「Nothing」と一致するもの

YO.AN (HOLE AND HOLLAND) - ele-king

2013年7月24日にHOLE AND HOLLANDよりFUSHIMINGの初ソロEP"HEAVY MOON EP"がリリースされます!以前ALTZ氏のele-king DJチャートにピックアップされた"SELENADE"も収録されています。
https://soundcloud.com/hole-and-holland/sets/fushiming-heavy-moon-ep
リリースパーティーは8/16に渋谷SECOにて開催。
その他MIX、MASTERING作業やスケボーDVDの曲製作、EDIT、自身のソロもマイペースですがやってます。
2013年上半期にプレイし反応良かった曲や印象深い作品をリストしました。

DJ SCHEDULE
7/23 神宮前bonobo
7/27 東高円寺grassroots
8/15 恵比寿bBATICA
8/16 渋谷SECO
8/17~ 三浦BEACH WHISTLE
8/24 静岡EIGHT&TEN
8/31 中野Heavy sick zero
9/17 神宮前bonobo
9/21~23 CHILL MOUNTAIN@大阪

https://soundcloud.com/yoan
https://twitter.com/YOholeAN
https://instagram.com/holeandholland
https://www.hole-and-holland.com/

2013上半期(順不同)


1
FUSHIMING - SELENADE - HOLE AND HOLLAND

2
RAMSEY HERCULES - Disco Morricone - Stereopor Records

3
Grandmaster Flash & Melle Mel - White Lines (Don't Don't Do It) - Sugar Hill Records

4
stim - Blue (Taichi Remix) - Revirth

5
Altz.P - Dodop - Crue-L Records

6
BOTTIN&RODION - ONE FOR ALL - Tin

7
AKIOCHAM - JAMAICA mix - AKIOCHAM.com

8
ASHLEY BEEDLE VS DJ HARVEY - Voices Inside My Head - Bbv

9
Justin V - Version 2 - Keep It Cheap

10
YO.AN - HANG - HOLE AND HOLLAND(promo)

10年たってもなんにもできないよ - ele-king

 四谷にライヴハウスがあるというイメージをお持ちの方はあまり多くないかもしれない。が、じつはいま、都内のライヴハウス事情に詳しい人の間では知る人ぞ知る勢いのある場所がある。それが〈アウトブレイク!〉である。
 構えとしては一見すると普通のロックのライヴハウスである。しかし、このご時世、単なる普通のライヴハウスのままで生き残るのは尋常なことではない。そんななか、店長の佐藤“Boone”学を中心に次々と奇策や珍企画を打ち出して周囲を驚かせたり呆れさせたりしているのがこのお店。

 たとえばライヴハウス史上初の「松屋」とのコラボレーション。ライヴハウスの受付前にあるチケットを隣の松屋に持って行くと生卵or定食ご飯大盛りが無料に!
 酒が旨いのはライヴハウスにとっても重要、ということでキンミヤ焼酎とコラボしたTシャツを制作、見事に完売しそれを記念して〈キンミヤナイト〉も開催して大いに盛り上がったという。
 かと思えば複数ライヴハウスと共同で、お勧めのバンドを集めた試聴機をタワーレコードで展開。また高円寺のヴィレッジ・ヴァンガードでも〈アウトブレイク〉・コーナーを展開と、店の外への展開にも余念が無い。

 もちろんライヴ自体が面白くなければ話にならないが、これまた手を変え品を変え、面白い企画をどんどん打ち出している。遠藤ミチロウとストリッパーの共演。日曜朝5時から11時までという狂った時間帯にバンドやDJ、お笑いに演劇まで詰め込んだ早朝イヴェント。JUKEとGORGEのパーティも定期的に開催。BiS階段発祥の地であり、PV撮影のロケ地になったのも記憶に新しい。

 こうした新しい試みの数々を見ていると、刺激されることが大変多い。

 とまあ、なぜか頼まれてもいないのにお店を持ち上げるようなことを書いてきたが、そんな四谷〈アウトブレイク!〉で今週末行われるライヴをご紹介。10年前からつづく大甲子園というスカムパンク・バンドの10周年企画が、店とがっつり組むかたちで開催される。インセクトタブーと水中、それは苦しいも招かれており、深い夜が期待できる。とくにこの2バンドは、どちらかが好きなら両方気に入る可能性が大ではないだろうか。一見くだらないようで手の込んだ言葉遊びの奥に潜む詩心とポップ・センスというか。大甲子園のメンバー、junne氏のブログには、自身がファンであるとして詳しく紹介されているので、そちらも参照されたい。

 そして今回は前売予約特典として、3バンドの未発表音源を収録したCD-Rがプレゼントされるとのことだ。大甲子園はそのために10年間で初のレコーディングを敢行。その録音も〈アウトブレイク〉で行ったという。これもおもしろい試みで、月1回くらいのペースで平日を終日レコーディングの日とし、料金の代わりに「アウトブレイクで一本ライヴやってね」というアイディアとアーティストへの理解、そしてシーンを耕そうという気概にあふれるサーヴィスだ。店長自らエンジニアを務めてくれる。

 さすがに一流スタジオのような録音は無理なようだが、バンドのことをしっかり理解した上で作業を進めてくれ、メンバーいわく「少なくとも我々にとっては大変やりやすかった。おかげさまでメンバー自ら“くだらねえー”と失笑するような素晴らしい録音ができました」とのこと。

 ライヴハウスについては部分的にネガティヴな議論もされがちな昨今であるが、当たり前の話だけど、面白いことやってるところはちゃんとある。バンドをしっかりサポートし、自らも全力で楽しもうという姿勢には共感しかありません。ということで夏フェスもいいけどライヴハウスも楽しいよ!


大甲子園

insect taboo

水中、それは苦しい


■大甲子園結成10周年記念シリーズ企画
「10年たってもなんにもできないよ」

■日時
8/11(Sun)
19:00 Open / 19:30 Start

■場所
四ツ谷アウトブレイク

■入場料
adv: 2000yen / door: 2500yen(+1drink)

■出演
大甲子園
insect taboo
水中、それは苦しい

■予約方法
メールおよびFacebookで受け付けます。

・メールの場合、タイトルを「8/11予約」として、
氏名
人数
を明記の上、noiz666+juunen(at)gmail.comまで、(at)を@に変えてお送りください。

・Facebookの場合はイヴェントページ(https://www.facebook.com/events/102635429941845/
で「参加」としてください。予約は前日まで受け付けます。



ECD - ele-king

 無地で、品質は最高、カットはシンプル、そしていつまでもすたれないデザイン――。『チープ・シック』(草思社、1977)が称揚したシックな着こなしというのは、「服を第二の肌にする」ということだった。おカネはかけないが、服はこだわって選び、だがそれ自体が目的ではないので、歩いているうちに着ていることさえ忘れてしまおう、と。そしていま、再評価の最中にあるこの素朴な古典は、そうした服装哲学の次の段階として、このように説いている。「つまらない、いっときのファッションには関係なく、静かに、個性的に、自分自身の人生を追うのです。」

TEN YEARS AFTER』と『Don't worry be daddy』に続く三部作めいたECDの新作『The Bridge 明日に架ける橋』にとっても、服(オシャレ)との距離感、音楽それ自体の価値、そして、生活のあり方は重要なキーワードだ。
 ヒップホップにおけるファッションの流行史と、その時々の自分のリアルな反応を回想していく"憧れのニューエラ"は、サッカー・スタジアムの割れる声援のような高揚のムードに煽られ、過去の固有名詞を有意に列挙していくリスト・ソングとしてまず素晴らしいが、さまざまな流行り廃りに流され、やがて「ディッキーズにコンバースに無地TEE」へとたどり着くまでの歴史を通じて、必然的に自らのラッパーとしての立ち位置をも明らかにしていくあたり、唸るほどカッコいい。
 「服を第二の肌にする」――あるいは音楽もそうあるべきだろう。音源のために使えるおカネがもっとあったらいいのに、と思うこともあるが、本当にそれが必要なときに、部屋の棚やiTunesのライブラリーを悠長にひっくり返しているヒマはない。自分にとって第二の肌みたいな音楽があれば、それをサッと手に取り、軽いスニーカーを履いて、ただ自分がいるべき場所へと向かえばいい。時間が余れば本も読めるし、映画も観られる。あなたが望むのならば、デモにも行ける。
 ......と、思いきや、その傍らでECDは、たとえば"NOT SO BAD"のような曲をやる。積みっぱなしの本、買ったきり聴けてないレコード、遠慮もなく押し寄せる日常――「これが生活だ、出した答え」と"今日の残高"で宣言して以来の、いわば「ECD生活編」の最新作だが、日々のやりくりは必ずしも思い通りではないようだ。だがそれは、未練がまったくないと言えばウソになる、というくらいの軽いタッチで、『Don't worry be daddy』にはなかった微笑を誘うユーモアがそこに加えられている。リリックの組み立ては、間違いなくさらに巧くなっている。

