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仮面をかぶった"引き算"(SBTRKT=subtract)は、他の多くのダブステッパーとは少しばかり毛色が違う。サブトラクトはちょうど10年ほど前の、大きく言えば4ヒーローやジャザノヴァのような連中がナヴィゲートした70年代フレイヴァーの復興運動、ブロークン・ビーツ/ウェスト・ロンドン系と呼ばれた動きのなかにまみれていたひとりだ。汗だくのアンダーグラウンド・シーンと袂を分かち合った、上品で大人しめのクラブ・ジャズ系のなかにいたひとりが、彼らがいちどは見捨てた、決してガラが良いとは言えないストリート・カルチャー、つまりUKガラージ/ダブステップ/UKファンキーへとアクセスしている点がまずは興味深い。4ヒーローだって若かりし頃は、ダブステップ世代が過剰に再評価する1992年のカオスから生まれている。カオスへと戻ることは生気を取り戻すことかもしれないとは思う......が、しかしそれは知っての通り、いろいろな点においてリスキーでもある(良くも悪くも1992年とはドラッグの祭典でもあったし......)。
そういう意味でサブトラクトは絶妙な距離感でもってこのカオスに接近している。〈アウス・ミュージック〉はカール・クレイグとラマダンマンを繋げたが、サブトラクトはこの2年間、シーンの外側にあった彼の音楽の知識をポスト・ダブステップ以降の展開に注いでいる。その試みは、ブリアルやラマダンマン、そしてジェームス・ブレイクとも違った結果を生んでいる。
サブトラクトの個性のひとつはUKファンキーを洗練させている点にある。それは彼の部族の仮面に象徴されている。2010年の「ライカ」や「2020」といったシングルにおけるビートの実験からも彼のガラージへの愛情が聴きとれるし、ヒット曲となった〈ヤング・タークス〉からの一発目、「ステップ・イン・シャドーズ」収録の"ルック・アット・スターズ"などはロスカを少々品よくさせたようにも思える。
とはいえ、『SBTRKT』がUKファンキーのアルバムというわけではない。ポスト・ダブステップと言うわけでもないが、フローティング・ポイントほど明確にジャズを掲げているようでもない。『SBTRKT』は、ジェームス・ブレイクのデビュー・アルバムに次いで今年待たれていた作品だが、ブレイクの聴いたことのないような重苦しさと比較すると『SBTRKT』はずいぶんと聴きやすいアルバムだ。カリンバの音からはじまる"ホールド・オン"はもっとも美しい曲のひとつだが、同じようにサンファが歌うスローな"ネヴァー・ネヴァー"、ユキミ・ナガノをフィーチャーしたR&Bナンバー"ワイルドファイアー"のような曲からは、仮面の下に隠された彼なりのポップへの野心がうかがえる。まあ、ポップと言ってもケイティ・Bのようなティーン向けのそれではなく、『SBTRKT』は複雑なビートを器用な手つきでこざっぱりとまとめた、ダブステップ時代におけるソウル・アルバムといったところだ。
ジェシー・ウェアの歌をフィーチャーした"ライト・シング・トゥ・ドゥ"にはキラーなベースラインとTR808めいた音色のビートが走っている。とくにイントロのブレイクのあとにベースが入るところが――まあ、ありがちなパターンとはいえ――最高で、それはペナルティエリアで一瞬のうちにディフェンダーをかわすフットボーラーのように鮮やかだ。新しくはないけれど、このベースに乗れない人はハナっからダブステップなど聴かないほうが良いだろうと思えるほどに決定的なベースだ。それは子供の騒々しさのなかではひときわ格好良く響いているが、子供たちから見ればあまりにもキチンとし過ぎているのかもしれない。しかしね、ガキっぽくないところが『SBTRKT』における最高の魅力なのである。
野田 努