アポロの像に欠けてはならぬは、そういう繊細微妙な線だ。あの節度ある限定、粗暴な興奮からのあの自由、あの知恵にみちた平静が、この造形家の神にはつきものなのだ。
ニーチェ『悲劇の誕生』(秋山英夫訳)
疲れている場合ではない。いま必要なのは、世界を新鮮に感じることだ。そしていまぼくは、ジュリア・ホルターの新作『サムシング・イン・ザ・ルーム・シー・ムーヴス(彼女が動く部屋のなかの何か)』を聴いている。
「アート」という言葉はいまでは曖昧で実体を欠いた、ともすれば再開発の付属品みたいになっているので使いたくないから、少々回りくどい説明をする。ブライアン・イーノの『アナザー・グリーン・ワールド』(1975年11月)に大きな影響を与えたアルバムに、ジョニ・ミッチェルの『コート・アンド・スパーク』(1974年1月)がある。彼女のソングライティングの才能もさることながら、作品の謙虚さ、そして音の錬金術たるエンジニアリングに感銘を受けて、イーノは当時それ相応に聞き込んだというが、おそらくケイト・ブッシュの『ザ・ドリーミング』(1982年)や『愛のかたち(原題:House of Love)』(1985年)もこの系譜に加えることができるだろう。スタジオ・クラフトによる繊細な音楽、サウンドの細部におけるトリートメントと変化、高度なエンジニアリングによる絵画めいた音像。ジュリア・ホルターの『サムシング・イン・ザ・ルーム・シー・ムーヴス』も同じ系統にある。
2011年にマシュー・デイヴィッドのレーベルからデビューした、ロサンゼルスを拠点とするこのシンガーソングライターは、これまで5枚のスタジオ・ソロ・アルバムを出しているが、『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』はひときわ輝いている。この新作は、内省的で控えめであることを美とする点においてイーノの『アナザー・グリーン〜』に近い。ともに間口は広く冒険的。決定的な違いは、ホルターのこれが2024年のサウンドであるということだが、『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』はやはり『アナザー・グリーン〜』やブッシュの『愛のかたち』のような聴かれ方を望んでいる。消費され数年後には消えていくであろう多くの刺激満載の「現在」と違って、30年後も愛される音楽。その基準で言えば、『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』は残る作品だ。
イーノの『アナザー・グリーン〜』、いや、ことにブッシュの『ザ・ドリーミング』や『愛のかたち』は、いまでこそ誰もが認める傑作だが、それが出た当時は逆風があった。かいつまんで言えば、ロックやポップスのなかでいちいち芸術(実験)をやって何になる、というものだ(しかも女が)。曲のなかに創意工夫を凝らす、それは生産性と自己実現の要請からみればとくに望まれてはいない。しかしだからこそ、生産性と自己実現の要請が支配するこの世界では、なおさら価値のある行為になっている。人間の生活から、大衆音楽から好奇心が失われたらどうなってしまうのだろう。ホルターの『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』は、意識のなかにそっと流入しうる音楽で、心を振るわせ、感情を包み、悲しみが出発点にあったとしても清々しく風通しが良い。きめ細かいが乱雑で、いろんなアイデアが詰まっている。
なーんて偉そうなことを書きながら、わが質問たるや最初から空振りしているのだが、坂本麻里子通訳のおかげで聞き出せたホルターの発言は、作品の理解を深めるうえでヒントになる。誤解しないで欲しいのは、『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』がベッドルームで作られた個人主義的な音楽の対極にあるということだ。アルバムにはドローンもあればアンビエント的なアプローチもあるが、そうした音楽的な語彙もお決まりの装飾にはならず、この美しいアルバムの柔軟性と広がりの一部として融和している。私たちはここに語られなかった言葉を見つけ、聴かれなかった音楽に出会うだろう。ハイリー・リコメンドです。

ケイト・ブッシュには霊感を受けてきた。で……ケイト・ブッシュの歌のなかでもとくに “Breathing”、あの曲は実際、今回のレコードのインスピレーションのひとつだった。それは具体的には……プロダクション面で、ということだし、あのベースのサウンドは間違いなく、明らかな影響。
■あなたのデビュー・アルバムのタイトル(悲劇)はニーチェの著書から来ているとずっと思っていたのですが——
JH:なるほど、それは面白いわね。
■実際は、あれはエウリピデスの『ヒッポリュトス』にインスパイアされたものだそうですね。
JH:そう、その通り。
■でも、ここで敢えて、あなたの活動をニーチェ風の二分法に喩えることが許されるなら、あなたの音楽はアポロン的で、ディオニソス的なものが多いロックやラップが支配的な音楽シーンで、アポロ的なものの魅力を作品にしてきたというのがぼくの印象です。
JH:フフフフッ!
