「TT」と一致するもの

People Like Us - ele-king

 このアルバムはじつに反時代的だ。明るいし、狂っている。それは人の人生に似ているのかもしれない。細部では大なり小なり錯乱しているが、全体としてはなんとかなっているように見えてしまう。しかしそれはやはり狂っているのだろう。「目を閉じれば生きるのは楽。だって目に見えるのは間違いばかり」とジョン・レノンが歌ったように。ピープル・ライク・アスことヴィッキー・ベネットの新作はおそろしく明るいサイケデリアで、“ストロベリーフィールズ・フォーエヴァー”と『ファンタズマ』を純度の高いリゼルギーにシェイクしてもこの万華鏡から聴こえる奇妙な楽天性にはまだまだ何かが足りていない。

 ヴィッキー・ベネットは、いまやコラージュ音楽の大家だ。彼女の音楽だけ聴いていると、ベネットが少女時代にソフト・セルに感化され、ジェネシス・P・オリッジと知り合い、そしてナース・ウィズ・ウーンドの影響を受けたこと、コイルの手伝いをしていたことなどはなかなか想像しにくいかもしれないが、TGのルーツにサイケデリック文化があったことを思い出して欲しい。さらに彼女のコラージュ音楽の師匠には、政治的混乱をもてあそぶネガティヴランドもいて、ベネットは現にアメリカまでネガティヴランドのマーク・ホスラーを訪ねている。また彼女は、彼女と同じくサンプルデリックの使徒、マトモスとも仲良しで、共作もしているし彼らの作品に参加している(今作にもマトモスは参加)。
 ベネットは、ピープル・ライク・アス名義として90年代初頭から作品を発表しているベテラン、アーティストとして映像作品やインスタレーションの展示などで幅広く活動している。彼女の母国英国では、ここ10年は展覧会をやっては評判になっていて、ヴィジュアル・アーティストとしての確固たる評価がある人だ。音楽アルバムで言えば、近年ではマトモスおよびジョナサン・ライデッカー(ネガティヴランドのメンバーで、ディター・メビウスやサースト・ムーアとのコラボレイター)との共作『Wide Open Spaces』(2003)、そして『The Mirror』(2018)によって広くアピールし、昨年は自ら手がけたラジオ番組(ネガティヴランドがやったことのひとつ、ラジオ番組そのものをコラージュの世界にする)を『ペットサウンズ』をパロディにしたジャケットの『ウェットサウンズ』として無料リリースしている

 そもそもコーラジュとは何か。既存の素材を再配置/再編集してあらたな文脈を作ること、意味から解放されること。伝統的な概念への挑戦。哲学的に言えばそれは枠組みの相対化や問い直しで、音楽的に言えばそれは「原作」が思ってもいなかったことを表現できること、予期せぬ結果が得られること。ドイツのロック・グループ、カンは自分たちの土台にあるのはコーラジュだと何度も主張している。70年代初頭のマイルス・デイヴィスはテオ・マチェロの協力にもとジャズの堅苦しい曲の構造を解体し、コラージュ技術によってあらたな作品を作った。ブラック・ミュージックにコラージュ技術を持ち込んだヒップホップはポップの王座に居続けている。ヴェイパーウェイヴも流行ったし、デジタル技術によるコラージュ加工が当たり前になった現代においては、むしろ時代がカンやベネットに追いついたと言うべきなのだが、ぼくが「反時代的」だと言うのは、ジェントリフィケートされた現代のデジタル加工が失っている、コーラジュ芸術が本来持っているはずのある種の幻覚作用が彼女の表現には生きているからだ。繰り返すが、いまどきここまで眩いサイケデリックなコラージュ・ポップ作はない。

  これは、ポップ・ミュージックによるシュルレアリスムだ。パーシー・フェイスの“夏の日の恋” が聞こえる1曲目、そして “星に願いを” やスキータ・デイヴィスの歌声、『オズの魔法使い』、バカラックにモータウンといった、50年代/60年代の古きポップスがあたり構わず、無邪気にコラージュされている。作品が意図した「時代を超えたつながりの表現」としてのポップ・ミュージック、「ポップ・カルチャーへのラヴレター」としてのコラージュ作品、アルバム全体がポップの万華鏡であり白昼夢だ。コーネリアスの“霧中夢”は、途中で夢から覚めるようリスナーをうながすが、このアルバは、その逆だ。最後のほうでジョン・レノンが言うように「リアルなものなど何もない」。
 このまぶしい輝きは、悪いジョークなのだろうか。ぼくにはこのアルバムが、晩年のマーク・フィッシャーの言葉を借りるなら「自由になりえたかもしれない世界の亡霊」に思える。つまり、我々が目を逸らされてしまっているものにもういちど振り向かせようとしているもの。すなわち苦しい思いを強いるリアルを否定する能動的夢想は、現代の音楽の潮流からいえば反時代的である、が、それゆえに素晴らしい。

Indigenous Resistance - ele-king

 ウガンダのインディジェナス・レジスタンス(IR :: Indigenous Resistance)、地球上の先住民文化の声、音、アイデアを取り入れた、政治意識の高いレコードの制作に専念する、地理的に分散した謎のミュージシャン集団。もうひとりのDUBの使徒。IRにとっての「DUB」は手法ではない。レコードのB面の哲学である。つまり、「反対側」の世界を見せること。つい先日はこのレジスタンス運動の同志である春日正信と邂逅した模様(近々、インタヴュー記事を公開予定)。
 そのウガンダのIRの新作は、Jazzy Sportの日本人DJ、マサヤ・ファンタジスタとの共作、国境を越えたソリダリティー、これが素晴らしく格好いい。ぜひ聴いて欲しいです。

 夢はダブになる。だが大量虐殺は現実だ
 IR::Indigenous Resistance (Masaya Fantasista Mix) によるサウンドトラックをはじめ、
・Indigenous Resistance のアルバム IR 71 Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality
・ジョシュア・アリベット監督による IR (Masaya Fantasista Mix) のサウンドトラックが付いた同名の映画「Dreams Are Dub Genocide Is A Reality」
・IR の本 IR 66 Mongolia Dub Journey

 以上は、インディジェナス・レジスタンスのBandcampページ https://dubreality.bandcamp.com にて12月の最終週には入手可能。
 映像は東アフリカ、ウガンダのセネネにて、ジョシュア・アリベットが監督、撮影、編集した。
 脚本はWhen Vision Meets Dub Architectureが担当している。

 パレスチナを解放せよ。スーダンの虐殺を阻止せよ。

 姉妹たちよ、賢明なる教師ビラルは私にこう言った。
 私たちの周りで続く不正義を容認するなら、すべての祈りと断食は無駄になってしまう。
 だからこそ、この言葉を心に深くとどめておいてほしい。
 夢はダブ、そして美しい。だが、大量虐殺は現実だ。

