Home > Reviews > Album Reviews > Stealing Sheep- Into The Diamond Sun
「すべてのレコードレーベルがギター・バンドと契約しようとしている。現在の音楽シーンは、アークティック・モンキーズがブレイクしたとき以来のヘルシーな状況」と、『NME』創刊60周年記念号が書いていた。
昨年あたりから、英国の街を歩く若者(当然ながら全員ではない。いつの時代もそうであるように、一部だ)のファッションが、あまりに80年代だとは思っていた。ユリの花を持たせたらまるでモリッシーじゃないか。みたいな青年や、ヒューマン・リーグみたいなお嬢さんたち、先日などは'Come on Eileen'のヴィデオに出てきそうな格好をしたレズビアンたちが路上でキスしている姿まで見た。
英国ではいまでもファッションと音楽は手に手を取って歩いている。だから、ギター・バンドというより、若者がそうした格好をして街を歩いていた時代のギター・サウンドに触発されたバンドが複数、しかもメジャーに大ブレイクするんじゃないか。というキナ臭さは日常レヴェルである。
で、そういう臭いを発散していると『NME』が推しているバンドのなかでも、個人的に気になるのはSavagesなどの女子バンドだが、その括りのなかに入るようでいて、まったく入らないような、独特のポジションそのものが魅力的に思えるのがリヴァプールの女の子3人組、Stealing Sheepだ。
サイケデリック・フォーク。70年代のカルト映画『Wicker Man』のサウンドトラックのよう。中世民族音楽のベイブ。ジミー・ペイジの耳に囁きかける3人の魔女たち。など、英国の評論家は様々な言葉で彼女たちの音楽を形容している。これに、トラクターに乗ってやって来たコクトー・ツインズ。ベルボトムを履いたストロベリー・スウィッチブレイド。というわたしの感想を加えるとさっぱりわけがわからなくなってしまうが、現時点では、その多様性が彼女たちの特徴になっているのはたしかだ。
例えば、彼女たちの英国における1stアルバム『Into The Diamond Sun』のジャケットを「ポップな曲が際立っているのに、難解な音楽を連想させるジャケットで損をしている」と書いたメディアもあったが、本国に先駆けて発売された日本版デビューアルバム『Golden Fleece』(収録曲は英国版1stとは全く異なる)のジャケットは、もうスウィート&ポップまっしぐらだ。このふたつのイメージの落差が、現在のStealing Sheepを端的に象徴していると思う。
『Into The Diamond Sun』の前半は、日本版デビューアルバムの愛らしいジャケットのほうが似合う。が、後半はがらりと変わる。これを「ここからは不要」と評するか、「ここからが本番」と評するかで評論家の好みも分かれるようだが、後半の曲群には英国版のジャケットのほうが似合う。
個人的には、前半も好きだ。気温が上がらなかった夏を連想させる気の抜けたポップはいかにもイングランド北部の音だと思う。The La's なんかもそうだった。が、問題の後半部分に突入してから、わたしはこのリヴァプールのお嬢さんたちと真剣に向き合う気分になったのであり、え、これってドゥルッティ・コラム? いや、実はその背後でCANかな。で、ぶつっと切れたかと思ったら突然エリック・サティになってるし。と、年甲斐もなくちょっと動揺させられた"Bear Tracks"などは、「アーバン・ヒッピー娘のキュートでオーガニックな試み」では済まされない領域に軽々と踏み込んでいっている。
エミリー、ルーシー、ベッキーという、クリーム・ティーを連想させるような古式ゆかしい英国人名を持つ彼女たちは、ある者は大のビョーク好き、またある者はサイケデリック・ロック好き、ある者はCDプレイヤーも持っていないジプシー・フォーク好き、と趣味趣向がバラバラなのだそうで、おそらくいまは民主主義的な曲づくりを行っているのだろうが、ある日、何かの拍子にその三者MIXの調合パーセンテージがバシッと決まるときが来て、その最良の配合を前面に押し出して突っ走りはじめたら、もう誰にも止められなくなる可能性もある。実際、彼女たちの曲はすでにチャンネル4のドラマのCMに使われており、同郷のポール・マッカートニーが彼女たちのファンだと公言しているらしい。
こういうお嬢さんたちの音楽を聴く度に、わたしは期待まじりに予想せずにはいられない。来年あたり、すくっと楽器を抱えて立っているクレヴァーな女子バンドが次々とブレイクして、シーンの中核で群雄割拠するのではないかと。
ザ・スリッツのアリ・アップが他界して2年。
そろそろ、そういう時代になってもいい。
ブレイディみかこ