「Low」と一致するもの

Lucrecia Dalt - ele-king

 昨年アーロン・ディロウェイとのすばらしい共作を送りだしたルクレシア・ダルト、コロンビア出身で現在はベルリンを拠点に活動しているこのプロデューサーが新作をリリースする。
 今春サム・ウォーカー監督のホラー映画『The Seed』で映画音楽デビューを飾っている彼女だが、つづいて今回はHBOのホラー・コメディ『The Baby』シリーズのスコアを担当。5/27に〈Invada〉と〈RVNG〉から発売される28曲収録のLPにおいて彼女は「奇妙な声、肉体の音、喉歌」を探求しているそうだ。現在 “Mareterna” が先行公開中です。


Nicolás Jaar, Other People - ele-king

 ニコラス・ジャーが新たにコンピを編纂している。20世紀後半のポーランドの前衛音楽/実験音楽を集めたもので、2枚に分散してのリリース。1959年から2001年まであったワルシャワのスタジオで録音されたもの。マトモスが先日発表した新作でもとりあげていたボグスワフ・シェッフェルはじめ、クシシュトフ・クニッテルやボフダン・マズレク、ヴォジミエシュ・コトニスキやエルジュビェタ・シコラなど、ポーランドの前衛音楽家/実験音楽家が多数ピックアップされている。これはチェックしておきたい。

artist: Various
title: Would It Sound Just As Bad If You Played It Backwards? A Collection of Sounds from the Studio Eksperymentalne Polskiego Radia (1959​-​2001) Vol. I
label: Other People
release: 20th May, 2022

tracklist:
01. Krzysztof Knittel - Lapis (1985)
02. Bohdan Mazurek - Canti (1973)
03. Magdalena Dàugosz - Yes and No (1990)
04. Barbara Zawadzka - Greya III (1991)
05. Barbara Zawadzka - Greya IV (1990)
06. Barbara Zawadzka - Greya II (1987)
07. Rudnik - Epitaph of Stones (1984)
08. Bogusław Shaeffer - Symphony. Electronic Music for Tape (perf. by Wolfram) (1964-66) - I
09. Bogusław Shaeffer - Symphony. Electronic Music for Tape (perf. by Wolfram) (1964-66) - II
10. Bogusław Shaeffer - Symphony. Electronic Music for Tape (perf. by Wolfram) (1964-66) - III
11. Bogusław Shaeffer - Symphony. Electronic Music for Tape (perf. by Wolfram) (1964-66) - IV


artist: Various
title: Would It Sound Just As Bad If You Played It Backwards? A Collection of Sounds from the Studio Eksperymentalne Polskiego Radia (1959​​-​​2001) Vol. II
label: Other People
release: 20th May, 2022

tracklist:
01. Wlodzimierz Kotoński - Study For One Cymbal Stroke (1951)
02. Symphony. Electronic Music For Tape Part I (performed by Bohdan Mazurek) (1966)
03. Elżbieta Sikora – Letters to M. (1980)
04. Bernadetta Matuszczak – Libera me (1991)
05. Elżbieta Sikora - View From the Window (1978)
06. Magdalena Długosz - Mictlan I (1987)
07. Barbara Zawadzka - Greya part V (1991)
08. Krzysztof Knittel - Poko (1986)

7g classic's - ele-king

 ジャズを出自に持ちながら、80年代はRCサクセションのキーボーディストとして活躍、バンドにニューウェイヴのセンスを持ち込んだり、エレクトロな名盤「BΛmp!」はいまだマニアには評価の高い、gee2wo(当時はG2と表記)。1990年4月のRC脱退後、いっさいの声明を出していなかったgee2woだったが、昨年リリースされたRCサクセション『PHAPSODY NAKED』のデラックス盤のブックレットには、東芝EMI時代の担当だった高橋康浩氏によるgee2woのインタヴューが掲載されている。その貴重な取材によれば、RC脱退後は世界中(おもに中東)を旅して、それら行き先で演奏し、現在は長野にスタジオを作って、ミュージシャンとして、プロデューサー‏‏‏/エンジニアとして音楽活動をしているとのこと。
 gee2woの新プロジェクト、7g classic'sが先月、デビュー・アルバム『くろすけ』をリリースした。これは八ヶ岳南麓に暮らすシンガーソングライター、ナナマリとのデュオで、ギターとピアノが心地よい、エレガントなポップ・アルバムに仕上がっている。RCのメンバーとして数々の名演を果たしてきたgee2woのピアノ——ジャズやブルースなどなど——がおよそ30年ぶりにたっぷり聴けるのも嬉しい限りだ。チェックしましょう。

7g classic's
くろすけ

Forest Group
発売中
https://nanamari.com/cdkurosuke

【ナナマリ (Vocal, Guitar, Composer etc.)】
高校生の時にギターと出会い、ロックやポップスバンドを組んで音楽活動をスタート。独学で音楽理論を学び、TV番組やメジャーアーティストなどへの楽曲提供も行う。2004年に山梨へ移住後は、ブラジル音楽(特にボサノヴァ)に傾倒し、ギター弾き語りスタイルでのライブ活動を開始。2008年1st Album「雨粒」をはじめ、カヴァー作品を含む計5枚のCDをリリース。

【gee2wo (Piano, Keyboard, Composer etc.)】
1980年代ロックバンド「RCサクセション」にてキーボードを担当。RC退団後は世界(主に中東)を旅し、のちに自然豊かな信州に移住。ジャズ、ブラジル音楽、ロック、レゲエなど様々なジャンルの音楽を追求し、新たなスタイルの確立を目指す。2020年長野市内にプライベートスタジオが完成。

【2022年ライヴ・スケジュール】
6/17 GNU 2nd(長野県松本市)
6/18 Booze Shelter(長野県信濃町)
6/26 メルローズイタリアーノ(山梨県北杜市)
7/29 Live Jazz ケルン(静岡県富士市)
7/30 DOXY(愛知県名古屋市)

interview with Kikagaku Moyo - ele-king

 5枚目のアルバム資料にさらりと綴った「最後の作品」の文字──2018年の4作目『マサナ寺院群』のそれまでの階梯を一段階昇りきったかのような充実ぶりと、それにつづくクルアンビン、コナン・モカシンらとジョイント、北米、欧州、北米、欧州、北米、豪州、欧州また米国とオセロのごとくつづくツアーの活況ぶりを知るものには先のいち文はにわかには信じがたい。「最後」というからには幾何学模様名義のスタジオ・アルバムは本作以降出ないということなのであろう。思えば、2013年高田馬場の路上に蝟集した若者たちの集合体としてはじまった幾何学模様は、既存のアシッド・ロック~サイケデリアのフィールドにおさまらない活動を模索するなかで、国内シーンを一足飛びに海外に活路をみいだすと、ほどなくその特異な音楽性と風貌で異彩をはなちはじめる。むろん止むことのないライヴの日々あったればこその評価だが、多国籍とも無国籍ともつかない折衷性とロウファイなテクスチャーをおりこんだ幾何学模様サウンドには中毒的な魅力があり、その存在感が増しつつあるいま、活動休止の報はいかにも唐突である。
 どのような経緯で彼らはそのような結論をみいだしたのか。そのまえに『Kumoyo Island(クモヨ島)』といういっぷう変わった題名のアルバムの、トライバルでヒプノティックな魅惑の音世界はどのようにできあがったのか。トモ・カツラダとともに幾何学模様をたちあげ、ドラマーとしてバンドの屋台骨をささえるゴウ・クロサワにオンラインで話をうかがった。バンド活動への明解な考え方が気持ちのよい取材だった。

ミニマルな音楽ってつくるのは簡単そうですが、グルーヴがちゃんととれていないと気持ち悪いと思うんです。

こんにちは。東京はいま午後5時ですが、そちらは──

Go:朝10時すぎです。仕事をはじめる時間です。

会社員みたいですね。

Go:それやらないために音楽やっていたはずなんですが(笑)、そういう感じになっています。

アムステルダムに拠点を移されたのはいつからですか。

Go:5年ほど前、2017年くらいです。いまメンバーも3人こちらにいるんです。僕とギターのTomoのふたりで来たんですが、去年の12月くらいに弟のRyu(シタール)が引っ越してきました。

もう5年もいると慣れたものなんじゃないですか。

Go:そうなんですけど、一昨年のコロナ(パンデミック)までツアーからたまに帰ってきて2週間くらいすごしてまたツアーに出ることのくりかえしだったので街をディグるまもなく、おちついたかと思ったらコロナになっちゃって、半年前くらいからようやくここに住んでいるんだなと実感がわいてきました。でも住みやすくていいところですよ。物価はヨーロッパの中ではちょっと高いですけど、ほぼ英語だけで生活できるし治安もいいし。自転車だけでどこでも回れるのでいい感じです。

オランダ語が話せなくてもなんとかなるんですか?

Go:オランダ語はまったく話せなくても大丈夫だと思います。アムスにかんしては外国人が35%なので公的な書類や税金関係もすべて英語で対応できますし外国人には楽な街です。

ロシアのウクライナ侵攻の余波ありますか。

Go:目にみえる範囲ではないんですが、友人に聞いたらベルリンでは(ウクライナから避難してきたひとを)受け入れているみたいで、体制も整いつつあるようです。僕はアムスの街のど真ん中に住んでいてふだんまわりは観光客ばかりで、いろんな国の言葉が聞こえてくるんですが、最近は東欧の言葉の響きが目立ってきたような気はします。ウクライナの方もおそらくいると思うんですが、見た目だけでは判断できません。ただ街中にウクライナの国旗が掲げてあるという感じで、オランダもEUの一員なんだなという感じはあります。ただロシアのひとも多いですから違和感を感じているひともいるかもしれません。

Ryuさんが移られてきて、現在は3人がアムステルダム在住ということは新作の制作はどのように進めたのでしょう?

Go:2020年の2月まではツアーだったんですね。僕はオランダに来る前までは物流関係の会社に勤めていたので仕事と並行でツアーをしていたんですよ。有給をとってツアーに行く感じだったんです。仕事を辞めからは5年くらい、100箇所を5~6ヶ月かけてまわるツアーをほぼノンストップでくりかえしていました。2019年までそれがつづいて、2020年はちょっと休もうということになったんです。休んでゆっくり曲をつくりたいね、と話していたらいきなりパンデミックになって、はじめは休む予定でしたからちょうどよかったんです。そのときは夏まで、東京オリンピックまでにはなんとかなるという雰囲気もあったので。曲を書きはじめたのはその春先から夏にかけてです。2020年の夏にはメンバー全員オランダにそろってみんな曲をゆっくりつくろうかとなって、一ヶ月くらい泊まりこんだんですけど意外に進まなかったんですよ。

基本的なことをうかがいますが、幾何学模様はどのように曲作りを進めるんですか。

Go:曲の作り方もよくわからなくなっていたんですよ(笑)。それまでもやっていたはずが、あれ!? どうやってつくっていたんだっけって(笑)。それまではフェスのシーズンに間に合わせるために、適当というと語弊があるかもしれないですが、ライヴでできればいいやという感じで、60~70パーセント仕上がりで十分だったんですよ。曲のはじめと終わりさえ決まっていれば、あとは舞台にかけながらアレンジしていくようなやり方でした。ただ(パンデミックで)ライヴが想像できなくなってからはお客さんのもりあがり方を想像するのが難しくなかったんです。それでひと月ほど試行錯誤しつついろんな方法をためしていきました。

2020年の夏の時点では完成した曲はほとんどなかった?

Go:僕がつくった曲が1~2曲あったんですが、時間だけはふんだんにあるので展開なんかをガチガチにかためてしまうんですよ。そういうのばかりだとプログレっぽくなっちゃうというか、サイケのバンドがプログレになってどんどん巧くなってジャズ・ロックにいく流れがあるじゃないですか。
■あるある(笑)。

Go:そういう感じになるからみんなでもっと曲書こうよ、と書いたことのないメンバーにも、全部つくれなくてもフレーズだけ、メロディのアイデアだけでも出すとか、読んだ本や観た映画からのインスピレーションなんかをおたがいにインプットし合って、どうにかしてやろうと声をかけました。Dropboxに月ごと週ごとのフォルダを作って、各自アイデアを入れていったり、あとは週一でオンライン・ミーティングしてただ近況報告しあったり。

制作期間はそれなりに長かったということですね。

Go:時間があったのと自分たちでレーベルもやっているし、締め切りもないし、つくらなくてもだれも困らない、という感じがあったんです。いままでもそうだったんですが(笑)、あれ、これやらなくてもだれも困んないじゃんって、ハッと気づいた。音楽ってありまくるから、そんなにプレッシャー感じず、できたらできたで出せばいいんだな、と思う反面、このままつくれずにみんなのモチベーションが下がっていってツアーもできず、みんなほかのことをはじめて自然崩壊したらイヤだなという思い、どっちもありました。

リリースにさらっと書いてますけど、本作が「最後」なんですか。

Go:去年の夏、アメリカのツアーが終わったあとにみんなで話し合って活動休止を決めました。アルバムをつくりはじめたときは、これが最後とは思っていなかったんですが、コロナの状況もあり、今後メンバー全員が100%の力を注げなくなるのがわかった。そうなったとき、バンドがだんだんアートワーク、MVを含めた全体の作品にもこだわりが薄くなっていったり完成度が低くなったり、見た目も尖った感じがなくなっていって、もうフォローできないわ、という感じになるのはイヤだなというのがあったんですね。自分の好きなバンドでもそういうことになったりするじゃないですか。

あるかもしれません。

Go: アルバムでいうと6枚目、7枚目(笑)。つづけるのはそれはそれでかっこいいけど、パッとやめるのも自分たちらしいなと思ったんですね。友達同士で “遊び” を初めて、友達どうしでその遊びを終える。開いた円を閉じるような感覚です。

Goさんがいいだしたの?

