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ブラジル北東部バイーアのグループ:バイアーナ・システムのファースト・アルバム。彼の地の音楽のファンはもちろん、ロック・ギター好き、(本作のトラックの重要な基礎を成している)レゲエやエレクトロ=ダブの愛好家、プログラミング・ビート、ラップ/トースティング、あるいはバイーアの音楽に色濃い影響を及ぼしているアフリカ音楽に興味を持つ人や、単純にパーカッション好きの人など、様々な種類の耳にとって聴きどころ山盛りで、かつ他ではなかなか味わえない音楽体験ができる1枚だ。
このグループの音楽性をひとことで説明するなら、バイーアのカーニヴァル・ミュージックのスタイルである〈トリオ・エレトリコ〉を、ライヴ・プレイによって、上述したような様々な音楽要素が渾然とするクラブ・サウンド方面にアップデイトするもの、ということになるだろう。〈トリオ・エレトリコ〉とは、トラックの上にバンドとサウンドシステムを乗せ、演奏を轟かせながらパレイドするカーニヴァル用の"エレクトリファイ"されたバンド形態のことで、その最大の特色が、このバイアーナ・システム・サウンドの要でもある小型エレキ・ギターの〈ギターハ・バイアーナ〉だ。
この楽器は、その昔ドドーとオズマールという二人組がカーニヴァル用に弦楽器の音を増幅させるために"電化"しようとし、マンドリンをモデルに考案したものだ(サウンドカー上の限られたスペイスで演奏する際の便宜上、小型な楽器を理想としたのではないか?)。そのせいで〈ギターハ・バイアーナ〉は通常のギターよりネックが短い分、音が高く、マンドリン式に調律されるのが特徴だ。
さらに興味深いことに、その試作品は1940年代の末に作られ、実用化するのは50年代に入ってからなのだが、つまりこの〈トリオ・エレトリコ〉は、ロックン・ロールの時代以前にアンプリファイされたエレキ・ギターを大音量で鳴らしていたのだ。その〈トリオ・エレトリコ〉の様式が時代とともに進化していくなかで、〈ギターハ・バイアーナ〉も進化を遂げ、開発者オズマールの息子が、低音弦を1本足した5本弦ヴァージョンを考案、音のレンジに厚味を持たせた。本作のジャケットは、その5弦のモダンなバイーア式エレキ・ギターとサウンド・システム(そこにはジャマイカ流の"クラブ様式"としてのそれも含意されている)を図案化したものだ。
様々な音楽の要素を飲み込んでいる(シタールが使われている曲もある)彼らの楽曲に首尾一貫したものを感じ取れるのは、それが曲調にかかわらず、基本的にそのギター・サウンドを芯にして組み立てられているからだ。その〈ギターハ・バイアーナ〉奏者としてバンドの中心にいるホベルチーニョ・バレットは、バイーアのラジオでアフリカ音楽の番組も手掛けているアフリカ音楽通で、とくにザイール(現コンゴ民主共和国)発祥のスクス(リンガラ・ポップ)やルンバ・コンゴレーズ特有の連綿と繋がる繊細できらびやかなギター・プレイの響きを、カーニヴァル・ダンス・ビートの"フレーヴォ"や、あるいは伝統的な"ショーロ"のなかに、それらの源流として強調させている。同時に、その円環状に延々と繋がっていくギター・プレイと、きょうびのループ・シーケンサー製の電子的サウンドとの音感的な類似点を意識してもいるだろう。
プログラミングされたビートと〈ギターハ・バイアーナ〉のプレイの絡み方のヴァリエイションがこのバンド・サウンドの骨組みを形成し、そこを重くウネる弦ベイスが下支えする。さらにはプラスティック・ヘッドを張った、ソリッドで少々メタリックな高音域の倍音が特徴的な、バイーア・サウンドに欠かせないパーカション:チンバウ(timbau)の音色がエレクトリック・ビートにフィットし、このクラブ・サウンドと生バンド・サウンドとの絶妙な折衷感に寄与している。(ちなみに、バイーア出身の人気パーカッション奏者カルリーニョス・ブラウンがこのチンバウを全面に出したストリート・パーカッション集団チンバラーダ(Timbalada)を結成し、プロデュースして注目を集めたことが知られているが、ホベルチーニョ・バレットは長らくその一員だった。)
新世代の音楽がクラブ・サウンドとの親和性を高める方向に向かうのは、ご存知のように、ブラジル音楽もご多分に漏れない。一方で、いつの時代もすべての老若男女に開かれているカーニヴァルの文化は、それ自体に、伝統を守り次代へ伝える宿命がある。バイアーナ・システムの、音楽的視野を広げながらの、この伝統と革新のバランスの取り方には、聴き返すごとに瞠目している。アルバムの最後には10曲目"Frevofoguete(フレーヴォの宇宙船)"のブギーニャ・ダブ(ブラジルのダブ・マスター)によるダブ・ミックスが収められているが、これなんかはその最たる例だろう。カーニヴァル・ビート:"フレーヴォ"の未来型を思わせる曲を、さらにダブ処理したものだが、若者はおろか、カーニヴァルに軽く半世紀以上通っている人たちも、ビートとギターをむき出しにするこのラディカルさを前にして、即座に、目尻を緩めて腰を揺らすだろう。そんな風に、世代を越えて同じ"高揚"を共有できるなら本当に素晴らしいことだ。
「Frevofoguete(フレーヴォの宇宙船)」ダブ・ミックス
Jah Jah Revolta
鈴木孝弥