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このアルバムはじつに反時代的だ。明るいし、狂っている。それは人の人生に似ているのかもしれない。細部では大なり小なり錯乱しているが、全体としてはなんとかなっているように見えてしまう。しかしそれはやはり狂っているのだろう。「目を閉じれば生きるのは楽。だって目に見えるのは間違いばかり」とジョン・レノンが歌ったように。ピープル・ライク・アスことヴィッキー・ベネットの新作はおそろしく明るいサイケデリアで、“ストロベリーフィールズ・フォーエヴァー”と『ファンタズマ』を純度の高いリゼルギーにシェイクしてもこの万華鏡から聴こえる奇妙な楽天性にはまだまだ何かが足りていない。
ヴィッキー・ベネットは、いまやコラージュ音楽の大家だ。彼女の音楽だけ聴いていると、ベネットが少女時代にソフト・セルに感化され、ジェネシス・P・オリッジと知り合い、そしてナース・ウィズ・ウーンドの影響を受けたこと、コイルの手伝いをしていたことなどはなかなか想像しにくいかもしれないが、TGのルーツにサイケデリック文化があったことを思い出して欲しい。さらに彼女のコラージュ音楽の師匠には、政治的混乱をもてあそぶネガティヴランドもいて、ベネットは現にアメリカまでネガティヴランドのマーク・ホスラーを訪ねている。また彼女は、彼女と同じくサンプルデリックの使徒、マトモスとも仲良しで、共作もしているし彼らの作品に参加している(今作にもマトモスは参加)。
ベネットは、ピープル・ライク・アス名義として90年代初頭から作品を発表しているベテラン、アーティストとして映像作品やインスタレーションの展示などで幅広く活動している。彼女の母国英国では、ここ10年は展覧会をやっては評判になっていて、ヴィジュアル・アーティストとしての確固たる評価がある人だ。音楽アルバムで言えば、近年ではマトモスおよびジョナサン・ライデッカー(ネガティヴランドのメンバーで、ディター・メビウスやサースト・ムーアとのコラボレイター)との共作『Wide Open Spaces』(2003)、そして『The Mirror』(2018)によって広くアピールし、昨年は自ら手がけたラジオ番組(ネガティヴランドがやったことのひとつ、ラジオ番組そのものをコラージュの世界にする)を『ペットサウンズ』をパロディにしたジャケットの『ウェットサウンズ』として無料リリースしている。
そもそもコーラジュとは何か。既存の素材を再配置/再編集してあらたな文脈を作ること、意味から解放されること。伝統的な概念への挑戦。哲学的に言えばそれは枠組みの相対化や問い直しで、音楽的に言えばそれは「原作」が思ってもいなかったことを表現できること、予期せぬ結果が得られること。ドイツのロック・グループ、カンは自分たちの土台にあるのはコーラジュだと何度も主張している。70年代初頭のマイルス・デイヴィスはテオ・マチェロの協力にもとジャズの堅苦しい曲の構造を解体し、コラージュ技術によってあらたな作品を作った。ブラック・ミュージックにコラージュ技術を持ち込んだヒップホップはポップの王座に居続けている。ヴェイパーウェイヴも流行ったし、デジタル技術によるコラージュ加工が当たり前になった現代においては、むしろ時代がカンやベネットに追いついたと言うべきなのだが、ぼくが「反時代的」だと言うのは、ジェントリフィケートされた現代のデジタル加工が失っている、コーラジュ芸術が本来持っているはずのある種の幻覚作用が彼女の表現には生きているからだ。繰り返すが、いまどきここまで眩いサイケデリックなコラージュ・ポップ作はない。
これは、ポップ・ミュージックによるシュルレアリスムだ。パーシー・フェイスの“夏の日の恋” が聞こえる1曲目、そして “星に願いを” やスキータ・デイヴィスの歌声、『オズの魔法使い』、バカラックにモータウンといった、50年代/60年代の古きポップスがあたり構わず、無邪気にコラージュされている。作品が意図した「時代を超えたつながりの表現」としてのポップ・ミュージック、「ポップ・カルチャーへのラヴレター」としてのコラージュ作品、アルバム全体がポップの万華鏡であり白昼夢だ。コーネリアスの“霧中夢”は、途中で夢から覚めるようリスナーをうながすが、このアルバは、その逆だ。最後のほうでジョン・レノンが言うように「リアルなものなど何もない」。
このまぶしい輝きは、悪いジョークなのだろうか。ぼくにはこのアルバムが、晩年のマーク・フィッシャーの言葉を借りるなら「自由になりえたかもしれない世界の亡霊」に思える。つまり、我々が目を逸らされてしまっているものにもういちど振り向かせようとしているもの。すなわち苦しい思いを強いるリアルを否定する能動的夢想は、現代の音楽の潮流からいえば反時代的である、が、それゆえに素晴らしい。
野田努