 ECDの音楽には、わかりやすい希望もないが、ワザとらしい涙もない。『仁義なき戦い 広島死闘篇』のラストにおける山中正治(北大路欣也)が、どれほど望みを絶たれても決して泣かなかったように。おそらく、「明日」や「未来」という概念が、あらかじめ定められたように希望を騙ってしまう危うさへの残忍な眼差しが、そうさせるのだろう。"俺達に明日は無い"、その凄まじく両義的な精神はいま、"The bridge"と"遠くない未来"という、性格があべこべな双子のような楽曲を生んでいる。
 ソウルフルな序盤から、サイケデリックな(さらにはソフト・ロック的な)展開へとトラックが移植されていく表題曲"The bridge"においてECDが架ける橋は、漠然とした希望と言うよりはもっと暴力的で、ある種の強制力を伴うものだ。いかにも壊れそうな橋だが、否応なしに目の前に準備され、人はそこを渡るしかないし、いちど足をつけたらもう後には戻れない、そういうものとして「明日」は描かれる。それは今日よりも悪いものなのかもしれない、だが僕たちはどうやっても昨日には戻れないのだ。
 あるいはまた、雑誌『ポパイ』に寄稿された、ジョージ・オーウェル(とカレー屋)についてのECDのコラムを読み、なんてブレのない人なんだろう、と思った。そこで、同じくオーウェルを題材にした『remix』のコラムを思い出したのは筆者だけではないだろう――「しかし、家族がいるとそういうわけにはいかない。用心深くなったのは事実だ。それに、先のことを考えると昼間の仕事は60歳になったら辞めなければならないようだし、そうなったら、ビルの清掃員でもやるしかない」(『remix』219号)。
 当時、そのように総括されていた未来図は、図らずも現実のものとなったことが、"遠くない未来"において赤裸々に語られる。だが、文中の「そうなったら、ビルの清掃員でもやるしかない」が、「雇ってくれる原発見つかれば、廃炉作業員として現場」へと差し替えられた"遠くない未来"には、ブラック・ユーモアすれすれの緊張感を突きつけられつつも、小さな希望を僕は見た気がした。

 いろいろな話が混線してきた。が、とにかく、選択肢がありすぎて何も選べないようなときに、サッと手に取るべきもの。僕にとってのECDが、いつの間にかそのような存在になっていたことに気づいたのは、〈Shimokitazawa Indie Fanclub 2013〉でライヴを初めて観たときだった(DJはもちろん、イリシットツボイ)。
 そのダンサブルなトラックがライブでこそ本性を明かす、最高のパーティー・スターター"憧れのニューエラ"、鬱屈した犯罪願望をギンギンに露悪するsoakubeatsとの"ラップごっこはこれでおしまい"、『160OR80』を通じてジューク・カルチャーに捧げられた、ラッパーを振り落すようなバウンス・ビートの"Far from Chicago Beat"にはじまり、音源よりも長めにネタ元のイントロが取られた思わせぶりな"NO LG"、最後は"Wasted Youth"から"大阪で生まれた女"に向かって全力で駆け抜けていくECDは、低いステージの上で強く輝いていた。それはたぶん、僕がこの歳になって初めて観たパンクのライヴでもあった。

 トラップめいた"ラップ最前線"、パンク・ロック"tiolet toilet"、成功という概念にトラウマ的に脅える"ストレステスト"――他にも言及すべき楽曲ばかりだし、アルバムとしても『The Bridge 明日に架ける橋』はECDの代表作たり得る充実ぶりだ。だが、たとえば「傑作」なんていう惰性のような言葉では、それを書いている方が何も満足できないのは何故なのだろう......。
 そう思い、ふと視線を上げる。ここはどこだ? いまは2005年なのか? デジャ・ヴのような政治の狂気が、世間を堂々と闊歩している。以前よりも露骨に、陶酔さえ携えながら。それと対置されたような、労働や疲労による殺気と、謎めいた相変わらずの緩慢さでグロテスクに塗りつぶされた群衆......気づけば、そんなものにさえ慣れてしまいそうになる。
 だが、あのときほど無防備な人間ばかりではない。変わりつつある社会の領域も、確実に存在する。それは本作に託された実感でもある。「26年前には曖昧模糊としたイメージしか持てなかった『1984年』の世界が目の前に蘇った」(『ポパイ』796号)――それは、10年前と変わらない姿で迫りつつあるいまの社会でもあるだろう。流行りの服を体にあてがい、鏡の前でぐずぐずしているヒマなど、やっぱりない。

R.I.P. Mick Farren - ele-king

 去る7月27日、ミック・ファレンが亡くなった。享年69歳。彼のバンド、デヴァイアンツのライヴ中に心臓発作を起して倒れたそうだ。
 ミック・ファレンの音楽はサイケというか、いつでもプレ・パンクのような音楽だった。性格がパンクだったからだろう。
 「ミック・ファレンの業績は音楽だ」とあげる人が多いかもしれないが、ぼく的には音楽シーンにユーモアとアメリカン・コミック、SFを持ってきた人間ということで評価している。
 その辺のことは、彼の著書『アナーキストに煙草』に詳しく書かれているので読んで欲しい。
 そして、それ以上にこの頃、ぼくがミック・ファレンに対して気になっていた事は『アナーキストに煙草』の後半部分である。その部分には彼が『NME』にアメコミと笑いをどう反映していったか書かれているが、それ以上にぼくを惹き付けたのはプレ・パンク、パンク時代の『NME』のジャーナリストたちである。
 この頃のイギリスのロック・ジャーナリストは、各自が押すバンドを擁護するために派閥争いのような喧嘩をしていたというのを聞いていたので、ぼくはこの頃のロック・ジャーナリストが嫌いだったのだが、ミック・ファレンの本を読むとなんか、みんなかっこいいのである。
 この本を読む前に、ぼくはミック・ファレンの弟子のようなニック・ケントの『ザ・ダーク・スタッフ』を読んで、そこで『NME』なんかで原稿を書いていたニック・ケントが自分をもっと磨こうと、レスター・バングスの所に半年丁稚奉公しにいった話が書かれていて、そういうのもかっこいいなと思っていたからかもしれないが。
 イギリスのロック評論の方がずっと上だと思っていたのに、73年頃はアメリカにロック・ジャーナリズムの方が上だったというのは衝撃を受けた。
 でも、そりゃ、そうだよね、『ローリング・ストーン』というインディペンデントの雑誌がロック評論の新しい扉をひらいたわけだから、アメリカの方が上なのは当たり前だ。普通の出版社から発行していた『ミュージカル・エキスプレス』や『メロディ・メイカー』が『ローリング・ストーン』以上のことを出来るわけがない。
 でも、パンク以降はイギリスのロック評論が時代をリードしていくわけだ。その秘密がミック・ファレンの本には書いてあると思う。
 というか、自分はそういう風にして文章を書いてきた。
 自分はロック・フォトグラファーというのはダサイと思っていたんだけど、ロック・ジャーナリストというのはかっこいいかなとこの頃思っていた。そんなやさきにミック・ファレンの死はなかなか考え深いものがあった。


※明日、8月6日火曜日DOMMUNEにて、追悼番組あります。
19:00~21:00 MICK FARREN(THE DEVIANTS)追悼番組!「アナキストに献花を」
~ブリティッシュ・アンダーグラウンド・サイケ・シーンの始祖
出演:松谷健(CAPTAIN TRIP RECORDS)、赤川由紀子(翻訳家)他

Möscow Çlub - ele-king

 サウンドクラウドとバンドキャンプ上に多数の音源をアップロードして国内外で支持を集めていたmöscow çlub(モスクワ・クラブ)は、「インディーゴーゴー」というクラウド・ファンディング・サーヴィスを利用して目標額5000ドルを集め、おそらく日本のロック・バンドとしては初めてプロジェクトを完遂、目的であるアナログLPをリリースした(すみません、僕は後からレコードを買ったので出資していません......)。

 彼らのオフィシャル・ブログバンドキャンプに並ぶジャケット画像、20世紀のポップ・カルチャーからの引用を散りばめた曲名、あるいはブログ「Come-In Come-Out」のインタヴューなどを参照してもらえればわかる通り、モスクワ・クラブは非常にコンセプチュアルなバンドで、厳格なまでにバンドのイメージを統制している。匿名的とまでは言わないものの、個を全面に出すようなことは決してしない。本作『ステーション・M.C.Ç.B.』のジャケット同様、バンドのイメージはじつに不明瞭でところどころに余白が残されており、はっきりとした実像を結ばない。

 インタヴューによれば、バンド名の由来は「ドストエフスキーの『罪と罰』からの影響と、UKでもUSでもない第三世界の不明瞭さ、未知への憧憬・興味」(モスクワ、というかロシアは「第三世界」ではないと思うが......)ということであり、イメージ統制に関しては「熱心なリスナーがバンドキャンプで偶然にアートワークが目に止まり、音を聴いたところ気に入って、それがたまたま日本人だったというようなことになれば素敵だなと。そういうわけで、音とビジュアル以外の情報を発信する必要は無いなと考えました」とのことである。つまり彼らは純粋に音楽(とそれに付随するヴィジュアル)で勝負をしたいのであって、その賭けはクラウド・ファンディングでのプロジェクトの成功という素晴らしい結果を生んでいる。

 ということで、彼らの望みに反して音楽の「外側」の話ばかりしてしまったのであるが、モスクワ・クラブの音楽は80年代の大英帝国産インディ・ロック、セカンド・サマー・オブ・ラブの幻影、ディスコとブラック・コンテンポラリーのグルーヴ、ニュー・ロマンティクス、ノイエ・ドイチェ・ヴェレのミニマリズム等々を飲み込みながら、チルウェイヴのゆったりとした揺らぎにも身を委ねている。"シンキング・オブ・ユー"や"デイジー・ミラー・パート・2"、"ビキニキル"(!)、"レイディオ・ヴェトナム"、"チュー・チュー・トレイン"などはネオアコ風の甘いメロディを携えたローファイなギター・ポップだ。一方、"オープニング・セレモニー"や"レター・フロム・シックス・ガムラン・シンディケイト"、"ファーレンハイト・451"、"パシフィック・724"、"ターン・グルーヴ・サウンズ・オン"といった楽曲は、キラキラと輝くシンセサイザーが舞い踊るグルーヴィでウェルメイドなダンス・ミュージック。〈コズ・ミー・ペイン〉の連中同様、この憎らしいほどにハイ・センスなモスクワ野郎どもにとって、ダンス・フロアとライヴハウスはひとつの回路で結ばれているのだ。

