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interview with Deerhunter

interview with Deerhunter

それは墓ですか?

――ディアハンター、インタヴュー

橋元優歩    通訳:大坪純子   Apr 25,2013 UP

Deerhunter - Monomania
4AD/ホステス

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 ディアハンターの新譜がリリースされた。タイトル・トラックでもある"モノマニア"は、20世紀初頭に活躍したアメリカの怪奇小説作家H.P.ラヴクラフトの『霊廟』にインスパイアされた曲だという。屋敷の裏に広がる暗鬱な森に閉ざされた古い霊廟と、そこに祀られている一族の呪わしい最期について、異常な関心を抱いて執着していく少年の物語。取り憑かれるかに毎夜屋敷を抜け出し、やがて霊廟を眺めながらそのかたわらに眠るようにさえなった彼は、ついに鍵を手に入れ、なかへと足を踏み入れる。するとそこにはたくさんの棺にまじって自分の名の書かれた空の棺が安置されている。彼は思いを遂げるかにように歓喜と満足とをもって身を横たえる......。その後しばらく、彼は棺のなかでの時間に安寧を得るのだが、亡霊たちとの蜜月は長くはつづかず、最終的には家族や村人たちによってとらえられ、精神異常者として療養と幽閉を余儀なくされてしまう。

 この話と、バンドの中心であるブラッドフォード・コックスとのつながりはとても腑に落ちるものだった。筆者には、ブラッドフォードという人間もまた、つねに自らの棺を求めて歩き回っているように見えるからだ。

「その通りだよ。もしかするとそれほどダークなものではないかもしれないけど......棺桶ではないかもしれないけどね。でもなにか、それはそうだと思う。」

 『モノマニア』はディアハンターとしては5枚めのアルバムだ。そもそもはシューゲイズとも紹介され、サイケデリックなノイズ・ロック・バンドという佇まいだったが、メディアの注目を集めた『クリプトグラムス』(2007年)と、出世作といえる翌年の『マイクロキャッスルズ』とのあいだにひとつの転換点があった。平たく言って歌やメロディに比重が置かれるようになり、サウンドもアンサンブルもまどろむようなアンビエンスをそなえ、〈4AD〉への移籍が印象づけられた。それはアニマル・コレクティヴに端を発し、やがてチルウェイヴにまで接続していくことになるドリーミー・サイケのムード――2000年代中盤以降のシーンの様相を決定的に特徴づけた流れでもある――とも並走して、シーンに鮮やかな存在感を刻みつけることになる。多作なブラッドフォードだが、まさにそのクリエイティヴィティが全開となったところに、時代の機運もめぐりあわせた瞬間だったのだろう。この間の作風が伸びきって、ひとつの区切りをつけるかに見えたのが前作『ハルシオン・ダイジェスト』。さて次はどうなるのか......今作はなんとなく気分を入れ替えるような転換があるのではないかというタイミングでのリリースだ。

もちろん、この10年における最重要バンドのひとつとして彼らの評価を不動のものにしているのは、その単独性である。タグのつかない存在といえばよいだろうか。特定のジャンルにもスタイルにも人脈にも干渉されず、彼ら自身の原理に準拠するという在りかた。同年のブラッドフォードによるソロ・アルバムも、その理解の補助線となるかもしれない(アトラス・サウンド『レット・ザ・ブラインド・リード・ドーズ・フー・キャン・シー・バット・キャンノット・フィール』2008年)。モードをつかんでいるようでいて、その実まったくそれらに干渉されない......干渉されるスキもない音楽の在りかたが見えてくる。そこにはけっして普遍化されない種類の、彼にしか問えない固有の問いがある。

いまの時代のなかで自分たちがヒーローになりたいというわけではないんだけど、失われたもの、過去にあったおもしろいものを取り戻したいという思いはあって、そういう存在ではいたいよ。(ブラッドフォード・コックス)

「僕には大切なキャラクターがいて、それはジョーイ・ラモーンとかパティ・スミスとかロックンロールのアーティストなんだけど、(中略)いまいったような人たちはすごくつまらないところから脱出できた人たちだよ。マッチョイズムからもね。僕はすごく苦い人間なのに、みんなはセックスとかアルコールとかダンスだとかを求めてる。クソ・マッチョイズムというほかないよ。」

