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THE OTOGIBANASHI'Sとパブリック娘。

THE OTOGIBANASHI'Sとパブリック娘。

ふたつの夏―― LIVEHOUSE N.O.W!

@下北沢THREE

文:橋元優歩  
写真:小原泰広   Aug 10,2012 UP

 夏休みがきたんだな、と思った。それはもう、個人的には12年ぶりくらいのやつが。

 ついきのうまで高校生でしたというような若いオーディエンスのいきれにむせる会場で、しばし回想するのは「夏休み」だ。8月にまだ手の届かない若々しい夏の夜に、なにかを期待するように集まった彼らからは、シャンプーの香のようにその幻影がたちのぼっていた。あれはなんなのだろう? 制度としての夏休みから派生した、ファンタジーとしての、意味としての夏休みに、われわれは抗しがたくとらえられている。

 この日のライヴは2組出たラップ・グループが印象に残った。いっぽうはその「夏休み」という強迫観念を背負って無方向に走り回り、もういっぽうはそうした「夏休み」をひっそりと置き去りにする。すでに日数もたっていることだから、本レポートでは彼らについて言及することにしたい。


 ザ・オトギバナシズはこの夜もっとも美しかった。気持ちの純粋さが擦り切れないぎりぎりの声量で、ごくやわらかく、詩的なイメージや言葉を切りとってくるB.M & bokuを見て、ヒップホップにはこんな表現があるのかとおどろいた。絵本の世界のような表象が、自身の自然な思考や感情表現と結びつき、美学ではなしに引き寄せられている。そしてそんなラップが、チルウェイヴやヒプナゴジックのフィーリングにささえられたミニマルなアンビエント・トラックにのってナイーヴに展開されていく。なるほどこれはクラウド・ラップのフィーリングだ。そしてそれはおとぎ話を語るのに向いている。

 彼らは2番めのアクトだったが、ステージではなくうしろのDJブースで行われるらしく、先に出演した進行方向別通行区分の変拍子とシニカルな文学性にみっちりと揉まれたオーディエンスの後方で、まるで幕間のDJセットのように始められなければならなかった。ただでさえロック色のつよいイヴェントである上、人々はまだステージの方を向いたまま次を待っている。出入りも困難な混雑状況であるから向きを変えるのもむずかしい。なかなかのアウェイだ。しかしすぐにトロ・イ・モワがかかると、フロアの空気が撹拌されるのを感じ、そしてとてもいい予感がした。進行方向別通行区分→トロ・イ・モワ。

 オトギバナシズは彼らのまわりの小さな半円から、徐々にフロアのルールを書き換えていった。ソフトなビートでゆっくりと。みんながこっちを向かなくてもいい。それぞれがそれぞれに、この場所を遊び場に変えればいいのだとばかりに、まず率先してひとり遊びをはじめたという感じだ。いでたちはやんちゃだったが、とても洗練された印象を受けた。赤い色の服もキャップの下のタオルも怪奇的なマスクも、すべてドリーミーにやさしく世界をかたちづくっていたと思う。"プール"以外のトラックもあらべぇ(a.k.a. Blackaaat / ovoviolooooa)なる少年の手になるものだったのだろうか。羽化したばかりのセミの翅のように、あのエスリアルな音づかいは、あの夜あの会場で果敢に響いていたと思う。よくもわるくも一種の閉鎖性から逃れることが困難な日本のインディ・ロック空間に、彼らのフィーリングは涼やかな外の空気をもたらしていた。トロ・イ・モワに表象されるある種の音が、記号的な役割を果たした部分もあったかもしれない。それに、最終的にフロアの全体を制するというような影響をおよぼしたわけでもなかった。しかしそれでも、彼らが鳴っていることに筆者はとても未来を感じた。


 オトギバナシズが小さな足音でこの夏休みの島を飛び立ったのと対照的に、パブリック娘。はにぎやかにフロアを制した。このころには人々のあいだに隙間ができていたこともあってか、彼らはのびのびと動き回り、オーディエンスの注意を集めている。じつにただの結婚式の2次会ノリであって、愛嬌と素人感覚をブースターとして、屈託ないステージングを繰り広げた。終始アッパーなトラック、ディスコや歌謡曲、アニソンもあっただろうか。それら自体にセンスを感じるわけではないが、彼らにはドキュメンタリー性ともいうべき華があった。いままさに目の前で進行する彼らの青春、生活、互いの関係性、そうしたものが奇妙にくっきりと、いやみなく開陳されている。"初恋とは何ぞや"などのリリックにもあきらかなように、そこにはやや文学的な、あわい問いかけがあり、このグループの個性を形成している。彼らはなにかをパッケージングしようとし、それを懸命に追いかけている。言葉にすると凡庸だが、いまという時間のもろさをはからずも取り出し、まぶしく散らせているようにみえた。

 しかし、ならばもう少しひねりがあってもいいかもしれない。サウンドももちろんだが、詞においても童貞景気で盛り上がりをねらうようなやりかたは新しいとは言えない。「あの娘」という手垢にまみれたモチーフを多用するなら、それなりの工夫が必要ではないかと思う。彼らのサマー・フィールには、どこか強迫観念としての「夏休み」を感じる。宿題をしなければ、友だち(彼女)を作らなければ、かけがえのない時間を過ごさねば......イビサでもサーフでもない、この「夏休み」という特殊な時間性への感度は、磨けば武器となるだろう。ぜひベタに落ち着けることなく、飛翔させていってほしいと思う。

 あと、客いじりももう少し洗練させてほしいと思う。被害者としてだが。

文:橋元優歩