Shop Chart
![]() 1 |
![]() 2 |
||
|---|---|---|---|
![]() 3 |
![]() 4 |
||
![]() 5 |
![]() 6 |
||
![]() 7 |
![]() 8 |
||
![]() 9 |
![]() 10 |
![]() 1 |
![]() 2 |
||
|---|---|---|---|
![]() 3 |
![]() 4 |
||
![]() 5 |
![]() 6 |
||
![]() 7 |
![]() 8 |
||
![]() 9 |
![]() 10 |
1 |
Sei A - Frozen Flower(Youandewan Remix) - Turbo |
|---|---|
![]() 2 |
Oak - Bedroom Community - Space Cadets |
![]() 3 |
The 7th Plain - Shades Amaze(Album edit) - General Production |
![]() 4 |
Hubble - Sand - Haknam |
![]() 5 |
John Beltran - Soft Summer - Peacefrog |
![]() 6 |
Dwig - You - Giegling |
![]() 7 |
Gorje Hewek & Izhevski - Aureol - Pro-tez |
![]() 8 |
James Ruskin - Lahaine(O/V/R Remix) - Tresor |
![]() 9 |
Tar-Tar - All Alone - Dub Restaurant Communication |
![]() 10 |
Roman Flugel - Sunny Side Up - Dial |
![]() 1 |
Onomono
Onomono_ep_0506
(onomono.jp /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
![]() 2 |
MM/KM aka Mix Mup/Kassem Mosse
6 Track Mini LP
(The Trilogy Tapes/lp) /
»COMMENT GET MUSIC
|
||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() 3 |
Vinalog
Lost Patterns
(Relative /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
![]() 4 |
Infiniti aka Juan Atkins
The Remixes - Part 1
(Tresor /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
||||
![]() 5 |
BMG & Derek Plaslaiko
Is Your Mother Home?
(Interdimensional Transmissions /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
![]() 6 |
Tom Trago
Use Me Again
(Rush Hour /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
||||
![]() 7 |
Idjut Boys
One For Kenny
(Smalltown Supersound /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
![]() 8 |
Pepe Bradock
Imbroglios 1/4
(Atavisme /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
||||
![]() 9 |
V.A
I'M Starting To Feel Okay Vol. 5 Pt. 1