 以下、IRからのノート——————

 Jazzy Sportのレーベル・ディレクターの一人でもある日本人DJ、マサヤ・ファンタジスタが、国際音楽フェスティバルで演奏するためにモンゴルに来ていた。彼は私の友人であるボルドーの旧友で、ダンゴルレコード(Dundgol Records)の夜間音楽スペース兼カフェの公式オープンで演奏する予定だった。そこで、日曜日の午後、ボルドーは私をマサヤに紹介し、次のような紹介をした。
 「この兄弟はここに住んでいます。ガイド付きツアーに参加したことも、ジープを借りたこともなく、ガイドを雇ったことも、グループで旅行したこともありません。モンゴルの人々と話をしたりコミュニケーションをとったりして、彼らのことを知ろうとしているだけです。そして、どうでしょう?彼は結局、見たいと思っていた場所をすべて見て、そこにたどり着いたのです。しかし、モンゴルの最高にクールで壮大な景色を見ることよりも、人々を理解しようとすることが彼にとって最も重要なことなのです」
 通常、ボルドーが私について人びとにこう言うと、彼らの顔には完全に当惑した表情が浮かぶのですが、マサヤはただ微笑んだだけでした。彼がすぐに理解したのが私には分かりました。
 マサヤは本当に静かで温かいダブを醸し出していて、私たちはすぐに音楽の話になり、似たようなつながりがあることにすぐに気付きました。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイトのテクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンス(UR)と非常につながりがありました。実際、彼が日本からデトロイトに行ったとき、実際に私たちの知り合いの家に泊まりました。彼がフェラ・クティのドラマー、トニー・アレンを日本に連れてきた責任者の一人だったことを明かしたとき、ダブのつながりはさらに深まりました。まあ、私がフェラ・クティ自身と個人的につながりがあったことを知って、彼は本当に驚き、大喜びしました。
 私たちは群衆から離れて、個人的に話をしました。モンゴルで私に起こった神秘的なダブについて、とてもオープンで流れるような会話ができました。
その夜、私は彼がミニマルなアフロハウスのセットをDJしているのを見ました。すぐに気づいたのは、彼がセットに彼独自のリズムと存在感を刻み込んでいる方法でした。私の意見では、彼は観客にアピールしているのではなく、印象的なミキシング、ブレイク、クリエイティブなセレクションで独自の音楽の旅をしていました。彼は観客を追いかける人ではなく、むしろその逆でした。私はその姿勢が大好きでした。その夜遅く、私は彼のDJバッグにDubdemがデザインした特別なモンゴルIR Tシャツを忍ばせて、「これは君への当然のサプライズであり贈り物だよ、兄弟!」と言いました。私たちはIRの仕事について話し、彼は言いました。

Shuta Hasunuma - ele-king

 来る11月30日(土)、渋谷WWWにて蓮沼執太のソロ・ライヴ「S C P」が開催される。
 「S C P」とは、「Sing=歌もの」「Club=クラブ・セット」「Piano=ピアノ・ソロ」の頭文字だそうで、今回の公演はそれら三つのパフォーマンスが一気に体験できる、特別なライヴとなる。
 「S」にあたる歌ものパートでは、これまで蓮沼執太フィルやアルバム『メロディーズ』などで制作されてきたヴォーカル楽曲がトリオ編成で演奏される。新曲もあるようです。
 「C」にあたるパートは、春のロレイン・ジェイムズの来日公演でも好評を得た立体音響によるクラブ・セット。最新ソロ作『unpeople』の全国ツアーでの経験も活かされるとのこと。
 そして「P」にあたるパートは、蓮沼の原点とも言えるピアノのソロ演奏。さらに、本人によるDJも披露されるという。
 盛りだくさんな内容から、「蓮沼執太のこれから」を想像してみるのも一興かもしれない。この機会をお見逃しなく。

蓮沼執太|Shuta Hasunuma「S C P」

日付:2024年11月30日(土)
時間:開場17:00 / 開演18:00
会場:渋谷WWW
料金:5,000円+税(スタンディング/ドリンク代別)
https://shutahasunuma.shop/products/s-c-p

「じっくりと歌ものを。 初期のエレクトロニカ的なクラブセットを。最後にピアノ・ソロを。これら音楽のジャンルは違えど、どれも僕の音楽。一気に一夜で奏でます。2024年締めのライブになるでしょう!」(蓮沼執太)

Drums:イトケン
Guitar & Bass:石塚周太
音響:葛西敏彦
音響システム:久保二朗(ACOUSTIC FIELD)
照明:佐藤円
宣伝美術:小野台(windandwindows)
主催:windandwindows

工藤冬里『何故肉は肉を産むのか』 - ele-king

 『供花 町田町蔵詩集』が現代詩に特化した版元・思潮社から発売になったのは1992年、『それから 江戸アケミ詩集』は93年だった。アンダーグラウンドなロック・ミュージックから音を排して詩だけを抽出することに意味があるのか。現代詩として陳列することはどうなのだろうか。意味ということで言えば、文学の言葉の意味を解体するからこそロックなのではないか。反対の立場から言えば、それは一体現代詩なのかどうかといったサジェスチョンが当時ほのかにあったことを思い出す。ヒカシューの巻上公一が先ごろの大岡信賞を受賞したが、90年代初頭から考えると隔世の感がある。

 静岡で活動する詩人、さとう三千魚主催の工藤冬里のライヴは年一回、今年で四回目となった。さとう三千魚が運営するネット上の詩のサークル、浜風文庫に工藤冬里が詩を寄せていて、その書き溜めれた詩をさまざまな演奏方法で朗読するという詩と音楽の会である。毎回長い詩をコンスタントに載せているので、たった一人のライヴでそれらを一度に読むことは実際問題とても体力のいる大変な作業なのだが、八面六臂見ていて胸のすくような精力的なライヴが展開されている。

 最初の会では、バックトラックに朗読を載せるというやり方で、ぼくの受け取りだが、一人ヴェルベッド・アンダーグラウンド、久方ぶりのロックな世界であった。それ以降、ネット上ズーム機能を使って遠くにいるミュージシャンとのコラボであったり、パソコン上の音源と電話を通した少し時差のある声・ことばでの朗読であったり、もちろんギターやピアノの演奏もあり、さまざまな趣向を凝らしてきた。歌うのではなく詩を読むという、音楽家にとっては大きなペナルティーのあるライヴをどのように作っていくのかということを工藤冬里自身が模索している、その模索がこちらに伝わってくると俄然たのしい。マヘル・シャラル・ハシュ・バズでいっしょに演奏をするたくさんのミュージシャンたちがその共同作業のなかで感ずるであろうことにはかなわないだろうが、観客として空間を共にすることも少しは参加することになるのだろうか。

 工藤冬里とともにA-MUSIKに参加をした竹田賢一の『地表に蠢く音楽ども』(月曜社)に、若き工藤さんたちが吉祥寺マイナーにてフリー・ミュージックのライヴやワークショップ等の試行をされていた様子が描かれているが、それはちょうど日本のパンク・ロックの勃興期でもあった。音楽スタイルは違うものの、フリー・ミュージックとパンクは互いに影響をしあい、日本独自のアンダーグラウンドな音楽の土壌をつくってきた(町蔵もじゃがたらもかかわり合ったはずだ)。それから何十年もたった現在、いくらでも「それらしく」(フリー・ジャズらしく、現代音楽らしく)できることの「それらしさ」を悠々と外して、その都度一回きりの音に賭けるようなパフォーマンスはまことに清冽である。

 一昨年・昨年、台湾とヨーロッパのツアーを行い精力的に活動をされているアルトサックス奏者・望月治孝のオープニング・アクトで幕を開ける。3年前にさとう三千魚が上梓した詩集『貨幣について』からの詩のリーディングとアルトサックスの演奏である。ゆっくりゆっくり言葉の文節を区切るように放たれる一つ一つの粒立った音、ツアーで鍛えられたであろう強度をえた音が胸に刺さる。「詩」と「音」が拮抗する。この翌日から彼はまたヨーロッパのツアーに出たとのこと。


