「TT」と一致するもの

 ドタマとUSKによる本年リリースのアルバム『リストラクション~自主解雇のススメ~』を本誌はE王とした。低成長時代が生むさまざまな歪みを舌鋒鋭く糾弾しながら、それを独特の筆致やパフォーマンスによって強固な批評=ヒューモアへブラッシュ・アップする異形の知性派ラッパー、ドタマの評価をめぐっては、アルバム・レヴューや先日〈術の穴〉と〈リパブリック〉によって企画された「ササクレフェスティバル vol.1」のレポートも読んでいただければと思うが、目下のところわれわれがもっとも注目を寄せているアーティストのひとりであることは間違いない。フリードミューンでのパフォーマンスも喝采のうちに終了したとのことだ。
 活動歴は浅くないものの、いまこのタイミングでさらなる注目を浴びることになるであろう彼とUSKの新EPをぜひチェックしてみよう。"スキナウタ E.P."と題された4曲が、8月10日に〈マルチネ〉より配信リリースされている。『リストラクション~』のトラック制作でもおなじみのUSKとのタッグによる"好きな歌が街にあふれて"のリミックスを2曲、新曲も1曲収録。参加アーティストもスター的な顔ぶれであるが、そもそも〈術の穴〉と〈マルチネ〉の邂逅自体がエキサイティングだ。リミキサーにはパジャマパーティズと三毛猫ホームレス。"ポートタワー"のトラックはトーフビーツだ。リミックス・ヴァージョンには、音もさることながら、パジャマパーティズとモチロンのラップ/ヴォーカルによる再解釈が施されている。三毛猫ホームレスは久々の音源リリースでもあり、ぜひとも聴いておきたいところだ。トーフビーツのトラックは〈術の穴〉のコンピに収録されているものだが、意外な組み合わせがドタマにスウィートな一面をひらかせる。いちリスナーとして、彼らに払う金はある。

ダウンロード:https://maltinerecords.cs8.biz/l7.html

Tracklist
1. DOTAMA×USK - 好きな歌が街にあふれて
2. DOTAMA×USK - (2012.08.10) パジャマパーティズ - 好きな歌が街にあふれて [320k mp3]
3. DOTAMA×USK - 好きな歌が街にあふれて (三毛猫ホームレスによる悠久のアレRemix)
4. DOTAMA×tofubeats - port tower

Various Artists - ele-king

 以下本文--------------------
"原稿投函完了!!ビーチボーイズなんて聴いてんじゃねー!!って勢いで書きました。"

 菊地佑樹 Yuki Kikuchi ?@kikuchi1968xx 2012年6月8日 - 6:55 Echofonから
https://twitter.com/kikuchi1968xx/status/210852388863606785

 例えば、僕も含め平成生まれエレキング読者の人間がアナログ・レコードを買うようになるのは、当たり前なのだが、ノスタルジア(懐旧)に浸るためではないだろう。ノスタルジアの対象となる時代など我々はまだ持ち合わせていない。生まれたときから「バブルというのがあって...それがはじけて....」/「関西で大変な地震」/「てるくはのる」/「宅間守」/「ビン・ラディン」などなど.....が幼少の頃から刷り込まれていた。いや、簡潔に言おう。まだ若いからだ。ノスタルジアなど知らない。
 話がぶっきらぼうに逸れましたが....つまり、生まれたときから音楽といえばCDだったので、アナログ・レコードなどは見たことがなかったし、父親がもっていたドアーズや矢沢永吉のCDを邪険にあつかって傷をつけて再生できなくなるようにしたのが「懐かしい」くらいだ。そんなCDかMDはたまたMP3のデジタルデータしか知らない子供だった人間が物心ついて、青春の時代にアナログ・レコードを手にし「演奏」して思ったことは(アナログ・ターンテーブルの説明書には〈再生〉ではなく「演奏」と記述されている)、「こんな音聴いたことない!」ということ。つまり、新しい感覚。

 さて、本ウェブサイトに掲載されているトュー・ウーンデッド・バーズ『Two Wounded Birds』のレヴューについてだと思われる菊地氏の冒頭の言葉が、今日まで僕の胸につっかえていた。目の覚めるような思いだった。例えばYouTube上でも地域/年代問わずあらゆる音楽が平坦に並んでいるこのご時世に、あえてザ・ビーチ・ボーイズのような誰もが否定しようのない(また、してももう意味がない)ものから、敢えて忌避する意志を示さなければならない強迫観念が籠められているのを感じ、それに恐怖し、しかし、同時に自分はその観念を必要としている気がしたからだ。
 そうだ。2012年8月1日現在において、ザ・ビーチ・ボーイズは単なる金持ちジジイの同窓会バンドめいてるにも関わらず、久々の新作は好評で、アメリカ・ツアーだけでなく来日公演まで果たそうとしている。また、若いバンドについてのレヴューを読んでも、音楽性に言及されるときザ・ビーチ・ボーイズは頻繁に引き合いに出されている。例えば、CDショップで配布されているようなフリーペーパーでインディーのロックやポップのディスク・レヴューなんかでも散見されるのだ。

 「ビーチボーイズなんて聴いてんじゃねー!!」

 しかし、おそらくレヴューされるアーティスト側もザ・ビーチ・ボーイズを好んで聴いているのだ。レヴューする側も、ファルセットをふくむ美しいハーモニーとくれば、アーティストもリスナーもザ・ビーチ・ボーイズが頭に浮かんでしまう。そこでフォー・フレッシュメンとはならないのだ。そういえばブライアン・ウィルソン自身、「ロックにハーモニーを取り入れた最初のバンド」だとDVD『アン・アメリカン・バンド』で語っていたっけ.....。

 89年に東京に生まれ育っている人間(例えば僕)が60年代アメリカの音楽であるザ・ビーチ・ボーイズをノスタルジアとして聴くことは難しいが、ヴァーチャルなノスタルジーに浸ってしまう可能性はある。2011年に作られた音楽を数えるほどしか聴かず、ザ・ビートルズとザ・ビーチ・ボーイズとレッド・ツェッペリンに胸を焦がされていたのだとしたら......これはヴァーチャルなノスタルジーだったのだろう。僕は中学生のころからザ・ビーチ・ボーイズばかり聴いてきた。つい最近もUKオリジナル『Sunflower』のアナログを購入して喜んでいるような人間だ。野田編集長にはこう言われた。「斉藤くんは若いのに、ホント、古いのが好きだよね、おじさんとしては嬉しい限りだよw」。うっ.....僕は返す言葉もなくグラスの底のビールの一滴ほどを口に滑らせるしかできなかった。

 そして後日、野田編集長から「斎藤くん、これ好きでしょ」と渡されたのが、本作、英仏ジョイントの新興レーベルである〈ZAPPRUDER〉のコンピレーションCDだ。レーベル〈もしもし〉や〈キツネ〉あるいは同じく英仏レーベルである〈ビコーズ・ミュージック〉を容易に彷彿とさせる、潮っけのあるシンセサイザーが全編で鳴り渡っている。そうですよね。いま夏ですし、僕はホット・チップとかザ・ビーチ・ボーイズが大好きだから、こういうの好きです.....。
 しかし、この音楽は、ヴァーチャルではなく、完全なノスタルジーだ。これこそがノスタルジーだ。初めて1曲目を再生したとき、2009年ごろに渋谷のライヴハウスなんかにこういうのっていなかったかななどと思った。ところがどっこい、実際にはそれどころではないことが、2曲目がはじまった瞬間にわかった。この音楽は聴いたことがある。ゼロ年代のシンセ・ポップ、ああ、すばり〈ビコーズ・ミュージック〉のメトロノミーじゃないか! そして、ほんのひとかけらのホット・チップ。日本で言うなら、シグナレス? なぜ、まだ若い僕が、2012年の音楽を聴いて、4年前の音楽を懐旧しなければならないのか!