■しかし前作『Aviary』ではあなたのなかのディオニソス的なものが噴出してもいる。そしてそれから6年後のいま、あなたは再度アポロ的なものを深め、強化しているように感じたのですが、いかがでしょうか?
JH:まあ……それらの定義を調べる必要があるな。「アポロ的」と「ディオニソス的」、その意味を実際はちゃんと知らないから。ただ、たぶん思うに、ディオニソス的というのはきっと……何かをエンジョイすること、娯楽・耽溺といった面を意味するんだろうし、アポロン的はもっと高度な……前衛的な美学、みたいな? でもほんと、自分はよく知らなくて。
通訳:いや、大体そういうことになります。質問作成者の解釈は、アポロ的=静的で夢幻的、ディオニソス的=快楽的で過剰で激しい、というものです。
JH:オーケイ、なるほど。うん、んー……そうしたことは考えていなかったと思う。自分のレコードや音楽に関して、そうした区分を考えたことはない。でも、それってジャーナリストが機敏に察知して分析するようなことであって、私自身はそれをやるのは得意じゃない、というか? もちろん、そうした区分や意見をもらうのは、構わないんだけれども。自分からすれば、どのレコードもひとつひとつ……毎回、それらが出て来る場所は少しずつ違っている。私の人生や、私の世界のなかでどんなことが起きているか、そして世界全体で何が起きているか、そういったこと次第でね。で、多くの場合、レコードを作りはじめても、一体何が起こるか私はわかっていないと思う。自分が何を作ることになるかもわかっていないし、明確にゴールを設定することもない。とにかく何が起きるか、何が浮かび上がってくるか見てみよう、と。だから……うん、いまの意見に関しては、自分はなんとも言えない。興味深い分析だとは思う。
通訳:了解です。批評家的な分析ですよね。批評家は「分析し過ぎる」こともありますし。
JH:(笑)うん、でも、それは別に構わない。正直、誰かがそうやって分析してくれること自体、私はすごく嬉しいから。
■アルバムを聴いているとクラリネットやシンセサイザーの音色が印象的ですが、同じようにダブル・ベース/フレットレス・ベースとドラムにも活力があり、穏やかさのなかの脈動のようなものが感じられるというか? いま言ったようなことは意識されましたか?
JH:そうね、初期の段階で自分が求めていたこと、それを掴もうと取り組んだことのひとつに、官能的なフィーリングを全体的に持たせたい、というのがあった。それってかなり曖昧だけれども、本当に、こう……なんと言ったらいいかな、うん、自分が何よりもっとも気を配っていた目標はそれだった。フィーリングと、そして歌の語るストーリー以上に、歌がどんなフィーリングを宿すか、そこにいちばん気を配った。だから、そう、いま言われたような音響要素のすべてに、触知できる世界みたいなものをクリエイトしたかった、それは間違いない。あれらのサウンドすべてに対して私はとても敏感だったし、フィーリングに関してもそう。たとえばベース奏者のデヴ(Devin Hoff)、彼は多くの歌でベース・ラインも書いてくれたけれども、彼に「長引いた音を」と説明してね。つまりスローで、ベンドのかかった湾曲した音というか、そうした特定のフィーリングを私は強く求めていた。それに他の楽器も同様で、湾曲する感じの、ゆっくり遅くなっていくラインで……うん、ゆったりした、官能的な……たぶん、かなりあたたかみのある、そういうフィーリングが全体を通じてある、というか。うん、それなんじゃないかと思う、あなたがこのレコードから聴いて取ったもの、経験したものというのは?
