
みなさんこんにちは。連載もあっという間に4回めですが、今回は前回の予告通り今年発売されたインディーズのゲームから1本、『Fez』をご紹介したいと思います。
『Fez』はカナダのインディーズ・スタジオ〈Polytron〉が開発で、今年4月にXbox Live Arcadeで発売されたアクション・パズルゲームです。このゲームは内容的にも業界内の立ち位置的にも、いろいろな意味で現代のインディーズ・ゲームを体現している作品で、本連載でもインディーズ・ゲーム紹介の第1号としてこの上なく適任だと判断しました。
まずそもそもインディーズ・ゲームとは何かという説明からはじめると、その業態は音楽におけるインディーズ・シーンと似たようなものだと考えてもらっておおむね間違いないでしょう。メジャーの流通や資本に頼らず、小規模な体制で自主制作的に開発・販売が行われるゲームを指します。
2000年代中頃からゲーム業界では既存の流通にかわりダウンロード販売が台頭しはじめ、それによって後ろ盾のない個人でも、容易に自作のゲームを販売できる手段として注目されるようになりました。インディーズでもゲームを世界規模で販売できる時代がやってきたのです。
現代のインディーズ・ゲームのほとんどはパッケージとして店頭販売されることはありません。しかし〈Steam〉や〈GOG〉、〈Xbox Live Arcade〉等のゲームのダウンロード販売サービスを見ると、インディーズ・ゲームはメジャー作品たちと並んで確たる市場を形成しているのが見てとれるでしょう。

ダウンロード販売サービス最大手の〈Steam〉では、毎日のようにインディーズの新作が発売されている。
『Fez』はこうした近年勢いを増すインディーズ・ゲーム業界内で、ひとつの象徴としてかねてから注目を集めつづけていた作品です。2007年の開発開始から5年という長い歳月をかけて作られた本作は、その斬新なアイディアが発売前から高く評価され、インディーズ・ゲームの一大祭典、IGF(Indie Game Festival) での08年の受賞をはじめ、各方面で多くの賞を獲得しています。
また今年公開されたインディーズ・ゲームの開発現場にスポットを当てたドキュメンタリー映画、『Indie Game: The Movie』で中心的に取り上げられていたことも記憶に新しいでしょう。
『Fez』以外にも『Super Meat Boy』や『Braid』といった数々のヒット作の舞台裏が描かれている。
本作のディレクターで〈Polytron〉代表のPhil Fish氏もなにかと話題になることが多い人物です。彼は過激な言動で知られており、今年のGDC(Game Developer Conference)では最近の日本のゲームはひどいという趣旨の発言をしたり、ゲームのパッチの配信の際には〈Xbox Live Arcade〉のオーナーであるMicrosoftと規約の件で揉めることもありました。その姿勢は常識知らずとも呼べれば、勇敢とも言えるでしょう。とにかく彼は業界の慣習やタブーに臆しません。
■多くのインディーズゲームにとっての理想の体現者
以上駆け足で『Fez』の周辺事情について解説してみましたが、既存のゲーム業界に対するカウンターとしての存在感の強さを感じていただけたかと思います。そしてそれは肝心のゲーム内容においても同様だと言えます。
『Fez』はパッと見は昔懐かしい8bitスタイルの2Dプラットフォーマーです。しかしそれは半分は当たっていますが、もう半分は間違っている。本作の画面は、じつは奥行きのある空間が平面に錯視して見えているのです。ゲーム中は基本的にいつでも画面を90度ずつ回転させることができ、そうすることで平面に見えていたマップも、遠近感がないだけでしっかり奥行きがあることがわかります。

ちょうど45度の角度から見るとこんな感じ。
本作がユニークなのはここからで、画面を回転させると当然奥行きに応じて物の角度や位置関係は変わるわけですが、プレイヤーは画面に映っているものは手前奥の関係を無視して、地続きの同一平面として歩き回れるのです。
これは例えればエッシャーの騙し絵のなかを歩き回っている感覚とでも言いましょうか。しかしこう説明してもたぶんサッパリわからないでしょうし、僕もこれ以上うまく説明できる自信がありません。なので論より証拠ということで、実際のゲーム中の映像を見ていただきましょう。どういうことか一発で理解できるはずです。
