「The Men」と一致するもの

Dego / 2000Black - ele-king

 言わずもがな、90年代から今日にいたるまでUKのドラムンベース~ブロークンビーツ・シーンを支えてきた4ヒーローのディーゴが来日ツアーを決行します。近年は自身の主宰する〈2000ブラック〉からのみならず、フォルティDLの〈ブルーベリー〉やフローティング・ポインツの〈エグロ〉からも作品を発表、昨年はセオ・パリッシュの〈サウンド・シグネイチャー〉からカイディ・テイタムとのコラボ『A So We Gwarn』をリリースするなど、その横断的かつ精力的な活動は最近の南ロンドン・ジャズの盛り上がりとも呼応していると言っていいでしょう。今回のツアーでは東京、京都、大阪の3都市を巡回。一部の公演ではマーク・ド・クライヴ=ロウや沖野好洋も出演します。ゴールデンウィークはこれで決まりですね。

◆DEGO / 2000BLACK Japan Tour 2018◆

ロンドンのクラブ/ソウル・ミュージック・シーンを牽引してきた巨匠、DEGOの来日ツアーが決定!
自身が主宰するレーベル、〈2000BLACK〉でブロークンビーツ/ニュージャズの潮流を生み、デトロイトのTHEO PARRISHと共に現代ブラック・ミュージックのグルーヴマスターとして君臨。
昨年はTHEO PARRISHのレーベル、〈Sound Signature〉から盟友KAIDI TATHAMとの共作アルバム『A SO WE GWARN』を発表しスマッシュヒットを記録する。
飽くなきビートの追求とスピリチュアルな音楽へのこだわり、音楽への深い愛情を反映した21世紀のハイブリッド・ソウル・ミュージックを生み出し続ける。

今回の日本ツアーでは、東京のハウス・ミュージックを代表してシーン賑わせている「Eureka!」@Contact、京都のclub Jazzシーンを引率してきているMETROで開催される「Do it JAZZ! 」、そして大阪公演はDEGOの盟友、沖野好洋と共にCIRCUS OSAKA & CATSでプレイする。

◆DEGO / 2000BLACK Japan Tour 2018ツアー日程
【東京】 05.04 (FRI) CONTACT https://www.contacttokyo.com/
【京都】 05.05 (SAT) CLUB METRO https://www.metro.ne.jp
【大阪】 05.11 (FRI) CIRCUS OSAKA https://circus-osaka.com/

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【東京公演】
Eureka!
■日時
2018年5月4日(金)
Open 22:00~
■会場
Contact

■料金
¥3,500 on the door
¥3,000 with flyer
¥2,500 GH S member
¥2,000 under 23
¥1,000 before 11PM

■出演
Studio
Dego (2000Black / Sound Signature)
Mark de Clive-Lowe (CHURCH / Mashibeats) -Live-
Yoshihiro Okino (Kyoto Jazz Massive / Especial Records)
Midori Aoyama
sio

Contact
Kamma & Masalo (Brighter Days)
Endo Nao (CMYK)
hiroshi kinoshita
Ozekix (shaman / Weld)
I-BEAR’ (The Guest House)

Foyer
haraguchic (FreedomSunset)
Souta Raw
Kirioka (CMYK)

Contact
B2F Shintaiso Bldg No.4 , 2-10-12 Dogenzaka, Shibuya-ku, Tokyo 150-0043 Japan
+81(0)3 6427 8107

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【京都公演】
Do it JAZZ! × DEGO / 2000BLACK Japan Tour 2018
■日時
2018年5月5日(土)
22:00 open/satrt
■会場
京都CLUB METRO

■料金
前売¥2,500 ドリンク代別途  当日¥3,000 ドリンク代別途

[前売]
チケットぴあ (Pコード:111-916) 、ローソンチケット (Lコード:55077)、e+ (https://bit.ly/2Dlsxrk)

※前売りメール予約:上記早割チケット期間以降は、前売予約として、ticket@metro.ne.jpで、前売料金にてのご予約を受け付けています。前日までに、公演日、お名前と枚数を明記してメールして下さい。

■出演
DEGO (2000BLACK/4hero,from UK)

LIVE :
T.A.M.M.I & NOAH

DJ:
Masaki Tamura (DoitJAZZ!)
Kazuhiro Inoue (DoitJAZZ!)
SOTA (Back Home / Rokujian)
Torei (SYN-C / SND)
and More!!

■お問合せ:京都 CLUB METRO
WEB:https://www.metro.ne.jp
TEL:075-752-4765

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【大阪公演】
DEGO / 2000BLACK Japan Tour 2018
■日時
2018年5月11日(金)
23:00 open/satrt
■会場
CIRCUS OSAKA & CATS

■料金
Door 2,500+1D Adv 2,000+1D

■出演
DEGO (2000Black | from UK)
YOSHIHIRO OKINO (Kyoto Jazz Massive)
QUETSA
NiSSiE
AKEMI HINO (SiiNE)

Dance Showcase:
NEW UK JAZZ DANCE TEAM
Irven Lewis・Michito “MITTO” Tanabe & Peri
(Elements Jazz Collective & Co )

■お問合せ:CIRCUS OSAKA
TEL : 06-6241-3822
https://www.circus-osaka.com/

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DEGO (2000BLACK, UK)
ロンドンに生まれたDEGOはサウンドシステムや海賊放送でのDJ活動を経て90年に〈Reinforced Records〉の設立に参加、4HEROの一員として実験的なハードコア・ブレイクビーツのリリースを開始。やがて4HEROはDEGOとMARC MACの双頭ユニットとなり、タイムストレッチング等、画期的な手法を編み出し、ドラム&ベースのパイオニアとなる。傑作『PARALLEL UNIVERSE』(94年)、『TWO PAGES』(98年)以降、4HEROはD&Bのフォーマットから脱却し、『CREATING PATTERNS』(01年)、『PLAY WITH THE CHANGES』(07年)で豊潤なクロスオーヴァー・サウンドを打ち出す。DEGOはTEK9名義でダウンテンポを追求する等、オープンマインドかつ実験的な制作活動は多岐に及び、98年に自己のレーベル、〈2000Black〉を始動、ブロークンビーツ/ニュージャズの潮流を生む。KAIDI TATHAMらBUGZ IN THE ATTIC周辺と密に交流し、DKD、SILHOUETTE BROWN、2000BLACK各名義による共作アルバムを制作。11年には1st.ソロ・アルバム『A WHA' HIM DEH PON?』を発表、ジャズ、ファンク、ソウルへの深い愛情を反映した傑作となる。その後も精力的な活動を続け、12年に『TATHAM, MENSAH, LORD & RANKS』を発表。14~15年、盟友KAIDIとの共作をFaltyDLの〈Blueberry〉、FLOATING POINTSの〈Eglo〉、THEO PARRISHの〈Sound Signature〉等から立て続けにリリース。15年にはDEGO名義の2ndアルバム『THE MORE THINGS STAY THE SAME』を〈2000Black〉から発表、21世紀のハイブリッド・ソウル・ミュージックとして喝采を浴びる。そして17年にはかねてから試行錯誤を重ねてきたライヴ活動をDEGO & THE 2000BLACK FAMILYとして本格化し、名門Jazz Cafeでの公演を成功させる。またDEGO & KAIDIのアルバム『A SO WE GWARN』を〈Sound Signature〉から発表、ルーツに深く根差しながらも未来のビートへの飽くなき探求を続け、UKブラック・ミュージックの新しいスタンダードとなる。
https://www.2000black.com/
https://www.facebook.com/2000blackrecords
https://twitter.com/2000black_dego
https://soundcloud.com/2000black

interview with Kaoru Inoue - ele-king

問い:人はいかにして、このハードな人生を生きながら、そのなかにゆるさを保てるか?
答え:井上薫の新作を聴くことによって。


Kaoru Inoue
Em Paz

Groovement Organic Series

AmbientNew AgeDeep House

Light House Jet Set

 かすかに夏の匂いがする。時間はあっという間に過ぎる。贅沢な時間に人は気が付かなかったり、すぐに忘れたり。ものごとがうまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。DJとはある意味たいへんな職業だ。週末のもっともアッパーで過激な時間帯の司祭を20年以上も務めるということは、まずは自分をコントロールできなければ難しいだろうし、生きていれば誰もが平等に老いていくわけだから、若い頃と同じ体力は保てなくなる。それは誤魔化しようのない、うんざりするほどのリアリズムだ。そういう現実を受け止めながら活動を続けているDJ/プロデューサーのひとりに井上薫がいる。
 井上薫、Chari Chari名義の作品で広く知られる彼は、つい先日、リスボンのレーベルから『Em Paz』という、アナログ盤2枚および配信の新作をリリースした。力の抜けた柔らかいアルバムで、ぼくはこの音楽を聴いていると幸せな気持ちになれる。巡りあうことができてラッキーな音楽なのだ。
 幸せな気持ちにさせたいと思う音楽はこの世にはたくさんあるだろう。前向きだったり、楽観的だったり、いい人だったり。そういう音楽の多くには作者のわざとらしさが出てしまいがちだ。『Em Paz』にはそういうあざとさやつかえるものがない。水の音、タブラ、チェロ、ギター、エレクトロニクスはゆっくりとさざ波を立てる。応援しているフットボールのチームが負けた翌週の月曜日でさえも、なんかいいことあるかもという気持ちにさせることができるのが『Em Paz』だ(これは言い過ぎか……)。

 とまれ。もともとはレコード店に勤務しながらワールド・ミュージック系の音楽ライターとしても活動していた彼が、DJ/プロデューサーとして精力的に動きはじめたのは90年代なかばからだった。ワールド・ミュージック的なセンスとアンビエント・タッチのダウテンポで脚光を浴びた井上薫は、1999年のChari Chari 名義のアルバム『Spring To Summer』によって日本のクラブ・ミュージックの表舞台に登場した。
 ここ10年はフロアとリンクしたダンス・ミュージックのスタイルにこだわって制作を続けていたが、新作では初期の彼が持っていた優しいロマンティシズムが行きわたり、音楽的にもアンビエント・ポップめいた新境地を見せている。

 井上薫とは、何故か偶然会ったり飲んだりする機会があったのだが、ちゃんと取材するのは12年ぶりのこと。以下、ぶっきらぼうながらも彼の正直な心境をぜひ読んで欲しい。

日常で何をやっていたかというと、ずっと本を読んでいましたね(笑)。週末ギグをやって過激に過ごして、週の前半はサウナでデトックスして(笑)。それから平日は、ただ、やたら本を読んでいましたね。

前回インタヴューさせてもらったのが、アルバム『The Dancer』のときだから、およそ12年前なんですよね。すごいよね。生まれた子供が小学生卒業するぐらいの時間だよ。

井上:そうですね、2005年ですね。古いですね。

下田(法晴)君も12年ぶりだったんだけど。

井上:下田君は満を持してって感じでですね、ぼくも下田君には会ってないんですけど。……松浦(俊夫)君とはたまに仕事で会いますけどね。

前作の『A Missing Myth Of The Future』が2013年だから今回の『Em Paz』はおよそ5年ぶりになるのかな?

井上:そうですね。

『Em Paz』は、ある意味ではすごく、Chari Chariらしいゆるさのあるサウンドで……

井上:レイドバックしていく部分と……。

アンビエント・テイストであり、ハイブリッドであり。

井上:そうですね

『A Missing Myth Of The Future』までは、思いっきりダンス・カルチャーに直結したサウンドだったんだけど。しばらくは……10年以上ものあいだ、ずっとダンス・ミュージックであることにこだわっていたよね?

井上:それは、ドメスティックなダンス・カルチャーが生まれ、そこの現場のリアリズムに揉まれ。揉まれっていうのも変ですけど……。いろいろDJなんかをやらせてもらって、そこで自分がDJとして出している音やその場の雰囲気であったりとの地続きじゃないと伝わらないなみたいなものもあるし……。

過去、どのくらいのペースでDJはやっていたんですか?

井上:DJはほぼ毎週末みたいな。

何年ぐらいの間?

井上:もうずっとですね。40代後半に向かうとやっぱいろいろ受け止めなければいけない状況とかあって。

それは体力的な部分?

井上:体力も中に入ってますね。やっぱり。だから、それに対応できるような体力作りといったらいいのか……。そういうものも、視野にいれていろいろやっていたんですけど。

その職業として10年以上もDJを続けるっていうのは、体力以外にはやっぱり、マンネリズムみたいな感じはあったんですか?

井上:マンネリズムはありますね。あとなんだろうな……。本当にこれ言うとちょっとネガティヴな話になってしまう…。

書けないことは言わないでくださいね(笑)。

井上:〈AIR〉っていうクラブあったじゃないですか。ぼくは結局、あれがなくなるまで、13年間、2カ月に1回あそこでやっていたんですよ。

それは長いですね。

井上:オープン当初からやっていたもんで。オープンは2001年とか2002年ですね。それであの規模のクラブを運営するためのリアリティを近くで見たり、議論したり、いろいろやりながらみていたもんで。経営する側の目線とアーティスト、DJで関わる目線とか……やっぱそれはあるんですよね。下の世代にとっても経なきゃいけない登竜門というか。売り上げがよければ、みんなよかったねって。その数字が当たり前のようについて回って。それにに対してみんながどう努力するのかということとか。
 ぼくの目線からだと、リリースも含めてDJとしていかにアーティスティックに活動しているか、みたいなものの折衷点がわからなくなるときがあったりとか。そういうなかで切磋琢磨やってきて非常に良い経験だったなといまでは思っているんですけど、キツイときもあったりして。

やはり、ある程度の集客が求められる場所では、自分の本意ではない曲もかかなければいけないときもありましたか?

井上:そういうのもありますね。

選曲によってオーディンエンスが変わるモノなんですか?

井上:選曲によって変わるというよりも、具体的に、どういうハウスやテクノがかかっているのかを問われることはけっこうありましたね。それで集客が変わっていくのかっていうまではわからないですけど。ガチアーティスティックにやればいいのかっていうわけでもないし。ある種、難しさや葛藤みたいなものを抱えながら……。

職業としてのDJのジレンマですよね。

井上:スタッフから、「最近井上薫はBPMが速すぎる」と会議で話題になったと言われたことがありましたね(笑)。

井上薫のDJが速いっていのは、ちょっとぼくなんかには想像しにくいんですけど(笑)。

井上:それは、店側からの要求でもなく、お客さんからの要求でもなく、自然にそうなっていってた、ひとつのマックスみたいなものが振り返るとありましたね。何を言いたいのかわからなくなっちゃいましたけど(笑)。

現場で毎週DJを続けていくってやっぱりAIがやるわけじゃないから、同じことを繰り返せばいいってものじゃないし?

井上:定期的にやっているとそれなりの難しさはありますね。クオリティーコントロールをしっかり考えていかないと続かないし。ただ総じて言うと良い経験をさせてもらったなというか。良い意味での緊張感もあったし、悪い意味でのストレスもあったんですけど。いまはもう、そういうのから解放されて。

〈AIR〉の閉店がひとつのタイミングなの?

井上:かなり大きかったですね。DJの活動拠点、あの規模のクラブがなくなると、「今後どうやっていけばいいのか?」みたいなものが当然あって。

レジデンシーがあるかないかってね。

井上:そうですね。それもいい意味で職業と捉えて、真面目にやってきたつもりだったんですけど(笑)。

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時代はピースじゃないですし、年齢的には、いま50歳なんですけど、40代後半からの数年間っていうのは本当に楽しくやってはいたんですが、未来が見えないというか、孤独死まっしぐらみたいな。笑っちゃうんですけど。そんな感じもあって、そこに対する反動的な希望の言葉ですね。

いまのクラブ・カルチャーには何が必要だと思いますか?

井上:ざっくりいうと、下から若い子がはいってきてなんぼですよね。世代交代と新陳代謝がないと……。

しかし井上君の立場としては難しいですよね。若い世代は、自分にとってのライヴァルなわけだからさ。

井上:そうですね。悩まされた部分もあります。非常に良い感じで穏やかに、DJギグみたいなものが減っていくんですよ。いろんな要因が考えられて。とにかく、(DJを)できるところが無くなっていく。

だから、チルアウトな作風になったっていうのもあるんでしょうけど、まあ、そういう人生の浮き沈みがあるなかで、それでも、今回のように前向きな作品が生まれたのは何故なんですか?

井上:まあ、あまり書かないで欲しいんですけど、結婚したのが大きいですね。メンタル的に非常に落ち着いたというか。
 それと同時に、とにかく楽曲を作ることが気持ちの上でかなりウェイトを占めていく。シンプルな話ですけど、毎週末DJギグがあってその渦中ですったもんだやっているときは、どこかポイントでリリースをまとめてしているじゃないですか。でも、例えば、ヒロシワタナベみたいな人は、DJやりながらもとにかく作って、コンスタントにリリースしている。そういう、自分には日常的な制作時間がなかなか確保できていなかったんです。40代に入って中盤くらいまで、日常で何をやっていたかというと、ずっと本を読んでいましたね(笑)。週末ギグをやって過激に過ごして、週の前半はサウナでデトックスして(笑)。それから平日は、ただ、やたら本を読んでいましたね。

どういう本を読むんですか?

井上:いろいろですね。小説も読みましたし。「創作とは何か」に立ち戻りたいというか。読んだら内容を忘れてしまうので震災以降に読書したものは全部記録してあります。小説はあんまりリアリズムに即していないやつですね。立脚しているんだけど、ものすごいSF的であったりとか。南米の小説とか、飛んでるやつですね。2年前に出したChari Chariのシングル「Fading Away」のB面の曲は“Luna De Lobos”っていうんですけど、これはスペイン人のフリオ・リャマサーレスという作家の『狼たちの月』という本があって、そこから影響を受けました。スペイン内戦の話で、哀しいだけの話なんですけど。でも詩的で美しいんですよね。
 あとは文化人類学とかいろいろですね。震災以降は現代のポスト資本主義社会の行方というか。日本も、反体制のデモが盛んになってきたし。人文系の学者が何をいっているのかなというところが気になって。そういうのは良く読んでましたね。宮台真司なんかも面白かったです。要するに、国家の政治状況に期待してもしょうがないからという前提で考えると、単純に隣近所のコミュニティみたいなもの、いわゆる仲間、みたいな話に行きついていく。

リアルな話ですよね。DJの立場からすると風営法問題は?