国際舞台でも活躍するアルトサックス奏者・望月治孝

 今回の工藤さんのライヴではこれまでとは違い、浜風文庫に載せた詩と、そこに載らなかった詩(つまり皆がまだ未読)が発表された。デトロイトのミュージシャンからコラボ作品を依頼され、その送られてきた音源・バックトラックに詩と演奏をのせるという一時間のライヴであった。

 東京から山本恭子(トランペット)、静岡在住の渡邉直美(クラリネット)が当日急遽参加することが決まり、ライヴ直前にあわただしく打ち合わせているのをみた。マヘルでの共同作業の経験からこのような自由なコラボレーションがあるのだろうか。音源のポップさもあり、今回のライヴは以前よりも聴きやすいものだったが、二人の演奏が加わることでより深みのある音になった。


工藤冬里、そしてサポートする山本恭子と渡邉直美

 一番最初の文に戻る。もうロック詩と現代詩を区別する必要はないのかもしれないが、しかし工藤冬里の書くどこかひりつき尖った詩は現代詩には収まりきらないものだ。

 ロック詩とは意味よりもスタイルを追求したもので、しかしいつまでたってもそれではバカっぽいので、皆ビート詩やフランス文学を読んだりしながら言葉をみがいてきた。間章の絶対零度的な文体があり、「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」(早川義男)という転換点があってかっこいいことの多様性が生まれ、パンク以降さらにさまざまに細分化して現在に至る。工藤冬里の書く詩には、その初期のロック詩が持つかっこよさも、そしてその後の世代の多様化してゆくスタイルを持つロック詩までをも網羅しているように見える。当日読んだ詩では、先日亡くなった反日武装戦線の霧島聡=うーやん(ノンセクト・ラジカルの最後尾)へのシンパシーが叫ばれるし、打ち上げの席で望月治孝が工藤冬里の詩と鮎川信夫の詩の近似性について話していたが、戦後第一世代の現代詩の影響もあるのかもしれない。ニヒリズムとダジャレ、歴史性と現在の時事ネタ=若者言葉が等価に横溢しているし、叙情に流されない叙情性さえ湛えている。古いもの、新しいものを切り捨てないで表現をし続けること。しかも百科事典的な提示ではなく、その一つ一つと向き合い切り取りそれらと対峙する。

 詩が自らの内面と社会との関係にあるのなら、やはりロックの言葉は少しだけ社会の方に内面がはみ出していくような感覚を持つのではないだろうか。だから常に今が、現在が詩に表現される。工藤冬里の詩は〝現在詩〞といっていいのかもしれない。

 主催のさとう三千魚は現代詩のフィールドのなかにいながらどうしても居心地の悪さを感じてしまうような稀有な詩人であり、だからこそ毎年工藤冬里を招聘しているのだろう。普通のライヴよりもちょっとだけ詩にフォーカスを当てる、詩のことに少し比重をのせて考えることのできるこの会はたのしい。あまり体験できないようなライヴなのである。

 2024年のアメリカについて日本の方々に知ってもらいたいことがひとつあるとしたら、今回の選挙における選択肢に、私たち多くのアメリカ人が熱狂していたわけではなかったという点だ。
 まず一方には、近年でもっとも忌み嫌われた政治家、ドナルド・J・トランプがいた。彼はかつて、2004年にスタートしたリアリティ番組『アプレンティス』(※参加者が「見習い」として働き、最後に採決される)において「お前はクビだ!」と叫ぶ役を演じ、それで一躍、アメリカで有名人になった、億万長者のペテン師である。2024年に早送りすると、後期資本主義の典型であるこの人物は、なぜか労働者階級からの支持を得て現状に至っている。支持層の多くは白人の地方住民——おそらくは私たちの社会では一括りにしても問題のない唯一のグループ、無学で人種差別的な「田舎者」たち——で、2024年の選挙ではラテン系や黒人層にも右傾化が顕著に見られた。結果、トランプは国民投票と議論の的となる選挙人団の両方で勝利を収めたわけで、多くのアメリカ人の心に彼のポピュリスト的メッセージが響いたことは否定できない。
 もうひとりの候補者は、2020年の大統領選で民主党予備選挙において支持を得られなかったカマラ・ハリスだった。アメリカ史上初の女性副大統領であるが、しかし、女性である私としては、黒人女性を副大統領に起用したバイデンの人選が「フェミニズムの勝利」などという幻想を抱くようなものではないことを承知している。また、ハリス氏が女性であるからといって、彼女が女性の利益を代弁するなどとは一瞬たりとも考えたこともなかった(事実、民主党はオバマ政権時から妊娠中絶に関する法改正の機会を持っていながら優先事項とせず、最初の任期中に却下した)。もしその女性が優れたアイデアと能力を認められて当選したのであれば、アメリカ社会は真の男女平等を達成したと言えただろう。悪名高いことに、彼女は電撃的な選挙キャンペーン中、ほとんどインタヴューに応じなかった。数少ないそのなかには、ニュース番組『60ミニッツ』も含まれていたが、番組では、彼女の当初の極めて親イスラエル的な立場を隠すように編集されていた。また、彼女の具体的な政策に関心のあるインタヴュアーに対しては、「ウェブサイトを見てください」と答えるのみだった。
 トランプは、過去10年間の大半を大統領選に費やしてきたと言えるような、誇大妄想的なおしゃべり屋だ。彼を打ち負かすのは難しくないはずだった。が、“政策(ポリシー)”ではなく“権力(ポリティクス)”に頼ってアメリカ人の半分を味方につけようとするのは、明らかに勝利のための戦略とは言えない。

 理由はふたつある。第一に、民主党が(アメリカ)国民に対して誠実でなかったこと、そしてそれが私たち(私のような真の左派を自認する人びとを含む)の多くを遠ざけてしまったことだ。アメリカの民主党は決して「左派」ではないことをここに明確にしておきたい。実際には、経済政策に関しては穏健中道、あるいはやや右派だ。しかも、アメリカの主流メディアは民主党に支配され、バイデンや民主党への批判を「保守派の陰謀」に過ぎないとした。また、バイデンの明らかな認知機能の衰え、米国(およびその他の国々)におけるインフレの蔓延、犯罪の増加、そして不法な人権侵害の国境問題は「陰謀説」であって、それも右派によるものとした。現在の平均的な民主党員によれば、右翼であることはナチスであることを意味する。

