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Rudi Zygadlo

Rudi Zygadlo

Tragicomedies

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橋元優歩   Oct 25,2012 UP

 男性がより理屈っぽく、女性がより感情的であるといった粗雑な比較をそのまま肯定するつもりはないが、ダブステップその他、ビートの先鋭性を競うようなジャンルにあって女性クリエイターの存在が相対的に小さいのは、ビート(=理)をめぐる態度にいくばくかは性差があるからだろう。ルーディ・ザイガドロとジュリア・ホルターは、とても似たモチーフを扱っているのだが、この点においてきれいな対照をみせる。前者が理なら後者は気。彼は複雑なビートを召喚するが、彼女は「ミステリアスな感じで大丈夫」(本人言)だそうだ。今作のザイガドロはクラシカルなピアノやギリシャ神話のモチーフをフィーチャーし、1、2曲めにあってはビートを完全に抜き去るなど、素材だけでなくその特異な楽曲形態においてもホルターの試みに非常に近いことをやっているように見える。だがそれでも彼のノン・ビートには理屈が勝り、くっきりと両者のちがいを浮き彫りにしている。ちなみに彼女のアルバム・タイトルは『トラジェディ(悲劇)』であり、彼のは『トラジコメディーズ(悲喜劇)』である。

 グラスゴーのプロデューサー/シンガー・ソングライター、ルーディ・ザイガドロのセカンド・アルバムが届いた。じつは筆者も驚いたのだが、彼は自らホルターの『トラジェディ』について言及している。(やっぱり。と言いたくなるほど両者は様々な点に対応関係を持っている。)いわく「『トラジェディ』に比較するなら、ザイガドロのトラジコメディーの世界は、より現代人の悲しみや努力から生まれてきたものだ」。むろん「悲劇」とはギリシャ悲劇の意であるから、彼は彼女のなかに古代を見、自らを現代の表象として対置させているわけだ。それではその彼の"コペルニクス"や"メルポメネ"がどうであるかといえば、たしかに現代的である。ピアノは質感ゆたかに古風な響きを生み、ロマン派的な旋律をなぞっていくが、なかに電子回路が通っているかのような感触を持っている。ときおり、ベンドするようにピッチが下げられ、一瞬のスクリューが調和的な音響空間に思いがけない亀裂を入れる。それはまるで、ハイテクノロジーの脆弱な一面がふいに深刻な災厄となってわれわれを驚かせる瞬間のように、あるいはいかにわれわれがそれなしでは生きていけないほどそれに取り巻かれているのかが示されるいち場面のように仕掛けられている。まさに「現代人の悲しみや努力」の表現といったところだろうか。前述のようにビートはないが、エアビートというか、理屈を詰めて詰めてビートの姿が消えた、というような痕跡を感じさせる。この2曲こそが今作のハイライトであり成果であろう。一見、理を逃れ現代性を逃れたようで、実際には強烈な理の磁場を発生させているという彼の業のようなもの、そして本作のいちばんおもしろい部分が凝縮されている。

 これまた本人自身がシニカルな微笑とともに語るのであるが、『トラジコメディーズ』は牧歌的生活へのロマンチックな祝福がこめられており、それはローリー・リーの詩や小説などの影響を決定的に受けたものだという。牧歌の発明者たるダフニス、ミューズのひとりにして悲劇の女神、メルポメネ、かどわかされて下界の女王になってしまうペルセフォネ、こうしたギリシャ悲劇の神々のかげを全編に配するのも同様の理由だ。その"ペルセフォネ"のミュートされたチャイム、"ワルツ・フォー・ダフニス"のトイ・ピアノ、"ヴァリアスリー・メイド・メン"のコミカルなアコーディオンなどには、なるほどパストラルな趣があり、スフィアン・スティーヴンスまでを引き合いに出される理由がよくわかる。スフィアンやオーウェン・パレット、またボン・イヴェールのようなニュアンスがダブステップと組み合わされ〈プラネット・ミュー〉からリリースされるという面もおもしろい。曲によってはグラスゴーのアーティストだときいて驚くこともあるだろう。

 またジェイムス・ブレイク以降の男性シンガーやR&Bの発展形として本作をとらえることも可能だろう。ザイガドロの前作はジェイムス・ブレイクの登場を準備するかのような内容でもあった。ダブステップのように語られることが多いが、彼自身はそうしたシーンの内側から出てきたのではなく、それらを同時代の刺激的ないちジャンルとして聴きかじって応用し、好き勝手にやっているという一匹狼の印象である。"ザ・ドミノ・クイヴァーズ"のリズム・トラックは非常に巧みで、シンプルなピアノとの絡みも抜群にいいが、実際にダブステップはあまり聴いたことがないと述べてもいる。"ロシアン・ドールズ"などの流れではサブトラクトなどスマートなプロデューサーたちの仕事を彷彿させる。

 「はじめになにかに狙いをつけたりはしない。自分は満足するまで同じことを編みつづけるだけ」とうそぶくザイガドロには、人の生や歴史が、反復の苦痛を耐えるもののように映っているのかもしれない。反復(ビート)を破るべく、しかし結局は反復性に回収されざるを得ないだろうことを達観するような冒頭2曲が、くどいようだが美しいと思う。日本盤ボーナス・トラックとして収録された"メルポメネ"のμ-Ziqリミックスはその点を無視している。ここぞとばかりにビートを挿入することで、あの果敢なピアノの旋律が単なる上モノへと貶められてしまった。蛇足だが、こうしたビートによる旋律の搾取が、ジュリア・ホルターなどに及ばないでほしいと思う。自分の作り出した高度なビート(理)にふわっとした上モノ(気)をのせたい・従属させたいというのは、屁理屈に言いくるめられて彼女が泣くしかなくなってしまうような、かなしい彼氏のアナロジーに見えてしまうから。

橋元優歩