井上:そこはいろいろありすぎて……(笑)。法に関しての話と少しずれるけど、パーティ・カルチャーが日本では根付いてないですよね。パーティというモノがちゃんと生活のなかの一部として認識されてないというか。しかしこないだの蜂じゃないけど、やっぱニュースを見ていると気になります。

井上君はDJっていうよりはプロデューサーなのかと思ってましたけど。

井上:そういうイメージがいまだにあると思うんですけど、完全にスタート地点はDJなんですよ。20代前半くらいまでバンドでギターを弾いていて。自分で作った曲をアレンジして他のメンバーに指示するとウザがられる。その頃にAcid Jazz系の日本のDJカルチャー黎明期のような現場に出会ってバンド止めて、サンプラーとシンセサイザーで音楽が作れるという革命的な事実に出会って。〈WAVE〉で働いていたころは、〈MIX〉で、ワールド系のDJとかを時々やっていました。あとは、ソウルIIソウルが自分にとっては大きかったんで、ブレイクビーツなんかを小箱でかけていました。そこでの経験のフィードバックみたいなものを4メガくらいのサンプリングマシンで一生懸命作ってました。それがまとまったのが〈File Records 〉から出ている初期作品ですね。

初期のファンキーなブレイクビーツとは違うけど、最新作にはやっぱ90年代のChari Chariっぽいピースな感じがあるんですよね。

井上:2006年に『Slow Motion』というタイトルで8曲入りくらいのアルバムをリリースしたんですね。で、それがなぜできたかというと……、日本でヨガが一般的になりはじめたときがあって、『ブルータス』という雑誌でヨガの特集をやりたいという話になったんです。人づてで僕に連絡がきて。井上薫さんはいかにもヨガをやっていそうだから、付録で付けるインストラクションDVDの音をつけて欲しいという仕事の依頼がきて(笑)。その時点で3回しかヨガをやったことがないけど、依頼を受けて。

3回もやったことあるだけすごいよ(笑)。

井上:下高井戸の寺とかでやっていて(笑)。それで面白いですねということで受けて。そのとき曲を作ったんですけど……それらの曲をベースにしたのが『Slow Motion』。ビートはタブラだけみたいな感じだったり。その頃の音源をミックスし直して今回も使ってるんですよ。リスボンの〈Groovement〉というレーベルから、最初はダンスものをやろうという話だったんですけど、〈Organic Series〉というサブレーベルもやっているから、こっちでLPをやらないかっていう話が一昨年の後半にきまして……。それでつくったのが『Em Paz』という。

レーベルのほうから話があったんですね。リスボンの〈Groovement〉とはどうやって知りあったんですか?

井上:DJ KENTやChidaが何年か前くらいにリスボンでDJをやって。その流れがまずあって、向こうにはぼくの作品を知っている人がまあまあいたという。

彼らがリスボンとのラインをつくったんだ?

井上:そうですね。Chidaはティアーゴっていう、リスボンの〈ラックスフラジャイル〉というクラブでDJやっている人を日本に4~5回招いているんですよね。ぼくも初めてきたとき会ったことがあるんですけど。あと、ヨーロッパのイタリア人とか、ポルトガル人とかに、過去のぼくの音を知っているひとがいて。フェイスブックのメッセンジャーでメールをもらったりすることがあったんですけど。イタリア人が多かったですね。

最近、よくヨーロッパ行っている人たちからは、リスボンは第二のベルリンっていう話を聞くよね。

井上:今後そうなるのかな?

ベルリンはじょじょに家賃が上がっているでしょう? リスボンは家賃が安いし、ボヘミアンな若者が集まりはじめているって。

井上:移民に寛容なんでしょうね。

ヨーロッパってそういうところあるよね。流れていくっていうかさ。

井上:政治的に移民を排斥する動きがありますよね。極右政党が政権をにぎりそうな動きがけっこうあるじゃないですか。フランスもそうです。新しいタイプの右翼だとは思うんですけど。そういう排斥傾向もけっこうあって。

そんななかでリスボンとのコネクションができ上がって。

井上:井上薫、Chari Chari、知っているよみたいな話があって、それでメッセージをもらうようになって。いずれ一緒に仕事がしたいと。で、具体的にプランを振ってきたのが一昨年の年末ですね。それだったら過去の、『Slow Motion』の頃の曲を入れたりリメイクもいいんだったらわりと早くいけるかもということで。

そのオファーや作品の方向性が井上くん個人のいろんな状況と重なったんだ。〈AIR〉の話もそうだし、DJに対するマンネリズムみたいなのもそうだし。長年やってきたことがいったん区切りがついたっていうか、張り詰めていた糸が切れたっていうか。

井上:ありましたね.。それと、2016年にはChari Chari名義でさっき言ったEP出したんですけど。一緒に作っている奴がもともとは東京に住んでいたのですけど、長野に住んでいて。ハードコアのバンドでギターを弾いていたりで、自分が10代のときに体験したパンクからポストパンクみたいな音を知っていたりとか共通項が多くて。それもあって、クリエイションの目線がまたドバーっと広がりましたよね。

共作者?

井上:そうです。そつは長野に住んでいて、ぼくの家で1カ月に1回くらい合宿をして、ずっと家でやっていました。実は2014年に縁あってageHaのテントサイトでChari Chariとしてバンド編成でライヴをやる機会があって、その時の主力メンバー、DJの後輩繋がりですけど、ほぼ同時期に『狼たちの月』を読んでトラウマになったやつですね(笑)。そいつと合宿レコーディングをさんざんやって、でも、全然できなくなって、揉めたりとかもして。お前と全然できないな、進められないなというときに、この話(『Em Paz』)がきて。

じゃあ、当初の予定では、Chari Chariのシングルをもっと膨らませることが先だったんだ。

井上:そうです。2017年はアルバム出すまでやりましょうみたいな。今後やりますけどね。

それが途絶えてしまったわけね。あの「Fading Away」のシングルはすごく良かったし、今回への伏線とも捉えられるところもあったし。とにかく、それで今回の『Em Paz』が先に出たんだね。これなんて読むんですか?

井上:『エン・パス』だと思います。In Peaceのポルトガル語ですよ。うちの14年生きた飼い猫が、死んだときに捧げる……。これもちょっとやめて欲しいですけど(笑)。

では、なんて説明したらいいんでしょう(笑)?

井上:そうですよね(笑)。時代はピースじゃないですし、年齢的には、いま50歳なんですけど、40代後半からの数年間っていうのは本当に楽しくやってはいたんですが、未来が見えないというか、孤独死まっしぐらみたいな。笑っちゃうんですけど。そんな感じもあって、そこに対する反動的な希望の言葉ですね。

そういう不安もあったんだ。

井上:やりきって死んだなら野垂れ死んでもいいかとよぎるくらい内面が荒廃しつつも、生きていけはしているという。ただ、面白い現実もあるし。

それはやっぱDJという職業が、非日常的でアッパーな、危険な仕事だということもあるのかね? 反動として絶対下がるだろうし。

井上:そうですね。自分をオーガナイズしていくための、週の前半は温泉にいってサウナに行くとかはわりと儀式みたいにして、またその1週間生きていくみたいな。その循環とか、自分をオーガナイズする手法みたいなものは体験的にあったんですけど。それで合宿レコーディングして頑張ったんですけど、うまくいかず。なかなかうまく回らないんだなって。自分がそれをリードできなかった部分もあったので。(Chari Chariのメンバーに対して)いまはお前とはできないみたいな感じになったりして。


Kaoru Inoue
Em Paz

Groovement Organic Series

AmbientNew AgeDeep House

Light House Jet Set

じゃあこのリスボンのレーベルからの話はタイミングが良かったんだね?

井上:非常によかったと思います。過去の曲も入っているんですけど。去年の2月下旬くらいに納品しました。

去年の2月ということはもう1年くらい前にできてたんだ。

井上:そうです。

でもリリースされたのは最近でしょ?

井上:そうですね。向こうのリリースプランとかがあって。プロモーションがどれくらいできているかわからないですけど、プロモーション期間という話もあって。

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80年代の音楽がおもしろいなっていうのがいまありますけど、それはなぜなら掘り起こしてる人がいるから目に見えてくるもので。そういう過去は参照するんですけど、あのときは良かったなみたいなのは思わなくなりましたね。いま、その瞬間どんだけ自分があげられるかしか主眼がいかなくなっている。

話前後してしまうけど、DJを25年やるってタフだよね。

井上:そうですね。本当に好きだなと。全部やめたいって思ったこともありますけど。振幅が激しいというところが……。

そこがやっぱり辛い? 楽しいことはたくさんあると思うんだよ。DJは女の子にもモテるしさ(笑)。

井上:そういうわかりやすいところはどんどんなくなりますよね。まあいいんですけど(笑)。わかりやすい楽しさ抜きでフレッシュに構えられるところがありますね。言ってみれば、どれだけ未知数の人間にフィジカル性を叩きつけられるのかということとか、立って聴いているやつにどれだけサイケデリック体験みたいな影響を与えられるかみたいなものもあるし。あとは、振幅が激しいということ。ドーンってあがっているときはアドレナリンの世界です。そういう作業と音楽の流れとでどんどん上がっていって……、最後に疲れる。ただしそれは非常に得難いですね。誇りをもってやれることだなって自覚しながらやっていました。じゃないと続かないですよね。

それは体力的な部分?

井上:『Em Paz』もそうですけど、ダンス・カルチャーというところから離脱したいというわけではまったくないです。三田格さんの『Ambient Music 1969 - 2009』がすごいきっかけになって、そこからハウス、テクノのラインじゃない音楽をまた改めて良く買うようになりました。それでレコードを買うことにまたハマっていて。いまは〈ミュージック・フロム・メモリー〉みたいなニューエイジとかからピック・アップしているものが面白いですね。当時評価されなかったここが評価に値するって引っ張ってきて。面白くないものは当然あるんですけど。すごいなという人はいますね。

ニューエイジっていって、レコード屋さんもタグをつけなきゃいけないからね。なんでもかんでもニューエイジって言ってしまうけど。ニューエイジって思想が入ってくるし、宗教観とかね。だからデリケートな言葉なんだけども(笑)。ぼくはビートレスの音楽のことを海外のように、ウェイトレスって言ってくれた方がいいかな。でも、ニューエイジがここまで売れる背景もわかるよ。やっぱり心の渇きみたいなものでしょ? 

井上:そんな気もしますね。これは大型のレコード屋で働いていたから分かるんですけど、まずニューエイジってヒッピー文化由来のカウンターカルチャー的なところが当初ありましたよね。それで音楽のカテゴリーに関して言うと、そのニューエイジ・カルチャー由来のアングラな音からどんどん派生して、しまいにはインストで区分けが曖昧だというものがすべてニューエイジのカテゴリー、棚に収められるようになったという。たぶん70年代後半くらいからそうなったと思います。
 だからたしかにデリケートな言葉だと思うしカルトみたいなものに対する揶揄という側面もあったと思うんですけど、いまやそういう文脈がなくなって棚問題もほとんどなくなって、三周くらい経て言葉だけが残ってどこかクールなもの、という印象づけが生まれて、逆に面白いと感じてます。


Kaoru Inoue
Em Paz

Groovement Organic Series

AmbientNew AgeDeep House

Light House Jet Set

なるほどねー。タームの意味も時間のなかで変わっていくのはわかる。まあ、そういう意味で今回の井上君のアルバムはすごいタイムリーだったなって思うんだよね。1曲目から5曲目までは本当にパーフェクトだと思ったね。

井上:そこからは?

チェロの音とか入るじゃない?

井上:それがあんまり良くなかった?

すごくいいよ(笑)。最初のでだしとかすごい良くて。これなんで水の音からはじめたの?

井上:1曲目がさっき言った2006年のものに入っているやつで。その辺はあんまり意味性はないですね。

エコロジー的なことなのかなって思ったんだけど。環境破壊問題的な。

井上:エコロジーは究極的な思想だとは思うんですけど。

あれはたまたまだったんだ。

井上:振り返るとリズムですよね。水が、不規則ですけど、ループに聴こえるポイントがあるんじゃないかなって。というのはありました。

これは何人で作ったの? ひとり?

井上:これは当時レコーディングしたのがチェロしかり、タブラしかり、残っていて一部の曲で再利用していますね。

『Slow Motion』のプロジェクトのときに?

井上:そうですね。タブラ、ギター、バイオリン、それぐらいかな。ぼくもエレキ・ギターは弾いていますね。それが使われています。

音源としては昔の音源を再構築したんだ。

井上:全曲ではないですが、再構築も含まれています。音響的な部分は、いまの自分が好きで買って聴いているような音と並べて聴いてみたりとか。ミックスは全部自分でやったんですけど。ミックスひとつとっても、微妙な潮流があるので。リメイクして、ミックスをし直すだけで、何かすごくアップデートされたり。自分で再発しているみたいな気持ちはあります。あとマスタリングを~scapeのPOLEことStefan Betkeが手がけていて、最終的にさらにアップデートされた感じです。

ぼくはここ5年はUKのとかよく聴いてるんですよ。

井上:どういうものですか?

ダブステップ以降ですかね。ディストピックなものというか。井上君は同じ時代を生きていても、表現の仕方がそういう風にはならないよね。かつては同じように、ポップ・グループを聴いていたわけじゃない?

井上:なかなかディストピックにはならなかったですね(笑)。でも、今後なるかもしれないですね。ただそれに、埋没したくないというか。難しいですね。自然にそうなっている部分もあるんで。何かを課してやっているわけでもなく。ひとことで言うと暗い音楽好きですね。PiLとか。突き抜けていて、思想性の裏付けの裏に暗さといったらいいか……。大好きでしたけど。でも、いまそれをことさらやろうという感じではなかったですね。

ところでさ、DJのブッキングがはいらないとやっぱ不安?

井上:それはありますね。でもそれは自分がすでにさんざんやってきているじゃないですか。当たり前なんですけど、自分がすごいブックされていたときの年齢の人間がいま活躍しているって当たり前ですよね。機動力の違いっていうのと、あと、コミュニティも変わっているし。自分たちがやっていた頃のお客さんも、みんな来なくなっていますよね。

そりゃそうだろうね。みんな良い歳してさすがにこう……(笑)。

井上:ですよね。家庭もできてっていうのが大きいですよね。ぼくも遊びには行かなくなってしまっていて。それもどうかなと思っていたんですけど。それすら度外視して、いまはとにかく作りたいですね。

最後に、井上君の90年代ってどういう時代だったと思う?

井上:90年代はクラブ・ミュージックの成熟進化ですね。

成熟進化の始動だよね。

井上:ただはじまりであっても拡散しているものが、目に見えて成熟しているものを目の当たりにしているような時期だった。たとえば、日本の社会的な背景がどういうものだったか考えると、95年以降っていう話になるじゃないですか。そういうものを完全に度外視されてしまうような吸引力が、クラブを軸にした音楽にすごくあったんではないかと。自分自身の経験に即して言うとあったような気がしますね。あと、渋谷が世界一レコードの在庫量があって売れていた時代ですよね。90年代後半って。音楽産業もピークだったし。

ただ、このDJカルチャーにしては、むしろ勝手にやっていたから大きくなったっていた気がするけど。自分も当事者のひとりとして思うね。誰もこんなものが職業になるなんて思っていなかったわけじゃない? 有名人になりたくてやったわけじゃないし、新しくて、面白いからやっていたわけであって。

井上:あんまり総括っていうのができないんですよね。でも傾向みたいなものはありますよね。野田さんはどう思います?

オルタナティヴな共同空間っていうものは、具現化できたんじゃないかなって。音楽をエンジンにして。それは、政治思想をもたない政治的な運動だったと思うのね。ただし、思想を持たないがゆにえ脆弱さもあったけどね。

井上:まさに、レイブカルチャーそのものというか。

誰かひとり仕掛け人がいてっていう世界ではないからね。いろんな
人たちが、いろんなことを、ただ好きだからやった。すごく無垢だったと思うよ。

井上:レイブ・カルチャーの良さみたいなものはたしかにそうだったなと思うんですけど。ぼくは東京都内の小箱カルチャーみたいなところにいたから。

いや、だからこそ小箱カルチャーがいいんじゃない?

井上:そうですね。独自のコミュニティで完全にそうですね。

ぼくだってそうだよ。小箱カルチャーから来ている。30人いれば今日入っているなみたいな(笑)。

井上:そうですね(笑)。客引きじゃないですけど、クラブの前で、「一杯おごるから行かない?」とか女の子に声かけて(笑)。そんなことやっていましたよ。笑っちゃうんですけど。

(笑)逆にいまの方がいいと思うところって何?

井上:それは矢沢とか、ロックンローラーじゃないですけど、いまが最高みたいなのがしみついちゃっているんで(笑)。80年代の音楽がおもしろいなっていうのがいまありますけど、それはなぜなら掘り起こしてる人がいるから目に見えてくるもので。そういう過去は参照するんですけど、あのときは良かったなみたいなのは思わなくなりましたね。いま、その瞬間どんだけ自分があげられるかしか主眼がいかなくなっている。全然食っていけねぇなとか本当具体的にいろいろあるんですけど。ブッキングされないなとか(笑)。

はははは、しかしはからずとも『Em Paz』には初期のシーンの無垢さが出ていますよ。今日はどうもありがとうございました。

interview with CVN - ele-king


CVN
X in the Car

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 インターネットはある意味最悪だが、しかしいまだに可能性が残されていることは疑いようがない。こと20世紀末にインディーズと呼ばれていた音楽シーンのその後にとって、21世紀にそれをどのようにうまく使っていくのかは鍵となっている。ツイッターによる自己宣伝の話ではない。それはたとえばネット上に場を作り、オルタナティヴなメディアとして機能させながら交流を促していくこと。そのなかで音楽それ自身も変化していくこと。
 佐久間信行は、ダークウェイヴ風のバンド、ジェシー・ルインズとして活動していた5年前は、アナログ盤への偏愛も見せながら、クラブでのDJ イベントとも関わり、ひとつの現場感を作っていた。それは東京において小さなシーンではあったがローカリティと呼べるものではなく、また、いっさいの政治性と関わらない。そしていつかメジャーの目に止まることを期待しながらライヴハウスでがんばるインディーズとは別の次元の可能性を模索していたとも言える。
 佐久間信行はソロになってCVNを名乗り、完璧にエレクトロニックな音楽を志向する。そして国内外のレーベルから精力的なリリース(カセットテープ、データ、アナログ盤など)を続ける傍ら、ネット上に〈Grey Matter Archives〉(https://greymatterarchives.club/)を立ち上げて、国内外のアーティストのミックステープをアップロードすることで、彼の世界へのアクセスをよりオープンな状態に更新させた。そこは、ヴェイパーウェイヴ的ないかがわしさ、ウィッチハウス的なホラー感、そして鄙びたグリッチ・テクノやヒップホップが混在する異端者たちの広場となっている。なんのことかって? まずはCVNのアルバム『X in the Car』を聴いてみて。

これまでにはなかった影響のひとつとしてトラップはあると思います。

アルバム聴かせていただいて、サウンド面での佐久間君テイストというか、ジェシー・ルインズから一貫したものは感じるんだけど、方法論であるとか、活動形態みたいなものが、〈コズ・ミー・ペイン〉と一緒にやっていた頃と比べるとだいぶ様変わりしたなと思いました。なによりも、今回のサウンドを聴いて思ったのが、ヒップホップの影響が大きいなって。

CVN:そうですね、これまでにはなかった影響のひとつとしてトラップはあると思います。

CVN名義ではけっこう前からアルバムを出しているよね?

