東京のRGFのトラックメーカー。アルバム『SMILE』をリリースし、現在、制作動画と配信のプロジェクト「WORKS」をゲストを招き展開中)のとこで。

全部DOPEYのところでレコーディングはしてるんですか?

I:最初はDOPEY君のところでなんですけど、分かれてるんすよね。3つの時代に。DOPEY君/ODORI STUDIO/KOJOE君のところ。

レコーディング時期も分かれてるんですか?

I:各4ヶ月、3ヶ月は空いてますね。

レコーディングしてる日数はどれくらいなんですか?

I:今回スタジオ入ってる回数は少なくて5回とかだと思うんですよ。1日にふたりで3曲くらいRECORDINGしてたんですよね。

期間が空いてるとはいえ、かなりハイペースでのレコーディングですよね。意図的にですか?

I:俺的には単純に一緒にいると勝手に曲ができ上がってくようなイメージでしたね。パッパッパって。

B:どっちかが書けたら先に録ってっていう流れ。合わせてリリック書いたりふたりで構成作って、できたらそれでOK。

I:自分でも驚くほどでしたね。こんなに楽に曲できちゃって。だって、何もない状態でスタジオ行って、「今日何やりますか?」ってはじまってるのに、帰るときには3曲くらいでき上がってて。やべーできた! って。

ふたりで作ってる印象を強く感じました。

I:どっちかの聴くとそれによってスラスラと書けるというか。俺のなかで最初はビートジャックのミックスCDを作ってる感じで作ってたので、普段のアルバムよりちょっとゲーム的というか、煮詰め過ぎないスピーディな質感が出せたと思ってます。BESとレコーディングしてったものを、持っていってディール組んでお金ゲットしてっていう。BESの誘ってくれたゲームに参加させてもらうみたいな意味でも楽しめたというか。

B:ありがとうす。

楽しんでる感じ伝わります。エグさももちろんあるけど、音に乗ってる楽しさというか、気持ち良さを感じました。どのようにこの作品のアイデアは生まれたんですか?

B:『BES ILL LOUNGE』で海外のトラック、ビートジャックしたらCDでだったら出せるってわかったから、自分の好きな曲のトラック使ってやりたいって思って。それ作れたら最高だと思って、そのときに話ししてたレーベルが「お金の話しましょうか?」って言ってたんだけど、「できました」って持ってったら、「流通しかできません」って言われて。「お金の話しようっていってたじゃん」って。それでどうしようってなって。

I:そっからはバトンタッチっていうか、自分がそのバトンを持ってやるぞっていう。

そこからアカペラをトラックにのせていく?

I:5曲くらいはトラックに合わせて書いたんですけど、他はアカペラをトラックにのせて行きました。

どういう流れで制作してたんですか?

I:基本的には自分が集めたオリジナルのビートにアカペラを乗せ変えて曲を作って、BES君に「気に入らない(ビートとアカペラがあってない)のがあったら言ってください」って送ったら。これで全部ばっちりってなって。

作り方自体がかなり面白いですよね。

B:そうなんすよ。

I:いままで自分でもないっていうか。

B:俺もないっす。

 ビートジャックからオリジナルにBESからISSUGIにバトンが行き来する。海外のミックステープでオリジナルのものが既存のインストにブレンドされたものは普通に存在してる。その逆の作り方で作られたアルバムはこの作品以外に存在するのだろうか? ビートジャックして作られた「オリジナル」のものを聴けることはあるのだろうか?

I:はめこんで作る作業が面白かったですね。この雰囲気にあうビートはこれでとかで。やってみて合わなかったのもあるし。元々フックががっちりできたものは、このフックに合うトラックをはめるっていう作業だったり。“NO PAIN, MO GAIN”がもろそういう曲で、フックのハマりを失いたくないなと思って、探して元のフックにバッチリ合うビートが見つかって完成したときは嬉しかったですね。

トラックは新たに探したというよりは自分がもっているストックを使ったんですか?

