〈u-25新世代特集〉
〈インタヴュー〉福田哲丸(快速東京)、下津光史(踊ってばかりの国)
ジェイク・バグ、THE OTOGIBANASHI'S 他
※電子書籍版へのアクセスキーがついています
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(1)空気頭登場 (取材:野田努)
![]() Airhead For Years R & S Records/ビート |
エアヘッド、空気頭、自らを藤枝静夫の代表作を名乗る23歳のロンドン子、ロブ・マックアンドリューズがジェイムス・ブレイクのバンドのギタリストとして、去る6月上旬、来日したので取材した。彼のデビュー・アルバム『フォー・イヤーズ』がリリースされる直前のことだった。
エアヘッドは、名前も良いが、音も良い。とくに10インチの「Wait」が僕は好きだ。ジェイムス・ブレイクの旧友だが、ビートの組み方が明らかにヒップホップ寄りで、ソウル・ヴォーカルのエディットも滑らかだ。センスが良いとしか言いようがない。
会ったのは、同じ日のジェイムス・ブレイクの取材の前の時間だった。渋谷でエアヘッドと話してから、青山でジェイムス・ブレイクを取材した。
僕がもっとも驚いたのは、ジェイムス・ブレイクの背の高さである。僕も180cmと高いほうだが、彼は190はあるぐらいに見える。学生時代はテニスをやっていたそうで、体格もがっちりしていて、どう見てもヒキコモリでもオタクでもないぞ、いかにも育ちが良さそうな、文武両道といった感じ。印象に残った言葉は、エアヘッドを指して、「あいつ、アホだろ」と呟いたブレイクの言葉。ふたりの友情、ふたりの深い関係性が読み取れやしないか。
とまれ。時間順に行きます。まずは、ロブ・マックアンドリューズ。エアヘッドのインタヴューから。6月5日、よく晴れた正午、渋谷のカフェ。柔和で、謙虚な青年だった。
18歳未満のときも、偽のIDカードを作って、僕はクラブに入り込もうとして......、昔からジェイムス・ブレイクやベンとは友だちだったんですけど、みんなで「クラブ行こうぜ~!」って、偽のIDを作って行ったのに入れてもらえなかったり(笑)。
■この後、ジェイムス・ブレイクと会うんですよ。
ロブ:ホント? アハハハハハ。
■うちは基本、オンライン・マガジンなんですが、実は紙でも出していて、ほら、2011年のベスト・ワンをジェイムス・ブレイクのアルバムにしたんですよ。
ロブ:イエイエ(笑)、いいね。
■じゃ、よろしくお願いします。ギターを弾きはじめたのは?
ロブ:11歳のときからです。いま23歳なので、もう12年ぐらい弾いています。
■2010年に〈ブレインマス〉からシングルを出していますが、打ち込みをやる以前、ギタリストとしてはどんな活動を?
ロブ:最初は物真似で、自分で曲も作ってましたね。11歳の頃はロックにハマって、エレクトリック・ギターを弾いてましたが、途中からアコースティック・ギターにハマってカントリーを弾きました。ミシシッピ・ジョン・ハートが大好きになって、ものすごく影響を受けました。15歳になってから打ち込みにハマって、電子音楽を作るようになりました。
■電子音楽を作るようになったきっかけは何だったんですか?
ロブ:友人の従兄弟が実験的な音楽を聴いていて、彼を介して知ったんです。それから、15歳のときにアンチコンのクラウデッド、オッド・ノッザムなんかにハマって、自分でも作りたいと思ったんです。自分が持っているパソコンで作れるんだってことも知って。
■ああ、なるほど、アンチコンかぁ。あなたの作品を聴いたとき、ビートメイカーだなと思ったんですよね。
ロブ:なははは、アリガト(笑)。
■去年、あなたのシングル「Wait」が都内のレコ屋に並んだときも、ヘッズが買ってましたよ。
ロブ:それはとても嬉しいですね。実はその曲は2009年に出来ていたんですね。でも、僕は、作るだけで出すことがうまくないんです(笑)。その曲はずっと放置されていたんですが、いまジェイムス・ブレイクのマネージャーをやっているダンが、「これは早く出したほうが良い」って、動いてくれたんです。彼はいま僕のマネージャーもやっています。
■当時のアンチコンはもっともイルなレーベルでしたが、クラウデッドみたいな不気味な音楽のどこに惚れたんですか?
ロブ:やっぱユニークで変わっていますから。クラウデッドのファースト・アルバムなんかはとくにそうだったと思います。1曲のなかに6つぐらいの違う要素があって、繋がらないものが繋がってしまうというか。あの頃のアンチコンやクラウデッドのサンプルは、古いレコードから取られていたので、オーガニックで、ナチュラルな響きがあったと思うんですね。そこが、僕のなかで、カントリー/ブルースから電子音楽への橋渡しになったんだと思います。
完全な電子音楽......というか、シンセの音を好きになるのは、アンチコンにハマってから数年後のことだったんです。やっぱ若い頃は、シンセの音に抵抗がありました。
■生まれと育ちは?
ロブ:ロンドン。
■ロンドンのクラブ・シーンとはどうやって繋がるんですか?
ロブ:クラブとはすごく強い結びつきがあります。18歳未満のときも、偽のIDカードを作って、僕はクラブに入り込もうとして......、昔からジェイムス・ブレイクやベンとは友だちだったんですけど、みんなで「クラブ行こうぜ~!」って、偽のIDを作って行ったのに入れてもらえなかったり(笑)。でも、18歳になって晴れてクラブに行けるようになりました。
僕は18歳からは、リーズという北部の街の大学に進学したので、その頃はロンドンにはいなかったんですけれど、その街にはウエスト・インディアン・コミュニティ・センターがあって、そこで初めてデジタル・ミスティックズやマーラやコーキのショーを見ました。初めてダブステップを聴いたのはそのときです。コミュニティ・センターのサウンドシステムも素晴らしくて、手作りで、ものすごい迫力のある音を出していました。だから、ロンドンのクラブと繋がっていたんではなく、ロンドンのクラブに影響を受けていたと言ったほうが正確ですね。ジェイムスと一緒に〈ヘッスル・オーディオ〉とか、マウント・キンビーとか追いかけて、あと〈プラスティック・ピープル〉にも遊びに行きましたね。いまではジェイムスたちと一緒に〈プラスティック・ピープル〉でイベントをやっているわけですから、面白いモノですね。
■ジェイムスとはいつから知り合い?
ロブ:中学校が一緒だったんですね。だから、12年ぐらいの付き合いになります。
■当時のふたりにとっての音楽的なヒーローは誰だったんですか?