 そのようなレッテルを貼られるのを避けるために、自分の信念を検閲した人はたくさんいると思う。私もそのひとりだ。なぜなら、私の食料品代は2020年以来ほぼ2倍になっているのに、アメリカは無意味な代理戦争にふたつも関わっている(そればかりか大量虐殺に積極的に資金を提供)。2022年には、私が利用するニューヨーク市の地下鉄駅で起きた集団銃撃事件で10人が撃たれ29人が負傷した、私は何ヶ月も電車に乗るのが怖かった。アメリカの“信頼できる”メディア、たとえば『ニューヨーク・タイムズ』などによると、これらの懸念はすべて私が「右派の白人至上主義者だから」ということになるらしい。
 私が、民主党がトランプを打ち負かすことができなかった理由としてふたつ目に挙げるのは、あからさまな偽善だ。私はドナルド・トランプの内閣や気候に対する態度、最高裁の保守的な人選、1月6日の議会襲撃事件など、数え上げればきりがないが、これらすべてに深い不快感を抱いている。しかし、民主党がヒステリックに主張する「自分たちに投票すれば、ファシズムからアメリカを何とかして救うことができる」という主張は疑わしい。なぜなら、真の左派の候補者たち(とくにコーネル・ウェストやロバート・F・ケネディ・ジュニア、ただしイスラエルに対する姿勢を除いて)は、討論会はおろか、予備選挙にも参加させてもらえなかったからだ。ハリス自身も民主党候補として選出されたわけではない。今年6月のトランプとの討論会の惨憺たる結果によってバイデンの老いがもはやアメリカ国民に隠しきれなくなった後、ようやく戴冠されたに過ぎない。
 トランプは厳密には有罪判決を受けた犯罪者だが、それは捜査を受けたからだ。それに対して、バイデン一家が関わっていると想像される違法な不正行為には驚かされるばかりだ。とくに彼の息子ハンターのノートパソコンにウクライナや中国との家族ビジネスに関するメッセージが含まれていたという噂が事実だったことを考えると——もっとも、その話はアメリカの主流メディアによって大幅に検閲されていたが。
 民主党が自らの権力を脅かす人物を攻撃しようとしたのは今回が初めてではない。民主党と共和党が同じコーポラティズムの硬貨の表裏であることは、何年も前から明らかであった。例えば、バーニー・サンダースの階級意識を意識したキャンペーンは、2016年と2020年の両方で民主党に支配されたメディアによって組織的に破壊された。そして2024年には、ロバート・F・ケネディ・ジュニアの型破りながらも力強いキャンペーン・メッセージ、すなわちアメリカ政治に蔓延する腐敗と取り組むというメッセージも、ナチス(すなわち民主党員と認めない者)からの言論の自由を守ることを主張する「左翼」メディアによって同様に粉砕された。バーニーの選挙運動と同様に、ケネディ・ジュニアの政策も検閲され、ワクチン反対派の気違いじみた戯言にすぎないものに貶められた。なぜなら、彼もバーニー同様、“アイデンティティ”ポリティクスではなく“階級”ポリティクスによって、実際にアメリカの分裂を埋めようとしていたからだ。
 結局のところ、真の左翼であれば、抑圧の本質的な交差点は「階級」だと教えるだろう。カマラ・ハリスの集会でビヨンセやトゥワークをするミーガン・ジー・スタリオンを登場させても、生活費が手頃になるわけでも、パレスチナの戦争が終わるわけでもない。

 注目すべきは、選挙運動が失敗に終わっていた際に、この国を悩ませている政治的分裂の解消を模索して、ケネディ・ジュニアが民主党と共和党に接触したことである。民主党は彼を無視したが、トランプは最終的に彼に閣僚への参加を要請した。

 民主党は過去8年間、自分たちに反対する人びとの知性や人間性を侮辱してきたという不名誉な実績がある。ヒラリー・クリントンは、自分たちに投票しない人たちを「憐れむべき人びとの巣窟(the basket of deplorables)」と呼び、バイデンは先月、彼らを「ゴミ(garbage)」と呼んだ。私の友人でさえ「トランプに投票する人は悪だ」と宣言している。私が貧しい田舎の白人アメリカで育ち、そこで暮らす大多数の人たちは、ただ生活を営み、そっとしておいてほしいと願う善良で勤勉な人たちであることを知っているからかもしれないが、私は民主党が「蜂を捕まえるには酢よりも蜜を使った方がよい」(*)という古い諺を聞いたことがないのではないかと思わずにはいられない。

 私はふたつの出来事を決して忘れないだろう。どちらも私の政治的信条に影響を与えた出来事だ(私は環境問題に関心があり、所得の平等、中産階級および労働者階級の生活の質に維持、女性の権利に関心があり、アメリカの海外における植民地主義的な存在を排除することに関心があり、性的暴行容疑のある人物には投票しない。民主党がその事実を隠そうとしても、ジョー・バイデンもその対象だ)。
 最初の出来事は2016年、いまは亡き祖父に「なぜトランプに投票するのか」と尋ねた。
 「私は実はバーニーのほうが好きなんだ。でも、トランプには勢いがあるし、ワシントンDCには変化が必要なんだ。民主党の連中は自分たちがみんなにとっていちばん良いことをわかっているつもりだが、そんなことはない。政府は小さく保つべきなんだ」
 「なぜ小さく保つ必要があるの?」と私は尋ねた。「国民皆保険(ユニバーサル・ヘルスケア)制度は必要ないの?」
 「それはいいな」と祖父は言いました。「でも、郵便物を確実に送ってもらいたいなら、米国郵便公社ではなくフェデックスのようなサービスを利用しなければならない。政府のウェブサイトにアクセスしても、動きが遅すぎて使えない。それに政府の電話番号にかけても、何時間も保留音が鳴りっぱなしだ」
 彼の言うとおりだ、と私は思った……
 「では、もし政府が医療を提供したら?  まあ、おそらく世界最悪の医療だろうね」
 オバマが 全国民向け医療制度を試みた際、健康保険に加入できない人には700ドル以上の罰金を科されることを考えると、私も同意せざるを得ないかもしれない。

 ふたつ目の出来事は、私が日本の音楽の博士号を取得するために在籍していたコーネル大学の大学院の仲間たちと、2016年の選挙後のパーティで過ごしたときのことだった。 大学院生たちは、トランプに投票した人たちは無学で愚かで、——そしてまたあの言葉が出てきたわけだが——、邪悪(evil)だ、などと不満を漏らしていた。
 「トランプに投票した人と話したことがある人はいる?」と私は尋ねた。
 「いるわけないだろ!」と彼らは声を張り上げ、誇らしげに言った。「なぜそんなことをする?」
 「まあ、もしそうしたら」と私は言った。「みんなあなたたちをエリート気取りのろくでなしの集まりだと思うだろうね」そして私はその場を去った。
 過去最悪のパーティでの出来事。

 私としては、これは希望の持てる出来事だと考えている。民主党がなぜ負けたのかについて、引き続きよく考えてほしいと願っている。共和党は、相手候補があまりにもひどかったからこそ自分たちが勝てたのだということを知ってほしいと願っている。そして、私は米国が最終的に現実的な第三政党を誕生させることを願っている。私はこれまで3回の大統領選挙でそうした政党に投票してきた。なぜなら、今年のアメリカ大統領選挙の茶番劇が示すように、民主党と共和党は同様に堕落しているからだ。
 おそらくほとんどのアメリカ人が私の意見に賛成してくれると思う。

