「S」と一致するもの

Christopher Owens - ele-king

 開演前のSEで、アトラス・サウンドとビーチ・ハウスの曲が会場で流れた。クリストファー・オウエンスが選曲をしたのだろう。僕はそれを聴き、ガールズの"ラスト・フォー・ライフ"で歌われている、「 I wish I had a beach house」という一節を思い出しながら、そういえばあの歌を聴いてから約4年が経過したんだなぁ~と物思いに耽っていた。

 クリストファー・オウエンスはその4年のあいだに、2枚のアルバムをガールズからリリースしたのち、去年、自らバンドの活動に終止符を打った。

 新しい道を歩みはじめるべく、彼が選んだ選択はソロ活動で、デヴュー・アルバム『リサンドレ』の発売は、これまでの暮らしや、自分が窮屈だと感じてしまうバンドでの日々との決別であった。
 今作の、これから先に待っているものが、これまで以上に輝かしく、愛に溢れる自由で希望の道なんだと言わんばかりのソングライティングは、新しい決意に溢れ、4年という歳月のなかで彼が培った、音楽への底知れない深い慈しみと、彼自身の成長とが落とし込まれた作品でもあった。

 そんなアルバムを引っ提げての来日公演。アメリカまでガールズを観に行っちゃう僕からしてみれば、楽しみでないはずがない! それに、作品を盛り上げていたフルートやピアノ、さらにはサックスなどの楽器を取り入れたスケールをどこまでライヴに反映させることが出来るのか、とても興味深かった。

 ステージに登場したクリストファー・オウエンスを含む7人のサポート・メンバーは、アルバム同様『リサンドレ』のテーマ・ソングであるAマイナーのインストゥルメンタルから、曲順通りに次々とライヴを進行させた。"ニュー・ヨーク・シティー"や、"ヒア・ウィ・ゴー・アゲイン"などのアップテンポなロック・チューンで会場は盛り上がりはじめたが、その後はしっとりと聴かせるナンバーが続き、アンコールで5曲のカヴァー・ソングを披露してライヴは終了。......あっという間だった。

 ライヴは50分あまりの、わりと「あっさりしたもの」だったが、キャット・スティーヴンス、ドノヴァン、サイモン&ガーファンクル、エヴァリーブラザーズ、ボブ・ディランなどの、往年のアーティストの名曲を披露したアンコールはとても盛り上がった。そして、アルバム録音メンバーと同じサックス奏者の演奏は常に素晴らしかった。
 良いライヴだっただけに、次回は是非、会場から汗が出るほどぎっしり埋まって欲しいし、僕と同世代の人にもっと来て欲しい。
 ちなみに、当日会場に来られた坂本慎太郎さんは、ママギタァと日本の古いミュージシャンのCDをいくつか渡したそうです。
 また、後日談として、坂本慎太郎さんの歌詞を萩原麻理さんに英訳してもらったクリストファー・オウエンスは、"まともがわからない"の歌詞をえらく気に入ったそうだ。ハハハハ。良い話。

 クリストファー・オウエンスは優しさを語れる、数少ないアーティストなのかもしれない。ライヴを見ながら、そんな大きなことを思ってしまった。

Lonnie Holley - ele-king

ロニー・ホーリーというアフリカ系アメリカ人の男がアラバマ州バーミングハムにいる。生まれたのは1950年2月10日のこと、だから、いまちょうど63歳になったところだろうか。27人兄弟の7番目として誕生し、幼いころからドライブイン・シアターのゴミ拾いや皿洗い、料理人などさまざまな職に就いてきたらしい。
 彼が子どものころ、このバーミングハムというところはアメリカでもっとも人種差別の激しい都市のひとつだったというから、彼が味わった辛苦や葛藤も並大抵のものではなかっただろう。60年代初頭の大きな公民権運動にバーミングハム運動として知られる一連の闘争があるが、それはこの町を舞台にしたものだった。企業へのボイコットや座りこみ、デモ行進などの直接行動から世間の注目を集め、それを引き金に差別撤廃へと世論を導いた運動である。

 ともかく、バーミングハムの中心部にアラバマ州最大の空港であるバーミングハム国際空港があって、その近くの丘にロニー・ホーリーは住んでいる。庭というよりも空き地といったほうがしっくりくるかもしれない。その敷地のなかのあちこちにどこからか拾ってきた廃棄物や廃材が積み上げられている。ジャンク・アートというやつだろう。コラージュだけではなく木材を削ってつくった仮面や人形のようなものもあって、こういうのを見るとプリミティブ・アートとかフォーク・アートという風に呼ばれてもおかしくなさそうだ。アウトサイダー・アート? まあ、そう思う人もるだろう。

 いくつか上がっているインターネット上の映像に目をこらすと、ところどころに彼の言葉が書かれた板が見える。「I AM ART」だとか「MY ART」だとか、カメラのレンズがそれらの言葉を印象的にとらえていく。耳を抜けていくのは早口な彼のしゃべり声。パソコンの小さな画面で確認してもどこか偏執狂的な空気が漂ってくるが、見方を変えれば単にみすぼらしく悲しげな風景でしかないのかもしれない。画面の上からアメリカ南部アラバマの太陽が容赦なく照りつけている。
 いまから20年前に彼のもとを訪れたことがあるフォーク・アート研究者は、彼のその特異なキャラクターにいささか面食らってしまったようだ。そのうさん臭さを、自分のブログでこう表現している。「気高いグリオ(語り部)のようでもあり、カーニバルの客引きのようでもあった」。

 とはいえ、彼の作品は自宅の中庭からはみ出し、バーミングハム美術館やスミソニアン博物館、アメリカ民族芸術美術館、ハイ美術館といった名だたる美術館で展示されてきたらしいから、地元ではちょっとした有名人なのだろう。実際に公開されたかどうかは判断がつかなかったが、90年代半ばには彼を追ったドキュメンタリー映画も制作されたらしい。
 こうした創作活動を彼は1979年にはじめている。その最初の作品は火事で死んだ彼の姉妹のふたりの子どものための墓碑だったという。プレス・リリースにあるように、以来彼は「即興的な創造行為の実践」に身を捧げ、続けて「日々の奮闘や辛苦からよりもむしろ猛烈な好奇心や生物学上の必要性から生み出されたそのアートと音楽は、ドローイング、ペインティング、彫刻、写真、パフォーマンス、そしてサウンドと」多岐に渡ることになるのである。

 はじまりはどこだろう? 『ジャスト・ビフォア・ミュージック』のはじまりは。それはわたしがどこかに座っているときにはじまったのだろうか。それともアフリカのどこかにいるわたしの祖先が、何かがドスンと落ちる音、誰かがチッチッチッと這いずる音、もしくはアイアイアイと叫ぶ音を耳にしたときすでにはじまっていたのだろうか。しかし、こうしたすべてが『ジャスト・ビフォア・ミュージック』となったのである。
/ロニー・ホーリー(『ジャスト・ビフォア・ミュージック』のライナー・ノーツより)

 さて、そんなロニー・ホーリーのいささか遅いデビュー・アルバムがこの『ジャスト・ビフォア・ミュージック』である。録音は2010年と2011年に行われ、これが初めてスタジオで録音された彼の音源となるらしい。レーベルのウェブサイトのトップ・ページに登場する写真にはヤマハのポータトーン(安価な電子キーボード)を前に誇らしげに陣取るロニー・ホーリーの姿があって、背後にはたくさんのパーカッションが散らかっている。きっとスタジオ録音とはいっても肩の凝らないカジュアルなものだったに違いない。
 本作のプロデューサーはレーベル・オーナーのスティーブン・ランス・レッドベターとマット・アーネット。後者はロニー・ホーリーもその所属アーティストのひとりとして関係するソウルズ・グロウン・ディープという芸術振興団体のスタッフとのこと。
 また、ブックレットのサンクス・クレジットに名前が挙がるだけで実際にその演奏が採用されているのかどうかは不明だが、この録音セッションにはコール・アレキサンダー(ブラック・リップス)とブラッドフォード・コックス(ディアハンター)のふたりも参加したようだ。ユーチューブでもロニー・ホーリーのコンサートに彼らふたりがゲットー・クロスなるユニット名義で共演している映像が数本上がっているので、(残念ながらどこか蛇足な印象は否めないものの)興味がある向きは見てみるといいだろう。