(Endless Flight /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
![]() 10 |
Madteo / Shake Shakir
Kassem Mosse / Marcellus Pittman Rmx
(Meakusma /12inch) /
»COMMENT GET MUSIC
|
昨日野田さんにいわれて、『あべのぼる LAST LIVE~何も考えない』のレヴューを書こうと、視聴盤をセットしてスタートボタンを押した瞬間、ケータイが鳴った。山本精一さんからだった。まちがい電話だった。別のひとにかけるつもりが私にかかったようである。スピーカーからは、MCにつづき、"アスホール・ブルース"がAZUMIさんのスローハンドのギター伴奏とともにはじまり、山本さんの枯淡のエイトビートがからみつくと、しばらくして主役のあべのぼる氏は「お尻の穴が きれいに 光ってる」と歌い出した。2度の繰り返し。たがいに交信しチャンネルを合わせるような演奏をかすかな緊張感が覆っている。山本さんに「いま、この前出たあべのぼるさんのCDを聴いてますよ」といったら、「だからかもしれんね」と答えられた。
2010年8月14日難波ベアーズ。この顔合わせで演奏はあべのぼるが(ここから本題に入るので敬称は略します)はじめてベアーズに登場したこの年のちょうど1年前につづき2度目ということだ。ライヴを企画した豊田道倫――彼はこの音源の録音者でもある――はこう記している。
「当日、あべさんは、前年と違って体調が悪そうで楽屋であまり動かなかったが、金麦をチビチビと飲んで、本番前は黒ラベルを飲んでいた。出番直前に髪を濡らして上げて、サングラスを掛けていた」
そのそぶりを感じさせないほど、いや、体調の悪さをふりはらうように、早川義夫のバラード"この世で一番キレイなもの"は坂道をのぼるようなアップテンポのロックンロールでカヴァーされ、息があがりつつも、"三百六十五歩のマーチ"を本歌取りした次曲"オーイオイ"の飄々とした味わいをいやまし、終わるころにはベアーズは三人の磁場に引きこまれている。"夜が短い"以降は独壇場である。AZUMI作曲、あべ作詞のこの曲の諦念と問いかけと憫笑と怒り、あべが福岡風太とともに長年関わってきた野外コンサート〈春一番〉の会場があったあべの生地を歌った"天王寺"のこのトリオでしか出せないブルース・フィーリング。その絶妙な脱力、ユーモアは情が深い反面、手ざわりは乾いている。それを被服をまとうことなく舞台の上で転がすすごみ。それらが塊になっている。1950年生まれだから、この年還暦を迎えるはずだった。その年輪のもたらすものだろうか? それもあるだろう。
あべのぼるは1950年、大阪天王寺に生まれた。東京に出て、新宿のピットインで、まずジャズからこの世界に足をふみいれた。当時のことを、あべのぼるは1972年の第2回〈春一番コンサート〉をほぼ完全収録した〈風都市〉から「自主制作」名目で出したLP10枚組『一九七二 春一番』の復刻盤のブックレットに阿部登としてコメントを寄せている。
「七二年はぁ、オレは『春一番』まだやってないねん。
最初のこの世界に入ったのは新宿のピットインやったんやけど、そのころ、風太と知り合うたんやな。オレは山下洋輔さんのマネージャーやっとって、東京に住んでてな、月に一回、大阪に行っとった。インタープレイハチが、当時、山下さんをいつも赤字覚悟で呼んでくれてたわけやな。こっちはものすごい汚い新宿のカッコしてて、大阪にはおらへんそんなやつ。七一年は、箱根のアフロディーテでのピンク・フロイドのコンサートに、山下さんが出た、パフィ・セメントリーも出たやつ、その次の日が中津川のフォークジャンボリーや。そこに関西弁が聞こえた、それが風太。(中略)そうこうしているうちに、東京帰ってピットインにいたら、風太が来て、「大阪帰ってこい、帰ってこい」て言うたんや」