(*)物事をうまく進めたり人を惹きつけたりしたいなら、批判や冷たさよりも、親切や優しさで接するほうが効果的だという意味のことわざ。

American Politics: There Are No Good Guys in 2024

Written by Jillian Marshall

If there’s one thing I wish Japanese people could know about Americans in 2024, it’s that most of us were not excited about the choices in this election.
On the one hand was the most reviled politician and public figure in recent memory. Yes, Donald J. Trump: the billionaire grifter who cemented his fame in America on a reality TV show called The Apprentice, where he screamed “you’re fired!” at contestants. Fast forward to 2024, and this poster child of late-stage capitalism somehow found his political base in working class America: the very people exploited by the system that rewarded him. And while that base was largely white and rural — perhaps the only group in our society it’s OK to make sweeping judgements about (uneducated, racist rubes, they are!) — this year’s election saw significant rightward movement in Latino and Black populations as well. Having won both the popular vote and the somewhat controversial electoral college, it’s undeniable that Trump’s populist messaging evidently spoke to the majority of American voters.
On the other hand was a candidate so unpopular during her 2020 presidential bid that she received zero votes in the Democratic primary: Kamala Harris, the first woman vice president in American history. But as a woman, I’m under no illusions that Biden’s explicitly tokenistic appointing of a Black, female vice president was any kind of “feminist victory”— nor did I believe for a second that Harris would serve women’s interests simply because she herself is one (Democrats have had the chance to codify pro-abortion legislation into our constitution since the Obama administration, which Obama himself dismissed as a “non-priority” during his first term). If anything, I’d believe that American society achieved true gender equality if a woman got elected by recognition for her good ideas and competency— neither of which Harris demonstrated. Infamously, she gave very few interviews during her blitzkrieg campaign — including one with news program 60 Minutes that was actually edited to redact her original, highly pro-Israel stance— and dismissed interviewers interested in her specific policies to “go to her website.”
Trump is a megalomaniacal blowhard who has spent most of the past decade vying for presidency. It shouldn’t be hard to outwit him, but banking on politics instead of policy to win over half of America is, evidently, not the winning strategy.
The reason why is twofold. First is the Democratic Party’s inability to be honest with the (American) public, and how this has alienated many of us— including people, like me, who identify as true leftists. Let me first clarify that the American Democratic Party is not truly “left”; it’s actually moderate-center or even slightly right on economic policies. At the same time, mainstream media in the US — overwhelmingly controlled by the Democratic Party — have claimed that any critiques about Biden or the party in general were nothing but conservative nonsense. Biden’s obvious cognitive impairment, the rampant inflation in the US (and elsewhere), increased crime, and illegal, inhumane border crossings were not only conspiracies, but right wing ones at that. And according to the average Democrat today, being right wing means you’re a Nazi.
To a certain extent, I’d say that there are many of us who censored our beliefs to avoid being branded as such— myself included. Because, even though my grocery bill has nearly doubled since 2020, the US is in two ridiculous new proxy wars (while actively funding a genocide) and, after twenty-two people got shot at my subway station in New York City in 2022, I was scared to ride the train for months, my concerns — according to America’s “reputable media” sources like the New York Times — must be because I’m a right wing white supremacist.
The second reason I think the Democratic Party failed to defeat Trump is because of its blatant hypocrisy. I am deeply uncomfortable with Donald Trump’s cabinet, his misogyny, his stance on climate, his conservative stacking of the Supreme Court, what happened on January 6th of 2021 — the list goes on. But the Democrats' hysterical claims that voting for them will somehow save America from fascism is suspicious when other candidates running on truly leftist tickets — notably Cornel West and RFK Jr (save for his stance on Israel) — weren’t even allowed a debate, much less a primary election. Harris herself wasn’t even elected as the Democratic candidate; she was essentially coronated only after Biden’s senility was no longer able to be hidden from the American public following a disastrous debate with Trump in June of this year. And while Trump is technically a convicted felon, that’s only because he was investigated. I can only imagine the illegal shenanigans in the Biden family, particularly since rumors about his son Hunter’s laptop (with its messages about family business deals with Ukraine and China) turned out to be real— though that story was heavily censored by American mainstream media.
This isn’t the first time the Democrats have sought to destroy anyone who threatens their power. It’s been obvious for years that the Democrats and Republicans are two sides of the same corporatist coin; Bernie Sanders’ class-conscious campaign, for instance, was systematically destroyed by the Democrat-captured media in both 2016 and 2020. And in 2024, RFK Jr’s unconventional, but powerful campaign message of tackling the rampant corruption in American politics was similarly dismantled by the “left wing” media outlets claiming to preserve freedom of speech from the Nazis (i.e. anyone who doesn’t identify as a Democrat). Like Bernie’s campaign before him, RFK Jr’s platform was censored, reduced to nothing but an anti-vaxxer’s kooky ramblings, because he— like Bernie— threatened to actually bridge the divide in America through class politics instead of identity politics.
After all, a real leftist will tell you that class is the true intersection point of oppression. Trouncing out Beyonce or a twerking Megan Thee Stallion at a Kamala Harris rally does jack shit to make the cost of living more affordable, or end the war with Palestine.
Worth noting, too, is that RFK Jr reached out to the Democrats and the Republicans when his campaign was failing, seeking to bridge the political divide plaguing this country. The Democrats ignored him, while Trump ending up asking him to join his cabinet.
What’s more, Democrats have a nasty track record these past eight years of disparaging the intelligence and even humanity of whomever disagrees with them. Hillary Clinton called people who don’t vote for them “the basket of deplorables”; Biden called them “garbage” just last month. Even my own friends have declared on several occasions that “anyone who votes for Trump is evil.” Maybe it’s because I grew up in impoverished, rural white America and know for a fact that the majority of people there are decent, hardworking folks who just want to make a
living and be left alone, but I can’t help but think the Democrats never heard the old adage: “You catch more bees with honey than with vinegar.”
I’ll never forget two moments, both of which informed my personal politics (I care about the environment, I care about eliminating America’s colonialist foreign presence overseas, and I won’t vote for anyone with a sexual assault allegation — which includes Joe Biden, as much as Democrats try to hide that fact). The first was in 2016, when I asked my now-deceased Grandpa why he was voting for Trump.
“I actually like Bernie,” he said. “But Trump has the momentum, and we need change down in Washington DC. And those Democrats think that they know what’s best for everyone, but they don’t. We need to keep the government small.”
“Why small, though?” I asked. “Don’t you want universal health care?”
“That’d be nice,” my Grandpa said. “But if you want something mailed on time, you have to use a service like FedEx instead of the United States Postal Service. If you go to a government website, it’s too slow to use. And if you call any government phone number, you’re on hold for hours.”
He’s right about that, I thought...
“So if the government offered health care? Well, it’d probably be the worst health care in the world.”
Given that Obama’s attempt at universal health care penalized people upwards of $700 if they couldn’t obtain health insurance otherwise, I might have to agree.
The second moment was during a post-2016 election party with my fellow graduate students at Cornell University, where I was finishing my PhD in Japanese music. Grad students there were sharing their grievances, like how everyone who voted for Trump is uneducated, stupid, and— here’s that word again — evil.
“Have any of you ever talked to anyone who voted for Trump?” I asked.
“Of course not!” they remarked, with something close to pride in their voices. “Why would we?”
“Well, if you did,” I said, “You’d know they’d think you’re all a bunch of elitist assholes.” And I left.
It was the worst party I ever went to, by the way.
So I, for one, see this as a time of hope: I hope that the Democrats keep taking a look in the mirror about why they lost. I hope the Republicans know they only won because the other candidate was so awful. And I hope the US can finally produce a viable third party — which is how I’ve voted for three presidential elections now — because the Democrats and the
Republicans are, as evidenced by the farce that was this year’s American presidential election, equally captured.
And I dare say most Americans would agree with me.