 再び「外側」に話を戻すと、『C86』や〈サラ・レコーズ〉が築きあげた時代に範を取るモスクワ・クラブのグッズやレコードといったモノに対するフェティシズムは、おもしろいことにインターネットをフルに活用しながら稼働している。同じようなこだわりを見せるバンドにBoyishなどがいるが、そういった80年代のインディペンデントな音楽家たちの姿勢に強く影響されたバンドがいる一方、70年代のロックからそれ以前の大衆音楽の淵源にまで迫ろうとする森は生きているや、どこに向かっているのかさっぱりわからない破天荒などついたるねんといった数多の個性的でバラバラなバンドたちが近(くて遠)い場所でひしめきあっている現在の東京のロックというのは、いやはやおもしろい。(僕は体験できなかったが)一時期の関西と同じほどの爆発しそうなエネルギーが渦巻いているのではないだろうか。

 そういった東京のバンドたちのなかで一際大きな存在感を放っているミツメ。ミツメの大竹はモスクワ・クラブのメンバーでもあるが、インディペンデントなバンド運営へのこだわりも二者で共通しているように見受けられる。作品は全て自主レーベルから、アナログ盤もリリースし、ZINEやグッズによるマーチャンダイズも欠かさない。
 さて、ギター・ポップだったファースト・アルバム『mitsume』、逃避的なシンセ・ポップへと不時着したカセット/7インチ・シングル『fry me to the mars』、そして贅肉を削ぎ落したソリッドなギター・リフとダビーな音響処理とで実験的な姿勢を打ち出したセカンド『eye』――その音楽性を作品ごとに大きく跳躍させてきたミツメは、新しいシングル『うつろ』で再び新しい方向へと舵を切っている。
 『うつろ』に収められた4曲はどれも(異色の"Chorus"を除けば)ゆったりとしたダウンテンポで、反復を基調としており、恐ろしいほど虚無感を放っている。チルアウトさえしない、妙に重たくて気怠く、隙間だらけだが粘っこいグルーヴ。すっきりと統制のとれたクリアな音像の『eye』と比べると、『うつろ』はダーティでルーズで未整理な音が詰め込まれている。

 歌謡曲風のメロディが耳にしこりを残すような"うつろ"は、夜通し踊った後の朝方5時半に強い疲労感を覚えながら心を空っぽにしてソファに体を沈めているときのBGMのような曲で、サイケデリックというにはあまりにニヒリスティックで空虚であるし、リラックスもできない違和感を湛えている。ずぶずぶとした重たいグルーヴをひきずる"会話"や"きまぐれ女"における川辺のヴォーカルにはまるで生気がなくゴーストリーに響く。"Chorus"では奇妙なほどに明るい曲調と反するかのように、ヴォーカルの幽霊じみた感触はより強調されている。
 このシングル盤を聴くと、ミツメは言葉を信用しながらも裏切っている......曖昧な態度を取っているかのように思える。これまでの楽曲に現れてきた、ある種ノスタルジックで逃避的な言葉から離れ、よりニュートラルでフラットでどっちつかずのグレーゾーンへと踏み出している。そしてそれはおそらく、ゆらゆら帝国が『空洞です』(2007)で踏み入った場所に程近い。

にせんねんもんだい - ele-king

 にせんねんもんだい。その妙ちくりんなバンド名を初めて見つけたときは「あふりらんぽ」「オシリペンペンズ」「ズイノシン」などの字面が頭をよぎり、勝手に関西ゼロ世代の仲間たちと思いこみ、表現の極みのようなものを想像していたのだが。いやいや、その音楽はじつにストレートにしてこの上ない熱を秘めていて、一筋縄ではいかない頑固な爆発力こそ彼らと通じるものがあるものの、冷たい金属に触れるようなきんと張りつめた空気の持続に体を硬直させたものだ。しかもその音楽を奏でているのは東京を拠点に活動する可憐な女子3人という。

 そんな前置きはさておき、にせんねんもんだいの新作『N』が届けられた。2011年にリリースされたオフィシャル・ライヴ作品『NISENNENMONDAI LIVE !!!』(この日、会場にいたのだが、その発熱たるやいわく言いがたし!)で、これまでの集大成ともいえる高密度な楽曲群、そして刻々と研ぎ澄まされて増幅していくリアレンジを披露。その後も何度か彼女たちのステージを目撃していたので、次なるもんだいにこちらの耳はたしかに、よりミニマル化し、よりゼンマイ化した彼女たちを予測し、ある程度の回答を用意していたつもりなのだが......こいつはたまげた。
 
 まぎれもなくにせんねんもんだいの音楽でありながら、こちらの想像するカラクリをはるかに上回るカラクリ。とある存在感がじりじりと迫りながらも何も起こらない。そんな事態に直面するもどかしい美しさ。そう、今年4月に行われた〈SonarSound Tokyo〉でのステージでも垣間見えたように、音のひとつひとつが極限まで精巧に研磨され、ただただただただ規則に従って並べられる。これまでわずかに顔をのぞかせていたコードリフ、メロディらしき装飾はそぎ落とされ、高田のギターはミュートしながらディレイさせる粒手のような反復リズムに徹し、時折、その上に薄雲のような効果音を漂わせる。また、地鳴りのような4つ打ちキックとチキチキ鋭く刻まれる16ビートのハイハットによる抑揚のみで空間を昂揚させる姫野のドラム(スネアすらほとんどなし)。恐るべき集中力でリズムと一体化し、高いテンションを保ちながら残像だらけのマン(ウーマン)・マシンに変ずる姿を想像するだけでスパークしてしまう。そして2013年のにせんねんもんだいにおいて、もっともキーポイントとなるのが在川のベースである。容赦なく進行する曲の中心に注意深くふいと現れ、重たくもエッジの効いたパターンをくりかえすくりかえす。その最小限の音と動きはいつしか楽曲全体を先導し、わずかに横に揺れたり、巧みなエフェクト使いで連音を紡いだりしてダンス中枢をじわじわとくすぐる。3つの点が線となり円となり、さまざまな幾何学模様を描く生成変化の瞬間に耳をそば立てると、そこにはいつもベースの絶妙な運動があるのだ。

今作『N』は、ディス・ヒートやソニック・ユースの影響を起点とし、ジャーマン・ロック~ベーシックチャンネルよろしくどんどん禁欲的にミニマルに没頭していくにせんねんもんだいの次なる一歩として、多くのリスナー/音楽家たちの憧憬と嫉妬を同時に集め続けるに違いない。皆が大好きな往年のエクスペリメンタル・サウンドに影響を受けた、とてつもなく共感を得やすい音楽性にしてとてつもなく孤高。人力ハード・ミニマルと言ってしまえば簡単だが、ほかとは違う何か。キックの強弱。ハイハットの開け閉め。ベースの抜き差し。一音の変化。慎重を極めたギターのリズム/コード・チェンジなど、大きな流れのなかの一瞬のタイミングで日常の喜怒哀楽を一気に超越する何か――そんな「ポップ・ミュージック」の謎を解く何かを求めて再び『N』を再生させる。電子ハイウェイを駆け抜けるように。くりかえしくりかえし。

Marcellus Pittman - ele-king

 欧米のいまのテクノ/ハウスの盛り上がりは本当にすごい。NHK'Koyxeиとスカイプで話して、向こうの状況を聞いていると羨ましくなる。まず何がすごいかって、NHK'Koyxeиもローレル・ヘイローもマーク・フェルもディーン・ブラントも、そしてピート・スワンソンもネイト・ヤングもホアン・アトキンスもURもジュリアン・バーウィックもミカ・ヴァイニオもアンソニー・ネイプルスもアンディ・ストットも、同じようなイヴェントに出演している。境界線は取っ払われて、拡張し、開かれているというわけだ。『TECHNO definitive 1963-2013』で取りあげていた連中が、いま見事に合流している。ハウス・シーンが新旧入り乱れて活性化しているように。
 ジェイムス・ブレイクやエア・ヘッドらがデトロイト・ハウスに触発されている話は前にしたが、デトロイト・ハウスは何もセオ・パリッシュとムーディーマンだけではない。マルセラス・ピットマンも代表的なひとりだ。彼は3 Chairsの第4のメンバーでもあり、ジャジーでメロウなトラックは自らのレーベル〈Unirhythm〉から出している。ブラック・ミュージックとしてのハウスの最良なモノが彼の音楽にもある。この夏のお盆、君の魂をケアするのは、破産した米国の工業都市からやって来るマルセラス・ピットマンになるだろう。


Marcellus Malik Pittman Japan Tour 2013


8.9(FRI)Osaka@Triangle

Music by Maurice Fulton & Marcellus Pittman

open/start 21:00
Door 3000yen with 1Drink
With Flyer/Advanced 2500yen with 1Drink
Pia, e+

Info: Triangle https://www.triangle-osaka.jp
大阪市中央区西心斎橋2丁目18-5 TEL 06-6212-2264

AHB Production https://www.ahbproduction.com

Red Bull Music Academy Radio
https://www.redbullmusicacademy.jp
https://www.rbmaradio.com

8.10(SAT)Niigata @goldenpigs yellow
- Lights Down Low -

Guest DJ: Marcellus Pittman
DJ: Ichiya TAKIO KAIZU & smook
LJ: CON
SOUND SYSTEM: february audio

open 22:00
Door 3500yen
Advanced 3000yen

Info: Golden Pigs Yellow https://www.goldenpigs.com/yellow.html
新潟市中央区東掘通6番町1051-1 G.Eビル3F TEL 025-201-9981
WAXIN' https://waxin-essence.blogspot.com
Cave Records TEL 025-201-8878