通訳:そうですね、あたたかな海というか、刻々と変化していく有機生命体めいた音の世界というか。
JH:うん。
■あなたの音楽的祖先には、ジョニ・ミッチェルとケイト・ブッシュがいるように思います。彼女たちは歌うだけではなく、自分のサウンドについても意識的で、サウンドのイノヴェイターでもありました。日本人のぼくから見て、あなたはその系譜にいるように思えるのですが、ご自身ではこの意見にどう思いますか?
JH:ええ。間違いなく、彼女たちのプロダクション、そしてそれらふたりのアーティストの作ったレコードの数々にはインスパイアされる。たぶん、それがもっとも明白なのはケイト・ブッシュの音楽だろうし、彼女のプロダクションには霊感を受けてきた。で……ケイト・ブッシュの歌のなかでもとくに “Breathing”(1980年)、あの曲は実際、今回のレコードのインスピレーションのひとつだった。それは具体的には……プロダクション面で、ということだし、あのベースのサウンドは間違いなく、明らかな影響。それもあるけど、あの曲のヴァイブに……ベースに、シンセもそうなんだけど、あの曲ってたしか、お腹のなかにいる胎児が、放射性下降物に汚染された空気を吸うのを怖がる、みたいな歌詞で——だから主題としてはとても強烈なんだけど、と同時に、あの歌が「身体」に焦点を当てたこと、そしてあのトピックが、奇妙なことに自分には重要に思えた。あの歌は子宮のなかから歌われている、みたいなことだし……それってものすごく気味が悪いんだけど(笑)
通訳:(笑)ええ。
JH:と同時に、興味深くもある。
通訳:ケイト・ブッシュは舞踏やマイムを学んだので、ヴィデオ等でもよくダンスする人ですよね。
JH:確かに。
通訳:なので、セクシャルな意味ではなく、自分の身体の使い方をよく理解している人なのかもしれません。
JH:ええ。でも、私はそうじゃない(笑)。その面は、全然ダメ。
■(笑)新作からの “Spinning”のヴィデオで、ちゃんと踊っているじゃないですか!
——ああ、オーケイ(笑)。うん、ちょっとだけね。
■ジョニ・ミッチェルはジャズからの影響がありますが、あなたにもブラック・ミュージックからインピレーションを得ることがあるとしたら、それはなんでしょうか? まあ、ひとくちに「ブラック・ミュージック」と言っても、非常に多岐にわたるので、答え難いかもしれませんが……。
JH:うーん……そうだな、思うにたぶん……興味深いのは、アメリカ産の音楽の多くは、ブラック・ミュージックから派生している、ということで。
通訳:ですよね。
JH:うん。それこそ、ブルーズに……実際、こうしたことをよく話していてね、というのも、私はソングライティングの授業で教えているから(笑)! でも、そうだなぁ、本当にものすごい量があるし……うん、ブラック・ミュージックはとても数多いし、その質問に答えるのは、少々難しい(苦笑)。だけど…………アフリカン・アメリカンの音楽について考えても、それらだって色んな音楽文化から発したものだし……ブルーズがいかにジャズに繫がっていったか、それをたどるのは興味深い。そして、そこからさらに、いま私たちが聴いている音楽の実に多くへと、いかに結びついていったか……それに、いわゆる「伝説的」な白人アーティストが、どれだけその音楽伝統から拝借し、利用してきたかも興味深いわけで。でも、私にとってとても重要なアーティストのひとりと言えば——ジャズ界から生まれた、でもそれと同じくらい彼女自身の世界からやって来た人でもあった、アリス・コルトレーン。
通訳:ああ、なるほど。