I:はい。GWOP (GWOP SULLIVAN)のビートは自分のソロのときにALL GWOPプロデュースで出したいなと思って、十何曲くらい持っていて。やりたいと思ってたんですが、自分のなかで先の先の先くらいのプランで考えていて。すぐ制作に入れない感じだったんですよね。でもビートってずっと持ってると自分にとって古くなるというか、ビートってそういうのあると思うんですよね。だからBES ISSUGIを作ってるときにコレだと思ってそこにGWOPのビートを全部つぎ込みたいと思って。作りました。

GWOPに対する印象をそれぞれ聞かせてください。

B:渋いっすよね。

I:俺も渋いと思いました。渋いんだけど年齢もそんなにいってないと思うんですよ。自分より年齢下なんじゃないかな。若くて渋いところわかっちゃってるビート作るやつだと思ってて。だから90sの焼き直しと全然違うフィーリングというか、鳴り含めてアップデートされているんですよね。あとはドラムに勢いがあってドラムの跳ね方がヤバいことになってますね。GWOPのビート、ドラムとベースの出方がウーファーから風が吹いてきそうなんですよ。そういうところが好きです。

新たに録った曲もあるじゃないですか? どこでこのアルバムを完成だと決めましたか?

I:いちばん最後にRECが終わったのが“WE SHINE”で、それが終わったときにこの曲で揃ったかなと思ったんですけど、自分的に“WE SHINE”をアルバム最後の曲にしたくなかったのでBONUS 2曲いれて、そこまでの流れで1枚聴いて欲しいと思ってました。アルバム作ってて これがHIP HOPっしょって気持ちもあったし、HIP HOP好きなやつが聴いてぶち上がるアルバムにしたいという思いもありましたね。

 絶対的な「HIP HOP」に作品で聴き、ライヴで首を振りまくって騒いで欲しい──

〈VIRIDIAN SHOOT LIVE TOUR〉
4/28 北見UNDERSTAND
4/29 旭川BROOKLYN
5/5 池袋BED
6/2 京都OCTAVE
6/3 岐阜
6/30 水戸MURZ
7/14 福島

「BES & ISSUGI『VIRIDIAN SHOOT』
& Mr.PUG『DOPEorNOPE』DOUBLE RELEASE PARTY
supported by CARHARTT WIP」

日程:2018年5月5日(土・祝)
会場:池袋BED
OPEN 22:00
DOOR / ¥3,000 1D
ADVANCE TICKET / ¥2,500 1D + BONUS CD
RELEASE LIVE:
BES & ISSUGI
Mr.PUG
(feat 仙人掌,MICHINO,Eujin KAWI)
LIVE:
弗猫建物
BEAT LIVE:
CRAM
ENDRUN
DJ:
BUDAMUNK
DOPEY
JUCO
GQ
TRASMUNDO DJs
YODEL & CHANGYUU

チケット取扱店:
DISK UNION
JAZZY SPORT
TRASMUNDO
7INC TREE LIMITED STORE

Nanaco + Riki Hidaka - ele-king

 昨年、リキ・ヒダカのライヴを見たとき、彼は歌うのではなく、ステージの上でひとりでドローンを演奏した。いわゆるインディ・ロック系のオムニバスのライヴのだったので、そりゃあもちろん、スマホをいじっている客もいた。が、そこにいたほとんどのオーディエンスは、リキ・ヒダカの演奏に集中した。リキ・ヒダカもまた、オーディエンスの耳を話さなかった。アンビエント系とかその手のイベントならまだしも、経験的に言えば、ライヴハウスでロックのファンを前にこれができるミュージシャンは多くはない。
 リキ・ヒダカは素晴らしいボヘミアンだ。広島のStereo Recordsからリリースされている彼のアルバムは、静かな波紋を呼んで、本当にゆっくりと広まっている。そのひとつはジム・オルーク、石橋英子とのライヴ・ツアーだが、いまもうひとつ、意外なコラボレーション作品のリリースが発表された。年々再評価を高めている80年代を駆け抜けた伝説のシンガー、佐藤奈々子との共作『Golden Remedy』がそれだ。
 世代もジャンルも異なるこのふたり、いったい何がどうしてコラボレーションすることになったのか謎ではあるが、間違いなく注目作でしょう! 

Nanaco + Riki Hidaka『Golden Remedy』
2018年6月20日リリース
PCD-25259 定価:2,500円+税

伝説のシンガー、佐藤奈々子の5年ぶりニュー・アルバムは、今もっともアートなサウンドを紡ぐ大注目ギタリスト、Riki Hidakaとのあまりに美しきコラボレーション!
唯一無二のウィスパー・ヴォーカルと吸い込まれるほど夢幻的なギター・サウンドが織りなす妖艶なるポップ・ワールド──。カメラ=万年筆とコラボした前作に続き、またしても若き天才との化学反応が生んだ恍惚の傑作が誕生!