ロブ:中学のときは別々の楽器やっていたから、お互い共通する音楽的ヒーローはいなかったと思います。ジェイムスはピアニストだったし、アート・テイタムとか好きだった。彼に直接訊いてみないとわからないけど。僕はロックが好きだったので、ジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェペリンがヒーローで、それからブルーズが大好きになった。僕とジェイムスの好みが一致するのはダブステップ以降です。17歳、18歳の頃で、ジェイムスはディアンジェロの『ヴードゥー』をよく聴いていましたよ。
■名盤ですね。
ロブ:本当にそうですね。
■偽のIDを作ってまでしてクラブに行きたかった理由は何なんですか?
ロブ:ロンドンのクラブがすごく盛り上がっていたんです。ジャングルがすごくて、ゴールディーやグルーヴライダーのようなDJがプレイしていました。僕やジェイムスはとにかくそのなかの一部になりたくて......。ロンドンには本当に素晴らしいサウンドシステムもあるし、良いDJがたくさんいる。クラブで遊びたいというよりも、音楽が聴きたいっていう感じでした。音楽のためにクラブに行ってました。
■がっつり踊るほうですか?
ロブ:アハハハ......、気分によります。自分のドリンクに何が入っていたかによりますね(笑)。お酒を飲んだくらいなら、まあ、静かに大人しく音楽を聴いていますが、何か別のときは騒ぐこともあります。でも、自分はあんまり踊りがうまくないので、踊らないようにしています(笑)。
■ハハハハ。
ロブ:ニューヨークのディープ・スペースというパーティで、フランソワ・ケヴォーキアンのDJを聴いたときは、ちょっとお酒を飲んだだけなのに、ものすごく踊りました(笑)。ジェイムスやベンや僕の彼女と一緒に行ったんですけど、結婚式で酔っぱらったおじさんみたいに、踊ってしまいました。
■フランソワの何が良かったんですか?
ロブ:まさに音楽が良かったんです。ディミトリ・フロム・パリもプレイしていました。彼のDJも良かったです。音楽の質とクラブの雰囲気がすごく良かったんです。オーディエンスも、ミーハーな感じではなく、音楽を聴きに来ている感じでした。通っぽい人たちばかりで、良い雰囲気でした。
[[SplitPage]]自分の名前がジェイムス・ブレイクみたいにキャッチーな名前だったら良かったんですけど......、まあ、何か名義が必要だなって考えていたときに、友だちが彼女に向かって「おまえはエアヘッドだ」って言ったことがあって、エアヘッドというのは、「何も考えていない」、「おばかさん」という意味なんですが、「あ、それもらった」と思って、使っています(笑)。
■あなたの世代から見て、ハウス・ミュージックはどこがいいんですか?
ロブ:ハウスはいままた人気が出てきているんです。プロデューサーも、ダブステップ風のトラックよりもハウスっぽいトラックを作っています。ハウスのキックやテンポが踊りやすいからだと思います。ダブステップではひとりで下を向いて踊っている感じが、ハウスだと上を見上げたり、お互い見つめ合ったり、DJを見たり......DJをやっているほうとしてはやり楽しいんです。ハウス・ミュージックは、20年、30年前からあるものなので、僕ら世代がその伝統に新しい解釈を加えることはとても良いことだと思います。僕自身も最近はオマー・Sやムーディーマン、セオ・パリッシュを聴いているので、個人的にもハウスの影響を受けています。
■僕は、1991年~1992年のロンドンのレイヴに何回か行って、当時のエネルギーを感じているのですが、あの時代のイギリスは失業者も多かったし、社会的に暗い時代が長く続いて、そうした背景がパーティへのエネルギーにもなっていたようなところがありましたが、現在のダンス・カルチャーにもそうした社会的な背景は関係していると思いますか?
ロブ:僕は、UKのクラブ・カルチャーにはドラッグ・カルチャーが関わっていると思います。91年のUKではエクスタシーが流行っていました。それがあの高まりに繋がったんだと思います。ダブステップにはウィードの影響があったんです。数年前まではクラブのなかで吸えたんですが、法律が変わっていまでは吸えなくなりました。それでダブステップは下火になって、ハウス・ミュージックに変わったんだと思います(笑)。僕は、いまのキッズがフラストレーションを爆発するためにダンスに向かっているとは思っていません。なんて言うか......、90年代とは違う気がします。たとえば、90年代にはフリー・パーティがありました。フライヤーもない、シークレットのパーティです。電話をして場所を訊いていくようなね。
■行ってました(笑)。
ロブ:羨ましいです。しかし、政府がバカな法律を作ってしまったお陰で、フリー・パーティが出来なくなりました。8人以上が集まってしまってはダメっていう法律です。
■その反対のデモにも行きました(笑)。
ロブ:ハハハハハ。とにかく、そういうレイヴができなくなってしまったことが僕は大きいと思います。昔といまはそこに大きく違います。
■ところで、エアヘッド(空気頭)という名義はどこに由来するんですか?
ロブ:自分の名前がジェイムス・ブレイクみたいにキャッチーな名前だったら良かったんですけど......、まあ、何か名義が必要だなって考えていたときに、友だちが彼女に向かって「おまえはエアヘッドだ」って言ったことがあって、エアヘッドというのは、「何も考えていない」、「おばかさん」という意味なんですが、「あ、それもらった」と思って、使っています(笑)。
![]() Airhead For Years R & S Records/ビート |
■ハハハハ。今回のデビュー・アルバム『フォー・イヤーズ』にはどのようなコンセプトがあるのでしょうか?
ロブ:過去4年間作ってきた音楽の集大成という意味です。ただひたすら、僕は音楽を作っていました。アンビエントにハマってアンビエントを作ったこともあります。なので、アンビエントも入っています。ダンス・ミュージックにハマったときはダンス・ミュージックを作りました。そうやって曲を作っていって、1枚のアルバム分できたということです。決まったコンセプトはないんです。
■そのアンビエントの曲は"Masami"ですよね。日本人の女の子の名前でしょう?
ロブ:そうかもしれませんね。僕は曲名を考えるのがものすごく下手です(笑)。この曲名は、たまたま友人の家に行ったときに開いてあった本のなかにあった名詞でした。
■マサミさんと付き合っていたわけじゃないんですね(笑)。
ロブ:違います(笑)。でも、そう答えたほうが面白かったですよね。
■ハハハハ。女性が歌っている曲が2曲ありますね。シンガーについて教えて下さい。
ロブ:ふたりともジェイムス・ブレイクを介して知り合いました。"Callow"で歌っているのは、キャサリンという人です。ジェイムスとは同じ大学でした。彼女は、ジェイムスが前回来日したときに一緒に行っています。
■あー、あのときの彼女でしたか。フロントアクトのギター持って歌っていた。
ロブ:そうです。"Autumn"で歌っているのはアンドレアという人で、彼女はメキシコでのショーのサポートをしてくれました。彼女はメキシコに住んでいるので、メールで曲のやりとりをしながら、彼女がロンドンに来たときにスタジオで録音しました。
■『フォー・イヤーズ』を出したことで、あなたの方向性にどのような変化があると思いますか? いままでのような、アンダーグラウンドなリリースも続けていきますか? よりポップな方向に行きますか?