8.11(SUN)Ueda @LOFT
- Sound of LOFT -

Guest DJ: Marcellus Pittman
DJ: Masahiko Uchikawa(Rhythm Of Elements, LOFTSOUL), Atsushi Fujisawa(H.R.N), Tatsuga&Tetsuta

open 21:00
Door 3000yen
With Flyer 3000yen with 1Drink

Info: LOFT https://www.facebook.com/loft0268
長野県上田市中央2-13-10ツカサビル3F TEL 0268-25-6220


8.15(THU)Kyoto @COLLAGE
- welcome Marcellus Pittman -

Guest: Marcellus Pittman
Act: hanky and friends

open 20:00
Adm 3000yen with 1Drink
With Flyer 2500yen with 1Drink

Info: COLLAGE https://www6.ocn.ne.jp/~collage/collage/
京都市中京区西木屋町通四条上ル紙屋町336?レイホウ会館3F TEL 075-256-6700


8.16(FRI)Tokyo @Amate-Raxi
- Marcellus Pittman Feat. Re:Funk -

B1F
Marcellus Pittman
AYUMU OKADA (yes. / disk union)
KAJI (JMC / XXX)
OHISHI (JMC / SODEEP)

DANCE PERFORMANCE...
Lagos APT. +SODEEP (NAO, UEMATSU)

1F
STOCK (JMC / World Spin)
konsin (WALKERS)
Dee Jay

open 22:00
Door 3500yen with 1Drink
With Flyer 2500yen with 1Drink

Info: AMATE-RAXI https://www.amrax.jp
東京都渋谷区渋谷3-26-16 TEL 03-3486-6861


8.17(SAT)Nagoya @Club Mago
- audi. -

Guest DJ: Marcellus Pittman
DJ: Sonic Weapon, Jaguar P
Lighting: Kool Kat

open 22:00
Door 3000yen
With Flyer 2500yen

Info: Club Mago https://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F TEL 052-243-1818

TOTAL TOUR INFO: AHB Production 06-6212-2587 www.ahbproduction.com



我がためにある音楽は聴いた瞬間にわかるというもの
ブライオン・ガイシン

The 4000 year old Rock and Roll Band
ティモシー・リアリー/ウィリアム・バロウズ

 ブライオン・ガイシン、ウィリアム・バロウズ、ポール・ボウルズ、ブライアン・ジョーンズ、ティモシー・リアリー、オーネット・コールマン......世界のつわものを魅了してきたこの古代の響きを受け止められるだけの精神力が自分にあるのだろうか......? でも、たとえ精神的に戻れなくなってもいい、私にはその覚悟はできているんだ! 
 2012年6月、期待と不安に飲み込まれながら、私も先達と同じく、ジャジューカの魅力にとりつかれ村に吸い寄せられるように行ったひとりとなった。私の音楽観や人生観を一瞬にして変えてしまった3日間。村を後にしてからジャジューカを思い出さなかった日は1日もなかった。あれから丸一年、今年6月、私はまたジャジューカに戻ってきた。今回は友人たちとともに──。

 北アフリカ、モロッコ王国の北部、リフ山脈南に位置するアル・スリフ山にある小さな村ジャジューカ。この村で、アル・スリフ族のスーフィー音楽家たち‘The Master Musicians of Joujouka(ザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカ)’(アラビア名:マレミーン・ジャジューカ)によって、息子たち、甥たち、村の子供たちへと千年以上も時代を超えて守られ受け継がれてきた音楽がある。
 それは、村から1キロくらい離れた、背の低い緑が茂る緩やかな山の斜面に鎮座する大きな岩の横腹にポッカリと口をあけた洞窟、このブゥジュルード洞窟の伝説が起源になっている。


緑の山の斜面にいきなり大きな岩がある。

  昔々──、ヤギを放牧していた村人のアターが、みんな恐れて近づかなかったこの洞窟でうたた寝をしていると、どこからともなく美しい音色が聞こえてくる。ふと目が覚めると半人半獣(人間とヤギ)のブゥジュルードが自分の目の前に立っていた。そして、ブゥジュルードが村の女性のひとりを花嫁にする代わりに、他の村人に教えてはならないと約束させ、アターに笛を渡し音楽を教える。しかし、アターは約束を破り音楽を村人に伝授してしまう。村から音楽が聞こえ、怒り狂ったブゥジュルードは村に行く。慌てた村人たちは、頭がクレイジーな村の女性アイーシャを花嫁として差出し、激しい音楽で彼らを踊らせた。踊り疲れたブゥジュルードは満足して洞窟に帰り、それから毎年一度村に来て踊るようになった。それ以来、やせていた村の土地は肥え、村には健康な子供がたくさん生まれた。


ブゥジュルード洞窟の岩。『Joujouka Black Eyes』のカヴァーで使われている。

  しかし、ある日突然ブゥジュルードが洞窟から姿を消した。そして、アイーシャも村からいなくなった。心配したアターはヤギの群れを連れてブゥジュルード探しの長い旅に出る。自分のヤギを順番に食べながら旅するが見つからない。ついに最後の4匹になった時、アターはそのヤギを殺しその皮をまとい変装して村に戻る。村人は彼をブゥジュルードが帰ってきたと思い込み、少年たちにアイーシャの恰好をさせ一緒に踊らせる。それ以来、アターはこの洞窟で生涯ブゥジュルードとして生きる。彼に死が近づいてきた時、村のある若い男に自分の変装の秘密を打ち明ける。そして、彼はその少年にジャジューカが繁栄するようにブゥジュルードとして踊ることを約束させた。


洞窟の中からリフの山々を望む。

  この音楽は1週間続くイスラームの祝祭エイド・エル・カビールで子孫繁栄と豊穣のため伝統的に毎年演奏されてきた。
 ギリシャ神話の牧羊神パーンに似通っているといわれるブゥジュルードのその音楽を私が初めて耳にしたのは今から2年数か月前、2011年春のことだった。1970年代後半から電子音に魅了され、それからずっと電子音楽だけを追い続け、94年に渡英し、気がつけば私はクラブ・カルチャーの真ん中にいた。自分の音楽史にロックを通過した跡がほとんどない私は、当然ローリング・ストーンズの元リーダー/ギタリストであるブライアン・ジョーンズのアルバム『Brian Jones Presents The Pipes of Pan at Joujouka』の存在など知るはずもなかった。
 ジャジューカに魅了されたブライアンが、68年に村で現地録音したテープをロンドンに持ち帰り、フェージングやクロス・フェード・エディティングによって完成させたこの作品は、69年、彼が不慮の事故死を遂げたことによって、残念ながらリリースがペンディングになっていた。しかし、彼の死から2年後の71年、ローリング・ストーンズ自身のレーベル第一弾として発売される。このアルバムの登場はジャジューカを世界的に知らしめ、その後世界中から人びとを村に引き寄せることになる。


ブライアン・ジョーンズのアルバム。カヴァーの絵はハムリ。レコードジャケットを広げると、並んだジャジューカのミュージシャンたちの真ん中に金髪のブライアンが描かれている。

  2009年末にモロッコへ旅し現地で音楽に触れたことがきっかけで、30年以上聴き続けた電子音楽を捨てるようにアラブ諸国の音楽にどっぷりと浸かっていった私に、友人はこのアルバムを教えてくれた。チャルメラに似た高い音を出すダブル・リードの木管楽器‘ライタ(ガイタ/Ghaitaともいう)のヒリヒリとした直線的な音と両面にヤギ革を張った木製のタイコ‘ティベル’がつくる原始的なリズムはとてもパワフルで、いきなり私の心を、いや、脳を直撃した。
 何度も何度もループさせて聴きかえす。出会いから約2ヶ月間、毎晩このアルバムをかけ続けた。窓から差し込む朝日の中でふと気がつくと、いつも私は居間のスピーカー前で倒れていた。私を2ヶ月間もベッドで寝かせてくれなかったジャジューカ! 周囲の心配をよそに、私はこの不思議な力を持った音に心をつかまれ、ジャジューカの世界にのめり込んでいったのだ。

 この小さな村の局所的な音楽が世界に知られる最初のキッカケは、ジャジューカ出身の母を持つモロッコ人画家モハメッド・ハムリが、カナダ人アーティストのブライオン・ガイシンを村に連れて行った1950年代初頭まで遡る。
 ガイシンが村へ行く前に、実は彼はボウルズと一緒にこの地域のとある町の祭りで、偶然この音楽に出会っている。その時彼はこの音楽を一生聴き続けたいと思ったという。しかし、それがハムリの村の音楽だったとは、実際に村で耳にするまでは知らなかった。
  ジャジューカにすっかり魅了されていたガイシンは54年ハムリと一緒に「1001 Nights Restaurant」をタンジェ(タンジール)に開き、村のミュージシャンたちを15人交代で呼び寄せ店で2週間ずつ演奏させ、次々と西洋のオーディエンスに紹介していった。そうすることによって、同時にハムリは、戦後とても貧しかった村のミュージシャンたちの生活をサポートした。
 タンジェに住みハムリやガイシンと交流があったアメリカ人作家のウィリアム・バロウズが村を訪れることは自然な流れだった。カットアップの手法で書かれた彼の小説『The Soft Machine』(61年)の中でジャジューカの音楽を思わせる‘Pan God of Panic piping’という言葉を使い、ガイシンの作品『The Dreamachine』が登場するバロウズのショートフィルム『Towers Open Fire』(64年)ではサウンドトラックにジャジューカを起用している。
 こうして、ガイシンやバロウズを通して、ジャジューカはビート・ジェネレーションと共振し、深く関わっていった。
 そして、ガイシンとハムリが先述のブライアン・ジョーンズを村に連れて行く。60年代を通じて、ティモシー・リアリー、ミック・ジャガー他、73年には、フリージャズの巨匠のひとり、オーネット・コールマンが村に滞在し、マスターズ(ザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカ)とセッション。この曲「Midnight Sunrise」は76年に発売されたアルバム『Dancing in Your Head』に収録されている。
 また、80年代には、ついにザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカは3ヶ月間の長いヨーロッパ・ツアーに出た。
 このようなユニークなバックグラウンドを持つ彼らは、国内よりむしろ海外でより知られた存在になっていく。

