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Home >  Interviews > interview with Kaoru Inoue - 人はいかにして、このハードな人生を生きながらゆるさを保てるか?

interview with Kaoru Inoue

interview with Kaoru Inoue

人はいかにして、このハードな人生を生きながらゆるさを保てるか?

──井上薫、ロング・インタヴュー

取材:野田努    photo : 44mag76 ( Chiko Sasaki )   Apr 06,2018 UP

問い:人はいかにして、このハードな人生を生きながら、そのなかにゆるさを保てるか?
答え:井上薫の新作を聴くことによって。


Kaoru Inoue
Em Paz

Groovement Organic Series

AmbientNew AgeDeep House

Light House Jet Set

 かすかに夏の匂いがする。時間はあっという間に過ぎる。贅沢な時間に人は気が付かなかったり、すぐに忘れたり。ものごとがうまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。DJとはある意味たいへんな職業だ。週末のもっともアッパーで過激な時間帯の司祭を20年以上も務めるということは、まずは自分をコントロールできなければ難しいだろうし、生きていれば誰もが平等に老いていくわけだから、若い頃と同じ体力は保てなくなる。それは誤魔化しようのない、うんざりするほどのリアリズムだ。そういう現実を受け止めながら活動を続けているDJ/プロデューサーのひとりに井上薫がいる。
 井上薫、Chari Chari名義の作品で広く知られる彼は、つい先日、リスボンのレーベルから『Em Paz』という、アナログ盤2枚および配信の新作をリリースした。力の抜けた柔らかいアルバムで、ぼくはこの音楽を聴いていると幸せな気持ちになれる。巡りあうことができてラッキーな音楽なのだ。
 幸せな気持ちにさせたいと思う音楽はこの世にはたくさんあるだろう。前向きだったり、楽観的だったり、いい人だったり。そういう音楽の多くには作者のわざとらしさが出てしまいがちだ。『Em Paz』にはそういうあざとさやつかえるものがない。水の音、タブラ、チェロ、ギター、エレクトロニクスはゆっくりとさざ波を立てる。応援しているフットボールのチームが負けた翌週の月曜日でさえも、なんかいいことあるかもという気持ちにさせることができるのが『Em Paz』だ(これは言い過ぎか……)。

 とまれ。もともとはレコード店に勤務しながらワールド・ミュージック系の音楽ライターとしても活動していた彼が、DJ/プロデューサーとして精力的に動きはじめたのは90年代なかばからだった。ワールド・ミュージック的なセンスとアンビエント・タッチのダウテンポで脚光を浴びた井上薫は、1999年のChari Chari 名義のアルバム『Spring To Summer』によって日本のクラブ・ミュージックの表舞台に登場した。
 ここ10年はフロアとリンクしたダンス・ミュージックのスタイルにこだわって制作を続けていたが、新作では初期の彼が持っていた優しいロマンティシズムが行きわたり、音楽的にもアンビエント・ポップめいた新境地を見せている。

 井上薫とは、何故か偶然会ったり飲んだりする機会があったのだが、ちゃんと取材するのは12年ぶりのこと。以下、ぶっきらぼうながらも彼の正直な心境をぜひ読んで欲しい。

日常で何をやっていたかというと、ずっと本を読んでいましたね(笑)。週末ギグをやって過激に過ごして、週の前半はサウナでデトックスして(笑)。それから平日は、ただ、やたら本を読んでいましたね。

前回インタヴューさせてもらったのが、アルバム『The Dancer』のときだから、およそ12年前なんですよね。すごいよね。生まれた子供が小学生卒業するぐらいの時間だよ。

井上:そうですね、2005年ですね。古いですね。

下田(法晴)君も12年ぶりだったんだけど。

井上:下田君は満を持してって感じでですね、ぼくも下田君には会ってないんですけど。……松浦(俊夫)君とはたまに仕事で会いますけどね。

前作の『A Missing Myth Of The Future』が2013年だから今回の『Em Paz』はおよそ5年ぶりになるのかな?

