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Julian Lynch

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Julian Lynch

Lines

Underwater Peoples

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橋元優歩   Jul 09,2013 UP

 『テラ(大地)』だからといって、『メア(雄馬)』だからといって、『バッファロー・ソングス』だからといって、ジュリアン・リンチに自然崇拝や大地讃賞のモチーフなんてあるだろうか? もし彼にインタヴューする機会があったらまずは訊いてみたい。あなたはサバンナの土を蹴り、オーロラを眺め、密林を、砂丘を、流氷の上を歩き、動物と戯れたりしたいと思いますか......。「そんなことはない」という筋書きになってほしいというのが、筆者の彼の音楽に寄せる解釈であり勝手に寄せている親しみの情である。

 アーシーだなどとは言いようもない、むしろ土から足の離れた人間がやわらかい壁に四方を囲まれながら思いめぐらせる自然。あるいは杉本博司の『ジオラマ』シリーズのように、世界の「真実らしさ」にはひらかれない視線。彼の動物はミニチュアか、神話の挿絵のような顔をしている。あるいは今作のジャケットのように、びりびりに裂かれている。そうした地点に彼のベッドルームはあり、彼のサイケデリアは花ひらいている。大学で民俗音楽を学んでいたというのも、なにもポンチョを着てケーナを吹きたかったというわけでないことは明白だ。

 リアル・エステイトにもタイタス・アンドロニカスにも在籍していたシーンきっての才人、ジュリアン・リンチ。若いながらも幅のある表現、「フォーク」をめぐるほとんどライフ・ワーク的ともいえる研究・実験、そこにきちんと音楽的な洗練を加えられる卓越したセンス、などなど挙げきれない美点によってほんの数年の間にアーティストもメディアも一目置かざるを得ない存在になっている。ブルックリンから出てこなかったダーティ・プロジェクターズ......ニュージャージーが生んだフォーキー・エクスペリメンタルの巨才とも言えるだろう。そこにはリアル・エステイト/マシュー・モンダニルのベッドルーム・サイケ(2000年代USインディ・ロックの知性の粋だ)も、タイタス・アンドロニカスの歌心やエネルギーも隠されている。

 クラリネットやバス・クラリネットの重奏のように聴こえる柔らかいアンサンブルが、この2年ぶりのフル・アルバム『ラインズ』の基調をなしている。リヴァーブ使いのインフレが止まらなかったこの10年、何がそれを代替してくれるのか楽しみに見守っていたのだが、なるほど木管楽器はブレイクスルーかもしれない。残響感がドリーム・ポップを保証する時代は終わりかけているが、リンチの今作の音作りはそのオルタナティヴとして、新鮮なプロダクションとフィーリングを引き出している。

 "ホース・チェスナット"などにおいてはサックスが馬の声のようにあしらわれるが、これも重奏の整合感をバラしながら自然に現れてくるもので、これみよがしなところがなく、じつに心地よい。ジャンベか何かのようなパーカッションが軽やかにリズムを刻み、アコースティック・ギターのたゆたうようなストロークが心地よく添えられるのも今作の特徴だ。ダックテイルズのUS版「終わりなき日常」的な覚醒と夢幻のギター・セッションを思わせる。ヒプナゴジックなインプロヴィゼーションとしてとくに前半の流れには水際立ったものがある。本当にどれも隙なく素晴らしいのだが、この流れが頂点を迎えるのは"Carios Kelleyi I"だろうか。彼の音の来し方行く末を美しい線のように描き出している。

 かつて『ピッチフォーク』誌上の企画で、リンチはマイケル・ハーレーからの影響を詳らかにしていた。ひところ無調無拍の不定形な音楽性に浸かっていた彼に「まさか自分が再び"ソング"を作るようになるなんて思わなかった」と言わしめ、いまの音に向かわせたのが、マイケル・ハーレーによるファースト・ソロ・アルバム『ファースト・ソングス』(1965年)であったという。狼男のイラスト・ジャケが有名だが、画家としてもファンの多いこのアヴァン・フォークの生ける伝説が、リンチの導きの糸となったというのは素敵な話だ。彼もまた、アシッディでアウトサイダー的でありながらも、フォークにしかめ面をさせなかった音楽家であったから。

 リンチの音楽は、実験性を折込みつつも関節やわらかく、隅々まで音楽している。こうした彼の呼吸のなかに自然があるのであって、大自然のなかにそれが見つかるわけではない。ベッドルームの自然にわれわれは注意を払わなさ過ぎる。

橋元優歩