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 ガイシン、バロウズ、ブライアンたちと同じようにジャジューカの生演奏を現地で体験できるというフェスティヴァルが、ザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカと20年来彼らのマネージャー/プロデューサーを務めるフランス在住のアイルランド人、フランク・リンによってはじめられた。
 ジャジューカの音楽に“Brahim Jones Joujouka Very Stoned”という曲もあるほど彼らに敬愛されているブライアン・ジョーンズの村訪問40周年を記念して、村で行われた「The Master Musicians of Joujouka Brian Jones 40th Anniversary Festival 2008」は、ブライアンの元ガールフレンド、アニータ・パレンバーグも参加し大成功を収めた。それ以来、世界限定50人の3日間フェスティヴァル「The Master Musicians of Joujouka Festival」として、毎年6月に村で開催されている。
 このフェスティヴァルによって、年1回、村のミュージシャンたちは確実な収入をひと週末で保障され、これはハーベスト(収穫)のようになった。そのお金は、食糧や村の学校に教科書を購入したり、村を何ヶ月か維持するために使われる。このフェスティヴァルには毎年、大学教授、作家、音楽ライター、ミュージシャン、アーティスト、フォトグラファー、学生などなど、ジャジューカ音楽へ様々な入り口から辿りついたファンたちが世界各国から集まっている。
 実は、現在はもうひとつ、バシール・アッタール率いるThe Master Musicians of Jajouka(ジャジューカのスペルがJaで始まり、その後にLed by Bachir Attarなどと彼の名が続く)が対立して存在するのだが、このフェスティヴァルは実際にずっと村に住んでいるThe Master Musicians of Joujouka(ジャジューカのスペルがJoではじまる)のもので、彼らはスーフィー音楽家たちとして村にしっかりと根づき、人びとに尊敬され、今日も子供たちにジャジューカの音楽を教え続けている。このマスターズを率いるのは、村のコミュニティの中で選ばれたリーダー、アハメッド・エル・アターで、彼はミュージシャンたちのリーダーであり、部族のリーダーでもあるのだ。
 私が2012年から足を運んでいるこのフェスティヴァルの参加者たちは、タンジェから電車で約1時間半行ったところにあるクサール・エル・ケビールという駅に集合する。そこで用意されたタクシーに分乗し約20分、伝説のジャジューカ村へ着く。実はジャジューカはいくつかの村が集まるこの地域の名前でもあり、伝説の音楽が残るこの村そのものの名前でもある。そのジャジューカ村はそんなに山奥に位置するのでもなく、主要道路から斜めに入る山道を車で3分ほど上っていったところにある。村に行こうと試みて辿りつけなかったファンが日本に少なからずいるのは、単に村を示す標識のないこの山道を見つけられなかったからかもしれない。
 しかし、比較的大きな町のそばに位置しながら、電気と携帯のアンテナが同時に設置されてまだ10年くらい。舗装されて2年も経っていない山道は村の途中で突然途切れ、あとはウチワサボテンが茂る足場の悪いオレンジがかった砂利道がずっと続く。村にはモスク、小学校があり、そして、村に点在する井戸が村人の水源になっている。それを運ぶのはロバの仕事で、ポリタンクに入った水を背負ったロバがのんびりと歩いていく。


ジャジューカ村。向かって左にある角柱の塔はモスク。

  こののどかな村は、15世紀末に村に辿り着き生涯をここで過ごしたスーフィー(イスラーム神秘主義)の聖者・シィディ・アハメッド・シェイクのサンクチュアリーがあり、人びとの巡礼の地でもある。この聖者はここの音楽には治癒の力があると感じ、平穏、心の病気の治療、平和と調和を促進する精神的な目的として彼らに曲を書き、音楽を治癒のツールとして使った。村のミュージシャンたちは彼からバラカ(恩寵)、精神的なパワーをもらい、スーフィーである彼らが演奏することによってバラカはライタ自身の中に入り、したがってライタはバラカを持っているとされ、楽器で患者に軽く触れることで治癒することもできるという。この治癒の音楽はフェスティバルでは演奏されないのだが、約500年前から今日も続く聖者が起源の音楽が存在し、ジャジューカ全体にはバラカがかかっているとされるのだ。
 巡礼の地ではあるが、ここはいわゆるガイドブックに載る様な外国人向けの観光地ではない。小さなキオスクが2軒と地元の人たちが集う(彼らはカフェと呼んでいる)場所があるだけで、当然ホテルのような宿泊施設などない。フェスティヴァルの間、参加者たちはそれぞれマスターズの家にホームステイする。つまり、マスターズのコミュニティに入り彼らと一緒に音楽漬けの濃厚な3日間を過ごすのだ。
 今年の参加者は約40名。その2割は私を含めリピーターだ。日本人は全部で5名、その他、ガイシンの「ドリームマシーン」をジャジューカの生演奏で体験しようと、大きな「ドリームマシーン」のレプリカを担いで来たカナダの若者もいた。結局壊れていて使い物にならず、「The most Dreamachine experienceだったのにー!」という彼の悲痛な叫びとともに実験は失敗に終わった。
 村にはマスターたちがいつも集まる場所が村の広場から少し先に行ったところにある。ここがフェスの会場で、半分テントで覆われ片側が開いた半野外のその場所には赤い絨毯が敷いてあり、前方にはリフ山脈の美しい緑の山並みが目線と同じ位置に見える。普段も彼らはここに集いおしゃべりをしたり演奏したりして過ごす。マスターたちに憧れる子供たちはこのような環境の中で、マスターたちから音楽を教わる。


昼間のセッション。音楽に合わせて踊る村の少年たち。


バイオリンが入る昼間のセッション。

 フェスティヴァルではもちろんアンプもスピーカーも通っていないマスターズの生の音を昼夜聴き続ける。タイムテーブルもなく、マスターズの周りで参加者たちはゆったりとしたジャジューカ時間を過ごす。昼間に演奏される音楽はジベルという山の生活や民族的なテーマを歌った伝統的な民謡が主で、宗教的なものや恋心を歌ったラヴソングもあり、バイオリン、ダラブッカ(ゴブレット形太鼓)、ティベル、ベンディール(枠太鼓)、リラ(笛)などで演奏される。その他、ブゥジュルードの音楽のリラ・バージョンや「Brahim Jones Joujouka Very Stoned」のようにゲストが来た時に作られた比較的新しい曲も存在する。
 マスターズの数人が楽器を手にして音を出しはじめると、他のマスターたちも楽器を持って集まってくる。私は2回目だからもちろんわかるが、村のおじさんたちも私服のマスターズに交じっているので、楽器を持つまで誰がマスターかはっきりわからない。他の村人と全く変わらないこの男たちがひとたび楽器を持つとたちまちあの伝説のマスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカに変身する。今でも音楽だけで生活する彼らにとって音楽は生活の一部であり、演奏することがとても自然なのだ。


リラが中心の昼間のセッションで踊るマスター。

 そんな感じでゆるくはじまる1曲30分近くの音楽は、10分を過ぎたころからじょじょに盛り上がりグルーヴが出てくる。これでもか! とあおるようにじょじょにリズムも早くなり、ダラブッカを打つ手が腫れるのではないかと聴いている方が心配になるほどリズムも激しく音も大きくなって、「アイワ! アイワ!」(そうだ、そうだ! いいぞ!)の掛け声が飛ぶ。そんな掛け合いのコミュニケーションの中でグルーヴが生まれるのだと感じる。マスターズや村のおじさんたちに手を引かれ一緒に踊ったりしている中、ある者は散歩に行ったり、ある者はおしゃべりしたり――。こうして、地元の甘いミントティーでまったりしながらとても自由で贅沢な1日がゆっくりと過ぎていくのだ。


会場のテントからリフ山脈を眺める。

 マスターズの妻たちが会場の裏手にある家で作る新鮮な地元野菜をふんだんに使った家庭的なモロッコ料理、タジン、クスクス、サラダ、スープなどどれも優しい味でとても美味しい。モロッコは6回目だが、やはり私にとってジャジューカでの食事が一番美味しい。朝食は各自宿泊先の家庭でいただき、昼食と夕食は会場でみんな一緒に食べる。しかし、妻たちは一切表に出てこない。女の子供たちまでも入ってこないのだ。そんなジャジューカの女性たちにも実は彼女たちの音楽があるのだが、フェスティヴァルでは聞くチャンスはない。