 その2曲目、実際にメトロノミーとの人脈をもつナスカ・ラインズ(NZCA/LINES)の"Okinawa Channels"の響きは、海外からの旅行者が沖縄で(あるいは、そのヴァーチャルなノスタルジアで)チルアウトしてるというよりも、毎年のように沖縄に旅行している在日の日本人が、帰りの車のなかで「もう来年は違うところに行こう....」という気持ちを胸に秘めておきながらも結局かれこれ5年くらいは毎年決まって沖縄に来てしまっているかのような倦怠感がある。なんという直近のノスタルジア(追憶)。そして、その旅行者は次の新たな旅行先を見つけることが出来ないままで、きっと来年も沖縄に旅行をするのだ。これこそが恐ろしくリアルで卑近のノスタルジアである。歳である。ああ、ザ・ビーチ・ボーイズを聴いてヴァーチャルで悦に浸っている若者などまだ可愛いものだ。 よく聴けば、サビでもこう歌っている。

 沖縄、ちゃうの? 日本にいようよ(アウーウーウウウウー)。時差ねえし便利よ.......(アウーウーウウウウー)。
 沖縄、ちゃうの? 日によるよ(アウーウーウウウウー)。そろそろ行かねばの....(アウーウーウウウウー)

 そう、ナスカ・ラインズは、エレクトロ・ポップが80年代のリヴァイヴァルだとか言われるのとは違い、もはやその数年前の直近のエレクトロ・ポップを懐かしんでいるのだ。
 懐かしまれてしまったメトロノミーも昨年に3年ぶりのアルバム『The English Riviera』を発表しているが、ナスカ・ラインズは彼らを撃ち落とす姿勢なのかもしれない。ベッドルーム・ポップとしての納まりのよさは、バンドのフィジカルなグルーヴを強調してしまうメトロノミーよりも、ソロ・ユニットであるナスカ・ラインズのほうに軍配が上がるだろう。ルックスも同じくナスカ・ラインズ。しかし、ウォッシュト・アウトの轍を踏まないようにしなくてはならない。まだまだ、これからだ。

 コンピの前半は、この夏まっ盛りにして、部屋のなかあるいはときたまウェッサイ/G-FUNKを模したようなトラックに乗りながら、2~3年前の夏へのノスタルジアが後頭部に疼き出してしまっているボーイズのR&B風の合唱で占められている。その様を、この8月に〈もしもし〉(日本版は9月19日Tugboat Records/P-VINE)から『The Palace Garden』をリリースするビート・コネクション(Beat Connection)がありふれた諧謔でオチをつけている。

 僕の想像し得るかぎり最高のヴァージョン
 ....がまさに起こったところさ
 海岸で僕は立っている
 でも砂のなかにいるのはつらい
 そしたら、彼女は僕の手を握って
 「私についてきて」と言うんだ
 
 夕暮れのなかで彼女を見つけた
 だけど、それはまったくの夢
 僕が計画したんだよ
 銀幕の上で
Beat Connection "Silver Screen (Dreamtrak Diamond Sound)"(2011)

 コンピ後半には、ステファロー(Steffaloo)/クラス・アクトレス(Class Actress)/レインボー・アラビア(Rainbow Arabia)/ソーヴェイジ(Sauvage)らが「浮女子」感の溢れる歌声とトラックで、「あなたを腕の中で抱きしめていたい」「あなたがいないと寂しくなってしまう。わたし待つわ」「あなたがフリーじゃないことは知ってる。問題ない。ただ、あなたの夜を私にちょうだい」なんて歌ってくれているけども、見つかった分の収録曲の歌詞を読んだが、浮女子が期待してやるほどの男子はこのCDのバンドのなかにはいないだろう。リスナーの男子にもいないかもしれない。ソーヴェイジに続いて、フレンチ・フィルムス(French Films)"Pretty In Decadence"の本当に本当に気の抜けたサーフ・ロック・サウンドが聴こえてしまうくらいだから。

 気をとり直すために(天国からの?)階段を降りたけど
 売り渡すような魂(ソウル)も僕には残ってなかった
 
 自助、純血人種、旧約聖書
 ラインに沿って歩くのは
 健康な人を狂わせる
 おお、なんて素晴らしい、素晴らしい人生
 
 メイン・ストリートを歩くたびに
 僕にはわかる
 僕はむしろこんな感じでいたいのさ、ベイビー
 吸血ブルースに愛国心を示したりするよりも
French Films "Pretty In Decadence"(2011)

 なんだかんだで20回以上も通して聴いてしまったので、このCD自体すでに懐かしいものになっていく。浮男子、おどけてばかりいないで、しっかりいこう!

interview with Kim Doo Soo - ele-king

 空しく消えるその美よ
 咲いてまた散る
 花と同じように
 朝霧
 夕焼け......
 また運のない日が過ぎ 
 多くの苦悩と彷徨も
 忘れたかのように消え去るだろう
"道なき時の歌"


キム・ドゥス - 10 Days Butterfly 10日間の蝶
PSFレコード

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キム・ドゥス - Evening River 夕暮れの川
PSFレコード/Blackest Rainbow

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 韓国のソウルの街には、東京とは異なる雑然さ、猥雑さ、アッパーな気風がある。僕が韓国の街を散策したのは2002年のワールドカップ期間中のこと。滞在中、CDショップにも足を運んだ。勘で選んだ現地の音楽を数枚買って聴いてはみたが、あの頃はどれもがJ-POPの劣化版にしか思えなかった。しかしそれがいまではどうだ、おそらくは血のにじむような研究と努力によってK-POPは世界に認知されている。グライムスでさえも少女時代のPVを面白がっている。しかし......我々はもっとも近い外国である韓国について多くを知らない。
 
 2006年、アメリカの〈20|20|20〉レーベルから、『インターナショナル・サッド・ヒッツ(国際的な哀しいヒット曲集)』というコンピレーションがリリースされている。ギャラクシー500のデーモン&ナオミが主宰するレーベルからのリリースということもあって欧米では話題になっている。収録されているのは三上寛、友川かずき、トルコのFikret Kizilo、そして韓国のキム・ドゥス。彼らは「言葉」の人だが、それは「音」としての魅力を発見されて、世界に伝播している。
 キム・ドゥスは、韓国のアシッド・フォークとして、近年になって注目を集めている。ショービジネス界のなかでしごかれたK-POPとはまったく別の韓国のシーンを代表するシンガーだ。本サイトでの三上寛のインタヴューでも語られている。
 キム・ドゥスがデビューしたのは1986年、名前は『土地』という小説に出てくる悪漢"キム・ドゥス"から取られている。ファースト・アルバム『シオリッキル』で歌われている自由思想は、思想に厳しい当時の韓国政府から圧力をかけられたほどのものだったというが、キム・ドゥスの運命を変えたのは1991年に発表した『ボヘミアン』だった。あるリスナーがこのタイトル曲に歌われている人生の虚無感を引き金に自殺するという事件が起きる。これを受け止めるかたちでキム・ドゥスは音楽を捨て、山に籠もり、電気のない生活を10年も送ったという。2001年、アルバム『自由魂』でカムバックしたキム・ドゥスは、韓国国内の音楽シーンで賛辞ともに迎えられ、以来、地道な活動を続けている。

 『FOUND』や『bling』といったスタイル雑誌も刊行され、華やかなポップ・カルチャーが拡大している韓国において、キム・ドゥスの厭世的な音楽はいまでも異端な輝きを発しているように思える。ティム・バックリーをさらに瞑想的にしたような『10日間の蝶』や『夕暮れの川』からは、K-POPからは見えない風景が広がっている。言葉がわからずとも、彼の深い漂泊の思想ないしはロマン主義、波瀾万丈な彼の人生から湧きあがるエモーションは充分に伝わってくる。ヘルマン・ヘッセが人生のベルトコンベアから落ちた人=敗残者たちの流浪における美を描いたように、キム・ドゥスもさすらいのなかに人生の本質を見いだしているのだろう。

 地平線の上に明星が輝くとき
 私はまた放浪の道に立っている
"彷徨う人のために"

 去る7月、来日していたキム・ドゥスに明大前のカフェで話を聞いた。帰国を直前にしたあわただしいなか、筆者の的はずれな質問にも丁寧に答えてくれた。

歌詞を禁止されたりしましたが、そういったことに哀しみは感じませんでした。政治的な弾圧によって音楽的な方向性を変えたこともありませんし、ですから韓国の歴史と自分の音楽の哀しみとは関係はありませんね。

Kim Doo Sooさんの音楽は、日本では口コミで広がっていて、ディスクユニオンをはじめとする都内の輸入盤店でも、4~5年前から韓国のアシッド・フォークとして売られています。

Kim:私は自分のスタイルを貫いているだけで、ジャンルにはあまりこだわりはありません。どんな風にみんなから呼ばれても、あまり気にしません。それは評論家の役割で、私にはあまり関係はありませんね。私はミュージシャンですから。

アシッド・フォークと呼ばれることに違和感はありますか?

Kim:ないです。

僕はKimさんの音楽を聴いて、美しさと哀しさを強く感じました。『10 Days Butterfly』の1曲目でも、歌詞が自分のなかの哀しみのことを書かれていますよね。その哀しみっていうものは、個人的な哀しみっていうよりも、物凄く大きな、Kimさんがこれまで受け取ってこられた歴史的な哀しみという風に捉えてよろしいんでしょうか?

Kim:すべての作品は作った人間の人生が関係するものですので、(おっしゃるような)わたしの音楽の哀しみというものは、わたしの人生と関係があるものでしょう。

それは韓国という国の歴史と関係があるのでしょうか?

Kim:それはないですね。人間の本質的なもので、韓国の歴史とは関係ありません。

でもたとえばKimさんは、光州事件を経験されていますよね。非常に政治的な意味での弾圧を経験なさっているわけですけれども、それは音楽とはどういった関係にあるのでしょうか?