Go:Tomoがいいだして、それはみんなで話し合うべきだということになりました。100%妥協なくやりたいことがやりたかったのと5人の築き上げてきた絆を大事にしたいなという気持ちが大きくて、無理に続けて行こうということもなかなか想像できなかったし、10年間やってきて、あと何年やってどういうバンドになりたいとか、どういうヴェニューに出てどんなフェスに出たいというヴィジョンもなくなっていたんですね。

ある程度実現したということですか。

Go:それこそ去年クルアンビンとツアーしたときに5000~6000人規模の会場が多かったんですが、それだと自分たちのよさもあまり出ないという気もしました。(お客さんの)表情もみられないし、僕らの危なっかしい感じが、遠くからだと伝わりにくいとも思いました。クルアンビンやキング・ギザードみたいに遠くからみていてチルしながら楽しめるバンドでもないし、お客さんと一緒に自分たちの世界をつくっていくバンドだと再認識して、自分たちのベストなキャパシティがみえたのと、現状を維持するのにLAなら1000人規模の会場で3回のショーをするのか、というようなことを考えたとき、わかった感じがひとつあったんですよ。新しいチャレンジがほしいときにそういう感じになったので、はじめはみんなもびっくりして話し合って、ひとりずつ電話で相談したりしました。

脱退という言い方が正しいかはわかりませんが、どなたかがそうなっても別のメンバーが加入してつづけることはバンドではよくある話ですが、そういう選択肢はなかった?

Go:僕らがふつうのバンドと違うのは、(メンバーに)兄弟もいるし2~3年一緒に住んでいたので、スタジオで会って、終わったらじゃあねといって別々になるような関係じゃないというところなんですね。いろんなところを共有してそういう濃さでバンドをやっていたのでその濃さをほかのところからもってきて、ジャムでいい感じになるのがまったく想像できなかった。自分たちの結びつきの強さはよさでもあるし脆さでもあるのだと思います。これまで20代から10年間つづけてきて、みんないろんなひとに会っていろんなこと考えて、いろんな方向に個人個人がいきたくなったりするなかで、バンドはみんなのエネルギーをどうやって集中させてやるかというチャレンジだったという感じです。

老婆心ながらもうしあげると、1000人単位のキャパシティを埋められる認知度はあるわけですから収入としては安定してきたところじゃないですか。それをなげうつのはもったいないという意見もありそうですが。

Go:ただ僕は音楽を仕事にする、プロになってキャリアを積んでいくんだという目標をもっていなかったんですね。

そうなんですか。

Go:いちばんはじめの目標はツアーに出ているあいだの家賃をどう補うかということでした。ツアーに出ているあいだはギャラが出たりご飯も食べさせてもらえたりするからいいんですが、日本の家賃どうすんだという問題があったんです(笑)。バイトもできませんから、ツアーに一ヶ月半出るのであれば、そのあいだに稼げたはずの額をあらかじめ稼いでおかなければならない。そうしないと、帰ってきて超ビンボーになってつづけていけなくなるとわかったんです。どんな楽しいことも、サステイナブルにするにはモチベーションはもちろん経済的な問題も出てくる。そうなるとCD、レコードやTシャツをこれくらい売らなきゃいけないということや、このペースでツアーしなければならない、大きな街ならこの規模でできなきゃいけないんだとか、逆算でわかったんですけど、これで生活していくとは考えていなかったです。メンバーももともと音楽畑のひとじゃないというのもありますし、僕は音楽ビジネスをアメリカで勉強して、どちらかというとバンドよりは音楽のレーベルをやりたかったんですよ。

ミュージック・ビジネスの学校を歩かれたんですか?

Go:ミュージック・ビジネスを専攻して、それこそライターやパブリッシャーに興味があったんですよ。音楽が好きなひとが集まって、音楽をやらないというのはどういうことだろうと思ったんですね。

そういう考え方もあるかもしれないですね(笑)。

Go:音楽を好きなひとたちが集まって違う文化が生まれてくるというか、音楽が好きということだけが共通で出版物をつくったりイベントをやったりフィジカルをつくったり、そういうことに僕は興味がありました。ほかのメンバーも映像を勉強していたり文章を書いていたりで、バンドがなくなることによる収入面での変化を考えるよりも、友だち関係がヘンになってツアー中ケンカしたりするほうがイヤだと直観的に思ったんですよ。だれかがSOSを出しているのに、仕事だからとか決まっているからといってつづけたり、ひとりが抜けたからだれかを入れて関係性が変わったりすることへの、拒否感というほど強くはなくてもイヤだなという思いです。


向かって左下が、今回取材に応じてくれた Go Kurosawa

友だちのライヴに行く? ってなったとき、3000円だと躊躇するけど500円ならまあいいやと思えるというか。そういうことをバンドやりながらも試行錯誤していました。ライヴハウスのノルマ制に疑問もあったので。

お話をうかがうとすごく客観的ですね。人気者なのに過分な自己評価がない。

Go:そもそも日本でやっていたときはこういうバンドはムリだろうなと思っていましたから。最初期にぐちゃぐちゃなジャムみたいなことをやっていたときはお客さんが来る気配もなかったですしね。「ele-king」も読んでましたけど──

ありがとうございます。

Go:そこでとりあげられている音楽と自分たちがやっているのはちょっと違うというか、どこにもつながっていない気がしたんです。アシッド・マザーズの弟子みたいな感じで出てくるわけでもなかったし、先輩後輩的なつながりもなく、だれもバンドをやったことのないところからはじまっていましたから。バンドをはじめるのって高い趣味じゃないですか。機材買ってスタジオに入ってノルマまで課せられてライヴをする、だからといってメジャーになるのも想像できない。それ以外にできる方法としては海外に出ることしか考えられなかったんです。

海外でミュージック・ビジネスを勉強されてきたGoさんにとって日本の音楽産業の構造は異質だと思いますか。

Go:すごくヘンだと思います。

どのへんが?

Go:今回はビートインクさんとのお仕事で、取材もセッティングしていただきましたが、このような流れは海外ではまずないです。レーベルの仕事は音源を出すことであって、PRは基本的にバンド側がエージェントを雇うパターンがほとんどです。マネージメントがレーベル側にいる感じが大きく違うと思います。

日本の音楽ビジネスは芸能事務所の方法論に由来しますからね。

Go:そことちょっと似ている気がしますね。それが良いか悪いかではなくて、合うか合わないかを考える必要はあると思います。そのうえでいろんな選択肢がバンド側にあるといいなと思います。いまならその手の本とかネット上にも情報はいっぱいありますよね。僕らもはじめたときに本屋さんに行って音楽ビジネスについて書いてある本をまわし読みしたこともあるんですよ。そうしているだけで、まわりのバンドから「おまえら気にしすぎ!」みたいなことをいわれたりする(笑)。でも好きなことをやってお金をもらうはよくないのかなと思ったら、若いころはさておき、つづかなくなるんですよね。

独立精神が旺盛だったんですね。

Go:はじめはシーンというものをつくりたかったんですよ。「ゼロ年代シーン」とかあったじゃないですか。

ありましたね。

Go:シーンがどういうふうにできていくんだろうと思っていたんです。アメリカに住んでいたときポートランドのシーンはおもしろいよとか、オースティンのインディ・シーンがおもしろいとか、ロンドンにこういうシーンがあるよとか、そういう話を聞くと東京にどんなシーンがあるんだろうと考えてしまうんですね。当時僕が好きだった新大久保のアースダムとかでみていたライヴで、ノイズっぽいバンドやハードコアのバンドが灰野(敬二)さんと出たりとか、そういうのがシーンなのかはわからないですが、そういった体験から自分たちにとってのシーンについて考えるようになったんですよ。ちょうど僕らが活動をはじめたころ、世界的にサイケフェスが増えてきたんですね。オースティン・サイケ・フェスにはじまりベルリン、シドニー、南アフリカでもサイケ・フェスがはじまり、こういうのがインターナショナルなシーンなのかなと思いはじめて、日本にはそういうのがあまり知られていなかったから自分たちで「TOKYO PSYCH FEST」と銘打って渋谷のルビールームで月1でライヴを企画していました。

月1はけっこうな頻度ですね。

Go:仕事しながらですから大変でした(笑)。それでやりたかったのはちゃんとお金がまわるようなシステムをつくることだったんですね。ライヴハウスだと平日でも2500円でワンドリンクつけると3000円超えちゃって、それで物販のCDを買おうと思ったら5000円になって、もう一杯飲むとさらにかかる。そうなると、ほんとうに伝えたいティーンやキッズ、これから文化をつくっていく、エネルギーにあふれているけどお金のないひとに会えないんですね。よくわからないけど楽しそうと思っているひとはそういうところに来ない。来ないと好きなバンドもみつからないし、ふらっと来られるようにするにはエントランスを500円くらいにして、損したと思わせなきゃいいと考えました。家で遊んでいて、友だちのライヴに行く? ってなったとき、3000円だと躊躇するけど500円ならまあいいやと思えるというか。そういうことをバンドやりながらも試行錯誤していました。ライヴハウスのノルマ制に疑問もあったのでノルマあるライヴハウスに出ているバンドをこっちに連れてきて、逆転してやろうぜとも声をかけたんですけど、キャリアがないから説得力がないんですよ(笑)。

日本でそのときつくろうとしたサイケ・シーンはどれくらい完成したと思いますか?

Go: いやーできなかったなー(笑)。

その夢のさなかで拠点を移されたんですね。

Go:そこはもう「ele-king」に任せておこうと(笑)。時間がなかったのもありますね。僕ドラムをはじめたのが27とかなんですよ。

ほんと!?

Go:そうなんですよ。フェスをやっていたのが28とか29でサラリーマンをやりながらですから。27からドラムをはじめてもふつうのバンドには入れないんですよ。(メンバー募集に)経験不問と書いてあっても、30手前でやったことないひとなんて入れてくれないから自分ではじめるしかないというのはありました。

幾何学模様のほかのみなさんは楽器の心得はあったんですか。

Go:できるといっていたんですが、ギターの弦の巻き方も知らないし、だれもバンドをやったことはありませんでした。

メンバーはGoさんがひきいれた?

Go:まわりの友だちで音楽経験があるとか関係なく、誰も彼もひきいれました(笑)。はじめて会ったひとにも、スタジオに入りましょうよ、と誘って深夜パックでグチャグチャのジャムやって、つかれたなーといって朝ご飯をみんなで食べて帰るみたいな。

バンドというよりはコミューンですね。

Go:はじめはそうでしたよ。共同で生活したり友だちの友だちが急に入ってきて笛を吹いていたり、そういうのがいいと思っていました。ギターがEのワンコードで、そのうえで適当にみんなが演奏して歌って録って、それでいいじゃんというイメージですね。

それがしだいにバンドにかたまっていったのはなぜですか?

Go:曲がないと、拍手する場所がないとひとはお金払わない、と路上での経験から学んだからです。終わり方を知らないとつかれて止めるしかないじゃないですか。路上で演奏しているとたまに立ち止まるひともいるんですが、なかなか演奏が終わらないから飽きて立ち去っていくんですよ。止まってもらわないと、「おお!」という感じにもならない。そうするにはどうしたらいいんだということで学びました。拍手する場所を設けないと一生やっちゃうから(笑)。曲っていうのははじめと終わりがあればいいんだなというのに気づいて、それをつけくわえてだんだん曲になったという感じですかね。

それもラ・モンテ・ヤングみたいでいいですけど、おさまるべき場所におさまっていったということですね。

Go:だんだん音楽の話をするようになって、こういうのいいよね、じゃあやってみようか、という流れでした。当時は自分たちの好きなバンドも自分たちにもできるかもしれない、というようなバンドだったので参考にしたこともあります。

そのとき聴いていたバンドをあげてみてください。

Go:アシッド・マザーズはその筆頭ですよね。騒々しくて見た目が魔術師っぽかったらかっこいいというのはアシッド・マザーズから学んだし、ラリーズみたいなリフを延々くりかえして歌がたまに入ってくるんだけどあくまでギター・ソロをバーンとやるための導入部分にすぎないようなバンドとか、アメリカのオネイダのミニマル・ジャンクっぽい感じとか、イギリスのトラッドも好きだったですね。そういう音楽もやりたかったですが、それにはそういうのを歌えるヴォーカルが必要なのでなかなかむずかしかったです。土着っぽい要素と新しい要素が結びついた音楽がいいなと思っていました。自分たちが日本人なのもあって、日本人にしかできない音楽ってなんだろうともずっと考えていました。

日本というものにたいしての意識も当時からおもちだったんですね。

Go:その前に海外に住んでいて帰ってきたというのもあるので、(日本人が)英語で歌ってもダメだなというのもあったし海外のバンドが好きで、それと同じことをやっても、こっちにいるじゃんといわれるから、それをいわれないためにはどうしたらいいんだろうとずっと考えていました。

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島ということを再度考えてみると、アイソレイトされていて独自の文化があり、島民に通じる言葉があるけど島から出ると通じなくなっちゃったりするようなおもしろさがあると思ったんですね。ことにこの5~6年、日本のことをすごく考えるようになっていたのもあります。あたりまえだったことがじつは特殊なことなんだと気づくことも多かった。

前置きが長くなりましたが、新作『Kumoyo Island』は日本語にすると「クモヨ島」だと思いますが、「くもよじま」と読むんですか、それとも「くもよとう」?