まさにヴァーチャルでしか表現できない空間である。
本作はまさに「発想の勝利」のゲームであり、3Dの概念を一風変わった方法で2Dプラットフォーマーに落とし込んだそのスタイルは、いままでにない新鮮な魅力があります。
またその発想をプレゼンテーションする術に長けているのも評価できるポイントです。本作は全編を通じてこの錯視を利用したパズルで構成されていますが、この錯視効果はともすればかなり複雑で難解になってしまうおそれもあります。しかしそれを回避し直感で遊べるとっつき易さと錯視の不思議さをうまく両立できているのはみごとと言うしかありません。
少し話が逸れますが、インディーズ・ゲームでは『Fez』のような8bitスタイルの2Dプラットフォーマーは非常によく見るジャンルのひとつです。それはメジャー・ゲームへのアンチテーゼ=過去の2D時代のゲームの復権という意識がインディーズ業界全体にあるからでしょうし、また限られた開発環境でも作りやすいスタイルであるという現場の事情もあるでしょう。
ただ多くの作品はそこからもうひとつアイディアが足りず、流行の後追いどまりだったり、単なる懐古趣味に落ちついてしまったりすることがほとんどです。『Fez』もまたその王道路線の上に立っている作品であるのは間違いありませんが、しかしひたすらに典型的な立ち位置でありながら、錯視というアイディアによって並みの作品とは一線を画す存在になっています。
おそらくはそれが本作がインディーズ・ゲーム業界内で多くの支持を集める理由でもあるのでしょう。ビジュアルからゲーム・システム、はたまた作中に散りばめられたオマージュの数々に至るまで、本作はかつての2Dゲーム時代の郷愁に満ちています。あるいはそれは現在のメジャー・ゲームへの痛烈な批判にも映るでしょう。その上で他にはない最高のアイディアを持っている。
これはまさに多くのインディーズ・ゲームが望み、求め、しかし得られない条件をすべてクリアしているのです。言うなればインディーズ・ゲームの黄金比。このへんの事情は業界を普段から眺めていないと見えてこないかもしれませんが、確かなおもしろさや新しさとしては誰しも等しく感じとることができるはずです。
■面倒くささはおもしろさたり得るのか
ここまで褒めちぎってみましたが、それだけではフェアじゃないので問題点も挙げてみることにしましょう。ご愛嬌といえばそれまで程度のものかもしれませんが、しかし決して無問題というわけでもありません。
問題は大きくわけてふたつあり、ひとつは難易度がやさしめか激ムズの両極端で中間領域がやや貧しいという点。先ほどの項で本作は直感で遊べてとっつきやすいと書きましたが、それは言いかえれば難易度が低いということでもあるのです。通常のステージは全体的に難易度は低めに抑えられており、後半はもう少し歯ごたえがほしいと感じる場面がいくつかありました。
一方でクリアのために絶対必要というわけではない、一種のチャレンジ的なパズルも用意されているのですが、こちらはうって変わって非常に難易度が高い。ほとんどの場合はノー・ヒントで、ヒントがあってもそれ自体もまた謎のひとつになっており、相当注意深くないとそれがヒントであることすら気づけません。本気で解こうと思ったらすべてを疑う心持ちと、メモは必須と言えるでしょう。

大きな謎のヒントがここに......ってわかるかい!
もうひとつの問題はアクションの鈍重さや複雑なマップ構成等による、移動にまつわる部分での快適さに欠けている点です。本作のステージは相互に連なるハブ状になっており、同じ箇所を何度も通ることが多い。それは一度解いたパズルをもう一度解き直すということでもあり、プレイヤー・キャラのノソノソした動作も相まって次第に面倒になってきます。またファストトラベルも限定的。
この移動にまつわる問題は、ひとつめの難易度の問題とも連動してくるのが厄介です。なぜなら本作のパズルは複数のステージをまたぐものも多いからです。ときには正反対のステージへ向かわなければいけない場合もあり、ファストトラベルを駆使してもたどり着くだけでひと苦労。また先ほども述べたようにゲーム側からのヒントはほぼ無くプレイヤー自身の推理に頼るしかないので、思い違いによる骨折り損も多々起こり得たりと、情報の整理を難しくしています。

全体マップ。わかりやす......くない!