 これは筆者が1年前に行った本誌インタヴューからの引用だが、ブラッドフォードのなかにはこうした「つまらないところから脱出できた」単独者たちへのリスペクトとともに、音においても古いロックンロールへの憧憬がはっきりと感じられる。多くの曲から、パンクやガレージのフォームを透過してロイ・オービンソンやジョン・リー・フッカーが聴こえてくるし、ルー・リードやマーク・ボラン、グラム・ロックの艶やかさも顔をのぞかせる。ただ、かつてそれらは深い残響やドリーミーなメロディのなかに半身をうずめていたのだったが、この『モノマニア』からはかなりストレートに、ラフでルーズなロックンロールの魅力があふれ出てくる。これは多くの人にとって新鮮だったのではないだろうか。
 だがブラッドフォードのロックに「ご機嫌」はありえない。それがやすやすと手に入れられていたならディアハンターが生まれる理由もなかった。なにしろ墓なのだ。アトラス・サウンドの『パララックス』が出たころ、彼の目にはつめたい、不毛の光景が見えていたという。今作の乾いた音には、そうしたつめたさは含まれていないのだろうか?

「そうだね、"つめたい場所"ということについて言うなら、それは今回の音にもけっこう出ていると思う。怖い、奇妙な気持ちや感覚を表現したアルバムだよ。」

 するとすかさずドラムのモーゼズ・アーチュレタが補足する。結成のときからずっとバンドを支える存在だ。

「50年代のロックンロールをよく聴いていたから、そこから受けるパワーやインスピレーションに導かれていた部分は音の表面にはよく出ていると思う。だけど歌詞はすごくすごく暗いんだ。もしかしたら音もそれに引きずられてもっとダークになっていた可能性はある。グルーヴなんかを保っていられたのはひとえに、そのとき聴いていたロックンロールのおかげだよ。でもドライな、つめたい場所の感覚はかなり出ていて、とてもアンヴィバレントな作品なんだ。」


人気テレビ番組「レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン」出演時の模様

 このアンヴィバレントについては、すぐに映像で確認できるだろう。人気テレビ番組「レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン」出演時の演奏には鬼気迫るものがある。曲目は"モノマニア"。ファズが雄々しくうなる8ビートのロック・ナンバーで、けっしてダークな曲調ではない。しかし画面にはなんともいびつなムードが浮かび上がる。ニューヨーク・ドールズを彷彿させる出で立ちでマイクをつかむブラッドフォードだが、その指が見ていられないほど痛々しい怪我を負っているのだ(おそらくはそうしたいたずら)。笑えない冗談のような迫力は彼の歌にもみなぎっていて、「モノマニア」という言葉をまさにモノマニアックに繰り返しつづけるインプロ・パートに入るころにはそれがひとつの沸点を迎え、ブラッドフォードは突如スタジオを離脱。廊下を抜け、談笑している人の手の紙コップを奪い、それを飲み捨て、エレベーターに乗り込もうとする様子をカメラが追っていく。その間もマイクだけはスタジオの熱したドラミングとロケット・パントの雄弁なソロを拾いつづける......われわれはそこにありありと「つめたい場所」「怖い、奇妙な気持ち」を見るだろう。

 しかし、こんなロック・ヒロイズムが本気でキマってしまうアーティストがいま他にいるだろうか? 彼が古いロックにばかり心をひかれていくのはなぜだろう。ひょっとすると自らにとってヒーローと呼ぶべき存在のいなくなった世界で、自分がそれをやらざるを得ない、自分しかそれをやるものがいないというような孤独な思いが、ブラッドフォードにはあるのだろうか?

「僕のヒーローは父親だね。でも、そうだな、いまの時代のなかで自分たちがヒーローになりたいというわけではないんだけど、失われたもの、過去にあったおもしろいものを取り戻したいという思いはあって、そういう存在ではいたいよ。」

 彼にとって「失われたもの」「過去にあったおもしろいもの」というのはけっしてノスタルジーの産物ではないはずだ。筆者には、彼がロックのコスプレをしているのではなくて、かつてロック・ヒーローが担ったように、そこにたくさんの人が欲望や孤独や悪意を投影できる依り代になろうとしているように見える。

「うん。それがほんとにできたらうれしいよ。本望だ。実際にそういう歌詞もこのアルバムのなかに出てくるんだ。」

取材:橋元優歩(2013年4月25日)

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