<トラックリスト>
1. Old Lady Lake
2. 王女の愛 (Love of Princess)
3. Frankincense Myrrh Gold
4. I Will Marry You
5. 美しい旅人 (Beautiful Traveller)
6. Secret Rose
7. 未来の砂漠でギターを弾く君と私 (The Desert)
8. 魔法使い (Wizard)
9. 白鳥 (Swan)

<参加ミュージシャン>
オカモトレイジ (OKAMOTO’S):dr
野宮真貴:cho
ジェシー・パリス・スミス:keys, cho
Babi:cho
佐藤優介 (カメラ=万年筆):p
佐藤望 (カメラ=万年筆):chorus arrangement
ほか

◆プロフィール


佐藤奈々子 (Nanaco)
歌手・写真家
1977年 佐野元春氏との共作アルバム『ファニー・ウォーキン』でデビュー。4枚のソロアルバム他をリリース。
1980年以降、カメラマンとなり、広告、雑誌などで活躍し、5年間パリで暮らす。
1996年 アルバム『Love is a drug』をイギリス、アメリカ、日本でリリース。タイトル曲のシングルは、日本人アーティストではじめて、NMEの"single of the week" に選ばれる。
1998年 イギリスBella Unionより、Simon Raymondeプロデュースによるアルバム『Luminous love in 23』をリリース。
2000年 R.E.Mを手がけたMark Binghamのプロデュースにより『sisters on the riverbed』をリリース。
2013年 カメラ=万年筆とのコラボレーション・アルバム『old angel』(diskunion)リリース
2016年 前田司郎監督の映画「ふきげんな過去」の主題歌を歌唱+作詞。近年はライブ活動も行なうようになり、さまざまなミュージシャンとのセッションやライブツアーも行なっている。写真家としては、広告、雑誌、またCoccoや細野晴臣といったミュージシャンのCDジャケットなどの撮影を多数手がけている。ピチカート・ファイヴに楽曲提供した「Twiggy Twiggy」は世界的なヒットとなった。


Riki Hidaka
1991年LA出身。東京育ち。2014年よりNY在住。ギター奏者。
『NU GAZER』(‘11)、『POETRACKS』(‘11)、『LUCKY PURPLE MYSTERY CIRCLE』(‘17)など、自主制作による限定リリースを含む多数のソロ作品をリリースするほか、QN、THE OTOGIBANASHI’S、GIVVNなどの作品にギタリストとして参加。また、アートワークやフィルム制作、ショーの音楽など、様々な分野で活動している。ライヴも精力的に行い、17~18年に行われたジム・オルーク、石橋英子との二度に亘るスリーマン・ツアーは話題を呼んだ。


 アンノウン・モータル・オーケストラを初めてみたのは、2014年のアイスランド・エアウェイズ。たまたま入った小さな映画館で彼らはプレイしていた。100人ぐらいの人がいて、優しいアイスランドの人たちは小さいアジア人に場所をあけてくれ、「椅子に登るとよいよ」とアドバイスまでくれた。そこで見たのは、グレイのスウェットに黒のベースボール・キャップを被ったギター・ヴォーカルと、黒一色のベーシストと、ジンジャー・ベイカーのようなプレイをする、一番目立っていたドラマーの3ピースのサイケデリック・バンドだった。ヒップホップかハードコアにもなり得るリズム・セクションに、カジュアルだが、ファンキーなギター・ラインに圧倒され、すぐに次に行く予定が立ち去れなかった。無理してないのに、なぜか良い。イギリスのバンドだと思っていたが、ニュージーランド出身、ポートランドを拠点とするルーバン・ニルソンを中心とするバンドだった。その後彼らのアルバムを聴き漁っていると、いつの間にか曲をハミングし、歌詞も覚えてしまった。

 2015年、ルーバンと妻、そしてガールフレンドの関係をテーマにした新譜『マルチ・ラヴ』をリリースした後は、いたる所で名前を目にするようになった。有名なセントラル・パークのサマー・ステージでもプレイし、”So Good At Being In Trouble”, “Swim and Sleep”, “Ffunny Ffriend” などのシンガロング系のヒット曲から、新曲 “Can’t Keep Checking My Phone” などをミックスしたセットでは、広々としたセントラルパークというロケーションもあり、リラックスしたレイドバックな雰囲気で、誰もが思い思いに楽しんでいた。この、少し奇妙なバンドは、いつのまにか幅広い知名度を獲得していた。