Kim:たしかに歌詞を禁止されたりしましたが、そういったことに哀しみは感じませんでした。それ(政治的な弾圧)によって音楽的な方向性を変えたこともありませんし、ですから韓国の歴史と自分の音楽の哀しみとは関係はありませんね。さっき哀しみとおっしゃったんですけれども、それは政治とは全然関係ありません。自分は政治家でもないですし。

わかりました。では「哀しみ」はひとまず置いておいて、Kimさんのバイオグラフィー的なことを大雑把に聞きたいんですけれども。光州事件っていうのは、若い韓国の学生たちが韓国の民主化を訴えた事件でしたが、Kimさんもその渦中にいながら音楽でもって何か主張していたんでしょうか?

Kim:そのとき衝撃はあったのですが、私は政治にはあまり関心がなく、自然や人間に関心がありました。韓国には民主化を掲げるような歌もありましたが、私はそのような歌を歌う人間ではなかったです。バガボンドと言いますか、放浪者のような感じでした。

Kim Doo Sooというのは、韓国の有名な小説の悪役から取ったということなのですが、それはどのような意図だったのでしょうか?

Kim:家では歌を歌うことを反対されていましたので、そのとき芸名が必要だったんです。本名を使えなかったのです。それで、そのとき読んでいた小説が有名な『土地』だったのです。その悪役がKim Doo Sooでした。そのとき特別な意図はなく、いっしょに住んでいた兄と酒を飲みながら、「このキャラクターのなかで誰がいいかなー」と話してたまたま選んだのがKim Doo Sooでした。

(笑)なるほど。たとえば日本では、それこそKimさんぐらいの世代のひとたちは、アメリカとかイギリスとか、ビートルズとかボブ・ディランとか、そういった欧米のロックやフォークを聴いて、そしてその自由な精神に影響を受けて、それを自分たちの上の世代に向けて表現しました。その時代、韓国では、どうでしたか?

Kim:私は特定の個人やバンドに没頭したことはないんですけれども、70年代のアメリカのフォークには影響を受けました。

ソウルには、その手の音楽を買えるレコード店もあったんですよね。

Kim:もちろん買うことはできました。

ドラッグ・カルチャーとかサイケデリック・カルチャーは、韓国ではどうだったんですか?

Kim:韓国も一時期、大麻で騒動というのがありましたよ。有名な芸能人が刑務所に入ったこともありましたし、いまも問題になっています。

その辺は日本と似ているかもしれませんね。日本もすごく厳しいので。韓国には、アンダーグラウンド文化といいますか、三上寛さんのように(インディペンデントで)やってらっしゃる方っていうのはたくさんいらっしゃるんですか?

Kim:以前はたくさんいましたけど、いまはあまりいなくなりました。ただ、インディ・バンドは増えつつあります。テレビには出ずに、クラブ(ライヴハウス)での活動を活発にするバンドがいま現れています。それはいい傾向だと思っています。

なるほど。Kimさんのこれまで歩んできた人生を調べますと、"ボヘミアン"という曲がすごく影響力を持っていて、YouTubeなんかにも上がっていますけれども。それを聴いたひとが自殺してしまったという事件が起きてしまったということがよく書かれているのですが、その件について話していただいてよろしいでしょうか。どのようなことが起きたのかということを。

Kim:とても悲しいことが起きました。それを聞いて私はすごくショックだったのです。自分の音楽を聴いて、ひとが平穏になったり癒されたりすることを望んでいたのに、自殺したという噂を聞いて衝撃を受け、それから10年くらい活動を一切しませんでした。

具体的にはどのようなことを歌った歌なのでしょうか?

Kim:放浪について、です。これはリメイクで、オリジナルは他のアルバムにあります。それはやはり、むなしくなるような(虚無感のある)雰囲気でした。詞も違いました。だから詞も書き直して、新しく作りました。

そうだったんですか。オリジナルの"ボヘミアン"は何年に書かれたんですか?

Kim:89年に作って90年に発表しました。

Kimさんご自身が一番初めにアルバムを出したのは何年なんですか? 86年デビューと書いてありますが、それは自主制作で出したのですか、それとも韓国のレコード会社から出したのですか?

Kim:メジャー・レーベルから出しました。

日本でも表現の自由と言いながら、歌ってはいけない言葉があったり実は自由がないんですけれども、韓国でも、たとえば政治的な歌は歌えないとか、そういう話を聞いたことがありますけれども、その辺りの韓国の音楽シーンの表現の問題というものをどのように考えていらっしゃいますか?

Kim:昔は酷かったんですけれども、いまは少し良くなって表現の自由が得られるようになりました。お笑い芸人が政治家をネタにしてギャグをする時代になりました。ですから、昔ほどの問題はないですね。かつてだったら想像もできないことです。

ちなみにどの大統領によって変わったというのはありますか?

Kim:たぶんノム・ヒョンですね。

それはノム・ヒョン大統領が民主化政策をどんどん進めていって、自由な表現をある程度許容したってところがあるんですか?

Kim:もちろん。そうですね。

ノム・ヒョン大統領というと、日本では小泉政権のときに、彼が靖国参拝をする度にノム・ヒョン大統領がそれを批判していたのをすごく覚えているんです。そういったすごく複雑な日本と韓国との政治的な関係があります。日本と韓国の歴史的な歴史的関係についてKimさんはどのように考えていらっしゃるでしょうか?

Kim:音楽には国境はありませんし、ミュージシャンはみんな友だちですし、私はそういった複雑な関係というのはあまり気にしません。

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ヨーロッパの詩人の言葉ですけれども、この言葉に全部含まれているでしょう。「哀しみと死がなかったら、人間はどこに行くのでしょう」というものです。その言葉を読んだとき、私は絶望感よりも平穏をもらいました。


キム・ドゥス - 10 Days Butterfly 10日間の蝶
PSFレコード

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キム・ドゥス - Evening River 夕暮れの川
PSFレコード/Blackest Rainbow

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音楽はいちどやめようと思ってたんですか? そのときどのような生活を送っていたんですか?

Kim:そのときは完全に音楽をやめようと思って、山に行きました。10年間山に住んでいて、すごく気持ちが落ち着きました。それは自然がくれた力だと思います。

その10年間はどういった生活を送られていたんですか?

Kim:1ヶ月の生活費が韓国ウォンで20万ウォン(1万5千円ほど)でした。厳しかったですね。

そのときの気持ちというのは、絶望的なものだったんですか?

Kim:多少絶望的な気持ちもありました。しかし、当分の安定と平穏さは戻りつつありました。

ギターはどういったところから影響を受けているんですか? 

Kim:あまり影響を受けたことはないです。誰かから教えてもらったこともないですし、自分で学びました。

じゃああのメロディというのも、自分で作られたものですか?

Kim:そうです。誰からも教えてもらったことはないです。

小さいこと聴いていた歌とか、そういうところから?

Kim:童謡はすごく好きでしたね。

ほかの同世代のミュージシャンというのは、Kimさんと同じように何かの影響ではなく、自分たちで歌い始めたものなんですか? 

Kim:たぶん、学校とかそういうところで習ったひとが多いでしょうね。

ボブ・ディランとか、そういったものの影響もなかったんですか?

Kim:それは、ディランとか、ニール・ヤングとか、トム・ウェイツとか、そういうのをたくさん聴いたのは事実です。居酒屋やコーヒー・ショップに行くといつも流れているのはアメリカのフォークでしたから。

ああー、そうなんですか。

Kim:70年代、80年代はアメリカのフォークが流行っていましたからね。

へえー。あの、80年代というと、日本ではディスコとかそういうのでしたからね。

Kim:音楽だけ聴くようなコーヒー・ショップなんかもあったんです。韓国でLPっていうのがすごく流行ったことがありましたね。

いつミュージシャンになったんでしょう?

Kim:これだというきっかけはたぶんないんですけれども、小学生のとき、先生が私の家にわざわざ来て「彼に音楽をさせたほうがいいです」と言われたことはありました。でも、家ではすごく反対されました。儒教が厳しくて、家ではラジオも聴けないような状態でしたから。そんな家でミュージシャンが生まれたのは不思議なことですね。

日本でも儒教的な影響はすごく強くて、たとえば先輩後輩の関係であるとか、そういうところで影響は強いんですけれども、そういう儒教的な文化に対する反抗心みたいなものはあったんですか?

Kim:当然ありました。高校を卒業したら家を出ようと子どものときから思っていました。

なるほどね。では、ボブ・ディランであるとかアメリカのフォーク・ソングの歌詞の内容は当時わかっていたのですか?

Kim:わざわざ辞書を引きながら勉強したようなことはなかったんですけれども、大体の内容はわかっていました。

先ほどご自身で放浪者とおっしゃいましたけれども――。

Kim:そういう流れ者的な表現がいいと思っていました。放浪する生活はずっと夢でした。あちこちに行って歌うような生活、それが夢だったんです。

11年ぶりに『自由魂』というアルバムを出しますよね。11年ぶりっていうのが......。

Kim:私のアルバムを作ってくれた制作者がわざわざ山まで来て、昔のアルバムを再発したいと言ってきたのです。そのときは精神的にかなり良くなっていて、再発よりはいま出来ている曲があるから、新しくアルバムを作った方がいいんじゃないですかと提案しました。そのとき『自由魂』を作りました。

その後、『International Sad Hits』というコンピレーションを、それこそ三上さんとかといっしょにアメリカで発売されますけれども、海外で活動されるようになったのはどのようないきさつなんでしょうか?