JH:彼女は、彼女の音楽のなかでブルーズのハーモニーを多く引用したし、と同時にかなりモーダルでもあって、それにインド音楽のラーガからもかなり影響を受けている。でも、彼女は私にとっての大影響であると共に、私の世代のコンポーザーの多くにも影響を与えている。たぶん、いまから20年くらい前だったら、彼女の影響を認める人はこんなに多くなかったんじゃないかと。彼女はとても大きなインスピレーション源だし……うん、アリス・コルトレーンの音楽は自分にとってかなり重要だと思う。とくに編曲面、そして自分に関心のある和声学の面で。だから、プロダクションに関してはケイト・ブッシュを、メロディがどうハーモニーと作用するかの和声学に関してはアリス・コルトレーンの感性を考える、みたいな。
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だから、私は私自身の悲しみについて歌っていただけではなくて、ある喪失について——つまり、私のフィーリングばかりではなく、とても悲劇的な形で世を去ったひとりの若者の喪失について、そして私の姉妹——その喪失を経験した、彼女の悲嘆も歌っている。だからほとんどもう、これは単に自分や自分のフィーリングだけではない、そんな気がするし、そのぶんよく考えた……。
■資料によると、この作品の背景のひとつには個人的に悲しいこともあったそうですね(と同時に娘さんの誕生という嬉しいことも)。この質問を作成した人間も、最近個人的に悲しいことがあり、そして、この世界に悲しいことを経験した音楽があることに感謝したばかりです。
JH:ああ、それはとても気の毒ね……。
■ありがとうございます。ちなみにそのときはニック・ケイヴとスリーター・キニーを聴いていましたが——
JH:ナイス!
■これからあなたのアルバムを何回も聴くことになるでしょう。ところで、ニック・ケイヴは『The New Yorker』の取材で、「悲しみ(grief)は人間を原子レベルで変えてしまうパワフルなものだ」と言っていますが、彼はその経験からある意味スピリチュアルな作品を作りました。あなたは個人的な悲しみを今回どのようにして音楽表現へと発展させたのでしょうか? 深く考えずに、直観的に制作に向かったのか、あるいは、思考を重ねながら作品へと向かったのか。
JH:どうなんだろう? 私にもわからないけれども、良い質問ね。うーん…………その両方が混ざったものじゃないか、と思う。というのも、複雑で——だから、私も悲嘆に暮れているし、その思いはたしかにある。けれども、それすら越えたところに、私の姉妹の悲しみが存在する、という。というのも、私たちが悲しんでいるのは彼女の息子/私の甥の死であって、それに、祖父母をふたり失う経験もあった。けれども、甥は18歳でね。で、そこにはこう……直観的な側面があった。とにかく自分に音楽が浮かんだし、ある意味、現実に起きていたことに音楽が入り込んでいった、みたいな? というのも、このレコード向けの曲に着手したときは、まだそれは起きていなかったから。ところが、制作作業の半ばくらいのところで、甥が亡くなり……たしかあの時点で、すべての曲はスタートしていたと思うけれども、あの一件で、それらも少し変化した。うん、そういうことだった。だから、楽曲は本能的に変化した、と言えると思う。ただ、自然に変化したし……私にとってはとくに、ずっと甥の死と結びつけてきた曲がひとつある。けれども、それは必ずしも明白ではないし、どの曲かは聴いてもわからないだろうけど、ただ、私自身にとってはとにかくそう強く感じられる曲だ、と。
そうは言っても、現実としては——うん、それはあの曲に限らず、アルバム全体に備わったものだと思う。かつ、私には決しては明瞭ではなくて……少なくとも自分の音楽に関して、そしてアート全般についても、「ある人間の人生のどれが何に当たるか」云々ははっきりしないもので。ただ、思うに、まあ——そうだな、本能的にやったんだと思う。この作品に収めたものは、直観的に含めていった。だから、甥の死に関する私のあらゆる思い、そしてそれにまつわるもろもろはこのレコードのあちこちに存在するけれども、ただしそれらは「これ」というひとつのあからさまなやり方ではなく、レコード全体に浸透している、というか。