 にしても、この得体の知れなさである。どの時代ともいえない質感。うわごとのようにときにうなり、深く揺れるビブラートが尾を引く歌声。ほとんどがチープなサウンドのキーボードの弾き語りを土台にしているにも関わらず、通常のコード・チェンジやコード進行は皆無。そして、強く伝わるのは彼が歌うこと、そのひとつひとつの言葉を即興で歌うことに夢中になっているらしいということ。しかし、それにしても、だ。どこか浮き世離れしたような瞑想的な雰囲気が『ジャスト・ビフォア・ミュージック』を覆っているのはどうしてだろう。しかし、この得体の知れなさはとても魅力的である。
 それが妥当かどうかは別として「リル・Bの『レイン・イン・イングランド』を、もし胸が張り裂けるようなブルーズの歌声を持った61歳のインプロヴァイザーが歌っていたら......」なんて評も見かけたし、ちょっと調べただけでも、その参照アーティストにボビー・ウォマック、テッド・ホーキンス、ウィリス・アール・ビール、ジュニア・キンブローからサン・ラー、ムーンドッグなどが挙がっていたが、しかし、どうしようもなく浮かび上がるのは彼の圧倒的な存在感である。そのため、またぞろ「アウトサイダー」なる言葉を使う人も多いようだが、しかし、ジャケットに写る彼の見た目こそその資格十分でも、どうも簡単にそうとは言い切れない何かがある。

 それは、ここで引用したライナー・ノーツにある彼自身の言葉や、同じくブックレットに何点か掲載されている彼のアート作品の図版に添えられたキャプションから感じられる「気の確かさ」からかもしれないし、もしくは"ジ・エンド・オブ・ザ・フィルム・イーラ(フィルム時代の終焉)"のような収録曲から感じられる時代観のせいかもしれない。
 さらに、この秀逸な『ジャスト・ビフォア・ミュージック』というタイトルである。音楽が音楽の体をとるその直前にある音楽。さらに意訳して「音楽の有史以前」とするのはやり過ぎかもしれないが、彼が先述の曲でとり上げた「デジタル・イメージ」や「コンピュータ・チップ」「ギガバイトとメガバイト」「HDTV」といった言葉の時代に、「音楽直前の音楽」を夢想するロニー・ホーリーという構図には好奇心をかき立てられずにはいられない。しかも、それが〈ダスト・トゥ・デジタル〉という過去の音源発掘に定評あるレーベルからリリースされたのである。

 最後に、その〈ダスト・トゥ・デジタル〉のことにも触れておこう。彼らのウェブサイトによれば、その使命は「重要な稀少音源と、アーティストとその作品への理解を促す歴史的図版や詳細なテキストを組み合わせた高品質な文化遺産の制作」にあるらしい。1999年に先に触れたスティーヴン・ランス・レッドベターによって設立され、現在では妻のエイプリルと二人三脚で運営されているジョージア州アトランタのレコード・レーベルである。
 その徹底した美意識は2003年に完成したレーベル最初の作品からして顕著だった。いや、むしろ異様だったと言ってもいいだろう。『グッバイ、バビロン』と名づけられたそれはA4サイズ大の杉の特製木箱に、20世紀前半の古いゴスペル曲と教会の説教を満載した6枚のコンピレーションCDと200ページのブックレット、さらには本物の綿花までもが箱に収めてリリースされていたのだ。

 当時、どこかでその作品のことを知った僕は早速レーベルにオーダーしたわけだが、その後届いた実物を見て呆れてしまった覚えがある。「なんてパッケージなんだ、これは!」。いまから思えば、デラックス・エディションでのリイシューというその後のトレンドを予想するようでもあったが、しかし、いまでもこれほど手の込んだ仕様はそうそう見あたらない点でまさにエポック・メイキングなリリースだったと言えよう。
 名もない新興レーベルだったにも関わらず、翌2004年に『グッバイ、バビロン』はグラミー賞のベスト・ヒストリカル・アルバム賞とボックス・セット/リミテッド・エディション部門ベスト・パッケージ賞のふたつにノミネートされ、その後もアメリカ南部の宗教合唱曲のひとつであるセイクレッド・ハープの初期の姿をとらえたコンピレーションや、ロマックス親子の功績を思い起こさせるフォーク音楽採集家、ローゼンバウム夫妻のフィールド録音集、最近も初CD化曲を多数収めたジョン・フェイヒィのボックス・セットやアフリカ産SP盤のコンピレーションなどなど、ひとつひとつの丁寧なつくりに驚きと工夫、歴史、夢や奇想を詰めこんだ希有なレーベルとして音楽ファンから大きな信頼を集めている。
 また、彼ら以外にも〈ヌメロ・グループ〉(シカゴ)、〈トンプキンス・スクエア〉(サンフランシスコ)、〈ライト・イン・ジ・アティック〉(シアトル)、〈サブライム・フリークエンシーズ〉(シアトル)、〈ミシシッピ・レコーズ〉(ポートランド)、〈ヤーラ・ヤーラ〉(シカゴ)、〈オーサム・テープス・フロム・アフリカ〉(ニューヨーク)といったユニークな若きアメリカの発掘レーベルが2000年代に入って活発なリリースを続けているが、その得意とする時代や地域、音楽性、もちろんその姿勢や方法はそれぞれ違うとしても、しかし、どこか共通する「音楽のとらえ方」「音楽の聴き方」の提示に成功しているように思う。

 それはロニー・ホーリー自身も認めているようで、再度彼のペンによるライナー・ノーツを引用すると「〈ダスト・トゥ・デジタル〉のコンセプトには何かがある。ほとんど聖書的であるが、それは声である。デジタル・サウンドで人々を人間がかつて通ってきた場所へ連れ戻し、そしてその物語を思い起こさせるのだ。私にとって〈ダスト・トゥ・デジタル〉におけるもっとも大切なことは、これらが物語であり、聴かれるよう意図され、音楽をどうとらえるかについて我々はその考え方を変える必要がある、ということである」と書いている。
 あらためて考えると「塵芥、デジタルへ」というレーベル名も示唆的だし、そのダストに土や地面、死体や遺骨の意味もあることを考えると......。

 とまれ、これまで過去の音源復刻とそのコンパイリング/パッケージングに努めてきた〈ダスト・トゥ・デジタル〉にあって、このロニー・ホーリーが唯一の「現役」アーティストだということを考え合わせると、本作『ジャスト・ビフォア・ミュージック』は、これまでその美意識や懐古趣味、幻想性で隠されてきた同レーベルの、実は胸の奥にたぎっていた生きた闘争心の声明でもあるのではないかと、そんな勘ぐりをして僕は嬉しくなっていたりする。彼らは何も趣味のよい特殊仕様専門レーベルなんかじゃない。むしろ、ハリー・スミスの『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』に込められていたような得体の知れなさや魔法、呪い、神秘主義、反骨精神といったような、ある種危険な思想を受け継いでいるのではないか、と。

 そして、その声明の文面は、たとえばいくつかユーチューブに上がっているロニー・ホーリーの空き地に山と積まれた廃品に紛れた看板上で発見することができる。彼は予言者よろしく既にこんな言葉をそこに書き殴っていたのである。「ART IS LIFE, DON'T KILL IT」。「アートは生命、殺すな」と。
 つまり、ロニー・ホーリーは精霊自身ではなく、いわば精霊たちの守護神である。そして彼は今日も廃品置き場の脇で何ごとか、呪文のようなそれを口走っているのだろう。アラバマの太陽が彼を照りつけ、周りを精霊が飛び回っている。