CVN:CVN名義は2015年からはじめました。

Discogsによると、最初が〈Orange Milk Records〉からのカセットと表記されているけどそうなの?

CVN:アルバムは2016年に〈Orange Milk〉から出しはじめて、2015年はEP単位では出していました。とくに2016年はアルバムをけっこう出したと思います。

1年のあいだに5枚くらい出しているもんね。

CVN:ポンポンポーンって感じで。

ジェシー・ルインズはバンドだったじゃない?

CVN:初期のライヴはバンドの形態でしたね。

生ドラムもいたし。でも、いまはもうエレクトロニック・ミュージックで、完全にソロ・プロジェクトということですよね。

CVN:そうですね。

コールド・ネームという名義でもやっていたじゃないですか。あれも佐久間君のソロ・プロジェクトでしょ?

CVN:ですね。もはや懐かしいです。フランスの〈Desire〉からLPリリースして、日本盤は〈Melting Bot〉から出しました。

コールド・ネームがありながら、敢えてCVNと名前を変えた理由は?

CVN:コールド・ネームはインダストリアルというか、そのときのテーマがはっきりしていたのですが、インダストリアルを主体にするのに飽きたっていうのもあって。もっと音が鳴ってない空間を作り込みたいのと、ビートの方法論も違うことが急にやりたくなって、もうイメージはっきりしてたんで、CVNの最初の曲も速攻できました。……すごい感覚的な話ですが、インダストリアルって僕のなかではちょっとザラっとしてゴワついてて砂を飲んでる感じで、それをCVNでは炭酸水飲みたいなって。微炭酸というか、少し気の抜けたやつ。

(笑)それがCVN?

CVN:ですね。グレーのものがクリアになるような。コールド・ネーム名義はジェシー・ルインズと並行して2年くらいやったんですが、やりきった感ありました。

話が前後して申し訳ないですが、ジェシー・ルインズはなんで終わってしまったの? てか、そもそも終わってしまったの?

CVN:完全に終わりました(笑)。

ジェシー・ルインズでやれることはやったと?

CVN:まぁそうなりますかね。コールド・ネームをやっていたときは、ジェシー・ルインズがメインで、ジェシー・ルインズでできないコアな偏った自分の実験をコールド・ネームでしていたという感じです。ある見方によってはジェシー・ルインズも十分偏ってるかもしれませんが。で、CVNも最初はそんな感じでしたが、途中からメインとサブが入れ替わってた。それでジェシー・ルインズは2016年に終了するわけです。

複数のメンバーでやることに対しての限界みたいなものはあったの?

CVN:それはあまりないですね。(メンバーだった)ヨッケやナーは気心知れている人たちだし。僕が曲を構築してそれぞれがライヴのために分解するという流れのように、作業が完全に分担されていたので。なので、活動する上でやりにくいとかはあまりなかったです。

でもなんで終わってしまったの?

CVN:引っ越しとかあったし……(笑)。

距離的に離れてしまったと。

CVN:いろいろ重なった感じではありますけどね。CVNはじめてから音もそっちに引っ張られていたので、ふたつのプロジェクトの音を自然に分けれなくなってきて。

CVNのほうが面白くなっちゃったと。

CVN:CVNの脳になってしまったので、その状態でジェシー・ルインズを消化することがかなり難しかしくなったていうのはあります。

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基本はベスト盤みたいな感じです。ベスト盤っていいなって。自分で通称グレイテスト・ヒッツって言ってます。ヒットしてないけど。

なるほどね。CVNのもうそうだけど、佐久間君が主催しているサイト、〈Grey Matter Archives〉もすごく面白いなと思いました。ネット上にこういうヴァーチュアルな広場を作っていろんな人たちと交流しながら音源を発表するっていうことは、CVNのある意味流動的な作品性ともリンクしていると思ったんですよね。それこそジェシー・ルインズ時代は〈コズ・ミー・ペイン〉というアナログ盤にこだわったレーベルが身近にあって、定期的なクラブ・イヴェントもやっていたわけで。

CVN:CVNはけっこう海外からリリースしているんですが、そのおかげで海外のミュージシャンとの繋がりが増えて。リリースするレーベルもいろいろなところからリリースしているんで、それぞれのレーベルの周りのアーティストとか、国とか、シーンとの繋がりができたんですよね。インターネット越しなので直接会ったことはないんですけど。顔は見せていないけど顔見知り的な人が増えて。

そういうことは、ジェシー・ルインズ時代にはなかったこと?

CVN:ジェシー・ルインズでも〈キャプチャード・トラックス〉周辺は多少はありましたが、CVNほど広がりはあまりなかったです。

エレクトロニック・ミュージックは、やっぱインディ・ロックの世界よりも、ひとつの文化形態としては、開かれている感じがあると思いますか?

CVN:速度が違うかもしれません。横の繋がりがスムーズに感じます。

ちなみに、どこのレーベルから出したときに、とくにそういうことが起きましたか?

CVN:〈Orange Milk〉と、イギリスの〈Where To Now?〉で出したときには、まずそこから出しているレーベルメイトからけっこうリアクションがありました。

〈Orange Milk〉って、食品まつりとかフルトノ君とか、DJWWWWとか、日本人アーティストを出しているけど、日本人に積極的なレーベルなの?

CVN:そうだと思います。オーナーがKeith Rankin(Giant Claw)とSeth Grahamというそれぞれミュージシャンなんですが、Sethは以前に日本に住んでいたんですよ。僕は彼とメールするとき英語ですが、実際会ったことある食品さんからは日本語が話せると聞いてます。なので日本の文化に疎くないというか。

しかし、それらのレーベルから出すことで、違う広がりが持てたと。それは佐久間君の長い活動のなかで、可能性を感じた部分?

CVN:すぐ行動に移して良かったなと思ったし、自信も持てたかなと思います。

そこはデジタルの良さであり、フットワークの軽さみたいなものがあるのかもしれないね。

CVN:〈Grey Matter Archives〉をはじめた理由のひとつに、海外との繋がりを生かしたいという気持ちとは別で、引っ越したということがけっこう大きいんです。東京から離れて、自分がいた周辺にあまり物理的に関われない状況下で、家がなくなった感覚だったんで、家が欲しいなと思いまして。どこに住んでいてもできることかもしれないけど、自分にしか作れない家。

〈Grey Matter Archives〉はいつからはじめたの?

CVN:去年の7月です。

送られてきたものをアップロードしているの?

CVN:基本は僕が声をかけてお願いしています。最初は繋がりのある人たちから声をかけていって、いまは面識はないけど僕が好きなアーティストに声をかけたりしてやってもらっているという感じです。

こういうのはやっぱ、ネットならではというか、日本人からいろいろな国の人がいて面白いよね。

CVN:はじめるときにこういうのをやりたいなと参考にしている〈Blowing Up The Workshop〉(https://blowinguptheworkshop.com/)という、ミックスシリーズのサイトがあって。サイトの作りも少し似ているので是非見てください。アーティストの名前が羅列してあって、開くとトラックリストがあり、ストリーミングができるんです。以前僕はこのサイトからミックスを提供しているアーティストの発見もできたし、トラックリストを見て、この曲ヤバいなっていう発見もあったし。けっこう感動した記憶があって、こういうキュレーション感がもっと増えたら面白いなと思ったことを思い出して、これやろうと。

ひとりの人のミックステープをアップロードすると、そこからさらにどんどん広がっていくという。

CVN:名前がアーカイヴされているということが重要で。すごく発見がある。過去のを聴くと見落としてた曲とかあって。

でもオリジナルをあげている人もいるでしょ?

CVN:そうなんですよ。オリジナルとか、Beat Detectivesはそのためにセッションしてくれたりとか。E L O Nは未発表曲を繋げたやつとか。

すぐ行動に移して良かったなと思ったし、自信も持てたかなと思います。


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では、今回リリースする『エックス・イン・ザ・カー』について訊きますね。これはいままで出した作品を編集したものなんだよね? 今回アルバムのために録音したわけじゃなくて、これまでの作品のなかのベスト盤的な位置付け?

CVN:そうですね。プラス新曲が何曲か入っています。基本はベスト盤みたいな感じです。ベスト盤っていいなって。自分で通称グレイテスト・ヒッツって言ってます。ヒットしてないけど。

(笑)聴いていちばん驚いたのは、最初にも言ったけど、ヒップホップの影響を感じたところなんだけど、それはやっぱりあるでしょう?

CVN:いや、かなりありますね。でもいつもギリギリ中間の混ざってる曲が好きで、そういうの自分的に楽しくて。

きっかけは何かあったんですか?

CVN:きっかけなんでしょうね。たとえば、Ghostemane、Wavy Jone$、Bill $aberとかっていうラッパーがいるんですけど。アートワークとかMVのヴィジュアルとか完全にブラック・メタル入ってるんです。僕ブラック・メタル好きなんですけど、ジャンル的にめっちゃ相性いいんだなと思って。日本だとCold Roseさんとか。

えー、マジですか? それはホント意外だな(笑)。CVNのセカンド・シングルは、初めて日本語タイトルになっているじゃないですか。「現実にもどりなさい」って。

CVN:これはサブタイトルのつもりだったんですよ。Discogsとか、レーベルのサイトなど見ると、『現実に戻りなさい』の方が本タイトルで、「Return to Reality」の方がサブタイトルになっているんですけど、本当は逆のつもりでした。〈Dream Disk〉のレーベルオーナーが勝手に差し替えた。まあ、結果的にはいいかもってリリースされた後、思ったんですけど(笑)。

初期のジェシー・ルインズや〈コズ・ミー・ペイン〉の曲はそのドリーミーさに特徴があったから、その線で考えると意味があるタイトルかなと。

CVN:あの頃の現実の反対は夢でしたね。仮想世界も現実世界も並列な感覚なんですけど、なんというかこれは自分に言っているんですけどね。

アルバムが、刃物の音からはじまるでしょ? あれはナイフとか包丁を研いでいる音のサンプリング?

CVN:切れ味鋭い系の音ですね。

あれ、恐いよ(笑)。

CVN:音として面白いなというか。それだけなんですけどね。サンプリングでも、ヴォイス・サンプルみたいなものは昔からよく使っていましたけど、リズムの音を……例えばSF映画で鳴ってる音、刃物のような音が、スネアとかハイハットの代わりになったら面白いじゃないですか。

で、スクリューされた声も入るわけですけど、佐久間君の意図としてはある種のホラー感を表現しているのかな?

CVN:曲によってですけど、ホラーは好きですし、恐怖感もあるけど同時にすごく切ない気持ちにもなりうる。いまだから言えるじゃないですけど、〈キャプチャード・トラックス〉から出した、ジェシー・ルインズ最初のEP、『ドリーム・アナライジス』は、レコードは45回転なんですが、33回転でも聴けるっていう。

それは意識して作ったの?

CVN:意識して作ったというよりか、勝手にそうなったんですけど、LSTNGTって友人から教えてもらいました。よりロマンチックに聴こえるところとかもあって。もともと視覚的な音楽なんですけど、より映像が見えてきます。

CVNが表現しているダークなサウンドっていうのは、時代の暗さとリンクしているっていうよりは、佐久間君の趣味の問題? そこは時代とは切り離されている?

CVN:切り離されていると思いますし、自分ではダークだとは思っていないです。

今回自分の作品の成果をアルバムにまとめようと思ったのはなんで?

CVN:ベスト盤が出したかった……。というより日本でもいくつかのレコード・ショップが輸入して取り扱ってくれたりして本当に感謝なんですが、けっこう短期間でアルバムなりEPなりをいくつも出したので、ひとつひとつの作品をじっくり振り返える機会があってもいいかなと思ったのと、そのリリースの機会を与えてくれたレーベルに感謝の意も込めて。あと周りの仲間にも。今回Cemeteryが主宰してる〈CNDMM〉からリリースした7インチの曲はあえて収録してなくて、その2曲はCVN的にもけっこう特別なので、7インチを買って聴いてほしいっていうのも付け加えておきたいです。感謝感謝ってJ-Popみたいですが。あとそれにこうやって出したことによって、野田さんとも久しぶりに話せましたし(笑)。

4月のライヴには行こうと思ってますけど。ちなみにDYGLみたいな若いインディ・ロック・バンドには興味ある?

CVN:DYGLのみんなは何年も前から友人で、新しいシングルの「Bad Kicks」もかっこいいなと思って聴いています。そういえば、ヨッケがDYGLのジャケや諸々デザインを担当しているんですよ。

4月のリリース・パーティに出演する人たちはみんな〈Grey Matter Archives〉で作品を発表している人たち?

CVN:発表している人たちと今後発表する人も入ってます。〈PAN〉のFlora Yin-Wongがたまたま来日している期間で彼女にもDJしてもらいます。彼女も〈Grey Matter Archives〉でミックスを発表してもらっていて。

〈PAN〉はテクノ・レーベルだけど、テクノの方向には行かないの?

CVN:いくかもしれないし、いかないかもしれないし、もういってるかもしれない(笑)。

はははは、今日はありがとうございました。

interview with Chris Carter - ele-king

 未来なんてわからないものだ。当人たちも驚いているように、昨年のTG再発における反響は、1979年の時点では到底考えられないことだった。しかしながらTGサウンドは、40年という歳月を生き抜いたばかりか、さらにまた評価を高め、新しいリスナーを増やしている。制度的なアートやお決まりのロックンロールを冒涜した彼らがわりと真面目に尊敬されているという近年の傾向には、もちろん少々アイロニカルな気持ちも付きものではあるが。

TGはどこかに帰属することの観念から得られるいかなる快適さを感じさせるような音楽ではなかった。
──ドリュー・ダニエル


Chris Carter
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 そう、快適な場所などまやかしだといわんばかりだ。そして、ことに311以降の、政治的に、そして経済的に、あるいは環境的にと、あらゆる場面に「死」が偏在する現代を生きるぼくたちにとって、TGはもはや故郷である。その伝説のプロジェクトにおけるエンジン技師がクリス・カーターだった。彼の手作りの機材/音響装置によってTGは自分たちのサウンドをモノにしているのだから。

広く知られているように、TG解散後、クリス・カーターは元TGの同僚であり妻でもあるコージー・ファニ・トゥッティとのプロジェクト、クリス&コージーとして長きにわたって活動した。近年は、カーター・トゥッティと名義を変えて作品を出している。このようにクリス・カーターは長年活動しながら、しかし滅多にソロ作品を出しておらず、この度〈ミュート〉からリリースされる『ケミストリー・レッスン・ヴォリューム・ワン』がソロとしては5枚目となる。

  念入りに作り込んでしまったがゆえの退屈さ、そして未完成であるがゆえの面白さ、というのはたしかにある。『ケミストリー・レッスン・ヴォリューム・ワン』に収録された25曲には、素っ気ない不完全さがある。画集にたとえるなら、書きかけの絵ばかりが並んでいるようだ。しかし描きかけの絵の面白さというのは確実にある。

あるいはこれはアイデアのスケッチ集なのだろう。通訳(および質問者)の坂本麻里子氏によれば、「科学者とか研究者、大学講師と話しているような気分」だったそうで、クリス・カーターのような冷静な人がいたからこそTGという倒錯が成立したのだ。実際、彼はぼくたちの先生であり、アルバムはさながら研究所の実験レポートである。

それは先週末にも誰かと話していたことなんだけどね、「TGの音楽はかなりの長寿ぶりを誇るものだ」、という。で、初期TGのマテリアルの多くには、ある種のタイムレスなサウンドが備わっているんだよね。それがなんなのかは、僕にもわからない。TGのメンバーの間ですら、そのサウンドがなにか? を突き止められなかったからね。あれは相当に「ある瞬間を捉えた」という類いのものだったのに、でもどういうわけか歳月の経過に耐えてきた。

あなたがソロ・アルバムを発表するのはものすごく久しぶりなことですよね。そしてあなたはこれだけ長いキャリアのなかでソロ作品というものをわずか4枚しか出していないですよね? 

CC:うん、そうだね。

最後のソロ・アルバムが1999年の『Small Moon』になるんですか?

CC:ああ。

ではこのソロ新作は18、19年ぶりという。

CC:(苦笑)そうなるね。(独り言をつぶやくように)長くかかったものだ……

とにかく、ここまでソロ作品が数少ないのはなぜでしょうか? それはあなたの気質なのでしょうか? あるいは、ひとりで作るよりも共同作業が好きだからでしょうか? それともコージー・ファニ・トゥッティとの共同作業があなたにとっては表現活動の基盤になっているからでしょうか?