ロブ:ポップ路線は考えていません。ダンス路線を考えています。最近はDJをやることが楽しいです。もっとたくさんDJをやりたいです。セットのなかに自分の曲を入れたいと思っています。ようやくダンス・ミュージックを作れるようになったので。
■わかりました。どうもありがとうございました。
ロブ:サンキュー。
[[SplitPage]]
(2)ジェイムス・ブレイク登場 (取材:木津毅/写真:Teppei Kishida)
![]() ![]() James Blake Overgrown ユニバーサル インターナショナル |
どうしてひとは、愛を歌わずにはいられないのだろう。
ジェイムス・ブレイクが"CMYK"から『ジェイムス・ブレイク』、そして『オーヴァーグロウン』へと至った道のりには、ひとりの表現者が愛を歌いはじめる、そのドキュメントを見る思いがする。『オーヴァーグロウン』はもちろん、ファースト以上に彼のトラックに対する感性が研ぎ澄まされたアルバムであり、ハウス、ダブステップ、ヒップホップの多彩なビートを使い分けながらより複雑な音の配合を施した作品である。しかし同時に、前作では多用されていた声にかけられたエフェクトが減り、より生に近い彼自身の声を......その歌を、エモーショナルに響かせることに腐心したレコードだ。それはなぜかと問われれば、僕にはどうしても、彼のなかに愛......それも、はじめて経験する愛が芽生えたことと深く関係しているように感じられる。複雑なトラックをよくコントロールしながら作ることに長けた彼が、愛を歌うことに対しては非常にプリミティヴな動機を抱いたのではないか。
先の来日公演では、相変わらず地を這うような重々しい迫力を持った低音と、さらに肉感的になった歌唱とのそのどちらもが、けっして彼から切り離せないものとしてそこに立ち現れていた。ジェイムス・ブレイクはいま、デジタル・ミスティックズやブリアルのダブステップにかつて抱いた憧れとジョニ・ミッチェルのような古典的なシンガーソングライターへの思慕とを、自らを媒介にすることによって結びつけようとしている。それは新しい時代の、様式に囚われない新しい形の愛の歌の可能性だ......それも、たしかに彼の感情を解放するものとしての、とてもピュアなラヴ・ソング。
思っていた以上に長身だったジェイムス・ブレイクは、幼なじみの名前を出した瞬間に顔が綻ぶような、素朴な青年であった。そんな彼がいま、真摯に自らの愛に向き合っている姿は、どうにも胸を打つものだ。
取材の時間が限られていたため、用意していた最後の質問を訊くことができなかった......「あなたにとっての理想のラヴ・ソングとは?」
だが、ジェイムス・ブレイクはきっと未来に、美しくそれを歌うことでその問いに答えてくれるだろう。
女性っていうのはユニークな視点を持って音楽に取り組んでいくってところがあると思うんだけど、ただ、いまの音楽業界では残念なことに女性アーティストは注目を浴びるためにどうしてもやらなきゃいけないことがあって......もちろん、そういうことを訊いてるんじゃないってわかってるんだけど(笑)。
野田:ちょうど1ヶ月ほど前にマーラの取材をしたんですけど、じつはあなたとすごく若いときから知り合いで、今度あなたがリミックスしてくれたシングルを出すって言ってましたよ。
ジェイムス:うん、そうなんだ。リミックスをやったんだけど、今後もっとちゃんとした形で何かいっしょに仕事をしたいなと思ってるんだ。じつはスタジオまで行ってちょっといろいろやってみたんだけど、まだ何も形にはなっていなくて。昔のダブ・レコードとかアウトキャストとかを聴いてたりしたんだけど。
そもそも、こういう音楽をやろうと思うきっかけを作ってくれたのがマーラなんだ。彼はナイスな上に謙虚で、人間としてもとても温かみのあるひとなんだ。またいっしょに仕事したいな、また会いたいなと思いながらも、僕が友だちとも会えないような忙しい状況だから、いつ実現するかわからないんだけど。
野田:そうなんだ。ちなみに、さっきまでエアヘッドにインタヴューしてたんですよ。
ジェイムス:ほんとに? 今日?
野田:ええ、すごくいい話をしてくれましたよ。
ジェイムス:ちゃんとたくさん話してた? 普段はシャイで、インタヴューなんかだとあんまり喋らないタイプなんだよ。
野田:ちゃんと話してましたよー! 中学校時代あなたと同じ学校で、彼がギターであなたがピアノだって聞かせてくれましたよ(笑)。
ジェイムス:あいつはアホなんだよ。
野田&木津:だはははは!
野田:17歳のときいっしょにクラブに行って、IDカード偽装して追い返された話とか(笑)。
ジェイムス:そういう話ならいくらでもあるよ(笑)。
[[SplitPage]]オートチューンやピッチ・シフトに関しては、メロディ的な要素として使う以外に求められるものはもはやないね。想像力をかき立てるものがそれ以上は何もないから、何か新しい要素が加わらない限りは自分としてはやり尽くしたかな、と。
■(笑)じゃあ、アルバムについて話を聞きたいんですけど。『オーヴァーグロウン』は前作よりもさらに、あなたのシンガーソングライターとしての側面が前に出た作品だと感じました。ただそれ以前に、いま思えばその布石のようにしてファイストやジョニ・ミッチェルのカヴァーを作品として発表されてますよね。そこでフィメール・シンガーのラヴ・ソングを選んでいたのはなぜなのでしょうか?
ジェイムス:女性っていうのはユニークな視点を持って音楽に取り組んでいくってところがあると思うんだけど、ただ、いまの音楽業界では残念なことに女性アーティストは注目を浴びるためにどうしてもやらなきゃいけないことがあって......もちろん、そういうことを訊いてるんじゃないってわかってるんだけど(笑)、いまちょっとふとそう思って。でも実際は、シンプルにポイントをついて曲を作るのが上手な女性ミュージシャンが多いと思うんだ。男性にはできないような──もしくは男性がそれをやるためには、意識的にある面を押さえつけないといけないようなところがあると思うんだけど、そうじゃない、女性のそういうユニークな視点が大好きなんだ。
たとえばジョニ・ミッチェルの曲なんかは本当に的確だし、ファイストのコード使いだってすごく的確だ。ポップなんだけど、他の曲ではできないような的確な音使いで、そこに「タ、タ、タ、ターン」と僕には思いつかないようなメロディが入ってきたりして、すごく上手くまとめてるんだよね。僕もジョニの"ア・ケース・オブ・ユー"なんかはライヴでやってるんだけど、ジョニのほうがもっと端的にピアノを弾いていて、僕はもうちょっとあれこれ装飾をつけつつ弾いてるんだ。とにかく、そういう視点が好きなのかな。女性のラヴ・ソングが好きっていうよりは、彼女たちのあの2曲が好きで、それがなぜかと言うと、こういうことなんだろうな、と。
■なるほど。こういう質問をしたのは、僕も多くのひとと同じように、シングルの"CMYK"をはじめて聴いたときにすごく衝撃を受けたんですよ。それで当時は、あなたがシンガーとしての側面にこれほどフォーカスすると思っていなくて。もともと「歌う」っていう行為自体、あなたにとって自然なことだったんでしょうか?