「ぼく自身はあのプロダクションにすごく惹かれるんだよね。あと、あの時代の音楽には、すごく純粋な感触がある気がする。ある意味すっごくシリアスなんだけど、同時にシリアスでもないっていう。」ジャック・テイタム(本誌インタヴューより


Wild Nothing -
Empty Estate

Captured Tracks / よしもとアール・アンド・シー

amazon iTunes

エイティーズのUKインディ・ロックへの思慕をあふれさせた美しい2枚のアルバムにつづき、ワイルド・ナッシングことジャック・テイタムからささやかな音の贈り物が届けられた。ミニ・アルバム『エンプティ・エステイト』は5月15日リリース。終わらない夢のつづきを、この10曲とともにたどってみよう。"ア・ダンシング・シェル"ではディスコ色が加味され、エール・フランスからメモリー・テープス、パッション・ピットまで想起させる涼しげなダンス・ビートが感じられるが、それでも依然として彼の夜はプール・サイドやクラブにはない。前作ののちにブルックリンに移り住んではいるが、それはいまだ、どこかジョージアあたりの田舎の家屋の、静かな窓のなかにある。

Wild Nothing "A Dancing Shell"


3月15日に行われた初来日公演もソールド・アウト!

米ヴァージニア州出身のドリーム・ポップ/シューゲイズ・バンド、ワイルド・ナッシングのミニ・アルバム『エンプティ・エステイト』のリリースが決定!!

3月15日に行われた初来日公演もソールド・アウト。ここ日本でも大きな注目を浴びる米ヴァージニア州出身のドリーム・ポップ/シューゲイズ・バンド、ワイルド・ナッシング。昨年の8月(日本は9月)にリリースされ、iTunesの「2012年ベスト・オルタナティヴ・アルバム」も獲得した傑作セカンド・アルバム『ノクターン』に続き、全10曲入り(日本盤ボーナス・トラック含む)ミニ・アルバム『エンプティ・エステイト』のリリースが決定。日本盤のみミシェル・ウィリアムズ(『マリリン 7日間の恋』『ブルーバレンタイン』『ブロークバック・マウンテン』)をフィーチャリングした「パラダイス」の別ヴァージョン他、ボーナス・トラックを3曲追加収録。

■ワイルド・ナッシング『エンプティ・エステイト』
Wild Nothing / Empty Estate
2013.05.15 ON SALE!
¥1,400 (税込) / ¥1,333 (税抜)
歌詞/対訳付
★日本盤ボーナス・トラック3曲収録★

[収録曲目]
01. The Body In Rainfall / ザ・ボディ・イン・レインフォール
02. Ocean Repeating (Big-eyed Girl) / オーシャン・リピーティング(ビッグ・アイド・ガール)
03. On Guyot / オン・ギヨー
04. Ride / ライド
05. Data World / データ・ワールド
06. A Dancing Shell / ア・ダンシング・シェル
07. Hachiko / ハチ公
08. Paradise (Radio Edit) / パラダイス(レディオ・エディット)*
09. Paradise (featuring Michelle Williams) / パラダイス(フィーチャリング・ミシェル・ウィリアムズ)*
10. Paradise (Setec Astronomy Remix) / パラダイス(セテック・アストロノミー・リミックス)*
* 日本盤ボーナス・トラック
All songs written and produced by Jack Tatum (ASCAP)

[バイオグラフィー]
ワイルド・ナッシングはアメリカのポップ・バンドだ。ただ、バンドと言ってもジャック・テイタムしか在籍していないワンマン・バンドである。2010年、21歳のテイタムはヴァージニアのブラックスバーグの大学の最終学年に籍をおいていた。そしてこの年の春にリリースされたのが、ワイルド・ナッシングのデビュー・アルバム『ジェミニ』である。このアルバムは2010年の夏のカルト・ポップ・レコードとなった。80年代のインディ・ポップをルーツに持つこの作品は、インターネットを通して瞬く間に人気を獲得することになり、評論家からも極めて高い評価を獲得した。2011年、テイタムはセカンド・アルバム『ノクターン』の制作を開始。「僕の理想世界の中でポップ・ミュージックは何だったのか、またどうあるべきなのか、といった感覚を表現したアルバムだ」と彼自身が語るこのニュー・アルバムは、まさにテイタムのポップ・ミュージックに対してのヴィジョンが詰め込まれた傑作となった。アルバムは、iTunesの「2012年ベスト・オルタナティヴ・アルバム」も獲得し、2013年3月に行われた初来日公演もソールド・アウトとなった。

※日本オフィシャル・サイト: www.bignothing.net/wildnothing.html


Babe,Terror - ele-king

 TPP恐怖症というのもヒドい煽り方だけど、そのように言われてしまうネトウヨ経済学もアジアの経済圏といって韓国と中国しか意識に上らないのはさらに情けない。リュック・ベッソンがアウン・サン・スーチーの映画を撮るのも、ミャンマーが新たな経済圏に加わったからだというのは自明の理だし、そこまでジオメトリカル音痴になられてしまうと、ウォシャウスキー姉弟が「いまの日本は内向きすぎて、韓国みたいに映画の舞台にはできない」といったコメントがなかなか重く感じられてしまいますw。

 TPPに関しては、どっちの主張も読むにたえなくなってきた昨今、しかし、関税を撤廃した際、そのときに減る税収がどれぐらいになるのかという試算はいまのところ目にした覚えがない(中野剛志はWTOの機能不全とともにそれを言えばよかったのではw)。元々、日本の関税率は大して高くないから、平均で考えれば「税収が減る」というほどのイッシューにはならないということなのか、とはいえ、アメリカとの取引量がそんなに少ないとも思えないので(だから騒いでるんですよね?)、やっぱ、税収が落ちた分は消費税のさらなる値上げとか、そういうところに跳ね返ってくるという気がしてしょうがない。最初に参加を表明した管直人は法人税の引き下げも提案していたから、輸出がネオリベの期待通り、それなりに活発になったとしても、法人税で減収分を補うという選択肢も封じられているわけだし......(むしろ自民党の方がそれはやりそうだもんね。つーか、そういうイメージしかないしー)。ちなみに遺伝子組み換え食品の輸入を最初に認可したのも管直人(当時厚生大臣)でした(モンサントから何かもらってる?)。

 基本的にはどっちでもいいんだけど、もうひとつTPPに腰がひけてしまう要素があって、日本がいま、貿易量を増やした方がいいと言われている国々がどこも交渉にさえ参加していないことである。TPPが発効されるかもしれない10年後のことはさすがにまだわからないとしても、DJマユリが事実上、移住してしまったインドネシアはもちろん、やはりブラジルの名前が見当たらないのはかなりマイナスではないかと。ブルネイやチリに魅力がないといっているわけではないけれどw、日本中が免税店のようになってしまった場合、アメリカやカナダはもう充分なので、インドネシアの〈ワハナ〉やブラジルのアンダーグラウンド・ミュージックをもっと買いやすくしてほしいわけですねw。

 「ガーディアン」に寄せられたアラン・マッギーの投稿によると(09年3/24)、サン・パウロに住むベイブ、テラーことクロウディオ・ジンキエルの音源は彼本人からEメールでダウンロードのコードが送られてきたという。そして、それに魅了された人たちは「ピッチフォーク」をはじめ、それなりの数に上り、まずはイロール・アルカンがファースト・アルバム『ウィークエンド』から「サマータイム・アワ・リーグ」と「アヴァイ(ポルトガル語でハワイのこと)」をライセンスしてリミックス・カット。とくに前者はフォー・テットによるブロークン・スタイルが好評を博し、ベイブ、テラーの知名度は一気に上昇する。しかし、元々の『ウィークエンド』は聴いての通り、和声やコラージュを基本とした実験的な内容のアルバムで、いわゆるダンス・レコードからはかなりかけ離れたものだった。アラン・マッギーも前述の投稿で『ウィークエンド』からは60~70年代にブラジルで巻き起こったトロピカリズモ(トロピカリア)の余波を聴き取ることができると続け、それがデヴィッド・バーンによって90年代に受け継がれたムーヴメントであることにも触れながら、ベイブ、テラーをその系譜に位置づけるというものであった。ダンス・カルチャーでの知名度はつまり、2枚のシングルがヒットした時点では横道に逸れたものとも言えたのである。