Go:「くもよとう」です。

「クモヨ島」とは日本という島国の暗喩ですか?

Go:僕らはいままでも場所をけっこう提示してきたんですね。「Temples(寺院群)」「Garden(庭)」「Forest(森)」「House(家)」などです。それらの場所は現実には存在しませんが、聴いたひとに情景を思い浮かべつつ聴いてほしいという気持ちがあったんです。今回もアルバムのタイトルを決めようとしたとき、場所がいいなと思っていました。そのタイミングで、今年でバンドを止めることになり、「Kumoyo Island」というタイトルが決まったのはその後です。収録曲にも海っぽいイメージ、青っぽいイメージがあったので、もしかしたらこれは島なのかな、島っぽいなという気がしたんです。それでよく考えると、日本って島じゃんって(笑)。当たり前ですが、島ということを再度考えてみると、アイソレイトされていて独自の文化があり、島民に通じる言葉があるけど島から出ると通じなくなっちゃったりするようなおもしろさがあると思ったんですね。ことにこの5~6年、日本のことをすごく考えるようになっていたのもあります。(住んでいたときは)あたりまえだったことがじつは特殊なことなんだと気づくことも多かったので。もしかしたらそれはものすごく未来的なことなのかもしれないし、すごく古い体制かもしれなくて、それらは紙一重のかもしれないと考えたことがあったんです。今回のアルバムでは島から出て、島の外でワーッとやっていた僕らがまた島に帰って曲をつくった。自分たちの(旅の)ループがそこで最後クローズするなというイメージがありました。

「Kumoyo」というのはどういう意味なんですか。

Go:それは「きかが/くもよう」の「くもよう」なんです。いまちょうど着ているんですけど(といって上着の前をはだけると自分たちのバンドTを中に着込んでいる)こういうマーチャンダイズがあってグラフィックのなかでバンド名が「KIKAGA – KUMOYO」と区切ってあるんですよ。このマーチは去年つくったものですが、日本語で「きかが/くもよう」とわけて考えることはあまりないと思うんですけど、それがアルファベットになって「KIKAGA – KUMOYO」とわかれてきたときに、アルバム・タイトルにループ(回帰)するという意味合いをこめたのと同じように「KUMOYO」というバンド名がループしているのもおもしろいと思ったんですね。

「Moyo Island」だったらわかりやすいけど、「Kumoyo Island」だとわからなくなりますね。

Go:その不自然感が言葉の響きとして新しかったしバンドのお尻の部分だし、ということでつけました。

最後は日本で仕上げたんですよね。停滞気味だった2020年夏からお尻に火がついてきた?

Go:ヤバいなって。

日本に戻ってレコーディングしていたのはいつですか?

Go:2020年の11月から2021年の1月くらいまでです。

曲ができてから戻ってきたんですか?

Go:その時点で曲づくりをはじめました。さっきいったように、曲づくりができなくなっちゃって、なんでできないんだと考えたときに、みんなでスタジオに毎日入るからできないんだと結論づけたんです。スタジオに毎日入ると練習みたいになっちゃうんです。曲をつくるのと練習は違うじゃないですか。

そうですね。

Go:アイデアを発展させていくのもみんなそれぞれ違ったスペースが必要だし、各人のキャパシティもいろいろですからその場で思いつくひともいれば、家に帰って何回も聴いて1フレーズ出てくるひともいる。日本に住んでいたときは週1、週2のペースでスタジオに入ってのこりの日で消化することができたんですけど、毎日入っちゃうとそれもないから、うちらが東京に帰ってきて1ヶ月半時間をとって週1ペースでスタジオに入るサイクルでつくればできるんじゃないかと思って帰国しました。東京では初期のころから入っていた浅草橋のツバメスタジオのすぐそばにAirbnbで部屋とって、夜の12時以降と平日の使ってない時間帯を自由に使わせてもわらってデモをつくっている感覚で曲作りしていたら、デモがデモじゃなくなっちゃったんですよ。

スタジオで録っているからね(笑)。

Go:(笑)デモって家でつくるからリズムマシン使ったりギターをラインで録ってショボくなっちゃったりするけど、レコーディング・スタジオだとそんなこともなく、ああこれでできるかなと思い、やっちゃっいました。

じっさいそれで曲になったんですか。

Go:ならなかったんですが、プロセスが楽しかった。メンバーがちょっと顔出して音入れさせてよ、みたいな、そのプロセスが楽しかったからそれでいいんじゃないか、これが楽しかったんだからこれ以上のものはできないんじゃないかと(笑)。いいとかわるいとかではなく、楽しければいいという原点に戻って、これでよいのではないかということですね。

それでいろんな音が入っているんですね。

Go:いままではライヴでやっていた曲をスタジオで録ってオーヴァーダブすることが多かったんですが、今回にかんしては宅録にちかいというか、コロナというのがあってライヴが想像できなかったのもあって再現できなくても関係ないやという感じでした。

「世界に出よう」と考えたときに、白人の文化にたいして了承をもらうような流れをうちらの世代で変えていきたいとは思っています。海外に出るには英語をしゃべれなきゃいけない、歌詞も英語じゃないとわからない、ということではないと思うんですね。

曲の話に移ります。冒頭の「Monaka」はなかなかのキラーチューンですが、どのように誕生したのでしょう。

Go:Tomoは石川の加賀温泉の出身なんですね。

ええ。

Go:そこに民謡があるらしく、それがメインのインスピレーションなんですね。

途中のペンタトニックっぽいパートですか?

Go:それとコブシを思わせる部分ですね。それらをどうやってバンド・アレンジに発展させるかというのは、さっきいったようにスタジオでいろいろ試した結果です。歌詞の「もなかのなかなか」というのはTomoの適当さの真骨頂です。

あんまり説明になっていないけどね(笑)。

Go:なってないかもしれないですけど(笑)、Tomoの実家はお菓子屋なんです。

それで「もなか」なんですね。

Go:その影響下にあるんでしょうね。それがパッと出てきて、そこにいまで聴いてきたクラウトロックやサイケの要素が加わり、ああいうふうになったんですね。

アイデアをもちより固めていったらそうなったと。

Go:あれをやりながらみんなで適当にジャムしていくんですが、あんまりできることはないんですね。僕だったらふつうのビートかハンマービートか、変拍子でどうのこうのとかあまりできないですし、みんなもだいたいそうなんですね。いろんなことを思いついても技術的にできないので、ああいうかたちにおちつきました。

変拍子できないとおっしゃいますけど『Forest Of Lost Children』の “Smoke And Mirrors” なんかは変拍子ですよね。5、5、5、6だから。

Go:あれは変拍子と知らずにやっていました(笑)。たまに6拍子になったらいいんじゃない、くらいな感じです(笑)。

そういうことをやっていたから冒頭にプログレっぽくならないよう気をつけたというのがちょっと意外な気がしたんですよね。

Go:意図するのと自然にそうなるのとの違いですよね。

ロジックではなく感覚、フィーリングですね。

Go:そうです。

できることがあまりないということですが “Monaka” でもイントロや途中のパートでも、場面の転換のさせ方に意外性があってよく練られているなと思いますが。

Go:フリー・ジャズなんかのスピリチュアルな感じってあるじゃないですか。あの曲はそういった感じのイントロをクラウトロックにつなげた感じです。いろんな楽器がウワーッて鳴っていたのが、リフがはじまるとキュッとひきしまるというか、開いたり閉じたりというか、緩急といいますか、そういうのが曲のなかであると飽きないと思うんですね。ミニマルな音楽ってつくるのは簡単そうですが、グルーヴがちゃんととれていないと気持ち悪いと思うんです。僕はクリックでは叩けないですしジャストなリズムからはブレているんですが、だったらブレても大丈夫なように展開をつけるといいますか、展開があればごまかされるというのは語弊がありますが、聴いている方も飽きないと思うんですよね。

視界が変わりますからね。

Go:そうですね。

でもそれが幾何学模様の特徴になっていると思うんですね。サンプリング的な折衷感といいますか、いろんな要素がカットインしてくる意外性があってワンコードのセッションで即興をまわしていくのとも違う特徴だと思います。

Go:ありがとうございます。

それが今回のアルバムではコクが出てきたと思いました。

Go:新しいことをやるという目標はあまりなくて、自分たちが楽しければいいと思っているんですよ。うちらはツアーをやるにしても、アルバム・ツアー名目でアルバムからの曲を中心にセットリストをつくることはあまりないんですね。ツアーでも毎回セットも違うから、いままでのセットリストに1~2曲、できれば3曲新しい曲が加わればいいね、くらいのノリなんです。となると “Monaka” と “Dancing Blue” と “Yayoi Iyayoi” の3曲がライヴでできれば、あとはなんでもいいやというのはありました。逆にいうとそこで遊べるということでもあります。

いまあげられた3曲はアルバムでもカギになる3曲ですね。

Go:この3曲にかんしてはライヴを想像していたところはありました。いまはそれを練習しているところです。自分たちの音源を聴いて「これどうやんだっけ!?」「できんの!?」って(笑)。

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僕らが日本語にない響きと思っているものも、結局五十音からなる音でしか表現できなかったりするんです。喉をつかう音、フランス語のような発声にそもそも慣れていないから、デタラメな言葉であっても日本語訛りのデタラメな言葉なんですね。

カヴァー曲も収録していますね。エラズモ・カルロスの “Meu Mar”。この曲をとりあげた経緯を教えてください。

Go:“Meu Mar” はもともと〈Light In The Attics〉の企画で、マック・デマルコが細野さんの “Honey Moon” をカヴァーしたのと同じ7インチ・シリーズで指名されたときに “Meu Mar” を選んだんです。当初A面が原曲でB面がうちらのカヴァーでやることになっていたんですが、原曲の権利がクリアにならず、1年待って結局オクラ入りしそうだったから「勝手に使うよ」といって収録しました。ちょうどあと1~2曲つくろうか迷っていたタイミングだったときに “Meu Mar” の音源があったのでこれ入れちゃおうって。

「Meu Mar」は「My Sea」すなわち「私の海」ですから『Kumoyo Island』にピッタリでしたね。

Go:そうなんですよ。エラスモはすごく好きなんですけど、彼の曲をカヴァーするとなったときできるのがこの曲くらいしかなかったんですよ(笑)。

ブラジル音楽だからね。

Go:ドラムはもちろんギターのブラジルっぽいコードもわからない。あの曲くらいしかワン・コードの曲がないんですよ(笑)。

さっきから聞いていると、幾何学模様はネガティヴな状況をいい結果に導く能力が高いバンドだということになりますね。

Go:それしかないって感じで(笑)、それをやってどうおもしろくするかということですね。ほかに好きな曲もいっぱいあるんですけど、いろいろ聴いた結果 “Meu Mar” しかできなかったです。

エラズモ・カルロスはサイケ文脈でもとりあげられるようになりましたけど、トロピカリア的なものもリスナーとしておさえていましたか?

Go:バンドはじめたときにサイケデリックな音楽が世界中にあるとは思わなかったんですね。サイケは英米だけだと思っていました。それがだんだん聴きすすめるうちに、いろんな国に自分たちなりにサイケを解釈した音楽があると知って、オリジナリティを感じて掘っていた時期もありましたよ。トロピカリアとの出合いもそのときです。ああいう実験的な感じ、あとちょっとテキトーな感じ(笑)、独特な音の質感はいいなと思っていました。

レーベル〈Guruguru Brain〉の運営にも欧米圏にはない視点が活かされていると思います。

Go:ポピュラー音楽やロックにかんして、イギリスとアメリカの白人文化がもとにあったうえでほかの国の文化がつくられている──「世界に出よう」と考えたときに、白人の文化にたいして了承をもらうような流れをうちらの世代で変えていきたいとは思っています。海外に出るには英語をしゃべれなきゃいけない、歌詞も英語じゃないとわからない、ということではないと思うんですね。しゃべれないのが当たり前なんだからそれ以外のこと、言葉以外のコミュニケーションやコネクションを最大限に活用していきたいということです。

日本語の扱い方、たとえば “Yayoi Iyayoi” の歌詞は日本語で、幾何学模様にしては意味がとれる内容になっていますが、日本語についてはどう考えていますか。

Go:日本語の言葉の響きには独特な言い回しや粘っこさのようなものがありますよね。それはほかの国にはないものだと思います。ただそれをロックに応用すると、自分たちのなかにある「ロックとはこういうものだ」という価値基準に照らし合わせて違和感のようなものを感じることもある。それをどうやってかっこよくするかという課題はずっとありました。わかっちゃうダサさってあるじゃないですか。

わかっちゃうダサさ?