北アフリカの伝統料理のひとつ、クスクス。


地元野菜のサラダ。

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 この時期の昼間は日差しが強く暑いジャジューカも夜になると涼しくなる。辺りもすっかり暗くなりテントに裸電球がいくつか灯る中、遅い夕食をとる。食事が終わり少ししてから夜0時頃、ブゥジュルード音楽の演奏のため準備がはじめられる。この音楽は、既述した木管楽器ライタとタイコのティベルのみというシンプルな楽器編成で演奏され歌はない。
 昼間は私服でいるマスターズは全員、この演奏のために一変して黄色のターバンを頭に巻き、カラフルなボンボンが付いた茶色の分厚い生地の正装ジュラバに着替え、向かって右側にティベル奏者が4人、その横から左側に7人のライタ奏者が、横一列に並んだオレンジ色のパイプ椅子に座る。
 演奏がはじまる前は期待でいつも緊張する。自分の目の前にあのザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカが勢ぞろいしているのだ! と、夢のような現実をもう一度自分に言い聞かせる。これからブゥジュルード伝説の音楽が目の前ではじまるのだ!   
 横一列に揃ったマスターズは数分間みなそれぞれライタで少し音を出した後、みんなの準備が整ったタイミングを見計らって、リードのライタ奏者がちょっとしたメロディでスタートの合図を出す。そのとたん、他の6本のライタと大小4台のティベルが続き、いきなり演奏がはじまる。そして、待ったなしの音のローラーコースターに乗った私たちはディープな世界へと連れていかれるのだ。
 ジャジューカをCDやレコードで聴くと、残念ながら何本ものライタ音は一本の大きな束になって平たくなってしまう。当たり前のことだが、ボリュームを上げればその束は大きくなりうるさくなる。しかし、生の演奏を目を閉じて聴くと、各ライタの直線的な音は一本一本きちんと分かれていて、それらがそれぞれ一直線状に額から飛び込んでそのまま脳をまっすぐ突き抜ける。今どこのライタの直線が脳を突き抜けたかがわかり、それはとても立体的で、耳で聴いているというより、他の感覚を使って音を捉えているとしか思えない。ライタ音は信じられないくらいにパワフルな音を出す。ところが、もの凄い大きさの音にもかかわらず、とても澄んでいて美しくまったくうるさくないのだ。
 循環呼吸で演奏するライタ奏者たちは向かって左にドローン、真ん中にメロディ、右にリードと三つのセクションに分かれ、ヒリヒリとした直線的なライタの高音が上をすべるように走る。その下を二台の小さいティベルが高速で回転するようなリズムを刻み、二台の大きいティベルが地に響く低音の力強いリズムでしっかりとテンポをキープしていく。そして、今度はティベルの真正面で目を閉じてみると、それぞれのタイコが生み出す複雑かつ立体的で跳ねるようなリズムがライタ音の前にググッと出る。ライタの前に立つかティベルの前に立つかで、また聞こえ方が変わる。


ライタを演奏するマスターズ。

 中央に座っているリードのライタ奏者が他のライタ奏者を目で伺いながら、次の曲に入る合図らしきメロディを出す。曲を移行させるのはティベルではなくリードのライタなのだ。リードのライタ奏者の合図に従い、他のライタ奏者たちが続く。それと同時にティベル奏者たちがリズムを変え、一瞬にして曲が変わる。曲は次の曲へとシームレスに変わり、一回のセッションに5〜6曲演奏される音のジャーニーはすべるようにノンストップで続いていく。
「現地で実際に体験しないとこの音楽の本当の凄さはわからないよなぁ......ガイシンやブライアンがハマったのがわかる......」なんて遠い思考の中でぼんやりと思うのだが、次々と押し寄せるライタの線の嵐にすぐにかき消されてしまう。そのうち、ライタのパワフルな音とティベルの原始的なリズムはさらにパワーを増し、私の思考を完全に破壊していく。私は目を閉じたまま意識の向こう側へ、意識を超えた感覚だけの世界へ深く入っていく。弾むようなティベルのリズムと待ったなしに次から次へとすべるように走り抜けるライタが織りなすグルーヴの中で、私の脳と身体は自由自在に音の世界を泳いでいく。


ライタを演奏するドローン・セクションのマスターズ。

 音のローラーコースターがどんどん奥に進んでいき、観客がうねるようなグルーヴにのみ込まれ興奮も最高潮に達しはじめたころ、急に電気が消え、テント前の芝の真ん中で火が燃え上がる。火は見る見るうちに真っ暗な空に向かって大きくなっていく。子供たちや村人たちも集まっている中、建物の横で隠れるようにみている村の女性たちの姿が炎で照らし出される。みんなが大きく燃え盛る焚火に釘づけになっていると、突然、黒いヤギの毛皮をまとい麦わら帽子をかぶった伝説のブゥジュルードがオリーブの枝を両手に持ち現れる。暗闇に立ちのぼる原始的な火をバックに、ブゥジュルードは狂乱したように踊る。オレンジ色の荒々しい炎に激しく揺れるブゥジュルードの黒いシルエットが重なる。


焚き火の前で踊るブゥジュルード。

 アイーシャに変装した3人の少年たちも現れ、腰を振りながら乱舞する。私たちも押し寄せるグルーヴの中に身をゆだね、踊る、踊る、踊る。音に操られるように全身が激しく動いていく。自分がどこの誰かなんて関係ない、今がいつなのかもどうでもいい。この音を全身に浴びて裸になった自由な精神があることだけで十分なのだ。


マスターズとブゥジュルード。

  最後の一音がバンッと大きく鳴り、音旅の終わりを告げる。パワフルな音の刺激とうねるグルーヴの大きな波にのみ込まれて、私は完全に圧倒されていた。大きな拍手が沸き起こる中で、私は「アズィーム ジッダン!」(とても素晴らしい!)と叫び、村人も何か叫びながらマスターズを称える。やがて拍手が止むと、辺りはいつもののどかな村の夜の顔に戻る。ぼわ~んとなった私の耳に人びとの話し声と虫の音がぼんやり聞こえてくる。夜露で湿った絨毯や自分の服の重たい感触に気づく。そして、腕時計をのぞいてみる。
 夜0時くらいにはじまった演奏が終わったのは夜中2時半過ぎだった。私たちは約2時間半の間、ノンストップでぶっ飛ばされ続けたのだった。息つく暇もないくらいに「もの凄かった!」としか言えないくらいもの凄かった......! としか言えない......。そして、マスターズの信じがたいタフさにもただただ感服するのだ。その凄すぎた世界からしばし出られずまだ余韻を引き摺って座っていると、あっという間に私服に着替えた私たちの宿泊先のマスター、ティベル奏者のムスタファが、テント前の芝から私たちを目で呼ぶ。そして、ついさっきまで2時間半休みなくティベルを叩き続けていた彼と一緒に真っ暗なオフロードを、彼の家までトボトボと15分くらい歩いて帰る。そして、寝るのは毎晩夜中の3時過ぎ。この生活が3日続く。

 繁栄や豊穣のための祭りや儀式で演奏されてきたこの音楽は、ブゥジュルードを踊らせる、つまり生粋のダンス・ミュージックであり、ダンス・ミュージックの源泉、そして、本物のトランス・ミュージックなのだと感じる。この音楽は耳で「聴く」のではなく、全身で「体験」する音楽なのだ。
 ふだん私は淋しいような切ないようなメロディを持つ曲を聴くとネガティヴな思い出とくっ付いて悲しい気持ちになることがある。私はメロディに自分の感情をコントロールされるのがあまり好きではない。記憶という時間軸に縛られているようで鬱陶しく、感情にわざとらしく訴えかけてくるようなおせっかいなメロディの音楽に心地良さをあまり感じない。
 しかし、ブゥジュルードの音楽は、感情に訴えかけてくるようなメロディを持っていない。この音楽は、「感情」の向こう側の時間軸を外れた「今」だけが連続する精神にダイレクトに届くような気がするのだ。だからこそ、この音楽は私の精神を自由にさせ、精神が自由になるからとても気持ちいいのかもしれない。そして、時間軸に縛られていないからこそ、この音楽は千年以上経った今でも常に新しく、どこの時代で切り取っても、ジャジューカの音楽は永遠に「今」の音楽なのだ。

 現在この村で音楽を守り続けているのは、ブライアンが村に来た時まだ11歳だったリーダーのアハメッド・エル・アター率いる最大で19人、普段は10〜12人のミュージシャンたちである。その他にもミュージシャンになるだろうと思われる10代半ばの少年が何人かいて、また、20代の少年たちも地域にいるが、マスターズの基準に達するにはまだまだ時間がかかるようだ。
 大きなセレモニーでは大きなグループで演奏し、比較的小さなセレモニーでは4~5人が2~3のグループに分かれ交代で演奏することも可能で、地元の生活のすべての宗教的な機会、大きな地域では、割礼、結婚式などのセレモニー、地元の公式なセレモニー、そして、ロイヤル・セレモニーで演奏する。
 昔ジャジューカのマスターたちはある王朝のスルターン(君主)に音楽を気に入られ、長い間に渡り援助を受けながら専属の音楽家として、セレモニーや軍の一部として戦場へ行き演奏していたこともあった。しかし1912年、モロッコがヨーロッパ列強の保護領になりスルターンからの援助が打ち切られた。
 過去には65人いたこともあったというザ・マスター・ミュージシャン・オブ・ジャジューカは、村がスペイン領だったときに兵士としてスペインへ内戦及び第二次世界大戦に連れて行かれた者たち、モロッコの近代化に伴い村を出て行った者たちなど......その他、時代のいろいろな困難を乗り越えて生き残ってきた。
 世界が目まぐるしく変化していく中で、伝統を継続させることはとても難しい。ここモロッコのジャジューカも例外ではない。
 マスターになるのは職人のようなシステムで、マスターたちについて訓練して訓練して、その後ティベル奏者なら半ドラマーになって、ライタ奏者なら半ライタ奏者になって、パンを取りに行ったり店に飲み物を買いに行ったりと、日々のマスターズのタスクをこなしながら一人前になっていく。そして、まず何よりも第一に音楽のために全てを犠牲にできるほどジャジューカの音楽を十分に愛していなければならない。しかし、全員が最終的にマスターになれるわけではない。マスターズの一員になるには、彼らに受け入れられ永遠に行動をともにし、仲間として仲良くやらなければならない。この音楽は集合体として連結しながら演奏されることからもわかるように、彼らは仲間同士の信頼と強い絆が必要なのだ。
 マスターになるのは決して強制ではない。だからこそ、子供たちや若者たちがジャジューカの音楽に魅力を感じ、この音楽の素晴らしさを理解し、そして、「マスターになりたい」と自発的に思うことが大切だ。そのために、マスターズは子供たちや若者たちが尊敬し憧れる存在であること、また音楽家として音楽で生活ができることを示し、伝統を継続させる大切さを自らみせることが必要なのだ。そうでなければ、若者たちは村を出てタンジェの工場に働きに行ってしまうだろう。しかし、フェスティヴァルでリズムに乗って激しく楽しそうに踊る子供たちをみると、この子たちの身体の中には確実にジャジューカの音楽の血が流れていることがわかる。どうかこの子供たちが大きくなったらマスターズになってジャジューカの伝統を担って欲しい、そして、どうかこの素晴らしい音楽が絶えることなくいつまでも続いて欲しいと切実に願う。