ジェイムス:うん、自然なことだったね。というのは、"CMYK"とかサンプリングを多用した曲は別として、僕は基本的に曲を作るときは歌からはじめることが多くて。そもそも、このアルバムは他のひとのサンプリングをしたくなかったところから始まってるんだよ。それだったら自分のものを作ろう、ということで。クリエイティヴな側面で言っても、他のひとのサンプリングよりも自分の歌のほうが自由を得られるというか。
あと、いまはサンプリングも多用されすぎていて、新しいことが逆になかなかできなくなってるんだ。僕にとってサンプリングの行為っていうのは、その瞬間を捉えるってことだから、自分が作りたいその瞬間のためのものとして使いたいんだよ。一般的なサンプリングのプロセスっていうのは、もう飽き飽きしちゃってて、何も楽しいと思えるところがないんだよね。アカイのサンプラーでもiPhoneでも、はっきり言ってサンプリングの技術っていうのは10年前とあんまり変わらなくて......速度がちょっと速くなったぐらいだね。だから、サンプリングを使って革新的なことはなかなかできなくなっている。自分が音楽をやっていて、他とは違う新しいことをやるってなると、自分のもので作っていく......それしかないんじゃないかな、と思っているよ。
■その、サンプリングに飽き飽きしているなかで、歌??演奏だけじゃなくて、自ら声を出して歌う、って方向に進んだのはどうしてなんでしょう?
ジェイムス:ファーストを作ったときはサンプリングにうんざりしていたわけじゃなくて、そのことにはっと気づいたのはここ最近のことなんだ。同じ作業を3年間もやってるじゃないかって。録音したものを断片的にカットしたりくっつけたりする作業がバカバカしくなっちゃって。ファースト・アルバムのころはまだその作業にワクワクしていたから、その興奮ぶりが伝わる内容にはなってると思うんだけど。わりとそのときの自分のブームっていうのがあるんだけど、すごく熱しやすく冷めやすいタイプで。
■ああ、そうなんですか。
ジェイムス:すぐ気が変わるところがあるんだよ。でもいまの自分としては、ヴォーカルをサンプリングして切り貼りした作業を考えただけで、窓から飛び降りたくなるよ。いまだったら、楽器がいろいろあるなかでロブとベンとのバンドで演奏して、その3人のシナジーみたいなものをレコーディングするほうが楽しいかな。
■あるいは、あなた自身の声にかけられたピッチ・エフェクトが減ったっていうのも??。
ジェイムス:うん、サンプリングと同じように、自分の声にエフェクトをかけるのも飽きてしまったんだ。世のなかっていうのはテクノロジーが好きで、たとえばiPhoneだってみんなが4Sにだんだん飽きはじめたころに5が出て、するとみんな、わっとそれに飛びつくよね。少ししか違いはないのに、それでも何百万人ってひとが興奮してそれを買ってる。新しいテクノロジーっていうのは新しい可能性を生み出すものだから、僕も「これからどういう音楽ができるんだろう」っていう想いから興奮して、やる気が出てくるところはたしかにある。新しい何かを使うってことは、暗闇のなか手探りで何かを作っていく興奮といっしょなんだ。
エフェクトに関しては、たとえばリヴァーブだったらまた別の効果があって、特定の空間的なサウンドを生み出すことができる。使い方によっては宇宙からのサウンドみたいにもできる。ただ、オートチューンやピッチ・シフトに関しては、メロディ的な要素として使う以外に求められるものはもはやないね。想像力をかき立てるものがそれ以上は何もないから、何か新しい要素が加わらない限りは自分としてはやり尽くしたかな、と。
■では、そうやってバンド・スタイルで、よりストレートにヴォーカルを取るっていう方向に移っていったことと、作品のテーマが「愛」に向かって行ったこととは何か関係はあるんでしょうか。アルバムのテーマは「愛」だとお聞きしていますが。
ジェイムス:まず、愛がテーマになっているという最大の理由は恋に落ちたからなんだ。誰かを愛していなければ、愛についてはなかなか語れないからね。それまでは愛というものは経験したことがなかった。ファースト・アルバムはその、愛のない自分の人生について嘆いていたアルバムだった。だからファーストはすごく悲しげだし、作ったときの自分もぜんぜんハッピーな状態ではなかったし。
今回のアルバムは......僕たちは遠距離恋愛なんだけど、彼女といっしょにいるときもふたりきりになれるような空間があんまりなかったんだ。だから、いろんなひとといっしょの空間に押し込められているっていう気持ちと、離れているときの心が引き裂かれるほどの寂しさ、その両極端の想いがこのアルバムには入っているんだよ。
■なるほど、すごくよくわかります。少ない言葉で歌うエモーショナルなラヴ・ソングが多かったので、ご自身の経験がダイレクトに反映されたのではないかと想像していました。ただ同時に、たとえばあなたが好きなジョニ・ミッチェルであるとか、クラシックなシンガーソングライターたちがやってきたように、「ジェイムス・ブレイクとしてのラヴ・ソング」というものに挑戦したかったところはありましたか?