 2018年4月、「自分たちが消費するもの、それがどのように影響するか」をテーマにした新譜『セックス・アンド・フード』をリリースした。それと同時に地下鉄のホームから道の看板まで、アルバムの広告で溢れかえり、イヤでも目につくようになった。数週間後にブルックリンの工業地域にある大会場、ブルックリン・スティールで2日間のショーを行った(ソールド・アウト)。ブルックリン・スティールは、2017年にLCDサウンドシステムが再結成&こけら落としをした新しい会場で、インディのトップクラス・バンドがプレイしている。

 ステージ・ライトは『マルチ・ラヴ』のカヴァーのようなピンク。楽器以外にレコード・プレイヤーと白いスピーカーが載った長テーブルがあり、白いふわふわのじゅうたんがひいてある。フルワイン・ボトル2本、ウィスキー、テキーラ・ボトルが一本ずつ、キーボード・スタンドの下に準備されていて、まるで誰かの部屋のようである。

 バンド・メンバーは、ルーベン、ベースプレイヤー。キーボード・プレイヤー、ドラマーの4人で、ドラマーはルーベンの兄。
 ベースボール・キャップ、Tシャツ、ショート・パンツにレギンスのルーベンは全体を通してリラックス・ムード。ガムを噛んでいて、大体歌の出だしをミスる(笑)のだが、その後のクレッシェンド感は流石。高い音も決して外さないし、R&B、ソウルっぽい強弱のある歌い方とメロウなギターの爪弾きにキューンとさせられる。ショルダーバックがけのギターの持ち方もチャーミングだし、「ブルックリン、まだ大丈夫?」と観客を気遣うことも忘れない。

 今回は新曲中心に4枚のアルバムから曲を選び、グルーヴィでエフェクトをかけたルーベンのヴォーカルが現実的で病んだテーマをディスコ・ボールのなかでダンスしているように軽やかに響かせていた。メロウになったり、ハードコアになったり、基本はR&Bグルーヴを様々な表情に変えていた。

 彼らの曲はインターネットの世のなかに生きていれば起こりえる日常生活を歌っている。いまの時代みんな狂っているし、だからそれをテーマに歌うUMOに共感するのだろう。オーディエンスは20~30代ゲイの男が中心で全部歌詞を覚えている! ぐらいの熱烈さだった。私たちが持つ現代病問題をサラリと気づかせるメロウな友たちがUMO。それを伝染させるのは簡単なことなのだろう。

4月に刊行された『現代プロレス入門』にて表紙を飾っていただいた葛西純選手をお招きし、5月28日、書泉グランデにて刊行記念サイン会がおこなわれます! 先着50名となっておりますので、ご予約はお早めに。

出演者
・葛西純選手(プロレスリングFREEDOMS)

イベント内容
・サイン会

開催場所 / 開催日時
書泉グランデ(神保町) 7F
2018年05月28日(月) 19時~

発券場所 / 発券日時
グランデ(神保町) B1F
2018年04月28日(土) 10:00~

【店頭受付】2018年4月28日(土) 10:00~
【電話受付】2018年4月29日(日) 13:00~
 TEL:03-3295-0017(直通)

※参加券1枚に付き、対象商品1点にサインをお入れ致します。
※サイン入れは対象商品のみとなります。予め、ご了承下さい。
※商品は当日、必ずお持ちください。

ご参加方法

4月28日(土) 10:00より書泉グランデBFにて『現代プロレス入門』をご予約・ご購入でご希望のお客様【先着50名様】にイベント参加券をお渡しいたします。

※商品1冊ご予約・ご購入につき参加券1枚の配付となります。
※状況により1回のご予約・ご購入数を制限させて頂く場合がございます。
※参加券1枚で大人1名様限り有効(お子様のご同伴は係にご相談ください)。
※電話受付は店頭受付開始日の翌日13:00から、残券がある場合に行います。
TEL:03-3295-0017(直通)

ご注意事項
*参加券配付は予定数に達し次第、受付を終了いたします。
*参加券は再発行ができませんので、紛失されませんようご注意ください。
*会場内は禁煙です。
*会場内外の録音・録画は禁止とさせていただきます。
*イベント当日、マスコミの取材カメラが入り、イベントの様子を撮影する場合がございます。
*やむを得ず、予告なしにイベント内容が変更となる場合がございます。
*営利目的による転売行為はおやめ下さい。転売が明らかな場合は、イベントへのご参加をお断りする場合がございます。
*イベント終了までにお支払いがございませんと商品はキャンセルとさせていただきます。
*イベント終了後2週間以上ご来店、ご連絡がない場合はキャンセル扱いとして、商品(特典)は処分させていただきます。
*イベントが長くなりますとイベントの途中で休憩を取らせていただく場合がございます。休憩時間中はお客様にはお待ちいただくことになります。皆様のご理解ご協力をお願いいたします。
*イベント終了時間は決まっておりません、ご参加のお客様が居られませんと終了となります。参加券をお持ちの場合でも遅れて来られますとご参加になれませんのでご注意ください。