 2011年には、ザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカはイギリスの野外音楽フェスティヴァル「グラストンベリー・フェスティヴァル」に出演。メインステージであるピラミッド・ステージにてオープニングを飾った。演奏していることが日常で自然な彼らはステージ以外の場所でも何度も演奏していた。それを聴きつけたクスリでぶっ飛んだ連中がマスターズの周りに集まってくる。そして、エレクトロニックのダンス・ミュージックで踊るように、この古代からのダンス・ミュージックで踊るのだった。

 今年6月初旬には、イギリスのDJ・エロル・アルカンも出演したイタリア・ローマのVilla Mediciで開催された「Villa Aperta 2013 IV edition」に招かれ、ダンス・ミュージックのオーディエンスからも喝采を浴びた。

 そして、今年2月6日DOMMUNEで配信された「21世紀中東音楽TV2 ジャジューカNOW!!」でサラーム海上氏と一緒に、今まで日本では詳しく明かされていなかったジャジューカについて語り、トークの最後に2012年のフェスティヴァルで録音してきたブゥジュルードの音源をスタジオの電気を消し暗闇から放送。視聴者は延べ2万5千人を超えた。

 現在のザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカはジャジューカの伝統的な音楽スタイルを忠実に守りながらも、ダンス・ミュージックという入り口から新しいオーディエンスを魅了し始めているようだ。ビート・ジェネレーションやブライアンとの出会いがそうだったように、ジャジューカにとってまた新しい何かがはじまろうとしているのかもしれない。

 精神の音楽を演奏し続ける素朴なマスターズに心打たれ、その純粋な音に自分の魂をすっかり裸にされた。私の音楽観や人生観までも変えてしまったジャジューカに、私は来年もまた行く。

赤塚りえ子

ザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカ公式サイト
https://www.joujouka.org/

ザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカ・フェスティバル 2014
日程:2014年6月20日~22日
フェスティヴァルの申し込みはこちらから
https://www.joujouka.org/the-festival/more-about-the-festival-and-booking/

ディスコグラフィー
『Joujouka Black Eyes』(1995年/Sub Rosa)

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『Boujeloud』(2006年/Sub Rosa)

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interview with Co La - ele-king


Co La
Moody Coup

Software / melting bot

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 対面インタヴューならば食い下がったのだが、あいにくのメール・インタヴューだ。コ・ラは自らの音楽についてこう解題した――「慌ただしいレストランでウェイターがグラスを落としたときと同じ印象や効果を音楽にしたくて」。今作の彼の音を見事に説明するイメージである。と同時に、これはたとえばジャム・シティやキングダムといったアーティストにもまったくよく当てはまるフィーリングだと思う。金属的で、神経の緊張を断続的に強いてくるようなサウンド・コラージュ。なぜわざわざそんなストレスフルな音に執着するのか、そして、インダストリアルという言葉に新しい表情を与えるようなそうした音が、複数のアーティストから同時に生まれてきているのはどうしてなのか、そのあたりを訊くことができたらよかった。なにせ、まだ名前のないムーヴメントなのだ。

 とくにジャム・シティやキングダムを擁する〈フェイド・トゥ・マインド〉は、こうした音像に視覚イメージを与えて意味づけ、ダンス・ミュージック・シーンに鮮やかなインパクトを生みつつある(ジャケでもロゴでも、レーベルとして一貫したスタイルを感じるだろう)。本作をリリースする〈ソフトウェア〉も、エッジイで批評性に富んだエレクトロニック・ミュージックを送り出すことに関してはもはや名門の域だ。主宰フォード&ロパーティンのレトロ・フューチャリスティックで硬質なサイバー趣味には、前者と同じようにツンケンした、金属っぽいサウンド・デザインが埋め込まれている。そして、以下、コ・ラ自身の口からも前者へのシンパシーが語られるように、毛色の異なる両者が、インダストリアル・ノイズの今日性を模索するようにして邂逅する様子には、どうしたってシーンの「次」を感じざるをえない。

 前作『デイドリーム・リピーター』が「家具の音楽」なら、今作でコ・ラはそれを置くべき場所を作った。ガラスを引っ掻くパンダ・ベア、というのがコ・ラことマシュー・パピッチの新作『ムーディー・クープ』の印象である。パンダ・ベアのまどろみと多幸感の島で、なぜかわざわざガラスを割りまくって引っ掻いている、それをなぜかと問い返すなかにいまのモードのひとつのかたちが見えてくるだろう。

 前作のタイトルは『デイドリーム・リピーター』だが、パンダ・ベアやアニマル・コレクティヴにはじまる2000年代のサイケデリックの成果が、2010年をまたぐ頃にドリーム・ポップの複合的な盛り上がりへと帰結し、シーンの内向化を促したとするならば、今作でのパピッチはその源流を角のあるもので傷つけながら、自分の居やすい空間へと改変しようとしているように見える。けっしてそこに穴を開けて風通しをよくし、外に出ようと促すのではない。あくまでベッドルーマーとしてデイドリーム・リピートする前提で、でも、気が散って落ち着かないようなドリーム空間があってもいいだろうというのが『ムーディー・クープ』ではないだろうか。ディストピアがユートピアの一種なのか、ユートピアがディストピアの一種なのかがわからなくなるような世界が立ち上がってくる。彼のような変種の存在は、この10年のUSのサイケデリック・ミュージックがいかに多様性持つものであるかをよく物語る。

 「耳障りでストレスフル」とは書いたが、あくまで品のあるダンス・アルバムだ。エキゾチックな表情やジャジーなフレーズも多数サンプリングしながら、聴く音としても洒落た仕上げを施している。前作から大きな飛躍を遂げ、かなり個性的な作品になったと思う。『ムーディーな一撃』......このタイトルのクールな矜持が、そのまま本作の魅力である。

ドライヤーや車の衝突音の方がサックスのソロよりも惹かれる。音楽がリズムで構築されるとき、日常にある偶然の音が入ってくる、それが未来の音楽を示していると僕は考えているんだ。

『デイドリーム・リピーター』について、コンセプトとしては「家具の音楽」(サティ)に通じるものだという説明をしておられましたが、実際に家具にするにはノイジーな仕掛けに満ちていると思います。今作はとくにそう感じました。あなたのめまぐるしいサンプリングやコラージュが持つ哲学について教えてください。

パピッチ:ジョン・ケージのような感覚かな。そういった音には常に興味があって、とくにいわゆる音楽じゃないものだね。ドライヤーや車の衝突音の方がサックスのソロよりも惹かれる。音楽がリズムで構築されるとき、日常にある偶然の音が入ってくる、それが未来の音楽を示していると僕は考えているんだ。背景や壁紙でなく、開いた窓のスクリーンような......空気ではない、「音」をフィルターしているつもりだよ。

金属的で鋭角的、あたりのキツめなプロダクションには、たとえばジャム・シティ(Jam City)などに共通するところがあると感じます。こうした音づくりはとくに今作から顕著になったものだと思いますが、どんなことを意識されていたのでしょう?

パピッチ:慌ただしいレストランでウェイターがグラスを落としたときと同じ印象や効果を音楽にしたくて、そのフィーリングを引き延ばして動的に表現にしたらそうなったんだ。

〈ナイト・スラッグス(Night Slugs)〉などのレーベルと交流があったりはしますか? 彼らもあなたも現代におけるインダストリアル・ミュージックのひとつのフロンティアと呼べるように思います。

パピッチ:全然ないけど好きだよ。DJをやるときはいつもKingdom(Fade To Mind)みたいな感じになるね。

ただテクニカルというわけではなく、硬質なマテリアルから多彩な感情表現を引き出しているのも素晴らしいと思います。あなたの音楽にとってエモーションはどのくらい重要なものでしょう?

パピッチ:新しい音楽を作るときはとくに重要だね。コンセプトやフィーリングでなく、そのときに聴いて影響を受けた音楽に近いところからスタートする。聴いている音楽からループをざっくり探して、くっつけて、エモーショナルなポイントを見つけ、そういった音そのものから得たアイデアを、曲作りのパワーにしているんだ。

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坂本九の歌に関しては、じつはそれが日本の歌だとまったく知らなくて、4 P.M(For Positive Music)のやつをいちばんよく聴いていたんだ。

同時代で好きだったり気になっているアーティストはいますか?

パピッチ:ニッキー・ミナージュ。

"スキヤキ・トゥ・ダイ・フォー(Sukiyaki To Die For)"には坂本九の"スキヤキ(上を向いて歩こう)"を思わせるフレーズが登場しますが、"スキヤキ"から感じられる日本人像と実際いま目の当たりにする日本人とのあいだに相違を感じますか?