ジェイムス:うん、それは絶対にそう。歌詞とか曲作りの面ではすごく簡単で、ぱっと思い浮かぶんだけど、そこから構成して曲として完成させていくプロセスのほうが難しい。というのは、やっぱりありきたりなラヴ・ソングにはしたくなかった。地雷がたくさん埋まってる原っぱみたいなものだよ(笑)。安易なトラップにはまらないようにして、オリジナルなものを作っていくのはすごく難しい。自分にとっては新しい試みだったから、いくつか地雷を踏んじゃったと思うんだけど。
■そんなことないですよ(笑)。すごくエモーショナルな美しいラヴ・ソング集だと思いました。
ジェイムス:ありがとう(笑)。
ブラジル北東部バイーアのグループ:バイアーナ・システムのファースト・アルバム。彼の地の音楽のファンはもちろん、ロック・ギター好き、(本作のトラックの重要な基礎を成している)レゲエやエレクトロ=ダブの愛好家、プログラミング・ビート、ラップ/トースティング、あるいはバイーアの音楽に色濃い影響を及ぼしているアフリカ音楽に興味を持つ人や、単純にパーカッション好きの人など、様々な種類の耳にとって聴きどころ山盛りで、かつ他ではなかなか味わえない音楽体験ができる1枚だ。
このグループの音楽性をひとことで説明するなら、バイーアのカーニヴァル・ミュージックのスタイルである〈トリオ・エレトリコ〉を、ライヴ・プレイによって、上述したような様々な音楽要素が渾然とするクラブ・サウンド方面にアップデイトするもの、ということになるだろう。〈トリオ・エレトリコ〉とは、トラックの上にバンドとサウンドシステムを乗せ、演奏を轟かせながらパレイドするカーニヴァル用の"エレクトリファイ"されたバンド形態のことで、その最大の特色が、このバイアーナ・システム・サウンドの要でもある小型エレキ・ギターの〈ギターハ・バイアーナ〉だ。
この楽器は、その昔ドドーとオズマールという二人組がカーニヴァル用に弦楽器の音を増幅させるために"電化"しようとし、マンドリンをモデルに考案したものだ(サウンドカー上の限られたスペイスで演奏する際の便宜上、小型な楽器を理想としたのではないか?)。そのせいで〈ギターハ・バイアーナ〉は通常のギターよりネックが短い分、音が高く、マンドリン式に調律されるのが特徴だ。
さらに興味深いことに、その試作品は1940年代の末に作られ、実用化するのは50年代に入ってからなのだが、つまりこの〈トリオ・エレトリコ〉は、ロックン・ロールの時代以前にアンプリファイされたエレキ・ギターを大音量で鳴らしていたのだ。その〈トリオ・エレトリコ〉の様式が時代とともに進化していくなかで、〈ギターハ・バイアーナ〉も進化を遂げ、開発者オズマールの息子が、低音弦を1本足した5本弦ヴァージョンを考案、音のレンジに厚味を持たせた。本作のジャケットは、その5弦のモダンなバイーア式エレキ・ギターとサウンド・システム(そこにはジャマイカ流の"クラブ様式"としてのそれも含意されている)を図案化したものだ。
様々な音楽の要素を飲み込んでいる(シタールが使われている曲もある)彼らの楽曲に首尾一貫したものを感じ取れるのは、それが曲調にかかわらず、基本的にそのギター・サウンドを芯にして組み立てられているからだ。その〈ギターハ・バイアーナ〉奏者としてバンドの中心にいるホベルチーニョ・バレットは、バイーアのラジオでアフリカ音楽の番組も手掛けているアフリカ音楽通で、とくにザイール(現コンゴ民主共和国)発祥のスクス(リンガラ・ポップ)やルンバ・コンゴレーズ特有の連綿と繋がる繊細できらびやかなギター・プレイの響きを、カーニヴァル・ダンス・ビートの"フレーヴォ"や、あるいは伝統的な"ショーロ"のなかに、それらの源流として強調させている。同時に、その円環状に延々と繋がっていくギター・プレイと、きょうびのループ・シーケンサー製の電子的サウンドとの音感的な類似点を意識してもいるだろう。
プログラミングされたビートと〈ギターハ・バイアーナ〉のプレイの絡み方のヴァリエイションがこのバンド・サウンドの骨組みを形成し、そこを重くウネる弦ベイスが下支えする。さらにはプラスティック・ヘッドを張った、ソリッドで少々メタリックな高音域の倍音が特徴的な、バイーア・サウンドに欠かせないパーカション:チンバウ(timbau)の音色がエレクトリック・ビートにフィットし、このクラブ・サウンドと生バンド・サウンドとの絶妙な折衷感に寄与している。(ちなみに、バイーア出身の人気パーカッション奏者カルリーニョス・ブラウンがこのチンバウを全面に出したストリート・パーカッション集団チンバラーダ(Timbalada)を結成し、プロデュースして注目を集めたことが知られているが、ホベルチーニョ・バレットは長らくその一員だった。)
新世代の音楽がクラブ・サウンドとの親和性を高める方向に向かうのは、ご存知のように、ブラジル音楽もご多分に漏れない。一方で、いつの時代もすべての老若男女に開かれているカーニヴァルの文化は、それ自体に、伝統を守り次代へ伝える宿命がある。バイアーナ・システムの、音楽的視野を広げながらの、この伝統と革新のバランスの取り方には、聴き返すごとに瞠目している。アルバムの最後には10曲目"Frevofoguete(フレーヴォの宇宙船)"のブギーニャ・ダブ(ブラジルのダブ・マスター)によるダブ・ミックスが収められているが、これなんかはその最たる例だろう。カーニヴァル・ビート:"フレーヴォ"の未来型を思わせる曲を、さらにダブ処理したものだが、若者はおろか、カーニヴァルに軽く半世紀以上通っている人たちも、ビートとギターをむき出しにするこのラディカルさを前にして、即座に、目尻を緩めて腰を揺らすだろう。そんな風に、世代を越えて同じ"高揚"を共有できるなら本当に素晴らしいことだ。
「Frevofoguete(フレーヴォの宇宙船)」ダブ・ミックス
Jah Jah Revolta
いまから10年以上前のシアトルで、サン・シティ・ガールズのアラン・ビショップを中心に設立されたレーベル〈サブライム・フリーケンシーズ(Sublime Frequencies)〉は、いまやもっとも先鋭的なワールド・ミュージック・レーベルとしてその名をワールド中に轟かせているというか、ひとくくりに「ワールド」というと語弊があるというか〈サブライム・フリーケンシーズ〉の視点はかつて非西欧圏と位置づけられ、エキゾチシズムと無縁ではなかったワールドが辺境と呼ばれ珍重され、白地図を塗りつぶすように濫費された時代を過ぎても、音自体をあるアングルから聴き取ればそこに意味以上に語るべき音のあることを教えてくれた。耳ざといリスナーは避けて通れない。お世話になった方も多いのではないか。
〈サブライム・フリーケンシーズ〉というとアラン・ビショップにフォーカスが当たりがちだが、そもそも2002年の設立当時のメンバーはビショップに映像作家のヒシャム・マイェット、それに今回来日するマーク・ジャーギスの3人だった。ジャーギスは作曲家、演奏家、プロデューサーにしてDJ、つまり全方位音楽人であり、レーベル活動を通して、長年にわたる研究成果と、東南・中央アジアなどを旅して得た音楽、映像、フィールド・レコーディングを共有するためのプラットフォームをづくりに携わる制作者でもあるが、ビョークのリミックスで知られるシリアの歌手、オマール・スレイマンを発掘した辣腕(?)A&Rにしてフォーク、ポップスまで視野に入れたオリジナリティあふれるコンパイラーといったほうが通りがいいだろうか。マーク・ジャーギスはまた、ソロ・プロジェクト「Porest」をやっていたりする。1993年から2004年まで活動したベイエリアの実験的なパフォーマンスの集団「Mono Pause」の創立者でもあり、そこから派生した「Neung Phak」では、タイと東南アジアのポップスをデフォルメしたというか擬装したというか、とにかく素っ頓狂なエスノ・ロック~ポップスに踏みこんでいる。