Go:「I Love You」は海外でふつうにつかえるのに日本語で「愛している」といったときになぜウッとなるのか。コンプレックスや固定観念が関係しているのかもしれないですが、はじめは日本語はイヤだったんですね。日本人だけがわかってほかの国の人には響きでしかないというヒエラルキーをつくるのがイヤだったんです。それが英語が母語じゃない僕からすると、英語の歌詞がそのまま理解できる人をうらやましいと感じる感覚に通じると思ったんです。僕はそういうのが(音楽を聴くときに)なければいいのに、と思っていたので、はじめは日本語の歌詞をなくして響きだけの言葉を使っていました。そうすると歌詞も音の追求になっていくんですよ。シュ、シ、シューとか、でも僕らが日本語にない響きと思っているものも、結局五十音からなる音でしか表現できなかったりするんです。喉をつかう音、フランス語のような発声にそもそも慣れていないから、デタラメな言葉であっても日本語訛りのデタラメな言葉なんですね。いつもTomoに、これインプロで歌ってというとすぐに出てきてそれがおもしろくてそういうやり方をしていたんですけど、だんだん適当さがパターン化してきたんですね。そうすると全体的に似たような感じになってくる、そう思ったとき、すでに日本語っぽいんだから日本語が知らないひとにしたら日本語に聞こえるから「Yayoi Iyayoi」なんかは日本語でやったらいいんじゃないかなと思ったのがいちばんのきかっけです。そこからTomoが適当に歌った音を聴いて、歌い出しが「さ」だったらその口のかたちが歌いやすいんだなと思ったので「さ」ではじまるメイクセンスする単語を探したり、ブックオフで日本の昔の季節の言葉が載っている本を買って言葉を拾ったりしました。

音に言葉をあてはめていったということですか。

Go:僕がブックオフにいって本2冊買ってきて、10分くらいで、適当に並べて、それで歌ってもらった結果、OKになりました(笑)。

言葉を選ぶとき意味やメッセージみたいなものはGoさんの念頭にはなかった?

Go:あまりなかったです。自分には歌詞がいいから音楽が響くと感じたことがあまりなかったから。それこそライターさんが書くようなバンドのおいたちみたいなものに、こういうことがあるんだ、と自分で解釈していくタイプだったので。

幾何学模様のレコードで “Meu Mar” や “Yayoi Iyayoi” のような日本語詞を聴くと、CANの『Tago Mago』の「Oh Yeah」でダモさんが日本語の歌詞になるときの印象に通じるものを感じます。

Go:あれハッとしますもんね、「あれっ!? わかる!」って(笑)。

それと作り方の適当さがかえって不可思議な感じにつながっていて、いい曲だと思いました。

Go:ありがとうございます。でも偶然の産物ですね(笑)。

もうちょっとできたかもしれないというエネルギーを今後どう活かすかという。おなかいっぱいになって終わるより、そうなって終わるほうが、ライヴでもなんでも僕はいいと思います。

ここ数枚のアルバムは「~Song」で終わっていましたが、今回 “Maison Silk Road” で幕を引くのはラスト・アルバムだからですか。

Go:これまでは、僕が曲をもってきてみんなでつくり上げる感じだったんですけど、僕とTomoがこっちに移住して東京に住んでいたメンバーも、そのうちのひとりが大阪に引っ越したりで、バラバラになったときがあって、バラバラの状態でやるうえでどこまでつくりこんでいけばいいんだろう、どこまでフリーにすればいいんだろう、どうやって大阪と東京とアムスにいながら全員が自分の作品だと、100%の個性をつぎこむにはどうしたらいいかと考えたとき、みんなの曲があればいいと思ったんです。今回のアルバムの最後に入っている「Maison Silk Road」はRyuの作品で、彼が新中野で住んでいたアパートの名前なんですよ(笑)。

すごい名前だね(笑)。

Go:アパートなのでメゾンでもないしシルクロードでもない(笑)。

島から西方へ旅立つことを暗示していると思ったんですが(笑)。

Go:足元に西方への道があった(笑)。日本のアパート名ってすごくおもしろいじゃないですか。海外でレーベルをやっていると、ときどき発送業者から、これどうやって書けばいいの、と訊かれることがあるんですよ。ローマ字か綴字どおりにするのか、メゾンを「Maison」と書くか「Mezon」と書くかということなんですが、すごく日本っぽいなと思ったんですね。

たしかに。

Go:そのおもしろさがあって、Ryuがひとりでつくった曲を聴いたときに、アンビエントっぽくて溶ける感じがあったので、高田馬場にはじまったサイケデリック・トリップからやっと目がさめた雰囲気があったんですよ。喧噪が聞こえてきて街に戻ってきた、いろんな国や街に行って、閉じた目が開いて現実に戻ってくる──みたいな感じがあったので最後の曲にしました。

Ryuさんひとりで仕上げた?

Go: ほかのメンバーはノータッチです。いいじゃん、入れようって。

そういう話を聞くと幾何学模様は誰が主導的な立場と決まっているわけではないのだとわかります。

Go:こうやって僕がインタヴューを受けてバンドの考えとか話したりするんですけど、ひとりが曲をつくっているスタイルだとほかのメンバーはそれをやるだけになってしまうとみんなでやっている感覚がなくなっちゃうので、みんなでやる感覚をどうやって失わずにつくれるのかはずっと考えていました。

その関係性は現在も崩れていませんか?

Go:崩れてはいませんが変わってはいます。みんな年をとっていろんなことを考えるようになっているので、変わったこと、変わるのが前提で、どうやってみんなで話し合ってコミュニケーションして、いまはこういうことをやりたいということをバンドにフィードバックするかということでした。

アートワークも、今回は写真ですね。

Go:もともといろんなアーティストを探していて、いままではイラストだったので平面なんですね。

はい。

Go:その平面をもうちょっとなんとかしたくて壁に描いてある絵を撮ったんですよ。いまちょっとおみせしますが(といってPCをもって部屋を出て階段をくだっていく)うちの壁なんですよ(といってPCカメラをむけると『Kumoyo Island』のジャケットと同じ絵柄が壁に描いてある)。

ほんとだ。

Go:ここに直接描いてもらったんですね。

誰が描いたの?

Go:オランダのアーティストです。それを写真に撮ると絵にみえるとよくみると写真だとわかる、奥行きを感じさせるジャケットがいいなと思ったんですね。

壁の前のソファとその下のオレンジにはどんな意味があるんですか。

Go:ソファはコンフォタブルな場所という意味です。このアルバムに入っている “Nap Song” や『Masana Temples』の “Blanket Song” のように温かい、つつまれるような感じがコンセプトにありました。アートのディレクションはTomoですが、Tomoとアーティストで話して、こういうイメージでとか、アルバムのなかの曲ごとのイメージを全部話して、色使いやモチーフや構図を指示をしたんだと思います。ジャケットの上の枠がオレンジじゃないですか、それでこのドットが落ちたようにみえたらおもしろいね、ということでそこからオレンジを置いたんだと思います。

5枚目が出て、ツアーも予定されているんですよね。

Go:5月からアメリカの西海岸がはじめで、ヨーロッパに戻って主要都市をまわるのが6月です。

最後に確認しますが、バンドを10年つづけてきて、演奏も達者になり、リレーションも充実しているなかのラスト・アルバムは返す返すもったいなくないですか。

Go:そのもったいなさがポテンシャルじゃないですか。もうちょっとできたかもしれないというエネルギーを今後どう活かすかという。おなかいっぱいになって終わるより、そうなって終わるほうが、ライヴでもなんでも僕はいいと思います。もうちょっと聴きたかったのに、というところで止められるともう一回いきたくなるような気持ちになる。バンド活動も、もうちょっとできたかも、と思う反面、自分たちでこれでいいでしょうと納得できたので、ここで! ということです。

日本でのライヴは予定されていますか。

Go:7月の終わりにFujiが決まりました。それと11月か12月に、最後に東京でやりたいですね。

やってください、ぜひ。

Go:家に帰ってきた感じで、最後にみんなでトリップからめざめたいです。


Boris - ele-king

 今年初頭に発売された活動30周年記念アルバム『W』にはじまり、7インチ・シリーズ、記念ライヴに北米ツアーと、怒濤の勢いでアニヴァーサリーを駆け抜けている Boris。この夏、活動30周年を記念する2枚目のアルバムがリリースされることになった。02年作・11年作同様、タイトルは『Heavy Rocks』で、節目を象徴する内容になっているようだ。発売は8月12日。Boris の追求するヘヴィ・ロックの最新型をこの耳で確かめよう。

Boris30周年記念アルバム “Heavy Rocks” 発売決定!
国内盤限定スペシャルブックレット封入

コロナ禍に突入直後の2020年に制作された『NO』、それに呼応するように連続で生み出された『W』。結成から30周年を迎えた2022年、2枚目の最新アルバム『Heavy Rocks』がリリースされる。
『Heavy Rocks』(オレンジ 2002)、『Heavy Rocks』(紫 2011)と10年毎に、Borisは自分たちの思い描くヘヴィロック最新形を同じタイトルで提示してきた。"Heavy Rocks"という言葉は自身の姿勢・態度そのものであり、過去から未来に亘る揺るぎないテーマであり、象徴である。

この2年で世界は変わってしまった
人々の思考はよりシンプルに
今はみんなそれぞれが大切なものを捉え易くなった

何を未来へ残し伝えるのか
そしてアップデートしていくロックのソウル

言葉や意味を超え貴方に届く魂
本能、直感、牙
これが今のBorisのHeavy rock

結成30周年
最新と普遍をアップデートし加速し続けるBorisの現在。
あなたの大切なものは何か?

閉塞されていた世界が再び解かれ、活発な日常を取り戻す兆しを見せる、まさに転換期とも言える今年、この運命的と言えるタイミングで、Borisは最新の『Heavy Rocks』を投下する。
未だ混迷を続けるこの時代を生き抜き、自らの血と肉として獲得し具現化した現在進行形のヘヴィロックを。
今回は「色」ではなく、過酷な状況を自らの牙でサヴァイブする獰猛な生命の「紋様」を纏い世界に提示する。
前作『W』に続きサウンドプロデュースとしてBuffalo DaughterのsuGar Yoshinagaを起用。
『NO』のエクストリームさ、静謐な『W』の空気感を塗りつぶし、さらに混沌と"Heavy"に耽溺してゆくワイルド&グリッターな世界を楽しんでほしい。


Boris / Heavy Rocks
8月12日発売
KKV-148
CD
2,800円税込

収録曲
01. She is burning
02. Cramper
03. My name is blank
04. Blah Blah Blah -お前は間違っていて俺も間違っていてそれは正しさ-
05. 光 -Question 1-
06. Nosferatou
07. Ruins -瓦礫の郷愁-
08. 形骸化イマジネーション -Ghostly imagination-
09. 幸福という首輪 -Chained-
10. (not) Last song

www.borisheavyrocks.com
KiliKiliVilla.com

Cate Le Bon - ele-king

「立ち上がり、歩くこと。立ち上がり、歩くこと。彼がつまづかないことを示すこと。彼は大丈夫だ。大丈夫なのだ」。ジェームズ・ケルマンの『how late it was, how late』における主人公で、グラスゴー人のサミーは、家路につこうとするが、体が言うことをきかない。酔っぱらって頭にかかっていた靄はやがて晴れる。しかし彼は自分が一歩一歩、手と足を使って、身を隠すために奔走していることに思い当たる。

 哲学の勉強のためにグラスゴーを歩き回った4年間で、私は移動することに価値を見出すようになった。飲酒文化が特に有名なこの街における「移動」は、少し飲み過ぎた後でも安全に家に帰れるということを示している。6年ほど前に東京に引っ越してからは、酒の量は減った。しかし定期的に東京の終わりのない通りや小道をぶらぶらと歩き回るようになった。決まった目的地がないときには、歩いているだけで気分が高揚する。

 しかし、多くの人と同じように、パンデミック以来、私は室内から外を見て過ごすことが多くなった。ここ数年は、スコットランド文学を追いかけたり、様々なアーティストやコメディアンがTwitchというストリーミング・プラットフォームに活動の場を移していくのを見守ったりしている。そのなかでの個人的なハイライトのひとつは、「Rust」というゲームで自分の仮想上のクラブ・ナイトを作り、主催した Murlo だ。また、ちゃんとしたヘッドフォンを購入したことで、ポップとエクスペリメンタルを横断するような音楽への興味が再燃した。

 スコット・ウォーカーの “It's Raining Today” を青写真に、私は、私の感覚をぶっ壊すような「歌モノ」の音楽をいつも探している。過去10年間では、ジュリア・ホルターの “エクスタシス” や、ディーズ・ニュー・ピューリタンズの “フィールド・オブ・リーズ”、クワイア・ボーイの “パッシヴ・ウィズ・ディザイア”、ガゼル・ツインの “パストラル・アンド・ソフィー”、オイル・オブ・エヴリー・パールの “アン・インサイド” の際立った、シュールな構造と興味深い歌詞に大きな影響を受けた。マルチ・インストゥルメンタリストでシンガー・ソングライターのケイト・ル・ボンの2019年のアルバム『リワード』が出たとき、アルバムではなくシングルのループ再生の面白さに気づくときまで、また別のお気に入りのアルバムを見つけたと思ったものだ。しかし3年後の新しいアルバム『ポンペイ』には、あらゆる意味で興奮させられた。

 ル・ボンは、グラスゴーの賑やかな通りから離れたウェールズの田舎で育った。しかし、スコットランドや英国の他の地域と同様に、ウェールズもパンデミックによって特に大きな打撃を受け、政府の厳しい規制によって、彼女は7枚目のアルバム『ポンペイ』の制作を受け入れることを余儀なくされた。「レコードを作るときは、どこかに行って、自分を真空のなかに置きたいんだ」と、ル・ボンは最近のインタヴューで語っている*。パンデミックが発生したとき、彼女はアイスランドにいて、ジョン・グラントの『ザ・ボーイ・フロム・ミシガン』の制作作業を終えていた。このアルバムにおける温かいプロダクションは、グラントによる、この世のものとは思えないアメリカ中西部の疲弊した物語の端々を包み込んでいる。状況が悪化したとき、彼女はなんとかウェールズに戻ることができたが、カリフォルニアにある彼女の家からは、遠いところにいなければならなかった。