CC:ただ単に、僕は実に多くの(ソロ以外の)プロジェクトに関わっている、ということなんだけれども。

(笑)なるほど。

CC:いや、本当にそうなんだよ! だから、前作ソロが出た17、18年くらい前を思い返せば、あれはTGが二度目に顔を合わせて再結成する前の話だったわけだよね? 僕たちはあの時点ではまだカーター/トゥッティとして活動していたし、でもそこからTGが再び結集することになって……本当に長い間、僕の人生は再び稼働したTGに乗っ取られてしまったんだ。で、そのTGとしての活動が終わったところで、続いて今度はクリス&コージーが、なんというかまた動き出したし、それに伴い僕たちもクリス&コージーとしてツアーをやりはじめることになってね。
そんなわけで僕としては、あれら様々な他のプロジェクトの合間に自分自身のソロ・レコード制作をはめ込もうとしていたんだ。それに、クリス&コージーの後にはカーター/トゥッティ/ヴォイドが続いたし、また僕たちはリミックスや映画向けの音楽も制作していたからね。
というわけで、うん、基本的にはそれらすべてをこなすのが僕の日常的な「仕事」になっていた、と。だから、(苦笑)自分個人のソロ作品をやるための時間が残らなかったんだね。要するに、しょっちゅう脇に置かれて後回しにされるサムシングというのか、よくある「時間がなくていまはやれない、後で」という、そういう物事のひとつになっていたんだよ。(苦笑)まあ……僕はゆっくりとしたペースでこれらのトラックすべてを構築し、楽曲のアイデアを掴みはじめていった、と。だからソロ・アルバム向けのマテリアルに関しては、他の色々なプロジェクトの合間の息抜きとしてやるもの、そういう風に僕は取り組んでいたんだね。

各種プロジェクトにソロと、あなたは常になにかしらの作品に取り組んでいるみたいですね。

CC:(自嘲気味な口調で苦笑まじりに)そうなんだよねぇ……自分にはいささか仕事中毒な面があると思う。

「ソロ作をやろう」と思い立って一定の期間に一気に作ったものではなく、長い間かかって集積してきた音源を集めたもの、一歩一歩進めながら作った作品ということですね。

CC:ああ、そうだったね。アルバムに収録したトラックの一部は、かなり以前に作ったものも含まれているし……本当に古いんだ。そうは言ったって、さすがにいまから17、18年前というほど古くはないんだけれども。その時点ではまだこの作品に取りかかってはいなかったし。だから、それらは6、7年前にやった音源なんだけど、それでもかなり古いよね。

ソロ新作がこうしてやっと完成したわけですが、正直、いまの気分はいかがですか。

CC:エキサイトしているよ! 本当に興奮しているんだ。というのも、実に長い間、これらの音源は誰の耳にも触れないままだったわけだからね。もちろんコージーは別で、彼女は聴いたことがあったけれども。僕たちふたりは自宅に、居間とキッチンの隣にスタジオ空間を設けているからね。で、ちょっと一息入れたいなというときには、僕はスタジオに入ってモジュラー・システム作りに取り組んでいた。だからコージーは僕がどんなことをやっていたのか耳にしていたし、この作品をちょっとでも聴いたことがあるのは自分以外には彼女だけ、そういう状態のままだったんだ。とても長い間、何年もの間ね。そんなわけで、この音源を〈ミュート〉に送るまで、僕はちょっとしたバブルのなかに包まれていたんだよ。で、それは……そうだな、奇妙な気分だった。というのも、ある面では自分としても、あれらの音源を手放したくない、と感じていたから。

(笑)そうなんですか。

CC:だから、自分はそれだけ楽曲に愛着を感じていた、ということだね。あれはおかしな感覚だった。で、〈ミュート〉の方はなんと言うか……送った当初は、彼らからそれほど大きな反応は返ってこなかったんだよ。まあ、実際僕としても、それほど期待していたわけではなかったし。だから、「試しに音源を送って、彼らが聴いてどう思うか意見を教えてもらおう」程度のものだったんだ。そうしないと、この作品を聴いたことがあるのはやっぱり自分だけ、ということになってしまうし、その状態がずっと長く続いてきたわけだからね。で、いまのこの時点ですら……だから、ジャーナリストたちもようやく試聴音源を聴けるようになったところで、作品に対する彼らからのフィードバックを受け取っているんだよ。この作品についての第三者の意見は、本当に長いこともらっていなかったことになるなぁ……ただ、うん、いまはかなりエキサイトさせられているんだ。本当にそうだ。

長い間ひとりで大事にしまっておいた何かを遂に解放した、と。

CC:ああ。「遂に」ね(苦笑)。

ピーター・クリストファーソンがおよそ7年前(2010年)に亡くなりましたが、そのことと今作にはどのような繋がりがありますか?

CC:そうだね、なんと言うか、このアルバムのレコーディングには彼が亡くなる以前から着手していた、みたいな。僕はすでにいくつかのアイデアに取り組んでいたところだったし、スリージー(ピーター・クリストファーソンのあだ名)ともこのヴォーカルのアイデア、人工的なヴォーカルを使うという思いつきについて話し合っていたんだよ。ところが、そうこうするうちに彼が亡くなってしまった、と。それでなにもかもいったんストップすることになったし、彼の死から1年近くそのままの状態になっていたんだ。それくらいショックが大きかったということだし、少なくとも1年の間は、どうしても僕にはこの作品に再び戻っていくことができなかった。けれども、これらの音源に取り組んでいた間も、かなりしょっちゅう自分の頭の隅に彼の存在を感じていたね。だから、「スリージーだったらどう思うだろう?」、「スリージーだったらどうするだろう?」という思いはよく浮かんだ。
ただまあ……しばらく作業を続けていくうちに、やがてこの作品もこれ独自のものになっていった、と。でも、そうだね、彼の突然の死によるショックで、この作品をかなり長い間中断することになった。それは間違いないよ。

坂本:あなたとコージーはまた、ピーター・クリストファーソンが世を去る前から構想していた『Desertshore/The Final Report』(2012)を彼の死後に完成させましたよね。非常にコンセプチュアルな作品でしたが、様々なヴォーカリスト=異なる声を使っているという意味で、本作となんらかの繫がり、あるいは交配はあったでしょうか?

CC:いいや、それはなかったね。『Desertshore/TFR』は完全に独立した世界を持つアルバムだったし、あの作品向けのマテリアルの多くにしても、亡くなる直前まで彼が取り組んでいたものだったわけで。彼はかなりの間あの作品の作業を続けていたし、僕たちがパートを付け足したり作業できるようにと音源ファイルをこちらに送ってきてくれてもいたんだ。で、あれ、あのプロジェクトに関しては──僕たちとしても、あれ以外の他のもろもろとはまったくの別物に留めておこうと努めたね。というのも、彼には『Desertshore/TFR』に対するヴィジョンのようなものがちゃんとあったし、あの作品向けに彼の求める独特なサウンドというものも存在したから。で、彼が亡くなったとき、彼の遺産管理人が彼の使っていたハード・ドライヴ群や機材の一部を僕たちに送ってきてくれてね。そうすることで、僕たちにあのプロジェクトを完成させることができるように、と。

なるほど。

CC:そんなわけで、あのアルバムというのはちょっとしたひとつの完結した作品というか、それ自体ですっかりまとまっているプロジェクトだったし、それを具現化するためにはやはり僕たちの側も、あの作品特有の手法を用いらなければならなかったんだよ。そうは言っても、あのプロジェクトに取り組んでいた間も僕は自分のアルバムの作業を少々続けてはいたんだ。そこそこな程度にね。というのも、あの『Desertshore/TFR』プロジェクトの作業には僕たちもかなりの時間を費やすことになったし、あの作品に取り組むこと、それ自体がかなりエモーショナルな経験だったから。

父から小型のテープレコーダーをもらったのは、僕がまだ10歳か11歳くらいの頃だったんじゃないかな? で、そのうちに僕はテープレコーダー2台を繋げる方法を見つけ出したし、小型のマイクロフォンも持っていたから、それらを使っておかしなノイズをいろいろと作っていくことができたんだ。

今回のアルバムの背後には、あなた自身のルーツが大きな要因としてあると聴いています。そして、制作中には60年代の電子音楽とトラッド・フォークをよく聴いていたそうですね?

CC:ああ。

で、トラディショナルなイギリス民謡というのは……(笑)あなたのイメージに合わなくて意外でもあったんですけれども、どうしてよく聴いていたんでしょうか? どこに惹かれるんでしょうか。

CC:(笑)いやぁ……まあ、僕はとにかく「良い曲」が好きなんだよ。だから良い曲は良い曲なのであって、(苦笑)別に誰が作った曲でも構わないじゃないか、と。その曲を歌っているのは誰か、あるいは演奏しているのは誰かというこだわりを越えたところで、純粋に曲の旋律に耳を傾けるのもたまには必要だよ。だからなんだよね、僕はアバの音楽ほぼすべて大好きだし、本当に……ポピュラー音楽が好きなんだ。本当にそう。けれども、60年代の電子音楽、たとえばレディオフォニック・ワークショップ(※英BBCが設立した電子音楽研究所。テレビとラジオ向けに効果音他の様々なエレクトロニック・サウンド/コンポジションを制作した)に関して奇妙だったのは……あのワークショップにはかなりの数の人間が関わっていたから(※50〜60年代にかけての期間だけでも9名ほどが参加)、ときにはこう、とてもへんてこなサウンド・デザインや実験的な音楽、サウンド・エフェクツ作品を作ることだってあれば、その一方でまた、実にメロディックで、ある意味……やたら楽しげな、風変わりな歌だのテレビ番組のテーマ音楽をやることもあった、という。

(笑)ええ。

CC:だから、彼らの振れ幅は驚くほど広かったということだし、そのレンジは完全に実験的なものから感傷的な音楽、子供番組向けの感傷的でメロディックな歌もの曲まで実に多岐にわたっていたんだ。で、僕が気に入っているのもその点だし……そうだね、実際のところ、彼らが僕のアルバムになにかしら影響を及ぼしているとしたら、きっとそこなんだろうね。というのも、僕は奇妙なサウンドに目が無いタイプだし、もしも素敵なメロディを備えたトラックが手元にあったとしたら、なんと言うかな、そこに奇妙なサウンドを盛り込むことで、そのトラックをちょっとばかり歪曲させるのが好きなんだ。で、思うに自分のそういう面はレディオフォニック・ワークショップに影響されたんじゃないか? と。

あなたが最初に夢中になったアーティスト/曲はなんだったでしょう? そして、あなたが最初に聴いた電子音楽はなんだったのでしょう?

CC:ああ、最初に夢中になった対象……うーん、それはまあ、どの時期にまで遡るか、にもよるよね? というのも、僕は『Dr.Who』(※1963年から放映が始まり現在も続くBBCの長寿人気SFドラマ。オリジナルのテーマ音楽はレディオフォニック・ワークショップのディーリア・ダービシャーが演奏した)を観て育ったクチだし──

(笑)ああ、なるほど。

CC:それはまさに、いま話に出たレディオフォニック・ワークショップだったわけだよね? だから、ここで話しているのは60年代初期ということであって……かなりメロディ度の高い、『Dr.Who』のテーマ音楽みたいなものもあったし、それと同時にあの番組のなかでは様々な奇妙なノイズも使われていた。それに、BBCが制作した子供向けの番組を聴いていても、そこで使用されていた音楽がレディオフォニック・ワークショップによるものだった、というケースは結構多かったしね。でもその一方で、夜になると今度は自分のトランジスタ・ラジオでトップ・テン番組、いわゆるヒット・チャート曲を聴いていたんだよ。やがて僕の好みはプログレッシヴ・ロックやクラウトロックにも発展していったわけで、うん、自分の好みはかなり多様なんじゃないかと思う。

坂本:あなたの世代はたいてい最初はロックやブルースから入っていると思いますが、あなたの場合はどうだったんですか? たとえばビートルズ、あるいはストーンズの影響の大きさは、あの頃育った英国ミュージシャンが必ずと言っていいほど口にしますよね。

CC:というか、僕は実のところビートルズよりもむしろビーチ・ボーイズの方に入れ込んでいたんだ。ビーチ・ボーイズが本当に大好きだったし、なんと言うか、そこからビートルズを発見していった、みたいな。ああ、それにザ・キンクスの大ファンでもあったね。だから、ちょっと妙な趣味なのかもしれない(苦笑)。

たしかに面白いですね。多くの場合はビートルズから入り、そこからビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』を発見していく……という流れだと思いますが、あなたはその逆だった、と。

CC:そう、僕にとっては順路があべこべだったんだ。

どうしてあなたは電子音楽にのめり込んでいったのですか? 奇妙な、未来的なサウンドのどこに惹かれたのだと思いますか。

CC:んー……その面についての影響源としては、自分の父親も含めないといけないだろうね。というのも、彼はオーディオ・マニアだったし、ハイファイ機材を蒐集していて、とても高価なステレオ・システムをいろいろと持っていてね。すごく上等なスピーカーだとか。でも、そのなかにはテープ・レコーダーも2、3台混じっていて、父はかなり大型なテープ・レコーダーを所有していてね。それだけではなく小型のテープ・レコーダーも持っていたから、やがて父は小さい方の録音機を僕にくれることになったんだ。小さなリールが取り付けられた電池稼働式のテレコ、程度のものだったけれども。
父からあれをもらったのは、僕がまだ10歳か11歳くらいの頃だったんじゃないかな? で、そのうちに僕はテープ・レコーダー2台を繋げる方法を見つけ出したし、小型のマイクロフォンも持っていたから、それらを使っておかしなノイズをいろいろと作っていくことができたんだ。
だから、すべてはあの時期から来ているんだろうね。ティーンエイジャーの一歩手前の段階にいた自分が、父親の持っていた音響機材をあれこれ繋げていたあの時期──まあ、父が仕事に出て行った後にこっそりやっていたんだろうけども。というのも、(苦笑)あれらの機材を僕がいじったり繋げるのを父が許可してくれたとは思えないし……。

(笑)。

CC:(笑)ただまあ、そうだね、ほんと、すべてはあの経験から来ているんだと思う。子供時代の自分には音響/録音機材に触れる手段があった、という。それはあの当時としてはかなり変わっていたんじゃないかな。

お話を聞いていると、あなたは早いうちからただ音楽を聴いて楽しむだけではなく、音楽を作ることやサウンド・メイキングの可能性を自分なりに探ることに興味があったようですね?

CC:ああ、そうだったね。だから、僕はラジオを通じて番組や既成の音楽を録音するというのはほとんどやらなかったし、文字通り、「自分のサウンド」を作り出していたんだよ。もっとも、それらは真の意味での「音」に過ぎなかったけれども。音楽的なコンテンツはまったく含まれていない、サウンドによる純粋な実験だったんだ。それに、いまだに……たぶん僕は、音楽的にはディスレクシア(読字障害)の気があるんじゃないかと思っていて。だからいまだに、キーボード他に文字を書いて目印をつけないといけないんだよ。「これはこの音符に対応する」、みたいな。
僕はなにもかも耳で聴くのを頼りにやっているんだ。完全にそうだね。というわけで、(譜面を読める等の正統的な意味での)音楽に関してはかなり役立たずな人間なんだ。それでも、リズム面はかなり得意だけれども。で……そうは言っても、なにかを耳にしたり音楽が演奏されているのを聴くと、それが良い曲かどうか、さらには調子が合っているかどうかまで、耳で聴き分けられるね。だからほんと、僕はなにもかも耳で聴いてやるタイプなんだ。

アカデミックな訓練を受けた「音楽家」ではない、と。

CC:うん、まったくそういうものではないね、自分は。これといったレッスンを受けたことはなかった。だから、僕とコージーについて言えば、彼女は子供の頃にピアノのレッスンを受けたことがあったから、たぶんキーボード奏者としての腕前は彼女の方が上だろうね(苦笑)。

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僕は奇妙なサウンドに目が無いタイプだし、もしも素敵なメロディを備えたトラックが手元にあったとしたら、なんと言うかな、そこに奇妙なサウンドを盛り込むことで、そのトラックをちょっとばかり歪曲させるのが好きなんだ。


Chris Carter
Chemistry Lessons Volume One

Mute/トラフィック

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『Mondo Beat』と今作は、ビートがある楽曲においては似ていると思いますか?

CC:ああ、うんうん。その意見には賛成だね。ただまあ、やっぱり自然にそうなるものなんじゃないのかな? なんと言うか、僕の音楽的な遺産みたいなもの、それはあの作品からはじまっているようなものだしね。だから自分の初期作品にあった要素、それは間違いなく現在の僕がやっている音楽作品にも含まれていると思う。

さて、今回のアルバムについての質問ですが、ビッグなアルバムですよね。しかも2枚組という。

CC:(苦笑)たしかに。

これはある意味、先ほどの質問で答えてくださっているとも思うのですが、収録曲が25曲にまでになった理由はナンでしょう? 純粋に、長い間取り組んできた自然に蓄積してきた音楽をまとめた結果がこれだ、ということでしょうか。

CC:その通りだね。というか、今回リリースするものだけではなく、実はもっと他にもたくさんあるんだよ。

(笑)そうなんですね!

CC:ただ、そのなかでもベストなものを集めたのが今回のアルバムだ、と。だからなんだよ、この作品を『〜ヴォリューム・ワン』と名付けたのは。というのも、自分の手元にはまだかなりの数のトラックが残っているし、それらを今回とは別のセカンド・ヴォリューム、『第二巻』として出せるだろうな、と。それに……このソロ作に取り組んでいた頃、僕はかなりの部分をモジュラー・システムを使って作っていたんだよね。あれを使ってやっていると、自分でも気づかないうちにえんえんと際限なく作業にはまってしまいがちなんだ。いつの間にかスタジオにこもって同じトラックを相手に1時間も費やしていた、みたいな(苦笑)。そんなわけで、この作品をレコーディングしていた10年かそこらの間のどこかの時点で、もっと短く切り詰めるべく、違う作業の流れを開発していったんだ。もう少し自制を心がけた、というね。だからなんだ、収録トラックの多くは尺がとても短いものになったのは。

たしかにそうですよね。

CC:というのも、自分のやっていることに対して聴き手に退屈感を与えたくなかったし、人びとは僕がやろうとしていることの本質を2、3分くらいのトラックで掴んでくれるだろう、たぶんそれで充分じゃないか、そう考えたんだ。でも、そうやって短めな曲をレコーディングするようにしたことで、歳月の経つうちにかなりの量のトラックが集まることになった、と。気がつけば25トラック入りのアルバムができていたわけだよ。

なるほど。その点は次の質問にも絡んでくるのですが、いろんなタイプの曲がありますよね。インダストリアルなテイストのものからシンセポップ調のもの、“Moon Two”のようなメロディアスな曲もあります。それらは曲というよりも断片的というか、アルバムは断片集ともいえるような2〜3分の曲ばかりですね。どうしてこうなったのでしょう? やはり、いまおっしゃっていた自制の作用、制作過程をコントロールしようという思いの結果だった?