マーク・ジャーギスのDJは彼の膨大なサウンド・ライブラリーからの選りすぐりで、伴走するVJも、東南・中央アジアの映画、テレビ番組、そして独自に撮影された映像から構成するということなので、ワールド・ミュージック・ファンならずともサイケ~オルタナ~クラブ・ミュージック~ドローンのファン、これを読んでいるそこのあなた。みなさんにお楽しみいただけること請け合いですので、ぜひ会場に足をお運びください。(松村正人)
スケジュール
■7/14(日) 静岡 ラジシャン
OPEN START18:30 Adv / Door 2500yen (w/1d)
<DJ>
Mark Gergis
山辺圭司(LOS APSON?)、CITY BOY、ICHIYA、岸野雄一
■7/15(祝) 神戸 旧グッゲンハイム邸
OPEN/START 15:00 Adv / Door 2500yen
<DJ>
Mark Gergis
BACON Crew、キング・ジョー
「お気楽アジア音楽寄港」
[batopaha mar (plantation)+武村篤彦(泊)+山本信記(popo、かきつばた)]
<Talk>
江村幸紀(em records)/岸野雄一
<food>
喫茶ゆすらご
■7/17(水) 熊本 (仮)A-Z LAND
※会場名の(仮)は正式名称の一部です。
OPEN/START 17:00 Door 2500yen(w/1d)
<DJ>
Mark Gergis
岸野雄一、前田TYX$ON、POLYPICAL(ex Saihate)
<LIVE>
オオルタイチ、NONCHELEEE
■7/18(木) 東京 Dommune
OPEN/START 19:00 Door 1000yen
<第1部:Talk>
Mark Gergis
大石始、松山晋也、岸野雄一
<第2部:DJ>
Mark Gergis、L?K?O
■7/19(金) 東京 スーパー・デラックス
OPEN/START 22:30 Adv 2500yen / Door 3000yen (w/1d)
<DJ>
Mark Gergis
SOI48、幻の名盤解放同盟(根本敬、湯浅学、船橋英雄)
MOODMAN、Bing a.k.a Toshio Kajiwara、サラーム海上
<VJ>
SphinkS
■7/20(土) 沖縄 南国の夜
OPEN START20:00 Door 2500yen(w/1d)
<DJ>
Mark Gergis
常盤響、馬場正道、岸野雄一、KengShing、Yu-chang
○来日情報サイト:
https://www.anttkc.com/sf2013/
○Face Book Event Page:
https://www.facebook.com/events/383713831733725/
○お問合わせ:
info@outonedisc.sakura.ne.jp(岸野/渡辺)
今週末のフリードミューン、もはや宇川直宏のアート作品とも呼べそうな「あり得ない」ブッキングについていまここで何を言っても野暮というもの。詳しくは、ココをチェック→(https://www.dommune.com/freedommunezero2013/)
さて、たいへん名誉なことに、昨年に引き続き不肖「ele-king TV」(野田努、三田格、松村正人)も、司会:五所純子とともに、この歴史的イベントの16:00からの開会宣言に出席します。ハードコアな参加者および日帰り参加を予定している方、是非とも冷やかしついでに見に来て下さい。まだタイムテーブルは発表していないようですが、早い時間からビッグ・アーティストのライヴもあるようだし、夕方から翌朝まで目が離せないです。直に発表されるでしょうが、トークのほうもすごいブッキングですよ。ちなみに明け方のトークは、坂口恭平、磯部涼、九龍ジョーだそうで、これはいまからご苦労様としか言いようがない......。
当時『NME』といえば、ポストパンクやアンダーグラウンド・ミュージックの発信源でもあり、筋金入りのアンチ・サッチャリズム、アンチ・レイシズムのデモ行進を表紙にしたほどの音楽紙。理屈屋で、「アシッド・ハウスは音楽か?」議論の戦場でもあった。ディスコにはさしたる興味を見せなかったが、80年前後にはレゲエ、80年代なかば以降はヒップホップ、そしてシカゴ・ハウスとデトロイト・テクノに情熱を注いだ。
そんなメディアが1988年、たった1枚の「ビート・ディス」で大ヒットを飛ばしたボム・ザ・ベースを表紙にした理由は、それがポップ・チャートをも席捲した、サンプリングの痛快さがほとばしる、若い世代(当時20歳)のエネルギッシュなダンス・ミュージックの出現だったから......だけではない。経費8万円弱、レコードとサンプラーのみで作られた曲が爆発的に売れて大金を稼いだことも大きかった。ポストモダンの列車強盗として、持たざるモノがやってのけたということだ。
これと同じ論法で、ザ・KLFがザ・タイムローズ名義で「ドクトリン・ザ・ターディス」をヒットさせ、コールドカットが「ドクトリン・ザ・ハウス」と続いた。著作権法によってサンプリングの自由が奪われた後も、初期レイヴではこの手のギミックが氾濫した。ギミックだらけになって飽き飽きもしたが、良くも悪くも当時のダンス・カルチャーはディスコ・クラシックに出る幕を与えなかったのである。〈DJインターナショナル〉や〈トランスマット〉にはチャンスを与え、ボム・ザ・ベースを格好良く思わせた。たとえ音の善し悪しなどは主観的なものだとしても、コンテキストにおいては善し悪しが言える。「素人のディスコ」と揶揄されながらも、コンテキストにおいては、ハウスやボム・ザ・ベースは立派に格好良かったのである。
さて、こんなに回りくどい前口上を書いてしまった理由とは、何を隠そう、テイ・トウワの新作をいざ聴くと、「ビート・ディス」やその時代を思い出したからである。チップ・Eの"ライク・ディス"については言わずもがな。1曲目のイントロの、サンプラーの使い方が88年風で、高橋幸宏が歌うその曲"Luchy"も、バート・バカラックをブレイクビーツに組み込んだりした『イントゥー・ザ・ドラゴン』と重ならなくもない。随所に見られる効果的なカットアップの使い方も似ている。