山下洋輔と〈風都市〉に移籍していた阿部登は福岡風太の呼びかけに応じて大阪に戻り、大塚まさじが店主だったなんば元町のコーヒーハウス「ディラン」を拠点に〈春一番〉にかかわりはじめる。70年代はじめ。71年の第1回から翌年、出演者が関西フォークから〈風都市〉のはつぴいえんどやはちみつぱいまで、グッと広がったのは人的交流の反映だったのだろう。その後、阿部登はザ・ディラン・やソー・バッド・レヴューのマネージャーをつとめ、ついで現在のインディレーベルのさきがけとなる〈オレンジ・レコード〉を設立。2000年代にはいり、昭和歌謡をブームとはちがう位相でディープに体現した大西ユカリのマネジメントを手がけたのも記憶にあたらしい。阿部登はミュージシャン、あべのぼるとしても2008年にマジック・アニマルズとともに『Magic ANIMALS』(アジアレコード)を発表している。年の離れた盟友、AZUMIはバンドの一員としてあべのぼるをそのときからすでに支えていた。ふたりはおなじ〈アジアレコード〉から"牛ふたり"名義で『オーイオイLive in 白頭山/LIVE「キラーストリング」』もだした。
「白頭山」とは仙台の焼き肉屋で、私は余談だが学生のころよくいった。バンドで打ち上げて、二次会か三次会ともなるとだいたいここだったし、友人連れなら二軒か三軒目。できあがっていることが多かったから記憶はさだかでない。たしか一番町のアーケードを市役所へ歩いて、きりのいいところで右に折れたところ、浮世風呂という浮世ばなれしたソープのネオン看板が目印だったが、あの店はまだあるのか。吉原ナイズされた和文調というよりも相撲字みたいな看板で、店にはいって女の子が相撲とりみたいだったらやるせないよな、いや、かえってすがすがしいかもな、と友人と真剣に語り合ったものだが、金のない学生は劣情を肉とともにビールでのみくだすのがせいぜいだった。しゃべることは尽きて、やることもないからビールを口移ししたらビールはどこまでビールの味でいられるものか、男どうしでAKBの「ぷっちょ」のCMどころではない下品な行為に血道をあげ、酔態をさらして、オバちゃんをあきれさせたのも遠い過去だ。
いうまでもないがときはすぎる。
ライヴ盤のよさは、去ろうとする時間をとじこめ、まわりつづけることだ。録音物のよさは、といいかえてもいい。何ものにもかえがたい。
2010年6月6日の白頭山のライヴであべのぼるはわりかし早い段階で呂律があやしくなっている。飲み屋だからさもありなんだが、千鳥足の歌が音楽を夜が白むところまで、知らない場所へ運んでいく。だいいち呂律がまわるだけのクダラナイ歌などこの浮き世には掃いて捨てるほどある。それから2ヶ月後のベアーズの演奏は、絞りだすというよりも吐きだした浅い息がそのまま歌になり、ブレスとビートとフレーズの隙間には、生の側から死を直視し、免れ得ないと知ってはいてもその暴力に立ち向かざるを得ない怒りさえこもっているようにさえ聞こえる。そう書いて、敗北主義の甘さがあふれそうになるが、あべのぼる、AZUMI、山本精一の演奏はそれを許さない背中を焼くような集中がある。豊田道倫が録った音源が後半からオーヴァーレヴェル気味になって音が割れるのがまるで気迫にうながされているようである。そして40分にみたないこのライヴ盤は、玄界灘をはさんで向かい合った半島と島国をひとつの視座におさめた"パランパラン""アンソアンソどこにいる"からあべのぼるが生前最後に残した"何も考えない"にのぼりつめる。これは消失点だが、音盤に刻まれた歌はそこにもぐりこんだ生とともに何度もまわりつづける。あべのぼるは浮世を去ったにすぎない。
今年も数日後には春一番が吹くようである。
1 |
Boddika & Joy O - Mercy - Sunklowun |
|---|---|
![]() 2 |
Yacht - I Walked Alone (Jacques Renault Remix) (Instrumental) - DFA |
![]() 3 |
Holy Ghost! - It's Not Over (Dimitri From Paris EroDiscoMix) - DFA |
![]() 4 |
嫁入りランド - 嫁っこの平日 - (レーベルなし) |
![]() 5 |
Andres - New For U - La Vida |
![]() 6 |
The Layabouts feat. Portia Monique - Do Better (The Layabouts Vocal Mix) - Reel People Music |