(イベントに関するお問い合わせ)
★神保町・書泉グランデBF スポーツ&格闘技コーナー
TEL:03-3295-0017
営業時間 平日10:00~21:00 土日祝10:00~20:00

interview with Tim Liken (Uniting Of Opposites) - ele-king


Uniting Of Opposites
Ancient Lights

Tru Thoughts / ビート

JazzPsychedelicTraditional Indian Music

Amazon Tower HMV iTunes

 反対のものをユナイトすること。それは、たんに逆の性質のものを合体させるということではなく、逆のものをそもそも逆だと見なさない、ということなのだそうだ。ユングの著作から採られたユナイティング・オブ・オポジッツ(以下、UOO)というグループ名には、そのようなコンセプトが込められているのだという。
 UOOは、ベテランのシタール奏者クレム・アルフォードとベーシストのベン・ヘイズルトンのふたりが出会ったことがきっかけとなり、そこにこれまでティム・デラックス名義でハウスのヒット作を生み出してきたティム・リッケンが加わることで始まったプロジェクトである。その初となるアルバム『Ancient Lights』では、インドの伝統音楽と現代的なジャズ、生演奏のアンサンブルとエレクトロニックなサウンドなど、一見遠いところにあるもの同士の折衷がいくつも試みられている。その巧みなコラージュ・センスにはただただ脱帽するほかないけれど、2018年の現在もっとも注目すべきなのは、やはりそのジャズの側面だろう。
 本作にはクラリネット演奏のアイドリス・ラーマン(トム・スキナーととともにワイルドフラワーの一員でもある)や、アシュレイ・ヘンリー&ザ・リ:アンサンブルやサンズ・オブ・ケメットの新作にも参加したドラマーのエディ・ヒックが名を連ねており、まさにいま大きなうねりとなっている南ロンドンのジャズ・シーンとリンクする作品となっている。
 他方インド音楽といえば、旧宗主国たるUKではそれこそビートルズの時代からそれを取り入れる動きがあったわけだけれど、90年代以降のクラブ・ミュージックの文脈でもニティン・ソウニーやタルヴィン・シンといったUKエイジアンたちがエレクトロニックな音楽にその要素を取り入れてきた。つまりUOOは現在の南ロンドンのシーンとの接続を試みる一方で、これまでのUK音楽における多様性の系譜にも連なろうとしているのである。それを同時に成し遂げてしまうことにこそ、まさに「そもそも反対だと見なさない」という彼らのスタンスが表れているのではないだろうか。
 UKの混淆性そのものを体現するかのような『Ancient Lights』という素敵なアマルガムを生み落としたUOO、その中心人物のひとりであるティム・リッケンが新作について、そしてインド音楽や南ロンドンのシーンについて語る。


photo: Kid Genius Creative

逆という見方をしない、逆を持たないというのがコンセプト。真逆のものからわかる発見、事実、そういった感じかな。

ユナイティング・オブ・オポジッツにはシタール奏者やタブラ奏者など、多くの人が参加していますが、まずはバンドの結成に至った経緯を教えてください。

ティム・リッケン(Tim Liken、以下TL):友だちのベン・ヘイズルトンがメンバーを紹介してくれたんだ。ベンとは7~8年の仲でね。『The Radicle』のときに彼がベースで参加してくれて、そのときに他のミュージシャンを探すのも手伝ってくれたんだ。そのときに彼が一緒にプロジェクトをやりたいと提案してきて、まず最初にクレム・アルフォードに声をかけて、3人で音楽を作り始めた。でもプロデューサーという視点から見ると、僕はもっとミュージシャンが必要だと思って、ベンの紹介やロンドンのギグで知り合ったミュージシャンたちに参加してもらうことにしたんだ。エレクトロっぽいものは避けたかったし、ダンス・ミュージックを作りたかったわけでもない。より人間味のある音楽を作るには、それが必要だったんだ。

ユナイティング・オブ・オポジッツというグループ名にはどのような意味が込められているのでしょう? 「反対のもの」とは何と何ですか?