とはいえ……それに加えて——ごめんなさい、ちょっと脱線するけれども——それに加えて、ある種の乱雑さみたいなものもある。きちんとしていない、そう、一種本能的な滅茶苦茶さというか? と同時に、もっと考え抜いた面、思慮深い要素もあって。とくに……だからある意味、アートを作るときは、やはりどうしたってしっかり考えるものだし、その歌が本当に強烈なところから生まれたものであれ、そうではないのであれ、それは同じこと。歌についてじっくり考え、歌詞も考え抜き、どこかを変える必要があるか、何か付け足すべきか、と決断していって……そう、だから、この作品には慎重に考え抜いた要素もある。
でも、どうしてかと言えば、それはとりわけ……私にとってはまた……うーん、どう表現したらいいだろう? だから、私は私自身の悲しみについて歌っていただけではなくて、ある喪失について——つまり、私のフィーリングばかりではなく、とても悲劇的な形で世を去ったひとりの若者の喪失について、そして私の姉妹——その喪失を経験した、彼女の悲嘆も歌っている。だからほとんどもう、これは単に自分や自分のフィーリングだけではない、そんな気がするし、そのぶんよく考えた……。とは言っても、そうした事柄がどんな風に現れるものなのか、私には明確にはわからないけれども。まあ、自分が言わんとしているのは、そこには責任が少しある、みたいなことだと思う。このアートを甥に捧げること、そしてそれをやることの意味に対する責任。それにある意味、これは私の姉妹に、彼女の悲しみに捧げるものでもあるし……うーん、自分にもわからない! だから、それがどういう風に作品に現れるのか、作品をどう変えたのか、私にもよくわからないけれども、いま言ったようなことが、私の感じることね。
■実は、昨年あなたが来日した際に、あなたのパートナーであるタシ・ワダさんを取材したかったのですが叶いませんでした。私たちele-kingは、彼の父上が永眠した際にも追悼記事をポストしたメディアなので、あなたがどうしてこの親子と出会ったのかたいへん興味があります。
JH:ああ、タシとの出会いを知りたい、と?
■はい。そして、ヨシ・ワダさんとの出会いや、彼らにどう触発されたか等も教えていただければ。
JH:うん、タシに会ったのは、たしか2007年だったんじゃないかな?
通訳:あ、ずいぶん前なんですね!
JH:フフフッ、うん。ハーモニウムのアンサンブルに参加していて、そこで出会った。ふたりともインド式ハーモニウム、パンプ・オルガンを持っていて……。
通訳:(笑)。すみません、ハーモニウムのアンサンブルという図を想像して、思わず笑ってしまいました。
JH:(笑)いや、気にしないで! 実際、ほんとに可笑しいし……。でまあ、友人がこの、ハーモニウム・アンサンブルをスタートさせて。ハーモニウムを所有するいろんな人が集まって、そうだな、8人くらいいて、みんなでハーモニウムを合奏したっていう。でも、あれはクールだったんだけどね(笑)。出会いのきっかけはあれだったし、私たちは長いこと友人として付き合っていて、そこから8年くらい経って、デートしはじめた。その間にタシの音楽を知っていったし、私たちは他の音楽を一緒に演奏したこともあった。たとえばマイケル・ピサーロといった友人たちの音楽をね。そうやって一緒に音楽をパフォームする仲の友人だったし、それが2015年に付き合うようになった、と。それ以前に彼の父親のヨシに会ったことはなかったけれども、ヨシの音楽や作品は少し知っていた。というか(笑)、カリフォルニア芸術大学で勉強していたときに取ったクラスで、ヨシ・ワダの音楽が取りあげられたことがあったっけ。それにもう、タシの音楽も少し知っていた。ともあれ——タシと2015年にデートしはじめ、一緒にパフォーマンスするようになり、ヨシとも演奏した。だから、3人で数本のショウをやったと思う。それから、パーカッション奏者のコーリー・フォーゲルが加わった形でのショウもあった。でも、私がタシ&ヨシと共にパフォーマンスをやったのは数回くらいで——でも、ヨシとプレイする、あれは間違いなく、自分にとってクレイジーな出来事だった。本当に、とても特別な経験だった。あの機会にもっと恵まれていたら、本当に良かったんだけれども……。