 シューゲイザーっぽさを加えたセカンド・アルバム『プリペアリング・ア・ヴォイス・トゥ・ミート・ザ・ピープル・カミング』は、そして、全体的にダークになっていることでイギリスとの距離が近くなっていることを印象づける部分はあったものの、本質的な世界観に大きな変化はなかったものが、昨年、リリースされた『ナイツEP』はその延長線上にあったものがハイプ・ウイリアムスと重なっていることに気づかされる側面が多分に含まれるものとなっていた。ビートがプラスされただけでクラブ・ミュージックになったとはさすがに言わないけれど、僕にはトロピカリズモの断片を探すことさえもはや不可能で、むしろトリップ・ミュージックとしての完成度が高まっているのである。ジンキエル自身はそれをウロング・ダンス・ミュージックと呼んでいる。間違ったダンス・ミュージックだと。

 ジンキエルが送ったEメールに(強く)反応したのがアラン・マッギーやイロール・アルカンといったイギリス人たちでなければどうなっていたのだろうとは思う。しかし、ジンキエルはつまるところイギリス流のダンス・ミュージックに目覚めてしまった。それは間違いない。彼がベイブ、テラーの頭文字にUを足して、新たにBTUという名義でリリースした「ウイズアウト・アーマー(=武器のない)」はリズムやコーラスなど主要な部分はすべて逆回しで押し切ってしまうなど、「ナイツEP」をさらにダイナミックに応用させたものであり、ザラつくテクスチャーに浮かれた音の断片が降っては湧き、過剰なアトモスフェリックを巧みに操ってきた彼の資質が新たなスタイルにもうまく噛み合っていることを印象付けてやまない。期待のフリックステイラーズがメキシコのダフト・パンクになり損ねたことを思うと、ジンキエルは少なくともブラジルのハイプ・ウイリアムズにはなれたようだし、まだもう少し遠くを狙えるかもしれないと(メキシコはちなみにTPPの交渉に参加を表明)。

 ダンス・ミュージックはBTUの名義に預けたということなのか、それとも単に未発表曲を集めただけなのか、大学のバスケットボールに捧げられたベイブ、テラーのサード・アルバム『大学激突』はビートらしきものもフルに取り入れながら、イギリスを意識しないとこうなるということなのだろう、再び何がしたいのかさっぱりわからない地点へと立ち戻っている。これまでのことを考えると、これはポテンシャルとも言い換えられるし、アラン・マッギーが言うようにトロピカリズモがこじれたものと見なす視点もけして悪くはない。もっといえば、以前のアルバムよりもむしろ整合性のようなものは失われているし、どこかアンビエント・ミュージックのフォーマットを壊しはじめた時期のティム・ヘッカーを想起させるものがある。BTUでひとつの方向性が明確になってきたときに、そこに収束してしまうわけではなく、新たにこれだけ可能性の翼を広げようとする無謀さ。カセット・テープでいうと、B面に反してからのファンタジックな響きに僕はかなりやられている。エンディングは「ブライトン・ストーン・ピッチャーズ」ですよ、ブレイディみかこさん!(かつて僕はあなたのブログを読んでいて映画『アメリカン・スプレンダー』のことを知ったのでした。)

interview with Deerhunter - ele-king


Deerhunter - Monomania
4AD/ホステス

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 ディアハンターの新譜がリリースされた。タイトル・トラックでもある"モノマニア"は、20世紀初頭に活躍したアメリカの怪奇小説作家H.P.ラヴクラフトの『霊廟』にインスパイアされた曲だという。屋敷の裏に広がる暗鬱な森に閉ざされた古い霊廟と、そこに祀られている一族の呪わしい最期について、異常な関心を抱いて執着していく少年の物語。取り憑かれるかに毎夜屋敷を抜け出し、やがて霊廟を眺めながらそのかたわらに眠るようにさえなった彼は、ついに鍵を手に入れ、なかへと足を踏み入れる。するとそこにはたくさんの棺にまじって自分の名の書かれた空の棺が安置されている。彼は思いを遂げるかにように歓喜と満足とをもって身を横たえる......。その後しばらく、彼は棺のなかでの時間に安寧を得るのだが、亡霊たちとの蜜月は長くはつづかず、最終的には家族や村人たちによってとらえられ、精神異常者として療養と幽閉を余儀なくされてしまう。

 この話と、バンドの中心であるブラッドフォード・コックスとのつながりはとても腑に落ちるものだった。筆者には、ブラッドフォードという人間もまた、つねに自らの棺を求めて歩き回っているように見えるからだ。

「その通りだよ。もしかするとそれほどダークなものではないかもしれないけど......棺桶ではないかもしれないけどね。でもなにか、それはそうだと思う。」

 『モノマニア』はディアハンターとしては5枚めのアルバムだ。そもそもはシューゲイズとも紹介され、サイケデリックなノイズ・ロック・バンドという佇まいだったが、メディアの注目を集めた『クリプトグラムス』(2007年)と、出世作といえる翌年の『マイクロキャッスルズ』とのあいだにひとつの転換点があった。平たく言って歌やメロディに比重が置かれるようになり、サウンドもアンサンブルもまどろむようなアンビエンスをそなえ、〈4AD〉への移籍が印象づけられた。それはアニマル・コレクティヴに端を発し、やがてチルウェイヴにまで接続していくことになるドリーミー・サイケのムード――2000年代中盤以降のシーンの様相を決定的に特徴づけた流れでもある――とも並走して、シーンに鮮やかな存在感を刻みつけることになる。多作なブラッドフォードだが、まさにそのクリエイティヴィティが全開となったところに、時代の機運もめぐりあわせた瞬間だったのだろう。この間の作風が伸びきって、ひとつの区切りをつけるかに見えたのが前作『ハルシオン・ダイジェスト』。さて次はどうなるのか......今作はなんとなく気分を入れ替えるような転換があるのではないかというタイミングでのリリースだ。

もちろん、この10年における最重要バンドのひとつとして彼らの評価を不動のものにしているのは、その単独性である。タグのつかない存在といえばよいだろうか。特定のジャンルにもスタイルにも人脈にも干渉されず、彼ら自身の原理に準拠するという在りかた。同年のブラッドフォードによるソロ・アルバムも、その理解の補助線となるかもしれない(アトラス・サウンド『レット・ザ・ブラインド・リード・ドーズ・フー・キャン・シー・バット・キャンノット・フィール』2008年)。モードをつかんでいるようでいて、その実まったくそれらに干渉されない......干渉されるスキもない音楽の在りかたが見えてくる。そこにはけっして普遍化されない種類の、彼にしか問えない固有の問いがある。

いまの時代のなかで自分たちがヒーローになりたいというわけではないんだけど、失われたもの、過去にあったおもしろいものを取り戻したいという思いはあって、そういう存在ではいたいよ。(ブラッドフォード・コックス)

「僕には大切なキャラクターがいて、それはジョーイ・ラモーンとかパティ・スミスとかロックンロールのアーティストなんだけど、(中略)いまいったような人たちはすごくつまらないところから脱出できた人たちだよ。マッチョイズムからもね。僕はすごく苦い人間なのに、みんなはセックスとかアルコールとかダンスだとかを求めてる。クソ・マッチョイズムというほかないよ。」

 これは筆者が1年前に行った本誌インタヴューからの引用だが、ブラッドフォードのなかにはこうした「つまらないところから脱出できた」単独者たちへのリスペクトとともに、音においても古いロックンロールへの憧憬がはっきりと感じられる。多くの曲から、パンクやガレージのフォームを透過してロイ・オービンソンやジョン・リー・フッカーが聴こえてくるし、ルー・リードやマーク・ボラン、グラム・ロックの艶やかさも顔をのぞかせる。ただ、かつてそれらは深い残響やドリーミーなメロディのなかに半身をうずめていたのだったが、この『モノマニア』からはかなりストレートに、ラフでルーズなロックンロールの魅力があふれ出てくる。これは多くの人にとって新鮮だったのではないだろうか。
 だがブラッドフォードのロックに「ご機嫌」はありえない。それがやすやすと手に入れられていたならディアハンターが生まれる理由もなかった。なにしろ墓なのだ。アトラス・サウンドの『パララックス』が出たころ、彼の目にはつめたい、不毛の光景が見えていたという。今作の乾いた音には、そうしたつめたさは含まれていないのだろうか?