コンテキストにおいては、むしろ対極だ。サマー・オブ・ラヴに馴染んだディー・ライト在籍時だったら話は別だが、今日「ビート・ディス」のポジションにいるのは、PC1台とR&Bサンプルで作られるベース・ミュージックだ。斎藤が好きな〈ナイト・スラッグス〉や〈フェイド・トゥ・マインド〉のような連中である。ゲイ・ラップやヴェイパーウェイヴもその一部かもしれない。それでもアルバム『Lucky』が、「ポップとして優れたダンス・アルバム」というクリシェにとどまらず、「ビート・ディス」まで蘇らせるのは、この作品が初期レイヴ・リヴァイヴァルと気持ち的にどこか繋がっているんじゃないだろうかと思わせるフシがあるからだ。まあ偶然だろう。だが、繰り返し聴いている度に、草間弥生のデザインもその機運にリンクしていると思えてくる。セイホーの「アイ・フィール・レイヴ」や瀧見憲司のBeing Boringのアルバム(小野田雄が自分がreviewを書くと言って、いまだに書いてくれていない傑作)と並んで、新たな上昇を感じる。
僕は、日本では、ダンス・カルチャーやクラブ・カルチャーは、ある世代以降はしぼみつつあると思っていたところがある。若者の週末の深夜は自宅で過ごし、サマー・オブ・ラヴはオヤジの郷愁としてある。シーンには内輪受けの小宇宙が増え続け、クラブは自分のジャンルしか知らない専門家化されたDJに支配され......いや、しかし、そうではなかったようなのだ。たとえば、先日のDUM DUM PARTYの最初のDJを務めたtomadoのプレイにも兆候が見られた。それはいま起きつつあることの断片なのだとはある情報筋からの入れ知恵である。
「ラッキー!」という言葉が印象的だったことは、88年や初期レイヴにはない。グラスゴーの〈ラッキーミー〉、テイ・トウワの「ラッキー!」は、20年前の「ラヴ」に相当するのかもしれない。「勘が働いた」ということなのだろうか。ダフト・パンクの新作と同じように豪華ゲストを招いて作ったダンス・ポップのアルバムだが、『Lucky』の遊び心にシニシズムはない。「ラッキー!」なる言葉は、この作品ではシニカルに使われていない。太くはないが軽快かつ繊細なグルーヴがあり、グッド・ヴァイブレーションが作品を支配している。ビートレスの曲"GENIUS"が作品の表情を象徴しているし、"KATABURI"や"LICHT"のようなインスト曲が、実はアルバムでは重要な役目を果たしている。だいたいクローザー・トラックは"LOVE FOREVER"。ベタな曲名だが、これが不思議とクサくない。ゆえに、この曲がいま起こりつつあるレイヴ・リヴァイヴァルのクローザーとなっても僕は驚かない。いや、驚きたい。
https://soundcloud.com/ryokawahara
比較的最近リリースされた曲を中心に、フロアでかけているものをセレクトしました。
最近は特にsoul,discoなど旧譜を中心とした現場が多いですが、
今回のチャートはハウスミュージックに的を絞って選んでみました。
<DJスケジュール>
7/14(祝前日)Third Eye @ Organ Bar
https://www.facebook.com/events/476064709155076/
7/25(木)ブロークンビーツ酒場@club Ball
https://www.facebook.com/events/268548589950377/
8/2(金)cheek cheek cheek@club BALL
https://www.facebook.com/events/645449485482849/?fref=ts
![]() 1 |
Jimpster - Hold my Hand - Freerange |
|---|---|
![]() 2 |
Claes Rosen - Daydreaming - Local Talk |
![]() 3 |
Djeff - Make Me Stronger - Tribe Records |
![]() 4 |
Pablo Fierro - Whistle (Atjazz Astro Remix) - Atjazz Record Company |
![]() 5 |
Azymuth - 'E Mulher' (Ashley Beedle 'Afrikanz On Marz Voyage Remix) - FAR OUT RECORDINGS |
![]() 6 |
Paul Randolph - Soldier - Offering Recordings |
![]() 7 |
Blackbelt Andersen - Klapp Og Trans - FULL PUPP |
![]() 8 |
Masanori Ikeda - Mu - Flower Records |
![]() 9 |
Become One - Toto Chiavetta - Yoruba |
![]() 10 |
Urban Sound Lab feat. Selina Campbell - Nothing New - Room Control |
ウィスパーズや、タツロー・ヤマシタが......、踊っている。いや、踊らされている。なにかの亡霊のような姿で。深夜3時に、YouTubeでディスコ・クラシックの巡回中にたまたま完成してしまった最高のプレイリスト――『HIT VIBES』は、その記憶の断片を大急ぎでかき集め、突貫工事で復元したミックステープのように聴こえる。
妙なこもりというか、1枚の靄を隔てて聴いているような聴覚へのソフトな接触は、ゴーストリー・フュージョンとでも呼べばいいのだろうか。ウェルメイドな往年のディスコ、アーバン・クラシックをあえてローファイに、しかも音のタッチを均一化するかのごとく、ある種のスクラップ作業(のようなエディット)が延々と続いていく。
これをリミックス集と呼ぶのは、ちょっと違うのだろう。ビート・プロダクションは差し替えられつつも、実質はサンプリングのピッチ操作とエフェクト程度の拙い二次創作のようにも聴こえる。アートとしてのサンプリングを盗窃と呼ぶなら、このコピペ感は間違いなくあのけったいな蒸気音楽、ヴェイパーウェイヴ以降のものだ。
そう、この限りなく貧しい場所で、セイント・ペプシを名乗る人間はディスコによる甘い夜間遊泳と、すべての音源をクリエイティヴ・コモンズたらしめる、あのイリーガルな蒸気が描いた夢の続きを見ている。
あなたは『Life of Leisure』という作品を覚えているだろうか。夜の23時に、ディスコをひとりで部屋聴きするということ。それがすなわち、チルウェイヴという概念だった。だが、いま思えば、ドリーミーなディスコをインターネットに流布することで世界への接続を望むとは、なんと素朴で純粋な夢だったことだろう。それは言わば、インターネット・インディにおける表の世界といったところだ。
裏の世界に蔓延っていたのは、チルウェイヴにおける一部の成功者に対する逆恨みのような嫉妬である(少なくとも僕はそう推測している)。実際、この微小ジャンルにおける首謀者のひとり、通称ヴェクトロイド(LASERDISC VISIONS a.k.a MACINTOSH PLUS a.k.a情報デスクVIRTUAL a.k.a FUJI GRID TV a.k.a ESC不在a.k.a Sacred Tapestry a.k.a ......、『Tiny Mix Tapes』はそれを「偽造されたオンライン・コミュニティ」と呼んだ)は、元を辿れば一介のチルウェイヴァーだったことで知られている。