![]() 7 |
Pete Herbert & Golden Fleece - Ivory Waves - Space Walker |
![]() 8 |
F3 - Lonely Land - Modular |
![]() 9 |
Nicholas - Love Message - Home Taping Is Killing Music |
![]() 10 |
きゃりーぱみゅぱみゅ - ちょうどいいの(extended mix) - ワーナーミュージック・ジャパン |
クラシック大国のドイツにはオペラを巧みに使ったヒップホップもあったりするけれど、鹿児島からデビュー作が届いたオウル・ビーツ(=フクロウ叩き?)にもそれなりにクラシックの素養があるようで、のっけから不況和音が雨あられと注ぎ、意外な高音の面白さにまずは耳を奪われた(実はオールド・マシーンと間違えて買った。でも、正解ネというパターン)。そればかりではもちろんなく、ビートの組み合わせだけで構成された"コールド・ウォルツ"や"リリース・マイセルフ"など、全体にチャンジングなつくりは「いい傾向」である。ブン、フラグメント、イーライ・ウォークス、RLP、AZ、EeMu......と、毎週のように気になる人が増えていく。
18曲中5曲にラップが入っていて、最初に出てくるラップが日本ではよくあるフテくされたようなフローなので期待を殺ぐけれど、続いて、よくこんな曲にラップがのるなーと思った"タイム・レス"とか、初期のK・ザ・アイ???を思わせるフリー・ジャズ風のピアノを使った"ターゲットA"はラップもオル・ダーティ・バスタードばりで最終的には全部納得。エイフェックス・ツインとスクエアプッシャーが新たにスタートさせたと噂されているドリルン・ベースのユニット、ステインヴォルドに勝るとも劣らない"オウビーツ・イルビーツ"や、とくに"ストップレス"などビートに対する感性だけでなく、インプロヴァイゼイション的なモードを染み渡らせる"58ストーリー"や"P.D.タイム"との対比も効果的で、日本人にしては非常に体力のあるデビュー作になったのではないだろうか。
ちなみに最近の若者は酒離れしているという話を聞くのに、スラックにもシミ・ラボにも、そして、ここでも大酒飲んで......みたいな曲があるのは、もしかしてヒップホップって最近の若者を代表してないのかなー。それとも、そのすべてがECDへの果たし状なのかw。
同じくヒップホップという枠組みのなかで、さらに自由にやっていると感じさせたのがリー・バノンのデビュー作で、LAならぬカリフォルニアはサクラメントからフリー・ザ・ロボッツに続いてのエントリー。
ここでいう「自由」の多くは、おそらくジャズに由来するもので、走り出すドラミングを殺してしまうようなテンポでスネアを絡ませたかと思うと、転調を超えて曲自体がフィールド・レコーディングにすり替わったり、俗っぽいラウンジやサーフ・ロック(『ファンタスティック・プラスティック』ですからね)に流れて、いきなりラップに戻ったりする流れの軽妙さは、リズムの巧みさもあって、前衛的には聴こえないところがスゴいというかなんというか。たっぷりと聴かせるところは聴かせるし、相乗的にカット・インの効果を高め、なんか、自由自在です。ヒップホップとジャズをどうのという課題を持っている人はこういうことをやったらいいんじゃないでしょうか。つーか、フライング・ロータスが開けた扉は途方もなくデカかったということかも。それこそフライング・ロータスのモンド・ヴァージョンでしょう。
これまでにビートを提供してきた縁もあり、デル・ザ・ファンキー・ホモサピアンやインスペクタデックほかが参加。アナログはホワイト盤、CDは3曲プラスで、このボーナス・トラックがまた侮れない。
「すべてを聴き逃さないようにヘッドフォンで聴いてください」とは『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』に記されていた言葉だが、ライヴにおいてすべてを聴き逃さないために、マーク・マッガイアはどのような演奏をやってみせてくれるだろうか。ele-king読者諸氏にはおなじみ、クリーヴランドの電子音響トリオ、エメラルズのギタリストであるマーク・マグワイヤが来日する。