SUGIURUMN - ele-king

 2023年の9月にリリースした『All About Z feat.遊佐春菜』から始まったSUGIURUMN 7年ぶりのアルバム『SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE』のリリース・パーティが12月1日(日)に東京・渋谷の〈or MIYASHITA PARK〉にて開催。

 パーティー・トラックとしてだけでなくポップ・ミュージックとしての機能を獲得したダンス・ミュージックに対し、SUGIURUMNは『SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE』制作時にビートという制約を一度忘れ、自分のなかにあるサウンドを紡ぎ出すことを目指したとのこと。それにともない、オーディエンスが自由を謳歌しつつ音楽を楽しめるリリース・パーティーを開催するようだ。

 SUGIURUMNのリリース・ライヴは、ゲスト・ヴォーカルとして1年以上に渡った『SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE』プロジェクトのオープニング・トラックを歌った遊佐春菜とアルバムのオープニング・ナンバーを歌った黄倉未来、さらにスペシャル・ゲストを迎えた特別なセットとなる予定。また、オーストラリア出身のSSW/プロデューサー・ジミー・アームストロングによるライヴ・セットも披露される。
 DJには時と場所に合わせ変幻自在で唯一無二の空間を作り出す瀧見憲司、バレアリックすら越えようとするジャンルの横断者YODATARO、韓国・ソウルのKID-Bを迎え、SUGIURUMN自身もライヴでは引き出せない表現をDJセットにて探るようだ。
 
 本会のコンセプトは「クイックモーションでウィークデイを駆け抜けるあなたに向けた日曜午後のミュージック・ジャーニー」とのこと。ダンス・ミュージックが夜だけのものであったのもいまは昔、バンド・サウンドやヒップホップに比肩しうるほどの支持をクラブの外側でも獲得した現在ならではの日曜日の過ごし方として、ディープなサウンド・スケープを悠々と楽しむのはいかがだろうか?


2024.12.01(Sun)
SUGIURUMN SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE RELEASE PARTY
@ or MIYASHITA PARK 3F
Open 16:00 - 23:00
Fee- Men 3000yen (1Drink), Women 1500yen (1Drink)

Guest DJ : KENJI TAKIMI
DJs : SUGIURUMN, YODATARO, KID-B(Seoul)
Guest Vocal : 黄倉未来, 遊佐春奈, and Special Guest
Live : JIMMY ARMSTRONG
https://www.ortokyo.com/top/

SUGIURUMN / スギウラム
ダンス・ミュージック・プロデューサー/DJ。〈BASS WORKS RECORDINGS〉を主宰し、世界各国のレーベルからも作品を発表。ミックスCD『LIVE AT PACHA IBIZA』シリーズやバンド・THE ALEXXでの活動、TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.のコレクション音楽でも知られる。8月7日に7年ぶりの初の日本語詞のアルバム『SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE』をリリースした。

Jan Urila Sas - ele-king

 孤高のデュオ・jan and naomiやGREAT 3、GODでも活動する音楽家・Jan Urila Sas(ヤン・ウリラ・サス)が6年の歳月をかけて生み出した4曲入EP『Utauhone』。広島の〈STEREO RECORDS〉よりリリースされた本作の完成を記念した〈Utauhone Concert Tour〉ツアーが、2025年1月より福岡・広島・京都・東京の4都市5会場にて開催される。
 
 ツアー中のJanによるパフォーマンスは、『Utauhone』制作時に用いられた(半)自作楽器「清正」の後継機「清定」を使用したアルバム収録楽曲のパフォーマンスと即興演奏をハイヴリッドにブレンドした内容を予定しており、本作の内包するアンビヴァレンスな魅力を直接体感できる濃厚な一時となることに期待できそうだ。

 ツアーは1月11日(土)の小倉・BAR HIVEからスタートし、その後1月13日(祝月)に福岡・Kieth Flack、3月21日(金)に広島・CLUB QUATTRO、3月23日(日)に京都・UrBANGUILD、4月6日(日)に東京・SPACE新宿を巡る。いずれも固有の磁場を持つヴェニューであり、会場のチョイスからもJanと〈STEREO RECORDS〉のこだわりを感じさせる内容となっている。なお、広島公演は〈STEREO RECORDS〉の20周年を祝した特別な記念公演となり、Phewを迎えたツーマン・ライヴとして開催される模様。さまざまな面からも見逃せない今回のツアーのいずれかに、ぜひ足を運んではいかがだろうか?

【1月11日(土)小倉 BAR HIVE】
出演:Jan Urila Sas / Rinsaga / Rena / p.co / Masaya Takano / nagai
会場: DJ BAR HIVE
日程: 2025年1月11日(土)
時間:OPEN /START 21:00
料金: 当日 2500円 / 当日U23 2000円 / 予約 2000円 / 予約U23 1500 (いずれも1drink order)
チケット予約:info@stereo-records.com
問い合わせ:STEREO RECORDS / info@stereo-records.com

【1月13日(祝月)福岡 Kieth Flack】
出演:Jan Urila Sas / 愚鈍 / Godbird / SHOWY (KIETH FLACK ROCKS) / vvekapipo (hertz)
会場: Kieth Flack
日程: 2025年1月13日(祝月)
時間:OPEN 19:00 /START 20:00
料金: 前売り 2.500円 / 当日 3.000円 (1drink order)
チケット予約:https://kiethflack.net/ticket/
問い合わせ:Kieth Flack / https://kiethflack.net/

【3月21日(金)広島 CLUB QUATTRO】
出演:Jan Urila Sas / Phew
会場: CLUB QUATTRO
日程: 2025年3月21日(金)
時間:OPEN 18:30 /START 19:30
料金: 前売り 4.000円 / 当日 4.500円 (1drink order)
プレイガイド:e+ / チケットぴあ / ローソンチケット / STEREO RECORDS
問い合わせ:広島 CLUB QUATTRO / (082)-542-2280

【3月23日(日)京都 UrBANGUILD】
出演:Jan Urila Sas / 豊田奈千甫 / 仙石彬人 AKITO SENGOKU (TIME PAINTING, Visuals)
会場: UrBANGUILD
日程: 2025年3月23日(日)
時間:OPEN 18:00 /START 19:00
料金: 前売り 2.500円 / 当日 3.000円 (1drink order)
チケット予約:https://urbanguild.net/event/20250323_janurilasas_utauhoneconcerttour/
問い合わせ:UrBANGUILD / https://urbanguild.net/

【4月6日(日)東京 SPACE新宿 】
出演:Jan Urila Sas / Jun Morita / wagot / Sota Shimizu
会場:SPACE新宿
日程:日程: 2025年4月6日(日)
時間:OPEN 17:30 / START 18:00
料金:前売¥2.000 / 当日¥2.500 (1drink order)
チケット予約:https://space.zaiko.io/item/368061
問い合わせ:SPACE新宿 / https://space-tokyo.jp/contact

TOTAL INFO
STEREO RECORDS
https://www.stereo-records.com/

Jan Urila Sas

2015年12月に、Jan Urila Sas名義によるソロ作品『Blue Angles Of Santa Monica』をリリース。 絶え間なく変化を続ける東京の中で研ぎ澄ましてきた独自の感性によって産み出される表現の世界観は、音楽だけにとどまらない芸術領域の世界の中で、孤高の存在感を示し、躍動している。また、Naomiとともに結成したデュオであるjan and naomiでは、“狂気的に静かな音楽”といった、新たなミュージック・スタイルを確立し、儚く切ないメロディーセンスで多くのリスナーを魅了し続けている。

aus, Ulla, Hinako Omori - ele-king

 昨年15年ぶりの新作『Everis』をリリースした音楽家・ausによるキュレーションのもと、東京国立博物館の庭園内に佇む4つの茶室「春草廬・転合庵・六窓庵・九条館」にてaus、Ulla、Hinako Omoriによるインスタレーション「Ceremony」が12月7日(土)に開催される。
 「Ceremony」はaus、Ulla、Hinako Omori の3組による、茶室における静寂と不在・作法から着想を得た音楽を公開する試みとのこと。畳の上でのサイレント・リスニングを模したフライヤー・デザインは三宅瑠人が手がけている。
 各回の観覧にともなう所要時間は約30分ほどと、音楽イヴェントとして捉えると一見コンパクトな印象を受けるが、東博の所有するすばらしい庭園と茶室にて先進的かつ実験性に富んだアンビエント・ミュージックを、通常のリスニングとは異なる形で体験できるまたとない機会であることは間違いないだろう。詳細は下記よりご確認を。