そして、すでに削除されている某作に引用された「スーパー・チャンスが溢れてる(時代はスーパーだ!)」という、おそらくはその意味を理解しないままサンプリングされていた広告のコピーは、結果的にはチルウェイヴの成功者たちへのアイロニーにも聴こえたわけだが、現実はさらに皮肉めいていて、「誰でもミュージシャンになれる」というこの時代ならではの希望に対するアイロニーだったはずのこのトラッシーなサンプリング・ミュージックは、むしろ「本当に」誰しもをミュージシャンにしてしまったのだった(暇な人はどうぞ→https://bandcamp.com/tag/vaporwave)。
こうなってくると、さすがにもう終わりだろう。いや......、間違いなくそれは終わった。iTunesに降り積もっていく一度聴くか聴かないか程度のフリーダウンロードを前にウンザリもする、そんな後遺症に悩まされているのは、きっと僕だけではあるまい。あとには、間延びした惰性だけが残る。それだけの話だ。
だが、そんなヴェイパーウェイヴの最終章に彗星のようにキラッと現れたのが、このセイント・ペプシだった。コピペとしてのサンプリング、とりあえずのスクリュー、謎めいた日本への関心、それら「芸」として蒸着されたヴェイパー・マナーを踏襲しつつも、R&Bやソウル、シンセ・ファンク、そしてディスコと、2013年だけでも10近い矢継ぎ早なリリース群のなかに、おそらくはヴェイパーウェイヴからもっとも遠く離れた世界の、言わば魂の音楽が注入(ないし略奪)されている(彼はそれをVaporboogieと呼ぶ)。
そしてなんと言ってもこれ、『Hit Vibes』は、インターネット世代による仮想のミラーボールとなった。ここに連れ出されているディスコとは、おそらくはチルウェイヴの原風景であり、仮想敵としてのミュージシャンシップ、その象徴でもあるのだろう。もし、最高のディスコ・バンドを自分の手で組めたら? もしくは、最高のアーバン・ポップの作家に自分の才能だけでなれたら? セイント・ペプシは、そのような夢をアイロニカルに叶えることによって、むしろその続きを永遠に見続けることを選んだのだろう。
変な話、これを作ったのが神戸のDJニュータウンなんかだったら面白かったのに、とも思ってしまったが、ここに並べられたディスコはそれくらい、シニカルで、際どい場所に立ちながら、それでもなお(図々しくも)ポップを夢想している。そう、ゴミは、ゴミでなくなりつつある。が、その先に何が待っているのかを、僕たちはまだ知る由もない。
ともかくこれは、すべての音楽をクリエイティヴ・コモンズ化しなければ本来は成立し得ない夢だ。だが、それは実際に鳴っている、このグレーな場所で。ダフト・パンクの新作『Random Access Memories』が、本当に夢を「実現してしまった」音楽だったとしたら、セイント・ペプシは悪い夢でも見ているのだろう。だが、、、夢は、実現するよりももう一度見る方がいい。『Hit Vibes』は、音楽とインターネットへの愛憎で引き裂かれた2013年におけるカルトだ。
『テラ(大地)』だからといって、『メア(雄馬)』だからといって、『バッファロー・ソングス』だからといって、ジュリアン・リンチに自然崇拝や大地讃賞のモチーフなんてあるだろうか? もし彼にインタヴューする機会があったらまずは訊いてみたい。あなたはサバンナの土を蹴り、オーロラを眺め、密林を、砂丘を、流氷の上を歩き、動物と戯れたりしたいと思いますか......。「そんなことはない」という筋書きになってほしいというのが、筆者の彼の音楽に寄せる解釈であり勝手に寄せている親しみの情である。
アーシーだなどとは言いようもない、むしろ土から足の離れた人間がやわらかい壁に四方を囲まれながら思いめぐらせる自然。あるいは杉本博司の『ジオラマ』シリーズのように、世界の「真実らしさ」にはひらかれない視線。彼の動物はミニチュアか、神話の挿絵のような顔をしている。あるいは今作のジャケットのように、びりびりに裂かれている。そうした地点に彼のベッドルームはあり、彼のサイケデリアは花ひらいている。大学で民俗音楽を学んでいたというのも、なにもポンチョを着てケーナを吹きたかったというわけでないことは明白だ。
リアル・エステイトにもタイタス・アンドロニカスにも在籍していたシーンきっての才人、ジュリアン・リンチ。若いながらも幅のある表現、「フォーク」をめぐるほとんどライフ・ワーク的ともいえる研究・実験、そこにきちんと音楽的な洗練を加えられる卓越したセンス、などなど挙げきれない美点によってほんの数年の間にアーティストもメディアも一目置かざるを得ない存在になっている。ブルックリンから出てこなかったダーティ・プロジェクターズ......ニュージャージーが生んだフォーキー・エクスペリメンタルの巨才とも言えるだろう。そこにはリアル・エステイト/マシュー・モンダニルのベッドルーム・サイケ(2000年代USインディ・ロックの知性の粋だ)も、タイタス・アンドロニカスの歌心やエネルギーも隠されている。
クラリネットやバス・クラリネットの重奏のように聴こえる柔らかいアンサンブルが、この2年ぶりのフル・アルバム『ラインズ』の基調をなしている。リヴァーブ使いのインフレが止まらなかったこの10年、何がそれを代替してくれるのか楽しみに見守っていたのだが、なるほど木管楽器はブレイクスルーかもしれない。残響感がドリーム・ポップを保証する時代は終わりかけているが、リンチの今作の音作りはそのオルタナティヴとして、新鮮なプロダクションとフィーリングを引き出している。
"ホース・チェスナット"などにおいてはサックスが馬の声のようにあしらわれるが、これも重奏の整合感をバラしながら自然に現れてくるもので、これみよがしなところがなく、じつに心地よい。ジャンベか何かのようなパーカッションが軽やかにリズムを刻み、アコースティック・ギターのたゆたうようなストロークが心地よく添えられるのも今作の特徴だ。ダックテイルズのUS版「終わりなき日常」的な覚醒と夢幻のギター・セッションを思わせる。ヒプナゴジックなインプロヴィゼーションとしてとくに前半の流れには水際立ったものがある。本当にどれも隙なく素晴らしいのだが、この流れが頂点を迎えるのは"Carios Kelleyi I"だろうか。彼の音の来し方行く末を美しい線のように描き出している。
かつて『ピッチフォーク』誌上の企画で、リンチはマイケル・ハーレーからの影響を詳らかにしていた。ひところ無調無拍の不定形な音楽性に浸かっていた彼に「まさか自分が再び"ソング"を作るようになるなんて思わなかった」と言わしめ、いまの音に向かわせたのが、マイケル・ハーレーによるファースト・ソロ・アルバム『ファースト・ソングス』(1965年)であったという。狼男のイラスト・ジャケが有名だが、画家としてもファンの多いこのアヴァン・フォークの生ける伝説が、リンチの導きの糸となったというのは素敵な話だ。彼もまた、アシッディでアウトサイダー的でありながらも、フォークにしかめ面をさせなかった音楽家であったから。
リンチの音楽は、実験性を折込みつつも関節やわらかく、隅々まで音楽している。こうした彼の呼吸のなかに自然があるのであって、大自然のなかにそれが見つかるわけではない。ベッドルームの自然にわれわれは注意を払わなさ過ぎる。

