「そうだね、"つめたい場所"ということについて言うなら、それは今回の音にもけっこう出ていると思う。怖い、奇妙な気持ちや感覚を表現したアルバムだよ。」

 するとすかさずドラムのモーゼズ・アーチュレタが補足する。結成のときからずっとバンドを支える存在だ。

「50年代のロックンロールをよく聴いていたから、そこから受けるパワーやインスピレーションに導かれていた部分は音の表面にはよく出ていると思う。だけど歌詞はすごくすごく暗いんだ。もしかしたら音もそれに引きずられてもっとダークになっていた可能性はある。グルーヴなんかを保っていられたのはひとえに、そのとき聴いていたロックンロールのおかげだよ。でもドライな、つめたい場所の感覚はかなり出ていて、とてもアンヴィバレントな作品なんだ。」


人気テレビ番組「レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン」出演時の模様

 このアンヴィバレントについては、すぐに映像で確認できるだろう。人気テレビ番組「レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン」出演時の演奏には鬼気迫るものがある。曲目は"モノマニア"。ファズが雄々しくうなる8ビートのロック・ナンバーで、けっしてダークな曲調ではない。しかし画面にはなんともいびつなムードが浮かび上がる。ニューヨーク・ドールズを彷彿させる出で立ちでマイクをつかむブラッドフォードだが、その指が見ていられないほど痛々しい怪我を負っているのだ(おそらくはそうしたいたずら)。笑えない冗談のような迫力は彼の歌にもみなぎっていて、「モノマニア」という言葉をまさにモノマニアックに繰り返しつづけるインプロ・パートに入るころにはそれがひとつの沸点を迎え、ブラッドフォードは突如スタジオを離脱。廊下を抜け、談笑している人の手の紙コップを奪い、それを飲み捨て、エレベーターに乗り込もうとする様子をカメラが追っていく。その間もマイクだけはスタジオの熱したドラミングとロケット・パントの雄弁なソロを拾いつづける......われわれはそこにありありと「つめたい場所」「怖い、奇妙な気持ち」を見るだろう。

 しかし、こんなロック・ヒロイズムが本気でキマってしまうアーティストがいま他にいるだろうか? 彼が古いロックにばかり心をひかれていくのはなぜだろう。ひょっとすると自らにとってヒーローと呼ぶべき存在のいなくなった世界で、自分がそれをやらざるを得ない、自分しかそれをやるものがいないというような孤独な思いが、ブラッドフォードにはあるのだろうか?

「僕のヒーローは父親だね。でも、そうだな、いまの時代のなかで自分たちがヒーローになりたいというわけではないんだけど、失われたもの、過去にあったおもしろいものを取り戻したいという思いはあって、そういう存在ではいたいよ。」

 彼にとって「失われたもの」「過去にあったおもしろいもの」というのはけっしてノスタルジーの産物ではないはずだ。筆者には、彼がロックのコスプレをしているのではなくて、かつてロック・ヒーローが担ったように、そこにたくさんの人が欲望や孤独や悪意を投影できる依り代になろうとしているように見える。

「うん。それがほんとにできたらうれしいよ。本望だ。実際にそういう歌詞もこのアルバムのなかに出てくるんだ。」

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 リリース・インフォには「精神病院で鳴らすための音楽を作りたい」といった発言も記されているが、病めるもの、いたみを知るものへのシンパシーも彼の音楽にとって大きなモチヴェーションだ。『霊廟』の主人公が墓のなかで見たものは、ある意味では現実でもある。彼の感じ方に病名をつけて納得するのは簡単だ。しかし、そうしたものに対する最大限のリスペクトや想像力を持っているのがディアハンターの音楽だと感じる。

「そう。すごくダークなとき、精神的に落ちてるときっていうのは、妄想することで救われたりする。墓のなかの想像も同じで、妄想することはそこから脱出する手段になることがある。」

50年代のロックンロールをよく聴いていたから、そこから受けるパワーやインスピレーションに導かれていた部分は音の表面にはよく出ていると思う。だけどドライな、つめたい場所の感覚はかなり出ていて、とてもアンヴィバレントな作品なんだ。(モーゼズ・アーチュレタ)


Deerhunter - Monomania
4AD/ホステス

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 妄想ということがドリーミーという感覚に短絡するわけではないが、彼らの甘くただれたような音像、深すぎるリヴァーブやディレイによる音の彩色は、その大部分がギターのロケットによるものである。それは彼のロータス・プラザ名義でのソロ2作から明瞭に聴き取ることができるし、アトラス・サウンドから引き算されている部分でもある。すでにシーンはこうした残響とヒプナゴジックの時代を通り抜けつつあるが、そうした影響もあるのかどうか、今作ではロケットのドリーム感はやや後退している。『モノマニア』における自身の役割についてロケットはどのように考えているのだろうか。

「ディアハンターの場合は曲ごとに自分の役割がぜんぜん違っていて、たとえば"レザー・ジャケットII"とそれにつづく曲でもまったく違うんだ。"モノマニア"なんかでは、ぼくのパートだけでひとつのムードを作り出したりできていると思う。」

 そう、とくにギター・ソロに顕著だが、外の世界を遮断するバリアのように機能していた彼の優しい音の幕は、突如その境界を押し広げ突き破るように動きはじめた。今作の音の変化はロケットの変化でもある。ブラッドフォードはある意味ではつねに変わらない。アーチュレタも、そこは強く意識している。

「ぼくは性質的にきちっとストラクチャーを立てるタイプというか。部分部分をきちんと決めていくのが好きなんだ。けどブラッドフォードっていうのはぜんぜん真逆だから、いっしょに音楽を作っていく上で、そこの違いがバンドにまた新たな方向性を生んでくれるんじゃないかと思う。役割とは言えないかもしれないけど、その違いを大事にしたいなと感じるよ。いつもの自分なら取らないような行動を、このバンドは引き出してくれる。みんなのことを信用しているからだと思うけど、そういう部分でリスクや挑戦をしてみようと思える場所だね。」

 それぞれに違う世界と方法を持ちながら、その内ふたりについてはソロも充実しながら、しかしぴったりと寄り添うようにいる。ディアハンターとは彼らにとってまるで場所の名のようだ。

「家族みたいなものだからね。いっしょにいる理由を問うという感じじゃないんだ。ディアハンターをやってないことなんて想像できなくて、これを家みたいなものだとするなら、逆にアトラス・サウンドは旅行って言ってもいい。ロケットもそうじゃない?」

 そう問いかけるブラッドフォードに、

「他のバンドに参加してるときに思ったんだけど、ディアハンターでは、話さなくても意思の疎通ができるんだ。以心伝心というか、だいたいすべてわかりあってる。ほんとに家族みたいな存在だよ。」