 では(外的な状況によって、移動が)できないとき、人はどうやってどこかに行くのだろうか? ル・ボンの場合は、旅を内側に向け、外部からの交通が停止に近い状態で、ロックダウン中のアルバムに広大な地表を織り込むことによってだった。

 オープニングの “ダート・オン・ザ・ベッド” では、サックスとベースの方向の違いが、「移動」をシミュレーションする。サックスが、ひっかかったかのようなオフ・ビートで、音の粒子に逆らって仰け反らせる間に、重みのあるベース音が勢いよくスイングし、前方の道を探る。サム・ゲンデルとサム・ウィルクスによる『ミュージック・フォー・サクスフォン・アンド・ベース』は、当時ヘヴィー・ローテーションされていたはずで、それをこの二元論的なレコードの、オルタナティヴなタイトルにすることは容易だったはずだ。サックスはドラムスとともに、彼女が外部に委託している唯一の楽器でもある。

 低音域での歌唱がニコと比較されることもあるが、ここでのル・ボンのヴォーカルは、他の誰の声にも聞こえないくらい際立っている。『ポンペイ』のサウンドの方も、デビュー作『マイ・オー・マイ』のチェンバー・フォークや、2016年の『クラブ・デイ』の生き生きとしたポスト・パンクから離れたものになっているが、完全に異なるわけではない。アルバムのピークはメロウになり、それは、ロキシー・ミュージックのシンセサイザーと一緒に、雑談で時間を潰すには不安にすぎる、80年代のどこかに存在している。なにしろ、外では嵐が吹き荒れているのだから。

 シングル曲 “モデレーション” のプレ・コーラスでは、「節度を、持つことができない。そんなものはいらない。それに触れたい」と、すべてが快調ではないことのしるしが現れる。思考が流動的になり、「できない(can't)」は「いらない(don't want)」へと後退し、それが「したい(want)」へと反転していく。長い孤独のなかで、最大の敵である自分の心の揺らぎを前にして、自分自身のアイデンティティや価値観が混乱に変わっていく。やがて晴れやかなギターが輝きはじめ、泣き叫ぶようなサックスがヴォーカル・ハーモニーからそれていく。そして、ル・ボンは自分自身が「混乱に縛られている」ことに気づく。

 しかし、なお『ポンペイ』は前方へと進んでいる。それぞれの曲は、より広いタペストリーのなかで、際立った位置づけを保持している。不確かな曲たちは去り、その後には風景の変化が待っている。水平線には穏やかさが増しているのだ。晴朗な “ハーバー” では、彼女は自らのヴォーカルの低音域を捨てさり、浮遊感のあるファルセットを好んで使用している。彼女は、これまででもっともキャロライン・ポラチェクのように演奏していて、ゆったりとしたシンセ・ポップ的グルーヴは、ブルー・ナイルのレコードに収録されても違和感がないものだ。

 最終曲の “ホイール” に至るまで、ル・ボンはヨーロッパの海岸線と、自然災害の現場を、安全に航海してきた。「目には見えない都市のフランスの少年たち」(“フレンチ・ボーイズ”)から “ポンペイ” の「記念碑的な怒りの上に作られた都市」まで、である。泣き叫ぶサックスは鳴りを潜め、ベースは誇らしげに行進する。自己が回復し、この力強く、感動的なレコードは終わる。

 我々は元気を取り戻し、歩いている。我々はそれを乗り越えたのだ。

* https://www.undertheradarmag.com/interviews/cate_le_bon_on_pompeii

written by Ray Chikahisa

“Up and walking, up and walking; showing here he wouldnay be stumbling; he wouldnay be toppling, he was fine, he was okay”. Sammy, the Glaswegian protagonist in James Kelman’s how late it was, how lateis trying to make his way home, but his body is not cooperating. His drunken fog eventually clears, but he still finds himself scrambling for cover, using his hands and feet to navigate each step.

In the four years I spent walking around Glasgow studying for a philosophy degree, I came to value being on the move. Especially in a city famed for its drinking culture, being on the move means you’re safely returning home after a few too many drinks. Since moving to Tokyo almost six years ago, I drink less, but regularly head out to wander aimlessly through the city’s never-ending streets and pathways. Without a set destination, being up and walking takes on a state of mind.

Still, like many others, since the pandemic I have been spending a fair amount of time indoors looking out. In the past few years I have been catching up on Scottish literature, and watching various artists and comedians transition over to streaming platform twitch - one of my highlights being Murlo building and then hosting his own virtual club night on the video game Rust. I’ve also invested in a decent pair of headphones and resumed obsessing over music at cross-sections of pop and experimental.

With Scott Walker’s ‘It’s Raining Today’ as my blueprint, I’m always on the hunt for vocal music that subverts the senses. In the past ten years Julia Holter’s Ekstasis, These New Puritans’ Field of Reeds, Choir Boy’s Passive With Desire, Gazelle Twin’s Pastoral and Sophie’s Oil Of Every Pearl's Un-Insides have all affected me in a big way with striking, surreal architecture and lyrical intrigue. When multi-instrumentalist and singer-songwriter Cate Le Bon’s 2019 album Reward came out, I thought I’d found another favourite until I realised I was stuck in a listening loop with the singles and not the album. But three years on, and a new album had me all kinds of excited.

Le Bon grew up in the Welsh countryside, far removed from Glasgow’s busy streets. But like Scotland and the rest of the UK, Wales was hit particularly hard by the pandemic, and strict government restrictions forced her to adapt for her seventh album Pompeii. “When I make a record, I want to go somewhere and put myself in a vacuum,”* remarked Le Bon in a recent interview. When the pandemic hit, she had been in Iceland finishing up her production work on John Grant’s The Boy From Michigan - an album whose warm production grips at the edges of Grant’s weary tales from an otherworldly American Midwest. When conditions got worse, she had managed to return to Wales, but was kept apart from her home in California.

So how do you go somewhere when you can’t? In the case of Le Bon, you turn your travels inward, and weave an extensive geography into your lockdown album as external traffic nears to a standstill.

Right from the start of opener ‘Dirt On The Bed’, movement is simulated by the contrasts in direction from the saxophone and bass. Weighted bass notes swing forth with momentum, scouting the path ahead while saxophones, often snagging on an off-beat, brush back against the grain. Sam Gendel and Sam Wilkes’ Music for Saxofone and Basshad supposedly been on heavy rotation at the time, and it could easily have been an alternative title for this dualistic record. The saxophones, together with drums, are also the only instrumentation she outsources.

While comparisons to Nico follow her in the lower registers, by this point, Le Bon’s vocals are so distinctive it’s hard to hear anyone else. The sound of Pompeii has also moved on from the chamber-folk of her debut My Oh My, and the lively post-punk of 2016’s Crab Day, but not entirely. Its peaks have mellowed, it’s somewhere in the 80s, with a hand on Roxy Music’s synthesizers, but too anxious to stick around for the schmooze. After all, there’s a storm building outside.

Signs appear in the pre-chorus of single ‘Moderation’ that all is not well, ‘Moderation, I can't have it, I don't want it, I want to touch it’. With stream-of-thought fluidity, ‘can’t’ regresses into ‘don’t want’ which then flips into ‘want’. Our own identities and values turn to soup when facing our greatest adversary in times of prolonged isolation - our own wavering mind. Before long bright guitars begin to spark, wailing saxophones veer away from aligned vocal harmonies and Le Bon finds herself “tethered to a mess”.

And yet Pompeii travels onwards. Each song has its own distinct location within a wider tapestry. Songs of uncertainty depart, a change of scenery awaits, and calm grows in the horizon. Take the serene “Harbour,” where she casts aside the sobering lower registers of her vocal range in favour of buoyant falsetto. It’s the most she’s ever sounded like Caroline Polachek, and the slow-burner synth-pop groove wouldn’t be amiss on a Blue Nile record.

By the time of final track ‘Wheel’, Le Bon has navigated safe passage through European coastlines and sites of natural disaster, from the ‘French boys in invisible cities’ to Pompeii’s ‘Cities built on monumental rage’. The wailing saxophones have simmered, and the bass marches on proudly. The self is restored, and so draws this emphatically moving record to a close.

We’re back up and walking. We made it through.

* https://www.undertheradarmag.com/interviews/cate_le_bon_on_pompeii


interview with Shintaro Sakamoto - ele-king

 この20年のあいだにリリースされた日本の音楽において、傑出したプロテスト・ミュージックに何があるのかと言えば、ぼくのなかでは、たとえばゆらゆら帝国の『空洞です』と坂本慎太郎の『ナマで踊ろう』が思い浮かぶ。が、その解説はいまはしない。いまはそんな気持ちになれない。イギリスでウェット・レグが売れるのも理解できる。いまは誰もが楽しさに飢えているのだ。
 しかしその背景は決して幸福なエデンなどではない。『物語のように(Like A Fable)』——この思わせぶりな言葉が坂本慎太郎の4枚目のアルバム・タイトルで、前作『できれば愛を』が2016年だからじつに6年ぶり、オンラインメディアがそのみだらな馬脚を現す前の話で、ドイツはなかば理想的な環境先進国だと信じられて、円安もいまほど深刻に思われていなかった時代の話だ。いや、無粋なことは言うまい。いまは誰もが楽しさに飢えているのだ。ぼくだってそうだ。しかしそんなものどこにある?
 この難問に対峙したのが、『物語のように』ではないのだろうか。アルバムは、キャッチーで、ポップで、メロディアスで、スウィートなのだ——と、知性も教養もない言葉を連発してしまった。このインタヴューの終わりには、(いつになるのかわからないが)語彙の多さに自信を持つ松村正人なる人物の文章が入ることになっているので、そのときが来たら自分の程度の低さはいま以上に際立つだろう。それでもかまわない、このアルバムをなるべく早く紹介すること、なるべく多くの人に聴いてもうこと、それがいまの自分に与えられた使命なのだ。
 取材日は、5月だというのに寒い雨の日で、場所は恵比寿リキッドルーム。その日は公演がなく、場内の明かりや人気も無く、がらーんと静かで、広々としているが暗く寂しい空間だった。これが取材の演出だとしたら見事なものだ。坂本慎太郎は、変わりなく、いつものように言葉少なめに淡々と話してくれた。一見、エネルギーが欠如しているように見えるかもしれないが、アルバムに収録された各曲を聴いたら改心するだろう。それから、そう、最後にあらためて言っておくことがある。ぼくは必然的に、この2年ほど世界の無慈悲な変化に対しての反応をおもに音楽を通して見てきているが、『物語のように』もそうしたなかの1作である。(野田)

本当は全部青春っぽい歌詞にしたいんですけど。『アメリカン・グラフティ』もそうだし、ロカビリーとかも。でもやっぱり、俺が学園生活の恋愛とか喧嘩とか、自分のないもの出せないし、青春ぽくも読めるけどリアルな自分の年齢のぼやきにも取れるギリギリを狙っていて。

すべての曲が魅力的で、無駄がないというか、ぼくの印象を言うと、メロディアスで、スウィートなアルバムだなと、キャッチーなアルバムでもあると、そう思いました。もっとも坂本慎太郎のアルバムにはつねに際どさがあって、言葉もメタファーになっていることが多いので、その表面の下にあるものが何なのかをお話いただければと思います。インターネットに載るインタヴューですから、どこまで話していただけるかわからないですけど。

坂本:はい。

"それは違法でした"は何がきっかけで作られた曲なんですか?

坂本:歌詞ってことですか? きっかけはなんですかね。ポロッとできたんですけど。

何か出来事があって、それがきっかけではなかった?

坂本:うーん……。

でもこれ、コロナ以降、ぐしゃぐしゃな世のなかになってからのアルバムなわけですよね?

坂本:はい。曲はコロナ前から作り溜めてたんですけど、歌詞がなかなかできなくて。

何かあった都度に書き留めたというより、最近ばーっと書いたんだ?

坂本:早くても去年の夏くらい。1年以内に全部書いてる。

じゃあアルバム作りの起源みたいなものがもしあるとしたら、いつになるんですか?

坂本:えーと、去年7月にLIQUIDROOMでライヴをやって、フジロックもやったのか。たぶんフジロックが終わってから、バンドで今回の曲の……いや、その前からやってるな。6月とか7月とかに曲をリハーサルしだして、12月にレコーディングをはじめたんですよ。それまでに8曲ほど練習して、でもその段階では全部の歌詞ができてるわけじゃなくて。できてるのもあったんですけど。3月に完成したんですけど、レコーディングしながら曲作り足したり、歌詞完成させたりという感じですね。

それだと起源はどこになるんだろう?

坂本:デモテープみたいなのは前のアルバム出してからコツコツ作ってたんで。

▲:いちばん古いのなんなんだろう?

坂本:1曲目ですね。これだけ家でデモテープを作ったときの音をそのまま使ってて。

リズムは、エレクトーンかなんかのプリセット音?

坂本:これはマエストロの古いリズム・ボックス。家で録ったやつで、歌とホーン・セクションだけスタジオで生で録りました。

この曲を1曲目に持ってきたのって何?

坂本:……他に置き所がないから。

一同:(笑)。

アルバムを前半と後半に分けて考えました?