CC:それはあったよね。それに、いくつかのトラックに関しては、ほとんどもう他のトラックの「イントロ部」に近い、というものだってあるし(苦笑)……だから、以前にも僕たちはTGやクリス&コージーの楽曲で3分、2分程度のイントロはやったことがあったんだよ。で、今回の作品の一部のトラックもそれらに近いものだ、と。そうは言っても、なにかを味見程度だけに留めておく、その自制の姿勢は自分でもかなり気に入っていてね。この作品を作っている間、それは僕にとって魅力的な行為に映ったんだ。だからなんだよ、アルバムのトーンがかなりガラッと変化するのも。スリージーが亡くなった後、僕は何曲かもっとメランコリックなものを作ったし、けれども時間が経過するにつれてムードも変わっていって、もっとアップリフティングな曲も生まれた。そんなわけで、楽曲の並べ方を決めるのは少々難題になったね。どの順番で並べるか、それを見極めるのにはちょっと時間がかかった。

坂本:なるほど。「克明になにもかも表現した」とまではいかないにしても、ある面で、この作品はここ数年のあなたの人生に起きたていこと、そのダイアリーでもあるのかもしれませんね。

CC:ああ、それは良い形容だね。そうなんだと思う。

もちろん1曲1曲にストーリーがあるというわけではありませんが──

CC:それはない。

あなたの潜っていたムードの変化が聴いてとれる作品、という。

CC:うん。良い解釈だと思う。

僕はラジオを通じて番組や既成の音楽を録音するというのはほとんどやらなかったし、文字通り、「自分のサウンド」を作り出していたんだよ。それらは真の意味での「音」に過ぎなかったけれども。音楽的なコンテンツはまったく含まれていない、サウンドによる純粋な実験だったんだ。

『Chemistry Lessons Volume One』というアルバム・タイトルは、実験報告書のような印象を受けますが、これは現時点でのレポートで、ここから発展していく、しばらく続いていくものなのでしょうか?

CC:うん、だと思う。当初の『Chemistry Lessons』の全体的なコンセプトというのは、非常にエクスペリメンタルな内容になるだろう、そういうものだったんだ。10年くらい前に、その最初期のコンセプトに基づいて作ったトラックを何曲か、オンラインにアップロードしたこともあったんだ。というのも、その時点での『Chemistry〜』のコンセプトはアルバム作りですらなく、ただのプロジェクトだったからね。僕がスタジオで様々な実験をおこない、その結果のいくつかをオンラインで発表し、もしかしたら一部を音源作品として発表するかもしれない、程度のプロジェクトだった。
ところがそれが進化していったわけで、自分の手元にどんどん音源が蓄積していくにつれて、「オンライン云々を通じてではなく、これで1枚のアルバムにできるかもしれない」と自分でも考えたんだ。ただ、次のヴォリュームは今回とはやや違うものになるだろうし、3作目もまた同じく、ちょっと毛色の違うものになると思う。そこはちょっと似ているなと思うんだけど、かつてBBCが70年代にリリースしていた『サウンド・エフェクツ』のレコード(※効果音を集めたライブラリー音源シリーズ)、あれからは今回インスピレーションをもらっていてね。あれはテーマごとに編集された効果音のレコードで、『第一巻』のテーマはこれ、『第二巻』ではまた別のテーマで音源を集める、といった具合だった。
というわけで、ちゃんと準備してあるんだよ。今作には含めずにおいた未発表トラック群、あれらがあれば、『Chemistry〜』のセカンド・ヴォリュームはまたかなり違った響きの作品になるだろうな、と。おそらくもっと長めの楽曲が集まるだろうし、1作目とは異なるトーンを持つものになると思う。

坂本:この『Volume One』のテーマを要約するとしたら、なにになると思いますか?

CC:そうだね、これはシリーズ全体の「見本」みたいなものなんだ(笑)。

(笑)「これからこういうものがいろいろ出てきますよ」と。

CC:(笑)うん。だからこれはある意味、あらゆる側面を少しずつ見せたもの、紹介する内容だね。したがって曲ごとの作風もかなり違う、という。

人工的な歌声を使った曲がいくつかありますよね? “Cernubicua”とか“Pillars of Wah”とかでしょうか? 

CC:うんうん。

あれらの声は、機械で合成したものですか? それとも実際の人間の声を加工したものでしょうか?

CC:その両方が混ざっているね。一部ではヴォコーダーを使っているし、それに……スリージーが『Desertshore』向けに購入した機材も僕たちの手元にいくつかあって、なかにはそれらの機材を使用してヴォイスを加工した例もあった。だから、実際にヴォーカルが歌っていることもあれば、ソフトウェアを使って加工したこともある、と。そうやって異なるテクニックを組み合わせていったものだよ。アルバム制作が進行していくにつれて、どうやってそれを実現させればいいか、そのための作業の流れを発展させていったんだ。だから手法も変化していったし、アルバム作りのはじまりの段階で使ったもののもう自分の手元にはない機材もあったし、その際は改めて別のやり方を見つけ出していったり。だからヴォーカルに関しては、似たような響きに聞こえるものがあったとしても、それらは違うテクニックを用いて作ったものだったりするんだ。リアルな人間の声であるケースもあれば、完全に合成されたものもあるよ。

なるほど。

CC:で、本物の声と人工の声をと聞き分けられないひとがたまにいる、その点は自分としてもかなり気に入っているんだ。

(笑)。あなたのこうした人工的な歌声へのアプローチは、なにを目的としているのでしょうか? どんな狙いがあったのか教えて下さい。

CC:まあ、一部のヴォイスは僕自身の声なんだ。過去に自分の初期のソロ・アルバムでも、自分の声を使ったことは何度もあったしね……。でまあ、一部は自分の声だし、ただ「それ」とは分からないくらいとことん加工されている、と。だから、僕はとにかく……自らになにか課題を与える厳しさというか、難題に取り組むのが好きなんだね。で、クリス&コージーみたいに聞こえる作品にしたくはなかった。というのも、僕たちふたりで作る作品でコージーが歌いはじめた途端、それがどんなトラックであれ、「クリス&コージー」になってしまう、というのは自分でも承知しているからね。まあ、それは当たり前の話だよね、僕たちふたりで作っているんだからさ。ただ、今回の作品に関しては、僕は完全に「ソロ」なプロジェクトにしておきたかった。そう言いつつ、用いた一部のアイデアやテクニックについては生前のスリージーと「どうやればいいか」と話し合いはしたんだけれど、それを除いては、このアルバムではとにかく僕が自分ひとりでやっている、と。だからとにかくすべてを自分内に留めておきたかったし、これは文字通りの「ソロ・アルバム」というわけで、僕以外には誰も関わっていないんだよ。

いくつかのトラックではかなり高音の女性ヴォーカルらしきものが聞こえますが、あれもあなた自身の声を加工したものですか?

CC:うん、それも含まれるだろうし、他のヴォイスも手元にあったね。スリージー所有のハード・ドライヴから発見したもので、彼がアイデアとして使っていたヴォイスがいくつかあったし、それにオンラインで見つけてきたものも混じっている。ただ、それらを非常に高い声域で鳴らすことで、「女性」っぽく聞こえるようになる、と。一方でまた、とても低い音域で楽曲の下方で鳴らしたこともあったし、女性/男性の区別がつけられないんじゃないかな。

なるほど。キメラというか、もしくは両性具有というか──

CC:ああ、うん。

どちらの「性」にもなり得る、と。そうした人工的な声の持つ可能性、無限のポテンシャルがあなたには非常に魅力的なんでしょうか?

CC:まあ、このアルバムに関してはそうだった、ということだね。だから、もしかしたら次のアルバムはインスト作になるのかもしれないし。そうやって、自分にもうおなじみの世界に留まって(苦笑)、シンセサイザーやモジュラーなんかを使った、自分にはかなり楽にやれる音楽をやるのかもしれない。というのも、ああいうヴォーカルを用いると、作業にかなり長くかかってしまうんだ。毎回うまくいくとは限らないし、悲惨な結果になることだってあるしね。

(苦笑)そうなんですね。

CC:(苦笑)ああ。だからまあ、このルートには一通り足を踏み入れたということで、しばらくはこれで充分かもしれない。

初音ミクって知ってますか?

CC:ああ、うん。あの、ヴォーカロイドというのは、以前に自分も使ったことがあったんじゃないかな? (独り言のようにつぶやく)いや、というか、今回のアルバムの1曲でも、もしかしたらヴォーカロイドは一部で使っているかも……? んー……? まあとにかく、うん、僕個人としてはあんまり結びつきを感じられなかったね。あれは純粋にソフトウェアだし、僕はハードウェアを多く使用する方がずっと好きな人間だから。類似したことをやれるプログラムではなくて、むしろ実際のハードウェア機材でやってみるのが好きなんだ。たまに「かなり自分好みのサウンドだな」と思うものもあるとはいえ、あれは聴くのがきつい、というときもある音だよね。

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このソロ作に取り組んでいた頃、僕はかなりの部分をモジュラー・システムを使って作っていたんだよね。あれを使ってやっていると、自分でも気づかないうちにえんえんと際限なく作業にはまってしまいがちなんだ。いつの間にかスタジオにこもって同じトラックを相手に1時間も費やしていた、みたいな(苦笑)。


Chris Carter
Chemistry Lessons Volume One

Mute/トラフィック

ElectronicExperimental

Amazon Tower disk union

最初に作った自作の機材はどんなものだったのでしょう?

CC:60年代に『Practical Electronics』という雑誌を読んでいたことがあったんだけど、回路基板が付録で付いてきたんだよね。毎月、自分の手でなんらかの電子機材を組み立てることができて、パーツも購入できて。

メール・オーダー式の雑誌?

CC:そう。いろんな部品を注文し、自分で組み立てるという。だから僕が初めて作ったシンセサイザーは、あの雑誌で見かけた設計図にすべて基づいていたよ。そこからどんどんもっと大型のシンセを組み立てていくようになったし、他にももっといろんなもの、たとえばエフェクト・ペダル等も作っていって。TGに加入してからは、「グリッサライザー」(Gristleizer:エフェクト・ユニットのモジュール。TGの作品やライヴで多く使用された)というものを作ったね。あれは他の人間の考案したデザインに基づいていたけれども、自分でそれを改めてデザインし直したものだった。というわけで長年にわたって、僕はあらゆる類いの機材を自作してきたわけだね。
ところが歳をとるにつれて既製品を買ってしまう方が楽になってきたし、そうやって買って来たものにたまに改良を加えたり。でもまあ、近頃はあまり機材の自作はやらないね。オリジナルの『Chemistry Lessons』プロジェクトを開始した頃はまだ機材を作っていて、たくさんこしらえていたけれども。たとえばコージーのために「トゥッティ・ボックス」という名の小さなシンセサイザーを作ってあげたりした。で、そこから僕はモジュラーものにハマっていくようになって、自分用にモジュールをいくつか作ったこともあったね。ただ、いまの僕は主に市販のモジュールを購入してやっているよ。というのもモジュラーであれば、独自なものを作るように設定を組むのが可能だからね。モジュールをまとめてどうパッチしセッティングしていくか、そのやり方はひとそれぞれに違うわけで。だからおそらく、僕は自分で回路板を作る作業を、モジュールの購入で代用しているんだろうね。

それらをご自分の好みに合うように改良している、という。

CC:ああ、そうだね。それは自分はよくやるよ。

大学生のときに初めてのソロ・ライヴをやっているんですよね? それはどんなライヴ演奏だったのですか?

CC:(「大学でソロのライヴ・ショウをやったことがあるそうですが」と質問を聞き違えて)ああ、先週やったライヴのことかな? あれは週末におこなわれたムーグ・シンポジウム(※サリー大学が主宰する「Moog Soundlab Symposium」のこと。2018年版は2月3日開催)に参加したときのことで、小規模なライヴ向けのセットアップでやったものだったね。完全に実験的な内容で、キーボード等は一切使わず、モジュール群と箱があるだけ。それらを相手にちょっとしたライヴ演奏をやったんだ、40分くらいの短いものだったけれどね。別にムーグを使ってパフォーマンスしたわけではなくて、僕は単にあのイヴェントの一環だったんだよ。でも、あれは興味深かったな。というのも、僕はあまりライヴはやらないし、とくにソロ・ショウの場合は珍しいからね。ここ2、3年はカーター/トゥッティ/ヴォイドやクリス&コージーで僕たちもたくさんショウをやったけれども、ソロではあまりやってこなかった。だからあれは面白かったよ。

緊張しましたか?

CC:いや、そんなにあがるタチじゃないんだよね。うん、それはないな……自分がなにをすべきか分かってさえいれば、緊張することはまずない。だって、結局は自分が表に出て行って、そこでは人びとが待ち構えている、というだけのことだしね。で、音源を入れてなんらかのノイズを作り出して、それを気に入ってくれる者もいるだろうし、もしも気に入らないひとがいたら、残念でした! ということで。

(笑)。

CC:ハハッ。でも、自分は楽しんだよ。それに、観客たちも気に入ってくれたし、うん、あれはグレイトだった! 会場も良かったし、様々なヴィンテージのムーグ機材が置かれた横で演奏させてもらって、環境としてもばっちりだった。会場は素晴らしい空間だったし、音響設備も良くてね。それには大いに助けられたよ。

なるほど……と言いつつ、そもそもの質問は、あなたが大学生だった頃にやった初のソロ・ライヴはどんなものだったのか?ということでして。こちらの訊き方が明確ではなくて伝わらなかったかもしれません、すみません。

CC:ああ! というか、僕は大学には進学しなかったんだけどね。ただ、若い頃、70年代にたくさんの大学でライヴをやったのはたしかだね。イギリス各地の大学を回るツアーをやって、ソロでショウをやったこともあったし、ときには2、3人の友人たちと一緒に回ることもあって、彼らはライト・ショウを担当してくれてね。で、ライト・ショウをお伴に、僕は自家製のシンセサイザーでライヴをやった、という。あれは一種のコンセプチュアルなショウみたいなものだったし、うん、僕たちはイギリス各地の様々な大学を訪れてショウをやったものだったよ。

完全なインスト音楽とライト・ショウによるパフォーマンスだったんでしょうか?

CC:ああ、そうだった。だからまあ、いくつかのシークエンスを伴うアンビエント音楽、みたいなものだったね。

……観客の反応はどんな風だったんでしょう? いまならともかく、その当時としては、こう、かなり風変わりなパフォーマンスだったんじゃないかと想像しますが。

CC:(笑)。

それこそ、「なんだこれは?」と当惑するひともいたんじゃないですか?

CC:(苦笑)ああ……でも、音楽はかなりアンビエントなものだったし。それに、立体音響式でやったんだよね。その点は僕たちしては非常に興味深かったし、当時は立体音響にハマっていたから。ただまあ、お客の多くは「ロックンロール・バンドの類い」を期待して集まってくれたんだろうし、考え込んでしまうひとや困惑するひとたちは多かったね。それでも、おおむね観客の受けは良かったよ。

いろんな部品を注文し、自分で組み立てるという。だから僕が初めて作ったシンセサイザーは、あの雑誌で見かけた設計図にすべて基づいていたよ。そこからどんどんもっと大型のシンセを組み立てていくようになったし、他にももっといろんなもの、たとえばエフェクト・ペダル等も作っていって。

ところで、コージーの『Art Sex Music』を読んだ感想は? じつはいま日本版を訳しているんですよ。

CC:あー、そうだな……

かなり長い本ですけれども。

CC:そうだね。でも僕は、執筆が続いている間に、様々な推敲段階のヴァージョンを読んできたからね。あの本は元々はもっと長くて、それをフェイバー社側が編集してページ数を減らしていったんだ。というわけで僕はあの本のいろんなヴァージョンはすべて読んだことになるね……最終的にまとまった編集版の一部に「カットされて惜しいな」と思った箇所は少しだけあるけれども、でもまあ仕方ないよね、千ページの大著を出版するわけにはいかないんだし、ある程度は編集で減らさないと。
ただ……あれを読むとかなりエモーショナルになってしまうんだ。最後にあの本を読んでからかれこれ1年くらいになるけれども、いくつかの箇所は、読むのがかなりきついからね。そうは言っても、あの本は本当に好きなんだよ。すごく良いなと思ったし、ファンタスティックな本だ。とにかく、コージーのことを本当に誇らしく感じる、それだけだね。というのも、あれらをすべてページに記していく、その勇気が彼女にはあったわけだから、

彼女とのパートナーシップはいまも続いているわけですが、あなたが彼女から受けた影響はなんでしょう?

CC:あー……参ったな(苦笑)! それは大きな質問だよ。

(笑)ですよね、すみません。

CC:いやあ……答え切れるかどうか、それすら自分には分からない(笑)。

分かりました。じゃあ、これは次に取材する機会があるときまでとっておきますね。

CC:(笑)うんうん、次回ね。僕の次のアルバムが出るときに。

最後の質問です。いまだにTGの音楽がひとを惹きつけているのは何故だと思いますか?

CC:自分でも見当がつかないんだ。というか、それは先週末にも誰かと話していたことなんだけどね、「TGの音楽はかなりの長寿ぶりを誇るものだ」、という。で、初期TGのマテリアルの多くには、ある種のタイムレスなサウンドが備わっているんだよね。それがなんなのかは、僕にも分からない。TGのメンバーの間ですら、そのサウンドがなにか? を突き止められなかったからね。あれは相当に「ある瞬間を捉えた」という類いのものだったのに、でもどういうわけか歳月の経過に耐えてきた。一方で、多くの音楽は……ときに古い音楽は、20年くらい経ったらうまく伝わらなくなっている、ということもあるわけだよね? 「いま聴くと最悪だな!」みたいな。でもTG作品の多くには、なにかしら時間を越えた資質めいたものがあるんだよ。
思うに、その資質なんじゃないのかな、古くならないのは。だから、いまTGを聴いている人びと、いまTGを発見しているひとたちがいるのは僕も知っているし、彼らは聴いてかなりぶっ飛ばされているんだよね。で、それはグレイトだと思うし、素晴らしいことだと思っていてね。けれども、どうしてTGの音楽が聴き手にそういう効果をもたらすのか、それは自分でもいまひとつはっきりしないんだ。だから、TGのメンバーたち自身にも見極められないなにか、ということだし、他にもいろいろとあるよく分からないもの、そういうもののひとつだ、ということじゃないのかな?