■aus, Ulla, Hinako Omori「Ceremony」

日程:12/7(土)
会場:東京国立博物館・庭園内 茶室「春草廬・転合庵・六窓庵・九条館」
時間:11:30〜14:30

参加アーティスト:
aus
Ulla
Hinako Omori

■イベント詳細
https://flau.jp/event/ceremony/

■Web予約
https://flau.stores.jp/items/6722eaf9df6a593750074418

※ Ulla、Hinako Omoriは当日会場におりませんので、ご了承ください。
※ イベントは30分ごとの予約制となります。

aus

東京を拠点に活動するアーティスト。 10代の頃から実験映像作品の音楽を手がける。 テレビやラジオから零れ落ちた音、映画などのビジュアル、言葉、 長く忘れ去られた記憶、 内的な感情などからインスピレーションを受け、 世界の細かな瞬間瞬間をイラストレートする。 長らく自身の音楽活動は休止していたが、昨年15年ぶりのニューアルバム「Everis」をリリース。同作のリミックス・ アルバムにはJohn Beltran、Li Yileiらが参加した。Craig Armstrong、Seahawksほかリミックス・ ワークも多数。

Ulla

ベルリンを拠点とする実験音楽家。Ullaのアルゴリズミックなテクスチャは精密なアンビエントとジャジーなエレクトロニクスの間を揺れ動く。彼女の作品はエレクトロ・アコースティックやグリッチに焦点を当てており、Quiet Time、Experiences Ltd、West Mineral Ltd、Motion Ward、Longform Editions、3XLといった人気レーベルからリリースされている。現行のアンビエント〜アヴァンギャルドにおける最重要アーティストの一人。

Hinako Omori

横浜出身、ロンドンを拠点に活動するコンポーザー。クラシックピアノを習い、サウンドエンジニアリングを学ぶ。クラシック、エレクトロニカ、アンビエントを取り入れたサウンドスタイルで、Houndstoothから2枚のアルバムをリリース。キーボーディスト / シンセシストとして、宇多田ヒカル、Ed O’Brien(レディオヘッド)、Floating Pointsなどのツアー、レコーディングに参加。ロンドン・ナショナル・ギャラリー、テート・モダン、バービカン・センター、ICA、Pola Museumなどパフォーマンス多数。

Ambience of ECM - ele-king

 「静寂の次に美しい音」のコンセプトで知られるミュンヘンのレーベル〈ECM〉。創立55周年(と「ECM New Series」40周年)を記念し、日本初のエキシビションが催されることとなった。題して「Ambience of ECM」。岡田拓郎、岸田繁、原雅明、三浦透子、SHeLTeR ECM FIELDの5組が選曲を務め、九段ハウスにて環境に合わせたオーディオ・システムのもと、それぞれ異なるリスニング体験を提供する。12月13日~21日の期間限定開催です。詳しくは下記より。

創立55周年を迎えた音楽レーベル「ECMレコード」の日本初のエキシビション「Ambience of ECM」が、九段ハウスにて12月に期間限定開催

1969年にマンフレート・アイヒャーがドイツ・ミュンヘンで創設したヨーロッパを代表する音楽レーベル、ECM(「Edition of Contemporary Music」の略)。"The Most Beautiful Sound Next To Silence (沈黙の次に美しい音) "をコンセプトに掲げ、他のレーベルとは一線を画す、その透明感のあるサウンドと澄んだ音質、洗練された美しいジャケット・デザインなどが世界の多くのファンを魅了してきた。

今年、レーベル創立55周年、そして1984年にスタートしたクラシック・シリーズの「ECM New Series」が創立40周年を迎えた。それを記念し、日本国内において初となるエキシビションを12月13日(金)から12月21日(土)までの期間限定で九段ハウスにて開催される。

「Ambience of ECM」をテーマにECMのサウンドを環境の響きで楽しむプロジェクトで、レーベル第1弾作品のマル・ウォルドロン『フリー・アット・ラスト』(1969年)から、ECM New Seriesのクラシック/現代音楽まで、多彩で広大なECMの世界を、5組の選曲家が九段ハウスのそれぞれのリスニング環境に合わせて選曲。環境に合わせてオーディオシステムも選定することで、全く異なるリスニング体験を提供する。

また、ECMレコードが保有する貴重なポスターアートをミュンヘンから輸入し特別展示。本邦初公開となる38点のアートは、今回のための限定公開となり、館内を回遊することでリスニングとビジュアルの両面でECMの世界観を堪能できる。

入場料は無料。
予約はPeatix特設ページにて受付
https://ambienceofecm.peatix.com

【開催概要】
名称:Ambience of ECM
日程:2024年12月13日(金)~21日(土)
時間:10:00/14:00/18:00 (所要時間:1時間程度、事前予約制)
※12月21日(土)はレセプションのため招待者のみ
入場料:無料 (要予約)
会場:kudan house (東京都千代田区九段北1丁目15-9)
注意事項:館内では一部裸足となるプログラムがございます。靴下等脱ぎやすいお履物でお越しください。

主催:東邦レオ
企画:石井りか、原雅明、玉井裕規
選曲:岡田拓郎、岸田繁、原雅明、三浦透子、SHeLTeR ECM FIELD (Yoshio + Keisei)
協賛:ユニバーサルミュージック合同会社
協力:株式会社ジェネレックジャパン、ADAM Audio、Audio-Technica、Oshima Pros、Qobuz、WHITELIGHT
企画協力:dublab.jp / epigram inc.

【コンテンツ】
◎Listening
ECMの広大な音世界を5組の選曲家が、九段ハウスのそれぞれのリスニング環境に合わせて選曲。部屋の建築様式とペアリングされたサウンド・システムでリスニングを楽しむ。

◎Exhibition
ECMが保有する貴重なポスターアートワークを特別展示。全館がまるごとエキシビションとなり、館内を回遊し、様々なリスニングスポットをECMの世界観で繋ぐ。

◎Event
最終日の12月21日には、トーク、DJセッション、レセプションが行われ、ECMを様々な角度から多角的に楽しめるイベントを開催(完全招待制)。

SOPHIE - ele-king

 2024年は『brat』の年だったと、さまざまなメディアが書き立てている。大統領選からプロモーションのあり方といった話題に至るまで、やや(社会)現象としての側面にばかりスポットが当たっているような印象もあるが、というのはつまりチャーリー・XCXが正しくポップ・スターになったということでもあって、それはそれでとても感慨深い。強度あるサウンドなだけに、作品それ自体の意義については今後長い時間をかけてさまざまな分析がなされていくだろう。中でも当作は、形骸化が進みはじめたハイパー・ミュージックの文脈において、ひとつの局面を打開したようにも思う。幅広く多彩な感情の掘り下げと、それらを逆説的に強調するようなミニマルなアートワーク。飽和した状況からクリティカルに脱し大衆の視線を獲得したという点で、見事な一手だったというほかない。