坂本:分けては考えないですけど、流れは考えました。

それはサウンドの流れ? 言葉の流れではなくて?

坂本:言葉の流れも関係するのかもしれないですけど、曲を聞いててしっくりくる流れを考えました。いまはそんな聴き方する人いないらしいですね。

一同:(笑)。

坂本:前の取材で「今回曲順は考えたんですか?」と聞かれて、「当然考えましたけど」と言ったら、いまは曲順を考えない人がいると言われて衝撃を受けました。

サブスクの悪影響だね。

坂本:前回は2016年に出たんで、日本にspotifyが入る直前だったんですよね。だから今回は、あのときとは全然状況が違う。

ぼくからするともったいない聴き方だよね。アルバムを楽しむというのは音楽ファンからしたらひとつの醍醐味だから。

坂本:でもアルバムがそういう作りになってなければ意味はないですよね。そういう風に作られてるものだったら意味があるけど、作る方がそれを放棄してたら、通して聴く意味もなくなってきてるし。

▲:じゃあなんでそういう人たちはアルバム出すんですかね? シングル出し続ければ良いじゃないですか。

シングルで出し続ける人もいるんだろうね。ぼくはそういう風潮に関しては否定派なんですけど、いまはその話は置いといて、『物語のように』に話を戻すと、前半と後半というか、"スター"の前と後ろでアルバムの雰囲気が違うかな、と感じたんですよね。

坂本:ここで変えようとは意識してないです。流れでこういう流れがいいかな、とは思いましたけど。

松村君どう思った?

▲:まさしくそう思いました。A面とB面という考え方なのかな、と。"スター"より前の方がヴァリエーションがあって。

深読みをさせてもらうと、坂本君のこれまでのアルバムって、つねに時代を意識しながら作られてたと思うんですね。で、こういう時代になって、ものすごい暗い時代になってしまって、それですごく暗い音楽を作るんじゃなくて、ものすごく意識して甘くてメロディアスな音楽を作ろうとしたんじゃないかな、というのがひとつ。もうひとつは、"スター"以前の曲の歌詞というのは、すごく捻りがあるというか、意味を深読みできる言葉が並んでいると思ったんですね。それに対して"スター"以降の曲は、もうちょっと優しさが前面に出ている。だから、薄暗くはじまって、明るく終わるみたいな感じがしたんだけど。

坂本:そうですか。でもまあ最初におっしゃった、明るい曲にしようとしたというのはその通りで、そういうの目指してました。

すごくメロディーが際立っているという風に思ったんですよ。松村君は?

▲:思いました。"恋の行方"の落とし方が、やっぱり明るい感じというか。

坂本:あれ明るいですか(笑)? じゃあ良かったです。明るいっていってもあれが俺のできる明るさの限界ですけど。

アンビヴァレンスみたいなものは坂本慎太郎の特徴なのかなと思うけど、今回は1曲目がレゲエな感じで、2曲目はソウル・ミュージックな感じで、サウンドだけ聴くとアップ・リフティングなんだけど、歌詞をよく聴いていくと、決して楽天的ではない。

坂本:たしかに最初の2曲がそういう印象あるのかもしれないですね。

表題曲の"物語のように"だって……

坂本:明るくないですか?

いや、明るいか(笑)。明るいけども、ここで歌われている感情というものが、単純に昔は良かった、ということなのか。あるいは現在に対する皮肉なのか。どっちが強いんだろうか?

坂本:えー。

どうして"物語のように"なの? あと英語表記だと「Like a fable」でしょ? storyとかromanceとかではなくて。fableって作り話とか童話みたいな意味じゃない? それがなぜタイトルになったのかな。

坂本:なぜと言われると……なぜなんですかね。

あのさ、ele-kingでニュース出したときに、めちゃバズったんですけど、曲目のリスト載せるじゃないですか。多くの人が曲名のリストに反応してるんだよね。

▲:曲名がひとつのメッセージだな、とは思いました。

坂本:なんていうんですかね、考えが先にあって作っているわけじゃないんですよね。考えてないこと歌っているわけでもないんですけど、もっとイタコ的というか、無意識にポロって出た言葉に対して、これどういう曲になるんだろ、と考えて曲にするということが多くて。考えて歌詞を作るとあんまり面白くないというか、曲としてこじんまりしちゃうんですよ。これ("物語のように")の最初の歌い出しは「紙芝居」となってますけど、そこが物語のように、に繋がっていって曲になったという感じですね。

意図せず「物語のように」という言葉ができたということか。

坂本:それに対して後付けで何か言うことはできるかもしれないけど、正確に言うと考えてないです。

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そうですか。でもまあ最初におっしゃった、明るい曲にしようとしたというのはその通りで、そういうの目指してました。明るいっていってもあれが俺のできる明るさの限界ですけど。

リスナーから、「坂本さん、これは現在がひどいから過去への郷愁を歌ってるんですか」と訊かれたら、なんと答えます?

坂本:それもありですけど、あんまり「昔はよかったね」とか言いたくないんですよ。

それはよくわかるよ。コロナ禍はどんな風に過ごしてました?

坂本:もともとずっと籠ってるようなタイプなんで、ライヴはなくなりましたけど、普段の生活はそんなに変わってないです。よく考えるとライヴもそもそもやってなかったから。飲みの誘いが無くなって、その分作業に専念できる、というところでした。

▲:作業というのは曲作りの?

坂本:曲を作ったり、考えたり、でしたね。

「好きっていう気持ち」とか「ツバメの季節」という2枚のシングルを出しましたが、これはどういう気持ちだったんですか? これらの曲は、坂本君にしたらすごく素直にセンチメンタルな、当時の気持ちを表現したのかなと思ったけど。

坂本:あれは、コロナになってライヴとか、アメリカ・ツアーを予定してたのが全部飛んじゃって、やることないから宅録っぽいアルバムでも作ろうかなと思って。古いリズム・ボックスとか好きだから。そういうイメージで作業をはじめたんですけど。1回ライヴをやるかもみたいな感じになって、スタジオにメンバーと入ったんですね。ちょっと練習してたんですけど、ライヴがやっぱりできないことになって、練習していたのが無駄になったし、スタジオも予約していたので、せっかくだし今作ってる新曲をバンドでやってみたら、ひとりで作ってるよりみんなで生でやるほうが面白いな、と思って。それでシングルにしたんですよ。アルバムにするには曲が全然足りなくて、アルバムにいくのも先になりそうだし、そのときあった4曲をシングルで出したんですよね。だから、その時期のムードとか思ってることがそのまま出たって感じ。だけどちょっと、今回のアルバムはあんまりメソメソしたこととか言いたくなかったので、また違う感じになってると思うんですけど。

▲:アルバムはそういう(シングルの)感じじゃなくしようと思って作ったんですが?

坂本:いや、全然イメージが湧かなくて、歌詞が難しいなと思って、コロナになってますますですけど。インストの音楽だったらできるかもしれないけど、歌詞がある曲をわざわざリリースするときに、どんな言葉を歌うとしっくりくるかが難しくて。なんとか、こんな感じだったら歌えるかな、となったのが、さっきの4曲だったんですけど。ただそういうことがアルバムでやりたかったわけじゃなくて、もうちょっと突き抜けたものにしたかったんで。

それはすごいわかりますね。

坂本:「コロナで大変だ」みたいな感じとか、「社会状況がキツいね」みたいなのを出すんじゃなくて、そこを抜けていく、突き抜けていく感じを出したかったんです。

コロナだけじゃなくて、オリンピックがあったり、小山田圭吾君のこともあったり、海外だとBLMもあったり、戦争があったり、この3年ですっかり世界が違うものになっちゃったじゃない。

坂本:もちろんそういうの全部、感じてるし、それぞれに言いたいこともありますけど、全部を超越したような、スカッとした楽しい気分になれるような……

たしかに1曲目、2曲目はそんな感じでてる(笑)。突き抜けるような。

坂本:うまく言えないんですけど、見ないようにして、無理して明るく、というのではなく、こういう状況にありながら楽しめる、というすごい細いラインを模索して、なんとかここにきたという感じなんですけど。

素晴らしい。

▲:これまでのアルバムのなかで作るのはいちばん大変だったですか?

坂本:そうですね。歌詞が、途中からできてきたんですけど、途中まではできる気がしなかったですね。無理矢理考えてもダメなのはわかってるんで。

▲:そういうときはひたすら待つんですか?

坂本:あと散歩ですね。

ちなみに、言葉が出てきたきっかけとかなんかあるの? その後の方向性を決めたような。

坂本:最初にできたのが、"物語のように"という曲なんですけど。曲自体はけっこう前からあって、自分のなかでは悪くはないけど、とくに新基軸な感じもしないし、と寝かせてあった曲なんですけど、ある日言葉がハマって。歌詞ができる前からスタジオで演奏してたんですけど、デタラメ英語みたいな感じで。でも歌詞ができて日本語で歌ってやってみたら急に良くなって。なんてことない曲だと思ってた曲でも、言葉がハマると急激に曲になるというか、その感じを実感して。それから、簡単な言葉とか、さりげない言葉でピタッとハマって、キラキラさせる、みたいな方向性がちょっと見えたかもしれないです。

▲:"物語のように"の一節が最初に出てきたんですよね? この一節が最初に降ってきた、と。

坂本:そうなんですけど、"物語のように"という曲で「物語のように」から歌い出すといまいちかな、と思って……

▲:なるほど(笑)。それで同じ譜割りで言葉を探して?

坂本:割とスルッと出たんですけどね。

ちなみにその次の曲、"君には時間がある"もキャッチーな曲なんですけど、この歌詞はやっぱり自分の年齢があって、若い「君」ということでいいんですか?

坂本:この曲ができたとき、まだ歌詞はなかったんですけど、なんとなくアルバムが見えてきたと思ったんです。「こんな感じの曲ばっかりのアルバムにしたいな」と。ただデモの雰囲気を変えずに歌詞を乗せるのが大変でした。デタラメ英語で歌ってる譜割りを崩したくなかったし、あと曲のイメージが変わっちゃう、というところで苦労したんですけど。だから野田さんが言ったようなことを言いたくないなと思って。

(笑)。

坂本:いわゆる「我々には残り時間がない」とか、そんなこと言いたくないなと思って。本当はもっと馬鹿馬鹿しいことを言いたかったんですけど、サビのところで「君には時間がある」という言葉がハマっちゃうと、もう動かしようがなくて。

なるほど(笑)。

坂本:安田謙一さんから、「君にはまだ時間がある」「僕にはもう時間がない」の「まだ」と「もう」を省略してますね、と言われて。それ言うとさっき野田さんが言った意味になっちゃうから、俺は単に忙しい、お前は暇だ、という意味も入れたくて。最初は逆に考えてたんですよ。「俺は時間があるけど、そっちにはない」みたいな。でもそれはそれで反感買うかな、と思って。

一同:(笑)。

坂本:いろいろ考えて、そういうマイナーチェンジはしてるんですけどね。

音楽の歌詞って、サウンドと一緒になって初めて意味を成す、ということなんだけど。でも、歌詞だけ読むとすごくディープにも取れるようなね。

坂本:だから、本当は全部青春っぽい歌詞にしたいんですけど、誤解を恐れずに言うと(笑)。自分が求めてる音楽はそういうやつなんだけど。

▲:『アメリカン・グラフティ』みたいな?

坂本 そうそう。そういう単なるラヴ・ソングみたいなのなんだけど、歌詞で言ってるのとは違うこと表現してるみたいなの、あるじゃないですか? 『アメリカン・グラフティ』もそうだし、ロカビリーとかも。でもやっぱり、俺が学園生活の恋愛とか喧嘩とか、自分のないもの出せないし、青春ぽくも読めるけどリアルな自分の年齢のぼやきにも取れるギリギリを狙っていて。

なるほどね(笑)。「未来がどうなるかわからないから、いまを楽しもうよ」という風にも聞こえるよね。

坂本:そうですね。一応ギリギリのところでやったつもりなんですけど。

▲:その通りになってると思います。

坂本:でもたしかに野田さんが言ったようなことももちろん入ってますけどね。

いろんな意味にとれるから面白いんだよね。

坂本:たぶん若い子が聴いたら、そういう風にはとらないと思う。

リスナーの立場によって変わってくるのかな、と思うよ。

坂本:同世代とかは、正しくとると思うんですけど(笑)。

“まだ平気?"の歌詞も面白いなと思ったんですよ。

▲:2番の韻の踏みかたとかも素晴らしいと思いました。

これはなんで出てきたの?

坂本:これも曲が先にあって、こういう譜割りのメロディがハマってたんですけど、それを崩したくなくて、けっこう苦労したんですよね。やっぱり考えすぎると真面目っぽくなっちゃうし。

最初の2曲が時代を捉えようとしていると思ったんだよね。

坂本:どちらかというと、ぼくは後半みたいな、1、2曲目以外の曲だけで10曲作りたかったんですけど、まあいいのかなと思って(笑)。

一同:(笑)。

▲:でも流れとしてはこの2曲と繋がりもけっこうありますしね。場面として分けて考えることもできるアルバムだと。

坂本:一応流れはあるんですけど、そういう風に聴く人はいないらしいので。

いや、まだそんなことないんじゃないですかね。

▲:シングルを順番に並べてるような聴こえかたもするな、と思って。

A面B面A面B面という感じで? なるほどねー。いやーでも2曲目をB面にするのもったいないな。

一同:(笑)。

▲:そういう話じゃないですよ(笑)。アルバムの構成ということでも、聴き方をいろいろ考えさせるアルバムだな、と感じました。

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歌詞が難しいなと思って、コロナになってますますですけど。インストの音楽だったらできるかもしれないけど、歌詞がある曲をわざわざリリースするときに、どんな言葉を歌うとしっくりくるかが難しくて。

サウンド・プロダクションで、今回テーマはありました? 僕はちょっと、清志郎と細野(晴臣)さんがやったHISを思い出したりもしました。あれも歌謡曲的な、あるいはフォーク・ロックの雑食性と突き抜けた感じがあって。

坂本:ぼくは、けっこう、ロックっぽく……

ロックっぽく?