なるほど。それに、そもそも長寿を意図して作ったものではなかったわけですしね。

CC:それはまったくなかったね。

坂本:2ヶ月ほど前にコージーに取材させてもらう機会があったんですが、そこで彼女も「40年以上経って人びとがまだTGを聴いてくれているなんて思いもしなかった。だからとても嬉しい」と話していましたから。でも、どうなんでしょうね、とても始原的な音楽だからかな? とも感じますが。

CC:ああ、そうだね! それはあるかもしれない。

もちろん、プリミティヴとは言っても電子音楽の形でやっているわけですが。

CC:うん、でも、彼女が言った通り、人びとが僕たちの音楽をその後も聴き続けるだろうなんて、僕たち自身考えてもいなかったからね。40年どころか、10年もしたら忘れられているだろう、そう思っていた。とにかくああして作品/活動をやっていっただけだし、それが終わったらおしまい。次にはまたなにか他のことをやっていこう、と。そうは言ったって、もちろん当時の僕たちはかなりいろいろと考えてTGの活動をやってはいたんだよ。ただ、だからと言って自分たちに「大局的な図」が見えていたわけではなかった、という。もしかしたら、だからだったのかもしれないよね、あんなにうまくいったのは。

4人のまったく異なる個人がTGというグループにおいてみごとにひとつに合わさったこと、それもあったかもしれません。

CC:ああ、そうだね。パーツを組み合わせた結果が単なる総和よりも大きなものになる、そういうことはたまに起きるからね。

わかりました。今日はお時間をいただいて、本当にありがとうございました。

CC:こちらこそ、話ができて楽しかったよ。

新作がうまくいくのを祈ってます。

CC:僕もだよ。聴いた人びとに気に入ってもらえたら良いなと思ってる。

大丈夫だと思います。

CC:そうかな、ありがとう。

ではお元気で。さようなら。

CC:バーイ!

(了)

East Man - ele-king

音とともに紡がれるロンドンの今

 アントニー・ハートがイースト・マン(East Man)名義で〈プラネット・ミュー〉から『レッド、ホワイト&ゼロ』を送り出した。長年ドラムンベースのシーンで活躍してきた彼だが、近年は140BPMを軸としたベーシック・リズム名義でグライム、ジャングル、テクノのサウンドスケープを発展させてきた。イースト・マン名義での今作では、ロンドンのグライムMCとのコラボレーションによって、さらにミニマルな音を追求し、硬質かつラフなグルーヴに溢れた一作を生み出した。
 彼が「ハイテック(Hi-Tek)」サウンドと名付けた自身の音は、ジャングルのブレイクビーツのリズムを、ミニマルなドラムマシンとベースで再構築したサウンドに聞こえる。緻密にプログラミングされたドラム、パーカッションとサイン波は、UKハードコアの長い歴史を感じさせながら、ときに緊張感、ときに静寂を生み出す。特に静寂を感じさせるタイミングには、独白的にスピットするグライムMCの声がより際立って聞こえる。
 アルバムでコラボレーションしているのは、ロンドンのあらゆるエリアのMCである。北ロンドンのグループYGGからセイント・ピー(Saint P)、リリカル・ストラリー(Lyrical Strally)など新世代のグライムMC、東ロンドンよりクワム(Kwam)、エクリプス(Eklipse)、南ロンドンからはキラ・ピー(Killa P)、アイラ(Irah)といった、長年シーンで活躍するMC。彼らはアントニー・ハートのサウンドに対して、明確なメッセージを与える。例えば、ダーコ・ストライフ(Darkos Strife)は日常の言葉で自分のアティチュードを表明する。

Trying to better myself, still need to make improvements,
So when it's that time there'll be no time for snoozin',
Life can be quite difficult, but I still keep it moving, stop myself from being useless,
Smooth sailing from here on, ima carry on cruisin'.

己を磨こうと心がけ、まだまだ足りない
時は来た、居眠りしてる暇はないんだ
生活はハードだが、動き続けよう
用なしのやつになるのはやめな、
ここからスムーズに帆をあげて、クルーズを続けよう

“Cruisin'”

 都市での生活はハードであり、「useless」=用なしの人間になることは容易い。都市のもうひとつのリアリティは、地下鉄でインタヴューに答える男のスキット“Drapesing(ドレイプシング)”で描かれる。「drapesing」とは、スラングで強盗という意味だと彼は説明する。彼は強盗を起こし、捕まったあと3ヶ月警察に拘留された。仕事も手につかず、週16ポンドの社会保障に頼っている。「週16ポンドじゃ生きていけない」と呟く。追い込まれた、あるいは自分自身を追い込んでしまった彼の疲れ切った話ぶり。つづいて、インタヴューワーは「仕事をしないのか?」と男に少しキツいトーンで聞く。ここで映し出される風景全体が、内面化された新自由主義的な自己責任の倫理、あるいはロンドンの空気を象徴している。「金払いがちゃんとしてて、楽しめる仕事なら。(お前らとは)住む世界が違うんだよ」、男は力なく答える。このスキットは、ポジティヴでアグレッシヴなMCが口にしなくとも、常に隣り合わせにしている人種や資本の問題が絡んだ都市の現実を巧みに描き出している。

 やけっぱちにすらなれないほどに疲れ果て、また追い詰められてしまう都市の苛烈さに身を置きながらも、いや置かれてもなお、グライムMCはビートの上で活き活きと自分を表現する。MCのユーモア、自己主張、そして自由さが感じられる。そして、音楽を拠り所にして、なんとか出口の見えない現実を生き抜こうとする姿が聞こえる。MCのクレバーで攻撃的な勢い、イースト・マンの静けさを感じさせるダンス・ミュージック、差し込まれるフィールド・レコーディングは物語を紡ぎ、アルバムを通してロンドンの一瞬を切り取っているのだ。

interview with Young Fathers - ele-king


Young Fathers
Cocoa Sugar

Ninja Tune / ビート

PopElectronicHip Hop

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 たしかに多様であることはたいせつだ。排他的だったり差別的だったりする世のなかが生きづらいのは間違いない。けれど、洪水のようにPCが猛威をふるっている昨今、多様性の賞揚それ自体がひとつの体制と化しつつあるようにも見える。企業も広告に気を配るのにひと苦労だろう。彼らは売らなければならない。資本はなんでも利用する。多様な世界、素晴らしい。そんな世界にふさわしいうちの商品、いかがでしょう。
 そのような風潮のなか、サウンドもメンバーの背景も多様なヤング・ファーザーズの新作がリリースされたことは興味深い。アンダーグラウンド精神溢れる〈Anticon〉からミックステープを発表し、〈Big Dada〉から放った前々作『Dead』でマーキュリー・プライズを受賞、前作『White Men Are Black Men Too』で大きくポップに振り切れながらも挑発的な問いを投げかけていた彼らは、いま、バランスをとることに苦心している。
 無自覚ではいけないのだろうけど、かといってPCマシマシなムードには胃がもたれる――似たようなことは音の扱い方にも言えて、大衆迎合的でありすぎてもいけないし、難解でありすぎてもいけない。そのような葛藤は、サブ(=従属的)カルチャーであると同時にカウンター(=対抗的)カルチャーでもあるポップ・ミュージックに背負わされた、永遠の宿命と言っていいだろう。ヤング・ファーザーズはその両岸でバランスをとるのが抜群にうまい。たとえば、今回のアルバムの冒頭を飾る"See How"から2曲め"Fee Fi"の馴染みやすくかつエッジイな音選びを経て、アノーニのようなヴォーカルがアフリカン・パーカッションを連れてくる3曲め"In My View"へと至る流れには、多様性が体制となったこの時代をサーフする巧みなバランス感覚が表れ出ている。
 アルバムごとに変化を続けている彼らではあるが、ヤング・ファーザーズというバンドの芯に揺らぎは見られない。彼らはいまもむかしも変わらず「ポップ・ミュージックとは何か」という問いのなかでもがき続けている。そのエンドレスな格闘のもっとも新しい成果報告が、この『Cocoa Sugar』なんだろうと思う。

ポップ・ソングはバランスがすごく大事で、聴き覚えがある部分と、聴いたことのない、おもしろくてもっと聴きたいと思うような部分のバランスが取れているのが良いポップ・ソングだと思うんだよね。

今回の新作は、前作とはまた異なるアルバムに仕上がっています。制作するうえで方向性やテーマのようなものはあったのでしょうか?

アロイシャス・マサコイ(Alloysius Massaquoi、以下AM):前作からの継続だとは思っているんだけど、同じ方向性でわりとシンプルにしたところはあるかな。アレンジに関しても一貫性を持たせるというか。僕らはポップ・ソングを作るという難業に挑んでいる。ポップ・ソングってじつは作るのがいちばん難しいタイプの音楽だと思っていて、重要なのはバランスのとり方なんだよね。すべての正しいものを正しいところに収めていかないといけない。そうしないといいものができない。それがポップ・ソングだからね。その意味で前作でやったことをさらに推し進めつつも、新たなカラーを持ち込んだ。明るいカラーだね。全体としては前作よりも大人になったアルバムと言えるかもしれない。その理由は自信がすごくついたこと。自信があるからやりたいことをやりたいようにできるようになった。やりたいことを自由にオープンに表現するためには、すごく自信が必要なんだと思う。クリエイターとしてそれを得ることができたから、さらに確信を持って作ることができたんじゃないかな。

グラハム・"G"・ヘイスティングス(Graham 'G' Hastings、以下GH):まったくいま言ったとおりなんだけど、いろんなものを押し込めるというよりは、厳選して作り上げた音楽かもしれない。「曲」という認識で作っているから、たとえばブリッジがあってヴァースがあってコーラスがあるというような構成の部分と、音的にもリヴァーブとかのエフェクトに頼るんじゃなくて、ドライに音を作って曲を浮き彫りにするということは考えたかな。

ケイアス・バンコール(Kayus Bankole、以下KB):僕らは作品を作るたびに毎回違うものを作っているんだよね。それは、自分たちに挑みつつ安全圏からつねに踏み出していこうという姿勢の点では同じなんだけれど、結果としてできるものが変わっていくということだね。色合いが増えたとか、明るさについての話が出てきたけど、それは音そのものというよりも感覚的なものかなあ。フィーリング的により明るいものになっているね。僕らはもともとダークなバンドってわけじゃないんだけど、今回はより明るいものを求めていたってのはあるのかもしれない。他のメンバーも言ったとおり、曲の構成をしっかりするということや、内容やトピック、個人的なことに関してもなんでも、わかりやすく伝えやすくすることを考えながら曲として仕上げていった。

AM:ポップ・ソングはバランスがすごく大事で、聴き覚えがある部分と、聴いたことのない、おもしろくてもっと聴きたいと思うような部分のバランスが取れているのが良いポップ・ソングだと思うんだよね。そこは目指したな。

今回のアルバムを制作するにあたって影響を受けた音楽、または映画や本などがありましたら教えてください。

GH:とくに影響源はないよ。ファースト・アルバムもそうだったけど、自分たちは何かを聴いて「これをマネしてやろう」なんて思うことはいっさいないし、とくに今回のアルバムはそれが顕著だったんだ。音楽的に「このサウンドで」と参考にしたものはないね。とにかくスタジオに入って、さあ作ってやろうという勢いで作ったアルバムだったからね。

KB:あらかじめ自分たちの頭のなかに、こんなことをやりたいというイメージがあったから、それをスタジオに入ってそのまま形にすることができたのはすごく良かったと思う。影響源となるものをこちらから求めなくても、自分たちのなかに蓄積があったってこと。もちろん、そのままの形でアルバムになったわけではないけど、自分たちの気持ちに素直にやった結果、新たな発見があったりもして、そうしたなかでできあがったアルバムかな。

AM:ある意味自分たちで勝手にストーリーを作っちゃったようなアルバムだと思っていて、よそから引っ張ってきたと言うより、フェイクもリアルも入り混じった僕たちの作ったストーリーという感じのアルバムなんだよね。

KB:(前作から)2年という月日があって、もちろん音楽は聴いていたんだけど、それまでに自分たちが送ってきた生活や、日常的なことから作り上げられた自分というものが、今回は自然な形で表れているんじゃないかな。新しいサウンドとか新しい方向性をあえて模索しなくても、自分たちが送ってきたふつうの生活が新しいものになってアルバムに出ていると思う。だからここで新しいスタートを切れたような気がするんだよ。(2011年の)『Tape One』もそういう性格のアルバムで、それまでの自分たちの生活から生み出されたものだった。それ以降の作品は、それを踏まえて作ってきたところがあるけど、今回はいったんそれをチャラにして、まったく新しいチャプターが開けたような感覚のあるアルバムなんだ。

GH:だいたい僕らは飽きっぽいからさ。人と一度何かをやるとすぐ飽きちゃうんだよ。だから前と同じことができないというのもあるんだけど、そういう意味でもこの年月のなかで培ってきたものがおのずといい形で出たアルバムなのかなと思う。

KB:「新しいチャプター」という言い方はぴったりだね。他の音楽をまったく聴いていないなんて言うつもりはないし、ふだんからヘッドフォンを持ち歩いて聴いたりはしているんだけど、自分たちに染み込んでいったものが自然と出てきているんだろうな。だけど、あくまで作るという過程、自分たちを表現するという過程においては、その聴いていたものに立ち返ってそれを紐解くというようなことはしていない。自分たちのなかにすでにあるものを自問自答するような形で、自分たちにチャレンジするような、自分たちのなかで議論をしながら作っていったものなんだ。じっさいの作業に入ったら他のものはぜんぜん聴かないね。その部屋のなかで自分たちだけで作ったものなんだよ。

「新しいチャプター」という話が出ましたが、今回はリリース元も前作までの〈Big Dada〉から、その親レーベルの〈Ninja Tune〉へと変わりましたよね。

GH:新しいスタイルになったことで上に上がれたわけだけど、どうかな(笑)。これで満足してもらえるといいね(笑)。「新しいチャプター」だから新しいスタッフと組んでみて、さあどうなるかな、ってところだな。でもフレッシュなスタートを切れたのはよかったよ(笑)。いまのところは順調だね(笑)。

KB:ブルシット! ブルシットだね! はははは!

今回マッシヴ・アタックとともに来日を果たしましたが、あなたたちにとって彼らはどのような存在ですか?

GH:いい人たちだね(笑)。彼らはオリジナル性のあるバンドだった。何もないところからああいう独自のサウンドを作り上げたという意味で、僕らもそうしていきたいと思わせてくれる存在だね。そういう人たちと話ができるのはすごくいい経験だったと思うよ。

AM:しかもそれで成功しているんだもんな。成功例として真似たい存在だとも言えるかもしれない。彼らは一貫性を持ち続けて、あれだけ長く活動して成功しているからね。

GH:あれだけ独自性を持ちながら成功を収めるというのは、じっさいすごく難しいことだと思う。しかもそれを続けているんだからね。それを見ていると希望がわくというか、拘ってやっていってもいいんだなと思える。レコードを売るために、みんなからああしろ、こうしろって言われるようなことをやっていかなくても、自分たちのやりたいことに拘っていくことで成功できる可能性もあるんだなと思わせてくれるバンドだと思うよ。

子どもの頃は、「エディンバラには何もないから外に出ていきたい」と感じていたね。それが逆にエディンバラから受けたいちばんの影響だったような気がするよ。

『T2 トレインスポッティング』ではヤング・ファーザーズの曲が使われていましたが、それはダニー・ボイルから直接オファーがあったんですか?

GH:そうだね。その話をもらって撮影現場まで行ったんだけど、彼は映画ごとに「この音楽を聴きながら作る」というタイプの人だったんだ。あのときはたまたま僕らの音源をずいぶん聴いていたみたいで、それで僕らを信頼して任せてくれたんだよね。すごくいい人だったよ。

オリジナルのほうの『トレインスポッティング』を観たときはどのような感想を持ちましたか? 世代的にリアルタイムではないですよね。

AM:時代の感じが出ている作品だと思う。いまとなっては名作だもんな。当時はヘロインなんかのドラッグ、スコットランドのネガティヴな部分が出ているって文句を言っていた人も多かったみたいだけどね。そのパート2に自分が参加しているんだなという感覚はあるよ。

GH:僕は好きだったよ。

AM:『シャロウ・グレイブ』とか、その前のやつも好きだったな。あと、あの作品はなんだっけ? そうだ、(アーヴィン・ウェルシュ原作の)『アシッド・ハウス』(監督はポール・マクギガン)とかも好きで観ていたよ。

『T2』を観ていてもっとも辛くなった場面はどこでしょう?

AM:最後のほうで僕らの曲が流れてくるところはすごく好きだったけどな。観ていて辛いというか、ふたりの友だち同士が殺し合って首を絞めるシーンとか、そこへ至るまでの緊張感はあったけど、でもそれが嫌だというわけではなくて、そこで自分たちの音楽がサウンドスケープ的に流れてくる感じは好きだったな。

『T2』で使用された"Only God Knows"は今回のアルバムには収録されていませんね。

GH:あれは映画用の曲なんだ。ダニーからオリジナル曲を頼まれて、それで書いた曲だからアルバムには入れていないんだ。

『T2』ではプロテスタントの飲み会に侵入して「ノーモア・カトリック」と合唱するシーンがありますが、そういった光景はいまでもエディンバラでは日常的なのでしょうか?

KB:そのシーンはあんまり印象に残ってないな(笑)。

GH:そういう宗教的なところよりもむしろ、フーリガンの対立のほうが印象に残っているね。まあ、そういうのはエディンバラよりもグラスゴーのほうが色濃いとは思うけど。

AM:あれはどちらかというとお笑いのシーンなんだよ。ああいう人たちの姿から見てとれる滑稽さだとか、「ノーモア・カトリック」って叫んでいるうちにお金を取られちゃったりする滑稽さだとかを描いているんだと思う。

その場面には何か政治性みたいなものがあると思いますか?