Kim:〈P.S.F. Records〉が宣伝しはじめて、そのスケジュール通りでやってますね。

最初に海外でプレイしたのはどこなんですか?

Kim:ベルギーですね。

何年ですか? 2006年?

Kim:ああー、正確には思い出せないです(笑)。

それまでフォークというのは、言葉の音楽ですよね。だから、歌詞が理解できないとその本当の面白さは伝わらない。三上さんもKimさんも、音だけで国際的に広がったのはすごいなあと思って。

Kim:言葉が違うので心配していたんですけれども、直接演奏してみると、やはり言葉というのはそれほど問題ないですね。むしろ、もっと深く感じるような気もします。

日本ではここ数年K-POPが大人気です。K-POPの人たちは英語でも歌うし、日本語でも歌うんですね。取材も日本語で答えるんです。Kimさんは、それとは全く逆のことをやって国際的になってるっていうのは面白いですね(笑)。
 KimさんはK-POPに関してどのような見解を持っていますか?

Kim:K-POPが流行って日韓が友好になるのはすごくいいと思いますけど、言ってしまえばK-POPは音楽ではなくてエンターテインメント・ビジネスだという気がします。

韓国国内ではK-POPというのはどうなんですか?

Kim:若いひとというか、学生ばかりですね。テレビを観たらみんな少女時代で、年寄りはチャンネルを変えます(笑)。

韓国ドラマやK-POPは日本でずっと人気があるんですけれども、韓国の人気スターで自殺するひとが多いじゃないですか。どうして彼らは自殺しちゃうんですか?

Kim:うつ病や、精神的なストレスですね。個人的な事情があったり。韓国はインターネットがすごく盛んですけれども、そこでの誹謗中傷を見てストレスが溜まる場合もありますし。それも、たくさんの理由のうちのひとつでしょうね。

それはやはり、韓国の音楽ビジネスの悪いところなんでしょうかね? 

Kim:たぶんそうですね。

日本では華やかな部分ばかりが強調されています。タワーレコードの一階に行けばK-POPがダーッと並んでいます(笑)。でも、在日の人たちとってはすごく前向きな変化をもたらしてもいるようです。
 さきほどインディ・バンドが増えているとおっしゃってましたけれども、たとえばKimさんの歌を聴きに来るような若い世代のリスナーが増えているっていう状況もあるんでしょうか?

Kim:少しずつ増えています。自分はあまりライヴをやらなかったんですけれども、いまは増やしています。私はあまり健康でないのでライヴをたくさんはできないんですけども、観客は少しずつ増えています。ファンはライヴをもっとやってほしいと不満を持っているみたいですね。

なるほど。最初の質問に戻りますけれども、哀しみと言ったときに、Kimさんは人間の本質的な哀しみだとおっしゃいました。それがどういうことなのか、他の言葉で話してくださいますか。

Kim:この表現がいちばんいいと思います。ヨーロッパの詩人の言葉ですけれども、この言葉に全部含まれているでしょう。「哀しみと死がなかったら、人間はどこに行くのでしょう」というものです。その言葉を読んだとき、私は絶望感よりも平穏をもらいました。哀しみと死は、私たちをもっと人間的にさせるものです。
 ヘルマン・ヘッセは「死は人間の友だ」と言っています。

ヘルマン・ヘッセも放浪ということをテーマにしていますけど、お好きなんですね。

Kim:すごく好きな作家です。ヘルマン・ヘッセのための歌を作ったこともあります。

あなたの歌のなかにはすごく自然が出てきますけれども、あなたは何を意味して、どのような意図で自然を歌うのでしょうか?

Kim:他の言葉では表現できません。自然は自然なのです。

いまはソウルに住まれてるんですか?

Kim:ソウルから一時間くらいの田舎に住んでいますが、もっと田舎に行きたいので行くつもりです。

ちなみにサッカーはお好きですか?

Kim:野球のほうが好きです(笑)。

歌詞のテーマっていうのはどういうところから来るものなんですか?

Kim:疑問、自然、経験......といったことです。

この『10 Days Butterfly』のアートワークが美しいですけれども、これは?

Kim:私の友人で、有名な画家のHan Hee Wonによるものです。蝶は10日間しか生きられません。その短さ(はかなさ)が人間の生に似ていると感じました。人間の生の短く美しい様を表現したいと思ったのです。

日本という国は島国なんですね。周りを海に囲まれているんですけれども。韓国は全部陸で、変な話ベルギーまでつながってる。歩いて行こうと思えば行けるじゃないですか。そういう、大陸で繋がっているというのは、感覚としてあるんですか? 

Kim:ありませんね。韓国の上には北朝鮮がありますから、日本と同じように、繋がっているわけではありません、

ちなみに韓国のひとたちが好きな日本の音楽というと?

Kim:昔はJ-POPもすごく有名でしたが......。

アンダーグラウンドでいうとどうですか?

Kim:いま、韓国に日本のアンダーグラウンドのミュージシャンがたくさんいらっしゃってるみたいです。韓国に住みながら活動しているミュージシャンを、自分も3人ぐらい知っていますよ。

へえー。日本人ですか?

Kim:そうです。

たとえば誰ですか?

Kim:ハチさんです。有名なギタリストです。

春日博文さん(カルメン・マキ&OZなどで知られるプロデューサー。現在韓国で活動中)ですね。

Kim:彼はすごく指が長いみたいですね。あとは、長谷川さん、佐藤行衛(ゆきえ)......。

『10 Days Butterfly』には英語と韓国語と日本語の歌詞が載っていますよね。それが素晴らしいと思いました。

Kim:ちゃんと翻訳ができていますか(笑)?

すごくいい翻訳ですね。美しい日本語で。

Kim:リズムとか韻とかはたぶん、掴みきってないと思うんですけど。

今年韓国も大統領選を控えているじゃないですか。どうなんですか? 原発問題なんかも、大統領選のひとつの論点になってるじゃないですか。

Kim:政治は自分はちょっと関心がないですね。韓国も、良い政治家は少ないですね。良いリーダーの資格がない人ばかりです。それで私はさらに関心がなくなりましたね。

逆に言えば、韓国からセックス・ピストルズみたいなパンク・ロッカーが出てくる可能性はあるんでしょうか?

Kim:ありますあります。インディペンデント・バンドの実力がすごくついているので、うまい人がたくさん出ると思います。

モスクワでは、ライオット・ガールズというか、プッシー・ライオットという女の子のパンク・バンドが出てきていま話題になっていますよね。

Kim:おおー!

三上寛さんは「日本のパンクのゴッドファーザー」なんですよ。

Kim:彼はスーパーマンです。寛さんがヨーロッパに行ったらすごく喜ばれるんじゃないかと思います。彼のようなスタイルはないので。

数年前、イギリスの『WIRE』という雑誌がKimさんを紹介をしてましたけど、韓国でも反応がありましたか?

Kim:反応があったかどうかは私はわかりません。家でテレビもほとんど見ませんし、インターネットもメールばかりで、ちょっと記事を読むぐらいですね。情報には疎いほうです。自分の名前が売れることにはあまり興味がありませんしね。

 この暗い世の中を彷徨う人よ
 あなたはどこに流れるのか
 星はまた光り鐘は鳴るだろう
 この瞬間はお前のために
 この瞬間だけはお前のために
"彷徨う人のために"



THE OTOGIBANASHI'Sとパブリック娘。 - ele-king

 夏休みがきたんだな、と思った。それはもう、個人的には12年ぶりくらいのやつが。

 ついきのうまで高校生でしたというような若いオーディエンスのいきれにむせる会場で、しばし回想するのは「夏休み」だ。8月にまだ手の届かない若々しい夏の夜に、なにかを期待するように集まった彼らからは、シャンプーの香のようにその幻影がたちのぼっていた。あれはなんなのだろう? 制度としての夏休みから派生した、ファンタジーとしての、意味としての夏休みに、われわれは抗しがたくとらえられている。

 この日のライヴは2組出たラップ・グループが印象に残った。いっぽうはその「夏休み」という強迫観念を背負って無方向に走り回り、もういっぽうはそうした「夏休み」をひっそりと置き去りにする。すでに日数もたっていることだから、本レポートでは彼らについて言及することにしたい。