井上:そうですね。

『Em Paz』は、ある意味ではすごく、Chari Chariらしいゆるさのあるサウンドで……

井上:レイドバックしていく部分と……。

アンビエント・テイストであり、ハイブリッドであり。

井上:そうですね

『A Missing Myth Of The Future』までは、思いっきりダンス・カルチャーに直結したサウンドだったんだけど。しばらくは……10年以上ものあいだ、ずっとダンス・ミュージックであることにこだわっていたよね?

井上:それは、ドメスティックなダンス・カルチャーが生まれ、そこの現場のリアリズムに揉まれ。揉まれっていうのも変ですけど……。いろいろDJなんかをやらせてもらって、そこで自分がDJとして出している音やその場の雰囲気であったりとの地続きじゃないと伝わらないなみたいなものもあるし……。

過去、どのくらいのペースでDJはやっていたんですか?

井上:DJはほぼ毎週末みたいな。

何年ぐらいの間?

井上:もうずっとですね。40代後半に向かうとやっぱいろいろ受け止めなければいけない状況とかあって。

それは体力的な部分?

井上:体力も中に入ってますね。やっぱり。だから、それに対応できるような体力作りといったらいいのか……。そういうものも、視野にいれていろいろやっていたんですけど。

その職業として10年以上もDJを続けるっていうのは、体力以外にはやっぱり、マンネリズムみたいな感じはあったんですか?

井上:マンネリズムはありますね。あとなんだろうな……。本当にこれ言うとちょっとネガティヴな話になってしまう…。

書けないことは言わないでくださいね(笑)。

井上:〈AIR〉っていうクラブあったじゃないですか。ぼくは結局、あれがなくなるまで、13年間、2カ月に1回あそこでやっていたんですよ。

それは長いですね。

井上:オープン当初からやっていたもんで。オープンは2001年とか2002年ですね。それであの規模のクラブを運営するためのリアリティを近くで見たり、議論したり、いろいろやりながらみていたもんで。経営する側の目線とアーティスト、DJで関わる目線とか……やっぱそれはあるんですよね。下の世代にとっても経なきゃいけない登竜門というか。売り上げがよければ、みんなよかったねって。その数字が当たり前のようについて回って。それにに対してみんながどう努力するのかということとか。
 ぼくの目線からだと、リリースも含めてDJとしていかにアーティスティックに活動しているか、みたいなものの折衷点がわからなくなるときがあったりとか。そういうなかで切磋琢磨やってきて非常に良い経験だったなといまでは思っているんですけど、キツイときもあったりして。

やはり、ある程度の集客が求められる場所では、自分の本意ではない曲もかかなければいけないときもありましたか?

井上:そういうのもありますね。

選曲によってオーディンエンスが変わるモノなんですか?

井上:選曲によって変わるというよりも、具体的に、どういうハウスやテクノがかかっているのかを問われることはけっこうありましたね。それで集客が変わっていくのかっていうまではわからないですけど。ガチアーティスティックにやればいいのかっていうわけでもないし。ある種、難しさや葛藤みたいなものを抱えながら……。

職業としてのDJのジレンマですよね。

井上:スタッフから、「最近井上薫はBPMが速すぎる」と会議で話題になったと言われたことがありましたね(笑)。

井上薫のDJが速いっていのは、ちょっとぼくなんかには想像しにくいんですけど(笑)。

井上:それは、店側からの要求でもなく、お客さんからの要求でもなく、自然にそうなっていってた、ひとつのマックスみたいなものが振り返るとありましたね。何を言いたいのかわからなくなっちゃいましたけど(笑)。

現場で毎週DJを続けていくってやっぱりAIがやるわけじゃないから、同じことを繰り返せばいいってものじゃないし?

井上:定期的にやっているとそれなりの難しさはありますね。クオリティーコントロールをしっかり考えていかないと続かないし。ただ総じて言うと良い経験をさせてもらったなというか。良い意味での緊張感もあったし、悪い意味でのストレスもあったんですけど。いまはもう、そういうのから解放されて。

〈AIR〉の閉店がひとつのタイミングなの?

井上:かなり大きかったですね。DJの活動拠点、あの規模のクラブがなくなると、「今後どうやっていけばいいのか?」みたいなものが当然あって。

レジデンシーがあるかないかってね。

井上:そうですね。それもいい意味で職業と捉えて、真面目にやってきたつもりだったんですけど(笑)。

取材:野田努(2018年4月06日)

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