 とロケットが答える。なぜ音楽をやっているのかという問いを向けても、おそらくは同じような答えが帰ってくるだろう。それは家に帰るくらいあたりまえのことだと。ディアハンターの音楽の偉大さは、新しさにこだわらない、ある意味ではつねに外界の思惑とは無関係な活動をつづけながら、どうしてか、どうしても時代性と結ばれていってしまうところだ。そのダイナミズムがこんなにスモールな関係性から生まれているということに、われわれは勇気を与えられる。自分たちだけの夢と妄想の世界は、それを徹底して見つめさえすれば、世界につながるのだ......ジャケットの赤いネオンは、彼らの「霊廟」の墓碑銘である。死んでしまったものではない。それは生きて見つめるための墓、偏執狂的な生の名前なのではないだろうか。

AOKI takamasa - ele-king


AOKI takamasa
RV8

raster-noton / p*dis

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 昨年イギリス人から「タカマサ・アオキって知ってる?」と訊かれ、スイスの〈Svakt〉から「君がタカマサ・アオキについて書いた原稿を見せてくれる?」とメールされ、AOKI takamasa(青木孝允)は、外国人から教えられる日本人アーティストは少なくないが、いまやその代表のようだ。彼、そしてコーヘイ・マツナガ(NHK)の欧州での知名度、評価、人気は、ここ最近のエレクトロニック・ミュージックのシーンにおいてちょっと抜けているように思える。

 先日、〈Svakt〉レーベルから12インチを発表したばかりの彼の4年ぶりのアルバム『RV8』がベルリンの〈ラスター・ノートン〉から5月9日にリリースされる。これこそ、ダンス・ミュージックと実験音楽との見事な交錯だと言えよう。実に多彩なリズム、そしてさまざまなコードが自在に、巧妙に変化していく。最小の音数による大きな空間では、小さな工夫がたくさん待っている。耳と身体と想像力が突かれる。ele-kingでも、5月の下旬には、彼のインタヴューを掲載する予定ですが、リリースは5月9日なので!

 さらにまた、5月14日から5月18日まで、恵比寿リキッドルームの2階にあるKATAにて、AOKI takamasaとデザイナーのMAAとのデザイン・プロジェクト、〈A.M.〉の展示会が開かれる。開催中は、彼らの作品の展示のみならず、Tシャツの販売もあり。また、5月17日には、同所でアルバム『RV8』のリリース・パーティが開催される。
 日程 : 2013.05.14(火) -18(土)
 open15:00-21:30
 入場無料 ※17日は有料イベントあり

BEATS RHYTHM groove MNML


AOKI takamasa new album "RV8" release party

LIVE : AOKI takamasa, DJ : MAA
日程 : 2013.05.17(金)
open/start 20:00
料金 : フライヤー呈示 1000円 当日1500円 ドリンク代別


■以下、送られてきたプロフィールです。

AOKI takamasa

1976年生まれ、大阪府出身。自身にとってのファースト・アルバム「SILICOM」をリリースして以来、自らの方法論を常に冷静に見つめ続け、独自の音楽表現の領域を力強く押し拡げる気鋭のアーティスト。2004年~2011年はヨーロッパを拠点に制作活動、世界各国でのライブ活動を行い、国際的に非常に高い評価を受けている。2011年に帰国し、現在は大阪在住。これまでにPROGRESSIVE FOrM、op.disc、fatcat、raster-noton、commmons等、国内外の人気レーベルからのソロ作品や、過去には高木正勝とのユニットSILICOM、Tujiko Norikoとのコラボレーション・アルバムもリリース。また、坂本龍一、半野喜弘、サカナクション等のリミックスやエンジニアとしてACO、BUN / Fumitake Tamuraらのミックスも手掛けている。音楽活動の他、写真家としても精力的に活動中。また、2013年よりグラフィックデザイナーMAAとのハイブリッドデザインプロジェクト 『A.M.』を始動。

MAA

2008年より本格的なDJ活動を開始し、すでに東京のアンダーグラウンドなテクノ・パーティの数々でプレイを重ねている。 タイトで重心低めのグルーヴを持ったミニマルなテクノを中心に選曲。 そのプレイには長年のリアルなパーティ体験で培われた揺るぎない感性が息づく。グラフィックデザイナーとしての活躍も目覚ましく、これまでにAOKI takamasa / RADIQ / Yoshihiro HANNO / FUMIYA TANAKAなどのアルバム、12インチのアート・ワーク等を数多く担当。また、大阪難波CLUB ROCKETSにて行なわれていた名パーティi like.をはじめ、dance rodriguez / Lr / dj masda主宰CABARET @UNIT TOKYO / 半野喜弘主宰I WANT YOUなどのパーティフライヤーデザインを長きにわたって手がけている。2013年よりAOKI takamasa とハイブリッド・デザイン・プロジェクト 『A.M.』が始動。

KATA
https://www.kata-gallery.net


大森靖子 - ele-king

 いまどき、これほどまでに音楽、音楽、音楽と、音楽そのものへの言及に執念を見せていることにまず、驚いた。『魔法が使えないなら死にたい』という捨てゼリフのような、児女のワガママのようなスローガン。だが、これを読んだだけでこの女性歌手が何者であるかがわかる、気がする。そして、ゼロ年代初頭に巨大なバズを引き起こした某ヒット作のパロディ、というかコラ画像のようなジャケット・アート、これを見ただけで彼女がいつくらいの時期にはちきれそうな実存不安と戦っていたかがわかる、気がする。

 彼女の歌は、歌い手のアイデンティティや性愛の問題に拘束されているようなイメージを漂わせつつ、実際はそうではない。例えば、"音楽を捨てよ、そして音楽へ"は、イントロでこだまさせた自らの声で「愛してるよ、愛してるよ、愛してるよ、愛してるよ、愛してるよ......」とメンヘラっぽさを装い、中盤のブレイクではわざわざ「悪口」のクレジットを割き、自分あてのどぎつい陰口を吹き込むが、その後の言葉の分裂的な移り変わりは、そこに飛びついたリスナーを翻弄するようで面白い。
 放射能、風営法、握手会といった検索タグめいた言葉をばら撒き(これはEP『PINK』にはなかった視点だ)、沸騰しない学校生活における人間関係の微妙な空気感をフラッシュバックさせ(初期の綿矢りさをリアルタイムで読んでいたのではないか)、さらにはポップ・ミュージックの現実的なコストと実際的な効力を冷静に見つめるような視線が、やみくもにタコ足配線されたかコードのように繋がり、複雑に絡み合っているのだ。
 それでも、この混乱(かく乱)ぶりそのものは必ずしも彼女の本質ではないはずだと、例えば"最終公演"を聴けばわかる。アコースティック・ギターと喉に強い負荷をかけながら、彼女は自分に巣食う空洞をめり込んでしまうほどに覗き込む。そこから聴き直す"音楽を捨てよ、そして音楽へ"の「音楽は魔法ではない」というシニカルな、そして脅迫的なリフレインは、むしろ「音楽を信じさせろ」と歌っているようにしか聞こえない。そう、誰のパロディでもない大森靖子がそこにいる。

 ところで『魔法が使えないなら死にたい』の前半部は、音楽的に言えばほぼオムニバスである。導入となる"KITTY'S BLUES"の丁寧なピアノ・アレンジは、是枝裕和の監督作品のバックグラウンドで流れていてもよさそうな端整なプロダクションで、「毎日は手作りだよね」というパンチ・ラインに痺れる"ハンドメイドホーム"は軽快なカントリー・ポップに仕上げた。"音楽を捨てよ、そして音楽へ"や、続く"新宿"もそうだが、これらの異様にお茶目で、児童ポップめいた打ち込みのアレンジは、言葉との非対称ぶりがグロテスクでさえある。この異質さは、椎名林檎を聴くときの相乗的な過剰さよりは、マジカル・パワー・マコの"フレッシュ・ベジタブル"を聴くときの居心地の悪さに似ている。
 これは捉え方によるが、アコースティック・バラード"背中のジッパー"以降のアルバム後半部で、彼女は装飾を捨て、普遍的なポップスの領域に接近する。基本は歌とギターの弾き語り。先達の名前を列挙したい人はすればいい。僕はそれよりも、ゲスト参加しているインディ音楽家の意外な面々に驚かされていよう。何もないところに集まるメンツではない。自撮り風のPVもおそらくはカモフラージュで、実質的な表題曲、"魔法が使えないなら"における捨て身の絶唱は、音楽に賭けたコストを金銭以外で回収できないのが悔しい、とでも言っているようじゃないか。