彼女は私にとっての大影響であると共に、私の世代のコンポーザーの多くにも影響を与えている。たぶん、いまから20年くらい前だったら、彼女の影響を認める人はこんなに多くなかったんじゃないかと。彼女はとても大きなインスピレーション源だし……うん、アリス・コルトレーンの音楽は自分にとってかなり重要だと思う。
■あなたは、経歴やキャリアを考えればより実験的でよりアーティな方面にいってもおかしくはないと思いますが、しかしあなたは大衆性を大切にしていると思います。“Spinning” のような曲はそういう情熱がないと生まれないのではないかと思いましたが、あなたは音楽作品における大衆性についてどのようにお考えか、お話しいただけますか?
JH:それは、私の音楽について? それとも音楽全般について?
■音楽全般におけるそれ、です。
JH:たとえば、ちょっと普通よりも奇妙なのに、それでも人びとがハマれるような音楽?
通訳:はい。ストレンジながら、なぜか多くの人びとにリーチする音楽など。
JH:そうだな、私にはこの、その手の音楽で自分が大好きなもの、それらをゆるく分類するカテゴリーがあって、それを「マジック・ミュージック」って呼んでいるんだけど。
通訳:(笑)
JH:(笑)
通訳:良い名称ですね!
JH:(笑)。思うに、私が音楽に抱く関心、あるいは私の美学というか……たぶん私の美学なんだろうけど、それもある意味、これなんじゃないかと。つまり、探究型で、遊び心があって、驚きもあり、かつ美しい、そういう音楽。私が好きなのはそういうタイプの音楽だし、だから自分も、その線に沿った音楽を作ろうとしているように思える。どうなんだろう? でも、そういう音楽はたくさんあると思うし、自分はそういう音楽が好きだな。ああ、それに……遊び好きで……冷たくない……しかも驚かされる、そういう音楽であれば、人びとは理解すると思う。たとえそれが、「前衛」のレッテルを貼られるものだとしてもね。そこにだって、潜在的に大衆向け(populist)に——いや、それは言葉として適していないかな——だから、音楽オタクだけに限らず、多くの人びとにとってエキサイティングになり得る可能性は内在するはずだ、そう考える楽観的な面が私のなかにはあって。そうなんじゃないかな?
まあ、とにかく、私は人間を信じているし——もっとも、人類に対する疑問はたくさん抱えているんだけど(苦笑)、ただ、人びとは耳をオープンに開き、たくさんの様々な音楽に耳を傾ける潜在能力を持っている、そこはたしかに信じていて。それにほら、いま起きていることって、それこそ世界中の音楽を、とても簡単に見つけられるようになったわけでしょ。だから若い人たちも、型にはまらない、より奇妙な音楽な類いの音楽に触れる機会がもっと増えているんじゃないかと。その状況は興味深いと思う。それに、いま言った「奇妙な」というのは、ただ「変だ」ではなく、むしろ「分類不可能」、という意味合いに近い。で、私からすると、そういった分類不可能な音楽の増加は、私たちが耳を開いて音楽にオープンに接している、そのしるしと思える。
通訳:たしかにいまの若い世代は好奇心が強く、知らない音楽や新しいサウンドを聴くのに積極的ですよね。あなたにとっても、良い時代かもしれません。
JH:(笑)その通りだと思う。




