しかしこれがいまどきのメジャー・ゲームだったら、「ユーザビリティがなっていない」と即批判の対象になりかねないところですが、本作にいたってはそんな頭ごなしの批判をすべきかやや迷ってしまいます。上記の問題点はかなり意識的にそうデザインされている節があるからです。
メモが必須であること、それがすべての意図になっている気がします。思えば昔のゲームもそうでした。かつてのゲームはいまほど親切ではなかったし、理不尽な難易度のものも少なくありませんでした。インターネットを使って攻略サイトという便利な方法もなかったので、必然メモを取る機会がいまよりずっと多かったのです。本作はわざと不親切、高難易度にすることで過去のプレイ・スタイルを復刻しようとしたのかもしれません。
だとすればその意図はうまく実現できていると言えるでしょう。それを愛嬌ととるか欠陥ととるかはプレイヤーの嗜好次第というわけです。こうした前提の上で意見を述べると、少ないヒントから自ら推理しメモを使いながら解いていく楽しさは確かにあるでしょう。しかしそこに面倒くささが介在してはならないというのが僕の考えです。
面倒くさいこと、それ自体は郷愁を取りのぞくと何のおもしろみもありません。同じおもしろさの遊びでより面倒くさい要素の少ないゲームがあれば、そっちの方がいいはずだし、それを信条にして面倒くささを徹底して省いていったことが、今日のメジャー・ゲームの広範な訴求力につながったと思っています。
たとえノスタルジーがテーマの作品でも、現代で作る以上そこは追求するべきであって、『Fez』の場合はマップの使い勝手の悪さ、移動の億劫さが足を引っ張っているように思えます。現状の全体マップでは各ステージが小さいサムネイルで表示されるのですが、ここで個々のステージの全体像をもっとしっかり確認できれば、思い違いもなくなりかなり効率が上がるでしょう。
またステージの気になる箇所をスクリーン・ショットを撮っていつでも参照できる機能があってもいいかもしれません。もちろんファストトラベルはもっと拡充するべき。以上ざっと思いつくことを書いてみましたが結局は面倒くささが払拭されればそれでいいのです。こうしたユーザビリティへの配慮がもっと全体に行き届いていれば、『Fez』はより完璧に近い作品になれたのでしょう。その点がやはり少し残念でした。
■まとめ
インディーズ・ゲーム入門に最適な1本です。枝葉の部分で多少の問題点はありますが、ゲームの核心部のできは確かなものがあり、とくに錯視のシステムのユニークさはメジャーもインディーズも問わず突出した魅力があります。またいろいろな面で王道路線を行く作品なので、インディーズ・ゲームとは何たるかを理解する上でも非常にわかりやすい実例のひとつと言えます。
最後に本文中ではほとんど触れませんでしたが、Phil Fish氏の過激な言動についてひとつ。何かと槍玉に挙げられやすい彼の発言ですが、とりわけ今年のGDCでの日本のゲームへの批判は国内外問わず大きな議論を呼ぶことになりました。
それでなくとも近年は日本のゲーム業界の衰退論が話題に上がりやすく、そのたびに日本は終わったいや終りじゃない等といった水掛け論が繰り返されています。そうした状況下で、インディーズ畑出身のPhil Fish氏がGDCという場で、しかも日本人質問者に対して強い口調で批判的な回答をしたことは、相当センセーショナルなできごとだったのです。
しかし彼の発言の是非はおき、個人的にはインディーズの開発者の発言がここまで話題になるということ自体に、時代は変わったのだと感慨深く思わされます。数年前まではこんなことは考えられなかったわけで、それだけインディーズの重要度が高まったということなのでしょう。
もちろん彼の発言内容は聞き捨てならないところが多々ありますが、そこでちゃんと議論が起こるのはむしろ健全で、喜ばしささえ感じます。願わくばPhil Fish氏においては今後もひるむことなく、その挑戦的な姿勢で引き続き業界を引っ掻き回してほしいと思う次第であります。