 プロフィールには1987年生まれとある。本作発売を記念したツアー・ファイナルのフライヤーを見て1986年生まれの僕が想起したのは、出会い系サイトの広告、あるいはゼロ年代初頭におけるインターネット・コミュニケーション――前略プロフやスター・ビーチ――の原体験だ。彼女は自傷さえをも望むように、ツイッターやフェイスブックには決して投稿されることのない、僕らの世代のそうした記憶の所在を臭わす。
 ギャルでもコンサバでもロハスでもなく――それでも何かしらのプレッシャーを感じながら女を生きさせられる自分。標準化されたモデルなんてないハズなのに、一様に「女の子」として見られてしまうことのストレス。友人がフェイスブックにアップする育児の写真を見てウンザリしない人間などいないだろう。ましてや「イイね!」ボタンが大量にプッシュされているのを見てしまっては......。それに「こじらせ女子」だなんて名前を付ければ、少しはラクになれるのだろうか?
 大森靖子は、決して自分を慰めない。どれほど過去が黒歴史にまみれていようが、この、たったいまをどう生きるか、そこだけに意識が行っている。そう、『魔法が使えないなら死にたい』はいま、もっとも往生際の悪いブルースだ。もちろん、これが気合の空回りで終わるか、処女作ゆえの潔癖の覚悟として振り返られるかは、彼女の今後を追いかけなければわからない。現時点で蛇足するなら、数年後、彼女は椎名林檎よりは七尾旅人に近い存在になっているんじゃないかと思った。取り急ぎいまは、この切実で、ある意味グロテスクな、こじらせ上等のマジカル・ミュージックをどうぞ。

Blanche Blanche Blanche - ele-king

 定額配信戦国時代と呼ばれる昨今だが、配信音楽の時代の病理はけっして「配信」にあるのではなくて、この「定額」の方にかくれているのではないかと思う。先日、新しい音の情報を追うのに忙しすぎて原稿を書く時間がなくなったという人の話をきいたとき、まるでイソップだとみんなで笑ったが、冗談ではないのだ。音がありすぎる......。インターネットがおのおのの観察すべき範囲をほとんど無限にしたことは、音の大海原で自由に宝を探し回る能動的な主体を可能にした一方で、あてどもない波間に、自らが聴くべき限界を引きつづけなければならないという消耗をもたらしたのだとも言える。配信音楽における「定額」は、その波間に浮かぶブイのひとつだ。お得という以上に、われわれに限界を与えてくれる。100万曲であれ200万曲であれ、そこに囲い込まれれば、このなかで聴いていればいいというほどよい宇宙が広がる。原理的にわれわれを無限から解放するサーヴィス、それが「定額」のもうひとつの姿かもしれない。ここには「定額」の範囲だから聴く、というひとつの転倒もふくまれている。

 他方で、アナログ・フォーマットしか持たないことでこの無限のステージへ乗らないという、護身的な選択をする人たちもいる。もちろん、ネット通販をしていたり、誰かが音源を変換してウェブにアップされるということもあるけれども、配信をせず、CDも作らない人たちのなかには、単なるアナログ趣味や音質の問題を超えて、この無限との対峙を意図しているように感じられるものがある。フランスの男女デュオ、ブランシュ・ブランシュ・ブランシュも、筆者にとってそう感じられるアーティストのひとつだ。というか、『パパス・プルーフ』の方のリリース元〈ラ・スタシオン・ラダール〉自体がそうしたレーベルである。エラ・オーリンズやダーティー・ビーチズをリリースするこのフランスのレーベルは、ノスタルジーというにはあまりにつめたい、墓の底から掘り返されたブロンズのような音を、じつにうやうやしく、絹地にくるむようにして提示してくる。亡霊のようなサンプリング、残響、歌、そうしたものにまさにフィジカルを与え、世に送り出す。なんというか、多くがダウンロードできそうなシロモノでなく、幽玄にして有限というか、アナログ盤にしか寄り代として適当なかたちを見いだせなかったというような、奇妙な霊性がある。うーん、何かオカルト的だけど本当なんです。だからなんとなく、ここの作品は「チェックしとくべき音源」という範疇を外れていく。音楽的に非常に重要な作品であることは間違いない。しかし呪いのビデオ・テープのようなもので、「あなたの手にわたること」が重要で、そうでなければわれわれの音について語る意味はありません、と向こうから拒否されるような感じがするのだ。無限のなかのいち音源であることから、彼らは降りる。

 『ウッデン・ボール』の方は〈NNAテープス〉から。OPNやドルフィンズ・イントゥ・ザ・フューチャー、ジュリア・ホルターにコ・ラ、ピーキング・ライツなど、アンビエントからダンス、サイケデリック、エクスペリメンタル・ロックにわたって、USアンダーグラウンドの水脈のひとつを確実になぞり出しているテープ・レーベルだ。手持ちのテープ・レコーダーで録音したというようなローファイで粗い録音、気ままで合わせることを知らないシンセ、チープなピアノやピッチの合わないサンプリング、初期アリエル・ピンクのポスト・パンク・ヴァージョンといったところだろうか。そうした音の破片がスキゾフレニックに寄せ集められた1分足らずの短い曲が、タイムスリップしてきたガラクタのように並ぶ。だが、それらはヴェイパーウェイヴが体現するような露悪的な交換可能性――ネット上に転がっているどうでもいい音の集積です、といったコンセプト――に開かれた音ではない。そうした無限を拒絶すべく寸断され、同じものが生まれないように奇怪に縫合されまぶされたマテリアルであって、同じ盤から都度ちがう音が出てくるような錯覚がある。こうした音に触れていると、事実これに出会ったということが重要で、音源の無限に振り回されることもないな、という開き直りというか、腹の括り方ができるから不思議だ。

James Blake - ele-king

 "CMYK"で極端に歪められていたあの声は、ジェイムズ・ブレイクそのひと自身の悲鳴だったのかもしれない......と、いまならそう思う。間違いなく『アントゥルー』期のブリアルを雛形にしていたそのシングルは、かつてのR&Bを亡霊化しダブステップ以降のビートの上で浮遊させることで、トラックの作り手の像をどこまでもぼやかすようであったし、あるいは、素っ気なくアーティスト名が冠されたデビュー作で極端にエフェクトがかけられたその声は、果たしてその主がどこにいるのか聴き手からは見えなかった。その実像を結ばないミステリアスさそのものが「ジェイムズ・ブレイク」という観念であって、それこそが現代に徘徊する過去の音楽の幽霊を自らに憑依させる彼のあり方である......はずだった。だが、大々的な成功を収めたあとのセカンド・フル『オーヴァーグロウン』ではわけが違っている。
 声が裸になっている。それこそがもっともシンプルで、そして最大の変化であるだろう。"リミット・トゥ・ユア・ラヴ"でのファイストのカヴァー、"ア・ケース・オブ・ユー"でのジョニ・ミッチェルのカヴァーという布石はあったにせよ、『オーヴァーグロウン』を一言で言えば、その歌声をより加工のない状態で晒すことによって、観念としてではない、ひとりの表現者としての「ジェイムズ・ブレイク」が立ち現れている作品だ。ダークスター、マウント・キンビーとポスト・ダブステップ時代に登場したスターたちがこぞって歌に向かっていることは興味深い事実だが、真打ジェイムズ・ブレイクの本作に関して言えば、完全にシンガーソングライター・アルバムだと言っていいだろう。