先日もインナー・チューブ名義によるサーフ調のクラウトロック、『インナー・チューブ』も記憶に新しい......(てか、BIG LOVEとMEDITATIONにしか入荷してなかったんじゃない?)が、ソロ名義では昨年は「入門編」と銘打たれた『ア・ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・マーク・マッガイア』や何枚リリースしようがみずみずしい香気あふれる『ゲット・ロスト』がシーンにあたえたインパクトも大きく、日本での注目度もきわめて高くなった。インディ・シーンにおいてはリスナーからもプレイヤーからもその動向が緊張感をもって意識される存在である。
寝ても覚めてもギターを抱え、カセットに7"にCD-Rとメディアを選ばず大量の音源をリリースしつづけるこの熱情的なアーティストの演奏をぜひとも体験したい。
東京公演はミックスCD『サムシング・イン・ジ・エア』が話題を呼びまくっているコンピューマのDJも楽しめる。
東京公演
2012年5月9日(水) 代官山UNIT 03-5459-8630
OPEN : 18:30
START : 19:30
CHARGE : ADV 3,500yen (ドリンク代別)
GUEST : Shinji Masuko (DMBQ / Boredoms) and more
※お客様に心地よい空間でライヴを楽しんでいただくよう
チケットは400枚限定とさせていただきます
・チケットぴあ 0570-02-9999 [P] 165-735
・ローソン[L] 72923
・e+
STORE
[渋谷] diskunion 渋谷中古センター
[新宿] diskunion 新宿本館6F
[池袋] diskunion 池袋店
[吉祥寺] diskunion 吉祥寺店
[御茶ノ水] diskunion 御茶ノ水店
大阪公演
2012年5月10日(木) 東心斎橋CONPASS 06-6243-1666
OPEN 18:00
START 19:00
CHARGE:ADV. 3,500yen (ドリンク別)
OPENING ACT:Vampillia
ローソン[L] 72923
e+
More Info: CONPASS https://conpass.jp/
主催: ele-king 企画 / 制作 : root & branch, 代官山UNIT
協力: Inpartmaint inc., P-Vine Records
![]() 1 |
![]() 2 |
||
|---|---|---|---|
![]() 3 |
![]() 4 |
||
![]() 5 |
![]() 6 |
||
![]() 7 |
![]() 8 |
||
![]() 9 |
![]() 10 |
ギター・ミュージックは終わっている、というのはどのくらいの人びとの実感だろうか。『エレキングvol.5』の倉本諒氏のレポートではそのことがさらっと言及されていて、そうだよな、と共感したのだが、しかし「終わっている」というのはよくよくと考えればどういう意味だろう。いまギターをもちいた音楽にたまたまおもしろいものがないということなのか、それとも歴史の針が進んでギターでやれることの可能性自体がほとんどのこされていないということなのか。たとえばマーク・マッガイアの存在と輝きはほとんど後者を証すかのようにみえる。あれほどひたむきにギターそのものと向かい合い、長い時間をギターとともに過ごし、過去の音を学び、清新に胸を打つような演奏であるのに、方法自体にとくに新しいものが含まれていないのは、逆にギターにできることの限界点をあぶり出すものかもしれない。