 ザ・オトギバナシズはこの夜もっとも美しかった。気持ちの純粋さが擦り切れないぎりぎりの声量で、ごくやわらかく、詩的なイメージや言葉を切りとってくるB.M & bokuを見て、ヒップホップにはこんな表現があるのかとおどろいた。絵本の世界のような表象が、自身の自然な思考や感情表現と結びつき、美学ではなしに引き寄せられている。そしてそんなラップが、チルウェイヴやヒプナゴジックのフィーリングにささえられたミニマルなアンビエント・トラックにのってナイーヴに展開されていく。なるほどこれはクラウド・ラップのフィーリングだ。そしてそれはおとぎ話を語るのに向いている。

 彼らは2番めのアクトだったが、ステージではなくうしろのDJブースで行われるらしく、先に出演した進行方向別通行区分の変拍子とシニカルな文学性にみっちりと揉まれたオーディエンスの後方で、まるで幕間のDJセットのように始められなければならなかった。ただでさえロック色のつよいイヴェントである上、人々はまだステージの方を向いたまま次を待っている。出入りも困難な混雑状況であるから向きを変えるのもむずかしい。なかなかのアウェイだ。しかしすぐにトロ・イ・モワがかかると、フロアの空気が撹拌されるのを感じ、そしてとてもいい予感がした。進行方向別通行区分→トロ・イ・モワ。

 オトギバナシズは彼らのまわりの小さな半円から、徐々にフロアのルールを書き換えていった。ソフトなビートでゆっくりと。みんながこっちを向かなくてもいい。それぞれがそれぞれに、この場所を遊び場に変えればいいのだとばかりに、まず率先してひとり遊びをはじめたという感じだ。いでたちはやんちゃだったが、とても洗練された印象を受けた。赤い色の服もキャップの下のタオルも怪奇的なマスクも、すべてドリーミーにやさしく世界をかたちづくっていたと思う。"プール"以外のトラックもあらべぇ(a.k.a. Blackaaat / ovoviolooooa)なる少年の手になるものだったのだろうか。羽化したばかりのセミの翅のように、あのエスリアルな音づかいは、あの夜あの会場で果敢に響いていたと思う。よくもわるくも一種の閉鎖性から逃れることが困難な日本のインディ・ロック空間に、彼らのフィーリングは涼やかな外の空気をもたらしていた。トロ・イ・モワに表象されるある種の音が、記号的な役割を果たした部分もあったかもしれない。それに、最終的にフロアの全体を制するというような影響をおよぼしたわけでもなかった。しかしそれでも、彼らが鳴っていることに筆者はとても未来を感じた。


 オトギバナシズが小さな足音でこの夏休みの島を飛び立ったのと対照的に、パブリック娘。はにぎやかにフロアを制した。このころには人々のあいだに隙間ができていたこともあってか、彼らはのびのびと動き回り、オーディエンスの注意を集めている。じつにただの結婚式の2次会ノリであって、愛嬌と素人感覚をブースターとして、屈託ないステージングを繰り広げた。終始アッパーなトラック、ディスコや歌謡曲、アニソンもあっただろうか。それら自体にセンスを感じるわけではないが、彼らにはドキュメンタリー性ともいうべき華があった。いままさに目の前で進行する彼らの青春、生活、互いの関係性、そうしたものが奇妙にくっきりと、いやみなく開陳されている。"初恋とは何ぞや"などのリリックにもあきらかなように、そこにはやや文学的な、あわい問いかけがあり、このグループの個性を形成している。彼らはなにかをパッケージングしようとし、それを懸命に追いかけている。言葉にすると凡庸だが、いまという時間のもろさをはからずも取り出し、まぶしく散らせているようにみえた。

 しかし、ならばもう少しひねりがあってもいいかもしれない。サウンドももちろんだが、詞においても童貞景気で盛り上がりをねらうようなやりかたは新しいとは言えない。「あの娘」という手垢にまみれたモチーフを多用するなら、それなりの工夫が必要ではないかと思う。彼らのサマー・フィールには、どこか強迫観念としての「夏休み」を感じる。宿題をしなければ、友だち(彼女)を作らなければ、かけがえのない時間を過ごさねば......イビサでもサーフでもない、この「夏休み」という特殊な時間性への感度は、磨けば武器となるだろう。ぜひベタに落ち着けることなく、飛翔させていってほしいと思う。

 あと、客いじりももう少し洗練させてほしいと思う。被害者としてだが。

Eternal Summers - ele-king

 イターナル・サマーズ――終わらない夏、永遠の夏、このバンド名が暗示するのは昔ながらのポップのユートピアである。永遠の夏はヴァージアニ州のロアノークを拠点とする女性ひとり+男性ひとりのふたり組、ノー・エイジやタッツィオのようなドラム&ギターのチームで、今年に入って2枚のアルバムを出している。『ザ・ドーン・オブ・イターナル・サマーズ(終わらない夏の夜明け)』は先に発表した1枚で、セカンド・アルバムらしい。
 この作品を言葉で説明するのは簡単だ。ファースト・アルバムの頃のザ・レインコーツがヴァイオリンを捨てて、ギターとドラムと歌だけでドリーム・ポップをやったような音楽。つまり、とても良い。
 あるライターは、イターナル・サマーズの音楽を「あらゆるニッチを埋める」と説明している。ビーチ・ハウスのすき間、シャロン・ヴァン・エッテンのすき間、ダム・ダム・ガールズのすき間、このバンドはそれらを埋める。なるほど。エフェクターを使わずギターアンプに直接シールドを差し込んだテレキャスターのコード弾きは、ペダルを多用する今日的なUSインディへの反論とも言えるが、逆らっているというよりも、おおらかさを感じる演奏だ。曲自体は実にシンプルに作られているが、メロディラインと歌声はキャッチーで、しっかりしている。ポスト・パンク的なアプローチを取りながら、聴き方によっては、ビーチ・ハウスのように、もしくはシャロン・ヴァン・エッテンのように聴こえる。ずば抜けた個性はないが、ギター・ポップにおけるカタルシスが何たるかを知っている。

 ......それにしても眠い。日本の女子サッカー代表は、調子が良いときは機械仕掛けのような素早いパス回しをする。あの連動性にはイターナル・サマーズのフリー・ダウンロード曲(サード・アルバムに収録の)"ユー・キル"がよく似合う。本作『ザ・ドーン・オブ・イターナル・サマーズ』に対して、サード・アルバム『コレクト・ビヘイヴィア』はよりスピーディーで、ディストーションが効いている。

 さて、我々は数日間、夏休みに入ります。毎年、川で泳ぎ、魚を釣って、焼いて食べる。それから大浜のプールに行く。完全にマンネリ化しつつも飽きないのは、夏という季節のマジックである。しかし、もしもこの国が常夏だったら、水遊びや釣りにこんなにもいちいちワクワクしないだろう。そういう意味では夏がイターナルでないことは悪いことではない。が、イターナル・サマーズ――終わらない夏、永遠の夏はとても良い。

DJ KAMATAN (PANGAEA) - ele-king

夏schedule
8/4 KNOT @ 福島会津若松 CLUB infinity
8/5 ひかり祭り @ 神奈川相模原市 旧牧郷小学校
8/10 DUB FRONTIR @ 仙台 PANGAEA
8/19 伊達祭 @仙台 勾当台公園
8/24 PANGAEA NIGHT DJ光 @ 仙台 PANGAEA
8/25,26 SUN MOON @ 岩手 千貫石キャンプ場
8/31 echo8 @ 仙台 PANGAEA 
9/1,2 龍岩祭 @ 山形 蔵王温泉
9/9 こころのヒダ @ 仙台 ADD
9/21,22,23 Chill Mountain @ 大阪 荒滝キャンプ場
9/28 未定 @ 沖縄 那覇
9/29 未定 @ 沖縄 那覇

仙台pangaea
https://pangaea-sendai.com
https://twitter.com/KAMATAN6


1
Carter Bros - Wild Cats EP - Black Catalogue

2
Alejandro Mosso - Mosso 001 - MOSSO

3
Ivano Tetelepta - Taksi - Fear Of Flying

4
DJ Jus Ed - I'm Comin - Underground Quarlity

5
Julien Bracht - Down Under EP - Inter Groove

6
Julio Bashmore - Ribble To Amazon - 3024

7
Bushmind - Good Days Comin' - P.vine

8
The Planty Herbs - Music is the world - Wax on

9
Strategy - Boxy Music - 100%Silk

10
Peaking Lights - Lucifer - Mexican Summer

Death And Vanilla - ele-king

 たしかにチルウェイヴには詳しくない。ちーとも知らない。必要があっても適当に書き飛ばしてきた。しかし、そのことを暴くために野田努は「3月」にリリースされた作品をいまさらのように持ち出してきた。半年近くも前にリリースされたアルバムだよ。ディスク・ユニオンには早くも中古盤が並んでいたデビュー作である。杜撰なのか、狡猾なのか。目的のためには手段を選ばない。そういうことであれば、僕も「3月」にリリ-スされたデビュー作から選ぶしかないではないか(なんで?)。スウェーデンから現れたイタロ・ディスコ・ヴァージョンのジェントル・ピープル。これがまた夏に合うんだな~。