TL:名前はカール・ユングの心理学から来ていて、彼が書いた本も持っているんだけど、それには西と東の考え方の違いが書いてある。そのなかに「そのふたつの合体(Uniting)」という章があって、それがすごくおもしろいんだ。逆という見方をしない、逆を持たないというのがコンセプト。真逆のものからわかる発見、事実、そういった感じかな。

本作では大きくインド音楽の要素がフィーチャーされていますが、インド音楽に注目するようになったきっかけはなんだったのですか? やはり前作『The Radicle』で“Shanti”を作った経験が大きかったのでしょうか?

TL:これまで、あまりインド音楽は聴いてこなかった。でも初めて聴いたとき、西洋の音楽とはもちろんぜんぜん違うし、すごく魅力的だと思ったんだ。だから、サウンドやテクスチャー、リズムもそうだし、前作『The Radicle』に入っている“Shanti”のときからインド音楽の影響は取り入れてきた。あと、クレムは昔インドに行ってシタールを演奏していたときがあるから、彼はインド音楽のマスターなんだ。今回はそのクレムが参加してくれているから、それを大きくフィーチャーしたんだよ。

通訳:あなた自身はシタールやインド音楽を勉強したんですか?

TL:いや、してないよ(笑)。クレムからちょっと習ったり、自己流でルールを破りながら触って見ているだけ(笑)。インド音楽では、あまりコーラスやハーモニーがなくてほとんどがソロだから、そこは自分たちでシステムを変えてコーラスやコードを加えたんだ。

ニティン・ソウニーやタルヴィン・シンなどのUKエイジアンの音楽からの影響はありますか?

TL:それは僕にはわからないな。彼らはやっぱりインド音楽や文化に強いコネクションを感じていると思うけど、僕たちは彼らに比べるとそこまでではないと思うから。

今回、ご自身でもタンプーラ(Tampura)を習得したそうですが、ギターなどの弦楽器との最大の違いはどこですか?

TL:あの楽器は、音符が3つしかないから演奏するのは簡単だったんだ。タンプーラはおもしろい楽器で、ベースみたいな感じで、シタールとか他の楽器のメロディに合うようになっている。シタールはすべての弦を合わせて21本くらい弦があるけど、タンプーラは4本しかない。タンプーラで演奏するのは、音楽のキイとなる音のみで、他の楽器のベースになっている。だから、西洋の他の楽器よりも音のスケールの幅が狭いんだ。あと、タンプーラは催眠っぽくもあるね。トランスみたいな感じ。すごく変わっていておもしろい楽器だよ。クレムとベンが弾き方を教えてくれたんだ。

通訳:自分で習っている楽器は何かありますか?

TL:ピアノだけ(笑)。ピアノは上手くなりたい。他の楽器も好きなんだけど、僕はハーモニーが好きで、コードをプレイするのが好きなんだ。そっちのほうが音がもっとディープだと思うんだよね。

他方で本作にはジャズの要素もあります。アイドリス・ラーマンはワイルドフラワーやイル・コンシダードで、エディ・ヒックはルビー・ラシュトンやアシュレイ・ヘンリー&ザ・リ:アンサンブルで、南ロンドンのジャズ・シーンの隆盛に一役買っていますが、このアルバムも南ロンドンのジャズ・シーンとリンクしているという意識はありますか?

TL:もちろん。僕はたくさんジャズやクラシック音楽、ビル・エヴァンスのような20世紀初めのジャズとクラシックが交わったような音楽をたくさん聴くんだ。リラックスできるし、自分の耳のトレーニングにもなる。演奏がよりやりやすくなるんだ。ビル・エヴァンスはとくにお気に入りのピアニストだね。彼の、ジャズなんだけどジャズじゃない感じのスタイルが好きだね。

南ロンドンのジャズ・アーティストでもっとも注目しているのは誰ですか?