坂本:いま聴いて格好良く聞こえるようなエレキギターの感じとかを出したいなと思ったんですけど。ソロになってからはあんまりエレキギターを全面に出してこなくて、比重が少なかったので。世の中的にもエレキギターの立場が悪くなってるので。

ギターの音がクリアに聞こえていますよね。

坂本:あとは、オールディーズっぽい感じとか、アメリカン・ポップスの感じとか、ロカビリーの感じとか、サーフ・ギターとか……そういう感じは昔から好きだけど、今回はちょっと多めかもしれないですね。

▲:サーフ・ロックぽいといえば、4曲目のギターはなにを使ってるんですか?

坂本:ジャガーですね。中村(宗一郎)さんの。

SGの音じゃないですもんね。5曲目は?

坂本:えーと、わからない(笑)。

ご自分のSGだけじゃなくて、いろいろ使ってる、と。

坂本:メインは中村さんのジャガーかもしれないですね。

▲:そういうところで、サウンド的には昭和35年代感というか、60年代前半の感じがありますね。

坂本:60年代前半は好きですね。

どうしてそのコンセプトが?

坂本:前から好きだし、さっき言った、モヤモヤしたのを突き抜けていく感じのイメージがあるんですね。キラキラして。

"愛のふとさ"なんかはボサノヴァっぽいですよね。

坂本:この曲だけなんか違うんですよね。こういうのも1曲あっていいのかなと思って。これもデモ・テープのなかに入ってて、でもロックぽくないし、テイスト違うかな、と思ったけど、まあいいか、と。

一同:(笑)。

今回のアルバムでは、僕の好きな曲のひとつだけど。

坂本:うん。曲としてはすごく良くできたかな、と。

あと、1曲目のレゲエっぽい感じもいいなぁ。

坂本 レゲエっぽいですか?

レゲエっぽいよね?

▲:ホーンの入り方とか、初期のダンス・ホールっぽいですよね。なんでトロンボーン入れようと思ったんですか?

坂本:それは西内(徹)さんが……。

あのトロンボーンはすごいハマってたね

坂本:このトロンボーンは僕のアイデアですけど、2曲目のホーン・セクションは西内さんが考えてて、トロンボーンとサックスでやりたいというから任せて。で、スタジオにKEN KENと来て、1曲目はまだ途中段階で歌詞もなかったんだけど、この曲にも入れたらいいな、と思って、その場で。

▲:1曲目ってトラックとしてはワン・コードでやってるんですか?

坂本:ワン・コードですね。

▲:Cのワン・コードですよね。そのうえでリズムが変わっていく。

坂本:リズムがシャッフルのリズムと、エイトのリズムの2種類あって、リズム・ボックスがシャッフルになってて、リフが8ですね。

▲:ものすごく気持ち悪いですよね(笑)。でもその気持ち悪さに気づく人もどれだけいるのかな。

坂本:すごいねじれた感じにはなっていて、フワーっというのはスティール・ギターの音なんですけど、あれがシャッフルの周期で出てくるのでリフとズレて、ちょっと変な感じになっています。

▲:私は、こういうことをロバート・ワイアットとかがやりそうだなと思いました。すごく面白い。ところで、フジロック以降、ライヴはやってないんですか?

坂本:その後に福井のフェスに出ただけですね。

▲:これ(アルバム)が出たあとはツアーは予定されているんですか?

坂本:ツアーというほどじゃないですけど、東京とか大阪とかではやりますね。

▲:いまはだいぶライヴもやりやすいですよね。

坂本:ただ、俺もあんまり人混みに行きたくないから、来てくれとは言いづらいですね。人のライヴとかでぎゅうぎゅうだったりすると、行くの怖いので。それが染み付いてて。マスクしない人がワーワーやってるところに行きたくないって思っちゃうから。そういう状況で自分がやるのも抵抗あるし、どこからが安心でどこからがやばいという線引きは難しいんですけど、なんとなくあるじゃないですか。まあ大丈夫そうだな、とか、ここはちょっとやばいから早く出よう、とか。そういうことをどうしても考えちゃうんで。

模索しながらやるしかないみたいな。

坂本:あと、俺はそもそもライヴやりたくなかったから。でもやりだしたら楽しいや、と思ってたんですけど、ライヴをやれなくなっても元に戻るだけというところあるんですよね。

海外からオファーが来ると思うんですけど、それは行かないようにしてるの?

坂本:アメリカは延期の延期で今年の6月だったんだけど、それはこっちからキャンセルしましたね。

▲:まだ不安だということで?

坂本:あのーすごい赤字になりそうで。例えばもし隔離とかになっちゃうと……。

▲:隔離は自腹ですもんね。

坂本:全部補償してくれるわけじゃないから。向こうの滞在費とかこっちで払わなきゃいけなくなるし、お客さんも来るかわからないし。向こうでメンバーとかスタッフとかが感染して隔離というときにどうしていいかわからないし。
いまはライヴをやれば楽しいし、いい感じでやれるならやりたいけど。どういう場所でやるか、というのも関係してくるな、と思います。円安で飯も高いしね。

▲:レコードの輸入盤もますます高くなりますね。海外の配信は多いですか?

坂本:まあ多いですよ。ブラジルが多いんですよ。サンパウロとか。ブラジルで人気のあるO Ternoというバンドと一緒にやったから、それ繋がりだと思います。

▲:今回のアート・ワークは何かメッセージはあるんですか?

坂本:いや……とくにない、と言っちゃうと終わっちゃうか(笑)。

一同:(笑)。

坂本:まあこういう感じがいいかな、と思って。

坂本君にとって、いま希望を感じることってなんですか?

坂本:希望を感じること。うーん……(長い沈黙)。

乱暴な質問で申し訳ないですけど。

坂本:うーん、なんですかね? なんかありますか?

酒飲んで音楽聴いて、サッカー観たり……、これは希望じゃないか(笑)!

坂本:個人的なことで真面目に言うと、いい曲を作ることには制限がないじゃないですか? 何となくでも、こういう曲が作りたいというのがある限り、それに向かって何かやる、ということは制限ないから、それはいいな、と思う。あと、楽しみで言えば、酒飲んで……みたいな、それくらいしかない(笑)。でも作品作っておかないとね。良い作品作っておけば、しばらく酒飲んでてもいいかな、と。それなしだとちょっと飲みづらいというか。

一同:(笑)。

自分を律してると。

坂本:ほぼ冗談ですけど。でも、時代が変わって、世界の境界線が音楽においてはなくなっているので、曲を出すとタイム・ラグなく外国の人も曲を聴いてくれるじゃないですか。で、直接リアクションがあったりするし。

ぼくも海外の人から感想を言われるのは、昔はなかったので、嬉しいですね。そういう文化の良きグローバリゼーションというのはあるよね。

坂本:悪い方もいっぱいあって、インターネットとかだとそっちが目立つじゃないですか。でも普通にラジオで最近買ったレコードかけると、その本人からコメントきたりとかありますね。それは昔とは違うかな、やっぱり。

▲:たしかにそれは希望かもしれないですね。

Funkadelic - ele-king

 昨年から「リリースから50年」にかこつけた再発盤が出ているので、この機会に書こうと思ったものの、すでにネット上には良いレヴューが多数あるので、止めておこうかなとも思った。ピッチフォークのレヴューも素晴らしかったし、あれ以上のことが自分に書けるのだろうかと。……なんてことを言いながら、いまこうして書いているのには理由がある。今年の初めに取りかかっていたエレキング別冊イーノ号において、ブライアン・イーノにとってファンクを好きになったきっかけがPファンクだったという原稿を書きながら、つまりPファンクがいなければトーキング・ヘッズの3部作も生まれなかったんだよなぁとしみじみ考えたりしていたのである。あまり語られていないけれど、UKのポスト・パンク時代のザ・ポップ・グループやザ・スリッツといったバンドにもジョージ・クリントンは影響を与えている。当然『サンディニスタ!』にも『バムド』にも『スクリーマデリカ』にも。
 で、いま書いたどこに理由があるのかと言えば、イーノはPファンクをきっかけにファンクを好きになりましたと、まずはそれを書いておきたかったという点にある。CANはジェイムズ・ブラウンに影響されたがイーノは違っていたと、どうですか、これだけでも音楽好きの酒の肴になるでしょう。

 「『マゴット・ブレイン』は、黒人グループが到達したことのない場所まで向かっていた。アメリカはいまも正しい道を進んでいるのだろうか? 60年代後半の約束は、完全に消滅してしまったのか? こうした疑問を投げかけていたのだ」
 ジョージ・クリントの自伝『ファンクはつらいよ』(押野素子訳‏/原題:Brothas Be, Yo' Like George, Ain't That Funkin')に記されているこの言葉は、現在ネットに散在する多くのレヴューに引用されているが、実際ここには、当時のPファンクとは何だったのかを知る上での重要事項が凝縮されている。「60年代後半の約束」——ジョージ・クリントンが率いたこの時期のPファンクのコンセプトには、サマー・オブ・ラヴの終焉(ないしはポスト公民権運動)に関する調査結果がリンクしているという事実は見落としてはならない話だし、ことにサイケデリックで、なおかつ階級闘争的なこのアルバムではそうした季節の変わり目に対してのクリトンの解釈が作品の骨子となっている。

 その苦い思いは、『マゴット・ブレイン』の前作にあたる、セカンド・アルバム『Free Your Mind And Your Ass Will Follow(心を解き放てば、ケツの穴がついてくる)』において先んじている。「ウォール街の芸術/金に敬意を表する私たちの父‏‏‏‏‏‏/あなたの王国だ/あなたの時代だ」(Eulogy and light=賛辞と光)は、LSDにまみれた当時のこのバンドのひたむきな理想主義への情熱が打ち砕かれ、そして同時に空しい70年代における利己主義の到来を、激しい混乱のなかで正気を保ちながら予見している。もっとも貧しい人たちのコミュニティが物質主義に翻弄されて破壊していく様を、クリントンは直視していた。

 ジョージ・クリントンが希有だったのは、アフロ・ディアスポラとして60年代後半の革命の時代に参加したことで、しかもそれは、教会の熱気やストリートの荒廃から離れることなく、ボブ・ディランやジョン・レノンがやったことを感情と知性をもって享受したということだった。リッキー・ヴィンセントが名著『ファンク』のなかで述べているように、それまで白人文化の特権だと思われていた「知性、教養、洗練」といったものを、Pファンクは「黒人であること」に結びつけることができたのである。

 ファンには有名なフレーズ「俺にはかつて人生があった/むしろ人生が俺を持っていた」——カントリーとファンクそしてゴスペルが交錯する『マゴット・ブレイン』の2曲目の〝Can You Get To That〟は、ぼくのお気に入りの1曲で、キング牧師の演説のなかの比喩(アメリカが黒人に押しつけたinsufficient funds=不渡りという言葉)を流用し、愛の時代の終焉を歌っていながらこの曲にはどこか可笑しさがある。ディランの歌詞のようにメタファーとナンセンスをもって語るこの曲は、絶望を押しつけない。その認識さえも表現の仕方によっては楽しさにひっくり返せるという知恵を実践している。

 スライ&ザ・ファミリー・ストーンの洗練されたファンクを彷彿させる“You And Your Folks, Me And My Folks”は、貧しい人たちの団結を訴えている力強い曲で、サンプリングの標的にされている曲でもあるが、本作においてもっともカットアップされることになったティキ・フルウッドのドラミング(ブレイク)と言えば、クリントンの自伝によると“Back In Our Minds”になる。本作を聴いたマイルス・デイヴィスは、そのリズムに感銘を受けてフルウッドを自分のバンドに起用したというが、『マゴット・ブレイン』は、伝説の初期メンバーが揃った最後のアルバムでもあった。河内依子の労作『P-FUNK』によれば、本作には後にメンバーとなるゲイリー・シャイダーほか数人のゲストが参加していたということだが、基本となっているのはフルウッドのほかバーニー・ウォーレル(k)、ビリー・ネルソン(b)、エディ・ヘイゼル(g)、タウル・ロス(g)。ネルソンはギャラの件でクリントンと揉めて、ロスはアシッドを過剰摂取したうえにスピードを鼻から吸い込んで、すっかりイカれたしまったと言われている。が、もうひとりのギタリストのヘイゼルは、実存的な悲しみをその表題曲“Maggot Brain”においてみごとに表現した。曲の主題は彼のギターソロと、クリントンの言葉によっても描かれている。

 『マゴット・ブレイン』の表題曲におけるクリントンの、これまた超有名なフレーズ「俺は宇宙の心でウジ虫を味わった」とは、言うまでもなく最悪などん底状態を意味している。本作は、ピッチフォークが言うように、アルバムの最初の最後に肝があるのだが、そのはじまりは、とてつもない絶望と喪失感だったりする。ちなみに何回目かの再発盤で、すべてのパート(ドラム、ベース、キーボード)が入った最初のヴァージョンがお目見えになっているが、ヘイゼルのギターのみを残したミックスを最終ヴァージョンとしたジョージ・クリントンは、この時期本当に冴えていたのだ。