 全曲試聴→https://soundcloud.com/kalligrammofon/sets/death-and-vanilla-st/

 わざとらしく不安を煽るようなオープニング。細野晴臣のようで細野晴臣ではないポップ・センスを張り巡らせ、チープでイミテイションな電子音が宙を舞う。どこまでも人工的で物悲しく彩られた曲の数々を聴いていると、野田努のやったことなどどうでもよくなってくる。必要なのは現実から目を逸らす想像力と人工着色料の見果てぬ夢。いかにも60年代っぽいエコー・サウンドが再現され、控えめな効果音にも心を奪われてしまう。ピーキング・ライツやトリ-アングル系へのアンサーとも言えなくはないだろうけれど、まー、言いたいやつには言わせておけという感じ(自分か)。"カル-デ-サック"はステレオラブがGSをカヴァーしているみたいだし、"ライブラリー・ゴブリン"は初期のピンク・フロイドをメランコリックに改造したというか。エンディングはどっしりと、そして、夢から覚めるように音楽も終わってしまう。えー、もう、終わり~。もっかい~。

『血と薔薇(Et mourir de plaisir)』という映画があったけれど、「死とヴァニラ」とは何のことだろう? わからない。教養がない。調べるヒマがない。テラノヴァを脱退したザビアー・ノーダシェアー(またノダだ!)が昨年、ソロでリリースしたデビュー作も「3月」に3枚組みでアナログ化された。これもイタロ・ディスコの波に乗った叙情派で、暑い夏にだらだらと聴くしかないユルユル・モード。催眠的なアルペジオを聴き続けていると、野田努のやったことなど......どんどんどうでもよくなってくる。ゆっくりと、ゆっくりと、曲の構成が移り変わり、宇宙を漂っているような気分からヘンな星まで流されてきて、あげくに血の気まで引いてくる。コズミックというのはトランスにダブをかませて、とにかく回転数を遅くしたものだと思えばいいだろうか。奇しくもマイ・キャット・イズ・アン・エイリアンが拠点とする魔女狩りの街「トリノの尺度」と題されたアルバムはトリップ・ミュージックとしてはなかなかの出来である(303が標準装備され、後半の擦過音が実にカッコいい"フォー・ア・フィストフル・オブ・アシッド"では例によってあれの説明が挿入され、"ルナー・ローヴァー"は日本語で歌われている)。

全曲試聴→https://soundcloud.com/supersoulrecs/sets/...


 で、「3月」には何をしていたんだっけ?(コメント欄で募集は......していません)

interview with Heiko Laux - ele-king

 ハイコ・ラウクスはジャーマン・テクノを体現するような人物だ。テクノ黎明期に多感な10代を過ごし、周囲の誰よりも早くシンセサイザーとドラムマシンで楽曲制作を開始。94年に地元ヘッセン州の小さな町でレーベル〈Kanzleramt〉を立ち上げた。それがスヴェン・フェイトの目に留まり、フランクフルトの伝説的クラブ、〈Omen〉のレジデントに抜擢される。99年にはテクノ・キャピタルとして勢いを増していたベルリンに拠点を移し、変わらぬ情熱と熟練のスキルで制作活動とDJ活動ともに精力的に続けている。

 数ヶ月前、宇川直宏氏に「今年もFREEDOMMUNE 0 <ZERO>やるから、いいテクノDJブッキングしてよ!」と言われて真っ先に思い浮かんだのが彼だった。実際に出演が決まり、〈eleven〉でのアフター・パーティと大阪〈Circus〉でもそのプレイを披露することになったハイコに、ベルリンで話を聞いた。テクノ・ファンならすでにお馴染みのベテラン・アーティストだが、3年ぶりの来日ツアーに先駆けて、これを読んでその素晴らしいプレイのイメージを膨らませて頂ければ幸いだ。


ドイツのテクノもデトロイトの影響を受けてはじまったようなものだからね。そのデトロイトの人たちはクラフトワークに影響を受けていたりするわけだけど。


初めまして。もうすぐFREEDOMMUNE 0 <ZERO>に出演のため来日されますが、私があなたをブッキングしたんですよ。その経緯から少し話させて下さい。実は、きっかけは今回共に出演するDVS1をEle-Kingのために昨年インタビューしたことだったんです。

ハイコ:へえ? どういうことかな?

彼が、90年代にあなたをミネアポリスに呼んだことがあって、その縁であなたに〈Tresor〉でDJする機会をもらったと言っていました。それが初めてベルリンでプレイした体験だったと。

ハイコ:ちょっと待って、いまもの凄い勢いで頭の中の記憶を呼び戻してるから... でもDVS1という人は知らないな。前は違う名前でやっていたのかな?

あれ? 覚えていないですか? それは意外ですね。ではその事実関係は日本で再会した際にDVS1本人と確認して頂きましょう。いずれにせよ、その話を聞いたのが昨年のちょうど同じ頃で、そのすぐ直後にあなたが〈Berghain〉に出演していたので、初めて聴きに行ったんです。

ハイコ:ああ(ニヤリ)、あの日あそこに居たのか。あれは......かなりいいセットだった。

めちゃくちゃ凄かったです(笑)。それで一発でヤラれてしまったんですよ。そのときに、「この人を日本にブッキングしよう」と思ったんです!

ハイコ:そうか、ありがとう。実はね、公にはしていないんだが、CLR Podcastに提供したミックスは、あの日のセットの中の2時間分なんだ。あそこのクラブは録音だの撮影だのに関してはとてもうるさいからね、ここだけの話だけど! うん、あれはかなりいいパーティだった。

2009年の〈WIRE〉に出演して以来、日本には行ってませんものね?

ハイコ:そうなんだよ、だからもの凄く楽しみにしている。そろそろ行きたいと思っていたところだよ。

それまでは、わりと定期的に来日してましたよね?

ハイコ:2000年か2001年くらいから、ほぼ1年おきには行っていたね。

これまでの来日体験はどうでしたか?

ハイコ:いい思い出しかないよ。日本は大好きだ。僕は食べるのが好きなんでね、食べたいものがあり過ぎて困るくらいだ(笑)。初めてスキヤキを食べたときなんて、発狂するかと思ったよ! ヤキニクとか、コウベビーフとか...... とにかく日本の食べ物のレヴェルの高さは凄い! もう6回くらい日本には行ってるけど、毎回驚きがあるね。

ちょっと音楽の話に戻しましょうか(笑)。実は私は90年代のテクノについてデトロイトのことはある程度知っているんですが、ドイツのことはほとんど知識がないので、ぜひその頃の話、そしてあなたがどのような体験をしてきたのか教えて頂きたいんです。

ハイコ:まあドイツのテクノもデトロイトの影響を受けてはじまったようなものだからね。そのデトロイトの人たちはクラフトワークに影響を受けていたりするわけだけど。

バイオグラフィーによれば、ファーリー・ジャックマスター・ファンクの「Love Can't Turn Around」に衝撃を受けて音楽をはじめたとのことですが?

ハイコ:そうだね、まああの曲は一例だけど、ああいうサウンド、いわゆるTR-909のドラムととてもシンプルなベースだけであれだけパンチのある曲は衝撃だった。ああいう音が部分的に使われている曲は聴いたことがあったけれど、シカゴハウスからはそれまで感じたことのない凝縮されたエネルギーを感じたんだ。「俺はこれをやりたい」と思ったんだよ。

それはラジオで聴いたんですか?

ハイコ:いや、クラブだよ。当時は兄がDJをしていたので、まわりの子たちよりも早くクラブに行くことが出来たし、家にそういうレコードがあった。シカゴ・ハウスやUKノアシッド・ハウスなどだね。それ以外はまだポップ・ミュージックしかなかったけれど、あの頃はポップ・ミュージックのシングルにもB面に風変わりなダブ・ミックスなどのインスト・ヴァージョンが入っていた。そういうシンプルなグルーヴの音楽を好んでいたね。特定のサウンドを上手く組み合わせれば、とても少ない音で凄い威力のある曲が出来上がるというところに魅了された。

かなり早い段階から自分の曲を制作することに興味を持っていたようですね?

ハイコ:ああ、もう10代半ばから。小さなバイクに乗れるようになった頃に、最初のキーボードを買いに行ったのを覚えているよ。14歳とかじゃないかな。

その歳ですでにクラブに行って、制作も始めていたんですね?