ロケット・パントはどうだろうか。彼自身はギターという楽器の可能性を伸張しようというようなアーティストとは異なる。それよりはギター・ロックというフォームを愛し、その引力に寄せられている。もちろん彼の音楽はそうした枠にはとどまらず、アンビエント的な要素や、反復性の強い曲づくりといいモータリックなビートといい、クラウトロックの影響などもあるだろう。それは昨今の流行でもありマーク・マッガイアらとも共有する部分である。しかしこの『スプーキー・アクション・アット・ア・ディスタンス』のB面などを聴けばジーザス・アンド・メリーチェインやベル・アンド・セバスチャンの影までもが浮かび上がってこないだろうか。筆者がこの作品にあえて見出したいのは、ディレイの煙幕の向こう、まるで亡霊のように立ち上がっては消える、グラスゴー的なギター・ポップである。それはディアハンターの名からも、ソロとしては1枚めとなる前作のイメージからも距離があり、両者の音響的な部分のさらなる展開を期待していたリスナーにはあまりおもしろくないと感じられるかもしれない。だが今作は、ソングライターとしてのロケットの愛すべき資質がはっきりうかがわれる作品であると思う。
ディアハンターにおいても、ブラッドフォード・コックスと彼が何を分かっていたのかがみえてくる。ブラッドフォードの曲は彼の念のようなもので立っている。ロケットの曲は構成力で立っている。ロケットのロマンチックなギター・ワークはとても丁寧なものだ。本作は意外にもすっきりと整ったプロダクションを得ている。ギター ・ポップとはひとつの強力なフォームの名だ。フォームは愛され継承されていくものだ。仮にギターという楽器の可能性がすべて発見しつくされているのだとしても、ギター・ミュージックは消えはしない。ロケット・パントはそうした地平に立っているアーティストではないだろうか。
ディアハンターのギタリストとして、またソロ名義のロータス・プラザとしても評価を得る青年ロケット・パント。ロータス・プラザとしてはじめての作品である前作『ザ・フラッド・ライト・コレクティヴ』は、ブラッドフォード・コックスらと高校の頃に組んでいたバンドの名だそうで、ブラッドフォードも打楽器で参加するほかいろいろとアイディアを提供していたというから、彼らのバンドやソロ作品全体には、音の上からも強いつながりがあると言ってよいだろう。
だが『ザ・フラッド・ライト・コレクティヴ』のウォール・オブ・サウンド的なプロダクション、波うつディレイやギター・ループ、そこにまみれて不明瞭なロングトーンのヴォーカリゼーションといったものは、今作ではこざっぱりと払われている。薄暮のような音色は整然とし、ソングとしての輪郭がはっきりとみえ、明瞭なリズムをともなったロック・ナンバーへと変化している。B面の1曲目"モノリス"などから聴きはじめるとびっくりするかもしれない。
B面を走り抜ける爽快なリズム感はじっさいこのアルバムの個性だといえるだろう。"リメンバー・アワ・デイズ"のくっきりとしたベース・ラインにもびっくりした。"イヴニングネス"冒頭のチラチラとした上ものを聴くまではすぐにロケットの名が結びつかないかもしれない。
ジャケット・デザインも、白昼夢を思わせる幻覚的な前作のイメージをわずかに引きつつ、風船の束の存在によってこの画面外の、よりひらけた空間への展開を予感させている。個人的にはおおむね後半の曲が好きだが、A面ではよりどっしりとしたテンポで骨の太い楽曲がそろっている。ルー・リードっぽく歌われるヴォーカルも、こんな声だったのかと新鮮な思いだ。"アウト・オブ・タッチ"などは風格すらただよう。
こうしたアルバムをつみかさね、ライヴも丁寧におこない、多くの人から愛されるソングライターになるというのは、ロケット・パントにとってよい未来につながる選択肢なのではないだろうか。
つまり識は「テクノ」にへと 文:三田 格
BattlesDloss Glop Warp/ビート |
「踊れるサムラ・ママス・マンナ」。それがバトルズの正体だろう。SMMは70年代にスウェーデンで結成されたプログレッシヴ・ロックの4人組で、例によって解散→再結成を経てゼロ年代からはドラムスにルインズの吉田達也が参加している。悲しいかなバトルズは超絶技巧だけでなく、ユーモアのセンスまでSMMを模倣していて、オリジナルといえる部分はレイヴ・カルチャーからのフィードバックと音質ぐらいしか見当たらない。疑う方はとりあえずユーチューブをどうぞ→
https://www.youtube.com/watch?v=yqSmqh-LdIk、 https://www.youtube.com/watch?v=ZYf7qO9_MV8、 https://www.youtube.com/watch?v=jkWL1lOi1Hg、etc...