 とはいえこんなアルバムは、リアルタイムでそうそうよろしく理解されたわけでもなかったようだ。ゲイトフォールド・ジャケットの内側には、「最終審判教会プロセス」なる架空のカルトによって書かれたという一節が引用されている。それは地球を覆い尽くしている恐怖や暴力や憎悪についての警鐘めいたものだが、「教会プロセス」という名称がチャールズ・マンソンのカルト教会名と似ていたため、あるいはまた、アルバムのアートワークが土に埋められ叫ぶ女性の顔(裏ジャケットはその骸骨)で、しかも「ウジ虫」がタイトルとくれば、この時期のファンカデリックが不遜で不吉なバンドだといちぶの人たちから思われても仕方がなかったのかもしれない。収録曲の“Super Stupid”は、その曲名(超バカ)のファンキーさとは裏腹に、エクストリームなヘヴィメタル・スタイルの先駆けとなった。要するに、サウンド面においても『マゴット・ブレイン』は先走っていたと、そのもっともインパクトのあるファンキーな成果が、アルバムを締める“Wars Of Armageddon(アルマゲドン戦争)”だ。この曲は、リー・ペリーがその5年後にやることをすでにやっているし、20年後にデトロイトのアンダーグラウンド・レジスタンスがエレクトロニックに再現する原型とも言えるだろう。そして、フルウッドの、それこそマイルスを魅了したドラミングが疾駆し、ウォーレルのキーボードやヘイゼルのギターがうねり、ナンセンスきわまりない具体音が突き抜けるこの曲は、クリントンが表題曲に込めたもの——いわく「喪失感と無力感、絶望の精神性、どん底に足が着いたときにわずかに沸き上がる希望」における「希望」があざやかに噴出している。曲の後半では「More power to the people(人々によりパワーを)/More pussy to the power(パワーによりプッシーを)」という言葉がぶっきらぼうに繰り返されているが、そこには同時に、おならのような音や脈絡のない奇声、動物の声がオーヴァーダブされている。クリントンは、なんだかさっぱりわからないが、なんとかなるんじゃないかと思えてくるという離れ業を、9分以上のこの曲においてばっちり実現しているのだ。

 ぼくが高校時代に読んだ、当時はまだハードカバーしかなかった村上春樹の処女作『風の歌を聴け』は、たしか太陽の光には夜の暗さがわからないというような言葉で締められていた。当時のぼくは、なるほど、その通りだと思ったものだが、それから10年後に聴いたPファンクは、夜の暗さにもわからない暗さがあって、だけど、そこに光を当てることもできなくはないんじゃないかと思わせてくれた。まあ、ファンキーでありさえすればの話だが、『マゴット・ブレイン』は、いま聴いてもぼくにそう思わせてくれる。

 

Ron Trent - ele-king

 彼が16歳のときに発表した “Altered States” は、いまなお色褪せぬエレクトロニック・ミュージックのクラシックだ。シカゴ・ディープ・ハウスの重要人物、ロン・トレントがなんと11年ぶりに新作『What Do The Stars Say To You』をリリースする。新名義「ウォーム(WARM)」の名のもと放たれる同作では、トレント自身によってプレイされたドラムやキーボード、ギターがエレクトロニクスと融合されているという。ゲストも豪華で、クルアンビンアジムスのふたり、ジャン=リュック・ポンティ、ジジ・マシンと、そうそうたる顔ぶれだ。さらにはフランソワ・ケヴォーキアンによってミックスされてもいるらしい。生ける伝説の現在を、この耳でたしかめたい。

Ron Trent, Francois Kevorkian
「ハウス・ミュージックの伝説」として第一線で活躍を続けるロン・トレント
11年ぶりの最新作を発表!!!
CDはフランソワ・ケヴォーキアンによる超スペシャル・ミックス音源!!!

クルアンビン、イヴァン・コンチ(アジムス)、
アレックス・マリェイロス(アジムス)、ジャン=リュック・ポンティ、
そしてジジ・マシンら超豪華ゲストが参加!!!

アーティストが監修を務めるオリジナル・コンピレーション・シリーズで人気を博す〈Late Night Tales〉から派生した姉妹レーベルで、第一弾アーティストのクルアンビンがいきなり世界的ブレイクを果たし、その独特の美学が評価を高めているレーベル〈Night Time Stories〉より「ハウス・ミュージックの伝説」として、さらには超一流のミュージシャン/ソングライター/プロデューサーとして第一線で活躍を続ける、ロン・トレントの最新アルバム『RON TRENT PRESENTS WARM: What do the stars say to you』が6/17にリリース! 現在、アルバムからクルアンビン参加の新曲のMVとアルバム・サンプラーが公開されている。

Ron Trent presents WARM - Flos Potentia (Sugar, Cotton, Tabacco) feat. Khruangbin (Official Video)
https://youtu.be/8dXR5B8GDuA

Ron Trent presents WARM - What do the stars say to you (Album Sampler)
https://youtu.be/0fU31j2S4hc

アルバムの参加ゲストとしては前述のクルアンビンに加えて、ブラジルの伝説的バンド、アジムスのドラマー、イヴァン・コンチとベーシストのアレックス・マリェイロス、フランスのジャズ/フュージョン界のスター、ジャン=リュック・ポンティ、そしてアンビエントのパイオニア、ジジ・マシンといった面々が名を連ねており、マスタリングはフランソワ・ケヴォーキアンが手がけた超豪華なコラボレーション作品となっている。

また、作品中ドラム、パーカッション、鍵盤、シンセ、ピアノ、ギターなどをロン自身が奏でており、生楽器とエレクトロニクスの調和がディープで陶酔的なサウンドを生み出している。ジャズ・ファンク、ポップ、ニュー・エイジ、ニューウェーブ、コズミック、バレアリック、サンバ、アフロビート、ラテンロック他……彼の飽くなき探究心で培われた音楽的豊かさが詰め込まれたキャリア最高傑作がここに誕生している。

本作はCDとLPで6/17にリリースされ、CDはフランソワ・ケヴォーキアンによるミックス音源となっており、5曲のボーナス・トラックが収録、更に国内流通仕様盤CDには解説が封入される。
また、LPにはアンミックス音源が収録され、通常のブラック・ヴァイナルと限定のホワイト・ヴァイナルで発売され、フランソワ・ケヴォーキアンによるミックス音源とアンミックス音源、両方のDLコードが付属する。

label: Night Time Stories / Beat Records
artist: Ron Trent, Francois Kevorkian
title: RON TRENT PRESENTS WARM: What do the stars say to you
release date: 2022.06.17

国内流通仕様盤CD BRALN68 定価 ¥2,100+税(税込 ¥2,310)
国内盤特典:解説封入

ご予約はこちら:
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12808

TRACKLISTING


CD tracklist
フランソワ・ケヴォーキアンによるミックス音源、5曲のボーナス・トラック入り
*がボーナストラック

01 Melt into you feat. Alex Malheiros (Azymuth)
02 Cool Water feat. Ivan Conti (Azymuth) and Lars Bartkuhn
03 Flos Potentia (Sugar, Cotton, Tabacco) feat. Khruangbin
04 The ride*
05 Cycle of Many
06 In the summer when we were young*
07 Flowers feat. Venecia
08 Sphere feat. Jean-Luc Ponty
09 Admira feat. Gigi Masin
10 Endless Love*
11 Rocking You*
12 WARM
13 On my way home
14 What do the stars say to you
15 Cool Water Interlude*


Vinyl tracklist
フランソワ・ケヴォーキアンによるミックス音源とアンミックス音源、両方のDLコードが付属

A1. Cool Water feat. Ivan Conti (Azymuth) and Lars Bartkuhn
A2. Cycle of Many
A3. Admira feat. Gigi Masin
A4. Flowers feat. Venecia
A5. Melt into you feat. Alex Malheiros (Azymuth)
B1. Flos Potentia (Sugar, Cotton, Tabacco) feat. Khruangbin
B2. Sphere feat. Jean-Luc Ponty
B3. WARM
B4. On my way home
B5. What do the stars say to you

black midi - ele-king

 昨年意欲的なセカンド・アルバム『Cavalcade』を送り出したロンドンのバンド、ブラック・ミディ紙エレ最新号のインタヴューで「新しい実験をいくつかやってみた」「ポップな感じの曲を作って、その極論まで突き詰めてみた」「いままでで最高の作品になる」と次の作品について語っていた彼らだが、ついにそのサード・アルバムのリリースがアナウンスされた。題して『Hellfire』、7月15日発売。

 そしてさらに喜ぼう。コロナにより延期となっていた来日公演が、ようやく実現することになった。12月4日東京 SHIBUYA O-EAST、5日大阪 UMEDA CLUB QUATTRO、6日名古屋 NAGOYA THE BOTTOM LINE。前売券をお持ちの方など、詳しくは下記をご確認ください。

black midi
地獄の業火、環状高速道路M25、燃え盛る炎、27個の謎
一体我々はどこへ辿り着くのか.....
ブラック・ミディ最新アルバム『Hellfire』堂々完成。
延期となっていた来日公演も遂に実現!!

『Cavalcade』がドラマだとしたら、『Hellfire』は壮大なアクション映画のようだ - ジョーディ・グリープ

圧巻の演奏スキルと爆発的イマジネーションで次世代UKロック・シーンの中でも突出した存在感を放つカリスマ、ブラック・ミディが衝撃のセカンド・アルバム『Cavalcade』に続く最新アルバム『Hellfire』を7/15にリリース。同作からのリード・シングル「Welcome To Hell」が公開された。戦争の恐怖から闇堕ちした兵士を歌った楽曲はファンキーなギター・リフと破壊力抜群のホーン・セクションが目まぐるしく展開していくブラック・ミディらしいハードコアなプログレッシヴ・ロックで、オフィシャルMVは「Slow」のビデオも監督したグスタフ・ホルテナスが手掛けている。

black midi - Welcome To Hell
https://www.youtube.com/watch?v=Efmq_uXt1Rk

『Cavalcade』リリース後、ロックダウンが続くロンドンで制作されたアルバムは前作のメロディやハーモニーを踏襲しながら、1stアルバム『Schlagenheim』にあった性急で凶暴なバンド・アンサンブルが復活し、希薄になっていく現代社会の道徳を炙り出す様々なストーリーが一人称で語られていく一貫したコンセプトが敷かれている。またプロデュースはバンドの新たな代表曲としてリスナーに熱烈な支持を集めた「John L」を手掛けたマルタ・サローニを迎え、これまでにないほどブラック・ミディの音楽の領域の広さや力強さ、強力なプロダクションを見せつけている。

2022年7月15日(金)に世界同時発売される本作の日本盤CDおよびTシャツ付限定盤には解説および歌詞対訳が封入され、ボーナス・トラックとしてステューヴ・アルビニ録音によるライヴ音源を追加収録。アナログは通常/限定盤ともに初回生産分にはアルバム・アートワークを手がけたデヴィッド・ラドニックによる日本語帯付仕様でのリリースとなる。本日より各店にて随時予約がスタートする。


待望の来日公演の振替日程が決定!

black midi JAPAN TOUR 新日程
2022/12/4 (SUN) 東京 SHIBUYA O-EAST (1st SHOW / 2nd SHOW)
2022/12/5 (MON) 大阪 UMEDA CLUB QUATTRO
2022/12/6 (TUE) 名古屋 NAGOYA THE BOTTOM LINE

昨年9月に予定しており新規入国禁止措置により延期となっていたブラック・ミディのジャパンツアーの振替公演の日程が下記の通り確定しました。ご協力いただいた関係各位、とりわけ前売チケットをご購入いただき、振替日程の発表を長期間お待ちいただきましたお客様には厚く御礼申し上げます。

既にお持ちのチケットは対応する各都市の振替公演にそのまま有効となります。大切に保管していただくようお願い申し上げます。

新しい公演日程に都合がつかないお客様には、お買い求めになられたプレイガイドより払戻しいたします。払戻数が確定後、キャパ制限などの状況に応じた枚数の前売チケットの販売を再開する予定です。チケット購入を希望される方は新たな発表をお待ちください。
※チケット紛失等に関しましては対応致しかねますのでご注意下さい。

詳細はこちらから:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11891


label: BEAT RECORDS / ROUGH TRADE
artist: black midi
title: Hellfire
release date: 2022/07/15 FRI ON SALE

国内盤CD
解説書・歌詞対訳封入
RT0321CDJP ¥2,200+税


国内盤1CD+Tシャツ付き
サイズS・M・L・XL
¥6,200+税


輸入盤LP(限定レッド/初回限定日本語帯付仕様)
RT0321LPE 2,850+税


輸入盤LP(初回限定日本語帯付仕様)
RT0321LP 2,850+税

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12794

Tower Records: https://tower.jp/artist/discography/2729064

TRACKLISTING
01. Hellfire
02. Sugar/Tzu
03. Eat Men Eat
04. Welcome To Hell
05. Still
06. The Race Is About To Begin
07. Dangerous Liaisons
08. The Defence
09. 27 Questions
10. Sugar/Tzu (Live at Electrical Audio, Recorded by Steve Albini) *Bonus Track for Japan
11. Still (Live at Electrical Audio, Recorded by Steve Albini)
*Bonus Track for Japan

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