 もうひとつ言うなら、『brat』はもっと故・ソフィーの文脈で語られるべきだとも思う。『Number 1 Angel』(2017年)をはじめとして深い音楽的パートナーシップを築いてきたふたりだけあって、そもそも『brat』のサウンドにはソフィーの影がそこかしこに感じられる。特に “So I” はソフィーの “It's Okay To Cry” に対するオマージュが捧げられていて、深い感謝が綴られてもいる。刺激的なレイヴ・サウンドが炸裂する『brat』の中でちょうど中盤に位置する “So I” は、柔らかなテクスチャとともに「And I know you always said, "It's okay to cry" So I know I can cry, I can cry, so I cry(泣いてもいいんだよっていつも言ってたよね だから泣いてもいいんだ、泣いてもいいんだ、だから泣くんだ)」と歌われる。その後10月に出たリミックス盤『Brat And It's Completely Different But Also Still Brat』ではA・G・クックが前面に出てさらにドラマティックなアレンジが施されており、ソフィーの遺志を継いで未来を向くような想いが伝わり胸が熱くなってしまう。

 そして、ふたつの『brat』のあいだ、9月にリリースされたのがソフィーの遺作『SOPHIE』なのだった。彼女の生前にほとんどできていたという素材をもとにきょうだいのベニー・ロング(Benny Long)がアルバムとして完成させたもので、つまり完全なるソフィーのオリジナルではない。ただ、過去作においてもベニー・ロングはスタジオ・プロデューサーとして制作に携わってきており、本人を最も身近で知る者の手によって形になったアルバムであることは間違いない。

 特徴的なのは、数多くのコラボレーターが参加しているという点。プライベートにおいてもパートナーでありソフィーが事故にあったときも一緒にいたというエヴィタ・マンジや、2020年のパンデミックのさなかにレコーディングしたときが彼女に会った最後だったという〈PC Music〉のハンナ・ダイアモンドをはじめとして、ソフィーと親交があったアーティストで固められている。ゲストがヴォーカルを披露しているケースも多く、じつに多種多様な声が次々と現れては消えていく──このラインナップを見ればいかに彼女がたくさんの人に愛されていたかがわかるし、やはりクィア・コミュニティを象徴する人物として大きすぎる存在だったと再認識せざるを得ない。そういった意味では、『Brat And It's Completely Different But Also Still Brat』に加えて、『SOPHIE』に参加しているアーティストを並べていくだけでとんでもなく充実した相関図を作ることができる。ふたりが、現行の音楽シーンにおいていかにハブ的な存在となっているかということだ。

 ただ、『SOPHIE』はもちろん、全面的な肯定をもって受け入れられているわけではない。前作『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』と比較すると、サウンドのエッジはやや抑制されている印象がある。“Berlin Nightmare” や “Gallop” といった中盤の並びはソフィーであればもう少し変化に富んだテクスチャにしていたのでは、という気がしないでもないし、ミキシングのせいなのか何なのか、凡庸さを感じる曲もある。実際に彼女が最後まで完成させていたら……と何を言ってもifの話でしかないのだが、とはいえ、これはこれでありなのかもしれないとも思う。なぜなら、エッジが削れて丸くなった部分を活かすかのように、柔らかさやあたたかさを感じる曲が多数収録されているからだ。

 テクノ・アーティスト/DJであるニーナ・クラヴィッツが参加する “The Dome’s Protection” あたりの柔らかさはまだ以前のソフィー作品にあっても違和感がないような質感だが、終盤はがらっとムードが変わる。つねに生と死のあわいを漂っていたようなサウンドがソフィーの特徴だったとしたら、生が前提にあるような図太くて楽観的な音が鳴っているのだ。リアーナの “Bitch Better Have My Money” や “Higher” を手がけたビビ・ブレリー(Bibi Bourelly)がパワフルなヴォーカルを聴かせる “Exhilarate” は驚くべきヴァイブスに満ちているし、これまでも多く協働してきたセシル・ビリーヴが参加する “My Forever” では「You'll always be my forever」と歌われ、ソフィーへの愛がある種の素朴さをもって提示される。彼女の周りでともに音楽を作っていた人たちが目一杯の感情を閉じ込めることによって、本作はあのバブルガムでタフな音が、優しくほぐされているような感覚があるのだ。

 ソフィーのファンとしては、やはりキム・ペトラスとBCキングダムが参加する “Reason Why” は何度も何度も聴いてしまうし、本作にぴったりハマっていると思う。ずっとライヴではプレイされていた曲で、ソフィーのディスコグラフィの中でも特に情感豊かな曲だ。YouTubeに上がっているライヴ映像でもいくつか見ることができるが、“Reason Why” はキム・ペトラスがステージ上で共演することも多々あり、そこから名曲 “1,2,3dayz up” へとつながれる。タバコをふかしながら楽しそうにプレイする彼女を見ていると、“Reason Why” はじめ、キムとの曲はだいぶお気に入りだったんだろうという気がする。実際、ソフィーの魅力がたっぷりと凝縮されているナンバーだ。金属的で硬質だけどキュートなサウンドに、人工甘味料たっぷりの甘い声が乗る──繊細なのにダイナミック。つくづく、すばらしい相性だと感心する。

 ソフィーの音楽は未来的かつ機械的で、ポスト・ヒューマンといった形容をされてきた。既存のサウンドを分解し異なる形へと再編集する手法は、ジャンルという既存の枠組の解体であり、脱構築的だと。けれども同時に、彼女の音楽はヒューマニズムに満ちているとも思う。『SOPHIE』を聴くと、そういった人間くさい面が誇張されているし、より彼女のキャラクターを近くに感じられる。だからこそ、『SOPHIE』を経てから前作『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』をもう一度聴くと、この音楽家の実像がますます立ち上がってくる気がするのだ。

 ソフィーは、音楽を通して何をしたかったのだろう? 彼女は、わたしという人間について徹底的に自己探求し続けていいのだ、ということを言っていたのだと思う。どんな手を使ってでもいいから探求し続けよ、と。自らを形作る構成を解体し、あらゆる要素を切り刻み、それでも残ったものがわたしであると。解体し切り刻んでしまったら、それはもう破片だ。脆弱な、あまりに脆弱なそれを、しかし彼女は再び新たな音楽にしてしまった。わたしをもとに、わたしをつくりあげたのだ。果てしない自己探求の果てに、彼女のルーツであるオウテカと、彼女が目指していたメインストリーム・ポップは一本の線で繋がった。声のピッチを大きく変え加工した “Immaterial” から、生声を披露する “It’s Okay To Cry” は円環し、ひとつのストーリーで接続されることとなった。流動的でありながら、ひとつの自分自身であること。ゆえに、非-人間的あることと人間的であることは両立する。それはとんでもない発見だったからこそ、ソフィーが自己探求によって発見した音楽は、2010年代における最大のイノヴェーションとしてメインストリームとアンダーグランドの双方で大きな影響力を波及していった。『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』ののち、奮い立たされた多くのアーティストによって数多の作品が生み出された。本当に、本当にたくさんの作品が。そして今年、『brat』と『SOPHIE』、『Brat And It's Completely Different But Also Still Brat』が “その後” のマイルストンとして提示された。ソフィーにインスパイアされて以降生み出された、すべての音楽を称えるかのごとく。

 偉大なる彼女が亡くなってから、チャーリー・XCXはSNSで「ソフィーはわたしがいまのわたしであることに多大な影響を与えたアーティストであり、親友だった」と発言していた。「泣いてもいいんだよっていつも言ってたよね だから泣いてもいいんだ、泣いてもいいんだ、だから泣くんだ」と歌う “So I” の、肌を優しく撫でるような柔らかさ。自己探求とは、人間にしか成し得ない行為である──少なくとも、いまのところは。言い換えるなら、脆弱な自分と見つめ合えるのは自分しかいないのである。だから、泣いてもいい。結局のところ、ソフィーはそう言っているのだろう。泣きながら、生きるしかないのだと。

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