GH:笑えるって思えるのは自分たちの地元だからかもしれないけどね。僕らが子どもの頃は、サッカーを観に行けばチーム同士のライヴァル意識からああいうことがよく起こるものだったし、サッカーの世界における互いに対する根深い憎しみというのは、もう笑っちゃうくらいなんだよ。それがああいう形で映画のなかで表現されているということが僕らからすればすごくおかしい。というのも真実だからね。真実だからこそ笑っちゃうというか。もちろん問題としては深刻な部分もあるのかもしれないけど、僕らからするとああいう形で不思議なエディンバラ的なものが描かれているというのはおもしろいし、それを他の世界の人たちが見たらどうなのかなっていうのは興味のあるところだね。

KB:もちろん笑ってしまうようなこともいいことばかりじゃないけどね。ただあの映画のなかでは、あのシーンの役割として、ちょっと笑いを含む滑稽さが出ていたと思う。

スコットランドではEU離脱をめぐる国民投票で60%以上が残留を支持したり、ニコラ・スタージョンの独立路線など、政治的なことがいろいろと起こっていますが、ヤング・ファーザーズの新作にもそういったことが影響を及ぼしたりしているのでしょうか?

GH:ふつうに曲を書いているだけだよ。

AM:もしかしたら逆の意味での影響は出ているかもしれない。そういう状況があるからこそ自分たちがものを作ることに幸せを見出して、作っていて楽しいと思えるとか、逆説的な意味での影響はあるかもね。でも起こっていること自体が音楽に出ているかというとそんなことはない。べつに聴いていて鬱屈するようなことは歌っていないし、俺に言わせれば希望を歌っているものが多いと思う。ダークな曲を書いている人がダークな状況にいるとは限らないのが音楽の世界だと思うんだ。自分たちが書いている曲の内容も、たとえば自分のことだけじゃなくて、生活のなかで出会った誰かのことをキャラクターとして描いていることもあるし、まったくの架空のことを書いていることもあるし。それができるのが創作の良さだと思っている。だからいまそういう現状があるということをそのまま書くのではなくて、そのなかで暮らしている人たちの姿を曲にしているという感じかな。

GH:サウンド的には聴いていてダークな感じはしないと思うんだ。僕が個人的にいいと思う音楽は、歌詞をじっくり読むとそういったダークなテーマを扱っているけれども、仕上がりとして曲を聴いたときには踊ってしまうような、笑顔になってしまうような曲だから、今回の曲たちもそういう仕上がりになっていると思う。リズム的にはアップなんだけど、歌っていることの概念的な部分ではもうちょっと深いところを突いているような曲になっているんじゃないかな。それも滅入ってしまうようなことではなくて。さっきからバランスという話が出ているけど、そういう意味でいろんな要素を取り合わせつつ、最終的にはポジティヴな感覚を伝えたいということだね。

今回質問を用意したもうひとりは、『T2』で描かれるエディンバラにすごく笑ったそうで、彼の子どもは『ハリー・ポッター』で描かれるエディンバラに憧れているそうなんです。ヤング・ファーザーズの音楽もエディンバラの土壌と関係していますか?

KB:俺も笑ったよ。それはいいことだと思う。

GH:たぶん一般的に描かれるエディンバラのイメージというのは、きれいで住みやすい街みたいな感じなんだろうけど、そういう表面的なところからは見えない、でも育った人なら知っているみたいな部分があの映画には描かれていて、しかもそれが映画のスクリーンにボンと出てくるというのが地元民からするとすごく笑えるんだ。いかにも「らしいな」という部分、みんな知らないだろうけど僕らは知っているからこそ笑えるという感覚があって、僕らからすればそれがあの映画のおもしろさだったんだ。たしかにエディンバラには二面性があって、経済的な部分ではある程度豊かであるという良い面がある一方で、ドラッグの問題なんかの悪い面もあって、その二面性のふだんは表に出てこない裏側のほうにハイライトを当てたというのがあの映画のおもしろさなんだよね。

AM:『ハリー・ポッター』は好きじゃないからな。観に行ってもいないし。

GH:あれは完全にファンタジーだから実感はないね(笑)。美しい古い建物がある街だから、そういう環境がああいうファンタジーを生むということは理解できるけど、若いやつらが夢中になれるようなカルチャー的なことで言えば、僕らが育ってきた時代はほんとうに不毛だったよ。改善されてはいるけど、いまだにその名残はあるね。だからアーティストがエディンバラに居場所を見つけるのはすごく難しくて、芸術の世界で何か成功を収めたいと思ったら「ここに留まっていたらダメだ」という感じがいまだにあると思うんだ。

KB:もちろんエディンバラにはエディンバラの文化があるよ。外から入ってきた人がそこに馴染むのは難しいし、そこに居場所を求めるのも難しいから内向きになっていくんだろうな。最近は多少は良くなってきているけどね。

ヤング・ファーザーズの音楽にはそういったエディンバラらしさが出ていると思いますか?

GH:それはとくにないと思う。そりゃふだんから暮らしている街だから、何かしら自分たちのなかに入り込んでいるエディンバラらしさというのはあるのかもしれないけど。子どもの頃は、「エディンバラには何もないから外に出ていきたい」と感じていたね。それが逆にエディンバラから受けたいちばんの影響だったような気がするよ。他に何かを求めるとか、あるいは自分たちの空想の世界に逃げ込むといったことが、エディンバラが僕らに与えた最大の影響かもしれない。

AM:僕らが若い頃はエディンバラには本当に何もなくて、ユース・クラブっていう若い子が集まれる場所が2ヶ所あったくらいで、外へ出ていきたかった。あの街が僕らに与えた影響は、他の国へと目が向いたり、あるいは自分の世界に籠もってしまったりするようなエスケイピズムだった。もちろん、暮らしていくなかで自分たちに染み込んできた街の要素というのはいくつかあると思うけど。

GH:たしかにあの街は僕らにインスピレイションを与えているよ。あの街が僕らをインスパイアして何かをやらせたというよりは、そこに何もないという現実が僕らに他に何かを求めるインスピレイションをくれたということになるのかな。

Yoshi Horino(UNKNOWN season / YoshiFumi) - ele-king

House Tree Top10

手前味噌ですが、音でつながるご縁から広がり生まれたコンピ2月26日発売(Traxsource独占販売)をよろしくお願いいたします!

V.A. - House Tree(USDC0077) - UNKNOWN season
https://soundcloud.com/unknown-season/sets/v-a-house-tree-26th-feb-2018
feat. Franck Roger, Korsakow(Tigerskin aka Dub Taylor), Jack Jenson
Alton Miller, Lars Behrenroth, Pete Moss, Nick Holder
Chris Coco, Satoshi Fumi, Crispin J Glover, Iori Wakasa, Luyo and more

DJ schedule:

3.2.(Fri) Deep Monday Final at 頭バー
3.17.(Sat) PYROMANIA at 頭バー
4.20 (Fri) Plus at Suree

shotahirama / former_airline - ele-king

 これまで数々の作品を発表し、国内有数のグリッチ・ノイズの作り手としてその存在感を増しているshotahiramaこと平間翔太。昨年発表されたアルバム『Maybe Baby』も充実の1作だったが、このたび彼の主宰するレーベル〈SIGNALDADA〉がスプリット・シリーズを再始動、その復活第1弾となる7インチが2月28日に発売される。
 今回参加しているのはshotahirama本人と、ele-kingでもお馴染みの久保正樹によるformer_airlineの2組で、公開されているプレヴュー音源から想像するに、両者とも技巧を凝らしたトラックを作り上げているようだ。ダブの断片にリズミカルなビート、きめ細やかなグリッチを繋ぎ合わせるshotahiramaに、ギコギコと心地の良いノイズとシューゲイズ的サイケデリアを同居させるformer_airline。2曲とも聴き応え抜群である。
 いやしかし、こんなわくわくするようなスプリット盤をドロップするということは、ひょっとして〈SIGNALDADA〉、他にもいろいろとおもしろい企画を溜め込んでいるのではないだろうか。同レーベルの今後の動きにも注目である。

shotahirama / former_airline
new split 7" EP 「結論ライツ」

国内のグリッチ・ミュージック・シーンを牽引する shotahirama と
テープ・ミュージック界の新鋭 former_airline のスプリット7インチが
〈SIGNALDADA〉より数量限定で発売!

過去にも DUCEREY ADA NEXINO (aka Yuji Kondo) や miclodiet などといった気鋭アーティストらが参加してきた〈SIGNALDADA〉レーベルの人気企画「スプリットシリーズ」が超少数限定の7インチ・レコードとして復活! 凡そ4 年ぶりのシリーズに登場するのは、世界各国のレーベルからカセット作品をリリースし、ギターやエレクトロニクス、テープを用いたマニア垂涎のニューウェイヴ・スタイルを発表し続ける音楽家 former_airline。相対するはレーベル・オーナーであり、様々なメディアでノイズ・グリッチ・ミュージックの新機軸と評される shotahirama。満を持して発表される至極のスプリット・シングル「結論ライツ」は超少数生産にてレーベル・ウェブショップとディスクユニオンのみで限定発売!

shotahirama / former_airline
「結論ライツ」
side A (shotahirama) / Do The Right Thing (3:25)
side B (former_airline) / Strip away the day's decay (3:58)

品番:SIGNAL013
アーティスト:shotahirama / former_airline
タイトル:結論ライツ
レーベル:SIGNAL DADA
バーコード:なし
フォーマット:7インチEP
定価:1800 円+消費税
発売日:2018 年2 月28 日

■shotahirama プロフィール
ニューヨーク出身の音楽家、shotahirama(平間翔太)。中原昌也、evala、Ametsub といった音楽家がコメントを寄せる。畠中実(ICC 主任学芸員)による記事「デジタルのダダイスト、パンク以後の電子音楽」をはじめ、VICE マガジンや音楽ライターの三田格などによって多くのメディアで紹介される。Oval、Kangding Ray、Mark Fell などのジャパンツアーに出演。代表作にCDアルバム『post punk』や4枚組CDボックス『Surf』などがある。
https://www.signaldada.org

■former_airline プロフィール
久保正樹によるソロ・プロジェクト。いくつかのバンド活動を経て、90 年代後半よりギター、エレクトロニクス、テープなどを使用した音作りを始める。2000年代後半より former_airline 名義で活動開始。J・G・バラードにも例えられる音世界は、ときに「サイファイ・サイコ・エロチシズム」「ディストピアン・スナップショット」などと称されたりもする。カセットテープを中心に、日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランスほか世界各国のレーベルより7 枚のアルバムをリリースしている。
https://soundcloud.com/former_airline

Various Artists - ele-king

 ロンドンのテクノ系レーベル〈Houndstooth〉(Call SuperやSpecial Requestの作品で知られる)の最新コンピレーションをここに挙げたのは、T.S.エリオットの詩、「The Hollow Men(空ろな人間たち)」の一節=『死せる夢の王国』をアルバム・タイトルにしているからではない。Lanark Artefax(ラナーク・アートファックス)の新曲“Styx”が聴けるからである。とくにエイフェックス・ツインのファンには聴いて欲しい。彼はここでドリルンベースとBurialを繋いでいる、いわば“Girl/Boy Song”のダークコア・ヴァージョンを披露する。昨年リリースされたペシミストのアルバムとも通底しているジャングルの変型。“Styx”は彼の前作にあたる「Whities 011」ほどではないが、悪くない。

 ラナーク・アートファックス、本名Calum MacRae(キャラン・マクレー)について簡単に紹介しておこう。グラスゴー出身の彼は、地元のDJ、ハドソン・モホークやラスティー、地元のレーベル〈LuckyMe〉や〈Numbers〉を聴きながら15歳で音楽をつくりはじめている。もっと大きな影響はエイフェックス・ツインとオウテカ、90年代のIDM、90年代の〈Warp〉。まあ、なかなかのオタクである(つーか、編集部小林じゃん)。初めて聴いたAFXは『ドラックス』だったそうで、たしかにあれもジャングルだが、個人的にはいまµ-Ziqの『Bluff Limbo』を聴くとすごくハマる。

 『死せる夢の王国』は、総勢25人のアーティストが参加している。そのなかには、コージー・ファニ・トゥッティと三田格推しのガゼル・ツイン、都会の下水のごとくこうした荒涼たる世界とは縁のないように見える伊達伯欣先生が絶賛のトモコ・ソヴァージュ、ほかに名が知れたところでは、Batuであるとか、Hodgeであるとか……の曲がある。とはいえ、全編通しての暗黒郷はひどく疲れるので、掻い摘んで聴くのがいいだろう。これはフィジカル無しの配信のみで、曲数も25。長いし、T.S.エリオットの「The Hollow Men」とは「こんな風に世界は終わる/こんな風に世界は終わる」というリフレインが最後にある長編詩で、そんな言葉がしっくるきてしまうのがいまのロンドンということだろう。

 ニューウェイヴの時代にもゴスはあったが、おおよそグラムの延長だった。不動産を買ってイングランドの土地の一部を所有するところから『ドラキュラ』がはじまることの意味とは関係なかったし、T.S.エリオットへの言及もなかった。が、ここ何年も続いているゴシックは、本当の意味でヴィクリア朝時代から第一次大戦後までのあいだ、長きにわたって続いたあの頃のゴシックに通じている。
 いま人は黒い服を好んでいる。黒い服は喪服だ。ヴィクトリア朝女王は早くに夫を亡くした未亡人であり、夫の死に執着する彼女は40年ものあいだ喪服を着続けた。いろんな喪服(黒服)がデザインされ、黒は大衆的にも流行った。そしてヴィクトリア朝女王は、未来よりも懐かしい過去、家族が幸福だった過去にしがみつくかのように、(19世紀なんで当たり前だが)モノクロの家族写真を飾った。
 また、ちょうどこの時代はテクノロジーの時代でもあった。電信機、カメラ、タイプライターに蓄音機、そして映画。先にぼくは伊達伯欣先生とは無縁に見えると書いたが、いや、科学が人間から奪ったものを意識しているという点では、漢方医の彼もまた充分にゴシックなのだ(!)。ゴシックは、小説にしろ絵画にしろ、やがて映画にしろ、社会で湧き上がる不安や不吉なざわめきを反映し、本能的なレベルで訴えるものが多い。……誰もがカラフルだった90年代初頭のような夏は本当にまた来るのかね。

01. Meshell Ndegeocello’ - “Hot Night”(2002)

ポリティカル・コレクトネス(PC)を強く意識することは、表現者にとって規制や不自由さや縛りなどではなく、表現を磨くための糧になるということを彼女の音と言葉に接することで学ばされる。PCが表現を窮屈にするなんて考えるのは前時代的な甘い考えよ、芸風を磨き、洗練させなさい、ということだ。そう、洗練という言葉は、ミシェル・ンデゲオチェロの音楽にこそふさわしい。よく知られているように彼女は早くからバイセクシャルであることも公言してきた。

「Hot Night」が収録された『Cookie: The Anthropological Mixtape』という通算4作目となるアルバムの中には、「ハイクラスからミドル・クラスにゲットーまで」(「Pocketbook」)という歌詞があるのだが、たしかにここには汚い言葉もあれば、上品な言葉もあり、社会に“あるものはある”という前提の上で、しかし彼女なりの厳密な社会意識や政治意識に基づいた表現を追求している。ジャズ、ファンク、ゴーゴー、ヒップホップ、ポエトリー、ハードコア・ラップなどがあり、そういう点での風通しの良さも素晴らしい。

「Dead Nigga Blvd., Pt. 1」では「若いアホ共=young muthafuckas」が高級車を乗り回したり、カネを稼ぐことしか頭にないことを叱咤し、アンタたちを奴隷から解放するのに貢献したアフリカンはもっと立派だったと言う。が、また別の曲では「自分の財布にお金が入ってるのを見るのって好きでしょ、いいのよそれで」と優しく愛撫するように囁く。2パックやビギーに捧げられた曲もあり、さらになんと言っても、ロックワイルダーとミッシー・エリオットによる「Pocketbook」のリミックス・ヴァージョンではあのヤンチャなレッドマンがダーティなライムをかましている。そういう懐の深さがある。

だからタイトルの“人類学のミックステープ”は上手い。“あるものはある”。だが、達観や俯瞰とは違う。開き直りでもない。譲れない信念はある。「Hot Night」が素晴らしい。プエルトリコ出身のサルサ・シンガー、エクトル・ラボーの「La fama」からサンプリングされたファンキーなホーン・セクション、スーパー・デイヴ・ウェストの弾けるビートが“暑い夜”をさらに熱く、官能的に盛り上げる。冒頭のスピーチは、アンジェラ・デイヴィスが唱えた監獄産業システムについての演説で、彼女には『監獄ビジネス――グローバリズムと産獄複合体』という著作がある。

つまりミシェルはこの曲で反資本主義をひとつの立脚点にしているが、逡巡がないわけではない。「なんかアタシったら革命のロマンティックな部分にだけ魅了されてるみたいだわ/救世主だとか、預言者だとか、ヒーローだとか」と自分にツッコミを入れる余裕はある。わかる。その上で「でもさ、それ以外に何がある?」と切り返し歌う。どこまでもクールに磨きかけられた言葉と音で。

アタシ達が生きてるこの社会はさ
レイプに、飢餓に、欲に、要求に
ファシストに、お決まりの政権、白人の男社会に、金持ちの男に、民主主義
それで成り立ってる社会でしょ?
パラダイスという名の世界貿易に悩まされながらさ


02. Crooklyn Dodgers 95 - “Return of the Crooklyn Dodgers”(1995)

昨年、『ザ・ワイヤー』というアメリカのドラマにハマった。メリーランド州ボルティモアの麻薬取締の警察と地元の黒人の麻薬組織/ストリート・ギャングの攻防を通して都市の犯罪や政治、警察組織の腐敗、ブラック・コミュニティの現実や諸問題などを描き出す、刑事ドラマとフッド・ムーヴィーを掛け合わせたようなドラマだ。HBOで2002年から2008年に放映され、非常に評価も高かった。それこそこの手のアメリカのドラマは“PCと格闘”(三田格の『スリー・ビルボード』評を参照)しながら、個々の人物や人間模様を巧みに、丁寧に描き、物語を作り出す点が見所でもある。

そのドラマの黒人のキッズのフッドでの麻薬取引のシーンを観て思い出したのが、スパイク・リーが監督したNYのブルックリンを舞台としたフッド・ムーヴィー『クロッカーズ』(1995)だった。両者が同じようなプロットとテーマだったのは、この映画の原作者である作家=リチャード・プライスが『ザ・ワイヤー』に脚本家として参加しているからだった。