 サウンドそのものは、多くの(デビュー作がヒットしたアーティストの)セカンドと同様、幅を広げて多彩なものとしている。きわめて低いところで鳴るキックにかぶさってくるストリングスがゴージャス感すらある"オーヴァーグロウン"から、重々しいシンセ・ポップ"ライフ・ラウンド・ヒア"、ピアノの弾き語り風に歌い上げられるソウル・ナンバー"DLM"、ブライアン・イーノとの共作でアルバム中もっともヘヴィなビートとベースが聴ける"デジタル・ライオン"、ヒプノティックなハウス・トラック"ヴォワヤー"まで......。それに......ゴスペル、ヒップホップ、それにもちろんダブステップ。しかし、それらすべてをブレイクそのひとの声と、その揺らぎが生み出す物悲しい旋律が繋ぎ止めているために、不思議とアルバムのカラーは恐ろしく統一されているように感じられる。恐ろしく、と書いてしまったのは、それらが過剰なまでに遵守されているように僕には聞こえるからだ。たとえば、ウータン・クランのRZAが参加した"テイク・ア・フォール・フォー・ミー"。彼の声とラップすら「ゲスト」のように思えない。この作品の持つ柔らかなダークネス、重力の揺らぎ、そういったものに取り込まれているかのようだ。
 そう、だから、これは声と姿を隠さないブレイクと密室的に向き合うアルバムだ。主題は愛だという。そういう意味では、よくファルセット・ヴォイスの類似が指摘されるアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズやボン・イヴェールときわめて近い場所に存在していると言える。......が、アントニー・ハガティがハイ・アートやマイノリティ・カルチャーを、ジャスティン・ヴァーノンがアメリカの片田舎の冬の風景を背景に持っているのに対して、ブレイクの後ろには何もない。もはやクラブ・カルチャーを負っているとも言えない。アートワークにあるように、ここにいるのは彼とわたしだけ。そんな場所でこそ、ブレイクの歌は響いている。
 「ふたりは終わりまで向かっている きみと僕とで "トゥ・ザ・ラスト"」......それは、はじめての恋(!)を経験したという彼の個人的な愛の言葉だろうか。出発点はそこだったかもしれない。が、やはり強く孤独感を内包「してしまう」声とメロディでそれが放たれるとき、「きみ」はブレイクの歌をヘッドフォンをして聴いているあなたである。ただ、その声は裸になっているにもかかわらず、言葉と音の抽象性は高く、ここで示されている「愛」を完全に理解することは難しい。姿は見えても、そのいちばん内側にはたどり着けない......。その息苦しさを伴う切なさこそがそして、ジェイムズ・ブレイクを聴くことなのだろう。
 しかしながら"CMYK"の頃は亡霊たちの助けを借りていたが、ブレイクはもはやひとりでここに立っている。やや性急な変化かもしれない、が、「僕は愛せるかもしれない」という"アワ・ラヴ・カムズ・バック"、その美しいソウルの幕切れは感動的ですらある。「ふたりの愛は夜中に突然 戻ってくる」。ジェイムズ・ブレイクが懸命に呼び起こそうとしていた亡霊たちは、彼の願い、そのものであった。

BLACK OPERAって何だ? - ele-king

 予想のつかない未来について書くことほど難儀なことはない。それが紹介であろうとも。いまここで紹介しようとしているイヴェントがまさにそれだ。イヴェント......と言うと軽い。実験だ。実験とは、まだ評価が定まらない領域にチャレンジすることであるから、リスクを伴う。その場を共有するオーディエンスは、その危うく、エネルギッシュで、スリリングな綱渡りを生で体験するわけだから共犯者である。5月2日の夜、渋谷の〈WWW〉でくり広げられるのは壮大なギャンブルである。

 V.I.I.M(https://twitter.com/VIIMproject)と〈ブラック・スモーカー〉(https://twitter.com/BLACKSMOKERREC)がタッグを組んで、なんとオペラを上演する。その名も〈BLACK OPERA〉。「映像を中心とした音楽とパフォーマンスの可能性を開拓すべく開催されてきた、映像作家、rokapenisを中心としたプロジェクト」であるV.I.I.Mと、言わずと知れたアヴァン・ヒップホップ・レーベル〈ブラック・スモーカー〉がさまざまな分野の一流の才能に呼びかけて実現する。

 V.I.I.Mはこれまで渋さ知らズオーケストラやディアフーフとコラボレーションしてきている。首謀者のrokapenisは、いまや〈ブラック・スモーカー〉のパーティ(例えば〈フューチャー・テラー〉との合同パーティ〈BLACKTERROR〉)には欠かせないVJでもある。〈ブラック・スモーカー〉は昨年レーベル15周年(!)を迎え、恵比寿の〈KATA〉(リキッドルームの2階)で〈BLACK GALLERY〉(https://www.blacksmoker.net/blackgallery/ )を開催して大成功を収めた。〈BLACK OPERA〉は、ある意味ではその続編と言えるかもしれない。

 まず出演者をチェックしてほしい。ミュージシャン、ラッパー、デザイナー、ダンサー、映像作家、デコレーター、DJ、造形家、現代美術家、文筆家......彼ら、彼女たちはいったいどこで、何をきっかけに接点を持ったのだろうか。いや、この日はじめて遭遇する演者もいるに違いない。読者のみなさん、もし自分の知らない出演者がいたならば、2人か3人、インターネットか何かでリサーチしてみて欲しい。予習のつもりで。わくわく、うずうずしてくるでしょう。

 シナリオはあるが、シナリオ通りにはいかないだろう。5月2日の夜、わたしたちはGambler's Fallacyのダイナミズムのなかで踊るのである。わたしたちには、輝かしい言葉に彩られた過去のムーヴメントやカルチャーを羨ましがる余裕などない。新たな扉を開くのは、彼らであり、わたしであり、あなただ。いったい全体、これだけ異なる分野の才人、偉人、変人、狂人、巨人たちが集結して、何をしでかすのか。目撃しよう。(二木信)


■V.I.I.M × BLACKSMOKER
BLACK OPERA ver.0.0 《The Gambler's Fallacy》

2013.05.02(thu) @ WWW <https://www-shibuya.jp> (Shibuya)
OPEN 19:30 / START 20:30
adv. 2,800Yen / door 3,000Yen

BLACKSMOKERとV.I.I.Mが贈る異形の祝祭!!!! 
ブラックオペラ!!!!

個々の活動通じて常に最前線の表現者達と手を組んできたBLACKSMOKERが、今回V.I.I.MとWWWとそのネットワークを駆使しオペラ作品を上演します。

唯一無二の音楽家・表現者達と絶対的なスキルのラッパーによるブラックオペラ=異形のオペラ!!

明るい未来の希望よりもいまを生き抜くタフさ、現状を憂うよりも異次元の祝祭を巻き起こす磁場を現場で体験せよ!!

ギャンブラーの誤謬《Gambler's Fallacy》
 ギャンブラーの誤りとは、ある出来事の起きる確率があらかじめ決まっているにもかかわらず、その前後に起きた出来事による影響を受けて、あたかも確率が変化するかのように誤って思い込んでしまうことである。例えば、コイン投げで「3回続けて表が出たので、4回目は裏のほうが出そうだ」といったもの。コイン投げの場合、それまで何回一方の面が連続して出たかにかかわらず、表が出る確率は常に50%である。

music:
山川冬樹
伊東篤宏
大谷能生
KILLER-BONG
JUBE
BABA
RUMI
OMSB(SIMI LAB)
DyyPRIDE(SIMI LAB)
hidenka
千住宗臣
and more

concept/text:
五所純子
大谷能生

art:
河村康輔
KLEPTOMANIAC
R領域
maticlog

dance:
東野祥子
片山真理
メガネ
Tanishq
ケンジル・ビエン

visual:
rokapenis

Opening DJ:
Shhhhh

お問い合わせ:03-5458-7685
〒150-0042東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下
https://www-shibuya.jp

プレイガイド:
チケットぴあ【Pコード:196-916】 https://t.pia.jp/ 電話予約:0570-02-9999
ローソンチケット 【Lコード:74424】 https://l-tike.com/ ※電話予約なし
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