ハイコ:ああ、地元のバート・ナウハイムという小さな町から、兄の車に便乗してフランクフルトのクラブに出入りしていた。あの頃聴いたDJといえば、スナップ(Snap!)のプロデューサーのひとりだったミヒャエル・ミュンツィッヒなどだね。彼はいつも、ド派手な衣装で現れた。インディ・ジョーンズみたいな帽子を被ったり......毎週違う格好で(笑)。でも誰よりもクールな音楽をかけていた。彼はビートマッチ(曲のピッチを合わせる)だけでなく、ハーモニーをミックスしていたのが印象的だった。前の曲のブレイクのときに、例えばピアノのハーモニーが入っていたとしたら、次の曲のBPMの違うイントロのハーモニーと混ぜるんだ。そこから全然リズムが変わったり。それがとても新鮮だったね、「こういうことも出来るんだ」と思った。いまそういうやり方をする人は全然いない。でも僕は、いまでも選曲をするときにハーモニーで選んだりするよ。他に僕が体験したことと言えば、クラブ〈Omen〉の盛衰だけれど、それもバイオグラフィーに書いてあることだね。

当然、DJとしてスヴェン・フェイトからも大きな影響を受けていますよね?

ハイコ:完全に。スヴェンとの出会いは、僕のキャリアのターニング・ポイントになったから、特別な存在だね。あの頃は誰もが〈Omen〉でプレイすることを目標にしていた。だから僕も自分から「やらせて下さい」なんて野暮なことは聞かなかった。その代わり自分でレーベル(〈Kanzleramt〉)を始めて、曲を出すようになった。そしたら、96年にスヴェンがライヴをやらないかと誘ってくれたんだ。そしてライヴ出演したら、またやって欲しいと言われて、「実は僕はDJもやるんです」と言った。当時、金曜日がスヴェンの日で土曜日が外部のゲストDJがプレイしていた。その土曜日に何度かやったところ、「金曜日にお前の枠をやるから、好きな奴を呼んでパーティをやれ」と言われた。だからサージョンやニール・ランドストラムなどを呼んで一緒にやっていた。店が閉店するまで、それを続けたんだ。

ライヴもやっているんですね? それは知りませんでした。

ハイコ:実はそのときと、すぐ後に一度「POPKOMM」(かつては毎年開催されていたドイツ最大の音楽見本市)だけで、それ以来全然やっていないんだ。他のアーティストとコラボレーション、例えばテオ・シュルテと一緒にやっているオフショア・ファンクなどでは何度かやっているけど、ソロは全然やっていない。それも最後にやったのは2008年だ。その後はDJしかやっていないね。でも、今年のADE(Amsterdam Dance Event)で久々のライヴを披露する予定だよ。とても楽しみだけど、ライヴとなると途端にナーヴァスになる(笑)。

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僕はたしかにラップトップを使っているけど、間違いなくDJをしているからね、そこが違うんだと思う。僕はちゃんと曲を「触っている」。それが鍵なんだよ。こういうシステムを使うと、オートシンクも簡単に出来るけど、それをやってしまうとDJの醍醐味がなくなってしまう。

少し意外なのは、あなたがハウスから音楽の道に入ったということですね。テクノ一辺倒なのかと思っていたので。

ハイコ:というか、あの頃はテクノというものが存在していなかったんだよ。デトロイト・テクノもシカゴハウスの影響で出て来たものだからね。テクノへと加速していったのは90年代初頭のことだよ。

そういう流れのなかで、あなた自身もよりテクノに傾倒していったと?

ハイコ:そういうこと。だからテクノ・ブームがやって来る少し前に、すでにこういう音楽に脚を踏み入れていたのは、幸運だったと思う。周りがテクノに目覚めた頃には、すでにシンセサイザーやドラムマシンに親しんでいたからね。だからテクノが確立される前から、テクノをどうやって作るのかは分かっていた。ハウスを速くして、テクノのエネルギーを足せば良かったんだ。

そう考えると、あなたはドイツにおける第一世代のテクノ・アーティストと言えますね。

ハイコ:やはり僕よりも、スヴェン・フェイトやジェフ・ミルズやDJヘルの方が僕よりも先にやっていたけれどね。僕の出身の小さな町では輸入盤のレコードを売る店なんてなかったから、それほどたくさん聴けたわけではなかったし。アンダーグラウンドな音楽は、大都市に行かないとアクセスできなかった。僕がレコードを買っていた隣町の店なんて、半分が自転車屋で、店の半分がレコード・コーナーになっていたからね(笑)。レコードを売るだけでは、まだ商売にならなかったからだ。〈Omen〉の前身だった〈Vogue〉というクラブで、スヴェンを聴いたり、90年代に入ってからジェフ・ミルズやジョーイ・ベルトラムのプレイを聴いた。
 それでデトロイト・テクノに開眼して、「そうか、こんなことも出来るのか!」と思ったね。特に、ジェフ・ミルズを見たときは度肝を抜かれた。プレイしたレコードを次々と背後に投げ捨てながらプレイしていた(笑)。傷がつくとか、そういうことを気にせずにバンバン投げ捨ててたね......そういうクラブが身近にあって、本物のアーティストを間近で見て体験することが出来たのはとても幸運だったと思う。ジェフがヨーロッパで初めてやったのは〈Omen〉だったんじゃないかな。当時は、フランクフルトがドイツのダンス・キャピタルだったからね。ベルリンの壁が崩壊してからは、フランクフルトとベルリンのライヴァル関係がしばらく続いた。もちろん、その後ベルリンが勝つことになるわけだけども...... 90年代前半はほぼ同等のレヴェルだった。その競争意識が、音楽にもプラスに働いたと思う。

なるほど。そういう環境の中で、あなたのDJスタイルも築き上げられていったわけですね。あなたも当時のジェフのようにターンテーブル三台を操ることで知られていましたよね?

ハイコ:そうだね。かつては、三台使ってレコード1枚あたり2分くらいだけ使ってどんどんレイヤーしていくスタイルをやっていたけど、いま(のレコードで)同じことをやっても上手くいかない。ただテクニックを見せびらかすだけみたいになって、せわしなくて聴いている方は楽しめないと思うんだ。お客さんも世代交代しているからね。でも三台使ってプレイするのは楽しいから、またやろうと思っている。新しい使い方を考えているところだ。一時期は、なるべく展開や要素を削ってどこまでできるか、というプレイに挑戦していたんだけど、それも退屈になってしまって。だって、二台だけだと、あいだの5分間くらいやることがなくて(笑)。
 いまはSeratoを使ってプレイしているけど、Seratoが面白いのはレコードの好きな部分を好きなようにループできるところ。この機能を使うと、レコードとはかなり違ったことが出来る。また、Seratoの場合、曲の途中で停止しても、また好きな瞬間から狂いなく再生することができるから、曲の抜き差しが正確に、より自由に出来るようになった。レコードだと、ミュートできても曲の尺は変えられないから終わるまでに何とかしなければいけないというプレッシャーがある。でも、Seratoなら、好きなだけブレイクをホールドして、好きなタイミングで曲を戻すことが出来る。Seratoのおかげで、アレンジメントの幅が広がったと思うよ。
 いまはCDJ三台と、それぞれに効果音などを入れたUSBスティックも使ってさらに自由な組み合わせが出来るようにしている。だから単なるDJというよりは、サンプラーを取り入れているようなプレイだね。「遊び」の幅が広がった。今はブースで暇を持て余すこともなくなったよ(笑)。またDJすることが楽しくなっている。一時期は楽しめなくなっていたのも事実なんだけど、今は自分でも楽しめる新しいプレイの仕方を確立しつつある。

私は個人的にヴァイナルDJを好むことが多く、とくにテクノやハウスに関してはラップトップDJに感心することは滅多にないんですが、あなたのプレイは別格だと思いました。レコードでやっているようなライヴ感というか、臨場感がありましたし、長い経験を感じさせる確かなスキルがわかりました。

ハイコ:わかるよ、僕も同じだから。僕はたしかにラップトップを使っているけど、間違いなくDJをしているからね、そこが違うんだと思う。僕はちゃんと曲を「触っている」。それが鍵なんだよ。こういうシステムを使うと、オートシンク(自動的にピッチを合わせる機能)も簡単に出来るけど、それをやってしまうとDJの醍醐味がなくなってしまう。自分の手で合わせるからこそ、そこにエネルギーが生まれるんだ。ソフトウェアでプログラムされてしまっていると、そのエネルギーがない。完璧にシンクされた曲を次々と並べていくなんて、簡単過ぎるし何の面白味もない。やっている方もつまらない。その場の思いつきで新しいことを試していくことが面白いんだからさ。僕はフォーマットではなく音楽を重視するから、何を使ってプレイしているかはこだわらない。音源がCDでもラップトップでも別にいいと思う。それを使って何をするか、が問題なんだよ。いまはラップトップを使うのが面白いから、しばらく使ってみるつもりだ。

先ほどフランクフルトとベルリンがライヴァル関係にあって、いまはベルリンがその競争に勝ってテクノ・キャピタルになっているという話が出ましたが、その両方を見て来たあなたはベルリンの現状をどう受け止めていますか? ここ数年でテクノはさらにリヴァイヴァルした印象がありますけど?