パピッチ:坂本九の歌に関しては、歴史も世界的な人気もあって、いくつものカヴァーやヴァージョンが存在しているよね。そういったことに興味があるよ。じつはそれが日本の歌だとまったく知らなくて、4 P.M(For Positive Music)のやつをいちばんよく聴いていたんだ。基本的にはR&Bヴァージョンなんだけど、バーバーショップ(Barbershop)のハーモニーもあるし。2年くらい前のある日、家でケニー・ボール(Kenny Ball)のヴァージョンを聴いていてね。ビッグ・バンドのインストなんだけど。そしたらいっしょにいたダスティン・ウォン(Dustin Wong)が曲の歴史を教えてくれたんだ。彼はもちろんオリジナルをよく知っていた。その時点では重要なサンプルだったし、自身がクリエイトしようとする複雑な物語を作るという点で、的確な参考資料のように感じていた。

ボルチモアであなたが働いていたというギャラリーや、現在のボルチモアのアート・音楽シーンについて教えてください。

パピッチ:ボルチモアには知的で前衛的な、いいオーディエンスがいる。ここでのパーティーはシュールだと感じるよ。ボルチモアにはいわゆる音楽の「マーケット」はなく、経済的にも乏しい。そのおかげもあって、音楽を前進させるような空気があるんだ。そしてルールがまったくない。

フランク・ザッパやデヴィッド・バーンを輩出した土地でもありますが、そもそも実験的なムードや気質があるのでしょうか?

パピッチ:人によってはボルチモアをそう捉えているけど、実際はわからないな。もうここに住んで10年、年が経つにつれて好きになっていくね。ここにいる人はおもしろいよ。建築もユニークだし。貧乏な都市だけどそういった空気感が好きであれば最高の場所だと思う。

少し前ですと、ボルチモアというと〈スメル(smell)〉周辺の動きが気になりましたし、エイヴ・ヴィゴダ(Abe Vigoda)、ミカ・ミコ(Mika Miko)、ダン・ディーコン(Dan Deacon)、ジャパンサー(Japanther)などエクスペリメンタルでアーティなギター・バンドに存在感があったと思います。エクスタティック・サンシャイン(Ecstatic Sunshine)もそうした素晴らしいユニットのひとつだと思っていますが、ムーヴメントとしては一旦終息した感じなのでしょうか? それとも後続も出てきていますか?

パピッチ:その時代は3~4年前に終息したよ。破壊ではなく拡散した終わり方だったと思う。自分たちが出していた音楽はそのときその場所で鳴らされるものでしかなかったから。ウェアハウスなスタイルのパーティーで、PAもないしステージもない。規模は小さいけどダイレクトに反響のある音楽だった。そういったバンドにはもうあまり興味がないから、いまどうなっているかはなんとも言えないな。

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このレコードは夜だね。暗闇のなかから現れた歌だ。都会の雑音が好きで、それを重ねてなんともいえない音楽にする。


Co La
Moody Coup

Software / melting bot

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〈カー・パーク(Carpark)〉から〈NNA〉〈ソフトウェア(Software)〉という流れは、この10年の音楽の特徴のひとつを象徴するものだと思います。インディ・ロックとエレクトロニックな表現はさらに緊密に結びついていっていますし、ドリーミーなサイケデリアが通底していると感じます。あなた自身のなかで、エクスタティック・サンシャインとコ・ラとはどのような関係をもっているのでしょうか?

パピッチ:一年間くらい音楽を作らない時期があって、ちょっとずつギターから離れ、アンプやエフェクト、自分が持ってたほとんどの機材を売ったことがあったんだ。そのときに音楽をもっと聴くようになったよ。違ったレンズでね。エクスタティック・サンシャインに関しては、よりテクスチャーを追求して、最終的にはアブストラクトな方向へ向かったと思う。その休止期間の後に、新しい耳とともにまた一からという最初の地点に戻れたんだ。それがコ・ラだね。

〈NNA〉や〈ソフトウェア〉のことをどう思いますか?

パピッチ:どちらのチームもいっしょに活動できて本当に最高だよ。トビー(NNAテープスのA&R)、マット(ソフトウェアのディレクター)、ダニエル(ワンオートリックスポイントネヴァーOneohtrix Point Never)、ジョエル(Joel Ford aka Airbird)は素晴らしいキュレーターでありアーティストだし、彼らの文脈の一部になれたことを光栄に思っている。

先鋭的なテープ作品のリリースが増えているのはなぜだと思いますか? またあなたがそのフォームを選択する理由を教えてください。

パピッチ:こっちだととても簡単なフォーマットだと思うね。すぐにリリースできるフィジカルなフォーマットだし、古いタイプの多くの車にはまだカセット・プレイヤーがあるから簡単に聴けるんだ。

ダブやアンビエントに惹かれるのはなぜでしょう?

パピッチ:Tetrahydrocannabinol (THC)。

『Moody Coup』はどのような環境で聴かれてほしい(聴かれるのが理想)ですか?

パピッチ:このレコードは夜だね。暗闇のなかから現れた歌だ。都会の雑音が好きで、それを重ねてなんともいえない音楽にする。ヘリコプター、バス、都会の鳥、湿気のある環境、暗闇、そして人工的な光の輝き。

いま音楽以外で関心のあることについて教えてください。

パピッチ:味、花、光、霧、文字、政治にとても興味がある。

パンダ・ベアは好きですか?

パピッチ:はい。

oOoOO - ele-king

「ウィッチハウス」という名が歴史の引き出しのなかに格納されてしまったあとに、『ウィズアウト・ユア・ラヴ』は忽然と姿を現した。まさに遅れてきたファースト・アルバム......過去数枚のEPはすでに大きなインパクトを残し終え、気分としてはセカンド・アルバムを迎えるようなタイミングだ。『オー』(2010)や『アワ・ラヴィング・イズ・ハーティング・アス』(2012)のジャケット写真は、まるでチルウェイヴにおける『ライフ・オブ・レジャー』ジャケのように、「ウィッチ」なる概念に視覚的な肉づけを与え、ジャンルを超えてインスピレーションの源泉となった。〈4AD〉が息を吹き返したようにミステリアスで「ウィッチな」雰囲気のサイケデリック・ポップを繚乱とリリースしていたのもこの間であったし、のちのアンディ・ストットの誕生を準備するような流れであったと考えることもできるだろう。

 もちろん、当人にとってはウイッチだろうがポスト・ダブステップだろうが関係なく、こうしたことは聴く側の楽しみ方の問題でしかないことは間違いない。しかし共通するモチーフや音像(ゴーストリーと形容されるオーヴァー・コンプ気味のローファイなプロダクション)を持つハウ・トゥ・ドレス・ウェルの本年作などは、そうした個性を残しつつも、よりスムーズで、ポップスとしての洗練度を上げる方向に向かい、インクやライのR&Bと共鳴しながら、個人のテーマとしても新しい局面をひらいている。「ウィッチ」にまつわる諸々が、表面的にもすっかりいまの音のなかに消化され溶けてしまっているこのタイミングで、その名を象徴して(させられて)きたオーのファースト・アルバムを聴くというのはやっぱり少し奇妙な感じを抱く。

 ホーリー・アザーやクラムス・カジノ、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルなどこうした界隈に際立ったキャラクターを打ち立てた〈トライアングル〉を離れ、『ウィズアウト・ユア・ラヴ』は自身のレーベルからリリースされている。「次の一手」ではなく、自身にとってのいまのすべてを純粋にかたちにしたかったのかもしれない。遅れてきたファースト・アルバムは、真っ黒い影をシミのように引きずってきた。音の様子はいまだ異様な姿かたちで、真夏のヘッドホンには洞窟のつめたさが降りてくる。

 ロマンティックでホラーなヒス・ノイズに覆われ、ピアノの旋律が感傷的に散らされ、少しずつピッチを狂わされ、ドローン風の音の壁に囲われた"サイレン"。この壁のなかに、一生すらを囲われたというようなきれぎれのアルトが響いて消える。そこですでにわれわれはこのアルバムの全体を知るかもしれない。サンフランシスコのプロデューサー(現在はトルコなのだろうか?)、オーことクリス・デクスターは、この作品のジャケットの黒を「エンプティネス(空っぽさ/空虚さ/空白)」の感覚だと説明する。デクスターによれば、音色やリズムに並んで音楽のほとんどを占めるものがそうした空虚・空白であるそうだ。「クラシック音楽や、そんなにパーカッションの入っていないタイプの音楽を聴くと、僕の心のなかには黒い背景が浮かぶ」。そして「このアルバムの曲はたくさんの黒い背景を持っている」。そのイメージを端的に具象化するのがこの冒頭だ。これは終曲に次いで2番めに尺の長いトラックとなっている。彼にとって音楽的に大きな要素である空虚=空白=黒のイメージは、彼の音楽の設計図のなかにきちんと線を引かれたものだということが感じられる。

 "3;51 A.M."の音飛びするようなラストでビクッとするかもしれない。作品を統べる暗さ冷たさの正体が空白だと知るときに、音の温度はまたもう1度と下がる。EPに比べて全体に歌モノ感が出ているが、先ごろソロもリリースしたパートナー的シンガー、バタークロックの洞にこもる空気のようなヴォーカルが、音の破片をソングとしてつなぐようでつながない、奇妙な緊張感を生み出している。シンセが単音でなぞる旋律と追いかけ合いながら彼女の声もデクスターの空白の一部となっていく。黒い空白......"ミスアンダーストッド"の脈のようなキックを聴きながら、そして"5;51 A.M."の白明を感じながら、時系列をいじるミステリー小説を読み終わるように、われわれはいまオーのはじまりの場所にたどりつく。

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