TL:南ロンドンのジャズ・シーンはここ2、3年でグンと大きくなったと思う。でも、人種の坩堝であるロンドンで流行っているジャズだから、ふつうのジャズではない。そこにちょっとハウスが入っていたり、ガラージが入っていたり、60年代の伝統的なジャズではないんだ。フェラ・クティのヴァイブもあるし、ハウスのリズムやビートがアフリカン・ミュージックのポリリズムと繋がっていたりもするし、ほんとうにおもしろいフュージョンが繰り広げられているんだ。すごく良いシーンになってきていると思うよ。僕が注目しているのは、やっぱりドラマーのエディ・ヒック。あとはキイボードのジョー・アーモン・ジョーンズ。彼はニュー・アルバムをリリースしたばかりなんだけど、曲の構成がほんとうに素晴らしいんだ。あと、女性ではヌビア・ガルシア。彼女はサクソフォンを演奏している。シーンには良いミュージシャンたちがほんとうにたくさんいるんだ。

フローティング・ポインツもハウスとジャズを、そして打ち込みと生演奏を横断するアーティストですが、彼の音楽についてはどう思っていますか?

TL:僕は彼の大ファン。彼がやっていることはほんとうにクールだし、インスパイアされる。彼のようなミュージシャンを見ていると、DJは控えてもっとライヴで演奏をしてみたいという意欲が湧いてくる。クラシックのトレーニングを受けていなくても、彼みたいに素晴らしい音楽を作ることができ、あれだけのパフォーマンスができるアーティストもいるというのは、自信を与えてくれるんだ。パフォーマンスに対して、もっとポジティヴにさせてくれるのが彼の音楽だね。

大きな質問になりますが、あなたにとって「ジャズ」とはなんでしょう?

TL:これはちょっと難しい質問だな(笑)。言葉にするのは難しい。自分が聴いていて、感情を大きく引き出してくれる音楽ではある。ハートに深く届く音楽だけど、それをどう言葉で表現すればいいかはわからない。すごくコネクションを感じるけど、それを言葉で呼ぶことはできないよ(笑)。心で感じるものだし、なんとも言えない感情だから。


photo: Kid Genius Creative

マシンに操られて行き場をなくしてしまうミュージシャンがたくさんいるのも見てきた。

このアルバムを作るうえでもっとも苦労したことを教えてください。

TL:いちばん大変だったのはスタートポイント(笑)。僕はプロデューサーでもあるから、どうしてもヴィジョンが見えていないと作業ができないんだよね。ただジャムをしてレコーディングするってことに慣れていないんだ。でもギグで何度も演奏して経験を積んでいるベンにとっては、それがふつうなわけで、彼は逆にスタジオ・ミュージシャンではない。だから、最初にどうやってレコーディングを進めていくかを考えるのがたいへんだった。でも、自分でレコーディングしたものを保存していたハードドライヴをなくしてしまったから、データがぜんぶなくなってしまったんだ。それが逆によくて、ゼロからのスタートになったから、ぜんぶ忘れてもっとフォーカスを定めることができた。とりあえず始めてみることにして、その流れで直感に従いながら自然と進めていくことにしたんだ。

近年はハウスから離れバンド・サウンドを取り入れていますが、生演奏に重きを置くようになったのはなぜですか?

TL:『The Radicle』でもそうだったけど、他のミュージシャンたちとコラボするのってすごく楽しい。コンスタントにツアーをしているからもうDJもしていないし、ピアノを習い始めたことがいいリセットになったんだ。ピアノを習い始めてからはずっと生演奏がメインになっている。いまはそこからインスピレイションを受けるし、そっちのほうが音楽とコネクションを感じるんだ。ルーツ・マヌーヴァのショウでドラマーのエディ・ヒックと一緒にプレイしていたんだけど、あれも良い経験だった。すごくチャレンジだったけど、あのおかげで演奏に自信がついたね。

ピアノなど生の楽器の良さはどんなところにあると思いますか?

TL:テクノロジーは更新の連続で、それがいかに新しいかが問われるけれど、楽器の場合、毎年ピアノを買い換えるなんてことはない。ひとつのピアノを手に入れれば、それをいかに自分のものにして長く使うかに価値がある。ギターをコレクションする人ももちろんいるけど、楽器のほうが深い繋がりを感じることができるんだよね。テクノロジーは、ニュー・ヴァージョンばかりが注目されて、すべてがマーケティングなところがあるんだよ。生演奏のほうが、自分の音楽を更新するのではなく、深めていくことができるんだ。

生演奏でなければできないこととはなんでしょう?

TL:その瞬間を捉えること。生演奏がおこなわれている瞬間がすべてで、それが経験になる。リスナーもその瞬間に入り込むことができるし、リスナーもそれを体感できるのは生演奏だと思うね。

逆にエレクトロニクスでないとできないことはなんだと思いますか?