......といったことを割り引いても、昨年の『グロス・ドロップ』はとても楽しいアルバムだった。バーズやP-ファンクにレイヴ・カルチャーを掛け合わせたらプライマル・スクリームで弾けまくったように、SMMにレイヴ・カルチャーを掛け合わせてみたら、思ったよりも高いポテンシャルが引き出された。そういうことではないだろうか。おそらくはまだロックにもそうした金鉱は眠っているはずである。テクノやハウスだって、どう考えてもそれ自体では頭打ちである。何かを吸収する必要には迫られている。アシッド・ハウス前夜にもどれだけのレア・グルーヴが掘り返されたことか。そう、アレッサンドロ・アレッサンドローニやブルーノ・メンニーなんて、もはや誰も覚えちゃいねえ(つーか、チン↑ポムなんてザ・KLFのことも知らなかったし......)。ためしに誰かブルース・スプリングスティーンにレイヴ・カルチャーを掛け合わせてみたらどうだろう......なんて。
本題はそのリミックス・アルバム。人選がまずはあまりにも渋い。しかも、様々なジャンルから12人が寄ってたかってリミックスしまくっているにもかかわらず、おそろしいほど全体に統一感がある。シャバズ・パレス(元ディゲブル・プラネッツ)の次にコード9だし、Qのクラスターからギャング・ギャング・ダンスなどという展開もある。しかも、そこから続くのがハドスン・モーホークとは。全員がバトルズに屈したのでなければ、セルフ・プロデュースの能力が異常に高いとしか思えない。
オープニングからいきなりブラジルのガイ・ボラットーが情緒過多のミニマル・テクノ。マカロニ・ウエスターンに聴こえてしまうギターがその原因だろう。ミニマルの文脈を引き継いだシューゲイザー・テクノのザ・フィールドは、一転してヒプノティックなテック-ハウス仕上げ。続いてドラマ性に揺り戻すようにしてヒップホップを2連発。このところ壊疽=ギャングルネとしての活動が目立っていたアルケミスツはソロで90年代末に流行ったダンス・ノイズ・テラー風かと思えば、昨年、一気にダブ・ホップのホープに躍り出たシャバズ・パラスは彼の作風に染め上げただけで最もいい仕事をしたといえる。ダブステップからUKガラージに乗り換えつつあるコード9はそれをまたコミカルに軌道修正し、2年前に"エル・マー"のヒットを飛ばしたサイレント・サーヴァントやラスター・ノートンからカンディング・レイはそれぞれのスタイルでダブ・テクノに変換と、いささかテクノの比重が高すぎる気も。これは自分たちにできないことをオファーしているのか、それとも自分たちが次にやりたいことを先行させているのか。いずれにしろ、その結果はユーモアの低下とリズムの単調さを招き、チルアウト傾向ないしはリスニング志向を強めることになった(クラスターの起用はまさにその象徴?)。
後半で最大の聴きどころは、珍しく同業のパット・マホーニーを起用した"マイ・マシーン"で、シンプルなリズム・ボックスに絡むゲイリー・ニューマンのヴォーカルは最盛期の気持ち悪さを思わさせるインパクト。ジャーマン・トランスにありがちなリズム・パターンなのに、ロック・ミュージックとして聴かせてしまう手腕はかなりのもので、思わず、ほかにはどんなリミックスを手掛けているのだろうと調べてみたら、まったくデータが見つからなかった(これが初仕事?)。エンディングはヤマタカ・アイで、トライバルとモンドの乱れ打ちはこの人ならでは。ダイナミズムよりもリスニング性を優先したことで最後に置くしかなかったのかもしれないけれど、それはちょっと消極的な判断で、僕ならギャング・ギャング・ダンスとハドスン・モーホークのあいだに置いただろう(バトルズの意識が「テクノ」に向かっている証拠ではないか)。
文:三田 格
[[SplitPage]]そして『グロス・ドロップ』の完全なる分解 文:松村正人
BattlesDloss Glop Warp/ビート |