ハイコ:とくに何とも思わないな(笑)。自分が幸運だとは思うけれどね。ごく自然なことだと思う。街やそのシーンの勢いというのは移り変わりがあり、より活気があるところに人が集まって来るのは自然なこと。テクノのシーンに関わりたいなら、ベルリンにはそういう仕事がたくさんあるし、その上観光客も大勢やってくる。ここにいればいろんな人に会えるし、活動の場を作っていける。レッド・ホット・チリ・ペッパーズからジョージ・クリントンまで、みんなやって来るから観ることが出来る。生活費も安いしね、これほど条件が整っていて、ニッチなアーティストにまで機会が与えられている街は他にない。これはテクノに限ったことではないし、他のジャンルも、演劇やアートに関しても同じだ。さらにベルリンはとてもリラックスしていて競争がない。周りを蹴落とそうとするような人はいない。そしてとてもリベラルだね。僕は99年にベルリンに移って来たけど、一度も後悔したことはないよ!

 

【来日出演情報】
8/11 FREEDOMMUNE 0 <ZERO> @ 幕張メッセ
8/17 AFTER FREEDOMMUNE +1<PLUS ONE> @ 東京eleven
8/18 CIRCUS SHOW CASE @ 大阪Circus

【リリース情報】
Jam & Spoon - Follow Me (Heiko Laux SloDub)
https://www.beatport.com/release/follow-me!-remixes-2012/924547
発売中

Sterac - Thera 1.0 (Newly Assembled by Heiko Laux) of "The Secret Life on Machines Remixes" on 100% Pure vinyl/digi with Ricardo Villalobos, Joris Voorn, Vince Watson, 2000 and One, Joel Mull, ...
2012年8月発売予定

Rocco Caine - Grouch (Heiko Laux & Diego Hostettlers 29 Mix) (12"/digi Drumcode)
近日発売予定

Heiko Laux & Diego Hostettler - Jack Up Girl (12"/digi on Christian Smith's Tronic TR89)
近日発売予定

Heiko Laux - Re-Televised Remixed (12"/digi on Thema Records NYC)
original and remixes by Lucy, Donor/Truss
近日発売予定

Heiko Laux & Luke - Bleek (on Sinister, 4-tracker V/A with P?r Grindvik, Jonas Kopp & Dustin Zahn)
2012年秋発売予定

Mark Broom & Mihalis Safras - Barabas (Heiko Laux Remix)
other remixers: Slam
近日発売予定

 ジョン・フルシアンテは昨日のアーティストではない。先日リリースされた5曲入りEP『レター・レファー』は、多くのファンを驚かせたはずである。しかしもしこの作品が往年のファンの手にしかわたっていないのならば、非常に残念な事態だ。フルシアンテはその外に出るためにあれほどの名声を浴びるバンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズを脱け、彼にただマイ・ギター・ヒーローたることを望む人々を振り切ったのだから......! 

 そこからはシンセが聴こえ、ドラムンベースが聴こえ、ラップがきこえてくる。ウータン・クラン率いるRZAをはじめとして、ほぼ全編をラップに縁どられながら、ボーズ・オブ・カナダなどを思わせるリリカルなエレクトロニカが彼の詩情を延長していき、やがてギターに接続される瞬間は、彼がただ異種配合によって新しいキャリアを構築しようとしたのではなく、自分なりに追いかけてきた音楽性の蓄積をきちんと表出しようとしていることがうかがわれる。
 
 そもそも前作『ザ・エンピリアン』の時期に、すでに彼はアシッド・ハウスやエレクトロニック・ミュージックにしか興味がないという旨の発言をしていたようだ。ブレイクコアの雄、あのヴェネチアン・スネアーズやクリス・マクドナルドとも新たなプロジェクトを立ち上げている。今作までには、デュラン・デュランやウィーヴ、ザ・ライクのメンバーも参加するLAのトライバルなアート・サイケ・プロジェクト、スワヒリ・ブロンドでギターを弾いたり、ガレージ・パンクではなくあくまで王道なロック・フォーマットのなかに繊細で物憂げな叙情や知性をひらめかせる女子バンド、ウォーペイントの作品を再アレンジしたりと、つねにチャンネルを現在のリアルなシーンに合わせてきた。

 さて9月12日にはアルバム本編である『PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン』がリリースされ、そうしたフルシアンテの取り組みの全貌が明らかになる。ある意味では自分に求められている役割を裏切って制作したエレクトロニック・ミュージック作品であり、アルバムでこれまでのブルージーなギター・ナンバーが戻ってくることはない。おそるべき挑戦がつまったこの意欲作を楽しみに待とう。

ジョン・フルシアンテ - レター・レファー

ジョン・フルシアンテ - レター・レファー
発売中

Amazon
1. In Your Eyes
2. 909 Day
3. GLOWE
4. FM
5. In My Light

ジョン・フルシアンテ - レター・レファー

ジョン・フルシアンテ -
PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン
2012.09.12発売
Amazon
1. Intro/Sabam
2. Hear Say
3. Bike
4. Ratiug
5. Guitar
6. Mistakes
7. Uprane
8. Sam
9. Sum
10. Ratiug(acapella version) -bonus track-
11. Walls and Doors -bonus track-

Tシャツ不足のあなたに朗報! - ele-king

 ホット、つまり暑い。すこし涼しくなってきたが、また暑くなるに違いない。僕たちのかいている汗はどこにいくのだろう。コンクリート・ジャングルから見えるいまにも落ちてきそうなこの空の上か、はたまた甲子園の会場か、それとも芳醇な苗場の土の下か、花火を観に行く恋人の手のなかか......いや、そのTシャツの繊維のなかだ。いま、Tシャツが、アツい☆

 Tシャツ不足のあなたに朗報! ツイッターをディスする言葉をツイートしまくるツイッター中毒者ことロンドンのトラック・メイカー=ゾンビーの公式Tシャツが安くなっているのを発見。日本宛の送料込みで考えると30GBP(約4300円)から25GBP(約3700円)の値下げとなっている。ラーメン二郎1杯分だ。

 デザインは、〈A BATHING APE〉にも参加したスケシンことSk8thingによるものと、〈ステューシー〉とのコラボもしているFergadelicによるものの2種類がある。特に前者はギャル文字と顔文字を組み合わせたデザインが強烈だ。маち〃ゥヶゑωT=〃ヶ├〃→(鬼ゎら みたいな!

 サイズに関して、身長173cm体重60kgの僕はSで丁度よいくらい。順調にいけば注文から1~2週間ほどで届くはず。しかしイギリスの郵便はいい加減で、紛失されることもある。もし届かなかったら、ウィルに問い合わせてみよう。
 
 このTシャツをリリースしている〈ザ・トリロジー・テープス〉は、デザイナーのウィル・バンクヘッドがおそらく2008年頃にスタートさせた限定生産のカセット/アナログ/Tシャツなどのウェブ・ショップであり、ブログであり、ネット・レーベルだ。〈モ・ワックス〉でのヴィジュアル・デザインから、自身で手がけた〈パーク・ウォーク〉や〈アンサー〉を経て、現在はスケボー・ブランド〈パレス〉や〈オネスト・ジョンズ〉リリース作品全般のアート・ワークを担当している。それ以外にも〈ヘッセル・オーディオ〉のコンピレーションやジェイムス・ブレイク『クラヴィエルヴェルケ』『イナフ・サンダー』やダークスター『ノース』など数々のポスト・ダブステップ作品も手がけており(他にはワイリーの『トレディン・アイス』なんかも)、エレキング読者にも実は馴染みのある人物だろう。

 最近はジョイ・オービソンと組んで〈ヒンジ・フィンガー〉というレーベルも始動させておりニューヨークのマッドテオのレコードをリリースもしている。つい数日前もマッドテオのカセットが新たにトリロジーからリリースされたが、なんともう完売してしまっている......。

 おすすめはドロ・キャリーというオーストラリア在住の(ファースト・リリース時は高校生だったらしい!)若きポスト・ダブステップ・アーティストのレコードだ。

 Tシャツで言うなら過去にはギャング・ギャング・ダンスやコールド・ケイヴもリリースしており、なかなかカオスなラインナップである。他にも、ウィルと共に〈モ・ワックス〉でもともに仕事をしておりアンクルやディジー・ラスカルのアート・ワークなどを手がけているデザイナー、ベン・ドゥルーリー a.k.a. サイレント・リスナーや、現代アート作家のオリヴァー・ペインのジン『セイフ・クラッカーズ』をモチーフにしたTシャツもあれば、ウォルター・エゴ、ジュニア・ボーイズ、トドラT、ホット・チップ関連、スクエアプッシャーらのMVや〈シュプリーム〉の『ピッザ・フェイス』も手がける映像作家のロロ・ジャクソンによるジャングルの海賊ラジオのドキュメンタリーDVDも扱っている。

 取り扱いアイテムから色々なアーティストどうしの関係が見えてくるし、妙な動画やグラフィックをアップするブログしかり、とてもおもしろいのでぜひチェックしつづけてほしい。

 そういえば、あの人もここのTシャツをいつもいつも着ているんです......(ちなみにこの映像のディレクターは先述したロロ)。
(斎藤辰也)

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