TL:エレクトロニクスでも人間味を出すことはできるとは思う。マスターすれば、マシンに操られるのではなく、マシンを操って、人間の力を超えた何かを作り出すことができるとは思うね。それは大きな挑戦でもある。でも、DJの世界にいたこともあって、マシンに操られて行き場をなくしてしまうミュージシャンがたくさんいるのも見てきた。テクノロジーを使うのであれば、それを使いこなし操れるほどの知識とスキル、経験が必要だと思うね。

これまでティム・デラックス名義でやってきたことと今作の試みとのあいだで連続しているものはありますか?

TL:それはもちろんある。まったく違うものではなく、音楽キャリアの旅だからね。プロダクションの面で、僕が好きな音楽が反映されているということに変わりはないし、リヴァースディレイ、スピンはDJのバックグランドから来ていると思うし、ティム・デラックスで聴けるキイボードやタンバリンは、僕のミュージシャンの一面から来ていると思う。プロジェクトやレコードにはすべて共通点があるし、今回もエレクトロのリミックスを考えているんだ。

今後またハウスをやる可能性は?

TL:いまのところは考えていない(笑)。さっきも言ったように、いまは生演奏で得られるものに魅力と昂奮を感じているから。ピアノを始めてから、それをもっと感じるようになった。またハウスを作ることもあるかもしれないけれど、それがいつになるかは僕にもわからないね(笑)。

 ele-king booksからプロレスの本!? そう思われている方も多いでしょうが、現在のプロレスの盛り上がりを見逃すことはできなかったのです。

 古くは力道山、馬場&猪木、初代タイガーマスク、UWFにはじまる格闘技路線と大仁田厚以降のインディー団体乱立、新日本の三銃士と全日本の四天王――時代時代でさまざまな話題をふりまいては盛り上がってきた日本のプロレスですが、90年代後半の格闘技ブームに押され、今世紀に入ってからはやや沈滞ムードが続いていました。

 しかしながらここ数年、新日本を中心とした華やかで楽しいプロレス、そしてデスマッチをはじめ工夫を凝らして特色を出した数々のインディー団体など、プロレス界は再度活況を呈してきています。特に今回のブームの特徴は女性ファンが増えたことで、イケメンレスラーの華麗なファイトにうっとりするに留まらず、蛍光灯で殴り合い血まみれになるような過激な試合を展開している会場に黄色い声援が飛び交う様にはなかなか驚かされるものがあります。

 ライブ・エンターテインメントとしての文句なしの楽しさ。そして多くの試合会場では大きな物販スペースが設けられ、選手自ら売り子をしたりサインに応じたりする姿は昨今のアイドルのサービス精神にも通じるものがあります。こりゃたしかに人気出るわ。

 今や書店にも大きなプロレスコーナーが設けられ、ベストセラーとなる本も数多く出ていますが、不思議なことにビギナー向けの入門書というのが見当たりません。「なんか盛り上がってるらしいけど、どこで見れるの?」「友達が最近ハマってるらしいんで興味あるけど、どこから見たらいいのかわからない」といったこれからのファンたちのために、簡単に今のプロレスを楽しむためのガイドとなるような本があるといいんじゃないのかな、ていうか自分がそんな本を読みたいぞ。

 ――そんなモチベーションから本当に作ってしまったという次第。自分の好きなプロレスを探す第一歩を踏み出すための一冊になっているはずです。

現代プロレス入門 注目の選手から初めての観戦まで
大坪ケムタ(著)

目次

はじめに
巻頭インタビュー1 飯伏幸太
巻頭インタビュー2 葛西純
団体紹介
ローカル団体
アメリカン・プロレス(WWE)
アマチュア(学生・社会人プロレス)
今、注目の選手を一挙紹介! レスラー名鑑
タイプ別レスラー紹介
レジェンドレスラー
チーム・ユニットで構図が見えてくる
Column プロレスとアパレル レスラーとSNS
Column レスラーになるには
Column プロレス好きの有名人
観戦の手引き
観戦のおともに~便利グッズあれこれ
プロレス会場の数々
グッズショップから飲食店まで――お店ガイド
Column リング外のイベント
奇想天外! 変わり種興行
在宅観戦
Column レスラーと音楽
プロレスの歴史
プロレスのルール
Column アイドルファンとプロレスファン
技がわかればプロレスがわかる! プロレス技ガイド
プロレスが10倍おもしろくなるブックガイド
熱いドラマから奇想天外なドキュメンタリーまで プロレス映画ガイド
FAQ
あとがき

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