アンダーグラウンドのスーパーバンドから『ミラード』で転身したバトルズはタイヨンダイ・ブラクストンは抜けたが、『グロス・ドロップ』で前作をさらに発展させ、そこでは初期のハードコアを構築し直した鋭利な、しかし同時に鈍器のようだったマス・ロックの風情は退き、かわりにポップな人なつこい音が顔を出した。強面だった数年間からは考えられない柔和な表情をしていたが、いまのパブリック・イメージはむしろこっちである。それまでのいくらかすすけたモノトーンはツヤめいた内蔵の色に塗りこめられた。ジャケットがそれを暗示する。有機的であり抽象的であり生理的でもある。私は以前にレヴューを書いてから聴いていなかった『グロス・ドロップ』を、『ドロス・グロップ』を書くために、しばらくぶりに苦労してひっぱりだして聴いたが、おもしろかった。たしかここに書いたレヴューは最初おもしろくないと思ったと書いたと思ったが、聴き直したらやはりおもしろくないことはなかった。私は『ドロス・グロップ』を先に聴いて、原曲をたしかめるために聴いたからかちがいがおもしろさを後押ししたが、オリジナルとリミックスの幸福な相乗効果がうまれたのは、前者が音で語ることに腐心したアルバムであったことに多くを負っている。そこには内面は投影されていない。語るのはあくまで音楽であり、バトルズの連中ではない。それに任せる。タイヨンダイというアイコニックな人材を欠いた逆境がある種のスプリングボードとなり、バンドを、音楽の生成を何よりも彼ら自身がたのしんでいる(たのしまざるを得ない)、陽性の作品性へ追いこんだのだと穿つこともできなくはないが、この結果はいってみれば、往時のダンスカルチャーの匿名性を思わせるものであり、その意味で、リミックスという行為との親和性はいうまでもなかった。
アルバムは先行した4枚の12インチを若い順に並べた。テクノ~ヒップホップ~(ポスト)ダブステップ~ミニマル~ワールド~ディスコパンクなど、ゼロ年代以降のダンスミュージックを巡礼する構成で、総花的なつくりでもあるが、散漫な印象を与えないのは、カテゴリーの遍歴そのものが音楽を前のめりにさせるからだろう。サンパウロのギ・ボラットとストックホルムのザ・フィールド、〈コンパクト〉勢のループは『ミラード』までのバトルズの交響的な――つまり縦軸の――ループを横倒しにしたように、渦を巻き滞留するようでありながら、前方へジワジワと音楽を煽り、ヒップホップ/ブレイクビーツ~2ステップ/UKファンキーのブロックへバトンタッチすることでアルバムのタイムラインは最初の山と谷(もちろん逆でもいい)を経過する。山はすくなくともあとふたつはあるようである。3つかな?と思うひともいるであろう。それはどっちでもいいが、この高低差は現行のダンスカルチャーの地形図であり、すくなくともリミキサーたちは所属するジャンルに奉仕する職人的な仕事に徹することで、楽曲を解体するだけでなく、原曲とリミックスとの間の、あるいはトラックごとの偏差が彼らの特質をあぶりだしもする。なんであれ解釈が生じる場合、ズレがうまれる。その隙間を広げるか埋めるかが、音を仲立ちにした対話では焦眉の問題になるが、原曲はどうあがいても完全な姿で回帰しない。このあたりまえのところにうまみがある。
私は先に職人的な仕事と書いたが、解釈はいずれも大胆である。とくにクラスター、ブライアン・デグロウ(ギャング・ギャング・ダンス)、ハドソン・モホークのブロックは原作を再定義したというか、たとえばデグロウのリミックスは原曲のリフの音色が喚起するリズムのつっかかりをビートに置き直し『グロス・ドロップ』でいちばんポップでカラフルだった"Ice Cream"をデジタル・クンビア的な疑似アーシーな場所にひきつけることで、スラップスティックかつフェイク・トロピカリアとでも呼ぶべき原作のムードを二重に畳みこんでいく。ハドソン・モホークの着眼点もたぶん同じで、クラスターの作家性とはちがう――しかしそれはこのアルバムのアクセントでもある――が、デグロウ=モホークの視点はバトルズのそれとも同期し、元ネタの笑いをトレースし、さらに展開する、難儀な作業を的確にやっている。もっともそのユーモアはモテンィ・パイソンがミンストレル・ショーを実演するような、ねじれた、くすぶった笑いではなく、現代的な抑制が利いたものなのだが、であるからこそ、LCDサウンドシステムのドラマー、パット・マホーニーのディスコ・パンク調の"My Machine"という最後の山だか谷だかのあとのヤマンタカ・アイの、原作にひきつづきシンガリをつとめた"Sundome"で『グロス・ドロップ』は完全に分解したように思える。そして私は聴き終えたあと、ヘア・スタイリスティックスが聴きたくなった。
文:松村正人