そしてこの映画の主題曲と言えるのが、チャブ・ロック、O.C、ジェルー・ザ・ダメジャという3MCによるスペシャル・ユニット、クルックリン・ドジャーズ 95の 「Return of the Crooklyn Dodgers」である。ブルックリンに深い縁がありこの街への並々ならぬ愛情を持つであろう3MCは、しかし1980年代中盤以降、コカインやクラックといった麻薬そして暴力に蝕まれていったブルックリンの惨状を淡々と残酷なまでにライミングしていく。彼らはストリートとフッドを描写するライミングのなかに、この街の惨状の背景に、ベトナム戦争、社会保障の打ち切り、植民地主義、監獄ビジネスがあるという事実を巧みに折り込んでいく。

なぜ、僕がこの曲を選ぶのか。それは、過酷な現実を描くいわゆるリアリティ・ラップがプロテスト・ミュージックになり得るのか? という問いを考える際に真っ先に思い浮かぶのがこの曲だからである。N.W.A.の例を挙げるまでもなく、アメリカの保守層から、リアリティ・ラップあるいはギャングスタ・ラップは暴力を助長すると批判され続けてきた。けれども、暴力を賛美することと暴力が存在する現実を描写することは決定的に違う次元にあるということを『クロッカーズ』と「Return of the Crooklyn Dodgers」を通じて僕は知ったわけだ。DJプレミアの抑制の効いたブーム・バップ・ビートが最高にドープであることも付け加えておこう。


03. THA BLUE HERB - “未来は俺等の手の中”(2003)

「何時だろうと朝は眠い」という歌い出しからして秀逸だ。たったこのワンフレーズで労働者の憂鬱を見事にとらえている。あの出勤前の朝のメランコリーを――。時給650円の飲食店のバイトでくたびれた体とヨレヨレのジーンズの裾を引きずりながら休憩室へ行き、タバコの煙で白くなった休憩室で「自由とは何だ?」と自問する。レコードをプレスするが思うようには売れず、借金だけが増えていく。「明日は今日なのかもしれない」と理想と現実の乖離、肉体労働のルーティンに鬱々とする。状況は好転しそうにない。

ILL-BOSSTINOはこの曲で、『STILLING,STILL DREAMING』(1999)というクラシックを作り上げ、富と名声も得て名実ともに成功をおさめる以前の苦悶の日々を描いている。「未来は俺等の手の中」が発表されたのは2003年、この国でも“格差の是正”が叫ばれ始めた時代だ。エレクトロニカから影響を受けた変則的なビートと浮遊するシンセが織り成す、静寂と騒々しさを往復するO.N.Oのトラックは、BOSSの焦燥やもがきとシンクロしている。

この曲は中盤でTHA BLUE HERBのその後の成功をわずかに匂わせるものの、「しかし、何時だろうと朝は眠い」という冒頭のワンフレーズをカットインすることで労働者のメランコリーの深さから離れない。苦悶と微かな希望に留まる。仮に壮大な成功物語へと展開してクライマックスを迎えたとすれば、ラッパーのサクセスストーリーを描く曲になっただろう。「未来は俺等の手の中」はヒップホップ的セオリーを巧妙に回避することでスペシャルな1曲になった。この曲は当時、非正規雇用の労働者、フリーターの労働運動を担う人びとのあいだでも支持された。BOSSはクライマックスで、人びとのオアシスとして機能するダンスフロアの美しさを描いたのだった。


04. KOHH - “働かずに食う”(2016)

労働の拒否である。だが、労働の拒否は必ずしも怠け者の価値観を肯定することではない。KOHHは「俺は働かずに食う」「いつも遊んでるだけ/みんな仕事ガンバレ/やりたくなきゃ辞めちゃえ/時間がもったいない」と挑発的に、そう、エフェクトでヨレたように加工された声でまさに挑発的にフロウしている。せわしなく連打されるトラップのハイハットと不穏な電子音のゆらぎが挑発的な雰囲気を増幅させる。

が、KOHHが労働倫理に厳しいラッパーであることは、彼の活動を追っていれば容易に想像がつく。労働を否定して怠け者を礼賛しているものの、人一倍汗水流して働く人間もいる。それをダブルスタンダードだ、矛盾だと批判するのはお門違いだ。パフォーマンスはパフォーマンスである。KOHHというアーティストにとっての労働は皿を洗うことでも、HPの更新作業をすることでも、書類を作ることでもなく、絵を描き、ラップを録音し、ライヴをし、タトゥーだらけの身体を人前で見せる芸術活動である。

だが、さらにKOHHが一筋縄でいかないのは、芸術に生きることを肯定すると思わせておいて、「芸術なんて都合良い言葉」「言葉なんて音だ~/ただの音だ~」とそこさえもひっくり返して煙に巻いてくるところだ。KOHHのパフォーマンスには複数の、時に対立さえするメッセージが重層的に折り込まれている。

とはいえ、僕は「働かずに食う」という労働の拒否のパフォーマンスを真に受けるのは意義のあることだと思っている。一度道を踏み外してみてもいい。それは、労働と資本主義をいちど相対化する作業だ。問題はそこから個人がどう考えて行動するかにある。「働かずに食う」は『YELLOW T△PE4』というミックステープに収録されている。


05. Kendrick Lamar - “Hiii PoWeR”(2011)

近年の「ブラック・ライブズ・マター」のアンセムとなった「Alright」という意見もあろうが、しかしケンドリックの思想の根幹や原理は「Hiii PoWeR」に凝縮されているのではないか。2011年に発表され、ケンドリックの評価を決定づけたミックステープ/デビュー・アルバム『Section.80』からのリード曲だ。ビートはJ・コールが作っている。政治組織で言えば綱領のようなもので、ケンドリックの理想を明確に打ち出した曲だ。

「Hiii PoWeR」の3つの“iii”は、心、名誉、尊敬を表しているという。アメリカの体制や政府や社会制度というシステムによって憎悪を植え付けられ、自尊心を棄損され、打ちのめされつづけてきたアフリカ系アメリカ人が、心と名誉と尊敬の力でムーヴメントを起こし自分たちの帝国を築くのだと。すなわち自己変革を説き、自己変革が体制変革へつながると主張する曲で、マーカス・ガーヴェイ、キング牧師、マルコム・X、ブラック・パンサーなどの人物や政治組織がリリックに登場する。

だから、その理想は特別に目新しいものではないものの、この曲のリリックにも登場するヒューイ・P・ニュートンの自伝『白いアメリカよ、聞け(原題:Revolutionary Suicide)』にしてもそうだが、システムによっていかに健全な心や精神が歪められ、正常な善悪の判断が狂わされてきたのか、と体制や権力と個人の心や精神のあり方をまずつぶさに考察し、尊厳の回復を出発点にすることの重要性をいま一度考えさせられる。アレサ・フランクリンにも「RESPECT」という名曲がある。「Hiii PoWeR」そしてケンドリックの素晴らしさとは、自己変革と体制変革、精神と運動(ムーヴメント)を同時に思考し展開させることのできる洞察力にある。


長年アメリカのヒップホップをはじめとするブラック・ミュージックを紹介し続けてきた信頼すべきLA在住のライター/翻訳家の塚田桂子さんのブログ「hip hop generation ヒップホップ・カルチャーがつなぐ人種、年代、思考 、政治」の対訳と註釈を参考にさせてもらった。


06. Janelle Monáe & Wondaland - “Hell You Talmbout ”(2015)

「ブラック・ライブズ・マター」と呼応した数多くの楽曲の中で、R&Bシンガーのジャネル・モネエの「Hell You Talmbout」は、実践の場すなわちデモや集会でその威力を最も発揮する曲のひとつだろう。そういう場で歌われ、演奏されることを想定して作られているように思う。日本で言えば、デモのドラム隊の演奏とコールがあれば、この曲は再現できる。モネエとともに、彼女が設立したインディ・レーベル〈Wondaland〉のアーティストたちが参加している。警察や自警団の暴行やリンチによって殺害された、あるいはその疑いがあるアフリカ系アメリカ人の名前を挙げ、「say his name」「say her name」と聴衆に名前を叫ぶことをうながす。公民権運動に火を付けたと言われる、リンチの被害者、エメット・ティルや、警察の蛮行(Police brutality)の問題が広く議論されるきっかけになったとも言われるNY市警察による射殺事件の被害者、アマドゥ・ディアロ、ヘイト・クライムの被害者の名前も歌われる。

実際にライヴや集会と思われる場の映像をいくつか見たが、とにかく力強く、人びとを巻き込んでいく。ゴスペル・フィーリングにあふれ、ビートはドラムラインが激しく打ち鳴らす。モネエの出身地、アトランタに根付くマーチング・バンドの伝統が息づいている(『ドラムライン』という映画を観てほしい)。この曲の根幹にあるのは、慰めでも、説得でもなく、直接的な激しい怒りだ。ある欧米のメディアは、そのシンプルさゆえに力強く、コンセプト、演奏ともに“ground-level”の曲であると紹介している。つまり、“地べた”の怒りのプロテスト・ミュージックである。


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07. NAS - “American Way”(2004)

ナズの曲の中ではマイナーな部類に入るだろう。『Street's Disciple』という2枚組のアルバムに収録されている。冒頭、「近年社会意識のある政治的なラッパーの出現が見受けられます。ヒップホップ界の新しいトレンドのようです」というコメントが報道番組のニュースキャスターのような口調で読み上げられる。そして、ナズは宣言する。「ナズはアメリカに反逆する」と。つまりこの曲でナズはアフリカ系アメリカ人の立場から“反米”を鋭く主張している。

『Street's Disciple』の発表は2004年、イラク戦争まっただ中の時代だ。ブッシュ政権の下で国家安全保障問題大臣補佐官と国務長官を歴任したアフリカ系アメリカ人の女性政治家であるコンドリーザ・ライスを“アンクル・トム”として槍玉にあげ、ファースト・ヴァースの最後を「フッド出身の議員が必要だな(Need somebody from hood as my council men)」というライミングでしめくくっている。

推測するにタイトルの“American way”=“アメリカ流”は、ブッシュを象徴とするワスプのアメリカ流とナズを象徴とする黒人のアメリカ流というダブル・ミーニングではないか。客演で参加するR&Bシンガーで元妻のケリスがフックで発する「American way」というアクセントはどこか皮肉めいているし、アルバムでこの曲に続くのはストークリー・カーマイケルやニッキ・ジョヴァンニ、タイガー・ウッズやキューバ・グッディング・ジュニア、あるいはフェラ・クティやミリアム・マケバなどの“黒人のヒーロー”を称賛する「There Are Our Heroes」という曲だ。

「American way」のごっついブーム・バップ・トラックは、アイス・キューブの「The Nigga Ya Love to Hate」でも使用されたジョージ・クリントンのデジタル・ファンク「Atomic Dog」のサンプリングから成るが、ナズはアイス・キューブのこの曲を意識していたに違いない。


08. A-Musik - “反日ラップ”(Anti-jap rap)(1984)

反米を主張したり、反米を掲げるラッパーやミュージシャンやアーティストに支持を表明することは容易いように見えるが、しかし、2018年現在、“反日”という主張あるいはテーゼや思想、もしくは問題提起ですら死滅状態である。どこか大事な問題が棚上げされている思いに駆られる……そんな時に「反日ラップ」を聴くと心が奮い立つ。

数年前に僕はこの曲でラップする竹田賢一さんと昼食をともにする貴重な機会を得た。ミュージシャンであると同時に、1970年代中盤以降のこの国のジャズ/フリージャズ、前衛音楽の音楽批評を牽引した音楽評論家の大先輩との対面に僕は極度に緊張していた。それでも「反日ラップ」についてだけはどうしても訊きたかった。竹田さんはギル・スコット・ヘロンやザ・ラスト・ポエッツの音楽やそれらに関する欧米の音楽ジャーナリズムを通じて “ラッピン”と呼ばれるアフリカ系アメリカ人の話術の文化を知り、自分でも試みたのが「反日ラップ」だったと語ってくださった。すなわち「反日ラップ」は、『ワイルド・スタイル』の日本公開や原宿のホコ天、あるいは1980年代のサブカルチャーや雑誌文化とは異なる水脈から生まれた日本のラップの初期の一曲である。

さらに重要なことは、アフロ・アメリカンの抵抗の音楽/芸術を日本のアジア諸国に対する経済的な植民地支配への抵抗と結びつけ表現したことだ。なにしろ「反日ラップ」のリリックの中身である。A-Musikのサイトにはリリックについてこう記されている。「『反日ラップ』のテクストは、東アジア反日武装戦線KF部隊<準>による『生まれ出でよ!反日戦士──フレ・エムシ第1詩集──』の冒頭に収録されている、『ワレらが旅立ち』という詩」であると。

そして、じゃがたらのホーン・セクションの要であったサックス奏者の篠田昌已、FLYING RHYTHMSでの活動やKILLER-BONGとのセッションでも知られるドラマーの久下恵生、シカラムータの大熊ワタルらが生み出す演奏は、ジャンク・ファンク・ジャズと形容したくなる猥雑なサウンドだ。

A-Musikはヒップホップ・カルチャーとは無縁だったし、いまも深い関わりはない。が、ブラック・カルチャーとは深い関係があった。ブラック・パンサーに多大な影響を与えたフランツ・ファノンのポストコロニアル理論は東アジア反日武装戦線の思想の背景でもあった。2パックの伝記映画『オール・アイズ・オン・ミー』を観たり、あるいは近年のケンドリック・ラマーの活躍を見るたびに、ブラック・パンサーの武装闘争路線なども含めた活動の総括や反省や回顧そしてそれらをめぐる議論が耕したアメリカの黒人社会の土壌がなければ彼らの存在もなかったのではないか、そんなことを思う。

いまの時代に反日を主張したり、問題提起することでさえ、僕だってカラダが底冷えするぐらいに恐ろしい。けれども、「反日ラップ」や「反日ラップ」を通じた東アジア反日武装戦線をめぐる議論はいまこそ意義があるのではないかとは思う。「反日ラップ」を作った勇気ある音楽家たちは偉大である。


9. THE HEAVY MANERS – “Terroriddim (Rudeboy Anthem) Feat. Killer-Bong”(2008)

ベースの太さと強靭なスネアとバスドラ、心をざわつかせるフライング・シンバルの細かい律動はそれだけで何かを訴えかけてくる底知れぬパワーを発することができる。その“何か”の背後や背景にはもちろん理屈や思想があるのかもしれないが、理屈や思想だけでもない。そのことは、レゲエ・ベーシスト、秋本武士率いるレゲエ・ダブ・バンド、THE HEAVY MANERSのこの曲の演奏を聴けば、それ以外余計な説明はいらない。

しかし、バンドの演奏だけではない。Killer-Bongのラップ、咆哮が凄まじい。Killer-Bongは「Terroriddim」というタイトルをヨレたようなフロウでくり返すが、その発音は「テラーリディム」なのか「テロのリディム」なのか判別不可能だ。もちろん全編をとおしてリリックもある。が、言葉の意味は断片的にしか入ってこない。ほとんど読解不可能だ。抵抗(プロテスト)というより、たしかにこれは全身全霊の身体の反乱(レベル)である。

この反乱には明確な方向性はないように思えるが、言葉や文脈を不明瞭にすることで広がっていく反乱の地平があるのだと教えてくれる。「Rudeboy Anthem」という副題のとおり、この曲は路面をのたうち回りながら生きるこの国のルードボーイのアンセム。「Terroriddim (Rudeboy Anthem) 」を渋谷のクラブで体感したときに全身から沸き上がってきた得も言われぬ感情や反抗心はいまだに説明できない。


10. JAGATARA - “都市生活者の夜”(1987)

JAGATARAとプロテスト・ミュージックであるから、「もうがまんできない」という選択肢もあった。『超プロテスト・ミュージック・ガイド』の執筆者のひとりである荏開津広は「クニナマシェ」をプレイリストに入れている。が、午前4時少し前のダンスフロアの何にも代えがたい高揚と思索と憂いの時間を生きる活力にする身からすれば断然「都市生活者の夜」なのだ。JAGATARAと江戸アケミの表現が総じてそうであるように、この15分にも及ぶ大作は、ダンス・ミュージックでありながら、いや、ダンス・ミュージックだからこそ、個人と集団がせめぎあい、結果的に人間が独りであるという事実を突き付けてくる。それはやはりどこか心許ないものの、とても心地良く、強烈なカタルシスを伴う。そのカタルシスが果たしてプロテストにつながるのかと問われると、いまだ答えに窮するのだが、「都市生活者の夜」がなければ乗り越えられなかった、人びととの連帯の日々が僕にはたしかにあったのだ。


11. Major Lazer - “Get Free ft. Amber Coffman”(2012)

僕はこの曲を、友人が教えてくれたジャマイカで撮影されたMVで知った。そして、そのMVの印象が強烈だった。舞台はジャマイカだ。ジャマイカの人びとの躍動が伝わってくる。汗、熱気、ダンス、匂い、煙。ジャマイカに行ったことはない。この映像は当然ジャマイカのいち側面でしかないし、だいぶロマンティックに描いているのだろう。それゆえに、そのあまりの美しさに同時に不安な気持ちになる。

例えば、水曜日のカンパネラのシンガポールの下町で撮影された「ユニコ」のMVで、コムアイがその街や食事や人びとともに呼吸し生々しく躍動する様にうっとりする一方で、しかしMONDO GROSSOの「ラビリンス」のMVで満島ひかりが香港の猥雑な街の中を踊り歩く姿にはどこか違和感を拭えないように(満島ひかりは大好きだが)。もしかしたらこれは何かが違うのではないかと。ここでの街や人はただの舞台装置や背景なのではないかと。それでも「Get Free」からは有無も言わさず、直接的に伝わってくるものがある。

ディプロ擁するメジャー・レイザーが作り出すゆっくりと波打つダンスホール・リディムと空間を広げていくエモーショナルなシンセ、そこに絡みつく元ダーティ・プロジェクターズのアンバー・コフマンの透き通ったヴォーカルとやるせなさと自由への希求をシンプルな言葉で綴った歌詞の組み合わせは、ジャマイカに息づく生活、文化、音楽へのリスペクトの上に成り立っている。ダンスホール・レゲエのリディムとルーツ・レゲエのブルースを見事に掛け合わせている。この曲を聴くときに体の中から引き出されるやるせなさと解放感は、日々の激しいストレスとプレッシャーから心をプロテクトしてくれる。朝方のダンスフロアで聴いて踊りたい。

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